海外ドラマライター・今祥枝が選ぶ、冬休みにイッキ見したいNetflixドラマ4選

【リアルサウンドより】  Netflixは、もともとはレンタル店から出発した会社だ。長年に渡ってユーザーの好みや傾向を蓄積したビッグデータを生かした同社のオリジナル・シリーズは、次が観たくなること間違いなしのイッキ見に適した作りが特徴。質は高いがハイブロウ過ぎず、13話程度で1シーズンが終了するので従来の地上波の番組のように10話〜15話あたりで中ダレすることもない。同時に、オリジナル番組ではない他局の優秀なシリーズも多く配信しており、放送やDVD化されていない番組を視聴できるのも大きな利点だ。そこでNetflixで配信中の極めて“ハズレ”が少ないオリジナル・シリーズを中心に、冬休みにイッキ見をオススメしたいアメリカのTVドラマを紹介する。

BLOODLINE ブラッドライン

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『BLOODLINE ブラッドライン』公式サイト

 美しくのどかな景観が広がる海辺の町でホテルを経営するレイバーン家。絵に描いたような完璧な家族だが、厄介者の長男ダニーがホテルの45周年記念のパーティーに合わせて帰郷したことから、家族に不穏な空気が漂い始める。製作にはグレン・クローズ主演の画期的なサスペンス「ダメージ」のチームが集結。過去、現在、未来を巧みに交錯させる作風は彼らが得意とするところで、ミステリーのひっぱり具合は絶妙。ただ、「ダメージ」では作りが巧み過ぎて一般的な視聴者が置いて行かれた感もあったが、本作では適度なので見やすい。日本ではなぜか放送されない傑作ドラマ「Friday Night Lights」のカイル・チャンドラー(映画「SUPER8」)がイメージ刷新でダークな役を演じるのも見ものだが、ダメさ全開、魅惑的な人たらしのダニーが最高!演じるベン・メンデルソーンは今期の多くの賞レースに名乗りをあげる怪演で気を吐いている(2016年1月10日発表のゴールデングローブ賞にもノミネートされている)。また、あるべき家族の姿に固執する、オスカー女優シシー・スペイセク演じる母親像が憐れを誘うと同時に、結局は「家族が一番」といった、実のところは保守本流が大勢を占めるアメリカ的な価値観に一石を投じている皮肉も効いている。シリーズは継続するが、シーズン1で提示された謎はほぼ全て明かされるのでイッキ見のカタルシスは大いにあるサスペンス。

Master of None マスター・オブ・ゼロ

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『マスター・オブ・ゼロ』公式サイト

 アメリカで最もハイクオリティなオリジナル番組を排出し続けるプレミアム・ケーブル局HBOにその才能を発掘され、「サタデー・ナイト・ライブ」が生んだ才媛エイミー・ポーラー主演の秀作コメディ「Parks and Recreation」(なぜか日本で放送されない)で名を挙げたアジス・アンサリ。コメディアンでジャド・アパトー監督作でも知られる彼が、思いっきり自分色を出した30分のコメディだ。有名映画を模して1話で一本の映画を見たかのような作りは、ウィットに富んだシニカルな笑いがウディ・アレンを思わせるものも。今時アラサー男子の恋愛事情に妙味があるが、米有力紙の多くが今年のベストエピソードの一つとしてあげている第2話は、移民として苦労した親世代とのギャップをほろ苦くも微笑ましい感動が余韻を残して秀逸。ちなみに“多様性”は今期の米国テレビ界が掲げるキャッチフレーズで、インド系、アジア系が主演、英語以外の言語が多用される作品が地上波でも増えている。劇中ではアンサリ演じる売れない俳優が、「ひとつの番組にインド系が2人は多すぎる。アフリカ系アメリカ人がようやくその域に達したレベル」と分析する場面も。ゴールデングローブ賞ではアンサリがノミネートされている。

NARCOS ナルコス

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『NARCOS ナルコス』公式サイト

 当サイトに作品評があがっているので、詳しくはそちらを参照のこと。(参考:なぜ『ナルコス』は数ある“麻薬モノ”の中で突出して面白いのか?)実録ゆえの説得力に迫る)1980年代、世界市場を急速に支配したコカインで財をなし、コロンビアで麻薬密売組織「メデジン・カルテル」を創設したパブロ・エスコバルと、取締捜査官や政府の血で血を洗う壮絶な戦いに目が釘付け。実録ドラマらしい余計な装飾が排除されているので、サクサク話が進むのもいい。コロンビアが舞台なのでスペイン語がかなりの部分を占めるが、これもまた今期の米国テレビ業界のトレンドだ。こちらもゴールデングローブ賞に複数ノミネートされている。「ブレイキング・バッド」が好きな人にもオススメ。2016年4月公開予定の話題の映画「ボーダーライン」の予習としてもぜひ。

MAKING A MURDERER 殺人者への道

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『MAKING A MURDERER 殺人者への道』公式サイト

 現在進行中の刑事事件をシリーズ化して、言い方は悪いが娯楽として見せるのも米国テレビ界の新たなトレンド。原語で聞き取るのが難しい場合は日本語吹替もあるので、ワイドショー感覚で流し見することから始めるのもオススメ。アメリカでは有名な事件でも日本人にはほとんど知られていないので、最初は「こんな事件があるのか〜」とゴシッピィな感覚で視聴するも、だんだんとアメリカの村社会の問題点が顕著になってくるあたりから、ガチの社会派の様相を呈して別の意味で目が離せなくなる。閉鎖的な村社会での人間模様はTVシリーズ版も大傑作の「FARGO/ファーゴ」に通じるものもあるが、本作は正真正銘実話だからしゃれにならない。ドキュメンタリー作品のルネサンスとも評される内容は、事実を積み重ねていく過程に価値があるので、いわゆるフィクションのように“よくできた物語”を期待しないように。  Netflixオリジナル・シリーズ以外では、長年上陸が望まれていた秀作として、1980年代の東西冷戦下のアメリカを舞台にしたスパイ・サスペンス「ジ・アメリカンズ」と、悪名高きバイク・クラブ“SAMCRO”の無法者たちのぶっとんだ日常を描いた傑作「サン・オブ・アナーキー」を激しく推す。アメリカのベーシック・ケーブル局の中でも特に個性的で作家性の強い番組作りを続けてきたFXの作品で、同局は「ダメージ」や「アメリカン・ホラー・ストーリー」から「FARGO/ファーゴ」まで、実にエッジの効いた作風が刺激的で面白い。この機会にぜひ!  また、既に当サイトに作品評があがっているNetflixオリジナル・シリーズの「センス8」「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」「アンブレイカブル・キミー・シュミット」も間違いなく面白いので、年末年始の気分に合わせてチョイスしてみてほしい。 参考:ウォシャウスキー姉弟の新境地! Netflixドラマ『センス8』が伝えるメッセージとは何か 参考:女性刑務所の日常はヘヴィーなだけじゃない? 『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』が共感を呼ぶ理由 参考:Netflixは日本のコメディー市場を切り拓くか? 『アンブレイカブル・キミー・シュミット』に見る大人のエンタメ性 ■今祥枝 映画・海外ドラマライター。「BAILA」「日経エンタテインメント!」「エクラ」「オレンジページ」「ブリリアントシネマクラブ」「シネマトゥデイ」など雑誌・ウェブで連載。ほかプレス作成、劇場用パンフレットにも寄稿。時々ラジオ、映像のお仕事。著書に「海外ドラマ10年史」(日経BP社)。Twitter Netflixにて好評オンラインストリーミング中 (c)Netflix. All Rights Reserved. Netflix:https://www.netflix.com/jp/

