サンプラザ中野くんの養育費トラブル発覚で、思わぬ”流れ弾”を浴びたキャラ被りミュージシャン

「爆風スランプ」でおなじみのサンプラザ中野くんに家庭トラブルが浮上。これが思わぬところに飛び火している。

 中野のトラブルは「週刊文春」(文藝春秋)で報じられたものだ。記事は中野の娘の証言で構成されており、中野が娘の母親に土下座をして堕胎を迫ったこと、「よい子」という名前を付けられて苦痛で仕方がなかったこと、入籍後も一緒に暮らすことはなく、離婚後も「月40万円+家賃」という養育費の支払いが滞っていたことなどを告発。

 中野は養育費の不足分として全ての財産を残すと語っていたが、今年2月に「再婚することになりました」というメールが来て、その約束も反故にされたという。女性芸能誌記者がいう。

「証言がすべて事実だとすれば、信じられない話です。爆風スランプは長らく活動休止していますが、サンプラザ中野は一時期、投資や健康本を盛んに発売して、どれもなかなかの売り上げでしたし、今年の夏もツアーを行ったばかりで、ライブやイベントに多数出演しています。それに、大ヒットした『Runner』や『大きな玉ねぎの下で』で中野は作詞をしていますから、カラオケの印税収入だけでも年間数百万円は下りません。世間的に見れば安い養育費ではありませんが、中野に払えない額ではないはずです」(女性芸能誌記者)

 中野は港区にマンション、伊豆に別荘を持っているが、それらの処分も拒否。養育費の未払いは計1億円にも及び、結局1,700万円を支払うことで決着したという。

 このニュースはネットでも大きな話題となったが、ネット上で盛んに名前が上がったのがデーモン小暮閣下だった。2人とも“早稲田大学卒”のインテリミュージシャンとして知られているが、小暮も女性トラブルの“前科”の持ち主。音楽ライターがいう。

「サンプラザ中野とデーモン小暮は、共に早稲田大学のWFS(早稲田フォークソングソサエティ)というサークル出身で、在籍期間も被っています。さらに中野が爆風スランプのもとになったスーパースランプというバンドを抜けた時、後任として入ったのがデーモン小暮でした。小暮はまだ聖飢魔IIが活動していた90年代、女性から子供の認知を求められ、DNA鑑定するなど、大騒ぎになった挙げ句、認知。しかしその女性とは結婚せず、直後に二股状態だった別の女性と結婚しました(その後、離婚)。中野も小暮も極めて似た経歴の持ち主で、キャラ被りしていますが、やることまで似ていたとは……」(音楽ライター)

 古い話を持ち出されたデーモン小暮は迷惑千万だろうが、世間はそう簡単に忘れてくれないということ。2人とも“良識派のミュージシャン”という印象もあるが、学歴に騙されてはいけない?

貸した1,200万円を返さず、養育費も払わない“モラハラ夫”には、子どもを会わせたくない

『わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第11回 大杉千秋さん(仮名・41歳)の話 (プライドと劣等感の間で揺れる夫・後編)

 躁うつ病の前夫と離婚して数年後に出会った、7歳下の男性と結婚。彼の両親に挨拶した直後から、暴言や暴力が始まり、日常生活ではレストラン並みの食事や、お掃除ロボ状態を強いられた。前夫との子どものことも嫌っていた。

(前編はこちら)

■夫に1,200万円貸したが、1円も返してくれない

――末っ子は、いつ生まれたんですか?

 3年前です。私は彼に、常に別れを提案し、彼はそれを却下し続けていました。そんな中で生まれたんです。子どもに対しても離れて見ているだけで触ろうとしないので、「なんで?」って聞いたら、「俺はどうせこの子と別れるんだろ」って、投げやりに言うんです。だったら、本当に別れてくれたらよかったのに……。末っ子が泣くと、そのたびに怒られるから、なるべく泣かせないように、夜中も細心の注意を払っていました。

――じゃあ、かわいがっていなかったんですか?

 かわいがってるというイメージだけは、醸し出していましたよ。末っ子の写真を、Facebookにのっけていましたから。育児は、まったくしませんでしたね。例外は、自宅でパーティーをやったときですね。20人ほど来て、人数分の料理を私1人でずっと作り続けてたので、末っ子の世話にまで手が回らなかった。だから、しょうがないなって感じでオムツを取り替えてくれて。友人たちへ向けたパフォーマンスに見えました。「イクメンだねぇ~」と友達に言われて、うれしそうでした。普段は頼んでも舌打ちしていたのにですよ。

――そのほか、何かひどい出来事はありますか?

