――しばしばニュースとなる著名人の薬物事件。とかく逮捕された瞬間ばかりがクローズアップされがちだが、その後、薬物犯罪で逮捕された者が不起訴処分や執行猶予判決を得られるよう、弁護士が繰り出す“戦術”があるという。ここでは、薬物自体の是非はさておき、一般的にはあまり知られていないその方法を取り上げてみたい。
2019年3月12日、ミュージシャンで俳優のピエール瀧がコカイン使用の容疑で逮捕され、4月2日、東京地検に麻薬取締法違反の罪で起訴された。芸能人の薬物事件の場合、もっとも大きく報道されるのは逮捕の瞬間であり、次に話題に上るのは第1回公判が始まったときであろう。しかし、この逮捕から裁判までの間には弁護人を介して不起訴処分や無罪判決、あるいは執行猶予を得ようとする動きが当然ある。ここでは、あまり表に出ない薬物事件における逮捕後の“戦略”について見ていきたい。
まず、薬物事件を含む刑事事件では基本的に逮捕→勾留→起訴→裁判という手続きを踏むが、どのタイミングで弁護士とコンタクトを取るのが一般的なのだろうか? グラディアトル法律事務所の藤本大和弁護士は、こう話す。
「薬物事犯の場合は所持、使用、販売、輸入など容疑により警察の初動も変わりますが、多いのは所持で、大体、職務質問で発見されて現行犯逮捕になる。逮捕されると48時間、もしくは最大で72時間は警察署の留置所に入れられ、その間に行われる弁解録取という手続きで、被疑者に対して弁護人選任権が告知される。つまり、『あなたには弁護士を呼ぶ権利があります』と告げられます。一般的に弁護士が介入する最初のタイミングは、そこですね」
このとき、被疑者は留置されている警察署のある都道府県の弁護士会に登録する当番弁護士か、知り合いの弁護士がいればその人を呼んでもらえる。そして48時間(または72時間)を過ぎると、今度は勾留期間に入る。
「被疑者の勾留は、『逃亡及び罪証隠滅の恐れ』の有無で判断されます。薬物事犯では罪証隠滅が容易で、覚せい剤だとトイレに流せば済む。ゆえに、ほぼ勾留が認められ、勾留中はやはり罪証隠滅を防ぐ目的で弁護士以外との接見が禁止される可能性が高い。なお、勾留期間は10日間で、さらに最大10日間の延長が可能。つまり、被疑者は逮捕時の留置と合わせて最大で23日間は警察に身柄を拘束され、その間に取り調べやガサ入れが行われます」(藤本氏)
このときの弁護士の大きな役割は、被疑者の家族にすぐに連絡することだ。
「なぜなら不起訴や裁判後の執行猶予を狙うには、被疑者の身元を引き受けたり、薬物依存症の治療施設への入所や通所の手続きをしたりする人間が必要だからです。それができるのは、外にいる家族や近親者だけなんです」(同)
■違法な職質で得た薬物は裁判で証拠にならない
また、いち早く弁護士を呼ぶのは別の意味でも重要であると、薬物事件に詳しい弁護士のA氏は語る。
「刑事事件全般において被疑者は最大で23日間身柄を拘束されますが、逆に言えば弁護人としては23日間しか裁判の準備ができない。しかも、起訴されたら99%以上の確率で有罪になるといっていい。ということは、裁判で無罪を勝ち取るよりも、不起訴にして釈放させるのが理想的なんです。そのための準備期間は1日でも多くあったほうがいいんです」
さらに言えば、逮捕前の職務質問の段階で弁護士を呼ぶことも有効だそうだ。
「職務質問は、任意の捜査なので応じる必要はないんです。ただし、合理的な理由もなしに断ると、それが逮捕要件になって逮捕状が出てしまうこともある。よって、従わざるを得ない場合もありますが、職質における身体検査は服の上から触れるだけで、ポケットの中に手を突っ込んだりしてはいけません。また、『車の中を見せてください』という場合でも、ドアの隙間から車内を見渡す程度ならいいのですが、勝手にダッシュボードを開けたりするとガサ入れになる可能性が高いので、捜索差押え令状を取らなくてはならない」(A氏)
