ドン・キホーテ 、連続放火にオリジン買収など流通界の異端児…創業者が8年ぶりに社長復帰

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ドン・キホーテ 六本木店
(撮影:Momotarou2012
「Wikipedia」より)
 ドン・キホーテの連続放火事件から8年余。3人の死者を出した責任を取り社長を辞任した創業者の安田隆夫会長(63)が4月8日、社長に復帰した。「成沢潤治社長(50)が持病の治療に専念するため辞任を申し出た。緊急事態であり安田会長が対応する」と説明している。  ディスカウントストア大手、ドン・キホーテ(以下ドンキと略)の創業者である安田氏は、流通業界に風穴を開けた風雲児である。半面、既存秩序を崩す希代のトラブルメーカーでもあった。店舗の周辺住民と、紛争やトラブルが絶えなかった。新しい店を出店するたびに、深夜営業に抗議する住民の出店反対運動が起きた。東京・六本木店の屋上に設置した絶叫マシーン「ハーフパイプ」の開業は、騒音を懸念する地元住民からの猛烈な抗議運動の前に断念に追い込まれた。 ●ドンキ連続放火事件  ドンキ・バッシングが頂点に達したのが、埼玉県さいたま市内にある店舗で相次いだ連続放火事件だった。放火されたドンキは被害者だったにもかかわらず、安田氏に非難の矛先が向かった。  2004年12月13日のドンキ浦和花月店での放火は店員3人が焼死、8名が負傷する大惨事となった。この時は、寝具売り場で火事が発生。またたく間に商品へ燃え移り、店は全焼した。一度は店内から脱出したものの、「来店客が逃げ遅れていないか」の確認のため、再度、店に戻った3人のアルバイト店員が焼死した。  安田氏は80年9月、ドンキの前身のジャストを設立。少量多品種の商品を安く仕入れ、デフレ経済のもと「低価格」「圧縮陳列」「深夜営業」を武器に急成長した。その原動力になったのが店舗全体をアミューズメント・パークのように演出する手法。店内には食品や日用品、時計・宝飾品、家電製品など約4万点を陳列。商品を天井近くまで積み上げた迷路のような店内で、欲しい商品を見つけ出すイベント性が、若い客から支持を得た。  しかし、この大量の商品をジャングルのようにうず高く積み、陳列棚で通路を迷路のようにする「圧縮陳列」が、火災で店員が逃げ遅れた原因とみられたのだ。連続放火事件を受けて東京消防庁が都内のドンキ31店で実施した立ち入り調査でも、商品が通路をふさぐなど、計195件の消防法違反が指摘された。創業者の安田氏は、火災への対応を終えた後に、責任を取って社長を辞任。05年9月に会長に退いた。  連続放火事件では、精神疾患で通院歴がある元看護師の女が逮捕された。ドンキ3店、スーパー4店の7件の放火容疑だ。女の責任能力の有無が争点になったが、裁判所は女の責任能力を認め、08年11月、無期懲役の刑が確定した。  連続放火事件をめぐっては、詐欺事件も起きた。ドンキの元常務が遺族対応のコンサルタント費用名目で同社から3100万円を騙し取り、詐欺罪で逮捕された。11年10月、懲役3年6月の実刑判決を受けた。 ●オリジン東秀乗っ取り事件  安田氏は経営の第一線から身を引いたが、事業欲が衰えることはなかった。ネットバブル前夜、若いベンチャー起業家の集まる投資クラブ「B&Bの会」で鍛えた安田氏は、無類の株好きだ。弁当・惣菜チェーン、オリジン東秀(東京都調布市)の敵対的買収で経済界を賑わした。  05年8月、オリジン東秀で経営陣と創業者遺族の間で内紛が勃発した。