『シェル・コレクター』はなぜ“奇妙な映画”に? リリー・フランキー、池松壮亮らの演技から考察

【リアルサウンドより】  奇妙なタイトルが示すそのままに、変な映画だ。大部分が 16mmフィルムで撮影された画面のルックや ATG(※1)映画を彷彿とさせる音響、美術の効果だろうか、 それとも単に珍しいお話だから?…私はあれこれ考えを巡らせてみたが、なにより俳優たちの存在が大きいとした。  主人公・盲目の貝類学者を演じるのは、『盲獣 VS 一寸法師』以来15年ぶりの単独主演となった、リリー・フランキー。杖を手に砂浜を歩く、貝を愛でる、タイブライターを打つ、ラジオを聴く、海底に座っている(!?)、そうした行動のあらゆる瞬間が学者の長きにわたる孤独な人生を感じさせる。学者がなぜこうなったのか、何を考えているかの説明はほとんどなく、ただひたすら奇妙な世界の出来事が淡々と綴られていくのだが、この落ち着きぶりが本作の独特な点だ。それはまさにリリー・フランキーの柔らかい顔立ちと声色そのもので、もし誰か他の俳優が演じていたら、作品全体の空気感もまるで別物になっていただろう。(ちなみに同日公開される『女が眠る時』でのリリーの別人的怪演も必見!)
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(C)2016 Shell Collector LLC(USA)、『シェル・コレクター』製作委員会

 学者の息子役を演じるのは、池松壮亮だ。ある日突然、学者の元に現れると「父さん」と言って抱きつき、そこから親子の物語がはじまる。だが、どうしても「こいつ実は息子でもなんでもないんじゃないか…」と疑ってしまう怪しさが池松には備わっていて、それが親子の会話をサスベンス劇のように見せる。慈善団体の一員でもある彼が語る言葉の数々—たとえば「もう戦争は始まってる」—が平穏なファンタジーを打ち破る。  続いて、女優陣について語ろう。奇病に侵された画家を演じる寺島しのぶは、砂浜で気絶している登場からすでに、危険な香りを漂わせる。それが絶頂に達する絡みシーンの生々しさは近年の邦画でも出色だろう。学者を翻弄する彼女の存在が、序盤のいかがわしさを担って、暗く重いムードを作り上げる。対して、橋本愛はまるで幻影のように漂う。赤い服に身を包んで海岸に立つ姿の美しさは圧巻だ。また、クローズショットにおける艶やかな唇は、本編における貝に等しい秘宝として映されている。橋本愛は、このような神の化身のごとし象徴的な役を演じることができる数少ない若手女優であり、貴重だ。  他にも、ロケーションになった沖縄県の出身俳優である普久原明や新垣正弘、瀬名波孝子らが脇を固め、「島」内のリアリティを守っている。「島」外からやっ てくる者たちの中にはアメリカ人もおり、観念的な日本語の会話にいきなり英語が混じってくる面白い試みがされる。そのアメリカ人・ジム・スタークは実は俳優でなく、映画ブロデューサーである。ジム・ジャームッシュ監督の『ミステリー・トレイン』『ナイト・オン・ザ・ブラネット』などを手がけている。  このように本作は、選ばれし俳優たちの競演によって、独自の奇妙さを獲得することに成功した。それはもちろん、坪田義史監督の力があってのことだ。デビュー作『美代子阿佐ヶ谷気分』で見せた時代性に捉われない才気は、7年ぶりの新作『シェル・コレクター』でより先鋭化されている。この独自性も毒貝のように、触れたら麻痺してしまうかもしれない。 (※1)ATG とは、1961年から 80年代にかけて、非商業主義的なアート作品を数多く 世に送り出した映画会社「日本アートシアターギルド」の略称。初期はヨーロ ッバの作家映画を配給し、中期以降は大島渚や吉田喜重ら独立ブロ作品の支援、 後期は森田芳光らを発見した。本作は、まさにそんな ATG 映画の匂いを嗅が せてくれる。

映画『シェル・コレクター』予告編

■嶋田 一 ライター。87年生まれ。精力的に執筆活動中。 ■公開情報 『シェル・コレクター』 公開中 監督・編集:坪田義史 脚本:澤井香織、坪田義史 原作:アンソニー・ドーア『シェル・コレクター』(新潮クレスト・ブックス刊) 出演:リリー・フランキー、池松壮亮、橋本愛、普久原明、新垣正弘、寺島しのぶ 配給:ビターズ・エンド (C)2016 Shell Collector LLC(USA)、『シェル・コレクター』製作委員会 公式サイト:www.bitters.co.jp/shellcollector

たけし&西島共演『女が眠る時』が描く、“窃視”ミステリーの醍醐味 

【リアルサウンドより】  プールサイドで見つけた年の離れたカップルに興味をそそられ、彼らの行動を監視する作家の男。元来、作家という職業は人を見ることによって物語を頭の中で構築する才を持っている。作家でなかったり、作品として還元されなければ、それは単なる妄想に過ぎない。奇しくも作家はスランプに陥っている設定で、積極的に題材を探そうとしていたに違いない。倦怠期真只中の妻と訪れたリゾートホテルでの時間は、何か新しい題材を見つけることができなければ、無駄な時間になってしまうと思えるからだ。  作家が見つけた題材は、毎晩少女の寝姿を録画し続ける男の姿である。この男が何を求めているのか、決してその真意は語られることはない。男は少女の最後の姿を記録するために、常に上書きをし続けていると語るのだが、実際には幾つかの寝姿を残しているのである。男が少女に向けているのは性的な欲求なのだろうか。それとも少女の寝姿に、大いなる美を夢想しているからではないだろうか。
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『女が眠る時』(c)2016 映画「女が眠る時」製作委員会

 『女が眠る時』というタイトルの古風さは、まさに年老いた男が美しい少女を夜な夜な観察する川端康成の『眠れる美女』の世界を連想させるものがある。スペインの作家ハビエル・マリアスが紡いだ短い物語を、映画としてアレンジする上で、日本を舞台に選んだのは紛れもなく日本文学へのそこはかとないオマージュを捧げることのアピールである。  そのような文学的なアプローチを選んでいるにもかかわらず、映画は正攻法で窃視ミステリーというカテゴリーのセオリーを踏襲している。他人を盗み見る「窃視」行動によって導かれるミステリーは、まずはアルフレッド・ヒッチコックの『裏窓』に結びつかなくてはならない。  『裏窓』の中で、車椅子生活に退屈をしていたジェームズ・スチュアートが、隣のアパルトマンに暮らす者を監視するために使うのは、望遠レンズをあしらったカメラであり、彼がカメラマンであるという職業上、最も相応しい武器になる。それ故、『女が眠る時』で西島秀俊が演じる作家は、職業的な武器となるパソコンは部屋に置いたまま、自らの足で、自らの目で対象となるカップルを追い続けるのである。プールサイドで麦わら帽子越しにカップルの姿を見つめたり、彼らが訪れる民宿を訪ねてみたり、部屋に忍び込んだりと。もちろん対象に直接会って話を聞き出そうとすることも厭わない。結果として、作家の男の頭の中で、あらゆる耽美な妄想が構築されていることが可視化され、単調な窃視行為が映画としての装飾を纏うのである。
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『女が眠る時』(c)2016 映画「女が眠る時」製作委員会

