高畑充希、人気の秘訣は“飾り気のなさ”? 『東京センチメンタル』看板娘役への期待

【リアルサウンドより】  高畑充希の2015年は、実に素晴らしいものだった。高畑は役者だけでなく、歌手としても活動するなど、マルチな才能を発揮している注目の若手のひとり。昨年だけでも、ドラマは『問題のあるレストラン』や『煙霞 ~Gold Rush~』、舞台は『いやおうなしに』や『靑い種子は太陽のなかにある』といった具合に、引っぱりだこだった。歌手としても、初めてのワンマンライブを東京と大阪でおこなうなど、着実に成長を果たした。さらには第84回ザテレビジョンドラマアカデミー賞の助演女優賞に輝くという、目に見える評価にも恵まれた。
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『東京センチメンタル』場面写真

 高畑の魅力は、以前ドラマ評論家の成馬氏が語ったように、高い演技力と歌唱力にあるのは言うまでもないだろう。(参考:高畑充希、女優としてのポテンシャルは?)しかし、気取らない性格も魅力だと思う。たとえば、昨年5月24日にフジテレビで放送された『ボクらの時代』でのこと。前田敦子、池松壮亮、柄本時生らと一緒に軽快なトークを披露していたのだが、そこでの振る舞いがあまりにも自然体で驚かされた。カメラがあるのを忘れたかのようにゲラゲラ笑い、出身地である大阪の方言まで披露していた。高畑と3人は、“ブス会”というグループを結成するほど仲良しなのは有名だが、このことをふまえても、カメラの前であれだけ飾り気なく振る舞えるものなのか?と感嘆したのを、いまでも覚えている。  こうした飾り気のなさは、演技にも活かされている。高畑はこれまでさまざまな役を演じてきたが、そのすべてが自然体のように映るのは、うわべを繕うあざとさがない高畑の性格も大いに影響していると思う。飾り気がないことが、役柄の設定や背景を自身に染みこませる一助となっている。  また、ファンに対するサービス精神が旺盛なのも人気の秘密だろう。昨年のクリスマスは、ツイッターでクリスマスツリーのコスプレ姿を披露し(参考:高畑充希 ツイッター)、今年の正月には、干支の申に扮した写真をインスタグラムにアップしている(参考:高畑充希 インスタグラム)。さらに、昨年のワンマンライヴを終えた後は、ファンに向けた感謝のツイートもしていた(参考:高畑充希 ツイッター)。実力派の役者として確固たる評価を築いてもなお、このような心配りを忘れない姿勢には、好感を持ってしまう。  高畑がブレイクに至ったのは、先述した高い演技力と歌唱力に加え、こうした心配りもあるからだ。応援の声を掬いとり、それをしっかり返していく。これができれば、ファンやスタッフも含めた周りの人たちによって、高みへと押しあげられる。高畑は、多くの人に愛されながら進化しつづける役者なのだ。
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『東京センチメンタル』場面写真

 そんな高畑が出演する『東京センチメンタル』も楽しみだ。『東京センチメンタル』は、1月15日からテレビ東京のドラマ24枠で放送される作品で、2014年に放送された単発スペシャルを連続ドラマ化したもの。東京の下町にある和菓子店「くるりや」を舞台に、さまざまな人間模様を描いている。画面から漂う牧歌的な雰囲気と、言葉を詰めこみすぎない間を活かした会話劇も非常に心地よい。新レギュラーとして小栗旬の出演が決定し、さらには映画『知らない、ふたり』が公開されたばかりの今泉力哉が参加する監督陣など、現在のドラマ/映画界を賑わせる才能が集結しているのも見逃せないポイントだ。このドラマで高畑は、「くるりや」で働く看板娘、須藤あかね役を演じている。主演の吉田鋼太郎と絶妙な掛けあいをするので、こちらにもぜひ注目してほしい。 (文=近藤真弥) ◼︎ドラマ情報 『東京センチメンタル』 2016年1月15日(金)24時12分より放送開始 監督:三木康一郎、今泉力哉、渡部亮平、日向朝子 出演者:吉田鋼太郎、高畑充希、久留里卓三、須藤あかね、柴田幸吉、片桐仁、玲子、大塚寧々 脚本:松本哲也、ブラジリィー・アン・山田、新井友香 チーフプロデューサー:山鹿達也 プロデューサー:井関勇人、阿部真士、藤原 努 制作協力:ホリプロ 製作著作:テレビ東京 公式サイト:http://www.tv-tokyo.co.jp/tokyo_sentimental/

桐山漣が新ドラマで演じる“30歳の苦労人”のリアリティ 役者キャリアから個性を読む

【リアルサウンドより】  俳優・桐山漣が、1月9日にスタートする連続ドラマ『傘を持たない蟻たちは』で主演を果たす。桐山は、NEWSの加藤シゲアキ原作の同名短編小説集の中から、『恋愛小説(仮)』の主人公・橋本純を演じ、今回がフジテレビ系列の連続ドラマ初主演だ。本稿では、桐山の経歴を振り返りつつ、俳優としての魅力に迫りたい。  昨年は9本のドラマ、3本の映画に出演し、主演もこなすなど大忙しだった桐山。そんな桐山が多くの作品に関わるようになったのは2011年だ。2009年から2010年にかけては、菅田将暉とW主演で仮面ライダーのドラマや映画に出演していた。その1年間を経て、さらに注目を浴びるきっかけとなった作品が学園ドラマ『花ざかりの君たちへ〜イケメン☆パラダイス〜2011』である。前作では水嶋ヒロが演じた難波南(なんば・みなみ)を務めた。水島ヒロともリンクするルックスと、クールでシャイな印象が適役だと、若い世代の評判を集めた。  同年には3本の映画に主演している。なかでも、切ないラブストーリーを描いた『吉祥寺の朝日奈くん』では、恋の一歩を踏み出せないヘタレな”朝日奈くん”を演じ、演技の幅を広げた。当時のインタビューでは、朝日奈くんが献血好きであることから、役作りとして自身も初めての献血をし、小心者に見えるような歩き方を研究したと話しており、本編では描かれない部分にも細かく気配りし、役を自分のものにしたことが伺える。さらに、2011年12月から放送された連続ドラマ『スイッチガール!!』では、オンとオフの差が激しい主人公の女子高生から慕われる男子高校生を演じるなど、ラブストーリーにも挑戦している。同作は女性が共感できる、いわゆる“胸キュンドラマ”であり、CS放送ながら幅広い視聴者から支持を集めた。  出演作からもわかるように、高校生役も馴染む桐山だが、現在は30歳。今年には31歳を迎える。初めてのドラマ出演は21歳、20代前半は俳優の養成所に通いながらアルバイトをいくつも掛け持ちしていたという苦労人でもある。カフェやティッシュ配り、マネキンを運ぶなどのアルバイトを経験したものの、貯金残高が二桁になったこともあり、金銭や精神面で追い込まれていたようだ。そんな辛い日々を支えたのは、小さいころからの「仮面ライダーになりたい」という夢だったという。苦労と努力によって夢を叶えた彼だからこそ、小さな積み重ねの大切さを知っているのだろう。出演作が相次ぐ現在も、役作りを徹底しているという。  1月9日から全4話の連続ドラマとして放送される『傘を持たない蟻たちは』で演じる橋本純は、落ち目のSF作家で、貯金を切り崩してなんとか食いつないでいる30歳。金銭的な面で苦労しているという点や、年齢は桐山自身とも重なる。また、橋本の幼馴染役として同ドラマに出演し、原作者でもあるNEWS・加藤シゲアキとの絡みも気になるところだ。インタビューなどで見せている2ショットには、まるでユニットのような相性の良さも感じられるため、ドラマでの化学反応を期待するファンも少なくないだろう。すでに、加藤がドラマの公式サイトのインタビューで語っているように、桐山は原作を読み込み、誠実に芝居をしているという。桐山流のコツコツと積み重ねる丁寧な役作りの真価が見られそうだ。 (文=小島由女) ◼︎ドラマ情報 『傘を持たない蟻たちは』 2016年1月9日(土)23時40分から放送 原作:加藤シゲアキ 出演者:桐山漣、加藤シゲアキ、阪田マサノブ、足立梨花、渡辺舞、武田玲奈、南沢奈央、竜雷太 他 脚本:小川真 編成企画:羽鳥健一 プロデュース:江森浩子 演出:河野圭太 制作:フジテレビ、共同テレビ 公式サイト:http://www.fujitv.co.jp/kasaari/index.html

『いつかこの恋を〜』『わたしを離さないで』『家族ノカタチ』……2016年1月期注目の連ドラは?

