有吉弘行の元相棒、『電波少年ネタ』動画で再ブレイク狙いもあまりにトホホな再生回数

 20年ほど前、人気バラエティー番組『進め!電波少年』(日本テレビ系)のヒッチハイク企画で大ブレイクした、お笑いコンビ元猿岩石の森脇和成。

 若い世代には、あの大物芸人・有吉弘行とコンビを組んでいたことすら知らない無名のタレントだが、9月17日、世界各地で使える『グローバルWiFi』の調査役に抜擢され、タイで奮闘する動画が配信されたそうだ。しかし、動画を見た芸能ライターは厳しい意見を吐き捨てる。

「最初から電気がビリビリ流れるドッキリやタイキックなど、昔の『電波少年』を彷彿とするような面白企画が盛りだくさんでした。しかし、肝心の森脇のリアクションがまったく面白くなく、それは再生回数は400回前後と数字にも現れています」

 全盛期の『電波少年』では、ハタチそこそこの若者が奮闘する姿が視聴者の涙を誘いましたが、森脇が芸能界から消えた後の借金生活などを考えると、彼が身体を張る姿は全く笑えるものではない。

 動画内でスタッフから、「これを機に再ブレイクがあるかも?」と、期待を寄せられていた森脇だったが、有吉のように突出した才能がない限り、芸能界で生き残るのは難しそうだ。

番組絡みの企画盤CD全盛期の90年代、”音楽デュオ”猿岩石はなぜ売れた?

平成が終わろうとしている今、90年代に始まったJ-POPの流れがひとつの節目を迎えている。あのアーティストの楽曲はなぜ、ヒットしたのか? 音楽ライターの青木優が徹底分析! 

 有吉が、たとえばマツコの隣で鋭くツッコんだり、うまいことフォローしたりする、ああいうポジションに就いたのは、いつぐらいからだっけ?

 テレビを観ててなんとなくそう思い、ざっと調べたら、2008年頃からのようだ。かれこれ、10年以上か。これだと、若い子は猿岩石なんて知らないだろうなー。

 てことで、今回は猿岩石のことを取り上げてみる。

 有吉弘行(「ひろいき」と読むのね)は90年代後半、ヒットチャートをにぎわせた人気デュオのひとりだった。まあそれ以前に、彼と森脇和成による猿岩石はお笑いコンビだったのだが。

 もっとも、94年に結成した当初の彼らは、格別知られた存在ではなかった。それが有名になったきっかけは、当時の人気バラエティ番組『進め!電波少年』(日本テレビ系)でいきなり世界旅をすることになり、この企画が大ウケしたことである。

『電波少年』は何かとムチャをすることで視聴率を稼いでいて、アポなし(←この言葉を定着させた番組でもある)の突入企画が多かったりして、その無謀さが面白く、僕もたまに観ていた。思えば、後続番組含め、けっこうな数のキャラ立ちのいいタレントを輩出したものだ。松本明子、松村邦洋……と、挙げだすとキリがないので、省略する。

 無名だった猿岩石は、この番組で何をするのか知らされぬまま香港に行かされ、そこからロンドンまで、ユーラシア大陸をヒッチハイクで横断する旅に出ることになる。96年4月から半年間にわたったこの旅の様子は継続的にOAされ、回を重ねるごとに2人は人気を得ていった。当然、貧乏旅で、このことは同番組以降、日本から海外へバックパッカー的な放浪をする動きを後押ししたはずだ。で、さらにこうした旅は若い世代の「自分探し」的な志向とリンクしていったと思うのだが……これも省略。そろそろ音楽の話をしよう。

 猿岩石が日本に帰ってきたのは同年10月のこと。そこで今度は歌手デビューすることになり、わずか2カ月後の12月に最初のシングルが発売される。それが「白い雲のように」だ。

