「10月クールのドラマがもうすぐ始まりますが、このクールはテレ朝の独り勝ちになるんじゃないかともっぱらです。米倉涼子さん主演の『ドクターX~外科医・大門未知子~』に加えて、『相棒』、『科捜研の女』と3本柱が投入されますからね。3本の平均視聴率は20%近くいくでしょうね」(テレビ局関係者) 10月クールで第5シーズンを迎える米倉涼子主演のドラマ『ドクターX~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系)。第4シーズンまでの平均視聴率が21.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、昨今のドラマの中ではズバ抜けて高い数字を残している。 「テレビ朝日は“ドラマのテレビ朝日”にするために、ある程度数字を残した作品はどんどん続編を制作していくそうです。早くて1年に1回、遅くても2年に1回のペースでやるとのこと。今年の4月にシーズン2が放送された天海祐希さん主演の『緊急取調室』も再来年の4月クールでの放送が、すでに決定したようです。『相棒』以外は、女性が主役の作品が人気を得る傾向があるようですね」(芸能事務所関係者) その“ドラマのテレビ朝日”を支えているのも、また2人の女性脚本家だという。 「それが、『ドクターX~外科医・大門未知子~』の中園ミホさんと、『緊急取調室』の井上由美子さんです。他にも優秀な脚本家を抱えていて、まず脚本が抜群に面白いのが、テレビ朝日のドラマの特徴です。医療ドラマ、刑事ドラマが多いのも特徴で、この路線はテレビ朝日の得意ジャンルみたいになってますね。テレビ朝日には優秀なプロデューサーもたくさんいて、優秀な人がいたら制作会社から引っ張ってテレ朝の社員にすることもありますからね。どこかの局みたいにコネで入るってことがあまりないのがいいのかもしれませんね」(ドラマスタッフ) まずは『ドクターX』の初回視聴率に注目だ。テレビ朝日『ドクターX~外科医・大門未知子~』番組公式サイトより
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NHK朝ドラ『ひよっこ』復調の裏にあった“放送休止寸前”の大ピンチ!「台本が上がってこない……」
放送開始当初より評判は良かったものの、序盤は数字上、苦戦を強いられてきたNHK朝の連続テレビ小説『ひよっこ』。 第13週の「ビートルズがやって来る」で初めて週単位の平均視聴率20%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)の大台を超え、第16週「アイアイ傘とノック」以降は、ずっと20%以上をキープしてきた。 評判のほうを数字が追いかけるように、じわじわと右肩上がりに数字を上げた形である。しかし、復調の裏には意外なピンチがあったという。NHK関係者は次のように漏らす。 「実は台本が遅れに遅れ、なかなか上がってこない状態で、途中、本当にヒヤヒヤする時期がありました」 脚本を手掛けているのは、ご存じ、ベテランの岡田惠和。脚本家としてのキャリアだけでなく、朝ドラにおいても『ちゅらさん』『おひさま』に続く3作目で、これは過去に4作を手掛けた橋田壽賀子に次ぐ多さである。また、いずれの朝ドラもヒットさせてきた、「朝ドラのエース」といっていい存在だ。 しかも、これまでの2作においても、ここまでの遅れにはならなかったらしい。さらにいえば、「実在のモデルがいないので、ストーリー展開が見えていない」ということでも、過去2作と同様である。 では『ひよっこ』で、なぜ台本が遅れに遅れたのか? 「『ひよっこ』は、強いドラマ性で引っ張るのではなく、普通の女の子の普通の暮らしを描いていくという作品。脇のキャラも一人一人愛情を込めて丁寧に描かれていることが特徴で、それが大きな魅力なのですが、物語が大きく動くときには慎重になったのではないでしょうか。その理由はわかりませんが、ともかく、一時は台本が上がっていないから、撮ろうにも撮るものが何もないこともありました。最悪の場合、完走できないんじゃないかと不安になるほどでした」(前出関係者) しかし、そんな冷や汗モノの状況においても、現場の雰囲気がピリつくことはなく、常に良い状況にあったという。 「出演者もスタッフも常々口にしていたのは、『脚本が素晴らしい』ということですね。岡田さんの脚本にすっかり魅了されている状態で、岡田さんが描こうとしているものが絶対に面白いということがわかっているから、慌てず騒がず、待つ状態だったのではないかと思います」(同) 序盤の数字の苦戦ぶりにも悲観することなく、脚本の力を誰もが信じ、ブレることなく、出演者・スタッフが一丸となって作品に向き合い続けてきたことが、大評判と、さらには視聴率上昇にまでつながっていったようだ。 放送期間も残り1週間強。どのようなラストを迎えるのか、有終の美をしっかりと見守りたい。
NHK朝ドラ『ひよっこ』復調の裏にあった“放送休止寸前”の大ピンチ!「台本が上がってこない……」
放送開始当初より評判は良かったものの、序盤は数字上、苦戦を強いられてきたNHK朝の連続テレビ小説『ひよっこ』。 第13週の「ビートルズがやって来る」で初めて週単位の平均視聴率20%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)の大台を超え、第16週「アイアイ傘とノック」以降は、ずっと20%以上をキープしてきた。 評判のほうを数字が追いかけるように、じわじわと右肩上がりに数字を上げた形である。しかし、復調の裏には意外なピンチがあったという。NHK関係者は次のように漏らす。 「実は台本が遅れに遅れ、なかなか上がってこない状態で、途中、本当にヒヤヒヤする時期がありました」 脚本を手掛けているのは、ご存じ、ベテランの岡田惠和。脚本家としてのキャリアだけでなく、朝ドラにおいても『ちゅらさん』『おひさま』に続く3作目で、これは過去に4作を手掛けた橋田壽賀子に次ぐ多さである。また、いずれの朝ドラもヒットさせてきた、「朝ドラのエース」といっていい存在だ。 しかも、これまでの2作においても、ここまでの遅れにはならなかったらしい。さらにいえば、「実在のモデルがいないので、ストーリー展開が見えていない」ということでも、過去2作と同様である。 では『ひよっこ』で、なぜ台本が遅れに遅れたのか? 「『ひよっこ』は、強いドラマ性で引っ張るのではなく、普通の女の子の普通の暮らしを描いていくという作品。脇のキャラも一人一人愛情を込めて丁寧に描かれていることが特徴で、それが大きな魅力なのですが、物語が大きく動くときには慎重になったのではないでしょうか。その理由はわかりませんが、ともかく、一時は台本が上がっていないから、撮ろうにも撮るものが何もないこともありました。最悪の場合、完走できないんじゃないかと不安になるほどでした」(前出関係者) しかし、そんな冷や汗モノの状況においても、現場の雰囲気がピリつくことはなく、常に良い状況にあったという。 「出演者もスタッフも常々口にしていたのは、『脚本が素晴らしい』ということですね。岡田さんの脚本にすっかり魅了されている状態で、岡田さんが描こうとしているものが絶対に面白いということがわかっているから、慌てず騒がず、待つ状態だったのではないかと思います」(同) 序盤の数字の苦戦ぶりにも悲観することなく、脚本の力を誰もが信じ、ブレることなく、出演者・スタッフが一丸となって作品に向き合い続けてきたことが、大評判と、さらには視聴率上昇にまでつながっていったようだ。 放送期間も残り1週間強。どのようなラストを迎えるのか、有終の美をしっかりと見守りたい。
