BTS、NCT、PRODUCE48ほか……K-POPのメジャージャンル「Moombahton」を知る21曲

――毎月リリースされるK-POPの楽曲。それらを楽しみ尽くす“視点”を、さまざまなジャンルのDJを経て現在はK-POPのクラブイベントを主宰するe_e_li_c_a氏がレクチャー。2月にリリースされた曲から[いま聞くべき曲]を紹介します!

今月の1曲‖KARD - RED MOON

 KARAがいることで有名なDSP Media所属、男女混合4人組グループ・KARDの新曲「RED MOON」です。Moombahtonについては、いつ特集しようかとずっと考えていたのですが、“Moombahtonと言えば”なグループが新曲をリリースしたので、このタイミングで取り挙げたいと思います。

 KARDのすごいところは、デビューから今まで3年間ずっとMoombahtonをタイトル曲として活動しているところです。こちらがデビュー曲ですが見事にMoombahtonです。

■K.A.R.D - Oh NaNa

 さて、先程からMoombahton、Moombahtonと言っているとおり、今月はMoombahtonについて解説したいと思います。ちなみにMoombahtonは日本語だと「ムーンバートン」(略してムンバなど)と呼ばれることが一般的ですが、実際の発音はカタカナで書くなら「ムーバトン」が一番近いそうです。

 年始のEDM特集にも、しれっとKARDの楽曲をMoombahtonとして挙げましたが、こちらもまたEDMという大きいくくりの中の一つのジャンルです。しかし今まで説明してきた、さまざまなジャンルが絡み合って段々と新たなジャンルが生まれるような流れとは違い、Moombahtonは成り立ちがとてもわかりやすいです。

 時は2009年、DJのDave Nadaは高校生のいとこが仲間内で集まり家の地下室で定期的にやっているラテン系のパーティーでDJをするよう頼まれます。そこではBachataやReggaetonがかかり盛り上がっており、Dave NadaがMoombahのAfrojack remix(本来はBPM138のもの)をBPM108まで落としてかけたところ、その場は狂ったように盛り上がったそうです。

■Silvio Ecomo & Chuckie - Moombah (Afrojack Remix)

 本来はDutch Houseジャンルの曲のBPMを落としたことでReggaetonのリズムになり、ラテン系のジャンルに慣れた人たちにも親しみやすいものとなったのでしょう。この流れからもわかるように、「Moombahton」とは、「Moombah」という曲名がジャンルの「Reggaeton」と合わさったものになります。ちなみに、この楽曲のBPMを落とすという手法は90年代後半、アメリカ南部のヒューストンにてDJ Screwが生み出したChopped & Screwedと呼ばれるRemixの手法で、昨年8月の記事で早回しについて少し説明しましたが、その逆ということになります。

BachataとReggaeton〜Moombahtonの世界的ヒット

 Moombahtonができる、まさにその場でかかっていたBachataとReggaetonについて少し説明します。

 Bachataは中南米のドミニカ共和国発祥のジャンルです。南米では音楽とダンスは切り離せない存在で、ダンスのジャンルが先行してでき、音楽のジャンルになっているものもあります。左右に2ステップを踏むのが基本の動きで、ほかのラテンジャンルに比べ腰を使う情熱的なダンスが特徴。曲は4拍子で4拍目にアクセントがありスローテンポでロマンチックなラブソングが多いです。

 Reggaetonは90年代後半、プエルトリコで流行っていたスペイン語のReggaeとプエルトリコの音楽(Salsa、Bomba、Plenaなど)がHiphopから影響を受け出来たものです。本来Raggaeはジャマイカの音楽であり英語が原則でスペイン語で歌われることはなかったのですが、スペイン語が公用語のパナマにパナマ運河の労働者としてジャマイカや英語圏のカリブ海の人たちが出稼ぎに行ったことを機に文化が混ざり、90年代前半頃からこのような楽曲が増えて行きます。

■Vico C - Bomba Para Afincar


 この曲は最初Hiphopっぽく始まりますが(0:20~)、5小節目(0:30~)からReggaetonっぽいビートになり、その後この2種類のビートを繰り返します。


 こちらは1997年のIvy Queenの『The Noise Live』という公演で、リズムはほぼReggaetonですが当時はまだその定義はなくRap&Reggaeと呼ばれています。段々とReggaetonが形作られていき、2004年N.O.R.E.の「Oye Mi Canto」のヒットで世間的な認知を受けます。

 その後「Oye Mi Canto」にも参加していたDaddy Yankeeの「Gasolina」が国際的にヒットし世界をReggaetonが席巻します。当時欧米圏のエンタメを必死に追っていた身としては、レゲエとは違うまた新たな南米音楽が出てきてあっという間に広がり、「日本でもはやってる!」というイメージでした。

 その後2010年2月にカナダはバンクーバーで行われた冬季オリンピックにてDave NadaがMoombahtonをプレイし、後を追うように既存楽曲のMoombahton Remixがリリースされ、どんどんとMoombahton楽曲が量産されていきます。Moombahtonのはやる少し前に同じようにブームがあったTrapやDubstepなどのクラブミュージックのジャンルも、既存楽曲をそのジャンルに落とし込みやすい傾向があったため、楽曲が量産され、瞬く間に広がったのかなと思います。

 早いうちからMoombahtonに目をつけていたプロデューサー、トラックメイカーのDiploとSkrillexは自分のツアーやラジオにDave Nadaを呼んだりDiploのレーベルMad DecentからMoombahtonのコンピレーションをDave Nadaにリリースさせたりします。クラブシーンとしては、13年頃にはもうMoombahtonは栄光を失ったと言われますが、15年にDiploの所属するダンスユニット・Major LazerとDJ Snake名義でリリースされた「Lean On」で世間一般的にMoombahtonが知られます。

■Major Lazer&DJ Snake - Lean On (feat. MØ) 


 この曲は当時、洋楽をかじっていた方なら知らない方はいないほどヒットした楽曲で、その後SkrillexがプロデュースしたJusin Bieberの「Sorry」もリリースされ、それぞれ今現在27億回、32億回再生されています。

 ちなみに17年にリリースされたLuis FonsiとDaddy Yankeeの「Despacito」はReggaetonですが、2010年代にYoutubeで最も再生された(およそ65億回)楽曲だそうです。

 ということで、いつも通りK-PopのMoombahton楽曲を挙げていきますが、今回はかなり数が多くなってしまいました。それだけK-Popの楽曲の中でMoombahtonがメジャーなジャンルということかなと思います。こうやって振り返ってみるとMamamooの「Egotistic」などは、もともとのジャンルの成り立ちを意識した楽曲とMVの作りになっているのを強く感じます。

■BTS (방탄소년단) - 피 땀 눈물 (Blood Sweat & Tears) 2016/05/02

■NCT 127 엔시티 127 - 소방차 (Fire Truck) 2016/07/07

■박재범 Jay Park - Me Like Yuh 2016/10/26

■CLC(씨엘씨) - 미유미유 (Meow Meow) 2017/01/17

■GOT7 - Never Ever 2017/03/13

■WINNER - REALLY REALLY 2017/04/04

■청하 (CHUNG HA) - Why Don’t You Know (Feat. 넉살 (Nucksal)) 2017/06/07

■UP10TION(업텐션) - Runner(시작해) 2017/06/29

■SUPER JUNIOR 슈퍼주니어 - Lo Siento 2018/04/12

■(여자)아이들((G)I-DLE) - LATATA 2018/05/02

■BLACKPINK - FOREVER YOUNG 2018/06/15

■NU'EST W(뉴이스트 W) - Dejavu 2018/06/25

■마마무(MAMAMOO) - 너나 해(Egotistic) 2018/07/16

■PRODUCE48 - Rumor 2018/08/18

■LOONA 이달의 소녀 - 열기
Sportify

■THE BOYZ(더보이즈) - No Air 2018/11/29

■SoRi (소리) - I'm Ready (FEAT. JAEHYUN) 2018/12/20

■EXID(이엑스아이디) - ME&YOU 2019/05/15

■GFRIEND(여자친구) - Fever(열대야) 2019/07/01

■MONSTA X 몬스타엑스 - FOLLOW 2019/10/28

■현아 (HyunA) - FLOWER SHOWER 2019/11/05

<落選したけど……紹介したい1曲>
■MCND - ICE AGE

 ついにデビューしました!TOP MEDIA所属5人組、Music Creates New Dream、MCNDです。上に挙げているUP10TIONの後輩です。この曲の歌詞は全てリーダーのCastle Jくんが書いており、サバイバル番組『Undernineteen』に出ていたマンネのWinくん(緑髪、2004生まれ)がめちゃくちゃラップがうまい……。先月、「TOP GANG」という曲でフリーデビュー済みだったのですが、今時ここまで正面からHiphopで攻めるグループもいないので頑張ってもらいたいです。若手の中ではStray kids、ATEEZの次にラップがうまいグループだと思います。
■MCND - TOP GANG

<近況>
一瞬行こうかと悩んだTwiceの東京ドーム公演が延期になり、今月4週目に予定されているStray kidsの大阪公演は何も知らせがなく……しかしJYPエンターテインメントがCOVID-19拡散防止のために5億ウォン寄付したとニュースになってたのでこういう時に株持ってて良かったな…と思う日々です。

e_e_li_c_a
1987年生まれ。18歳からDJを始めヒップホップ、ソウル、 ファンク、ジャズ、中東音楽、 タイポップスなどさまざまなジャンルを経て現在K-POPをかけるクラブイベント「Todak Todak」を主催。楽曲的な面白さとアイドルとしての魅力の双方からK-POPを紹介して人気を集める。

Twitter @e_e_li_c_a TodakTodak 
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難解といわれる韓国映画『哭声/コクソン』、國村隼が背負った“韓国における日本”を軸に物語を読み解く

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『哭声/コクソン』

 ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』がアカデミー賞を席巻したことで、世界的にも改めて見直されている韓国映画。少しでも韓国映画に興味を持った人が早い段階で出会うであろう作品が“問題作”『哭声/コクソン』(ナ・ホンジン監督、2016)だ。日本でも人気が高く、「おすすめの韓国映画」「見るべき韓国映画」といった類いのランキングには必ず入ってくる作品なのだ。

 同作は、シャーマニズムやキリスト教などの宗教的世界観をベースに、ある村で起こる不可解な事件に住人たちが惑わされる物語。韓国映画には珍しいオカルト映画だ。美しくも不気味な映像、予断を許さないスリリングな展開で最後まで目を離せないのは事実だが、釈然としない結末に見終えてからも悶々と考え続けてしまう。実際韓国のネット上でも、公開と同時にキャラクターや結末の解釈をめぐって議論が絶えなかった。そうした反響や日本のベテラン俳優・國村隼の怪演も手伝ってか、観客動員680万人を超える大ヒットを記録した。

 ちなみにタイトルの「哭声」は「泣き叫ぶ声」という意味だが、映画の舞台となり、撮影も行われた村「谷城」もまったく同じ発音・表記で「곡성<コクソン>」という。実は、撮影終了後、「悪霊の村という悪いイメージがつく」として村人たちが猛反発、上映反対の動きまで見せたため、制作会社が漢字「哭声」の併記を約束してようやく騒ぎが収まったという。ところがいざ公開されてみると、映画は予想以上に大ヒット。ロケ地を一目見ようと村を訪れる観光客が急増したため、住民たちは大喜び、ガイドをしたり便宜を図ったりと忙しかったようだ。

 ナ・ホンジン監督は、本作をさまざまな解釈ができる「開かれた結末」にしたと明かし、インタビューで結末に話が及ぶと「みなさんの解釈は、どれもすべて正解です」と答えている。それゆえに賛否が真っ二つに分かれているともいえよう。冒頭で述べたように、結末の解釈は私にとっても謎のままだが、今回は作品全体をどう読み解くのかをメインに考えていきたい。

【物語】

(※この先、作品ネタバレに関する記述があります)

  山間部に位置する村「谷城<コクソン>」で惨殺事件が相次ぎ、村人たちは恐怖に包まれる。警察は毒キノコにより幻覚を起こした者による殺人事件と判断するが、犯人たちは次々と不可解な死を遂げる。次第に、最近山に住み着いた日本人(國村、以下「よそ者」)の仕業ではないかというウワサが広まっていく。最初こそ話半分で聞いていた警察官のジョング(クァク・ドウォン)だが、現場を目撃したという神出鬼没な女ムミョン(チョン・ウヒ)の話を聞いてから信じ始める。

 そんな中、ジョングの娘ヒョジン(キム・ファニ)の体に犯人たちと同じような湿疹が現れ、普段のヒョジンからは想像できないような粗暴な言動が見られるようになる。ジョングはよそ者を村から追い出そうとし、さらに、祈祷師のイルグァン(ファン・ジョンミン)を呼んで悪霊祓いの儀式も行うが、娘の容体は悪化するばかり。怒り狂ったジョングは村人を集め、よそ者退治を試みるも失敗する。だが、その帰り道、ムミョンによって突き落とされたのか、よそ者は崖から落ちてジョングの運転するトラックにぶつかって死んだ。これで一件落着かと安心するジョングだが、ヒョジンは治らず、惨殺事件も終わらない。

 絶望するジョングの前に忽然と現れたムミョンは、よそ者と祈祷師がグルだと断言。ヒョジンを守りたければ言う通りにしろと忠告するが、同時に祈祷師から電話で「女(ムミョン)こそが村を滅ぼそうとする悪魔だ」と言われたジョングは、ムミョンの忠告を守らず、その結果、ジョングの家族にも惨殺事件が起きてしまう。一方、よそ者はまだ生きていた。その正体を暴くべく、教会の助祭のイサム(キム・ドユン)がよそ者の元を訪れる。だが、そこで目にしたのは、「疑うな」という聖書の一節を口にしながら悪魔へと変貌するよそ者の姿だった。