 現実と妄想が重なり合い、それが一本の映画の中で複雑に絡み合うという様も窃視ミステリーの醍醐味である。妄想というものは相手を窃視することによって生み出されるものであり、例えばアラン・レネの『去年マリエンバートで』のように、ある限られた場所で出会った相手に対して、深く関わり合いを持とうとする主人公によって、現実から乖離された登場人物の主観的世界を観客に味わわせることは、本作でも体験できる。  興味深いのは、この映画の登場人物たちの関係性が、よりミステリアスさを駆り立てることである。西島秀俊演じる作家の男が監視するのはビートたけしが演じる男。その監視されている男が監視するのは忽那汐里演じる少女。この三人が一方的に監視し合う構図だけが存在するのかと思わせておいて、作家の妻を演じる小山田サユリが演じているのは編集者の女であり、当然のごとく作家の男に新作を書かせるために監視をしているのである。作家がタバコを吸おうとするのを止めたり、プールサイドではカップルを見ようとする作家に対して帽子を手渡して、彼の行う監視を幇助する。
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『女が眠る時』(c)2016 映画「女が眠る時」製作委員会

 それによって、この映画のメインキャスト4人の間では「書かせる女」「書けない男」「撮る男」「撮られる女」の順にそれぞれが一方的に監視し合うシンプルな構図ができあがるのだが、それが終盤に一方通行でなくなることによって、複雑なミステリーとして初めて成立することになる。まして、そこに劇映画の根底を司る「書く」という行為と「撮る」という行為の両方が成立するのだから、魅力は尽きることがない。  さらに、ホテルの従業員を務める渡辺真起子や、民宿のオーナーを演じるリリー・フランキー、地元の刑事を演じる新井浩文といった脇を固める演者たちが、どことなく不気味な雰囲気を放ち続ける。とくにリリー・フランキーのぶっきらぼうでありながらも、的確に相手に言葉を伝えようとしているような喋り方と、時折見せる不穏な笑みは、この映画をよりミステリアスに落とし込むためのフックとしての重要な役割を果たしているのだ。
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『女が眠る時』(c)2016 映画「女が眠る時」製作委員会

 ウェイン・ワンという映画作家というと、やはり『スモーク』という輝かしい一本のフィルムによって厚い信頼を寄せられている存在である。香港で生まれ、アメリカで映画を撮り続けていた彼のこれまでの作品に現れてきた多国籍感が、日本を舞台にどのような印象をつけることができるのか、正直不安な部分もあった。しかしながら、東京からわずか2時間半で行くことができる伊豆のリゾートホテルですら、外界から隔絶された異世界のように見せるその手腕は、まだまだ彼の突出した才能が健在であったことを証明したのである。 久保田和馬 映画ライター。1989年生まれ。現在、監督業準備中。好きな映画監督は、アラン・レネ、アンドレ・カイヤット、ジャン=ガブリエル・アルビコッコ、ルイス・ブニュエル、ロベール・ブレッソンなど。Twitter ■公開情報 『女が眠る時』 2016年2月27日(土)公開 監督:ウェイン・ワン 出演:ビートたけし、西島秀俊、忽那汐里、小山田サユリ 撮影監督:鍋島淳裕 脚本:マイケル・レイ、シンホ・リー、砂田麻美 (c)2016 映画「女が眠る時」製作委員会 公式サイト:http://www.onna-nemuru.jp/

ボクサー・辰吉丈一郎はどう家族と向き合ってきたか? 20年のドキュメンタリーに刻まれた生き様

【リアルサウンドより】  ボクシングの試合を観て、熱くなり、声を出し、感動に打ち震え涙を流した経験はあるだろうか? 私事で恐縮ではあるが、1991年9月19日、辰吉丈一郎の世界タイトルマッチ初挑戦の試合で筆者はそれを経験した。  彼の試合は、人の心を根底から揺さぶる。そこに勝敗は関係ない。もちろん勝つに越したことは無いが、負けてもなお、人々の心をつかんで離さないのが辰吉丈一郎の試合である。  そんな辰吉丈一郎の20年間を追ったドキュメンタリー映画『ジョーのあした -辰吉丈一郎との20年-』がいよいよ今週末、2月27日(土)に公開される。監督を務めたのは、『どついたるねん』(1989年)や『鉄拳』(1990年)などのボクシング映画のほか、『闇の子供たち』(2008年)や『座頭市 THE LAST』(2010年)など、数々の名作を撮ってきた名匠・阪本順治。『BOXER JOE』(1995年)撮影以来、20年に渡り辰吉丈一郎の姿を撮り続けたドキュメンタリー映画である。
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 1989年にデビューし、45歳になるいまでも現役で生き続ける辰吉は、周囲の雑音も気にせず、ただひたすらボクサーとして生き抜く。この映画は、ボクサーのドキュメンタリー映画ではあるが試合シーンはほぼ出てこない。余計な演出を一切廃して、人間・辰吉丈一郎の愛に溢れた生き様を、節目ごとに行ったインタビュー映像を紡ぐことで描き出している。  父・辰吉粂二(くめじ)に男手ひとつで育てられた辰吉の、「生まれ変わってももう一度自分に生まれたい。父ちゃんの子で生まれたい」と語る姿から、本作は幕を開ける。その一言は、どれだけパンチを喰らっても前に出続け、初めて世界チャンピオンとなり、父親に向けて「やったで!」と親指を立てたあの日の試合を、まるで昨日のことのように思い出させる。
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 顔も知らぬ母親に対しての心情も吐露されているが、その悲しみの深さを知るからこそ、自分の家族に対して惜しみない愛情を注いでいることもわかる。「引退後は24時間、子どもの父ちゃんでいたい」という言葉には、父としての辰吉の心情が集約されているようにも思える。  かつてテレビのドキュメンタリー番組で、自分の子どもが学校へ集団登校する際に、毎日ジョギングでついていき学校へ送り届ける姿を観たことがあるが、そうした行動は場合によっては過保護に映るかもしれない。しかし、この映画を通じて辰吉の心情に触れると、その態度もまた正しいのだと思わされる。  阪本監督と辰吉の信頼関係も、本作からは滲み出ている。公私ともに深い交流を持つ監督だからこそ、全編に渡って辰吉の「愛」を捉えることができたのだろう。また、1回のインタビューを33分(16ミリフィルム1本11分×3本分)と決め、監督自らもボクサーのような制限時間の中で撮影していることが、ある種の緊張感ももたらしている。まるで辰吉と監督との試合を観ているかのようだ。  また、年月を追うごとに変化していく辰吉の「顔」も、本作の見どころである。ときには言葉以上に生き様を語っており、観る者の脳裏に刻み込まれていく。
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 映画の後半では、ジムに所属せず、近所のマダムたちがエクササイズをする横で黙々とサンドバッグを叩き続ける姿が映し出される。辰吉は4度目のチャンピオンになるまで、父の納骨はしないと決めており、いまもまったくその夢を諦めていないのだ。  しかし、息子がボクサーになることについて聞かれると、「自分の子供がどつき合いする姿を見たい親がどこにいる」と辰吉。永遠のボクサーでありながら、親でもある彼の複雑な感情が垣間見えるシーンで、その人間味に思わず共感してしまう。  この映画は、ボクシング映画である以上に、ひとりの男が抱く哲学に向き合い、その根底に流れる家族愛を捉えたドキュメンタリー映画だ。 辰吉丈一郎の心に寄り添うと、「愛とは何か」という根源的な問いについて考えざるを得ない。 ■ISHIYA アンダーグラウンドシーンやカウンターカルチャーに精通し、バンド活動歴30年の経験を活かした執筆を寄稿。1987年よりBANDのツアーで日本国内を廻り続け、2004年以降はツアーの拠点を海外に移行し、アメリカ、オーストラリアツアーを行っている。今後は東南アジア、ヨーロッパでもツアー予定。音楽の他に映画、不動産も手がけるフリーライター。 FORWARD VOCALIST ex.DEATH SIDE VOCALIST ■公開情報 『ジョーのあした-辰吉丈一郎との20年-』 2.20(土)よりシネ・リーブル梅田ほか大阪先行公開 2.27(土)よりテアトル新宿ほか全国順次ロードショー 企画・監督:阪本順治 出演:辰吉丈一郎 ナレーション:豊川悦司 製作:日本映画投資合同会社 特別協力:日本映画専門チャンネル 特別協賛:J:COM  2016年/日本/82分/カラ―/DCP/1:1.85 公式サイト:www.joe-tomorrow.com (C)日本映画投資合同会社

