7月9日、香取慎吾のYouTubeチャンネルで「香取慎吾のネットの噂を検証!」という、なんともエモい企画が公開された。
冒頭いきなり香取は「エゴサーチとかすごいするんで、見てるはずだから。ありますか、そんな?」と、自ら自身にまつわるネット上の言及をチェックしていることを、包み隠さず話した。
企画中では、ネット上にある自身に関する噂の真相を、次々と答えていくの…
7月9日、香取慎吾のYouTubeチャンネルで「香取慎吾のネットの噂を検証!」という、なんともエモい企画が公開された。
冒頭いきなり香取は「エゴサーチとかすごいするんで、見てるはずだから。ありますか、そんな?」と、自ら自身にまつわるネット上の言及をチェックしていることを、包み隠さず話した。
企画中では、ネット上にある自身に関する噂の真相を、次々と答えていくの…
ウィノナ・ライダー(46)のガチ怖演技で話題の『ストレンジャー・シングス 未知の世界』シーズン2に出演しているチャーリー・ヒートン(23)が、同作のプレミア上映会に出席するためロサンゼルス国際空港に到着した直後、麻薬探知犬にコカインのにおいを嗅ぎつけられてロンドンにとんぼ返りした。その上、3歳になる子どもがいることが発覚。出産したのは大阪出身の元交際相手アキコ・マツウラ。ビートたけしの一発芸に由来するノイズロックバンド「コマネチ」を一緒にやっていたアバンギャルドな日本人女性だという。
『ストレンジャー・シングス 未知の世界』は、1980年代のインディアナ州の平和なド田舎を舞台に、超自然現象と超能力を研究する国立研究所付近で失踪した12歳の少年ウィルを救い出すために、少年の友人や超能力を持つ少女、少年の母親ジョイスたちが超自然現象や邪悪なものと戦うSFホラーミステリードラマだ。何よりその巧みなストーリー展開に世界中が熱狂している。さらに、ほぼすっぴんで半狂乱になりながら息子を捜す母親役のウィノナの年相応の老けっぷりと鬼気迫る演技が怖いと話題になった。
チャーリーは、失踪した少年ウィルの兄ジョナサン役を演じている。写真撮影が好きで、線は細いが優しくて勇敢なジョナサンはウィルより4歳年上という設定で、シングルマザーであるジョイスにとって頼りになる存在という重要な役どころだ。
Netflixで配信開始されたばかりのシーズン2にも出演しているが、10月26日に開催されたシーズン2プレミア上映会は欠席。米大手ゴシップ芸能サイト「TMZ」によると、チャーリーはロサンゼルス国際空港の麻薬探知犬による荷物検査で、少量のコカインを所持しているのを発見され、前科がなかったため「アメリカへの入国申請を取り下げれば逮捕は免れる」こととなり、そのままロンドンにとんぼ返りしたため、上映会には出席できなかったという。情報筋の話として「再び申請書を提出すれば、アメリカに入国できる」と伝えた。
30日、チャーリーは米大手芸能誌「People」を通して謝罪声明を発表。「アメリカ移民局で問題が生じたが、是正されるよう手配を進めている」と弁解し、「逮捕されたとか、罪を告発されたとかではありません」と主張し、プレミア上映会を欠席したことを謝罪した。
英大手タブロイド紙「デイリー・メール」は、チャーリーの母と姉からこの騒動についてのコメントを入手。50歳の母親は「チャーリーは過去にもドラッグなんてやったことないわ。マスコミによるでっちあげよ。私は母親であって事務所の人間じゃないから、あまり多くを語れないけどね」と言いつつ、「その後、受けた尿検査と毛髪検査の結果は両方とも陰性だったのよ」と明かした。そして、発見されたコカインはチャーリーのものではなく「知らない間に誰かに入れられた」のだと主張。どうやって入ったのかについては不明だと言いつつ、「バーとか、パーティーとかで。誰もがこういう被害にあう可能性があるのよ。恐ろしい」と身震いした。
32歳になる姉も、「チャーリーはドラッグを運んでいたわけじゃない。検査をしてシロだってこともわかっているのだし」と強調した上で、「2週間前に行ったパーティーが怪しいと思う。パーティーでは何が起こっても不思議じゃない」「お酒を飲んでいるときは自分の持ち物なんて気にしないでしょ。お店にいた時に入れられたのかもしれないわ」と母親と同様の推測を披露している。
