21世紀に復活するヴァレリー・ソラナスと「男性皆殺し協会」──『I SHOT ANDY WARHOL―ポップカルト・ブック』

 日々、ネットで情報を見ていると、なんだかんだと論争を目にする。いかに自分の主張が正しいか、一歩でも後退すれば完全敗北かのごとく信者を煽動し、苛烈な意見を繰り返す論争。いったい、なんの利益があるのかわからないが、妙な使命感を持った主張が止まらない人は絶えることがない。

 でも、それを目にするたびに、とても平和な世の中であることに安堵するのだ。そりゃそうだ、どんなに主張が対立しても、相手が徒党を組んで攻めてくる、あるいは斬り合いとか撃ち合いが始まるなんてことは、そうそうない。

 中国の春秋戦国時代とか、さまざまな説客が入り乱れたわけだけど、一言でも言い間違えたり、言葉に詰まれば首を斬られたり、釜ゆでにされたり。ああ、日本でも江戸時代以前は、そんな感じだ。そう考えると、とても平和だ。

 さてさて、そんな平和な時代でも、やっぱり緊張感は必要。時には、肉体言語で言論の自由を振りかざす人がいないとは限らないからだ。

 そう、この『I SHOT ANDY WARHOL―ポップカルト・ブック』(早川書房)のヒロインであるヴァレリー・ソラナスのようにね。この本は1996年の映画『I SHOT ANDY WARHOL / アンディ・ウォーホルを撃った女』のシナリオに解説を加えた本。1968年6月3日、アンディ・ウォーホルを撃った女・ヴァレリーの人生の履歴をまとめたものである。

 ウォーホルを撃ったということで歴史に名を残したヴァレリーの人生というのは、かなりハードなものだ。両親の喧嘩が絶えない上に、父親から性的虐待を受けたりして、早くから非行に走ったヴァレリーは、寄宿学校を経て大学へと進む。彼女はそこでレズビアンとしての自覚を持つが、まだ時代は1950年代末。理解者を求めてたどり着いたのは、ニューヨーク。とはいえ、大都会といえども、そうそう承認欲求を満たしてくれる人に出会うことなどできるはずもない。売春婦をしたりして糊口を凌ぎながら、熟成されていくのは、世の中への憎悪。とりわけ男性への怒り。そうして彼女は一人で組織を立ち上げる。名付けて<Society for Cutting Up Men>。

 日本語訳すれば、男性切り刻み協会。もっと砕けた意訳をするなら「男性死ね死ね団」とか「男性皆殺し協会」といったところか。そして、その思想を「SCUMマニフェスト」として自費出版する。英語版のウィキペディアには詳細な解説が書いてあるし、ネットを探せば全文を読めるんだが、その思想はいわばブチ切れたフェミニズム。

 一部の女の味方をするヤツと同性愛者を除いて、男どもは皆殺しというわけである。この「SCUMマニフェスト」は、なんかとんでもないヤツが現れたなという感じで注目もされて、
出版の依頼も来たのだが、ヴァレリーはそれに満足せずに、ウォーホルを撃ちにいくというわけである。

 その話は別として、やっぱり思うのは歴史は繰り返すということだ。「#Metoo」やら、なにやらが盛んになった時、あれ、またそんな終わった論争を持ち出すのかと筆者は思った。キャサリン・マッキノンなんかが主張した、ポルノをレイプの教科書だと非難するような主張はとうの昔に論破されたと思ってた。

 でも、歴史は繰り返す。同じような主張は形を変えて復活し、また同じことが繰り返されるというわけだ。その流れの途上にいる現在、そろそろまたヴァレリーみたいなヤツが現れてくるのは必然だ。

 いやいや、そんなマジ●チにはとっとと退場願いたいというなら、もうSNSとかブログとかはやめて、ネットは見て楽しむだけに制限すればいい。どんな形であれ、世間に自分の主張を開陳するということは、どんな攻撃をされるやもわからないという緊張感の中にある。

 その緊張感があるからこそ、またペンを(パソコンで書いているけど)を走らせる。
(文=昼間たかし)

コンビニのエロ本撤去問題 もう老人すらネットでエロ動画収集が主流になっている

 コンビニ大手3社がアダルト系雑誌の取り扱いを終了することを受けて、さまざまな意見が交錯している。こうした中で目立つのは、コンビニのアダルト系雑誌が一種のインフラとなっているという意見だ。

 ネットを使わない高齢者にとっては、いまだにコンビニのアダルト系雑誌が性欲を満たすための重要なツール。にもかかわらず、アダルト系雑誌が消滅するのは、社会的弱者が性欲を処理する機会を奪ってしまうのではないかというものだ。

 実際、コンビニに配本されているアダルト系雑誌、つまり、2点シール留めの自主規制を行っている雑誌を発行している出版社に尋ねると、多くは「読者は年寄りばかりですよ」という。その上で「購売層は年々高齢化していいて、先細りになるのは確実」だと明かす。

 しかし、そこで「高齢者はネットが使えないから、コンビニでエロ本を買うしかない」と考えるのも、一種の偏見。高齢者でも、エロの欲求はネットで満たしているという人がどんどん増えているのだ。

「実家に帰ったら、親が最近流行の“ネットde真実”系な思考にドハマリしていた」と言う知人からは、こんな話が。

「さまざまな陰謀論とかの検索履歴もあるんですが、ブックマークを見てみると、エロ系のサイトのリンクがずらり……70歳を超えて何をやっているのかと」

 すでにインターネットが普及し始めてから、20年が経過しようとしている。今、70歳の老人でも20年前は50歳。ネットでの検索の仕方くらいは知っている。その基礎知識を生かしてエロ動画を探すのに必死になっている人がいても何らおかしくない。

「むしろ、年金暮らしをしている老人のほうが、タダで無修正の動画だって見つけられるネットに熱くなっているのではないでしょうか」(同)

 年寄りすらエロ本を読まない時代は、もう始まっていたのか。
(文=昼間たかし)

嵐の活動休止は、大野智の“人間宣言”……メリー&ジュリー母子の「想像を絶する絶望」

今週の注目記事・1位
「宮内庁が腰を抜かす『小室圭さん』ご母堂の『天皇陛下』謁見要求」(「週刊新潮」1/31号)
「小室の乱『眞子さま洗脳』」(「週刊文春」1/31号)
「眞子さまと小室圭さん それでも二人は結婚する」(「週刊現代」2/9号)

同・2位
「ニュースに映って不倫がばれた『平成最後の福男』」(「週刊新潮」1/31号)

同・3位
「竹田JOC会長、堕ちた旧皇族の暗部、東京五輪を控え安倍官邸は」(「週刊文春」1/31号)

