山田洋次監督は“熟年離婚”にまつわる喜劇をどう描いた? 『家族はつらいよ』が伝えるメッセージ

【リアルサウンドより】 「家族というのは、厄介で、煩わしくて、無くてもよいと思うこともあるのだけれど、やはり切り捨てるわけにはいかない。そのつらさを何とか切り抜けていかねばならない、そのためにあくせく大騒ぎする。そんな滑稽で不完全な人間を、表現したいと思いました」と、山田洋次監督は『家族はつらいよ』への想いを語っている。(引用:公式パンフレットより)山田洋次監督と言えば、『息子』『おとうと』『母と暮らせば』など、家族にまつわる作品も多い。この『家族はつらいよ』は『男はつらいよ』シリーズ以来、山田洋次監督作品20年ぶりの喜劇となる。また『男はつらいよ』のような、平和で大衆的で、温かな笑いがやって来る、そう思うと嬉しい限りである。『東京家族』で一家を演じた、8人の豪華キャストが再集結。熟年離婚、家族の在り方が軸となり、そこに笑いが絡んでいく。  橋爪功演じる、ありがとうさえ素直に言えない頑固な父・周造、それを長年優しく支えて来た、吉行和子演じる母・富子。「何が欲しい」と聞かれて、誕生日プレゼントに離婚を要求する妻、というところが、まず粋だなあと感じる。無防備な父・周造に、母・富子が離婚届を手渡すシーンである。それは長年苦楽を共にし、その裏側でじっくりと温めていた、日頃の怨念を晴らす復讐のようでもあり…と、言っておくが、これはホラーではなく、喜劇である。もちろん男性にとっては、青ざめる瞬間に違いないのだが。
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 その後、家族総出で、二人の離婚問題をめぐった家族会議が行われるが、あれやこれやと本筋でないことも飛び出し、事態は思わぬ展開を迎える。この家族会議のシーンが何とも滑稽なのである。悲劇はもしや、喜劇なのかもしれない。渦中の家族にとってはいたって真剣なのだが、俯瞰というレンズを通して見てみると、コントでも見ているかのようだ。実際、家族とはそんなものなのかもしれない。くだらない、どうでもいいようなことに腹を立てる、ありのままの感情をぶつける。その真剣さを見て、こちらが笑いたくなってしまうのである。常にくすくすっと、でも時々手を叩いて大声で笑ってしまうほどの、共感。ただ、その根底には互いの愛情があるからこそ、笑いが成り立つのである。私の家族もこんな感じかもしれないと、自分の家族を重ねた。煩わしさを感じることもあり、でも喧嘩のできる幸せ。
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 最近は互いに無関心な家族が多いと聞く。それぞれが何を考えているのか分からない。そこに会話もなく、個人がただ集まっただけのような、名ばかりの家族。家族の在り方というものを考えさせられる。私はこの平田家、不器用でも人間らしいと感じる。血の繋がりがあろうとなかろうと、そこに壁を作らず、自分のありのままを見せようとする人たち。ただそこには、近しいが故、心を許し合うが故、ぶつかり合い、本当の気持ちを言葉にして伝えられないこともある。言わなくても分かってくれているだろうという、阿吽(あうん)の呼吸を信じるかのごとく。家族とは一番近い存在で、普段の自分を見透かされているからこその、気恥ずかしさもある。ありがとう、ごめんでさえ、口にできないこともある。  考えてみれば家族とは不思議なもので、自分が生まれた時にはすでに、父や母が家族として存在していたが、そもそもは父と母は他人同士なのである。構図としては、そこに私という存在が生まれることによって、父と母の血を私が半々受け継ぎ、二人を繋ぐ。そしてそこからまた他人が結びついて、新たな家族という形を成していく。しかし一緒に暮らすうちに、家族とは他人からの派生だという構図も、いつの間にか忘れてしまう。そして感謝すべきことでさえも、悲しいかな、当たり前に変わってしまう。ただその感謝の言葉、たった一言を聞いた瞬間、全てが許せ、報われてしまうのも、家族として生きて来た様々な想いがあるからこそ、なのかもしれない。  周造は部屋で、小津安二郎の東京物語を見ている。部屋に戻った妻に、サインした離婚届を渡そうと準備している。笠智衆演じる周吉が、テレビの中でつぶやく。「妙なもんじゃ。自分が育てた子供より、いわば他人のあんたの方が、よっぽどわしらにようしてくれた。いやあ、ありがとう」そこには、すべての夫婦の縮図が集約されているのかもしれない。感謝を口に出して伝えることの大切さ。  笑って笑って、そして最後にじーんと来る、そんな映画である。  そして、この憎たらしく、口の悪い父・周造が、俯瞰レンズを通して見ると、なぜかとても愛らしく見えて来てしまうのが不思議でならない。 ■大塚 シノブ 5年間中国在住の経験を持ち、中国の名門大学「中央戯劇学院」では舞台監督・演技も学ぶ。以来、中国・香港・シンガポール・日本各国で女優・モデルとして活動。日本人初として、中国ファッション誌表紙、香港化粧品キャラクター、シンガポールドラマ主演で抜擢。現在は芸能の他、アジア関連の活動なども行い、枠にとらわれない活動を目指す。 ブログ:https://otsukashinobu5.wordpress.com/ ■作品情報 『家族はつらいよ』 2016年3月12日 全国ロードショー 出演:橋爪功、吉行和子、西村雅彦、夏川結衣、中嶋朋子、林家正蔵、妻夫木聡、蒼井優、小林稔侍、風吹ジュン、中村鷹之資、丸山歩夢、笹野高史、木場勝己、笑福亭鶴瓶(特別出演) 監督:山田洋次 脚本:山田洋次・平松恵美子 音楽:久石譲 撮影:近森眞史 美術:倉田智子 照明:渡邊孝一 編集:石井巌 録音:岸田和美 プロデューサー:深澤宏 製作:「家族はつらいよ」製作委員会 制作・配給:松竹株式会社 (C)2016「家族はつらいよ」製作委員会 http://kazoku-tsuraiyo.jp/

一大ブーム到来!?  中南米ドラッグ・カルテル作品が量産されるようになった理由

【リアルサウンドより】  コロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルをファミリーの一人であるカナダ人青年の視点から描いた『エスコバル 楽園の掟』が、先週末公開された。来月(4月9日)には今年のアカデミー賞で3部門ノミネートされたことでも話題となった『ボーダーライン』が、そして再来月(5月)には同じく今年のアカデミー賞で長編ドキュメンタリー部門にノミネート、キャサリン・ビグローが製作総指揮に名を連ねている『カルテル・ランド』が公開される。とりあえず「ハリウッド映画人中南米代表」のベニチオ・デル・トロは、エスコバル(『エスコバル 楽園の掟』)を演じたり、捜査に加わる謎のコロンビア人(『ボーダーライン』)を演じたりと大忙しなわけだが、近年では他にも『悪の法則』や『野蛮なやつら/SAVAGES』のような秀作もあったし、昨年は『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』のようなマニアックなドキュメンタリー作品の日本公開もあった。言うまでもなく、テーマがテーマだけに他にも日本未公開の作品はたくさんある。今や、海の向こうでは中南米ドラッグ・カルテル作品の一大ブームが到来していると言ってもいいだろう。
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メイン写真とともに『エスコバル 楽園の掟』より

 一口に「中南米ドラッグ・カルテル作品」と言っても、作品ごとに舞台やテイストはまったく異なる。コロンビアが舞台、イタリア人監督アンドレア・ディ・ステファノによるフランス・スペイン・ベルギー・パナマ合作映画『エスコバル 楽園の掟』は実在の人物を中心に描いたノンフィクション風味のフィクション作品だし、アメリカとメキシコの国境地帯が舞台、カナダ人監督ドゥニ・ヴィルヌーヴによるハリウッド映画『ボーダーライン』は女性捜査官(エミリー・ブラント)が主人公の完全なオリジナル作品だし、『カルテル・ランド』はアメリカ、メキシコ両国それぞれの自警団のリーダーを追ったドキュメンタリー作品である。しかし、総じて言えるのは、どれもそれぞれのジャンルにおいてとても秀でた作品であるということだ。
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『カルテル・ランド』より

 中南米ドラッグ・カルテルを都合のいい黒幕設定などで描いた作品は過去にもたくさんあったが、作品のクオリティ的にも事実のディテール的にもある一定のレベルをクリアした作品が量産される大きなきっかけとなったのは、やはり2008年から2013年にかけて5シーズンが製作・放送された米AMCのテレビシリーズ『ブレイキング・バッド』だろう。『ブレイキング・バッド』はアメリカ南部の田舎町アルバカーキに住む化学教師がメタンフェタミン精製やドラッグ・ディーリングに足を踏み入れるブラック・コメディ的作品で、ドラッグ・カルテルは彼と対立する存在として描かれるいわば脇役だが、メキシコのドラッグ・カルテル特有の不条理な暴力性、見せしめの生首処刑に象徴される残酷さ、そこでの人間の命の冗談のような軽さを克明に描いたことで、視聴者に大きな衝撃と(あえて言うが)興奮をもたらした。
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『ナルコス』より

