宗教にハマッたイギリス人の夫が暴行、臨月間際で馬乗りに……【別れた夫にわが子を会わせる?】

 『わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第8回 田中千恵美さん(仮名・30代)前編

 クリニックに勤務する田中千恵美さんは30代。7歳と4歳という2人の女の子を、両親のバックアップを得ながら育てている。外国人の夫とは一緒に暮らしていない。夫とはどこで出会い、なぜ結婚し、そして別れてしまったのか?

■宗教にハマっている英会話講師の誠実さに惹かれ

「別居している夫は、イギリス出身の白人です。年は私と同じぐらい。職業は英会話学校のバイト講師です。彼とは日本で、友達のツテで知り合いました。10年ほど前のことだから、20代後半の頃。私自身、留学したことがあって英語が話せるので、出会ったときから意思疎通にはまったく問題がなかったです。友人として彼と付き合うようになってわかったのは、ナチュラル系といいますか、“健全なヒッピー”という感じの人だということ。お酒は飲まないし、タバコも吸わない。カルトというほどではないですけど宗教にハマっていて、バイブルのようなモノを熱心に読んだり、瞑想にふけったりしているんです」

 彼女はなぜ、そんな変わった外国人とお付き合いすることになったのだろうか?

「彼には、相談できるような友人がいなかった。異国で1人きりって大変じゃないですか。だから、かわいそうだと思って、何かと気にかけてあげていたんです。すると彼に熱烈に好かれてしまい、交際を申し込まれました。私には、そのとき恋愛感情はありませんでしたから、『真剣にお付き合いしたいんだったら、その証拠を見せてほしい』って無理難題を彼に言ってみたんです」

 すると、彼は「見せたいものがある」と言って、数日後、田中さんの前に現れた。

「血液検査の結果を持ってきたんです。性病はもちろん、ほかの病気もシロ。ロマンティックさのかけらもないですよね。だけど、むしろそこがよかった。彼のまっすぐな行動に胸を打たれまして、信頼感といいますか、はっきり言うと、恋愛感情を持つようになったんです。それ以来、彼と真剣に交際するようになりました」

 田中さんは彼と同居を始める。資産家の両親に買ってもらい、彼女が一人住まいをしていたマンション。そこに彼が転がり込んできた。

「同居して思ったのは、彼がとても誠実で真面目な人だということ。家事は積極的にやってくれますし、きちょうめん。それでいてメンタルが弱い一面もありました。イライラしてパニックになったり、物に当たったり。ときには自分の腕をナイフで切ったりするんです」

――彼のメンタルの弱さは、どこからきていたのでしょうか?

「生い立ちに一因があるのかもしれません。彼はイギリスの田舎町出身なんです。住んでいるのは白人ばかり。外部の人が入ってきたら警戒するという、保守的で閉鎖的な土地柄なんです。父親は元軍人。冷戦の時代に、国内外の基地を転々としていたらしいです。一時期、アルコール依存症で、彼は父親からよく暴力を振るわれていたそうです。向こうの両親によると、小さい頃、ちょっと難しい子だったようですし、高校時代はいじめられていたそうです。実際、彼本人から『ずっと自殺願望があった』と聞いています。

 その後、彼は2000年ぐらいに来日します。生きづらさを克服するために、世界中のあらゆる宗教に興味を持つようになったそうで、そのひとつが仏教だったんです。そこから、東洋の文化、そして日本という国へと興味が広がっていったのだとか」

――同棲から結婚に至ったきっかけは何でしたか?