同・4位
「風俗に堕ちた京都の女子大生260人」(「フライデー」2/8号)
「女衒大学生グループの女子大生風俗送りマニュアル」(「週刊文春」1/31号)

同・5
「創業者・盛田昭夫の作った『ソニー神社』が現経営者に取り壊されるまで」(「週刊現代」2/9号)

同・6位
「日産に16億クルーザーを買わせたゴーン<強欲妻>」(「週刊文春」1/31号)

同・7位
「LINE入手NGT48運営査問にメンバーが『ファンと』」(「週刊文春」1/31号)

同・8位
「食べてはいけない『超加工食品』実名リスト-論文でがんリスク増大判明!」(「週刊新潮」1/31号)

同・9位
「NHKが失速させた『いだてん』クドカンハートブレイク」(「週刊新潮」1/31号)

同・10位
「『新しい地図を使ってやって』SMAP復活、中居の深意」(「週刊文春」1/31号)

同・11位
「朝日新聞が突然削除『パパ活』礼賛記事のあきれた中身」(「週刊現代」2/9号)

同・12位
「がんになった『がん専門医』の独白」(「週刊新潮」1/31号)

同・13位
「CM降板『菅野美穂」が見誤った『堺雅人』賞味期限」(「週刊新潮」1/31号)

同・14位
「貴乃花・我が相撲道/『千代の富士からの初金星』」(「週刊文春」1/31号)

同・15位
「都道府県『ヌケる都市』ランキング」(『週刊アサヒ芸能』1/31号)

【巻末付録】現代とポストのSEXYグラビアの勝者はどっちだ!

 ニュースだ! 今週は取り上げる記事が一本もなかったぞ、ポストは。毎週月曜日に現代とポストの新聞広告を見ると、正直、ゲンナリする。

 今週も、両誌のトップは「親が『ボケる前』『ボケた時』やるべきこと」(ポスト)、「老親もあなたも死んでからでは遅い」(現代)。大切なことだとはわかってはいるが、週の始めにこれを読みたいか?

 ポストは、これ以外に「ソフトバンク株をどうすりゃいいの?」「大腸がん胃がんの検査の落とし穴」「あぶない韓国食品」「次の日本人横綱候補はこの6力士」などなど。

 今日の話題は、大坂なおみ、嵐の解散で持ちきりである。そこにこれではな~。ポストには悪いが、今週はパスさせてもらう。

 といって、他の雑誌にも大スクープがあるわけではない。そこで今週は順位なしとした。

 まずはアサ芸の「47都道府県ヌケるランキング」から。

 SPA! に続いて、女性を性の対象としてしか見ていないと、女性たちから怒られそうな企画だが、この欄は紹介するだけだから、女性のみなさん、ゴメンナサイ!

 堂々1位は北海道ススキノ。「おっパブから格安ソープまで遊び放題」とある。おっパブとは、「純朴な道産子のおっぱいをわずか数千円でナマ揉みできる」ということだそうだ。

 2位は福岡県中州で、「西日本最大の桃源郷は1980円手コキ店から0.00ミリソープ(なんじゃそれ?)まで格安&過激がウリ」。書き写す手が震える。これって、わが県を侮辱したと訴えられるんじゃないかね。3位は京都だ。

 ちなみに46位は長崎県浜町で、「江戸の三大遊郭『丸山』は今や名跡に。観光地のため県条例により店舗型風俗店は皆無」だという。

 最下位はいわずと知れた長野県上山田温泉。教育県だからソープはなし。「抜け道は温泉連れ出しスナック」だそうだ。

 ところで、「コンビニエンスストア大手のセブン-イレブン・ジャパンとローソンは21日、国内の全店での成人向け雑誌の販売を8月末までに原則中止することを明らかにした。女性や子ども、訪日外国人客らに配慮する。日本の多くのコンビニの店頭から成人誌が消えることになりそうだ」(朝日新聞1月22付)という。

 いつものことだが、成人誌の線引きはどこなのだろう。この定義を曖昧にしたままでいいわけはない。

 表紙に女性の露わな肢体が載っている雑誌は、外国人や女性たちは嫌がるからというのでは、現代やポスト、フライデーも危ないかもしれない。

 日本雑誌協会は「成人誌の基準があいまいで選別方法が不明瞭だ」として、慎重な判断を求めるというが、この流れは止められそうにもない。

 BuzzFeedNews(1月23日)が、日本フランチャイズチェーン協会にインタビューしたところ、現代、ポスト、プレイボーイのように女性のヌードグラビアのある雑誌でも、「基本的に入ってくることはありません」というが、「ただ今後、そいう特集を組まれた雑誌を扱わない、という判断は出て来ると思います。それは会員社の判断です」と付け加えている。

 現代とポストが機内誌から外されたのは、某宗教団体と朝日新聞の「ヘア・ヌードのある雑誌は排除しろ」という執拗なキャンペーンによってだったが、同じようなことが起きる可能性は十分ある。

 コンビニもダメとなれば、こうした雑誌は生き延びることはできない。

 お次は文春の貴乃花の連載だが、よくまとめてはあるが品が良すぎる。次回は宮沢りえとの愛と別れの巻になるそうだ。どこまで本音を語るか心配だが、これは読まねばなるまい。

 最近テレビで、あの『半沢直樹』で42%という高視聴率をとった堺雅人の姿を見ない。

 吉永小百合主演の映画『北の桜守』に出ていたが、半沢直樹そのままで、見ていて白けてしまった。

 新潮によると、カミさんの菅野美穂(41)も、花王のCMから消えたそうだから、夫婦そろって「賞味期限切れ」なのだろうか。

 役を選んでいるというが、堺は、進んでいろんな役をやったほうがいい。三枚目、犯罪者、お笑い芸人、数をこなすことで視聴者の見る目も変わってくるはずだ。その若さで渥美清になるのは早すぎる。

 新潮に、「がんの練習帳」というコラムを連載していた東大病院放射線科の中川恵一准教授が、自分が膀胱がんになったと独白している。

 毎年のがん検診でも尿検査でも「異常なし」だったのに、酒を呑み過ぎるので肝臓が心配になり、超音波エコーで自分の肝臓を診ていたら、膀胱が白く不気味に盛り上がっている影を見つけたというのだ。

 精密検査すると、大きさ1.5センチだった。ここまで来るのに10年ほどかかっているそうだが、もちろん自覚症状はない。

 内視鏡で切除したそうだが、麻酔が醒めてからの痛みがすごかったという。

 中川准教授によると、日本人の「ヘルスリテラシー」はミャンマーやベトナムより低いそうだ。簡単なセルフチェックでも、がんの早期発見につながるという。

 現代とポストに、小さい記事だが、朝日新聞のウェブサイトに「テリング」というのがあるそうだ。

 そこで女性記者が「“パパ活”ルポ 女としての値踏みをされてみた」というのを書いたそうだ。

 現代によれば、パパ活するためには会員登録が必要で、銀座にある面接会場に行き、業界トップクラスの交際クラブ「ユニバース倶楽部」のスタッフの七瀬結から、「この交際クラブでは5つの交際タイプに分かれていて、ここでいう交際には実質セックスも含む」と説明を受ける。