 テレビシリーズの世界で、『ブレイキング・バッド』の達成の先に、さらなる金字塔を打ち立てつつあるのが、現在もシリーズ続行中のNetflixのテレビシリーズ『ナルコス』だ。コロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルとアメリカ・フロリダ州の麻薬捜査官の長年にわたる攻防を描いたその作品は、実際のところエスコバルの半生を描いた「実録もの」的な色合いが強い。先日LAで『ナルコス』のメイン・ディレクターであるブラジル人監督ジョゼ・パジージャ(母国作品『エリート・スクワッド』シリーズで名を上げ、リブート版『ロボコップ』でハリウッドに進出、その後『ナルコス』監督に抜擢された)にインタビューをする機会を得たのだが、そこで「もしかして、東映の実録ヤクザものとか観てます?」と話を振ったところ、『仁義なき戦い』シリーズへの偏愛とそこから受けた影響を嬉々として語り始め、「やっぱり!」と膝を打ったものだった。  テレビシリーズにおける『ブレイキング・バッド』から『ナルコス』へのぶっとい流れと、それと並行して起こっている映画界におけるリドリー・スコット(『悪の法則』)やオリバー・ストーン(『野蛮なやつら/SAVAGES』)といったベテラン監督たちの参入を経て、今やテレビ/映画界において最もホットな題材となっているドラッグ・カルテル関連作品。その背景には、『ブレイキング・バッド』がもたらした世界的熱狂によってテーマへのタブー視がなくなったことと企画が通りやすくなったこと、エスコバル(1993年死去)関連においては映像や捜査資料や証言が出尽くしたことで細かいティテールまで正確に描写することが可能になったこと、南米社会におけるエスコバルのヒーロー化にせよ、欧米におけるエスコバルのアンチ・ヒーロー化にせよ、いずれにしてもエスコバルの歴史的評価が確立したこと、エスコバルの死後にコロンビアからメキシコへと主導権が移ったドラッグ・カルテルの勢力拡大・過激化が進んで社会的な関心が高まっていること、などが挙げられるだろう。また、アメリカ国内におけるヒスパニックの影響力の増大と、世界中のスペイン語圏の視聴者/観客のニーズの高まりという事実も見過ごせない。作中の台詞の大半がスペイン語の『エスコバル 楽園の掟』や『ナルコス』を観た後では、コロンビア人同士やメキシコ人同士や何故か英語で会話をしているような一時代前までの「作りのあまい」ドラッグ・カルテル描写は、ちゃんちゃらおかしくて鑑賞に耐えられるものではなくなった。もちろん、それはテレビ/映画界にとって極めて重要な「進化」である。
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『ボーダーライン』より

 自分が最も興味をひかれるのは、このジャンルが、テレビ/映画の壁を崩し、役者も含むアメリカ映画人/他国の映画人の交流を促進し、これまでのハリウッド映画中心主義に、その枠組から大きく揺さぶりをかけていることだ。そしてもう一つ。ドラッグ・カルテルという題材が、旧来のマフィア映画は言うまでもなく、戦争映画、ポリティカル映画、アクション、サスペンス、スリラー、ミステリー、ホラー、コメディ、ドキュメンタリーといったあらゆるジャンルを飲み込むブラックホール的な魅力を持っていることにも気づかされずにはいられない。ドゥニ・ヴィルヌーヴ(『ボーダーライン』)のような当代きってのキレキレの映画作家がこの題材に引き寄せられたのも、そう考えると必然と言えるだろう。 ■宇野維正 音楽・映画ジャーナリスト。「リアルサウンド映画部」主筆。「MUSICA」「クイック・ジャパン」「装苑」「GLOW」「NAVI CARS」ほかで批評/コラム/対談を連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮新書)発売中。Twitter ■公開情報 『エスコバル/楽園の掟』 3月12日(土)より、シネマサンシャイン池袋ほか全国順次公開 監督:アンドレア・ディ・ステファノ 製作:ベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ハッチャーソン 出演:ベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ハッチャーソン、クラウディア・トレイザック、ブラディ・コーベット、カルロス・バルデム 配給・宣伝:トランスフォーマー 2015年/フランス・スペイン・ベルギー・パナマ合作/119分/カラー 原題:Escobar:Paradise Lost  (c)2014 Chapter 2 – Orange Studio - Pathé Production – Norsean Plus S.L – Paradise Lost Film A.I.E – Nexus Factory - Umedia – Jouror Developpement 公式サイト:http://www.movie-escobar.com/ 『ボーダーライン』 4月9日(土)角川シネマ有楽町、新宿ビカデリーほか全国ロードショー 監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ 脚本:テイラー・シェリダン 撮影監督:ロジャー・ディーキンス 出演:エミリー・ブラント、ベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ブローリン 配給:KADOKAWA 提供:ハピネット、KADOKAWA (c)2015 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. 公式サイト:http://border-line.jp/ 『カルテル・ランド』 シアター・イメージフォーラム他にて5月上旬公開 監督・撮影:マシュー・ハイネマン 製作総指揮:キャスリン・ビグロー 配給:トランスフォーマー 2015/メキシコ・アメリカ/100 分 原題:CARTEL LAND (c)2015 A&E Television Networks, LLC 公式サイト:http://cartelland-movie.com/ 『ナルコス』 Netflixにて好評ストリーミング中 (C) Netflix. All Rights Reserved. 公式サイト:https://www.netflix.com/title/80025172

一大ブーム到来!?  中南米ドラッグ・カルテル作品が量産されるようになった理由

【リアルサウンドより】  コロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルをファミリーの一人であるカナダ人青年の視点から描いた『エスコバル 楽園の掟』が、先週末公開された。来月(4月9日)には今年のアカデミー賞で3部門ノミネートされたことでも話題となった『ボーダーライン』が、そして再来月(5月)には同じく今年のアカデミー賞で長編ドキュメンタリー部門にノミネート、キャサリン・ビグローが製作総指揮に名を連ねている『カルテル・ランド』が公開される。とりあえず「ハリウッド映画人中南米代表」のベニチオ・デル・トロは、エスコバル(『エスコバル 楽園の掟』)を演じたり、捜査に加わる謎のコロンビア人(『ボーダーライン』)を演じたりと大忙しなわけだが、近年では他にも『悪の法則』や『野蛮なやつら/SAVAGES』のような秀作もあったし、昨年は『皆殺しのバラッド メキシコ麻薬戦争の光と闇』のようなマニアックなドキュメンタリー作品の日本公開もあった。言うまでもなく、テーマがテーマだけに他にも日本未公開の作品はたくさんある。今や、海の向こうでは中南米ドラッグ・カルテル作品の一大ブームが到来していると言ってもいいだろう。
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メイン写真とともに『エスコバル 楽園の掟』より

 一口に「中南米ドラッグ・カルテル作品」と言っても、作品ごとに舞台やテイストはまったく異なる。コロンビアが舞台、イタリア人監督アンドレア・ディ・ステファノによるフランス・スペイン・ベルギー・パナマ合作映画『エスコバル 楽園の掟』は実在の人物を中心に描いたノンフィクション風味のフィクション作品だし、アメリカとメキシコの国境地帯が舞台、カナダ人監督ドゥニ・ヴィルヌーヴによるハリウッド映画『ボーダーライン』は女性捜査官(エミリー・ブラント)が主人公の完全なオリジナル作品だし、『カルテル・ランド』はアメリカ、メキシコ両国それぞれの自警団のリーダーを追ったドキュメンタリー作品である。しかし、総じて言えるのは、どれもそれぞれのジャンルにおいてとても秀でた作品であるということだ。
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『カルテル・ランド』より

 中南米ドラッグ・カルテルを都合のいい黒幕設定などで描いた作品は過去にもたくさんあったが、作品のクオリティ的にも事実のディテール的にもある一定のレベルをクリアした作品が量産される大きなきっかけとなったのは、やはり2008年から2013年にかけて5シーズンが製作・放送された米AMCのテレビシリーズ『ブレイキング・バッド』だろう。『ブレイキング・バッド』はアメリカ南部の田舎町アルバカーキに住む化学教師がメタンフェタミン精製やドラッグ・ディーリングに足を踏み入れるブラック・コメディ的作品で、ドラッグ・カルテルは彼と対立する存在として描かれるいわば脇役だが、メキシコのドラッグ・カルテル特有の不条理な暴力性、見せしめの生首処刑に象徴される残酷さ、そこでの人間の命の冗談のような軽さを克明に描いたことで、視聴者に大きな衝撃と(あえて言うが)興奮をもたらした。
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『ナルコス』より