【リアルサウンドより】  年末年始の特別番組も終わり、そろそろ冬の新ドラマがスタートする時期です。さて、今クールは、どのドラマを観ましょうか? ということで、昨秋に引き続き、今回もまた、これから続々と始まる新ドラマをピックアップして、ご紹介したいと思います。  まずは、テレビドラマの王道とも言える「オリジナル作品」から。やはりこの冬、いちばんの注目作は、何と言っても、フジテレビの月9ドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(1月18日(月)21時〜)でしょう。今からちょうど25年前、『東京ラブストーリー』でブレイクした脚本家・坂元裕二が、再び「東京」を舞台とした「ラブストーリー」を書きおろすということで話題の本作。民放の連続ドラマの主演は今回が初となる有村架純と高良健吾に加え、高畑充希、西島隆弘(AAA)、森川葵、坂口健太郎など、まさしく“今が旬”の若手俳優たちが大集合するなど、出演者もフレッシュに豪華です。そんな6人の若者たちの人間模様を、実に5年という歳月にわたって描き出してゆくというこのドラマ。しかし、設定や予告編などを見る限り、そのトーンは思いのほかシリアスです。これ、ホントに月9なの? っていうぐらいシリアス。そして、切実。個人的には、『東京ラブストーリー』云々よりも、『最高の離婚』で大人の男女の揺れ動く心理を繊細に描き、『問題のあるレストラン』で性差をめぐる社会の歪みを大胆に描いて見せた坂元裕二が、2016年という時代の中で、どんなラブストーリーを描き出してゆくのか、非常に気になります。ところで、本作の略称は「いつ恋」で良いのでしょうか?  続いては、前クールの民放連続ドラマの視聴率トップとなった『下町ロケット』のあとを受けて、TBS「日曜劇場」枠で放送される、『家族ノカタチ』(1月17日(日)21時〜)をご紹介。こちらは、「チーム・バチスタ」シリーズなどで知られる脚本家・後藤法子のオリジナル作品です。“結婚しない”39歳の男を等身大で演じる香取慎吾と、32歳でバツイチの“結婚しない女”を演じる上野樹里。番組HPには、「結婚することが難しくなった時代に、さまざまな形の“家族のカタチ”を応援する珠玉のドラマ」とありますが、意外にも初共演となる2人は、本作の中で、果たしてどんな関係性を取り結んで行くのでしょうか。香取の父を演じる西田敏行、上野の母を演じる風吹ジュンといったベテランはもちろん、水原希子、荒川良々、千葉雄大など、脇を固める共演者たちにも注目の一本です。ちなみに、“家族”というテーマで言うならば、『医龍』や『アイムホーム』などの脚本家・林宏司が手掛けるオリジナル作、『お義父さんと呼ばせて』(1月19日(火)22時〜/フジテレビ)も気になります。遠藤憲一と渡部篤郎という演技派俳優のダブル主演はともかく、そのふたりが親子を演じるとは! しかも、1961年生まれの遠藤が、1968年生まれの渡部の義理の息子という意表をついた設定。そんな2人のあいだに立つヒロインを演じる蓮佛美沙子ともども、意外な取り合わせによる軽妙なアンサンブルが期待されます。  その他のオリジナル作としては、堀北真希が主演する『ヒガンバナ〜警視庁捜査七課〜』(1月13日(水)22時〜/日本テレビ)、草なぎ剛が主演する『スペシャリスト』(1月14日(木)21時〜/テレビ朝日)などがありますが、いずれも過去に放送された単発ドラマの世界観をベースに、それを連続ドラマ化したものとなっています。特に、『スペシャリスト』は、これまで4本も単発ドラマが作られているだけに、まさしく「待望」あるいは「満を持して」といった感じの作品になる模様。というか、草なぎ剛にとって新たな「当たり役」となる可能性を秘めた作品です。ちなみに、女性だけの捜査チーム、通称「ヒガンバナ」の活躍を描く前者と、服役経験によって犯罪心理のスペシャリストとなった刑事(草なぎ)を主人公とした後者。両者とも、かなりクセのある刑事が活躍するなど、何かと共通点が多そうな作品だけに、これら2本を見比べてみるのもいいかもしれません。さらにオリジナル物としては、松尾スズキが初めて時代劇に挑む『ちかえもん』(1月14日(木)20時〜/NHK総合)も要チェック。連続テレビ小説『ちりとてちん』や大河ドラマ『平清盛』など、NHKからの信頼も厚い脚本家・藤本有紀が、独自の解釈をもとに描き出す“ちかえもん”こと、江戸時代の人形浄瑠璃・歌舞伎作者「近松門左衛門」。松尾演じる近松と、物語の鍵を握る謎の渡世人・万吉を演じる青木崇高のコミカルなバディっぷりが見どころとなっているようです。  さて、今クールのラインナップを眺めてみて、ひとつ大きな傾向として言えるのは、人気小説のドラマ化が、いつにも増して多いということです。とりわけ、その一報が入ったとき、個人的に何よりも驚いたのが、綾瀬はるか主演の『わたしを離さないで』(1月15日(金)22時〜/TBS)でした。日系イギリス人作家カズオ・イシグロによるベストセラー小説の連続ドラマ化である本作。マーク・ロマネク監督、キャリー・マリガン主演で2011年に日本公開された映画版の記憶も新しい(しかも、なかなかの秀作だった)だけに、今回の連続ドラマ化は、かなり冒険的な試みと言って良いでしょう。実は大きな「ネタバレ」を含む作品だけに、あまり多くのことは語りませんが、近未来のイギリスを舞台とした小説を、果たしてどのように翻案するのか、大いに気になるところです。そんな本作の脚本を担当するのは、『仁 -JIN-』や連続テレビ小説『ごちそうさん』などで知られる脚本家・森下佳子。来年の大河ドラマ『おんな城主 直虎』の脚本を書くことが決定している実力派だけに、その手腕に注目が集まります。ちなみに、映画版のキャストになぞらえて言うならば、キャリー・マリガンの役を綾瀬はるかが、アンドリュー・ガーフィールドの役を三浦春馬が、そしてキーラ・ナイトレイの役を水川あさみが演じることになる模様。個人的には今クール、かなり注目している一本です。  次に紹介するのは、広末涼子と内田有紀……アラフォーの人々にとっては、何かと思い入れのあるこの2人が、互いのデビューから20年余を経た今、ついに初共演を果たすことが大きな話題となっているドラマ『ナオミとカナコ』(1月14日(木)22時〜/フジテレビ)。こちらもまた、同タイトルの小説を原作としたドラマです。『空中ブランコ』で直木賞を受賞した奥田英朗が、圧倒的なスピード感とスケール感で描き出した傑作犯罪サスペンス。バリバリのキャリア・ウーマンであるナオミ(広末)と、現在は専業主婦をしているカナコ(内田)。昔からの親友同士である2人は、ある切実な決心のもと、「親友」であると同時に「共犯者」となる……といった物語です。恐らく、相当ハードボイルドな作品になると思われますが、前クールの『偽装の夫婦』に続き、今回もまた夫からの暴力を受けている主婦役とは、何やら胸のざわめきが止まりません。願わくば、ハッピーエンドを希望します。  そして、前クール、西尾維新の「忘却探偵シリーズ」を原作とした新垣結衣主演のドラマ『掟上今日子の備忘録』が好評だった日本テレビの「土曜ドラマ」枠。こちらで今回放送される亀梨和也主演のドラマ『怪盗 山猫』(1月16日(土)21時〜)も、人気小説の実写ドラマ化作品となっています。累計50万部の売り上げを誇る、神永学の「怪盗探偵 山猫」シリーズ。「忘却探偵」から「怪盗探偵」へ。昨今の探偵稼業は、実にいろいろですが、久しぶりの主演ドラマとなる亀梨和也をはじめ、成宮寛貴、広瀬すず、菜々緒など、彼を取り巻く共演者たちも、なかなか豪華です。ちなみに同局では、翌日の「日曜ドラマ」枠でも、人気小説を原作としたドラマ『臨床犯罪学者 火村英生の推理』(1月17日(日)22時30分〜/日本テレビ)を放送します。人気ミステリ作家・有栖川有栖の代表作を原作とするこちらの主演を務めるのは、女性たちから熱視線を浴び続けている斎藤工。さらには、彼とコンビを組む「アリス」役を、窪田正孝が演じることも注目です。その他にも、映画『ピンクとグレー』の原作者でもあるNEWSの加藤シゲアキの短編集を桐山漣主演でドラマ化した『傘をもたない蟻たちは』(1月9日(土)23時40分〜/フジテレビ)、富樫倫太郎の人気小説を原作とした小泉孝太郎主演の『警視庁ゼロ係〜生活安全課なんでも相談室〜』(1月15日(金)20時〜/テレビ東京)、個人的には黒川芽以の久々の連ドラ出演が嬉しいムロツヨシ主演の『悪党たちは千里を走る』(1月20日(水)23時53分〜/TBS)も、貫井徳郎の同名小説をドラマ化したものとなっています。  といった感じで、小説のドラマ化が多い今クールですが、もはや新たな定番となった「漫画原作」のドラマも、依然として多いです。例えば、TOKIOの長瀬智也が『クロコーチ』(これも漫画原作でした)以来、久々に主演を務める『フラジャイル』(1月13日(水)22時〜/フジテレビ)。こちらは現在、月刊「アフタヌーン」で連載中の人気漫画が原作。患者を診ない医者……「病理医」を主人公とした異色の医療ドラマです。そして、深田恭子が主演する『ダメな私に恋してください』(1月12日(火)21時〜/TBS)も、中原アヤによる同名タイトルの人気漫画が原作となっています。「アラサーのダメ女の不器用な恋物語」と言うと、なんだか既視感を覚えてしまいますが、今回注目すべきなのは、深キョンの相手役となる「ドSの元上司」を演じるのが、朝ドラ『あさが来た』の出演によって、現在人気急上昇中の俳優、ディーン・フジオカであることでしょう。「五代さん」は、現代劇の中で、どんな魅力を振りまいてくれるのでしょう? さらに、今クールは主役級のドラマが重なった、窪田正孝のもう一本の作品、『MARS〜ただ、君を愛してる〜』(1月23日(土)深夜0時55分〜/日本テレビ)も、人気コミックを原作としたドラマです。90年代を席巻した少女漫画の金字塔である、惣領冬実の『MARS』。2004年には、台湾でもドラマ化されている人気漫画を原作とする本作で、窪田正孝とダブル主演を果たすのは、近頃ドラマや映画への出演が相次いでいるKis-My-Ft2の藤ヶ谷太輔。天才バイクレーサーという、これまでとは異なるクールな役どころを演じます。88年生まれの窪田と87年生まれの藤ヶ谷。実は、ほぼ同年代と言ってよい2人が、本作でどんな化学反応を示すのか、大いに気になるところです。  とまあ、いろいろ書き連ねてきましたが、実際問題フタを開けてみるまで分からないのが、例によって連続ドラマの醍醐味だったりもするわけです。今クール「観て良かった!」と思えるのは、果たしてどのドラマなのでしょう? 気になるものは、リアルサウンド映画部で随時フォローしていくつもりなので、そちらもご期待ください。 ■麦倉正樹 ライター/インタビュアー/編集者。「CUT」、「ROCKIN’ON JAPAN」誌の編集を経てフリーランス。映画、音楽、その他諸々について、あちらこちらに書いてます。

