『学校と先生』『シンドローム』『バンブルビー』~高校生と隕石と、もう戻ることのできない季節の話~

 東京に住むようになって5年がたつ。春が訪れるたびに、街のさまざまな場所に桜が咲いていることに気づかされる。地方出身の私にとって桜は、山に咲くものか、学校の校庭に咲くものであった。とりわけ、4月に咲く学校の桜は新学期への期待と不安を膨らませ、何かが起きるんじゃないか、何かが変わるんじゃないか、そんな根拠のない想像を掻き立てる。

 3月22日発売のおほしんたろう『学校と先生』(ナナロク社)に、こんなセリフがある。

「俺たちゃ17歳だぞ! こんなこともたまには起こるよ!」

 この言葉の通り、高校時代、とりわけ17歳は何が起こったっておかしくない季節なのだ。

 前述のセリフは、1人の生徒の首が授業中に突然伸びたことにより発せられたものだ。『学校と先生』は、ファミ通町内会の伝説的なハガキ職人塩味電気、現在はお笑い芸人のおほしんたろうによる学校を舞台とした初の連作ギャグ漫画であり、こちらの想像を裏切る笑いにあふれている。しかし、この作品をとりわけ魅力的にしているのは、誰かから誰かへのまなざしが描かれている点だ。例えば、新田くんは心にゴリラを飼っている。その話を友人と話す姿を遠くから見つめる水谷さんは、こうつぶやく。

「私以外にも飼ってる人いるんだ、心のゴリラ」

 ご飯をおいしそうに食べる男子はモテるらしいといううわさを聞き、新田くんはおいしそうにお昼を食べるも、女子からは見向きもされない。しかし、屋上から双眼鏡でそんな姿を覗いている人がいる。

 新田くんと小野寺くんは、偶然入ったファストフード店で、学校では昼休みにノリでケツを出す久保くんがペラペラな英語をしゃべり、接客しているのを見かける。

 野球部のキャプテンは、マネジャーの青山がたまにふとさびしげな表情をすることを知っている。

 気づかれることなく誰かをまなざし、まなざされることは、まさに青春であり、愛おしいほどに意味のないギャグや不条理な出来事を支える重要な柱となっている。私が個人的に好きなのは、校庭に隕石が落ちてもそれほど動じず、「野球部の1年が片付けるだろ!」と言う場面だ。何が起きても受け止め日常の一部にしてしまう。そんな季節が17歳なのだ。

 4月9日に文庫化される佐藤哲也『シンドローム』(キノブックス)でも、隕石が落ちる。『シンドローム』は、高校生を主人公としたSF小説だ。この作品の面白いところは、街に隕石が落ち、謎の生命体が侵略してきても、主人公にとってそのことはさほど重要ではなく、常に頭の中にあるのは同級生の久保田葉子のことばかりという点だ。謎の生命体の侵略という非日常と、あの子のことを考える日常が分断されることなく同居しているのだ。

 物語は、主人公「ぼく」の一人称で進行する。「ぼく」は常に頭の中で思弁し、心の動きや目の前で起こることを理性的に捉えようとする。恋に落ちることを非精神的とし、自分がその状態に陥っていないことを、自分でも気づかないほどに自己弁護する。そんな思春期特有の自意識がどこまでも張り巡らされるが、結局のところ「ぼく」は久保田のことが好きというそれでしかないのだ。しかし、思春期の高校生の自意識は簡単にそんなことを認めることはできず、思弁を展開していく。そんな理性的な「ぼく」が唯一、恋を感覚として捉えた瞬間がある。久保田と河原でお昼を食べた時だ。

ぼくは久保田の顎を見つめる。

ぼくは久保田の手を見つめる。

ぼくは久保田の頬を見つめる。

ぼくは久保田を見つめている。

ぼくはまぶしさを感じている。

 好きな人のすべてを見つめたい。そんな一方的なまなざし、それはもう恋でしかないのだ。「ぼく」による一人称の自意識にまみれた語りの中で、川原でのこのひとときは、とても美しく輝いている。

『バンブルビー』もまた、空から何かが落ちてくることによって物語が始まる。家族や同級生との軋轢を抱えた思春期真っ盛りのチャーリーは18歳の誕生日を迎えた日、バンブルビーと出会う。チャーリーはすぐに彼を受け入れ、名前をつける。トランスフォーマーシリーズのリブートとなる本作は、これまでの作品とは一線を画したものとなっている。それは、SFやアクションではなく、れっきとした青春映画であるからだ。宇宙人との出会いや交流といった80年代のスピルバーグ的映画への目配せと、ザ・スミスを筆頭とする音楽の使い方、そして『ブレックファスト・クラブ』(1985)オマージュといった、さまざまな要素が折り重なって、出会い、成長、別れが描かれる。

 個人的に、たまらなかったのは、話すことのできないバンブルビーがカーステレオから流れるラジオの音楽によって会話をするところだ。なんて素敵な設定だろうか。物語終盤、バンブルビーはカーステレオからザ・スミスの音楽のワンフレーズを使ってチャーリーに言葉を投げかける。チャーリーは、「スミスで会話ができた!」と喜ぶ。このシーンは、好きな人と好きなものを共有できた多幸感がギュッと詰まった瞬間だった。CGがふんだんに使われ、非日常なアクションが繰り広げられる中での日常の小さな喜びに、どうしたって感動してしまう。

 この3作は、どれも高校生が主人公だ。そしてフィクションである。17歳の私の首は伸びていないし、地球外生命体も侵略してきていないし、車に変形する友人もいなかった。けれども、そんなフィクションの中に、あの時のまなざしや小さな喜びを見つけ、もう戻ることのできない季節をふと思い出してしまうのだ。

●ミワリョウスケ

1994年生まれ。生活のこと、面白かった映画や演劇、ラジオなどについてブログを書いている。日記をまとめた本の販売も行っている。好きな食べ物はうなぎ。<http://miwa0524.hatenablog.com/

デビュー曲から規格外! 平成という時代を駆け抜けたSPEEDの光と影 

平成が終わろうとしている今、90年代に始まったJ-POPの流れがひとつの節目を迎えている。あのアーティストの楽曲はなぜ、ヒットしたのか? 音楽ライターの青木優が徹底分析! 