さらに姉は、ロサンゼルス国際空港の移民局がチャーリーを3時間も拘束して繰り返し尋問したことや、電話をすることを許可してもらえなかったこと、弁護士も頼めなかったことについて「憤りを感じる」とも言い、アメリカの移民局は、チャーリーが有名人だからターゲットにしたのだと怒りをあらわにした。
そんなコカイン騒動の真っ只中、独身のチャーリーに3歳の息子がいることが発覚したのである。
英大手タブロイド紙「ザ・サン」は現地時間29日、チャーリーの元交際相手で「コマネチ」というバンドの仲間だったアキコ・マツウラが、2014年5月にチャーリーの息子を出産していたと報じた。2人は同い年で、10代の頃に知り合い意気投合。お互いベタ惚れで、20歳の時に愛の結晶である男児が誕生したのだと伝えている。
チャーリーとアキコはすでに破局しており、息子はアキコが引き取り育てているが、チャーリーも父親としてできることはしており、友好な関係を築いているという。
アキコは、イギリスのノイズロックバンド界では知られた存在だ。アート/ノイズロックバンドの「PRE」、ノイズロックバンドの「コマネチ」、ノイズポップバンドの「ザ・ビッグ・ピンク」などを渡り歩いてきたドラマーでシンガーである。
10年に行われた英アート&エンタメ情報サイト「list.co.uk」の特集インタビューで、アキコは、「私の父と母は大阪でBBQ(焼肉)レストランをしていた」「バンドをする前は美術学生だった」と語っている。ノイズロックバンド界でカリスマ的人気を誇っている「コマネチ」について、「これは日本のジョークなの。ナディア・コマネチは14歳の時彗星のごとく現れてチャンピオンになった。思いっきりハイレグのレオタードを着て、みんなそれを見てて。説明するとつまんなく聞こえるけど、日本人にはわかるジョークなの。日本人がこのバンドの名前聞いたら、みんな『あのコマネチか!』って思うはず」と説明した。
そしてアキコは、「有名になりたい! とかいう野望はない。バンドを始めたのは楽しいから。レーベルとかアルバム制作とかは自ずと付いてくるもの。恋人関係と同じよ。すぐに『結婚したい』なんて思わないでしょ? ただ一緒に楽しみたいだけってこともある」とサラッと発言。「私たちのアルバムはやかましい。ライブも荒々しいし。アルバムは1つの次元であって、ライブっていうのは交流なのよね。観客には帰る時『WTF?(What the fuckの略。『マジかよ!』というような意味合い)』って思ってほしい」と言い放つアバンギャルドぶりも見せていた。
アキコはライブで下着姿などを披露することも多く、サイドプロジェクトとして「スパーム・ジャベリン」という、直訳すると「精液の投げやり」というすごい名前のバンドでも活躍している。08年に大阪の難波ベアーズで行われた「メリー・クリトリック・リス・ワンマンライブ」のスペシャルゲストとして来日ライブも行うなど、精力的に活動するアキコのスーパーウーマンっぷりにチャーリーも惹かれたのかもしれない。
チャーリーの恋愛事情はというと、今年に入ってから『ストレンジャー・シングス』で共演しているナタリア・ダイアーと手繋ぎデートしている姿がパパラッチされるようになり、彼女と交際しているものと見られている。ナタリアはチャーリーとの交際を認める発言はまだしておらず、当然今回のコカイン騒動、子ども発覚についても何もコメントを出していない。
コカイン騒動の直後に隠し子報道が写真付きで出たため、「コカイン騒動から目をそらせるために、チャーリー側がリークしたのでは?」という意地悪い声も上がっている。しかし、チャーリーが息子の存在をひた隠しにしていた様子はない。おそらく今回のコカイン騒動で「ほかにも何かあるんじゃないか」とマスコミが調べた結果、浮かび上がってきたのだろう。
『ストレンジャー・シングス』で彼の母親役を演じているウィノナも、08年にロサンゼルス空港発ロンドン行きの英国航空機のファーストクラスで、精神安定剤を“うっかり”過剰摂取し、10時間のフライト中2回もぶっ倒れ、空港に到着後すぐに病院に搬送されたという騒ぎを起こしている。親子役の2人が9年の時を経て、空港&薬がらみの騒動を起こしたことに、なんとも不思議な縁を感じずにはいられない。
同シリーズはすでにシーズン3の製作が決定している。チャーリーが無事アメリカに入国でき、撮影に参加できることを祈るのみである。
『わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?
