来日16年、全盲のスーダン人が“見た”日本とは──『わが盲想』(後編)

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写真提供=鰐部春雄
前編中編はこちらから ――アブディンさんはブラインドサッカーをやっているそうですが、スポーツは好きなんですか? アブ スポーツはいいですね。憧れますよ。ラジオで野球中継を聞くのもいいけど、やっぱり汗を流すほうがいいでしょ。だけど最近はあんまり運動してないから、ブラインドサッカーの試合では動きが悪いね。  知り合いのライターの人なんかは、僕の動きがあまりにも鈍いから「アブディン、文章がうまいのはわかったから、ここでもちゃんとうまいところを見せてくれよ!」って言ってくるぐらい(笑)。 (編集部注:ブラインドサッカーは視覚障害者サッカーの通称であり、「ブラサカ」と略される。メンバーは1チーム5人で視覚障害者と健常者<アイマスク着用>が同じフィールドでプレーすることができる数少ないスポーツであり、ヨーロッパをはじめとする世界各国で競技人口が増えているワールドスポーツである) ――スポーツに限らず私生活を充実させているアブディンさんですが、ご結婚されているんですよね。独身のときと比べて、生活は変わりましたか? アブ やっぱり今のほうがいいですよ。独身のときは外で友達と会ったりしても家に帰ったら一人でしょ。5人きょうだいで育ったので、孤独はしんどいですね。貧乏よりも会話がないのが一番精神的にくるんですよ。だから筑波で学生していたときには、酒盛りに参加したりもしました(笑)。 ――イスラム教徒のアブディンさんにとっては大胆な発言ですが、お酒はもう飲んでないんですか? アブ 飲んでないです。2008年5月をもちまして。結婚の条件に「お酒を飲まない」っていうのがあったんですが、その前にやめていてよかったなと(編集部注:アブディン氏が結婚したのは10年1月。お酒をやめた理由を知りたい方は『わが盲想』で確認してください)。でも奥さんには、昔飲んでいたことがバレていたんですよ。乾杯している写真を見つけたみたいで。とりあえず「あれはノンアルコールビールです」と言ったら「いやいや、ノンアルコールビールは缶の色が違う」と言われちゃって(笑)。  「あなたの大事な思い出だから写真は捨てないけど、子どもが大きくなったら困るでしょ」と言われて、できた奥さんだなと思いました。今でもノンアルコールビールは飲んでます。お肉とかカロリーの高い食事と合うんですよ(笑)。 ■結婚と東日本大震災 ――結婚するまでのエピソードが素敵ですよね。スーダンに住んでいた奥さんと、信じられないことに、電話でのコミュニケーションだけで結婚の約束をする。それもわずかな期間だったから、著作の中で「スピード違反婚」と書いていますけど、なんの障害もなく速攻で結婚が決まったんですか? アブ 今でも本当に不思議なんです。スピード違反ですよ。トントン拍子どころじゃない。なにより本当にいい奥さんで、僕の前にもいろいろな結婚話があったそうなんです。彼女はイスラム教徒で信仰心が強いのですが、結婚が決まりそうになると耳元で「この人は違うよ」という声が聞こえて、急に結婚する気がなくなったと言っていました。  あるときお母さんに「あなたが金の家を建ててくれたとしても、結婚しなかったら意味がない」とすごく怒られたらしくて、彼女はカチンときて「じゃあ次は物乞いが来たとしても家に連れてくる」と宣言したら、物乞いをはるかに超える悪者が来た。それが僕だったんですよ(笑)。 ――スーダンの結婚事情って、どんな感じなんですか? みんな早くに結婚するんですか? アブ 人それぞれですね。女の人は25歳くらいで結婚する人が多いですが、僕の妻は9人きょうだいの長女で、お父さんの商売もうまくいってなかったので一家を支えなければならず、結婚どころじゃなかった。働いている人はやっぱり結婚が遅くなりますし、田舎と都会の違いも大きいですね。田舎は10代で結婚しますから。 ――離婚はどうですか? アブ 最近増えています。