 実は私、夫に1,200万円貸してます。結婚して1年ぐらいがたった頃、大きい仕事をトントンとやり、彼に300万円貯金ができたんです。その貯金を使って、さらに証券会社にお金を借りて、何倍もの相場を張ったのが、きっかけでした。いわゆる信用取引です。「信用だけはやめて」と言ったら「絶対に損はしない。お前は黙ってろ!」と怒鳴られました。

 夫は、どんどん損失を膨らませていきました。証券会社に返すお金もなくなり、私が貯めていた長男の受験資金なども含めて夫にかすめ取られ、ずるずると1,200万円貸していました。しかも、その後、株価が回復するに違いないという大底値で、なぜか彼は手を引いてしまったんです。

――家を出るきっかけとなった出来事は何ですか?

 夫と末っ子と私の3人で住んでいたマンションが老朽化で取り壊されるということで、立ち退くことになりました。それで私は彼に、「今度こそ、これを機会に別れるつもりよ」と伝えました。しかし、彼はその言葉を本気にせず、「まあいいから、いい物件を探してよ」と言うだけでした。

 なかなか彼の出している条件(広さ・家賃)に合う物件が見つからなかったのですが、そのうち不動産業者が勧めてきたのが、母と長男・次男が暮らしているマンションの別の部屋だったのです。そして立ち退き期限ぎりぎりに、夫と末っ子とともに、実家とは別フロアに引っ越しました。荷作りや荷ほどきは、すべて私任せでした。2週間、私が1人で片付け続け、地道にきれいになっていきましたが、私が出て行くと決めたとき、まだまだ荷物が積み上がっていて、私や末っ子の荷物を持ち出せていない状態でした。それもあって、彼は私がまさか出て行くとは思わなかったんでしょう。

――何があったんですか?

 引っ越しが済んで半月後に、家を出たんです。その日は保育園のイベントに行く途中で、「おまえは頭が悪い!」と、いつものように怒鳴られました。それで私、悲しくなってしまって「こんな気持ちで、保育園の楽しい会に参加はできないな」って思ったんです。「私は行きません。あなた、行きたいんだったらどうぞ」と彼に言って、末っ子を彼に預けました。

 彼が2~3時間その会に参加している間に、私は新居に戻って、別フロアの実家に荷物を移動させました。彼は、私の物を嫌がっていたので、私は自分の荷物は極力少なくしていたんです。なので、荷物を出すのは簡単でした。

 私が荷物を運び出した後も、彼は「どうせ帰ってくる」くらいに思っていたのでしょう。私が末っ子を連れていくのを普通に見ていました。それに、末っ子だけ置いていかれたとしても困るでしょうし。Facebookの投稿で彼の不在を確認して、残した荷物を何回かに分けて出したんです。私が出ていった後、部屋は、みるみるうちにゴミ屋敷になっていきました。私がいないと、お酒の空き缶と、デパ地下とかで買った高いお総菜の残りが入ったままの生ゴミや、脱ぎ捨てた服や下着が、床にどんどんと積み上がっていたんです。

■養育費の支払いを拒否している状態

――別れてから、子どもを一度も会わせていないのですか?

 いいえ。私が出て行ってから2カ月間ぐらいは、週末に会わせてました。会いたいか彼に聞いて「会いたい」と言えば、私名義の車を貸して「行ってらっしゃい」って、そんな感じ。

 最後、彼が末っ子に会ったのは昨年末でした。その日は出かける予定だったんですけど、子どもが熱を出してしまって行けなくなったんです。すると、珍しく彼の方から会いに来ました。末っ子は、玄関先で彼からビスケットを受け取ると、すーっと離れてしまったんです。私は彼が怒るのが怖くて、「パパにありがとうは?」って促したら、息子が「ありがと」と彼の顔も見ずに言って、お兄ちゃんにビスケットを見せに走り去ってしまいました。それが、彼が末っ子に会った最後でした。その後、彼から、「末っ子に会いたい」という申し出は一度もありませんでした。

――その後、離婚に向けて調停を起こされたんですか?

 そうです。私からは離婚調停を。それに伴い、彼は面会交流と親権の調停を、それぞれ申し立てています。彼は年末以来、末っ子に一度も会いに来ないどころか、連絡すらしてこなかったのに、なぜ今さら面会を申し立ててきたのか、謎に思いました。暴力や暴言を一切否定したり、株に関しては「夫婦で協力してやっていたから、借りたお金を全額返す必要はない」と主張したり。彼は嘘ばかり言っています。

――養育費は、もらっているんですか?

