W不倫20年、「妻バレ」しても関係続行――急逝した彼の妻に抱く「罪悪感」

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 20年近く不倫の取材をしてきたが、このところ「長期不倫」の話を本当によく聞く。短くて8年、あとは12~15年くらいが多い。独身の場合は「子どもがほしい」「結婚したい」気持ちに折り合いをつけるのは容易でない一方、W不倫の女性にとっては、案外、長期不倫は合理的な関係ではないかと思う。そんな女たちの声を聞いていく。

(第1回:「出産リミットが見えて焦りが」長期不倫8年目、結婚と出産願望で揺れる38歳の岐路
(第2回:「40歳を迎えてラクになった」19歳から10年不倫を繰り返した女の、結婚・出産願望
(第3回:「産まないという選択肢はなかった」W不倫12年、“彼”との子どもを育てる女の決意
(第4回:不倫20年で「妻バレ」して破局……出産・結婚もあきらめた女が苦悩する「私の存在意義」
(第5回:W不倫15年、彼が脳梗塞で帰らぬ人に――「彼の最期に立ち会ったのは私」と語る女の胸中

 中部地方のある町に住むヒデコさん(50歳)が、妻子ある2歳年上の男性と知り合ったのは、まさに偶然だった。

「ぼんやり歩いていたのがいけなかったんですが、道ばたで彼とぶつかって。転んで足首を捻挫したんです。彼は病院に連れていってくれ、そこから時々会うようになりました」

 ヒデコさんは22歳で10歳年上の男性と結婚した。親戚の紹介による見合いのようなもので、ほとんど交際もないままに結婚してしまったという。

 不倫の彼であるユウトさんと知り合った30歳のときには、5歳と4歳の子どもを保育園に預けて仕事に復帰していた。

「夫とは表面上、波風は立っていませんでしたけど、それは私が夫に従っていたから。働きながら家事も育児も頑張っていました。夫は親の会社の跡取りでしたから、時間の自由もきくはずですが、時間があれば飲みに行っちゃう。それも仕事だと義父母にも夫にも言われていました。夫の浮気相手が家を訪ねてくることもありましたが、私がしっかりしてないからだと、義母に怒られました。なんでも私のせいなんだ、とつらかったですね」

 どうしてもヒデコさんが働かなければならない経済状況ではなかったが、同じ敷地内に住む義母がお金の管理を全てしていたため、ヒデコさんが自由に使えるお金はまったくなかった。

「子どもと出かければ、かわいい服のひとつも買いたくなるけど、いちいち義母におうかがいを立てなければいけない。それが耐えられなくて、義父母や夫の反対を無視する形で、無理やり仕事に復帰したんです」

 夫の横暴で強引なセックスしか知らなかった

 彼女にけがを負わせた彼、マサトさんは夫と違って女性の気持ちを尊重する人だった。

「本当に大した捻挫ではなかったのに、心配してくれて。家に来て夫にも謝るというから、それは断りました。私が自分で転んでけがしたことになっているから、と言って。それだけで夫婦の仲が伝わったようです。3週間ほどして最後の通院になったとき、わざわざ病院まで来てくれて『今度、快気祝いに食事でもしましょう』と。ただ、夜は私が出られないので、市内のちょっと有名なお店でランチをしようと誘われました。有休をとって、わくわくしながらランチに行ったのを覚えています。そのとき、私はすでに彼のことが好きだったのかもしれません」

 ランチは本当に楽しかったという。恋愛経験もほとんどないままに結婚したヒデコさんにとって、彼との時間は「宝物のよう」だったという。だから、「またランチを」と誘われたときも、断る気にはなれなかった。そして、この2回目のデートで、2人は結ばれる。

「ランチが終わったとき、彼から『もっと一緒にいたい。あなたのことをもっと知りたい』と静かに言われて。私も同じ気持ちだったんです。私が男性とホテルへ行くなんて、あまりに非現実的だったから、部屋に入ってもなんだかピンとこなかった。でも、彼、とても優しかった。夫は自分の欲望を満たすためだけの強引なセックスしかしませんでしたから、こんなに優しくしてくれるんだと感動して、涙が止まらなかった」

 夫が横暴なセックスをしていても、夫しか知らなければ「こんなものか」と受け入れてしまうのだ。セックスは男の欲望を満たすためのものではないのに……。

 その後、月に1度、あるいは2カ月に3度くらいのペースで2人は会った。

「彼に会うたび、私は夫から不当な扱いを受けているとわかるようになりました。同時に、彼のことをどんどん好きになっていった」

 それでも彼女は「逃げの恋愛」をしたわけではない。家のことは、それまで以上にきちんとやった。舅姑にも仕えた。もちろん、子どもたちは彼女にとって一番大切な存在。彼と会う約束をしていても、子どもに何かがあれば、子どもを優先させた。一方で、夫を裏切っているという感覚はなかったという。

 恋愛にのめり込んでいるようで、頭のどこかは常に冷静に日常生活を滞りなく過ごしていた。そんなバランスが崩れたのは、2年後、彼の妻に関係がバレてからだ。

「どうやってバレたのか、はっきりわからないんですが、奥さんに相手が私であることも特定されたようです。うちの夫にも言うと騒いだけど、『とにかくきみの誤解だ』と彼はシラを切り通した。それで、とにかくほとぼりが冷めるまで会わずにおこうということになりました」

 会えないことが、あんなにつらいとは思わなかったと彼女は、当時を思い出したかのように目を潤ませた。

「せめて顔を見たい。どうにか顔を見ることはできないか。当時は、私がまだ携帯を持っていなかったので、公衆電話から彼の携帯にかけていました。2人で考えた結果、それぞれ車で通勤なので、その途中のすれ違うポイントで顔を見よう、と。一車線の狭い道なので、うまくすれ違えれば顔を見ることはできるはず」

 出勤時間はユウトさんのほうが早い。だから、もともとすれ違うことはなかったのだが、ヒデコさんは出勤時間を早め、時間を合わせてすれ違うことにした。真冬だったが、ヒデコさんは窓を開けて走った。窓越しではなく、彼の顔をきちんと見たかったから。彼も同じ思いだったのだろう、開け放した車窓から顔を見つめ合った。

「毎日、そうやって顔を見るだけ。でも、私の誕生日にすれ違ったとき、たまたま道が混んでいてお互いのろのろ運転で、ぴたりと真横で止まったんです。彼が窓からプレゼントを投げ入れてくれた。それが、これです」

 彼女は首にかかるネックレスを示した。小さいがダイヤが煌めいていた。家を出ると、そのネックレスをつけるのが習慣になっていると小さく笑った。

 ずっとそうやって我慢を重ねて、顔を見るだけで満足する日々が続いた。1年後、彼女も携帯を持つようになり、連絡がとりやすくなった。

「お互いに仕事を休んで、遠くで会おうということになって。我慢してきた甲斐があった」

 早朝から家を出て車で1時間半も走った土地で、2人はようやく再会した。その日、彼女は1日中、泣いていたという。

 彼が出張の多い部署に異動になったタイミングで

 ただ、今度バレたらもう会えなくなるという恐怖感は強かったと、ヒデコさんは言う。

「だから会うのは年に2、3回。それも彼の奥さんが実家に戻ったとか、バレそうにないと判断したときだけです。でも会うと彼はずっと私を抱いていてくれた。彼に会うのを楽しみに、日常生活をきちんと過ごそうと頑張っていました」

 バレてから5年後、付き合うようになって7年が経過した頃、彼が出張の多い部署に異動になった。

「そういうことがあるんですね。目から鱗でした。彼の出張先はほとんど東京なんですが、実はその頃、東京で1人で暮らしていた私の叔母が病気で入院したんです。身寄りは私しかいない。だから、叔母の看護ということで泊まりで出かけることができました。叔母が退院してからも、身の回りの世話をしにいくと言って、2カ月に1回くらいは彼と日にちを合わせて会って。叔母は何か気づいていたかもしれない。『私はヒデちゃんがあの家に嫁に行くのは反対だった。幸せになりなさい』と言ったことがありましたね」

 彼が出張で使うホテルの部屋を使うわけにはいかない。彼女は、そこからほど近いホテルに部屋をとり、彼を迎え入れた。

「でも、彼が部屋に泊まっていないのもヘンだから、彼は早朝に一度ホテルに戻って、また私のところに来たり。なんだか楽しかったですね、あの頃は」

 バレないように気を使いながらも、定期的に彼に会える喜びは何も代えがたかったという。

 その後、義父が倒れたり義母が骨折したり、子どもが不登校になったり受験に失敗したりと、いろいろなことがあった。

「どこの家庭にもいろいろなことがありますよね。うちは結局、義父が亡くなって、今は義母だけです。最近は義母も優しくなりました。夫も昔とは比べものにならないくらい、おとなしくなって。子どもたちも、なんとか自分の道を見つけたようです。彼のほうもいろいろあったみたいだけど、それでもいつも話し合いながら、励まし合いながらやってきたような気がします」