 昨年末、仕事でとあるジャズ系のクラブを訪れた時のこと。その店に掲示されていたのは島袋寛子のライヴの案内だった。明けて2019年の早々にソロでのライヴをするという告知だったのだ。

 これ以前に今井絵理子や上原多香子が、あまり気持ちのよくない話題でマスコミを騒がせていたのを耳にしていたところだった。だから大人になった島袋を見て、連鎖的にSPEEDのことを思い出してしまったのだ。いつかこの連載であの子たちのことを書かないとな、と思った次第である。

 僕は25年ほどこの仕事をしているが、小学生、どころか、中学生相手にインタビュー取材をしたことすらほとんどない(アイドルの仕事をたくさんしているライターやジャーナリストなら珍しくないかもしれないが)。

 唯一の例外が、SPEEDへの取材だった。それもデビュー直後、2枚目のシングル「STEADY」のリリース時。彼女たちが勢いを一気に増していく頃だった。

 取材の目的は雑誌内のクリスマス向けの企画ページで、4人と話したのはこのシングルが出たのと同じ、1996年の11月だったと思う。都内のスタジオの中にそれこそクリスマスツリーのセットが作られて、彼女たちがそこにたたずんで撮影をするという状況。インタビューの内容としては、それぞれのクリスマスの思い出とか、グループでは何をしたとか、そんなゆるい話だ。

 デビューしたばかりの4人本当に若くて……というか、幼くて、まったくスレてなかった印象が残っている。何しろ無邪気だった。あと、みんな、小さかった。当たり前だが。

 そしてそれは、4人それぞれの個性が見えた時間でもあった。今井絵理子は明るくて社交的で、この中では一番アイドルっぽかった。集合インタビューでは声の判別をつけるために最初にレコーダー(当時はカセットテープ)に向かって名前を言ってもらうのだが、今井の最初の声が小さかったので、僕が「あっ、もう1回!」とお願いしたら、「今井絵理子で~す!」とものすごく明るく、おどけて言ってくれた。キュートだし、グループの中心でやっていく素質がある子だろうなと、すぐに感じた。

 島袋寛子は、明るくはあるのだが、話をしているさまは、とてもナチュラルだった。頑張って笑うようなことはないし、どちらかというとクール。でも前向き。当時この中では唯一の小学生(6年生)だったが、そんなイメージはあまり受けなかったほどで、やや落ち着きも見えた。

 上原多香子は、存在感が薄かった。ほとんど話さないし、主張することもゼロ。僕はその時、「この子、かわいいけど、性格は地味なのかな。もしかしたら暗いほう?」と感じたくらいだった。あとで1ページ分の記事を仕上げたら、彼女は2回ほど、それも短く発言しただけで、大丈夫かな? と思ったくらいだ(雑誌にはそのまま載った)。後年、たいへんな美女へと成長を遂げた時に「一番地味だったあの子だよな?」と驚いたものだ。

 そして新垣仁絵は、島袋とは違う意味でナチュラルというか、かなりマイペースな雰囲気の子だった。話はちゃんとしてくれるけど、これまた頑張って笑顔を作るようなこともほとんどなく、むしろ淡々としている。あんなに踊る子なのに、ふだんは落ち着いてるのか、と思った。

 こうして各人を見ると、あまり明るくなさそうだが(笑)、それは僕が場を強引に盛り上げるようなインタビュアーじゃないからかもしれない(活字媒体の書き手は、だいたいそういうもんだ)。撮影に入ると、クリスマス風の衣装になった4人は、にこやかだった。若々しく、元気なグループの陽性のエネルギーが、スタジオの中心で輝いていた。その時の写真の出来があまりに良くて、試し撮りを見たマネージメントのスタッフが「写真チェックはなしで大丈夫です」と編集者に言っていたほどだ。今みたいに画像データをPCで直すこともないし、まだ、ゆるい時代だったんだな。それに、SPEEDというグループを取り巻く環境も、おそらく。

 ただ、こうして思い出すと、取材の場での彼女たちの姿は、グループの本質の一端だった気もする。なにしろSPEEDは沖縄アクターズスクールの出身。つまりこの連載でも書いた安室奈美恵やDA PUMP、それにMAXと同じ出自を持つのである。ダンスが好きで、幼い頃からそれを志してきた子たちが集まったグループなのだ。

 ただ、いざデビューして芸能界というところに来ると、ダンスや歌だけやっていればいいわけではなく、それなりの対応力を身につけることが求められる。TVカメラの前ではおどけた姿ができたらいいだろうし、人に面白がられるトークもすべきだろう。それが本分ではないものの、要求される場面で応える能力はあっていい。

 そういうことも、彼女たちは徐々に体得していったに違いない。僕が受けた、決して明るすぎない4人のイメージは、デビュー直後の、まだ無邪気でもよかったタイミングゆえのものだろう。

 さて、SPEEDのデビューはこの少し前の1996年の8月、シングル「Body & Soul」にて。その頃から彼女たちは並のグループとは違う印象があった。何においてもレベルが違ったのである。

 この歌は、ギターのカッティングはシックの「おしゃれフリーク」を彷彿とさせ、そうして連ねられるファンキーな感覚に乗っていく島袋と今井のヴォーカルが秀逸である。当時「これ唄ってるの、ほんとに小学生か!?」と驚いたものだ。のちに多数のカバーも生んだ曲であり、いきなり大ヒットを記録した。プロデューサーは伊秩弘将で、彼の存在もここからクローズアップされていく。

 2枚目のシングルは先ほどの「STEADY」で、今度は横ノリの楽曲で実力を示した。もともとSPEEDは当時のアメリカのR&Bで大人気だったTLCに憧れを持っており、この曲のミディアム寄りのリズムにはその傾向が見られる。時おり聴こえるピーヒョロロ~みたいなキーボードの音色はGファンクを意識しているはずで、そのくらいSPEEDの音楽性にはR&Bやファンクの影が大きかった。そしてそれを小中学生が唄って踊っているという事実が、めちゃくちゃセンセーショナルだったのだ。

 SPEEDは、名曲をどんどん世に送り出していく。歌詞も話題になったのは「Go! Go! Heaven」。伊秩の詞は、あざとさ直前のところでそれをポップに昇華させるバランスがあるが、時々「そこまで唄わせるんか!」ってものもありで、しかしそれもSPEEDには合っていた。そこには彼女たち自身のテーマ、たとえば枠をはみ出して生きること、自分たちにとって大切にしたいことなどが反映されており、リスナーはSPEEDの実像と重ねながら楽しむことができたのだ。

 デビュー曲のニュアンスをさらに発展させたかのような曲は「Wake Me Up!」。この頃の彼女たちは、こういうファンキー感がほんとにお得意だ。ちょうどこの歌の頃にライヴを見る機会があり、それはじつに爽やかな、気持ちのいい空間だったことを記憶している。

 この頃になるとSPEEDの存在は一般レベルにまで知られていて、歌やダンスとは別に、ファッションにも注目が集まっていた。当時はストリートファッション全盛で、その波はそれこそローティーンにまで押し寄せつつあり、子どもたちもクールな雰囲気の服を着るようになっていた。僕が渋谷の街中でお茶をしていた時、ちょっとカッコいい服を着た子どもたちが通りを歩いていて、それを見た隣の席の大人たちが「SPEEDみたいな格好してるよね」なんて言ってたのを覚えている。そんな時代だったのだ。

 そしてSPEEDをトップグループの座に押し上げたのはデビュー2年目に放った「White Love」だ。クリスマスというモチーフが若さとみずみずしさ、その一方で、せつなさも漂わせながら、ひとつの実を結んでいる。結果的にこの曲はダブルミリオンというSPEEDのシングルの中で最大のセールスを記録した。

 1998年の初頭には「my graduation」をリリース。満を持しての卒業ソングで、もはや貫禄すら感じられる。

 ただ、あとで知った話だが、グループの活動については、もうこの時期から伊秩をはじめとしたスタッフたちがどうしていくべきなのかを考えていたようだ。確かにあまりに急激に成長した彼女たちは休むことをずっと許されず、さまざまなことが飽和状態になっていた感を受ける。