イスラム教って簡単に離婚できないイメージがあるかもしれませんが、確かに簡単ではないけど、離婚はできるんです。カトリックじゃないから。昔は親戚同士で結婚することが多く、離婚すると大家族が割れてしまう危険があったので、自分の一存では決められなかった。最近では恋愛結婚が増えたので、離婚も増えています。あと女性の自己主張が強くなったというのもありますね。 ――日本では結婚すると奥さんが怖くなるんですけど、アブディンさんのところはどうですか? アブ 怖くなったというよりは、操られている気がしますね(笑)。 ――結婚の翌年の11年に東日本大震災が起きました。スーダンでは地震がほとんど起きないそうですが、地面が揺れることへの恐怖心はあったのですか? アブ 震災のときの揺れはヤバかったですね。確かにスーダンは地震がありませんが、僕は日本で10年以上暮らして何度も経験しているはずなのに、慌てちゃったよ。アンバランスな感じは、船に乗っている感覚と同じ。いつ止まるんだよと思って。これまでの地震は20秒くらいで止まるものが多かったけど、今回は長かったでしょ。本当に恐ろしかったですね。 ――奥さんは、どうだったのでしょうか? アブ 地震が起きたとき、奥さんは一人で部屋にいたんですが、おなかに赤ちゃんがいたので守らなきゃいけないんだけど、結構冷静だったよ。地震が起きて自宅に駆けつけたら、インターネット電話でマレーシアのいとこに地震の様子を面白そうに話しているのが聞こえて、「大丈夫か?」って聞いたら「大丈夫だよ。怖かったね」って言ってる声が全然怖そうじゃなかったの。  それでも彼女は臨月の妊婦だから、余震が来たら大変だと思って建物の外に連れ出したんだけど、そこで大きな余震に遭遇したんですよ。もう僕はパニック寸前。何が落ちてくるかとか、どこに電線があるかとか、わからないからね。  そしたらベンチに座っていた奥さんのほうが「大丈夫?」って声をかけてくれて、本当に冷静でした。 ■いま、日本をどう見ているのか? ――来日して16年がたちましたよね。初めて来日したときの印象は、どんな感じでしたか? アブ 全然言葉を理解できていない状態だったので、最初は日本語を聞いても雑音にしか聞こえませんでした。僕が日本に来た98年は、(社会の空気感として)人が前向きでイケイケモードで、いい流れだった。そういうところに、ちょっと感動していたかな。自分の気分が高まっているから、まわりもそう「見えた」のかもしれないけど。 ――日本に来たときと現在では、日本のイメージはどう変わりましたか? アブ 19歳で日本に来て、いま35歳で、成人してからずっと日本にいるわけだから、日本へのイメージというよりスーダンに対してのイメージが変わったよね。日本の出来事が、よそ(外国)で起きていること――異文化ではない気がするんですよ。普通に自分の国という感じ。  イメージとは違うかもしれないけど、街に出ていろいろなものとすれ違っても気づかないかわりに、「におい」とか変なものに執着してしまうね。 ――日本に来て一番強烈なにおいって、なんでしたか? アブ 新宿の飲み屋がひしめく地区に行くと、換気扇から厨房のにおいがするでしょ。玉ねぎを炒めているにおいが、ガーッと外に広がっている。あのにおいは耐えられない。気絶しそうになる(笑)。一軒だったらいいんだけど、新宿だと店がズラッと並んでいるから、そういうのはしんどいね。 ――生ゴミ臭みたいなことですね。納豆などの食材や料理のにおいはどうですか? アブ 麻婆豆腐のにおいは嫌いかな。芳しさの中に脂っこさがあって苦手。納豆は大丈夫なんですよ。おいしい。 ――新宿のにおいにやられたアブディンさんが感じる、日本の街特有のにおいや音ってありますか? アブ 僕は日本をあちこち回ったんですよ。北海道と四国以外はだいたい行きました。名古屋、大阪、神戸、福岡、熊本、広島、山形、宮城、福島、群馬、栃木とか。どこでもだいたい街特有のにおいがあるんですよ。新宿でも池袋でも渋谷でも。  新宿は人が多すぎて、空気に人間のほんのりとした臭さがあるんですよ。