 テレビシリーズの世界で、『ブレイキング・バッド』の達成の先に、さらなる金字塔を打ち立てつつあるのが、現在もシリーズ続行中のNetflixのテレビシリーズ『ナルコス』だ。コロンビアの麻薬王パブロ・エスコバルとアメリカ・フロリダ州の麻薬捜査官の長年にわたる攻防を描いたその作品は、実際のところエスコバルの半生を描いた「実録もの」的な色合いが強い。先日LAで『ナルコス』のメイン・ディレクターであるブラジル人監督ジョゼ・パジージャ(母国作品『エリート・スクワッド』シリーズで名を上げ、リブート版『ロボコップ』でハリウッドに進出、その後『ナルコス』監督に抜擢された)にインタビューをする機会を得たのだが、そこで「もしかして、東映の実録ヤクザものとか観てます?」と話を振ったところ、『仁義なき戦い』シリーズへの偏愛とそこから受けた影響を嬉々として語り始め、「やっぱり!」と膝を打ったものだった。  テレビシリーズにおける『ブレイキング・バッド』から『ナルコス』へのぶっとい流れと、それと並行して起こっている映画界におけるリドリー・スコット(『悪の法則』)やオリバー・ストーン(『野蛮なやつら/SAVAGES』)といったベテラン監督たちの参入を経て、今やテレビ/映画界において最もホットな題材となっているドラッグ・カルテル関連作品。その背景には、『ブレイキング・バッド』がもたらした世界的熱狂によってテーマへのタブー視がなくなったことと企画が通りやすくなったこと、エスコバル(1993年死去)関連においては映像や捜査資料や証言が出尽くしたことで細かいティテールまで正確に描写することが可能になったこと、南米社会におけるエスコバルのヒーロー化にせよ、欧米におけるエスコバルのアンチ・ヒーロー化にせよ、いずれにしてもエスコバルの歴史的評価が確立したこと、エスコバルの死後にコロンビアからメキシコへと主導権が移ったドラッグ・カルテルの勢力拡大・過激化が進んで社会的な関心が高まっていること、などが挙げられるだろう。また、アメリカ国内におけるヒスパニックの影響力の増大と、世界中のスペイン語圏の視聴者/観客のニーズの高まりという事実も見過ごせない。作中の台詞の大半がスペイン語の『エスコバル 楽園の掟』や『ナルコス』を観た後では、コロンビア人同士やメキシコ人同士や何故か英語で会話をしているような一時代前までの「作りのあまい」ドラッグ・カルテル描写は、ちゃんちゃらおかしくて鑑賞に耐えられるものではなくなった。もちろん、それはテレビ/映画界にとって極めて重要な「進化」である。
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『ボーダーライン』より

 自分が最も興味をひかれるのは、このジャンルが、テレビ/映画の壁を崩し、役者も含むアメリカ映画人/他国の映画人の交流を促進し、これまでのハリウッド映画中心主義に、その枠組から大きく揺さぶりをかけていることだ。そしてもう一つ。ドラッグ・カルテルという題材が、旧来のマフィア映画は言うまでもなく、戦争映画、ポリティカル映画、アクション、サスペンス、スリラー、ミステリー、ホラー、コメディ、ドキュメンタリーといったあらゆるジャンルを飲み込むブラックホール的な魅力を持っていることにも気づかされずにはいられない。ドゥニ・ヴィルヌーヴ(『ボーダーライン』)のような当代きってのキレキレの映画作家がこの題材に引き寄せられたのも、そう考えると必然と言えるだろう。 ■宇野維正 音楽・映画ジャーナリスト。「リアルサウンド映画部」主筆。「MUSICA」「クイック・ジャパン」「装苑」「GLOW」「NAVI CARS」ほかで批評/コラム/対談を連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮新書)発売中。Twitter ■公開情報 『エスコバル/楽園の掟』 3月12日(土)より、シネマサンシャイン池袋ほか全国順次公開 監督:アンドレア・ディ・ステファノ 製作:ベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ハッチャーソン 出演:ベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ハッチャーソン、クラウディア・トレイザック、ブラディ・コーベット、カルロス・バルデム 配給・宣伝:トランスフォーマー 2015年/フランス・スペイン・ベルギー・パナマ合作/119分/カラー 原題:Escobar:Paradise Lost  (c)2014 Chapter 2 – Orange Studio - Pathé Production – Norsean Plus S.L – Paradise Lost Film A.I.E – Nexus Factory - Umedia – Jouror Developpement 公式サイト:http://www.movie-escobar.com/ 『ボーダーライン』 4月9日(土)角川シネマ有楽町、新宿ビカデリーほか全国ロードショー 監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ 脚本:テイラー・シェリダン 撮影監督:ロジャー・ディーキンス 出演:エミリー・ブラント、ベニチオ・デル・トロ、ジョシュ・ブローリン 配給:KADOKAWA 提供:ハピネット、KADOKAWA (c)2015 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved. 公式サイト:http://border-line.jp/ 『カルテル・ランド』 シアター・イメージフォーラム他にて5月上旬公開 監督・撮影:マシュー・ハイネマン 製作総指揮:キャスリン・ビグロー 配給:トランスフォーマー 2015/メキシコ・アメリカ/100 分 原題:CARTEL LAND (c)2015 A&E Television Networks, LLC 公式サイト:http://cartelland-movie.com/ 『ナルコス』 Netflixにて好評ストリーミング中 (C) Netflix. All Rights Reserved. 公式サイト:https://www.netflix.com/title/80025172

ニコラス・ケイジが『グランド・ジョー』で演じる、アメリカ南部の狂気

【リアルサウンドより】  目を血走らせ、異常なハイテンションの暴力的な演技をさせれば右に出る者がなく、また、下がった眉毛と子犬のような潤んだ瞳で母性本能をもくすぐる、相反する極端な二つの魅力を持つ稀有な俳優が、ニコラス・ケイジだ。  彼の代表作に、『リービング・ラスベガス』がある。ラスベガスで好きな酒を飲みまくって死んでいこうとする、仕事も家庭も失ったアルコール依存症の男の物語だ。ニコラス・ケイジの酩酊演技は、凄まじいリアリティと説得力を持ち、快楽と苦しみの狭間で破滅していく男の弱さと美しさを表現した。その儚い姿は、舞台となる虚飾に彩られたラスベガスという街に重なっていく。『リービング・ラスベガス』によって、アカデミー主演男優賞をはじめ、その年の主要な演技賞を軒並み獲得し、一躍、演技派俳優として名を馳せたニコラス・ケイジは、その後、意外にも多くのアクション映画や商業的な大作映画にも次々出演し、ハリウッドの顔になっていく。この過程で、彼の狂気の演技はコミカライズされていき、笑って楽しめる「狂気俳優」ニコラス・ケイジ像をも作り出した。  今回考察する『グランド・ジョー』は、『リービング・ラスベガス』を髣髴とさせる、ニコラス・ケイジがシリアスな狂気演技に回帰する作品のように見える。舞台となるのは、ラスベガスのようにきらびやかなイメージとは真逆の、秘境とも揶揄されるアメリカ深南部の貧困層の世界である。

告発されるアメリカ南部の「現実」

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(c)Joe Ransom, LLC

 ミシシッピ川を舞台にした、マーク・トウェインの「トム・ソーヤーの冒険」が描いたような、川や沼地、森林に恵まれた自然豊かな土地が広がっているというのが、アメリカ南部の代表的なイメージだ。また、コカ・コーラやペプシコーラ、ルートビアなど、アメリカの有名な清涼飲料水の多くが南部発祥であるという事実は、それらを必要とした南部が、高い気温でじめじめとした気候であることを物語っている。  ノースリーブの上着を着て、じめじめとした南部の農村で森林の伐採業に従事し、現場で労働者を指導監督している、『グランド・ジョー』の主人公、ジョーは、いわゆる典型的な「レッドネック」と呼ばれる南部の肉体労働者である。本作におけるジョー自身や周囲の人々の生活の描写で驚かされるのは、南部貧困層が直面している困窮の深刻さだ。職場の男たちは、酒場や売春宿でストレスを発散しながら、なんとか日々をやり過ごしていく。小林多喜二の「蟹工船」で描かれたような雰囲気で、これがアメリカの現在の風景なのかと思わされる。もちろん、近年の政策によって悪化した、経済的な格差拡大が影響しているだろう。ここでは、南部の懐古的な美しい風景を切り取っている余裕はない。  実際に森林を伐採していくシーンでは、彼らが木そのものを切り倒すのではなく、木に切れ込みを入れて、背中に担いだポリタンクに入った、農薬などを混ぜ込んだ液体を切り口に染み込ませているだけだということが分かってくる。何故、木に毒を盛るのかというと、材木会社が伐採できるように、故意に木を枯らす必要があるというのだ。  毒で木を枯らしていくという違法的な伐採は、アメリカ南部・フロリダ州で行われていたことが2012年に発覚している。本作で描写されたように、マチェーテ(主にメキシコ以南で使われる農林業用の刀)で木を傷つけ、毒を注ぎ込み枯らしていくという、伐採従事者による違法伐採の手口の告白を、経済誌が取り上げスキャンダルになっているのだ。本作は、そのような南部の現状の告発にもなっている。ジョーら労働者は、企業に利用されていることを知りながら、ただ生きるために、マチェーテを振るい続けるのである。

擬似的な親子関係が映し出す「南部」のイメージ

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(c)Joe Ransom, LLC

 ある日、アルコール依存症の年老いた父親を持つ少年が、ジョーの職場を訪れ、仕事をさせて欲しいと頼み込んでくる。飲んだくれの親父が全く働かず、病気の母や妹を助けるために金が必要なのだ。少年は真面目に働き、せっせと木に毒を盛り続ける。ジョーは少年の仕事振りを認め、父親と一緒にここで働けばいいと提案するが、これが間違っていた。少年の父親は、本作がこれによって映画史に刻まれてもおかしくない程の、ろくでなしだった。酒のためなら家族を殴り、犯罪すら厭わないが、真面目に働くことだけは絶対にしないのである。現場をフラフラと歩いているだけで何もせず、それを咎められると怒りだしてトラブルを起こし、ティーネイジャーの息子の信用すら失わせるという信じ難いほどの非人間性を発揮し、観客を驚かせる。だが、父親のひどさはとどまるところを知らず、さらにエスカレートしていくのだった。  もちろん、ここまでひどい家庭環境は珍しいかもしれないが、貧しい家庭の子供達が十分な教育を受けられず、さらに社会の格差が固定化されていくという状況は、アメリカや日本を含め、多くの国々の社会的な課題となっている。ジョーは、そんな父親を持つ少年にシンパシーを抱き、彼らの間には、擬似的な親子関係が結ばれてゆく。アルコール依存症の老人と、ジョー、そして少年は、親子三代の擬似的な家族のようにも見える。
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(c)Joe Ransom, LLC

