イクメンという言葉はもはや陳腐化し、男性が育児参加するのは当たり前という風潮が高まるなか、多くの男性を悩ますひとつのトピックスがある。それは、「父性が芽生えるのは一体いつなのか?」問題だ。
日に日に膨らんでいくパートナーのおなか、ホルモンバランスの乱れによる理不尽をさんざん浴びせられ、「おれ、本当に父親になれるのか?」と不安におののく男性も少なくないだろう。
そんなギモンに答えてくれる情報は、ググっても出てこない。だったら自分で書いてみよう、というのが、8月中旬に上梓された『こうしておれは父になる(のか)』(イースト・プレス)だ。著者は、ネット上では知る人ぞ知る有名人、本人(@biftech)氏。ライブ鑑賞が趣味で、大のネット好きの30代後半の男性が、パートナーの妊娠発覚から子どもが1歳になるまでの約20カ月を実況レポートしたエッセイ本だ。Cakesの人気連載に「妊娠編」を加え、パワーアップ。果たして彼は、どのようにして父親になったのだろうか?
***
――そもそもこの本は、2018年の文学フリマで発売された同人誌「チャーミーグリーンに挑む」が元になっているんですよね?
本人 はい。当時、交際2カ月だった妻から妊娠を告げられ、これはすごいことになったなと。ライブレポートやTwitter実況など、体験したことを文章にするというのは日常的にやっていたので、記録しない手はないなと思いまして。ただ、これまでにないほど大きなトピックスだし、長いプロジェクトだと思ったので、日々少しずつネット上で出すというよりは、同人誌として一冊にまとめて出したほうがいいだろうなって。
で、満を持して文フリに初参加したところ、たまたま隣のブースが作家の小林エリカさんだったんです。お手伝いに来ていた担当編集さんが1冊購入してくれたんですが、その場で「連載にしましょう!」と口説かれまして……。
担当編集 僕もサブカル寄りの人間なんで、サブカルの人間がどう社会に適合していくのか興味があったんですよ。
本人 (笑)。同人誌は妊娠編だけでしたが、出産後のことも書こうと思っていたので、「ぜひお願いします」と引き受けました。
――2018年8月にcakesで連載がスタートし、隔週でアップされていましたが、ただでさえ仕事に育児にと忙しい中、コラムを書いている夫に対して、奥さんから不満の声はなかったですか?
本人 ありましたね……。妻の体とかメンタルの変化についても赤裸々に書いてましたし。アップ前に読んでもらうようにしていましたが、朝までカタカタやってたり自分がスポットライト浴びてるところばかり書いたりしてるのは、やはりどうなんだと。本ができた今は「記録が残せてよかったね」ということになったんですが。
――読者からの反応は?
本人 もともとは僕と同じような男性に向けて、“同じ轍を踏んでくれるなよ”という気持ちで書いていたんですが、フタを開けてみると、わりと新米ママたちから「そうか、男性側はこういう気持ちなんだ」とか「パパも大変なんだね」という声があって「そっちもか!」と思いました。
――これまで趣味最優先だった独身男性が、いきなり育児モードになれるものですか?
本人 結婚前はGoogleカレンダーに気になったライブの予定とかをビッシリ書き込んでいたんですが、今は娯楽カレンダーは真っ白で、会社の予定、夫婦の予定、子どもの予定で埋まってる。人って変わるんだと思いました(笑)。
――フラストレーションはたまりませんか?
本人 「あのバンド今日ライブするんだ?! 当日券でライブ行こ!」ってのができないから、不満はたまらないわけではないんですが、その代わり新たに加わった育児で得られる刺激にグッときてますね。最近だと、音楽に対する興味が出てきていて、(Foorinの)「パプリカ」が流れると踊りだしたり。アリーナ席で、「1歳なのにビート取ってる!」っていうのを見てる感覚ですからね。神々しいって。
――(笑)。
本人 あと、ユニットの新メンバーみたいな感覚もあるんですよ。これまで、おれ、妻、たまに猫だったところに子どもが加入したような。相互作用というかユニット単位で高め合うというか、新章を迎えた感じが楽しいですね。
――そもそも、子どもは好きだったんですか?