 この段階では「ALL MY TRUE LOVE」がいい出来の歌だと思う。

 ただ、もはや新鮮味はなく……いや、それはキャリアを重ねれば当然のことなのだが、その代わりの突破口になる何かも見えてこない。相変わらずヒットを飛ばしていたSPEEDだが、それが少しずつ落ち着きを見せ始めた時期でもあった。

 やがてメンバーのソロ曲、そしてソロ活動も始まり、グループの一体感は低下していった。そうなってからも活動を続けたものの、結局SPEEDは2000年の春に解散という節目を迎えることになる。

 以降の彼女たちは、それぞれの活動の合間に再結成~再活動を幾度か繰り返しており、新作も出している。若さいっぱいの言葉とメロディが躍動するあの歌を、大人の年齢になった彼女たちが唄うと、どんなふうに感じるものなんだろう? 再結成のライヴを見たりしたファンは、そんな時の流れを実感したことだろう。

 現在は4人が4人とも、あまりにそれぞれの道を歩んでいて、最初に書いたような報道が多いことを思うと、彼女たちがまた集まり、唄って踊るようなことは難しいのかなと……思ったりする。

 ただ、このことは書いておこう。

 間違いなくSPEEDは、日本の音楽史上に残るローティーン・グループだった。近年、とくにスポーツや将棋といった世界で10代前半の子たちが稀有なパワーを見せているが、J-POPにはSPEEDがいたのだ。その事実は強調しておきたい。

◆「平成J-POPプレイバック!」過去記事はこちらから

●あおき・ゆう。
1966年、島根県生まれ。男。
94年、持ち込みをきっかけに音楽ジャーナリスト/ ライター業を開始。
洋邦のロック/ポップスを中心に執筆。
現在は雑誌『音楽と人』『テレビブロス』『コンフィデンス』『 ビートルズ・ストーリー』『昭和40年男』、
音楽情報サイト「リアルサウンド」「DI:GA online」等に寄稿。
阪神タイガース、ゲッターロボ、白バラコーヒー、ロミーナ、 出前一丁を愛し続ける。
妻子あり。
Twitterアカウントは、@you_aoki
 

ピエール瀧“コカイン逮捕”の衝撃度 井上陽水、尾崎豊、岡村靖幸……ミュージシャンはなぜ薬物に手を出してしまうのか?

 12日深夜に突如舞い込んできた、テクノユニット・電気グルーヴのメンバーで、俳優のピエール瀧のコカイン使用による逮捕報道。数多くのドラマや映画に出演し、“邦画界の名バイプレイヤー”ともいわれていた瀧だけに、その影響はさまざまな方面に波及。

 ネット上では「めちゃくちゃショック」「大麻で捕まった井上陽水の氷の世界を聞いてミュージシャンになろうと思ったのが覚醒剤で捕まった尾崎豊でその尾崎豊と仲良かったのが同じく覚醒剤で何回も捕まってる岡村靖幸でその岡村靖幸と組んだのが石野卓球でその相方が今回コカインで捕まったピエール瀧」「なぜミュージシャンは薬物に手を出すんだろ」「失うものがデカすぎるのに」などといった嘆きの声も散見される。

 瀧の逮捕を的中させた「東京スポーツ」は、他にも2人の大物芸能人の薬物使用をほのめかしているが、次の逮捕者は一体誰になるのか……。

 ということで、早速詳しいランキングを見ていきましょう!


第1位

ピエール瀧、コカイン逮捕の衝撃走る──映画界に大激震! 違約金は数億円に……?
総額は新井浩文の比じゃない?

第2位
川島海荷が『ZIP!』降板……払拭できなかった“2つの負のイメージ”
そういえば、9nineも活動休止してしまいますね……

第3位
滝沢秀明の“社長”就任でジャニーズに大波乱! 東山紀之が独立へ?
「タッキーにプロデュースしてもらおうかな」なんて言っていたけど……

第4位

錦戸亮、関ジャニ∞脱退でジャニーズ退所へ 事務所もグループに見切り!? 悪友・赤西仁の活躍が退所を後押しか
本当のことが知りたいの()

第5位
清春「急におじいちゃん」変貌ぶりにファン愕然! 事務所内のゴタゴタによるストレスが原因か
50歳だし、普通な気がしますが……



◆編集部厳選! イチオシ記事◆

ピエール瀧逮捕騒動、すべてが完璧なタイミングだった?
12日深夜に訪れた衝撃……

ピエール瀧、衝撃の“コカイン逮捕”で、ジャニーズファンが顔面蒼白に!?「NのTも……」
真実はいかに

ジャニーズJr.“ゴリ押し”は滝沢秀明の功績!? デビュー組ファンから不満噴出!
“帝国”はもうボロボロ?

気鋭のアーティストを積極的に起用し、名曲を続々リリース! 平成J-POP史におけるSMAPの功績

平成が終わろうとしている今、90年代に始まったJ-POPの流れがひとつの節目を迎えている。あのアーティストの楽曲はなぜ、ヒットしたのか? 音楽ライターの青木優が徹底分析! 

 珍しくジャニーズ絡みの仕事をちょっとだけした。発売されたばかりの雑誌「音楽と人」4月号の表紙巻頭が関ジャニ∞で、僕はその記事の中で錦戸亮くんにインタビューをしている。

 錦戸くんに取材するのは実は2回目で、10年ぶり。その時は、彼と斉藤和義くんとの対談の司会だった。錦戸くんが音楽好きだとよく理解できた対談になって、取材後には握手をしてもらったものだ(今回はあちらが忙しそうでもあり、握手しそびれた)。

(と、ここまで書いたところで、錦戸くん脱退? の報道が……! なんと。青天の霹靂。驚いた)

 で、自分がジャニーズ関連の仕事をしたのは、これ以外ではあと2つくらいで、いずれも雑誌の連載の中でのものだった。ひとつはV6のゲーム(プレステの1の頃だったはず)について書いたのと、もうひとつはSMAPのライヴレポートである。その時のSMAPの最新シングルが「KANSHAして」だったので……1995年? もう24年も前になる。

 ということで、まさに平成という時代を彩ったアイドルグループ、SMAPについて書くのが今回である。

 先ほどのSMAPのレポは、こちらが提案して記事にしたものだった。横浜アリーナと日本武道館のライヴを観たのだが、本当に完成度の高いショーで、感心したものだった(いま思うと、場所はドームではなかったんだな)。

 アイドル、それも男性グループについていつもは仕事をしていない自分が、当時はSMAPにそれくらい関心を惹かれていた。彼らの存在が画期的であると考えていたからだ。

 とはいえ、僕がSMAPをいつ認識したのかはあまり覚えていない。彼らの曲はたまに耳に入ってくる程度で、なんとなく「SMAPというグループがいるな」程度だったと思う。ただ、「あ、この子たちはちょっと違うな」とはっきり感じた時があった。

 それはシングル「$10」だった。作詞が林田健司と森浩美で、作曲は林田。編曲は、これも林田とCHOKKAKUのタッグである。当時の自分はこの林田のこともよく知らなかったのだが(発売は1993年の11月……音楽について書く仕事を始める前のことなので、大目に見てほしい)、ヒットチャートの中でこの「$10」がめちゃくちゃカッコ良く聴こえたのだ。

