ハナガサイタヨの秘密を語った『惡の華』ハナガサイタヨ会vol.2レポート!

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 現在放送中のテレビアニメ『惡の華』のイベント「惡の華 ~ハナガサイタヨ会vol.2~」が6月2日、東京・パセラリゾーツ銀座店内銀座Benoaにて行われた。今回のゲストは、「ハナガサイタヨ」のフレーズで視聴者を恐怖のどん底に叩き込んだASA-CHANG、超絶ハイテクアンサンブルを礎に変幻自在のアヴァンポップバンド「宇宙人」ヴォーカル・しのさきあさこ、モジュラーシンセを駆使した音響ユニット「電子海面」の一員でもある作曲家・深澤秀行の3名だ。    ロトスコープでしかできない表現できない「2.5次元」映像、原作のエッセンスを濃く抽出したとにかく痛いストーリーでも注目を集める『惡の華』だが、放映開始前の予告PVから第1回終了に至るまでのサウンドインパクトは絶大で、「これは一体なんだ!?」と視聴者をビビらせていたことを忘れてはいけない。ざわざわビリビリとテンションを高める音響系BGM、その緊張感からの解放を狙ったかのように斜め上に突き抜ける破天荒なOP曲、主人公3人の惡の華が開いていく様子と完全一致するED曲。いずれも、メジャーな商業音楽として表に出していいのだろうか、と思わせる音ばかりだった。  「カテゴライズされたくない」と長濵博史監督が再三発言していた通り、アニメとも実写映画ともつかない同作。仮にアニメと規定した場合でも、既存のジャンルに回収不能な映像には、こうしたカテゴリー不明の音楽が必要不可欠だったのかとも思えてくる。  その「ノンカテゴライズアニメ」を志向した結果が、受け取る側のノンカテゴライズだ。プライベートでふらりと会場を訪れたニッポン放送の吉田尚記アナウンサーが、休憩時間、ハーフタイムショー代わりに即興のトークを始めた際に「客層がまったく読めない」と漏らしたとおり、音に惹かれ画に惹かれ演技に惹かれ、さまざまな方向からアンテナを尖らせた人々が集った。  すっかりおなじみとなった、実写でも声でも山田役の松崎克俊(やさしい雨)をMCに、春日高男役の植田慎一郎、原作者の押見修造、そして長濱博史監督が、代わる代わるゲストを迎えていく。最初に登壇したのは、ED曲を提供するASA-CHANGだった。  前説で、キングレコードの宮本純乃介がテーマソングのプロデューサーとして主題歌を導きつつも、ED「花-a last flower-」に関しては押見の強い要望で採用されたことが明らかにされていたが、長濱監督があらためて経緯を説明。原曲が発売されたのは、2001年3月28日で、「ちょうど僕が一番堕落しきっていたときです。(この曲に)救われました」(押見)という。  カテゴライズの話になり、ASA-CHANGいわく「FacebookやTwitterの話ですけど、ASA-CHANG&巡礼(ASA-CHANGを中心としたユニット)は、アニメ界の枠組みでいうと『サブカル』、Subcultureではなくカタカナの『サブカル』らしいですね」  ここで「花」のオリジナル譜面(ASA-CHANGによれば「設計図」)をスクリーンに映す。20拍で区切ったこの譜面があったからこそ、今回『惡の華』のためにリアレンジできたとASA-CHANGは言う。「変わらないのは、声をカットアップして切り絵みたいに貼っていく作業をするところ」 DSC07731.jpg  ミュージックコンクレートなどの現代音楽、抽象的な表現の多いシンセサイザーによる電子音楽、ウィリアム・S・バロウズの文章に対するカットアップ&コラージュ技法、それらの影響下にあった80年代のノイズインダストリアル音楽といった、ストレートに楽器を弾くだけではない類の音像は、なかなか一般に広く流通するものではない。深澤秀行の音楽もそうだが、ASA-CHANGの「花」にしても、「サブカル」判定をされてしまうのはやむを得ないことかもしれない。