 ネット上で交わされた議論の多くは、宗教的な文脈のものだ。ムミョンと祈祷師、そしてよそ者の関係性と正体はなんなのか。例えばムミョンが守護神で、よそ者は祈祷師を支配する悪魔だという仮説を立て、それを元に物語の展開を読み解こうと試みても、必ずどこかで破綻を来してしまう。「実は村人を救うために何もしない(ように見える)ムミョンこそが悪魔なのでは?」「そもそも“悪魔”とは何か」といった本質論まで登場し、一部のクリスチャンからは「イエスを悪魔に例えるこの映画こそが悪魔だ」といった批判も飛び出した。

 映画評論家たちの反応もさまざまだった。この映画にはいろいろな解釈を可能にする「餌」が多く潜んでいるため、多様なレベルで語ることができる素晴らしい作品だと評価する者もいれば、こうしてさまざまな解釈が乱立してしまうのは、監督自身が混乱し映画の矛盾を放置した結果だとバッサリ切り捨てる評論家もいた。解釈の多様性は映画の豊かさではなく映画が破綻している証拠である、と。いずれにしても評論家泣かせの映画であることは確かだ。

 確かに、本作の謎の多さがリピーターを生み出し、解釈に夢中になるファン集団まで形成されたほど。一方で宗教的な文脈だけでなく、國村が演じるよそ者が日本人であること(監督は「日本人にした意味はない」と言っているが)からも、韓国と日本の歴史や文化的な関わりの文脈での解釈も可能ではないかと私は思う。やや飛躍しているかもしれないが、そういう意味で、ラストシーンでよそ者が手に持っているカメラが「サムスン・ミノルタ」のものであることは非常に象徴的ではないだろうか。

 サムスンがカメラを売り出し始めたのは、1979年、ミノルタと提携してからだ。この提携によって生産されたカメラを、韓国に対する日本の技術的「支配」の結果として見るか、それとも日本による韓国への技術的「伝授」の産物として見るか――サムスンだけではなく、多くの韓国企業が日本企業との技術的提携を通して新しい事業に乗り出してきた。これを、日本による新たな経済的植民地化と批判する声も常に存在した。提携の裏に、経済的侵略を企む日本の「悪魔の顔」が隠れているというわけだ。まるで悪魔の顔に変貌していく、よそ者と同じように。だが、実際はどうか。サムスンはミノルタとの提携を機に、その後独自のカメラ開発に成功している。

 「韓国社会に根づく日本」に対する韓国人たちの態度には、二重的で矛盾するところは多い。経済的な面だけではない。よく知られているように、日本の植民地からの独立以後、1998年に金大中(キム・デジュン)政権によって日本大衆文化が開放されるまで、韓国では国家的に「日本」を禁止にしてきた。歌や映画、ファッションなどに少しでも日本的なものがあれば「倭色<ウェセク>」といって発売や上映を禁止にしたり、公の場でバッシングしたりして排除した。植民地支配の記憶は歴史的なトラウマとして韓国社会を呪縛しており、これが解けない限り、日本はいつでも「悪魔の顔」になりうるのだ。

 その半面、韓国の日常における「日本」が排除されたことは、少なくとも私が知っている限り、ない。記憶をたどってみよう。小学生だったある日、教師が「今日から변토<ビョント>(弁当の韓国なまり)や와리바시<ワリバシ>は日本語だから禁止だ」と突然言いだした。誰もがそれが日本語であることすら知らずに使っていたが、学校で禁止されてからも、それ以外の場所では変わることなく使われ続けた。また、韓国の大学生に大人気のビリヤードの用語は、少なくとも私の時代はすべて日本語だった。「오시<オシ>、히키<ヒキ>、우라마와시<ウラマワシ>」などの技や、技がきれいに決まったときの掛け声「기레이<キレイ>」など、何ら違和感なく使っていたのだ。軍隊でも会社でも状況は同じだった。

 公的には禁じられていても、日本の歌や映画、ドラマのソフトは、いつでも手に入れることができた。それらを扱う違法の店がたくさんあったのだ。私も、粗末な字幕付きのビデオをこっそり借りて、黒澤明や成瀬巳喜男など名匠たちの映画を見たものだ。さらに、韓国映画や音楽における日本からの盗作問題は、2000年代に入っても後を絶たなかった。盗作であることが後から問題になり、解散したグループまで出たりした。今度は日本による「文化的植民地化」を云々する声も当然上がった。例を挙げればきりがないのでこのくらいにしておくが、いつの時代も常に「日本」は韓国のなかに存在していたのだ。

 このような韓国のなかの「日本」は、排除すべき「悪」なのか? 韓国が日本を「悪」と疑ってやまない以上、韓国にとって日本は悪なのか?――よそ者の日本人が悪魔なのか、悪魔だと疑う心が悪魔を生み出すのか。この映画の難しさは、それを見る私たちの心理こそが答えになるのだろう。

 最後に余談だが、日本人俳優のキャスティングをめぐっては、北野武の名前も有力候補に挙がっていたという。『戦場のメリークリスマス』(大島渚監督、1983)でのなんともいえない不気味な表情を思い出すと、一瞬、この役が北野だったら……と想像してしまいたくなるのも無理はないだろう。だが、頭に思い浮かべた北野武の顔は、いつの間にか國村隼のそれに変わってしまっていた。『哭声/コクソン』での國村の表情は、何かを読み取れそうでいて、決して何も読み取れない、絶妙な恐ろしさをたたえていて、スクリーンを終始圧倒している。そんな演技が評価され、國村は韓国有数の映画賞、第37回青龍(チョンニョン)映画祭で最優秀助演男優賞を受賞した。

崔盛旭(チェ・ソンウク)

1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正  戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻  スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

『哭声/コクソン』
Blu-ray&DVD 好評発売中【Blu-ray】\2,500(税抜)【DVD】\1,900(税抜)
発売・販売元:キングレコード
提供:クロックワークス、キングレコード
(C)2016 TWENTIETH CENTURY FOX FILM CORPORATION

難解といわれる韓国映画『哭声/コクソン』、國村隼が背負った“韓国における日本”を軸に物語を読み解く

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『哭声/コクソン』

 ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』がアカデミー賞を席巻したことで、世界的にも改めて見直されている韓国映画。少しでも韓国映画に興味を持った人が早い段階で出会うであろう作品が“問題作”『哭声/コクソン』(ナ・ホンジン監督、2016)だ。日本でも人気が高く、「おすすめの韓国映画」「見るべき韓国映画」といった類いのランキングには必ず入ってくる作品なのだ。

 同作は、シャーマニズムやキリスト教などの宗教的世界観をベースに、ある村で起こる不可解な事件に住人たちが惑わされる物語。韓国映画には珍しいオカルト映画だ。美しくも不気味な映像、予断を許さないスリリングな展開で最後まで目を離せないのは事実だが、釈然としない結末に見終えてからも悶々と考え続けてしまう。実際韓国のネット上でも、公開と同時にキャラクターや結末の解釈をめぐって議論が絶えなかった。そうした反響や日本のベテラン俳優・國村隼の怪演も手伝ってか、観客動員680万人を超える大ヒットを記録した。

 ちなみにタイトルの「哭声」は「泣き叫ぶ声」という意味だが、映画の舞台となり、撮影も行われた村「谷城」もまったく同じ発音・表記で「곡성<コクソン>」という。実は、撮影終了後、「悪霊の村という悪いイメージがつく」として村人たちが猛反発、上映反対の動きまで見せたため、制作会社が漢字「哭声」の併記を約束してようやく騒ぎが収まったという。ところがいざ公開されてみると、映画は予想以上に大ヒット。ロケ地を一目見ようと村を訪れる観光客が急増したため、住民たちは大喜び、ガイドをしたり便宜を図ったりと忙しかったようだ。

 ナ・ホンジン監督は、本作をさまざまな解釈ができる「開かれた結末」にしたと明かし、インタビューで結末に話が及ぶと「みなさんの解釈は、どれもすべて正解です」と答えている。それゆえに賛否が真っ二つに分かれているともいえよう。冒頭で述べたように、結末の解釈は私にとっても謎のままだが、今回は作品全体をどう読み解くのかをメインに考えていきたい。

【物語】

(※この先、作品ネタバレに関する記述があります)

  山間部に位置する村「谷城<コクソン>」で惨殺事件が相次ぎ、村人たちは恐怖に包まれる。警察は毒キノコにより幻覚を起こした者による殺人事件と判断するが、犯人たちは次々と不可解な死を遂げる。次第に、最近山に住み着いた日本人(國村、以下「よそ者」)の仕業ではないかというウワサが広まっていく。最初こそ話半分で聞いていた警察官のジョング(クァク・ドウォン)だが、現場を目撃したという神出鬼没な女ムミョン(チョン・ウヒ)の話を聞いてから信じ始める。

 そんな中、ジョングの娘ヒョジン(キム・ファニ)の体に犯人たちと同じような湿疹が現れ、普段のヒョジンからは想像できないような粗暴な言動が見られるようになる。ジョングはよそ者を村から追い出そうとし、さらに、祈祷師のイルグァン(ファン・ジョンミン)を呼んで悪霊祓いの儀式も行うが、娘の容体は悪化するばかり。怒り狂ったジョングは村人を集め、よそ者退治を試みるも失敗する。だが、その帰り道、ムミョンによって突き落とされたのか、よそ者は崖から落ちてジョングの運転するトラックにぶつかって死んだ。これで一件落着かと安心するジョングだが、ヒョジンは治らず、惨殺事件も終わらない。

 絶望するジョングの前に忽然と現れたムミョンは、よそ者と祈祷師がグルだと断言。ヒョジンを守りたければ言う通りにしろと忠告するが、同時に祈祷師から電話で「女(ムミョン)こそが村を滅ぼそうとする悪魔だ」と言われたジョングは、ムミョンの忠告を守らず、その結果、ジョングの家族にも惨殺事件が起きてしまう。一方、よそ者はまだ生きていた。その正体を暴くべく、教会の助祭のイサム(キム・ドユン)がよそ者の元を訪れる。だが、そこで目にしたのは、「疑うな」という聖書の一節を口にしながら悪魔へと変貌するよそ者の姿だった。

 ネット上で交わされた議論の多くは、宗教的な文脈のものだ。ムミョンと祈祷師、そしてよそ者の関係性と正体はなんなのか。例えばムミョンが守護神で、よそ者は祈祷師を支配する悪魔だという仮説を立て、それを元に物語の展開を読み解こうと試みても、必ずどこかで破綻を来してしまう。「実は村人を救うために何もしない(ように見える)ムミョンこそが悪魔なのでは?」「そもそも“悪魔”とは何か」といった本質論まで登場し、一部のクリスチャンからは「イエスを悪魔に例えるこの映画こそが悪魔だ」といった批判も飛び出した。

 映画評論家たちの反応もさまざまだった。この映画にはいろいろな解釈を可能にする「餌」が多く潜んでいるため、多様なレベルで語ることができる素晴らしい作品だと評価する者もいれば、こうしてさまざまな解釈が乱立してしまうのは、監督自身が混乱し映画の矛盾を放置した結果だとバッサリ切り捨てる評論家もいた。解釈の多様性は映画の豊かさではなく映画が破綻している証拠である、と。いずれにしても評論家泣かせの映画であることは確かだ。

 確かに、本作の謎の多さがリピーターを生み出し、解釈に夢中になるファン集団まで形成されたほど。一方で宗教的な文脈だけでなく、國村が演じるよそ者が日本人であること(監督は「日本人にした意味はない」と言っているが)からも、韓国と日本の歴史や文化的な関わりの文脈での解釈も可能ではないかと私は思う。やや飛躍しているかもしれないが、そういう意味で、ラストシーンでよそ者が手に持っているカメラが「サムスン・ミノルタ」のものであることは非常に象徴的ではないだろうか。

 サムスンがカメラを売り出し始めたのは、1979年、ミノルタと提携してからだ。この提携によって生産されたカメラを、韓国に対する日本の技術的「支配」の結果として見るか、それとも日本による韓国への技術的「伝授」の産物として見るか――サムスンだけではなく、多くの韓国企業が日本企業との技術的提携を通して新しい事業に乗り出してきた。これを、日本による新たな経済的植民地化と批判する声も常に存在した。提携の裏に、経済的侵略を企む日本の「悪魔の顔」が隠れているというわけだ。まるで悪魔の顔に変貌していく、よそ者と同じように。だが、実際はどうか。サムスンはミノルタとの提携を機に、その後独自のカメラ開発に成功している。

 「韓国社会に根づく日本」に対する韓国人たちの態度には、二重的で矛盾するところは多い。経済的な面だけではない。よく知られているように、日本の植民地からの独立以後、1998年に金大中(キム・デジュン)政権によって日本大衆文化が開放されるまで、韓国では国家的に「日本」を禁止にしてきた。歌や映画、ファッションなどに少しでも日本的なものがあれば「倭色<ウェセク>」といって発売や上映を禁止にしたり、公の場でバッシングしたりして排除した。植民地支配の記憶は歴史的なトラウマとして韓国社会を呪縛しており、これが解けない限り、日本はいつでも「悪魔の顔」になりうるのだ。

