9月14日に『べしゃり暮らし』(テレビ朝日系)の第8話が放送された。最終回だった。
第8話あらすじ 「あいつ以上におもろいこと言うたらええんちゃうんか!」
上妻圭右(間宮祥太朗)と辻本潤(渡辺大知)のコンビ「べしゃり暮らし」は「漫才新人グランプリ」での優勝を目指しているが、圭右は養成所の講師から「セリフ覚えの悪さをアドリブでごまかしている」と指摘される。しかし、態度を改めないまま彼らは1次予選に臨んだ。その舞台で辻本は、昔からファンだったという女性が客席で体調不良に陥るのを見て、激しく動揺。かろうじてネタはやりきったものの、圭右のアドリブに対応し切れなかった。
自分の過信に気づいた圭右は、2次予選でアドリブを完全封印。そのせいで持ち味を出せなかったことに、辻本は不満を抱いた。結果、べしゃり暮らしは敗退。アドリブをしなかったことに対し、辻本が怒りをあらわにすると、圭右は「お前が付いてこれないからアドリブを封印した!」と反論。辻本は「お前が信じてくれるような相方になれなかった」と、圭右のもとを去ってしまう。
その後、「漫才新人グランプリ」の追加合格者が発表され、土壇場でべしゃり暮らしの決勝進出が確定。しかし、姿を消した辻本に圭右がいくら電話をしても連絡が取れない。この状況のまま決勝の日がやって来た。
辻本が1人でうなだれていると、そこに金本浩史(駿河太郎)が通りすがる。辻本は「俺は力不足」「上妻と俺は釣り合わない」と弱音を吐くが、その言葉に金本は激高。「あいつがおもろいこと言うんやったら、それ以上におもろいこと言うたらええんちゃうんか!」「お前、藤川(尾上寛之)の何見てきてん!」と厳しい言葉で叱責し、タクシーで辻本を会場まで送り届けた。
到着した辻本は圭右に「お前と漫才したい」と素直な気持ちを伝え、ネタ合わせをする間もなく2人は決勝の舞台に立った。アドリブだらけの漫才を展開するべしゃり暮らしは持ち時間を4分もオーバーしたものの、思う通りの漫才をして完全燃焼。2人は満足気に笑い合った。
ドラマ『べしゃり暮らし』は「アドリブ>台本」という設定を頑なに貫き続けた。もちろん、すべての芸人に当てはまるものではなく、べしゃり暮らしの2人に限った設定なのだが。ここに、役者が演じる芸人ドラマのジレンマが集約されていた。アドリブが炸裂し、ドッとウケる劇中の漫才が実際はさほど面白くなく、どうしてもアドリブの素晴らしさが実感できなかったのだ。
正直、間宮の芸人としての魅力、才能は最後まで伝わってこなかった。全8話の中でデジタルきんぎょやニップレスの成長は窺えたのに、間宮と渡辺からは確固たる成長が感じられずじまい。というか、そもそもそれは描かれていなかったように思う。間宮の天才性が伝わってきていないのに、そんな漫才師がアドリブでドンドン勝ち進んでいく様を見るのは、正直つらかった。
また、アドリブを推奨したような形になっているのも現実離れしている。事実、8話では養成所の講師の本家爆笑王(山口祥行)から「会話はアドリブでも流れに沿って落とすべきところでしっかり落とせ」と注意されていたが、結局はネタ合わせできずにアドリブで漫才に臨み、べしゃり暮らしはウケをとった。完全燃焼した2人の充実の姿がこのドラマの大団円だ。元ハリガネロックのユウキロックは最終話の1週前の9月8日にこんなツイートを発信している。
「講師をしているので『べしゃり暮らし』を観ている。講師をしているので『アドリブ』を推奨するのは困る。来週最終回。1日100回くらい練習するシーンがありコンテストで優勝。間宮『やっぱり練習って大事だよなー』というまさかの一言でエンディングを望む。講師をしているので」
というか、そもそも論として、べしゃり暮らしの漫才のどの箇所がアドリブなのかよくわからなかった。客席にいる土屋奈々(堀田真由)と子安蒼太(矢本悠馬)の「これってネタ?」「いや、アドリブだと思う」というやり取りが挟み込まれ、ようやく「あ、アドリブなのか」と察することができる程度。境目がわかりにくいし、これではすごさが実感できない。
キーパーソンであり続けた駿河太郎
ドラマには、すべての役柄が必要な存在として描かれる作品と、あらすじを説明するためだけの役を配する作品の2通りあるが、『べしゃり暮らし』は完全に後者だ。矢本も堀田もストーリーに必要な役柄として存在していなかったと思う。
では、間宮&渡辺のサポート役として誰が大きな存在感を示したかというと駿河だ。最終話では「藤川の何見てきてんねん!」と怒りを爆発させることで渡辺を諭し、会場へ送り出す優しさを見せた。同じ芸人の立場から湧き出る怒り、そして先輩としての度量を、駿河は見事に演じ切った。漫才シーンも、デジタルきんぎょの掛け合いは他コンビと比べて圧倒的に良かった。力のあるバイプレーヤーとして、今後より一層活躍するのでは? という期待感が駿河にはある。
決勝のべしゃり暮らしの漫才は途中で回想シーンに切り替わり、別のコンビの漫才映像が順々に挟み込まれるという演出が施された。ライバルのネタの要素を自らの漫才に取り入れ(ねずみ花火が蕎麦屋「きそば上妻」を揶揄した要素さえ入れ込んだ)、そのネタが全8話分のストーリーとリンクする流れは原作にはなかったドラマオリジナルのものだ。これはこれで良かったと思う。
持ち時間を4分もオーバーしてしまった間宮と渡辺は「あかんわ、絶対落ちたわ!」と爆笑する。勝ち負けで一喜一憂していた割に「俺たちの芸人人生はこれからだ」的な態度でいられるのにはモヤッとしたが、それより、まずは自分たちが満足できるネタをすることが大事と訴えたかったのかもしれない。内心は不服なのに、賞レース用のネタをおろすコンビは実際にいる。しかし、このドラマは「自分たちが面白いと思えてこそ」の価値観を提示した。この点は有意義だった。
結局、このドラマは“芸人もの”というより“青春もの”として仕上がった印象がある。もしも、ドラマで初めて『べしゃり暮らし』に触れたという人は、一度でもいいから原作を読んでほしい。ドラマ『べしゃり暮らし』は、原作の粗いダイジェスト版のような様相を呈していた。
(文=寺西ジャジューカ)