「もやし生産者の窮状にご理解を!」40年前より安い販売価格が生産者を苦しめる……もやし工場を訪ねた

 2日に一度は訪れる近所のスーパー。1袋は29円。以前は30円だった記憶があるが、たった1円の違いでも、数字のマジックで随分と安くなった気分になる。だが「ずいぶんと安いな」といっても、賛同しない人もいる。「それは、標準的な値段でしょう」と言う人もいる。

 ならば、いったいいくらで売られていれば、安いと思うのだろうか? 人の口から飛び出す値段は、さまざま異なる。だが、25円、20円、10円と、先日スーパーで見かけた29円よりは安いのは、みな同じである。そんなスーパーで、忙しそうに野菜を補充している店長の名札を下げた男性に声をかける。もやしが安くて助かりますよ。ふっと、男性の顔が曇る。

「ありがとうございます……でもね」

 そう言いかけて、言葉を止める。しかし、顔からにじみ出る言葉の続きは隠せない。どれだけ売れても、もうけなどまったく出ない。客寄せのため。さまざまな商品が安い店というイメージを維持するために、もやしは、泣く泣くこの値段で売らなくてはいけないんだ……。

 もやし生産者によって組織される工業組合「もやし生産者協会」は、その窮状を隠すことをしない。公式サイトのトップに大きく表示されるのは、「もやし生産者の窮状にご理解を!」の文字。それをクリックすれば、豊富なデータで、その窮状を訴えかける。もやしの販売価格は、1977年から40年余りにわたって、ほぼ上がっていない。それどころか、安くなっている。

 ファストフードやファストファッション。なんでも安いのが当たり前の現代だけれど、40年前と同じというのは、明らかにおかしい。1977年の物価を見ると、大卒公務員の初任給は9万1,900円。かけそば230円。ラーメン260円。銭湯は120円で、新聞の購読料は1カ月1,700円。そんな時代と、もやしの価格は変わらないのだ。

 もちろん、こんな状況で生産者がやっていけるわけがない。販売価格は40年間ほぼ同じなのに、生産コストは3倍増。2009年に全国で230社あったもやし生産者は、130社前後まで減少した。また、昨年は原料となる豆の生産地が集中する中国で凶作が発生。生産者の悲鳴は、さらに激しいものになっている。

 もやしの原料となる豆は幾つかあるが、多く使われるのは3種類。緑豆・ブラックマッペ・大豆である。現在、日本で最も多く用いられている原料は、緑豆。これが用いられるようになったのは、平成の初め頃からだ。味の面ではブラックマッペの方が優れてはいるが、緑豆の方が伸びたのは、見た目の美しさだという。細く根の長いブラックマッペに対して、緑豆を用いたもやしは太く、根が短く美しい。いわば、もやしの理想的な形。それが消費者に受け、主流となった。

 その日本人の口に合う緑豆が生産されるのは、中国だけ。それも、吉林省や内蒙古などの限られた地域である。毎年9月頃に収穫され、選別されたものが12月頃から日本へと運ばれる。その豆を原料に、もやし工場で発芽させて育てたものが、食卓に並ぶもやしとなる。

 中国でも限られた産地でしか収穫されない緑豆。それを入手するのも、次第に困難になっている。著しい経済発展は内陸部にも及び、農民は、より収入の多い商品作物へと転換を始めている。中国では、緑豆そのものも食材として使われている。それも、中国国内で生産される量では間に合わず、ミャンマーからの輸入が増加している。ならばと、もやし生産者も中国に比べて半額程度のミャンマー産の緑豆を試してみたが、もやしには適した質ではなかった。原材料コストが増大していく漠然とした不安。そこに、昨年の凶作は大きな打撃を与えたというわけだ。

 原材料費が高騰すれば、押し出されるように販売価格に転嫁されるもの。けれども、もやしの価格は相変わらず。それどころか、どんどん「激安」で固定される食材となっている。1袋1円の投げ売りセールは見かけなくなったが、さまざまな地域のスーパーを回っていると、1袋10円の特売を目にすることは、まだあるものだ。