嵐・二宮和也が『母と暮せば』『赤めだか』『坊ちゃん』で示した、俳優としての真価

【リアルサウンドより】  嵐・二宮和也が、2015年12月から今月にかけて、映画『母と暮せば』、スペシャルドラマ『赤めだか』と『坊ちゃん』の3作品に出演した。どの作品もキャスト、スタッフともに一流の面々が集結しており、題材もまた濃密である。ジャニーズ内ではもちろん、現在の若手俳優の中でも屈指の実力派として知られる二宮にとっても、この3作品は大きな意味を持ったのではないだろうか。そこで本稿では、3作品における二宮の役どころとその演技を考察することによって、改めて俳優としての立ち位置に迫りたい。  昨年12月に公開された、長崎の原爆投下から3年後を舞台に母と息子の親子愛を描いた映画『母と暮せば』では、母である吉永小百合の息子役“浩二”を演じた。二宮が演じた息子は、原爆が投下された1945年8月9日に亡くなっているため、亡霊で母親にしか見えず、泣くと姿が見えなくなるという設定だった。その事実とは裏腹に、浩二はおちゃめで前向きな青年で居続けた。母親との談笑シーンでは、笑い転げる様子を、顔の表情や手を叩くのではなく、足を小刻みにバタバタさせることで表した。観客もつい笑ってしまう穏やかで明るいシーンのひとつだ。亡くなった浩二に想いを寄せ続けている恋人・町子(黒木華)の幸せを願い、自分を忘れられるよう突き放す過程も特筆したい。町子を想うとすぐに涙していた浩二だが、物語の後半では、「町子の幸せは、原爆で亡くなった全ての人の願いでもある」と真摯な表情で語り、和やかなシーンの背景にある凄惨な現実と、それでも前へ進もうという力強いメッセージを同時に表現していた。亡霊という設定上、出演シーンは母親との会話のみに限られているにも関わらず、初めから終わりまで、浩二の存在を否応無しに意識させられたのは、明るく笑い上戸な浩二の性格に寄り添いながらも、その辛く悲しい現実にも想いを馳せることができる、二宮の役者としての高い理解力があったからこそだろう。  年末に放送されたスペシャルドラマ『赤めだか』では、落語家・立川談春が17歳で談志師匠に弟子入りし、“プロの落語家”として認められたことを表す二ツ目昇進までを演じた。生活のための新聞配達のアルバイトをしたり、きつい修行で廃業する弟子の姿を目の当たりにしたり、自分より後に入門した弟子に追い越されそうになったりと、その日々は決して楽なものではない。それでも食らいついていく様子を、二宮はあくまでコミカルに演じていた。談春のガサツな性格を外股で地面を擦るような歩き方で、若さゆえの猪突猛進な性格をスピード感のある鋭い物言いで表現していたのは、二宮ファンにとっても新鮮に映っただろう。とくに、随所で弟子たちが繰り広げる談志師匠(ビートたけし)のモノマネは、原作にはない面白さであり、二宮自身も乗って真似ているのが印象深かった。また、ラストの落語シーンは素人目に見ても迫力があり、ここでもまた役者・二宮の実力が発揮されていた。  新春スペシャルドラマとして放送された、夏目漱石原作の『坊ちゃん』では、嘘をついてごまかすことを認めず、わからないことはわからないと主張する愚直な数学教師を、ストレートな表情や仕草で演じた。原作は古風な言葉遣いや言い回しが多いため、読みにくさやわかりにくさを感じる人も多いかもしれないが、ドラマは子どもから大人まで楽しむことができる仕上がりだった。“坊ちゃん”の強情な性格が周囲に変化をもたらす様に、痛快さを感じた視聴者も多かったはずだ。二宮は、原作通りに怒ってばかりで、いかにも頑固者といった風情の表情を浮かべていた。一方、教師として生徒に伝えたメッセージは、現代を生きる人々にも響く重みがあり、二宮の声を通じて素直に受け取った視聴者も多かっただろう。後世に残すべき日本文学の名作を、幅広い年齢層に訴えかける明快なドラマとして成立することができたのは、国民的アイドルグループ・嵐の一員である二宮だからこそではないか。  今回、二宮が出演した3作品に共通しているのは、すべて過去の時代の話だということだ。ドラマ評論家の成馬零一氏が当サイトのコラム【参考:嵐・二宮和也が、ドラマ『赤めだか』と『坊っちゃん』に挑む背景】で指摘したように、そこには年齢的な問題もあるだろう。若者と中年のはざまにいる二宮だが、ドラマとしての虚構性が高まる過去の時代の物語なら、まだまだ若者として活躍できるというのは、実際に今回の一連の作品を見ても感じられるところだった。しかし、それ以上に印象的だったのは、すべて過去という舞台設定で、ともすれば同じように感じてしまいそうな3つの役柄を、その高い演技力で見事に演じ分けたということの凄みだ。通常の役者であれば、役作りという観点から考えても、こうした仕事の仕方はあまりしないだろう。しかし二宮は、過去の時代の作品に集中的に取り組むことによって、むしろ役者としての実力を見せつけることに成功した。  今年3月に公開される人気漫画原作の映画『暗殺教室〜卒業編〜』では、最強の殺し屋“死神”役を演じることが決まっている二宮。2014年のドラマ『弱くても勝てます 〜青志先生とへっぽこ高校球児の野望〜』の教師役以来となる学園モノだが、次回は時代モノ以上に虚構性の高い作品のうえ、役柄もミステリアスなだけに、今回の3作で見せたような本領を発揮できるのではないか。 (文=小島由女)

2015年に躍進したモデル俳優、成田凌は“ラーメン王子”をどう演じるか?

【リアルサウンドより】  現役メンズノンノモデルで、俳優としても注目を集めている成田凌が、1月4日午後11時30分より放送される『ラーメン大好き小泉さん 2016新春スペシャル』(フジテレビ)に出演する。”ラーメンのプロ”である小泉さんを中心に日々美味しいラーメンを追い求める本作は、2015年6月から7月にかけてフジテレビで「土ドラ」として放送された連続ドラマである。新春放送のドラマはそのスペシャル版であり、成田は早見あかり演じる小泉さんのライバルとなる役柄での出演が発表されている。本稿では、2016年の活躍が期待される俳優の一人である成田凌がどんな俳優なのか、掘り下げてみたい。  2013年からモデルとして活動している成田は、大人な顔立ちと雰囲気から冷静沈着でクールな役が多い、現在22歳の若手俳優だ。モデルや役者として見せる顔に加え、インタビューや撮影のメイキングで見せる素の表情も豊かである。モデルの先輩であり、シックで落ち着いた雰囲気の東出昌大や、寡黙でつかみどころのないイメージがある加瀬亮や池松壮亮に通じるものを感じる。また、ふっと笑った表情は、男性俳優イチ女子力が高いとも言われる千葉雄大と重なる部分もある。  映画『飛べないコトリとメリーゴーランド』(2015年)が公開された際のインタビューでは写真撮影にハマっていると話し、「雨上がりに、信号の赤色が地面に滲む情景を撮りたくなる」そうで、日常の風景に心を動かされる繊細な感性も持ち併せていることがうかがえる。その繊細さと、モデル業で培った表情に細かい変化をつける技術により、様々なキャラクターを丁寧に演じ分けているのだろう。  そんな成田の俳優デビュー作は、歴史の真実を暴くサスペンスドラマ『FLASHBACK』(2014)だ。高梨臨とW主演を果たした本作では、特殊能力を持つクールな刑事を、端正で華奢な容姿を活かしながら、神妙な表情で演じきり、注目を集めた。以降、キャリアが短いにも関わらず、2015年には6本のドラマ、1本の映画に出演するという大躍進を遂げている。また、スピーチによって学校に革命を起こす生徒会長(広瀬すず)を中心としたドラマ『学校のカイダン』では、学校内で絶対的な権利を持つ”プラチナ8”の一員として出演。頭脳明晰で大人びた生徒役を好演した。さらに学園ドラマ『She』や、理想の朝食を求めて奮闘する物語『いつかティファニーで朝食を』でも存在感を放ち、俳優としての知名度を高めた。2016年1月30日に公開を控えるホラー小説を原作にした映画『残穢(ざんえ)-住んではいけない部屋-』にも出演しており、今年も多くの作品で活躍が期待されるところだ。  新春スペシャルドラマ『ラーメン大好き小泉さん』では、”ラーメン王子“と呼ばれ、主役の小泉さんとライバルになる重要な役柄を演じる。ラーメンへの愛を熱く語り、学校では親衛隊を従えるほどの王子様キャラをどう演じているのか。俳優・成田凌の新たな一面をみることができる一作といえそうだ。 (文=小島由女) ◼︎ドラマ情報 1月4日(月)23時30分~24時30分 出演者:早見あかり、美山加恋、古畑星夏、成田凌、田中美麗(SUPER☆GiRLS) 脚本:久馬歩(ザ・プラン9)、阿相クミコ 編成企画:赤池洋文 プロデューサー:高丸雅隆、久松大地 演出:松木創 制作:フジテレビ 制作著作:共同テレビ 公式サイト:http://www.fujitv.co.jp/ramen_koizumi/index.html

年末企画:松崎健夫の「2015年 年間ベスト映画TOP10」

【リアルサウンドより】 1. はじまりのうた 2. ストレイト・アウタ・コンプトン 3. ゴッド・ヘルプ・ザ・ガール 4. 私たちのハァハァ 5. セッション 6. ラブ&マーシー 終わらないメロディー 7. Dearダニー 君へのうた 8. エール! 9. 劇場版 BiSキャノンボール 2014 10. 悲しみの忘れ方 Documentary of 乃木坂46 次点. EDEN/エデン  2015年を振り返ったとき、「音楽映画が豊作だった」というのが僕の印象のひとつ。そこで、リアルサウンド映画部さんでは、<音楽>を題材にした作品に特化したベスト10を並べてみた。その中でも<アイドル映画>は、“ドキュメンタリー的”というキーワードで紐付け可能な作品に秀作が多いのも特徴だった。それはAKB48やSKE48作品のような、単なるアイドルグループ・ドキュメンタリーだけでなく、例えば、ももいろクローバーZが主演した『幕が上がる』のように、フィクションであるけれど“順撮り”によって彼女たち自身の成長記録にもなっているような作品があった。  もともと歌謡映画の文脈から発生した<アイドル映画>は1970年代に生まれ、80年代前半に隆盛を誇った。その背景のひとつには、映画界と芸能事務所が結びつき「新曲のプロモーション」の場として利用されたという一面もあったが、今はSNS時代におけるアイドルのあり方を総合的・多角的視点で語れるという要素を持っている。あるジャンルを構成する映画群が同時多発的に生まれる背景には、その時代の社会事情などが密接に関係しているもの。その時はその理由が判らなくとも、後の人たちが事象を照らし合わせることにより、発祥理由はいずれ導かれるものなのである。  そういった中で、2015年に同時多発的に公開されたのが『進撃の巨人』の前・後篇や『グリーン・インフェルノ』などを筆頭とする「人が食われる映画」だった。<食人>という描写は『野火』や『フリーキッチン』にもあったが、実はこれらの描写が2016年公開作品にも散見出来るのである。我々の未だ見ぬ時代や社会の流れをこれまでも予見してきた<映画>。少なくとも言葉を生業にする者として、僕はこの一年で随分と“言いたいことが言い難い”息苦しい世の中になったと感じている。これらのことを照らし合わせ、後の評者たちは「人が食われる」映画をどう分析するのであろうか。 ■松崎健夫 映画評論家。東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『WOWOWぷらすと』(WOWOW)、『ZIP!』(日本テレビ)、『キキマス!』(ニッポン放送)などに出演中。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。Twitter ■作品情報 『はじまりのうた』 Blu-ray & DVD発売中 監督・脚本:ジョン・カーニー 出演:キーラ・ナイトレイ、マーク・ラファロ、ヘイリー・スタインフェルド、アダム・レヴィーン、ジェームズ・コーデン、ヤシーン・ベイ、シーロー・グリーン、キャサリン・キーなー 価格:Blu-ray…4700円(税抜)、DVD…3800円(税抜) 発売・販売元:ポニーキャニオン (c)2013 KILLIFISH PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