NHK朝ドラ『ひよっこ』復調の裏にあった“放送休止寸前”の大ピンチ!「台本が上がってこない……」
放送開始当初より評判は良かったものの、序盤は数字上、苦戦を強いられてきたNHK朝の連続テレビ小説『ひよっこ』。 第13週の「ビートルズがやって来る」で初めて週単位の平均視聴率20%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)の大台を超え、第16週「アイアイ傘とノック」以降は、ずっと20%以上をキープしてきた。 評判のほうを数字が追いかけるように、じわじわと右肩上がりに数字を上げた形である。しかし、復調の裏には意外なピンチがあったという。NHK関係者は次のように漏らす。 「実は台本が遅れに遅れ、なかなか上がってこない状態で、途中、本当にヒヤヒヤする時期がありました」 脚本を手掛けているのは、ご存じ、ベテランの岡田惠和。脚本家としてのキャリアだけでなく、朝ドラにおいても『ちゅらさん』『おひさま』に続く3作目で、これは過去に4作を手掛けた橋田壽賀子に次ぐ多さである。また、いずれの朝ドラもヒットさせてきた、「朝ドラのエース」といっていい存在だ。 しかも、これまでの2作においても、ここまでの遅れにはならなかったらしい。さらにいえば、「実在のモデルがいないので、ストーリー展開が見えていない」ということでも、過去2作と同様である。 では『ひよっこ』で、なぜ台本が遅れに遅れたのか? 「『ひよっこ』は、強いドラマ性で引っ張るのではなく、普通の女の子の普通の暮らしを描いていくという作品。脇のキャラも一人一人愛情を込めて丁寧に描かれていることが特徴で、それが大きな魅力なのですが、物語が大きく動くときには慎重になったのではないでしょうか。その理由はわかりませんが、ともかく、一時は台本が上がっていないから、撮ろうにも撮るものが何もないこともありました。最悪の場合、完走できないんじゃないかと不安になるほどでした」(前出関係者) しかし、そんな冷や汗モノの状況においても、現場の雰囲気がピリつくことはなく、常に良い状況にあったという。 「出演者もスタッフも常々口にしていたのは、『脚本が素晴らしい』ということですね。岡田さんの脚本にすっかり魅了されている状態で、岡田さんが描こうとしているものが絶対に面白いということがわかっているから、慌てず騒がず、待つ状態だったのではないかと思います」(同) 序盤の数字の苦戦ぶりにも悲観することなく、脚本の力を誰もが信じ、ブレることなく、出演者・スタッフが一丸となって作品に向き合い続けてきたことが、大評判と、さらには視聴率上昇にまでつながっていったようだ。 放送期間も残り1週間強。どのようなラストを迎えるのか、有終の美をしっかりと見守りたい。
映画化決定の山下智久『コード・ブルー』に「脚本家戻せ」の大合唱! “安達版”が不評のワケ
2018年公開に映画版が公開予定の『コード・ブルー~ドクターヘリ緊急救命~』に対し、同シリーズのファンから「脚本家を戻せ」との声が相次いでいる。 18日に最終回が放送されたフジテレビ系“月9”ドラマ『コード・ブルー~ドクターヘリ緊急救命~THE THIRD SEASON』は、全話平均視聴率14.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)を記録。これは、7月期民放ドラマにおいて、断トツのトップだ。 「フジはこの数字に気をよくし、早い段階で映画化を決定。宮内正喜新社長も一部スポーツ紙のインタビューで、同作のヒットで局内に『活気が出てきた』と語っている。確かに、数字的には『コード・ブルー』シリーズの需要の高さを証明する形となったものの、同時に質の低下が従来のシリーズのファンを落胆させたのも事実。3rdシーズンは明らかに『コード・ブルー』の良さが打ち消されていたため、映画版にも不安が過ぎります」(テレビ誌記者) 『コード・ブルー~ドクターヘリ緊急救命~THE THIRD SEASON』は、2010年に全話15%超えを記録した2ndシーズンから、約7年ぶりの復活。山下智久、新垣結衣、戸田恵梨香、比嘉愛未、浅利陽介という当初からの主要キャストが再集結したほか、Hey! Say! JUMP・有岡大貴、成田凌、新木優子、馬場ふみかが加わり、キャストの若返りが図られた。 また、脚本家を『医龍-Team Medical Dragon-』シリーズや『救命病棟24時』シリーズで知られる林宏司氏から、『失恋ショコラティエ』や『リッチマン、プアウーマン』(全てフジテレビ系)を手掛けた安達奈緒子氏に変更。映画版のスタッフはまだ発表されていないものの、引き続き安達氏が手掛ける可能性は高そうだ。 「安達氏は恋愛ドラマのイメージが定着していることもあり、放送前から『コード・ブルー』ファンは不安を吐露していた。案の定、放送が始まると、病院内の人間ドラマが中心となり、『さっさと、ドクターヘリ飛ばせ!』とファンの不満が爆発。特に、戸田演じる医者と患者の不倫をほのめかすような恋愛展開には、『恋愛要素いらない』『林さんなら、こんなことには……』といった声が相次ぎました」(同) とはいえ、数字的には大成功。この調子なら、映画版もヒットしそうに思えるが……。 「ネット上では、『脚本家戻さないなら、見に行かない』という声も目立ち、果たしてお金を払ってまで安達版『コード・ブルー』を見たいのか? という点は不安要素とも……。安達氏は、中高生をターゲットにした恋愛映画『ひるなかの流星』を手掛けたことはあるものの、やはり医療など専門的な分野となると弱い部分も見える。一方、林氏は 大森南朋主演の社会派ドラマ『ハゲタカ』(NHK)が高評価を得、映画化させた実績もありますから、やはり林氏に戻すほうが賢明では?」(同) 数字とは裏腹に、厳しい声が寄せられている『コード・ブルー』。フジに視聴者の声は届くだろうか?