第6回 根本みゆきさん(仮名・61歳)後編
30年前、地方転勤が多い1歳下のゼネコン社員と結婚した根本みゆきさんは、長年、不妊治療をしていたが、子どもが授からず、41歳のとき、生まれたばかりの男の子を引き取った。夫は最初、子育てに協力的だったが、1時間半ほど離れた町へ単身赴任になると、徐々に帰ってくる頻度が減っていき、1カ月に一度になった頃、浮気が発覚。それは息子にも知られるところとなり、夫婦の距離は開いていった。夫には、認知もしていた「隠し子」がいたのだった。
■戸籍謄本を取り寄せ、夫に離婚を突きつける
3年前に離婚に至ったときの経緯は、どうだったのだろうか?
「(相手の女からだと思われる)いたずら電話が続いていました。うんざりして、警察に相談に乗ってもらったんです。すると『くれぐれも関わってはいけませんよ。あなたには何の落ち度もないんですから』って助言されただけ。かといって、おとなしく何もしないのでは、不安や不満が抑えられない。そこで私、いよいよ確かめることにしたんです」
根本さんが夫の戸籍謄本を取り寄せると、知らない女の子の名前の下に“認知”と記されていた。生年月日も記してあり、計算すると、女の子は11歳。認知した年月日と照らし合わせると、3歳のときに認知したことになる。
「すぐに離婚することを決めました。それが3年前の春です。たまたま、数日後には、夫が1カ月ぶりに転勤先から帰ってくる予定でした。というのも、その日が私の誕生日だったからです。その日なら、面と向かって離婚を伝えられます」
数日後、根本さんの誕生日に、夫が予定通りに帰ってくる。
「謄本を突きつけて、『一体どうなってるの?』って強い調子で迫りました。『この女の子誰よ? 母親は、あんたが一緒に住んでる女でしょ』と問い詰めたんです。すると『誰だよ、それ。知らねえよ。いい加減なことを言って、ふざけるんじゃねえよ』って逆ギレされました」
根本さんはひるまなかった。
「『明日専門家を呼んで、あなたとは終わりにしますから。そのつもりでいてください』って、たんかを切ったんです」
夫は1日中、家にいたが、2人にもはや話すことはなかった。その口論が、夫婦で直接交わした最後のやりとりとなった。
夫婦の最後の話し合いのとき、当時高校生だった息子さんはどうしていたのか?