 いま聴いても、いい曲である。なにしろ作詞は藤井フミヤ、作曲は藤井尚之という、元チェッカーズの兄弟コンビ(F-BLOOD)だ。そしてプロデュースは秋元康である。

 この曲のポイントはフォーク的な曲調にある。当時、「フォーキー」と呼ばれ始めていたものだ。前回取り上げたシャ乱Qでも「空を見なよ」(95年)がフォークロック調だったし、猿岩石と同じ96年に、ブレークしたてのウルフルズが「そら」を出している。もろフォークソングだと、アコースティック・ギターで繊細に、しんみりと、みたいなイメージが一般的だが、フォーキーというのは歌心があり、アコースティックでメロディアス、というところか。この頃、渋谷系やロック・シーンではサニーデイ・サービスやキリンジのような存在が最前線に出てきつつあった。90年代のJ-POPは分厚い音の、にぎやかで華々しい楽曲が多かったが、音楽界の一部ではこうしたフォーキーな曲調が支持されつつあったのだ。

「白い雲のように」で藤井兄弟は、猿岩石の2人の歌声を非常にうまく作品に還元している。有吉と森脇の歌唱力に特筆すべきところはないが、素朴かつストレートな響きを持ち、飾ることのないキャラクターがよく表れている(あくまで番組を通じての彼らの印象だが)。特に有吉は、歌わせると、それなりに映える声質だ。

 曲の構成は、1コーラスと間奏のあと、2コーラス目はないままサビのリフレインになるなど、極力シンプルに作られている。そしてフミヤによる歌詞では<見えない未来を夢みて><風に吹かれて消えてゆくのさ>といったフレーズが秀逸。この言葉には、テレビの企画で急に人気が出て、でもここから先はなんの保証もないんだよな~、と思っていそうな2人の心境をダブらせながら聴ける。それが口ずさみやすい、叙情的なメロディに乗ってるのだから、ファンにはたまらなかっただろう。

 ところがこの歌、そのファン以外にも波及していくのだ。「白い雲のように」は、発売当初の売り上げはそこそこだったのが、徐々にチャートを昇り始め、最高で3位を記録するほどのヒットとなる。ということは、番組からのファンがワッと買っただけでなく、世間で聴かれるうちに「けっこういいじゃん」と思われていったってことだ。

 そして同曲は、最終的にはなんとミリオン・セールスを記録し、97年の日本レコード大賞新人賞まで獲得。歌を含めた楽曲として、高い評価を得たのである。

 ちなみに、このシングルのカップリングは「どうして僕は旅をしているのだろう」という曲だ。どうしてって、そりゃ~番組の企画に乗ったからだろ! というツッコミ待ちのようなタイトル。こうした番組や彼らの状況を含めた歌詞表現はこの後、続くことになる。

 さて、猿岩石というか、主にはおそらく周囲のスタッフたち、か。彼らはここから怒涛のリリース・ラッシュを敢行していった。「白い雲のように」から3カ月たたない間に、次なる新曲「ツキ」をリリースした。

 作曲はALFEEの高見沢俊彦で、この曲調もフォーキー。「白い雲のように」の路線を、ちょっと強めのタッチでうまく継続している。歌詞では<HEY! HEY!>の繰り返しが印象的で、そのあとの<どうにかなるだろう きっと うまく行くさ>というあたりは、やはり彼らの立場を照らしてしまう。そして前作に続く、先のわからない、でも大丈夫と思いたいという心境は、当時の日本の人々の心理に合ったのではないかと思う。90年代後半は、あらゆる価値観が激変し始め、まさに混沌に突入していった時代だった。

 なお、作詞は高井良斉だが、これ、実は秋元康のペンネームなのだ。70年代、学生の頃から構成作家や作詞家として活動してきた秋元にとって、テレビとのマッチアップを絡めた創作はお手のものだったに違いない。

「ツキ」もうまく大ヒットし、猿岩石は音楽活動でもすっかり調子に乗ってしまった。今度は2カ月も空けずに新曲「コンビニ」。ファミリーマートのCMタイアップ曲で、R&B~AORのフレイバーが漂うミディアム・バラードだ。

 この曲調も、有吉のヤサ男っぽい歌声がとても合っている。ただ、僕はこの曲自体、まったく記憶にない。そこそこ売れているのだが、前2作ほどは心に残らなかったのかな。

 で、次もまた2カ月空けずに、「君の青空」「声が聴こえる」の両A面シングルが出る。これは猿岩石with VERSUS名義で、VERSUSというのは女性のお笑いコンビだそうだ(知らなくてすみません)。ちょっとフォーキー路線に回帰した感じである。