松岡茉優が2015年に躍進した理由は? ドラマ、バラエティで見せる“異なる顔“を分析

【リアルサウンドより】  2015年も行く末が楽しみな役者をたくさん見ることができた。そのなかでも大きな躍進を果たしたのは、松岡茉優だろう。松岡は、現在20歳の女優。2013年の連続ドラマ小説『あまちゃん』で入間しおり役を演じ、大きな注目を集めた。その後も、『GTO』『斉藤さん2』『リトル・フォレスト』など、コンスタントにドラマや映画に出演し、着実にキャリアを重ねてきた。  そんな松岡が今年演じた役で特に印象的だったのは、フジテレビのドラマ『問題のあるレストラン』の雨木千佳役だ。雨木千佳は、人間嫌いで会話もままならないという設定の女性。夫の女性関係が原因で精神を壊してしまった母親のために、幼い頃からご飯を作ってきた過去を持つ。こうした難しい役を松岡は、見事に表現しきった。このドラマは他にも、二階堂ふみ、菅田将暉、高畑充希など、注目の若手俳優が多く出演したが、そのなかでも松岡茉優は、定評のある高い演技力を遺憾なく発揮。第84回ザテレビジョンドラマアカデミー賞の助演女優賞でも2位を獲得し、評価を得た。  こうした高い演技力を支える順応性も、目を見張るものがある。今年の松岡は、ドラマでは『問題のあるレストラン』『限界集落株式会社』『She』『コウノドリ』、さらに映画では『サムライフ』や『ストレイヤーズ・クロニクル』など、さまざまな作品に出演したが、似た役を演じるということはなかった。とりわけ、『She』の西澤涼子役で披露したクールな姿は、笑顔を絶やさない明るいイメージが強い松岡とは違う一面も見れて面白かった。このような引きだしの多さは、さらなる躍進をするうえで武器になりえる。  一方で松岡は、MCとしてのトーク力や仕切り能力も高く評価されている。MCを務める『ENGEIグランドスラム』や『ツギクルもん』といったバラエティー番組では、強烈なキャラクターを持つお笑い芸人たちと対等に渡りあい、コメントや切り返しで笑いをとる場面もしばしば見られる。  そのコメントで見られる言語感覚も独特だ。たとえば、11月21日に放送されたフジテレビの番組『正直女子さんぽ』での、「改造されちゃったってこと? 我々近代人に」というコメント。これは、茨城の牛久大仏を見たときのコメントだが、『正直女子さんぽ』での松岡は、こうしたおもしろコメントを連発している。松岡のコメントが面白いのは、視聴者が一瞬で理解できる言葉を使いながらも、その言葉の組みあわせがちょっとズレているところだ。これが本当に絶妙で、筆者は何度もクスッとしてしまう。また、お笑い番組やドラマで見せる姿とは違い、自然体な立ち居振る舞いを見れるのもいい。松岡の面白さをもっと知りたい人は、ぜひ『正直女子さんぽ』も観てほしい。  3月から文化放送で始まったラジオ番組、『松岡茉優ト文化的交流』も見逃せない。ここでの松岡は、『正直女子さんぽ』での自然体な姿にくわえ、軽快なテンポが光るマシンガン・トークも披露してくれる。リスナーからのお便りにも真摯に答えるなど、丁寧な心配りもうかがえる。そして何より、ひとりで喋るからこそ垣間見れる自由な姿。話のボキャブラリーも豊富で、12月8日の放送では、アニメ『デジモンアドベンチャー』ネタのトークを繰りひろげるなど、意外な一面も見られた。  そんな松岡茉優の魅力は、フィールドによって顔が違う多彩さと、その多彩さが生みだすギャップにある。このギャップはファンを翻弄しつつも、決して飽きさせない魅力だと言える。こうした魅力に、筆者も含めた多くの人たちはトリコなのだ。(文=近藤真弥)

二宮和也とビートたけし、『赤めだか』で師弟愛をどう描く? キャスト陣の実力を読む

【リアルサウンドより】  年末年始は大型の特別ドラマが最も多い時期だが、今年は超目玉の作品がある。12月28日(月)に放送される立川談春原作の『赤めだか』は、累計18万部のベストセラー。「不世出の天才落語家」立川談志と、「平成の名人」立川談春ら弟子たちの師弟愛を描いた名作が、発売から7年半の歳月を経て、いよいよ映像化されるのだ。  期待感をかき立てるのは、意義深いキャスティング。談春を演じる二宮和也は、『拝啓、父上様』『フリーター、家を買う。』のようなヒューマン作に相性が良く、落語家を演じるために必要な話術においても、同世代を凌駕するスキルを持ち合わせている。さらに二宮は、年始の特別ドラマ『オリエント急行殺人事件』で野村萬斎、西田敏行、佐藤浩市と共演したときのように、大物と対峙するほど輝きを増すタイプの俳優だ。  『赤めだか』での大物は、もちろん談志を演じるビートたけし。もはや説明不要の重鎮だが、かつてたけしは談志に弟子入りして「立川錦之助」という高座名をもらい、本人の前で落語をかけたことがあった。毒舌とブラックユーモアを押し出す芸風に加え、照れ屋で不器用な人柄もどこか似ている。談春が「談志の弱さまで演じられる唯一の人」と絶賛しているように、芸への真摯な愛とムチャクチャな言動がシンクロした、まさにハマリ役だ。  実質上のダブル主演となる初共演の2人がどんなかけ合いを見せるのか……というより、「上の者が白いと云えば黒いもんでも白い」のが落語界のならわし。とりわけ談志の立川流は、どの流派よりもその傾向が強いため、「高圧的に攻めるたけし」と「タジタジになりながら守る二宮」という関係性が見物となる。談志をよく知るたけしも、談春との共演歴がある二宮も、本人の佇まいをリアルに再現できるだけに、落語シーンを含め、その一挙手一投足に注目してほしい。  2人を取りまく登場人物も個性派ぞろいだが、最注目は同じ前座として修業に励む仲間たち。ライバル的な存在の立川志らくに『釣りバカ日誌』の好演が記憶に新しい濱田岳、のちに『たけし軍団』のダンカンとなる立川談かんに柄本時生、さらに、立川談々に北村有起哉、立川ダンボールに新井浩文、立川関西に宮川大輔と、芸達者なコメディ巧者が並ぶ。談春を含めた前座の6人が、談志から無理難題を言われ、家事を押しつけられるドタバタ劇は、やたらおかしく、どこか哀しく、彼らのお笑いセンスが引き出されている。  さらに、兄弟子の立川志の輔に香川照之、高田文夫にラサール石井、談春の両親に寺島進と岸本加世子、本人役として春風亭昇太、春風亭小朝、中村勘九郎、三遊亭円楽が出演するなど、年末の特別ドラマらしい豪華なキャストがそろった。  肝心の物語は、「談志の破天荒な人柄と生き様を弟子の視点から見つめる」という図式。しかし、スタッフが本当に描きたいのは、「どんな世界よりも濃密な落語界の師弟関係」だろう。一般企業ではパワハラでしかない師匠の振る舞いも、談志と談春の関係においては当てはまらない。談志の理不尽な言動にどれだけ戸惑っても怒っても、結局、談春の心は師匠への憧れで満ちているからだ。また、両者には“落語への絶対的な愛”という揺るぎない共通点があり、「クセのある師匠をあえて選んだ」弟子と「選ばれて入門を許可した」師匠の間には計り知れない信頼関係がある。そんな2人の不器用でまっすぐな愛情表現が、このドラマの醍醐味と言ってもいいだろう。  プロデューサー・伊與田英徳と脚本家・八津弘幸は、『半沢直樹』『下町ロケット』などを手がけた名コンビ。一方、演出はドラマから映画、バラエティ、MVまで、さまざまな映像作品を手がけ、業界内でのファンも多いタカハタ秀太が務める。タカハタ監督の基本スタイルは、「リハーサルなしでいきなり本番を撮る」というもの。その上で「一発OKが多かった」のは、緊迫感のあるムードの中、キャストの研ぎ澄まされた集中力とスキルが発揮されたからではないか。  『赤めだか』は、単に特殊な世界を描いただけではなく、「師弟関係とは?」「仕事に挑む姿勢とは?」という普遍的なテーマを考えさせてくれる作品。落語に興味のない人にもぜひおすすめしておきたい。 ■木村隆志 コラムニスト、テレビ・ドラマ解説者、タレントインタビュアー。番組やタレントがテーマのコラムを各メディアに毎月20~30本提供するほか、取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。著書は『トップ・インタビュアーの聴き技84』など。