カンナが土木作業員に!? まったく涙腺がゆるまない“涙のラスト”も平均視聴率2ケタ記録『カンナさーん!』最終話
お笑い芸人・渡辺直美がポジティブなシングルマザー役を演じるドラマ『カンナさーん!』(TBS系)の最終話が19日に放送され、平均視聴率10.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)を記録。その結果、全10話平均視聴率10.2%と、2ケタ台で幕を閉じることに成功しました。 さて、それでは最後のレビュー。河東カンナ(渡辺直美)は前回、ファッションデザイナーとして長年勤めてきた会社を早期退職することが決定しました。そのため再就職先を探し始めるのですが、なかなかうまくいきません。 その一方、カンナの元夫・鈴木礼(要潤)が経営するCG制作会社にトラブル発生。クライアントが倒産してしまったため、外注先への支払い5,000万円を借金しなければならなくなってしまったのです。しかし、カンナと再婚するためにマンションを購入したばかりの礼に、そんな大金はありません。困った挙句、両親にお金を都合してくれと頭を下げるのですが、「自分の力で解決しなさい」と、父・徹三(遠山俊也)に突き放されてしまいます。また、柳子(斉藤由貴)からは、借金返済の覚悟を決めるためカンナと息子・麗音(川原瑛都)とは縁を切るよう言い渡されてしまうのです。 柳子の言いつけに従い、カンナに「好きな人ができたからもう会わない」と嘘をついて縁を切ろうとする礼ですが、その嘘はあっさり見抜かれてしまいます。そして、借金のことを打ち明けると、カンナはマンションを売り払ってでも借金返済に協力すると言ってくれるのです。これに感激した礼は、勢いのままにプロポーズ。しかし、「今じゃないでしょ」と断られてしまいます。 借金返済のためにも早急に再就職先を見つけなければと焦るカンナですが、事はうまく運ばず。そんな折、工事現場で働く沙知(高橋メアリージュン)の姿が視界に飛び込み、その活き活きとした様子に目を奪われてしまうのです。その姿をぼんやり眺めていると、現場主任から「ウチで働きてーのか」と声をかけられ、勢いのままに働くことを決意します。 一方、第3話から第6話でカンナと恋仲になったファッション業界の大物・ニック難波(加藤雅也)がニューヨークから帰国。カンナとは会えずじまいでしたが、借金とカンナへのプロポーズ失敗で落ち込む礼に対して「何度でもトライしろ」と激励して去って行くのです。 ニックに勇気づけられた礼は、工事現場で働くカンナの元へ駆けつけます。そして、最初の結婚の時と同様、バイオリンの演奏者やプロジェクションマッピングを用いてのロマンティックな演出でプロポーズ。今度はカンナからOKをもらえ、小さいアパートの一室ながらもひとつ屋根の下で親子3人の生活を再開させたところでドラマは終了となりました。 さて、感想ですが、今回はこれまでにも増してツッコミどころ満載でした。まず、柳子が礼に対して、カンナと麗音とはもう会うなと言うシーン。これまでのやり取りを考えれば「カンナと」はわかりますが、猫かわいがりしていた麗音とまで縁切りしろと言う意味がわかりませんでした。 それと、その柳子の忠告を受けた礼が、もう会わないとカンナに切り出したシーン。「俺の不幸に2人を巻き込みたくない」と語るのですが、これまで何度も浮気し、離婚する原因をつくった張本人が何を言っているのかと噴飯ものでした。また、借金返済に協力するとカンナから言われた後、「俺にはやっぱりカンナが必要だ」と言ってしまえる都合の良さと、結果的にそれを受け入れてしまうカンナの甘さは典型的なダメ男とそれに引きずられるダメ女の構図。全10回の放送中ずっとつかず離れずを繰り返していましたが、さすがに見飽きてしまいました。 それともう1つ、カンナが工事現場で働くシーンがひっかかりました。現場のおっちゃんがいきなり「ウチで働きてーのか」なんて声をかけますかね。それを受けてカンナはすぐに働き始めるのですが、たとえ泥臭くとも困難に立ち向かうポジティブな姿を見せたかったのでしょうか。その割にメイクがばっちりだっため、まったく無意味な演出に思えてしまいました。 演出といえば、最後の礼のプロポーズ。そのシーン直前にCM入りする際、「涙のラスト」というテロップが流れたのですが、どこに涙を流す要素があったのでしょうか。借金を抱えた奴が何を呑気なことしているのかと冷めた目で見てしまい、涙腺がゆるむことはありませんでした。 今回に限らず、全体を通してご都合主義な展開が目立った『カンナさーん!』ですが、視聴率的には大健闘。ネット上ではカンナのポジティブな姿に元気をもらえたという声もありますから、もしかしたら続編制作もあり得るかもしれませんね。その時にはもう少し、カンナと礼以外の出演者たちのキャラも掘り下げるようなストーリー展開を期待したいです。 (文=大羽鴨乃)TBS系『カンナさーん!』番組公式サイトより
最終回6.0%の『僕たちがやりました』 原作以上の残酷さに痺れる「物語が主人公を救わない」物語
この8月で29歳になった窪田正孝が高校生役を演じることに「無理がある」とか「ない」とかいう話題も、すっかり懐かしくなった『僕たちがやりました』(フジテレビ系)も最終話。このドラマに関しては、気に食わない人は徹底的に気に食わなかったようで、視聴率は今回も6.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と前回の第9話を下回りました。 で、結論から言えば、面白かったです。面白かったという感想を前提に、話を進めます。 (前回までのレビューはこちらから) 前回、野音で開催されているコンサートに乱入し、ド派手な“自首”を敢行したトビオ(窪田正孝)たち矢波高爆破事件の真犯人4人組。一度は揉み消されたその容疑を自白し、互いに手を取りながら「僕たちがやりました!」と絶叫。清々しい表情を浮かべていましたが、そんなに事は思い通りには進みません。何しろこのドラマでは、冒頭の爆破事件からして、何ひとつ彼らの思い通りには進まないのです。 彼らの“自首”がひとしきり終わると、ステージには動物マスクをかぶった怖い人たちがハンマーを担いで乱入。思い切り4人の頭をブッ叩いて、そのまま拉致していきました。 