「夜の営みのとき、宗教上の理由なのか、避妊具の装着を毎回拒否されました。そうして回を重ねているうちに、自然と子どもがデキてしまったんです。妊娠がわかったとき、そのまま子どもを産むかどうか、頭を抱えました。仕事でキャリアを積んでいきたいって思っていたからです。それですぐ、妊娠したことを彼に伝えると、彼はたちまち血相を変えて言うんです。『千恵美とおなかの子どもを殺して、俺も死ぬ!』って。私、まだ別に堕ろすとは言っていないのにですよ。

 怖くなったり、嫌いになったりしなかったのかって? それはないです。むしろ、その真剣さに惚れ直しました。生まれてくる子どもに、それだけ愛情を注いでくれているんだって、わかりましたから。それで私、産む決心がついたんです」

 その後、2人の人生は急展開していく。

「出産より先に、結婚式を行いました。式場や日取りを決めたり、彼の両親をイギリスから呼んだり。身重なのに、大急ぎで準備して大変でした。

 その後、入籍して、晴れて夫婦となったんですが、前途は多難でした。彼がそれまで勤めていた英会話学校を辞めたり、別の学校に移籍したりと、仕事が不安定だったんです。しかも、そこにうちの両親が介入してきて、『もっと待遇のいいところに勤めなさい』って、やぶから棒にわざわざ言うんですよ。私を心配するがゆえの行動なんでしょうけど、正直、迷惑でした。

 おかげで、彼が精神的にきつい状態になってしまって、マンションの壁を殴ったり蹴ったり、ナイフで冷蔵庫に傷をつけたりと、物に当たり始めたんです。そして、ついに私に危害を及ぼすようになりました」

――実際、どんな被害に遭ったのですか?

「拳で私の頭をぽかぽか殴ったり、腕や足を蹴ってきたり。そうして散々暴力を振るった後に、ふっと我に返って『ごめんね、ごめんね。そんなつもりじゃなくて』って、誠意を込めて謝ってくるんです。だけど、顔は絶対に狙ってこなかった。周囲にバレるのを恐れていたようです。ずるいですよね。殴るきっかけは、だいたいは私の発言です。『もう別れたい』って私が言った後、決まって手を出されましたから。私のことが好きすぎるんですよ」

 田中さんの被害は、暴力に限らなかった。

「臨月に近い頃でしょうか。彼が馬乗りになって腕を殴ってきた後、服を全部脱がされて、変な話……犯されたのです。夫婦間でおかしな話ですが、その時は一方的で恐怖を感じました。そのとき警察には行ってないです。他人には言い出せないという気持ちと、そのような形でしか表現できない彼を救ってあげたいという気持ちで、いっぱいだったんです」

 田中さんは嫌がる彼を説得して、精神科のある病院に半ば無理やり、連れて行った。

「医師は心が落ち着く、軽い精神薬の処方箋を出してくれました。本当はもっと強い薬を出したかったようですが、西洋医学を信用しない彼が、断固拒否したんです。それでも、その薬もかなり効きまして、彼の精神状態は次第に安定していきました」

 ようやく平静を取り戻した田中さん夫婦。千恵美さんはその後、無事に出産、娘と親子3人で暮らし始めた。

「彼はとても献身的に、育児に励んでくれました。私の代わりに徹夜でミルクをあげて、私を寝かしてくれたりね。このまま穏やかに過ごしていけるのかと期待しましたが、長続きしませんでした。実は彼、処方されていた薬を勝手に中断しちゃってたんですね」

 1年後、我慢の限界が訪れる。

「子どもが1歳になった頃、彼がナイフを振り回したんです。子どもに危害が加わらないようにって思って、とっさに子どもに覆いかぶさりました。幸い、ナイフで刺されることはなかったんですけど、背中を拳やナイフの柄みたいなものでボコボコに殴られたんです。

 なんとかスキを見つけて、友人に電話をしました。すると友人からの通報を受けた警察が、うちまで駆けつけてくれたんです。その後、彼と私は別々のパトカーに乗せられて警察署まで行って、別々に事情聴取を受けました」

 警察で田中さんは、事件の概要を一通り話した。

「その後、警察官に言われました。『あなた、子どもと一緒に、シェルターに逃げたほうがいいよ。旦那は傷害罪でお縄にして、母国に返したほうがいい』って。でも、子どもにとっては血を分けた実の親ですからね。自分の父親が犯罪者だってわかったら、子どもがかわいそうじゃないですか。暴力っていっても頻繁にあるわけではなくて、3カ月に1回ほどのことですし。それに私、やっぱり彼のことが好きでしたし。だから、警察に『立件しないでほしい』ってお願いしたんです」

――では、すぐに同居を再開したのですか?

