“「ヨロヨロ」と生き、「ドタリ」と倒れ、誰かの世話になって生き続ける” ――『百まで生きる覚悟』春日キスヨ(光文社)
そんな「ヨロヨロ・ドタリ」期を迎えた老親と、家族はどう向き合っていくのか考えるシリーズ。
両親を見送った春木直美さん(仮名・53)の話を7回にわたって続けてきた。直美さんは仕事をしながら、そして離婚して実家に戻った娘、ひとみさん(仮名・27)の幼い子どもの面倒も見ながら、両親を何度も襲う病気やケガに対処してきた。両親が亡くなった今、直美さんはどういう思いでいるのだろう。
母の介護は後悔することばかり
孤軍奮闘してきた長い介護が終わった。直美さんは、「父の介護に悔いはない」と言う一方で、母の八重子さん(仮名)については「後悔することばかり」と明かす。
「廃人のようになっていく母を見るのがつらくて、母の最期の数カ月、私は施設にも病院にもほとんど行くことができず、娘に行ってもらっていたんです。娘は、母と話ができなくても、母が娘のことをわからなくても、『生きていてくれるだけでいい』と言っていました。それなのに、私はそんな母の姿を見たくなかった。後ろめたく思いながら、自分の気持ちを優先してしまったんです」
両親を失ったあと、 直美さんと時にはぶつかりながらも一緒に走り続けてくれたひとみさんは、再婚して家を出て行った。昨秋、 一人になった直美さんの住む市は、台風や川の氾濫と大災害に見舞われた。
「誰にも頼れず心細い思いをしましたが、一人で乗り切れたのも、 父が残してくれた懐中電灯があったから。戸棚からこれを見つけたとき、 ハッと気がついたんです。父が一晩中、嵐のように部屋を散らかしていたのは、家で過ごす最後の時がきたと気づいて、身辺整理をしていたんだと。当時は、また暴れていると思って腹が立ったけど、こうして見ると必要なものがちゃんとわかるように仕舞われている 。父の思いに気づき、昔気質な人だったけど、本来は優しい性格だったと思い出しました」
二人を失って、改めて両親の子どもでよかったと思う、 と直美さん。二人の写真に「行ってきます」「ただいま」 と挨拶する毎日だ。
「それでも、両親がもういないんだという寂しさがたびたび襲ってきます。同じ一人暮らしでも、親が生きているのといないのとではまったく違うんです。もう二度と母のおいしい料理を食べることもできない。買い物に行って待ち合わせをすることもできない……そんな現実と空虚感に押しつぶされそうです」
ここ数年は両親の介護で仕事どころではなかったので、仕事も減ってしまった。
「二人の新盆をすませて、少し体を動かせるようになってきたので、単発の仕事を再開したところです。まだまだつらい日々ですが、春になって母の喪が明けたら、吹っ切れるかなと思っていたんです。こんな話をする気になったのも、親への思いを吹っ切るためでもあるんです」
直美さんの両手首には、それぞれ両親の“思い出”がつけられている。仕事の繁栄を願って母・八重子さんが手作りしたブレスレットは右手首に、左手首には父・謙作さんの腕時計だ。落ち着いたら、思い出のあるこの家から引っ越そうと思う、と静かにほほ笑む。少しずつ荷物を片付けているところだ。
最後に直美さんは、「これだけは介護する子世代に知っておいてほしい」と、介護のポイントを挙げてくれた。
その1つ目が、ケアマネジャー選びの大切さだ。直美さんのケアマネジャーは3人が交代した。そのうち2人は病院の紹介だったが、老人保健施設探しなどは直美さんが一人でやるしかなかったという。
「介護用品や介護保険を使う自分の利益だけを目的にして、私や両親のことを見てくれていない、考えてくれていないのがよくわかりました。たとえどこの紹介であっても、自分の目で見て判断してほしいと思います」
2つ目は、お金のこと。両親が続けざまに倒れ、二人同時に入院していた時期も長かったが、謙作さんの年金が高かったため高額療養費の適用外だったという。高額療養費とは、医療費の負担が重くならないよう、医療機関や薬局で支払う医療費が1カ月で上限額を超えた場合、超えた額を支給してもらえる制度だ。上限額は年齢や所得に応じて定められている。
「母の年金は少なかったので、二人合わせると大した額ではありませんでした。それでも父一人の年金額が高いことで高額療養費は適用されないと言われました。入院中は個室料金やアメニティの料金も加算されるので、もっとも多い月には母だけで約50万円かかりました。父が亡くなったあとは負担が減ったものの、それまでに両親の蓄えはなくなってしまいました」
そのうえ両親が医療保険に入っていなかったことが、負担が増える結果になったと振り返る。
「父がまだ若く元気なときに保険のことを聞いたことがあるのですが、父からは『親が死んだときのことを考えているのか』と反発されてしまいました。せめて終身保険に入ってくれていたらと思いました」
さらに親の死後もお金はかかる。春木家には菩提寺もお墓もあった。それでも予想以上の出費となったという。
「葬儀や戒名、位牌、法事と、お金のかかることが続きます。お墓はありましたが、埋葬代も結構かかりました。菩提寺があるのなら、住職に葬送にかかる費用がどれくらいになるのか、確認してみることをおすすめします」
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直美さんの介護は終わった。それにしても――と思わずにはいられない。
謙作さんや八重子さんが退院して自宅に戻るときに、ケアマネが訪問医か訪問看護を入れてくれていれば。あるいは誰かしらのプロが、直美さん親子に寄り添い、支えてくれていれば……。
八重子さんがいよいよ危ないというときに、看取りの病院で穏やかな死を迎えることができていたかもしれない。救急病院で心臓マッサージを何度もしなくて済んだかもしれない。
「もし」を考えても詮ないことだ。親の死に際して、「あのとき、こうすればよかった」と後悔する子どもは少なくない。直美さんも、無理に前を向こうと思わなくてもいい。それでも、直美さんの心が満たされる日が来ることを祈りたい。