 南北戦争時、南軍は北部人を「ヤンキー」、北軍は南部人を「レッドネック」と呼び、互いに罵倒し合った。「レッドネック」は、南部の日差しを浴びて首周りが赤くなった白人の貧しい労働者を指す。奴隷制を擁護したという立場から、南軍は戦争後も多くの批難を浴び、映画を含め、多くの創作物でも批判され続けてきた。南部では奴隷解放後も、人種差別が続き、ベストセラーにもなった書籍を映画化した『ヘルプ 心がつなぐストーリー』では、南部でもとくに保守的なミシシッピ州において、60年代になっても、露骨な白人、黒人間の、違法な隔離的差別があったことを告発している。また、1940年の映画『スワンプ・ウォーター』では、無実の罪を負った男が、ジョージア州の町の人々による人間狩りから逃れ、広大な湿原地帯で原始生活をするという、驚愕の物語であった。南部は文化が遅れた「未開の地」として、北部の州の人々から、ときに恐れられ、また嘲りの対象にもなってきた。  本作で描かれる、どうしても変わることができないろくでなしの老人は、北部の人々のイメージする、新しい時代に対応できず役に立たない「古い南部」そのものの姿の象徴であるように見える。対してニコラス・ケイジが演じるジョーは、基本的には善人として好意的に描かれる。彼は働き者であり情にも厚く、地域の老人などの面倒さえみる。たが反面、無闇にケンカをし道路交通法違反を繰り返し、何度も逮捕されている。そして、むしゃくしゃすると売春宿を利用する。過去、無実の罪で投獄されたという経験が、彼を自暴自棄な行動に駆り立てるのである。優しい素朴さと粗暴さを併せ持つジョーというキャラクターは、より現実的な「現在の南部」の実相を表しているといえるだろう。

ニコラス・ケイジが演じる、ジョーの「狂気」の理由

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 ポール・ニューマン主演の『暴力脱獄』という、南部を舞台にした映画がある。主人公・ルークは、軍人として数々の武勲を立ててきた国家の英雄でありながら、何故か街のパーキングメーターを故意に破壊し、投獄される。些細な罪だが、彼は刑務所の中でも、刑務官や先輩の囚人たちに媚びへつらうことなく、何度も何度も脱獄を試みる。ストーリーのなかでは、彼の不可解な行動の理由ははっきりと示されないが、作品内では直接描かれない、彼の戦争体験がその心理に影響しているだろうことは読み取れる。ルークの反抗的行動の意味は、おそらく、戦争という名目で自分に殺人をさせた国家、社会への反発である。刑務所長が支配する南部の刑務所という場所が、アメリカ政府と、利用され管理される国民を暗示しているのだ。  そのような構図は、本作におけるジョーの、何度も警察に逮捕されようとする自暴自棄な行動ともリンクしているように感じられる。ジョーを狂わせるものは、南北戦争後、世代を超えて背負わされてきた十字架であり、搾取され続けることを宿命づけられた、出口のない圧迫感であろう。階級や貧富の差によってがんじがらめになっている保守的な風土と、それを受け入れてしまう人々や自分への苛立ちが、ジョーの狂気の源泉なのである。それは、本作のニコラス・ケイジの狂気の演技に漂う、『リービング・ラスベガス』にも通じる悲劇的な印象を与える理由でもあるだろう。
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 確かに南部が、思想や経済的な面で、不当に傷つけられ、北部の企業などから搾取され続けてきたということは事実だろう。そのツケを、貧困者や弱者ばかりが支払い続けるというのも酷な話である。だが、その暴力性は、さらに南部の女性たちや子供たちなど、さらなる弱者に向けられていくことも、本作は描いている。この暴力の連鎖は、全ての人々がそれぞれの立場で断ち切る努力をするべきであろう。そして本作のジョーは、自分の中の毒を用いて木を枯らすように、暴力の連鎖、貧困の連鎖、悪徳の連鎖を断ち切ろうとする。それは、自分自身の贖罪でもある。  本作の脚本を読んだニコラス・ケイジは、すぐに出演のオファーを受けたという。南部の作家ラリー・ブラウンによって書かれた、原作に宿る優れた文学性は、ニコラスの演技者としての欲望に火をつけただろうことは、想像に難くない。本作の冒頭は、少年の父親の横顔を写したカットから始まる。その対となる最後のシーンは、同じような構図の、少年の横顔である。その類似は、南部の将来の不安を感じさせる。しかし、そこから移動するカメラが、正反対の意味を持つ情景を写すことで、新しい南部への希望を暗示する。その映画的な演出によって、本作は映画化作品としての存在理由を確かにしているといえるだろう。 ■小野寺系(k.onodera) 映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト
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■リリース情報 『グランド・ジョー』DVD 3月18日(金)リリース(TSUTAYA先行レンタル)) 監督:デヴィッド・ゴードン・グリーン 出演:ニコラス・ケイジ 、タイ・シェリダン、ゲイリー・プールター、ロニー・ジーン・ブレヴィンズ 発売元:カルチュア・パブリッシャーズ セル販売元:TCエンタテインメント (c)Joe Ransom, LLC 作品リンク

ニコラス・ケイジが『グランド・ジョー』で演じる、アメリカ南部の狂気

【リアルサウンドより】  目を血走らせ、異常なハイテンションの暴力的な演技をさせれば右に出る者がなく、また、下がった眉毛と子犬のような潤んだ瞳で母性本能をもくすぐる、相反する極端な二つの魅力を持つ稀有な俳優が、ニコラス・ケイジだ。  彼の代表作に、『リービング・ラスベガス』がある。ラスベガスで好きな酒を飲みまくって死んでいこうとする、仕事も家庭も失ったアルコール依存症の男の物語だ。ニコラス・ケイジの酩酊演技は、凄まじいリアリティと説得力を持ち、快楽と苦しみの狭間で破滅していく男の弱さと美しさを表現した。その儚い姿は、舞台となる虚飾に彩られたラスベガスという街に重なっていく。『リービング・ラスベガス』によって、アカデミー主演男優賞をはじめ、その年の主要な演技賞を軒並み獲得し、一躍、演技派俳優として名を馳せたニコラス・ケイジは、その後、意外にも多くのアクション映画や商業的な大作映画にも次々出演し、ハリウッドの顔になっていく。この過程で、彼の狂気の演技はコミカライズされていき、笑って楽しめる「狂気俳優」ニコラス・ケイジ像をも作り出した。  今回考察する『グランド・ジョー』は、『リービング・ラスベガス』を髣髴とさせる、ニコラス・ケイジがシリアスな狂気演技に回帰する作品のように見える。舞台となるのは、ラスベガスのようにきらびやかなイメージとは真逆の、秘境とも揶揄されるアメリカ深南部の貧困層の世界である。

告発されるアメリカ南部の「現実」

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 ミシシッピ川を舞台にした、マーク・トウェインの「トム・ソーヤーの冒険」が描いたような、川や沼地、森林に恵まれた自然豊かな土地が広がっているというのが、アメリカ南部の代表的なイメージだ。また、コカ・コーラやペプシコーラ、ルートビアなど、アメリカの有名な清涼飲料水の多くが南部発祥であるという事実は、それらを必要とした南部が、高い気温でじめじめとした気候であることを物語っている。  ノースリーブの上着を着て、じめじめとした南部の農村で森林の伐採業に従事し、現場で労働者を指導監督している、『グランド・ジョー』の主人公、ジョーは、いわゆる典型的な「レッドネック」と呼ばれる南部の肉体労働者である。本作におけるジョー自身や周囲の人々の生活の描写で驚かされるのは、南部貧困層が直面している困窮の深刻さだ。職場の男たちは、酒場や売春宿でストレスを発散しながら、なんとか日々をやり過ごしていく。小林多喜二の「蟹工船」で描かれたような雰囲気で、これがアメリカの現在の風景なのかと思わされる。もちろん、近年の政策によって悪化した、経済的な格差拡大が影響しているだろう。ここでは、南部の懐古的な美しい風景を切り取っている余裕はない。  実際に森林を伐採していくシーンでは、彼らが木そのものを切り倒すのではなく、木に切れ込みを入れて、背中に担いだポリタンクに入った、農薬などを混ぜ込んだ液体を切り口に染み込ませているだけだということが分かってくる。何故、木に毒を盛るのかというと、材木会社が伐採できるように、故意に木を枯らす必要があるというのだ。  毒で木を枯らしていくという違法的な伐採は、アメリカ南部・フロリダ州で行われていたことが2012年に発覚している。本作で描写されたように、マチェーテ(主にメキシコ以南で使われる農林業用の刀)で木を傷つけ、毒を注ぎ込み枯らしていくという、伐採従事者による違法伐採の手口の告白を、経済誌が取り上げスキャンダルになっているのだ。本作は、そのような南部の現状の告発にもなっている。ジョーら労働者は、企業に利用されていることを知りながら、ただ生きるために、マチェーテを振るい続けるのである。