1平方メートルの許容人数を超えている気がするんですよね。しかもギラギラした感じの人が多いでしょ。  あと、用水路臭いのは渋谷ですね。ほんのりね。神田は揚げ物や蕎麦屋のにおいがする。秋葉原は音が多いけど無臭なんですよ。  ただ結婚してからは、妻が「変なものがあるよ」と教えてくれるようになって、「こんなものがずっとあったのに気づかなかったんだ」と、視覚から得る情報がいかに多いかを知りました。「百聞は一見にしかず」というのはこういうことなんだろうなと。いまは再発見しているわけです。 ■盲目の作家として、これから選ぶ道とは? ――本を書く上でいろいろな苦労があったと思うのですが、一番印象深かったことはなんですか? アブ やっぱり自分をどこまでさらけ出すか。さっきのお酒の話もそうです。ムスリムである僕が飲酒のことを書いてしまったら、本が有名になればなるほど、いろいろな問題を起こしかねない。でもそれを書かなかったら、一割の自分しか本に載らず、当たり障りのない人物像になってしまう。僕は、そこでの葛藤が一番魅力的だと思っているんです。「お酒を飲むか飲まないか。飲んだら、日本人ともっと打ち解けられるだろう」といった心の葛藤を描かないと、トータルでアブディンという人間を理解してもらえない。でも書いてしまったら自分のものではなくなって、独り歩きしてしまいます。だから、書くか書かないかですごく悩んで苦労しましたね。 ――『わが盲想』では、点字でタイトルを表示する工夫なんかもされていますよね。しかもアブディンさんのこれまでの経験を踏まえて、点字本を同時出版したんですよね? アブ 点字は間に合わなかったのでテキストデイジーというフォーマットで、日本点字図書館のサイトからダウンロードすれば、合成音声で聞けます。書籍の出版と同時にテキストデイジーで出るのは、おそらく初めての試みだと思うのですが、これは僕のメッセージなんです。やっぱり本がみんなの話題になっているときに読みたいわけですよ。出版社は利益に直結しない点字や音声ソフトにあまり理解がないので、発売後にボランティアの方が直さなければならず、完成までに数カ月かかるんですよね。数カ月もたてばブームも終わっているので話題に入れないし、旬なうちに読みたいのに読めないのはすごく悲しいと思って。せめて自分のときは、この本を読みたい人がいるかどうかは別として、メッセージ性を持たせる意味で同時に出してほしい、と編集者にお願いしたんです。 ――それで今回そういうことになったんですね。 アブ 出版社が協力してくれたのはよかったですね。 ――アブディンさんにはハンディキャップの負い目を感じさせないアグレッシブさと、強力な自己PR能力がありますよね。 アブ 自分では強いと思っていないですよ。自宅に送られてきた『わが盲想』のチラシを妻が近所の商店街で片っ端から配っていたので「恥ずかしいからやめてくれ」と言ったら、「あなたは、人に読んでもらうために本を書いたんじゃないの?」と言われて。すごくありがたいし、ごもっともだけど、恥ずかしいじゃないですか(笑)。でも、前に出て後手に回らないようにという気持ちはあります。僕にできることは限られているから。後がないから前に出るしかないでしょ。 ――最後の質問です。アブディンさんは、これからどうしたいですか? アブ 単純に日本語のうまい外人として扱われるのは、ちょっと寂しいんですね。日本に15年いて、日本の歴史やいまの日本の問題点などいろいろなことを考えているのに、「日本はどうですか?」なんて聞かれて外人扱いされるのは、やっぱり不本意ですね。  だから、この本は日本へのご挨拶なんです。モハメド・オマル・アブディンはこういう人ですよ、とわかってもらうための本。  僕をもっと多くの人に知ってもらって、これからは堅い問題を僕なりにかみ砕いて、いままでにない視点でアタックして、読みやすくわかりやすく笑いを飛ばしながら文章を書きたい。タブー視されるテーマや社会問題にも挑戦してみたいんです。 (取材・文=丸山佑介/犯罪ジャーナリスト