 疾走するリズムをかき立てるファンキーな感覚。メンバー間で絶妙に唄い分けていくコンビネーションと、そのパワー。サビは彼らのヴォーカルが一斉に飛びかかってくるかのようで、じつに颯爽とした迫力があった。楽曲自体は歌詞にシャレというかわかりやすいダブルミーニングをかませていて、それを彼らが唄うと、華やかさと爽やかさの両方が弾けるような感覚があった。

 ダンス・ポップをこんなにも開放的でキャッチーなものに昇華させるSMAP、けっこうすごいんじゃないか? そんなふうに素直に思わせる何かを感じたのだ。

 しかし、この時点で彼らはデビューから2年以上が経過しており、シングルも10枚目と、それなりのキャリアを築いてはいた。早くからブレイクしたわけではない分、それだけの下積みができていたのではないかと思う。

 この頃のSMAPの音楽性はダンサブルなポップス、特にファンキーなサウンドに対して意識的だった。林田&CHOKKAKUの「君色思い」はあの「君の瞳に恋してる」を彷彿させるノリがあるし、「Hey Hey おおきに毎度あり」はヘンな大阪弁とともに当時のR&Bの感覚が匂う。シンセなんてPファンクぽいし。そしてこの曲で彼らは初めてセールスチャートの1位を獲得したのだった。

 これ以降はもう出す曲出す曲が大ヒットで、それがどれもクオリティの高い曲ばかりで、こちらも楽しかった。「オリジナルスマイル」の明るい躍動感は聴いていてすごくポジティヴな気持ちを押し上げてくれたし、先ほどのようなファンキーな勢いを持つ楽曲としては「がんばりましょう」「たぶんオーライ」「KANSHAして」などなど……当時、新曲を聴くたびに感服したものだ。

 そして僕は、この時期にSMAPのライヴを観たわけだ。原稿では彼らのファンキーさと、それにおいては最年少でありながら香取慎吾の声やたたずまいが大きいことを書いた覚えがある。

 こんなふうに自分は音楽的な部分が先に入ってきたのだが、主にテレビ番組で触れる彼らの印象も、それまでのアイドルグループとは違うものが感じられた。特に驚いたのは、メンバーがグループから離れ、それぞれが別の場所に行き、そこで自分の個性を発揮していたこと。グループの中の個人が単体で雑誌の表紙になったり、ひとりだけどこかの番組に出てキャラを発揮することは、それ以前の芸能界ではそれほど盛んではなかった気がする。ここはマネジメントの秀逸さでもあるし、それに応えたメンバーの力でもあるだろう。

 で、そうしてバラバラで出ている彼らに、どこか「隣の兄ちゃん」的な親しみやすさがあるのも大きかった。よく言われることだと思うが、かつては手の届かない存在であることこそアイドルだったのが、80年代以降は、まるで隣に住んでるとか、クラスにもいそうなお兄ちゃんやお姉ちゃんのような親しみやすさが魅力だとされる傾向が出てきた。90年代に人気を得たSMAPもその流れにあって、バラエティ番組やトークでは飾らないキャラを見せるなど、「なんだ、彼らも普通の若者なんだな」と思われるような一面を見せることが多かった。そしてそれは歌の中で、決してカッコ良くない、それこそ毎日を頑張ってる市井の人間の日常を唄っていたことともつながっていた。

 ただ、逆説的だけど、やはり彼らはアイドルグループで、そんな普通っぽさを持っているはずの若者たちが、ひとたびカメラの前に、あるいはステージの上に立てば、正真正銘のトップアイドルの輝きを放つわけである。その見え方のバランスがすごく新しいな……と当時は思ったものだった。

 アイドルポップには門外漢の自分だし、しかも今さら、決して偉そうに言うつもりはない。ただ、SMAPのあり方は、日本のアイドルグループにおける革命だったと思う。

 で、彼らはたくさんのいい曲をどんどん世に出していった。「しようよ」や「俺たちに明日はある」も良かった。さっきの「KANSHAして」、それに「青いイナズマ」が素晴らしかったので、その後、作曲者である林田健司のライヴに行ったこともある。

「SHAKE」や「ダイナマイト」もダンサブル路線の秀逸作。「ダイナマイト」なんて、歌の中で誰かの声が裏返ったりしているのに、そこもイキにしているところには彼らの勢いと自信すら感じる。

 それからSMAPの制作スタッフは、作家ばかりではなく、気鋭のソングライターを起用する姿勢も優れていた。山崎まさよしの「セロリ」なんてその最たるものだ。スガシカオが作詞、川村結花が作曲をした「夜空ノムコウ」も同じく。そう、ファンキーさが裏テーマのはずのSMAPが、そうした音が得意なスガに、この曲では詞を依頼したのだ。そして<あれからぼくたちは>から始まる詞は、SMAPのメンバーたちも徐々に大人になっていく事実を感じさせてくれた。初期の曲では、笑顔や友情などを唄っていたのに……。このことは彼らの歌に親しんできたファンも、感じ入るものが少なからずあったのではないだろうか。

 ほかに、99年のシングル「Fly」の作曲はマグースイムというバンドの野戸久嗣が手がけている。当時、小さなライヴハウスで彼らの歌を聴いていた身にとって、こうした大抜擢には本当にビックリした。ミディアム・テンポの渋いファンク・サウンドで、下敷きになっているのはスライ&ザ・ファミリー・ストーンだろう。また、だいぶあとになるが、2013年の「Joy!」は赤い公園の津野米咲が書いたりと、SMAPは制作面でそうした着眼点も優れていた。仮にコンペの結果であったとしても、だ。

 大人の年齢になっていった彼らはこのあとも「世界に一つだけの花」をはじめ、「らいおんハート」「ありがとう」など、名曲をたくさん出していった。そしてそれに国民の多くが親近感を抱いていたと思う。

 で、僕がここまで彼らを評価してきた事柄について、もしかしたら違和感を持つ人もいるかもしれない。そんなん普通じゃん? とか、当たり前のことじゃないの? みたいなふうに思う人もいるんじゃないかと。

 けど、これらのことの多くには、かなりの部分をSMAPがトライし、チャレンジを重ね、開拓し、そこから世間のスタンダードになったことも多いのだ。彼らの成果がその後のアイドルやポップスの先駆となったことはたくさんあって、その影響には無視できないほどの大きさがあるはずである。

 最後に、ちょっと蛇足かもしれないが、SMAPがいかに親しまれていたかを痛感した話を紹介しておく。

 ご存じの通り、このグループの長い歩みの間にはいろいろあって、メンバーが世間的によろしくない行為をしたこともある。その中で、酔っぱらいすぎて、公園で服を脱ぎ、「裸で何が悪い!」と叫んだ騒ぎがあったのを覚えてる人も多いだろう。まあ草なぎ剛なのだが。

 この事件があったのが、2009年の4月下旬のこと。で、僕はその直後に、取材で東北のロック・フェスティバルに出かけた。春の仙台の山間で行われるARABAKI ROCK FEST.という、日本のロック系のバンドやアーティストが大挙して出演するフェスである。