年末企画:編集部・宮川翔の「2015年 年間ベスト映画TOP10」

【リアルサウンドより】 1. マッドマックス 怒りのデス・ロード 2. アクトレス 〜女たちの舞台〜 3. EDEN/エデン 4. セッション 5. 岸辺の旅 6. バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡) 7. マイ・ファニー・レディ 8. インヒアレント・ヴァイス 9. 恋人たち 10. 草原の実験  「今年は良作が多すぎて年間ベストを決めるのが難しい」と毎年思うのですが、今年は特に難しかったです。メガヒットシリーズや人気作の続編、しばらく作品を発表していなかった監督の数年ぶりの新作、カンヌやヴェネツィアなどで賞を獲った話題作…などなど、挙げだしたらキリがありませんが、苦渋の末に選んだ今年のベストが上記10作です。  『薄氷の殺人』、『裁かれるは善人のみ』、『共犯』、『ジャッジ 裁かれる判事』、『あの頃エッフェル塔の下で』、『きみはいい子』なども、ベスト10に肩を並べる傑作でした。  1位の『マッドマックス 怒りのデス・ロード』は、やはり外せません。『ジュラシック・ワールド』、『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネーション』、『007 スペクター』、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』、『クリード チャンプを継ぐ男』など、往年の人気シリーズの新作も粒ぞろいでしたが、どうしても“過去作ファンのためのもの”という感じが否めなかった中、シリーズ30年ぶりの新作となった『マッドマックス 怒りのデス・ロード』では、ジョージ・ミラー自らメガホンを取り、全く新しい『マッドマックス』を見せてくれたことに興奮しました。2D字幕版、3D字幕版、IMAX 3D字幕版、立川シネマシティの極上爆音上映の計4回観ましたが、何度観ても飽きさせることのない、ジョージ・ミラーの執念のようなものが映画の中に溢れていた。この先、歴史に残る1本になるでしょう。  2位の『アクトレス 〜女たちの舞台〜』と3位の『EDEN/エデン』も、自分の人生を改めて見つめ直すという意味で、非常に心に残る映画でした。それぞれの作品を手がけた、オリヴィエ・アサイヤスとミア・ハンセン=ラヴが夫婦というのもすごい。一時のジェームズ・キャメロン&キャスリン・ビグロー、スパイク・ジョーンズ&ソフィア・コッポラのように、今最も才能のある現役映画監督夫妻ではないでしょうか。  2016年公開作も期待作が目白押しです。リアルサウンド映画部では、今後も素晴らしい映画を広く伝えていくために、様々な記事を掲載していきます。2016年もどうぞよろしくお願いいたします。 ■作品情報 『マッドマックス 怒りのデス・ロード』 Blu-ray & DVD 発売中 監督・脚本・製作:ジョージ・ミラー 出演:トム・ハーディー、シャーリーズ・セロン、ニコラス・ホルト、ヒュー・キース=バーン、ロージー・ハンティントン=ホワイトリー、ライリー・キーオ、アビー・リー 、コートニー・イートン、ネイサン・ジョーンズ、ゾーイ・クラビッツ 発売・販売元:ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント (c)2015 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED

二宮和也『赤めだか』、東山紀之『信長燃ゆ』……年末年始のスペシャルドラマを一挙紹介!

【リアルサウンドより】  今年も残すところあとわずか。もはやテレビも、すっかり特番ばかりです。ということで、本稿では、この年末年始、気になるスペシャルドラマを一挙ご紹介することにしましょう。  まずは、12月28日(月)21時からオンエアされる、年末ドラマ特別企画『赤めだか 青春落語グラフィティ』(TBS)。落語家・立川談春が自らの修行時代の思い出を綴り、ベストセラーとなった同名エッセイをドラマ化した作品です。主人公「立川談春」役を演じるのは二宮和也。そして、その師匠である「立川談志」役を演じるのは、生前の談志と親交も厚かったビートたけしという豪華さです。さらに、談志=たけしを中心とした「立川一門」の面々には、香川照之(志の輔)、濱田岳(志らく)、宮川大輔、柄本時生、新井浩文らを起用。さらに、本作の「ナビゲーター」として笑福亭鶴瓶が、ゲスト出演者として、春風亭小朝、春風亭昇太、三遊亭円楽が名を連ねるなど、落語界のサポートもバッチリな一本となっているようです。本作の脚本を担当しているのは、『半沢直樹』、『下町ロケット』などで知られる八津弘幸。演出は、『天才たけしの元気が出るテレビ』でキャリアをスタートさせた演出家・映画監督、タカハタ秀太が担当。この組み合わせも、なかなか興味深いところです。ちなみに、「青春落語グラフィティ」という意味では、年明け1月16日(土)から、松山ケンイチ主演の青春落語映画『の・ようなもの のようなもの』が公開されるので、こちらと合わせて観るのも一興かもしれません。  その他、もはや年内は、めぼしいスペシャルドラマが見当たらないのですが、12月31日(木)、大晦日の朝7時20分から11時54分まで、連続テレビ小説『あさが来た』(NHK総合)のダイジェスト版(第13週まで、各週の内容を20分ずつにまとめたもの)が一挙放送されるとのこと。ここへ来て、平均視聴率が25%を超えるなど、さらなる盛り上がりを見せている『あさが来た』を、この機会に一気観するのもいいかもしれません。ちなみに、年明け1月3日(日)の16時から、これをさらにまとめた約2時間の「総集編」の放送もあるようなので、お急ぎの方はこちらがおすすめです。  続いて、年が明けた2016年の元旦1日1日(金)21時からは、『相棒 Season14 元旦スペシャル「英雄〜罪深き者たち」』(テレビ朝日)がオンエアされます。反町隆史を「新相棒」に迎えてからは初となる、恒例の正月スペシャル版。事件の鍵を握る左翼活動家の男……というか、これまで名前だけは数回登場していた極左グループ「赤いカナリア」の元幹部「本田篤人」役を古谷一行が演じることが話題の一本です。さらに、野心的な女性政治家役で木村佳乃が、本多の娘役で内山理名が登場するなど、スペシャル版らしい豪華な出演者陣にも注目が集まります。ところで、同じく1月1日(金)23時15分からは、『孤独のグルメ お正月スペシャル〜真冬の北海道・旭川出張編』(テレビ東京)がオンエア。松重豊演じるお馴染み「井之頭五郎」が、今回は北海道・旭川を訪れるようです。  そして、1月2日(土)21時からは、テレビ東京恒例の新春時代劇『信長燃ゆ』(テレビ東京)が放送されます。1979年からスタートし、今年実に38回目を数える新春時代劇。その演目に選ばれたのは、みなさんご存知、織田信長。それを演じるのが、東山紀之であるという点が話題の作品です。直木賞作家・安部龍太郎の同名小説をもとに、「本能寺の変」に至るまでの約1年半に焦点を絞って描き出されるという本作。信長と対立する朝廷側の要人、関白「近衛前久」を寺尾聰が、武家と朝廷の対立に巻き込まれながら、やがて信長と深い関係になっていく親王夫人「勧修寺晴子」を栗山千秋が演じているのも注目の一本です。ちなみに個人的には、信長の側近「森蘭丸」役を中島裕翔(Hey! Say! JUMP)が演じている点に注目です。彼は、年明け9日(土)公開の映画『ピンクとグレー』(監督:行定勲)に主演、同じく年明け9日21時からオンエアされる、堤幸彦演出のスペシャルドラマ『刑事バレリーノ』(日本テレビ)でも主役を演じるなど、ここへ来てさらなるブレイクの可能性を予感させます。
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『富士ファミリー』公式サイト

 さて、個人的に最も楽しみにしているのは、1月2日(土)21時から放送される、新春スペシャルドラマ『富士ファミリー』(NHK総合)です。『野ブタ。をプロデュース』(2005年)などで知られる人気脚本家・木皿泉が久しぶりに書き下ろしたオリジナル作品であるこのドラマ。その舞台となるのは、富士山のふもとにある、小さな食料雑貨店です。そこには、近所でも評判の美人三姉妹がいて……長女・鷹子(薬師丸ひろ子)、次女・ナスミ(小泉今日子)、三女・月美(ミムラ)。物語はこの3人と、彼女たちを取り巻く人々を中心に展開していくようです。NHK曰く、「ちょっと変わった大家族の物語」なのだとか。片桐はいり、高橋克実、吉岡秀隆など、共演者たちも実力派ぞろい。ところで、薬師丸ひろ子と小泉今日子と言えば、連続テレビ小説『あまちゃん』が思い起こされますが、なるほど、本作の演出を担当しているのは、『あまちゃん』と同じく吉田照幸。木皿泉と吉田照幸は、果たしてどんな化学反応を起こすのでしょう。ちなみに、オンエア前日である1日(金)18時5分からは、『コトバのお年玉~薬師丸ひろ子×小泉響子×有働由美子の初夢トーク~』と題した特別番組もNHK総合で放送されるとのこと。こちらも合わせてチェックしておきましょう。  そして、三が日の最後、1月3日(日)21時には、新春ドラマスペシャル『坊っちゃん』(フジテレビ)が登場します。夏目漱石の名作『坊っちゃん』をドラマ化した本作。これまで、『坊っちゃん』は何度も映像化されていますが、意外にも今世紀に入ってからは初なのだとか。ちなみに、2016年は夏目漱石没後100年にあたります。そんな記念すべきタイミングで、主人公「坊っちゃん」を演じるのは、年末の『赤めだか』に続き、スペシャルドラマの主演が続く二宮和也。現在上映中である山田洋次監督の映画『母と暮らせば』も含めて、「役者・二宮和也」のちょっとしたラッシュです。そんな二宮「坊っちゃん」のほか、彼の同僚「山嵐」役を古田新太が、「うらなり」役を山本耕史が、そして「赤シャツ」役を及川光博が務めるなど、これまでありそうでなかった共演が実現。「坊っちゃん」という愛称の名付け親である女中「清」を宮本信子が演じていることにも注目です。なお、2015年、小説『火花』で一世を風靡した又吉直樹が、「夏目漱石」役で出演していることも、最近になって発表されました。ちなみに、脚本を担当するのは、『僕の生きる道』(2003年)など「僕三部作」や『ゴーストライター』(2015年)で知られる脚本家・橋部敦子。演出は、木村拓哉主演のドラマ版『HERO』(2015)の演出はもちろん、昨年公開された映画版では、監督も務めた鈴木雅之が担当。実に手堅い布陣です。  最後に触れておきたいのは、1月4日(月)21時から放送される、『女性作家ミステリーズ 美しき三つの嘘』(フジテレビ)。湊かなえ、三浦しおん、角田光代という3人の女性作家の短編小説を、永作博美、土屋太鳳、鈴木京香という3人の女優を主演に迎えてドラマ化した、オムニバス形式の作品です。ここで注目すべきは、「ムーンライト」(湊かなえ)、「炎」(三浦しおん)、「平凡」(角田光代)という3編を、3人の映画監督たちが演出している点でしょう。「神様のカルテ」シリーズの深川栄洋(「ムーンライト」)、『軽蔑』(2011年)、『さよなら歌舞伎町』(21015年)、『ストロボ・エッジ』(2015年)など幅広い作風で知られる廣木隆一(「炎」)、全278分という大作『ヘヴンズ ストーリー』(2010年)、映画版『64-ロクヨン-』の公開も控えている瀬々敬久(「平凡」)が、それぞれ担当。いずれも、「女性」の描き方については、こだわりのある監督であるだけに、その仕上がりが注目されます。  さて、そのあたりの週からは、1月クールの連続ドラマも徐々に始まるので、そちらの見どころについては、また機会を改めてご紹介していきたいと思います。それではみなさま、良いお年を! (文=麦倉正樹)