 大きな転機があったのは、今から3年前。彼の妻が急死したのだ。心筋梗塞だった。

「さすがに彼も落ち込んでいました。亡くなってすぐ一度会ってから、3カ月くらいは会えなかった。彼の気持ちが落ち着くまで私は待っているつもりでした。もう何かあっても、急に別れるようなことはないと信じていた」

 その言葉通り、彼とはまた会えるようになった。彼は今、上の子が独立して、下の娘と2人で暮らしている。

「だからといって心置きなく会えるようになったかと言われると……。彼は3年たって、なんとか立ち直り、『これからはもう少し頻繁に会おう』と言ってくれたけど、私の方が心苦しくて。奥さんが生きている頃はバレないように会うことで、申し訳ない気持ちを軽減することができたんですが、亡くなってからはかえって罪悪感が募ってしまって。昔、見逃してくれた奥さんの気持ちを考えると、時々胸が痛くなります」 

 それでも、じゃあ彼に会わずにいられるかと言われたら、それは無理だとヒデコさんは言う。そろそろ関係も20年。なぜこれほど長く続いたのだろう。

「相性が良かったんでしょうか。私は今でも、初期の頃と同じように彼が好きです。いや、もっと愛情が深くなっているような気がする。お互いに決して暴走せずに、ゆっくりじっくり付き合ってこられたのは、本当によかったと思っています」

 不倫は長続きする傾向がある。特にお互いに家庭があると、家庭を優先する気持ちも理解しあえるし、相手に無理な要求をすることもない。頻繁に会えるわけではないので、愛情を長持ちさせる。しかも、生活を共にしてないがゆえに、欠点も見えづらい。とはいえ20年だ。生まれたばかりの子が成人するような長い期間である。これほどの間、お互いを思いながら生きてこられたこと自体が幸せではないだろうか。

「そうですね。この先、どうなるかわからないけど、きっとどちらかが死ぬまで関係は続くかもしれません。戸籍上の夫はいますが、私の人生は彼とともにあるとつくづく思います」

亀山早苗(かめやま・さなえ)
1960年東京生まれ。明治大学文学部卒。不倫、結婚、離婚、性をテーマに取材を続けるフリーライター。「All About恋愛・結婚」にて専門家として恋愛コラムを連載中。近著に『アラフォーの傷跡 女40歳の迷い道』(鹿砦社)『人はなぜ不倫をするのか』(SBクリエティブ)ほか、多数。

W不倫15年、彼が脳梗塞で帰らぬ人に――「彼の最期に立ち会ったのは私」と語る女の胸中

 20年近く不倫の取材をしてきたが、このところ「長期不倫」の話を本当によく聞く。短くて8年、あとは12~15年くらいが多い。独身の場合は「子どもがほしい」「結婚したい」気持ちに折り合いをつけるのは容易でない一方、W不倫の女性にとっては、案外、長期不倫は合理的な関係ではないかと思う。そんな女たちの声を全7回で聞いていく。

(第1回:「出産リミットが見えて焦りが」長期不倫8年目、結婚と出産願望で揺れる38歳の岐路
(第2回:「40歳を迎えてラクになった」19歳から10年不倫を繰り返した女の、結婚・出産願望
(第3回:「産まないという選択肢はなかった」W不倫12年、“彼”との子どもを育てる女の決意
(第4回:不倫20年で「妻バレ」して破局……出産・結婚もあきらめた女が苦悩する「私の存在意義」

 社内W不倫のはじまり

 結婚してから本気で人を好きになることはあり得る。そのとき、どういう選択をするかは個人の意思による。どういう選択をしても第三者がとやかく言うべきではないと思う。

 ミヤさん(49歳)が、3歳年上のリョウイチさんと知り合ったのは30歳のとき。結婚して3年目、1人目の子が1歳の誕生日を迎えてすぐのことだった。

「産後、半年ほどで前に勤めていたところとは別の職場に就職したんですが、そこで知り合いました。一目見たときから気になってたまらなかった。どうしてかわかりませんが」

 運命の出会いだったのかもしれない。だが当時、33歳のリョウイチさんにも家庭があった。

「仕事仲間として接していましたが、気持ちは彼に惹かれていました。夫との関係が悪かったわけではないんです。夫は同い年でしたから、一緒に家事をして一緒に子育てもして。同志のような関係だし、絶対的な信頼感を持っていました」

 それでも恋心は止められない。今までの自分にはない焦燥感も覚えた。

「そもそも私、そんなに恋愛体質ではないんです。結婚するまでに付き合ったのは3人くらい。それも、さほど長くは続かなかった。仕事が楽しかったせいもあります。夜勤もある仕事なので、『仕事と僕とどっちが大事?』と聞かれたことも。もちろん仕事をとりましたが(笑)。そういうことを言わなかったのは夫だけ。それなのに、リョウイチさんに対してだけは、自分が感じたことのないような胸の痛みがあった。本当に人を好きになると、実際胸が痛くなるんだと初めて知りました。このまま、彼とただの仕事仲間でいいのかと考えると、体中から冷や汗が出るような感じになるんです」

 恋の病は重症だった。そして実は、リョウイチさんの方も彼女が好きでたまらなかったのだという。もちろん、それは後からわかったことだが。

「職場の懇親会で隣同士になって飲んだり食べたりしながら、彼とよくしゃべりました。一次会の後、2人だけでこっそり二次会に行って。『こんなことを言ってはいけないとわかっているけど』と彼が告白してきたんです。うれしかった。同じ気持ちでしたから」

 気持ちを確かめ合ったものの、2人はその先に進むのを躊躇した。そしてその頃、ミヤさんは2人目を妊娠していることに気づく。

「彼に言えないまま仕事を続けて……。5カ月に入ったところで職場の調整もあるので、ようやく公にしました。そのときの彼の目が妙に寂しくて。後から聞いたら、またしばらく会えなくなるのがつらかった、と。私も同じように思っていました」

 2人目のときは育児休暇をとらなかった。早く職場復帰したかったからだという。それまで控えていた夜勤も、子どもが1歳になる頃には引き受けるようになっていた。

「夜勤でリョウイチさんと一緒に勤務することがあった。もちろん仕事ですが、やはり話す時間が格段に増えて、うれしかったですね。お互いの気持ちは変わってないとわかり、とうとう夫に夜勤だとウソをついて、彼とホテルへ行ったのが、私の33歳の誕生日だったと思います」

 3年越しで思いを遂げた2人。ついに1つになれたという感動は深かった。だが、思いがかなえば次の心配が出てくるものだ。

「やっと結ばれた。でも私たち、これからどうするの、と思いました。このまま関係を続けていってお互いの配偶者にバレたらどうなるのか。そもそも、この関係が続くのか。私たちはどこを目的に進んで行ったらいいのか……。それでも、あえてそんな言葉は口にせず、時間を作っては会いました。会うことだけ、1つになることだけが目的のように。私は彼とだと、快感が止まらない。体も心も燃えて燃えて。夫ともたまにはしましたが、こちらは癒やしのセックス。夫に悪いとは思いませんでした。彼は彼、夫は夫、心の中でまったく違う存在だと分けていたような気がします」

 週に何度も会って愛と快感を確認しあう日々が、しばらくすると少し落ち着いてきた。そこで2人は、あらためて話し合った。

「私は子どもたちが何よりも大切。2人を大人にするまでは何もできない。でも、あなたとの時間も大事。だから苦しいと泣いたんです。すると彼は、『わかった。とにかく今は家庭を優先させよう。ミヤの下の子が就職して独立したら、一緒になりたい』と言ってくれたんです。うれしかった。もちろん、それまでの間に互いの愛情がなくなれば別ですが、私たちはちょっとやそっとでは別れないと思っていた。彼も同じ気持ちだと知って、本当にうれしかった」

 5年、10年と時は流れる。子どもたちは小学校に入り、中学を卒業し、年々、大人になっていく。その頃、ミヤさんは職場を変えた。彼と毎日会えなくなった分、メールで毎日連絡を取り合うようになった。そして、気づいたら15年という時間が流れていた。

 2人が付き合って15年がたったとき、ミヤさんは彼から腕時計をプレゼントされた。

「こういうプレゼントは初めてでした。お互いに持ち物をプレゼントするのは気が引けるから、いつも誕生日前後に一緒に食事をする程度だった。でも彼は、『僕はあなたに会えて人生が豊かになった』と言ってくれた。あと7~8年たてば、私も子どもへの責任は果たしたことになる。そのときの状況にもよるけど、一緒になれるよう頑張ろうと約束しました」

 それから4年近くたった昨年春、リョウイチさんと突然、連絡が取れなくなった。毎日交わしていたメッセージも来ない。どうしたんだろう、具合が悪くて病院に運ばれたのか? 自分がメッセージを打ったら彼に迷惑がかかるだろうか? 前の職場に尋ねてみようかとも思ったが、怪しまれると思って自重した。

「あのときは生きた心地がしませんでした。2日に1回くらい、あたりさわりのないメッセージを送っていましたが、もしかしたらこの世にはいないんじゃないかとか、とにかく胸騒ぎがして」