「シネフィルである事」が、またOKになりつつある 菊地成孔が“ニュー・シネフィル”映画『ハッピーアワー』を分析

【リアルサウンドより】 ◼︎まあ、どこから観ても問題作(批評は混乱するであろう)  『ハッピーアワー』は、これこそ現代日本の作品としか言いようがないです。韓国でこんなことできないというか、できたとしてもホン・サンスしかいないというか。上映時間も長い〔317分〕だけではなく、語るべきことが多過ぎて、たぶん批評も混乱すると思うんですよ。ただ、黙っているわけにはいかない映画でもあるので、いろんな人がいろんな事を言うはず。サブカル系もしくはすごいシネフィルの人が大いに語るということになるのか、あるいはエンタメ系の人も何か言っちゃうのか。  ワタシもそこそこ長く成るので、最初に一言で済ませてしまうと、すごくいい映画なんだけど、1点だけ悪いことがあって、それは「いかにもロカルノで賞を獲りたそうなつくりで、それで実際に獲っている」という(笑)。前回、『無頼漢』でも説明した「カンヌ狙いでしょう。はい、そうですカンヌで賞獲りました」という感じです。(参考:韓国ノワールはなぜ匂い立つほどリアルなのか? 菊地成孔が『無頼漢 渇いた罪』を解説

素人使用は、実は批評の口をつぐませる

 それ以外は誰も文句言えない。言わせないというかね。つまり誠実にやっているわけで、長さに見合った膨大な構造的な問題をはらんでいる。とりあえず、先ず話題になるのは、出演者全員素人ということ。出演者全員素人というと、一般層は驚き、シネフィルは驚かない。勿論、ロベール・ブレッソンがいるから。ブレッソンだけじゃない、日本のATGではオーディションでずぶの素人を主演にするということも結構やっていた。ルキノ・ビスコンティの有名な『揺れる大地』なんて、ブレッソンの代表作『スリ』や『抵抗』よりも古い。『吸血鬼ノスフェラトゥ』のムルナウが作った『タブウ』なんて戦前のドイツ表現主義なのに、南の島の映画を、ちゃんと台本も書いて現地の島民にやらせた。  また、極端に言ったら、これはジョークに近いけれども、薬師丸ひろ子は後に名女優になったから、みんな忘れちゃっているけど、角川の1本目の『野性の証明』では完全な素人だったわけで、2本目の『セーラー服と機関銃』ですでに名女優だった(笑)。これはハリウッドのスター開発システムと同じで、オードリー・ヘップバーンの『ローマの休日』は、一応、主演第一作だけど、映画自体は、端役も入れれば5〜6本いってる。このシステムは、「回りを名優で固めて、ハリウッドシステムに適応させる」というやり方だから、まあ全然別件ですけど。「素人の力」を導入している事に変わりはない。  そして、「新人女優発掘主演パターン」を除けば、他の映画は必ず、第一には「意欲作」「異色作」と言われ、続いて<映画とは何だろうという根本的な問いかけをしてくる>と必ず言われる。  それ以上の批評が、個々の批評家の、個々のスキリングを超えて、構造的に「そこまでしか言わせしめない、限界性」に触れてしまっている。「他に言い様がないよね」という(笑)。まあ一種の批評的なレグレクトだけれども、『ハッピーアワー』は、前述の通り、批評の言葉の限界性を突いて、(善くも悪くも)批評を封じてしまう。という風にはならない。もっとザワつくものに満ちています。  どうやら、日本映画が、「素人を使う」という事は、21世紀的で、確かに<映画とは何だろうという根本的な問いかけをしてくる>のは言わずもがな、もっともっといろいろ語るべき、一種の批評誘発性というか、誘惑者としての色気がある(主演女優に。といった意味ではない)。  ここでは、単に「素人に演じさせた」というアクションに、現代的で切実な問題がたくさん含有されてしまっています。

リアルの問題

 リアルの問題、フォームの問題、俳優の身体性の問題、方言の積極的使用etc,etc、これらは各々「ドキュメンタリストであること(ドキュメンタリー映画と劇映画の液状化)」「撮影方法や、演技方法、つまり、方法を、一から作らないと、現行の<方法>が、死にかけてしまっていること」「(恐らく、推測だけれども)フェミニズムの問題の一貫として、いろいろな顔や性的表徴を超えて、<体型><顔の作り>が、声の出し方を決定する。その際に、実は女性が問題にするべき、個々人の個性としての<顔と身体>は、ジェンダー的な美醜とは別に、純化された「女性としての個性」として、本人も他人も、よく見える様、聴こえる様にすべきだし、とはいえ、アニメや漫画の様に、類型的でヴァラエティには富んでいない(主演の4人は、顔も声も全員違うが、ほとんど同じ身長と体つきをしているとも言える)」、そして「<標準語>という、人工的な言葉が、どれほどのリアルを伝えられるか?<完全な標準語>とは存在するのか?」といった諸問題を、静かに、しかし秒刻みで観る側に突きつけて来ます。  「休憩が二回はいるほどの長尺」という事の必然性は、上記の様々な問題と、総てターミナルの様に関係している。そもそも映画語法の大基礎である「モンタージュ理論」を提唱したエイゼンシュタインが言う「冗長性の排除」という、名目は、逆転的に(つまり、乱暴に)、敢えて退屈で冗長な状態を映画の中に導入するのではなく、もう一度、絶対悪である「冗長性」について考え直そうという意思を感じます。

実は今回、総て推測です(実作者からの訂正があったら承ります)。そしてリアルの問題続く

 「感じます」と歯切れが悪いのは、ワタシは不勉強にして、濱口監督のことを全く一切、何も知らないので、今から書く事は全部が推測になってしまうので、それを最初に断っておかなければならない(ググったり、パンフについている解説を読めよという声があるだろうけれども、あれはーーーワタシの考えではーーー全く役に立たない。少なくとも「ちょっとでもその人を知る」という意味では。それだったら、初見で推測する方が、リスキーだが穫れ高も高い。とワタシは信じています)。  と、いきなりこれは余りにも基本的な話しだけれども、そもそも俳優さんというのは何をやっているかというと、アンリアルもしくはフェイクをやっているわけなので、本来「俳優がリアルな演技をする」というのは語義矛盾で、俳優は構造的にリアルな演技はできない(俳優をドキュメンタリー作品の中に入れてしまわない限り)。そうなったときに、構造的に突破しようとしたら、これはもう一番乱暴な方法だけど、全員素人にすれば、演技はリアルだということになる。しかしそこは、ありきたりなアンビバレンスというか、素人もカメラの前でしゃべらせると、だんだん演技し出すから、本当に難しい。隠し撮りだけで一本作った作品は無い。

音楽に於けるアマチュアリズムとの違い

 というのは、音楽もそうで、パンク/ニューウエイヴという、「音楽的な無教養/無経験主義」の次に来て、ニューウェーブを更に純化させた「ノーウェーブ」は、そもそも楽器をやったことがない人だけを集めて作った『ノー・ニューヨーク』というアルバムがきっかけで、完全に素人が演奏すると、演奏はダウンせず、むしろ、とんでもない生々しいリアルなロックサウンドになると。直前のパンクも、ずっと過去のブルースも、最初はそうだったのだという、アカデミズムの外にある音の歴史と繋がっている事がひしひしと、鮮烈に伝わって来た。  これの対極にある、総てを一流のスタジオミュージシャンにとことん演奏させるスティーリー・ダンみたいなものもあって、これを極左とすると、あとはみんな「真ん中」に納まる訳です。  音楽の場合、この次の美学的な論点は、プロといっている人だって、苦手なことをやれば素人くさくなるし、素人臭い「ヘタウマ」も、上手く行けば凄く良いよね。といった何か物わかりのいいところに着地して、「まあ、あまり考えないことにしよう」ということになりがちなんだけど、映画はそうさせない。  何故かと考えると、音楽、特に楽器の演奏やがっつりした作/編曲というのは文法から書方から、演奏者のスキルまで、善くも悪くも「フォーム=形式」ががっちり固まっているからだと思います。  つまり、ここで次に出て来る疑問は「映画における、演技と撮影の<フォーム>とは何か?」という事になる。「映画という存在自体を根底から問い直す」と言っても、既に映画はどんどん製作され続けているので、こんなエッセンシャルでスタティック(静的)な問いは、ほぼ役に立たない。  それよりも、日々量産される映画には、いろんな出自で演技を学んだ俳優達が、各々のフォームで演技をしながら、カメラはそれを、(歌舞伎やシェイクスピアシアターのような)全員が一定のフォームで発声し、動いているかの様なそぶりで撮影することになり、一度フォームの問題に目が行った瞬間から、映画というのは、根源から揺さぶられかねない。  音楽なら、クラシック上がりの奏者と、ジャズのスキルがベースの奏者と、独学のロックファン上がりが一緒に演奏して、歌がそこそこ上手いアマチュアだったり、コンピューターで音程修正された完全な素人であったり、驚異的な歌唱力を持つ演歌歌手であったりする事が、演奏中に完全に歴然としていようと、音楽を根本から揺るがす問いには至らない。そこには「ミクスチュアスキリング」という、(音楽では)当たり前のことが起こっている事の確認があるだけです。  再度強調しますが、ワタシは大変不勉強な事に、この濱口竜介監督の映画を見たのは初めてで、てっきり『ハッピーアワー』を意欲的なデビュー作だと思っていたら、とんでもない話で、フィルモグラフィー見たらもういっぱいやっている人で、世界的にも注目されている人で、また、これも繰り返しになるけど、インターネット一夜漬けは、ワタシの規定では悪時でしかないので、していません。なので、以下、総てがワタシの推測になるので、この連載枠内での訂正要求は、いくらでも飲みます。まあ、そもそもこの連載自体が「予備知識ゼロで観るとどうなるか?」という批評実験の側面もありますし。

「Keiko」を観たかね?