 ネットで調べると、最近のセックス相場では3万円から5万円。身元をしっかり把握するために免許書のコピーをとるから、出会い系アプリとは違う、交際クラブの強みになるなど、まるでデートクラブの宣伝みたいだというのである。

 社内でも問題になり、掲載から1週間後に記事が突然削除されたという。

 朝日新聞側は、結婚制度の問題点を考えるという本来の趣旨が伝わりにくかったと話しているが、自分のところでも「男女の出会い系サービス」をやっているのだから、もともと批判する気などなかったのではないか。

 うちのところでは、身元がハッキリした方ばかりですから、安心して初対面でもセックスできますよ。そういいたかったのではないかと、私は邪推するのだが。

 文春に、元SMAPの中で、事務所に残った中居正広と木村拓哉の仲が、未だに悪いという話が載っている。私にはどっちでもいいがね。

 そう思っていたが、日曜日に流れた「嵐解散」のビッグニュースを見ると、中居とキムタクの確執だけではなく、ジャニーズ事務所の中は、それこそ暴風のような嵐が渦巻いていたようである。

 次号の文春、新潮には「ジャニーズ帝国崩壊」の見出しが躍るに違いない。

 事務所の半分ぐらいを稼ぐという嵐がいなくなるということは、メリー&ジュリー母子の力がほとんど削がれるということを意味する。

 ジャニー喜多川は、嵐たちに対して、君たちの考えるようにやればいいといったそうだが、もともと、だいぶ前から嵐にはタッチしていなかったはずだから、そういえるのだろう。

 リーダーの大野が2017年にいい出し、5人で話し合ってきたというが、そうではあるまい。

 メリー&ジュリー母子が、そんな勝手なことを許すはずがない。クビにした飯島マネジャーが親身になって面倒を見ていたのがSMAP。メリー母子は、それを面白くなく、飯島の面前で、SMAPの連中が踊れないことを批判し、だから、嵐とは共演させないのだとはっきりいい切っていた。

 そうしたことがあり、飯島は事務所を去り、SMAPは解散してしまった。

 その嵐までが、自分から離れていくということを知った時、メリー&ジュリー母子の怒りと落胆は想像を絶するものがあったに違いない。

 大野は会見で、「普通の生活をしてみたい」といっていた。10代の始めからアイドル稼業を20年続けてきて、このような人生が本当のものであるわけはないと気付いたのであろう。

 あと2年で40になるのだ。その年までアイドルグループでいられるというのは、相当、無神経か無自覚な人間であろう。

 大野の「人間宣言」といってもいいのではないか。私はもろ手を挙げて賛同する。

 近年、ジャニーズ事務所を辞めたり、現役を引退する人間が増えている。スキャンダルで潰れていく人間も後を絶たない。

 ジャニー&メリー喜多川が築いてきた「アイドル王国」は、ガラガラと崩れていっているのだが、本人たちはその現実を見ようともしなかったのであろう。

 ある時期、永遠に回転していくかのように思えたジャニーズ商法だったが、そういかなくなったのは、私は、アイドルを見出す天才だったジャニー喜多川の衰えが最大の要因だと思う。

 彼の特殊な感覚は、やはり若さが失われるとともに鋭敏ではなくなってしまったのだ。

 大野の口ぶりから、もっと早く解散したかったのだろう。だが、来年12月31日の紅白をもって解散するまでにどれだけ稼げるかを考える母子に、これ以上、逆らえるはずはなかった。

 会見で、休止といっているが、再開はいつになるのかという質問が飛んだ。大野はきっと、「バカヤロー、再開なんかあるわけないだろう」と思っているはずだ。

 SMAPのように、5人のうちの何人かが去り、何人かが残るのだろうが、嵐というグループは消えるのだ。

 私は芸能記者でもなければ、ジャニーズ事務所ウォッチャーでもない。だが、たのきんトリオの時代から、いろいろな因縁があって、この事務所を見てきた。ついにこの日が来たかと、感慨深いものがある。

 さて、新潮にNHKの大河ドラマ『いだてん』の視聴率が悪い理由について“考察”した記事がある。私は、第1回だけを見たが、それ以後は見ていない。このドラマの失敗は、金栗四三という人間の知名度の低さや、宮藤官九郎の脚本にも欠点があるのだろうが、なんたって、ビートたけしを古今亭志ん生役に起用したことがすべてである。

 姿かたちは似ても似つかないが、それでも、志ん生のように滑舌が良く、人間味があればいいが、彼にはどちらもない。

 立川談志の弟子だったことはあるが、彼に落語家の資質はない。

 この中でも碓井広義上智大教授がいっているが、たけしは志ん生に見えないし、「たけしさんの声が聞き取りづらいのが致命的です。あれでは視聴者が話についていけません」。バイク事故の後遺症だろう。可哀想だとは思うが、もはやたけしはテレビ界から引退したほうがいい。

 次は新潮の二匹目のドジョウ企画「食べてはいけない『超加工食品』実名リスト」から。

 超加工食品とは、多くの食品添加物が含まれたもので、「すぐ食べたり飲んだり温めたりできる」「非常に口当たりが良い」「国際的な企業によりブランド戦略が組まれて販売されている」食品のことだという。

 世界4大医学雑誌であるBMJ誌が、この食品の摂取割合が10%増加するとがんリスクが12%有意に上昇したという研究論文を発表したそうである。

 食べてはいけない「超加工パン」ワースト41をざっと眺めると、食品添加物の多いものは食べるなということらしい。1位に挙げられた山崎製パンの「ふんわり包とろ~りとろけるチーズピザ」には14もの添加物が入っているそうだ。

 山崎製パンのものがずらっと並んでいる。よく売れているという「ランチパックスクランブルエッグからしマヨネーズ風味」も13の添加物が入っているという。

 避けたい「超加工冷凍食品」ワースト66の1位はトップバリューの「大盛和風たらこ」で14の添加物が入っているそうである。

 先日買って食べたイートアンドの「大阪王将 羽根つき餃子」は9つか。まあ、冷凍食品などは食べずに、安くてもいいからスーパーで買ってきて、家で作れということだろう。

 分かっちゃいるけどな~。

 ところでNGT48の山口真帆が「アイドルハンター」と呼ばれる連中から襲われた事件は、まだ収束していない。

 文春によれば、運営会社がメンバーたちを査問しているそうだが、ファンたちと携帯の連絡先を交わしていた、プライベートで食事をした、その人間の家に入ったことがあると答えたのは少数ではなかったという。