来日16年、全盲のスーダン人が“見た”日本とは──『わが盲想』(後編)

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写真提供=鰐部春雄
前編中編はこちらから ――アブディンさんはブラインドサッカーをやっているそうですが、スポーツは好きなんですか? アブ スポーツはいいですね。憧れますよ。ラジオで野球中継を聞くのもいいけど、やっぱり汗を流すほうがいいでしょ。だけど最近はあんまり運動してないから、ブラインドサッカーの試合では動きが悪いね。  知り合いのライターの人なんかは、僕の動きがあまりにも鈍いから「アブディン、文章がうまいのはわかったから、ここでもちゃんとうまいところを見せてくれよ!」って言ってくるぐらい(笑)。 (編集部注:ブラインドサッカーは視覚障害者サッカーの通称であり、「ブラサカ」と略される。メンバーは1チーム5人で視覚障害者と健常者<アイマスク着用>が同じフィールドでプレーすることができる数少ないスポーツであり、ヨーロッパをはじめとする世界各国で競技人口が増えているワールドスポーツである) ――スポーツに限らず私生活を充実させているアブディンさんですが、ご結婚されているんですよね。独身のときと比べて、生活は変わりましたか? アブ やっぱり今のほうがいいですよ。独身のときは外で友達と会ったりしても家に帰ったら一人でしょ。5人きょうだいで育ったので、孤独はしんどいですね。貧乏よりも会話がないのが一番精神的にくるんですよ。だから筑波で学生していたときには、酒盛りに参加したりもしました(笑)。 ――イスラム教徒のアブディンさんにとっては大胆な発言ですが、お酒はもう飲んでないんですか? アブ 飲んでないです。2008年5月をもちまして。結婚の条件に「お酒を飲まない」っていうのがあったんですが、その前にやめていてよかったなと(編集部注:アブディン氏が結婚したのは10年1月。お酒をやめた理由を知りたい方は『わが盲想』で確認してください)。でも奥さんには、昔飲んでいたことがバレていたんですよ。乾杯している写真を見つけたみたいで。とりあえず「あれはノンアルコールビールです」と言ったら「いやいや、ノンアルコールビールは缶の色が違う」と言われちゃって(笑)。  「あなたの大事な思い出だから写真は捨てないけど、子どもが大きくなったら困るでしょ」と言われて、できた奥さんだなと思いました。今でもノンアルコールビールは飲んでます。お肉とかカロリーの高い食事と合うんですよ(笑)。 ■結婚と東日本大震災 ――結婚するまでのエピソードが素敵ですよね。スーダンに住んでいた奥さんと、信じられないことに、電話でのコミュニケーションだけで結婚の約束をする。それもわずかな期間だったから、著作の中で「スピード違反婚」と書いていますけど、なんの障害もなく速攻で結婚が決まったんですか? アブ 今でも本当に不思議なんです。スピード違反ですよ。トントン拍子どころじゃない。なにより本当にいい奥さんで、僕の前にもいろいろな結婚話があったそうなんです。彼女はイスラム教徒で信仰心が強いのですが、結婚が決まりそうになると耳元で「この人は違うよ」という声が聞こえて、急に結婚する気がなくなったと言っていました。  あるときお母さんに「あなたが金の家を建ててくれたとしても、結婚しなかったら意味がない」とすごく怒られたらしくて、彼女はカチンときて「じゃあ次は物乞いが来たとしても家に連れてくる」と宣言したら、物乞いをはるかに超える悪者が来た。それが僕だったんですよ(笑)。 ――スーダンの結婚事情って、どんな感じなんですか? みんな早くに結婚するんですか? アブ 人それぞれですね。女の人は25歳くらいで結婚する人が多いですが、僕の妻は9人きょうだいの長女で、お父さんの商売もうまくいってなかったので一家を支えなければならず、結婚どころじゃなかった。働いている人はやっぱり結婚が遅くなりますし、田舎と都会の違いも大きいですね。田舎は10代で結婚しますから。 ――離婚はどうですか? アブ 最近増えています。