――映画の本場アメリカに迫る勢いで世界随一の映画大国になりつつある中国。しかし、そこには政府による「検閲」という他国にはない事情が横たわっている。この検閲をくぐり抜けるべく、かつて若手映画人たちは死闘を繰り広げていたが……。
2018年、中国における映画の興行収入は609億元(約9700億円)を記録した。12年には、日本と同程度の2000億円強という市場規模だったものの、わずか6年でその規模は5倍近くに急拡大。世界最大の映画大国である北米の1兆2000億円を抜き去るのも時間の問題とみられている。
そんな映画大国に成長した中国の映画産業において、いまだ大きな壁として横たわっているのが「検閲」という制度。グーグルやフェイスブック、ツイッターといったサイトへのアクセスを遮断しているインターネット上の検閲は有名だが、映画においても、検閲によって暴力描写や同性愛描写、そして天安門やチベットをはじめとする政治問題などを描くことは徹底的に禁止されている。
いったい、中国における映画検閲とはどのような仕組みになっているのだろうか? そして、映画関係者は、どのようにして厳しい検閲をくぐり抜けているのだろうか?
検閲に触れる前に、まずは、中国映画産業の現状について確認してみよう。
かつては中国の庶民にとって贅沢な娯楽であった映画鑑賞だが、近年の急速な経済成長に伴う生活水準の向上によって、観客の数も爆発的に増加。特に、ここ数年は全国あちこちにシネコンが建設され、スクリーン数は中国全土で6万にまで膨れ上がっている。この数字は、アメリカの4万スクリーンを抜き去り世界一。このような同国の「映画バブル」はすでに、日本でも話題となっている。作品別の興行収入では、1位を獲得した中国映画『オペレーション:レッド・シー』は36・5億元(約589億円)、外国映画でも『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』が23・9億元(約386億円)『ジュラシック・ワールド/炎の王国』が16・9億元(約273億円)というまさにケタ違いの興行成績をあげており、このうち、中国国外の映画会社に対しては興収の25%を分配する取り決めが行われている。
そんな爆買いならぬ「爆見」状態の中国の映画市場に対して、ハリウッドの映画関係者は熱視線を注いでいる。近年製作された映画のうち少なくない作品が中国市場に食い込むために、さまざまな方法を駆使しているのだ。『映画は中国を目指す─中国映像ビジネス最前線─』(洋泉社)などの著書がある北海学園大学教授・中根研一氏は中国映画に対するハリウッドの姿勢を次のように解説する。
「以前はハリウッド映画において、中国人俳優は端役程度の存在として起用されることが多かったのですが、近年は、ストーリーにしっかり絡んだ役柄で登場することが増えていますね。16年1月に中国企業、大連万達グループに買収されたレジェンダリー・ピクチャーズが制作を手がけた『パシフィック・リム:アップライジング』ではジン・ティエン、『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』ではチャン・ツィイーといった中国人女優が作品の中でも重要なキャラクターを演じ、中国の観客に対してアピールをしているほか、マーベル・シネマティック・ユニバースでは、初のアジア系スーパーヒーローを主人公とする『シャン・チー』を準備しています。ハリウッドの中にある出演者の民族的多様性を重視する流れにも後押しされ、主要登場人物としての中国人俳優の起用がかつてよりも明らかに多くなっていますね。
また、作品の内容だけでなく、中国国内で展開されるプロモーション活動も、以前に増して活発化しています。19年だけでも、『デッドプール2』、『アベンジャーズ/エンドゲーム』、『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』、『Xメン/ダーク・フェニックス』といった大作映画の監督やキャストが映画の公開前に訪中し、サービス過剰なほどさまざまな話題作りのイベントに積極的に参加。また、昨年大ヒットを記録した『アクアマン』や、今年公開の『スパイダーマン/ファー・フロム・ホーム』などは、本国よりも早い封切り日を設定しています」
しかし、中国市場に参入しようともくろむ外国映画の前に立ちはだかるのが、中国政府が設定する「映画輸入制限」という制度。中国では、年間に上映される外国映画の本数が当局によって決められており、18年に公開されたのはわずか40本。10年代を通じてその数は徐々に拡大傾向にあるものの、他国に比較すると、ほとんどその門戸は開かれていない。