 10日ほどたった頃、ようやく彼からメッセージが来た。自宅で倒れて病院に運ばれたのだという

「もうダメかと思ったら蘇ったよ。ミヤに会いたいから。しばらくリハビリしなくてはいけないけどミヤに会うために頑張る、と書いてありました。こんなに感情をつづったメッセージも初めてでした。奥さんに見られたらまずいけど、携帯は誰にも見せないから大丈夫とも書いてあって……」

 軽い脳梗塞だったらしい。リョウイチさんはその後、必死でリハビリに取り組んだようだ。1カ月半後に退院、そして2人は会った。

「彼がホテルを予約してくれて。『できるかどうかわからない』と言っていたけど、無事に1つになれました。私はもう泣きっぱなし。その日は夜勤だと言ってあったので、ルームサービスを取って2人で朝まで過ごしました。本当に楽しかった。彼は『今回、いろいろ考えたんだよ。オレが死んだら、学生時代からの親友がミヤに連絡してくれることになった』とつぶやいたんです。縁起でもないことを、と怒ったのですが……」

 久しぶりに彼に会って、ようやく身も心も落ち着いたミヤさんだが、それから数週間でまた彼と連絡が取れなくなった。

「イヤな予感がしました。再度、彼が倒れたんじゃないか、と。毎日が怖かった」

 そのまま1カ月という時間が流れた。

「とうとう我慢できなくなって、前の職場で一緒だった人にさりげなくメールをしてみました。するとやはり彼が倒れた、と。イヤな予感は当たっていました。しかも1カ月たってもまだ目を覚まさないというんです」

 あまり詳しく尋ねるのも疑惑を生む。適当なところでメールのやりとりを切り上げた。ただ、入院先は聞いた。元の仕事仲間なのだから、お見舞いくらい行ってもいいのではないか……。ミヤさんの思いは日に日に強くなっていく。どんな姿でもいい、彼に会いたかった。一方で、そんな彼を見るのが怖い。彼は、私にそういう姿を見られたいと思うだろうかと考えると、なかなか足が前に出ない。

 迷いに迷ったが、ある日、いつものように腕時計をつけながら、彼が呼んでいると感じた。その日、仕事が終わると彼女は彼の病院に駆けつけた。病室の前に行くと、医師や看護師が出たり入ったりと騒がしい。

「ご家族の方ですか」

 看護師に問われてふっと頷いてしまった。中に入ると、彼にはたくさんの管がつながれている。思わず枕元に立って彼の手を握った。

「延命はしない……ということでしたから」

 医師がぼそぼそと言う。ミヤさんは頷きながら、彼ならそう言うだろうと感じていた。彼の手に一瞬、力がこもった。彼女もぎゅっと握り返す。耳元で「ミヤよ」と言うと、彼の目からつっと涙がこぼれた。次の瞬間、彼の手から力が抜けた。

「思いがけず、私は彼の最期に立ち会ってしまったんです。彼の親友という方に後から聞いたら、彼の奥さんとお子さんは、その日に見舞って帰ったところだったらしい。病院から連絡があってあわてて戻ったのですが、間に合わなかった、と。私は彼の手から力が抜けた後、すっと室内から立ち去りました。病院側も家族側も、そのことについては触れず、騒ぎにはならなかったようです」

 彼女自身、そのときの自分の行動をよく覚えていないという。もしかしたら、私の魂が彼に会いに行っただけかも、と小さい声で言った。

「お葬式の案内は、彼の親友からもらったんですが、私は行かれなかった。彼の死を認めたくなかったんだと思います。その後、彼の親友という方に会って、彼の話をいろいろしました。一緒になるはずだったのに、1人で先に逝くなんて嘘つきですよね……」

 彼女の目が潤んだ。最期に立ち会えたのは、やはり彼が呼んだのかもしれない。長年の不倫では、連絡が取れなくなったままで、亡くなってしばらくたってから、ようやく知り合いから聞かされたという話もある。亡くなったことも知らせてもらえない関係なのだ。

「今でもつらいです」

 彼女はふっと時計を見た。彼からもらった時計が今も彼女の腕にはまっている。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
1960年東京生まれ。明治大学文学部卒。不倫、結婚、離婚、性をテーマに取材を続けるフリーライター。「All About恋愛・結婚」にて専門家として恋愛コラムを連載中。近著に『アラフォーの傷跡 女40歳の迷い道』(鹿砦社)『人はなぜ不倫をするのか』(SBクリエティブ)ほか、多数。

不倫20年で「妻バレ」して破局……出産・結婚もあきらめた女が苦悩する「私の存在意義」

 独身女性が既婚男性とつきあっている場合、関係が長くなるにつれ、女性は自身の結婚や出産への選択肢が狭まっていくことを実感していく。そして言葉は悪いが、彼への愛情と天秤にかけるのだ。自分の幸せを追求していくのは人間の常だから、それは当然のことだと思う。だが、実際にはそこで不倫の関係を清算し、新たな道に向かうのは至難の業でもある。

(第1回:「出産リミットが見えて焦りが」長期不倫8年目、結婚と出産願望で揺れる38歳の岐路
(第2回:「40歳を迎えてラクになった」19歳から10年不倫を繰り返した女の、結婚・出産願望
(第3回:「産まないという選択肢はなかった」W不倫12年、“彼”との子どもを育てる女の決意

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 「彼がすべて」の日々を送った

 リサコさん(45歳)は、都内でとある企業の契約社員として働いている。1年ごとに契約が見直されるので、毎年、更改時期になると戦々恐々としているとか。

「大学卒業が1996年で、バブル崩壊の煽りを受けて就職がとても厳しかったんです。今だから白状しますが、私は父のコネでなんとか有名企業に就職できました。そこで出会ったのが、不倫相手となるTだったので、今思えば、無理して有名企業に入らなくてもよかったんじゃないかと後悔がありますね」

 彼女がいる部署に、T氏が課長として異動してきたのが2年後。当時35歳だったT氏はすでに家庭をもっていたが、女性社員たちに人気があった。人当たりがよくて社交的で、男女の差別なく適性を見て仕事を割り振るので、女性たちのやる気が促進されたという。

「私も彼に引き立ててもらって、仕事が楽しくてたまらなくなりました。若手女性だけでチームを組んでプロジェクトを立ち上げたりして。そこで課長とも、ぐっと親しくなったんです。仕事の場でも飲み会などでも、家庭の匂いを漂わせることがほとんどなかったので、私は個人的にひとりの“男”として見るようになっていきました。それがよくないことだとわかったのは、すでに関係を持ってからでしたね」

 関係を迫ったのはリサコさんからだという。学生時代からつきあっていた彼にフラれ、落ち込んでいた時期があった。

「課長が『メシでも行くか』と誘ってくれて。私の様子がおかしいと思ったんでしょう、話を聞いてくれたんです。私は詳しくは話しませんでしたが、結婚を考えていた彼と別れたということは言いました。実際は、彼が私の友だちと関係をもって、彼女が妊娠、結婚することになったんですよ。当時は本当につらくてたまらなかった。課長と2人でもう1軒もう1軒とはしごして、最後は『帰りたくない』と泣いたんです。課長は朝まで付き合うと言ってくれました。私から抱きついてラブホテルに連れ込んだような形でしたね」

 恋人にフラれたのはつらかったが、実際には当時、彼女の心はT課長に移りつつあった。友だちに裏切られたのはショックだったにしても、恋人を失ったことについては、それほどの痛手はなかったかもしれないと、リサコさんはつぶやく。

「ふたりきりになれば、課長と部下といえども男と女。結局、課長も私を拒みきることはできなくて関係を持ったんです。私はそれまで恋人とは感じたことのなかった快感を覚え、課長も『実は僕もきみのことが好きだった。だけどこういう関係になってはいけないと思っていた』と白状してくれました。身も心も相性がよかったんですよね」

 離れられなくなる予感はあった。そこから、2人の関係が始まっていく。彼女はひとり暮らしを始め、彼は3日にあげずやって来た。

 当初は、寝ても覚めても彼のことしか考えられなかったと、リサコさんは振り返る。

「一時期は、会社で彼がほかの女性と話しているのを見るだけで、胸が苦しくなって。どれだけ好きになったらいいんだろう、“好き”という気持ちに限界はあるんだろうか、いろいろ考えました。だけど彼と関係を続けるためには、とにかく私が仕事を頑張らないといけない。そういう結論に達したので、仕事にのめり込みました」

 仕事で頑張れば頑張るほど、課長との距離も近くなる。そう思っていたリサコさんだが、3年後、課長が東京近郊の支社に転勤となった。

「栄転だったんです。だけど、私は心にぽっかり穴があいてしまった。課長も『同じ会社なんだから、リサコのやることは見える。がんばれ』と言ってくれたけど。次に来た課長と折り合いが悪かったこともあって、30歳になったとき転職しました。もちろん、T課長にもいろいろ相談して。会社が変わってもふたりの関係は変わらないと言ってもらえてうれしかったです」