 と思ったら、これに続く「オエオエオ!」はレゲエのリズム。作曲はバブルガム・ブラザーズのBro.KORNで、編曲はCHOKKAKUだ。気合が入っているのがわかる。

「オエオエオ!」と同じ日には初めてのアルバムを出しているが、そのタイトルは『まぐれ』。プロデューサーはやはり秋元氏で、このネーミングセンスには、とんねるずっぽいノリを多分に感じるな……。そう、とんねるずこそ、テレビ発の企画から歌を量産したコンビだった(彼らについては機会があれば、また)。

 そして猿岩石は、97年の末にはクリスマスソング「Christmas」を出している。LUNA SEAの河村隆一が作曲したラブバラードである。

 とまあ、短い間に音楽面でも意外といろいろなアプローチをしているのだな……とは思うが、どちらかというと、セールスが少しずつ下がるにつれて迷走していってる、と言ったほうが正しいか。まあ、もともと音楽的な下地がない人たちが、最初は自分たちにフィットする歌が歌えたとはいえ、以降にそんなにたくさんの引き出しがあるわけがない。

 で、このCDのリリース・ラッシュは98年6月のシングル「初恋」まで続く。なんと1年半で9枚ものシングルを出したのだ。そりゃネタも尽きるだろう。

 そして最後のシングルは99年、次の10枚目「My Revolution」(渡辺美里のカバー)までだった。彼らの音楽での人気も、ここまでだったということか。

 この数年後の04年に猿岩石は解散し、有吉は長い低迷期に入ることとなる。しかし、再ブレーク後の彼の活躍は、言わずもがなだろう。

 かたや、相方の森脇は芸能界とは別の仕事を転々としながら、一昨年にタレントとして復帰していた。YouTubeには今の彼が作るチャンネルも開設されている。ただ、現在の活動ぶりは……どうなのだろう。

 と、音楽デュオとしての猿岩石をざっと回想してみたが、とにかく「人気があるうちに売ってしまおう」感のすごさにはあきれるばかりだ。なにせ、この短気間の彼らはCDだけでなく、『電波少年』関連の本やタレント本、それに写真集まで出しているのだから。

『電波少年』の系列からは猿岩石のほかにも、番組の内容に関連したCDがけっこう出ている。この後には『雷波少年』からヒットを飛ばしたサムシングエルスというバンドもいた(元から音楽活動をしていた人たちだが)。ただ、彼らも一時的な盛り上がり感が強く、やはりはやり廃りが反映されやすいテレビ界の影響をもろに受けている。

 もっとも、この90年代の終わり頃……つまりCDがよく売れていた時期までは、俳優やタレント、スポーツ選手など、そこそこ名の知れた人はよく歌手デビューしていて、テレビとか、それにラジオも、番組絡みの企画盤は非常に多かった。そのぐらい電波メディアの影響力が大きい時代だったわけだが、猿岩石はその中で傑出した成果を残したといえる。

 ただ、あだ名をつけるのがうまいとか、毒舌がすごいとか、その他もろもろ、有吉が今ほどのキレ者で、才能のある人だとは、当時なんとなく観ていただけの僕はまったく気づかなかった。もちろん、コンビ解散後の時期に彼が芸を磨いたのはあるのだろうけど……人生はわからないものだ。

 そして先が見えない気持ちを歌で唄っていた2人だが、今では芸人としての活動ぶりが、こんなにも違うというところにも、また人生を感じてしまった次第である。

●あおき・ゆう。
1966年、島根県生まれ。男。
94年、持ち込みをきっかけに音楽ジャーナリスト/ ライター業を開始。
洋邦のロック/ポップスを中心に執筆。
現在は雑誌『音楽と人』『テレビブロス』『コンフィデンス』『 ビートルズ・ストーリー』『昭和40年男』、
音楽情報サイト「リアルサウンド」「DI:GA online」等に寄稿。
阪神タイガース、ゲッターロボ、白バラコーヒー、ロミーナ、 出前一丁を愛し続ける。
妻子あり。
Twitterアカウントは、@you_aoki
 

『イッテQ!』過剰演出認める……1990年代の『電波少年』企画は、さらに過激だった!