「『ママはパパと大事な話があるから、近所の人の家に行って待ってて。後で迎えに行くから』と言って、息子には家を離れてもらってました」
その後、息子さんを迎えに行き、2人で自宅に戻ると、そのまま根本さんの部屋に入って、2人きりの誕生会を開いた。根本さんのために、息子さんはバースデーケーキを買ってきていた。
「ケーキを箱から出して、ロウソクを立てて火をつけます。“ハッピーバースデー・トゥ・ユー〜”って歌ってくれてね。私がロウソクを吹き消しました。ナイフで切り分けて、それぞれの皿の上に置きました。
ここまで終えてから、息子に大事な話を切り出しました。『ありがとうね。ママうれしいよ。それでね今日、なんでパパと3人で祝わないかわかる?』って聞いたらね。息子はじっと真剣な表情で、私の顔を見ました。
『実はね、ママはパパとお別れするのよ。結婚をやめるの』
『うん……』
『パパとママ、どっちについて行きたいか、自分で選んでいいんだよ』
息子は一切動揺したりすることもなく、間髪入れずに答えました。『そんなの、決まってるよ。ママと一緒にいるよ』って。
『ああそう? でも、今までみたいに贅沢はできないよ。大丈夫?』
『うん、わかる』
ほんと、この子いい子だなと思った。確かに、血のつながった子どもではないですよ。でもね、本当にこの子ってステキに育ってくれたと思ってありがたかったし、うれしかった。これまで息子を大事に育ててきたかいがありました」
根本さんが58歳になったタイミングで行われた、彼女と息子さんだけのささやかな誕生日パーティーは、2人にとって人生の新たな出発を記念してもいたのだ。
「やっと離れられるという解放感と息子に祝ってもらった喜び、今後の生活への不安と期待と、ケーキを口にしながら、いろんな感情が頭の中に渦巻いていました。一抹の寂しさもあったのかもしれません。だって、夫とは愛し合って結婚したんですよ。『幸せにするよ。落ち着いた生活をしよう』って言ってくれたのに、こんな結末なのですから」
その後、根本さんは夫を完全に追い出しにかかった。どちらが家を出るかという話し合いもなかった。
「夫にはもうひとつの家庭があるわけだし、人としてやってはいけないことを私や息子にしてきたわけだから。夫が出て行って当然です」
根本さんは、玄関の鍵を交換し、夫の荷物をすべて車庫に置いた。鍵を換えたのは、家の権利書などといった重要書類を、勝手に持ち出されるのを防ぐためだった。
「夫は車庫に荷物を取りに来ていたようです。直接のやりとりはありません。あとは全部弁護士を通してましたから」
根本さんは、離婚届を、夫が女や娘と住む家に送った。すると捺印とサインのされた書類が、すんなり送り返されてきた。
「それを役所に持っていき、受理されました。法廷で争ったりはしていません。協議離婚です。息子はまもなく17歳になろうとするころでしたから、養育費に関しては、成人式を迎えるまでの3年余りだけ」
女に慰謝料を請求したものの、働いていなかったので、結局、夫が肩代わりすることになった。
「一括で払えないからということで、夫の年収の3分の1に相当する額を、月割りの3年分割で払ってもらいました。夫は女と15年間、2つの家庭を維持していたので、本当にお金がなかったんでしょうね」
自宅は根本さん、車は夫が引き取った。
「『俺が買ったものだから返せ』っていう主張でね。もう15万キロも乗ってた車ですから二束三文でしょ。だから『はい、どうぞ』って」
――別れた後の生活は、いかがですか?
「直後は悩みましたよ。だけど今は、すっかり落ち着いてます。別れてよかったです。女手ひとつでの生活ですから、贅沢はできないですよ。でも、小さな幸せを継続していくことはできるかな。息子も今やもう大学3年生になってて、バイトしながら頑張ってます」
――息子さんがそれだけ大きくなれば、自分から父親に会いにいけますよね?
「もう離婚しちゃってるし、私自身、夫と接触を持ちたいと思っていない。虐待したのだから、息子には会わせたくないですし。だけど、立派に育ってくれましたからね。体だけじゃなくて、精神的にも大人です。(息子が夫と)会っても構わないし、会うかどうかは彼次第です。息子の気持ちに任せます。だけど息子自身は、会いたいという気持ちは持っていないんです。それははっきりしています。『パパの子じゃない』ということです」
――生まれたときのことは伝えるつもりはありますか?