 そのカラクリを尋ねようと連絡をしたのは、前述した工業組合「もやし生産者協会」。工場も見てみたいという依頼は快諾され、協会の林正二理事長が代表取締役を務める、茨城県は小美玉市にある株式会社旭物産の工場を訪ねた。

 都内から1時間あまり。茨城空港を擁する小美玉市は、普段、東京にはない関東平野の広さを、肌で感じることができる土地である。最寄りの常磐線・羽鳥駅からタクシーに乗って十数分。見えてきた工場は、予想とは違って、真新しくて大きかった。

「うちの工場は、業界の中では大きいほうではありません。1日の生産量は約40トン。100トンを超える工場が国内には4カ所ありますけど、逆に1トン2トンという工場もあるんですよ」

 食品を扱うためか、玄関で靴を脱いで上がるスタイルになっている工場の事務棟。その会議室で、あらかじめ私のために用意されていたパンフレット、そして、工場紹介やニュースの録画を見た後に、林は話を始めた。

 ニュースの中に登場した工場は、話に出た1トン2トンの小規模工場。当然、いま自分がいる工場とは、同じものを生産しているとは思えないほどに、疲弊している雰囲気があった。業界団体の理事長という役職にあるためか、メディアの取材を受けることは多いというが、工場設備が「立派すぎる」と、ボツになったことがあると林は笑う。

 そんな立派な工場であっても、苦境にあることは間違いない。

「工場の減価償却費が乗っかっていることもあるとはいえ、もやし単体では昨年も今年も赤字ですね」

 もやしのほかに、カット野菜などさまざまな製品を生産していることで、なんとか耐えてはいる。それが実情。でも、ともすれば「恥」の部分も、林は隠そうとはしなかった。

 作ってもまったくもうからない、もやし。それでも、生産量だけを見れば、09年以降は右肩上がりが続いている。

「リーマンショックの後、もやしが注目を集めるようになったのです」

 一時、日本経済を新たなる混迷に陥らせた、リーマンショック。高価なものが売れない中で、もやしは安価な食材としてブームとなった。でも、それは誰も恩恵を受けることのないブームだった。もし、恩恵を受けた者があったとすれば、もやしのレシピ本を企画した出版社くらい。「もやしが安い」というイメージは「安くて当たり前」へとシフトしていった。

 

 それまでも、1970年代と変わらない、安さ爆発の食材だった。注目を集める中で、客を呼び込む戦略から、スーパーなど小売店では、さらに安く、安くと値を下げた。その安さを維持するための努力は、仕入れ元の生産者へと波及していく。自分たちも泣いているのだから、あなたたちにも泣いてほしい。そんな具合に、卸値はどんどん下がっていった。買い物カゴをぶら下げた客は、笑顔になるだろう。けれども、スーパーも生産者にも、苦しみしかない。負のスパイラルが固定化した。

「目先の部分では消費者はうれしいが、長い目で見るとどうか。行きすぎた安値というのは、いつか破綻します」

 多くの農作物と違って、もやしは小売りとの直接取引が主体である。その顧客を相手に、値上げを要求するのも難しい。生産者同士でも「うちは、ほかより安い」というセールストークで取引先の獲得を狙うところもある。中には、シェアを確保するために赤字覚悟で卸値を設定した生産者もいた。だが、それらの生産者も昨年の原材料費の高騰によって維持が困難となり、生産を中止した。

 業界団体の代表として、そうした生産者のさまざまな思惑を見てきたからだろう。林は決して安値を求めるスーパーだけを問題にはしない。

「自由競争とはいえ、企業の経営者とかモラルとかが度を外してしまうと、採算を度外視した金額になってしまう。価格協定はいけませんが、ちゃんと連携をしないと、サバイバル合戦になってしまうと思うんです」

 そんな林の考える1袋の適正価格は40円。これは、今年に入って、さまざまなメディアで報じられている。でも、そうした報道には「40円でも安すぎるのではないか」と、もやし生産者が謙虚すぎることを危惧する声も寄せられている。だが、これは考え抜いた末に導きだされたギリギリの数字である。