ドンキの安田社長(当時)が創業者遺族からオリジンの株式23.62%を取得、オリジン弁当を組み込んだ次世代コンビニエンスストアの事業化を提案した。しかし、オリジンの経営陣が、この提案に消極的だったため、ドンキは06年1月15日、オリジンに対するTOB(株式公開買い付け)を発表した。  敵対的TOBに、オリジンの取締役会と従業員は反対を表明。ホワイトナイト(白馬の騎士)として名乗りを上げたのが小売業大手のイオングループだった。イオンは1月31日から1株3100円で友好的TOBを実施。イオンが提示したTOB価格がドンキより1株300円高かったことから、2月9日、ドン・キホーテのTOBは不成立に終わった。  ところが、これにて一件落着とはいかなかった。ドンキが奇襲をかけたのだ。市場でオリジン株を追加取得して47.82%まで買い増した。この株式取得をめぐっては、証券市場から、灰色手法とのブーイングが浴びせられた。  イオンによるTOB期間中に、ドンキがTOBに頼らずにオリジン株式を買い占めた手法に対してはルール違反との批判が相次いだが、安田氏は「TOBに関する規制は立法過程にあり、現行のルールは守っている」と、こうした批判を突っぱねた。金融庁はTOBのルールをクリーンにするために、TOB期間中に買収される予定の企業の株式の3分の1超を保有する別の会社が、被買収企業の株式を買い進めることを禁止し、TOBに応じるよう義務付けた法案を国会に提出する準備を進めていたからだ。法案が成立すれば、ドンキのやり方は“違法”ということになっていたわけだ。  その後、イオンの岡田元也社長と安田氏のトップ会談で、イオンが実施中のTOBにドンキが応募することで決着がついた。結局3月31日、TOBが成立。イオンはオリジンの株式全体の96.67%を取得して子会社に組み入れた。取得総額は525億円だった。  ドンキによるオリジンの乗っ取り劇は、当初から、マネーゲームと見る市場関係者は少なくなかった。過半数超えまで株を買い増すことは可能だったが、一転してTOBに応じたのは、もともとマネーゲームで利ザヤを稼ぐのが狙いだったとみられていたからだ。保有株をイオンに売却して、ドンキは子会社の分と合わせて約57億円の売却益を得た。オリジン株式を3.6%保有する安田氏個人は、20億円で売却し、5億円の利益を手にした。  安田氏は、もっとしたたかだった。07年11月、関東圏では最大級のショッピングモールであるイオンモール千葉ニュータウン店に隣接して新棟がオープンしたが、その1階に核店舗としてドンキが入居した。  ドンキのイオンモールへの出店はこれが初めて。オリジンのTOB合戦の最中に、出店交渉を行っていたことになる。イオンのTOBに応じる代わりに、イオンモールへの出店を認めさせたのだろうか。  抜け目のない、したたかな商売人であることを、この事実が裏付けた。そして今回、その安田氏が社長に復帰した。ドンキは、どんな嵐を巻き起こすのだろう。 (文=編集部) ■おすすめ記事 矢部浩之・裕子夫妻、交通違反で警官と一触即発?警官の態度にイラついた矢部は… 日テレドラマ制作陣はオジサンばかり?何も期待できない『雲の階段』が押し付ける不幸 セクハラ幹部の愛人が自殺!?大手新聞社、警視庁へ根回し、遺族には金でもみ消し? 預金保険機構から銀行などへ還付金1200億円! 一般預金者に還元されないのはなぜ? 渋谷の地下火災は祟りと怨念が原因か 東急・副都心線直通で「渋谷はこれから呪われる」

地方都市で爆走中のイオンがダイエーを子会社化!都市部狙いスーパー戦争に一歩リードか?