 おかしかったのが、この年のそのフェスのライヴ中のMCで「裸で何が悪い!」という言葉を使うバンドが続出したことだ。フェス自体は丸2日間にわたって行われ、当時のステージは4カ所あったはずだが、僕が目撃しただけでも4組がライヴの合間にこの言葉を発していた(つまり、もっと使われていたかも?)。そして、そのたびにお客さんからは大きな笑い声が起こっていたものだ。

 ただ、このセリフは、決してその件をギャグにするだけじゃなく、雰囲気としては「SMAPという日本を代表するようなスーパーアイドルでも、あんなふうに羽目を外してしまうことだってあるんだもんね」みたいに、かなりの親近感を持って使われていた感がある。中には「あんなさ、酔っぱらって裸で騒ぐような奴なんて、俺の周りにウジャウジャいるよ?」と、まるで<草なぎくんも俺たちと同じじゃんな!>と言わんばかりに話すミュージシャンもいた。まあ怒髪天の増子直純なのだが。

 SMAPは日本人にとって、本当におなじみの存在なんだな、と。いま思い返すと、まさしくそうだったと確信できる件である。

 SMAPは日本のお茶の間をにぎやかにし、そして平成という時代のエンタメ界の最前線に君臨したアイドルグループだった。それも、まずは音楽の、楽曲の質の高さがあってのものだったはずだ。彼らみたいなアイドルがいたことは忘れないでいようと思う。

 いや……忘れないだろうな。それは誰しもが。SMAPを好きだった人はもちろんのこと、好きじゃなかった人でさえ。

 彼らはそれくらい、大きな存在だったから。

●あおき・ゆう。
1966年、島根県生まれ。男。
94年、持ち込みをきっかけに音楽ジャーナリスト/ ライター業を開始。
洋邦のロック/ポップスを中心に執筆。
現在は雑誌『音楽と人』『テレビブロス』『コンフィデンス』『 ビートルズ・ストーリー』『昭和40年男』、
音楽情報サイト「リアルサウンド」「DI:GA online」等に寄稿。
阪神タイガース、ゲッターロボ、白バラコーヒー、ロミーナ、 出前一丁を愛し続ける。
妻子あり。
Twitterアカウントは、@you_aoki
 

AKB48「10年桜」発売から10年……現役続行の“最古参”峯岸みなみ&“最年長”柏木由紀に「卒業」の2文字は……?

 AKB48のメジャー11作目のシングル「10年桜」の発売からちょうど10年となった3月4日、元絶対的エース・前田敦子が第1子となる男児を出産したことを発表し、「10年桜から10年後の日に産まれるなんてすごい」「最高にエモい」「AKBの申し子あっちゃん」とファンから祝福の声が上がっています。

 そんな前田を含む“神7”や、松井玲奈、北原里英ら同曲の選抜メンバー20名は、ほとんどがグループを卒業し、女優やタレントとして活動。今も現役を続けているのは、今年4月に卒業を控えている指原莉乃のほか、峯岸みなみ、柏木由紀、松井珠理奈、宮崎美穂の5人のみ。特に現役唯一の1期生である峯岸や、グループ最年長となった柏木の卒業次期については、多くの注目を集めているようす。

 柏木のほうは、インスタグラムで公開した“お色気ショット”が話題となり、「卒業後に向けてのセクシー売りか!?」という声も上がっているだけに、その動向からますます目が離せない……!?

 ということで、早速詳しいランキングを見ていきましょう!

第1位
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第2位
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第3位

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橋本さん自身も重い病気を患った過去があるそうですよ

第4位
羽生ゆずれないの次は村上佳菜子に大激怒! 過剰反応しすぎて孤立していくゆづファンたち……
“ゆづリスト”たちの愛が暴走

第5位
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ジャニーズが出てても視聴率はとれない……!?



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 AKB48のメジャー11作目のシングル「10年桜」の発売からちょうど10年となった3月4日、元絶対的エース・前田敦子が第1子となる男児を出産したことを発表し、「10年桜から10年後の日に産まれるなんてすごい」「最高にエモい」「AKBの申し子あっちゃん」とファンから祝福の声が上がっています。

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第4位
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第5位
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自由奔放なヴォーカルで一世を風靡! ”元祖ギター女子”川本真琴、インディーズで新境地

平成が終わろうとしている今、90年代に始まったJ-POPの流れがひとつの節目を迎えている。あのアーティストの楽曲はなぜ、ヒットしたのか? 音楽ライターの青木優が徹底分析! 

 先日、宇多田ヒカルの<歌姫ってなんなん>というツイートが話題になった。

 発端となったのは、おそらく11日にTBS系でOAされた番組『歌のゴールデンヒットー昭和・平成の歴代歌姫ベスト100ー』。彼女はたぶん、この番組内で、CDやレコードの売り上げで“歌姫のランキング”を決めたことに対して触れたのだと思う。

 僕もこの番組をなんとなく観ていた。当連載で過去に登場した安室奈美恵は4位、ZARDは3位にランクイン。

 で、今日取り上げる人はどうだったかというと……あら? ランク外? そうかー。大ヒットした曲もあるけど、そもそもリリースの数自体がそこまで多くなかったから、シングルの売り上げの集計をしても、そこまで数字が行かないのかなと。

 と解釈しながら、川本真琴について書きます。

 彼女のデビューは1996年のこと。デビューから、いきなり衝撃的だった。なにせ1stシングル「愛の才能」の作曲、アレンジ、プロデュースは岡村靖幸。その楽曲のファンキーさだけでもかなりの魅力がある上に、川本の歌声もルックスも、じつにキュート。結果、この「愛の才能」はスマッシュヒットを記録し、彼女はデビュー早々、音楽シーンの最前線へと躍り出たのである。

 川本は、その年の秋に2枚目のシングル「DNA」をリリース。さらに翌年の「1/2」、そのまた次の年の「桜」と、ヒットを連ねていった。この間には最初のアルバム『川本真琴』も出し、これはCDチャートの1位を奪取するほどのセールスを残している。

 川本の歌にはいくつかの特徴がある。歌声は、ちょっとロリータっぽくも、またアニメ声っぽくもあるハイトーン。その声や本人の風貌と絶妙なブレンドを見せるのは、青さや若さを感じさせる歌詞の世界だ。当時の彼女は20代前半だったが、<明日の一限までには 何度もkissしようよ>(「愛の才能」)といったように、歌詞の面では大人になる手前の少女の心情が鮮烈に反映されていた。しかも、その詞はまるで早口のように言葉が詰め込まれていて、これによって生まれる性急さが感情のスピードを加速させている感覚があった。

 また、アコースティック・ギターをかき鳴らすイメージもフレッシュだった。この頃はギター女子なんて言葉もなく、もちろんYUIが出てくるよりもぜんぜん、前の時代。「川本真琴=アコギ」のイメージは、初期の頃から彼女の個性として定着した。

 そしてメロディや曲全体に感じられる、自由で、のびのびとした感性。たとえば「1/2」や「桜」のような楽曲のイメージの広がりには、ほかのどんなアーティストでも表現することができない独自性がある。

 で、この頃からなんとなく感じていたのは、彼女はどこかナチュラルな……天然なところがある人ではないかということ。それは当時、ファンの方も感じていたのではないだろうか。

