“迷走の映画監督”ガイ・リッチーが、最高傑作『コードネーム U.N.C.L.E.』をモノにした理由

【リアルサウンドより】  『MI:5』や『キングスマン』、そして公開直前の『007 スペクター』など、2015年は次々にスパイ映画が公開され、そのどれもが異なった魅力で大きな存在感を放つ中、60年代アメリカの大ヒットTVドラマ "The Man from U.N.C.L.E." をリメイクしたスパイ映画、『コードネーム U.N.C.L.E.』も、予想をはるかに越え充実した作品に仕上がっており、他の大作に全く引けを取っていないことに驚かされる。  『マン・オブ・スティール』でスーパーマンを演じ、ジェームズ・ボンド役の候補になったこともあるヘンリー・カヴィル、巨大な体躯に長い下まつげがかわいい『ローン・レンジャー』主演俳優アーミー・ハマーという、超絶ハンサム・ガイによるダブル主演をまとめ、彼らを魅力的に撮りあげたのが、ロバート・ダウニー・Jrとジュード・ロウのコンビによる娯楽作『シャーロック・ホームズ』を撮っている英国人監督、ガイ・リッチーだ。本作『コードネーム U.N.C.L.E.』は、監督にとっても、紆余曲折のなかで辿り着いた題材であり、かつてないベストワークであったといえるだろう。何故、ガイ・リッチー監督が、この傑作をモノにすることが出来たのか。ここではその理由を明らかにしていきたい。

キャラクターの魅力を重視した作品づくり

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 国際秘密機関に所属する、凄腕のアメリカ人スパイ、ナポレオン・ソロをはじめ、各国出身のエージェントが活躍する、『コードネーム U.N.C.L.E.』の原作TVドラマは、「007」シリーズから始まったスパイ人気の波に乗ろうとMGMテレビで制作され、最初期は「007」原作を書いたイアン・フレミングがシナリオに関わる予定であった。結局、フレミングは降板したが、そのことからも、 ドラマ作品への熱の入れようが伝わるし、「007」に近いコンセプトの企画であることが分かるだろう。『ミッション:インポッシブル』の原作であるTVドラマ「スパイ大作戦」が、工作員たちが緻密な作戦を立て、その計算が狂い窮地に立たされることでサスペンスを発生させるような、ストーリーの面白さで勝負をしているのに対し、こちらは比較的、行き当たりばったりにピンチを切り抜けていく。やはり「007」シリーズ同様、主人公たちのかっこ良さや、要所に配置される美人女優など、キャラクター重視で視聴者の心をつかむのだ。主役の、ロバート・ヴォーン演じる、ダンディーなアメリカのエージェント「ナポレオン・ソロ」、そしてデヴィッド・マッカラム演じる、ソ連出身の美貌のエージェント「イリヤ・クリヤキン」のコンビは、多くのファンを獲得し、日本でも「0011ナポレオン・ソロ」として放送され、小説版、そして複数の漫画版も出版されるなど、一大ブームを巻き起こした。  秘密機関U.N.C.L.E. が、シリーズを通し国際犯罪組織スラッシュ(THRUSH)と戦うという内容は、初期の「007」シリーズが、やはり国際的犯罪組織「スペクター」と戦う設定であるのと同様であるとはいえ、放送当時は冷戦のさなかであり、アメリカとソ連のエージェントが協力するというドラマの内容はインパクトがある。本作『コードネーム U.N.C.L.E.』では、ナポレオン・ソロとクリヤキンが、お互いにいちいち張り合いながら、任務にあたっていくという、コメディ風の展開で観客を引っ張っていく。だから、他のスパイ映画の多くが現代に舞台を移しているのに対して、本作はその面白さを最大限に活かすために、あえて冷戦時代をそのまま扱っているのだ。ちなみに、ロシア系アメリカ人の石油王で、冷戦時代にも、アメリカとソ連を中心に大規模な貿易を行い、東西両陣営のフィクサーとして政治にも関わった曽祖父を持つアーミー・ハマーが、イリヤ・クリヤキンを演じるという今回のキャスティングは、背景を理解していると非常に面白く感じる。また、タブレットや携帯電話を利用する、現代の無粋なスパイ映画に比べ、優雅にも感じるハンドル回転式のカー・ウィンドウや、時代がかった盗聴器やレコーダーなどが画面に映り、レトロ・ポップなファッションや音楽もあいまって、このようなローテクの美しさが愛しく感じられる。

迷走の映画監督 ガイ・リッチー

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 後に『キングスマン』を監督するマシュー・ヴォーンとともに映画製作を始めたガイ・リッチー監督は、30歳で監督として、英国下層社会の淀んだ犯罪や抗争を描いた『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』、その二年後に『スナッチ』を撮った。これらは、ダニー・ボイル監督の『トレインスポッティング』がそうであるように、実験的なミュージック・クリップなどの手法を映画に持ち込み、先鋭的な映像と、スピーディで荒々しく凝った編集、異化効果を狙った意外性のある音楽の使用などで、若い世代から人気を集めた。かつて主観的な映像を駆使して世界を切り取ったヌーヴェルヴァーグが、美術史における「印象派」をなぞっていたと感じるように、新しい映画監督たちによる荒っぽく装飾過多な演出法は、「フォーヴィスム(野獣派)」に酷似しているといえよう。これは、マティスやヴラマンクなどの強烈な色彩と筆致の絵画を目の当たりにした美術批評家が、「まるで野獣のいる檻(フォーヴ)に入ったようだ」と表現したことが由来だ。ともあれ、このような野獣的演出が、ガイ・リッチーの作家性の核となっている。  ガイ・リッチー監督は、撮る作品の内容によって演出法を合わせるような、万能型の映画監督ではない。そのスタイルは、ひたすら快感と軽快さを追った、表層的な空疎さが漂い、ある意味で物足りなさを感じることも確かだ。同じようにフォーヴ風の映像や編集を駆使した監督でも、例えば、トニー・スコットのような重厚なテーマや意義は希薄だし、タランティーノのようなポストモダン風の知性的なアプローチとも異なる。それは、ガイ・リッチー自身もよく理解していただろうし、それ以上の何かをつかもうと努力していたというのは、その後の映画監督としての仕事から類推できる。  当時ガイ・リッチーの妻であったマドンナを主演に撮ったロマンス『スウィプト・アウェイ』や、内省的な犯罪映画である『リボルバー』や『ロックンローラ』など、彼自身が脚本を書き、作品を撮り続けていくなかで、彼は、作家的な「内容」を獲得するべく試行錯誤を繰り返してきた。しかし、その軽快でコミカルな演出は、テーマに重厚さや難解さを取り入れれば取り入れるほど、機能不全に陥っていくことが明らかになっていく。  このような迷走を繰り返していたガイ・リッチーが手がけた、今までの作品の10倍以上の製作費を投じた娯楽大作『シャーロック・ホームズ』は、商業的な成功を得る。これは、『アイアンマン』で再ブレイクを果たした、ロバート・ダウニー・Jrの主演作であり、ガイ・リッチーにとっては、脚本に参加すらしていない初めての職人的な仕事として、作家的な表現を一部犠牲にしているようにも見える作品である。だが、推理小説をアクション作品にした強引な企画内容はともかくとして、このとき、彼の演出法は意外にも、単純明快な娯楽表現にフィットする部分があることが証明されたように思える。そして、ここでの純粋な娯楽性への奉仕経験が、本作の成功につながっていることは間違いない。