「現在、全国の平均価格が31円。これが40年前と同じなんです。その後、もやしの価格は92年に41円まで上昇したのをピークに、再び下降してきました。そうした過去のデータなども検討した結果、生産者もスーパーも、うまく回る価格は40円だと考えているんです」

 話を聞いた後、案内されて工場を見学した。ベルトコンベアに運ばれ、次々と箱詰めされていく、もやしの袋。そこには、見知った安売りスーパーのロゴもあった。

 ラグジュアリーなものへの憧れを持ちつつも、我々の日常は安さを求めてやまない。安いことが正しい。安くて当たり前。できれば無料で……。そんな時代。もやし1袋40円の値札を、人々はどう思うのか。
(取材・文=昼間たかし)

●もやし生産者協会
http://www.moyashi.or.jp/

「もやし生産者の窮状にご理解を!」40年前より安い販売価格が生産者を苦しめる……もやし工場を訪ねた

 2日に一度は訪れる近所のスーパー。1袋は29円。以前は30円だった記憶があるが、たった1円の違いでも、数字のマジックで随分と安くなった気分になる。だが「ずいぶんと安いな」といっても、賛同しない人もいる。「それは、標準的な値段でしょう」と言う人もいる。

 ならば、いったいいくらで売られていれば、安いと思うのだろうか? 人の口から飛び出す値段は、さまざま異なる。だが、25円、20円、10円と、先日スーパーで見かけた29円よりは安いのは、みな同じである。そんなスーパーで、忙しそうに野菜を補充している店長の名札を下げた男性に声をかける。もやしが安くて助かりますよ。ふっと、男性の顔が曇る。

「ありがとうございます……でもね」

 そう言いかけて、言葉を止める。しかし、顔からにじみ出る言葉の続きは隠せない。どれだけ売れても、もうけなどまったく出ない。客寄せのため。さまざまな商品が安い店というイメージを維持するために、もやしは、泣く泣くこの値段で売らなくてはいけないんだ……。

 もやし生産者によって組織される工業組合「もやし生産者協会」は、その窮状を隠すことをしない。公式サイトのトップに大きく表示されるのは、「もやし生産者の窮状にご理解を!」の文字。それをクリックすれば、豊富なデータで、その窮状を訴えかける。もやしの販売価格は、1977年から40年余りにわたって、ほぼ上がっていない。それどころか、安くなっている。

 ファストフードやファストファッション。なんでも安いのが当たり前の現代だけれど、40年前と同じというのは、明らかにおかしい。1977年の物価を見ると、大卒公務員の初任給は9万1,900円。かけそば230円。ラーメン260円。銭湯は120円で、新聞の購読料は1カ月1,700円。そんな時代と、もやしの価格は変わらないのだ。

 もちろん、こんな状況で生産者がやっていけるわけがない。販売価格は40年間ほぼ同じなのに、生産コストは3倍増。2009年に全国で230社あったもやし生産者は、130社前後まで減少した。また、昨年は原料となる豆の生産地が集中する中国で凶作が発生。生産者の悲鳴は、さらに激しいものになっている。

 もやしの原料となる豆は幾つかあるが、多く使われるのは3種類。緑豆・ブラックマッペ・大豆である。現在、日本で最も多く用いられている原料は、緑豆。これが用いられるようになったのは、平成の初め頃からだ。味の面ではブラックマッペの方が優れてはいるが、緑豆の方が伸びたのは、見た目の美しさだという。細く根の長いブラックマッペに対して、緑豆を用いたもやしは太く、根が短く美しい。いわば、もやしの理想的な形。それが消費者に受け、主流となった。

 その日本人の口に合う緑豆が生産されるのは、中国だけ。それも、吉林省や内蒙古などの限られた地域である。毎年9月頃に収穫され、選別されたものが12月頃から日本へと運ばれる。その豆を原料に、もやし工場で発芽させて育てたものが、食卓に並ぶもやしとなる。