 その半面、韓国の日常における「日本」が排除されたことは、少なくとも私が知っている限り、ない。記憶をたどってみよう。小学生だったある日、教師が「今日から변토<ビョント>(弁当の韓国なまり)や와리바시<ワリバシ>は日本語だから禁止だ」と突然言いだした。誰もがそれが日本語であることすら知らずに使っていたが、学校で禁止されてからも、それ以外の場所では変わることなく使われ続けた。また、韓国の大学生に大人気のビリヤードの用語は、少なくとも私の時代はすべて日本語だった。「오시<オシ>、히키<ヒキ>、우라마와시<ウラマワシ>」などの技や、技がきれいに決まったときの掛け声「기레이<キレイ>」など、何ら違和感なく使っていたのだ。軍隊でも会社でも状況は同じだった。

 公的には禁じられていても、日本の歌や映画、ドラマのソフトは、いつでも手に入れることができた。それらを扱う違法の店がたくさんあったのだ。私も、粗末な字幕付きのビデオをこっそり借りて、黒澤明や成瀬巳喜男など名匠たちの映画を見たものだ。さらに、韓国映画や音楽における日本からの盗作問題は、2000年代に入っても後を絶たなかった。盗作であることが後から問題になり、解散したグループまで出たりした。今度は日本による「文化的植民地化」を云々する声も当然上がった。例を挙げればきりがないのでこのくらいにしておくが、いつの時代も常に「日本」は韓国のなかに存在していたのだ。

 このような韓国のなかの「日本」は、排除すべき「悪」なのか? 韓国が日本を「悪」と疑ってやまない以上、韓国にとって日本は悪なのか?――よそ者の日本人が悪魔なのか、悪魔だと疑う心が悪魔を生み出すのか。この映画の難しさは、それを見る私たちの心理こそが答えになるのだろう。

 最後に余談だが、日本人俳優のキャスティングをめぐっては、北野武の名前も有力候補に挙がっていたという。『戦場のメリークリスマス』(大島渚監督、1983)でのなんともいえない不気味な表情を思い出すと、一瞬、この役が北野だったら……と想像してしまいたくなるのも無理はないだろう。だが、頭に思い浮かべた北野武の顔は、いつの間にか國村隼のそれに変わってしまっていた。『哭声/コクソン』での國村の表情は、何かを読み取れそうでいて、決して何も読み取れない、絶妙な恐ろしさをたたえていて、スクリーンを終始圧倒している。そんな演技が評価され、國村は韓国有数の映画賞、第37回青龍(チョンニョン)映画祭で最優秀助演男優賞を受賞した。

崔盛旭(チェ・ソンウク)

1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正  戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻  スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

『哭声/コクソン』
Blu-ray&DVD 好評発売中【Blu-ray】\2,500(税抜)【DVD】\1,900(税抜)
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SF9「One Love」から紐解くK-POPとFrench House――Abba・DAFT PUNKにつながるEXO他17曲

――毎月リリースされるK-POPの楽曲。それらを楽しみ尽くす“視点”を、さまざまなジャンルのDJを経て現在はK-POPのクラブイベントを主宰するe_e_li_c_a氏がレクチャー。1月にリリースされた曲から[いま聞くべき曲]を紹介します!

今月の1曲‖SF9 - One Love

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 今回の活動でデビュー4年目にして音楽番組初1位を獲得した、FNC Entertainment所属の9人組ボーイズグループSF9。1位おめでとうございます。タイトル曲の「Good Guy」はとても良い4つ打ちですが、今月は今回リリースされたアルバム『First Collection』の収録曲「One Love」を紹介したいと思います。

 今回のキーワードは「French House」。French Houseといっても、すぐにどういうものなのか思い浮かばない方もいるかもしれませんが、先月の記事で2019年にリリースされたEDM楽曲として紹介したDONGKIZの「Fever」はFrench Houseと呼べるでしょう。

 これまでの記事で解説してきたジャンルと同じように、French Houseもさまざまなジャンルからの影響を受け、段々と形作られました。「House」とついているように「Funk House」「Funky House」などのジャンルと並行して、「Euro Disco」「Space Disco」「Deep House」などの影響を受け、90年代中盤に生まれた4つ打ちでBPMは110~130ぐらいまでのものを言います。

 時を追って説明していきますが、時は遡り70年代中盤にアメリカから始まったDiscoのブームは世界中に広がり、スウェーデンからはABBA、ドイツからはArabesque、Boney M.、Dschinghis Khan、フランスからはHot Blood、Cerroneなどヨーロッパの国単位でたくさんのアーティスト・グループが出てきました。それらがアメリカ・イギリスとは差別化され、70年代後半に「Euro Disco」というジャンルとして確立していきます。

■Abba - Dancing Queen

■Boney M. - Sunny

■Hot Blood - Soul Dracula

■Dschinghis Khan - Dschinghis Khan

 自国での担い手が増えると自然と幅も広がり、フランスでは派生ジャンルとして1977年頃~80年代前半にかけてSpace Discoと呼ばれる、サウンドもビジュアルも未来・宇宙的テーマを取り扱ったジャンルが流行します。映画『スターウォーズ』シリーズが77~83年にかけて公開されており、少なくともそこからの影響がなかったことはないでしょう。

■Space - Magic Fly

■Sheila &Black Devotion - Spacer

 Euro DiscoからSpace Discoが派生したように、80年代はItalo Discoが生まれ、80年代後半に作られるEuro Discoはスペインとギリシャ、ポーランドやロシアが生産のメインになっていきます。90年代に入ると、House、Acid Houseなどから影響を受け、Euro Discoのスタイルは段々と変わっていきます。

 そんなEuro Discoの最終形態がFrench Houseと言われており、もちろん少しはEuro DiscoやSpace Discoの影響を受けていますが、どちらかというと70、80年代のアメリカのダンスミュージック、P-Funk、Chicago HouseのJackin'(Jazz)的な部分を取り入れています。HouseやTechnoのリズムにそれらをはめ込み、そこにフィルター系のエフェクトを加えたもので、ファンキーなギターのサウンドと上ネタのシンセなどに特徴があります。

 90年代中盤に生まれた、今はFrench Houseと呼ばれるような楽曲をもともとは「Nu Disco」や「Disco House」、「New Disco」などと呼んでいました。「French House」の原型となる「French Touch」というフレーズが87年にパリで行われたクラブイベントに名付けられた説、96年に音楽雑誌のレビューで定義付けられた説など諸説ありますが、99年にMTV UKの特番において、フランスで起こっているこのようなジャンルの楽曲がリリースされる現象を「French house explosion」と呼び、そこからMTV経由で各国に伝わり、French Touchという現象が世界中に「French House」というジャンルとして伝わりメインストリーム化していきます。

 French Houseの代表的なアーティストは、私と同世代もしくは上の方なら知らない方はいないであろう、Daft Punkなどが挙げられます。今までの説明を踏まえ1stアルバムとしてリリースされた『Homework』に収録されている「Around the world」を聞くと、宇宙的な要素を感じさせるシンセの上ネタ、リズムとしての4つ打ちの要素、Funkっぽさのあるベースなど今まで説明したさまざまな要素が読み取れると思います。

 世界的にヒットしたFrench Houseを2つ紹介します。

■Cassius - 1999

■Stardust - Music Sounds Better With You

2010年代のFrench House

 また70~80年代のUS Disco、80年代のItalo DanceやFrench Houseから影響を受け、2000年代中盤頃に「Nu Disco」というジャンルが生まれます。混乱するかもしれませんが、先述の90年代に「French House」を「Nu Disco」と呼んでいた時のものとは全く別物で、オンラインで楽曲配信サービスをする「Juno」や「Beatport」がダンスミュージックをジャンル分けするのに使い出したのが、2000年に入ってからの「Nu Disco」です。02年に、音楽雑誌が「70年代ディスコ/ファンクに現代のテクノロジーと繊細な楽曲制作を適用した結果、誕生した音楽」として「Nu Disco」を評しました。

 具体的には90年代後半~2000年代のEuro Discoの楽曲を「Nu Disco」と命名し直すことでわかりやすくなっただけかなとは思いますが、90年代のリリース当時に「French House」と分類されていたものも、今では「Nu Disco」にくくられたりしているので、「French House」「Disco House」「Electro Disco」などを包括する位置付けになっているように思います。

 2010年代の「French House」「Disco House」などの楽曲をいくつか紹介します。

■Justice - D.A.N.C.E.

■Louis La Roche - Gimme Gimme

■Madeon - The City

 ということで細かくこれは「French House」、これは「Nu Disco」「Euro Disco」……と括るのが難しいですが、毎回恒例、ざっくりとそのジャンルに該当するK-Pop楽曲を挙げていきたいと思います。

f(x) - 시그널 (Signal) 2013/07/29

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Sportify

9MUSES(나인뮤지스) _ Glue(글루) 2013/12/04

KARA(카라) - 맘마미아 (Mamma Mia) 2014/08/17

Wonder Girls - I Feel You 2015/08/02

SHINee 샤이니 - Married To The Music 2015/08/02

Brown Eyed Girls(브라운아이드걸스) - Wave 2015/11/5

Apple Music
Sportify

스누퍼(SNUPER) - 지켜줄게(Platonic Love) 2016/03/07

EXO 엑소 - Lucky One 2016/6/9

TopSecret(일급비밀) - She 2017/01/03

SUPER JUNIOR(슈퍼주니어) - Spin Up! 2017/11/6

Apple Music
Sportify

EXO-CBX - Vroom Vroom 2018/4/10

Apple Music
Sportify

키(Key) - Imagine 2018/11/26

Apple Music
Sportify

유빈(Yubin) - Thank U Soooo Much 2018/11/27

김동한 (KIM DONG HAN) - FOCUS 2019/5/1

우주소녀 (WJSN) - Boogie Up 2019/6/4

U-KNOW 유노윤호 - 불러 (Hit Me Up) (Feat. 기리보이)2019/06/07

YOUNGJAE(영재) - GRAVITY 2019/06/11

<落選したけど……紹介したい1曲>
ENOi - 사과 (Not Sorry)
Apple Music
Sportify

5月にも紹介したENOiがカムバしました! タイトル曲も良いのですが、アルバム1曲目のこちらがSF9の「Good guy」好きな人は絶対好きなDeep House楽曲なので、聴いてください。

<近況>
特に何の用事もなしにバンコクとホーチミンに10日間程いたので寒いのが辛いです。NCT Dreamを見たのですがヘチャンが30cmぐらいのところに来たのでヒッ! と言いながらのけぞりました。「Trigger the Fever」最高!

e_e_li_c_a
1987年生まれ。18歳からDJを始めヒップホップ、ソウル、 ファンク、ジャズ、中東音楽、 タイポップスなどさまざまなジャンルを経て現在K-POPをかけるクラブイベント「Todak Todak」を主催。楽曲的な面白さとアイドルとしての魅力の双方からK-POPを紹介して人気を集める。

Twitter @e_e_li_c_a TodakTodak 
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歴代4位の韓国映画『国際市場で逢いましょう』が、韓国人の心をかき乱す理由――「歴史の美化」と「時代に翻弄された父親」の残像

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。このコラムでは、『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)の共著者であり映画研究者の崔盛旭の解説のもと、映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

『国際市場で逢いましょう』(ユン・ジェギュン監督、2014)

 1,400万人以上の観客を動員し、韓国での興行ランキング歴代4位に輝いた『国際市場で逢いましょう』(ユン・ジェギュン監督、2014)。一人の男の人生を描きながら、朝鮮戦争やベトナム戦争など韓国現代史を盛り込んだ同作は、韓国国内を熱狂させた。ややもすると地味な作品となりがちな構成だが、家族のために自らを犠牲にする父親像に、同世代の観客はもちろん、その背中を見て育った子どもや孫にあたる世代からも共感を得て、空前の大ヒットにつながった。 

 ユン監督自身は本作を「あくまでも私の父の物語」であるとし、政治的な解釈に対しては距離をとっていたというが、公開当時に本作をめぐり政治的な議論が巻き起こったことも興行的には追い風になった。本作を何回も見たという当時のパク・クネ(朴槿恵)大統領が主人公の愛国的精神を評価し(彼女の父親であるパク・チョンヒ<朴正煕>政権の時代を描いているので当然ではあるのだが)、映画『弁護人』(第2回のコラムを参照)を冷遇した保守派メディアが「あの時代の苦労があったからこそ今の韓国がある」とこぞって取り上げた一方で、映画の半分を占めるパク・チョンヒ軍事独裁時代を「美化した」との批判が一部の評論家から上がったのだ。同じ時代を「ノスタルジア」と見るか、「悪夢」と捉えるかは人によって違うだろうが、民主化を求めて軍事独裁と闘ってきた人々にとっては、同作は時代を「美化」したとしか思えないだろう。

 だがいずれにしても、本作が多くの観客に感動を与え、支持されたのは確かな事実である。それは多分、激動の歴史に対して抗うこともできず、ただ目の前の生活と家族のために身を粉にして尽くすといった、無数の平凡な父たちを合わせたような「父親像」を描き、観客それぞれが自らの父をそこに見いだすことができたからだろう。

 私自身も例外ではない。私の父も、10歳で朝鮮戦争を体験し、若き主人公が当時の西ドイツへ出稼ぎに出たように、私が幼い頃にイランやサウジアラビアへ出稼ぎに出たりしたのだ。今は亡き父の人生は、死ぬまで家族のために捧げられたと言っても過言ではない。映画の中で妻ヨンジャが主人公ドクスに向かって「あなたの人生なのに、なぜあなたがいないの?」と涙ぐむ場面があるが、そのまま父に聞かせたいと思った。ドクスに何度も父の姿が重なって見えたのだ。