『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)のやらせ疑惑を「週刊文春」(文藝春秋)が報じた問題で、ラオスの「橋祭り」に続き、タイのカリフラワー祭りにも同様の疑惑があると続報が報じられた。これを受け日テレは過剰演出を認め、当該企画を当分中止にすると発表した。今のところ番組自体の打ち切りは発表されていない。

 今回の件を受け、あらためて「バラエティ番組の演出」について議論を呼び起こしそうだ。『イッテQ!』には、1990年代の人気番組である『進め! 電波少年』『ウッチャンナンチャンのウリナリ』のスタッフが参加している。いわば日テレの人気ドキュメントバラエティの系譜に位置づけられる。これらの番組も今からすれば疑惑の映像が多く存在する。特に『電波少年』の海外ロケスペシャルである『電波少年インターナショナル』は顕著である。

 今回、カリフラワー祭りの捏造疑惑が生じたタイでは、松村邦洋が象に覚せい剤を打って酷使する悪人を注意するためジャングルの奥地へ入っている。だが、松村が単独で犯人グループに接近したところ拉致されてしまう。スタッフが警察に救助を要請し、ジャングルの中で銃撃戦が始まり、アジトに一人残された松村を救出する流れだが、どうも流れがスムーズである。

 さらに、ユーラシア大陸横断ヒッチハイクでタイに入国した猿岩石は、家電を押し売りする日本人詐欺グループに間違えられ、一時、警察に拘束されてしまう。しかしこの場所は首都バンコクから南に200キロも離れた場所で、西へ向かう旅のルートと合わない。

 タイのお隣の国であるカンボジアには松本明子が、故・ダイアナ妃の意思を継ぐべく地雷撤去に向かう。信管抜きなど危険な作業も行った松本だったが、そのとき、サイドブレーキを引き忘れた車が暴走し、地雷原に突入し爆発するシーンがある。これも、できすぎたタイミングだ。

 90年代の『電波少年』には疑惑のシーンが多くある。それでも、『イッテQ!』のようにやらせ問題が大々的にクローズアップされることはなかった。それだけ牧歌的な時代だったのだろう。
(文=平田宏利)

テレ東深夜の「お宅紹介×プール×グラドル」番組で思い出される、『電波少年』伝説のアノ企画

 かつて、『進め!電波少年』(日本テレビ系)に「豪邸のトイレでウンコがしたい!」という企画があった。松村邦洋がロケ弁を食べた上に下剤を服用、便意を催した状態で有名人宅へ訪問し、トイレを借りるという趣旨である。

 思えば、90年代は「どれだけエグいことができるか」を競い合うチキンレースのような時代だった。その風潮は、上記の企画内容に色濃く表れていると思う。

 そして、2018年。時代は変わった。今はコンプライアンスを意識しなければならない。『電波少年』とはなんの関係もないだろうが、妙に関連付けたくなる番組を見つけてしまった。6月18日深夜に放送された『いきなりスイマーズ!~プール付きの豪邸で泳がせてもらおう!~』(テレビ東京系)が、どうにも変わり種である。

 番組ホームページでは、「新しい切り口のお宅紹介」をうたっている。確かに、切り口は新しかった。ずんの飯尾和樹とシドニー五輪銅メダリストスイマーの田中雅美、グラビアアイドルの岸明日香が一般の豪邸へ訪問。そして、いきなり「お宅にプールはありますか?」「泳がせてもらえませんか?」と家主に直談判するのだ。

「スイマー」「グラドル」と「プール」の親和性が高いのは言うまでもない。『電波少年』における「下剤」と「トイレ」の関係性に当てはまるだろう。

 そして、お願いされた家主たちが一様に快諾するのが不思議だ。もしかしたら、彼らは率先して家の中を見せたいのかもしれない。なぜなら、みんな成功者だから。

■メダリストの華麗な泳ぎとグラドルの犬かき

 一行が向かった一軒目の豪邸は、あからさまにゴージャスだった。家の中にはサウナ室(約200万円)やカラオケルーム(約1,000万円)等を設置。庭へ行くと、三段跳び用の陸上レーンと砂場(約750万円)がある。そして、その隣にはお目当てのプール(約1,200万円)が!