クリスマス公開中の恋愛映画、『きみといた2日間』と『COMET/コメット』を観る

【リアルサウンドより】   クリスマスに観るのが適切かどうかはさておき、世の中には男女が延々と会話し続けるだけという類の映画が存在します。かつてはフランス映画のお家芸だった男女の会話劇。主な議題は、もちろん「愛(ラブ)」です。しかし、その手の映画の中心地は、リチャード・リンクレーター監督の『恋人までの距離(ディスタンス)』(1995年)以降、徐々にアメリカへと移ってきたように思うのです。(※メイン写真は『COMET/コメット』のもの)  ヨーロッパの長距離列車の中で偶然出会った男女が意気投合し、おしゃべりしながらウィーンの街を歩き回るだけ、という『恋人までの距離(ディスタンス)』。しかし、これが滅法面白かった。初対面の男女が、どんなことを話しながら、互いの「距離」を縮めたり、あるいは離したりするのかを延々眺め続けるのは、なかなかどうして意外と面白いものです。なんか勉強になるし。というか、「脚本」の本質的な面白さって、プロットではなく、そんな細部にあるのではないでしょうか。もちろん、その後、本作の邦題が、原題に忠実な『ビフォア・サンライズ』に変更され、その9年後に同監督、同キャストによる『ビフォア・サンセット』(2004年)が、さらにその9年後に『ビフォア・ミッドナイト』(2013年)が作られるなんて、当時は夢にも思っていなかったけれど。
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『きみといた2日間』場面写真 (C) 2013 APARTMENT TWO, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

 ということで、本稿では、クリスマス対策として、そんな「ひと組の男女の会話劇」の流れを汲むと思われる、現在日本公開中のアメリカ映画を2本、ご紹介したいと思います。まず一本目は、ニューヨークを舞台とした映画『きみといた2日間』。なんとなくロマンチックな感じのする邦題がつけられた本作ですが、その内容は原題の“Two Night Stand”がストレートに表しているように、いわゆる「ワンナイトスタンド(一夜限りの情事)」ならぬ「二夜限りの情事」を描いた作品です。映画を観終えた今となっては、「“ネット恋活”から始まるこの冬いちばんのラブストーリー」というキャッチ・コピーに、やや首を傾けたくなる気分がないわけではないですが、まあ間違ってはいないか。ちなみに監督は、『卒業』(1968年)などで知られる名匠マイク・ニコルズの息子であるマックス・ニコルズ。本作が長編初監督作となるようです。   恋も仕事もうまくいかず、ルームメイトとの関係もギクシャクしているメーガン(アナリー・ティプトン)は、半ば自棄になってパートナー探しのウェブサイトに登録。そこで見つけた男性アレック(マイルズ・テラー)の家に、いきなり押し掛け、一夜の契りを交わします。しかし、翌朝メーガンがひっそり彼の家を出ようとしたところ、外は大雪。アパートの正面玄関が、開きません。そこでやむなく、彼の家でもう一晩過ごす羽目になる、という物語。行きずりの関係とはちょっと違うけど、互いによく知ることのないまま身体を重ねたあと、まさかこんなにも長時間過ごすつもりは毛頭なかった。というか、それっきり、もう二度と会わない可能性すらあった男女のぎこちない会話が、ある種の密室状態の中、延々と繰り広げられるのです。   自分のことは棚に上げながら、所詮パートナー探しのウェブサイトに登録しているような「男/女」ということで、どこか相手をみくびった言い回しになりがちなふたり。しかし、その会話はやがて、恋人でも友だちでもないからこそ、歯に衣着せず率直な、ある意味「本音」の話になってゆくのです。日頃、納得のいかない出来事から、周りの人間には正直に話せなかった自分の過去の話まで。このへんの展開は、意外にも『ブレックファスト・クラブ』(1985年)を彷彿とさせるところがあるのですが、そうこうしているうちに、やがてふたりもその事実に薄っすらと気づき始めるのです。なぜかいつもより、本音で語っていないか? というか、これって、もしかして恋なのか?  いささか唐突なようにも思えますが、その感覚、分からないでもない。これだけSNSが一般的なものとなった昨今、身近な関係よりも、むしろネットの「薄い」関係の他者のほうが、よっぽど気楽に話せるし、普段は言わない本音を語ってしまったりするもの。その挙句、他では得難い「濃い」関係ができてしまうことって、意外とあるものです。この映画では、その様子が、まるでリアルなドキュメントのように描き出されてゆくのです。そう、最初に身体の関係を持ってしまったとはいえ、初対面の男女が、どんなことを話しながら、互いの「距離」を縮めたり、あるいは離したりするのか。もちろん、そんなふたりがお互いの心に気づくのは、いつだって少々遅いのですが。  そして、もう一本紹介するのは、同じくアメリカ映画『コメット』です。こちらもまた、『きみといた2日間』に引けを取らないほど、ひと組の男女が延々と会話し続ける映画に仕上がっています。しかも、それが『(500)日のサマー』(2009年)のように、時系列を組み替えながらランダムに描かれるものだから、観ているほうは、なかなか混乱します。ちなみに監督は、本作が初長編作品となるサム・エスメイル。今年、テレビ・シリーズ『ミスター・ロボット』の企画を立ち上げ、一躍注目を集めるようになった気鋭の映像作家です。
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『COMET/コメット』場面写真 (C)2014 COMET MOVIE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