「宇宙人」にしてもフリージャズやカンタベリー音楽、プログレッシヴロックの影響を云々できる種類の音を聴かせてくれるバンドであり、こうした音をアニメの一部としてメジャーな回路に載せてしまった『惡の華』は、音楽業界に対しても多大な貢献をしているように思える。  昨年秋にASA-CHANG&巡礼の公演があり、パフォーミングアーツとして再構築する過程にこの作品が巡ってきたことで、今回『惡の華』版を作りやすかったという意味でも、タイミングがよかったとASA-CHANG。 「詞をあまり書いたことがない人間の詞なんですよね。歌の詞じゃない。Aメロ、Bメロという書き方をしたことがないから、こういう詞になっちゃったのかもしれない。もともと打楽器奏者なので」 「万葉集の時代には日本語が異なっていたらしいんです。そういう言葉にも音楽、リズムをつけていたりするんですけど。はひふへほではなくぱぴぷぺぽに近いらしいんですが、現存していないので誰にもわからない」(ASA-CHANG)  音、言葉を元素レベルから構築していく姿勢が「花」を生んだのか。トークは、「宇宙人」のしのさきあさこが登場する第2部へと移っていく。  OP曲「惡の華」のMVがフルで流れる。木更津でロケーションしたという渾身の映像は圧巻だ。金色のブルマはダンサーさんの私物だとしのさきがこぼれ話を開陳すれば、長濱監督は寺山修司のようだと絶賛、楽しげに会話が転がっていく。 「UFOみたいなラスボスが出てきて、3人はラスボスに操られていた、というオチです。結末。ふふっ(微笑)」(しのさき)  UFOは、芸術家が車のボンネットやベランダの柵などの廃材でこのMVのためだけに作り、撮影が終わるとともに廃棄されたという。  「惡の華」は4ヴァージョンある。群馬県桐生市ヴァージョン以外は主人公3人を表現したものだ。春日、仲村、佐伯のキャラクターが強烈すぎ、全部一緒のメロディだと違うだろう、との判断で種々のヴァージョンが作られた。1週間で50曲を作ったうちの4曲で、しかも元の音源はUSBメモリを紛失してしまったため、もう聴くことができないという。もはや実際にあったのかどうかを証明することすらできない。  3ヴァージョンの歌い手はそれぞれキャストとは異なり、後藤まりこ(元ミドリ)、の子(神聖かまってちゃん)、南波志帆が担当している。人選はしのさきによるもので、アニメキャストの人選と並行していたため「後出し」ではない。にもかかわらず、歌手の声質はキャストが歌っているかのように聴こえてくる。アニメ本編制作サイドと主題歌制作サイドの、原作の受け止め方が相似だったのかもしれない。
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 ちなみに、長濱監督が感動した「仕方がなくってここにいる、どこへいっても同じだ」というフレーズは、後藤の作だという。クレジットを見ると、後藤との子の名がある。仲村ヴァージョンと春日ヴァージョンについては、2人の手が入っているようだ。  休憩時間を挟み、深澤が登壇。モジュラーシンセサイザーとMacによる15分弱の演奏を行った。モジュラーシンセによる電子嵐のような音を基調に長い拍のピアノが響く味わい深い時間が大半を占めたが、終盤には強いビートを刻み、ディス・ヒートの「Horizontal Hold」を彷彿とさせる音楽的な表情をも見せた。 「(モジュラーシンセは)電子楽器の原始的なやつです。でも、普通の音楽に合わせられない。たとえばバッハをプレイするのは至難の業なので、インターフェースとして鍵盤をつけた。シンセサイザーの原点は、これのもっとでかいやつです」(深澤)  いちいちプラグを接続しないと命令できない時代のモジュラーシンセだが、ヴィンテージではなく現行品だという点も、深澤は強調した。ピアノやドラムの音はMacから出力して別の卓で調整しているとの説明もあった。  もともと『惡の華』の愛読者だった深澤は、書店で「アニメ化決定」の帯を見て「もう音楽担当は決まっているんだろうな」と肩を落としながら帰宅した。ところが、『惡の華』の音楽をやりたいという気持ちが抑えられない。