案の定、拉致したのは容疑をもみ消したパイセン(今野浩喜)の父親・輪島宗十郎(古田新太)の手下たちでした。トビオが目を覚ますと、廃倉庫のような場所。顧問弁護士の西塚(板尾創路)と、パイセンの異母弟で超怖いレイム(山田裕貴)がいて、一緒に拉致されてきたパイセンと伊佐美(間宮祥太朗)、マル(葉山奨之)は正座させられています。 弁護士は、とりあえずパイセンだけ殺して闇に葬って、あとの3人は逃がすことにしたようです。マルと伊佐美は言うことを聞いてすぐ逃げましたが、トビオは逃げません。 「逃げた2人のほうが意味わかんねえよ、今までの自分、殺すために来たんじゃねえのかよ!」 レイムくんは、パイセンに加えてトビオも殺せることになったので、楽しそうです。飛びかかってきたトビオに暴れられてナイフこそ手放してしまったものの、パイセンに馬乗りになってボコボコにしています。 「上手くいくと思ったか? 世の中、お前が勝つようにはできてねえんだわ。ゴミは死ぬまでゴミなんだよ!」 拳とともに、レイムくんの言葉のナイフがパイセンに突き刺さります。しかしその直後、レイムくんの腹にパイセンの手にしたナイフがぐっさりと刺さるのでした。 「俺のどこが悪いねん、どこがゴミやねん。俺がゴミやったらお前らもゴミやぞ! 同じ人間ちゃうんか! みんなゴミちゃうんか! 生きる価値なんか、みなないぞ!」 転がるレイムくんに、今度はパイセンが馬乗りになります。 「俺はただ、楽しく生きたかっただけじゃ!」 ナイフが振り下ろされ、レイムくんは息絶えました。 レイムくんを殺害したパイセンを、警察が確保。それでも結局、輪島が裏から手を回し、パイセンは誤認逮捕で錯乱し、トビオたち高校生3人を脅迫して“自首”を試みたものの、結局「矢波高爆破事件は起こしていない」ということになり、トビオはまたしても罪を償う機会を失うのでした。 というところまでは、細部こそ違えど、ほぼ原作通り。ここから、大きな改変が行われることになります。 ■この改変に「主演・窪田正孝の見せ場を作る」以上の意味があったのか このドラマは、オリジナルキャラを投入したり時系列をいじったりしながらも、話の筋の“面白さ”や“作品の思想”といった部分は、原作コミックに頼り切っていたように見えました。ドラマ単体で何かを主張することはなく、だからこそ原作ファンからも「原作通りだ!」という評価を得てきたのだと思います。 以前より、「ラストはオリジナルになる」と公言されてきた『僕やり』が、いよいよそのラストに向けて走り出すことになります。 普段からパイセンが入り浸っていたトビオたちの高校には、マスコミが大挙して押し寄せています。そのマスコミに対し、トビオは屋上から、再び“自首”を試みます。 自分たちが真犯人であることを証明するため、余っていた爆弾を教室の窓ガラスに仕掛け、それを爆発させたのです。2階の教室のガラスが、1枚割れます。とても、10人も死者が出るような爆発ではありません。 「あの日、俺らがやろうとしてたのは、たったこれだけのことだったんだよ!」 プロパンガスに引火し、大爆発が起こってしまったあの事件。10人も死んで、実感がわかなくて、ただ怖くて、ずっと逃げて、関係ない人まで巻き込んで、大事な人まで騙して、死ぬこともできなくて、そんな自分でも「最高の友だちだ」と言ってくれた爆破事件被害者の市橋(新田真剣佑)も自殺しちゃって、もうどうしたらいいのか、トビオは本当にわからないのです。 だから、やっぱり自首するしかなかった。自由になるためには、自首するしかなかった。 「ごめんなさい、ごめんなさい、頼むから、俺たちを捕まえてくれよ……」 トビオの告白は、しこたま胸を打ちます。テレビで見ていた伊佐美もマルも、すぐに出頭するしかありません。 自首することで自由になろうとした若者が、結局自首できず、罪を償う機会を与えられないまま、その後の人生を過ごす苦悩が描かれたのが、原作のラストでした。一方でドラマ版のトビオは、自首に成功します。 ここまで語られてきた物語の定義として「自由を得るための唯一の方法は自首」でした。そして原作では、「あの事件で自首できなかったから、その後もトビオは自由ではなかった」という形のエピローグになっています。ドラマでは、事件について正反対の落とし前がつけられました。どちらがいいとか悪いとかいう話ではなく、それだけ大きな改変が行われたということです。 おかげで、最終回にふさわしい主人公の大演説シーンが繰り広げられ、ドラマは大いに盛り上がることになりました。 ■「罪を償った」はずのドラマ版では、物語はトビオを救わない トビオ、伊佐美、マルの3人は、どうやら少年院に送られたようです。出所後、トビオは職を転々としますが、どこに行っても矢波高爆破事件のネットニュース記事が残っているせいで、自主退社を余儀なくされています。もう事件から、10年が経っていました。 そしてある日、出所してきたパイセンが3人に集合をかけます。4人は再会を喜び合いますが、あのころのように楽しかったのは、ほんのひとときでした。 パイセンは、お笑い芸人を目指すと言います。小坂から大坂に改名し、獅子舞をかぶって「ファルコン大坂」という芸名で、ピン芸人をやると言うのです。もうすでに、ピンネタも作っていました。あまりにしょうもないので、伊佐美とマルは帰っちゃいました。 トビオは「人を殺してるのに、楽しそうに夢を語っている」パイセンが気に食わない様子。しかし、パイセンは「生きてんねんやから、しゃーないやろ」と言います。残っているのは「笑いだけなんよ」と。まあ初回からいろいろギャグとかやってたパイセンですが、売れる見込みがないことは誰の目にも明らかです。それでも「生きてんねんやから、しゃーないやろ」と。「トビオ、お前には何が残ってる?」と。 トビオは目を伏せ、静かにそれを言葉にします。 「ときどき、死にたくなる自分です」 パイセンの返事は重く、とても優しいものでした。 「そうか、でも、たまーに死にたくなるのが、お前が生きてる証拠や」 伊佐美は2人目の子どももできて、幸せに暮らしていました。マルは自首作戦に費やしたパイセンの金の余りをくすね、その資金でキャバクラを開業し、相変わらずしたたかに生きています。事件前に、彼らが標榜していた「そこそこの日常」を生きています。 