 中国でも限られた産地でしか収穫されない緑豆。それを入手するのも、次第に困難になっている。著しい経済発展は内陸部にも及び、農民は、より収入の多い商品作物へと転換を始めている。中国では、緑豆そのものも食材として使われている。それも、中国国内で生産される量では間に合わず、ミャンマーからの輸入が増加している。ならばと、もやし生産者も中国に比べて半額程度のミャンマー産の緑豆を試してみたが、もやしには適した質ではなかった。原材料コストが増大していく漠然とした不安。そこに、昨年の凶作は大きな打撃を与えたというわけだ。

 原材料費が高騰すれば、押し出されるように販売価格に転嫁されるもの。けれども、もやしの価格は相変わらず。それどころか、どんどん「激安」で固定される食材となっている。1袋1円の投げ売りセールは見かけなくなったが、さまざまな地域のスーパーを回っていると、1袋10円の特売を目にすることは、まだあるものだ。

 そのカラクリを尋ねようと連絡をしたのは、前述した工業組合「もやし生産者協会」。工場も見てみたいという依頼は快諾され、協会の林正二理事長が代表取締役を務める、茨城県は小美玉市にある株式会社旭物産の工場を訪ねた。

 都内から1時間あまり。茨城空港を擁する小美玉市は、普段、東京にはない関東平野の広さを、肌で感じることができる土地である。最寄りの常磐線・羽鳥駅からタクシーに乗って十数分。見えてきた工場は、予想とは違って、真新しくて大きかった。

「うちの工場は、業界の中では大きいほうではありません。1日の生産量は約40トン。100トンを超える工場が国内には4カ所ありますけど、逆に1トン2トンという工場もあるんですよ」

 食品を扱うためか、玄関で靴を脱いで上がるスタイルになっている工場の事務棟。その会議室で、あらかじめ私のために用意されていたパンフレット、そして、工場紹介やニュースの録画を見た後に、林は話を始めた。

 ニュースの中に登場した工場は、話に出た1トン2トンの小規模工場。当然、いま自分がいる工場とは、同じものを生産しているとは思えないほどに、疲弊している雰囲気があった。業界団体の理事長という役職にあるためか、メディアの取材を受けることは多いというが、工場設備が「立派すぎる」と、ボツになったことがあると林は笑う。

 そんな立派な工場であっても、苦境にあることは間違いない。

「工場の減価償却費が乗っかっていることもあるとはいえ、もやし単体では昨年も今年も赤字ですね」

 もやしのほかに、カット野菜などさまざまな製品を生産していることで、なんとか耐えてはいる。それが実情。でも、ともすれば「恥」の部分も、林は隠そうとはしなかった。

 作ってもまったくもうからない、もやし。それでも、生産量だけを見れば、09年以降は右肩上がりが続いている。

「リーマンショックの後、もやしが注目を集めるようになったのです」

 一時、日本経済を新たなる混迷に陥らせた、リーマンショック。高価なものが売れない中で、もやしは安価な食材としてブームとなった。でも、それは誰も恩恵を受けることのないブームだった。もし、恩恵を受けた者があったとすれば、もやしのレシピ本を企画した出版社くらい。「もやしが安い」というイメージは「安くて当たり前」へとシフトしていった。

 

 それまでも、1970年代と変わらない、安さ爆発の食材だった。注目を集める中で、客を呼び込む戦略から、スーパーなど小売店では、さらに安く、安くと値を下げた。その安さを維持するための努力は、仕入れ元の生産者へと波及していく。自分たちも泣いているのだから、あなたたちにも泣いてほしい。そんな具合に、卸値はどんどん下がっていった。買い物カゴをぶら下げた客は、笑顔になるだろう。けれども、スーパーも生産者にも、苦しみしかない。負のスパイラルが固定化した。