マネジャーを通じてキングレコードに打診したところ、まだ音楽は誰がやるか決まっておらず、デモテープを聴いてもらえることになったのだという。 「初めに『惡の華』の原作を読んで作った一曲は『ハリー・ポッター』のようで、いま聞くとすごく恥ずかしい」(深澤)    本人によればファンタジーの作風。これを長濱監督は「異世界ものだったら合う」と評していた。 「物事を広く捉えている。いろいろなものが集約されて入っていて、壮大な光景が浮かぶ音楽だった。ポーン(という一拍の音)、だけで仲村を、春日を、というお話をそのあとにするんですよね。そうしたら「やります」と。本当にそうなっているじゃないですか」(長濱監督)  最初の一曲がダメだったから、では次の人……とはならず、長濱監督は「狭く、深く、ひとりの足元をずっと掘っていく感じ」と、オーダーをして現在の楽曲に結びつけた。 「とあるシーンで音をくるくる回したいなと思って、回したんです。音の位置を前後左右にして連続した変化にすると音は自分の周りを回るわけです。それを、誰にも言わずに入れておいた。すると、ダビングが終わって最後に落とし込む(ミックスダウンの)際に、音(の定位)を視覚的に確認するメーターがあって、あるシーンでメーターがぐるんぐるんと回っていて、“なんじゃこりゃー!”と驚いたと、のちに指摘されました」(深澤)  その場面は、今後に登場するという。OPの「惡の華」も間もなく4ヴァージョン目に突入する。放送が一番早いTOKYO MXでは今週末に最新第10回が放映されるが、植田によればキャストの演技が見ものとなる回らしい。作画も演技もすべてが洗練され、加速する『惡の華』、音にも耳を傾けながら刮目したい。 (取材・文=後藤勝)

『惡の華 ~ハナガサイタヨ会~』徹底詳報 「原作ファンはこれを待ち望んでいると信じてた」

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左から司会の松崎、飛び入りの伊瀬、主演の植田、原作の押見、監督の長濱、音響調整の名倉。
 第1回(※正式な話数表示は「回」)オンエア直後から、絶大な賛辞と同時に強烈な拒否反応を呼び起こしたアニメ『惡の華』。ロトスコープの画が気持ち悪い、エンディングテーマ曲が怖すぎる……。しかし非難をよそに、評価の声も確実に増えてきている。緊張感あふれる日本映画的な第1回ののち、事態は仲村佐和の怖さと春日高男の挙動不審をもって笑いのターンに入り、大天使っぷりがたまらない佐伯奈々子の物語への本格参入によって恋愛の要素も醸しだされ、1話ごとにコロコロと表情を変えてきた。後述するスタッフの言葉によれば、今後も変転は続くという。最後まで見ないことには評価ができない作品であることは明白だ。  なぜこの作品はめまぐるしく表情を変え、見る者によって評価が著しく異なるのか? それもそのはず、スタッフやキャストも、第1回が完成するまでは着地点が見えていなかったのだ。  4月27日、パセラリゾーツ銀座店B3 BENOAにて開催されたイベント『惡の華 ~ハナガサイタヨ会~』には、監督の長濱博史、原作者の押見修造、春日高男役の植田慎一郎、それに飛び入りで仲村佐和役の伊瀬茉莉也、音響調整の名倉靖(SonoPower)、そして司会として山田役の松崎克俊(やさしい雨)が登壇。メイキング要素たっぷりのトークを繰り広げ、映像の元になった実写映像(第3回)の上映を行った。時系列に沿って言葉やリアクションを拾いつつ、『惡の華』考察の材料を積み上げていこう。  まず登壇したのは長濱、押見、松崎の三氏。長濱によれば、スターチャイルドの中西豪プロデューサーから「やってもらいたい作品がある」と声をかけられたことが、アニメ版『惡の華』制作のきっかけだったという。意欲的な中西に対し、長澤は否定的だった。これなら、と採用したのはロトスコープ。 「すごく原始的なアニメーションですね。今の進化したアニメーションとは違って、退化している」(長濱) ■絵柄が違う! 