擬似的な親子関係が映し出す「南部」のイメージ

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 ある日、アルコール依存症の年老いた父親を持つ少年が、ジョーの職場を訪れ、仕事をさせて欲しいと頼み込んでくる。飲んだくれの親父が全く働かず、病気の母や妹を助けるために金が必要なのだ。少年は真面目に働き、せっせと木に毒を盛り続ける。ジョーは少年の仕事振りを認め、父親と一緒にここで働けばいいと提案するが、これが間違っていた。少年の父親は、本作がこれによって映画史に刻まれてもおかしくない程の、ろくでなしだった。酒のためなら家族を殴り、犯罪すら厭わないが、真面目に働くことだけは絶対にしないのである。現場をフラフラと歩いているだけで何もせず、それを咎められると怒りだしてトラブルを起こし、ティーネイジャーの息子の信用すら失わせるという信じ難いほどの非人間性を発揮し、観客を驚かせる。だが、父親のひどさはとどまるところを知らず、さらにエスカレートしていくのだった。  もちろん、ここまでひどい家庭環境は珍しいかもしれないが、貧しい家庭の子供達が十分な教育を受けられず、さらに社会の格差が固定化されていくという状況は、アメリカや日本を含め、多くの国々の社会的な課題となっている。ジョーは、そんな父親を持つ少年にシンパシーを抱き、彼らの間には、擬似的な親子関係が結ばれてゆく。アルコール依存症の老人と、ジョー、そして少年は、親子三代の擬似的な家族のようにも見える。
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 南北戦争時、南軍は北部人を「ヤンキー」、北軍は南部人を「レッドネック」と呼び、互いに罵倒し合った。「レッドネック」は、南部の日差しを浴びて首周りが赤くなった白人の貧しい労働者を指す。奴隷制を擁護したという立場から、南軍は戦争後も多くの批難を浴び、映画を含め、多くの創作物でも批判され続けてきた。南部では奴隷解放後も、人種差別が続き、ベストセラーにもなった書籍を映画化した『ヘルプ 心がつなぐストーリー』では、南部でもとくに保守的なミシシッピ州において、60年代になっても、露骨な白人、黒人間の、違法な隔離的差別があったことを告発している。また、1940年の映画『スワンプ・ウォーター』では、無実の罪を負った男が、ジョージア州の町の人々による人間狩りから逃れ、広大な湿原地帯で原始生活をするという、驚愕の物語であった。南部は文化が遅れた「未開の地」として、北部の州の人々から、ときに恐れられ、また嘲りの対象にもなってきた。  本作で描かれる、どうしても変わることができないろくでなしの老人は、北部の人々のイメージする、新しい時代に対応できず役に立たない「古い南部」そのものの姿の象徴であるように見える。対してニコラス・ケイジが演じるジョーは、基本的には善人として好意的に描かれる。彼は働き者であり情にも厚く、地域の老人などの面倒さえみる。たが反面、無闇にケンカをし道路交通法違反を繰り返し、何度も逮捕されている。そして、むしゃくしゃすると売春宿を利用する。過去、無実の罪で投獄されたという経験が、彼を自暴自棄な行動に駆り立てるのである。優しい素朴さと粗暴さを併せ持つジョーというキャラクターは、より現実的な「現在の南部」の実相を表しているといえるだろう。

ニコラス・ケイジが演じる、ジョーの「狂気」の理由

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 ポール・ニューマン主演の『暴力脱獄』という、南部を舞台にした映画がある。主人公・ルークは、軍人として数々の武勲を立ててきた国家の英雄でありながら、何故か街のパーキングメーターを故意に破壊し、投獄される。些細な罪だが、彼は刑務所の中でも、刑務官や先輩の囚人たちに媚びへつらうことなく、何度も何度も脱獄を試みる。ストーリーのなかでは、彼の不可解な行動の理由ははっきりと示されないが、作品内では直接描かれない、彼の戦争体験がその心理に影響しているだろうことは読み取れる。ルークの反抗的行動の意味は、おそらく、戦争という名目で自分に殺人をさせた国家、社会への反発である。刑務所長が支配する南部の刑務所という場所が、アメリカ政府と、利用され管理される国民を暗示しているのだ。  そのような構図は、本作におけるジョーの、何度も警察に逮捕されようとする自暴自棄な行動ともリンクしているように感じられる。ジョーを狂わせるものは、南北戦争後、世代を超えて背負わされてきた十字架であり、搾取され続けることを宿命づけられた、出口のない圧迫感であろう。階級や貧富の差によってがんじがらめになっている保守的な風土と、それを受け入れてしまう人々や自分への苛立ちが、ジョーの狂気の源泉なのである。それは、本作のニコラス・ケイジの狂気の演技に漂う、『リービング・ラスベガス』にも通じる悲劇的な印象を与える理由でもあるだろう。
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 確かに南部が、思想や経済的な面で、不当に傷つけられ、北部の企業などから搾取され続けてきたということは事実だろう。そのツケを、貧困者や弱者ばかりが支払い続けるというのも酷な話である。だが、その暴力性は、さらに南部の女性たちや子供たちなど、さらなる弱者に向けられていくことも、本作は描いている。この暴力の連鎖は、全ての人々がそれぞれの立場で断ち切る努力をするべきであろう。そして本作のジョーは、自分の中の毒を用いて木を枯らすように、暴力の連鎖、貧困の連鎖、悪徳の連鎖を断ち切ろうとする。それは、自分自身の贖罪でもある。  本作の脚本を読んだニコラス・ケイジは、すぐに出演のオファーを受けたという。南部の作家ラリー・ブラウンによって書かれた、原作に宿る優れた文学性は、ニコラスの演技者としての欲望に火をつけただろうことは、想像に難くない。本作の冒頭は、少年の父親の横顔を写したカットから始まる。その対となる最後のシーンは、同じような構図の、少年の横顔である。その類似は、南部の将来の不安を感じさせる。しかし、そこから移動するカメラが、正反対の意味を持つ情景を写すことで、新しい南部への希望を暗示する。その映画的な演出によって、本作は映画化作品としての存在理由を確かにしているといえるだろう。 ■小野寺系(k.onodera) 映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト
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■リリース情報 『グランド・ジョー』DVD 3月18日(金)リリース(TSUTAYA先行レンタル)) 監督:デヴィッド・ゴードン・グリーン 出演:ニコラス・ケイジ 、タイ・シェリダン、ゲイリー・プールター、ロニー・ジーン・ブレヴィンズ 発売元:カルチュア・パブリッシャーズ セル販売元:TCエンタテインメント (c)Joe Ransom, LLC 作品リンク

『最高の花婿』監督が語る、フランスの異人種間結婚をコメディで描いた理由

【リアルサウンドより】  コメディ映画『最高の花婿』が3月19日に公開される。本国フランスでは、2014年興行収入No.1に輝き、1300万人の観客数を突破。フランス映画歴代動員記録第6位にもランクインした、大ヒット作だ。カトリック教徒を花婿に迎えたいヴェルヌイユ夫妻だったが、4人の娘たちは次々と外国人と結婚していき、最後の希望だった末娘までもが、コートジボワール出身の黒人男性と結婚することに。国際結婚というワールドワイドなテーマをコメディタッチに描き、見事成功を収めた、フィリップ・ドゥ・ショーヴロン監督に、製作の背景やフランス社会の実情について語ってもらった。

「現代フランス社会のポートレートを描けるのではないかと思った」

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フィリップ・ドゥ・ショーヴロン監督

ーーどのような経緯で今回の作品を手がけるようになったのでしょうか? フィリップ・ドゥ・ショーヴロン監督(以下、ショーヴロン):フランスが異人種間結婚のチャンピオンだということを新聞で読んで、非常に面白いテーマだと思ったのがきっかけでした。私の家族はかなりの大家族なんですが、この作品と同じように、ブルジョアで、カトリックで、兄弟が4人いて、異人種間結婚をしている人もいる。自分たちの経験談を盛り込みながら、いろんなコミュニティが寄せ集まって形成されている、現代フランス社会のポートレートを描けるのではないかと思ったんです。これまで、それぞれのコミュニティをあまりポジティブに描いてこなかったことへの反省と、社会を豊かにしてくれるコミュニティにオマージュを捧げるという意味も含まれています。 ーーその統計によると、フランスでの異人種間結婚率は約20%に及ぶんですね。 ショーヴロン:私の周りにも、家族や友人など、異人種間結婚をしている人たちもたくさんいたのですが、新聞を読むまでは、そこまで多いとは知りませんでした。フランスには、国民戦線のジャン=マリー・ル・ペンのような、極右で外国人排斥を訴えていた差別主義の人たちもいながら、違う文化を受け入れる土俵もある。そんな二重人格的な国なんです。 ーー4姉妹の花婿は、アルジェリア人、イスラエル人、中国人、コートジボワール人ですが、それぞれ選んだ人種には理由があるのでしょうか? ショーヴロン:人種というよりも民族で、フランス社会で代表的なコミュニティを選んだ感じですね。アルジェリア人というよりは、フランスにすごく多いマグレブというアフリカ北部の人たち。それから、イスラエル人というよりもユダヤ。フランスには、アメリカに次ぐ多さのユダヤコミュニティが存在します。フランスは植民地主義の国だったので、アフリカから移民してきた黒人も多い。アジア系に関しては、カンボジア、ベトナム、中国からの移民が主要ですが、やはり中国人が一番多いですね。本当は日本人についても語りたかったんですが、日本人のコミュニティはそれほど大きくないので採用しませんでした。
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(c)2013 LES FILMS DU 24 - TF1 DROITS AUDIOVISUELS - TF1 FILMS PRODUCTION