「目先の部分では消費者はうれしいが、長い目で見るとどうか。行きすぎた安値というのは、いつか破綻します」

 多くの農作物と違って、もやしは小売りとの直接取引が主体である。その顧客を相手に、値上げを要求するのも難しい。生産者同士でも「うちは、ほかより安い」というセールストークで取引先の獲得を狙うところもある。中には、シェアを確保するために赤字覚悟で卸値を設定した生産者もいた。だが、それらの生産者も昨年の原材料費の高騰によって維持が困難となり、生産を中止した。

 業界団体の代表として、そうした生産者のさまざまな思惑を見てきたからだろう。林は決して安値を求めるスーパーだけを問題にはしない。

「自由競争とはいえ、企業の経営者とかモラルとかが度を外してしまうと、採算を度外視した金額になってしまう。価格協定はいけませんが、ちゃんと連携をしないと、サバイバル合戦になってしまうと思うんです」

 そんな林の考える1袋の適正価格は40円。これは、今年に入って、さまざまなメディアで報じられている。でも、そうした報道には「40円でも安すぎるのではないか」と、もやし生産者が謙虚すぎることを危惧する声も寄せられている。だが、これは考え抜いた末に導きだされたギリギリの数字である。

「現在、全国の平均価格が31円。これが40年前と同じなんです。その後、もやしの価格は92年に41円まで上昇したのをピークに、再び下降してきました。そうした過去のデータなども検討した結果、生産者もスーパーも、うまく回る価格は40円だと考えているんです」

 話を聞いた後、案内されて工場を見学した。ベルトコンベアに運ばれ、次々と箱詰めされていく、もやしの袋。そこには、見知った安売りスーパーのロゴもあった。

 ラグジュアリーなものへの憧れを持ちつつも、我々の日常は安さを求めてやまない。安いことが正しい。安くて当たり前。できれば無料で……。そんな時代。もやし1袋40円の値札を、人々はどう思うのか。
(取材・文=昼間たかし)

●もやし生産者協会
http://www.moyashi.or.jp/

“遺伝子銀行”で「国宝」を守る! 国民に愛されすぎの「世界一太った○○」とは……

 豚の漫画を描いたことで、ハンガリーに国賓として招かれた不可思議な出来事をまとめたコミックエッセイ『ブタが好きすぎてハンガリーの国賓になりました』(ポプラ社)。この本の刊行を記念して、著者の松本救助さんとハンガリー大使のトーク、ハンガリーの国宝である「マンガリッツァ豚」を食べる試食会が1月24日に開催された。国宝といえば、日本では建築物や仏像、美術品など、歴史があり、大切に保存するべきものというイメージがあるが、豚が「国宝」であるとは、そして、その豚を食べるって、いったいどういうことなのか!? 確かめるため、ハンガリー大使館に行ってみた。

■数を増やすだけでなく、食文化も伝えていかなければならない

 同書には、松本さんが国賓としてハンガリーを訪れた経緯や、首都ブダペストの和食店での首相との会食、豚の農園訪問、朝の人気番組への出演など、いち漫画家にもかかわらず、“豚好き”ということから、手厚いおもてなしを受けた体験がコミカルに描かれている。大の豚好きである松本さんが「思ったより毛がごわごわして、スチールウールみたいだった」というマンガリッツァ豚は、丸っこく、羊のような毛に覆われているのが特徴。

 そのマンガリッツァ豚が国宝になったのはなぜなのか? トークショーでは、日本語を含め5カ国語に堪能なイケメンのパラノビチ・ノルバート大使から説明があった。

「かつては1,000万頭いたのですが、第二次大戦後に減少し、1991年には191頭になっていました。私が子どもの頃は、動物園でしか見られなかったんです。マンガリッツァ協会のトート会長がスペインのセラーノハムの専門家と協力して、『遺伝子銀行』を作りました。マンガリッツァの遺伝子を守りつつ、おいしいサラミや生ハムなどを市場に戻す戦略を立てたのです。現在は5万頭前後で、ハンガリー全体で飼育されている豚の1.5%程度。2004年に国宝に認定されました」