「外見」こそが「意味」になる世界

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 本作『コードネーム U.N.C.L.E.』では、ナポレオン・ソロが、人が燃えたり海に沈んで行ったりするのをぼんやりと眺めながらワインや音楽を楽しんだり、「しまった、私のジャケットも燃えてしまった」などと、人の死を軽視するような態度をユーモアとして描いている。このような「人でなし」の描写は、ジェームズ・ボンドにも通じる要素だ。丸腰の敵を容赦なく撃ったり、敵を殺し終えるとカフスボタンやタイを直すような「スノビズム」の魅力が、当然のように本作にも通底している。彼らのスノビズムが象徴しているのは、「表層性」の重要さである。物語やテーマなどよりも、容姿の美しさやファッション、身のこなしの優雅さ、そこで食べているトリュフのリゾットや、『ローマの休日』を模したスペイン広場の観光的描写など、通常ならば「背景」となるようなものが、むしろ意味そのものとなり得る世界だ。つまりここでは、逆に「物語」や「テーマ」の側が、スパイをかっこ良く見せる背景でしかないのである。そして本作のような、価値の転倒を許すジャンルが、映画には存在するのである。  このようなコミック的なジャンル映画が要請するものは、ひたすらな快楽と軽快さに他ならない。そして、その資質を過不足無く持っているのは、他ならぬガイ・リッチー監督だったのである。重大な問題に向き合っている多くの映画監督たちは、どうしても何か社会的に意味のあるものを写し取ろうとするだろうし、美醜を超えた先にある世界の真実を描こうとするはずだ。そのような義務から取り残されているガイ・リッチーは、ここではとてつもない自由さを獲得しているといえるだろう。時間がかかったかもしれないが、紆余曲折の果てに、最も適した題材に、彼がとうとう巡り合えたというのは、監督にとっても、観客にとっても、まさに僥倖である。  ヘンリー・カヴィルやアーミー・ハマー、小悪魔的なアリシア・ヴィキャンデル、悪の女王を演じるエリザベス・デビッキなど、それぞれの役者が、ケレン味あふれる演技を披露し、それが無理の無いコミカルな演出によって、テンポ良く語られていく『コードネーム U.N.C.L.E.』は、美しくきらびやかで楽しい、まさに「0011ナポレオン・ソロ」そのものの大衆的価値観を、そのまま甦らせた稀有な作品である。 ■小野寺系(k.onodera) 映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト
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■公開情報 『コードネーム U.N.C.L.E.』 監督:ガイ・リッチー 脚本:ガイ・リッチー&ライオネル・ウィグラム キャスト:ヘンリー・カビル、アーミー・ハマー、アリシア・ヴィキャンデル、エリザベス・デビッキ、ジャレッド・ハリス、ヒュー・グラント 配給:ワーナー・ブラザース映画 公式サイト (C)2015 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

錦戸亮と神木隆之介のコンビ絶好調ーー『サムライせんせい』における絶妙なバランス感を読む

【リアルサウンドより】  なるほど、これは新しい坂本龍馬かもしれない。現在放送中のドラマ『サムライせんせい』(テレビ朝日系)の話だ。錦戸亮演じるサムライが、ひょんなことから150年後の「現代」にタイムスリップ。そのカルチャーギャップに戸惑いながらも、なぜか田舎町の学習塾の先生として子どもたちを熱血指導する……というコメディタッチのドラマである。ちょんまげ姿の錦戸と言えば、彼の初主演映画『ちょんまげぷりん』(2010年/監督:中村義洋)がすぐに思い起こされるし、「現代にやってきたサムライが繰り広げるコミカルなヒューマンドラマ」という内容も、なんだか『ちょんまげぷりん』と似ているような。そして、去年放送された宮藤官九郎脚本のドラマ『ごめんね青春!』でも、先生役をやっていたよね? ということで、正直さほど期待しないで観始めたこのドラマだけれど……ややや、これが意外と面白い。  そのポイントは、錦戸亮演じるサムライが、ただのサムライではないところにある。彼の役どころは、実在した幕末の志士・武市半平太なのだ。尊王攘夷論を唱え、「土佐勤王党」を率いた、あの武市である。史実の通り江戸末期、志半ばにして切腹を命じられた彼が、再び意識を取り戻したら、そこは150年後の世界だったという話。見慣れない周囲の様子に呆然とする武市は、やがて近隣で学習塾を営む佐伯家に辿り着き、その世話になる。元小学校校長の祖父・真人(森本レオ)、村の役場で働くその孫・晴香(比嘉愛未)、彼女の弟で無職の寅之助(藤井流星)という佐伯家の面々と、寅之助の彼女・サチコ(黒島結菜)。彼らに助けられながら、学習塾の臨時講師として働くようになった武市だが、そんな彼に熱視線を送る、謎の人物がいた。「楢崎」と名乗るフリーライターだ。神木龍之介演じる楢崎は、やがて武市と対峙する。彼こそは、武市の幼馴染であり親友でもある、坂本龍馬その人だったのだ(「楢崎」は龍馬の妻・お竜の旧姓)。しかし、なぜ?  武市同様、その理由は分からないものの、なぜか彼より一足先に「現代」へとタイムスリップしてしまった龍馬。奇跡の再会に喜びを爆発させるふたりだが、未だにちょんまげ和装の武市とは異なり、今やすっかり現代に馴染み、言葉づかいはもちろん、タブレット端末までも器用に使いこなす龍馬。もともと思考が柔軟で、新しもの好きの龍馬とはいえ、この馴染み方は尋常でない。というか、思いっきり「軽い」のだ。これまで錚々たる俳優たちによって演じられてきた坂本龍馬。最近では、内野聖陽(『JIN-仁』)、福山雅治(『龍馬伝』)、伊原剛志(『花燃ゆ』)などが演じていたことも記憶に新しい。恐らく、最年少に近い年齢で演じる神木の龍馬は、そのいずれとも異なる軽やかさを打ち放っているのだった。第4話では、なぜか女装まで披露しているし。しかも、メイド服。って、一体どんな話だ? しかし、これがものすごく良いのだ。  謹厳実直な武市を演じる錦戸と、これまで以上に自由奔放な龍馬を演じる神木。そのバランス感が、なんとも絶妙なのである。サムライ姿が似合うのは『ちょんまげぷりん』で証明済みだが、そこからさらに年月が経ち、凛々しさに加え貫禄までも身につけた錦戸。悪党相手に啖呵を切るシーンなど、かなりサマになっている。一方、その愛らしさを全開にしながら、錦戸武市に絶妙なタイミングでツッコミを入れて行く神木龍馬。土佐弁で豪快に語り合うふたりの姿は、間違いなくこのドラマ最大の鑑賞ポイントと言えるだろう。というか、年上の同性とコンビを組んだときの神木は、いつも以上に活き活きと光り輝いている。これ、最近どこかで観たぞ。そう、映画『バクマン!』でタッグを組んだ、佐藤健との関係性のように、キャッキャウフフ盛り上がっているのだ。たとえ、同性であろうとも、それはまさしく「眼福」と呼ぶに相応しいシーンと言えるだろう。  それだけではない。初めて武市と対峙したときに見せた、神木の華麗なる太刀さばきとしなやかな身のこなし。恐らく、映画『るろうに剣心』の現場で体得したであろうその所作は、思わず刮目してしまうほどカッコ良かった。対する錦戸武市も、実に堂々たるものである。さらに加えて、神木龍馬は、何やら気になるミステリアスな横顔も、次第に覗かせてゆくのだった。第1話で武市に成敗された逃走中の殺人犯をはじめ、世間を騒がせている凶悪犯たちが軒並み閲覧している謎のホームページ「平成建白書」とは、一体何なのか。そして、第4話の最後、そのページにこっそりログインし、虚空を見つめる神木龍馬の表情は何を意味しているのか。これは彼が作ったページなのか? それとも、彼ら同様、過去から現代にやってきた、別の誰かの仕業なのか? いずれにせよ、基本的なトーンは、緩くて軽いコメディでありながら、時折見せる殺陣のカッコ良さや謎に満ちた「平成建白書」の存在など、締めるところはきっちり締める『サムライ先生』。そこで錦戸・神木コンビは、どんな新しい武市・龍馬像を描き出していくのだろうか? 非常に気になるところである。 (文=麦倉正樹)

Perfume、N.W.A.、電気グルーヴ……大音量で体感したい注目の音楽映画5選

【リアルサウンドより】  ジェームス・ブラウンやブライアン・ウィルソンなど、往年の人気ミュージシャンに迫ったドキュメンタリー映画や、アーティストのライブ風景を映画化したODS作品など、近年、音楽にスポットを当てた映画が増えている。昨今は、音響設備の進化により、いままで以上にダイナミックな体験が映画館でできるようになっており、立川シネマシティが実施している極上爆音上映などはその好例だろう。そんな普段味わえない魅力的な体験を求めて、劇場に足を運ぶ人も増加しているのではないだろうか。そこで今回は、現在公開中〜12月にかけて上映される注目の音楽映画5選を紹介したい。

『WE ARE Perfume –WORLD TOUR 3rd DOCUMENT』(公開中)

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(C)2015“WE ARE Perfume”Film Partners.