しかし、実際にはこのような職質も行われている。
「警察官は法律の専門家ではないので、それが違法であると認識していないことも多い。また、職質される側も『そういうものなんだろう』と思ってしまう。そこで違法性を的確に指摘できるのは弁護士しかいないんです。だから職質を受けたときに、電話で知り合いの弁護士に相談したり、ネットで検索してすぐに動ける弁護士に来てもらったりするのは、違法な捜査を未然に防ぐことにもなります」(同)
そして、違法な捜査があったときこそ弁護士の出番だという。
「職質中に警察官が違法に車のダッシュボードを開けて、そこから覚せい剤が出てきたとします。でも、違法な捜査で収集された証拠は裁判では使えません。そもそも犯罪の立証責任は検察官にあるわけで、彼らがもっとも恐れるのは十分な証拠を揃えられないこと。その意味では、勾留中の取り調べで黙秘を貫くというのもまた有効です」(同)
被疑者や被告人には黙秘権があるのは広く知られている。しかし一方で、黙秘権を行使すると、心象が悪くなり、量刑が重くなったり、本来付くはずだった執行猶予が付かなくなったりするかもしれない……という不安も残る。
「警察官も『しゃべらないなら実刑だぞ』とよく言うんです。でも、そもそも警察にそんな権限はありません。起訴権限は検察官にしかないし、量刑は裁判所が決めるものですから。私に言わせれば、警察官が取り調べでいろいろ聞いてくるということは、まだ十分な証拠が揃っていない可能性があることを意味します。であれば、被疑者はわざわざ証拠を与えてやる必要はない。だから、もっとも強力な弁護は被疑者に一切しゃべらせないことなんです。証拠が足りなければ裁判で勝てません。検察官が気にするのは有罪にできるか否かであり、もし無罪になればキャリアに傷がつきますから、裁判をしないという判断に傾く。つまり、不起訴になる可能性が出てくる」(同)
事実、警察側も弁護士が被疑者と接見する前、逮捕直後に自白を取ろうとするという。ゆえに一刻も早く弁護士を呼ぶべきであり、弁護士が来るまでは一切しゃべらないことが得策なのだ。
■起訴されてから自白すればいい
また、先ほどA氏は「証拠不十分であれば、不起訴になる可能性が出てくる」と言ったが、それこそ例示されたような違法捜査などがなければ、現実的には薬物事件で不起訴を獲得するのは非常に難しいという。
「覚せい剤の自己使用などは、ほぼ間違いなく起訴されます。ただし初犯であれば、覚せい剤の単純使用なら懲役1年6カ月の執行猶予3年、大麻の単純所持なら懲役6カ月の執行猶予1年と、ほとんどは執行猶予が付く」(前出・藤本氏)
なお、起訴になるか不起訴になるかは、原則として勾留期間が満期を迎えるまでに決定される。そして起訴された場合は、被疑者勾留から、勾留期限のない被告人勾留に切り替わる(被告人勾留の期限は2カ月だが、以降は1カ月ずつ更新されることが認められ、更新回数に制限はない)。そんな長期間も勾留されてはたまらないので、保釈を求めることになる。
「刑事訴訟法では、罪証隠滅や逃亡の恐れがなければ原則として保釈は認められます。特に薬物事犯の場合、大体、所持で現行犯逮捕されているので、容疑を認めないというのが難しい。だから基本的には保釈は下りやすい」(前出・A氏)
では先述のように、勾留中の23日間、黙秘を貫いても保釈は降りるのか?