「いえいえ。それはさすがにないです。かといって、マンションは私の名義ですからね。明け渡すつもりはありませんでした。そこで、警察に協力してもらって、彼に退去を言い渡してもらったんです。すると彼はおとなしく従って、近くにある友人の家に、居候として引っ越していきました」

(後編へつづく)

宗教にハマッたイギリス人の夫が暴行、臨月間際で馬乗りに……【別れた夫にわが子を会わせる?】

 『わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第8回 田中千恵美さん(仮名・30代)前編

 クリニックに勤務する田中千恵美さんは30代。7歳と4歳という2人の女の子を、両親のバックアップを得ながら育てている。外国人の夫とは一緒に暮らしていない。夫とはどこで出会い、なぜ結婚し、そして別れてしまったのか?

■宗教にハマっている英会話講師の誠実さに惹かれ

「別居している夫は、イギリス出身の白人です。年は私と同じぐらい。職業は英会話学校のバイト講師です。彼とは日本で、友達のツテで知り合いました。10年ほど前のことだから、20代後半の頃。私自身、留学したことがあって英語が話せるので、出会ったときから意思疎通にはまったく問題がなかったです。友人として彼と付き合うようになってわかったのは、ナチュラル系といいますか、“健全なヒッピー”という感じの人だということ。お酒は飲まないし、タバコも吸わない。カルトというほどではないですけど宗教にハマっていて、バイブルのようなモノを熱心に読んだり、瞑想にふけったりしているんです」

 彼女はなぜ、そんな変わった外国人とお付き合いすることになったのだろうか?

「彼には、相談できるような友人がいなかった。異国で1人きりって大変じゃないですか。だから、かわいそうだと思って、何かと気にかけてあげていたんです。すると彼に熱烈に好かれてしまい、交際を申し込まれました。私には、そのとき恋愛感情はありませんでしたから、『真剣にお付き合いしたいんだったら、その証拠を見せてほしい』って無理難題を彼に言ってみたんです」

 すると、彼は「見せたいものがある」と言って、数日後、田中さんの前に現れた。

「血液検査の結果を持ってきたんです。性病はもちろん、ほかの病気もシロ。ロマンティックさのかけらもないですよね。だけど、むしろそこがよかった。彼のまっすぐな行動に胸を打たれまして、信頼感といいますか、はっきり言うと、恋愛感情を持つようになったんです。それ以来、彼と真剣に交際するようになりました」

 田中さんは彼と同居を始める。資産家の両親に買ってもらい、彼女が一人住まいをしていたマンション。そこに彼が転がり込んできた。

「同居して思ったのは、彼がとても誠実で真面目な人だということ。家事は積極的にやってくれますし、きちょうめん。それでいてメンタルが弱い一面もありました。イライラしてパニックになったり、物に当たったり。ときには自分の腕をナイフで切ったりするんです」

――彼のメンタルの弱さは、どこからきていたのでしょうか?

「生い立ちに一因があるのかもしれません。彼はイギリスの田舎町出身なんです。住んでいるのは白人ばかり。外部の人が入ってきたら警戒するという、保守的で閉鎖的な土地柄なんです。父親は元軍人。冷戦の時代に、国内外の基地を転々としていたらしいです。一時期、アルコール依存症で、彼は父親からよく暴力を振るわれていたそうです。向こうの両親によると、小さい頃、ちょっと難しい子だったようですし、高校時代はいじめられていたそうです。実際、彼本人から『ずっと自殺願望があった』と聞いています。

 その後、彼は2000年ぐらいに来日します。生きづらさを克服するために、世界中のあらゆる宗教に興味を持つようになったそうで、そのひとつが仏教だったんです。そこから、東洋の文化、そして日本という国へと興味が広がっていったのだとか」

――同棲から結婚に至ったきっかけは何でしたか?