 さて、この映画を批評する前に是非とも挙げたいのは、ブレッソンでも、恐らく、監督が相当影響を受けている様にしか見えないカサヴェテスでもなく、誰もが忘れている『Keiko』という映画です。  フランス人のクロード・ガニオンという監督が1979年に日本で撮った作品なんだけれども、C.ガニオンは、映画史上の、隠れた大奇人で、まず、名前だけ聞くと誰もがフランス人だと思う。ところがカナダのケベック州出身で、だから名前がフランス人っぽいんだけれども、別にそこは奇人ではない。  万博〔1970年〕のときに日本に報道カメラマンとしてやってきて、よくある「日本にかぶれた外国人」になるんですね。それで日本人女性と結婚して(彼女はガニオンと製作プロダクションを作り、映画製作者になるんだけれども)、日本に定住することになって、そこで最初に撮った長編劇映画が『Keiko』っていうのね。(参考:Keiko (映画) - Wikipedia)  その映画はオール素人。C.ガニオンがどれだけロベール・ブレッソンのことを意識していたかは全くわからないんだけれども、彼は日本のカンフーアクション映画に1本だけ悪役で出演して怪演したりして、とにかく変わった人。  写真家上がりでドキュメンタリストで、最近だとま、、最高に良く言って、ペドロ・コスタみたいなね。映画をドキュメントのつもりで撮っていくというような、最近のアート映画の潮流というか、最終手段の1つをやったかと思えば、今言った様に、千葉真一の空手アクションみたいなのに悪役で出たりして。  そして決定的なのが、『Keiko』よりもはるかに有名な映画で『ケニー〜スケボーに乗った天使』という、下半身が全くなくてスケボーに乗ったままで生きている男の子の映画(なんとドキュメンタリーではなく、劇映画)も撮っており、それはもう世界的に有名な作品として、大ヒット作になった。若い人は知らないと思うけど、みんな『ケニー』はやっぱり驚愕とともに見たと思うんですよね。下半身が全くないのに生きていて、だから移動手段がスケボーだという。車椅子すらケニーは拒否しているんで。驚くべきことに、今回ちょっと調べたら、まだ存命中でした(汗)。  C.ガニオンはその後、ヨーロッパのテレビ局で『トーマの愛のために』(1994年)という番組を撮って、ヨーロッパのテレビ番組史上、最高視聴率を上げたりもしている。全然輸入されないんだけど、いまだに映画も撮っていて、とにかくまあ、比類なき奇人。  その人の処女長編『Keiko』はATGなんですけど、ワタシは中高生のときにこれ観ているんですよ。それは恐ろしいというか、すごく変わった映画で、聞き取れない台詞とか、俳優が台詞噛んで言い直しているのも全部撮っているの。そもそもカメラとマイクが別々だった時代だから、マイク一がダメで、台詞の録音にムラがあったりして。  言ってしまえば「ドキュメンタリー手法の導入(シネマ・ヴェリテというか)」なんだけれども、そしてしかも、70年代中盤の段階でレズビアンという題材を扱っている。今はもう同性婚の時代だけど、当時はレズビアンというのは完全な被差別で、カムアウトなんかとんでもなかった。それで主人公のケイコは一緒に住んでいた、本当に愛していたレズビアンの相手と別れて、親が勧める婚約話で、死んだ目のまま異性と結婚するという、大変な悲劇を描いているんですね。それが、ワタシにとってはいわゆる「トラウマ映画」になっている。未だに「何だったんだろう?アレは?」と思っている『ケニー〜スケボーに乗った天使』なんか比べ物に成らないほどの衝撃。

通奏音としてのレズビアニズム

 『ハッピーアワー』を観た時、まず心的な第一接触として、まあシネフィルはブレッソンとかカサヴェテスとか言うだろうけど、どんなシネフィルでも『Keiko』の話はしないだろうなと思いました。でもワタシのイメージの中では、『Keiko』がどうしてもトラウマ的に癒着していて、主人公が全員女ということもあって、若干のレズビアニズムというのがこの映画の中に通奏低音のように薫っているように感じてしまう訳です。今様に言うと、これはシスターフッドという事になるんだろうけど、シスターフッドなんていう、健康的で制度的な状態ではなく、通奏低音としてのレズビアンと言った方がしっくり来た。  まあ実際には、彼女達は結婚したり離婚したり恋愛したりして、異性愛のことでみんな悩んでいるわけだから、全然レズではないんだけど、フロイド的に言うと、実際この人たちがレズビアンじゃなくても、それは抑圧されてるんだ、という事に成ってしまう。だからそれがむんむんと薫っていて、それを露骨に物語の中に持ち込んじゃった『Keiko』とつながっちゃっているんですよね。だから見ている間じゅう、ずっと『Keiko』のことを思い出し続けていて、久しぶりに見直そうかなと思った。何せ『Keiko』は全編、京都ロケ、こちらは神戸。大雑把に言って、さっきの「リアルな方言と、フォームがバラバラな標準語」の問題を、そっくりそのまま移送した形に成っている。とも言えなくもない。  何度もしつこいが、全部が推測にならざるを得ないんですが、監督は恐らく『Keiko』のことは知らないと思うんですよ。年齢的に知っていてもおかしくないし、シネフィルだから資料として知っているかもしれないけども、もし意識していたら、『ハッピーアワー』は、こんなにも『Keiko』と癒着的にはならない、何かが違った筈です。  あと考えどころは、シネフィルとして、ここまで書いて来た「素人映画の名作」をリスペクトしているのか、実はぜんぜん映画鑑賞のアマチュアもしくはゼロの人で、全くオリジナルな形でやったのかもしれない。リテラシー低いまま観るという立場を貫くならば、パンフレットでドキュメンタリー映画を撮っていることだけは知っている。だから、ドキュメントのカメラによって劇映画を撮るとどうなるかという、いろんな人がやろうとしていることをやって、それを非常にうまくやった例だということはできるわけです。

「シネフィル」差別の終わり(ボンクラの疲労)

 それで思ったのが、最近になってまた、いかにも「シネフィルが撮っています」という映画が許されるようになってきたということ。ワタシは、その鍵をこじ開けたのは実はホン・サンスだと思っていて、韓国の50過ぎた監督が、あるとき突然――日本人から見ると。韓国的にはもっと長い歴史なんだけどーージャン・リュック・ゴダールとエリック・ロメールの臆面もないオマージュをやり始めたという。ここ数十年の流れの中で、シネフィルが映画を撮ることに対して、観客が陰性感情を持って排除していくのと、陽性感情を持って迎えいれて持ち上げるという、力学というか、流れみたいなのがあって、まあ、タランティーノだのウエス・アンダーソンだのを殿堂入りさせて奉るか、(死語ですが)オワコンとして(死語ですが)ポイしてしまい、葬り去ったか。というアティテュードの違いに成ると思うんだけれども、我が国だけ見ても、ここ数年の人気監督は園子温にしても、三池崇にしても、シネフィル的ではなかった(実際どうだったのかは関係ない。作品から見渡せる事として、という意味)。  それまでのシネフィル映画というのは、アカデミー賞ですらポイで、全米批評家協会賞もしくはカンヌもポイで、シネマテーク・フランセーズとかそういうところでやっている、もう誰も見ないような映画まで見ているという履歴の中からオマージュを捧げるという形でやるとカッコイイ、という、マニアが偉い時代が80年代とかにあって(笑)。でも映画にそれほど詳しくない観客の、「いや、オマージュとか、ここが引用とか言われても」という感情がだんだん高くなってきた。  70年代から80年代までは結構、牧歌的な時代で、ブライアン・デ・パルマがヒッチコックのカットを引用したとか、それ見つけて喜んだりとか、『スター・ウォーズ』=『隠し砦の三悪人』〔1958年黒澤明監督作〕でバンザーイみたいな下地があったんだけど、もうそういうのはダメという感じになってきた。

タランティーノが生んだ「秘宝」系という巨大マーケット

 タランティーノがうまかったのは、本当はタランティーノはシネマテーク・フランセーズとかもイケてる人間で、何せ自分のプロダクションの名前(今は解散)ゴダールの『はなればなれに(Bande à part)』という映画のタイトルだし、やる事の端々に、ちょちょっと暗号みたいにヌーヴェルバーグやルビッチを入れて来る一方、敢えて千葉真一だとかを前に出していって、難しい映画じゃなくていいんだよという。アジアのB級アクション映画をいっぱい知っていて、それだけでこんなに面白い映画ができるんだという演舞を行った。  つまり『映画秘宝』的なマーケットを作った訳だけど、それはここ数十年で、一番上手く行ったマーケットで、何せ虐められっこでも、無口な引きこもりでも、誰でも丘ヤンキー(80年代の「丘サーファー」からの転語。ネットだけでB-BOY的な言葉遣いで、ちょっとワルぶる。というプチ万能感。因に、小規模流行語に成った「マイルドヤンキー」とは全く意味が違う。あちらは本質の変化、こちらは人格分裂に近い演技性のこと)になって大威張りになれるし、幼稚な男泣きも許され、しかも好きなだけ語ってもオタク認定によるキモがられのリスクが低い。  こうした「秘宝」的なマーケット/基本価値の完成に尽力したのが、例えば町山智浩さんで、要するにボンクラというか、アート映画を知らないけど、娯楽映画をいっぱい見ていて、ヤバい映画、B級をいっぱい見ていて、それをくみ上げていって、萌えがいっぱい入っていて、オタクが見るとニンマリする(たまにシネフィルにもウインクするーー3年に1度ぐらいーー)というタランティーノの作法というのが、90年代以降、1つの金字塔みたいになった。タランティーノの見事なセルフプロデュースが造物主であって、ウォシャオスキー兄弟だけでは「秘宝」は完成しなかった。  そういう中、前述の通り、全然シネフィルっぽくない人、日本人だと園子温だとか三池崇とか、作風やルックスや、その人の記号的な消費のされ方がシネフィル的ではない人が出てきた。ジャン・ヴィゴとかフランソワ・トリュフォーとか、全部見ている感じは全くしないという。かといって、タランティーノとも違う。漫画なんかを原作にして、ゼロからつくり上げて、今のオタクで映画見る人たちの気持ちにすごく応えているんだという感じで。  園子温なんかは『冷たい熱帯魚』みたいなものすごい残虐な映画撮っていたかと思うと、ちゃんと萌えが入っていて、『愛のむきだし』では満島ひかりさんのパンツが見えていたり、ちゃんとサービスも忘れない。最近では、『TOKYO TRIBE』とか『みんな!エスパーだよ!』みたいなのまで撮ったりして、何でもやるけど、シネフィルには見えないと。ホントはシネフィルであるタランティーノとは全く違う。

フォームなき国のフォームは?

 では、シネマなのにシネフィルじゃない人が撮る映画とは何だろうか? 何のフォームによって役者は駆動されたか?  演劇と漫画だと思う。どちらも物凄くフォームがしっかりしている。「Vシネマ」も初期に於いては、その形式性から、フォームとして遣われている。  そして物質的なフォームではなく、心的なフォームだけれども「萌え」も、フォームとして大きく、強く作品のリビドーを稼働し、律していた。「萌え」はカワイイだけではなく、残虐描写や、エグイ描写や、自虐描写も含まれる。  やっとここで『ハッピーアワー』に戻って来る。オタクが全盛で、シネフィルみたいなものはウザがられるようになると当然、反動も出てくるわけで、いやいや、ブレッソンですよ、ゴダールですよ、ロメールですよ、萌えなんかあるわけないじゃないですか、気に食わない方は見ないでくださいという感じの態度もアリになってくる。  それを平然と、特に考えずにこじ開けたのがホン・サンスで、韓国映画界のこととか何も考えていないような人だから、自分がフランスに留学して、アメリカに留学して、それで好きなだけ映画を見て、バカ正直にゴダールとロメールを韓国人でやったらどうなる? とやったところ、興収はすごい悪いけど、評価はメタクソに高いカルト監督になった。それで、ホン・サンスがやれるなら、と考えたかはわからないけれど、1つのムーブメントが起こるときの同時多発性という感じで、『ハッピーアワー』みたいな作品が出てくるのは、時代の必然だと思うんですよね。21世紀ですよね。

劇団か? いや、違うのでは?