この再会のくだりも、ほとんど原作のままのセリフ回しで再現されました。違うのは、原作のトビオも「ときどき死にたくなる」ものの、仕事も家庭もあって、それなりに「そこそこの日常」を生きているということです。その日常の中で、それでも絶対に拭いきれない罪悪感との折り合いの付け方を見出し、とりあえずは苦しみから解放されながら生きていくことになります。 ドラマ版のトビオは、「いつか望んでいたそこそこの日常は、もう永遠に手にすることはできない」と言います。「永遠に」だし、それでも「生きる、生き続けなきゃ……」と悲壮な決意を持って、終幕を迎えます。 これ、めちゃくちゃ残酷だなーと思ったんです。自首が成功して、少年院に入っても罪悪感が軽くならないなら、じゃあどうすればいいんですか、脚本家さんと。トビオは、ほんのイタズラに加担しただけで、一生苦しめというのですかと。そこそこの日常が永遠に手に入らない人生を、それでも「生き続けろ」と、最後の最後で主人公に救いを与えず突き放した脚本に、背筋が寒くなるのです。結果、ドラマ版の『僕たちがやりました』がトビオに与えた人生は、地獄そのものでしかありませんでした。 そしてたぶん、それは脚本が意図的に与えたものではなかったはずです。ドラマ版のオリジナルのラストシーンを模索していくうちに、やはり窪田くんの見せ場を増やした方がよかろうという判断から「屋上での大演説→自首成功」というシークエンスが生まれ、それにGOサインが出た。結果、自由になりたくて自首したはずのトビオに、物語は自由を与えることができなかった。表面上は取り繕ったものの、どうしても思想的な辻褄が合わなくなってしまったのだと思います。 最終回を盛り上げることと引き換えに、物語のメッセージがボヤけることになった。テレビドラマとしてそれがいいとか悪いとかいう話でなく、じっくり見ていて「そういう状態になってるなー」と感じた、という話です。 ■じゃあ、どこが面白かったのか テンポのいい演出と劇伴がいいね、ということは何度も書いていますが、『僕たちがやりました』の最大の長所は、やっぱり俳優だと思います。 主演の窪田正孝は、初回のボンヤリ感からして見事に高校生だったと思いますし、中盤の逃亡シーンでも、そのボンヤリ感をずっと残したまま、過酷な状況に身を置いていました。 ボンヤリ感がクライマックスまで残っていたことにより、最終回の屋上での演説の必死感、たどり着いた感がより際だつことになったと思います。“キャラが薄い”ことが個性だったトビオという役を、キャラが薄いまま最終局面まで運んできたのは明らかに計算された演技プランのはずですし、第1話の冒頭と最終話のラストで、まるで別人のような顔に見えたことは、主役が物語を演じきったことの証左だと思います。 間宮祥太朗と葉山奨之は、このドラマを見ていた人からすると、しばらくは「伊佐美の人」「マルの人」というイメージが抜けないのではないでしょうか。ともにマンガ的なデフォルメを残しつつ、デフォルメのないトビオとの対話を違和感なくこなしていました。その上で間宮は根っからのヤリチンに見えたし、葉山はクソ野郎に見える。そして、間宮は最終話でも基本いい奴であまり変わってないし、葉山はクソ高校生からクソ度合が増したクソ大人に成長しているように見える。振る舞いひとつにも、彼らに流れた10年が見えたような気がします。 永野芽郁はすごいですね。17歳でこの落ち着き、この存在感。セリフ回しにリアリティあるし、表情の変化も大きくて、見ていて楽しい女優さんです。川栄李奈は役回りの関係で振り幅が少なく、能力全開とはいきませんでしたが、安定感あってよかったと思います。 ■そして何より、パイセンなんです 第1話のレビューも書きましたが、この物語のキーになるのは、明らかにパイセンだと思いました。キャラも顔面もセリフも、まったくリアリティが考慮されないマンガキャラ。普通に考えて、実写にしたらスベるし、冷めるし、画面から浮くし、演じる俳優が損をする役回りです。そういうキャラが、物語の中心に立ってる。難役だし、重い仕事だと思いました。 今野浩喜、最初から最後まで、まったくスベってません。画面上でスベりながら、役柄としてスベらない。こんなことをできる役者って、日本に何人いるのかってレベルだと思いました。ホメ過ぎでもなんでもなく、すげえー! と思ったのです。 というか、白状してしまえば、わたしは今野くんとは古い知り合いで、彼のキャリアについてもよく知っていますので、今野くんが校舎の壁を乗り越えたり護送車に乗せられたりしているシーンには変な笑いが出てしまいましたし、最終回で「俺には笑いしか残ってない」とか言われたら変に泣きそうになってしまったりしちゃうわけですが(このセリフは今野への当て書きではなく原作通りです)、そういうの抜きにしても、この作品での当たり役は俳優としてのさらなる飛躍のきっかけになると思うし、なってほしいと願うのです。 独特な顔面に加え、長年コントで培った独特な会話リズム、ナレーション仕事もこなす意外に独特な美声、奇妙に整った独特なスタイルなど、使われようによっては、まだまだ新しい今野浩喜が見られると思いますので、みなさま何卒よろしくお願いいたします。 (文=どらまっ子AKIちゃん)関西テレビ『僕たちがやりました』番組公式サイトより
最終回6.0%の『僕たちがやりました』 原作以上の残酷さに痺れる「物語が主人公を救わない」物語