 Perfumeにとって初となるドキュメンタリー映画『WE ARE Perfume –WORLD TOUR 3rd DOCUMENT』。同作は、昨年リリースされたアルバム『LEVEL3』を提げて行われたアメリカ公演の模様に迫ったもので、これまでNHKの歌番組『MUSIC JAPAN』などでも彼女たちのライブを追ってきた佐渡岳利監督がメガホンを取っている。最新技術を用いて世界的にも高く評価されている彼女たちのライブはもちろん、その裏側の努力や、メンバーそれぞれのパーソナリティまで捉えた作品となっている。『ポリリズム』のスマッシュヒットから8年、なぜPerfumeは世界中から愛される存在になったのか、本作を観れば納得のいく答えが見つかるだろう。(参考:「Perfumeのクールな表現は、熱い思いに裏打ちされている」佐渡監督が明かすアメリカ公演の裏側公式サイト

『ストレイト・アウタ・コンプトン』(12月19日公開)

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(c)2015 UNIVERSAL STUDIOS

 1986年、ラップで社会への反骨精神を表現するグループとして結成されたヒップホップグループ・N.W.A.。『ストレイト・アウタ・コンプトン』は、N.W.A.が結成し、その後の成功への道のりと挫折、権力や偏見との戦い、仲間の裏切りなど、知られざる物語を描いた伝記映画だ。本作は、すでに世界興収2億ドルを突破しており、音楽伝記映画史上興収No,1、全米3週連続No,1記録、ハンプトン国際映画祭ブレイクスルー・パフォーマー賞受賞など、数々の記録を樹立している(11月19日時点)。ICE CUBE役を、彼の息子であるオシェイ・ジャクソン・Jrが演じるなど、キャストにも注目が集まる本作は、当時の熱気を再現したライブシーンが見もの。役者たちが実際にラップを披露する姿は、ぜひ大音響&大画面で堪能してほしい。90'sヒップホップのムーブメントを体験した世代はもちろん、音楽好きならきっとその熱が伝わるはずだ。 公式サイト

『ソークト・イン・ブリーチ~カート・コバーン 死の疑惑~』(12月12日公開)

20150918-soaked_poster_th_.jpg(C)2015 Valiant Productions, LLC All Rights Reserved

 90年代、カリスマ的な人気を誇ったロックバンド”ニルヴァーナ”で、フロントマンを務めたカート・コバーン。『ソークト・イン・ブリーチ~カート・コバーン 死の疑惑~』は、1994年に27歳という若さでこの世を去った、彼の死の真相に迫るドキュメンタリーである。彼が自殺を図ったのは事実なのか、捜査資料や関係者へのインタビュー、妻であるコートニー・ラブの事件前後の音声やカートの遺書の筆跡鑑定など、様々な新事実を検証し、未だ多い死の謎を解き明かしていく。人気絶頂の最中、独自の思想を抱いて死を迎えたという物語がある種のパフォーマンスとなり、カートの存在はより伝説的なものとなっていった。その真相に迫る本作は、彼に心酔した多くの人々が抱く音楽観にも影響を与える可能性がありそうだ。 公式サイト

『THE WHO ザ・フー LIVE IN HYDE PARK』(公開中)

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(C)2015 The Who, its suppliers or licensors. All rights reserved.

 60年代、モッズカルチャーと共に、ロック史へ多大な影響を与えたバンドThe Who。彼らのデビュー50周年を記念して行われた”The Who Hits 50!ツアー”のフィナーレとして、2015年6月に開催されたロンドン・ハイドパークのライブ模様を収めたのが、このドキュメンタリーだ。本編のほかに特別映像として、バンド誕生から50年を経た胸中を明かすインタビューや、元レッド・ツェッペリンのロバート・プラント、イギー・ポップ、元ザ・スミスのジョニー・マーらのコメントも明かされている。モッズ全盛期のロンドンにて、ライブパフォーマンスが過激なバンドとしても多大な影響を与えてきた彼らが、50周年という節目にどんなステージングを披露しているのか。いまなお失われない情熱を、その目と耳で確かめてほしい。 公式サイト

『DENKI GROOVE THE MOVIE? 〜石野卓球とピエール瀧〜』(12月26日公開)

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(c)2015 DENKI GROOVE THE MOVIE? PROJECT

 『DENKI GROOVE THE MOVIE? 〜石野卓球とピエール瀧〜』は、結成25周年を迎えたユニット・電気グルーヴ初のドキュメンタリー映画となっており、全国の劇場にて2週間限定で公開される。本作は、25年の年月を経て発掘された結成初ライブや世間を驚かせた数々の記録映像、当時を振り返るメンバーのインタビュー、最新ライブの模様やアーティスト、スタッフの証言で構成されている。結成25周年を迎えるも、いまだに浮世離れした雰囲気を身にまとい、アーティストとしての底が見えない石野卓球とピエール瀧。お互いにソロとしても精力的に活動している彼らの関係性や、これまでに明かされてこなかった一面も、本作で確認できるはずだ。また、『モテキ』や『バクマン。』などの映画作品で知られる大根仁監督が本作を手がけているのも興味深いところ。大根監督は、「過去、それなりに難易度の高いミッションをこなしてきた自負はありましたが、いちばんカッコ良い先輩たちが、怖い批評家であることも知っているオレは、この仕事に確実に『地獄』を予感しました」と語っているが、その仕上がりは果たして……。(参考:電気グルーヴ、初のドキュメンタリー映画決定 大根仁監督「この仕事に『地獄』を予感しました」公式サイト  今回紹介した作品は、純粋に楽曲やアーティストの魅力を楽しめるものから、音楽を通して当時の時代背景やアーティストの物語を知ることができる内容になっている。いずれの映画も濃厚に“音楽”を感じられる作品であることは間違いないので、できるだけ大きな音で楽しみたいところだ。 (文=泉夏音)

Perfume、N.W.A.、電気グルーヴ……大音量で体感したい注目の音楽映画5選

【リアルサウンドより】  ジェームス・ブラウンやブライアン・ウィルソンなど、往年の人気ミュージシャンに迫ったドキュメンタリー映画や、アーティストのライブ風景を映画化したODS作品など、近年、音楽にスポットを当てた映画が増えている。昨今は、音響設備の進化により、いままで以上にダイナミックな体験が映画館でできるようになっており、立川シネマシティが実施している極上爆音上映などはその好例だろう。そんな普段味わえない魅力的な体験を求めて、劇場に足を運ぶ人も増加しているのではないだろうか。そこで今回は、現在公開中〜12月にかけて上映される注目の音楽映画5選を紹介したい。

『WE ARE Perfume –WORLD TOUR 3rd DOCUMENT』(公開中)

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(C)2015“WE ARE Perfume”Film Partners.

 Perfumeにとって初となるドキュメンタリー映画『WE ARE Perfume –WORLD TOUR 3rd DOCUMENT』。同作は、昨年リリースされたアルバム『LEVEL3』を提げて行われたアメリカ公演の模様に迫ったもので、これまでNHKの歌番組『MUSIC JAPAN』などでも彼女たちのライブを追ってきた佐渡岳利監督がメガホンを取っている。最新技術を用いて世界的にも高く評価されている彼女たちのライブはもちろん、その裏側の努力や、メンバーそれぞれのパーソナリティまで捉えた作品となっている。『ポリリズム』のスマッシュヒットから8年、なぜPerfumeは世界中から愛される存在になったのか、本作を観れば納得のいく答えが見つかるだろう。(参考:「Perfumeのクールな表現は、熱い思いに裏打ちされている」佐渡監督が明かすアメリカ公演の裏側公式サイト

『ストレイト・アウタ・コンプトン』(12月19日公開)

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(c)2015 UNIVERSAL STUDIOS

 1986年、ラップで社会への反骨精神を表現するグループとして結成されたヒップホップグループ・N.W.A.。『ストレイト・アウタ・コンプトン』は、N.W.A.が結成し、その後の成功への道のりと挫折、権力や偏見との戦い、仲間の裏切りなど、知られざる物語を描いた伝記映画だ。本作は、すでに世界興収2億ドルを突破しており、音楽伝記映画史上興収No,1、全米3週連続No,1記録、ハンプトン国際映画祭ブレイクスルー・パフォーマー賞受賞など、数々の記録を樹立している(11月19日時点)。ICE CUBE役を、彼の息子であるオシェイ・ジャクソン・Jrが演じるなど、キャストにも注目が集まる本作は、当時の熱気を再現したライブシーンが見もの。役者たちが実際にラップを披露する姿は、ぜひ大音響&大画面で堪能してほしい。90'sヒップホップのムーブメントを体験した世代はもちろん、音楽好きならきっとその熱が伝わるはずだ。 公式サイト

『ソークト・イン・ブリーチ~カート・コバーン 死の疑惑~』(12月12日公開)

20150918-soaked_poster_th_.jpg(C)2015 Valiant Productions, LLC All Rights Reserved

 90年代、カリスマ的な人気を誇ったロックバンド”ニルヴァーナ”で、フロントマンを務めたカート・コバーン。『ソークト・イン・ブリーチ~カート・コバーン 死の疑惑~』は、1994年に27歳という若さでこの世を去った、彼の死の真相に迫るドキュメンタリーである。彼が自殺を図ったのは事実なのか、捜査資料や関係者へのインタビュー、妻であるコートニー・ラブの事件前後の音声やカートの遺書の筆跡鑑定など、様々な新事実を検証し、未だ多い死の謎を解き明かしていく。人気絶頂の最中、独自の思想を抱いて死を迎えたという物語がある種のパフォーマンスとなり、カートの存在はより伝説的なものとなっていった。その真相に迫る本作は、彼に心酔した多くの人々が抱く音楽観にも影響を与える可能性がありそうだ。 公式サイト

『THE WHO ザ・フー LIVE IN HYDE PARK』(公開中)

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(C)2015 The Who, its suppliers or licensors. All rights reserved.