BOYS AND MEN・水野勝と田中俊介が語る、山田悠介原作『復讐したい』に込めた情熱

【リアルサウンドより】 水野「葛藤を持ちながら、役に挑みました」 ーーまずはBOYS AND MENがどんなグループなのか、教えて下さい。 水野勝(以下、水野):BOYS AND MENは“名古屋のエンターテイメントを世界に発信する”をコンセプトに、東海地方出身のメンバー11人で歌やダンス、芝居を行うグループで、今年で結成6年目になります。東海地方ではラジオやテレビなどでレギュラー番組が10数本あって、いまは全国進出を目指して奮闘しているところです。 田中俊介(以下、田中):名古屋は日本三大都市のひとつで、“芸どころ”とも言われるように御園座などの劇場もありますが、現状ではコンサートツアーでも“名古屋飛ばし”があったりと、エンタメの街としてはまだまだな部分もあります。僕自身も愛知県出身で、かつては芸能の夢を叶えるには東京に出なければいけないと考えていました。でも、そうではなく名古屋からエンターテイメントを発信することで、上京しなくてもちゃんと夢を叶えられるということを証明したいと思っています。僕らが全国進出することで、“夢は諦めなければ必ず叶う”というメッセージを届けるとともに、名古屋のエンタメ界を盛り上げていければ。 ーーBOYS AND MENはもともと舞台での活躍が中心だったそうですね。 水野:はい、僕たちはもともと演技をやりたい人間が集まっています。舞台で行っていたミュージカルが原点で、だからこそステージ衣装もド派手だし、歌を披露するときも表情や身体表現にこだわったパフォーマンスを心がけています。言ってみれば、生身のパフォーマンスというか。 田中:思いっきり気持ちをぶつけて、泥臭くやっていくのが僕らのやり方なんです。だから楽曲でも、歌詞には自分たちのいまの状況が反映されているし、ストレートに熱い感情を乗せた応援ソングが多い。僕らの歌を聴いて、自分も頑張ろうと思ってもらえたら嬉しいです。 ーー映画『復讐したい』は、BOYS AND MENにとって『サムライ・ロック』(2015年)に次ぐ主演作です。山田悠介さんの原作で、この作品もメッセージ性が強いですね。本作の主演が決定した時はどう思いましたか? 水野:山田悠介さんの小説は中高生に大人気で、僕らももちろん学生時代から親しんできたので、お話を聞いたときはすごく光栄でした。ただ、原作のファンもたくさんいらっしゃるので、プレッシャーも大きかったです。 田中:本当に夢中になって読んだ世代だから、決まったときは本当に驚きました。家族や周りの友人も「あの山田悠介さんの作品!?」って驚いていました(笑)。これはもう、120パーセントの力を注ぐしかないな、という感じです。
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(C)山田悠介 / 幻冬舎 / 「復讐したい」製作委員会

ーー山田悠介さんの原作はどんなところが魅力でしょう。 水野:直接的でわかりやすい表現が多いところが、親しみやすくて好きですね。小説というと抽象的な表現が多いから難しく感じるけれど、山田さんの作品はすごく鮮明に絵が浮かんできて、ぐいぐい読み進められる。山田さんの作品で本の面白さに目覚めるひとは多いんじゃないかな。 田中:すごく疾走感もあるよね。展開が早いから、「次はどうなるんだろう?」って読み出したら止まらない。その魅力は映画でもちゃんと引き出したいと思っていました。 ーー“復讐”をテーマに据えつつも、なぜそれがダメなことかを考えさせる、寓話的な側面もありました。 水野:そうですね、実際に僕が主人公と同じ境遇になったらどうなるだろうというのは、演じていてもずっと考えていました。現状、犯罪被害者に対してどういった制度が用意されているのかも勉強しましたし、実際に犯罪被害者となった方の手記なども読みました。家族を犯罪によって亡くした方は、本作でもそうであるように加害者に対して復讐しようという心理があるし、それとずっと向き合わなければいけません。すごくキツいことだと思います。それでいて、その心理の核には深い愛情もあるんですよね。そういう葛藤を持ちながら、役に挑みました。 田中:僕は両親を殺害される役で、もし自分も同じ立場になったらと想像すると、やっぱり絶対に相手を許せないと思うんです。でも、作中と同じように“復讐法”が合法だとしても、簡単に人を殺められるかというと、そうではないと思います。僕が演じた板垣潤也はテロ被害者たちのリーダーとして、何人もの被害者の思いを背負っていくのですが、彼の気持ちに寄り添うのはかなり大変でした。 水野:被害者がどうすれば報われるのかというのは、簡単に答えが出せないですよね。この作品はほかにも現実の社会問題と重なる部分があって、命の大切さや制度の難しさというものを考えさせられます。僕が演じた高橋泰之は中学校教師として生徒たちに道徳を教えながらも、妻が殺されたことから犯人に復讐することを決意するのですが、どちらも本当の彼の気持ちなんですよね。道徳はとても大事だけれど、それでは報われない気持ちも抱えている。 田中:僕自身もたくさん考えたけれど、なにが正解かは結局わからなかった。ただ、考えた時間は無駄ではなかったと思うし、この作品に向き合ったことでより一層、家族や友人やファンなど、周囲にいてくれる人を大切にしたいと思うようになりました。