 中でも10代のE子は、問題になっているハンターの一人と付き合っていると告白したため、男と別れさせられたうえ、内々に処分されたそうである。

 総勢約40名のうち数名がファンたちとつながっていた。これが秋元康が掲げる「恋愛禁止」AKBビジネスの実態なのだ。

 お次はカルロス・ゴーンのお話。文春によると、ゴーンの妻がフランスのパリ・マッチ誌に、「推定無罪の夫がどうしてこんなに長く拘留されるのか。フランスの薬の服用も認められず、コレステロールの治療中断も迫られている」と話しているという。

 日本の「人質司法」の酷さに世界から批判が起きている。罪を認めないなら釈放しないという人道無視のやり方は、どういい募っても理はない。

 文春は、オマーンの知人に渡った約35億円のうち、約16億円がゴーン夫人へ贈られたクルーザーの購入代金に充てられていたという。

 自宅マンションを含めて、こうした私的流用は裁判で明らかにするべきだ。罪を認めて自白しなければ拘置所から出さないというやり方は、検察や裁判所への不信につながる。はやく止めたほうがいい。

 現代に、ソニーの創業者・盛田昭夫が生前作った「ソニー神社」が、今の経営陣によって取り壊されたという話が載っている。

 盛田は、トランジスタラジオやウォークマンなどの生みの親で、ソニーを大会社にした功労者である。

 先日、名古屋に行った帰り、駅前のビルの上にある高給居酒屋へ寄った。そこで「盛田」なる酒を初めて呑んだ。

 うまい酒だった。そこのパンフレットを見ると、これは盛田という造り酒屋が作っているとある。

 そうかと思い出した。盛田は愛知県の造り酒屋の出であった。昔何度か会った盛田を偲んで、何杯か杯を重ねた。

 彼が、1993年にソニーの本社の敷地内に神社を建立した。それは、相次ぐ社員の病気や事故が起きたため、御霊を鎮めるためだったという。

 向こう200年にわたり、この神殿の造営地として使用するため、大国主大神に捧げる「買地券」として、金小判30枚、銀小判51枚が埋蔵されたと、地鎮祭で盛田の介添え役を務めた常陸国出雲大社の高橋正宣宮司(71)が話している。

 それに盛田直筆の「大願意」という文章も収められたそうだ。

 この神社の祭祀を25年間にわたって任されてきたのだという。

 だが、その神社が昨年4月に、ソニーの手によって解体され、更地にされてしまったというのである。

 現在、高橋と常陸国出雲大社は、「債務不履行、宗教的人格権の侵害」を主張して、裁判を起こしているそうだ。

 ソニー側は、神殿は取り壊したのではなく、港区港南の新本社に移設したのだといっている。

 どちらにしても、鎮護した怨霊が解き放たれぬよう、穏便に収めたほうがいいと思うが。

 フライデーと文春が、京都市内で飲食店を経営している岸井謙典容疑者(24)と男子大学生らの計4名が、職業安定法違反の容疑で逮捕されたことを報じている。

 岸井らはナンパした女子大生を自分の店に連れ込み、高額な支払いを要求して数百万の負債を抱えさせ、返済するために風俗店へ沈めるという悪質なやり方で、年間7,000万円以上の紹介料を受け取っていたというのである。

 フライデーで20代の女子大生はこう語っている。

「私があのバーに通うようになったのは、河原町(京都市下京区)でスカウトマンにナンパされたことがキッカケでした。声をかけてきた人も京都市内の大学生で、めっちゃイケメンで……。『もっと話がしたいから、祇園にあるオレのバイト先のバーに来ない?』って誘われました。最初は料金も2時間5000円ぐらいで、安いなと思ったんです。でも、通っているうちにだんだん感覚が麻痺してきて。声をかけてきたスカウトマンに夢中になるあまり、300万円以上をバーにツケている状態になりました。最終的には『稼ぎのいい仕事を紹介するから』と風俗を斡旋されて……気付いたときには遅かったんです」

 文春によると、同志社大、京都産業大などの私大に通うイケメン約20人が所属していて、彼らには「色恋管理」というマニュアルが与えられ、それを覚え込んで女子大生を騙すそうだ。

 1年間で260人以上を風俗へ送り込んでいたというからすごい。「ヤレる女子大生」など、SPA! なんぞ読まずとも一目で分かるのだろう。

 さて、フランス司法当局から、東京五輪招致の贈賄疑惑をかけられている竹田恒和JOC会長の評判がすこぶる悪い。

 前会長が急逝したため、50代の若さで会長になったが、それだけ長きに渡って要職に就いているにもかかわらず、招致委員会が13年に計2億3,000万円を実体のないシンガポールのコンサルタント会社に振り込んでいたのを、「いかなる意思決定プロセスにも関与していない」と会見でいい放ったのだ。

 この御仁、明治天皇のひ孫にあたり、2度の五輪に馬術日本代表として出場している。

 だが文春に、新婚旅行から帰国後に自動車で22歳の女性を撥ねて死亡させるという事故を起こしていること、多額の負債、離婚、怪しい人脈などを暴かれている。

 その上、外務省出身でフランス留学のある緒方林太郎衆院議員に、「フランス政界には今回の竹田氏のように司法当局が予審手続きに入った場合、大臣は即辞任するという“不文律”があります。(中略)つまりフランス人から見れば、竹田会長は“アウト”なのです」といわれてしまっている。

 安倍首相も、今年6月に任期切れになるので、五輪前だが竹田切りを考えているそうだ。

 だが、起訴されると、会長をクビというだけでは済まないはずだ。汚れた東京五輪には参加しないという国が多く出るのではないか。

 ところで「人生は冗談だ」といったのはアルベール・カミユだが、新潮の「不倫がばれた平成最後の福男」という記事を読むと、しみじみそう思う。

 兵庫県の西宮神社では毎年1月10日、午前6時に表の大門が開く。最も早く本殿にたどり着こうと大勢の人が走り出す光景は、ワイドショーでもお馴染みだ。

 一番に着いた人は「一番福」に認定され、その一年の福をその身に集める「福男」になる。

 今年も5000人が参加したそうだ。福男は広島県在住の22歳。中高時代は陸上部で全国レベルの成績を上げていたそうで、現在は広島市内で消防士を務め、昨年11月に長男が生まれたばかり。

 平成最後の福男としてワイドショーにインタビューされ、「皆さんが一年間笑顔で過ごせるような福を授けたいです」と満面の笑みで答えていたという。

 だが、テレビでこれを見ていた24歳の女性が、ツイッターで「彼女おらん一人暮らしのはずがずっと騙されていた」と呟き、この男とのやりとりを示すラインの履歴までアップしたというのである。