「原作と絵柄が違うので、原作のファンに生卵をぶつけられるのではないかと、長濱監督はずっと心配していたんです」とは司会を務めた山田役、松崎の弁。幸い、会場に卵を手にした原作ファンはいなかったが、実は初期の画は長濱自身が恐縮する出来だった。洗練されてきている現在とは、トレースの仕方が異なっていたのだという。 「唇とか眼の下のたるみ、鼻の小鼻を全部取った。試しに先生(押見)に見てもらって『実際はもっとかわいくなる、もっと格好よくなるはずだ』と。先生は『すでにかわいく見えてますよ』を言ってくれましたが」(長濱)  自分でもトレースしてみた押見は「適当に線を拾ったら、ああはならない」ことを確認。絵描きとして、その可能性を感じていたようだ。 「トレースは人によってバラバラでした。それをまとめるのが一番大変でした。今でも」(長濱)  たとえば山田。演じる松崎のパーマヘアのラインを全部克明に取ると、存在感が半端なくなってしまう。そのためフォルムを整理し、髪の毛ではなくエフェクトのようなものだと考え、輪郭線を取っているのだという。 ■奥深い録音調整  登壇した3人ともロフトプラスワンのノリでビールを頼むが、それが運ばれて来る前に水を運んできたのは、なんと仲村佐和役の伊瀬。遊びに来たはずが急遽出演することになり、「後で戻ってくるから」と一度退散する。 ここで登壇したのは、録音調整の名倉だった。彼も飛び入りである。 「『蟲師』からずっと録音調整をお願いしています。録音調整は奥が深い!」(長濱)  『惡の華』の場合、たとえば学校の廊下で話すとして、建物の材質、窓がどちら側についていてどのくらいの大きさかといった空間情報を考慮しつつ反響をつけ、まるでその場で話しているかのように加工していく。ほかにも、アフレコ中に声優の声を画の口パクに合わせて調整するなど、作業は多岐にわたる。 「基本的にセリフに関する音周りのすべてと、深田さんがお持ちになられる音楽のバランスを調整しています。効果音は音響効果さんが作ってこられるので、録音現場では効果さんと2人でミックスしていくという作業です」(名倉)  音響制作についてはロトスコープということで、大きくは二段階に分かれている。あらかじめ編集された実写版にアフレコをしてセリフを載せるヴァージョンと、最終的にアニメーションになった画に対してさまざまな音源を搭載、ミックスした最終ヴァージョンだ。この日に上映された実写版は最終ヴァージョンだった。  原作の押見は「通っていた通学路で聞いた音がまざまざと甦る。あのカーブミラーのところ、すっげえ静かなんですよ。車の音もあまりしていなくて、烏の声と、3人の声が反響しているんですけど、それを僕は知っている」と、アニメ版『惡の華』の音響を評価する。「この人が要です。この人がいなかったら、薄っぺらい音になってる」と長濱が称賛する名倉ら音響制作スタッフの労苦の賜物だ。 ■植田慎一郎登場 そして、春日高男役の植田が登壇する。現場では「カス」「バッカス(馬鹿カスの略)」「負けカス」と呼ばれて散々な植田だが、それは愛されていることの証であるようだ。長濱はチャラいジュノンボーイの植田を、オーディションで落とす気まんまんだったという。 「最初にオーディションに来たときは、今よりチャラっチャラな男だったんです。絶対にコイツだけは選ばない、と思っていた。いや、そりゃそうですよ。ジュノンボーイですよ。絶対ダメ。春日じゃない。外す気満々だったんですよ。でも、真面目なんです。あと弱い。芝居がものすごく弱い。オーディションで、男の子の役は順繰りに全部やったんです。山田をやっても弱い。小島をやっても弱いんだ、これが。もう、ヘロヘロなんです。人一倍奥にいる」(長濱) 「ナイスガイだと思いました。すごく人懐っこかったですよ。一番先に来て話しかけてきてくださって『僕のお姉ちゃんの写メ見ますか?』とか」(押見) 1時間半早くオーディション会場に着き、無音に耐えられない植田は、自分から長濱や植田に話しかけた。 「いいヤツだなと。最終的にすべてを賭けてくれるんじゃないかとね。『髪を切るのも裸になるのもブルマを履くのも、問題ないです。