 『ハッピーアワー』は、パッと見た感じ、演劇とどのぐらい関係があるかがわからなかった。厳密に言うと「どうせ監督主催の、劇団独自の演技フォームから作る劇団があって、そこの役者だろ?と思ったら、観れば観るほど、<劇団>の感じがしなく成って来た」というのが正しい。  ただ、チラッと何かのフライヤーの端に書いてあって、迂闊にも読んじゃったんだけど、この監督は劇団を持っているわけじゃないけど、「素人が演技するワークショップ」をやっていて、この映画もその産物(象徴的な意味ではなく、具体的に、そのワークショップの卒業制作的な作品)なんだということがわかった。  ということは、ブレッソンともまたちょっと違うし、例えば松尾スズキさんみたいに劇団を持っていて、劇団員の中の面白いキャラの人を次々スターにしちゃうというようなのとも違う。C.ガニオンみたいなドキュメントの手法で、脚本はしっかりしているんですね。即興性はまったくなくて、脚本は5時間分ガチガチに書かれているように見える。即興性は感じない。しかも、オレオレのカリスマ映画というより、共同脚本で、もう相当練り直して、練り直してやっていると思うんですよ。

リアルの問題、まだ継続中

 テーマとしては、とにかく「リアルとはなにか」しかないと思う。そのぐらい今の日本人というのは、リアルを喪失しているから。インターネットによって、もうリアルがなくなっちゃってきている。そんなリアルのない世で歌舞いてみせましょうというのが、三池監督とか園子温監督で、これはこれで時代に合致していたわけで、リアルはミッシングもしくはコンフリクトしていたけど、萌えという感覚に関してはストレートにリアルだという人々に対して、ものすごい救世主になった。  だけど、この映画は「萌え」がなく、「萌えという最後の命綱も切っちゃったら、死んじゃうの?」というかなり切実なテーマを日本人に突き付けている。これは日本だけではないけど、程度ややりかたはいろいろあれど、リアルをフレッシュに奪還しましょう、ということがテーマになり得る国が今、世界に沢山ある。というか、リアルが生き生きとリアルなのは、紛争国とか内戦国とかに集中している。  ただ、さっきも言った通り、『痛快!ビッグダディ』が、最初はリアルだったのに、最後の方は演技だったとかいう話を代表に、、、、、してはいけないか(笑)。とにかく、「素人をドキュメントすれば自動的に得られるリアル」は、脆弱すぎる。  ドキュメンタリーは必ず「やらせ」の問題と背中合わせになってしまうのは、もう力学的にしようがない。もう単なるドキュメンタリーがリアルだとも思えなくなっちゃった。  盤石で揺るぎないリアルを撮るにはどうしたら良いか?残る手段は「ドキュメンタリーのカメラ」が「劇映画を撮る」しかないわけで、そんな、チェスの手の内みたいな、理詰めで考えた方法が生き生きとした映画表現に成るのか?と一瞬思う訳だけど、『ハッピーアワー』では、それが驚くべき完成度で結晶化している。

<第三のリアル>という考え方

 これは、一種のバイスキルで、カメラはドキュメンタリーの振る舞いも出来ると同士に、劇映画も撮れるし、両者を止揚した、第三の状態で振る舞えないといけない。役者は、単に出たがりの素人や、役者志望ではいけない。カメラ同様、第三の演技スキルとプランを持たなくては行けない。  何度も言うけれども、これは画面から読み取った推測だけれども、「監督は、素人に台詞を与え、それを撮影する」という事に特化したワークショップをかなり実戦的に行ったと思われます。  それがどんなものなのか、想像もつかないが、例えば会話のシーンがあって、この作品では、目線と目線を「リアル以上に」見つめ合う様に演出しているんだけど(ここはブレッソン的でも小津的でもあり)、これはおそらく、第三撮影と再三演技の賜物だと思う(例えば、実際に見つめ合わさせずに、喋らせて、それを横から撮ると、リアルな見つめ合い以上の、新しいリアルな見つめ合いが生まれる。というような)。こうした研鑽の結果が、4時間越えという長尺の中に、ぎっちり張り巡らされている。

フェミニズムとシスターフッドとレズビアニズム。絡み合う三者

 ただ、ちょっと、「そこはどうかな?」と思ったところもあって、この映画は「30代後半の女性はすごく生きるのが辛い」という事実の一側面を、単に本作のテーマであることを超えた、何か社会的なデフォルトのように扱ってしまっている側面が感じられ、つまり、コンセンサスをがっつりとった一般論として、精査せずにテーマに据えてしまっている様に思う。この点は第三リアル、新リアルというより、凡庸なマスメディア・リアルのように見えてしまう。  「30代後半の女性で、いま暮らしも精神も全然問題ないんですけど、何か?」という人が出てこない。全員問題抱えているわけで、全員が辛い。その辛さというのは、正に、第一リアルに押しつぶされそうなわけで、かといってこの人たちは、アンリアルになってアイドルを追いかけたり、ネットにはまり込んで、二次元の世界によってリアルのきつさから逃れるということもしない人たちなんですよ。ここは、評価が分かれる所だと思います。  つまりオタク型、ジャパンクール的な救済が全くないから、結構無慈悲というかね。だから相当フェミニスティックな映画でもあるし、マッチョな映画でもあります。男が女に芝居させて、操っているわけだから。マッチョ感もあるし、フェミニズム感もあるという。  フェミニズムを理解している男性監督が女性をうまく使っているという意味において、『Keiko』とちょっと似てなくもない。完全100%フェミニズムにしようと思ったら、監督も女性であるべきだと思う、こんな長文で今初めて書くけど、監督は男です(笑)。しかも劇中に登場して、いいところさらっていったりしているし、そもそも30代後半の女性はみんな生きづらいという初期設定でスタートしてしまうこと自体が、ちょっとフェミニズムじゃないなという気がする。ここは、シスターフッドの同調には同じ境遇が必要という事だろうけれども、別に脚本に書き込まなくとも、そうじゃないと思えば、画面に現れる事です。  あとは、マルセル・プルースト的とも、アンディ・ウォーホール的とも言える、時間の遅延(異様な長尺)、しかも長尺による冗長さが第一リアルに含有されてしまっては意味がなく、この作品は長さを殆ど感じさせない。不思議な時間構成をしている。筒井康隆や、ラテンアメリカ文学の「虚構」についての考察を、根本から行っている様にも、第三カメラと第三演技を獲得した事で、自然とそう成った様にも見える。

「カルチャーセンターのワークショップ」という、凄まじいリアル

 普通だったらカットしてもいい、第一部の「重心をとる」ワークショップを、ノーカットというか、ほぼそのまま入れ込んでいて、要するに、地方都市のカルチャースクールなんかで盛んなワークショップを、結構な尺で、ほとんど全部見せている。彼女たちが、いかにもありそうなカルチャースクールというか、ワークショップに友達と一緒に出掛けることで、しかもそれは体を使うことだから、肉体的な、身体的なリアルを取り戻せる。この中でヨガ習っている人とか、ダンス習っている人1人もいないように描かれる。ヨガだ、ダンスだ、ジョグだとなるというのは、やっぱり身体性を取り戻して、第一リアルということを体から取り戻そうという動きだと思うんだけど、それがヨガとかダンスにせずに、何かアーティストのやるワークショップ(新興宗教やメンタリズムのような擬似超能力ぎりぎりの)にしたというところが素晴らしい。  ある意味、アンリアルというかね。普通これだけ集めたら、デブだったりチビだったりがいる筈なんだけど、意外と全員の身体的なIDがそろっている。体つきがみんな似ているんだよね。主人公達は境遇もルックスも4者4様なんだけれども、からだつきが似ている。ここが何だか凄い。凄いとしか言い用が無い。  そして、似ているからこそだと思うんだけど、やっぱりよく見ると、1人1人の体つきが違っていて、その恐らく、1人1人が記号的には同じところに分類されるような体つきの人達の、細かい違いを見せたいというか、そこがリアルになってくるというか。  結構、全編に渡ってその細いところを見せていくので、劇映画の目線で見ちゃうと、当たり前ですけど退屈な側面も出ちゃうんだよね。その分、彼女たちはよくしゃべる。そこは演劇にちょっと近い。  韓国や合衆国の映画を観てから日本映画を観ると、「日本人ってこんなに気の利いたこと当意即妙にしゃべるかね?」とか思いますよね? 「あなたが好きです」というのに「月が綺麗ですね」というとか、曖昧な笑顔で何時間も居られるとか、あれって本当に日本人だけだよねと思う。  しかし、ここではみんな、すごくいい台詞を言うの。みんな常に人生のことを考えていて、金言の5個か6個持っていて、ちょっとした会話の中でボンボン出てくるわけ。たとえばこの人の離婚したいと思っている亭主が出てくると、もうすごい人生訓とか飛び交って、そこは演劇に近い。日本人のリアルな会話をそのまま切り取ったら、良い台詞は出て来ないし、何せそれこそ、第一的な冗長に成って、4時間もそれやったら絶対誰もが寝る(『Keiko』はそうだった)。

方言使用は成功したか?

 その事に関するエクスキューズの様に、登場人物の1人が「私もう、あんな頭のいい人ばかりの集団、よう行かん」「疲れる。言葉が追いつかない」と言うシーンがある。これはエクスキューズというより、どちらかというと、単なる第一リアルに思える。何故なら、方言であらば、日本人はアメリカ人や韓国人ぐらいは喋る可能性があるからだ。  監督が東京出身で、その後、震災の被災地で長く暮らしながらドキュメントを撮って、何故か(恐らく)この作品の為に神戸に越した。震災繋がりといった具体的な意味があるのか、単に近親者が神戸出身で、神戸の方言に慣れていたのか(更には今度、海外に定住して作品を撮るそうだ)、理由は解らないが、狙いは解る。日本人が饒舌に成れないのは、「月が綺麗ですね」方式の、古代からのシャイネスだけではなく、やはり「標準語」というフォームが、エスペラントとまでは言わないが、基本的にはかなりの作り物で、フォームとしてガクガクだからだ。ネットに先に現れるスラングや、集団的に自然発生するスラング(ギャル語的な)は、フォームを失った「標準語」に、リアルな「オリジナル方言」を搭載し、水平に駆動させる為だ。しかし(流行語等も含む)スラングは劇映画の中では非常に扱いづらい、単なる風俗描写に見えるからだ(因に、最初の方に書いた、ムルナウの「タブー」も、ビスコンティの「揺れる大地」も、方言100%である)。  しかしそれでも、「土地の方言なら、人は饒舌に成る」というアベレージを本作は超えている。それはやはり第三リアルだろう。方言が派手に飛び交うだけなら、テレビでもよく体験する聴覚経験である。洒落みたいになるが「方言」を「方便」に、本作は、第三リアルを推進する。  登場人物のひとりは、最後の方でクラブが祝祭空間みたいになって、みんなにゴルゴダの丘のキリストみたいに持ち上げられて運ばれて、あんなこと起こる?絶対起こらねえ。とか思うんだけど、これは、第三リアルがここまで誘導する、という構えも見せているわけです。  この「第一リアル=単なるドキュメンタリー」ではなく、「第二リアル=ドキュメンタリーのカメラがドラマを撮る」でもなく、キャメラと俳優が止揚的に融合する「第三リアル」は、自由にして自在で、奇妙で真新しい、新築されたばかりのフォームによって、異様な現実観をネットワーキングする。