「夜の営みのとき、宗教上の理由なのか、避妊具の装着を毎回拒否されました。そうして回を重ねているうちに、自然と子どもがデキてしまったんです。妊娠がわかったとき、そのまま子どもを産むかどうか、頭を抱えました。仕事でキャリアを積んでいきたいって思っていたからです。それですぐ、妊娠したことを彼に伝えると、彼はたちまち血相を変えて言うんです。『千恵美とおなかの子どもを殺して、俺も死ぬ!』って。私、まだ別に堕ろすとは言っていないのにですよ。

 怖くなったり、嫌いになったりしなかったのかって? それはないです。むしろ、その真剣さに惚れ直しました。生まれてくる子どもに、それだけ愛情を注いでくれているんだって、わかりましたから。それで私、産む決心がついたんです」

 その後、2人の人生は急展開していく。

「出産より先に、結婚式を行いました。式場や日取りを決めたり、彼の両親をイギリスから呼んだり。身重なのに、大急ぎで準備して大変でした。

 その後、入籍して、晴れて夫婦となったんですが、前途は多難でした。彼がそれまで勤めていた英会話学校を辞めたり、別の学校に移籍したりと、仕事が不安定だったんです。しかも、そこにうちの両親が介入してきて、『もっと待遇のいいところに勤めなさい』って、やぶから棒にわざわざ言うんですよ。私を心配するがゆえの行動なんでしょうけど、正直、迷惑でした。

 おかげで、彼が精神的にきつい状態になってしまって、マンションの壁を殴ったり蹴ったり、ナイフで冷蔵庫に傷をつけたりと、物に当たり始めたんです。そして、ついに私に危害を及ぼすようになりました」

――実際、どんな被害に遭ったのですか?

「拳で私の頭をぽかぽか殴ったり、腕や足を蹴ってきたり。そうして散々暴力を振るった後に、ふっと我に返って『ごめんね、ごめんね。そんなつもりじゃなくて』って、誠意を込めて謝ってくるんです。だけど、顔は絶対に狙ってこなかった。周囲にバレるのを恐れていたようです。ずるいですよね。殴るきっかけは、だいたいは私の発言です。『もう別れたい』って私が言った後、決まって手を出されましたから。私のことが好きすぎるんですよ」

 田中さんの被害は、暴力に限らなかった。

「臨月に近い頃でしょうか。彼が馬乗りになって腕を殴ってきた後、服を全部脱がされて、変な話……犯されたのです。夫婦間でおかしな話ですが、その時は一方的で恐怖を感じました。そのとき警察には行ってないです。他人には言い出せないという気持ちと、そのような形でしか表現できない彼を救ってあげたいという気持ちで、いっぱいだったんです」

 田中さんは嫌がる彼を説得して、精神科のある病院に半ば無理やり、連れて行った。

「医師は心が落ち着く、軽い精神薬の処方箋を出してくれました。本当はもっと強い薬を出したかったようですが、西洋医学を信用しない彼が、断固拒否したんです。それでも、その薬もかなり効きまして、彼の精神状態は次第に安定していきました」

 ようやく平静を取り戻した田中さん夫婦。千恵美さんはその後、無事に出産、娘と親子3人で暮らし始めた。

「彼はとても献身的に、育児に励んでくれました。私の代わりに徹夜でミルクをあげて、私を寝かしてくれたりね。このまま穏やかに過ごしていけるのかと期待しましたが、長続きしませんでした。実は彼、処方されていた薬を勝手に中断しちゃってたんですね」

 1年後、我慢の限界が訪れる。

「子どもが1歳になった頃、彼がナイフを振り回したんです。子どもに危害が加わらないようにって思って、とっさに子どもに覆いかぶさりました。幸い、ナイフで刺されることはなかったんですけど、背中を拳やナイフの柄みたいなものでボコボコに殴られたんです。

 なんとかスキを見つけて、友人に電話をしました。すると友人からの通報を受けた警察が、うちまで駆けつけてくれたんです。その後、彼と私は別々のパトカーに乗せられて警察署まで行って、別々に事情聴取を受けました」

 警察で田中さんは、事件の概要を一通り話した。

「その後、警察官に言われました。『あなた、子どもと一緒に、シェルターに逃げたほうがいいよ。旦那は傷害罪でお縄にして、母国に返したほうがいい』って。でも、子どもにとっては血を分けた実の親ですからね。自分の父親が犯罪者だってわかったら、子どもがかわいそうじゃないですか。暴力っていっても頻繁にあるわけではなくて、3カ月に1回ほどのことですし。それに私、やっぱり彼のことが好きでしたし。だから、警察に『立件しないでほしい』ってお願いしたんです」

――では、すぐに同居を再開したのですか?