イスラム教って簡単に離婚できないイメージがあるかもしれませんが、確かに簡単ではないけど、離婚はできるんです。カトリックじゃないから。昔は親戚同士で結婚することが多く、離婚すると大家族が割れてしまう危険があったので、自分の一存では決められなかった。最近では恋愛結婚が増えたので、離婚も増えています。あと女性の自己主張が強くなったというのもありますね。 ――日本では結婚すると奥さんが怖くなるんですけど、アブディンさんのところはどうですか? アブ 怖くなったというよりは、操られている気がしますね(笑)。 ――結婚の翌年の11年に東日本大震災が起きました。スーダンでは地震がほとんど起きないそうですが、地面が揺れることへの恐怖心はあったのですか? アブ 震災のときの揺れはヤバかったですね。確かにスーダンは地震がありませんが、僕は日本で10年以上暮らして何度も経験しているはずなのに、慌てちゃったよ。アンバランスな感じは、船に乗っている感覚と同じ。いつ止まるんだよと思って。これまでの地震は20秒くらいで止まるものが多かったけど、今回は長かったでしょ。本当に恐ろしかったですね。 ――奥さんは、どうだったのでしょうか? アブ 地震が起きたとき、奥さんは一人で部屋にいたんですが、おなかに赤ちゃんがいたので守らなきゃいけないんだけど、結構冷静だったよ。地震が起きて自宅に駆けつけたら、インターネット電話でマレーシアのいとこに地震の様子を面白そうに話しているのが聞こえて、「大丈夫か?」って聞いたら「大丈夫だよ。怖かったね」って言ってる声が全然怖そうじゃなかったの。  それでも彼女は臨月の妊婦だから、余震が来たら大変だと思って建物の外に連れ出したんだけど、そこで大きな余震に遭遇したんですよ。もう僕はパニック寸前。何が落ちてくるかとか、どこに電線があるかとか、わからないからね。  そしたらベンチに座っていた奥さんのほうが「大丈夫?」って声をかけてくれて、本当に冷静でした。 ■いま、日本をどう見ているのか? ――来日して16年がたちましたよね。初めて来日したときの印象は、どんな感じでしたか? アブ 全然言葉を理解できていない状態だったので、最初は日本語を聞いても雑音にしか聞こえませんでした。僕が日本に来た98年は、(社会の空気感として)人が前向きでイケイケモードで、いい流れだった。そういうところに、ちょっと感動していたかな。自分の気分が高まっているから、まわりもそう「見えた」のかもしれないけど。 ――日本に来たときと現在では、日本のイメージはどう変わりましたか? アブ 19歳で日本に来て、いま35歳で、成人してからずっと日本にいるわけだから、日本へのイメージというよりスーダンに対してのイメージが変わったよね。日本の出来事が、よそ(外国)で起きていること――異文化ではない気がするんですよ。普通に自分の国という感じ。  イメージとは違うかもしれないけど、街に出ていろいろなものとすれ違っても気づかないかわりに、「におい」とか変なものに執着してしまうね。 ――日本に来て一番強烈なにおいって、なんでしたか? アブ 新宿の飲み屋がひしめく地区に行くと、換気扇から厨房のにおいがするでしょ。玉ねぎを炒めているにおいが、ガーッと外に広がっている。あのにおいは耐えられない。気絶しそうになる(笑)。一軒だったらいいんだけど、新宿だと店がズラッと並んでいるから、そういうのはしんどいね。 ――生ゴミ臭みたいなことですね。納豆などの食材や料理のにおいはどうですか? アブ 麻婆豆腐のにおいは嫌いかな。芳しさの中に脂っこさがあって苦手。納豆は大丈夫なんですよ。おいしい。 ――新宿のにおいにやられたアブディンさんが感じる、日本の街特有のにおいや音ってありますか? アブ 僕は日本をあちこち回ったんですよ。北海道と四国以外はだいたい行きました。名古屋、大阪、神戸、福岡、熊本、広島、山形、宮城、福島、群馬、栃木とか。どこでもだいたい街特有のにおいがあるんですよ。新宿でも池袋でも渋谷でも。  新宿は人が多すぎて、空気に人間のほんのりとした臭さがあるんですよ。