ーーそれぞれの文化を調べるのに苦労はしませんでしたか? ショーヴロン:自分の周囲にそれぞれのコミュニティに属する人たちが結構いて、イチからリサーチするという感じではなかったので、あまり苦労はしませんでしたね。アジア系の友達があまりいないので、中国文化のリサーチはしっかりとしましたが。あと、キャストたちにシナリオを読んでもらった上で、このセリフはもう少しこうしたほうがいいなどの助言ももらいつつ、文化的な慣習などに間違いがないように、確認しながらやりましたね。ただ、この4人の花婿に関しては、自分たちはフランス人なんだという自負のほうが強い。2世ということもあって、アルジェリア人であるよりもフランス人、ユダヤ人であるよりもフランス人、というような思いを抱いた花婿たちなんです。 ーー映画の中ではそれぞれのコミュニティのステレオタイプというか、文化の特徴が面白おかしく描かれますが、もしも花婿のひとりが日本人だったらどのような描写をしますか? ショーヴロン:フランス人が日本人に対して抱いているステレオタイプは、常にカメラを持って写真を撮っているということですね。あと、私は日本に来るのは今回が初めてなのですが、日本人の方は相槌を打つときに首を動かすのが非常に面白いですね。他の国ではあまり見たことがない。まだそこまで日本の文化を知らないので、今回の滞在で検証してみます(笑)。

「表現規制の傾向とは闘っていきたい」

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ーーこの作品は会話劇でもあると思うんですが、細かいセリフまで脚本に書かれていたのでしょうか? ショーヴロン:セリフの細かいところまでしっかりと脚本に書いていました。セリフに関しては、それぞれのキャストに「このセリフ言いやすい?」というような感じで確認をしながら決めていきましたが、それによってすごく変化したということはあまりないですね。ベテラン俳優のクリスチャン・クラビエは、セリフをリスペクトしながらもアドリブを少し付け加えて、それを採用するかしないかは、編集時の監督の判断に委ねるという方だったので、今回も彼のアドリブはいくつか採用していますね。 ーークリスチャン・クラビエ演じる父クロードをはじめ、それぞれのキャラクターが強烈な個性を放っていますが、配役はすんなりと決まったんですか? ショーヴロン:今回の映画の製作は、本当にすべてが順調に進んでいきました。キャスト陣もオファーをすれば即答で快諾してくれて、結果大ヒットに繋がりましたから。今回の作品に関して、大変だったという記憶はほとんどありません。4人の花婿役の役者たちは、スタンダップコメディアンだったり、ワンマンショーのコメディアンだったりするのですが、単にコメディアンで面白そうな人というだけではなく、男性として魅力的であるということがポイントでした。クリスチャン・クラビエに関しては、私自身、子どもの頃からのファンだったので、出演していただけて嬉しかったですね。ほとんどの役は、この役はこの人にやってもらうというのを決めてからキャラクターを作っていきましたが、4姉妹に関しては、当て書きではなく、あとから探したという感じでしたね。
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ーーフランスでは2014年興収No.1の大ヒットを記録しましたが、これだけヒットすると予想していましたか? ショーヴロン:まったくしていませんでした。テーマは面白いし、両親役の2人は有名な役者さんで、4人の花婿役の俳優たちはブレイクしかけている途中で、撮影もうまくいったので、ヒットする要素は十分あったと思いますが、これほどヒットするとは思っていませんでしたね。ドイツ、メキシコ、スペイン、韓国などでもすごいスコアを記録しているので、それは自分にとってもサプライズでした。 ーーどのような要素が世界中での大ヒットに繋がったと思いますか? ショーヴロン:失敗作もいっぱい作っているので、失敗を分析するのは簡単なんですが、成功を分析するのは難しいですね。でも、成功した理由は、たぶんすごくシンプルなことだと思っていて。喜劇には笑いがないと意味がなく、この作品ではみんなが笑ってくれた。そのような笑いの要素がうまくいったということと、ストーリーやそれぞれのキャラクターに関しても、フランス人が感情移入しやすいフランス的な部分がありつつも、誰もが感情移入しやすいユニバーサルな普遍的なものがあったからだと思います。結婚、寛容、人種差別のような、フランスのみならず他の国の人々も感じているテーマが盛り込まれていたことが、これだけのヒットに繋がったのではないでしょうか。
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(c)2013 LES FILMS DU 24 - TF1 DROITS AUDIOVISUELS - TF1 FILMS PRODUCTION

ーー製作当時(2013年)と比べると、ポリティカル・コレクトネスの観点から表現面で自主規制を強いられる風潮が強くなってきましたが、そういった現状についてはどうお考えでしょうか? ショーヴロン:そのような表現規制の傾向は本当に厄介だなと感じています。ポリティカル・コレクトネスや規制を気にし始めたら、コメディは作れません。我々はショッキングなことを描こうとして、映画を作っているわけではありません。人に何かを考えさせたり、人を楽しませたりするときに、ステレオタイプを誇張することは、どうしても必要だと思うんです。この作品でも確かにデリケートな問題を扱っていますが、そのようなことを怖がっていたら、喜劇にはなりません。面白く感じてもらうために我々が自己検閲をしてはいけないのではないかと思い、この作品を作り、人々に大胆なギャグを受け入れる素地があることがわかりました。なので、今後もそういった傾向とは闘っていきたいと思っています。もちろん善意があるのは前提ですけどね。世界や社会、描く人物に対して、悪意がなければ、何を言っても受け入れられると思います。 (取材・文=宮川翔)

『最高の花婿』フィリップ・ドゥ・ショーヴロン監督コメント

■公開情報 『最高の花婿』 3月19日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開 
YEBISU GARDEN CINEMAオープン1周年記念作品
 監督:フィリップ・ドゥ・ショーヴロン 出演:クリスチャン・クラヴィエ、シャンタル・ロビー、アリ・アビタン、メディ・サドゥアン、フレッド・チョウ、エロディー・フォンタン 後援:ユニフランス・フィルムズ 配給・宣伝:セテラ・インターナショナル 2014/フランス/97分/日本語字幕:横井和子 (c)2013 LES FILMS DU 24 - TF1 DROITS AUDIOVISUELS - TF1 FILMS PRODUCTION 公式サイト:http://www.cetera.co.jp/hanamuko/