 この福男と彼女が出会ったのは昨年11月末。友だち2人と、広島市内の「相席屋」を訪れて2人の男と知り合ったという。

 そのひとりの福男と意気投合して2次会のカラオケへと流れた。この男、24歳で東京に住み、職業は「特殊部隊に務めている」と自己紹介したそうだ。

 一気飲みしているうちに2人になり、市内のネットカフェに泊まることに。彼女は酔いで意識不明になり寝入ったが、朝起きると下半身裸で寝ていたという。

 警察に行こうと思っていると福男が、付き合おうといってきた。タイプだったし、結婚に焦っていたが、「距離が遠い」というと、4月には転勤で広島に戻るという。

 以来、「長距離恋愛」が始まった。だが、福男になったために、すべてがバレてしまったのである。

 怒りの収まらない女性が、新潮に話を持ち込んだのだろう。福男が一転、大凶男になってしまったのだ。

 新潮によると、歴代の「福男たち」は、意外にその後がよくないそうだ。「インフルエンザに2回かかった」「バイクを盗まれた」「彼女にふられた」「受験に失敗」「当て逃げされた」などなど。

 だが西宮神社の千鳥祐兼禰宜のいうように、「小難は起こったが、大難を避けられた」と考えるべきなのかもしれない。件の福男も、奥さんから怒鳴られ、周囲からはバカな奴だといわれるぐらいで済んだのをよしとしなくては。

 先週前半は、小室圭の出した一文の話題ばかりであった。これに対してさまざまな批判や感想がワイドショーだけではなく、新聞でも取り上げられた。

 週刊誌もそうだが、大方は難じる声が多かった。

 私も、つくづく小室圭と佳代さん母子は「世間知」がないと思わざるを得ない。

 私は、眞子&圭を応援している数少ないメディア人の一人だと自任している。だが、小室圭が1月22日に出した文書には、頭を抱えてしまった。

 内容以前に、なぜ、やったカネを返せといい募っている母親の元婚約者と、第三者を通じてでも事前に話し合い、ある程度の妥協点を見出してから公表しなかったのか。

 もちろん、接触すれば週刊誌などにベラベラしゃべってしまうだろう。そのリスクを考えに入れても、「金銭問題はすべて解決済み」と切って捨てるより、はるかによかったと思う。

 これまでは元婚約者の一方的ないい分だけが週刊誌に載っているだけだったが、母親が婚約中に金銭的な支援を受けていたことをはっきり認め、元婚約者側が、生活費まで佳代が要求してくることに嫌気がさして婚約を解消したこと、彼のほうからカネを返してくれという要求があったことなど、話の大筋を認めてしまったのである。

「母が婚約期間中に受けた支援については清算させていただきたいとお伝えしたところ、元婚約者の方から『返してもらうつもりはなかった』という明確なご説明がありました」といったところで、相手はそんなことはいっていない、カネを返せといっているのだから、どこまでいっても藪の中で、何ら解決にはならない。

 秋篠宮がいっている「国民の理解を得る説明」どころではなく、不信感を増幅することになってしまった。

 案の定、朝日新聞(1月22付)までが、「小室家に金銭的支援をしたとされる男性は朝日新聞の取材に『トラブルは解決していない』と反論した」と報じた。

 なぜこの期に及んでも圭の母・佳代さんは自分で件の男に会い、話し合いをしようとしないのか。圭のUCLAへの入学金や留学費用も含まれているとしても、これは母親と元婚約者との問題である。子どもを矢面に立たせるのは無責任だという誹りは免れまい。

 文春は、元婚約者との和解は遠のいたと書いている。さらに宮内庁関係者が「今回の文書発表の件は、秋篠宮さまには知らされていませんでした」と話し、秋篠宮の真意は“贈与だったといい続けているだけではだめだ”ということだったのに、「今回も同内容のコメントをしたことに、秋篠宮さまはむしろ憤っているはずです」といわせている。

 また、小室圭が文書を出すとスクープしたのは共同通信だったが、そこに「関係者によると、眞子さまと小室さんの結婚の意志は固い。眞子さまも文書の公表を把握している」という記述があったことが、問題視されているというのである。

 宮内庁関係者によると、ここには小室家側の狙いが込められていたに違いないが、「これこそが皇室に携わるものがもっとも遠ざけるべき『皇室利用』に他なりません」と批判するのだ。

 さらに、この関係者は、眞子さんは圭と頻繁にスカイプなどで話しているうちに、「眞子さまは小室さんにまるで“洗脳”されている状態にあると言えます」とまでいい出すのだ。

 新潮になるとさらにエスカレートする。こちらは「さる宮内庁関係者」が仰天情報を打ち明けたというのである。

「実は、殿下の会見以降、佳代さんが宮内庁に直接連絡をしてきて『両陛下にお会いして、お話しさせて頂けませんか』などといった要請をしているのです」

 いくら世間知のない女性だといっても、このような「蛮行」(新潮)をするはずはないと思うが、今回の中途半端な文書が、週刊誌の小室母子への不信感に油を注いだ格好になったのは間違いない。

 私は、今回の文書を公表することを、眞子さんが知らなかったとは考えにくいと思っている。何らかの合意のもとに文案を練り、同意したものだとは思う。だが残念ながら社会人としての経験も、世間という魔物にも疎い2人だから、発表後の批判の嵐は予想外だったのではないか。

 2人が世間の風の冷たさに負けて「平成枯れすすき」にならないためには、眞子さんが皇籍離脱するか、ニューヨークへ逃避行するしかないのかもしれない。

 ただし、佳代さんという義母と一緒には暮らさないということが条件だが。

 現代だけが、「それでも二人は結婚する」と書いている。根拠は、小室圭が出した文書は、眞子さんと結婚するという「意思表明」で、彼女のほうも結婚するという意思は固く、圭が帰国するであろう3年後には、その方向へ行くだろうと見ている。

 皇室典範が改正され、「女系天皇」が容認されれば、眞子の女性天皇の可能性もなしとはしないが、若い二人には、それよりも結婚することが重大事であろう。

 弁護士を立てて、金銭トラブルについて元婚約者との話し合いに入るといわれるが、どうなることであろう。

【巻末付録】

 現代から。「女優・山本美月、NHK大河『いだてん』の美人記者」「永岡怜子、神に愛された裸身、再臨-いま日本でいちばん美しいヘアヌード」。

 袋とじ「独占入手!モザイクなし!青春のブロンド女優ノーカット濡れ場シーン20」。

 ポストは「大きなおっぱい七不思議/おっぱいが大きい人は『感じにくい』のか?」「河合奈保子、20歳のメモリー-もっと逢いたい!」「小芝風花、風のように花のように-朝ドラでブレイクの新進女優が魅せた」。