「勾留期間が満期を迎えて起訴された瞬間から、被疑者は被告人になります。これは単に名前が変わるのではなく、立場が変わる。つまり、被疑者は取り調べの対象ですが、被告人は裁判で争う権利を憲法上与えられた当事者。よって、起訴されて被告人になったら取り調べに応じる必要はなくなり、そこで初めて『起訴されたし、しょうがないから自白しますよ』と言うことも可能。そうすることで、勾留中の取り調べで一切の情報を与えないまま保釈になることも可能です」(同)
ただし、保釈されても、被告人は自由に動けるわけではない。
「保釈のために、まず身柄を引き受ける人――『裁判所には私が責任を持って出頭させます』と言う人の誓約書を弁護人は用意。また、我々は『制限住居』という言い方をしますが、実家で薬物を使っていた人なら、保釈中は叔父の家などに住んでそこから出ないようにしてもらうとか、移動時も必ず叔父を同行させるとか、携帯電話を取り上げるといった条件をつけた上で保釈してもらいます。いずれも、罪証隠滅と逃亡の可能性を消すための措置です」(藤本氏)
■依存症の治療を受けて刑務所に入る理由を消す
そして、この保釈中に裁判で戦うための準備を整えることになる。
「薬物事犯における裁判の戦い方は実はワンパターンで、基本は先ほど述べたように薬物依存症を治療する施設に通所・入所してもらうことです。ただ、これは薬物使用の容疑を認めた上で治療を受けることになるので、あくまで執行猶予を狙う戦略。保釈決定から第1回公判までは約2カ月ありますので、その間に治療プログラムに参加し、可能であれば医師に『真摯に治療に取り組んでいて、依存症を克服しようという気概がうかがえる』といった旨の意見書も書いてもらう。それと並行して、家族や恋人、信頼できる友人などに『もし執行猶予が付いたら、私が毎回病院に付き添います』と一筆書いてもらう。被告人を支えてくれる人の有無は裁判所もよく見るので、近親者の協力を得ることも大事です」(同)
しかしながら、薬物依存症の治療プログラムを受けるということは、薬物への依存を認めることになる。この点は裁判で不利にはならないのか?
「正味の話、依存性はほぼ認められる傾向なので、量刑にはあまり関係しないと考えています。例えば1回しか覚せい剤を打ったことがない人の場合、依存性があるかないかと問われれば『1回だけなら依存性はないのでは?』と答える人も多いでしょう。でも、裁判所は『回数は関係ない。薬物をやりたいと思った時点で依存している』という考え方をするので、そこで争っても意味がない」(A氏)
それよりも、注目すべきは刑法の目的そのものだとA氏は言う。
「刑法が人権を侵害してまで罰を与える理由は2つあります。ひとつは犯した罪を償わせるため。もうひとつは、犯罪を繰り返さぬよう刑務所に入れて“教育”するためです。この教育に相当するのが依存症の治療であって、そこをクリアできれば刑務所に行く理由がひとつ消えるわけです。治療以外にも、NA(ナルコティクス・アノニマス)という自助会に参加させてもいい。ここには被告人の想像を超える悲惨な薬物依存症患者がたくさん来るので、たいていの人は『ショックを受けた。もうクスリはやめる』と言うんです。これも教育が施されているというアピールになります」(同)
ちなみに、治療施設にはどのようなものがあるのか?
「東京都であれば、小平市のNCNP病院(国立精神・神経医療研究センター)に薬物依存症外来があり、ここは絶対に外せません。というのも、現在の刑務所内で行われている薬物依存症の治療プログラムをつくっているのが、このNCNPだからです。要するに、刑務所で受けるプログラムを前倒しで受けているのだから、刑務所での教育は必要ないというロジックが成立する。ただ、小平は都心からは少し遠いし、週1回の治療を半年かけて行うというのが基本プログラム。仮に私が裁判官だったら、『週1回じゃ足りないよね?』と思うんですよね。よって、週1で小平に通わせつつ、23区内のクリニックなど、より近場にある施設に毎日のように通わせます」(同)
NCNPで治療の質を担保し、近場のクリニックで量を稼ぐというわけだ。
「それプラス、可能であれば夜は自助会にも出る。そうすることで、裁判所に対して『これ以上の教育を刑務所で施せますか?』という問いかけにもなります。ただ、初犯の人であれば、NCNPだけでも十分でしょう」(同)
また、16年に「刑の一部執行猶予制度」が施行されたことにも注目すべきである。
「同制度は見かけ上は仮釈放に近くて、要は、刑務所には入ってもらうけれど、刑期より早めに出してあげるんです。なぜこの制度ができたかというと、特に薬物依存は、薬物がある社会で依存を克服しないと、本当に克服したことにならないから。つまり、刑務所内では薬物が手に入らないからやらないだけで、やろうと思えばやれる環境でやめられなければ意味がない。だから、早めに出所させて様子を見るんです。これは、薬物依存からの回復に向けた活動の重要性を改めて法律が認めたことにほかならない」(同)
よって、今後もシャバでの“教育”は、薬物事件の裁判では重視され続けるというのがA氏の見立てだ。
ここまで見てきたように、逮捕されてからの戦術にはいくつかのセオリーがある。転ばぬ先の杖として、知っておいて損はないはずだ。
(月刊サイゾー6月号『令和時代の(新)タブー』より)