 というのは……1998年の春、渋谷公会堂でのライヴのこと。原稿を書くために川本のライヴを初めて観に行った僕は、そこで奇妙な光景に対面したのである。曲の合間のMCで彼女は「今日はずっと、最後に<パンチョ>って付けてしゃべろうかな」と笑いながら言ったのだ。そして以後、ステージ上で彼女は「次の曲はなんだっけパンチョ?」「今日はいい感じだねパンチョ」というふうに、語尾にパンチョを付けて話し続けた。その意図はよくわからない。きっと、なんとなくだったんだと思う。

 終演後、レーベルであるソニーの担当の方に通されて、川本本人と、ほんの一瞬だけあいさつができた。間近で接近した川本真琴は本当にかわいかった。そしてお互いにドリンクを手にしていたので、「今日のライヴはとても楽しかったです。パンチョ」と言うと、彼女も「パンチョ」と返してくれて、グラス(プラカップだけど)で乾杯した。

 この日の演奏は、とても良かった記憶がある。ただ、僕の中では、川本の渋公ライヴは「パンチョ」という言葉の思い出のほうが強く残っている。

 で、当時、川本は確かに時代を代表するシンガー・ソングライターとして君臨していた……のだが。ハタから見ていて気になったのは、どうにも安定しない活動ペースだった。

 まだデビュー数年のアーティストにしては、作品ごとのインターバルがやけに長いこと。ある程度のライヴやメディア露出をしたと思いきや、その後プッツリと沈黙が続くこと。すでに人気アーティストだったから、いろんな方面からの仕事の話は多かったはずなのに、こうして沈黙する状態が続くばかりだった。おかげで本人の姿どころか、テレビや街中でも曲を耳にすることが徐々に減り、川本、大丈夫か? と思ったりしたものだった。

 結論を言うと、この90年代後半から2000年代の初頭にかけて、川本は自分のペースで音楽に向かうことに苦慮していたのではないかと思う。たぶんスタッフ側はもっと仕事をしてほしかっただろうけど、彼女本人はそこまで多作なほうでもないし、スケジュールを詰め込みたいわけでもない。このナチュラルなアーティストには、メジャーでの活動の仕方があまり合わなかったのではないだろうか。

 その後、2001年の春に、川本は2枚目のアルバム『gobbledygook』のリリースのために、ひさびさにメディア露出をしている。デビュー・アルバムから、なんと3年9カ月ぶりの2作目だ。その雑誌インタビューを読んでいたら、このインターバルについて川本自身は「長いですよね。特に9カ月ってのが長いですよね」と答えていて、僕は誌面に向かってツッコまざるを得なかった。いやいやいや! 9カ月でなく、3年のほうが長いでしょ! あの天然ぶりは健在だったのである。

 ただ、このアルバムから、川本の動きはまた鈍化していった。当時は把握していなかったのだが、9枚目のシングル「ブロッサム」を最後に、メジャーとの契約が終了。それ以降、彼女は表舞台から去ってしまった。

 それから時が経過し、川本のことを忘れかけていたゼロ年代の半ば頃のことだ。彼女がインディーズのアーティストたちと活動しているというウワサが耳に入ってきた。数年の潜伏期間を経て、再び動き始めているようだった。

 05年の暮れには、シンガー・ソングライターの豊田道倫のアルバム『東京の恋人』に参加していて、驚いた。豊田は非常に生々しい歌を唄うシンガーだが、このタイトル曲は名曲で、その後半でほんの少しだけ聴こえる川本のコーラスはあまりに優しくて、じつに感動的だった。

 川本は、豊田のこのアルバムの発売記念ライヴにもゲスト参加していて、僕はそこでひさびさに彼女の姿を見ることができた。川本は、東京のインディ・シーンのミュージシャンたちに混じって、確かに舞台にいたのだ。

 この頃から彼女は、たとえばタイガーフェイクファという名義でリリースするなど、自分なりの新たな活動の仕方を展開するようになる。

 やがて僕のところに、そうしたミュージシャンたちと交流する川本に取材する話が来て、インタビューすることになった。時は2011年になっていた。その場所が、あの渋谷公会堂のすぐ近くのカフェだったのだから面白い。

 あらためて対面した川本は30代後半になっていたが、相変わらずきれいで、かわいかった。そして会うや否や、「前に会ってますよね?」と言われて、ビックリした。うーん、会っているといえばそうだけど、13年前に渋公でパンチョ乾杯したのはほんの一瞬だったので……。「まあ、そうですけど、えーと」と言いながら、たぶん彼女の記憶違いではないかと思った。で、「そこの渋公でライヴした時に、語尾にパンチョって付けて話してましたよね?」と尋ねたところ、そのことを覚えていて、「言ってた」と笑う彼女だった。

 実家のある福井に住み、そこから時々、東京など別の土地まで行って唄ったりしているという川本は、のびのびしていて、居心地が良さそうだった。そういう感じで音楽に向き合いたかったのかな、と思った。

 あれから数えても、もう8年。それ以降も川本はインディーズをベースにしながら活動を続けてきている。

 14年には神聖かまってちゃんの「フロントメモリー」にヴォーカルで参加。かまってちゃんと川本……精神的に大人の世界になじめないまま、それでも生き続けるアーティスト同士の、あまりにハマりすぎの共演だった。この時のライヴも最高だったな。

 16年はリリースが多かった。これは夏に発表した「ホラーすぎる彼女です」。

 ほかのミュージシャンとの交流も盛んで、「川本真琴withゴロニャンず」名義での活動もしている。

 これも16年秋の「ドーナッツのリング」。

 そしてこの年には、メジャーのコロムビアからデビュー20周年記念盤であるセルフカバー集『ふとしたことです』をリリース。これには「愛の才能」「1/2」、ファンからの人気が高い「やきそばパン」も収録されている。

 この時期、川本は音楽誌のインタビューで、こんな発言をしている。

「活動を休んでいた頃は、やっぱり葛藤もありました。でも、今ではそういう時間が持ててよかったと思ってるし、こうしてまた来年もいろいろやれたらいいなって。でも私、ホント先のことが考えられないんですよね(笑)。ぜんぜん計画的じゃないし、これからもきっとそんな感じなんだろうな」

 今の彼女の歌を聴いて驚くのは、声の魅力が変わっていないことだ。どこか子どものような、そして自由奔放なヴォーカルは、90年代当時から、いや、それどころか、さらに大きな魅力を放っている。そしてアコギもさることながら、幼少期から習っていたというピアノを弾きながら唄うのも、現在の川本のスタイルとなっている。

 で、いろいろ調べていたら、なんと彼女、今週末の24日(日)に下北沢のシェルターでライヴをするとのこと。後藤まりことの2マンのようである(この2人、昔、雑誌で対談してたな)。

 なんかPRっぽいけど、まったくの偶然で、でもせっかくなので、ここに載せておくことにする。気になる方は、ぜひ(チケットは→https://eplus.jp/sf/detail/2793330001-P0030001 )。

 ともかく川本が今、自分らしいペースで音楽を続けている。それこそテレビの歌番組とかで見かけるようなことはないし、今の彼女はあの頃とは違う。成長もしているし、自分自身のやり方を身につけているのだから。

 90年代の頃とはまた違った、でも今なりの川本真琴のスタイルで、唄い続けていってほしいと思う。

◆「平成J-POPプレイバック!」過去記事はこちらから

●あおき・ゆう。
1966年、島根県生まれ。男。
94年、持ち込みをきっかけに音楽ジャーナリスト/ ライター業を開始。
洋邦のロック/ポップスを中心に執筆。
現在は雑誌『音楽と人』『テレビブロス』『コンフィデンス』『 ビートルズ・ストーリー』『昭和40年男』、
音楽情報サイト「リアルサウンド」「DI:GA online」等に寄稿。
阪神タイガース、ゲッターロボ、白バラコーヒー、ロミーナ、 出前一丁を愛し続ける。
妻子あり。
Twitterアカウントは、@you_aoki
 

新井容疑者逮捕で主演映画公開延期に、草なぎ剛「プラスの方に向かってくれたら」ファンの願いは届くか……?