≪物語≫

 朝鮮戦争の最中、興南(フンナム)から避難する混乱のなかで、一人の少年ユン・ドクス(青年期を演じたのはファン・ジョンミン)は父(チョン・ジニョン)や妹と離れ離れになる。母(チャン・ヨンナム)と弟、末妹と共にドクスは釜山・国際市場で雑貨店を営んでいる叔母(ラ・ミラン)のところにたどり着く。休戦で朝鮮は南北に分断され、興南には戻れなくなったドクス家族は、そのまま釜山で暮らしていく。大人になり長男として家族を養うドクスは、弟の学費のために、親友のダルグ(オ・ダルス)と一緒に鉱山労働者として西ドイツに出稼ぎに出る。そこで看護師をしているヨンジャ(キム・ユンジン)と出会い、帰国後2人は結婚するが、その後も戦争中のベトナムに出稼ぎに出るなど、家族のために自分を犠牲にするドクスの苦難は続くのだった。

 本作は、韓国人なら誰でも知っている4つの歴史的な事件を背景にしている。1)興南撤収、2)西ドイツへの出稼ぎ、3)ベトナム戦争、4)離散家族探しだ。今回は韓国現代史をつなぐこれらの出来事について解説していこう。

 最初は朝鮮戦争の悲惨さを語る上で欠かせない「興南撤収」だ。興南は、北朝鮮の北東にある港町である。朝鮮戦争時、仁川上陸作戦の成功により破竹の勢いで北進していた米軍と韓国軍が、中国軍の参戦によって一気に劣勢に追い込まれた。米・韓軍は興南に兵士を集結させて海路で撤収しようと作戦を立てるも、同時に30万人近くの避難民たちが押し寄せてきた。彼らを見殺しにできないと、軍は船から武器を降ろし、避難民を乗せた。それによって1950年12月15~24日までの10日間で、10万人の避難民の命が救われたのだ。

 だがその混乱の中で、ドクスのように家族と生き別れになった人も多くいた。ラストシーンでドクスの孫娘が歌う、1953年の大ヒット曲「굳세어라 금순아」(がんばれ!クムスン)は、まさに撤収時の様子を歌にしたものだ。「興南撤収のときに離れ離れになったクムスンよ、僕は今、釜山の国際市場で商売をしているんだ。君はどこにいる? また会う日までがんばろうね」といった歌詞からもわかるように、大切な人と離れ離れになった悲しみを唄っている。多くの避難民の涙を誘ったこの歌は、後に映画やドラマにもなり、「クムスン」の名は、どんな労苦にも負けずにがんばる女性のシンボルとなった。本作はいわば、クムスンの男性版の物語と言えるかもしれない。ちなみにムン・ジェイン(文在寅)大統領の両親も、この時に米軍の船で避難し、避難先の巨済島でムン大統領が生まれたという。

 2番目の「西ドイツへの出稼ぎ」は、パク・チョンヒ政権下の1963~77年に行われた「鉱山労働者・看護助手の西ドイツ派遣」にあたる。「失業問題解決と借款契約」の建前のもと、延べ2万人が稼いだ外貨は、韓国経済に少なからず貢献したと評価されたが、内実はパク政権が打ち出していた「経済開発計画」を推し進めるための資金を西ドイツから借りる代わりに、労働者を派遣するというものだった。当時、戦後復興によりめざましい経済発展を遂げていたものの、炭鉱や看護・介護の分野で人手不足に陥っていた西ドイツと、開発のために資金を欲していた韓国が、お金と労働者の交換という取引を行った形だった。

 アメリカからは「クーデター勢力に金は貸せない」(※当時のパク・チョンヒ大統領はクーデターにより軍事政権を成立させた)と断られ、国交のなかった日本を頼ることもできなかった韓国にとって、西ドイツからの提案は渡りに船だったのだろう。すぐに鉱山労働の経験者を対象に募集をかけたのだが、なぜか大学生たちが殺到して世間を驚かせた。外国への渡航が自由ではなかった当時、どんな形であれ西欧の地を踏むことは若者たちにとって大きな憧れだったに違いない。映画でドクスは帰国するが、実際は渡航者の6割以上が現地で進学や就業を選択し、定着した。これが在独韓国人の出発点であり、現在もドイツには韓国人のコミュニティが残っている。

 3番目は「ベトナム戦争」だ。よく知られているように、パク政権はアメリカの求めに応じて、64~73年にベトナム戦争に参戦した。建前は「南ベトナムの自由民主主義を守るため」とされたが、延べ32万人もの兵士を送り込んだパク政権の狙いは、アメリカから「戦闘手当」として支給される莫大な額のドルだった。構造自体は西ドイツの場合と同じだが、今回は兵士の命と引き換えにお金をもらったのだ。このお金がソウルと釜山をつなぐ京釜高速道路の建設にも使われたとされ、「国土開発の象徴」だったこの道路は、「血の高速道路」とも呼ばれるようになった。

 朝鮮戦争時に日本経済が朝鮮特需に沸いたからだろうか、パク政権は映画にも登場する「現代(ヒュンダイ)建設」をはじめ多くの会社を巻き込んで、軍事物資の輸送や戦闘施設の建設といった「ベトナム特需」も狙った。ドクスのベトナム行きは、兵士としてではなく、ベトナム特需での一儲けを狙った会社の技術者としてであるが、戦闘に巻き込まれて重傷を負って帰国する。それでもドクスは、命を懸けて稼いだお金で叔母の店を守ることができ、妹の結婚資金にも充てられ、「よかった」と満足するのだ。

 最後は「離散家族探し」である。公共放送局「KBS」では83年6~11月のおよそ半年間、『離散家族をさがします』なる番組が放送された。朝鮮戦争で生き別れになり、互いの生死すらわからずにいる家族の再会を放送の力で実現しようとしたもので、この番組を通して1万人以上の離散家族が30年ぶりの再会を果たしたのである。15年にはユネスコの世界記憶遺産にも登録されたこの放送によって、劇中のドクスもまた興南撤収で生き別れた妹マクスンと再会し、観客の涙を誘う。放送時、中学2年だった私は番組にまったく興味を持たなかったが、両親がテレビを見ながらまるで自分のことのように笑ったり泣いたりしていたのはよく覚えている。85年に実現した南北の離散家族再会にも、この番組が大きな役割を果たしたといわれる。

 ただ再会の裏では、思わぬ悲劇も起こっていた。30年ぶりに再会したのはよかったものの、離れていた間に生じた「格差」が問題となったのだ。裕福な兄と再会した貧乏な弟が金ばかりせびるとか、会ってみたら息子は暴力的な人間になっていたために両親の方から連絡を絶つ、といった事件がたびたび起こった。再会後の問題については、イム・グォンテク監督の『キルソドム』(85)に詳しいが、結果的にこの番組は「朝鮮戦争の爪痕が残る韓国を舞台に、監督をKBSが、主役を離散家族が、そしてその他の国民が脇役を演じた、壮大なスケールのメロドラマ」だったといえるだろう。

 こうして4つの歴史的な出来事を振り返ってみると、「歴史の美化」という批判はうなずけるように思える。この映画には、経済開発を最優先にして国民を犠牲にする「開発独裁」の影はみじんも見当たらない。西ドイツやベトナムでの出稼ぎは、実際には「金」と「国民の犠牲」を引き換えにしたも同然なのに、映画ではただ主人公にとっての大金を得る「チャンス」としてしか描かれない。「あんなチャンスがあったからこそ家族を守ることができた」と満足げに過去を振り返るドクスには、そんな歴史を疑問視する視点が欠けている。

 と批判をしている私でさえも、映画を見ていて何度も涙が出そうになったことは否定できない。どうしても父の姿が見えてしまうからだろう。だが、その姿に79年10月27日の朝、前日に起きたパク・チョンヒ暗殺のニュースをラジオで聞きながら号泣していた「パク・チョンヒ信奉者としての父」が重なるのも、やはり否定できないのだ。

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正  戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻  スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

韓国映画『パラサイト 半地下の家族』のキーワード「におい」――半地下居住経験者が明かす“屈辱感”の源

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

 昨年のカンヌ国際映画祭でのパルム・ドール受賞をはじめ、今年のアカデミー賞で作品賞、監督賞など6部門にノミネートされるなど、世界中で快進撃を続けるポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』(以下『パラサイト』)が、いよいよ日本でも公開された。前回のコラムでは、監督の過去作『グエムル―漢江の怪物―』を取り上げ、彼の出自からつながる「反権力的なまなざし」について紹介したが、今回はいよいよ最新作である『パラサイト』を見ながら、この映画に描かれている「韓国」を考えていきたい。ただし本作は“ネタバレ厳禁”の箝口令が敷かれており、監督自身も観客へのメッセージで繰り返し注意を呼びかけているため、その点については本コラムでも“マナー”を守るよう努力したいと思う。

 ネタバレすることなく映画の鍵を伝えるには、何をどう語るべきだろうか悩んだ挙げ句に思いついたのが、ポン・ジュノ監督自らが提示した3つのキーワードを手がかりにする方法だ。韓国での公開を前に、監督はこの映画のキーワードは「階段」「におい」、そして「マナー」だと語っている。すでに映画を見た人なら納得しているであろう、これらのワードを掘り下げることで見えてくる「韓国社会」への理解を深めた上で、映画をより楽しんでもらいたい。

<物語>
 ソウルの半地下の部屋に暮らすキム一家は、全員が失業中。ある日、名門大学に通う友人の紹介で、長男のギウ(チェ・ウシク)が、IT企業のパク社長(イ・ソンギュン)の娘ダヘ(チョン・ジソ)の家庭教師になった。それを皮切りに、キム一家は次々とパク社長の家に「就職」することになる。ギウの妹ギジョン(パク・ソダム)は、社長の息子ダソン(チョン・ヒョンジュン)の美術教師に、母チュンスク(チャン・ヘジン)は家政婦に、父ギテク(ソン・ガンホ)は社長の運転手に。こうして、出会うはずのない社会の頂点と底辺に位置する家族が出会ったとき、事態は思わぬ方向へと転回していく。

 では、最初のキーワードから見てみよう。「階段」について、ポン・ジュノ監督は次のように説明する。

「この映画には階段がたくさん出てくるので、スタッフみんなで“階段映画”と呼んでいた。それぞれ自分はどの階段が一番好きかを語り合う、階段コンテストなるものも開いたりしたんだ。階段といえば、やはりキム・ギヨン監督の『下女』(1960)からは多大な影響を受けているよ」

 監督の言葉通り、この映画は階段だらけだ。大事な場面では必ずと言っていいほど、階段が登場する。ここで着目したいのは『下女』から影響を受けたということだろう。“韓国映画界の怪物”と呼ばれたキム・ギヨン監督の代表作『下女』は、下女(家政婦)によって脅かされ、破滅していく家族を描き、当時大きなセンセーションを巻き起こした。下女役の女優が「悪女」とバッシングされるほど観客たちにショックと恐怖を与えたこの映画において、大きな役割を果たすのがまさに「階段」である。

 昔から映画に登場する階段は、しばしば身分の「上昇」と「転落」を象徴するものとして使われてきた。『下女』で、家のど真ん中に置かれた階段も同様だ。主人を誘惑し妊娠することで、「奥様」の地位を奪う欲望を抱いた下女が階段を上がっていく場面や、その欲望が達成できずに階段から転がり落ちて死に至る場面において、舞台となる階段は映画の主役そのものであった。とりわけ、足の不自由な娘の部屋が階段の上にある不自然な設定ゆえ、足を引きずりながら階段を行き来する娘を観客に何度も見せることで、必然的に階段の存在を強く意識させる。その上でキム・ギヨン監督は、人間の欲望、社会的身分の上昇と転落の物語を、階段を舞台に展開していくのだ。

 『パラサイト』での階段は、同じソウルとは思えない格差のある二つの空間をつないでいる。ギテクたちは、階段のはるか上の世界で見た夢が泡のように消える瞬間、果てしなく長い階段を下りなければならず、ついには最悪な現実を目の当たりにすることになる。まさしく階段は、「上昇」したギテク一家を現実に突き落とす「転落」の装置であるといえるのだ。ポン監督の言葉通り、この映画には多くの階段が登場するので、それぞれがいかに物語と関わっているかに注目するのもおもしろいかもしれない。

 続いて2つ目のキーワードである「におい」について、監督はこう語る。

「においはこの映画の最も重要なモチーフなのだが、そもそもにおいのことは親密な間柄でも言いづらい、攻撃的で無礼なものといえるだろう。この映画では大きな画面を通して、私的で内密なところにまでカメラを向けているので、ためらうことなくにおいの話ができたんだ。実際のところ、生きる空間がそもそも違う金持ちと貧乏人は、互いににおいを嗅ぎ合う機会がない。飛行機でさえ、ファーストクラスとエコノミークラスに分かれている。家庭教師や家政婦、運転手といったこの映画に出てくる仕事での状況が、互いのにおいに触れる唯一の機会ではないだろうか」

 階段が視覚的に空間の上下を決定しているのに対して、においは目には見えないけれど、セリフや演技、演出によって、同じ空間にいるパク社長とギテクの関係を「軽蔑と屈辱」の中に追い込んでいく。だが、監督が「最も重要」と語るにおいとは、どんなものなのか。それは、映画にも度々登場する、「半地下」の独特なにおいだ。