「息子が独り立ちするときや、彼女ができて結婚するタイミングで、『あなたはこうだったのよ』って言ってもいいかもしれない。だけど、今のところは、伝える気はありません。だって私たち、“実の親子”なんですから」
血のつながりだけが、愛情のバロメーターなのではない。根本さんと息子さんの絆の強さを知り、そのことを痛感させられた。今後も2人は、どんな困難があっても乗り越えていくだろう。幸せを祈るばかりだ。
『わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?
第6回 根本みゆきさん(仮名・61歳)後編
30年前、地方転勤が多い1歳下のゼネコン社員と結婚した根本みゆきさんは、長年、不妊治療をしていたが、子どもが授からず、41歳のとき、生まれたばかりの男の子を引き取った。夫は最初、子育てに協力的だったが、1時間半ほど離れた町へ単身赴任になると、徐々に帰ってくる頻度が減っていき、1カ月に一度になった頃、浮気が発覚。それは息子にも知られるところとなり、夫婦の距離は開いていった。夫には、認知もしていた「隠し子」がいたのだった。
■戸籍謄本を取り寄せ、夫に離婚を突きつける
3年前に離婚に至ったときの経緯は、どうだったのだろうか?
「(相手の女からだと思われる)いたずら電話が続いていました。うんざりして、警察に相談に乗ってもらったんです。すると『くれぐれも関わってはいけませんよ。あなたには何の落ち度もないんですから』って助言されただけ。かといって、おとなしく何もしないのでは、不安や不満が抑えられない。そこで私、いよいよ確かめることにしたんです」
根本さんが夫の戸籍謄本を取り寄せると、知らない女の子の名前の下に“認知”と記されていた。生年月日も記してあり、計算すると、女の子は11歳。認知した年月日と照らし合わせると、3歳のときに認知したことになる。
「すぐに離婚することを決めました。それが3年前の春です。たまたま、数日後には、夫が1カ月ぶりに転勤先から帰ってくる予定でした。というのも、その日が私の誕生日だったからです。その日なら、面と向かって離婚を伝えられます」
数日後、根本さんの誕生日に、夫が予定通りに帰ってくる。
「謄本を突きつけて、『一体どうなってるの?』って強い調子で迫りました。『この女の子誰よ? 母親は、あんたが一緒に住んでる女でしょ』と問い詰めたんです。すると『誰だよ、それ。知らねえよ。いい加減なことを言って、ふざけるんじゃねえよ』って逆ギレされました」
根本さんはひるまなかった。
「『明日専門家を呼んで、あなたとは終わりにしますから。そのつもりでいてください』って、たんかを切ったんです」
夫は1日中、家にいたが、2人にもはや話すことはなかった。その口論が、夫婦で直接交わした最後のやりとりとなった。
夫婦の最後の話し合いのとき、当時高校生だった息子さんはどうしていたのか?
「『ママはパパと大事な話があるから、近所の人の家に行って待ってて。後で迎えに行くから』と言って、息子には家を離れてもらってました」
その後、息子さんを迎えに行き、2人で自宅に戻ると、そのまま根本さんの部屋に入って、2人きりの誕生会を開いた。根本さんのために、息子さんはバースデーケーキを買ってきていた。
「ケーキを箱から出して、ロウソクを立てて火をつけます。“ハッピーバースデー・トゥ・ユー〜”って歌ってくれてね。私がロウソクを吹き消しました。ナイフで切り分けて、それぞれの皿の上に置きました。
ここまで終えてから、息子に大事な話を切り出しました。『ありがとうね。ママうれしいよ。それでね今日、なんでパパと3人で祝わないかわかる?』って聞いたらね。息子はじっと真剣な表情で、私の顔を見ました。
『実はね、ママはパパとお別れするのよ。結婚をやめるの』
『うん……』
『パパとママ、どっちについて行きたいか、自分で選んでいいんだよ』
息子は一切動揺したりすることもなく、間髪入れずに答えました。『そんなの、決まってるよ。ママと一緒にいるよ』って。
『ああそう? でも、今までみたいに贅沢はできないよ。大丈夫?』
『うん、わかる』
ほんと、この子いい子だなと思った。確かに、血のつながった子どもではないですよ。でもね、本当にこの子ってステキに育ってくれたと思ってありがたかったし、うれしかった。これまで息子を大事に育ててきたかいがありました」