「いえいえ。それはさすがにないです。かといって、マンションは私の名義ですからね。明け渡すつもりはありませんでした。そこで、警察に協力してもらって、彼に退去を言い渡してもらったんです。すると彼はおとなしく従って、近くにある友人の家に、居候として引っ越していきました」

(後編へつづく)

極妻に多い職業は○○!?  顔は「綾瀬はるか」「岡本夏生」がヤクザに人気

 今は亡き某指定組織の三次団体幹部の妻だった、待田芳子姐さんが語る極妻の暮らし、ヤクザの実態――。

■ヤクザと“なんとなく”結婚

「なんでヤクザと結婚したんですか?」

 編集者さんからドストレートなご質問をいただきました。ボケてもよかったのですが、お仕事をいただいている以上、そうもいかず、正直に答えました。

「オットは、幼稚園から中学校まで同級生だったんですよ。中学から服装が不良っぽくなっていきましたが、卒業しても実家は近所で、親同士も知り合いだったので、道で会えばあいさつくらいはしていたんです」
「そこから結婚に至るって、どういうことなんですか?」
「なんとなく、ですかねえ」
「なんとなく……ですか」

 編集者さんは腑に落ちない表情でしたが、本当になんとなく、という感じでしたね。高校を卒業してOLになって、しばらくして地元の駅前でバッタリ会って「なんとなく」食事に行って、その後も「なんとなく」つきあっていたんです。

 今思えば、オットはカタギのオンナと結婚したかったのだと思います。そういうカタギに憧れるヤクザは多いんです。私は私で、決まりきったOL生活に飽きていたってこともありました。

 最近は暴力団排除が厳しくなって、ヤクザと結婚したいと考える女性はまずいないと思いますが、昔はわりと結婚していた気がします。もちろん私の両親は怒って絶縁状態でしたが、孫が生まれたらおとなしくなりましたね。

■ヤクザにとって自慢の「極妻」とは

 意外かもしれませんが、カタギ出身の極妻は少なくありません。看護師さんが比較的多いのですが、入院の時などにナンパしているからだと思います。あとは保険の外交員さん、事務所近くの小料理屋の若女将やスーパーの店員さん、会社の事務員さんなどもいらっしゃいました。用もないのに「近所だから」とせっせと通ってナンパしている光景はなんとなく微笑ましいですね。

 ヤクザがカタギと結婚するのは、ある意味ステイタスと言えます。ヤクザが妻を自慢するのは、カタギ出身か、うんと年下の美女か、クラブや小料理屋の稼ぎのいい経営者、といったところですね。

 中にはどこで知り合うのかファッションモデル出身とか、落ち目のタレントさんとかもいます。以前は芸能界とも関係が深かったので、知り合う機会もあったのかもしれませんね。びっくりするような有名人をカノジョにしているヤクザもいます。

 ちなみにとってもきれいなモデルの姐さんがいたのですが、オットたちには不評で、「背の高い姐さん」と呼ばれていました。「美人」とか「モデル」はスルーなんですよ(笑)。そのご主人はガタイがよかったのですが、ヤクザは背が高くない人も多く、スラっとしたモデル系は、カノジョはともかく「嫁にする」というのは抵抗があるようでした。

 オットが亡くなってからも、LINEなどでやりとりしている姐さんたちもいますが、基本的に極妻たちが「めっちゃ仲よし」という関係は、実は多くないと思います。

 今はそんなこともありませんが、以前はいつ抗争になるかわからず、オット同士が敵対する可能性もあるので、極妻たちの間に、それほどディープに付き合おうという雰囲気はなかったんです。それに、なんだかんだで忙しいですしね。