本人 好き嫌いでいったら、好きではないほうでした。電車とかでワーキャー言ってるのを見て、それこそネットでよく話題になる、ひどいこと言っちゃうおじさんのような心境になることもあったし。そもそも得体の知れない生き物っていう見方をしていました。
――この本は「自分に父性が芽生えるのか」というのがテーマになっていますが、デキちゃった婚ではなく、結婚→妊娠という順番だったら、そういった焦りは生まれなかったものなのでしょうか?
本人 僕個人でいえば、順番が変わったからって、父性の芽生えの時期は変わらなかったと思いますね。実物を見るという体験をもって初めて気づかされたことってやっぱり多かったし、生まれる前にいろいろなエッセイとか子育て本を読みあさったんですが、自分の心自体は、そこまで変わらなかったですからね。何か書くときは基本「見たものじゃないとソースにしちゃいけない」って考え方でやってるんですけど、子どもに対しても同じなんだなと。
――「子どもができた!」「生まれた!」という喜びと、父性は違うものなんですか?
本人 最初に妊娠を告げられたときは、「いよいよ自分にもこのトピックが降りかかってきたか」が50%、「はえーな」が50%でしたね(笑)。子どもが生まれた瞬間は「子どもすげー」が50%、「妻、最高にえらいし、本当にかわいい」が50%。正直、産後しばらくは子どもというより、妻への愛情のほうが強かったですね。でも、生後2カ月くらいの時に、初めて僕の言動に対して子どもが笑い返してくれて。「自分には父性がないんじゃないか」と少し焦っていた時期だったんで、子どもへの愛おしさと安堵感が爆発して涙が止まりませんでした。
――確かに、特に前半は奥さんへの愛がにじみ出てますね(笑)。「妻に認めてもらいたいから頑張る」みたいな。
本人 ならよかった(笑)。妻にしろ子どもにしろ、育児ってコミュニケーションの入門みたいなところがありますよね。これまで、こんなに至近距離で人と接し続けることなんてなかったし、やっぱり家族ユニットとしてのバイブスを高めていくというところからスタートしてるんで、そういうふうに感じられるのかもしれません。
――やはり育休を取ったというのが大きかったんですか?
本人 それもありますね。産後、2週間ほどで育休に入ったんですが、一つ屋根の下で3人と1匹だけで生活していくという経験は大きかったです。日中は2人がかりで家事育児をやって、夜中のミルクは当番制でした。
――大変でしたか?
本人 外に遊びに行く余裕はなかったですけど、代わりに宅配食材のサンプルを取り寄せまくったり、メルカリで不用品を数万円に換えたりはしました(笑)。まあ最初こそ、「育児、途方もない……」って感じでしたが、一連のルーティーンができると、一人でやっているより格段に楽だったと思いますね。あの時期は揉めたりもなかったから、なんだかんだ2人でシェアできてるという実感がありましたし。夫婦で揉める時って、どっちかが睡眠不足か、キャパがオーバーしてるかのどっちかですからね。
――実際のタスクの分担以外に、育休のメリットってどんなところですか?
本人 フタを開けてみたら実はこうだったんだ、というのを当事者として体験できたということでしょうか。現場を見ないまま日中に家でどういうことが起きているのか理解するのは、やっぱり難しいと思うんですよ。そういう意味で、体験すると頭の片隅にずっと残りますからね。出産前の両親学級でシミュレーションとか、そういう話じゃないんですよね(苦笑)。
――人形相手の沐浴体験やオムツ替えと現実は違う(笑)。
本人 それに、育休中の妻が言ってた「世間から切り離される疎外感」とか「アウトプットできない悲しさ」の一端も味わえたと思います。家の中がすべてになってしまうから、久々にコンビニへ出かけて季節の移り変わりを知ったり。子どもの世話をするのは当然だけど、やっぱり自分を犠牲にしなきゃいけない部分もあるなって。
――24時間、緊張感と責任感で押しつぶされそうになるっていいますからね。
本人 逃げられないし、誰かに相談するにしても、この案件って人それぞれすぎますからね。ほんと、世の中のお母さんたちおつかれさまです……! あと、今回あらためて思ったのは、父親側の意見も全然違うなって。「子どもかわいい」ってところでは共通していても、得意不得意も違うし、仕事の関わり方も周りの理解も違うから、これを共有する、わかってもらうというのも、かなり大変なことだと思いましたね。
――育児に関わりたくてもどうか関わっていいのかわからない、という男性は少なくないのかもしれないですね。
本人 父親といえば大黒柱的なイメージがこれまでずっとありましたけど、実際はもっとヘタレだし、自分の頼りなさは一人の人間の命を扱う上ではすげえ欠点だなって思いましたね。だから、そういったダメなところも含めて、育児の敷居を下げたいと思ってこの本を書いたわけです。
――運よく育休を取れたとしても、パタハラに遭って退社を余儀なくされた、なんて話も聞きますが、本人さんが職場復帰するにあたって、トラブルとかはなかったんですか?
