『わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?
第11回 大杉千秋さん(仮名・41歳)の話 (プライドと劣等感の間で揺れる夫・後編)
躁うつ病の前夫と離婚して数年後に出会った、7歳下の男性と結婚。彼の両親に挨拶した直後から、暴言や暴力が始まり、日常生活ではレストラン並みの食事や、お掃除ロボ状態を強いられた。前夫との子どものことも嫌っていた。
(前編はこちら)
■夫に1,200万円貸したが、1円も返してくれない
――末っ子は、いつ生まれたんですか?
3年前です。私は彼に、常に別れを提案し、彼はそれを却下し続けていました。そんな中で生まれたんです。子どもに対しても離れて見ているだけで触ろうとしないので、「なんで?」って聞いたら、「俺はどうせこの子と別れるんだろ」って、投げやりに言うんです。だったら、本当に別れてくれたらよかったのに……。末っ子が泣くと、そのたびに怒られるから、なるべく泣かせないように、夜中も細心の注意を払っていました。
――じゃあ、かわいがっていなかったんですか?
かわいがってるというイメージだけは、醸し出していましたよ。末っ子の写真を、Facebookにのっけていましたから。育児は、まったくしませんでしたね。例外は、自宅でパーティーをやったときですね。20人ほど来て、人数分の料理を私1人でずっと作り続けてたので、末っ子の世話にまで手が回らなかった。だから、しょうがないなって感じでオムツを取り替えてくれて。友人たちへ向けたパフォーマンスに見えました。「イクメンだねぇ~」と友達に言われて、うれしそうでした。普段は頼んでも舌打ちしていたのにですよ。
――そのほか、何かひどい出来事はありますか?
実は私、夫に1,200万円貸してます。結婚して1年ぐらいがたった頃、大きい仕事をトントンとやり、彼に300万円貯金ができたんです。その貯金を使って、さらに証券会社にお金を借りて、何倍もの相場を張ったのが、きっかけでした。いわゆる信用取引です。「信用だけはやめて」と言ったら「絶対に損はしない。お前は黙ってろ!」と怒鳴られました。
夫は、どんどん損失を膨らませていきました。証券会社に返すお金もなくなり、私が貯めていた長男の受験資金なども含めて夫にかすめ取られ、ずるずると1,200万円貸していました。しかも、その後、株価が回復するに違いないという大底値で、なぜか彼は手を引いてしまったんです。
――家を出るきっかけとなった出来事は何ですか?
夫と末っ子と私の3人で住んでいたマンションが老朽化で取り壊されるということで、立ち退くことになりました。それで私は彼に、「今度こそ、これを機会に別れるつもりよ」と伝えました。しかし、彼はその言葉を本気にせず、「まあいいから、いい物件を探してよ」と言うだけでした。
なかなか彼の出している条件(広さ・家賃)に合う物件が見つからなかったのですが、そのうち不動産業者が勧めてきたのが、母と長男・次男が暮らしているマンションの別の部屋だったのです。そして立ち退き期限ぎりぎりに、夫と末っ子とともに、実家とは別フロアに引っ越しました。荷作りや荷ほどきは、すべて私任せでした。2週間、私が1人で片付け続け、地道にきれいになっていきましたが、私が出て行くと決めたとき、まだまだ荷物が積み上がっていて、私や末っ子の荷物を持ち出せていない状態でした。それもあって、彼は私がまさか出て行くとは思わなかったんでしょう。
――何があったんですか?
引っ越しが済んで半月後に、家を出たんです。その日は保育園のイベントに行く途中で、「おまえは頭が悪い!」と、いつものように怒鳴られました。それで私、悲しくなってしまって「こんな気持ちで、保育園の楽しい会に参加はできないな」って思ったんです。「私は行きません。あなた、行きたいんだったらどうぞ」と彼に言って、末っ子を彼に預けました。
彼が2~3時間その会に参加している間に、私は新居に戻って、別フロアの実家に荷物を移動させました。彼は、私の物を嫌がっていたので、私は自分の荷物は極力少なくしていたんです。なので、荷物を出すのは簡単でした。
私が荷物を運び出した後も、彼は「どうせ帰ってくる」くらいに思っていたのでしょう。私が末っ子を連れていくのを普通に見ていました。それに、末っ子だけ置いていかれたとしても困るでしょうし。Facebookの投稿で彼の不在を確認して、残した荷物を何回かに分けて出したんです。私が出ていった後、部屋は、みるみるうちにゴミ屋敷になっていきました。私がいないと、お酒の空き缶と、デパ地下とかで買った高いお総菜の残りが入ったままの生ゴミや、脱ぎ捨てた服や下着が、床にどんどんと積み上がっていたんです。
■養育費の支払いを拒否している状態
――別れてから、子どもを一度も会わせていないのですか?