 しかし、なぜ国宝なのに食べても構わないのだろうか? その問いに対して大使は、「昔から食べていたので、ただ数を増やすだけでなく、食文化も伝えていかなければならないのです」と語る。つまり、動物園のようなところで保護するのではなく、日常生活の中にある存在として大切にしていくという考え方のようだ。

■「国宝の豚を勝手に漫画にして、怒られる!」

 そんな貴重なマンガリッツァ豚を主人公にした『Bar:Mangalica』(バー・マンガリッツァ)という漫画をウェブで連載していたことから、松本さんはハンガリーに国賓として招待されるに至った。同作は、バーのマスターを務める豚が客の女性の話を聞いて心を癒やすという内容。マンガリッツァ豚の加工販売を行う食品会社ピック社のF澤さんが、偽物の商品にマンガリッツァの名が使われていないか、定期的にネットで調べていたところ、その漫画を見つけ、松本さんに連絡したのがきっかけだ。

 その時の状況を松本さんは「いきなり『所長がお呼びなので来てください』と言われて……」と恐縮した様子で振り返った。「国宝の豚を勝手に漫画にして、やばい! 怒られる!」とおびていたという。ところが、実際ピック社を訪れると、予想外に歓迎され、食品の展示会「FOODEX JAPAN」のために、同社とコラボレーションした漫画を制作することに。その後、ハンガリー大使館にも招待されて、マンガリッツァ協会のトート会長と会い、同国政府から国賓として招待されることになった。

■世界一太っている豚

 マンガリッツァ豚はハンガリーの輸出品では看板商品だが、高級な食材。高級である理由は飼育に手間がかかるからだという。

「まず、生まれる子豚の頭数が少ない。そして、育てる期間が長いのです。白ブタが8~9カ月で育つのに対し、マンガリッツァは12~15カ月かかります。世界一太っている豚で、脂が多く、体脂肪率が60~70%になります。肉は3割しかとれないため、値段が高くなるのです。政府のサポートがないと、なかなか育てられない」(パラノビチ大使)

 ちなみに脂(ラード)は、バターの代わりにパンに塗ったり、調理やお菓子作りに使うという。もともとハンガリーでは伝統的にラードがたくさん使われ、ラードパンは居酒屋の定番おつまみなのだとか。

 なお、パラノビチ大使によると、マンガリッツァ豚の輸出先としては日本が第1位。日本ではブランド肉が人気で、日本人は肉の特徴をよく理解しているからだという。

 マンガリッツァ豚は、東京・表参道にあるブダペストの老舗カフェ「ジェルボー」の支店などで食べられる。ハンガリー政府もサポートする希少なブランド肉だけに、漫画を通じてその背景が広まれば、知名度も人気も上がるかもしれない。

“遺伝子銀行”で「国宝」を守る! 国民に愛されすぎの「世界一太った○○」とは……

 豚の漫画を描いたことで、ハンガリーに国賓として招かれた不可思議な出来事をまとめたコミックエッセイ『ブタが好きすぎてハンガリーの国賓になりました』(ポプラ社)。この本の刊行を記念して、著者の松本救助さんとハンガリー大使のトーク、ハンガリーの国宝である「マンガリッツァ豚」を食べる試食会が1月24日に開催された。国宝といえば、日本では建築物や仏像、美術品など、歴史があり、大切に保存するべきものというイメージがあるが、豚が「国宝」であるとは、そして、その豚を食べるって、いったいどういうことなのか!? 確かめるため、ハンガリー大使館に行ってみた。

■数を増やすだけでなく、食文化も伝えていかなければならない

 同書には、松本さんが国賓としてハンガリーを訪れた経緯や、首都ブダペストの和食店での首相との会食、豚の農園訪問、朝の人気番組への出演など、いち漫画家にもかかわらず、“豚好き”ということから、手厚いおもてなしを受けた体験がコミカルに描かれている。大の豚好きである松本さんが「思ったより毛がごわごわして、スチールウールみたいだった」というマンガリッツァ豚は、丸っこく、羊のような毛に覆われているのが特徴。