1平方メートルの許容人数を超えている気がするんですよね。しかもギラギラした感じの人が多いでしょ。  あと、用水路臭いのは渋谷ですね。ほんのりね。神田は揚げ物や蕎麦屋のにおいがする。秋葉原は音が多いけど無臭なんですよ。  ただ結婚してからは、妻が「変なものがあるよ」と教えてくれるようになって、「こんなものがずっとあったのに気づかなかったんだ」と、視覚から得る情報がいかに多いかを知りました。「百聞は一見にしかず」というのはこういうことなんだろうなと。いまは再発見しているわけです。 ■盲目の作家として、これから選ぶ道とは? ――本を書く上でいろいろな苦労があったと思うのですが、一番印象深かったことはなんですか? アブ やっぱり自分をどこまでさらけ出すか。さっきのお酒の話もそうです。ムスリムである僕が飲酒のことを書いてしまったら、本が有名になればなるほど、いろいろな問題を起こしかねない。でもそれを書かなかったら、一割の自分しか本に載らず、当たり障りのない人物像になってしまう。僕は、そこでの葛藤が一番魅力的だと思っているんです。「お酒を飲むか飲まないか。飲んだら、日本人ともっと打ち解けられるだろう」といった心の葛藤を描かないと、トータルでアブディンという人間を理解してもらえない。でも書いてしまったら自分のものではなくなって、独り歩きしてしまいます。だから、書くか書かないかですごく悩んで苦労しましたね。 ――『わが盲想』では、点字でタイトルを表示する工夫なんかもされていますよね。しかもアブディンさんのこれまでの経験を踏まえて、点字本を同時出版したんですよね? アブ 点字は間に合わなかったのでテキストデイジーというフォーマットで、日本点字図書館のサイトからダウンロードすれば、合成音声で聞けます。書籍の出版と同時にテキストデイジーで出るのは、おそらく初めての試みだと思うのですが、これは僕のメッセージなんです。やっぱり本がみんなの話題になっているときに読みたいわけですよ。出版社は利益に直結しない点字や音声ソフトにあまり理解がないので、発売後にボランティアの方が直さなければならず、完成までに数カ月かかるんですよね。数カ月もたてばブームも終わっているので話題に入れないし、旬なうちに読みたいのに読めないのはすごく悲しいと思って。せめて自分のときは、この本を読みたい人がいるかどうかは別として、メッセージ性を持たせる意味で同時に出してほしい、と編集者にお願いしたんです。 ――それで今回そういうことになったんですね。 アブ 出版社が協力してくれたのはよかったですね。 ――アブディンさんにはハンディキャップの負い目を感じさせないアグレッシブさと、強力な自己PR能力がありますよね。 アブ 自分では強いと思っていないですよ。自宅に送られてきた『わが盲想』のチラシを妻が近所の商店街で片っ端から配っていたので「恥ずかしいからやめてくれ」と言ったら、「あなたは、人に読んでもらうために本を書いたんじゃないの?」と言われて。すごくありがたいし、ごもっともだけど、恥ずかしいじゃないですか(笑)。でも、前に出て後手に回らないようにという気持ちはあります。僕にできることは限られているから。後がないから前に出るしかないでしょ。 ――最後の質問です。アブディンさんは、これからどうしたいですか? アブ 単純に日本語のうまい外人として扱われるのは、ちょっと寂しいんですね。日本に15年いて、日本の歴史やいまの日本の問題点などいろいろなことを考えているのに、「日本はどうですか?」なんて聞かれて外人扱いされるのは、やっぱり不本意ですね。  だから、この本は日本へのご挨拶なんです。モハメド・オマル・アブディンはこういう人ですよ、とわかってもらうための本。  僕をもっと多くの人に知ってもらって、これからは堅い問題を僕なりにかみ砕いて、いままでにない視点でアタックして、読みやすくわかりやすく笑いを飛ばしながら文章を書きたい。タブー視されるテーマや社会問題にも挑戦してみたいんです。 (取材・文=丸山佑介/犯罪ジャーナリスト