 しかし、次の会社でも彼女は「やりがい」を取り戻すことができなかった。3年で退職、それからは契約社員として仕事をするようになった。

 それでも彼が言った通り、2人の関係は変わらなかった。

「私が揺れたのは35歳を迎えようとするときですね。契約社員でも、その頃はまだ契約更新されるかどうかわからないという状況ではなかったので、仕事は楽しくやっていました。収入もそこそこでしたし。ただ、ふと周りを見渡すと、友だちはほとんど結婚していて、子どももいる。あれ、私、社会に出てから何をしてきたんだろうと恐怖感を覚えたのを思い出します。正社員でもないし、形として見える家族も築いていない。足元がぐらぐらするような感じがありました。この先の人生が怖い。そう思ったけど、彼にはそんなことは言えなかった」

 転勤になっても、彼は足繁くリサコさんの部屋に来てくれた。外で食事をしたり、ときには映画を見に行くこともあった。当時、彼は40代後半に差し掛かっていたところ。思春期の子が2人いたが、ほとんど家庭のことは話さなかった。

「あとから聞くと、子どもが受験だったとか、今年は家族中でインフルエンザにかかったとか、そんなことをつぶやくこともありました。でも私の前ではあまり家庭で何があったという話はしなかった。特に奥さんのことは。その頃で、すでに10年付き合っていたわけですけど、奥さんがどういう人かはまったくわかりませんでしたね」

 それでもときおり、家庭の影がちらつくことはある。10年という時を経て、リサコさんは自分自身が「家庭を持てない境遇」に飛び込んでしまったことが実感されるたび、彼の奥さんが多少なりとも気になっていたという。

「私が結婚や出産を意識すれば、当然、彼の家庭も気になるわけで……。彼の奥さんは、彼が10年にも及ぶ不倫をしていることを知っているのか。知っているはずはない。知ったらどうなるんだろう。そんなことも漠然と考えていました」

 ただ、自分には「どうしても家庭を持ちたい」という意欲がなかったとリサコさんは言う。それは彼がいたせいかどうか、今となってはわからない。ただ、仕事と彼が直接、密接に関与していた20代と違って、30代で転職してからはどこか「もやもやと割り切れない感じ」を抱えていたようだ。

「この人生をどこかで変えないといけないかもしれないと思いながら、彼との関係は続いていたし、仕事もそれほど窮地に陥っていたわけではないので、なんとなく、全てがずるずると来てしまったんですよね。40歳になったとき、出産はあきらめようと決めました。決めたとたんに、いや、今からでも間に合うかもしれないと思い直して、結婚相談所に入会したり学生時代の仲良しにダンナさんの友人を紹介してもらったりしたんです。でも、ほかの男性に会うたびに、『私にはやっぱりTさんしかいない』と、かえって彼のよさばかりが見えてしまう。このまま彼といけるところまでいけばいいんだ、彼以上の男性はいないと思えたのは43歳の頃でしたね」

 半年ほど前のある日の夜、携帯電話に知らない固定電話の番号から電話がかかってきた。出てみると、「Tの妻です」という女性の声。

「思わず黙り込んでしまうと、女性は『もしもし。リサコさんでしょ』と。今、あなたの家のすぐ近くにいるんだけどと言われ、窓の下を見ると女性がこちらを見ながら立っていました。逃げも隠れもできません。仕方く出て行って、近くの喫茶店で会いました」

 心の準備ができていなかった。T氏の妻はリサコさんと同世代だろうか、落ち着いた感じのきれいな人だった。

「どうしてこんなきれいな奥さんがいるのに、私と付き合っているんだろう。まず思ったのはそのことでした」

 妻は終始、冷静だったが、それが逆にリサコさんを追いつめた。

「ヒステリックに騒ぎ立ててくれれば対処のしようがあるんだけど、冷静に理詰めでくるんですよ。いつから付き合っているのか、最初から既婚だと知っていたのか、いけないことだと思わなかったのか……。全てを知っていて、確認をとるような口調でしたね。これはウソをついても意味がないと思ったんですが、いつから付き合っているかという質問に対しては、さすがに1年くらいと言いました。彼女はにやりと口の端を上げるように笑って、『へえ、そうですか……』って。怖かった。『私が知ってしまったからには、あなたに対して精神的な損害賠償を請求します』と言われました。あとで弁護士から話がいきますって。私はほとんど何も言えなかったんですが、奥さんに何か言いたいことはありますかと言われて、『すみません』とひと言だけ。奥さんは立ち上がって、『すみませんと思っているなら、最初からやらないほうがよかったですね』って。冷たい言い方でした。当然ですけど」

 妻が出て行った喫茶店で、彼女はしばらく呆然と座り込んでいた。ようやく立ち上がって店を出ようとしたとき、支払いが済んでいることを店員から伝えられた。自分の夫と関係をもった女の分まで支払う妻の心理を考えて、彼女はいても立ってもいらなくなったという。

「家までとぼとぼ歩いて帰る途中、彼から連絡が来ました。彼はまったく知らなかったんでしょうね。『今日は何かあった?』なんて、いつものメッセージ。なんていうのかなあ、悔しいとか悲しいとか、そういう感情ではなく、今まで感じたことのない『消えてなくなりたい気分』が押し寄せてきました。彼に言うのをやめようかとも思ったんですが、ノーテンキにしている彼にも腹が立ってきて、一部始終を伝えたんです。彼はそれから帰宅するはずだったのに飛んで来てくれました」

 彼の愛はまだ失ってはいない。そこで彼が帰宅するのか自分のほうに来てくれるのかは、リサコさんの立場では重要だ。彼の気持ちが自分にあるなら、貯金など失ってもいいと彼女は思った。

「ところが逆に考えれば、奥さんにとって、それがいちばん腹が立つことですよね。どうやら携帯にGPSがつけられていたようで、彼がその日、私のところに泊まったのがバレたんです」

 翌日夜、彼から公衆電話で電話がかかってきた。妻に携帯を壊された、と。明日、新たに買うから前の携帯には連絡しないようにということだった。

「それから不穏な状態が続いていたんですが、ついに彼の奥さんが自殺を図ってしまったんです。手首をちょっと切っただけらしいので、私は狂言自殺だと思ったけど、彼は自分が妻をそこまで追い込んだと取り乱して。1カ月ほどたったとき、彼が私の前で土下座しました。『もう無理だ』って。奥さんのご両親にも自分の親にも責められたようで、すっかりやつれた彼を見たらもう何も言えなかった。私としてはせめて、それでもほとぼりが冷めたら会えるようにするからという言葉がほしかったけど、彼はもう『オレが死んだと思ってほしい。今もリサコを好きだけど、オレはもう誰も愛さない』と泣いていました。今思えば、彼の一世一代の芝居だったかもしれませんけど、それに私も乗るしかなかったんですよね」

 急に1人になった。仕事の方も会社の業績悪化が原因で、契約社員が切られるというウワサも流れた。ここ数年、毎年誰かが切られているのだ。それが自分であってもおかしくないとリサコさんは感じた。

「さらにTさんの奥さんの弁護士からは100万円で示談にという話も来ました。今、100万円は厳しい。困り果てて、別れたTさんに相談しました。結局、彼が私に100万円くれて、それを払うことに。私も精神的な損害賠償を請求したいくらいですけど、もちろんそれは成立しない。夫の浮気を知ってしまった妻も、20年にわたる関係をぶったぎられた私も、精神的な傷という意味では変わりないような気がするんですけどね」

 正妻であれば訴えることができて、いわゆる愛人関係には何の保証もない。もちろん悪いのは自分だが、「恋愛は1人では成立しない」とリサコさんは言う。それも、またもっともな話である。

 40代半ばになって、リサコさんは不惑どころか戸惑いの連続だ。

「足元がぐらぐらどころか、もはや自分の存在意義さえ見いだせません」

 生きてさえいればいいことがあるよ、と軽々しくは言えない雰囲気が彼女にはあった。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
1960年東京生まれ。明治大学文学部卒。不倫、結婚、離婚、性をテーマに取材を続けるフリーライター。「All About恋愛・結婚」にて専門家として恋愛コラムを連載中。近著に『アラフォーの傷跡 女40歳の迷い道』(鹿砦社)『人はなぜ不倫をするのか』(SBクリエティブ)ほか、多数。

「産まないという選択肢はなかった」W不倫12年、“彼”との子どもを育てる女の決意

 20年近く不倫の取材をしてきたが、このところ「長期不倫」の話を本当によく聞く。短くて8年、あとは12~15年くらいが多い。W不倫の女性にとっては、案外、合理的な関係ではないかと思う半面、独身の場合は「子どもがほしい」「結婚したい」気持ちにどうやって折り合いをつけているのかが気になる。長期不倫の女たちの声を全7回で聞いていく。

(第1回:「出産リミットが見えて焦りが」長期不倫8年目、結婚と出産願望で揺れる38歳の岐路
(第2回:「40歳を迎えてラクになった」19歳から10年不倫を繰り返した女の、結婚・出産願望

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 既婚女性の中には不倫相手の子を産んでしまう女性が少なからずいると、産婦人科医から聞いたことがある。リカさん(46歳)もその1人だ。