 60年代、モッズカルチャーと共に、ロック史へ多大な影響を与えたバンドThe Who。彼らのデビュー50周年を記念して行われた”The Who Hits 50!ツアー”のフィナーレとして、2015年6月に開催されたロンドン・ハイドパークのライブ模様を収めたのが、このドキュメンタリーだ。本編のほかに特別映像として、バンド誕生から50年を経た胸中を明かすインタビューや、元レッド・ツェッペリンのロバート・プラント、イギー・ポップ、元ザ・スミスのジョニー・マーらのコメントも明かされている。モッズ全盛期のロンドンにて、ライブパフォーマンスが過激なバンドとしても多大な影響を与えてきた彼らが、50周年という節目にどんなステージングを披露しているのか。いまなお失われない情熱を、その目と耳で確かめてほしい。 公式サイト

『DENKI GROOVE THE MOVIE? 〜石野卓球とピエール瀧〜』(12月26日公開)

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(c)2015 DENKI GROOVE THE MOVIE? PROJECT

 『DENKI GROOVE THE MOVIE? 〜石野卓球とピエール瀧〜』は、結成25周年を迎えたユニット・電気グルーヴ初のドキュメンタリー映画となっており、全国の劇場にて2週間限定で公開される。本作は、25年の年月を経て発掘された結成初ライブや世間を驚かせた数々の記録映像、当時を振り返るメンバーのインタビュー、最新ライブの模様やアーティスト、スタッフの証言で構成されている。結成25周年を迎えるも、いまだに浮世離れした雰囲気を身にまとい、アーティストとしての底が見えない石野卓球とピエール瀧。お互いにソロとしても精力的に活動している彼らの関係性や、これまでに明かされてこなかった一面も、本作で確認できるはずだ。また、『モテキ』や『バクマン。』などの映画作品で知られる大根仁監督が本作を手がけているのも興味深いところ。大根監督は、「過去、それなりに難易度の高いミッションをこなしてきた自負はありましたが、いちばんカッコ良い先輩たちが、怖い批評家であることも知っているオレは、この仕事に確実に『地獄』を予感しました」と語っているが、その仕上がりは果たして……。(参考:電気グルーヴ、初のドキュメンタリー映画決定 大根仁監督「この仕事に『地獄』を予感しました」公式サイト  今回紹介した作品は、純粋に楽曲やアーティストの魅力を楽しめるものから、音楽を通して当時の時代背景やアーティストの物語を知ることができる内容になっている。いずれの映画も濃厚に“音楽”を感じられる作品であることは間違いないので、できるだけ大きな音で楽しみたいところだ。 (文=泉夏音)

井口昇監督『変態団』が描くマニアの葛藤ーー姫乃たまが13人のフェティシズムと向き合う

【リアルサウンドより】  もし気になる人とのデートプランに迷っているならば、渋谷のアップリンクまで『変態団』を観に行きましょう。上映開始10秒で、相手との相性がわかります。一緒に途中退出したなら安泰、最後まで鑑賞して一階にあるカフェで楽しく感想を言い合えたなら、最高のカップルです。ただし、どちらか片方だけが途中退出してしまったら、趣味が合わなかっただけではなく、今後一切、顔すら合わせられないでしょう。  『変態団』は、中川翔子主演の『ヌイグルマーZ』(2014年)や、TBS系列『監獄学園-プリズンスクール-』(2015年)の実写ドラマ化を手がけている井口昇監督作品です。最近では5人の女優からなるアイドルグループ「ノーメイクス」のプロデュースも手がけるなど、華々しい勢いが止まりません。しかし私が最初に井口監督を目にした時、彼は無名のAV女優に尻を切られていました。  ドキュメンタリー映画『監督失格』(2011年)の平野勝之監督が制作した、鬼畜AVシリーズ『水戸拷問2狂気の選択【完全版】』(1997年)でのことです。ワゴン車に女優を詰め込んで、都内を疾走しながら、ビデ倫の許可が下りないような鬼畜な所業を繰り返す映像ですが、被害者は女優だけに留まりませんでした。冒頭で平野監督が自分の手を十字に切りつけ、女優にも自傷するよう迫りますが、当然、彼女は泣きながら出来ないと訴えます。怒った平野監督は「じゃあ、こいつの尻切れよ!」と、身代わりを登場させました。怯えた女優が弱々しく切りつけるため、平野監督の怒号は止まず、その度に何度も無意味にちょんちょんと切りつけられ、白い尻を揺らしながらひいひい言っていたのが井口昇監督だったのです。  著書『恋の腹痛、見ちゃイヤ!イヤ!』でも、出版プロデューサーの松尾スズキから「殴られてもいい奴」と評される一方で、『史上最強のエログロドキュメント ウンゲロミミズ』(1994年)など、マニアビデオの傑作を残してきました。タイトルから推測出来すぎると思うので、ここでの内容説明はしませんが、性的マニア趣向の井口監督は、10代の頃から自身の趣向に異常性を感じ、ひとりで葛藤していたそうです。その葛藤が、生贄体質に繋がると共に、数々の映像作品を生み出す動力になっていると考えられます。そんな井口監督の最新作が、「某映画祭での途中退出者記録、No.1映画」(フライヤーより)の『変態団』なのです。
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 登場人物、全員、変態。『変態団』は、13人のマニアックな性癖を持つ男女が繰り広げる“変態交差映画”です。最初に登場するのは、最も趣向が監督に近い小太りの男性。憧れの女の子の清純を願う一方で、彼女の排泄物を見てみたい気持ちと、自分は変態なのかという葛藤に悶えています。幕開けから、うんこ、パンチラ、セーラー服と、監督が好きなもののオンパレードで、作品をストレートに届けようという気概が伝わってきました。 ――「変態とは悲しきロマンチストのことである」咀嚼マニアの男上司を持つ女は、本当はレズビアンで、我慢できず職場の女性を押し倒すと、その彼女は霊感が強く、生きている人間に恋をしたことがないと白塗りの幽霊を追いかけます。窒息フェチの夫と、それに付き合っているうちに、段々と絞首フェチである自分に気がつく妻。飲尿が好き過ぎるおじさん、オカマ、骨折マニア、窒息フェチ……。彼らの多くは、死にたくなるほど社会と葛藤していました。
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 憧れの清純そうな女の子が、排泄の前段階として食事をすることに絶望するシーンでは、男の視線の先で、残酷にもセーラー服の彼女が、ケーキを持ったままトイレに入っていく演出にこだわりを感じました。なぜトイレにケーキ。嫌悪感は、マニアへの第一歩です。『花と蛇』を読んだショックで官能に目覚めた井口監督のように、マニアの入口には衝撃があります。なんとも思わない人よりも、嫌悪している人のほうが、愛情へ裏返りやすいということです。  『変態団』は、自分がマニアか否か、何が好きかを知らされる一作でもあります。その点で私が辛かったのは、咀嚼マニアの上司と部下が、口の中のものを見せ合いながら口移しし合うシーンです。これは辛いな、と画面を観る目を細めた一方で、どこかで咀嚼マニアの素質があるのかもしれないと思いました。反対に、すでに開眼していることを改めて気づかされたのは、女が窒息しているシーンです。ビニール袋をかぶせられた彼女は、限界の中で自分の唾液を吐き出します。そのシズル感と、酩酊したような表情。
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 スカトロマニアの男は、憧れの女を壁に押し付け、鼻息荒く、希望と絶望を込めて「純粋な気持ちで聞きたい。君もうんこをするのか……?」と真剣に問います。笑えます。あまりに本気で、笑えるのです。人は真剣になれば、滑稽にもなります。この作品は真剣と滑稽の狭間にあります。  作品に登場するのはハードなマニア達ですが、実際に描かれていることは、社会に自分をどう受け入れてもらえばいいか、他者にどう理解してもらえばいいのかといった、誰にもある普遍的な悩みです。『変態団』を卒業制作として生み出した「井口昇のワクワク映画塾」は、第二回が開催されるようです。何かピンと来てしまった方は、駆け込んでみてはいかがでしょうか。 ■姫乃たま(ひめの たま) 地下アイドル/ライター。1993年2月12日、下北沢生まれ、エロ本育ち。アイドルファンよりも、生きるのが苦手な人へ向けて活動している、地下アイドル界の隙間産業。16才よりフリーランスで開始した地下アイドルを経て、ライター業を開始。アイドルとアダルトを中心に、幅広い分野を手掛ける。以降、地下アイドルとしてのライブ活動を中心に、文章を書きながら、モデル、DJ、司会などを30点くらいでこなす。ゆるく、ながく、推されることを望んでいる。 [HP] http://himeeeno.wix.com/tama [ブログ]姫乃たまのあしたまにゃーな http://ameblo.jp/love-himeno/ Twitter https://twitter.com/Himeeeno
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■作品情報 『変態団』(『自傷戦士ダメージャー』と同時公開) UPLINKにて上映中~11月27日(金) 出演:「井口昇のワクワク映画塾」1期生、伴秀光、晴野未子、道山正寿、唐沢香織、衣緒菜、あやなれい、正村正太朗、羽田航祐、木谷賢史、優、わだいつお、イガリタケユキ、ヤマギワカツヤ プロデューサー:福井真奈 擬斗:カラサワイサオ 音楽:福田裕彦 監督:井口昇 公式サイト:http://www.iguchi-noboru.com/hentaidan/ (C)2015ワンダーヘッド