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地方のロードサイドはどこもイオンだらけ。
(「Wikipedia」より)
 イオンダイエーを呑み込む。これは単に、業績の低迷が長引くダイエーの再建策にとどまらない。「価格破壊」の旗手だったダイエーの落城は、スーパーマーケットの歴史に一区切りをつける大きな意味を持っている。  イオンはダイエー株式を公開買い付け(TOB)し、連結子会社にする。買い付け価格は1株270円。買付代金の上限は403億円だ。  丸紅と丸紅リテールインベストメントが、ダイエー株式を29.34%保有している。このうち24%についてTOBに応募する。イオンは、丸紅の応募分と、すでに保有しているダイエー株式を合わせ、44.23%の株式を保有する。TOBには上限を設けず、他の株主からの応募分を含め5割超の取得を目指すが、買い付け価格が低いため難しいかもしれない。それでも取締役の過半数をイオンから送り込むことで、子会社として要件を満たす。ダイエーの上場は維持する。  TOBは、公正取引委員会の企業結合審査が終了し次第、実施する。「特定地域でシェアが高くなりすぎないかの審査に時間がかかる」(公取委)として、2次審査に入ったため、TOBの開始は7月中旬ごろにずれ込む。  公取委は、ヤマダ電機によるベスト電器買収の際に、小売業の買収の指針を定めた。同一グループの店舗による市場支配を避けるため、ベスト電器の8店を第三者に譲渡することを条件に買収を認めた。イオンによるダイエーの買収にも、この指針が適用される。地方での重複店舗の売却を求められることはあり得るだろう。  イオンの2013年2月期の連結売上高(見込み)は5兆6500億円。ダイエーは8430億円。両社を合計すると6兆4930億円。セブン&アイ・ホールディングスの5兆300億円を上回る、巨大流通グループが誕生することになる。  イオンは中期経営計画で「大都市シフト」を掲げ、都市部での事業強化に注力している。ダイエーを子会社にするのも、この一環だ。イオンの岡田元也社長(61)は、ダイエーは経営再建の過程で不採算店を閉鎖しているため、関東や関西の都市部に収益性の高い店舗が多いとみており、「大都市への事業シフトに貢献する」と語る。  イオンの弱点は、イトーヨーカ堂やセブン-イレブンを展開するセブン&アイに比べて首都圏に拠点が少ないことだ。03年ごろから首都圏の食品スーパーのカスミやマルエツなどに出資して巻き返しを開始した。東京や神奈川の都市部に小型スーパー「まいばすけっと」を展開中。企業買収にも着手し、1月に英テスコの日本法人を子会社にした。3月には、J.フロントリテイリングから食品スーパー「ピーコックストア」を買収すると発表。都市での店舗強化のための投資にカジを切った。ダイエーの買収も、この流れに沿ったものだ。  たしかに「都市のセブン(&アイ・ホールディングス)、地方のイオン」という構図が崩れてきているが、まだまだ都心部は攻めきれていない。  もうひとつ、イオングループに唯一、欠けているのは、小売業界の華である百貨店である。百貨店を持つことが、岡田社長の悲願でもある。  ピーコックは、大丸松坂屋百貨店を運営するJ.フロントリテイリングの傘下の食品スーパーだ。これを機にJ.フロントとの資本・業務提携を模索するとの観測が出ている。 ●イオンとダイエーの共通項 「(イオンとダイエーは)消費者主権という価値観を、ともに共有している。かつてはライバルだったが、恩讐を超えて交われば、(合併による相乗)効果がある」  イオンの岡田社長は買収を発表する記者会見で、こう語っている。確かに、その通りだ。  もともと三重県の小さなスーパーからスタートしたイオンの創業者である岡田卓也氏(87)にとって、ダイエーの買収はひときわ感慨深いものがあるだろう。ローカルスーパーを結集してジャスコ(現イオン)を発足させた岡田氏のスーパー人生は、中内功(※編註:「功」の字は力を刀と書く)氏が率いるダイエーとの死闘の連続だったといっても過言ではない。  1960年代半ば、日本で流通革命が開花した。