田中「メンバー同士でしっかり意思統一はできていた」

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田中俊介

ーーとてもシリアスなストーリーだと思います。BOYS AND MENの関係性などは、この作品に反映されているのでしょうか。 田中:事前にほかのメンバーにどんな心境で役に挑むのかをヒアリングすることができたのは、劇中で“チーム”を演じるうえで役に立ったと思います。しっかり意思統一はできていたので、それは演技にも反映されているはず。ただ、各々の役柄についてはいつもの自分たちとは違うし、現場でもいちいち打ち合わせたりせず、感情をぶつけ合っています。 ーー手に汗握るアクションシーンも見どころでした。 水野:今回は銃を使用する役柄だったので、男として昂ぶるものがありました(笑)。ただ、構え方に説得力がないとカッコ悪いので、その辺はかなり研究しましたね。映画のガン・アクションシーンを観るのはもちろん、専門的な本も読んだし、海外で実弾射撃もしました。実際に打った経験があるかないかは、大きな違いになると思うので。普通のハンドガンでもものすごい衝撃で、これを人に向けると考えただけでも怖くなっちゃいましたが。 田中:劇中で使用する銃が用意されたときは、すごくテンション上がりましたよね。メンバーもみんな、そんなに格好つけるシーンなんてないのにキメ顔で自撮りしていて。「みんなまだまだガキなんだな」って思いました(笑)。今回、法務省の役人の役をしている岡田義徳さんはすごく銃に詳しくて、いろいろ解説してくれたのも面白かったです。今回はCGを多用していて実際に弾は出ないけれど、現場では監督が口で「ばばばばば!」って銃声を言ってくれて、想像しながら演技をするのも良い経験でした。
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(C)山田悠介 / 幻冬舎 / 「復讐したい」製作委員会

ーーロケ地も東海地方だったとか。 水野:愛知と岐阜がメインで、本当の廃墟の中に街を作って撮影しました。「絶対におばけが出る」って思うような廃学校が主な舞台で、すごく怖かったけれど、その分、映画の世界に入り込めました。そういう意味では、ロケ地に恵まれていましたね。 田中:撮影は10月だったので、昼間は日が出ていて暑いけれど、夜になると息が白むくらい寒くて、けっこう過酷な現場だったと思います。水道もないから、仮設トイレに行くのも10分くらいかかって。 ーーでも、大変な分、現場では士気が高まりそうですね。 水野:監督がすごく熱い人で、「Cカメ発動しまーす!」とか言いながら自分でカメラを回してしまう感じだったんですよ。それで、誰よりも泥だらけになって撮影していたから、自然と僕らも本気でぶつかろうという気持ちになりました。 田中:海東健さんなんか、今回テロリストという役柄だった事もあり現場に入ってきた瞬間から殺気を放っていて、「ヤバイ、本物の怖いひとがきた!」って思いましたからね。待機中も自分専用の場所を作って、そこに籠っちゃって、近寄りがたい雰囲気を出していました。でも、撮影が終わった瞬間にニコって笑ってくれて、本当は良いひとだったとわかりホッとしました。やっぱり、今回の作品はみんなで仲良く過ごすようなものではないので、海東さんはああやって現場を締めてくれていたんだと思います。そういう意味では、周りの演者さんにすごく助けられました。 水野:ヒロインの高橋メアリージュンさんの演技もすごかったです。彼女は一人二役を演じているんですけれど、僕の目の前に出てきたときは本当に別人になっていて。お芝居をぐっと引っ張ってくれました。とにかく目の演技がすごくて、深いお芝居を学ばせてもらいました。 田中:僕ららしく、とても泥臭くて“熱い”現場だったと思います。

水野「アクション映画としても楽しめるエンタメ作品です」

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左、水野勝/右、田中俊介

ーー本作では、BOYS AND MENと同じく名古屋出身のバンド・lynch.が主題歌を務めているほか、ROTTENGRAFFTYや感覚ピエロ、Drop’sなど、エッジの効いたミュージシャンたちが楽曲提供をしています。 水野:音楽はこの映画の大きな魅力になっていますね。ハードでワイルドな曲調の楽曲が多くて、オープニングから一瞬で映画の世界に引き込んでくれます。 田中:Lynch.さんの「BEAST」とか、初めて聴いたときはあまりにかっこよくて衝撃を受けました。その曲が映画とどうシンクロするのか楽しみにしていたのですが、初めて仕上がった映像を観たらずっと想像を超えていて、完全に作品のレベルを底上げしてくれていました。本当にたくさんのミュージシャンの楽曲が入っているので、この映画をきっかけにそれぞれの音楽も掘り下げてくれると嬉しいですね。BOYS AND MENとしても今後、ライブなどで皆さんとコラボできたら最高です。 ーーでは最後に、この映画を楽しみにしているファンにメッセージを。 水野:この作品は“復讐”をテーマにしているので、もしかしたら怖い映画だと思う人もいるかもしれないけれど、アクション映画としても楽しめるエンタメ作品でもあります。自分なら復讐するのかどうか、この作品を通じて考えてもらえると嬉しいです。 田中:日常生活ではあまり考えないことについて、思いを巡らせることができる映画だと思います。家族や友人の大切さを改めて感じるきっかけになれば。あと、まさかの展開も用意されているので、お楽しみに。

BOYS AND MEN『復讐したい』インタビュー特別映像「2人が復讐したいメンバーは?」

(取材・文=松田広宣/写真=池田真理) ■公開情報 『復讐したい』 2016年2月27日(土)より中部地方先行ロードショー 2016年3月5日(土)より全国ロードショー 原作:山田悠介「復讐したい」 監督・脚本:室賀厚 主題歌:lynch.「BEAST」(キングレコード)、ROTTENGRAFFTY「P.I.L」(ビクターエンタテインメント) キャスト:水野勝、高橋メアリージュン、小林豊、田中俊介、本田剛文、田村侑久、吉原雅斗、勇翔、本達規、土田拓海、若菜太喜、平松賢人、上野優華、海東健、神保悟志、岡田義徳 (C)山田悠介 / 幻冬舎 / 「復讐したい」製作委員会 公式サイト:http://revenge-movie.com