ジェシー、安井謙太郎、高田翔……俳優として才覚を見せる、ジャニーズJr.の注目株5人

【リアルサウンドより】  ジャニーズといえば、歌や踊りでファンたちを魅了するイメージも大きいが、中には俳優業に徹し、演技で高い評価を受けている人材も少なくない。その筆頭は、現在公開中の映画『グラスホッパー』の主演を務めている生田斗真や、演技派との呼び声も高く様々な映画・ドラマ作品に出演している風間俊介などだろう。本来であれば、CDデビューを果たして初めて“ジャニーズJr.”から“ジャニーズ”へとステップアップするのだが、先ほどあげた2人は、Jr.のまま俳優としてブレイクした稀な存在だ。そこで本稿では、現在ジャニーズJr.でありながら、すでに俳優業で才覚を見せているメンバーを5名紹介したい。

ジェシー

 アメリカ人の父親と日本人の母親を持つハーフアイドルのジェシーは、その目鼻のくっきりとした顔立ちや身長183cmというスタイルの良さもあって、ファンからの人気も高く、Jr.の中でも圧倒的な存在感を示している。俳優としての活動は、2012年の『私立バカレア高校』からスタートし、これまでコンスタントに連続ドラマや映画、舞台に出演してきた。一般的な認知度はまだ高くないようだが、今後出演する作品によっては、王道のイケメン俳優として一気にスターダムへと駆け上っていくポテンシャルを備えているといえよう。

安井謙太郎

 安井謙太郎は、『BAD BOYS J』の中川健二郎役で凶暴な演技を披露したり、『黒服物語』ではキャバクラのボーイ役を務めるなど、いままで個性的な役柄を演じている。また、演出家・小池修一郎の舞台『オーシャンズ11』に出演するなど、映像だけに留まらない活動も見逃せない。2016年には、中山優馬と島崎遥香(AKB48)が主演を務める映画『ホーンテッド・キャンパス』への出演が決まっている上、MCやタレントとしての才能も評価されていることから、バラエティ番組などでマルチに活躍していく可能性も高い。来年以降も目が離せない存在となりそうだ。

高田翔

 木曜ドラマ『青春探偵ハルヤ』にフジテレビ系『サイレーン 刑事×彼女×完全悪女』と、今季ドラマクールの2作品に出演している高田翔。2007年からジャニーズJr.で活動を始めた彼は、もともと2004年に子役として芸能デビューしており、劇団四季『ライオンキング』ではヤングシンバ役を務めた実績もある。Jr.に所属後も、2008年にテレビドラマ『バッテリー』の準主役に抜擢されたりと、着実に役者としてのキャリアを重ねてきた。いま最も、Jr.の演技派として注目を集めている存在のひとりで、このまま俳優としてブレイクする可能性もありそうだ。

長妻怜央

 長妻怜央は、フジテレビ『5→9~私に恋したお坊さん~』にて蜂屋蓮司を演じており、作中では女の子には困ったたことがない御曹司役を好演している。2014年に放送された『近キョリ恋愛~Season Zero~』で俳優デビューし、現在出演中のドラマが出演2作目となるが、月9の勢いも後押しとなり、注目を集めている。役柄や容姿からちゃらちゃらした印象を受けてしまうが、仲間内からは真面目な人柄をしていると定評がある。俳優という意味では、いま一番フレッシュなJr.ではないだろうか。

阿部亮平

 ドラマや映画への出演もあるのだが、なによりも舞台への出演が多い阿部亮平。2006年『Dream Boys』から始まり、現在まで毎年欠かさず舞台に出演している。阿部は子どもの頃から、ジャズダンス、ヒップホップ、クラシックバレエ、タップダンスなど、様々なジャンルのダンスに触れてきたという。そんなダンスの実力が、舞台での活躍に拍車をかけたのだろう。今後もその身体能力の高さを生かして、舞台俳優として活動の幅を広げるとともに、アクション俳優としての未来にも期待したい。  SMAP以降、歌や踊りの才覚だけではなく、トークや演技のスキルも重視され、それぞれの特技を磨くことがより一層求められているいまのジャニーズJr.。今回紹介したメンバーには、すでにグループを組み、CDデビューを目指している者もいるが、必ずしもデビューすることだけが成功ではないのが、いまのジャニーズJr.の面白いところでもある。彼らの中から、今後の日本のドラマ・映画界を牽引する俳優が生まれるかもしれない。 (文=泉夏音)

ジェシー、安井謙太郎、高田翔……俳優として才覚を見せる、ジャニーズJr.の注目株5人

【リアルサウンドより】  ジャニーズといえば、歌や踊りでファンたちを魅了するイメージも大きいが、中には俳優業に徹し、演技で高い評価を受けている人材も少なくない。その筆頭は、現在公開中の映画『グラスホッパー』の主演を務めている生田斗真や、演技派との呼び声も高く様々な映画・ドラマ作品に出演している風間俊介などだろう。本来であれば、CDデビューを果たして初めて“ジャニーズJr.”から“ジャニーズ”へとステップアップするのだが、先ほどあげた2人は、Jr.のまま俳優としてブレイクした稀な存在だ。そこで本稿では、現在ジャニーズJr.でありながら、すでに俳優業で才覚を見せているメンバーを5名紹介したい。

ジェシー

 アメリカ人の父親と日本人の母親を持つハーフアイドルのジェシーは、その目鼻のくっきりとした顔立ちや身長183cmというスタイルの良さもあって、ファンからの人気も高く、Jr.の中でも圧倒的な存在感を示している。俳優としての活動は、2012年の『私立バカレア高校』からスタートし、これまでコンスタントに連続ドラマや映画、舞台に出演してきた。一般的な認知度はまだ高くないようだが、今後出演する作品によっては、王道のイケメン俳優として一気にスターダムへと駆け上っていくポテンシャルを備えているといえよう。

安井謙太郎

 安井謙太郎は、『BAD BOYS J』の中川健二郎役で凶暴な演技を披露したり、『黒服物語』ではキャバクラのボーイ役を務めるなど、いままで個性的な役柄を演じている。また、演出家・小池修一郎の舞台『オーシャンズ11』に出演するなど、映像だけに留まらない活動も見逃せない。2016年には、中山優馬と島崎遥香(AKB48)が主演を務める映画『ホーンテッド・キャンパス』への出演が決まっている上、MCやタレントとしての才能も評価されていることから、バラエティ番組などでマルチに活躍していく可能性も高い。来年以降も目が離せない存在となりそうだ。

高田翔

 木曜ドラマ『青春探偵ハルヤ』にフジテレビ系『サイレーン 刑事×彼女×完全悪女』と、今季ドラマクールの2作品に出演している高田翔。2007年からジャニーズJr.で活動を始めた彼は、もともと2004年に子役として芸能デビューしており、劇団四季『ライオンキング』ではヤングシンバ役を務めた実績もある。Jr.に所属後も、2008年にテレビドラマ『バッテリー』の準主役に抜擢されたりと、着実に役者としてのキャリアを重ねてきた。いま最も、Jr.の演技派として注目を集めている存在のひとりで、このまま俳優としてブレイクする可能性もありそうだ。

長妻怜央

 長妻怜央は、フジテレビ『5→9~私に恋したお坊さん~』にて蜂屋蓮司を演じており、作中では女の子には困ったたことがない御曹司役を好演している。2014年に放送された『近キョリ恋愛~Season Zero~』で俳優デビューし、現在出演中のドラマが出演2作目となるが、月9の勢いも後押しとなり、注目を集めている。役柄や容姿からちゃらちゃらした印象を受けてしまうが、仲間内からは真面目な人柄をしていると定評がある。俳優という意味では、いま一番フレッシュなJr.ではないだろうか。