  彗星見物のため集まったロスの公園の群衆の中、運命的な出会いを果たしたデル(ジャスティン・ロング)とキンバリー(エミー・ロッサム)。「この娘を絶対に手放しちゃいけない」。そんな自らの直感に突き動かされるように、彗星そっちのけでキンバリーを口説き倒すデル。当初いぶかしがっていたキンバリーも、デルのユーモアと情熱にほだされるように、やがて心を開き始め……次の瞬間、ふたりはパリのホテルで目覚めます。友人の結婚式に出るため、ふたりでパリを訪れているのです。しかし、ふたりの様子に初々しさはありません。そして、次の瞬間、ふたりは長距離列車の乗り場で再会を果たすのです。   彗星の降る夜、恋に落ちたふたりの、ランダムに切り取られた6年間の物語。そこには出会いがあり、倦怠があり、別れがあり、そして再会があった。しかも、2回ずつ(要は二度別れている)。美学的に構築された画面設計は、どこか幻想的で、ときには夢のようですらあります。そして、唐突に山際から昇り始めるふたつの太陽。そう、この物語は、時空はもちろん、いつしか現実世界すら飛び越えた、ある種のパラレル・ワールドとして描き出されてゆくのです。その意味では、『(500)日のサマー』よりも、むしろミシェル・ゴンドリーの『エターナル・サンシャイン』(2004年)に近いかもしれません。その色彩的なこだわりという意味においても。   しかし、時系列はもちろん、その時間軸すら分断しながら展開してゆくふたりの恋物語は、果たして何を表しているのでしょうか。それは恐らく「瞬間」そのものです。様々な状況設定の中で、常に浮かび上がる、「いま/ここ」。そのコンテクストは、実にさまざまです。というか、この監督は、敢えてコンテクストを分断し、果ては現実/非現実の境界さえも曖昧にしながら、「瞬間」そのものを取り出そうとしているのです。ふたりの「距離」が縮まるその「瞬間」を、あるいは離れるその「瞬間」を。果たして、それがうまくいっているかどうかは、意見が分かれるところだと思いますが、なかなかユニークな試みではあると思います。   さて、そろそろ結論です。上記のような「男女がひたすら延々と会話し続ける」恋愛映画を観てつくづく思うのは、いずれにせよ、「恋愛(映画)」の滋味は、その「物語」性にあらずということです。それはいささか極論に過ぎるのかもしれないけれど、こんなふうには言うことはできるでしょう。その「物語」に自分自身が酔ってしまったら、その瞬間に目の前の「今」が見えなくなる、と。マグナム突きつけながら「メイク・マイ・デイ」もいいけれど、ときにはむしろ「シーズ・ザ・デイ」。良くも悪くも「クリスマス」という物語性に酔うことなく、しっかりと目の前の「今」を掴み取りたいものですね。こちらからは以上です。それではみなさま、良いクリスマスを。 (文=麦倉正樹) ◼︎公開情報 『きみといた2日間』 公開中 監督:マックス・ニコルズ 出演:マイルズ・テラー、アナリー・ティプトン、ジェシカ・ゾー、スコット・メスカディ(キッド・カディ) 脚本:マーク・ハマー 製作: ルーベン・フライシャー 配給・宣伝:ファインフィルムズ 公式サイト (C) 2013 APARTMENT TWO, INC. ALL RIGHTS RESERVED. 『COMET/コメット』 公開中 監督:サム・エスメイル プロデューサー :チャド・ハミルトン 出演:ジャスティン・ロング 、エミー・ロッサム 撮影 :エリック・コレッツ 音楽 :マイケル・クリスピン 提供・配給:キュリオスコープ 宣伝: ウフル、アンプラグド 公式サイト (C)2014 COMET MOVIE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

年末企画第1弾:宇野維正の「2015年 年間ベスト映画TOP10」

【リアルサウンドより】 1. インヒアレント・ヴァイス 2. ブラックハット 3. アメリカン・ドリーマー 理想の代償 4. シェフ 三ツ星フードトラックはじめました 5. EDEN/エデン 6. ヴィジット 7. マッドマックス 怒りのデス・ロード 8. クーデター 9. 薄氷の殺人 10. ナイトクローラー
 『アメリカン・スナイパー』、『岸辺の旅』、『アクトレス 〜女たちの舞台〜』、『君が生きた証』、『フレンチアルプスで起きたこと』あたりも入れたかった! 個人的な思い入れの強い作品が並ぶ中、既に世界中で評価を確立している『マッドマックス 怒りのデス・ロード』をどこに入れるかも悩みました。『スター・ウォーズ フォースの覚醒』も目一杯楽しみましたが、作品単体の評価としてはトップ10には入りませんでした。  空前の大作シリーズ(主に70年代生まれ)復活ラッシュ、ますます進行中のTVシリーズへの監督&キャストの才能流出と、2015年も重要なトピックは多々ありましたが、90年代以降のアメリカ映画の進化を担ってきたデヴィッド・フィンチャーとスティーブン・ソダーバーグのチルドレン的な監督たちの台頭に最も興奮しました。J・C・チャンダー(「アメリカン・ドリーマー 理想の代償」)、ベネット・ミラー(『フォックスキャッチャー』)、キャリー・ジョージ・フクナガ(『ビースト・オブ・ノー・ネーション』)、そして2016年にはその筆頭的存在であるドゥニ・ヴィルヌーブの新作(『ボーダーライン』)も公開待機中!  失望と憤りを覚えるのは、一部の大作に宣伝費が集中する一方で、メジャー配給外国映画の公開作品が年々減ってきていること。数年前ならば当たり前のように公開されていた中堅どころの監督の作品の日本公開が、水面下でどんどん見送られています。Blu-rayスルー、配信スルーに耐えうる視聴環境の整備、輸入ソフト&海外配信も楽しめるための語学力の修練など、個々で打つべき対策はいろいろありますが、やはり映画は映画館で見たいというのが本音。リアルサウンド映画部としても、ブロックバスター作品とインディー作品の間にある「普通の良作」を今後も積極的に取り上げて、この世知辛いファースト・オーダー的状況にレジスタンスしていきたいと思います。 ■宇野維正 音楽・映画ジャーナリスト。「リアルサウンド映画部」主筆。「MUSICA」「クイック・ジャパン」「装苑」「GLOW」「NAVI CARS」ほかで批評/コラム/対談を連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮新書)、2016年1月16日発売。Twitter ■作品情報 『インヒアレント・ヴァイス」 Blu-ray & DVD 発売中 監督・製作・脚本:ポール・トーマス・アンダーソン 原作:トマス・ピンチョン 音楽:ジョニー・グリーンウッド 出演:ホアキン・フェニックス、ジョシュ・ブローリン、オーウェン・ウィルソン、キャサリン・ウォーターストン、リース・ウィザースプーン、ベニチオ・デル・トロ 発売・販売元:ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント 価格:3790円(税抜) (c)2014 Warner Bros. Entertainment Inc., Interactivecorp Films, LLC and RatPac-Dune Entertainment LLC.

SexyZone・中島健人、“腹黒ドS”男子高校生役をどう演じる? ラブホリ王子の新たな一面への期待

【リアルサウンドより】  中島健人(SexyZone)が主演を務めるスペシャルドラマ『黒崎くんの言いなりになんてならない』(日本テレビ系)が、12月22日、23日と2夜連続で放送される。同じキャストが出演する同名映画(2016年2月27日公開)の前日譚が描かれる本ドラマは、中島にとって映画とドラマを合わせ5作目の主演作品となる。SexyZone一員としての活動もさることながら、この数年は役者としての活動も目覚ましい。本稿では、そんな中島が持つ役者としての魅力に迫りたい。  中島は、ジャニーズの中でも、天性のアイドルと評されているメンバーだ。自身をラブホリック(恋愛依存症)と公言し、甘い言葉や可愛らしい仕草を惜しみなく表現することから、ファンの間では「ラブホリ王子」という愛称で親しまれている。ジャニーズJr.時代からシンメトリーとして比較対象になっている菊池風磨が、艶っぽく男らしいキャラクターを前面に出している分、中島の王子様然とした佇まいがより際立ってくるのだ。  中島が連続ドラマ初出演を果たしたのは、生徒がダメ教師を再生する学園ドラマ『スクラップティーチャー〜教師再生〜』(2008)だ。ジャニーズ入所から半年後に役者デビューを遂げ、憧れの先輩として名を挙げているHey!Say!JUMPの山田涼介と共演している。一方、不良グループの抗争を描いた『BAD BOYS J』(2013)では、初主演として不良グループのリーダー桐木司を演じ、笑顔を見せず尖った演技を披露した。劇場版として公開された『BAD BOYS J 〜最後に守るもの〜』(2013)で見せた、普段と違う険しい表情やキレのあるアクションシーンに魅了されたファンも多かったはずだ。それまで、人見知りでおとなしい役柄が目立っていたこともあり、無骨でたくましい一面を見せるきっかけになった作品でもある。  アイドルとしての中島健人がキラキラしていてキザな一面を持ち、ファンからも愛されるキャラクターであるだけに、演技で見せる表情にはギャップを感じずにはいられない。しかも、そこで視聴者やファンをガッカリさせないのは、中島の役者としての実力に依るところが大きいだろう。おとなしく引っ込み思案な高校生や病気を患った大学生、さらには札付きの不良まで、場面や役柄に応じて演じ分けることができるのは、常にひとに求められるキャラクターを打ち出してきた中島ならではの強みだ。  学園ドラマ『黒崎くんの言いなりになんてならない』では、「黒悪魔」とも言われるほど”超ドS”な男子生徒、黒崎晴人を演じる中島。過去、学園ドラマの生徒役は複数経験しているが、これまでにない新たな一面が見られそうな役柄だ。とくに注目したいのは、実写化が難しいとされていた”エロキュン”なシーンをどう演じていくのか。原作キャラとかけ離れた性格を持つ中島だからこそ、その変身ぶりが楽しみなところだ。 (文=小島由女)

世紀の頂上対決!  動員は『妖怪ウォッチ』、興収は『スター・ウォーズ』で決着!