 2月1日、派遣型マッサージ店の女性従業員に乱暴をしたとして、強制性交の容疑で逮捕された新井浩文容疑者。数々の作品に出演する売れっ子俳優が引き起こした不祥事だけに、世間に大きな衝撃を与えました。
 
 これを受け、年内の公開が控えていた2本の映画のうち、林遣都とのW主演作『善悪の屑』は公開中止が決定。一方の草なぎ剛主演『台風家族』は公開延期が発表されている中、16日に開催された「新しい地図」のファンミーティングで、報道陣の取材に対し草なぎは「ファンの方もすごい期待している方が多くて、SNSを通して目にするので、プラスの方に向かってくれたらなと思っています」と発言。

 ネット上では、「伊達に逆境をはねのけてない」といった草なぎに対する称賛コメントや、「作品には罪はない」「中止ではなく延期と発表したのだから、どうにかして公開してほしい」といった、公開を望む声が多数上がっているようす。新井容疑者逮捕の影響が各方面に広がっている中、草なぎファンの願いは届くのでしょうか……。

 ということで、早速詳しいランキングを見ていきましょう!

第1位
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芸能人も人の子ですからね……

第2位
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喫煙姿をフライデーされたこともありましたよね

第3位

三上博史「ファンに説教」「若手女優に皮肉」「新興宗教の恋人にゾッコン!?」、奇行続きで芸能界干された!?
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第4位

夏帆、新井浩文余波で芸能界引退!?、松居一代がマタニティーフォト公開……週末芸能ニュース雑話
世間では夏帆を心配する声が続出

第5位
ムロツヨシ、親友・新井浩文を擁護で嫌悪感が蔓延中! 2019年飛躍できず、“苦労人時代”に出戻りか
むやみに触れないほうがよかったかも……


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メディア露出もライブ活動も一切なし! 「CD至上主義」を貫いたZARDが今でも愛されるワケ

平成が終わろうとしている今、90年代に始まったJ-POPの流れがひとつの節目を迎えている。あのアーティストの楽曲はなぜ、ヒットしたのか? 音楽ライターの青木優が徹底分析! 

 倉木麻衣がZARDの坂井泉水と共演した。2月1日の『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)での一幕である。曲は「負けないで」だった。

 その時に見た倉木には「大人になったなぁ」と思ったのだが、坂井のほうはひとつも変わっていなかった。それはそうだ。彼女は故人で、使われるのはいつだって若い頃の映像だからだ。そう、もちろんこのコラボは、2人の映像と音声を編集し、合成した上で実現したデュエットである。ただ、とにもかくにもビーイングに所属するシンガー同士が、長い時間を超えて共演したわけである。

 この「負けないで」は、ZARDが活動を停止してからもう何十年もたっているのに、今でも広く愛され続けている曲だ。うちの子どもも、テレビに映る2人の女性シンガーと一緒に、楽しそうに唄っていた。

 今回は、このZARDについて書こうと思う。

 ZARDといえば、90年代以降の日本の音楽シーンを代表する存在である。ヒット曲も多数。ただ、その印象がリアルにつかみづらいのは、歌番組に出たりライヴをしたり、あるいはプロモーションやキャンペーンでメディアに露出したりということが、初期の一時期を除いて、基本的にはなかったためだ。裏を返せば、そのぐらいZARDはレコーディング作品こそ最重要という姿勢を貫いていた。

 僕は、あまりにも完成度の高いその音世界が気になって、ZARDについての原稿を音楽情報誌「WHAT’s IN?」(エムオン・エンタテインメント)に寄稿していたくらいだった。ただし残念ながら、坂井にインタビューしたことも、接見したことも、ない。こちらからアプローチしたことといえば、メール……じゃなくて、当時だからFAXでの質問票を介した、文章上のみのインタビューくらいだ。だから歌を聴きながら、果たして彼女はどんな人なのかを考えたものだった。

 そんな仕事をしていた関係で、周りから時々、坂井についての話が間接的に入ってきた。といっても、大したことではない。ある出版社の方は、雑誌の取材を受けるために彼女が来社したことがあったそうで、「それらしい女の人をチラッと見かけましたよ。思ったよりも小さかったな」と教えてくれた。それだけだ。

 ZARDのアーティスト写真を撮ったことがあるというカメラマンさんは、撮影の合間に坂井とちょっとだけ話をしたという。「普段は何をしてるんですか?」と訊いたところ、彼女は「詞を書いてますね」とだけ答えたらしい。「いかにも」な話すぎて、こちらとしてはひとつも盛り上がらなかった。

 そのぐらい坂井泉水という存在は、誰に対しても、近くなかった。ZARDといって多くの人の頭に思い浮かぶヴィジュアルは、どこかアンニュイな坂井の像だろう。写真の多くはソフトフォーカスで、映像にしてもあまりクリアーではなくて、表情は豊かではなくて。その画の中で、彼女が道にたたずんでいても、ステージで唄っていても、またレコーディングの風景だとしても、遠い世界にいる人のような感じがいつもしていた。

 もっとも、このあたりは……テレビ出演やライヴもしていたデビュー当初はそうでもなかったことを思うと、だんだんとイメージ戦略化していった気配がある。この世に確かに存在しているのに、ミステリアスであるというか。

 さて、90年代の前半はガールポップと呼ばれたジャンルが人気を博した時期でもあった。谷村有美や久宝留理子、永井真理子に森高千里……。それまでのシンガー・ソングライターとも、またアイドルとも違う、まさにJ-POPの時代にふさわしい、新しいタイプの女性アーティストが大挙して現れた頃だ。

 しかし、ZARDはそのシーンとも完全に距離を置き、独自の道を歩き続けた。なにせメディア露出もライヴ活動もせず、その世界はひたすらスタジオでクリエイトされるのみ。これだけ孤高のままメジャー・シーンを突き進んだアーティストも、そうはいない。

 そして今聴いても思うのだが、ZARDはとにかくクオリティの高い作品群を残している。ZARDの代名詞といえば、やはり先ほどの「負けないで」になる。1993年にリリースされたこの6枚目のシングル曲は、ZARDにおける大きな出世作でもある。だが、これ以外にも名曲、秀作は数多い。