本人 勤務先はすごく理解があって、社長も育児経験者だし、女性に限らず全社員育休取ってなんぼでしょ、みたいなスタンスなんですよ。だから、特にトラブルはなかったと思います。ただ、やっぱり復帰した直後はいろいろバタバタして、何かひとつに本腰を入れると、マルチには回せないっていうのを痛感しました。仕事はどんどんたまっていくけど、家に帰って子どもをお風呂に入れなきゃいけないとか。ユニットのバイブスをよくするためにやってるはずが、単なる義務感にさいなまれる日もありましたね。
――振り返ってみて、一番つらかったのはその時期ですか?
本人 そうですね、子どもが寝返りを覚えて、仕事が忙しくなってきて、妻もフラストレーションがたまってきて、それが積み重なったのが生後3~5カ月あたりですかね。2週間に一度くらいのペースで夫婦間が荒れてました(笑)。
――育児にも関わりたいけど、仕事もしなきゃいけない。そして家庭は不協和音……。そんな状況を、どうやって打破したんですか?
本人 Excelで家事育児タスクをすべて書き出して、再分担したんです。いわゆる“見える化”をしないと全体像もわからないし、その作業の中で何げないことが相手にとって負担だったってわかったんですよね。たとえば、僕の連れ子である猫のエサやりとか。当然、仕事に関する項目はないので、「おれはこんなにやってない」を可視化する儀式のような気がして、最初はなかなか進まなかったんですが(笑)。
――家事や育児は、不公平感で揉めることが多いですよね。
本人 でも、家事分担って、ボリュームだけで言い切れるものじゃないなって。自分はフルタイムで責任のある仕事をやってるけど、毎月生理痛とかないし、社会にコミットできない育休中のフラストレーションっていうのは解消しようがないものだなと。難しいですよね。だから、互いに何かしら不満はあるだろうなっていうところに落ち着きますね。
――これから新米パパになる人に向けて、何かアドバイスはありますか?
本人 体力と睡眠を確保するための準備を全力でやろう! ですかね。バジェットか協力要請かアイデアで余裕を勝ち取るっていう。
――具体的には?
本人 白物家電は財布と相談しながらアップグレードさせていったほうがいいし、育児グッズに関しても、新生児期は電動で動くベッドをレンタルしたんですが、それで寝かしつけの時間が短縮できたり。あと、職場では周囲に配慮を要請するってことですかね。「この時間は絶対会議を入れんなよ」とか。結局、トラブルの多くはお互いのキャパオーバーから来ていたので、余裕こそすべてだと思うんですよね。だから、自治体や企業のベビーシッターサービスに登録しておくとか、何か気分転換になる趣味を見つけておくとか、心のケータリングみたいなものを隙あらば選別しておくのは、パパだろうがママだろうが、絶対にやっておくべきことだと思います。
――現在、お子さんは1歳半になり、奥さまも仕事復帰されてますます大変そうですが、続編が楽しみです。
本人 実は今、妻が第二子妊娠中でして……。
――それはおめでとうございます! 2人目は、すんなり父性が芽生えそうですか?
本人 前回同様の、ものすごいやつが確実に来る! 気がする! くらいの感じですね(笑)。少なくとも、前回やらかした失敗は二度とやらねえぞって気持ちです。やっぱり、パートナーのこと、よくわかってなかったなって。妻というか、女性の体のこと、体と心境の変化かな。今度はうまいことやってくれよな、おれ、って感じですね(笑)。
(取材・文=編集部)
『わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?
『わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?