根本さんが58歳になったタイミングで行われた、彼女と息子さんだけのささやかな誕生日パーティーは、2人にとって人生の新たな出発を記念してもいたのだ。
「やっと離れられるという解放感と息子に祝ってもらった喜び、今後の生活への不安と期待と、ケーキを口にしながら、いろんな感情が頭の中に渦巻いていました。一抹の寂しさもあったのかもしれません。だって、夫とは愛し合って結婚したんですよ。『幸せにするよ。落ち着いた生活をしよう』って言ってくれたのに、こんな結末なのですから」
その後、根本さんは夫を完全に追い出しにかかった。どちらが家を出るかという話し合いもなかった。
「夫にはもうひとつの家庭があるわけだし、人としてやってはいけないことを私や息子にしてきたわけだから。夫が出て行って当然です」
根本さんは、玄関の鍵を交換し、夫の荷物をすべて車庫に置いた。鍵を換えたのは、家の権利書などといった重要書類を、勝手に持ち出されるのを防ぐためだった。
「夫は車庫に荷物を取りに来ていたようです。直接のやりとりはありません。あとは全部弁護士を通してましたから」
根本さんは、離婚届を、夫が女や娘と住む家に送った。すると捺印とサインのされた書類が、すんなり送り返されてきた。
「それを役所に持っていき、受理されました。法廷で争ったりはしていません。協議離婚です。息子はまもなく17歳になろうとするころでしたから、養育費に関しては、成人式を迎えるまでの3年余りだけ」
女に慰謝料を請求したものの、働いていなかったので、結局、夫が肩代わりすることになった。
「一括で払えないからということで、夫の年収の3分の1に相当する額を、月割りの3年分割で払ってもらいました。夫は女と15年間、2つの家庭を維持していたので、本当にお金がなかったんでしょうね」
自宅は根本さん、車は夫が引き取った。
「『俺が買ったものだから返せ』っていう主張でね。もう15万キロも乗ってた車ですから二束三文でしょ。だから『はい、どうぞ』って」
――別れた後の生活は、いかがですか?
「直後は悩みましたよ。だけど今は、すっかり落ち着いてます。別れてよかったです。女手ひとつでの生活ですから、贅沢はできないですよ。でも、小さな幸せを継続していくことはできるかな。息子も今やもう大学3年生になってて、バイトしながら頑張ってます」
――息子さんがそれだけ大きくなれば、自分から父親に会いにいけますよね?
「もう離婚しちゃってるし、私自身、夫と接触を持ちたいと思っていない。虐待したのだから、息子には会わせたくないですし。だけど、立派に育ってくれましたからね。体だけじゃなくて、精神的にも大人です。(息子が夫と)会っても構わないし、会うかどうかは彼次第です。息子の気持ちに任せます。だけど息子自身は、会いたいという気持ちは持っていないんです。それははっきりしています。『パパの子じゃない』ということです」
――生まれたときのことは伝えるつもりはありますか?
「息子が独り立ちするときや、彼女ができて結婚するタイミングで、『あなたはこうだったのよ』って言ってもいいかもしれない。だけど、今のところは、伝える気はありません。だって私たち、“実の親子”なんですから」
血のつながりだけが、愛情のバロメーターなのではない。根本さんと息子さんの絆の強さを知り、そのことを痛感させられた。今後も2人は、どんな困難があっても乗り越えていくだろう。幸せを祈るばかりだ。
『わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?
第6回 根本みゆきさん(仮名・61歳)後編
30年前、地方転勤が多い1歳下のゼネコン社員と結婚した根本みゆきさんは、長年、不妊治療をしていたが、子どもが授からず、41歳のとき、生まれたばかりの男の子を引き取った。夫は最初、子育てに協力的だったが、1時間半ほど離れた町へ単身赴任になると、徐々に帰ってくる頻度が減っていき、1カ月に一度になった頃、浮気が発覚。それは息子にも知られるところとなり、夫婦の距離は開いていった。夫には、認知もしていた「隠し子」がいたのだった。
■戸籍謄本を取り寄せ、夫に離婚を突きつける
3年前に離婚に至ったときの経緯は、どうだったのだろうか?