モテるドS男子に必要なのは女子力だった? Sexy Zone・中島健人の演技から考える

【リアルサウンドより】  若手の脚本家・演出家として活躍する登米裕一が、気になる俳優やドラマ・映画について日常的な視点から考察する連載企画。第三回は、『黒崎君の言いなりになんてならない』で主演を務めるSexy Zone・中島健人が、なぜ“ドS男子”を演じてモテるのかを考察する。(編集部)  最近、巷の女子の間では“ドS男子”が人気らしいですが、横柄な態度なのに女性にモテるなんてどういう事なのかと思いながら、映画『黒崎君の言いなりになんてならない』を鑑賞させていただきました。  映画の中で黒崎君を演じる中島健人君は、たしかにドSでした。けれど、きちんと他者に受け入れられる要素を持ったドS男子だったわけです。ドSだからモテると言うわけではなく、モテるドS男子もいれば、モテないドS男子もいるということなのだと思います。その違いは何なのか考えてみたいと思います。  周りを見ていますと、必ずしも顔が良ければ受け入れられると言うわけでもないように見受けられます。もちろんカッコイイと多少許される事はあるのでしょうが、それよりも受け入れられるドS男子には共通して“女子力の高さ”があるように感じました。実はお菓子作りが得意だったり、楽器が弾けたり、掃除好きだったり、手がキレイだったり、肌がキレイだったり……。女性としてもリスペクト出来る要素や、繊細な才能を、モテるドS男子は持っています。それはいわゆる“ギャップ萌え”にも通じます。加えて、スイーツまで上手に作れてしまうような男子だからこそ「もっと上手いもん作れよ」という言葉にも説得力が宿るのです。喧嘩が強い、重いものが持てる、足が速いなど、そもそも男性が有利なポイントで、女性に対して偉そうな態度を取っているわけではないんです。乙女心を掴んだうえで、相手が求める発言をしているからこそ、彼らは受け入れられるのだと思います。  さらに彼らは、ドSだからといって何でもかんでも口にするわけでもありません。映画の中で中島君は何度となく唾を飲み込む芝居をします。緊張したり、発言をためらったり、心理的な負荷を感じると、人間は唾を飲み込みます。それは、使う言葉を選ぶ繊細さがあるということの表れであり、相手へのリスペクトがあることの証でもあります。  映画の後半でも、中島君は千葉雄大君演じる白河君に対して、真っ直ぐな瞳で見つめながらもグッと言葉を飲み込むシーンがありました。パーフェクトに見えるドS男子がたまに見せる葛藤はたまらないですよね。  モテるドS男子は、他者を嫌っているから厳しいのではなく、心の底では相手を応援し、むしろ愛情を注いで成長を促しているのだと思います。そして、愛を持った眼差しがあるからこそ、そこに信頼関係が成立する気がするんですよね。女子力が高く、同じ視点から見ても尊敬できる相手であれば、なおさら魅力的に映るはずです。いうなれば、誰よりも乙女心を理解したアイドルとして“ラブホリ王子様”の異名を持つスイーツな中島君だからこそ、ドS男子として成立するのだと思います。  そう考えると、多くの男性は流行っているからといって安易に彼らの真似をするのはよくない気がします。自分の能力を棚にあげ、愛もないのに説教をしたり、無理難題をふっかけるのはただのハラスメントですからね。モテるドS男子になるためには、まずは自分に対して人一倍の厳しさを持つのが第一歩だと思うのです。 参考:Kis-My-Ft2藤ヶ谷太輔、なぜ同性からもモテるのか? 若手演出家が演技面から考察 参考:なぜ人は斎藤工をセクシーだと感じるのか? 若手演出家が声と役柄から考察 ■登米裕一 脚本家・演出家。映画『くちびるに歌を』CX『おわらないものがたり』NHK『謎解きLIVEシリーズ』などの脚本を担当。大学時代に旗揚げをした劇団『キリンバズウカ』の主宰も務める。個性豊かな登場人物たちによる軽快な会話の応酬を持ち味としており、若手作家の躍進著しい演劇界の中でも、大きな注目を集める。また演技指導家としても評価を得ており、現在多くのワークショップ依頼を受けている。 ■公開情報 『黒崎くんの言いなりになんてならない』 2月27日(土)全国ロードショー 出演:中島健人、小松菜奈、千葉雄大、高月彩良、岸 優太、 監督:月川 翔 脚本:松田裕子 主題歌:「Make my day」Sexy Zone(PONY CANYON) 原作:マキノ『黒崎くんの言いなりになんてならない』(講談社「別冊フレンド」連載中) 企画製作:日本テレビ放送網  制作プロダクション:日活  制作協力:AOI Pro.  配給:ショウゲート (C)「黒崎くんの言いなりになんてならない」製作委員会  (C)マキノ/講談社 公式サイト:http://kurosakikun-movie.com/

嵐メンバー、俳優として“転換点”へ それぞれの役柄の変化を読む

【リアルサウンドより】  嵐メンバーの俳優としてのあり方に、大きな変化が生まれている。  メンバー中、連続ドラマで最もはじめに変化の兆候を見せたのは、相葉雅紀だ。2015年に主演した『ようこそ、わが家へ』(フジテレビ)はサスペンスタッチのホームドラマで、相葉は臆病者ながら果敢に問題解決しようとする青年役を演じた。嵐のメンバーのなかでもバラエティ番組での活躍が多い相葉は、これまで「見守っていたい」と思わせる柔らかい性格の役柄が中心だった。連続ドラマ初主演を務めた『マイガール』(テレビ朝日)の笠間正宗や、『三毛猫ホームズの推理』(日本テレビ)の片山義太郎などは、まさにそういうタイプの主人公だった。しかし、『ようこそわが家へ』で演じたのは身近に感じられる庶民的な人物像でありながら、精神的な強さも持つ青年であり、相葉の新たな一面を見ることができた。30代のアイドルとして、どうあるべきかを示した作品だったといえよう。(参考:嵐・相葉雅紀の演技が評価を高めている理由とは? 『ようこそ、わが家へ』好調の背景を読む)  3月4日に行われた第39回日本アカデミー賞で、最優秀主演男優賞に輝いた二宮和也もまた、変化の時期を迎えているようだ。受賞作の『母と暮せば』は山田洋次監督、吉永小百合主演で昨年12月に公開された。二宮は、1945年の終戦から3年経った長崎を舞台に、亡霊として登場する吉永小百合の息子役として出演し、ユーモアを愛する明朗な青年を好演した。戦争を題材にした映画は『硫黄島からの手紙』(2006)以来の出演である。そのほか、昨年12月28日に放送された『赤めだか』(TBS)や今年1月3日に放送された『坊ちゃん』(フジテレビ)など、特に過去の時代を舞台にしたドラマで二宮の高い演技力が発揮されている。ドラマ評論家の成馬零一氏が指摘するように、30代前半の二宮がこれまで持ち味としていた“青年役”の演技を活かすために、こうした題材が選ばれているのではないだろうか。(参考文献:嵐・二宮和也が『母と暮せば』『赤めだか』『坊っちゃん』で示した、俳優としての真価)  松本潤は、4月からTBS系日曜劇場『99.9-刑事専門弁護士-』に弁護士役で主演する。2014年に主演したフジテレビ系連続ドラマ『失恋ショコラティエ』以来のドラマ出演となる。これまで『きみはペット』、『花より男子』(いずれもTBS)や映画『僕は妹に恋をする』(2007)など、少女漫画原作の実写作品への出演が目立ち、原作のキャラクターを想起させる圧倒的なオーラが高評価を得ていた松本。次回出演ドラマでは、専門用語を多分に含んだ論理的なセリフと、知性を醸し出す芝居が予想される。「今回の作品は新たなチャレンジになると思っています」と本ドラマの公式サイトで松本が語るように、近作の『ラッキーセブン』(フジテレビ)で見せた男らしい役や『失恋ショコラティエ』で見せた草食系男子とは違う一面が見れそうだ。(引用:『99.9-刑事専門弁護士-』公式サイト)また、同じ弁護士役で出演が決定している香川照之や榮倉奈々は、時に主演を喰ってしまうほどの実力派。演技派キャストのなかで松本がどう存在感を示していくのかに注目したいところだ。(参考:嵐・松本潤は弁護士役をどう演じる? 『HERO』木村拓哉に匹敵できるか  大野智は、4月から日本テレビ系連続ドラマ『世界一難しい恋』で初のラブコメ作品に挑戦する。ドラマ『歌のおにいさん』(テレビ朝日)や『怪物くん』(日本テレビ)などで披露したコミカルな役柄から、『魔王』(TBS)や『鍵のかかった部屋』(フジテレビ)で見せた影のあるミステリアスな役柄まで幅広く演じてきた大野だが、恋愛シーンの含まれた作品への出演は珍しい。(参考:嵐・大野智がラブコメディーに挑戦する意義は? 明治大学の名物講師に訊く)次回ドラマで演じるのは、仕事はできるが、変人な上に恋愛ベタというホテル経営者。アーティスティックなイメージが強い大野だけに“変人”を演じるのは問題なさそうだが、メンバーの中でも特に照れ屋なため、その恋愛シーンは観ている側もドキドキしそうだ。  櫻井翔は最近、連続ドラマへの出演はないものの、2015年の新春ドラマ『大使閣下の料理人』(フジテレビ系)にて、妻子のある料理人の役柄を演じた。当時のインタビューで「奥さんがいて、子どもがいて、というシーンをやれるようになったのは、すごく自分の世代を生きているという感じがしました」と語っていたように、櫻井にとっても感慨の深い作品となったようだ。(参考:嵐・櫻井翔、妻役の広末涼子を絶賛「こんな素敵な人いるのかな」)今後はほかのメンバーと同じように、年相応の役柄が増えていくのではないか。自身の冠バラエティ番組『櫻井有吉アブナイ夜会』(TBS)では、毎回迎えるゲストと分け隔てなく接し、自身の恋愛観や女性の好みについてもオープンに言及するなど新たな一面を見せているだけに、次なる連続ドラマではさらなる変化も期待できそうだ。  グループ結成17周年を迎える嵐は、いまなおアイドルとして絶大な人気を誇っているが、メンバーは全員30代となっており、これまでとは異なる役柄に挑戦する時期に差し掛かっているのだろう。メンバーそれぞれの現在地を探ると、それがよくわかる。ジャニーズアイドルは役者としてどう年齢を重ねるべきかという問題に、頂点を極めたグループである嵐は今後、どう向き合っていくのか。この2〜3年が大きな転換点となりそうだ。(小島由女)