『おそ松さん』ブームはさらに加速する? 雑誌やグッズが軒並み好調のワケ

【リアルサウンドより】 「放送開始当初(2015年10月)は、アニメファンや声優ファンを中心に支持されていると見られていましたが、最近では普段、アニメを観ない層にまで人気が広がっています。お笑いやSNSネタに通じたサブカル層にも広がりを見せている印象です」  そう語るのは、現在放送中のアニメ『おそ松さん』に詳しいライターの西森路代氏。24日に発売された『TV Bros.』では、前週に引き続き特集が組まれ、氏も同作についての評論を寄稿している。『おそ松さん』が表紙を飾った『月刊アニメージュ』(徳間書店)2月号が、約36年ぶりに重版される大ヒットとなったことから、マンガ誌『マーガレット』6号(集英社)や、デザインとグラフィックの総合情報誌『月刊MdN』4月号(MdNコーポレーション)でも特集が組まれるなど、各誌が競うように取り上げている。 「『おそ松さん』では旬なパロディネタや、いわゆる“あるあるネタ”など、幅広い題材を取り扱っていますが、単に流行っているネタを取り込んだというわけではなく、一歩先をいく鋭い切り口でそれを調理しています。たとえば19話『チョロ松ライジング』では、チョロ松の自意識過剰ぶりを中心に、兄弟それぞれの自意識の有り方が細かに描かれていました。SNSが一般化した昨今、身に沁みるような思いで観た視聴者は多かったはずです。また、登場人物のイヤミがお笑い養成所を開く20話『イヤミの学校』では、リアルで実質のあるお笑い論が展開され、視聴者を驚かせました。それぞれのキャラクターのファンになり、アイドルを応援するように楽しめるのはもちろんですが、内容も鋭かったからこそ、口コミなどで幅広い層に広がり、いまのブレイクに繋がったのでは」  実際、『おそ松さん』の放送時はいつも、TwitterなどのSNSで大きな話題となっている。加えて、雑誌などの露出の仕方も、通常のアニメとは異なる。 「『おそ松さん』特集号が売れるのは、その雑誌のために書き下ろしのイラストが提供されているからです。宣材用のオフィシャル画像で対応するのではなく、ちゃんとコラボレーションしている。それは、アイドル雑誌で撮り下ろし写真と、独占インタビューが求められるのと同じ構造ですね。グッズ展開やイベントコラボにも意欲的で、ファンの期待に応えるような商品が多いです。たとえば、7話に出てきたトッティ(トド松)のバイトしていた“スタバァ”で使っていたであろうマグカップやタンブラーまで再現されていて、彼らの顔が描かれたグッズ以外にも遊び心があると思いました。ただ、2月の下旬までは、商品の企画が間に合わず、予約を受けつける状態が続いていました。だから、雑誌の付録などのクリアファイル以外のグッズを持ち歩いている人を見かけることはなかったと思われますが、これからは、電車の中などで、カバンにおそ松さんグッズをつけている人をたくさん見かけるようになるでしょう。23日からファミリーマートで『おそ松さん グッズ プレゼントキャンペーン』が開催されるほか(売り切れ続出のようですが)、渋谷PARCOでは『おそ松さんショップ』、宮崎では『おそ松市 in MIYAZAKI』なども開催されます。すでに社会現象と言われていますが、それをより多くの人が実感するのも、時間の問題かと思われます」  『おそ松さん』人気は、早くも2016年を象徴するムーブメントとなりそうだ。 (文=松下博夫) ■番組情報 『おそ松さん』 テレビ東京ほかにて放送中 公式サイト:http://osomatsusan.com/

『おそ松さん』ブームはさらに加速する? 雑誌やグッズが軒並み好調のワケ

【リアルサウンドより】 「放送開始当初(2015年10月)は、アニメファンや声優ファンを中心に支持されていると見られていましたが、最近では普段、アニメを観ない層にまで人気が広がっています。お笑いやSNSネタに通じたサブカル層にも広がりを見せている印象です」  そう語るのは、現在放送中のアニメ『おそ松さん』に詳しいライターの西森路代氏。24日に発売された『TV Bros.』では、前週に引き続き特集が組まれ、氏も同作についての評論を寄稿している。『おそ松さん』が表紙を飾った『月刊アニメージュ』(徳間書店)2月号が、約36年ぶりに重版される大ヒットとなったことから、マンガ誌『マーガレット』6号(集英社)や、デザインとグラフィックの総合情報誌『月刊MdN』4月号(MdNコーポレーション)でも特集が組まれるなど、各誌が競うように取り上げている。 「『おそ松さん』では旬なパロディネタや、いわゆる“あるあるネタ”など、幅広い題材を取り扱っていますが、単に流行っているネタを取り込んだというわけではなく、一歩先をいく鋭い切り口でそれを調理しています。たとえば19話『チョロ松ライジング』では、チョロ松の自意識過剰ぶりを中心に、兄弟それぞれの自意識の有り方が細かに描かれていました。SNSが一般化した昨今、身に沁みるような思いで観た視聴者は多かったはずです。また、登場人物のイヤミがお笑い養成所を開く20話『イヤミの学校』では、リアルで実質のあるお笑い論が展開され、視聴者を驚かせました。それぞれのキャラクターのファンになり、アイドルを応援するように楽しめるのはもちろんですが、内容も鋭かったからこそ、口コミなどで幅広い層に広がり、いまのブレイクに繋がったのでは」  実際、『おそ松さん』の放送時はいつも、TwitterなどのSNSで大きな話題となっている。加えて、雑誌などの露出の仕方も、通常のアニメとは異なる。 「『おそ松さん』特集号が売れるのは、その雑誌のために書き下ろしのイラストが提供されているからです。宣材用のオフィシャル画像で対応するのではなく、ちゃんとコラボレーションしている。それは、アイドル雑誌で撮り下ろし写真と、独占インタビューが求められるのと同じ構造ですね。グッズ展開やイベントコラボにも意欲的で、ファンの期待に応えるような商品が多いです。たとえば、7話に出てきたトッティ(トド松)のバイトしていた“スタバァ”で使っていたであろうマグカップやタンブラーまで再現されていて、彼らの顔が描かれたグッズ以外にも遊び心があると思いました。ただ、2月の下旬までは、商品の企画が間に合わず、予約を受けつける状態が続いていました。だから、雑誌の付録などのクリアファイル以外のグッズを持ち歩いている人を見かけることはなかったと思われますが、これからは、電車の中などで、カバンにおそ松さんグッズをつけている人をたくさん見かけるようになるでしょう。23日からファミリーマートで『おそ松さん グッズ プレゼントキャンペーン』が開催されるほか(売り切れ続出のようですが)、渋谷PARCOでは『おそ松さんショップ』、宮崎では『おそ松市 in MIYAZAKI』なども開催されます。すでに社会現象と言われていますが、それをより多くの人が実感するのも、時間の問題かと思われます」  『おそ松さん』人気は、早くも2016年を象徴するムーブメントとなりそうだ。 (文=松下博夫) ■番組情報 『おそ松さん』 テレビ東京ほかにて放送中 公式サイト:http://osomatsusan.com/