 なぜ、こんなに潤ってるのだろうか? 実はここの家主、16年に西日本と東日本で最優秀メーカーに輝いた、釣り具会社の経営者である。仕事柄、プールはルアーの動きを確認するために使用しているそうだ。ここまでの情報は、さながら『渡辺篤史の建もの探訪』(テレビ朝日系)を彷彿とさせる。家の設備を楽しむだけでなく、それぞれが設置されるまでのプロセスも律義に追っているから。

 ここまで掘り下げたならば、あとは泳ぐしかない。第一泳者は田中である。競泳水着を着た彼女はプールに勢いよく飛び込み、平泳ぎで伸び伸びとプールを何往復もした。伸び伸びと泳げるほどのサイズ(縦17メートル、横2.3メートル、深さ1.4メートル)を、このプールは誇っているのだ。

「長さがしっかりあって、『すごい立派なプール!』って思いながら泳いでました」(田中)

 メダリストがお墨付きを与える、プールの実用性!

 続いては岸である。彼女が担う役目については、言うまでもないだろう。不自然に極小のビキニをまとい、グラドルの矜持を見せつける。

岸「これはもう、本業なんで。一番万全に戦える格好で来ました」

飯尾「(岸の胸を指して)水の抵抗だらけじゃないか!」

田中「持って生まれた才能ですね」

 彼女からすると、プールの実用性など眼中にない。何しろ、カナヅチである。それってミスキャストじゃないの……? いや、そんなことない。犬かきで前へ進もうとする彼女の体を下から見上げて撮るカメラアングルは、いかにもテレ東深夜である。この時点で、岸は仕事を全うしている。

■豪邸の中身とグラドルのボディを同時に紹介

 次に訪れた家もすごい。ガレージにはディアブロ(約5,000万円)やフェラーリ、カウンタックなど数台の愛車がズラリ! 敷地面積も半端なく、3,500坪を誇っているとのこと。

家主「ここは僕の“趣味の家”なんで。車を保管するために、この家を建てたんです」

飯尾「……何をおっしゃってるんですか?」

 ここの家主は酵素ドリンクの販売で大ヒットを飛ばし、そのほかの事業も加えると年商40億円を誇る成功者である。豪邸の浴室からは芝が敷かれた広々とした庭が一望できるし、2階にある書斎と直結の階段でガレージへ下りられるという、こだわりの造りだ。

 そこから外に出るとテラスがあり、らせん階段を下りると目当てのプール(約700万円)へ到着した。サイズは縦10メートル、横4メートル、深さ1.3メートル。学校のプールのおよそ半分の大きさだ。

 早速、泳ぐ出演者たち。例えば、飯尾は眼鏡をかけたままバサロで泳ぎ切るという芸達者ぶりを発揮する。田中に関しては、バタフライ→背泳ぎ→平泳ぎ→クロールのメドレーリレーを人の家で披露するという破天荒さだ。

 でも、やっぱりおいしいところはグラドルが持っていく模様。空気を入れて膨らませる大きくて透明なボールが岸には用意された。この中へ入り、不安定な状態で七転び八起きするグラドル。その姿を、例によって下からのアングルで撮る不埒なカメラマン。すべて、狙い通りである。

 いい家と、いいプールと、グラドルのいい体。ぶっちゃけ、焦点が定まり切っていない。「新しい切り口のお宅紹介」とうたっているだけに、豪邸を紹介する側面は欠かせない。『いきなりスイマーズ!』という番組名から、プールが主役であることもうかがえる。しかし、結局はグラドルの際どいカットがすべてを持っていってしまう。これらすべて込みで、実は狙い通りな気がする。

 冒頭でも述べたが、昨今はコンプライアンスの厳しい時代。グラドルの水着姿を映すにも、それなりの“正義”が必要だろう。そういう意味で、「お宅紹介」という切り口は、いろいろな意味で有効。正義として機能するし、富豪の家も興味として純粋に見てみたい。

 なるほど、アイデア勝負のテレビ東京らしい新機軸だ。この番組は2週連続の放送が予定されており、次回(25日深夜)放送分にはグラドルの都丸紗也華が出演するらしい。

(文=寺西ジャジューカ)