また、この映画輸入制限本数については政治的な状況にも大きく左右され、近年の規制緩和の流れがいつ途絶えるかは定かではない。
「日中間が領土問題に揺れた13~14年には、日本映画が公開されませんでした。また、16年、韓国がTHAADミサイル配備を決定すると、中国政府は韓国文化の輸入規制を実施し、ドラマや映画の放送・上映ができなった過去もあります。現在、輸入制限は規制緩和の方向に動いていますが、今後、政府間の関係が緊張すれば特定の国の映画を輸入規制によって排除するといった対策をとることも十分にあり得るでしょう」(前出・中根氏)
日本やアメリカのような国家とは異なり、伸長する中国映画市場の背景には、国家の思惑が強く影響する。トランプと習近平が繰り広げる貿易戦争を、映画関係者はヒヤヒヤした目で見つめているのだ。
そんな「政府の思惑」が、輸入規制以上にダイレクトに反映されるのが検閲制度だ。
中国では、すべての映画に対して検閲が義務付けられており、「暴力描写」「同性愛描写」「オカルト表現」「公序良俗に反する描写」「政治的にデリケートな問題」といった項目で問題があると見なされると、削除や修正指示が出され、従わなければ制作や上映は許可されない。中国国内で製作された映画はもちろん、中国国内で上映される外国映画も検閲の対象となっており、昨年世界的な大ヒットを記録した『ボヘミアン・ラプソディ』は公開こそされたものの、同性愛についての描写がすべてカットされてしまった。同様に、数々の映画が検閲によって上映禁止や修正処理という苦汁をなめてきたのだ(※コラム参照)。
東京フィルメックスのディレクターであり、中国の映画祭でもコンペティション審査員を務めている市山尚三氏は、中国の検閲事情を次のように語る。
「中国では、検閲の基準が明文化されておらず、上映禁止になったとしても『技術的な問題』としか発表されません。おそらく、内部では基準があるはずですが、一般には公開されていないんです。その結果、検閲の基準は、検閲委員会に集められた審査員によって、あるいは検閲を受ける都市によってもまちまちという状況になっています。
今年のカンヌ国際映画祭に出品されたディアオ・イーナン監督『ザ・ワイルド・グース・レイク』の劇中には、バイクに乗っているキャラクターの首がヘルメットごと吹き飛ぶという残酷描写がありました。日本ならばR指定を免れないそんな描写が含まれているにもかかわらず、中国では検閲を通過している。おそらく、この映画を担当した検閲委員会の基準が緩かったのでしょうね」
そして昨年、そんな検閲制度をめぐって、大きな変更があった。これまで、国家新聞出版広電総局に属していた検閲を担当する部署「国家映画局」が、共産党中央宣伝部の管轄下へと移行したのだ。この制度改変によって割を食ったといわれるのが、『HERO』や『LOVERS』『初恋のきた道』といった作品で知られる中国映画の巨匠チャン・イーモウ。今年のベルリン国際映画祭で、その事件は勃発した。
「これまでの検閲は、映画界の実情を知っている人間が窓口を担当していたため、『カンヌに出品することが決まったので、早く委員会を招集して検閲を行ってほしい』といった融通は利いていた。しかし、共産党宣伝部が窓口になることで、そんな融通すらも難しくなってきているようです。
今年5月、チャン・イーモウの作品『ワン・セカンド』がベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品される予定だったものの、直前になって“技術的な問題”から、上映が取りやめになったと発表されました。チャン・イーモウはこれまで、文化大革命を扱った『活きる』が許可を得る前にカンヌ映画祭で上映されたため、その後の国内での公開が禁止されてしまうなど検閲によって辛酸をなめてきた人物。検閲制度の事情は知悉しているはず。そんな彼の作品も、新たな検閲制度を前に、上映中止という事態に陥ってしまったんです。
ただ、検閲そのものの基準が変更されたのかについては、まだ定かではありません。今後、どのような作品が出てくるかによって、現在の基準が明らかになってくるのではないかと思います」
インターネット上の検閲に目を移せば、中国国内での規制は年々厳しくなっており、これまで抜け道となっていたVPNの使用も危ぶまれている。今後、共産党政権が映画産業に対してもこれまで以上に強い規制をかけていくという流れは十分に考えられるだろう。
では、中国の映画作家たちは、そんな検閲に対抗するために、どのような手段を取っているのだろうか?