 2015年には、山口組がまさかの分裂となりましたが、枝の組織は姐さんたちも含めて結構仲よくやっていたところもあったので、困惑するかと思っていたら、そうでもありませんでした。「お互い、タイヘンねー」的な感じです。昔ほど抗争事件がないからということでしょうか。

 こうした姐さんとは、以前はオットたちが行くゴルフやスキー、海などのリゾートで知り合うことが多かったです。ヤクザもいろいろで、正妻を連れて来る場合とそうでない場合がありましたが、私はまあ連れて行ってもらった方だと思います。

 そういう場で出会う正妻さんもいろいろで、「ザ・糟糠の妻」という感じのご苦労された雰囲気のある方はもちろん、ご自分のお嬢さんよりも若い方、なぜか前の奥様にソックリの方などもいらっしゃいました。もちろん堂々とカノジョ(愛人)を連れて来る人もいますが、誰も気にしません。

 そして、なぜか、かなりの確率で「あごがしゃくれている系」が多いです。「綾瀬はるか似」とか「岡本夏生タイプ」ですね。人相学的には「フェイスラインが鋭角だと気が強い」そうで、やっぱり気が強くないと極妻は務まりませんから、ナルホドと思いました。

■極妻に求められる資質

 極妻に求められるのは「気の強さとバランス感覚」です。看護師さんやクラブのママが極妻になるのも、もともと気が強くないとできないお仕事だからかもしれませんね。やはり日常的に荒っぽい人たちと接するわけですし、警察が自宅に来ることもしょっちゅうですから。

 たまに警察に対して怒りをあらわにする方もいますが、それはソンです。オットや若い衆を人質に取られてしまうと、子どもたちや同居する組員たちを守らなくてはなりませんから、できるだけ警察とはケンカしないようにしたほうがいいです。もちろん警察への盆暮れのごあいさつは欠かせません。知り合いの姐さんの中には刑事さんたちから「ちゃん付け」で呼ばれている方もいますが、これは盆暮れのごあいさつを人並み以上にやっておられたからだと思います。

 それと、兄貴分に叱られた若い衆をかばうのも姐さんの役目です。「『出てけ!』と言われても、ホンマに出て行ったらいけんよ……」とやさしく諭すわけです。

 あと、オットの浮気は徹底的に無視しました。これは正妻の意地でもあります。オットには「遊ぶのはわかってるけど、おおっぴらにやったらハラも立ちます」と言ってあるので、表立って何かあったわけではないのですが、それでもわかる時はあります。そこで、意地を見せられるかどうかなんですよ。

 愛人さんとの関係についてはまた。

養子を迎え、育児に協力的だった夫が単身赴任で浮気【別れた夫にわが子を会わせる?】

わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第6回 根本みゆきさん(仮名・61歳)前編

「夫は、相手女性の子どもを認知していたんです。判明したときには、すでに8年もたっていました。認知は夫の戸籍謄本を取って発覚したんですけど、それによって、これまでの疑問が全部晴れました」

 そう話すのは、東北で介護士をしている根本みゆきさん。彼女には、今年成人式を迎えた息子がいる。夫の隠し子問題が原因で、離婚したのは3年前のことだという。

■不妊治療の末、わが子が家にやってきた

 根本さんは30年前に結婚した。夫は、地方転勤が多い1歳年下のゼネコン社員。夫婦は長年、不妊治療をしていた。根本さんは子宮筋腫、夫は精子が平均の4分の1しかなかった。

「実は私、自分で産んでいないんです。授からなかった。それで41歳のとき、生まれたばかりの男の子を引き取ったんです。

 というのも、不妊治療を受けていた病院から『赤ちゃんを見に来ませんか』と連絡をいただきまして。2人で駆けつけたんです。生後まだ2日。母親は15歳の少女。産んだものの、育てられないとのことでした。とてもかわいい子でね、『この子を育てよう』と、夫とすぐに意気投合しました。そして私の妹からベビー用品のお下がりをもらった後、生後10日で男の子を家に迎えました」

 いきなり引き取って育て始めるのは、大変だったのではないか?