嵐メンバー、俳優として“転換点”へ それぞれの役柄の変化を読む

【リアルサウンドより】  嵐メンバーの俳優としてのあり方に、大きな変化が生まれている。  メンバー中、連続ドラマで最もはじめに変化の兆候を見せたのは、相葉雅紀だ。2015年に主演した『ようこそ、わが家へ』(フジテレビ)はサスペンスタッチのホームドラマで、相葉は臆病者ながら果敢に問題解決しようとする青年役を演じた。嵐のメンバーのなかでもバラエティ番組での活躍が多い相葉は、これまで「見守っていたい」と思わせる柔らかい性格の役柄が中心だった。連続ドラマ初主演を務めた『マイガール』(テレビ朝日)の笠間正宗や、『三毛猫ホームズの推理』(日本テレビ)の片山義太郎などは、まさにそういうタイプの主人公だった。しかし、『ようこそわが家へ』で演じたのは身近に感じられる庶民的な人物像でありながら、精神的な強さも持つ青年であり、相葉の新たな一面を見ることができた。30代のアイドルとして、どうあるべきかを示した作品だったといえよう。(参考:嵐・相葉雅紀の演技が評価を高めている理由とは? 『ようこそ、わが家へ』好調の背景を読む)  3月4日に行われた第39回日本アカデミー賞で、最優秀主演男優賞に輝いた二宮和也もまた、変化の時期を迎えているようだ。受賞作の『母と暮せば』は山田洋次監督、吉永小百合主演で昨年12月に公開された。二宮は、1945年の終戦から3年経った長崎を舞台に、亡霊として登場する吉永小百合の息子役として出演し、ユーモアを愛する明朗な青年を好演した。戦争を題材にした映画は『硫黄島からの手紙』(2006)以来の出演である。そのほか、昨年12月28日に放送された『赤めだか』(TBS)や今年1月3日に放送された『坊ちゃん』(フジテレビ)など、特に過去の時代を舞台にしたドラマで二宮の高い演技力が発揮されている。ドラマ評論家の成馬零一氏が指摘するように、30代前半の二宮がこれまで持ち味としていた“青年役”の演技を活かすために、こうした題材が選ばれているのではないだろうか。(参考文献:嵐・二宮和也が『母と暮せば』『赤めだか』『坊っちゃん』で示した、俳優としての真価)  松本潤は、4月からTBS系日曜劇場『99.9-刑事専門弁護士-』に弁護士役で主演する。2014年に主演したフジテレビ系連続ドラマ『失恋ショコラティエ』以来のドラマ出演となる。これまで『きみはペット』、『花より男子』(いずれもTBS)や映画『僕は妹に恋をする』(2007)など、少女漫画原作の実写作品への出演が目立ち、原作のキャラクターを想起させる圧倒的なオーラが高評価を得ていた松本。次回出演ドラマでは、専門用語を多分に含んだ論理的なセリフと、知性を醸し出す芝居が予想される。「今回の作品は新たなチャレンジになると思っています」と本ドラマの公式サイトで松本が語るように、近作の『ラッキーセブン』(フジテレビ)で見せた男らしい役や『失恋ショコラティエ』で見せた草食系男子とは違う一面が見れそうだ。(引用:『99.9-刑事専門弁護士-』公式サイト)また、同じ弁護士役で出演が決定している香川照之や榮倉奈々は、時に主演を喰ってしまうほどの実力派。演技派キャストのなかで松本がどう存在感を示していくのかに注目したいところだ。(参考:嵐・松本潤は弁護士役をどう演じる? 『HERO』木村拓哉に匹敵できるか  大野智は、4月から日本テレビ系連続ドラマ『世界一難しい恋』で初のラブコメ作品に挑戦する。ドラマ『歌のおにいさん』(テレビ朝日)や『怪物くん』(日本テレビ)などで披露したコミカルな役柄から、『魔王』(TBS)や『鍵のかかった部屋』(フジテレビ)で見せた影のあるミステリアスな役柄まで幅広く演じてきた大野だが、恋愛シーンの含まれた作品への出演は珍しい。(参考:嵐・大野智がラブコメディーに挑戦する意義は? 明治大学の名物講師に訊く)次回ドラマで演じるのは、仕事はできるが、変人な上に恋愛ベタというホテル経営者。アーティスティックなイメージが強い大野だけに“変人”を演じるのは問題なさそうだが、メンバーの中でも特に照れ屋なため、その恋愛シーンは観ている側もドキドキしそうだ。  櫻井翔は最近、連続ドラマへの出演はないものの、2015年の新春ドラマ『大使閣下の料理人』(フジテレビ系)にて、妻子のある料理人の役柄を演じた。当時のインタビューで「奥さんがいて、子どもがいて、というシーンをやれるようになったのは、すごく自分の世代を生きているという感じがしました」と語っていたように、櫻井にとっても感慨の深い作品となったようだ。(参考:嵐・櫻井翔、妻役の広末涼子を絶賛「こんな素敵な人いるのかな」)今後はほかのメンバーと同じように、年相応の役柄が増えていくのではないか。自身の冠バラエティ番組『櫻井有吉アブナイ夜会』(TBS)では、毎回迎えるゲストと分け隔てなく接し、自身の恋愛観や女性の好みについてもオープンに言及するなど新たな一面を見せているだけに、次なる連続ドラマではさらなる変化も期待できそうだ。  グループ結成17周年を迎える嵐は、いまなおアイドルとして絶大な人気を誇っているが、メンバーは全員30代となっており、これまでとは異なる役柄に挑戦する時期に差し掛かっているのだろう。メンバーそれぞれの現在地を探ると、それがよくわかる。ジャニーズアイドルは役者としてどう年齢を重ねるべきかという問題に、頂点を極めたグループである嵐は今後、どう向き合っていくのか。この2〜3年が大きな転換点となりそうだ。(小島由女)

『あさが来た』“ナル様”で注目、瀬戸康史が母性本能をくすぐる理由

【リアルサウンドより】  NHK連続テレビ小説『あさが来た』で女子大学校設立に奔走する元女学校教員、成澤泉を演じる瀬戸康史は、この作品で“ナル様”と呼ばれ、ディーン・フジオカ演じる五代友厚が他界した後のいわゆる“五代ロス”を埋める役柄を担ったとして話題となっている。  瀬戸の『あさが来た』の初回登場は1月30日、女子のための教場を作りたいというヒロインのあさが、レストランで義理の弟・榮三郎と銀行支配人の平十郎に相談しているときに、同じレストランで妻と食事をしていたのが成澤で、後にあさと出会う運命を感じさせる場面になっていた。  実際に成澤があさに出会うシーンは、2月12日に放送された。瀬戸は、頻繁に銀行に来ては女子行員だけを見ているため、行員たちからは「ふやけたワカメの男」と呼ばれ、汚い恰好なのに眼だけギラギラしているため不審がられているという役。しかし、あさは情熱にほだされて、邪見にはできない。人間的なアツさと可愛げ、人を引き付ける魅力がないと成立しない役でもある。  しかも成澤は、あさに「あんた何者だす?」と聞かれた瞬間に、滋養不足でふらついてあさにもたれかかったり、あさの家で風呂に入りながらの議論が白熱し、裸のままで飛び出したりと、何が出るか予測不能な人物である。女性の教育や活躍のために奔走する人物という意味では、五代様と重なるが、成澤はエネルギッシュすぎるほどのキャラクターですみ分けもできている。また、情熱が先走り、身なりには構えなかった成澤が、あさから洋服をプレゼントされ、一変して紳士になるシーンなどを見ると、女性を応援しているようでいて、女性に救われる役でもある。こうした部分が、瀬戸本人もインタビューで「理想の男性像というよりも母性本能に訴えかける方向で行かせてもらおうかと思っています」(週刊女性2016年3月15日号)と語っているように、視聴者の「母性本能」に訴えかけ、話題になったのだろう。  瀬戸には、『ミュージカル テニスの王子様』で注目を浴び、『仮面ライダーキバ』の主人公・紅渡役を演じ、NHK大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』に森蘭丸役で出演したという経緯がある。テニミュに代表される2.5次元ミュージカル、仮面ライダーに代表されるヒーローものに出演するのは、いまや若手イケメン俳優の王道ともいえる。そんな王道を経て、大河ドラマに出演し、現在は朝ドラで注目を集めているというのは、「若手イケメン俳優」という枠組みからひとつ抜けて、幅広いファン層を獲得してよりメジャーな存在に変わる段階にあるといえよう。  また2015年には、柳楽優弥とともに主演を務めた映画『合葬』が、第39回モントリオール世界映画祭のワールド・コンペティション部門に正式出品され、瀬戸自身も舞台挨拶に和装で登場している。この映画も、『あさが来た』が描かれた時代と重なる幕末を描いた物語ではあるが、ここで瀬戸は成澤の天真爛漫さとはまた違い、抑えた演技も見せていて、さらなる活躍を期待させた。  4月からはTBSの金曜ドラマ『私 結婚できないんじゃなくて、しないんです』にも出演が決まっている。このドラマでは、オーガニックカフェのデリバリースタッフで、掴みどころがない性格ながら、可愛いルックスから“フェアリー男子”と呼ばれる役を演じるとのこと。ただ、この役はあまりにも瀬戸のルックスとイメージを固定化して捉えている印象で、型にハメこんでいる感も否めない。それは、『あさが来た』の後に、『ダメな私に恋してください』で、ツンデレでドSな上司役を演じたディーン・フジオカの姿にも重なる。  瀬戸に限らず、俳優には本人のイメージをうまく生かしながらも、新たな魅力を引き出す役に出会って、進化していってほしいと思う。次回ドラマでは良い意味で予想を裏切ってくれることを期待したい。 (文=韮澤優) ■ドラマ情報 『あさが来た』 NHK総合テレビ 月〜土 午前8:00〜8:15(総合テレビ) 月~土 午後0:45~1:00(総合テレビ)※再放送 BSプレミアム 月~土 午前7:30~7:45(BSプレミアム) 月~土 午後11:00~11:15(BSプレミアム)※再放送 出演:波瑠、玉木宏、ディーン・フジオカ、山内圭哉、友近、桐山照史、楠見薫、竹下健人、杉森大祐、郷原慧、畦田ひとみ、梶原善、風吹ジュン 語り:杉浦圭子 原作・脚本:大森美香 公式サイト:http://www.nhk.or.jp/asagakita/