「(相手の女からだと思われる)いたずら電話が続いていました。うんざりして、警察に相談に乗ってもらったんです。すると『くれぐれも関わってはいけませんよ。あなたには何の落ち度もないんですから』って助言されただけ。かといって、おとなしく何もしないのでは、不安や不満が抑えられない。そこで私、いよいよ確かめることにしたんです」
根本さんが夫の戸籍謄本を取り寄せると、知らない女の子の名前の下に“認知”と記されていた。生年月日も記してあり、計算すると、女の子は11歳。認知した年月日と照らし合わせると、3歳のときに認知したことになる。
「すぐに離婚することを決めました。それが3年前の春です。たまたま、数日後には、夫が1カ月ぶりに転勤先から帰ってくる予定でした。というのも、その日が私の誕生日だったからです。その日なら、面と向かって離婚を伝えられます」
数日後、根本さんの誕生日に、夫が予定通りに帰ってくる。
「謄本を突きつけて、『一体どうなってるの?』って強い調子で迫りました。『この女の子誰よ? 母親は、あんたが一緒に住んでる女でしょ』と問い詰めたんです。すると『誰だよ、それ。知らねえよ。いい加減なことを言って、ふざけるんじゃねえよ』って逆ギレされました」
根本さんはひるまなかった。
「『明日専門家を呼んで、あなたとは終わりにしますから。そのつもりでいてください』って、たんかを切ったんです」
夫は1日中、家にいたが、2人にもはや話すことはなかった。その口論が、夫婦で直接交わした最後のやりとりとなった。
夫婦の最後の話し合いのとき、当時高校生だった息子さんはどうしていたのか?
「『ママはパパと大事な話があるから、近所の人の家に行って待ってて。後で迎えに行くから』と言って、息子には家を離れてもらってました」
その後、息子さんを迎えに行き、2人で自宅に戻ると、そのまま根本さんの部屋に入って、2人きりの誕生会を開いた。根本さんのために、息子さんはバースデーケーキを買ってきていた。
「ケーキを箱から出して、ロウソクを立てて火をつけます。“ハッピーバースデー・トゥ・ユー〜”って歌ってくれてね。私がロウソクを吹き消しました。ナイフで切り分けて、それぞれの皿の上に置きました。
ここまで終えてから、息子に大事な話を切り出しました。『ありがとうね。ママうれしいよ。それでね今日、なんでパパと3人で祝わないかわかる?』って聞いたらね。息子はじっと真剣な表情で、私の顔を見ました。
『実はね、ママはパパとお別れするのよ。結婚をやめるの』
『うん……』
『パパとママ、どっちについて行きたいか、自分で選んでいいんだよ』
息子は一切動揺したりすることもなく、間髪入れずに答えました。『そんなの、決まってるよ。ママと一緒にいるよ』って。
『ああそう? でも、今までみたいに贅沢はできないよ。大丈夫?』
『うん、わかる』
ほんと、この子いい子だなと思った。確かに、血のつながった子どもではないですよ。でもね、本当にこの子ってステキに育ってくれたと思ってありがたかったし、うれしかった。これまで息子を大事に育ててきたかいがありました」
根本さんが58歳になったタイミングで行われた、彼女と息子さんだけのささやかな誕生日パーティーは、2人にとって人生の新たな出発を記念してもいたのだ。
「やっと離れられるという解放感と息子に祝ってもらった喜び、今後の生活への不安と期待と、ケーキを口にしながら、いろんな感情が頭の中に渦巻いていました。一抹の寂しさもあったのかもしれません。だって、夫とは愛し合って結婚したんですよ。『幸せにするよ。落ち着いた生活をしよう』って言ってくれたのに、こんな結末なのですから」
その後、根本さんは夫を完全に追い出しにかかった。どちらが家を出るかという話し合いもなかった。