 僕個人の感覚では、8枚目のシングル「揺れる想い」のインパクトのほうが強かった。坂井の清涼感あふれるヴォーカルが映えるポップチューンだ。この頃くらいまでは特にそうなのだが、ZARDの出発点はバンド編成で、それもブリティッシュ・ロックをベースにしたサウンドが主体だった(「負けないで」のアレンジはダリル・ホールの「ドリームタイム」を想起するが)。これが徐々に坂井のひとりユニットのように変化していったわけだが、ともかくその音と、彼女が唄うポップ・メロディとが見事に融合していた。

 もっともビーイング制作なので、ZARDの音も優秀なスタジオ・ミュージシャンたちが集って奏でられたものだ。それだけ練り上げられたサウンドで、それがよくできすぎている……完結しすぎているせいなのか、ZARDが音楽好きの知人関係で話題になった記憶がない。

 当時、ロック好きの友人が、たまたま僕が書いた記事を見たらしく、「青木くん、ZARDなんかの原稿書いてるの?」と言ってきたことがあった。まあ、確かにJ-POPのド真ん中を行ってるメジャー・アーティストで、しかもビーイング所属というのは、当時は、特にロック界隈ではそんなにいいイメージはなかった(まあB’zが昔も今も別格なのはさておいてだ)。彼が、ZARDの良さがピンとこなかったのも理解できる。完成度が高くて面白みがない、というところだと思う。

 ただ、ZARDはビーイングの中ではちょっと文科系寄りで、坂井の歌声や詞も内省的なところがあったりして、僕はそこに惹かれていた。「負けないで」は人生の応援歌だなんて言われたりするが、ZARDにはもっと繊細な心模様を唄っていたり、主人公がなかなか踏み出せない心境を吐露する歌もあったりして、その微細な描写も優れている。

 こうした楽曲の世界は、作を追うごとに研ぎ澄まされていった。「もう少し あと少し…」「きっと忘れない」「この愛に泳ぎつかれても」「こんなにそばに居るのに」「あなたを感じていたい」「愛が見えない」「サヨナラは今もこの胸に居ます」「マイ フレンド」「Don’t you see!」「永遠」……。音の傾向もアメリカン・ポップスやソウルなど、多彩に拡大していった。自分としては、そんなに有名な曲でもないけど「風が通り抜ける街へ」の、その名のとおり、風通しのいいポップ・センスが特に好みだった。

 こうした楽曲に加え、坂井の歌声と美貌も相まって……そう、女子フェロモン満載の歌世界によって、ZARDはヒットを出し続けた。先ほど繊細な心模様と書いたが、ZARDの歌には内面に強さを抱えた女性の姿が見える瞬間も多く、それもまた坂井の凛とした声質に合っていた。思えば90年代頃までは、映画でもマンガでもアニメでも小説でも、やや強気な女性像のほうがウケる傾向が強かった。もっとも、これもステロタイプ的な女性観ではあるのだが……。今ZARDを聴き返すと、当時の坂井泉水に、そんな時代背景までが重なって見える。

 こうしてZARDはメディアや人前に出ないスタイルのまま、活動を続けていった。99年に一度だけライヴを行っているが、それは本当に例外的なものだった。

 しかし2007年、坂井が亡くなったというニュースがいきなり流れ、世間に衝撃が走る。

 彼女はがんの治療のために長らく入院していて、その院内で転落死したというものだった。本当に驚いた。享年は40と報道されたが……それもリアルに響かなかった。いや、事実として解釈しようとはするのだが、やはりそれだけ違う世界にいる人のような感覚があったからだ。何しろ時を経る中で、「この娘も大人びたな」とか「成長したんだな」みたいな、普通のアーティストならこちらがいくらでも持つような感慨が一切ないままだったのも大きい。

 だから、そもそも病気だったとかも……彼女が入院生活を送っているとか、薬を飲んだりしている光景すら、想像がつかない。当時はそれを自分の頭で必死に理解しようとしたものだった。こうした悲しみに包まれながら、ZARDは活動を終えていったのだった。

 今思えば、坂井が亡くなったことで、ZARDのイメージは神格化されたように感じる。ZARDの音楽が時代を超えて訴求し続ける要因のひとつには、このこともあると思う。

 しかし、なんといっても一番の理由は、ZARDの音楽に息づく普遍性だろう。残された作品の中には時代性がうかがえるアレンジ(シンセやギターの鳴りは、いかにも90年代だ)や言葉もあるが、基本的には時や場所など関係なく響くポップスである。時流に左右されずに聴ける歌ばかりだし、その中で人の心のスキ間に入ってくる言葉が多いと思う。

 07年以降のZARDはここまでの間、残された音源や編集盤のリリースはしてきたものの、それ以外のことは基本的には一切しないままでいる。そこはスタッフたちもあの頃のZARDのままでファンの記憶にとどめられることを望んでいるのではという気がする。

 今回の倉木とのコラボも、あくまで番組内での企画だ。ZARDは、坂井泉水の歌は、今のまま、みんなの心に、それぞれのものとして残っていくのが、僕もいいと思う。

 でも、彼女の姿を何年ぶりかにテレビの画面で見たことは、昔のさまざまな記憶を呼び起こしてくれた。そして思い返した。一度だけでいいから、彼女の姿を生で見たかったことを。あの歌を生で聴きたかったことを。

 この思いは、たくさんのファンの方々も、きっと同じはずである。

●あおき・ゆう。
1966年、島根県生まれ。男。
94年、持ち込みをきっかけに音楽ジャーナリスト/ ライター業を開始。
洋邦のロック/ポップスを中心に執筆。
現在は雑誌『音楽と人』『テレビブロス』『コンフィデンス』『 ビートルズ・ストーリー』『昭和40年男』、
音楽情報サイト「リアルサウンド」「DI:GA online」等に寄稿。
阪神タイガース、ゲッターロボ、白バラコーヒー、ロミーナ、 出前一丁を愛し続ける。
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嵐“活休特需”が早くも……! 出演番組で高視聴率続々 『Mステ』でみせたサプライズにファン感涙

嵐活休特需が早くも……! 出演番組で高視聴率続々 『Mステ』でみせたサプライズにファン感涙の画像1

 1月27日、日曜日の夕方に飛び込んできた「嵐活動休止」のニュース。今クールのランキングトップはもちろん、嵐に関する話題でした。国民的アイドルが出した決断はファンのみならず世間からも大きな注目を集め、31日放送の『VS嵐』(フジテレビ系)は平均13.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)、2日放送の『嵐にしやがれ』では14.9%と今年の番組最高を記録するなど、嵐の出演番組がどれも高視聴率を獲得しているようです。

 また、活動休止発表後、5人が揃う初めての生放送番組となった1日放送の『ミュージックステーション3時間スペシャル』(テレビ朝日系)も、13.9%を記録。「君のうた」と「感謝カンゲキ雨嵐」の2曲を披露し、特にファンを前に披露した「感謝カンゲキ雨嵐」では、歌詞に出てくる“君に”の部分を“みんなに”に替えて歌うというサプライズもあり、ネット上ではファンから「涙が止まらなかった」「あんなの応援する以外の選択肢無いじゃん!」といった声が続出。 残された2年間、メンバーはもちろん、ファンもこのままのテンションを維持したまま最後のときを迎えられるといいですが……。

 ということで、早速詳しいランキングを見ていきましょう!

第1位
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第2位
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第5位
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