 両誌ともに力の入ってないことおびただしい。引き分けだが、ポストの次号は合併号らしいから、次に期待しよう。
(文=元木昌彦)

こういうのを書かないとライターじゃない『ジョー・グールドの秘密』

 前にも触れた、柏書房のジョゼフ・ミッチェル作品の全訳。12月に『ジョー・グールドの秘密』が刊行されたので、これで完結である。

 なんと、これでこの素晴らしい作品集もおしまいか。あまりに残念なので洋書の『Up in the old hotel』を取り寄せたら、辞書みたいなのが届いた……生きている間に読もう。

 というわけで、あちこちで「ジョゼフ・ミッチェルすごいよ」と言い回っているTwitterなんかを見ると、ちらほらと言及している人はいるのだけれども、実のところ語り合える人には、まだ出会わない。

 ジョゼフ・ミッチェル作品のすごいところは、まず名文。翻訳家も腕の見せどころであるが、とにかく描写が美しい。今はもう見ることのできない過去を、とことんきれいに描いている。

 でも、そこじゃないのだ。きれいに書くだけならば、ほかにも優れた書き手はたくさんいると思う。そこで描かれていることは、丹念に訪ね歩いて聞いた話である。レコーダーもない時代に。

 これ、並大抵の努力じゃできない。

 古くからある頑固そうな店主のいる酒場であるとか、漁船の船長だとか。ちょっとばかり「取材に来ました~」と話を聞いても、そんなに話は出てこない。何度も通って、じっくりと話を聞いて、ようやく出てきそうな話ばかりである。

 で、考えるわけだ。この作品集を褒めているだけじゃダメだということを。こういう文章を書けばいいのにということだ。

 なぜ、そんなことをここで書くかといえば、最近はよく編集者にいわれるのだ。「ライターいませんかねえ」と。

 これだけネットが発達して、文章を書いている人が多いというのに、これには驚きである。

 なんでも、取材して書くことのできるライターというものが、とにかく足りないらしい。

 いや、取材といってもレコーダーを机に置いて、聞いてきたことをまとめるだけなら誰でもできる。その聞いた話を、うまく読み物へと昇華させることのできる書き手は、とにかく足りないのだと。

 ああ、そうなんだ。インパクトのあることや、面白おかしいことを書くのは誰にでもできるだろう。でも、取材して書くのは、やっぱり技能。テクニックじゃない、情熱だ。

 情熱が尽きないように、泥水でもすすって腹を膨らませて。今年も書くしかないのだね、2019年。
(文=昼間たかし)

いかなる長編も、始まりはちょっとした興味『A Writer’s Life』

 この連載、基本的に過去に読んだことのある本について書いている。読んだことのある本のうち、100人にしかわからない本についてである。ホントに100人にしかわからないかどうかなど、わかりようもないのだけれど、周囲に読んだことがある人もいないから、きっと100人もわかっていないような気もする。というわけで、好きなように書いているが、一人でも興味を持って本を読む人がいれば幸いである。

 さて、今回紹介するのは、まだ読んでいる途中の本。ゲイ・タリーズの『A Writer’s Life』である。

 なんで読み終わってないかって? この本は難しいのだ。なんたって、英語で書いてあるのだから。この本、常盤新平が亡くなる前に、扶桑社から出てた文芸誌「en-taxi」のコラムで言及しているんだけど、いっこうに日本語訳が出ない。きっと、永遠に日本語訳なんて出るはずもないから、原書を取り寄せるしかない。

 昨年の秋頃から、どうしようもなく最悪な筆者の英語力で必死に読んでいる。文学的な英文って、なんでこんなに関係代名詞や何やらで長いのか。おまけに辞書に載っていない単語もあるので、読めているのか読めていないのか。それでも、なんとかエッセンスを吸収しようと読んでいる。

 本書で綴られるのは、これまでのタリーズの物書きとしての生活。タイトルは翻訳すると「作家の人生」か。いや、これまでのタリーズの作品を読むと「Writer」の部分が単純に「作家」とも言い難い。

 ともあれ、語られるのは人生でもあり、何げない日常の生活でもある。なぜかって、話があちこちに飛ぶのである。

 最初、てっきり一代記かと思って読み始めた。冒頭で、ウチのオヤジはイタリア移民の仕立て屋で~という話から始まったからである。そこから、いきなり自分が取材したスポーツ選手へと話が飛ぶ。

 かと思えば、ニューヨーク・ヤンキースの試合をテレビで見ていた話が始まる。そのまま、野球の話が進むのかと思えば、チャンネルを変えて1999年のサッカー女子ワールドカップの話へ。それも、準優勝した中国チームの選手の話へと。

 ともかく固有名詞にも戸惑う。サッカーの話をしていたのに「bikini for Sports Illustrated」とか書いてあったので、なんだかわからなくなって、Googleに聞く。『スポーツ・イラストレイテッド』というスポーツ雑誌があって、毎年、水着特集号があるのだと知る。とにかく、さらっと有名人の名前が出てきたりするのだが、その人を知らないので、ひとまず調べる……。そんなことをしていれば、読んでいてもなかなか先に進まない。

 いや、そうやって亀の歩みで読み進めながらも気づくのは、ちょっとしたきっかけで取材に入るというタリーズの手法。もう「なんとな~く、興味を持ったので会いに行ってみました」というリラックススタイル。

 そうやって、会ってみて作品になるものも、ならないものもある。でも、会って話を聞いていれば、いつかは作品になるかもしれない。

 やっぱり、人に会って書くということをやめてはいけないと考える2019年の始まりなのである。
(文=昼間たかし) 

コンビニ成人誌販売中止! アダルト系出版各社に聞いた“今後の対応策”は?

 いずれは、そうなるだろうと思っていたら、いよいよその時が来てしまった。セブン-イレブン・ローソン・ファミリーマートのコンビニ大手3社が軒並み「成人向け雑誌」の販売を取りやめることを決めたのである。

 東京オリンピック・パラリンピックを控え、外国人旅行者からのイメージ低下を避けることを理由として挙げているが、これはあくまでお題目。どのタイミングで切り捨てようかと、機会を考えていたコンビニ各社にとって、東京オリンピック・パラリンピックは願ってもない好機となったわけである。

 かつては、コンビニにとって雑誌コーナーはなくてはならない存在だった。雑誌を買いに立ち寄る客が、ついでにおにぎりやジュースも買っていくというビジネスモデルが出来上がっていたからだ。

 でも、今や雑誌を読む人は減少の一途。ATMの使用など、入店動機が雑誌以外に移ってしまえば、卸値の高い商品である雑誌はコンビニにとっては無用の長物。雑誌コーナーを丸ごと撤去しても、コンビニの売り上げは3~5%減少する程度。むしろ「成人向け雑誌」に限らず、雑誌コーナーそのものを撤去して、冷凍食品ケース(リーチイン)やイートインコーナーを設けたほうが、コンビニとしてはおいしいのである。