いいえ。私が出て行ってから2カ月間ぐらいは、週末に会わせてました。会いたいか彼に聞いて「会いたい」と言えば、私名義の車を貸して「行ってらっしゃい」って、そんな感じ。
最後、彼が末っ子に会ったのは昨年末でした。その日は出かける予定だったんですけど、子どもが熱を出してしまって行けなくなったんです。すると、珍しく彼の方から会いに来ました。末っ子は、玄関先で彼からビスケットを受け取ると、すーっと離れてしまったんです。私は彼が怒るのが怖くて、「パパにありがとうは?」って促したら、息子が「ありがと」と彼の顔も見ずに言って、お兄ちゃんにビスケットを見せに走り去ってしまいました。それが、彼が末っ子に会った最後でした。その後、彼から、「末っ子に会いたい」という申し出は一度もありませんでした。
――その後、離婚に向けて調停を起こされたんですか?
そうです。私からは離婚調停を。それに伴い、彼は面会交流と親権の調停を、それぞれ申し立てています。彼は年末以来、末っ子に一度も会いに来ないどころか、連絡すらしてこなかったのに、なぜ今さら面会を申し立ててきたのか、謎に思いました。暴力や暴言を一切否定したり、株に関しては「夫婦で協力してやっていたから、借りたお金を全額返す必要はない」と主張したり。彼は嘘ばかり言っています。
――養育費は、もらっているんですか?
「経済的につらい状況だから、払いたいけど払えない」といって、支払いを拒否している状態です。だけど別れる前に、「おまえには払いたくない」と言ってましたからね、それが本音でしょう。養育費は私のためじゃなくて、子どもの成長のためにあるのにね。
――千秋さんは、今後、子どもを彼に会わせる気がありますか?
会わせたくないです。彼の顔を思い出すと、私をにらみつけている顔しか思い浮かばず、気分が悪くなります。今も自宅が近いので、会ってしまうのではないかと、毎日おびえながら暮らしています。そんな理由から、調停中も顔を合わせないように、調停員さんに計らっていただいてるんです。
彼が末っ子を連れているときに、何度もけがを負わせています。Facebookに気を取られていたのが原因だったり、末っ子を持ち上げて高い所から落としてしまったりしたんです。感情を抑えられない暴力的な性格や、いきなり泣きだしたりといった数々の奇行を思うに、会わせたら、子どもが危険にさらされるのではないかという心配が拭えません。だから、調停員さんや調査官さんには「面会はさせたくない」と伝えています。
どうしても会わせなければならないのなら、第三者機関を間に入れて、第三者の立ち会いの下での面会交流を望みます。その際の費用はすべて彼持ちで、というのが条件です。一方、夫のほうは「別居から2カ月間、2人で会っていたのに、それはおかしい」と主張しています。確かにその間、直接会わせていました。だけど、渦中にいるときって、それが異常な状態だっていうことに気がつかないですからね。
――末っ子と上の2人との関係はどうなんですか?
すごくいいですね。15歳、8歳、3歳。だんご三兄弟みたいに、いつも身を寄せ合っています。長男と次男は、末っ子が大好きで、「○○を取られてたまるか。僕らが○○のお父さんだ」って一人前なことを言っています。ここ数年で長男と次男も成長し、いろんなことがわかるようになりました。夫のことをハッキリと敵視していますね。調停に行くときも「ママがんばってね」と応援してくれます。よくわかっていない末っ子も一緒になって、「ママがんばれー!」と言ってくれますよ。
――二度の離婚を振り返って、いま思うことは何でしょうか?
ひと言で言うと、面白い経験。過ぎてしまえば、どんな大変な経験も、忘れてしまいがちかな。だけど良かったことだけは、割と覚えています。2番目の夫とは良い思い出が少ないので、そのうち、ほとんど忘れてしまいそうですね。離婚を通じて確信したのは、自分に一番近い人を幸せにできないと、自分も幸せにはなれないということです。
――子どもたちには、どんなふうに育ってほしいですか?
“立派な大人”よりも“誰かの幸せをつくり出せる人”になってほしいですね。今後は子どもたちが好きなことを見つけて邁進できる環境を(精神的にも経済的にも)整えてあげようと思って、日々頑張っています。将来、私の親としての役目が終わる時まで、子どもたちそれぞれの思いに寄り添い、一緒に悩んだり、喜んだりして、生きて行きたいです。
西牟田 靖(にしむた やすし)
1970年大阪生まれ。神戸学院大学卒。旅行や近代史、蔵書に事件と守備範囲の広いフリーライター。近年は家族問題をテーマに活動中。著書に『僕の見た「大日本帝国」』『誰も国境を知らない』『日本國から来た日本人』『本で床は抜けるのか』など。最新巻は18人の父親に話を聞いた『わが子に会えない 離婚後に漂流する父親たち』(PHP研究所)。数年前に離婚を経験、わが子と離れて暮らす当事者でもある。
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