第三リアル。が必要なわけ

 これは本当の意味での日本映画であって、そもそも誰もが演説の様に喋り、気の利いたジョークを言おうとするアメリカが、映画の中でどう振る舞っていいのかということは、日本と全く逆の意味で、混乱する。ユダヤ式のスタンダップコメディアンの喋り方か、シェイクスピアシアター的な、英国調の演技力か、ブロードウエイでさえ、統一規格がある訳ではない。ましてや移民国家だ。  なのでアメリカにはスタニスラフスキー・システムとかいろいろあって、マリリン・モンローが、どうやってただのおバカ役者から演技派になったかというときに、やっぱりちゃんとメソッド演技を習ってやっている。という話しは聞き飽きたほどだ。つまりリフォーム屋や、フォームインストール業者が存在するという事だ。泣きかただけで1時間2万円とか。結構ヤバいビジネスとも言える(アメリカは精神分析や自己啓発も盛んなので)。  日本も昔は、例えば緒方拳は新国劇だし、石坂浩二は文学座だし、要するにいろんな劇団員の混成部みたいな形で映画撮っていた。彼等は、各々独力で、自分のスキルであるシアトリカルな演技と、テレビ用、舞台用、更にはバラエティ用の演技プランを打ち分けられる様にし、バイスキルからマルチスキルへ、各人がブラウン運動的に動いて、日本映画界の活況を乗り越えていた。活況なので、スキルが統一化されていない事が気にならなかった。ここに5社のニューフェイスシステムが導入されると、小林旭さんは一生演技の指導を受けていないから、ずっと大根のままだとか、そういうようなことが起きはじめる。

フォーム混在の果ての21世紀(取りあえず「蜷川シャクティーパッド」)

 現在の俳優は「何となく、<映画風>の演技」を、「何となく<映画風>の演出をする監督」に求められ、OKが出たりNGが出たりしている。安定的なようで、かなり脆弱である。アメリカでは演劇がダンスや歌と同じようにスキリングとしてもう独立している。だけど、日本の場合、歌や踊りなら、アイドルの人は一生懸命勉強するわけだけども、演技をメソッド演技としてやるということがあまりないので、勢い「何となく」になる。  だから野放しのまま映画俳優が映画をやると。それで少し売れてくると、みんな蜷川シャクティーパットを受けて、舞台を経験し、宮沢りえから誰から、みんなが演技派にロンダリングされて、映画俳優として一皮むける。というシステムがあって、演劇の寡占状況が生じるしかないんだなと思うわけです。  そういった、クラッチされた状況の中、リアルよりリアルな虚構としての、第三リアル、ニューリアルを、この作品狙っていて、ほぼほぼ成功している様に見える。しかも、新しい演劇や舞踏のニュオーフォーマティズムも使わず、独自のメソッドによって。

メソッド演技、メソッド撮影の創造と実践(シネフィルなのに)

 ただ、日本人がどう評価するかというのは、非常に難しいところです。萌えがまずないし、あとお楽しみ=ギフトが無い。あと、全く新しいメソッドを導入してきて映画を撮るという、極めて方法論的な監督であるにもかかわらず、シネフィルでもあるという気がすごいするんですよ。やっぱりブレッソンのことを絶対意識しているだろうし、ジョン・カサヴェテスも絶対意識していると思う。  そういうものを全部知っている上で、ニューメソッドの組み立てを急務としている。これは20世紀的なシネフィルの動き方とは全然違う。昔のシネフィル的な映画は撮らないよ、というものだと思う。だから、ものすごく新しい映画ですよ。「シネフィルでありながらにして、新しいメソッドをつくった人の映画」ただ、それがどう評価されるかのは、すごく興味があるところです。  だからこそ、これはどなたにでもおすすめできる、老若男女に見てほしいと言えるかというと、残念ながら微妙だなと。シネフィルからまずお先にという感じでしょう。とまれ、旧世代のシネフィルが見ても、シネフィルへのくすぐりはありませんよというアティテュードの映画です。山内ケンジ監督の『友だちのパパが好き』(ワタシ個人はあの作品はキツかったけれども)、冨田克也監督の『バンコクナイツ』(制作中)等と並び、「はい。わたしシネフィルですよ。萌え知りません。ジャパンですけどジャパンクールじゃありません」といった、「ニュー・シネフィル映画」が潮流をなしそうな気がちょっとします。 ■公開情報 『ハッピーアワー』 12月シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開 監督:濱口竜介 脚本:はたのこうぼう(濱口竜介、野原位、高橋知由) 製作・配給:神戸ワークショップシネマプロジェクト(NEOPA,fictive) 出演:田中幸恵(あかり)、菊池葉月(桜子)、三原麻衣子(芙美)、川村りら(純) ©2015 神戸ワークショップシネマプロジェクト 公式サイト:http://hh.fictive.jp/ja/

桜井日奈子、マーシュ彩、蒼波純……2016年にブレイクしそうな若手女優5選

【リアルサウンドより】  2015年最もブレイクした若手女優となると、広瀬すずや松岡茉優、森川葵あたりだろうか。個人的には『表参道高校合唱部!』や『先輩と彼女』と、相次いで主演作が発表された芳根京子に注目し続けた1年であったが、いずれも来年以降さらなる活躍が期待できる女優として、チェックし続けていきたい。  アイドルグループやモデル、グラビア界など、様々な方面から女優業への道を切り開いていく新進女優が毎年のように登場してくる中で、2016年には一体誰がブレイクしてくるのか、誰よりも早く知っておきたいと思う。今回は、来年ブレイクが期待される若手女優を5人ピックアップし、紹介していこう。
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<桜井日奈子 公式ブログ/p>

 まずトップバッターは、何と言っても桜井日奈子である。大東建託の「いい部屋ネット」のCMで「ズンドコ節」に乗せて歌と踊りを披露している彼女は、コロプラの「白猫プロジェクト」のCMでもすっかりおなじみ。まだ女優業の経験はないが、同じ事務所にはモデルとして活躍しながら女優業でも頭角を現してきている山本美月や山本舞香らが所属しており、彼女も2016年には女優デビューを果たすのではないかと大いに期待できる。2014年に行われた第1回岡山美人・美少女コンテストでグランプリを獲得した18歳の現役高校生の彼女は、「岡山の奇跡」というキャッチコピーで注目を集め始めている。現在はまだ仕事のたびに上京してきているようで、この春に高校を卒業し、東京に進出するようであれば、映画やドラマなどに引っ張りだこになること間違いなしである。今のうちに名前だけでも覚えておいて損はない。
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マーシュ彩オフィシャルブログ「虹彩日記」

 「岡山の奇跡」のようなキャッチコピーといえば、大きなインパクトを残したRev. from DVLの橋本環奈のそれに肖るように、「第2の1000年に一度の逸材」というキャッチコピーを付けられたのがマーシュ彩だ。しかし、彼女はそんな二番煎じ感を一切感じさせないほど、とんでもない逸材なのである。若手アイドルを発掘するミスiD2015でファイナリストに選ばれた彼女は、White Laceというアイドルグループの一員で、現在は『Seventeen』の専属モデルとしても活躍している。11月に公開された『劇場版MOZU』では、物語の鍵を握る少女を演じ、ほとんど台詞が無い役でありながら、強烈な印象を残す見事な演技を見せてくれた。モデルとしての活動が主になるだろうが、幅広い分野で活躍できるであろう。
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『TOP COAT』公式サイトより

 また、マーシュ彩が選ばれる1年前のミスiD2014でグランプリを獲得したのが、まだ14歳でありながらすでに大物感が漂う蒼波純である。2015年1年間の間に、出演映画が4本公開されており、1月公開の『ワンダフルワールドエンド』では橋本愛とW主演を果たし、夏に公開された『劇場版「女子の事件は大抵、トイレで起こるのだ。」』では共演の吉田凜音と共に期間限定アイドルユニットを結成するなど、すでにブレイクの兆しを見せていると言っても過言では無い。だがしかし、彼女はまだまだ大ブレイクできるだけの才能を秘めているに違いない。
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髙橋 ひかる公式ブログ

 同じく14歳で、2016年早々から注目を集めるに違いないのが、1月9日から公開される映画『人生の約束』で女優デビューを果たす高橋ひかるだ。2014年に開催された、第14回全日本国民的美少女コンテストで8万人を超す応募の中からグランプリに選ばれた彼女は、2015年はCMを中心に活動。中でも、春に放映されていた代々木ゼミナールのCMで、Little Glee Monsterの「人生は一度きり」に合わせながら踊る姿が印象に残る。『人生の約束』はテレビドラマ界の巨匠・石橋冠の劇場映画初監督作ということで注目を集めており、数多くの女優を輩出した国民的美少女コンテスト出身者の中でも、これだけ華々しいデビューを飾ることは、将来性が期待されている証である。
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武田玲奈 公式ブログ

 そして、2016年に大ブレイクする可能性が最も高いのは、Popteenのモデルとしても活躍している武田玲奈であろう。3月に公開され大ヒットを記録した映画『暗殺教室』で女優デビューを果たし、10月には小規模ながら主演映画『ハロウィン・ナイトメア2』が公開された彼女。1年前まではほとんど無名であったにもかかわらず、2015年に入るとGREEのゲーム「神獄のヴァルハラゲート」のCMで注目を集め、8月にはWOWOWのスペインサッカー中継のキャンペーンキャラクターに選ばれ、10月からは深夜枠の連続ドラマ『監獄学園 –プリズンスクール−』にレギュラー出演を果たす。それまでの間、映画やCMに数多く出演していたわけでもない。出演した作品はほとんど端役が中心で数本程度、CMも“ヴァルハラ”以降の出演はないようだ。彼女を一気にステップアップさせたのは、他でもなくグラビアの仕事であり、初登場から表紙を務めたヤングジャンプでは今年だけで何度も表紙を飾り、「史上最大の逸材」と評された。そう評されるのも無理はないほど完璧なルックスを持つ彼女は、2016年以降間違いなく各方面でのメディア露出が増えるであろう。  紹介した5人以外にも、まだまだ注目すべき若手女優が目白押しである。逸材揃いの若手女優界は、アイドル界にも負けないほど熾烈な戦国時代に突入していると言っていいであろう。実力がなければ注目を集めるのさえ難しい世界で、開花しようと努力する彼女たちの活躍から目が離せない。 ■久保田和馬 映画ライター。1989年生まれ。現在、監督業準備中。好きな映画監督は、アラン・レネ、アンドレ・カイヤット、ジャン=ガブリエル・アルビコッコ、ルイス・ブニュエル、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