 実は私自身、大学4年生のころに半年間、半地下の部屋で自炊生活をしたことがあるので、においをよく覚えている。文章で伝えるのは困難だが、湿気とカビ、これらを防ぐための「ナフタリン」が混ざって放つ奇怪なにおいだ。ナフタリンとは消臭・防虫効果があるとされる化学物質だが、そのまま商品名になって販売されている。近くで嗅ぐと鼻を刺すような強烈なにおいがして、ひと昔前までは公衆トイレなどでもよく見かけたが、最近は家庭用のみ出回っているらしい。これらの入り混じったにおいが服や布団についてしまうと、自分では気づかなくても周りから「臭い」と言われたりして、それがなんともいえない屈辱感となるのだ。

 そもそも「半地下の部屋」という日本にはあまりない、珍しい形態の部屋は、韓国ではソウルを中心とする首都圏でよく見られるものだ。日本でも人口の東京一極集中が社会問題となっているが、ソウルは面積が東京の3分の1ほどにもかかわらず、人口は東京とほぼ同じ1,000万近くに達しており、東京以上に住宅不足が深刻化している。そこで不動産業者や家主らが考え出したのが、「半地下」だった。ソウルの場合、エリアによって建物の階数制限があるのだが、半地下は法律上は地下として扱われるため、制限の対象にはならない。つまりその分、業者側は部屋数を増やして貸すことができるという点で、半地下は住宅不足を解決するための民間の知恵だったわけだ。半地下なので当然日当たりは悪く、排水など水回りの設備は劣悪な場合が多いが、家賃が安いのでニーズは高い。最近では一人暮らしの高齢者の孤独死や、地方から上京した苦学生の“青年貧困”が新たな問題として浮上している。

 「半地下」と「におい」は、ギテク一家がソウルの最貧困層であることを象徴する設定にほかならない。

 3つ目のキーワードである「マナー」について、監督は次のように述べている。

「社会の二極化や、経済・社会的な問題に結びつけなくても、金持ちのことを幅広く語りたいという思いがあったんだ。最近考えるのは、お互いのマナーの問題だ。金持ちにしろ貧乏人にしろ、人間の尊厳を傷つけるかどうかが重要なのではないだろうか。寄生か共生かの分かれ目は、そこにあるように思っている」

 「人間の尊厳」という言葉から私は、韓国経済を指して度々批判的に使われてきた「賎民資本主義」という用語を思い出した。多少理屈っぽくなってしまうが、これはドイツの社会学者マックス・ヴェーバーが、労働と生産を通して利益を得るのではなく、高い利息で金を貸して利益を得ようとする高利貸し業者を批判して使った概念である。ここで問題視されているのは、労働によって生じた利益を福祉や投資などの形で労働者に還元するという経済的倫理観からかけ離れた、高利貸したちの拝金主義である。

 拝金主義がまん延すると、「金=権力」「金さえあれば何でもできる」といった考え方がまかり通り、人間の尊厳は踏みにじられる。とりわけ近代の韓国においては、金を必要とした軍事政権と、金稼ぎに有利な政策を望んだ一部の財閥との癒着が経済の土台になっており、そこには人間の尊厳などという概念はさらさらなく、権力を得るための金稼ぎ、権力を維持するための拝金主義しかない、というのが韓国を「賎民資本主義」と批判する人たちの見解だ。極端だがわかりやすい例としては、日本でも大きく報道された大韓航空のいわゆる「ナッツ・リターン事件」(※)がある。この時のオーナーの娘の行動に、他者への尊重は毛頭もなかったばかりか、後から発覚した母親による社員への暴行・暴言に至るまで、彼らの振る舞いは、「人間の尊厳」を踏みにじった賎民資本主義的金持ちの横暴だったのである。

※ナッツ・リターン事件 2014年12月、アメリカのジョン・F・ケネディ国際空港発、韓国・仁川国際空港行きの大韓航空機内において、乗客として席に座っていた同社副社長チョ・ヒョナ氏が、客室乗務員のマカデミア・ナッツの提供の仕方に激怒。離陸準備のために搭乗ゲートから離れていた機体を、搭乗ゲートに引き返させ、該当乗務員を機内から降ろさせた。韓国を代表する財閥「韓進グループ」の一員であるヒョナ氏の、その社会的立場を利用した横暴な振る舞いに、韓国国内外を問わずに問題視された。18年には、ヒョナ氏の実母、イ・ミョンヒ氏による、系列会社の社員や自宅のリフォームを担当した作業員、運転手などへの暴行・暴言が次々と明らかになった。

 こうした賤民資本主義の下での貧富の二極化は、貧乏人にとってはとうてい乗り越えられない「壁」のようなものでもある。パク社長の会社名が、イングランド出身のロックバンド「ピンクフロイド」の名曲「another brick in the wall」から取ったであろう「another brick」なのは、金持ちと貧乏人の間の「壁」をひそかに表しているのかもしれない。映画の中でパク社長は何度も「度を超す/超さない」といったセリフを口にする。その「度」こそ「壁」にほかならない。パク社長とギテクの間に、果たして「人間の尊厳」は存在するのだろうか。ここにも「におい」は大きく関わってくることになる。

 これらのキーワードをめぐって韓国では、映画評論家のみならず、経済学者から精神科医、寄生虫学者まで、さまざまな分野の専門家による分析がメディアの紙面を飾った。ネットでも観客同士の熱い論争が繰り広げられたのは言うまでもない。その議論は、朝鮮半島をめぐる東アジアの外交的力関係にまで広がりを見せていった。階段によって区切られた空間の構図や、「北朝鮮のニュースキャスターの真似ごっこ」の場面からは、確かに北朝鮮との関係を考えさせるものがあるだろう。これだけ多様な反応をもたらしていること自体が、この映画が評価される何よりの証拠である。いずれまた、映画全体について私自身の解釈についても細かくお伝えする機会があればありがたい。

 最後に、ささやかなウンチクをひとつ。ギテクの娘ギジョンが、不思議なリズムの歌に乗せて、偽りの身分を自分で確認するように復唱する場面があるのだが、それは韓国人なら誰もが知っている 「독도는 우리땅(独島<竹島>は我が領土)」という歌だ。日本人には少し複雑な気持ちを起こさせてしまうだろうか。だが、この替え歌を使ったことに、政治的な意図はまったく感じられない。ポップで親しみやすい、替え歌にまでなってしまうほど韓国人になじんでいる歌なので使ったのだろう。

崔盛旭(チェ・ソンウク)

1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正  戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻  スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

『パラサイト 半地下の家族』
出演: ソン・ガンホ、イ・ソンギュン、チョ・ヨジョン、チェ・ウシク、パク・ソダム、イ・ジョンウン、チャン・ヘジン
監督ポン・ジュノ(『殺人の追憶』『グエムル -漢江の怪物-』)
撮影:ホン・ギョンピョ 音楽:チョン・ジェイル
提供:バップ、ビターズ・エンド、テレビ東京、巖本金属、クオラス、朝日新聞社、Filmarks
/配給:ビターズ・エンド
(C)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED /2019 年/韓国/132 分/PG-12/2.35:1/英題:PARASITE/原題:GISAENGCHUNG/ www.parasite-mv.jp

2019年のK-POPシーンを振り返る――日本語楽曲のクオリティが急上昇、EDMはジャンル定着

――毎月リリースされるK-POPの楽曲。それらを楽しみ尽くす“視点”を、さまざまなジャンルのDJを経て現在はK-POPのクラブイベントを主宰するe_e_li_c_a氏がレクチャー。今回は2019年のK-POPを振り返ります。

 明けましておめでとうございます。年も明けたということで、今回は下記の3つのトピックスから2019年のK-Popシーンを振り返りたいと思います。

・K-Popの楽曲の方向性
・K-Popグループの日本での楽曲リリース、活動
・脱退、活動休止など

トピック1:K-Popの楽曲の方向性

 2019年はシティポップ楽曲が増加したこと、 また19年から突然というわけではないですが、年々EDMというジャンルの中での楽曲の幅の広がりを感じます。「EDM」というとフェスで騒ぐうるさい曲というイメージがあるかもしれませんが、Electro Dance Musicの略で、5月に紹介したBlackpinkの「Kill this love」はTrap、6月に紹介したDeep house7月に紹介したPsyche Trance10月に紹介した2stepなど全てがここに包括されるような大きいジャンルのくくりです。

 2010年頃も4つ打ち楽曲は多かったですが、BPM128前後でシンセの音が全面的に出ている、今でいうとElectro Houseとジャンル分けされるような楽曲がほとんどでした。当時の2NE1、BEAST、INFINITE、T-ARA、U-KISS、4MINUTE、KARAなどをイメージしてもらえばわかりやすいかと思います。

 その時と比べると新たに「EDM」という単語ができ定着してきたり、上記のジャンル以外にもFuture Bass、Tropical House、Moombahtonなどのジャンルが新しく生まれ、HouseやTechnoなどのジャンルも更に細分化しました。16年頃から現在も、Future Bassのはやりは依然として根強く残り、18年頃からDeep Houseの流れが来ていますが、一方でマイナーな事務所でも新しいジャンルの楽曲をリリースする状況も出てきているように感じます。今年は特にElectroやBig Room Houseなど一般的にEDMと思われる、フェスで聞くような派手な楽曲が例年に比べて多く感じました。あとはEuro Dance、Hard Style、Hardcoreあたりをやるアイドルが出てくれば、K-PopシーンでもうほとんどのEDMジャンルは網羅できるのではないでしょうか。

 ということで、楽曲にそのジャンルの要素があると思うEDMのサブジャンルを書きながら、19年にリリースされた順に楽曲を紹介していきます。

<French House、Nu Disco、2step>
네온펀치 (NeonPunch) - Tic Toc 2019.1.30

<Future Bass>
이달의 소녀 (LOONA) - Butterfly 2019.02.19

<Future House>
장동우(Jang Dong Woo) - Party Girl 2019.03.04

<Electro Swing>
DIA(다이아) - WOOWA(우와) 2019.03.19

<Melbourne Bounce>
MOMOLAND(모모랜드) - I'm So Hot 2019.03.20

<Electro、Future Bounce>
Stray Kids - MIROH 2019.03.25

<Moombahton>
KARD - Bomb Bomb(밤밤) 2019.03.27

<Tropical House、Future Bass>
IZ*ONE (아이즈원) - 비올레타 (Violeta) 2019.04.01

<Bass House>
NCT 127 - Superhuman 2019.05.24

<Garage House、Electro House>
공원소녀(GWSN) - RED-SUN(021)  2019.07.23

<Synth Pop>
디원스(D1CE) - 놀라워 2019.08.01

<Electro House、Progressive House>
TRCNG - MISSING 2019.08.04

<Big Room House>
EVERGLOW (에버글로우) - Adios 2019.08.19

<Deep House>
NU'EST - LOVE ME 2019.10.21

<Trap>
A.C.E (에이스) - 삐딱선 (SAVAGE)  2019.10.29

<Disco House、French House>
DONGKIZ - Fever 2019.11.06

 韓国語楽曲のリリースより真面目に追ってないこともあり、今回あらためて日本語楽曲を挙げてみたことで、はっきりと2018年とは状況が違うなと感じました。

 まずは日本オリジナル曲の作りが韓国語曲に近付いてきていること です。個人的な好みではありますが、 日本でリリースされる楽曲は韓国語楽曲を越えられることはないから別に聞かなくてもいいだろう、という位置付けでした。そうした固定概念を覆されたのが19年だったように思います。 ジャニーズやLDH関係でもK-Pop(韓国語楽曲) と同じ作曲家が起用されていますが、作曲家が同じにもかかわらずJ-PopとK- Popでは楽曲の構造やトラックの高中低音の配分、 ボーカルの押し出し方など、さまざまなところで違いが感じられます。それはプロデューサー(発注側) の考え方の差だと思っていたので、 その人たちの考え方が変わったのか、何があったのか。 外から見ているだけだとわからず、気になるところです。

 リリース順にいくつか挙げましたが、個人的には今までGOT7の日本語曲に期待したことは一度もなく、聞いては後悔を繰り返していたので、今回このような楽曲がリリースされたことに驚いているし素直にうれしいです。あとはやはりTwiceが「Fake & True」の一つ前の「Breakthrough」がリリースされたときから、おや……? 様子が違うぞ? と思っていたら、その後韓国でも日本でも良い楽曲しかリリースされず、こちらもビックリしました。

 以前に比べて、日本オリジナル曲をリリースするグループが増えたとも感じています。デビューの仕方も、既存韓国語曲の日本語バージョンもしくは日本語オリジナル曲をリリースするという2パターンから、The Boyzのように全く新しい韓国語楽曲で日本デビューするという今までないパターンも出てきました。THE BOYZのEPは6曲中5曲が韓国語で、日本語曲は1曲しかありません。ATEEZは既存韓国語曲の日本語バージョン2曲のうち1つをタイトル曲とし、それ以外は既存韓国語曲をRemixした9曲を収録したアルバムをリリースしました。そして同時に、『TREASURE EP.EXTRA : SHIFT THE MAP (Remixx!) 』として日本語バージョン2曲を除いたものを韓国でリリースするという、今までにない展開です。

 K-Popアイドルが日本語曲を出すことに対しては昔からさまざまな議論があり、どうしても楽曲のクオリティが下がってしまうように感じることから、私は別にいらないと思っていましたが、以前Zion.Tがインタビューで「日本で活動するときは、韓国とは区別して、日本人のように歌いたいなと思っている」と答えている文章を見て、そこに本人の意思があり制作の時間なども十分に取れるなら意味があるのかなと思いました(全ての楽曲の作詞作曲を自分たちでやっているStray kidsの日本デビューがずっと心配です)。