スーパーの王者は中内・ダイエーだった。ダイエーの大型店が出店すると、ジャスコの店舗は次々と閉鎖に追い込まれた。「タヌキやキツネの出るところ、カエルの鳴くところに店をつくれ」。卓也氏は、こう号令した。ダイエーと同じ商圏で正面から衝突しても勝ち目がないと判断したのだ。  ダイエーが出てこない地方への出店へと戦術を変えた。ダイエーは人口30万以上の都市に出店したが、ジャスコは人口3~5万人の小都市を狙った。破竹の勢いで拡大を続けるダイエーを尻目に、卓也氏は地方への出店に徹し、力を蓄えた。  雌伏15年。卓也氏はダイエーに戦いを挑んだ。84年4月、埼玉県川口市に大型店を出店したのを皮切りに、ダイエーの地盤といわれた太平洋ベルト地帯に超大型店を次々とオープンした。  このときのジャスコは、かつて尻尾を巻いて退散したジャスコではなかった。ジャスコがダイエーの近くに出店すると、今度は、ダイエーの店舗が次々とシャッターを下ろすことになった。流通業界では、これを「(ジャスコの)弔い合戦」と呼んだ。  ダイエーに勝利した卓也氏は、89年9月、グループ名をイオンと命名した。イオンはラテン語で永遠を意味する。  バブル崩壊が両社の明暗を分けた。イオンは総合スーパー中心のビジネスモデルから、郊外型ショッピングセンター(SC)に転換した。数多くの専門店やアミューズメントの施設を揃えた大規模なショッピングモールを全国で120も展開、SC事業は営業利益の22%を叩き出す収益の柱となった。  かつて小売業のトップだったダイエーは、バブル崩壊後に多角化の失敗で経営が悪化。2004年に官製ファンド・産業再生機構の支援を仰ぎ、なんとか倒産を免れた。06年に丸紅が44.6%の株を取得して子会社にした。07年にはイオンが丸紅からダイエー株を買って第2位株主になった。だが、業績不振に歯止めがかからず、13年2月期の当期損益は37億円の赤字になる見通しだ。赤字の計上は5期連続になる。  884億円を投下し、歴代の社長を送り込んできた丸紅は、ダイエーを再建できなかった。丸紅社内では「(ダイエーは)最大の失敗案件」と囁かれていた。  岡田社長は「誰が責任者なのかはっきりしなかったことで、ダイエーは再建できなかった」と言い切る。商品の供給は丸紅、店舗の運営はイオンという役割分担だったが、無責任体制になってしまった。結局のところ、丸紅に小売業をハンドリングする経営ノウハウがなかったということだ。丸紅が保有している株式のうち約5%を残すのは、ダイエーへの商品の納入(推定で年間700~800億円)を継続するためだというが、イオンとイオンの筆頭株主の三菱商事がそんなことを許すとは思えない。丸紅はどこまで甘いのか。この際、全株を売却してダイエーから撤退すべきだったのだ。  イオンと丸紅は08年まで提携関係にあったが、イオンは突如として三菱商事から5%出資を受け入れ、三菱商事が筆頭株主になった。丸紅は、この時、イオンを失い、今度はダイエーの商権を失うことになるだろう。  ダイエーはかつてのライバル、イオンに呑み込まれることになったが、中内・ダイエーが流通業界に残した足跡は消えることはない。中内氏の安売り哲学は、「いくらで売ろうと勝手」という破壊力のある言葉に込められている。それまで価格決定権はメーカーに握られていた。中内氏は「価格はわれわれがつくるんだ」と声高に言い、メーカーに対抗する力を売る側が持とうとした最初の流通人だった。  メーカーから見れば、中内・ダイエーのやり方は価格破壊そのものだった。価格破壊がなかったら、今日のコンビニエンスストアやユニクロの隆盛はなかった。中内功氏は消費者主権の先駆者だったのである。 (文=編集部) ■おすすめ記事 中野美奈子アナ、“古巣フジテレビ地獄の日々”発言について「言葉が一人歩き」と釈明 明日の矢部浩之&青木裕子結婚式生中継について、岡村「放送時間内に収まり切らない」 損失“飛ばし”、不当便宜供与…大手新聞社、合併で次々浮き彫りになる不祥事 ソフトバンク、12年度の携帯電話契約純増数で首位 ドコモは3位転落 「明日会社が潰れるかも……」“一寸先は闇”となった現代社会を生き残る術とは?