 29歳のとき、社内恋愛で同い年の男性と結婚。すぐ一男に恵まれた。仕事を続けながら、32歳で女の子を出産。

「大変だったけど夫と協力しながら育ててきました。部署は違うけど夫と同じ会社だったからお互いにスケジュール管理しやすかったですね」

 ときには両方の両親やきょうだいまで動員しての子育てだった。みんなで賑やかに育てたいというのがリカさんの思いだったから、夫や自分の友だちもよく家にやってきて、知らない間に子どもたちと仲良くなっていることもあったという。

「下の子が2歳のときですね、彼と知り合ったのは」

 その“彼”、ダイキさんは夫の学生時代の後輩で、就職してからいろいろな地域に転勤、当時、本社に戻ってきていた。

「『先輩、お久しぶりです』ってやって来たダイキを見たとき、知らない人なのになんだか懐かしいような気持ちになったんですよね。ダイキは私たちの結婚式のときも仕事で来られなかったんですが、夫が学生時代にかわいがっていた後輩だということは聞いていました。それにしても、あの懐かしい気持ちはなんだったのか……」

 あとから聞けば、ダイキさんも似たような気分になっていたのだという。

 何度も顔を合わせるうちに

 それからダイキさんは、たびたびリカさん宅を訪れるようになった。当時、リカさんが34歳、ダイキさんは30歳で独身だった。

「しばらくして、ダイキが結婚することになって。これからは家族ぐるみで付き合えるねって話していたんですが、結婚直前、ダイキに呼び出されたんです。折り入って相談がある、先輩には内緒にしてほしいって。ただごとではない感じがしたので、ダイキに会いに行きました」

 指定されたのはシティホテルの部屋。誰にも聞かれたくないからという理由だった。

「部屋に入ったら、いきなりダイキが抱きついてきたんです。それでも私は姉のような感覚で、『どうしたの、何があったの』と彼の髪を撫でていました。そこで彼が言ったのは、ずっと私のことが好きだった、と。このままでは結婚できない、一度だけ思いを遂げさせてほしい、このことは墓場まで持っていくからって、号泣するんです。普段だったら、何言ってるのよってかわすところですが、あのときのダイキは見ていられなかった。つい、気が緩んだんですよね……」

 ダイキさんの全身全霊を込めた告白に、リカさんの心が揺れた。一度だけという約束で、2人は抱き合った。

「ダイキの情熱があまりにすごかったのと、その日はおそらく妊娠しづらいということもあったんです。でも帰り際、なんだか嫌な予感がしました」

 ダイキさんの結婚式は無事終わったが、リカさんは結局、その1回で妊娠してしまった。夫ともたまにはしていたので、確実にダイキさんの子とは言い切れなかったものの、帰り際のあの体の感覚からすれば、「おそらくダイキの子」だと思ったそうだ。

 「産まないという選択肢はなかった。ダイキの子であっても育てたい。そう思っていました。もちろんダイキに言うつもりはありませんでした」

 リカさんに迷いはなかった。授かった命を無事に世の中に出したいと心から思った。

「3人目ができたと言ったら、夫は大喜び。ますますみんなの手を煩わせるかもしれないけどって、親やきょうだいたちに連絡していました」

 産まれた瞬間、確信した

 リカさんが妊娠したという話はダイキさんにも伝わった。ダイキさんは結婚後も、時々妻を伴ってリカさん宅に来ていたが、2人の関係が怪しまれるような言動は一切とらなかった。

「ただ、私が6カ月目に入ったくらいかな。遊びに来たダイキが、キッチンで料理をしていた私を手伝おうとそばに来て、『リカさん……あの』と言ったんです。私はあえて『ダイキのところも早く子どもができるといいね』と大きな声で言いました。ダイキは私を気遣うような目で見たけど、それきり何も言えなくなって。ひょっとしたら自分の子かもしれないと思っていたのかもしれませんね」
 月満ち足りて、リカさんは出産。産まれてすぐ子どもの顔を見た瞬間、ダイキさんの子だと確信したという。

「女の子だったんですが、目鼻立ちがダイキに生き写しで。でも、周りはみんな『おとうさんにそっくり』って。夫もデレデレになっていました。そのとき初めて、私がしたことは正しかったのか、と疑問を抱きましたね」

 ただ、不思議と夫への罪悪感はあまりなかった。

「夫個人への罪悪感ではなく、なんというのか、お天道様に申し訳ないというか」

 そんな古臭い言い方をリカさんはした。もっと大きな「何か」、もし神がいるのなら「神様、ごめんなさい」というような感覚らしい。しかしリカさんの倫理観でいえば、あのとき堕胎していたら、罪の意識はもっと大きかっただろう。

「産むと決めたのは自分ですから、こうなったら、それこそ墓場までもっていくしかない。私の子として大事に育てようと覚悟しました」

 その後、ダイキさんにも子どもが産まれた。リカさんの末っ子が3歳になったとき、彼女はまたダイキさんに呼び出された。ダイキさんが転勤になったのだ。

「このときは喫茶店で会いました。ダイキ一家とうちは親戚といってもいいくらいの付き合いで、家も近かったしダイキの奥さんもかわいい人で。もう2人きりの関係はあり得ないと思っていた。ところがダイキは、『リカさんのことが忘れられない。つらい』って。奥さんもいい人だし、日常に不満はないんだけど、私を思うと胸が締めつけられるんだ、と。そんなこと言われても困りますよね。だけどそこが私のダメなところで……」

 押しに弱いのか、その日もまた、リカさんはダイキさんとホテルへ行ってしまう。2人の関係が復活してしまったのだ。一夜限りのはずだったのに……。実はリカさん自身、ダイキさんのことが忘れられなかったことに、ようやく気づいたのだった。

 ダイキさんが転勤する直前、2人は関係を復活させた。そしてそれ以来、年に数回、会っていた。

「3年前、ダイキがまた東京に戻ってきて……。ダイキにも2人の子がいます。お互い40代でいい大人なのに、思い切れないでいる。あのとき、私が自分の気持ちを見て見ぬ振りをしていれば、ダイキとの二度目はなかった。そうすれば今もなかったはず。だけど、私自身、ダイキのことが好きだったんですよね。そこには蓋ができなかった」

 フウッと大きなため息をついて、リカさんは「他人にウソはつけても、自分の気持ちにだけはウソをつけないですね。それが、私のいけないところなんでしょうけど」と自嘲気味に言った。

 あの日から数えて、断続的ではあるが2人の関係は12年になった。リカさんの次女、ダイキさんとの子ももうじき中学生だ。

「ダイキは、うちの子をまんべんなくかわいがっていますが、次女を見る目はちょっと違うのかなあ。それは私の偏見かもしれませんが。彼とは次女のことはまったく話していません。どんなに聞いても私が決して明かさないことを、彼もわかっているんだと思う」

 月に一度の頻度で、リカさんはダイキさんとゆっくりホテルで過ごす。ラブホテルではなく、ごく普通のホテルを使い、リカさんだけ泊まっていくこともあるという。

「まれにですけどね。私、もともとホテル好きなんですよ。それを知っている夫が、『ストレスたまったら、ホテル暮らししてきていいよ』と言ってくれて。1泊ですけど、ホテルに泊まるとリフレッシュできる。そのとき、ダイキに忍び込んできてもらうという感じですね。ダブルの部屋をとるからホテルに悪いことはしていませんよ」

 食事はルームサービス、ほとんど外に出ずに2人だけの時間を楽しむ。そして次の週末、ダイキ一家がリカさん宅に遊びにくることも。

「不思議なんですよね。ダイキと2人でいると、今も恋愛感情がいっぱいなのに、ダイキが家族連れでうちに来ると、私はダイキを弟みたいに扱ってる。その切り替えが難しいと思ったことがないんです。自然に切り替えられている。2人で会うときのダイキと、うちに遊びに来るダイキは別だと、頭が認識しているのかもしれません」

 オンナは生まれついての女優である。状況に応じて自分を変え、ごく自然に振る舞うことができるのだ。

「この先? どうなるんでしょうね。よく“不倫”って、背徳感があるから余計に燃えるというでしょう? 私にはそういう感覚があまりないんです。ダイキのことが好き。だから会ってる。でも私の本分は、会社員であり子どもたちの母であり、夫にとっての妻である。それだけなんですよね。『本当はダイキと一緒になるのが運命だった』みたいなストーリーも私の中にはないし、もっとシンプルに捉えていますね。妙な“物語”を作ると、自分の中で処理しきれなくなると思っているのかもしれない。そもそも、これを“恋”と名づけていいかどうかもわからない。既婚者がそんなこと言うのはおこがましいんじゃないかという思いがあります」

 誰に対してもオープンで明るいリカさんだが、実は非常に冷静な目で自分を、周囲を、見つめているのだ。それでも「ダイキに会うことはやめられない。今は」と目力のこもった表情できっぱりと言った。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
1960年東京生まれ。明治大学文学部卒。不倫、結婚、離婚、性をテーマに取材を続けるフリーライター。「All About恋愛・結婚」にて専門家として恋愛コラムを連載中。近著に『アラフォーの傷跡 女40歳の迷い道』(鹿砦社)『人はなぜ不倫をするのか』(SBクリエティブ)ほか、多数。