この8月で29歳になった窪田正孝が高校生役を演じることに「無理がある」とか「ない」とかいう話題も、すっかり懐かしくなった『僕たちがやりました』(フジテレビ系)も最終話。このドラマに関しては、気に食わない人は徹底的に気に食わなかったようで、視聴率は今回も6.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と前回の第9話を下回りました。 で、結論から言えば、面白かったです。面白かったという感想を前提に、話を進めます。 (前回までのレビューはこちらから) 前回、野音で開催されているコンサートに乱入し、ド派手な“自首”を敢行したトビオ(窪田正孝)たち矢波高爆破事件の真犯人4人組。一度は揉み消されたその容疑を自白し、互いに手を取りながら「僕たちがやりました!」と絶叫。清々しい表情を浮かべていましたが、そんなに事は思い通りには進みません。何しろこのドラマでは、冒頭の爆破事件からして、何ひとつ彼らの思い通りには進まないのです。 彼らの“自首”がひとしきり終わると、ステージには動物マスクをかぶった怖い人たちがハンマーを担いで乱入。思い切り4人の頭をブッ叩いて、そのまま拉致していきました。 案の定、拉致したのは容疑をもみ消したパイセン(今野浩喜)の父親・輪島宗十郎(古田新太)の手下たちでした。トビオが目を覚ますと、廃倉庫のような場所。顧問弁護士の西塚(板尾創路)と、パイセンの異母弟で超怖いレイム(山田裕貴)がいて、一緒に拉致されてきたパイセンと伊佐美(間宮祥太朗)、マル(葉山奨之)は正座させられています。 弁護士は、とりあえずパイセンだけ殺して闇に葬って、あとの3人は逃がすことにしたようです。マルと伊佐美は言うことを聞いてすぐ逃げましたが、トビオは逃げません。 「逃げた2人のほうが意味わかんねえよ、今までの自分、殺すために来たんじゃねえのかよ!」 レイムくんは、パイセンに加えてトビオも殺せることになったので、楽しそうです。飛びかかってきたトビオに暴れられてナイフこそ手放してしまったものの、パイセンに馬乗りになってボコボコにしています。 「上手くいくと思ったか? 世の中、お前が勝つようにはできてねえんだわ。ゴミは死ぬまでゴミなんだよ!」 拳とともに、レイムくんの言葉のナイフがパイセンに突き刺さります。しかしその直後、レイムくんの腹にパイセンの手にしたナイフがぐっさりと刺さるのでした。 「俺のどこが悪いねん、どこがゴミやねん。俺がゴミやったらお前らもゴミやぞ! 同じ人間ちゃうんか! みんなゴミちゃうんか! 生きる価値なんか、みなないぞ!」 転がるレイムくんに、今度はパイセンが馬乗りになります。 「俺はただ、楽しく生きたかっただけじゃ!」 ナイフが振り下ろされ、レイムくんは息絶えました。 レイムくんを殺害したパイセンを、警察が確保。それでも結局、輪島が裏から手を回し、パイセンは誤認逮捕で錯乱し、トビオたち高校生3人を脅迫して“自首”を試みたものの、結局「矢波高爆破事件は起こしていない」ということになり、トビオはまたしても罪を償う機会を失うのでした。 というところまでは、細部こそ違えど、ほぼ原作通り。ここから、大きな改変が行われることになります。 ■この改変に「主演・窪田正孝の見せ場を作る」以上の意味があったのか このドラマは、オリジナルキャラを投入したり時系列をいじったりしながらも、話の筋の“面白さ”や“作品の思想”といった部分は、原作コミックに頼り切っていたように見えました。ドラマ単体で何かを主張することはなく、だからこそ原作ファンからも「原作通りだ!」という評価を得てきたのだと思います。 以前より、「ラストはオリジナルになる」と公言されてきた『僕やり』が、いよいよそのラストに向けて走り出すことになります。 普段からパイセンが入り浸っていたトビオたちの高校には、マスコミが大挙して押し寄せています。そのマスコミに対し、トビオは屋上から、再び“自首”を試みます。 自分たちが真犯人であることを証明するため、余っていた爆弾を教室の窓ガラスに仕掛け、それを爆発させたのです。2階の教室のガラスが、1枚割れます。とても、10人も死者が出るような爆発ではありません。 「あの日、俺らがやろうとしてたのは、たったこれだけのことだったんだよ!」 プロパンガスに引火し、大爆発が起こってしまったあの事件。10人も死んで、実感がわかなくて、ただ怖くて、ずっと逃げて、関係ない人まで巻き込んで、大事な人まで騙して、死ぬこともできなくて、そんな自分でも「最高の友だちだ」と言ってくれた爆破事件被害者の市橋(新田真剣佑)も自殺しちゃって、もうどうしたらいいのか、トビオは本当にわからないのです。 だから、やっぱり自首するしかなかった。自由になるためには、自首するしかなかった。 「ごめんなさい、ごめんなさい、頼むから、俺たちを捕まえてくれよ……」 トビオの告白は、しこたま胸を打ちます。テレビで見ていた伊佐美もマルも、すぐに出頭するしかありません。 自首することで自由になろうとした若者が、結局自首できず、罪を償う機会を与えられないまま、その後の人生を過ごす苦悩が描かれたのが、原作のラストでした。一方でドラマ版のトビオは、自首に成功します。 ここまで語られてきた物語の定義として「自由を得るための唯一の方法は自首」でした。そして原作では、「あの事件で自首できなかったから、その後もトビオは自由ではなかった」という形のエピローグになっています。ドラマでは、事件について正反対の落とし前がつけられました。どちらがいいとか悪いとかいう話ではなく、それだけ大きな改変が行われたということです。 おかげで、最終回にふさわしい主人公の大演説シーンが繰り広げられ、ドラマは大いに盛り上がることになりました。 ■「罪を償った」はずのドラマ版では、物語はトビオを救わない トビオ、伊佐美、マルの3人は、どうやら少年院に送られたようです。出所後、トビオは職を転々としますが、どこに行っても矢波高爆破事件のネットニュース記事が残っているせいで、自主退社を余儀なくされています。もう事件から、10年が経っていました。 そしてある日、出所してきたパイセンが3人に集合をかけます。4人は再会を喜び合いますが、あのころのように楽しかったのは、ほんのひとときでした。 パイセンは、お笑い芸人を目指すと言います。小坂から大坂に改名し、獅子舞をかぶって「ファルコン大坂」という芸名で、ピン芸人をやると言うのです。もうすでに、ピンネタも作っていました。あまりにしょうもないので、伊佐美とマルは帰っちゃいました。 トビオは「人を殺してるのに、楽しそうに夢を語っている」パイセンが気に食わない様子。しかし、パイセンは「生きてんねんやから、しゃーないやろ」と言います。残っているのは「笑いだけなんよ」と。まあ初回からいろいろギャグとかやってたパイセンですが、売れる見込みがないことは誰の目にも明らかです。それでも「生きてんねんやから、しゃーないやろ」と。「トビオ、お前には何が残ってる?」と。 トビオは目を伏せ、静かにそれを言葉にします。 「ときどき、死にたくなる自分です」 パイセンの返事は重く、とても優しいものでした。 