【リアルサウンドより】  ちょうど1年前に、『スター・ウォーズ』10年ぶりの新作と『妖怪ウォッチ』1年ぶりの新作の公開時期がバッティングすることが判明した時点で、12月第3週が2015年の映画興行における最大のクライマックスになることは予想できたことだったが、結果においてもやはり今年最高レベルの記録が飛び交うこととなった。  434スクリーンで公開された『映画 妖怪ウォッチ エンマ大王と5つの物語だニャン!』は土曜初日からの2日間で動員97万4557人、興収10億5780万8800円を記録。その2倍以上の958スクリーンで公開された『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』は金曜初日(初回は18時30分から)からの3日間で動員は約104万人、興収は約16億円を記録。そのうち、土日2日間の数字は動員80万258人、興収12億4502万3900円。慣例でランキングの対象となるのは土日2日間のみなので、動員ランキングは入場者先着プレゼントであるメダル目当ての子供客を集めまくった『妖怪ウォッチ』に軍配。興収ランキングは特別入場料(TOHOシネマズのみ)、IMAX、4DX、MX4Dなどの上乗せ料金によって『スター・ウォーズ』に軍配。正直に言おう、昨年の初日2日間での興収16億2889万3000円から約3分の2に減少した『妖怪ウォッチ』は予想通り(とにかく大ブーム真っ只中の去年の数字が異常すぎた)で、『スター・ウォーズ』は『妖怪ウォッチ』の2倍以上のスクリーンを占拠していたことを踏まえると期待を下回る初動と言わざるを得ない。  それしても、『スター・ウォーズ』ファンとしては、結局土日2日間の動員で『妖怪ウォッチ』に負ける程度なら、金曜日に世界同時公開を謳いながら日本だけで変則的な18時30分公開となったのは「一体何のためだったんだ!?」と愚痴の一つもこぼしたくなる。その口実として用意されていたはずの「限定メモリアルパンフ」が、初日の東京の各劇場ではどこも早々に品切れて後日通販での代引き対応になっていたというのも明らかな失態だろう(自分も買えなかった)。夕方〜夜のニュースで大々的に取り上げられるのには、初回をその時間に設定するのがちょうどよかったのかもしれないが、来年以降のスピンオフ&続編でも似たようなことが繰り返されるのだけは勘弁願いたい(そもそも、今後は海外と同時に公開されるかどうかもカレンダー的に怪しいのだが)。  ただ、この結果をもって「『妖怪ウォッチ』の勝利、『スター・ウォーズ』の敗北」とするのは完全な早とちりだ。1日早い公開だったこともあって、累計ですでに6万人以上&5億円以上の差をつけている『スター・ウォーズ』の動員&興収を『妖怪ウォッチ』がこの先一瞬でも抜くことは至難の技だろう。昨年の結果からもわかるように、日本映画界のあらゆる初動記録を塗り替えた『妖怪ウォッチ』第1作は、結局累計では約78億の「年間3位」という凡庸な記録で、入場者プレゼントに牽引された極端な初動型興行。対する『スター・ウォーズ』は平日にも強く(公開4日目となる本日月曜日は、まだ小学生が2学期中ということもあって『妖怪ウォッチ』を圧倒している)、また2回、3回と劇場に足を運ぶリピーターの数も他の作品とは比べものにならないほど多い。そう、実は勝負という点ではもう決まっていて、初動で敗北を喫したディズニーの『ベイマックス』が翌週以降も数字をキープして、超初動型『妖怪ウォッチ』を突き離していった昨年同様、いや、それ以上の差で、今年も勝者はディズニーの『スター・ウォーズ』であることは間違いない。  しかし、全米をはじめ世界中で歴代の初動記録を更新しまくっているのに比べると、日本における今回の『スター・ウォーズ』フィーバーは世代的(30代以上)にも地域的(都市型)にも今の時点ではやや限定されている。とは言え、ファンからの評価は概ね高く、女性主人公のレイや、新キャラクターのBB-8が早くも支持されているのを見ると、女性客や子供客にまだ伸びしろはあるはず。公開規模、広告費、タイアップ量、今後の続編&スピンオフ展開を踏まえると今回の『スター・ウォーズ』にとって100億円は最低でもクリアしなくてはいけないラインだと推測できるが、その可能性はまだ十分にあると予想しておく。 ■宇野維正 音楽・映画ジャーナリスト。「リアルサウンド映画部」主筆。「MUSICA」「クイック・ジャパン」「装苑」「GLOW」「NAVI CARS」ほかで批評/コラム/対談を連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮新書)、2016年1月16日発売。Twitter ■公開情報 『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』 公開中 監督:J.J.エイブラムス 脚本:ローレンス・カスダン 配給:ウォルト・ディズニー・スタジオ・ジャパン (c)2015 Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved

熱狂的『PEANUTS』ファン田中宗一郎は、映画『I LOVE スヌーピー』をこう観た

【リアルサウンドより】  リアルサウンド映画部オープンのタイミングでマーベル映画とアメコミについてその深い見識を披露してくれた田中宗一郎氏が再び登場、今回は現在公開中の『I LOVE スヌーピー THE PEANUTS MOVIE』について語ってくれた。(参考:田中宗一郎が語る、『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』とアメコミ映画の現在)  元『SNOOZER』編集長、現在は『the sign magazine』クリエイティブ・ディレクター、CLUB SNOOZERの主宰者である田中宗一郎氏。彼は知る人ぞ知る筋金入りの『ピーナッツ』ファンで、それが高じてファッションブランドDIGAWELとコラボレーションしてTシャツの制作にもかかわっている(これが、世のあらゆるスヌーピーTシャツの中で圧倒的に最高のかわいさとクオリティなのだ)。ディープなファンからライトなファンまで世界中に数億人いる『ピーナッツ』ファンの間で、概ね好意的な支持を取り付けている映画『I LOVE スヌーピー』だが、そんな本作を田中宗一郎氏どのように観たのか? また、彼はどうしてそこまで強く『ピーナッツ』の原作の世界に長年惹かれてきたのか? 誰もが知ってるようで実はあまり知らない『ピーナッツ』の世界へのヤング・パーソンズ・ガイドとしても打ってつけの記事となったので、是非じっくり読んでみてください。(宇野維正)

本音を言うと、ウェス・アンダーソンに監督してほしかった

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——まずは、長年の『ピーナッツ』ファンとして、今回の『I LOVE スヌーピー THE PEANUTS MOVIE』はいかがでした? 田中宗一郎(以下、田中):『ピーナッツ』を動画にすること、ましてや3DのCGで表現するというのはそもそもハードルがとても高いことで。日曜版(見開き版)もあるけど、基本は4コマ漫画なわけじゃない? コマ割りも限られているし、演劇の書き割りみたいに、ほぼ真正面からだけでとらえたショットで描かれた絵が原作なわけだから。60年代から断続的に作られてきたアニメーション版も、そこに関してはずっと苦労してきたところなんだけど、今回の映画はちゃんとその先を見せてくれた。本音の本音を言うと、例えば、ウェス・アンダーソンのアニメーション映画『ファンタスティック Mr.FOX』みたいな、真正面からとらえたカメラの制約を逆手に取るような映画的なダイナミズムというか、工夫も欲しかった気もしないでもないんだけど。でも、技術的には満足のいく仕上がりになっていたと思う。 ——今回の作品のキャラクターの絵柄はどう思いました? 『ピーナッツ』は時代ごとに絵柄が変わってきているわけですが、タナソウさんは『ピーナッツ』のTシャツの制作にもかかわるなど、その変化にはかなりのこだわりを持ってますよね? 田中:どの時期の絵柄をモチーフにすることで、すべてのファンを納得させるのか?っていうのは、今作を作る上での大きな課題だったはずで。作者のチャールズ・M・シュルツの筆に一番脂がのっていたのは60年代から70年代なんだけど、彼は途中からペンを持つ右手が震えるようになって、80年代になると線がガタガタになっていって、90年代にはデッサンも狂っていく。その描線が完全に崩れ出す直前、80年代冒頭のもっとも円熟していた時期の絵柄が今作のベースになってるんだよね。過去に作られてきたアニメーション版は、アニメーション用に新たな作画を起こしているような感じだったんだけど、今回の場合は、原作の絵柄のタッチをすごく大事にしていて、その点はすごく成功していたんじゃないかな。 ——時代ごとの変化について、もうちょっと詳しく教えてもらえますか? 田中:『ピーナッツ』って1950年から50年の歴史があるんだけど、おおまかに言うとディケイドごとに変わってきてるんだよね。50年代の時点で、主要キャラクターと有名なストーリーラインは一通り出揃っていて。60年代以降になると、ペパーミント・パティとか、マーシーみたいに新たな主要キャラクターが出てきて、ストーリーに当時の時代性が反映されるようになってくる。シュルツという人は、基本的にはリベラルなんだけど、保守的なところもある人で、彼が60年代、70年代と劇的に変化していくアメリカ社会をどんな風に見ているのかっていう視点が作品に入ってきた。80年代はそれまでのストーリーやキャラクターのヴァリエーションが増えていきつつも、ある種の円熟期。で、90年代に入ると、またガラッと変わる。それまで4コマだったのが、3コマになったり、2コマになったり、1コマになったりして、これまでは描いてこなかった、D-デイ(戦争の記念日)をモチーフにした作品があったり。スヌーピーが兵士の格好をして、そこにコメントが添えてあるだけの1コマの作品とか。個人的には90年代の作品にはそんなに惹かれないんだけど。例えば、チャーリーとスヌーピーの関係性とかね。もともとスヌーピーは世界で自分が世界で一番偉いと思っているから、チャーリーのことを飼い主だとも思ってないし、彼のことをRound Head Boy(頭の丸い少年)って呼んでて、飼い主の名前さえ覚えていなかった。でも、90年代には、スヌーピーがチャーリーの膝にのって寝てるとか、そういう描写が出てくる。これってファンからすると、かなりの驚きだったんですよ。でも、いつの時代の『ピーナッツ』が一番いいかっていうのは一概には言えなくて、それぞれの魅力がある。ただ、シュルツの筆のタッチだけで言うなら、60年代から70年代半ば過ぎまでが絶妙だったと思う。まあ、でも、やっぱり内容的にも、その15年くらいがベストかもしれない。今はその時期の日本語対訳版がまったく手に入らないのがすごく残念なんだけど。