 つまり今後、雑誌コーナーを大幅に縮小していく第一歩として「成人向け雑誌」の取り扱い中止を決めたというのが、正しい見方といえるだろう。実際、すでに一部のコンビニでは実験的に雑誌コーナーのほとんどない店舗もある。コンビニが飽和状態といわれる中で、レイアウトの改装と雑誌コーナーの縮小は、これから本格化していくものと思われる。

 さて、このコンビニ各社の決定にSNSを見ると、さまざまな意見が飛び交っている。女性や子どもに対する悪影響があったとして、取り扱い中止を支持する声。はたまた「成人向け雑誌」という呼称が曖昧だと非難するもの。

 確かに「成人向け雑誌」という呼称は曖昧。要はコンビニにおける小口シール止めの自主規制をしている雑誌のこと、より難しい言葉を使えば「類似図書類」を指していると思われる。それを「成人向け雑誌」と記載しているのが問題だという人もいる。

 でもそんなのは、単なる知識のひけらかし。実際のところ、コンビニに置かれているエロ本が、どういう位置づけにあるのか知りたいとすら思う人などいないのが現実ということだ。書こうと思えば、このシール代は1冊当たり20数円だとかいくらでも書けるのだけど、そんな話は誰も求めていないというのが実情である。

 さて、販売場所が減ってしまうという事態なわけだが、意外に出版社のほうは冷静そのもの。アダルト系出版社の業界団体である出版倫理懇話会の会長であるジーウォークの長嶋博文氏に尋ねたところ「いずれこうなるとは思っていたけど、来る時がきたか」と、まったく驚いている様子もなかった。

 長嶋氏の話から見えてきたのは、すでに多くの出版社は、こうなることを予測して対策を準備していたのではないかということ。「オリンピックの1年前に合わせて、8月から取り扱いをやめるのは性急」とはいうものの、コンビニの対応を非難するような言葉は一切出なかった。

 そんな各社の対策というのは、まずネットへの移行。ジーウォークの例を挙げると、すでに中心は電子書籍。それと、電子で配信した作品の紙での単行本化に絞られている。実にアダルト系の電子書籍での売り上げは目覚ましいものがある。過日、筆者がコアマガジンの編集者に聞いたところによれば、すでに電子書籍と紙の売り上げでは電子書籍のほうが紙を凌駕している現状。

 結局のところ、放っておいても紙のエロ本は近い将来に消滅する運命のもの。オリンピックがなくても、コンビニは扱いをやめるだろうとの予測で各社は動いていたというわけである。

 これは、コンビニに置かれているエロ本を見てみるとわかるが、すでに出版社も限られている。グラビア系の雑誌は、読者の年齢層も限られており、いずれは消えるもの。エロマンガ系は電子書籍への移行が加速するというのが、これから起こることだろう。

 そこで何度か取材している定額エロマンガ読み放題サービス「Komiflo」にも参加しているワニマガジンの編集者に尋ねてみたところ、こんな話を。

「特に、編集部でも何も話題になっていなくて。何か変わるんでしょうか? 逆に知っていたら教えてくださいよ」

 誰もが利用する、すなわち軸となるメディアの多くは、時代によって変わるもの。かつてのように、雑誌が主体となって娯楽や情報が流通するのも、二度と訪れないほんの一時代のことに過ぎなかったのか。

 ところで……SNSは騒がしいが、その中のほとんどが普段からコンビニでエロ本を買っているように見えないのはなぜだろう。
(文=昼間たかし)

専門誌も売れない時代……平成と共にどれだけの雑誌が終わるのか?

 ついに専門誌も売れない時代か。先日、デザイン雑誌『MdN』(エムディエヌコーポレーション)が紙媒体での発行を取りやめてウェブメディアに移行することを発表し、注目を集めた。

 1989年に創刊された同誌は、サブカルチャーに関する特集も数多く掲載。デザインを本業とする人だけでなく、多くの読者を得ている雑誌とされてきた。こうしたスタイルの雑誌も休刊となる状況は、まさしく雑誌というメディアがひとつの時代を終えたことを象徴しているといえる。

 いま、雑誌の中でもっとも危機的状況にあるのは一般週刊誌や週刊マンガ雑誌だ。2000年代初頭から、団塊世代が退職すれば需要はグンと減るという指摘はなされてきた。けれども、スマートフォンの加速度的な普及によって、需要は予想以上に落ち込んでいる。

「どこの媒体もウェブで無料配信するのが当たり前になってきていますが、収益としては厳しい。単行本にならなければ、利益は入ってこないからです。よその媒体もウェブで無料で見せているからうちもとやっているわけですが……正直、将来はどうなるのかわかりません」(マンガ編集者)

 読者層の広い雑誌がシェアを減らして休刊になることがあるとしても、コアな読者を対象にした専門誌は、まだ維持されるのではないか。そんな希望も今回の『MdN』の休刊で打ち砕かれようとしている。

「釣りであるとか、音楽であるとか、コアな読者がいそうな専門誌は、まだたくさんあります。でも、買っていくのは中年以上の人ですね。とりわけ音楽雑誌は、若者に人気のあるグループが登場するような雑誌以外は、どんどん年齢層があがっています」(書店員)

 もはや、どの分野も情報を入手する手段は、まずネット。そこから詳しい情報を得ようとすれば、一足飛びに書籍となる。雑誌の入る余地はもうない。

 今年は、またどれだけの雑誌が休刊するのか。
(文=大居候)

ジャニーズと「JUNON」が、ついに和解? 競合アイドル誌がこっそり歓迎する理由

 長らくジャニーズ事務所から“取材NG”とされていた主婦と生活社が発行する雑誌「週刊女性」だったが、2019年1月よりまさかの「NG解除」となり、業界内がざわついている。出版関係者はこう話す。

「『週刊女性』にHey! Say! JUMPのコンサート取材記事が掲載されていたのを見て、本当に驚きました。あれだけ関係が悪かった同雑とジャニーズ側が和解するとは思ってもいませんでした。これで気になるのが、同じ主婦と生活社が出している『JUNON』でも、ジャニーズが解禁されるかどうかです」

 そもそも主婦と生活社とジャニーズ事務所の関係が悪くなったのは、「JUNON」誌面における“ジャニーズタレントの扱い”に関する齟齬があったからだといわれている。

「ジャニーズは、タレントの“並び”や“序列”を気にする事務所。かつて、『JUNON』の誌面で、ジャニタレの扱いが他事務所のタレントよりも“格下”になっていたことが何度かあり、ジャニーズ側がブチ切れたといわれています。『ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト』を開催し、ジャニーズのライバルを多数輩出したことも気に食わなかったようです」(同)