なんでもやります』と言ったから、じゃあと、春日くん(役)に決めました」(長濱) ■伊瀬茉莉也登場  そして春日にブルマを履かせた変態類友、仲村佐和役の声優キャスト伊瀬が登壇した。伊瀬が仲村の役を射止めたことには、タイミングが大きく関わっていた。昨年、長濱に再会した伊瀬は「長濱監督の現場に帰りたい」と号泣。胸のうちをさらけ出したとき『伊瀬ちゃんにピッタリの役があるよ』と言われたという。 「“ピッタリ”とは、どういう意味なんだろうと思って原作を読ませていただいて『うおー……長濱監督はなぜわかってしまったんだろう? ピッタリじゃないか』と。『仲村の役は私でしか演じられません。演じさせてください』と、こちらからもお願いしました」(伊瀬)  このときの伊瀬は、仲村のように髪を短くし、何かをぶつけたいという力が出ていたという。「今、この役の時期なんじゃないかと思った」と長濱。  自分の役者人生をすべてかけようと、伊瀬は原作を読み始めてから1年、心の中で仲村を育ててきた。仲村に「なる」作業は、もちろん現場でも継続してきた。 「アフレコ現場では、それぞれが役に入る準備をしているんです。植田くんはだいたい膝を抱えている。『俺は春日、俺は春日』と。ひよっち(日笠陽子)はソファーに体育座りして、ぼーっと抜け殻みたいになっていて。私は仲村の気持ちを作るために『おはよう』って、(植田に)近づいていくんですよ。でも彼は逃げていく。それを追いかけることから始まりました」(伊瀬) ■押見修造の指摘する「向こう側」  ノロウイルスで倒れた2回を除き、ブースの後ろで漫画の原稿を書きながらアフレコに立ち会った押見は、原作者として、演技の監修に当たる一言を、時折放っていた。 「伊瀬ちゃんが植田くんに何かをぶつけたり叫んだりするとき、それが春日に向かっている仲村の言葉だった場合、必ず先生は『違和感』があると言うんですよ。『今のは、春日に向いていたから』と。1話の『うっせえ、クソムシが』は(担任の)先生に言うんじゃなく、虚空に言う感じ、と押見先生は言ったんですよね。中村は、春日の後ろにある向こう側に向かって言っている。『自分をよく見ろよ』と言うときも、同じです。春日と中村は同じ方向を向いているから、お互いを見つめ合うことはない。『私が見る向こう側をあなたも見なさいよ。あなたにも見えるはずなんだから』というのが仲村だと」(長濱)  第1回「クソムシが」の本番テイクは、力が入りすぎ、向こう側ではなく手前の担任に向かってしまったため、テストのテイクが採用された。 ■実写版第3回上映へのリアクション  そして、この日の目玉である実写版第3回上映の時間がやってきた。ロトスコープ方式でアニメーションを制作するための「素材」である実写版は、しかし尺も合わせて一度かっちりとしたフイルムになっている。映像はモノクローム。ときに某「ボ○ギノール」CM調の静止画カットが入る。ほぼそのまま実写映画として見られる出来になっているが、あくまでもロトスコープのベースとなる映像であるため、一部にいかにも制作中という感じの痕跡が残っていた。 ・お母さんの実写キャスト、茶髪の若い役者さん。 ・図書室で返却カウンターの上に助監督が立っている。 ・『惡の華』の本の表面はテクスチャを貼り込むため、マーカー仕様になっている。 ・いっしょに下校するシーンの仲村佐和実写キャストの佐々木南は、就活中で髪の毛の色が黒くなっている。 これらは逐一、長濱監督によって解説された。  冒頭、ブルマを手に挙動不審な春日のシーンから笑いが漏れる。これはこれでアリだ。十分鑑賞に耐え得る。OPを歌う「の子」の声に、「植田くんの声に似てません?」と伊瀬。その通り。ついでに言えば、第4回OPの後藤まりこ(元ミドリ)の声は、伊瀬に似ている。  春日が佐伯奈々子の体操着を捨て、証拠隠滅を図ろうとするカットの背後に見えるおばさんを「ここむちゃくちゃ怖いですよね」という松崎に、長濱監督は「『桐盛館』という俺たちがお世話になった旅館の女将さんなんですよ」と説明。  「うぉい春日、ドゥクシ」と山田が春日をいじるところでは場内から笑い。