阿部亮平

 ドラマや映画への出演もあるのだが、なによりも舞台への出演が多い阿部亮平。2006年『Dream Boys』から始まり、現在まで毎年欠かさず舞台に出演している。阿部は子どもの頃から、ジャズダンス、ヒップホップ、クラシックバレエ、タップダンスなど、様々なジャンルのダンスに触れてきたという。そんなダンスの実力が、舞台での活躍に拍車をかけたのだろう。今後もその身体能力の高さを生かして、舞台俳優として活動の幅を広げるとともに、アクション俳優としての未来にも期待したい。  SMAP以降、歌や踊りの才覚だけではなく、トークや演技のスキルも重視され、それぞれの特技を磨くことがより一層求められているいまのジャニーズJr.。今回紹介したメンバーには、すでにグループを組み、CDデビューを目指している者もいるが、必ずしもデビューすることだけが成功ではないのが、いまのジャニーズJr.の面白いところでもある。彼らの中から、今後の日本のドラマ・映画界を牽引する俳優が生まれるかもしれない。 (文=泉夏音)

深田晃司監督が明かす、『さようなら』で描いた“メメント・モリ”と独自の映画論

【リアルサウンドより】  劇作家・平田オリザの戯曲を原作に、死にゆく人間と死を知らぬアンドロイドの交流を描いた『さようなら』が11月21日に公開となる。監督を務めたのは、前作『ほとりの朔子』でナント三大陸映画祭グランプリ&ヤング審査員賞をW受賞した深田晃司。リアルサウンド映画部では、深田監督にインタビューを行い、本作の製作背景や映画に対する思いなどを語ってもらった。

「メメント・モリ(死を想え)の芸術を映画で表現したかった」

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深田晃司監督とジェミノイドF

ーー本作は平田オリザさんのアンドロイド演劇が原作です。なぜ映画化しようと思ったのでしょうか。 深田:「フェスティバル/トーキョー」という国際舞台芸術祭が毎年池袋で開催されていて、2010年に舞台で初めて同作を観たときに、すぐ映画化したいと思ったんです。それで、オリザさんに「映画化していいですか?」と聞いたら、「ああ、いいよ」っていう一言だけで、あっさりと映画化権の許可をもらって動き始めた感じです。 ーー条件とか、こうしてほしいみたいな要望もなく? 深田:全くないですね、フリーハンドです(笑)。自由にやってくれと。 ーーなるほど(笑)。平田さんは実際に完成した映画をご覧になって、どんなリアクションだったんですか? 深田:一言「面白かったよ」って言ってくださいました。原作の戯曲自体は、15分ぐらいの短い演劇で、何もない真っ暗な舞台に椅子を並べて、そこでアンドロイドと女性が2人で対話する。観客にとっては、その女性が何者なのか全くわからないし、その場所がどこかもよくわからない。そういったシチュエーションで観客の想像力を最大限に引き出して、“死”というものをイメージさせる、極めて演劇的なアプローチでした。今回の映画では、より映像寄りの手法で、二人の周辺をもっと具体的に描き込んで、死体そのものも物質的に見せていきました。なので、演劇的な手法から映画的な手法への拡大、翻訳みたいなところを楽しんでもらえたと思っています。
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ーー具体的にオリザさんの原作戯曲のどのような部分に惹きつけられたのでしょうか? 深田:1番惹きつけられたのは、死んでいく女性と死ぬことのないアンドロイドの対話を通して、強烈に“死”というものをイメージさせる、いわばメメント・モリ(死を想え)の芸術だというところですね。生き物はみんな死んでいきますが、概念としての死を認識できるのは人間だけだと言われています。だからこそ、“死”という逃げようのない巨大なインパクトからもがくように、古今東西の芸術家はいろいろな“死”を題材にした文学だったり絵画だったり音楽だったり、そういったものを作ってきた。そのようなメメント・モリの表現の最先端となるものが、アンドロイド演劇の『さようなら』だと思ったんですね。それはもともと僕の関心の高い分野だったので、これをスクリーンに持っていきたいと思ったんです。
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ーーもともとアンドロイドに興味があったんですか? 深田:特にそういうわけではなくて、最初に描きたいと思ったのはその“死”の部分で、その“死”を描くのに、アンドロイドはちょうどいいなと思って。ただ撮ってみてやっぱり面白いなと思ったのは、今の科学技術の成果でもあり限界も一緒に併せ持ったアンドロイドと人間を共演させることによって、強烈に「人間とは何か」「アンドロイドとは何か」ということに想いを巡らせざるを得なくなってしまう。そこへの関心は確かに昔からあったんですね。アンドロイドと人間はすごく差があるようだけど、結局人間なんてものすごい複雑なアンドロイドに過ぎないのではないかという想いですね。

「『さようなら』は全部で38シーンぐらいしかない」

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ーー本作はクラウドファンディングで資金集めをしていましたよね。そのときは尺が90分予定となっていたのですが、実際にできあがった作品は2時間近くありました。これは脚本段階で延びていったのでしょうか? それとも製作段階でしょうか? 深田:クラウドファンディングを始めたときはまだ脚本が出来上がっていなかったんです。もちろん脚本段階で膨らんでいる面もあると思うんですけど、たぶん撮影段階ですね。僕も最近脚本を見直してみて驚いたことがあったんです。ちょうど今、僕は新作映画を撮影しているんですけど、シーンの数が145シーンぐらいで、2時間ちょっとかなってぐらいの長さの映画なんですよ。でも『さようなら』は全部で38シーンぐらいしかないんです。だから1シーン1シーンがものすごく長いんですね。何でもない時間をものすごく長く撮ったりしているので。例えば、ターニャが部屋で寝ていて、起き上がってお茶を飲んで戻って来るっていう流れを全部1カットで長く撮るとか。そういうことをやっていったので、尺が長くなっていったんだと思います。 ーー舞台版でも主役だったブライアリーさんを、映画版でもターニャ役で主演に迎えようというのは最初から決めていたんでしょうか? 深田:それは最初から決めていました。外国人でありながらアンドロイドと日本語で話している奇妙な面白さもそうですが、多言語を話せる彼女の無国籍な個性というのも映画の中で活かせたら面白いなと思い、人間らしさとアンドロイドらしさのイメージを崩していくポイントになりましたね。あとはやっぱり、日本が破滅して日本人が苦しむというドメスティックな話ではなく、災害が起こったときに苦しむ人たちに国籍は関係ないという世界観を取り入れたかったので。映画化すると決めてオリザさんに許可をもらった時点で、ブライアリーさんにも出演をお願いをしました。彼女は製作段階の資金集めのところから動いてくれて、プロデューサーの1人としても名前を連ねています。
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ーー今回、レオナ役のアンドロイド・ジェミノイドFも主要キャストの1人ですが、役者陣だけでの撮影と比べて大変なことも多かったんじゃないでしょうか? 深田:それがですね、ものすごい大変なエピソードがあったら面白いんですけど、あんまりなかったんですよ(笑)。演劇の方では、公演中にアンドロイドが止まって大変だったみたいな話を聞いたり、その場に立ち会ったりもしたんで、「映画はもっと大変だぞ」と思ってたんですけど。撮影日数も11日しかなくて短期間だったので、途中でジェミノイドが止まったり壊れたりしたらもう撮影中止だ、みたいな。そう思ってハラハラドキドキでみんな覚悟して臨んだんですけど、結局撮影中にジェミノイドが止まることはほとんどありませんでした。撮影のほうもスムーズで。それはやっぱりアンドロイド演劇が2010年から繰り返し演じられていて、技術者の方もブライアリーさんも演劇のほうでもずっと一緒だったので、経験の蓄積があったんですね。あとはやっぱり、2時間だったら2時間、90分だったら90分、ノンストップで動き続けなきゃいけない演劇と比べて、映画はどんなに長くても1カット数分で終わって、1回カメラを止めてまたセッティングできるので、アンドロイドにとっては映画のほうが演劇に比べて負担が少なかったんじゃないかと思います。