「40歳を迎えてラクになった」19歳から10年不倫を繰り返した女の、結婚・出産願望

kameyama-180307 20年近く不倫の取材をしてきたが、このところ「長期不倫」の話を本当によく聞く。短くて8年、あとは12~15年くらいが多い。W不倫の女性にとっては、案外、合理的な関係ではないかと思う半面、独身の場合は「子どもがほしい」「結婚したい」気持ちにどうやって折り合いをつけているのかが気になる。長期不倫の女たちの声を全7回で聞いていく。

第1回:「出産リミットが見えて焦りが」長期不倫8年目、結婚と出産願望で揺れる38歳の岐路

 独身女性と既婚男性の不倫の場合、女性が30代になったところで破局が訪れるケースが多い。やはり「結婚」「出産」を考えると、いつまでも不倫などしていられないと思うのだろう。ただ、別れて独身男性と付き合っても、また不倫関係に戻る女性もいる。

 自分が“不倫”していることにショック

 ハルカさん(41歳・会社員)の最初の恋人は、学生時代、アルバイトをしていた会社の社員だった。

「私、美大だったのでアート系の企画制作をしている会社でよくアルバイトをしていたんですが、そこの社員の方を好きになってしまって。私が19歳のとき、彼は30歳。発想が豊かで、一緒に仕事をしているとすごく勉強になりました。彼が何も言わなかったので、私はてっきり独身だと信じ込んだんです」

 職場というよりアトリエのような事務所は、出入りのフリーランスも多く、自由な雰囲気が漂っていた。

「私は、その彼のアシスタント業務をよくやっていました。2人きりでいることも多かったから、自然と男女関係になったんですが、私が『初めて』だと知ったときに彼がちょっと驚いたんですよ。半年以上たってからかな、『実はどうしても言い出せなかったんだけど、僕は結婚しているんだ』と告げられて。ショックでした。彼と結婚したいとは思っていなかったけど、自分が“不倫”しているなんて……」

 別れた方がいいことはわかっていた。だが、半年以上慣れ親しんだ初めての男性と、すぐに別れることはできなかった。

「今になると好きだったのか執着だったのかわかりませんが、当時は本気で愛していると思っていました。悩んで苦しんで、1週間くらい泣いていたけど、やっぱり別れられないと彼に告げたのを覚えています」

 ハルカさんは覚悟を決めた。嫌いになるまで、この人と付き合っていこう、と。そこに妻への嫉妬も、そして思慮もなかった。若い彼女は初めての“オトナの恋”に突っ走ったのだ。

「この人とは結局、10年続きました。大学を卒業して就職してからも、業界は似ていたのでいろいろ相談したり応援してもらったり。途中で奥さんにバレかけたりもしたけど、彼は私と別れようとはしなかった。ただ、10年たったところで、奥さんがとうとう相手は私だと特定したんです。ひとり暮らしのアパートに怒鳴り込まれて……。そのとき彼が私の部屋にいたものだから修羅場でした」

 妻がハルカさんに殴りかかってきたとき、彼は間に割って入った。だが、顔は妻の方を向いていた。それを見たハルカさんは体中から力が抜けたという。

「結局、彼が見ているのは妻だった、という象徴のような気がして……。後から『妻が君に何をするかわからなかったから、とにかく妻を止めることしか考えていなかった』と言ってましたけど。顔は妻の方を見ていたよね、とは言えなかった。言えないということは、私はこの人を本気で欲しているわけではないんだな、とも思いました。女のところに乗り込んで殴りかかる妻の方が、ずっと本気度が高いですよね」

 もうじき30歳。そろそろ不倫から卒業しようと決意し、ハルカさんは関係を解消した。別れ際、彼が目を真っ赤に潤ませているのを見て、本当にいい恋をしたのだと彼女は深い満足を覚えたそうだ。

 その後は必死で婚活した。結婚相談所に登録すると同時に、友人知人に「結婚したいから紹介して」と宣言。30歳のうちに結婚したいという思いだけが大きくなっていく。

「あんなに好きだった彼と別れたのだから結婚しないと意味がない、と思い込みました。猪突猛進というのでしょうか、こうと思うと一気にそちらに進んでいくんですね、私って。そのときはやみくもに、とにかく結婚しなければいけない、結婚するんだと決めていました」

 結婚相談所でも週に一度の割合で男性に会った。今思うと、デートというよりは“品定め”だったと彼女は笑う。こちらが品定めをしているということは、男性にもそうされているのだ。だが当時は気づかなかった。

「年収は、結婚後の住まいは、親はどこでどうしているのか。それがいつも聞く3大要素でした。年収は高い方がいいし、すでに持ち家があればなおいい。そして、親と同居なんて論外、親が息子に執着していない方が暮らしやすい。つまりは全部、自分にとっていい条件であるかどうかだけ。愛と情を育める相手かどうかなんて、考えもしなかった。それまで10年、好きな人と大事な恋を温めてきたのに。恋愛と結婚は私にとって別物だったのかもしれません。恋人という名の人がいないまま、30歳の誕生日を迎えました。虚しかった」

 30歳のうちに結婚して33歳までに子どもを産む。彼と別れたとき、そう決めたはずだった。だが、結婚には「相手の気持ち」もあると、彼女は考えていなかったらしい。自分が結婚すると決めさえすれば、相手はきっといるはずだと信じていたのだ。

「結婚相談所の相談員さんに、『あなたは条件ばかり気にしているようだけど、相手も女性に求めるものがあるんですよ』とやんわり言われてハッとしたんです。考えてみたら、たぶん私は、一般男性が妻に求めるものを何も持っていないんじゃないか、と。料理がうまいわけでもないし、掃除片づけ大嫌い、仕事は好きだけど専業主夫希望の男性を養えるほどは稼げない。落ち込みました。自分で自分が信じられなくなった。今は笑い話ですが」

 そして、中学時代からの親友に言われた一言にさらにめげたという。親友はこう言ったのだ。「不倫しているときのハルカの方が魅力的だった。結婚結婚って、まなじりを決して騒いでいるハルカはかっこ悪い。なんだかいつも不機嫌だし余裕ないし」と。

「不倫をしているとき、その親友だけには概要を話していたんです。彼女は深く聞かないし、決して私を非難もしなかった。でも、さすがに結婚結婚って騒いでいる私は、本当にかっこ悪かったんでしょうね。『そもそも本当に結婚したいの? 彼と別れたから、結婚という成果を得ないと意味がないって思ってるんじゃないの?』とも言われた。さすが親友ですね。痛いところを突かれました」

 考えるまでもなく、彼女はわかっていた。純粋に「結婚して家庭を持ちたい」わけではないことを。彼と別れたからには、人生の落としどころが結婚しかなかったのだ。おそらく、彼に“幸せな自分”を見せつけたい気持ちもどこかにあっただろう。

 だからといって、今のような展開になるとは彼女自身、思っていなかった。31歳の終わりに、彼女はまた既婚者と恋に落ちてしまうのだ。

「しばらく恋は忘れて仕事に没頭しようと思っていたんです。それなのに、またも仕事関係で知り合った人と……。彼は4歳年上で、当時、結婚して2年、子どもが産まれたばかりでした。『子どもがかわいいんだよね』なんて言いながら私を口説いて。私は私で、最初から家庭があって、その幸せをのろけるような男に悪いヤツはいないはず、なんて思っちゃって。最初の不倫が、既婚であることを隠されていたから、今度は正直な人だわと……」

 自分が特に結婚を望んでいないとわかったから、相手が家庭のことを話しても傷つかなかった。それより、彼への愛情で心がいっぱいになっていたという。

「例の親友にはすぐ勘づかれました。『好きな人、できたでしょ? ハルカの顔が明るいもん』と言われたんです。相手が既婚だと知ったら彼女の顔は曇りましたが。それでも私は、自分が好きだと思える人と付き合っていることの方が重要だと思っていました」

 付き合って3年ほどたったとき、彼に第二子が産まれた。もちろん妻ともセックスしているだろうとわかっていながら、それは少しショックだったと彼女は言う。

 妊娠したいという気持ちとの折り合い

「そこからまた悩み始めちゃって。妻と名のつく人は無条件に妊娠して出産できるんですよね。私も彼の子がほしいと思ったけど、それは許されない。先に結婚した人にだけ子どもを産む権利がある。人生、不平等だなあと。だから彼に言ったんですよ。『私も、あなたの子を産みたい』って。そうしたら彼、ものすごく苦しそうな顔をして、体中から絞り出すように『ごめん』と頭を下げた。それだけは勘弁してほしいということなんでしょう。そのあとぎゅっと抱きしめられて……。『本気で好きだよ』って。女として好きだけど、家族ではないという意味なんだろうと、そのときは受け止めました」

 彼がゴミ箱に捨てていった使用済みのコンドームから精液をスポイトで取りだし、自分の膣に入れたこともある。妊娠したら産もうと思っていた。彼と別れて、ひとりきりで。

「そんな方法では妊娠の確率が低いことはわかっていたけど、それでもやってみる価値はあるかなと半年くらい続けていました。でもある日、そんなことをしている自分が情けなくなってきて……。周りが結婚しているから結婚したいと思い、子どもを産んでいる友達が増えれば子どもがほしいと思って。私は私の人生を生きているのか、と自分にカツを入れたくなりました」