「経済的につらい状況だから、払いたいけど払えない」といって、支払いを拒否している状態です。だけど別れる前に、「おまえには払いたくない」と言ってましたからね、それが本音でしょう。養育費は私のためじゃなくて、子どもの成長のためにあるのにね。

――千秋さんは、今後、子どもを彼に会わせる気がありますか?

 会わせたくないです。彼の顔を思い出すと、私をにらみつけている顔しか思い浮かばず、気分が悪くなります。今も自宅が近いので、会ってしまうのではないかと、毎日おびえながら暮らしています。そんな理由から、調停中も顔を合わせないように、調停員さんに計らっていただいてるんです。

 彼が末っ子を連れているときに、何度もけがを負わせています。Facebookに気を取られていたのが原因だったり、末っ子を持ち上げて高い所から落としてしまったりしたんです。感情を抑えられない暴力的な性格や、いきなり泣きだしたりといった数々の奇行を思うに、会わせたら、子どもが危険にさらされるのではないかという心配が拭えません。だから、調停員さんや調査官さんには「面会はさせたくない」と伝えています。

 どうしても会わせなければならないのなら、第三者機関を間に入れて、第三者の立ち会いの下での面会交流を望みます。その際の費用はすべて彼持ちで、というのが条件です。一方、夫のほうは「別居から2カ月間、2人で会っていたのに、それはおかしい」と主張しています。確かにその間、直接会わせていました。だけど、渦中にいるときって、それが異常な状態だっていうことに気がつかないですからね。

――末っ子と上の2人との関係はどうなんですか?

すごくいいですね。15歳、8歳、3歳。だんご三兄弟みたいに、いつも身を寄せ合っています。長男と次男は、末っ子が大好きで、「○○を取られてたまるか。僕らが○○のお父さんだ」って一人前なことを言っています。ここ数年で長男と次男も成長し、いろんなことがわかるようになりました。夫のことをハッキリと敵視していますね。調停に行くときも「ママがんばってね」と応援してくれます。よくわかっていない末っ子も一緒になって、「ママがんばれー!」と言ってくれますよ。

――二度の離婚を振り返って、いま思うことは何でしょうか?

 ひと言で言うと、面白い経験。過ぎてしまえば、どんな大変な経験も、忘れてしまいがちかな。だけど良かったことだけは、割と覚えています。2番目の夫とは良い思い出が少ないので、そのうち、ほとんど忘れてしまいそうですね。離婚を通じて確信したのは、自分に一番近い人を幸せにできないと、自分も幸せにはなれないということです。

――子どもたちには、どんなふうに育ってほしいですか?

 “立派な大人”よりも“誰かの幸せをつくり出せる人”になってほしいですね。今後は子どもたちが好きなことを見つけて邁進できる環境を(精神的にも経済的にも)整えてあげようと思って、日々頑張っています。将来、私の親としての役目が終わる時まで、子どもたちそれぞれの思いに寄り添い、一緒に悩んだり、喜んだりして、生きて行きたいです。

西牟田 靖(にしむた やすし)
1970年大阪生まれ。神戸学院大学卒。旅行や近代史、蔵書に事件と守備範囲の広いフリーライター。近年は家族問題をテーマに活動中。著書に『僕の見た「大日本帝国」』『誰も国境を知らない』『日本國から来た日本人』『本で床は抜けるのか』など。最新巻は18人の父親に話を聞いた『わが子に会えない 離婚後に漂流する父親たち』(PHP研究所)。数年前に離婚を経験、わが子と離れて暮らす当事者でもある。

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この連載の取材にご協力いただける方を募集しています。夫と別居または離婚して子どもを育てているお母さん、子どもと夫との面会状況についてお話をお聞かせいただけると幸いです。下記フォームよりご応募ください。

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花田ファミリー再始動の怪、元姑・藤田紀子の熱愛をタレこんだ花田美恵子

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『花田美恵子 4人の子供とやさしいハ
ワイ時間』/小学館

 芸能関係者の間で、「最近、花田美恵子がよくテレビに出ている」ことが話題になっているという。かねてから、表立っての露出はほとんどしてこなかった美恵子が、昨年末頃から『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)、『サンデー・ジャポン』(TBS系)、『ノンストップ!』(フジテレビ系)と、テレビ各局の人気番組に登場して、離婚にまつわるエピソードを披露しているのだ。

 美恵子が元横綱若乃花こと花田虎上(本名:花田勝)と5年間の別居生活を経て離婚したのは、2007年10月のことだった。当時は虎上の不倫が各メディアで取り沙汰されていたが、同月中には、若手俳優が美恵子との不倫関係を週刊誌で告白し、大騒動に発展したものだった。