「社会派だから原発を描いたわけではない」

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ーー難民問題や原発問題といった社会問題も作品の随所に散りばめられていますが、このようなテーマを組み込もうと思った理由はなんでしょうか? 深田:原作の『さようなら』は第1部と第2部があって、第2部には福島のことが出てきて、最後は壊れたアンドロイドが福島に派遣されるところで終わるんですけど、僕が観て原作にしようとした第1部には、原発も何も出てこなかったので、僕が映画にする上で勝手に付け加えました。前作『ほとりの朔子』でも、福島からの避難民という少年を描いているんですけど、僕が社会派だからそのような問題を描いてメッセージを伝えたいという思いは全くなくて。ただ、世界にはそういうこともありえるというレベルで描きたいと思っていて。それはつまり、『ほとりの朔子』に例えて言えば、恋愛ごっこに興じる少年少女の物語で、本来そこに原発問題なんか入れなくても済むといえば済むんですよ。でも、彼らの立つ地面は、福島や世界中で起きているあらゆる災害と地続きであるという、そういった世界観は忘れず持っていたいという気持ちがあったんです。 ーーその原発が原因で、様々な人々が映画の中に出てきては消えていきますよね。中でも、山下(村上虹郎)と木田(木引優子)がでてくるシーンが印象的でした。 深田:全体的な大枠で言えば、“孤独に死んでいく女性”というのが1番の核として描かなければいけないモチーフだったんです。ターニャの周りに、恋人、友達、家族など、いろいろな人物がいて、彼らが彼女の元から離れていってしまった後に、ターニャとアンドロイドだけが残される。世界そのものが死に進んでいくような…ある意味、陰湿でネガティブな世界観の中で、基本的には未来が閉ざされていくような話なんですけど、村上さんと木引さんが出てくるシーンだけは、未来を感じさせたかったんです。国が滅びて故郷を追われるというのは、ものすごくネガティブで悲しくて辛い出来事だと思うんですけど、実際の人々の受け止め方は多様だと思うんですよね。ひとつの災害があって、そこに100人の人がいれば、100通りの受け止め方があると思うんです。その中には、「外国の新しい生活楽しみ!」と素直に前向きに受け止めている人も絶対いると思うんです。だから、あのカップルはそういったことの象徴で、今起きていることをそんなにネガティブに捉えていないんですね。
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ーー今回、イレーヌ・ジャコブさんと、ジェローム・キルシャーさんという、海外で活躍している2人も参加しています。彼らはどのような経緯で出演に至ったのでしょうか? 深田:もともと僕が『ふたりのベロニカ』という作品が大好きで、イレーヌ・ジャコブさんの大ファンだったんです。実はこの2人は、『変身』という、オリザさんの別のアンドロイド演劇に出演しているんです。僕はその撮影も少し手伝っていて、そのときに「ファンなのでよかったら観てください」と『ほとりの朔子』のDVDを渡しました。そしたら「面白かったよ」とメールが届いて。それで、「実は今こういう映画を作っているので出演してくれませんか」って聞いたら、「いいよ。何時に行けばいい?」みたいな(笑)。あっさりOKをもらいました。 ーーそこもあっさり決まったんですね(笑)。確かに深田監督の作品は海外の方々にも高く評価されています。海外の方にも分かりやすいように作品を作ろうと意識はしていますか? 深田:それは全く考えてないですね。映画を作るときには、自分が最初の観客だと思って、まずは自分が面白いと思えるものを作ろうと。基本的にはそれしかないと思っています。ただ、これは作家なりのセンスの問題にもなってくると思うんですけど、そういうときに普遍的な題材を選べるか、普遍的な価値観を示せるかどうかじゃないかなって。僕にとって普遍的だと思えるテーマやモチーフを扱うことができて、それがうまくいけば、日本人に限らず世界中の人がちゃんと何かしら面白がってくれるはずだと思っています。

「例外的な演出意図がない限り、絶対にバストショットよりは寄らない」

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ーー前作『ほとりの朔子』ではエリック・ロメール、今回の『さようなら』ではアレクサンドル・ソクーロフの影響も見受けられます。ご自身が影響を受けた監督や作品へのオマージュを自作の中でも取り入れようというのは、意識的に行っているのでしょうか? 深田:意識的というよりは、そういう性なんです(笑)。僕が映画を撮るのは、映画の現場が楽しいからとかではなくて、小さい頃から本当に映画ばっかり観ていた、ただの映画ファンなので。好きな映画の背中を追っかけて作っているという感じはありますね。やっぱり何か映画を作ろうと考えたときに、「ロメールだったらどうするんだろう」みたいなことは考えてしまいますし。ただ、どんなに参考にしても、真似をしても、オマージュを捧げても、滲み出てしまうものがオリジナリティだと思いますね。
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ーーターニャとアンドロイドが車で移動するシーンで、引きのロングショットが使われていたのが印象的だったのですが。 深田:単純に車が走っている画が好きなんですよ(笑)。ただ、車中の会話を聞かせると同時に、世界を見せられるという点では意味があるかなと思います。やっぱり人があって世界があるけど、世界があって人があるというか。今回の作品に限らず、僕の作品は比較的引きの画が多いんですね。自分の中でルールとして決めていることがあって、例外的な演出意図がない限り、特に人物を映すときは、絶対にバストショットより寄らない。それは、3人称で描くということだと思っていて。ある特定の登場人物の気持ちや感情に同化するような作り方をするのではなくて、あくまでカメラは一歩引いたところで、関係性をフラットに眺めていくという。その方が観客にとっても、関係性の想像力を自由に広げられるだろうと。なので、そういうことをやっていくと、比較的引きの画が多くなっていくんですね。
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ーーなるほど。そのこだわりは面白いですね。あと、今回の作品では時間の経過や原発事故後の空気感を表現しているような照明が素晴らしいなと思ったんですが、そこはやはり監督としてもこだわった部分なのでしょうか? 深田:そうですね。照明にこだわってやろうというのは最初から決めていました。もともと照明をちゃんとやろうと思ったのには3つ理由があって。1つは美学的な問題で、単純にああいう陰影の濃い画って美しいと思うので、今回はそれをやりたかった。日本で日常のドラマを描こうとすると、ほとんどが全体照明なので、なかなか陰影って出にくいんですよね。でも、今回は原発が吹き飛んで電気がなくなったという状況設定なので、思いっきりリミット外してできると思って。なので、照明の永田(英則)さんや撮影の芦澤(明子)さんには撮影前から相談して、陰影の濃い、ある意味、語弊はありますが西洋絵画的な画を作りたいと伝えしました。僕の中では2006年に撮った『ざくろ屋敷』という作品と向き合い方は近いので、その作品を観てもらいました。理由の2つ目は時間ですね。今回の作品の場合、時間が流れていくっていうのがものすごい重要で。それは主人公の女性が1秒1秒死に向かっていくという、その時間を描く映画なので、全く静かな画の中でも、確実に時間は進んでいるっていう。それは観客に対して無意識レベルに訴えかけるぐらいでいいと思っているんですけど。そのために、動いていないようなものでも、空間の中で光が揺らいでいたりして、確実に時間は進んでいるんだっていうことを表現したかったんです。3つ目は大気、空気を感じさせるってことですね。放射能の本質的な恐怖って見えないことなんですよね。見えないけど、確実にそこにあるという恐怖だと思うので。見えない放射能を感じてもらうには、最低限でも映像の中に空気が感じられるようにしないといけないと思ったので、光だったり、風に揺れるカーテンだったり、そういうものを意識しました。
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ーーカメラマンの芦澤さんは黒沢清監督とよく組まれていますが、彼女を起用した理由は? 深田:これまで一緒に仕事をしてきたカメラマンの方も、今新作で一緒に仕事をしていて、素晴らしいカメラマンなんですけど、今回はちょっと趣向を変えたかったんです。あとは、単純に芦澤さんの撮る映像が好きなんです。黒沢さんの『叫』での廃墟のすごい陰影の濃い表現とか、『トウキョウソナタ』での冒頭でカメラがグワーって動いてなめていくような光と影の表現とかが素晴らしくて。是非一緒に仕事をしたいカメラマンの1人だったので、僕としては胸を借りるつもりでお願いしました。 ーー映画の中でも描かれているように、今後アンドロイドが一般的に普及すると思いますか? 深田:既にPepperとかが発売され始めてますけど、今回の映画で描かれているような、何かを介護するようなロボット、癒すためのロボット、コミュニケーションをとるためのロボットっていうのは普及してくるんじゃないかと思います。これは石黒先生も言ってましたが、やっぱりアンドロイドだとおじいさんやおばあさんが抵抗なく話せるらしいんですね。相手に基本的には人格がないから気を遣う必要もないし、これ言ったら怒るんじゃないかみたいなことも気にせずに話せる。あとは今後高齢化社会や少子化が進んでいけば、当然介護や老後の孤独が問題になっていきますよね。そういった意味でも、孤独死を癒す存在、あるいは孤独に死んでいく人を看取る存在としてのアンドロイドは、今後どんどん増えていくんだろうなと思いますね。 (取材・文=宮川翔) ■公開情報 『さようなら』 11月21日(土)新宿武蔵野館ほか全国ロードショー 脚本・監督:深田晃司 原作:平田オリザ アンドロイドアドバイザー:石黒浩 出演:ブライアリー・ロング、新井浩文、ジェミノイドF、村田牧子、村上虹郎、木引優子 配給・宣伝:ファントム・フィルム (c)2015「さようなら」製作委員会 公式サイト:http://sayonara-movie.com/