「そうか、でも、たまーに死にたくなるのが、お前が生きてる証拠や」 伊佐美は2人目の子どももできて、幸せに暮らしていました。マルは自首作戦に費やしたパイセンの金の余りをくすね、その資金でキャバクラを開業し、相変わらずしたたかに生きています。事件前に、彼らが標榜していた「そこそこの日常」を生きています。 この再会のくだりも、ほとんど原作のままのセリフ回しで再現されました。違うのは、原作のトビオも「ときどき死にたくなる」ものの、仕事も家庭もあって、それなりに「そこそこの日常」を生きているということです。その日常の中で、それでも絶対に拭いきれない罪悪感との折り合いの付け方を見出し、とりあえずは苦しみから解放されながら生きていくことになります。 ドラマ版のトビオは、「いつか望んでいたそこそこの日常は、もう永遠に手にすることはできない」と言います。「永遠に」だし、それでも「生きる、生き続けなきゃ……」と悲壮な決意を持って、終幕を迎えます。 これ、めちゃくちゃ残酷だなーと思ったんです。自首が成功して、少年院に入っても罪悪感が軽くならないなら、じゃあどうすればいいんですか、脚本家さんと。トビオは、ほんのイタズラに加担しただけで、一生苦しめというのですかと。そこそこの日常が永遠に手に入らない人生を、それでも「生き続けろ」と、最後の最後で主人公に救いを与えず突き放した脚本に、背筋が寒くなるのです。結果、ドラマ版の『僕たちがやりました』がトビオに与えた人生は、地獄そのものでしかありませんでした。 そしてたぶん、それは脚本が意図的に与えたものではなかったはずです。ドラマ版のオリジナルのラストシーンを模索していくうちに、やはり窪田くんの見せ場を増やした方がよかろうという判断から「屋上での大演説→自首成功」というシークエンスが生まれ、それにGOサインが出た。結果、自由になりたくて自首したはずのトビオに、物語は自由を与えることができなかった。表面上は取り繕ったものの、どうしても思想的な辻褄が合わなくなってしまったのだと思います。 最終回を盛り上げることと引き換えに、物語のメッセージがボヤけることになった。テレビドラマとしてそれがいいとか悪いとかいう話でなく、じっくり見ていて「そういう状態になってるなー」と感じた、という話です。 ■じゃあ、どこが面白かったのか テンポのいい演出と劇伴がいいね、ということは何度も書いていますが、『僕たちがやりました』の最大の長所は、やっぱり俳優だと思います。 主演の窪田正孝は、初回のボンヤリ感からして見事に高校生だったと思いますし、中盤の逃亡シーンでも、そのボンヤリ感をずっと残したまま、過酷な状況に身を置いていました。 ボンヤリ感がクライマックスまで残っていたことにより、最終回の屋上での演説の必死感、たどり着いた感がより際だつことになったと思います。“キャラが薄い”ことが個性だったトビオという役を、キャラが薄いまま最終局面まで運んできたのは明らかに計算された演技プランのはずですし、第1話の冒頭と最終話のラストで、まるで別人のような顔に見えたことは、主役が物語を演じきったことの証左だと思います。 間宮祥太朗と葉山奨之は、このドラマを見ていた人からすると、しばらくは「伊佐美の人」「マルの人」というイメージが抜けないのではないでしょうか。ともにマンガ的なデフォルメを残しつつ、デフォルメのないトビオとの対話を違和感なくこなしていました。その上で間宮は根っからのヤリチンに見えたし、葉山はクソ野郎に見える。そして、間宮は最終話でも基本いい奴であまり変わってないし、葉山はクソ高校生からクソ度合が増したクソ大人に成長しているように見える。振る舞いひとつにも、彼らに流れた10年が見えたような気がします。 永野芽郁はすごいですね。17歳でこの落ち着き、この存在感。セリフ回しにリアリティあるし、表情の変化も大きくて、見ていて楽しい女優さんです。川栄李奈は役回りの関係で振り幅が少なく、能力全開とはいきませんでしたが、安定感あってよかったと思います。 ■そして何より、パイセンなんです 第1話のレビューも書きましたが、この物語のキーになるのは、明らかにパイセンだと思いました。キャラも顔面もセリフも、まったくリアリティが考慮されないマンガキャラ。普通に考えて、実写にしたらスベるし、冷めるし、画面から浮くし、演じる俳優が損をする役回りです。そういうキャラが、物語の中心に立ってる。難役だし、重い仕事だと思いました。 今野浩喜、最初から最後まで、まったくスベってません。画面上でスベりながら、役柄としてスベらない。こんなことをできる役者って、日本に何人いるのかってレベルだと思いました。ホメ過ぎでもなんでもなく、すげえー! と思ったのです。 というか、白状してしまえば、わたしは今野くんとは古い知り合いで、彼のキャリアについてもよく知っていますので、今野くんが校舎の壁を乗り越えたり護送車に乗せられたりしているシーンには変な笑いが出てしまいましたし、最終回で「俺には笑いしか残ってない」とか言われたら変に泣きそうになってしまったりしちゃうわけですが(このセリフは今野への当て書きではなく原作通りです)、そういうの抜きにしても、この作品での当たり役は俳優としてのさらなる飛躍のきっかけになると思うし、なってほしいと願うのです。 独特な顔面に加え、長年コントで培った独特な会話リズム、ナレーション仕事もこなす意外に独特な美声、奇妙に整った独特なスタイルなど、使われようによっては、まだまだ新しい今野浩喜が見られると思いますので、みなさま何卒よろしくお願いいたします。 (文=どらまっ子AKIちゃん)関西テレビ『僕たちがやりました』番組公式サイトより
現実はこんなに甘くない!? 錦戸亮『ウチの夫は仕事ができない』最終回に卑屈になるワケ
関ジャニ∞・錦戸亮主演のお仕事ホームドラマ『ウチの夫は仕事ができない』(日本テレビ系)。16日放送の最終回の平均視聴率は、前回より0.7ポイントアップの8.0%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。全話平均は8.7%でした。 司(錦戸)が“仕事ができる男”として描かれるようになってからというもの、あの完成度の高い“ションボリ顔”が見られなくなってしまいましたが、最終回であれを超える感動は得られるでしょうか? あらすじを振り返ります。