「春日、面白いことになってきたな」(山田)でまた笑い。とにかく山田はいるだけで笑える。  第3回のクライマックスは図書室で仲村が春日の服を脱がし、佐伯の体操着を着せる場面である。 「佐々木さんは一旦、ここで手を(体操着の袖に)通すんですよ。アドリブでやってくれたんです」  春日(海パンを履いた植田)を脱がして体操着を着せブルマを履かせるところは、本気で抵抗された状態で着替えさせ、かなり時間がかかったという。このシーンが終わり「先生どうですか?」と訊ねられた押見は「うらやましい!」を素直な感想をもらした。  満月に佐伯が浮かぶシーンでも笑いが起こる。 「今どきやらないですよね。これがシュールギャグたるゆえん」(長濱) フィリップ・K・ディックの『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』を手に持ち冷や汗をかく春日の背後で、山田が口笛を吹いて平静を装っているところでも、また笑いが起こった。完成したアニメ版ではピントをぼかした背後に山田がいたためわかりにくかったが、くっきりした山田(松崎)の顔に場内が和む。 ■ずれと想定外  気になるのは、この上映中、そして上映後に長濱から出てきたいくつかの言葉だ。 「(新人)は、昔の日本映画で必ず入れていたんです。縦書きだったらこれだろうと思って入れたんだけど、このギャグわからないかなぁ」 「これエンディング怖いですか? みんな格好いいと言ってくれると思っていたから」 「実写どうですか? 実写だけでもあり? そう言われると複雑な気持ち」  どうも視聴者と長濱の読みがズレているようなのだ。しかしズレているということは、想定外の作品を届けているということでもある。それが新鮮な驚きと捉えられれば賞賛に、期待していない要素を捉えられれば非難に、それぞれ転換されるのだろう。  賛否それぞれの要因となっている「実写でやらなかった理由」を松崎に訊かれた長濱は次のように答えた。 「実写でやったら、要は佐々木南(仲村佐和役)さん、三品優里子(佐伯奈々子役)さん、植田慎一郎です。でもどうしても、フイルムの中にしか存在しない人にしたかったんですよ、仲村佐和も佐伯奈々子も。だから、三品さんだけがいたら佐伯奈々子になるわけじゃない、日笠(陽子)さんの声が加わって佐伯奈々子になる。伊勢ちゃんの声がはまってようやく仲村佐和になるという方向に、持っていきたかったんですよね。だからどうしてロトスコープかと言われてもわからない。それが一番原作が求めていることだと思ったし、先生もそうだそうだと言った。俺たち2人は、原作ファンは絶対これを待ち望んでいると信じて疑わなかった。だから原作ファンの人が『なんじゃこりゃ?』となったと聞いて、『あれ?』って。俺は原作を読み間違えたのか? でも先生と俺はズレがないんですよね。そこが不思議なところです」 これに対して「僕がズレていたんですよ」と押見。伊瀬は次のように肯定した。 「あれが2次元の原作の画をそのまま描いたアニメーションだったら、また全然別物になっていたと思うんですよね。先生は最初に『惡の華』はジャンルに分けられないものだとおっしゃっていたじゃないですか。変態だけを描いている漫画ではないし、仲村に罵倒されてキュンキュンする作品ではない。それを提示するには、アニメでもない実写でもない2.5次元的なところで描いているこのロトスコープはすごいと思いました」  音響でもロトスコープは効果的に働いていた。 「実写の画は見られるんですが、最終的な画がどうなっていくかまったくわからない状態です。音をどう作り上げていくか、音響監督のたなか(かずや)監督と音響効果の川田(清貴)さんと3人で話して、わからないね、というのが、実は最初の結論だったんですよ。ただ実写をもとに画を描いていくということは、一度実写の画に対して説得力のある音を作っていこうという方向性があり、セリフのアンビエンス(背景音)とか、効果音の付け方も全部決まっていった。第1回の後に、初めからロトスコープの画でやっていたらこの音にはならなかったよね、という話をしました。