映画館はネット配信にどう対抗する? 『ヘイトフル・エイト』極上爆音上映の狙い

【リアルサウンドより】  映画館はもっと面白くなれる。  いつもそう考えながら、東京の西側、立川だけにある独立系シネコン、“シネマシティ”で僕は働いています。もし、あなたが熱心な映画ファンや音楽ファン、あるいはミュージカルファンやアニメファンであるならば、【極上音響上映】【極上爆音上映】という名前をどこかで聞いたことがあるかも知れません。音響家が作品に最適な音に調整して上映するスタイル。それをやってる映画館が“シネマシティ”です。2/27(土)からはクエンティン・タランティーノ監督最新作『ヘイトフル・エイト』の【極上爆音上映】が始まります。    シネコンの“企画”の仕事とはなにか、そもそもシネコンにはどんな仕事があるのか、シネコンを面白くするにはどうしたらいいのか、このコラムでは僕がやってきたことや考えていることを新作映画の紹介を絡めて月に一度書いていこうと思っています。  2015年は世界最大の映像ストリーミング配信会社NETFLIXが、huluに続いていよいよ日本でサービスを開始し、続いてAmazonもプライム会員向けサービスに映像配信を追加するなど、本格的に映画のネット配信が開始した年になりました。映画を観る手段が増えたことで、映画会社にとっては販売窓口が増えるメリットがありますが、頭を抱えるのは映画館です。このことで今までより映画館にお客さんが増える、というのはなかなか考えにくい。    4DXにMX4D、D-BOXなど座席が動いたりするアトラクション系の劇場や、IMAXやTCX等の大画面劇場、あるいはドルビーアトモスやULTIRA等の立体音響劇場など、特別なスタイルの劇場が続々と増えているのはもちろん無関係ではありません。映画館は“映画を映画館で観る意味”をもっと創りだしていかないと、これまでの“映画を再生する場”というだけでは厳しくなっていくのは明白だからです。わずか月額1,000円足らずで自宅でも外出先でも映画が見放題、という圧倒的な安さと便利さに対し、果たしてどうやったら対抗していけるのか? いまや映画館のライバルは近くの他の映画館ではなくて、スマホやタブレットなのです。  では僕が働いている立川シネマシティでは、そのために何をしているのかをお話ししましょう。    シネマシティは1994年にオープンしたのですが、その時から「何かひとつは他に負けないものを」と、音響にこだわって作られました。都内では今のようなスタイルのシネマコンプレックスとしては初めてオープンした劇場で、ジョージ・ルーカスが作った劇場音響規格“THXシアター”を有していました。  しかし音響というのは目に見えないものですから、なかなか売りにするのは難しいものです。こだわりの劇場でしたから、オープン当時から濃いめの映画マニアの方、映画制作者や音響関係の専門家の方などにはよく知られた劇場でした。ところがたいていのお客様はシネマシティで映画を観ても、他の劇場でわざわざ同じ映画をまた観て聴き比べたりするわけではありませんから、良い音を味わっても「この映画の音はこういうものだ」と思うだけです。    「音響ではお客さんは呼べない」というのがしばらくの会社の雰囲気でした。2004年、すぐ近くにシネマ・ツーという別館をオープンさせ、またもどうかしているのではないかというほど音響設備に投資をし、斬新すぎる音響の劇場を創ったにも関わらず、大して話題にもならなかったからです(笑)。  それが大きく変わったのは、2009年の秋のことでした。『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』の上映が発表されたのです。子どもの頃からずっとマイケルの熱心なファンだった僕は、人生においてこんな機会はそう何度も回ってくることのないものだという予感に震え、「今度は僕がマイケルのために何ができるか」をずっと考え続けました。    そしてたどり着いた答えは「世界最高のクオリティでファンにこの映画を、マイケルの音楽を、届けること」でした。ただ再生ボタンを押すのではなく、音楽ライブなら当たり前にやること、つまりその作品が持つ音を最適なものに調整し、磨き上げて上映すること。    特にデジタル化されてからは、映画館に専門的な“技術や知識”はあまり必要がなくなりました。ハードディスクで映画が送られてきて、それをサーバに入れたら、パソコンで上映プログラムを組む。そうすればあとは自動再生です。効率化はビジネスの命です。しかし、何もかもそうしなくていい。少なくとも自分の人生にとって重要な作品ならば、見合わなかったとしてもできる限りのことをすべきではないでしょうか。そもそも映画館は何を売っているのか、自分がなぜ映画館スタッフという職業を選んだのか、考えなくてはいけません。  営業終了後の深夜、国内屈指の音響家に依頼し、朝までかけて音を磨いていく。ムダにお金を掛けてあったおかげで(笑)、シネマシティのシステムには音響調整卓が組み込んであるために非常に細かく調整が可能で、備えつけてあるmeyer sound社の映画用というよりは音楽用のスピーカーは、ライブハウスや音楽ホールのような音を鳴らしてくれました。仕事中にも関わらずスクリーンが涙でにじんだことで、僕は成功を確信しました。  この特別な音響の上映は、ファンのみなさんに驚くべき熱狂で迎えられ、日本全国からお客さんが集まりました。身体の芯を震わせるバスドラムやベースの重低音、空から舞い降りてくるような澄んだ歌声。それらを耳からだけではなく、肌や胸の奥で聴く幸福。音楽が空間すべてに充ち満ち、そこにいるファンの思いもまた、音に乗って共振し共有されていくのです。  スマホやタブレットとどう戦っていくか。幸運なことに、シネマシティはその答えのひとつを手にすることができたのです。そう、それは「愛」です。  それから7年が経ち、シネマシティの名前はとても多くの映画ファンに知っていただくことができました。そのおかげで『ヘイトフル・エイト』の極上爆音上映は配給会社のGAGA様より快諾をいただき、極爆試写会も開催することができました。  大爆発もなく、巨大な生物が出てくることもない、ファンなら『レザボア・ドッグス』を想起する密室ミステリーで、なぜ極爆か? 繊細にバランスよく調整された音は、モリコーネの最高にクールな音楽はもちろん、吹雪に降り込められたロッジの閉塞感や名優たちの渋いバリトンヴォイスを美しく描き出すのです。また大音量にすることで、微細な音が鮮明になり、暖炉の炎のはじける音や床の木の軋みがリアリティをいや増します。そのことで思わず作品世界へ没入してしまい、そのうち音響のことなんか忘れてしまう。それこそが最大目的です。  さて、そのつかんだ答えを、どう活かしていくのか? 僕の挑戦は続きます。You ain't heard nothin’ yet!(お楽しみはこれからだ) (文=遠山武志) ■立川シネマシティ 映画館らしくない遊び心のある空間を目指し、最高のクリエイターが集結し完成させた映画館。音響・音質にこだわっており、「極上音響上映」「極上爆音上映」は多くの映画ファンの支持を得ている。 『シネマ・ワン』 住所:東京都立川市曙町2ー8ー5 JR立川駅より徒歩5分、多摩モノレール立川北駅より徒歩3分 『シネマ・ツー』 住所:東京都立川市曙町2ー42ー26 JR立川駅より徒歩6分、多摩モノレール立川北駅より徒歩2分 公式サイト:http://cinemacity.co.jp/ ■公開情報 『ヘイトフル・エイト』 2月27日(土)全国公開 監督・脚本:クエンティン・タランティーノ 音楽:エンニオ・モリコーネ  美術:種田陽平 出演:サミュエル・L・ジャクソン、カート・ラッセル、ジェニファー・ジェイソン・リー、ウォルトン・ゴギンス、デミアン・ビチル、ティム・ロス、マイケル・マドセンandブルース・ダーン  配給:ギャガ 原題:The Hateful Eight/2015/アメリカ映画/168分 (C) Copyright MMXV Visiona Romantica, Inc.  All rights reserved. 公式サイト:http://gaga.ne.jp/hateful8/top/index.html