来日16年、全盲のスーダン人が“見た”日本とは──『わが盲想』(中編)

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前編はこちらから ■日本での日々を支える「聴界」 ――アブディンさんを見ていると、目が見えないって全然わからないです。 アブ 実は見えているかもしれないよ(笑)。 ――見えているとしたら相当な詐欺師ですが、実際のところアブディンさんは日本語がうますぎですよね。アルバイトもしているんですか? アブ マッサージや翻訳のアルバイトを時々やったこともありますが、僕は人の何倍も勉強に時間がかかるんですね。教材が読めないから、スキャンしてテキストにしてもらって音声ソフトで聞き取って……となると、すごく時間がかかるので、アルバイトをしていたらたぶん勉強できないと思います。でもラッキーなことに僕は奨学金が途切れたことがなくて、ずっと渡り歩いているんです。かわいそうな盲人の外国人に奨学金をあげなくてどうする、みたいな感じで、そこはやっぱり弱者の武器として共感を抱いてもらってる(笑)。 ――確かに、それなら食いっぱぐれなさそうですね。 アブ でも、審査に落ちたこともありますよ。文部科学省の奨学金は大使館推薦と大学推薦があって、日本語が話せることが条件なんですが、最終審査に残ったのが僕と日本語のできない外国人で、当然自分がもらえると思っていたのに落ちたんですよ。日本語が話せることが条件だったのに。結局そのあとに違う奨学金がもらえたんですけど、日本語が話せない外国人はたぶん落ちたら国に帰るしかなかったので、やっぱり捨てる神あれば拾う神ありで、結果としてはよかったのかなと思っています。 ――いくら日本語が流ちょうとはいえ、音やにおいの情報だけでの異国暮らしの実態は、どんな感じなんですか? というか、音やにおいだけで、普通に行動できるんですか? アブ 東京外国語大学1年生の時、寮から御茶ノ水を経由してキャンパスに行く途中にある、シュークリーム屋のにおいを目印にしていました。目印があればあるほど楽なんだよね。家の近所にはガソリンスタンドがあるので、においですぐわかる。においを発する店や、音を発するパチンコ屋があればあるほど、それを目印というか耳印にするんです。 ――雨が降るとにおいとか消えると思うんですが、そうなるとどうなるんですか? アブ 雨が降るとダメ。僕の移動は徒歩が基本だけど、いつもは人にぶつからないのに、雨の日はぶつかるんですよ、本当に。「視界」という言葉がありますが、「聴界」が狭くなるんです。頭から袋をかぶって歩いている感じになって「もしかしたら行き止まりかな?」という感覚がわからなくなる。湿度が上がって空気が濁るから、聴界が悪くなるんです。 ――聴界が発達しているというのはわかりました。著書『わが盲想』の中では、声だけで美人かどうかわかると書かれていますが、それは本当ですか? アブ 本当だよ。もちろん失敗はあるけど(笑)。基本的には声と、あとは握手した感覚。声だけの場合は、音声データをもとに、輪郭を再現するわけ。当たる率が高いかどうかの実際のところは、まあ自称なので、よそから見れば全然違うかもしれないけど、僕が美人だと思えばいい。でも付き合う場合は「あいつは見えないから騙されたんだ」と思われるのは嫌なので、そこはこだわるね。 ――相手の人となりは、外観や輪郭や声の高さなどの情報をもとに、会話しながら徐々に判断していくんですか? アブ もちろん第一印象はあるよね。外見で判断してはいけないと思っても、相手が一言発する前に、とりあえず印象はインプットされるでしょ。話していく過程でその印象が変わることも、もちろんあったりするけど。 ――健常者はイケメンかどうかとか、美人かどうかで判断するわけですけど、アブディンさんの場合は、いい声かどうかで判断する。 アブ 自分の耳が雑音と認識しない、心地いい声とかね。でもそれだけじゃないですよ。会話の内容とか話が合うかどうかとか。入り口は必要だから。 ――著書の中で「あ、いい声だ友達になりたい」って書かれていますが、イケメンとか美人と同じ意味合いでの「いい声」っていうのはあるんですか? アブ 目が見えていても、いい声はあるでしょ? 20代前半の時は甲高い声が好きだったんだけど、どんどん低い声のほうがセクシーに聞こえてきて……。 ――アブディンさんって、結構スケベですよね(笑)。 アブ ムッツリじゃないから、いいじゃない! 男は基本的にスケベですよ(笑)。 ――さわやかスケベな感じで織り交ぜてくる、オヤジギャグの評判はどうなんですか? アブ まあやっぱり女性は引くよね(笑)。でもオヤジギャグって、言葉遊びだから楽しいんだよ。自分でも発見があるし。言おうと思って言っているんじゃなくて、スッと啓示が降りる。神の啓示じゃないけど、ひらめくんだよね。  流れで自然に出てくるのが一番いい。版元のポプラ社で宣伝部の人たちに挨拶をしたとき、「こんにちは、金沢です」と言われて「福井です」と考えずに返しちゃった。これはくしゃみと一緒ですよ。本人はスッキリするけど、周りには変な菌をいっぱい飛ばしているから。自分はオヤジギャグを言ってスッキリするけど、周りはストレスを感じているかもしれない。 ――聴覚以外の感覚って、どうなんですか? 著書の中で「肌触りのいい本」とか「肌触りのいい教科書」という言葉を使っていますよね。 アブ 使っている素材によると思うのですが、点字本には丸みを帯びた紙や鋭い紙があるんです。鋭い紙は読むときにひっかかるし、痛い。たくさん読まれて、いい案配に潰れていって読みやすくなったものもあるし、表紙がツルツルしていて肌触りがいいとか、大きさがちょうどいいとか、そういうのもある。  まだ弱視だった子どものころは、インクも活字も黒で太めの字なら読めた。中途半端な色合いの字は読めなかったけど、歴史の教科書は自分で読めたので、ずっと読んでいましたよ。そんなことがあったからか、その歴史の教科書の感触に似た肌触りのものを選ぶようになった。日本に来たばかりの頃は、全部チンプンカンプンだから、どの教科から勉強するかを教科書の手触りで決めていたの(笑)。  東京外国語大学の入学試験で日本史を選択したこともあって、今でも日本の歴史は大好きです。特に好きな偉人は大久保利通ですね。侍ではなくて政治家として。彼はその時代に合わせて何をするべきかというリアリスティックな考えを持っていた。裏切り者として冷ややかに見る人もいて「西郷隆盛は男だ」とか言うけど、法治国家の視点から見れば、あれは国家への反逆に当たるという捉え方もできなくはないですね。 ――熱くなっているところ申し訳ないですが、本題に戻します。その場の空気で相手の機嫌も推し量ったりできると、本に書いてありますが? アブ そうですね。機嫌が悪いかどうかは、新聞をめくる速度とかでもわかるんですよ。特に自分の父親はライオンのような存在で、機嫌は大事なことだし生死に関わる問題だったから(笑)。 ――音や手触りなどの観察力が発達しているのはわかりましたが、アブディンさんは東京外国語大学という日本の中でも外国人が多い特殊な環境にいますよね。相手が名乗る前に、国籍や人種がわかったりするんですか? アブ よく当てますよ。外国人の話す日本語には、いろいろなアクセントがあるでしょ。例えばインドネシア人は「わたしは」ではなく、「わたすぃは」と言うんです。イタリア人もイタリアのアクセントで「アブディンさんは大学に行きま~したか~」としゃべるから面白いんですよ。中国人は「っ」が言えないから「ちょっと待ってください」ではなく「ちょと待てください」になるし、韓国人は濁点が言えなくて「がっこう(学校)」ではなく「かっこう」になる。結構な確率で当てられますよ。  ただ、発音はきれいだけど教科書的な日本語をしゃべっているなと思ったら帰国子女だった、ということはありました。ほかにも1時間近く女の人だと思って話を聞いていた人が男の人だったとかね(笑)。 (後編に続く/取材・文=丸山佑介/犯罪ジャーナリスト<http://ameblo.jp/maruyamagonzaresu/>)