 現在「JUNON」にはジャニタレは一切掲載されていないが、今後はどうなるのだろうか? 芸能事情に詳しいフリーライターはこう予想する。

「『Myojo』(集英社)や『WiNK UP』(ワニブックス)、『POTATO』(学研プラス)、『DUeT』(ホーム社)、『ポポロ』(麻布台出版社)といった男性アイドル誌は、誌面の9割ほどがジャニタレで、他事務所のタレントの記事は後ろのほうに申し訳程度に掲載されているだけ。ジャニーズ人気が高いということもあるのですが、編集部がジャニーズ事務所との関係性を保ちたいがための配慮の結果という状態です。でも、仮に『JUNON』がジャニタレを載せることになったとしても、他事務所との関係性が強いので、“9割ジャニーズ”ということにはならないはず。そうするとジャニーズ側にとってはあまり旨味がなく、また以前のように“並び”で気に食わないことも出てくるでしょう。そう考えると、ジャニーズ側は、『JUNON』には、あまりタレントを出したくないと思っているかもしれません」

 また、もしもジャニタレが「JUNON」に載るようになった場合、他のアイドル誌にも影響がありそうだという。

「『JUNON』がジャニーズとそれ以外のタレントを共存させる誌面作りを実現したならば、他誌も同様の方向性に変わってくると思います。ジャニーズだっていつ凋落するかわからないわけで、雑誌としてはいろんな事務所のタレントを載せて、リスクを分散させたいと思っていますからね。“いつまでもジャニーズの広報誌ではいられない”というのが、各誌の本音なのではないでしょうか」(同)

 ジャニーズ事務所としては、より多くのメディアと良好な関係を築きたいという思いから、主婦と生活社との和解に踏み切ったのかもしれないが、それをきっかけに他の出版社と距離が生まれる可能性もあるということだ。メディアに強い影響力を発揮してきたジャニーズ事務所だが、風向きはだんだんと変化してきているのだ。

出版市場はピーク時の半分以下……もはや雑誌はオワコンで新たな時代へ突入

 情報を得る手段としての雑誌は終焉を迎えようとしているのか。

 出版科学研究所の発表によれば、2018年の紙の出版販売額は約1兆2,800億円台になると見込まれているという。前年度に比べて6.4%の落ち込み。1996年に2兆6,563億円だった市場規模は、いよいよ半分以下となる見通しだ。

 この内訳をみると、書籍は約6,900億円、雑誌が約5,800億円を占めている。いずれも前年からはマイナスで、書籍は12年連続、雑誌に至っては21年連続で前年割れになる。

 中でも出版業界が危惧しているのは、雑誌の低迷だ。長らく日本の出版は雑誌を主体として流通網を築いてきた。ほぼ毎日、書店へと配本される取次経由の雑誌の流通網に、書籍も乗っかっているというものだった。ところが、雑誌の落ち込みによって、毎日、書店に本を運ぶコストも問題となり、取次が出版社に負担を求めるなど、さまざまな問題が起こっている。

 いずれにしても、紛れもなく雑誌がオワコンとなっている状況下、漫画を含めた週刊誌の落ち込みは明らかだし、気がつけば月刊誌もかなり数を減らした。読み物を主体にした月刊誌は、もう数えるほどしか存在しない。昨年、さまざまな意味で話題になった「新潮45」(新潮社)も、どの読者層をターゲットにしているのか、いったいどんな人が読んでいるのか、とらえどころのない雑誌へと迷走していた。

 もはや、そうした雑誌で得ていた情報がネットへと移行したことが明らか。ゆえに、ニュースサイトをめぐる情勢も変化してくると見られる。

「ニュースサイトは、そのネット特性から、まず単純に目を引いて、とにかく“バズる”ネタを追い求める傾向にありました。しかし、次第に読者も慣れてきています。これからは、より“読ませる”記事をつくっていかなければ、飽きられてしまうことになるでしょう」(編集者)

 かつての雑誌が持っていたクオリティをニュースサイトは持つことができるのだろうか?
(文=ピーラー・ホラ)

どうでもいい出来事ゆえに、どうでもよくない……シリーズ:ジョゼフ・ミッチェル作品集

 さて、前回の続きからで、柏書房から刊行されたジョゼフ・ミッチェルの作品集についてである。

 このミッチェルという書き手が、名文かどうかは原書を読んでいないので、筆者もわからない。筆者、読めないなりにノンフィクションなどは原書ではどう書いてあるのかと、何冊も取り寄せて読んだりしている。だいたい、どの文章も難しい。やたらと接続詞やら、関係代名詞で言葉をつなげているのは当たり前。学校の英語の授業でいわれたかもしれない「英米人の言葉は短い」というのは、大嘘である。

 その上で、この作品が優れているのは、ミッチェルの選んでいる題材である。

 とにかく、市井の人や、街の奇人変人を、ミッチェルは丹念に描写している。表題作にもなっている『マクソーリーの素敵な酒場』は、21世紀の現在も存在する老舗の酒場が舞台の作品なのだが、初代からの店主のエピソード。そして、客達の様子を克明に描いていく。

 収録作の『レディ・オルガ』で描くのは、生まれながらに長いひげを生やしていたために、人生の長い期間を見世物小屋の見世物として生きていた女性の人生。

『さよなら、シャーリー・テンプル』に収録されている『ジプシーの女たち』では、長らく警察でジプシーの取り締まりを担当した警察官を軸に、アメリカにどうやってジプシーが流れてきたのかについて、その家系の系統から、犯罪の手口までもを克明に描いている(註:あくまでのその時代の視点である、念のため)。

 どれも思うのは「これ、どうやって取材したんだろう」ということである。当然、その時代に現代のようなレコーダーなどないので、話を克明にメモしたのはわかる。それだけではない。

 どういったきっかけを得て、長時間を共にしたのだろうか。

 どのテーマも「取材させてください」と、相手に時間を割いてもらって、材料が集まるものではない。登場する人物たちと長い時間を過ごすことが必要だ。なにより、当時の視点では「そんなこと取材して、何か意味あるの?」と思えるような価値のない人や出来事を、作品になった時に価値あるものにしているのである。

 最初から、メジャーな人物に触れるのでもなく、世間の人が注目する事件を扱うのではない。ここに、ミッチェルという人物の輝きがある。

 輝きはあるというけれど、いま、これを日本語訳して、多くの人が手に取るかと思えば疑問だ。ネットで検索してもジョゼフ・ミッチェルという名前は、いまだウィキペディアも存在しない。

 ところが、SNSを見る限り、読んだ人は確実に絶賛の言葉を記しているのである。

 わかるだろうか。人は求めているのである。丹念な取材と書き手の視点を。そして、冒険でも事件でもない市井の人の物語を。
(文=昼間たかし)