 そのマンガリッツァ豚が国宝になったのはなぜなのか? トークショーでは、日本語を含め5カ国語に堪能なイケメンのパラノビチ・ノルバート大使から説明があった。

「かつては1,000万頭いたのですが、第二次大戦後に減少し、1991年には191頭になっていました。私が子どもの頃は、動物園でしか見られなかったんです。マンガリッツァ協会のトート会長がスペインのセラーノハムの専門家と協力して、『遺伝子銀行』を作りました。マンガリッツァの遺伝子を守りつつ、おいしいサラミや生ハムなどを市場に戻す戦略を立てたのです。現在は5万頭前後で、ハンガリー全体で飼育されている豚の1.5%程度。2004年に国宝に認定されました」

 しかし、なぜ国宝なのに食べても構わないのだろうか? その問いに対して大使は、「昔から食べていたので、ただ数を増やすだけでなく、食文化も伝えていかなければならないのです」と語る。つまり、動物園のようなところで保護するのではなく、日常生活の中にある存在として大切にしていくという考え方のようだ。

■「国宝の豚を勝手に漫画にして、怒られる!」

 そんな貴重なマンガリッツァ豚を主人公にした『Bar:Mangalica』(バー・マンガリッツァ)という漫画をウェブで連載していたことから、松本さんはハンガリーに国賓として招待されるに至った。同作は、バーのマスターを務める豚が客の女性の話を聞いて心を癒やすという内容。マンガリッツァ豚の加工販売を行う食品会社ピック社のF澤さんが、偽物の商品にマンガリッツァの名が使われていないか、定期的にネットで調べていたところ、その漫画を見つけ、松本さんに連絡したのがきっかけだ。

 その時の状況を松本さんは「いきなり『所長がお呼びなので来てください』と言われて……」と恐縮した様子で振り返った。「国宝の豚を勝手に漫画にして、やばい! 怒られる!」とおびていたという。ところが、実際ピック社を訪れると、予想外に歓迎され、食品の展示会「FOODEX JAPAN」のために、同社とコラボレーションした漫画を制作することに。その後、ハンガリー大使館にも招待されて、マンガリッツァ協会のトート会長と会い、同国政府から国賓として招待されることになった。

■世界一太っている豚

 マンガリッツァ豚はハンガリーの輸出品では看板商品だが、高級な食材。高級である理由は飼育に手間がかかるからだという。

「まず、生まれる子豚の頭数が少ない。そして、育てる期間が長いのです。白ブタが8~9カ月で育つのに対し、マンガリッツァは12~15カ月かかります。世界一太っている豚で、脂が多く、体脂肪率が60~70%になります。肉は3割しかとれないため、値段が高くなるのです。政府のサポートがないと、なかなか育てられない」(パラノビチ大使)

 ちなみに脂(ラード)は、バターの代わりにパンに塗ったり、調理やお菓子作りに使うという。もともとハンガリーでは伝統的にラードがたくさん使われ、ラードパンは居酒屋の定番おつまみなのだとか。

 なお、パラノビチ大使によると、マンガリッツァ豚の輸出先としては日本が第1位。日本ではブランド肉が人気で、日本人は肉の特徴をよく理解しているからだという。

 マンガリッツァ豚は、東京・表参道にあるブダペストの老舗カフェ「ジェルボー」の支店などで食べられる。ハンガリー政府もサポートする希少なブランド肉だけに、漫画を通じてその背景が広まれば、知名度も人気も上がるかもしれない。

「鳥貴族」も誕生28年目! 大倉忠司社長が語る居酒屋業界と“忠”の秘密

<p>小誌発売日の2日前の5月16日、関ジャニ∞の大倉忠義は28歳の誕生日を迎えた。さかのぼること28年前の1985年、長男・忠義が生まれたその年、父は、今や庶民の味方として愛される「鳥貴族」の第1号店をオープンさせたのだ。「最悪1店舗にまで縮小する日が来たとしても、またこの腕一本で焼き鳥を焼いて、家族を支えますよ」。</p>