 女性はどうしたって年齢を気にせざるを得ない。特に出産だけはリミットがあるのだから年齢に踊らされるのもやむを得ない。だが、そんな自分にハルカさんは疑問を抱いた。

「今、自分にとって大事なものは何か。そこをきちんと考えようと原点に戻ろうと思ったんです。本当に子どもがほしいのか。仕事でもっとやりたいことがあったんじゃないか。彼と一緒にいるかけがえのない時間を、もっと大事にした方がいいのではないか。いろいろ考えましたね」

 考えに考えた。それでも結論は出なかった。時だけが過ぎていく。そして彼女は40歳を迎えた。

「ふっとラクになったんですよね。すごく正直に言うと、ああ、これで子どもを産みたいと思わなくてすむ、という感じ。ヘンですよね。結局、自分がどうしてもほしかったわけではなく、女の人生一通りやってみたかっただけなんじゃないかな。自分を客観視するとそういう分析ができますね」

 渦中にいるとわからない。だがそこを通り過ぎると何かが見えてくることはある。そして今の彼とも10年が過ぎようとしている。

「10年にわたる不倫を二度もして、家族のいない独身41歳。他人から見たらバカな生き方かもしれません。10年後には私自身、深く後悔しているかもしれない。でも今は充実しています。それでいいかどうかはわからないけど、とりあえず私は今、生きている。それ以上でもそれ以下でもないような気がしています」

 彼女の最後の言葉は、誰にでもあてはまるのかもしれない。後悔するかもしれないとわかっていても、現状を選択するのが今の自分にとって最良であるなら、それは他人と比較してあれこれ考えるべきではないのではないだろうか。それにしても生きていくのは、ただそれだけで大変である。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
1960年東京生まれ。明治大学文学部卒。不倫、結婚、離婚、性をテーマに取材を続けるフリーライター。「All About恋愛・結婚」にて専門家として恋愛コラムを連載中。近著に『アラフォーの傷跡 女40歳の迷い道』(鹿砦社)『人はなぜ不倫をするのか』(SBクリエティブ)ほか、多数。

「出産リミットが見えて焦りが」長期不倫8年目、結婚と出産願望で揺れる38歳の岐路

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 20年近く不倫の取材をしてきたが、このところ「長期不倫」の話を本当によく聞く。短くて8年、あとは12~15年くらいが多い。W不倫の女性にとっては、案外、合理的な関係ではないかと思う半面、独身の場合は「子どもがほしい」「結婚したい」気持ちにどうやって折り合いをつけているのかが気になる。長期不倫の女たちの声を全7回で聞いていく。

「 私は完璧にファザコン」

 独身女性が既婚の年上男性と恋に落ちるとき、一般的に指摘されるのが「ファザコン」である。もちろん必ずしもそうとは言えないし個人差もあるが、「私は完璧にファザコン」と断言するのは、北陸地方で育ったナツコさん(38歳)だ。

「私が8歳のとき、両親が離婚したんです。私は父が大好きだった。最後に『お父さんは、どこにいてもナツコのことを見守っているからな』と抱きしめてくれたのが忘れられない。会えると聞いていたのに、実際にはそれから一度も会えなかったんです。私もある程度、大きくなっていたから、本当は母に『お父さんに会いたい』と言いたかったけど、言ってはいけないような気がして」

 どうやら約束していた養育費ももらえなかったようで、母は朝から夜中まで働きづめに働いて、ナツコさんと3歳年下の弟を育ててくれた。そんな母に、父のことは口に出せなかったという。

「私が高校に入ると、母は夜、近くでスナックを始めました。適当に男性と関係をもったりもしていたみたい。夜中に弟が高熱を出して店まで母を呼びに行くと、店が閉まっている。裏口から入ってみたら奥の小部屋から母の喘ぎ声が聞こえたことがあって……」

 ナツコさんは店のカウンターに、弟が熱を出したから早く帰ってくるようにメモを残して帰宅した。母はすぐに帰ってきて、弟を病院に連れていったという。

「悪びれた様子もなかったですね。今思えば、母も寂しかったし、つらかったんでしょう。ただ、あの頃はそんな母が許せなくて、私は早く家を出ようとそればかり考えていた」

 必死で勉強して東京の大学を受験した。奨学金も借りたが、翌年からは無償の奨学金をもらえるほど成績は優秀だった。

 大学を卒業後、ナツコさんは誰もが知る有名企業に就職した。職場で仲間もでき、ようやく独り立ちできたと実感した。

「弟も独立していましたから、実家は母だけになりました。ただ、母もお店を続けていたし、放っておいても1人で楽しく暮らしているようなので、今に至るまで、会うのは年に1回くらいかな」

 仕事を始めて6年目、2年付き合っていた同期の男性と結婚を決めた。そろそろ結婚しようという消極的な理由だった。

「なんとなくね、生きていれば結婚するものだと思っていたし、ちょうどいい時期にちょうどいい人と付き合っていたという感じでした。私、大学時代に短い付き合いがあっただけで、恋愛経験がほとんどないんですよね。だから、同僚の言うがままに付き合って、『結婚しよう』と言われたから結婚するか、と。女として自分に自信がないから、これを逃したら結婚しようと言ってくれる人は出てこないんじゃないかと思っていたし」

 ナツコさんは目鼻立ちのくっきりした美しい人だ。その彼女がそんなコンプレックスを抱えていたとは信じられない。

 ただ、婚約後、彼女は「このまま結婚していいのか」と思うようになった。それは彼の実家を訪ねたときから、じわじわと感じていたことだ。彼の両親と姉夫婦が集まった実家で、彼女は居場所がない思いにかられたのだ。

「家族とか家庭とか、私にはよくわからないんです。父親と母親が笑いながら話している感じ、姉とお父さんが冗談を言い合う光景などが私には衝撃的すぎて……。私には“家庭”なんて作れないんじゃないかと怖くなり、彼に結婚をやめようと言ったんです」

 彼は彼女の両親が離婚したことを、もちろん知っている。「オレたちはオレたちの家庭を作ればいいんだよ。うちの実家を参考にする必要もない」と彼女を励ました。それがまたナツコさんにはプレッシャーになった。

「ヘンな言い方ですが、私は親の離婚にもめげずに頑張っていい学校に入って、いい会社に就職した。自分でそう思っていたんですよね。だけどそこで親への恨みとか、自分の境遇への哀しさとか、そういうものが一気に噴出した。私自身、ずっと我慢して“いい子”として生きてきたことをようやく自覚したんです」

 その結果、彼女はやはり彼と結婚することはできないと感じた。もう少し、「いい子ではない本当の自分」を検証する時期が必要だった。

「結婚はまだ公にしていなかったので社内的には問題ありませんでした。でも会社にいれば、同じ部署ではないけど彼と顔を合わせることもある。会社も辞めたほうがいいのかなと考えていたんです。そんなとき声をかけてくれたのがK部長でした」

 入社したときから、K氏はときおり彼女に声をかけてくれていた。そのK氏が直属の上司になったのはちょうどこの頃。

「どうした、元気ないなと食事に誘ってくれたんです。部長と2人で食事に行くのは初めてでした。ちょっとこじゃれた小料理屋さんの小上がりで、当時、小娘だった私はそんなところに行ったこともなかった。その日は、思い切って全部話しました。部長は『聞いておいてよかった。これからきみには思い切り仕事を頼むことにするよ。忙しくするのが一番だ』ってニッコリしてくれた。そうだ、仕事を頑張ろうと素直に思えました」

 そして彼女はこのとき、決定的な経験をする。焼き魚をきれいに食べられない彼女のために、部長は身だけをとってくれたのだ。

「早く食べなさいと言った部長の顔に、ふっと父親的なものを感じたんです。当時私が28歳、部長は45歳。決して父親ほど年齢が離れているわけではないけど、ああ、お父さんってこういうものか、と。父とは8歳で別れていますが、父はそれほど子どもの面倒見がよくなかったんでしょう。遊んでもらった記憶はあるけど、一緒に食事をした覚えがあまりないんです」

 魚を取ってもらったとき、ナツコさんはふと涙ぐみ、部長を驚かせた。だが部長は何も聞かなかったという。

 それからナツコさんは必死に仕事に取り組んだ。半年足らずで部署内にできたチームリーダーとなり、とある商品を企画開発、それが商品化されてかなり売れた。

「部署で飲み会をしたんですが、帰りに部長が『きみは本当に頑張ってくれた。特別に一杯奢るよ』って笑いながら声をかけてくれて。部長が1人でしか行かないというバーに連れていってくれたんです。実はその日は私の誕生日。店に着いてからそのことを言うと、部長が手を回してくれたんでしょう、途中でケーキが運ばれてきました。店の常連さんたちも一緒に祝ってくれて。うれしくて泣きました。こんな素敵な誕生日は生まれて初めてだったから」