「恋愛感情とは身勝手なもの」という一貫したテーマ

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——でも、今回の『I LOVE スヌーピー THE PEANUTS MOVIE』は80年代の頭のあたりの絵柄がベースになっているわけですよね? そこに不満はなかったんですか? 田中:いや、そこは最適なチョイスだったと思う。フォルム的には一番完成度の高い時期だし。この時期のキャラクターが一番かわいい。70年代に入るとシュルツはキャタクターをいろんな角度から描き出すようになってきて、そこではいろんな変わった表情やフォルムが出てくるんだけど、それをアニメーションで表現しようとするのは至難の業だったと思うしね。それと、今回の映画には、これまで作られてきたアニメーション作品への直接的なオマージュもあって、過去のピーナツ作品全般に対して全方位的に敬意を払っている。これは本当に偉い。ダンスのシーンがあるでしょ? あそこに使われてる音楽は以前のアニメーション・シリーズのサウンドトラックを手掛けていたジャズ・ピアニストのヴィンス・ガラルディの音楽がそのまま使われていて、サリーやバイオレットの踊りの動きもそのままなんですよ。このヴィンス・ガラルディの作品はリイシューされた時もPitchforkで8点台取ってたりして、かなりの名盤なんだけど。だから、こういう俺みたいなハードコア・ファンからすると、不満だの、文句を言い出せばキリがないんだけど、そもそも、いろんな時代の、いろんなファンが何億人もいるわけだから、その期待をすべて満たさなきゃいけない。そんな不可能に近いことを目指したわけだから、それはそれは大変だったと思うよ。 ——原作の解釈という点からは、どう思いましたか? 田中:『ピーナッツ』の原作に対しては、いろんな視点があって。日本では、それこそ自己啓発系の本みたいな角度からキャラクターの発言をまとめたような本も出てたりするし。50〜60年代には海外でフロイト的な精神分析の題材にされることも多かった。あと有名なのは、シェークスピアの作品と同じように、それぞれのキャラクターにはシュルツの性格の多面性が反映されているっていう話で。いずれにせよ、アーカイヴは膨大だし、どんな切り取り方も出来る。でも、一つの長編作品にまとめるとなると、どうしても最大公約数的なものにならざるをえない。これも致し方なかったんじゃないかな。今回のメイン・プロットになっている「赤毛の女の子」の話も、60年代、70年代、90年代と断続的に描かれてきたもっとも有名なストーリーラインの一つだしね。 ——あの「赤毛の女の子」は、原作でも映画のように教室に転校生として現れるんですか? 田中:どうだったかな? いや、確かそうじゃなかったはず。チャーリーは床屋さんの息子で。おそらく移民二世だよね。で、はっきりとは言明されてないんだけど、父子家庭なんだよ。だから、いつも学校のランチタイムではピーナツバターを塗っただけのサンドイッチを一人でベンチで食べてる。で、その時に校内で彼女のことを発見する。だけど、「赤毛の女の子」の存在は原作では決して絵で描かれることがないんだよね。 ——そうなんだ! 田中:90年代に入ってから、チャーリーが彼女をプロム・ダンスに誘おうと切磋琢磨する話があって。でも、最終的には彼女とダンスを踊っていたのはスヌーピーだった、って話があるんだけど、そこでもシルエットでしか描かれていない。何故かというと、そもそも赤毛の女の子というのは、チャーリーの理想の投影であって、決してかなうことのない夢の象徴だから、具体的なフォルムを持っちゃいけないんですよ。「恋愛感情というものは常に身勝手なもの」というテーマは、『ピーナッツ』ではずっと描かれていて、ペパーミント・パティとマーシーの二人はチャーリーのことが好きなんだけど、それぞれ彼のことをチャック、チャールズって呼ぶんだ。名前を間違えていたり、自分だけの呼び名で呼んでる。つまり、自分の身勝手なイメージを彼に投影してるだけ。だからこそ、チャーリーはそれをわかっていて、彼女たち二人を相手にしないんだけど、自分もまた赤毛の女の子には都合のいい理想を投影していることには気付かないんだよね。それはさておき、そうした映画向けの改変は、スヌーピーの撃墜王のエピソードだとか、他にもたくさんあって。今回の映画ではチャーリーの妹のサリーを除いて、主要キャラクターのほぼ全員がクラスメイトという設定なんだけど、原作ではチャーリー、シャーミー、バイオレット、パティよりもルーシーは年下で、それよりもライナスは年下。パティとフランクリンとマーシーは隣町の学校の子に通ってる。でも、主要なキャラクターをおおかた登場させるためには、それも苦肉の策だったんだと思う。 ——なるほど。あと、観ていて一番違和感があったのはスヌーピーの恋人役のフィフィ。突然出てきた印象があるし、全然かわいくない(笑)。 田中:あれは映画用のキャラクターだから仕方がない(笑)。原作には出てこ ないキャラクターで、1980年に作られたアニメーション『Life Is a Circus, Charlie Brown』にチラッと出てきたんだけど、その時はスヌーピーの恋人役でもなかったし、絵柄もまったく違う。それにそもそもスヌーピーって完全なプレイボーイ属性で、撃墜王の時もフランスの酒場でルート・ビールを飲みながらウェイトレスをナンパするのがお約束の描写だから、一途に恋人を追いかけてるっていう時点で、原作原理主義的からすると、う〜んって感じ(笑)。