「おむつを何時間かごとに交換しなきゃならないじゃないですか。そんなことさえ知らなかった。赤ちゃんの抱き方すらわかってなかったし、なぜ泣くのか、どうやってあやしたらいいのかってことも、最初はわからなかった。戸惑いの連続でしたが、自分たちの子として育て上げるんだという共通の夢がありましたからね。子育てを苦だとは思わなかった。

 夫は、子育てにかなり協力的でした。私から指示を出して、いろいろ手伝ってもらいました。でも、それは夫のためでもありました。ただでさえ仕事で家を出ている時間が長いんですから、小さいときからちゃんと世話をして、密な交流をしておかないと、しっかりとした父子関係が作れないでしょ」

 そのうち根本さんの夫が単身赴任となる。夫婦の自宅から車で1時間半ほど離れた町で、通える範囲だったが、夫は自宅から通勤しようとしなかった。

「当初は毎週末、帰ってきていたんですが、2週間に一度、3週間に一度、さらには1カ月に一度と、帰宅間隔が次第に空いていきました。滞在時間は短くなり、日帰りということもありましたよ。帰ってくるときの表情も、次第にひどくなっていきました。笑顔が次第に消え、気がつくと、夫の顔は鋭い顔つきになっていました」

 2人は、夜の営みはもちろん、会話すらしなくなっていく。夫は根本さんに用件があるとチラシを4等分にした紙に「今日は会議があるので、朝4時半に出ます」などとメモを残したという。

「異変を感じるようになったのは、いつかしら? 服に口紅がついていたり、カットバンが2つぐらい首に貼ってあったり……。女の影が現れ始めたんです。

 浮気だと確信したのは、夏に一緒にプールへ出掛けたときでした。背中の左右両側に4本ずつのミミズ腫れがあって。『引っかいたかもしんない』って、夫はニタニタしながら言うんです」

 それは、相手女性からの無言の挑戦状であった。

「女の行動は、だんだんと大胆になっていきました。いたずら電話はしょっちゅう。ワン切りに無言のガチャ切り、果ては堂々と偽名を使って夫を呼び出すほどです。電話をかけてきて、『ご主人様はいらっしゃいますか?』って。電話に出た夫は女に責め立てられているのか、ずいぶん恐縮した様子で返答してるんですよ」

■心当たりのない、ホテルからの不審な電話

 相手女性の挑発はさらに続いた。離婚する4~5年前だから、今から7~8年前のこと。ホテルから家に、心当たりのない電話がかかってきた。

「『先日、奥様がお泊まりになったときに、フリルのついた下着をお忘れでしたよ』というのです。私は女の仕業だと、すぐにピンときました。『家に送ります』とホテルの従業員が言うので、待つことにしました。ところが5日、10日と待っても、一向に届かないんです。

 後日、こちらからホテルへ改めて電話をかけたら、別の従業員が出て、『〇〇様から電話があって〇〇様の方へお送りしました』とのことでした」

 下着の一件は、夫が帰宅したタイミングで伝えたという。

「するとね、彼、見え透いた嘘をつくんです。『△△建設の××夫妻(がホテルに泊まったとき)に俺が名前を貸したんだ。そのときスカーフを忘れたんだ』って。頭にきたので、彼に言ってやりました。『あなたとの関係がギクシャクしているのって、その人が原因だから。私、その人と直接話したい。どこの誰!』って。すると夫は途端にオロオロして、『それだけはやめてくれ』って哀願されました」

 浮気のことが、息子さんの耳に入ったりはしなかったのか?