「夫にはもうひとつの家庭があるわけだし、人としてやってはいけないことを私や息子にしてきたわけだから。夫が出て行って当然です」
根本さんは、玄関の鍵を交換し、夫の荷物をすべて車庫に置いた。鍵を換えたのは、家の権利書などといった重要書類を、勝手に持ち出されるのを防ぐためだった。
「夫は車庫に荷物を取りに来ていたようです。直接のやりとりはありません。あとは全部弁護士を通してましたから」
根本さんは、離婚届を、夫が女や娘と住む家に送った。すると捺印とサインのされた書類が、すんなり送り返されてきた。
「それを役所に持っていき、受理されました。法廷で争ったりはしていません。協議離婚です。息子はまもなく17歳になろうとするころでしたから、養育費に関しては、成人式を迎えるまでの3年余りだけ」
女に慰謝料を請求したものの、働いていなかったので、結局、夫が肩代わりすることになった。
「一括で払えないからということで、夫の年収の3分の1に相当する額を、月割りの3年分割で払ってもらいました。夫は女と15年間、2つの家庭を維持していたので、本当にお金がなかったんでしょうね」
自宅は根本さん、車は夫が引き取った。
「『俺が買ったものだから返せ』っていう主張でね。もう15万キロも乗ってた車ですから二束三文でしょ。だから『はい、どうぞ』って」
――別れた後の生活は、いかがですか?
「直後は悩みましたよ。だけど今は、すっかり落ち着いてます。別れてよかったです。女手ひとつでの生活ですから、贅沢はできないですよ。でも、小さな幸せを継続していくことはできるかな。息子も今やもう大学3年生になってて、バイトしながら頑張ってます」
――息子さんがそれだけ大きくなれば、自分から父親に会いにいけますよね?
「もう離婚しちゃってるし、私自身、夫と接触を持ちたいと思っていない。虐待したのだから、息子には会わせたくないですし。だけど、立派に育ってくれましたからね。体だけじゃなくて、精神的にも大人です。(息子が夫と)会っても構わないし、会うかどうかは彼次第です。息子の気持ちに任せます。だけど息子自身は、会いたいという気持ちは持っていないんです。それははっきりしています。『パパの子じゃない』ということです」
――生まれたときのことは伝えるつもりはありますか?
「息子が独り立ちするときや、彼女ができて結婚するタイミングで、『あなたはこうだったのよ』って言ってもいいかもしれない。だけど、今のところは、伝える気はありません。だって私たち、“実の親子”なんですから」
血のつながりだけが、愛情のバロメーターなのではない。根本さんと息子さんの絆の強さを知り、そのことを痛感させられた。今後も2人は、どんな困難があっても乗り越えていくだろう。幸せを祈るばかりだ。

池谷幸雄オフィシャルブログより
先月発売の「週刊女性」(主婦と生活社)に、事務所スタッフの女性との腕組みデートをキャッチされた元オリンピック体操選手・池谷幸雄に、隠し子の存在が発覚した。12月4日発売の「女性自身」(光文社)が、池谷もこの事実を認めていると報じている。女性は現在妊娠7カ月で、同誌の取材に対し、“未婚の母”として池谷の子どもを育てていくと告白した。
池谷はソウルオリンピック、バルセロナオリンピックに出場し、2大会連続で2つのメダルを獲得。体操引退後はタレントに転向し、1995年にセクシーグループ・ギリギリガールズの一員だった樹あさ子とデキちゃった結婚。女児をもうけたが、97年6月に元テレビ朝日アナウンサー・吉元潤子との不倫を写真週刊誌に撮られ、98年に離婚。2000年には、12歳年上の女性実業家と再婚したが、04年に再び離婚。以後は浮いたウワサもなく、今年7月発売の週刊誌のインタビューでは「再々婚の予定はまだない」と語っていた。
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