西島秀俊も香川照之も昔はこの風景の中にいたーー『クリーピー 偽りの隣人』の強烈な黒沢清濃度

【リアルサウンドより】  先日、ベルリン国際映画祭の「ベルリナーレ・スペシャル」部門でワールドプレミア上映がおこなわれた黒沢清監督『クリーピー 偽りの隣人』を、一足早く観る機会を得た。サスペンス・スリラーというジャンルの性質上、ネタバレにつながるストーリーに関する記述は極力避けるが、その第一印象(これまで黒沢清の作品はすべて複数回観ている)をここに記しておきたい。  「ネタバレ回避と言っても、どっちにしろ小説の映画化なんじゃないの?」と思う人もいるかもしれない。最初に言っておくと、結末どころか、物語の冒頭から、いや、そもそもの主人公の設定から、本作と2011年日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作となった前川裕の原作小説『クリーピー』は大きく異なる。西島秀俊演じる主人公が犯罪心理学を大学で教えているのは原作と同様だが、今回の映画作品ではそこに「元・捜査一課の刑事」という設定が付け加えられた。その設定が、原作では極めてスタティックに始まるこの物語に、序盤から黒沢清の近作らしからぬメジャー配給作品(松竹、アスミック・エース配給)的なスケール感とダイナミズムを与えている。黒沢清ファンならば誰もが客席に座りながら、「おぉ、これは『CURE』以来の久々の感触だぞ!」と前のめりになるはずだ。  昨年、『岸辺の旅』公開タイミングでインタビュー(黒沢清、『岸辺の旅』インタビュー ジャンル映画から解放された、新境地を語る)をした時、黒沢清監督は次のように語っていた。「『贖罪』を撮ったことで『あぁ、こいつは原作ものもやるんだな』って思ってもらえたのか、それからようやく、原作の映画化の話がいくつか来るようになりました。自分としては、正直言っておもしろきゃなんでもいいんですよ」。これを額面通りに、黒沢清の「原作ものバンバンやりまっせ」宣言ととらえるのは早急であることが、本作『クリーピー 偽りの隣人』を観ればわかる。原作に黒沢清(と共同脚本の池田千尋)が加えた新設定やツイストや小道具は、序盤は前述したように物語のスケール感とダイナミズムを与えているが、中盤以降は逆に「黒沢清作品以外の何ものでもない世界」へと観る者を誘うべく奉仕している。本作の評価が分かれるとしたら、そこの部分だろう。  西島秀俊×黒沢清と言えばもちろん『ニンゲン合格』であり、竹内結子と夫婦役を演じるという点では『ストロベリーナイト』での叶わぬ想いが成就したことになるわけだが(『残穢』公開、そして6月は『クリーピー』も! ホラー・クイーン竹内結子の帰還を祝う)、黒沢清ファンとして最も注目すべきなのは、その夫婦の隣人役に香川照之をキャスティングしていることにある。実は本作『クリーピー 偽りの隣人』は、まだミステリーとしての体裁をなんとか保っていた『CURE』を通り越して、終盤になるにつれて黒沢清Vシネマ時代の最後を飾った『蛇の道』や『蜘蛛の瞳』の連作を彷彿とさせるような、極限を超えてしまった人間の荒廃とした心象風景へと迷い込んでいくのだ。その『蛇の道』で復讐に取り憑かれていた男を演じていた香川照之が、本作では原作から付け加えられたサブタイトルが示唆しているようにキーパーソンとなる。  北九州監禁殺人事件、あるいは原作が書かれた時点ではまだ明るみになっていなかった尼崎連続変死事件など、本作のテーマは、近年の日本で起こったいくつかの忌々しくも恐ろしい実際の事件を嫌でも想起させるものだ。西島秀俊も香川照之も、今では初めて黒沢清作品に出演した時とは比べものにならないほど役者としてのステータスが上がっている。しかし、もちろんあの黒沢清がただの社会派作品を撮るわけがなく、スター映画を撮るわけもない。これだけタイムリーな題材と実力面でも人気面でも文句のつけようのない役者陣が揃ったのだから、いっそのことエンターテインメントに吹っ切った作品を観てみたかった気もするのだが、「三つ子の魂百まで」ということなのだろう。本作は、21世紀に入ってから最も「あの黒沢清」らしい黒沢清作品となった。 ■宇野維正 音楽・映画ジャーナリスト。「リアルサウンド映画部」主筆。「MUSICA」「クイック・ジャパン」「装苑」「GLOW」「NAVI CARS」ほかで批評/コラム/対談を連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮新書)、2016年1月16日発売。Twitter ■公開情報 『クリーピー 偽りの隣人』 6月18日(土) 全国ロードショー 出演:西島秀俊、竹内結子、川口春奈、東出昌大、香川照之ほか 監督:黒沢清 原作:「クリーピー」前川裕(光文社文庫刊) 脚本:黒沢清、池田千尋 音楽:羽深由理 製作:「クリーピー」製作委員会 制作:松竹撮影所 配給:松竹、アスミック・エース (c)2016「クリーピー」製作委員会 公式サイト:creepy-movie.com