桜井日奈子、マーシュ彩、蒼波純……2016年にブレイクしそうな若手女優5選

【リアルサウンドより】  2015年最もブレイクした若手女優となると、広瀬すずや松岡茉優、森川葵あたりだろうか。個人的には『表参道高校合唱部!』や『先輩と彼女』と、相次いで主演作が発表された芳根京子に注目し続けた1年であったが、いずれも来年以降さらなる活躍が期待できる女優として、チェックし続けていきたい。  アイドルグループやモデル、グラビア界など、様々な方面から女優業への道を切り開いていく新進女優が毎年のように登場してくる中で、2016年には一体誰がブレイクしてくるのか、誰よりも早く知っておきたいと思う。今回は、来年ブレイクが期待される若手女優を5人ピックアップし、紹介していこう。
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<桜井日奈子 公式ブログ/p>

 まずトップバッターは、何と言っても桜井日奈子である。大東建託の「いい部屋ネット」のCMで「ズンドコ節」に乗せて歌と踊りを披露している彼女は、コロプラの「白猫プロジェクト」のCMでもすっかりおなじみ。まだ女優業の経験はないが、同じ事務所にはモデルとして活躍しながら女優業でも頭角を現してきている山本美月や山本舞香らが所属しており、彼女も2016年には女優デビューを果たすのではないかと大いに期待できる。2014年に行われた第1回岡山美人・美少女コンテストでグランプリを獲得した18歳の現役高校生の彼女は、「岡山の奇跡」というキャッチコピーで注目を集め始めている。現在はまだ仕事のたびに上京してきているようで、この春に高校を卒業し、東京に進出するようであれば、映画やドラマなどに引っ張りだこになること間違いなしである。今のうちに名前だけでも覚えておいて損はない。
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マーシュ彩オフィシャルブログ「虹彩日記」

 「岡山の奇跡」のようなキャッチコピーといえば、大きなインパクトを残したRev. from DVLの橋本環奈のそれに肖るように、「第2の1000年に一度の逸材」というキャッチコピーを付けられたのがマーシュ彩だ。しかし、彼女はそんな二番煎じ感を一切感じさせないほど、とんでもない逸材なのである。若手アイドルを発掘するミスiD2015でファイナリストに選ばれた彼女は、White Laceというアイドルグループの一員で、現在は『Seventeen』の専属モデルとしても活躍している。11月に公開された『劇場版MOZU』では、物語の鍵を握る少女を演じ、ほとんど台詞が無い役でありながら、強烈な印象を残す見事な演技を見せてくれた。モデルとしての活動が主になるだろうが、幅広い分野で活躍できるであろう。
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『TOP COAT』公式サイトより

 また、マーシュ彩が選ばれる1年前のミスiD2014でグランプリを獲得したのが、まだ14歳でありながらすでに大物感が漂う蒼波純である。2015年1年間の間に、出演映画が4本公開されており、1月公開の『ワンダフルワールドエンド』では橋本愛とW主演を果たし、夏に公開された『劇場版「女子の事件は大抵、トイレで起こるのだ。」』では共演の吉田凜音と共に期間限定アイドルユニットを結成するなど、すでにブレイクの兆しを見せていると言っても過言では無い。だがしかし、彼女はまだまだ大ブレイクできるだけの才能を秘めているに違いない。
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髙橋 ひかる公式ブログ

 同じく14歳で、2016年早々から注目を集めるに違いないのが、1月9日から公開される映画『人生の約束』で女優デビューを果たす高橋ひかるだ。2014年に開催された、第14回全日本国民的美少女コンテストで8万人を超す応募の中からグランプリに選ばれた彼女は、2015年はCMを中心に活動。中でも、春に放映されていた代々木ゼミナールのCMで、Little Glee Monsterの「人生は一度きり」に合わせながら踊る姿が印象に残る。『人生の約束』はテレビドラマ界の巨匠・石橋冠の劇場映画初監督作ということで注目を集めており、数多くの女優を輩出した国民的美少女コンテスト出身者の中でも、これだけ華々しいデビューを飾ることは、将来性が期待されている証である。
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武田玲奈 公式ブログ

 そして、2016年に大ブレイクする可能性が最も高いのは、Popteenのモデルとしても活躍している武田玲奈であろう。3月に公開され大ヒットを記録した映画『暗殺教室』で女優デビューを果たし、10月には小規模ながら主演映画『ハロウィン・ナイトメア2』が公開された彼女。1年前まではほとんど無名であったにもかかわらず、2015年に入るとGREEのゲーム「神獄のヴァルハラゲート」のCMで注目を集め、8月にはWOWOWのスペインサッカー中継のキャンペーンキャラクターに選ばれ、10月からは深夜枠の連続ドラマ『監獄学園 –プリズンスクール−』にレギュラー出演を果たす。それまでの間、映画やCMに数多く出演していたわけでもない。出演した作品はほとんど端役が中心で数本程度、CMも“ヴァルハラ”以降の出演はないようだ。彼女を一気にステップアップさせたのは、他でもなくグラビアの仕事であり、初登場から表紙を務めたヤングジャンプでは今年だけで何度も表紙を飾り、「史上最大の逸材」と評された。そう評されるのも無理はないほど完璧なルックスを持つ彼女は、2016年以降間違いなく各方面でのメディア露出が増えるであろう。  紹介した5人以外にも、まだまだ注目すべき若手女優が目白押しである。逸材揃いの若手女優界は、アイドル界にも負けないほど熾烈な戦国時代に突入していると言っていいであろう。実力がなければ注目を集めるのさえ難しい世界で、開花しようと努力する彼女たちの活躍から目が離せない。 ■久保田和馬 映画ライター。1989年生まれ。現在、監督業準備中。好きな映画監督は、アラン・レネ、アンドレ・カイヤット、ジャン=ガブリエル・アルビコッコ、ルイス・ブニュエル、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

年末企画:加藤ヨシキの「2015年 年間ベスト映画TOP10」

【リアルサウンドより】 1. ウォーリアー 2. マッドマックス 怒りのデス・ロード 3. ワイルド・スピード SKY MISSION 4. 激戦 ハート・オブ・ファイト 5. ベテラン 6. ナイトクローラー 7. ジョン・ウィック 8. カンフー・ジャングル 9. ジュラシック・ワールド 10. 戦慄怪奇ファイル コワすぎ!最終章  嬉しい悲鳴とは、まさに今年のような事を言うのでしょう。今年は好きな映画が非常に多く、本当に1年を通して楽しめました。まずは来年『貞子vs伽椰子』を監督することでも話題の白石晃士が手掛けた、人気ホラーPOVの完結編『戦慄怪奇ファイル コワすぎ!最終章』です。心霊ドキュメントという体ながら、河童と相撲対決をしたり、ついには旧日本軍の秘密兵器の謎を追ったり…そのスケール感がドンドン逸脱していくのが楽しいシリーズです。完結篇の名に恥じない、恐怖あり狂気あり、果ては笑いあり涙ありの1本でした。  海外からはアクション映画でも傑作・快作が次々と入って来た印象があります。キアヌ・リーブスが歩く治外法権と化す『ジョン・ウィック』、ドニー・イェンを筆頭に香港を代表するアクション俳優たちが「香港アクションここにあり!」と示すような美技を披露する『カンフー・ジャングル』。『ナイトクローラー』では緊迫感あふれるカーチェイスと、ジェイク・ギレンホールの鬼気迫る熱演に魅せられました。そして、韓国からやってきた熱血刑事映画の傑作『ベテラン』! これらの映画は、どれも観終わった後に自分まで強くなった気がしました。ちなみに私は、『ベテラン』を見て会社を辞める決意を固めました。閑話休題。  そして、今年最大のトピックと言えば、シリーズもので傑作が続出したことでしょう。まずは口コミでも大いに話題になった『マッドマックス 怒りのデス・ロード』。ポール・ウォーカーの悲劇を乗り越え、全世界で大ヒットとなった『ワイルド・スピード SKY MISSION』、そしてクリス・プラットの魅力全開だった『ジュラシック・ワールド』…どれも完成までは様々な困難があった映画ですが、どれも私の中の「僕は、このシリーズにコレを求めていたんだ!」を満たしてくれました。  そんな中、個人的に今年一番気に入ったのが、『ウォーリアー』ですね。こちらは2013年にアメリカで公開された総合格闘技アクションなのですが、なかなか日本公開の目途が立っていなかった1本です。このたびDVDリリースされ、ようやく観ることが出来たのですが…もうクライマックスは涙で明日が見えない状態になってしまいました。私の中では文句なしのベストです。なお、『激戦 ハート・オブ・ファイト』は、『ウォーリアー』と同じく総合格闘技や家族の絆を題材に扱っていますが、ウェットさとケレン味が強調されていて、同じく熱くなれる1本でした。  ざっと今年の映画を振り返ってみたのですが、正直、今年は10本では枠が足りません。観ただけでも、他にも『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』、『キングスマン』などの大作・話題作や、『プリデスティネーション』、『神の一手』などの味わい深い小品や変わり種まで、とにかく充実していました。というか、恥ずかしながら、これを書いている時点で「ロッキー」シリーズ最高傑作とも絶賛されている『クリード チャンプを継ぐ者』や、ギャングスタ・ラップの超有名グループN.W.A.を描いてアメリカで社会現象的に大ヒットした『ストレイト・アウタ・コンプトン』をまだ観れていない状態です。日本公開は先になりそうですが、香港アクションの金字塔『SPL/狼よ静かに死ね』の続編『SPL2』も公開されています。とにかく2015年は、ハリウッド大作やアクション映画が好きな私にとっては、「豊作」としか言いようがない1年でした。来年にも続々と話題作が控えており、しばらくは嬉しい悲鳴を上げ続けることになりそうです。 ■加藤ヨシキ ライター。1986年生まれ。暴力的な映画が主な守備範囲です。 『別冊映画秘宝 90年代狂い咲きVシネマ地獄』に記事を数本書いています。 ■作品情報 『ウォーリアー』 Blu-ray & DVD 発売中 監督・脚本・原案・製作:ギャヴィン・オコナー 脚本:アンソニー・タムバキス 脚本・原案:クリフ・ドーフマン 価格:Blu-ray…4800円(税抜)、DVD…3800円(税抜) 発売元・販売元:ギャガ (c)2011 Lions Gate Films Inc. All Rights Reserved. 公式サイト:http://dvd.gaga.ne.jp/warrior/