世界で最も有名なアンチ・ヒーロー、チャーリー・ブラウン

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——そもそも、タナソウさんはどうしてそこまで『ピーナッツ』を愛して止まないのか、その理由を教えてもらえますか? 田中:チャーリー・ブラウンっていうのは、多分、世界で最初に現れた、そして、間違いなく世界で一番有名なアンチ・ヒーローなんだよね。 ——おぉ。 田中:で、スヌーピーっていうのは、チャーリーとの対比として存在する、『ピーナッツ』世界の中で唯一完全無欠のスーパーマンなの。ただ、スヌーピーには一つだけ決定的な欠点があって、それは彼が犬だということ。で、彼自身はそれをずっと受け入れることが出来ない。だからこそ、彼は撃墜王だの、世界一有能な弁護士だの、いろんな妄想に浸るヴィジョナリーなんだけど。ほら、映画の中でもスヌーピーがルーシーにキスをすると、ルーシーが「犬のバイキンが伝染る!」って騒ぐシーンがあるじゃない? ——普通に見ると「ルーシー、ヒドい」って思います(笑)。 田中:でも、スヌーピーからすると、「犬? このボクが?」って感じで、まったく理解できないわけ。でも、ビーグル犬であることを除けば、スヌーピーは万能でさ。どんなスポーツも得意だし、彼得意の妄想の世界では、第一次世界大戦の撃墜王であり、ディケンズの『二都物語』を引用する小説家であり、“ジョー・クール”って名前の、ビートニクから影響を受けて白いタートルネックを着て『市民ケーン』を20数回観たのが自慢のシネフィルでもある。 ——原作では、チャーリーとスヌーピーは、共依存関係にはまったくないんですよね。 田中:そう。個々のキャラクターが共依存関係にないというのは、『ピーナッツ』を語る上での一番のポイントだと思う。『ピーナッツ』のキャラクターっていうのは、全員が欠点だらけで。まあ、絵柄がかわいらしいから、わかりずらいんだけど、実はリンチの『ツイン・ピークス』とか、コーエン兄弟の『ファーゴ』みたいな世界観なんですよ。アメリカの田舎町にありがちな、閉ざされた世界特有の変人だらけ。で、主要キャラクターが10人いるとしたら、それぞれのキャラクターの1対9の関係がきっちりと描かれていて、その関係性から、それぞれの短所と長所が見えてくる。でも、だからといって誰もそこで具体的に支え合うことはなくて、常にキャラクター同士が相手の欠点を口汚く罵りあってる。ホント容赦ない関係なの(笑)。でも、そうやって、それぞれのキャラクターが抱えている欠点や問題を相対化することで、笑い飛ばそうとしてる。そうすることで、ある意味、問題を無化させているんだよね。つまり、共依存関係のまったく真逆にある。 ——あぁ、もっとも心に響くのは、そこの部分なんですね。もっとわかりやすく、カウンターカルチャー的なスタンスから『ピーナッツ』を支持しているのかと思ってました。 田中:60年代後半に、アメリカの大学生たちが『指輪物語』のガンダルフ、『スター・トレック』のミスター・スポック、『ピーナッツ』のスヌーピーを大統領にしようって面白半分に運動したって有名なエピソードがあって、その話は大好きなんだけど、『ピーナツ』の中でカウンターカルチャーを表象しているのは、さっきも言ったようにビートニクに心酔していたりするスヌーピーであり、それこそウッドストック・フェスティバルからそのまま名前をとったウッドストックくらいなんだよね。50年代初期からのキャラクター、パティやバイオレットなんて、旧態然としたヴィクトリア王朝的っていうか、ピューリタン的価値観の持ち主だったりするし。 ——え? ウッドストックって、あのウッドストックだったんだ!? だって、原作ではウッドストック・フェスティバルが開催されるよりもずっと前から出てきましたよね。 田中:うん。でも、69年以前は名前がなくて、日本語版の谷川俊太郎の翻訳では「ヌケサク鳥」って呼ばれてたの。 ——あぁ、そうだった! 田中:もともとウッドストックは「ヌケサク鳥」であり、間抜けなキャラクターという位置付けだった。だから、そのキャラクターに後からウッドストックという名前を付けたシュルツは、決してカウンターカルチャーに対して無条件に肯定的だったわけじゃない。スヌーピーの“ジョー・クール”のキャラクターにしても、むしろ当時のアメリカの若者たちの風俗をからかっている部分の方が強かった。ルーシーの「ガミガミ屋」っていう属性は、おそらく当時のウーマンリブ運動に対する保守的な視点からの観察が元になってるはずだし。だから、『ピーナッツ』という作品を楽しむ上でもっとも重要なのは、シュルツの極めて相対的な視点だと思う。それぞれ欠点を持った変人奇人たちが、互いを傷つけ合いながら、なんとか共存しているところ。それって『モンティ・パイソン』とか、イーストウッド映画『グラン・トリノ』の中で、長年の親友同士であるポーランド系移民の主人公とイタリア系移民の床屋が互いに差別用語を使って罵りあうシーンを思い出すんだけど。でも、あれって最高に幸福なシーンでしょ? 『ピーナッツ』のキャラクターには、サリーのような反抗者もいれば、ライナスみたいなアンチ・クライストもいるし、黒人のフランクリンのような順応主義者もいるし、チボーみたいな女性蔑視者もいる。世の中のほとんどの作品って、どこかに作者の思想性が投影されているものだと思うんだけど、『ピーナッツ』には何かに寄ったところがないんだよね。だから、どんな立場の受け手もアクセスできる。で、自分にとってそれは、ある種、「理想のアメリカ合衆国」のコンセプトそのものなんだよね。

キンクスや村上春樹の世界に通じる、厭世観と諦念とシニシズム

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——なるほど。「みんながみんな違ってて、それでいい」「むしろ、その方がいい」っていうことに対する共感ということですね。 田中:うん、まあ。ただ実際は、誰もが愚かで、誰もが罪深くて、誰もが残酷だっていう事実を笑い飛ばしながら、それを受け入れる知恵と寛容さ、みたいなニュアンスかもしれないけど。あと、もう一つ大きいのは、これは手塚治虫作品に惹かれる理由にも近いんだけど、根っこの部分で厭世的で、シニシズムがベースにあるところ。 ——あぁ。 田中:それを象徴するエピソードとして、ルーシーがまだ赤ん坊の、ライナスの下の弟リランを初めて屋外に連れて行って、「これが世界よ!」って言う話があるんだけど。最後のコマでリランがこう言うんですよ。「これが?」って(笑)。あと、これは今回の映画のネタバレになっちゃうけど、最後にチャーリーが報われるじゃない? 原作原理主義者としては、あそこにはやっぱり「う〜ん」と唸らずにはいられなかった。さっきも話したけど原作ではチャーリーは彼女に話しかけることさえ出来ないままだったから。赤毛の女の子をずっと家の外からストーキングしていて、雪の中で足が凍って動けなくなったり。でも、そういう「報われなさ」を笑い飛ばしてあげるのが『ピーナッツ』なんだよね。チャーリーというのは、所謂アメリカン・ドリームの影にいた人たちへの慈愛の眼差しから生まれたはずなの。報われないまま、それでも精一杯生きた人たちっていうか。あと多いのは、キャラクターの非道さを描いて、そのキャラクターがヒドい目に合うっていう類いの話。特にスヌーピーがそういう役割なんだけど。だから、全体的な世界観としては、常にシニカルだし、厭世的だし、それぞれのキャラクターは欠点だらけの変人だし、世の中のあらゆる価値観に対して、どこまでも容赦なく批判的なんだよね。ただ、ちゃんと最後には笑い飛ばしてあげるっていう慈愛と寛容さがある。 ——なるほど。 田中:だから、実のところ、日本人に好まれる「努力が報われる話」だったり、「欠点も含めて自分を肯定してくれる話」だったりとは真逆の世界観なんですよ。今回の映画の字幕だと、チャーリーの「僕はダメ人間で、赤毛の女の子は特別なんだ」ってセリフがあるんだけど、でも、英語では「I‘m Nothing,She’s Something」って言ってるのね。日本語の字幕だと、なんだかチャーリーはただのダメな人なんだけど、実際はもっと枯れたキャラクターでさ。ロックの世界でもキンクスのレイ・デイヴィスみたいに、若い頃から老人みたいな諦念を抱えた人っているでしょ? 村上春樹の初期三部作の「僕」みたいなさ。 ——「やれやれ」ってやつですね。 田中:そうそう。チャーリーの決め台詞の一つに「Good Grief…」ってのがあるんだけど、それを谷川俊太郎は「やれやれ」と訳していた。 ——おぉ。そこが村上春樹の「やれやれ」のルーツなのではないかという説、どこかで読んだことがある! 田中:例えば、今回の映画にも出てくる「凧食いの木」っていうのは、チャーリーが凧を上げようとしても必ず失敗するっていう自分自身の能力のなさ、才能のなさを受け入れられないことを擬人化したキャラクターなんだけど、基本的には、彼は「絶対に報われない」、「絶対に勝てない」という自分自身と世界の関係を受け入れて、なんとか折り合いをつけようとしている。だから、実は凄まじくタフなキャラクターなんですよ。誰にも真似できない。それに対し、スヌーピーは、どんなことでも簡単にこなせてしまう究極のスーパーマンなんだけど、自分自身が犬であるという現実だけは受け入れられない。その一点において、彼はチャーリーにだけは100%敵わない。つまり、『ピーナッツ』という作品はチャーリー・ブラウンという特異なキャラクターによって、20世紀後半の50年間を費やして、アメリカの光と影の両方をきちんと描き続け、ヒーローという概念を再定義し続けた。それこそが『ピーナッツ』の独自性であり、先見性なんだと思う。 (取材・文=宇野維正) ■公開情報 『I LOVE スヌーピー THE PEANUTS MOVIE』 公開中 監督:スティーブ・マーティノ   配給:20世紀フォックス映画 吹替声優:鈴木福、芦田愛菜、小林星蘭、谷花音 (c)2015 Twentieth Century Fox Film Corporation.All Rights Reserved. PEANUTS(c)Peanuts Worldwide LLC 公式サイト公式facebook公式Twitter公式Instagram