90年代以降、中国では「独立電影」と呼ばれるインディーズ映画が製作されてきた。検閲を受けない代わりに、中国国内の映画館における上映を諦め、自主的な上映会や、国外の映画祭への出品といった方法に活路を見いだしてきたこのシーンは、デジタル機器の発達も相まって、00年代以降急速に盛り上がっていった。ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を獲得したジャ・ジャンクーや、天安門事件を描いた『天安門、恋人たち』を未検閲のままカンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品したことから5年間の活動禁止処分を受けたロウ・イエ、これまでカメラが入ったことのない中国の精神病院内部を映した『収容病棟』などで知られるワン・ビンなど、国際的な映画祭で活躍する監督たちもこのシーンの出身だ。
しかし、シーンが盛り上がりを見せるにつれて、当局は独立電影に対しても厳しい目を向けるようになる。特に、その弾圧が強まっていったのが、11~12年にかけて。北京インディペンデント映画祭は開催前日に当局によって中止を言い渡された。また、別の映画祭では突如公安が乗り込んできて検閲を要求したり、映画祭を中止にする代わりに会場となる地域一帯を停電にするといった、他国では考えられない妨害を繰り返した。
そんな当局による執拗な圧力が成功したのか、ここ数年、独立電影シーンの存在感は徐々に薄れつつあるという。また、独立電影が下火になった一因として前出・市山氏は、「当局の圧力だけではなく、中国映画のバブル的な状況も関係があるのではないか」と指摘する。
「近年の映画バブル的な状況は、独立電影の作家たちをも変えつつあります。資金があふれている中国では、無名の作品であっても制作資金を集めやすい環境になっており、1億円の製作費を集めることも可能です。また、乱立するネット配信企業がコンテンツを探しているため、配信契約を結べば最低3000万円を保証するといった条件が提示されることも珍しくない。ただ、出資を受けるためには検閲を通して一般公開をすることによって資金を回収するのが条件となります。そんな状況が、独立電影の映画監督たちに検閲から自由になるために無理して自己資金で映画を製作するよりも、検閲を受ける代わりに資金的な自由を獲得してクオリティの高い映画づくりを優先させる流れを生んでいるのではないか。映画をめぐる環境の変化も、独立電影が勢いをなくしていった一因でしょうね」
検閲に対抗するのではなく、あえて体制の監視下に入って映画づくりを行う道を選んでいる中国の若手映画監督たち。では、今後、中国において体制に抵抗するような作品はますます生まれにくくなってしまうのだろうか? そんな疑問に対して、前出の中根氏は、こんな兆候に一筋の光明を見いだす。
「近年、商業映画の中でも、これまで描くことがタブーとされてきた中越戦争(79年に勃発した中国とベトナムの戦争。事実上、中国軍の敗退)を描いた『芳華―Youth―』や、コメディながら実際の事件をモチーフにして中国国内における高額薬の問題を描いた『ニセ薬じゃない!』といった社会派の作品も検閲を通過し、興行的にもヒットしています。目の肥えてきた観客がこのような作品を求め、積極的に評価するようになれば、今後も骨太なテーマを持つ作品が上映されていくのではないでしょうか」
とはいえ、検閲の枠組み内で活動する以上、天安門事件やチベット問題など、国家の根幹を揺るがす事件をテーマとした作品を制作することは絶対に不可能であり、同性愛を直接的に描くことも現状では難しいだろう。
不明瞭な基準による検閲制度のもとで、拡大の一途をたどる中国の映画産業。これを支配する中国政府の意向が、全世界の映画産業に大きな影響を及ぼしていくのも時間の問題だ。
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