Red Velvet - SAPPY 2019.01.05

EXID(이엑스아이디) - トラブル (TROUBLE) 2019.01.23

NCT 127 - Wakey-Wakey 2019.03.18

SEVENTEEN - Happy Ending 2019.05.17

GOT7 - #SUMMERVIBES 2019.07.31

PENTAGON - HAPPINESS 2019.08.13

MONSTA X - Carry on 2019.08.21

TWICE - Fake & True 2019.10.17

THE BOYZ(더보이즈) - TATTOO 2019.11.06
 

ATEEZ - TREASURE EP.EXTRA : SHIFT THE MAP 2019.12.04

 このキーワードを見て「ああ……」とならない方はいないぐらい、脱退や活動休止の多い年でした。年始のバーニングサン事件に関連するBIGBANGのV.I.の脱退から始まり、さまざまな理由で色々なグループのメンバーが脱退したり活動休止したり……。

 個人的に、物事や人の考えは常に変わるものと思っているので、本人の意思でグループを離れることやグループが解散になることは全然アリだと思う半面、大衆からの評価などが多分に影響してくる仕事の性質上難しいなと思うところもあります。

 年末に来日したLim Kimのインタビューで、「K-POPの女性ソロ歌手に対する画一的なイメージがあり、なぜ私をこう見るのだろうと思った」「以前の活動を通して私を好んでくださっていたファンの方や、私が積み重ねてきたキャリアというのは私の物ではなかった」(自分のやりたいことができていたわけではないという趣旨)と答えているのを見て、もちろん一般的にアイドルというのは演じることがメインで作詞や作曲ができなくても成り立つものですが、「音楽をやりたい」という意思のある人たちにはそれができる環境があればより良いと思います。

 実際にここ3〜4年は「自給自足アイドル」という固有名詞も出てきているように、制作を実現しているグループも数えられないほど出てきています。ですが一方では、アーティスト本人たちへの負担は昔に比べ計り知れないほど大きくなり、韓国の完璧主義の風潮が悪い方向に働き、心身ともに影響が出ている人たちも見受けられます。

 もう少しマクロ的な視点で見ると、個人的にはフットワークが軽く新しいことをやるのに向いている新陳代謝の良い国だと感じますが、何かを長く継続してやるという文化が日本に比べるとあまりなく(それが良いのか悪いのかはまた別の話)、短期間に根を詰めてやるのには支障がなくても、長く続けようとするとどうしても影響が出て、今のような状況になっているようにも感じます。社会としても日本と比べると突然何かが決定されるようなことが多いため、遠くのスケジュールなどを見越せず、中長期的なビジョンを持ちづらく、ほとんどの事務所は会社の規模が小さく体力が持たないという点もあると思います。どうしても世の中の動きが速いため、今アピールできないとチャンスを逃してしまうという焦燥感が強くなることもわかりますが、多様な価値観を重視し、さまざまな活動形態でアーティストとして活動していけるような未来が来て欲しいです。

 前述のLim Kimのインタビューにもあるように「アイドルだからこうなんでしょ」という固定観念が強く、そこから一歩でも道を踏み外すと強いバッシングを受け、日本に比べると流行に一辺倒で多様性に許容が少ない傾向を感じます。先程の日本活動の部分に関係しますが、その点、音楽ジャンルに関して日本はどんなものでも幅広く許容する土壌があり、韓国でやることが難しいようなものでも受け入れられる可能性があるかもしれないので、もちろん韓国で何でもできるのが一番だとは思いますが、せっかく日本で活動するなら、その部分を生かしたことができると良いのかなと思います。

12月分の紹介したい1曲‖Stray Kids - Gone Days

日本語含め8カ国語で字幕がついてるので是非字幕をオンにして見てみて下さい。韓国は日本以上に上下関係が厳しく上の人の言うことが絶対の世界なので、そんな背景を思いながらこの曲を聴いて泣きました。

<近況>
 皆さんにとって2019年はどんな年でしたか? 私は本厄でしたが実家の犬に腕を噛まれたりソファに足を強打して薬指が腫れたぐらいで、その代わりに申し込む公演全てのチケットが当たるという謎な年でした。

 そして冬っぽいなと思う曲を詰め込んだDJミックスを作ったので(一部のクリスマス曲はもう季節外れ感ありますが……)、是非聴いてください!

e_e_li_c_a
1987年生まれ。18歳からDJを始めヒップホップ、ソウル、 ファンク、ジャズ、中東音楽、 タイポップスなどさまざまなジャンルを経て現在K-POPをかけるクラブイベント「Todak Todak」を主催。楽曲的な面白さとアイドルとしての魅力の双方からK-POPを紹介して人気を集める。

Twitter @e_e_li_c_a TodakTodak 
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パルムドール受賞『パラサイト』を見る前に! ポン・ジュノ監督、反権力志向の現れた韓国映画『グエムル』を解説

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

 2019年のカンヌ国際映画祭で、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』が最高賞であるパルムドールを受賞し、前年の是枝裕和監督『万引き家族』に続いて東アジアの作品が受賞する快挙となった。韓国国内は熱狂的な祝福ムードに包まれ、もちろん映画は大ヒット。最近では「アメリカでも記録的なヒットになっている」「早くもリメイク決定」といったニュースが聞こえてくる中、日本でも1月10日から公開となる。そこで今回は、同作品を手がけたポン・ジュノ(奉俊昊)監督を紹介すると同時に、過去作『グエムル―漢江の怪物―』(06)を取り上げてみよう。

ポン・ジュノ監督の「反権力」志向を形成した、祖父の存在

 文学に少しでも関心のある韓国人なら、『小説家仇甫(クボ)氏の一日』などで知られるモダニスト作家パク・テウォン(朴泰遠、1909~86)を知らないはずはないだろう。そして彼が、朝鮮戦争のさなか北朝鮮に渡り、歴史小説の大家として名をはせた南北文学界の巨匠だということも。だが韓国では長い間、北朝鮮へ渡った作家、すなわち「越北作家」の作品は出版を禁じられてきた。ソウルオリンピックを間近に控えた88年、当時大学の国文学科1年だった私は、民主化措置の一環として四半世紀ぶりに解禁された越北作家の本を、書店の片隅に設けられた「解禁書特設コーナー」で手に取ったのをよく覚えている。

 「ポン・ジュノ監督の話のはずが、なぜ突然、越北作家の話に?」と思われたかもしれない。だがこれは、そうやぶから棒な話ではないのだ。実はパク・テウォンは、ポン・ジュノの母方の祖父なのである。これが韓国でなければ、偉大な作家の孫が偉大な映画監督になったという美しい話で済んだかもしれない。だが私が2人の関係を知ったとき、まず頭をよぎったのは、2人の芸術家が血縁関係だったことの驚きではなく、「連座制」という名の恐怖だった。

 連座制とは、犯罪の責任を本人だけでなく、その家族・親族にまで着せようとする前近代的な悪法だ。以前のコラムで、「韓国における反共の強度」と「アカと断罪されることの恐ろしさ」について書いたが、越北とは、アカのレッテルを自ら進んで貼るも同然で、南に残された家族らは連座制によって越北した身内の責任を取り、政治的弾圧や社会的蔑視を受けなければならなかった。その影響は就職や旅行にまで及び、越北者の家族は常に国家権力の監視下に置かれ、行動の自由を極端に制限され、各地を転々としながら、逃げるような生活を余儀なくされた人も多かった。

 この制度は1894年にいったん廃止されたのだが、1961年、軍事クーデター直後にパク・チョンヒ(朴正煕)が反共強化のために復活させた。そして80年、同じくクーデターで実権を握ったチョン・ドゥファン(全斗煥)が再び廃止したものである(彼は国民大統合のためと豪語したが、5・18光州事件から国民の目をそらすためとみられている)。しかし制度廃止後も社会的偏見は根強く残り、家族らは相当な精神的苦痛を受け続けた。実際、ポン・ジュノ監督の叔父はそんな苦しみに耐えきれず、アメリカに移住したという。

 ポン・ジュノ監督自身が連座制の影響を受けてつらい経験をしたかどうか、具体的に語ってはいない。当事者と父子関係ではないことや、母方の家系であるため、直接的な影響はなかったとも考えられる。だが、近しい人たちから連座制の苦しみを聞き知っていたであろうことは推測できる。であるとすれば、ポン・ジュノ監督が子ども心に独裁権力への抵抗を感じていたと十分考えられる。そしてそれは成長と共により具体化し、作品に投影される監督の眼差し――「反権力」「社会的弱者(監督は“ルーザー”と呼ぶ)への寄り添い」――となったのではないだろうか。ポン・ジュノ監督の作品に一貫して見られるその眼差しは、大学教授・ジャーナリスト・検事を辛辣に風刺した韓国映画アカデミー卒業制作『支離滅裂』(94)で既に明白に表れている。

 さて、本題に入ろう。ポン・ジュノ作品を紹介するにあたって『グエムル―漢江の怪物―』を選んだのは、反権力と社会的弱者への寄り添いという監督の眼差しが最もよく表れている映画だからだ。公開当時「韓国の現実を暴いた映画」「監督は誰よりも韓国を見抜いている」と絶賛され、評論家たちも賛辞を惜しまなかった『グエムル』は、前作『殺人の追憶』(03)に続き、観客動員1,000万を超える大ヒットとなった。

【物語】

 ソウルを流れる漢江の河川敷に、突然得体の知れない怪物(グエムル)が現れて人々を襲い始める。瞬く間に修羅場と化す河川敷。父ヒボン(ピョン・ヒボン)の売店を手伝うカンドゥ(ソン・ガンホ)も中学生の娘・ヒョンソ(コ・アソン)を連れて逃げるが、手違いからヒョンソをグエムルにさらわれてしまう。携帯電話の着信で娘の生存を知ったカンドゥは、父、妹ナムジュ(ぺ・ドゥナ)や弟ナミル(パク・ヘイル)らとともに怪物からのウイルス感染を理由に隔離された病院を脱出し、ヒョンソを救うべくグエムルに立ち向かっていく。

(※この先、作品ネタバレに関する記述があります)

 ありがちな怪獣映画のようにも見える本作がここまで大成功を収めた背景には、グエムルのリアルな造形や家族愛の物語など娯楽映画としてのクオリティもさることながら、韓国現代史を盛り込んだ社会批判的メッセージを、ポン・ジュノらしいわかりやすさで提示したことが大きいといえるだろう。実際、映画を観た観客が「反米的」と口をそろえたように、2000年2月に米軍が毒物(ホルムアルデヒド)を漢江に垂れ流すシーンから始まる本作は、まさにその時期に米軍が起こした事件を再現している。だがここでは、あからさまな反米的オープニングに監督の主眼があるのではない、という点を明らかにしたいと思う。

 オープニングに続いて、「2002年6月」の字幕とともに、2人の釣り人が奇形の生物を目撃しつつも取り逃してしまう様子が簡潔に描かれ、米軍が垂れ流した毒物がとんでもない怪物を生んだことが暗示された。その後「2006年10月」では、ひとりの男が橋の上から飛び降り自殺を図ろうとしている。川面をじっと見つめていた男は、その奥に何かがうごめくのに気づき、自殺を止めようとする仲間に向かって「お前ら見たか?」と問い、「見なかったか? おめでたい奴らだ」とつぶやいて身を投げる。男の体が吸い込まれていった水面の奥から、タイトル『괴물(グエムル)』の文字が浮かび上がり、主人公たちの登場シーンに移ることからつい見逃してしまいがちだが、男の最期のセリフには、なにか引っかかるものを感じる。日本語字幕はニュアンスを生かして意訳しているが、直訳すると「どこまで鈍いやつらなんだ」となるこのセリフは、グエムルの存在だけではない、「何か別のこと」を観客に向かってにおわせているようにも聞こえるからだ。

 私たちが見逃した、そして監督が伝えたかった「何か別のこと」の答えはすぐに見つかった。タイトル直後、店番すらできないカンドゥと、そんな息子に手を焼く父親に続いて、制服姿のヒョンソが登場した瞬間、何げなく通り過ぎていった「2002年6月」の文字と目の前の女子中学生が、まるでパズルの断片のように結びついたのだ。その答えは、2002 FIFAワールドカップ(日韓ワールドカップ)の熱狂のさなかに起こった、米軍の装甲車による女子中学生轢死事件である。

 02年6月といえば、W杯の真っただ中で、自国チームのベスト4進出に韓国全体が異様な盛り上がりを見せていた時期だった。メディアは朝から晩まで、チームの躍進に沸く国民の熱狂ぶりをわれ先にと報道していた。しかしW杯に目を奪われていたその裏で、韓国国民は悲しい事件を見逃していたのである。ソウル近郊で、狭い道路をすれすれに通る米軍の装甲車によって、逃げ場を失った2人の女子中学生が死に追いやられた「シン・ヒョスン、シム・ミソン轢死事件」だ。

 「在韓米軍地位協定」という不平等な条約に縛られている韓国では、当時は米兵の犯罪を直接裁くことができなかった(現在は重大事件の1次裁判権は韓国側にあるのだが、米軍側の要求があれば放棄するというバカげたことになっている)。案の定、米軍裁判所は装甲車の操縦士らに無罪の判決を下し、誠意のない米軍の態度に国民がようやく目を向けたのは、W杯が終わった後だった。手遅れになるまで気づかなかった自分たちは、なんと鈍かったのだろう――自責の念に駆られた国民によって、ネット上では黒いリボンの絵と「지・못・미(ジ・モッ・ミ)」(「守ってあげられなくてごめんね」という意味の略語)の追悼文が急速に広まった。今では当たり前になっている大規模なロウソクデモが始まったのも、この時の追悼集会からである。