妻の出産前後に休める会社
出産予定日まで3週間となった沙也加(松岡茉優)のため、「20日から月末まで休みの申請してるから」(予定日は23日)という司(錦戸)。もし、司がお荷物社員のままだったら、同僚に悪態つかれ放題だったかもしれませんね。 また、司は家庭だけでなく、仕事のほうもバリバリ。司が担当した四ツ谷自動車の社内イベントが好評を博し、「超でかい仕事」だという『アジアモーターショー』の仕事まで引っ張ってくることに成功します。 これには、沙也加も大喜び。同時に、万が一、出産と大事な仕事が重なった場合は「仕事を優先してほしいの」と伝えます。 『アジアモーターショー』の最初の打ち合わせ当日、司を送り出した後の沙也加に陣痛が。これをメールで知った司は、動揺しながらも、仕事を優先。 しかし、同僚の田所(Hey! Say! JUMP・薮宏太)のケータイに、司の姉で恋人のみどり(江口のりこ)から「沙也加さんが破水した」との連絡が入ったため、同僚たちがザワザワ。部員全員で司を追いかけ、土方(佐藤隆太)が「そういうときは人に振るんだよ」「こんなにいるんだよ、うちの部には。お前のことを心配してる人間が」「行ってこい!」と促し、司は病院へダッシュ。立会い出産には間に合わなかったものの、即座に「君の名前はねえ、あゆむくんだよ」と名付け。退院後も、沙也加がドン引きするほど育児参加に積極的です。 後日、土方に呼び出された司は、『アジアモーターショー』の打ち合わせに代理で参加した三好と柳田を先方が気に入ったため、2人に引き継いでもいいかと問われ、快諾。 これを知った沙也加は、「本当はもっと、仕事したんじゃないかな」と悩み始めます。さらに、司が「男ってつらいよ」というタイトルの講座を企画していることを知り、「やっぱり無理させてるんだ」とドンヨリ。そんな沙也加を、司は「男ってつらいよ講座」に誘います。山場の長ゼリフ
当日、講座をお願いしていた社会学者が乗っていた飛行機が、エンジントラブルに見舞われ会場に来れないことに。しかし、帰ろうとする受講者たちを、司が「うまく伝えられるかわかりませんが、僕に少し時間をください」と引き止めます。 ここからは、約10分間の長ゼリフがスタート。「この腕の中で、ひざの上で、パパーと見上げてくるあの子をぎゅっと抱きしめられる時間は、とても、とても短い。私は思います。仕事は大切です。生きていくために必要です(略)私たちは、親になって知ったはずです。自分の命よりも、大切な存在がこの世にあることを。子どもは、未来に向かって羽ばたいていきます。子を育てるということは、未来を育てるということなんです。豊かな人生とは、どんな人生なのか?」などと、社会学者の言葉を代弁。 さらに、「どうしても、僕の人生の中で、仕事が一番に来ないんですよね。どうしても、どうしても、家族が一番にきてしまうんです」と、自分のエピソードも。「仕事を一番に考えられない人間は、もしかしたら社会では、できない人と呼ばれてしまうのかもしれません。だとしたら、僕は、胸をはって妻に言います。僕は仕事ができません」と締めると、沙也加号泣。受講者たちからも、温かい拍手が起こります。 その後、田所とみどりの結婚式で、みんなでシャインダンスを踊る場面や、「つかぽんのお嫁さんになれて、一番幸せ。うふふふ」「ありがとう、サーヤ」と司と沙也加のイチャイチャキスシーン、さらに、沙也加の「うちの夫は、たのもしくて、立派な夫だ」とのナレーションが入り、ラストは会社で愛妻弁当を食べる司の画で終了です。沙也加が妬ましい……
すなわち『ウチの夫は仕事ができない』とは、妻目線で見ると、仕事と育児を両立できるスーパー亭主をゲットした話。夫目線で見ると、仕事ができることだけが人生の豊かさじゃないかもよ? という話という感じでしょうか? でもやっぱり、この最終回を見てしまうと、序盤で司のできなさっぷりが全く描かれていなかったことが悔やまれますね。明らかに失敗したのって、第4話でラップバトルの出場者に事前に出場確認をしなかったことくらいなんじゃ……。 また、仕事ができないとされていた頃は、理想的な妻に見えていた沙也加も、後半は自分勝手な行動も目立ち、働く男の敵に見える場面もちらほら。 はい、そうです。要は、沙也加が羨ましいんですよ、ええ。だって、夫が大手企業の花形部署に勤めてるとか、明らかに勝ち組だし、若いし、共働きじゃないし、暇そうだし、ベランダで家庭菜園とかしてるし、キッチンでおしゃれなデトックスウォーターとか作ってるし……(ブツブツ)。 筆者夫婦(共働き、子あり、夫の帰宅は子が寝た後)みたいに時間に余裕がない上に、心の狭い人間は、卑屈になっちゃうんですよ、特に後半。現実って、厳しいですもん。妊娠中は、保育園に入れるかどうかってことばかり考えて、鬱々としてたなあ……(世田谷区民)。そりゃあ、ドラマですし、湿っぽいドラマより、これくらいポップに描いてくれたほうが気分がいいですよ。はあ、沙也加になりたい……。 というわけで、最初は微笑ましく見ていたものの、終わってみると自分の心の狭さにうんざりさせられた『ウチの夫は仕事ができない』。一番の収穫は、なんといっても錦戸のションボリ顔でしょう。うだつの上がらないサラリーマン役をやらせたら、トップクラスだと思います。ただ、視聴率が微妙だったので、続編やスペシャルは絶望的か……? ちなみに次クールは、嵐・櫻井翔主演『先に生まれただけの僕』。3クール連続でジャニーズ主演ドラマが続いていますが、この土曜ドラマ枠って、いつからジャニーズ枠になったんでしょう。 (文=どらまっ子TAMOちゃん)山下智久のウジウジ病もあっさり解決! 月9『コード・ブルー』最終回が伏線回収に必死!!
山下智久主演の月9『コード・ブルー~ドクターヘリ緊急救命~THE THIRD SEASON』(フジテレビ系)。18日放送の最終回の平均視聴率は、過去最高の16.4%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。全話平均は14.6%で、フジテレビじゃないみたいな数字をたたき出しました。 前回、地下鉄のトンネル内で生き埋めになっていた藍沢(山下)ですが、最後に主人公が死ぬという『○○妻』(日本テレビ系)的展開でしょうか? あらすじを振り返ります。