その場合、アニメ的な方向に作りを寄せていくことになったんだろうなと。実写の音のままロトスコープに当てて逆にマッチした加減が面白い」(名倉) 「アニメでこの音出せるんですね」という長濱の言葉に、名倉は「アニメじゃねえもん、実写につけてんだもん」と返したという。 「こんなにリアルな音を作れるんだなと。全部が組み上がるまでは想像しきれなかった」(長濱)  スタッフにも予測不可能な着地点が視聴者にわかるわけがない。なんともライヴな作りだが、それもある程度は狙いのうちだ。ホラーのように始まり、ギャグに転化した第3回を、松崎は「僕は仲村さんがかわいい回。河原でかわいい回」と評している。 「滑稽に見えるところから恋愛の要素が出てきて、いろいろ形が変わっていくところが面白い」と長濱が言えば、「主人公も一貫していないですしね」と押見。 人間とはそういうものだ。ちょっとの付き合いで表面はわかっても、心の深奥まではわからない。そのドロドロをえぐり出すことがテーマであれば、1話ごとに作品が表情を変えていくのも当然だ。『惡の華』は生き物のようなアニメであるらしい。 ●登壇者コメント 伊瀬茉莉也 「すみません、飛び入りで参加させていただいちゃいました。この思いがどれだけ伝わるかわからないんですが、この『惡の華』に携わっている人は、みんな同じ思いだと思います。特別なんですよ。どれだけ特別かって? むちゃくちゃ特別(笑)。最終回のアフレコが終わったときは寂しくて、自分の半身が持っていかれた気分。だからこうやってイベントに遊びに来て飛び入りしちゃうし、アフレコは終わったけど、来週からダビングのほうに……そういうこと、今までにないから。仕事として割り切っていない。本当に特別な作品なので、どうぞみなさんも、オンエアを最後まで見てください。ものすごい衝撃が待ってます」 名倉靖 「飛び入りでごめんなさい。本当にすいませんでした。アフレコも全部終わっちゃって、音響作業が概ね真ん中くらい。アフレコも衝撃なんですが、毎回毎回ダビングも『ああ~っ』と……。冷静な部分を持って現場に臨んでいるんですが、そこを超えた衝撃が毎回出来上がっていて。各話微妙にニュアンスが違うんですが、回を追ってすごくなる。この先、すっごく楽しみにしていてください」 植田慎一郎 「今日は実写の映像を見ていただいたんですが、僕のあられもない姿を見た責任として、最後まで見ていただきたいなと思います。今日放送の4話、5話と進むにつれて、春日が気持ち悪くなっていくので」 長濱博史 「特別なものにはなっていると思います。現場は毎回変なテンションになるんです。出来上がってくるものはまったく予想がついていない。毎回先が楽しみで。自分の中では最終回が一番大きな意味を持っているんですよね。最終回は相当すごいです。自分でハードルを上げるみたいであれなんですが、ないです。最終回は、本当にない最終回です。本当にない。(※それ、まったく伝わってこないですよ、と松崎に言われて)俺は見たことがないんです。最終回でロトスコープにしてよかったなと思ったんですよね。ロトスコープでしかできないことをやった。それを楽しみに、ずーっと見ていってくれたら、最終回はすごいものになります。最終回だけ見てもすごいですけど。またイベントも何回かやらせていただけるみたいなので、これからも『惡の華』をよろしくお願いします」 押見修造 「オンエアのたびに、監督に感想メールを送るようにしていたんですが、3話目くらいから素直に送れなくなってきて。悔しくて。漫画より面白いじゃないかと思って、あまりテンションの高いメールが送れなくなってきた(苦笑)。4話目も嫉妬して。しかもここからもっとすごい回ばっかりなので、これは自分も頑張って漫画を描かないとと、決意を新たにしました。これは、いち視聴者として見ないともったいない作品だと思っています。ぜひ見てください。漫画も読んでください」 ※なお、この実写版第3回はイベントのみの限定上映の予定だったが、ファンからの反響に応える形で後日配信された。 (取材・文=後藤勝)