 このように考えると、本作は「反米」という殻をまといながらも、その核にあるのは、守ってあげられなかった2人の幼い「ヒョンソ」への哀悼でもあることがわかってくる。狭い道路で轟音を発しながら迫ってくる装甲車は、2人の少女にとってグエムルそのものだったに違いない。ソン・ガンホ演じるヒョンソの父親カンドゥが、心優しいながらも「愚鈍」で「間抜け」な、およそヒーローとは似つかない人物として描かれているのは、国家的イベントに目を奪われて大事なことに気づかなかった、韓国国民の当時の「鈍さ」が投影されているのかもしれない。後から気づき、守ってあげられなかったことへの国民の悔しさは、一刻も早くヒョンソを助けに行かなければならないのに、米軍に捕まって動けなくなったカンドゥが「ヒョンソ、ごめんよ、パパが……」と叫ぶシーンで代弁されている。

 もちろん監督は、「グエムル」を単純に「米軍」の表象にのみ固定しているわけではない。映画に描かれる国家としての「韓国」が、米軍に振り回され、カンドゥたちの邪魔ばかりし、ヒョンソの救出に何の役にも立たないことからもわかるように、国際情勢を鑑みると、嫌でも米軍に頼らざるを得ない韓国の状況、それを利用して韓国を牛耳ろうとするアメリカの横暴さ、その犠牲となる弱者を守ることができない韓国の無力さという悪循環の構造こそが「グエムル」を生み出していることを、映画は浮き彫りにしている。

 命を懸けた死闘の末、カンドゥたちは自らの手でグエムルを倒すが、ヒョンソを救うことはできなかった。公開時、なぜヒョンソは死ななければならなかったかがしばしば議論の対象となったが、ヒョンソが犠牲になった2人の女子中学生の置き換えであることを考えると、残念ながらヒョンソの死は不可避な結末だったのだ。

 ただし、ポン・ジュノ監督は「二度と同じ悲劇は繰り返さない」とヒョンソ(ヒョスンとミソン)に約束でもするかのようなラストシーンを用意する――カンドゥはヒョンソによって助けられた小さい男の子、セジュは絶対守るといわんばかりに暗闇の中の漢江をにらみつける。そこには「見なかった鈍いやつ」はもういない。

 もうひとつ、気になったのは「母の不在」だ。映画にはヒョンソの父と祖父が登場するのに対して、母と祖母は描かれない。これもヒョンソの死と同じ文脈で考えると、ポン・ジュノ監督は「母の不在」と韓国における米軍の歴史を重ね合わせているように見える。

 独立直後の1945年に遡る米軍の駐屯は、韓国建国よりも古い歴史を持っている。全国の主要都市に置かれた基地と、それを囲むように形成されていった基地の町では、米軍相手の売春婦(米軍「慰安婦」や基地村女性と呼ばれる)を含む韓国人女性たちが、米兵にレイプされたり殺されたりする事件が多発してきた。中には92年に殺されたユン・クミのように、レイプ後に信じられないほど残忍な殺され方をした例もあるが、公になった事件はごく一部で、被害の全貌は明らかにされないままだ。だが前述したように、協定によって韓国側はユンの事件当時、容疑者の米兵を拘束することすらできなかったし、その後も大きなジレンマを抱え続けてきた。

 10代から60代にまで至る被害女性たち、言い換えれば「母」になり得た、そして「母」であった女性たちを守れず、死に追いやった韓国社会。本作における母の不在は、そうした韓国の歴史を象徴しているといえるだろう。

 ポン・ジュノ監督はあるインタビューで、本作の英題が「Monster」ではなく「Host」であることについて、「ホストには宿主だけでなく主人という意味もある。誰が主人なのかを問うために、政治・社会的な含意を込めて名付けた」と語っている。なるほど、ソファ(SOFA=在韓米軍地位協定の略)に座ってくつろいでいる「Host」は誰のことか? そしてその存在にしがみついている「Parasite」は?

 ポン・ジュノ監督は、新作『パラサイト 半地下の家族』では、どのような「韓国」を見せてくれるだろうか? ますます楽しみになってきた。

崔盛旭(チェ・ソンウク)

1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正  戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻  スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

パルムドール受賞『パラサイト』を見る前に! ポン・ジュノ監督、反権力志向の現れた韓国映画『グエムル』を解説

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。しかし作品の根底にある国民性・価値観の理解にまでは至っていないのではないだろうか。このコラムでは韓国映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

 2019年のカンヌ国際映画祭で、韓国映画『パラサイト 半地下の家族』が最高賞であるパルムドールを受賞し、前年の是枝裕和監督『万引き家族』に続いて東アジアの作品が受賞する快挙となった。韓国国内は熱狂的な祝福ムードに包まれ、もちろん映画は大ヒット。最近では「アメリカでも記録的なヒットになっている」「早くもリメイク決定」といったニュースが聞こえてくる中、日本でも1月10日から公開となる。そこで今回は、同作品を手がけたポン・ジュノ(奉俊昊)監督を紹介すると同時に、過去作『グエムル―漢江の怪物―』(06)を取り上げてみよう。

ポン・ジュノ監督の「反権力」志向を形成した、祖父の存在

 文学に少しでも関心のある韓国人なら、『小説家仇甫(クボ)氏の一日』などで知られるモダニスト作家パク・テウォン(朴泰遠、1909~86)を知らないはずはないだろう。そして彼が、朝鮮戦争のさなか北朝鮮に渡り、歴史小説の大家として名をはせた南北文学界の巨匠だということも。だが韓国では長い間、北朝鮮へ渡った作家、すなわち「越北作家」の作品は出版を禁じられてきた。ソウルオリンピックを間近に控えた88年、当時大学の国文学科1年だった私は、民主化措置の一環として四半世紀ぶりに解禁された越北作家の本を、書店の片隅に設けられた「解禁書特設コーナー」で手に取ったのをよく覚えている。

 「ポン・ジュノ監督の話のはずが、なぜ突然、越北作家の話に?」と思われたかもしれない。だがこれは、そうやぶから棒な話ではないのだ。実はパク・テウォンは、ポン・ジュノの母方の祖父なのである。これが韓国でなければ、偉大な作家の孫が偉大な映画監督になったという美しい話で済んだかもしれない。だが私が2人の関係を知ったとき、まず頭をよぎったのは、2人の芸術家が血縁関係だったことの驚きではなく、「連座制」という名の恐怖だった。

 連座制とは、犯罪の責任を本人だけでなく、その家族・親族にまで着せようとする前近代的な悪法だ。以前のコラムで、「韓国における反共の強度」と「アカと断罪されることの恐ろしさ」について書いたが、越北とは、アカのレッテルを自ら進んで貼るも同然で、南に残された家族らは連座制によって越北した身内の責任を取り、政治的弾圧や社会的蔑視を受けなければならなかった。その影響は就職や旅行にまで及び、越北者の家族は常に国家権力の監視下に置かれ、行動の自由を極端に制限され、各地を転々としながら、逃げるような生活を余儀なくされた人も多かった。

 この制度は1894年にいったん廃止されたのだが、1961年、軍事クーデター直後にパク・チョンヒ(朴正煕)が反共強化のために復活させた。そして80年、同じくクーデターで実権を握ったチョン・ドゥファン(全斗煥)が再び廃止したものである(彼は国民大統合のためと豪語したが、5・18光州事件から国民の目をそらすためとみられている)。しかし制度廃止後も社会的偏見は根強く残り、家族らは相当な精神的苦痛を受け続けた。実際、ポン・ジュノ監督の叔父はそんな苦しみに耐えきれず、アメリカに移住したという。

 ポン・ジュノ監督自身が連座制の影響を受けてつらい経験をしたかどうか、具体的に語ってはいない。当事者と父子関係ではないことや、母方の家系であるため、直接的な影響はなかったとも考えられる。だが、近しい人たちから連座制の苦しみを聞き知っていたであろうことは推測できる。であるとすれば、ポン・ジュノ監督が子ども心に独裁権力への抵抗を感じていたと十分考えられる。そしてそれは成長と共により具体化し、作品に投影される監督の眼差し――「反権力」「社会的弱者(監督は“ルーザー”と呼ぶ)への寄り添い」――となったのではないだろうか。ポン・ジュノ監督の作品に一貫して見られるその眼差しは、大学教授・ジャーナリスト・検事を辛辣に風刺した韓国映画アカデミー卒業制作『支離滅裂』(94)で既に明白に表れている。

 さて、本題に入ろう。ポン・ジュノ作品を紹介するにあたって『グエムル―漢江の怪物―』を選んだのは、反権力と社会的弱者への寄り添いという監督の眼差しが最もよく表れている映画だからだ。公開当時「韓国の現実を暴いた映画」「監督は誰よりも韓国を見抜いている」と絶賛され、評論家たちも賛辞を惜しまなかった『グエムル』は、前作『殺人の追憶』(03)に続き、観客動員1,000万を超える大ヒットとなった。

【物語】

 ソウルを流れる漢江の河川敷に、突然得体の知れない怪物(グエムル)が現れて人々を襲い始める。瞬く間に修羅場と化す河川敷。父ヒボン(ピョン・ヒボン)の売店を手伝うカンドゥ(ソン・ガンホ)も中学生の娘・ヒョンソ(コ・アソン)を連れて逃げるが、手違いからヒョンソをグエムルにさらわれてしまう。携帯電話の着信で娘の生存を知ったカンドゥは、父、妹ナムジュ(ぺ・ドゥナ)や弟ナミル(パク・ヘイル)らとともに怪物からのウイルス感染を理由に隔離された病院を脱出し、ヒョンソを救うべくグエムルに立ち向かっていく。

(※この先、作品ネタバレに関する記述があります)

 ありがちな怪獣映画のようにも見える本作がここまで大成功を収めた背景には、グエムルのリアルな造形や家族愛の物語など娯楽映画としてのクオリティもさることながら、韓国現代史を盛り込んだ社会批判的メッセージを、ポン・ジュノらしいわかりやすさで提示したことが大きいといえるだろう。実際、映画を観た観客が「反米的」と口をそろえたように、2000年2月に米軍が毒物(ホルムアルデヒド)を漢江に垂れ流すシーンから始まる本作は、まさにその時期に米軍が起こした事件を再現している。だがここでは、あからさまな反米的オープニングに監督の主眼があるのではない、という点を明らかにしたいと思う。

 オープニングに続いて、「2002年6月」の字幕とともに、2人の釣り人が奇形の生物を目撃しつつも取り逃してしまう様子が簡潔に描かれ、米軍が垂れ流した毒物がとんでもない怪物を生んだことが暗示された。その後「2006年10月」では、ひとりの男が橋の上から飛び降り自殺を図ろうとしている。川面をじっと見つめていた男は、その奥に何かがうごめくのに気づき、自殺を止めようとする仲間に向かって「お前ら見たか?」と問い、「見なかったか? おめでたい奴らだ」とつぶやいて身を投げる。男の体が吸い込まれていった水面の奥から、タイトル『괴물(グエムル)』の文字が浮かび上がり、主人公たちの登場シーンに移ることからつい見逃してしまいがちだが、男の最期のセリフには、なにか引っかかるものを感じる。日本語字幕はニュアンスを生かして意訳しているが、直訳すると「どこまで鈍いやつらなんだ」となるこのセリフは、グエムルの存在だけではない、「何か別のこと」を観客に向かってにおわせているようにも聞こえるからだ。

 私たちが見逃した、そして監督が伝えたかった「何か別のこと」の答えはすぐに見つかった。タイトル直後、店番すらできないカンドゥと、そんな息子に手を焼く父親に続いて、制服姿のヒョンソが登場した瞬間、何げなく通り過ぎていった「2002年6月」の文字と目の前の女子中学生が、まるでパズルの断片のように結びついたのだ。その答えは、2002 FIFAワールドカップ(日韓ワールドカップ)の熱狂のさなかに起こった、米軍の装甲車による女子中学生轢死事件である。

 02年6月といえば、W杯の真っただ中で、自国チームのベスト4進出に韓国全体が異様な盛り上がりを見せていた時期だった。メディアは朝から晩まで、チームの躍進に沸く国民の熱狂ぶりをわれ先にと報道していた。しかしW杯に目を奪われていたその裏で、韓国国民は悲しい事件を見逃していたのである。ソウル近郊で、狭い道路をすれすれに通る米軍の装甲車によって、逃げ場を失った2人の女子中学生が死に追いやられた「シン・ヒョスン、シム・ミソン轢死事件」だ。

 「在韓米軍地位協定」という不平等な条約に縛られている韓国では、当時は米兵の犯罪を直接裁くことができなかった(現在は重大事件の1次裁判権は韓国側にあるのだが、米軍側の要求があれば放棄するというバカげたことになっている)。案の定、米軍裁判所は装甲車の操縦士らに無罪の判決を下し、誠意のない米軍の態度に国民がようやく目を向けたのは、W杯が終わった後だった。手遅れになるまで気づかなかった自分たちは、なんと鈍かったのだろう――自責の念に駆られた国民によって、ネット上では黒いリボンの絵と「지・못・미(ジ・モッ・ミ)」(「守ってあげられなくてごめんね」という意味の略語)の追悼文が急速に広まった。今では当たり前になっている大規模なロウソクデモが始まったのも、この時の追悼集会からである。