池松壮亮がラブシーンに起用されまくる理由 そのドライで甘美な魅力を読む

【リアルサウンドより】  今、日本でもっとも濡れ場を演じているイメージが強い俳優というと、真っ先に思いつくのが池松壮亮ではないだろうか。ネットで”濡れ場が多い俳優”で検索すると池松壮亮の名前が多数ヒットするほど、その分野での認知度は非情に高い。かつて濡れ場が代名詞的な俳優と言えば、津川雅彦や奥田瑛二など、見るからに色気を纏った俳優たちが挙げられるが、池松にはそういった見るからにアダルトな雰囲気の俳優とは少し違う。ではなぜ現在の監督たちは池松をラブシーンに起用するのか、検証してみたいと思う。  若手の中でも演技派と呼ばれる池松壮亮は1990年生まれの25歳。10歳の時にミュージカル『ライオンキング』に出演後、2003年の映画『ラストサムライ』で映画デビュー。まるで子犬のような純朴な容姿で誠実な少年を多く演じてきたが、2014年に転機を迎える。この年には8本もの出演映画が公開され、三浦大輔監督『愛の渦』、安藤尋監督『海を感じる時』、そして吉田大八監督『紙の月』では、有名女優たちとラブシーンを演じた。  『愛の渦』は、マンションの一室での乱交パーティーという人間の欲望をひたすら描く内容で、主役である池松は、親の仕送りまで使ってパーティーに参加し、門脇麦演じる女子大生に真の愛を見いだしていくニート役。『海を感じる時』は、ヒロインの市川由衣演じる後輩からの愛を拒絶しつつも、肉体関係だけは保ち続けるという非情な男を演じている。そして『紙の月』は、宮沢りえ演じる銀行で働く主婦が池松演じる大学生と不倫関係に陥り、巨額横領に手を染め人生を狂わせるという話だ。前の2作は、感情と行動が一致せず、気づいた頃には手遅れになってしまう恋愛の不可避性を描いているが、『紙の月』に関しては、ただいたずらに相手を利用するだけの存在を演じている。すべての作品に共通することは、池松が演じるのは社会に適応していないダメ男で、だからこそ女性が惹かれて行くという構図だ。つまり池松は、女性にとってなんだか ”ほっとけない” 存在として描かれているのである。そして、どこか愛情を欠いた池松のラブシーンは、物語にドライな質感をもたらし、女性が抱く葛藤や虚しさ、満たされない感情をより鮮烈に描くのだ。  同世代で双璧をなす高良健吾もまた、吉高由里子の『蛇にピアス』や鈴木杏の『軽蔑』などでダメ男としてラブシーンを演じているが、高良の場合は狂気にも似た激しい感情を表に出し、それが女性を虜にしている。このエロスは、豊川悦司や成宮寛貴などにも通じるものだろう。対して、池松のやさぐれたエロスは一時的には女性を惹きつけるものの、最終的には見切りを付けられる場合が多い。たとえ濃密に肌を重ねようとも、結局はすれ違うだけの関係であり、だからこそ池松の濡れ場は刹那的で甘美なのだ。  2月からdTVでは、寺島しのぶ演じる専業主婦との15歳差の不倫を描く『裏切りの街』が配信されているが、これまで数多くの濡れ場を演じてきた寺島しのぶは、池松のラブシーンについて、「職人のような人でした。2人で目を合わせながらその場で感じるお芝居をするのは快感でした」と絶賛している。また、吉田大八監督は『紙の月』で池松を起用した理由について「りえさんに差し出すなら、池松しかいない」と答えるなど、強い信頼を得ていることが伺える。  昨年は『MOZU』の狂気に満ちた殺し屋役として、女装からアクションまでこなし、一般的な知名度も高まった池松。彼のラブシーンは今後、日本の映画やドラマに新たな潮流を生み出すに違いない。 (文=本 手)

池松壮亮がラブシーンに起用されまくる理由 そのドライで甘美な魅力を読む

【リアルサウンドより】  今、日本でもっとも濡れ場を演じているイメージが強い俳優というと、真っ先に思いつくのが池松壮亮ではないだろうか。ネットで”濡れ場が多い俳優”で検索すると池松壮亮の名前が多数ヒットするほど、その分野での認知度は非情に高い。かつて濡れ場が代名詞的な俳優と言えば、津川雅彦や奥田瑛二など、見るからに色気を纏った俳優たちが挙げられるが、池松にはそういった見るからにアダルトな雰囲気の俳優とは少し違う。ではなぜ現在の監督たちは池松をラブシーンに起用するのか、検証してみたいと思う。  若手の中でも演技派と呼ばれる池松壮亮は1990年生まれの25歳。10歳の時にミュージカル『ライオンキング』に出演後、2003年の映画『ラストサムライ』で映画デビュー。まるで子犬のような純朴な容姿で誠実な少年を多く演じてきたが、2014年に転機を迎える。この年には8本もの出演映画が公開され、三浦大輔監督『愛の渦』、安藤尋監督『海を感じる時』、そして吉田大八監督『紙の月』では、有名女優たちとラブシーンを演じた。  『愛の渦』は、マンションの一室での乱交パーティーという人間の欲望をひたすら描く内容で、主役である池松は、親の仕送りまで使ってパーティーに参加し、門脇麦演じる女子大生に真の愛を見いだしていくニート役。『海を感じる時』は、ヒロインの市川由衣演じる後輩からの愛を拒絶しつつも、肉体関係だけは保ち続けるという非情な男を演じている。そして『紙の月』は、宮沢りえ演じる銀行で働く主婦が池松演じる大学生と不倫関係に陥り、巨額横領に手を染め人生を狂わせるという話だ。前の2作は、感情と行動が一致せず、気づいた頃には手遅れになってしまう恋愛の不可避性を描いているが、『紙の月』に関しては、ただいたずらに相手を利用するだけの存在を演じている。すべての作品に共通することは、池松が演じるのは社会に適応していないダメ男で、だからこそ女性が惹かれて行くという構図だ。つまり池松は、女性にとってなんだか ”ほっとけない” 存在として描かれているのである。そして、どこか愛情を欠いた池松のラブシーンは、物語にドライな質感をもたらし、女性が抱く葛藤や虚しさ、満たされない感情をより鮮烈に描くのだ。  同世代で双璧をなす高良健吾もまた、吉高由里子の『蛇にピアス』や鈴木杏の『軽蔑』などでダメ男としてラブシーンを演じているが、高良の場合は狂気にも似た激しい感情を表に出し、それが女性を虜にしている。このエロスは、豊川悦司や成宮寛貴などにも通じるものだろう。対して、池松のやさぐれたエロスは一時的には女性を惹きつけるものの、最終的には見切りを付けられる場合が多い。たとえ濃密に肌を重ねようとも、結局はすれ違うだけの関係であり、だからこそ池松の濡れ場は刹那的で甘美なのだ。  2月からdTVでは、寺島しのぶ演じる専業主婦との15歳差の不倫を描く『裏切りの街』が配信されているが、これまで数多くの濡れ場を演じてきた寺島しのぶは、池松のラブシーンについて、「職人のような人でした。2人で目を合わせながらその場で感じるお芝居をするのは快感でした」と絶賛している。また、吉田大八監督は『紙の月』で池松を起用した理由について「りえさんに差し出すなら、池松しかいない」と答えるなど、強い信頼を得ていることが伺える。  昨年は『MOZU』の狂気に満ちた殺し屋役として、女装からアクションまでこなし、一般的な知名度も高まった池松。彼のラブシーンは今後、日本の映画やドラマに新たな潮流を生み出すに違いない。 (文=本 手)