 その日の帰りは彼がタクシーで彼女の自宅まで送ってくれた。

「部長の耳元で囁いたんです。『コーヒーでも飲みませんか』って。部長はしばらく考えていました。『お願い。今日だけでいいから』と私はまた囁きました。誕生日に1人で帰りたくなかった。私はそういう女っぽいことは思わないたちなんですが、その日だけは本当に1人でいたくなかったんです」

 彼女の住むマンション前にタクシーが止まると、部長も黙って一緒に降りた。

「本当にコーヒーを飲んでいろいろおしゃべりして……。でもそのうち私が我慢できなくなって部長にしがみついて、とうとうそういう関係になりました。生まれて初めて続きですけど、部長とひとつになったとき、『生きててよかった』と思った。言ってから、私は結構“消えたい願望”も強かったんだなってわかりました。部長は終わってからもずっと抱きしめていてくれて、それがすごくうれしくて」

 ナツコさんの目が潤んだ。父性と男性性、どちらも部長から感じ取ったのだろう。それが、彼女の部長への信頼感と愛情がずっと続いてきたゆえんではないか。

「それからは公私を使い分けるのが大変でしたけど、仕事上は容赦しないからと部長に言われていたので、それまで以上に必死に仕事をしました。彼には家庭があるから、2人きりで会えるのは月に数回かな。外で食事をしてうちに寄っていくというパターンができあがりました。それまでは会社から見て、私は彼の家とは反対側に住んでいたので、1年たったとき、彼の家の方向に引っ越しました。私のところから彼の家までは2キロくらい。タクシーでも1,000円かからない距離だから、終電がなくなっても大丈夫」

 彼はめったに泊まっていくことはなかったが、彼女が引っ越してからは目論見通り深夜までいることはよくあった。

 彼女は彼を奪い取りたい、などとは考えたこともないという。

「彼のお子さんたちが受験の時期は『子どもたちのケアをしてやりたいから、今月は会えない』と言われたこともあります。奥さんの具合が悪いなんてことも、正直に伝えてくれる。私はもともと、彼の家庭的なところ、お父さん的なところも含めて好きなので、そういうことにまったく嫉妬はないんです。むしろ話してくれてありがたいなと思っていました」

 出産リミットが見えてきて……

 一方で彼も彼女を縛りつけるつもりはないと言ったそうだ。もし好きな人ができたら、いつでも言ってほしいと。自分は絶対に邪魔はしない、と。お互いに相手の気持ちを優先し続けて8年がたった。

「あっという間の8年でした。すぐ10年たってしまうんだろうなと思うけど、最近、少しだけ『このままでいいのかな』と焦燥感みたいなものを感じているところはあります。たぶん出産リミットが見えてきたからでしょうね。学生時代の友達も、ほとんど結婚して子どもがいるから。ただ、私自身、どうしても家庭がほしいのか、子どもがほしいのかと言われるとイエスとは言いがたい。過去のことはもうどうでもいいんですが、家庭の味を知らないところにまだコンプレックスがないわけではないし、自分がいい家庭を作れるとも思えない。そこをたどると、結局、親の離婚にいきついてしまうのだけど、親には親の事情があったと今は思えるから責めるつもりもなくて……。母は相変わらず元気ですよ。田舎のスナックで、70歳になっても、まだ男となんだかんだやっているんじゃないでしょうか(笑)。それでも私を育ててくれたわけだし、今となっては元気でいればいいと笑えますけどね」 

 弟は20代半ばで早くも結婚、今は3児の父として楽しそうに暮らしているという。姉と弟、同じ境遇で育っても家庭観はまったく違う。

「私は……どうするんでしょうね。彼は私にとって理想的な人だけど、人生を一緒に歩めるわけではない。でも人生を一緒に歩むこと自体が幻想かもしれない。幸い、定年まで勤められるから仕事をしながら独身でいるのも悪くないかなと思いつつ、うーん、誰かと暮らすのもいいのかな、と。もうじき39歳、とにかく揺れています」

 揺れているとは言いながら、今は現状に満足感を得ているのだろう。曇りのない笑顔が彼女の内面を表していた。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
1960年東京生まれ。明治大学文学部卒。不倫、結婚、離婚、性をテーマに取材を続けるフリーライター。「All About恋愛・結婚」にて専門家として恋愛コラムを連載中。近著に『アラフォーの傷跡 女40歳の迷い道』(鹿砦社)『人はなぜ不倫をするのか』(SBクリエティブ)ほか、多数。

「気づいたら12年たっていた」増加する“長期不倫”の背景と事情【長期不倫ルポ】

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 20年近く、不倫と呼ばれる男女の恋愛を取材してきたが、このところ「長期不倫」が目立つようになっている。

 不倫の場合、季節が一巡りしたところ、つまり1年たつと「関係を見つめ直す」人が多い。二度目の四季を迎え、思い出を積み重ねていいのか、という思いに駆られるのだろう。「一緒に桜を見たなあ」という記憶が、「去年はあそこで、今年はここで一緒に見たなあ」と思い出に塗り変わるのだから、二度目の四季は重要だ。それが三度四度と積み重なるうち、どちらかの配偶者に露見したり、家庭の事情に変化があったり、あるいは相手に興味を失ったりと、いろいろあって別れに至ることもある。

 以前だったら、5年付き合っていたら「不倫としては長期」に入った。ところが最近は、5年はまったく珍しくない。二桁の「10年以上」不倫関係にあるという話がかなり耳に入ってくる。

 そこまで続いてしまうには、いくつかのポイントがあるように思う。1つには、携帯からスマホに変わり、2人が連絡を取りやすくなったこと。トークアプリやカップルアプリなどを使うことで、連絡の取りやすさだけではなく、「思い出」を積み重ねやすくなったのだ。

 さらに、女性たちが「恋愛と結婚は別」と公言するようになったこと。独身であれ既婚であれ、相手との結婚を望まない女性が増えた。そのため、不倫関係においてもトラブルが生じにくい。「耐えてじっと待った揚げ句、結婚できないからと死ぬの生きるのと大騒ぎする」というような話は久しく聞かない。

 そもそも若い女性たちは「不倫はコスパが悪すぎる」と言う。だからこそ、既婚男性と付き合う独身女性の中には、同世代のボーイフレンドとも並行して付き合っているケースが少なくない。そうしなければ、「対等な関係」にならないからだそうだ。

 そういう意味では、既婚同士のダブル不倫なら、最初から「対等な関係」である。女性たちは「夫とはセックスしたくないけど、恋はしていたい」と感じている。そして、リーマンショックで実質収入が減って、経済的にも精神的にも余裕がなくなった男性たちは、同世代の女性たちと「心の交流」を図りたいと願った。そんなことからダブル不倫が増えてきた。

 どちらも家庭があるのだから、互いの気持ちをわかりあえる。しかも、そう頻繁に会えるわけではないので、一緒にいる時間を最大限楽しく過ごそうとお互いが心がける。ごくまれに一緒に少し遠出をすると、それが貴重な思い出となる。いつしか8年や10年はたってしまうのだ。

「気づいたら12年がたっていました。10歳だった子どもが大学を卒業したとき、彼との年月にも思いを馳せていた。最初はこんな関係を続けて、バチが当たったらどうしようと思ったこともあったけど、『それぞれ、家庭は家庭で責任をもって頑張っていこう。でも、2人でいるときは愛情だけを育んでいきたい』と彼に言われて……。夫は生活していく上でのパートナーですが、彼は私個人の人生のパートナー。今はそう思っています」

 そう話してくれた40代後半の女性の言葉が忘れられない。

 この2年間、世間では有名人の不倫バッシングがすさまじかった。長期不倫をしている人たちの中には、そんな風潮を恐れる傾向もあった。それでも、彼女たちは自分を信じ、2人の関係を信じた。

「もちろん、いいことをしているなんて思ったことは一度もありません。いつも心のどこかで『この関係はいけない』と思い続けてきた。それでも別れられない、別れたくない。その思いの方が強かったから、10年以上、続いてしまったんでしょうね」

 50歳になる別の女性はそう話してくれた。双方の子どもたちが成人したので、今は時折2人で1泊旅行もするようになった。

「ただ、2人とも離婚する気はありません。配偶者に罪はないし、どちらも家庭がうまくいっていないわけではないので。家庭は家庭、恋愛は恋愛だと私も思っています」

 女性たちがそうやって、ある意味で「割り切る」ことができるようになったため、不倫は「一つの恋愛の形」として定着しつつあるのかもしれない。

 不倫カップルが10組いれば20通りの思いがある。長期不倫の渦中にいる女性たちも、おそらく思いはそれぞれだろう。全て一括りにはできない。来週から、長期間、不倫をしている女性たちの声を連載していきたい。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
1960年東京生まれ。明治大学文学部卒。不倫、結婚、離婚、性をテーマに取材を続けるフリーライター。「All About恋愛・結婚」にて専門家として恋愛コラムを連載中。近著に『アラフォーの傷跡 女40歳の迷い道』(鹿砦社)『人はなぜ不倫をするのか』(SBクリエティブ)ほか、多数。