 このように考えると、本作は「反米」という殻をまといながらも、その核にあるのは、守ってあげられなかった2人の幼い「ヒョンソ」への哀悼でもあることがわかってくる。狭い道路で轟音を発しながら迫ってくる装甲車は、2人の少女にとってグエムルそのものだったに違いない。ソン・ガンホ演じるヒョンソの父親カンドゥが、心優しいながらも「愚鈍」で「間抜け」な、およそヒーローとは似つかない人物として描かれているのは、国家的イベントに目を奪われて大事なことに気づかなかった、韓国国民の当時の「鈍さ」が投影されているのかもしれない。後から気づき、守ってあげられなかったことへの国民の悔しさは、一刻も早くヒョンソを助けに行かなければならないのに、米軍に捕まって動けなくなったカンドゥが「ヒョンソ、ごめんよ、パパが……」と叫ぶシーンで代弁されている。

 もちろん監督は、「グエムル」を単純に「米軍」の表象にのみ固定しているわけではない。映画に描かれる国家としての「韓国」が、米軍に振り回され、カンドゥたちの邪魔ばかりし、ヒョンソの救出に何の役にも立たないことからもわかるように、国際情勢を鑑みると、嫌でも米軍に頼らざるを得ない韓国の状況、それを利用して韓国を牛耳ろうとするアメリカの横暴さ、その犠牲となる弱者を守ることができない韓国の無力さという悪循環の構造こそが「グエムル」を生み出していることを、映画は浮き彫りにしている。

 命を懸けた死闘の末、カンドゥたちは自らの手でグエムルを倒すが、ヒョンソを救うことはできなかった。公開時、なぜヒョンソは死ななければならなかったかがしばしば議論の対象となったが、ヒョンソが犠牲になった2人の女子中学生の置き換えであることを考えると、残念ながらヒョンソの死は不可避な結末だったのだ。

 ただし、ポン・ジュノ監督は「二度と同じ悲劇は繰り返さない」とヒョンソ(ヒョスンとミソン)に約束でもするかのようなラストシーンを用意する――カンドゥはヒョンソによって助けられた小さい男の子、セジュは絶対守るといわんばかりに暗闇の中の漢江をにらみつける。そこには「見なかった鈍いやつ」はもういない。

 もうひとつ、気になったのは「母の不在」だ。映画にはヒョンソの父と祖父が登場するのに対して、母と祖母は描かれない。これもヒョンソの死と同じ文脈で考えると、ポン・ジュノ監督は「母の不在」と韓国における米軍の歴史を重ね合わせているように見える。

 独立直後の1945年に遡る米軍の駐屯は、韓国建国よりも古い歴史を持っている。全国の主要都市に置かれた基地と、それを囲むように形成されていった基地の町では、米軍相手の売春婦(米軍「慰安婦」や基地村女性と呼ばれる)を含む韓国人女性たちが、米兵にレイプされたり殺されたりする事件が多発してきた。中には92年に殺されたユン・クミのように、レイプ後に信じられないほど残忍な殺され方をした例もあるが、公になった事件はごく一部で、被害の全貌は明らかにされないままだ。だが前述したように、協定によって韓国側はユンの事件当時、容疑者の米兵を拘束することすらできなかったし、その後も大きなジレンマを抱え続けてきた。

 10代から60代にまで至る被害女性たち、言い換えれば「母」になり得た、そして「母」であった女性たちを守れず、死に追いやった韓国社会。本作における母の不在は、そうした韓国の歴史を象徴しているといえるだろう。

 ポン・ジュノ監督はあるインタビューで、本作の英題が「Monster」ではなく「Host」であることについて、「ホストには宿主だけでなく主人という意味もある。誰が主人なのかを問うために、政治・社会的な含意を込めて名付けた」と語っている。なるほど、ソファ(SOFA=在韓米軍地位協定の略)に座ってくつろいでいる「Host」は誰のことか? そしてその存在にしがみついている「Parasite」は?

 ポン・ジュノ監督は、新作『パラサイト 半地下の家族』では、どのような「韓国」を見せてくれるだろうか? ますます楽しみになってきた。

崔盛旭(チェ・ソンウク)

1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正  戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻  スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。

韓国映画『金子文子と朴烈』、“反日作品”が日本でロングランヒットとなった魅力とは?

近年、K-POPや映画・ドラマを通じて韓国カルチャーの認知度は高まっている。このコラムでは、『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)の共著者であり映画研究者の崔盛旭の解説のもと、映画を通じて韓国近現代史を振り返り、社会として抱える問題、日本へのまなざし、価値観の変化を学んでみたい。

映画『金子文子と朴烈』(イ・ジュンイク監督、2017)

 2019年は、1919年に日本統治下の朝鮮で起こった「三・一独立運動」から100年目にあたる。今年はまた、韓国への輸出規制に端を発する反日的雰囲気の高まりがあり、さらにここ数年、歴史問題をめぐる日韓の対立が浮き彫りになる中で、韓国では植民地時代の抗日闘争や慰安婦、徴用工をテーマにした映画が次々と作られるようになった。

 韓国には、もともと「反日映画」と呼ぶべきジャンルがある。古くは戦争(韓国では、日本の植民地支配からの独立)直後の『自由万歳』(チェ・インギュ監督、1946)をはじめ、平均すれば年に1〜2本は必ずと言っていいほど作られてきた。中には正義=韓国 vs.悪=日本という単純な二項対立的構図の国策映画も少なくないが、植民地支配の歴史を考えると致し方ない部分もあるだろう。

 私も中高生時代は、学校で反日映画を団体鑑賞したものだ。教科書で学んだ植民地時代の歴史が、スクリーンの中で再現されることで、歴史に対する理解が深まると同時に、悪としての日本人イメージが自然に刷り込まれていく。反日映画は韓国における歴史教育の教材としても活用されてきたのだ。

 反日映画には大きく3パターンある。1)実在の歴史的事件を題材にしたもの、2)安重根に代表される抗日運動家の活躍を描いたもの、3)そして両者をうまく混ぜ合わせたものだ。だが同じような素材ばかりでネタ切れ感が否めず、観客にも飽きられる中で、フィクションを加えることで史実をよりドラマチックに再構成したり、日本人キャラクターに内面的な深みや人間的葛藤を持たせたり、反日映画自体も変化を遂げてきた。このような、立体的な人物像とエンターテインメントとしての完成度の高さに、反日的なムードが追い風になって成功を収めたのが、1000万人を超える観客動員を記録した『暗殺』(チェ・ドンフン監督、2015)と言えるだろう。

 その流れの中で公開されたのが、関東大震災前後の日本で抗日運動家、アナーキスト(無政府主義者)として活動した朴烈(パク・ヨル)とその妻で同志のアナーキストであった金子文子を描いた『金子文子と朴烈』(イ・ジュンイク監督、17)である。朴烈はこれまで韓国でもあまり知られていなかった人物で、韓国にしてみれば抗日をテーマにした新たな題材の発掘であり、実際に朴はこの映画のおかげで一気に注目を集めて広く知られるようになった。映画は235万人動員の大ヒットとなり、評論家からも好評、青少年に推奨すべき映画にも選ばれて「良い歴史教材」としてのお墨付きを得た。

 だが、それ以上に興味深いのは、本作が日本でもロングランヒットとなったことである。天皇制を否定した歴史上の人物を描く韓国の「反日映画」ともなれば、右翼の格好の標的にもなりかねないので、劇場公開を危ぶむ声もあったという。実際に劇場の周辺では上映を妨害しようとする人たちも少なからずおり、警察が配備されるなど物々しい雰囲気の中での公開となった。しかしふたを開けてみれば連日満員御礼でSNS上でも話題沸騰、上映館が次々と拡大する事態が待っていた。では、なぜこの映画が韓国のみならず、日本でも受け入れられたのだろうか?

【物語】
 1923年、関東大震災前後の東京。朝鮮人アナーキストたちの集会で出会った朴烈(イ・ジェフン)と金子文子(チェ・ヒソ)は互いに惹かれ合い、同棲を始める。朴らは「不逞社」という組織を作り反日活動をもくろむが、そんな中で起こった大震災では混乱の中、朝鮮人虐殺が相次ぎ、政府もそれを傍観しつつ、朝鮮人や社会主義者を無差別に検挙していった。刑務所に収監された朴は、皇太子爆弾暗殺計画の主犯とされ、共犯を名乗り出た金子とともに大逆事件を裁く法廷に立つことになる。

 映画は、日本では「朴烈事件」として知られる、朴と金子文子による皇太子爆弾暗殺計画という大逆事件の裁判を題材にしている。日本に植民地支配された朝鮮人はともかく、日本人女性が天皇制を否定し皇太子の暗殺を計画するとはなんたることかと、世間に衝撃を与えた事件だ。そんな二人が逮捕された後、天皇や皇太子について語る映画の中のワンシーンを取り上げてみよう。

朴:天皇が神だと思っているのか。天皇はただの人間だ。くそもするし、しょんべんもする。まめみたいに小さい人間。

金子:人間はみんな平等だ。この平等な人間世界を踏みにじる悪魔の権力が天皇であり皇太子だ。したがって彼らは消えるべき存在だ。

 死刑を覚悟した上での発言だが、天皇は神であり国体であると信じられた時代にここまで堂々と否定する大胆さには驚かずにはいられない。この後もはばかることなく言葉を放つ朴と文子の姿は、なかなか見応えがある。

 一方で「朴烈事件」は、政府が企んだ事件だとする説もある。震災当時、社会の混乱と不安のなかから生み出された「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などというデマが広がり、自警団による朝鮮人の虐殺が生じたが、このことから国民の目をそらすために政府が朴と文子を利用したというのだ。映画では、この説を物語の一つの軸にしている。

 朝鮮人虐殺に関しては、多くの著作を通してよく知られている「15円50銭の虐殺」を描いている。見た目からは朝鮮人かどうかを判断できないので、彼らが苦手な発音を利用して「15円50銭」と言わせ、うまく発音できなかった者を殺害した。中には訛りの強い東北出身者が朝鮮人に間違われ、殺されたケースもあったという。いずれにせよ、震災の渦中で起きた朴烈事件の真相は今でもわかっておらず、謎の多い事件として語られている。

 韓国映画ではあるものの、日本を舞台に多くの日本人が登場する本作では、日本に住んだ経験もある文子役のチェ・ヒソをはじめ韓国人俳優らが話す日本語の自然さもまた、日本で違和感なく受容された大きな要因と言えるだろう。だがそれ以上に日本の観客にとって新鮮だったのは、金子文子という日本人女性の強さ、聡明さであり、それ故の美しさだったのではないだろうか。

 映画ではあまり語られていないが、文子の生い立ちは悲惨極まりないものだ。1903年に生まれた文子は無戸籍者のまま両親に捨てられて、親戚の家を転々とし、朝鮮に住んでいた叔母の元に預けられてからも虐待を受けた。だが三・一独立運動で虐げられながらも必死で闘おうとする朝鮮人に深く共感、帰国後は働きながら学問に励んだという。家族や社会から見放され、文字すら独学で習得した文子にとって、権力を拒否し自由を熱望することは自らの存在証明だったのだろう。アナーキストとは、国家権力だけでなく、あらゆる社会的権力、個人間の権力をも否定し、絶対的な自由の実現を信念とする者である。文子は国家も民族も、帝国と植民地のヒエラルキーさえぶち壊し、あらゆる束縛から自由になった自分自身を生き抜いて見せたのだ。

 

 さて、死刑から無期懲役に減刑した天皇の恩赦さえも拒否し、26年に獄中死を遂げた文子(自殺説・他殺説がある)とは対照的に、その後の朴の生き方には首をかしげたくなるものがある。朴は35年、獄中で転向を表明し、自分は「天皇の赤子」であると宣言する。45年の敗戦で釈放されると、反共を推し進める韓国政府に協力、50年に朝鮮戦争が勃発すると北朝鮮に連行された。後には、自ら北へ向かったとも言われるように、今度は北朝鮮の上層部で活躍し、74年に71歳で他界、平壌に眠っている。北朝鮮との関わりゆえ、韓国では長年朴烈の存在はタブーだったが、89年に抗日運動の功績が評価されて勲章が与えられ、故郷の土地には記念館も建てられている。時の権力に協力した余生によって本作の朴を批判するつもりはないが、自らを貫き通した文子と、転向を繰り返して生き延びた朴を比較した時に、どうしても文子の存在が際立ってくるのは否めないだろう。

 韓国で公開された際も文子は観客に大いに支持されたが、そこにはあくまで「朴烈を慕った日本人の文子」というフィルターが見え隠れしている。だが文子は決して朴の追従者などではない。韓国で製作された一本の反日映画が奇しくも、それまでほとんど無名だった一人の日本人女性の存在とその魅力を、多くの日本人観客に知らしめることとなった。そういう意味では原題は『朴烈』なのに対して、それを『金子文子と朴烈』と変えた邦題の方がしっくりくるのは私だけだろうか。

崔盛旭(チェ・ソンウク)
1969年韓国生まれ。映画研究者。明治学院大学大学院で芸術学(映画専攻)博士号取得。著書に『今井正  戦時と戦後のあいだ』(クレイン)、共著に『韓国映画で学ぶ韓国社会と歴史』(キネマ旬報社)、『日本映画は生きている 第4巻  スクリーンのなかの他者』(岩波書店)など。韓国映画の魅力を、文化や社会的背景を交えながら伝える仕事に取り組んでいる。