『下町ロケット』は“現代の時代劇”だ 福澤克雄チームの必勝パターンと今後への期待

【リアルサウンドより】  『下町ロケット』(TBS系)が好調だ。初回平均視聴率は16.1%(関東地区)、第3話では18.6%(同)を獲得した。ドラマの視聴率は第2話以降低下することがほとんどだが、逆に伸びているということは、ドラマの面白さ自体が注目されているということだろう。  『下町ロケット』は、池井戸潤の人気小説をドラマ化したものだ。TBSの日曜劇場(日曜夜9時枠)で放送されており、池井戸潤原作の大ヒットドラマ『半沢直樹』(TBS系)を手掛けたスタッフが結集している。  本作は、宇宙科学開発機構の元研究員で、今は父親の後を継ぎ、精密機械工場・佃製作所の社長となった佃航平(阿部寛)を中心とした社会派エンターテイメントだ。物語は佃製作所がライバル会社のナカシマ工業から特許侵害で訴えられる場面からはじまり、倒産の危機の中で、神谷修一(恵俊彰)弁護士の助言で佃製作所が逆訴訟に打ってでることになる。それと同時進行で帝国重工のロケット開発と絡んで、佃製作所が制作していたロケットエンジンのバルブシステムの特許使用をめぐる物語が展開されていく。    第6話からは2015年の10月に朝日新聞で連載され、11月に単行本化された『下町ロケット2 ガウディ計画』を原作とした物語も展開されることとなっており、原作小説が本放送中に発売されるというメディア展開も話題となっている。  現在、池井戸潤の小説はテレビドラマの原作にひっぱりだ。転機となったのは『半沢直樹』だが、実はそれ以前からドラマ化はされていた。『下町ロケット』も2011年にWOWOWでドラマ化されていて今回が二度目。NHKの土曜ドラマ枠では、『鉄の骨』、『七つの会議』がドラマ化されている。  これらの作品は、企業の内幕を硬質なタッチで描いたハードな社会派ドラマで、玄人筋には高く評価されていたが、決してヒット作ではなかった。転機となったのは、やはり『半沢直樹』だろう。チーフディレクターの福澤克雄を中心とするドラマスタッフは、本作で池井戸潤の小説の印象を大きく変えた。  福澤克雄はインタビューで、池井戸潤の原作小説は活劇だ。と語り、『半沢直樹』のドラマ化にあたって黒澤明の『用心棒』を意識したと語っている。つまり、変な言い回しとなるが、池井戸潤・原作ドラマは、“現代の時代劇”として作られているのだ。  だから、敵はいつも大手企業の社員や銀行員や官僚で、彼ら悪代官に苦しめられている零細企業に務める貧しい庶民たちを、正義の銀行員や弁護士といった“現代の侍”が懲らしめるという構造になっている。そのため、悪い奴は根性がねじ曲がった嫌な奴として描かれ、主人公サイドは優しい人間として、これでもかと、描かれている。  そんな、悪くて嫌な奴をみせる時に、福澤克雄の過剰な演出は実に生き生きとしたものとなる。『下町ロケット』で言うと第4話の、帝国重工から監査に来た社員が佃製作所の社員を問い詰める場面がそうだ。最初にねちねちと嫌味を言った悪役は、後半必ず主人公サイドから反論され、最後には徹底的に言い負かされる。こういった勧善懲悪的要素と、困難なプロジェクトを実現するという『プロジェクトX』(NHK)的な中小企業の夢を描くことが、福澤克雄たちが作り上げてきた必勝パターンだと言える。  しかし、現在の池井戸潤原作ドラマの多くがスマッシュヒットはしているが、『半沢直樹』のようなメガヒットに至っていないという現実も見逃せない。  『半沢直樹』が、他の池井戸潤の原作ドラマと較べて、どこか異常に見えるのは、バンカー(投資銀行家)の半沢直樹(堺雅人)の行動が、時に勧善懲悪を逸脱する瞬間があったからだ。復讐のために出世を目指す半沢は自分と対立するバンカーを次々と倒していき、最後には宿敵である大和田常務(香川照之)を土下座させるまでになるが、堺雅人の怪演もあってか、半沢の制裁には痛快さだけでなく、そこまでやっていいのか? という暴力が持つ不快感が存在した。それが、人間の暗部を刺激する見世物的な面白さとなっていたからこそ、多くの視聴者を引き付けたのではないか。と、今は思う。『半沢直樹』の時に感じた、快楽と不快感が同時に存在する感覚は、今のところ『下町ロケット』には存在しない。  物語もテンポがよく、一つ一つのエピソードやキャラクターがさっぱりしているので、後味の悪さは残らない。現代の時代劇と考えればそれで正解なのだろうが、どこか淡泊で物足りなく感じる。  同じようなことは現在放送中の『あさが来た』(NHK)や『偽装の夫婦』(日本テレビ系)にも言えるのだが、露悪的な表現をフックにして物語を見せるという炎上商法的な演出に対して作り手自体が歯止めをかけはじめているのかもしれない。それがある種の健全性をドラマに持ち込んでいて、そのスタンスに好感を持つ一方で、「人間の心は、そんなに簡単じゃない」という思いも、見ていて感じる。  福澤克雄たちが、ポスト『半沢直樹』を生み出せるかどうかは、そのあたりにかかっているのではないかと思う。 ■成馬零一 76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。

『テラスハウス』スタッフが制作、『トランジットガールズ』は新しい恋愛模様を描き出せるか

【リアルサウンドより】  11月7日に第1話が放送された土曜ドラマ『トランジットガールズ』は、女の子同士の恋愛というテーマを取り上げた、今季ドラマクールの中でも異色の作品だ。若年層に絶大な人気を誇った『テラスハウス』のスタッフが制作を行っており、Dragon Ashのフロントマンである降谷建志が楽曲を提供していることも話題を呼んでいる。  LGBTの恋愛は、社会的にも関心が高まっているテーマのひとつだ。映画界においても『アデル、ブルーは熱い色』(2013)や『チョコレートドーナツ』(2014)など、LGBTを題材とした海外作品が公開されている。そんな関心の高まりに呼応するように放送が始まった『トランジットガールズ』。物語を通じて社会的関心の高い事象を描くのは、テレビドラマが持つ公共性という観点から見ても、意義のある試みといえる。  物語は、2年前に母親が他界し、父親と2人で暮らす高校生の葉山小百合(伊藤沙莉)のもとに、父親の再婚相手の連れ子である志田ゆい(佐久間由衣)が現れ、義姉妹となるところから始まる。はじめは反発しあうものの、ひとつ屋根の下で暮らすなかで、互いに恋心を募らせていく姿を描いていくラブストーリーだ。  先週放送された第1話では、小百合とゆいの出会いを描きながら、2人の人間性や周囲の環境を紹介している。小百合は、友情や恋といった青春を謳歌する健全な女子高生だが、ゆいは口数が少なく、感情をあまり表に出さないクールな印象だ。再婚への不満を露骨に表わし、ゆいに対しても冷たい態度をとる小百合。その一方でゆいは、義姉妹ならざる感情を抱きながら小百合へと近づき、第1話から視聴者をドキッとさせる大胆な行動をとっていた。  また、性格だけでなく外見も対照的だといえる。百合子役を演じる伊藤沙莉は、身長152cmと小柄な体格で、セミロングの髪型をしているのに対し、ゆい役の佐久間由衣は身長171cmとスタイルが良く、黒髪のショートヘアがボーイッシュな印象を与える。先ほどあげた映画『アデル、ブルーは熱い色』でも言えることだが、違う価値観を持つ者同士だからこそ惹かれあい、そこに激しい恋愛感情が生まれるのだ。  こうした王道の恋愛ストーリーは、過去に映画やドラマで多く使われてきた物語構造だが、それを女の子同士で行うことで新しい情景を生み出している。本作のイメージカットには、ベットでじゃれあう2人の様子が写し出されているのだが、そこには透明感がありながらも濃密な空気が感じられる。容姿も性格も対照的な二人が、今後どのような過程で惹かれあっていくのか。そして、二人の関係が深まるにつれ、その友人や家族などの登場人物はもちろん、世の視聴者はどんなリアクションを見せるのか。数々の恋愛模様を切り取ってきた『テラスハウス』制作陣の手腕も、大いに試されそうだ。 (文=泉夏音)