「息子が小学5年のとき、仕事を終えて帰ってきた私に、不思議なことを言うんです。『うちにも犬がいるけど、パパは違うところにも犬を飼ってるんだね』って。写真を撮ろうとして、夫の携帯電話をいじっているうちに、知らない犬小屋に入った知らない犬の写真を見てしまったそうなんです。写真は、女の家の飼い犬だったんでしょう。それでつまり、夫は向こうに家を構えてるってことがわかってしまい……」

--息子さんは、浮気の証拠を偶然見てしまったんですね。なんとふびんな。

「それどころか、夫は息子にひどい仕打ちをしていたんです。私が気づいてあげればよかったんですが、当時は気がつかなかった……」

 気がついたきっかけは、中学校に上がるときに行った机の掃除だったという。

「引き出しがあまりに汚いので、中のモノを全部出させたんです。一番奥に入っていたのが、小学1年のときに私が買い与えたファインディング・ニモのメモ帳でした。

 そこには『パパのバカ』とか『パパがぼくの耳をいたくしたとか』『あんなやつ死ね』『だいきらい』といった言葉が殴り書きしてあった。SOSを出していたかもしれないのに、なんで気がついてあげられなかったのか。後悔の念で涙が止まらなくなりました……。

 そういえば、息子が小学校高学年の頃、耳の上の角のところが紫色に変色していたんですよ。治る暇なく、常にです。それで『どうしたの?』って聞いたら『ミニバスケやっててけがした』って言ってたんです。『痛くない』っていう言葉をうのみにしてたし、深刻に捉えてなかった……」

 夫は息子への関心を失っていたのか、休日に帰ってきて近くへ息子と出掛けても、息子を残して、よくふらっと消えたという。

「息子は傷つきますよね。そうしたことが積み重なっていったからか、中学に入る頃、『僕はパパにとって大事ではないんだ。僕はパパがいない子だ』って言うようになりました」

--パパがいない? 血のつながった実の父親の存在に気がついていたからこその発言ではないのですか?

「いや、それはないです。知らないですから。パパとママの子じゃないかもって思って調べたとしても、証拠は出てこないはず。生後10日目で引き取ってから、ずっと一緒なんです。彼は、私を本当のお母さんだと思ってるに違いないです」

(後編へつづく)

養子を迎え、育児に協力的だった夫が単身赴任で浮気【別れた夫にわが子を会わせる?】

わが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第6回 根本みゆきさん(仮名・61歳)前編

「夫は、相手女性の子どもを認知していたんです。判明したときには、すでに8年もたっていました。認知は夫の戸籍謄本を取って発覚したんですけど、それによって、これまでの疑問が全部晴れました」

 そう話すのは、東北で介護士をしている根本みゆきさん。彼女には、今年成人式を迎えた息子がいる。夫の隠し子問題が原因で、離婚したのは3年前のことだという。

■不妊治療の末、わが子が家にやってきた

 根本さんは30年前に結婚した。夫は、地方転勤が多い1歳年下のゼネコン社員。夫婦は長年、不妊治療をしていた。根本さんは子宮筋腫、夫は精子が平均の4分の1しかなかった。

「実は私、自分で産んでいないんです。授からなかった。それで41歳のとき、生まれたばかりの男の子を引き取ったんです。

 というのも、不妊治療を受けていた病院から『赤ちゃんを見に来ませんか』と連絡をいただきまして。2人で駆けつけたんです。生後まだ2日。母親は15歳の少女。産んだものの、育てられないとのことでした。とてもかわいい子でね、『この子を育てよう』と、夫とすぐに意気投合しました。そして私の妹からベビー用品のお下がりをもらった後、生後10日で男の子を家に迎えました」

 いきなり引き取って育て始めるのは、大変だったのではないか?

「おむつを何時間かごとに交換しなきゃならないじゃないですか。そんなことさえ知らなかった。赤ちゃんの抱き方すらわかってなかったし、なぜ泣くのか、どうやってあやしたらいいのかってことも、最初はわからなかった。戸惑いの連続でしたが、自分たちの子として育て上げるんだという共通の夢がありましたからね。子育てを苦だとは思わなかった。

 夫は、子育てにかなり協力的でした。私から指示を出して、いろいろ手伝ってもらいました。でも、それは夫のためでもありました。ただでさえ仕事で家を出ている時間が長いんですから、小さいときからちゃんと世話をして、密な交流をしておかないと、しっかりとした父子関係が作れないでしょ」

 そのうち根本さんの夫が単身赴任となる。夫婦の自宅から車で1時間半ほど離れた町で、通える範囲だったが、夫は自宅から通勤しようとしなかった。

「当初は毎週末、帰ってきていたんですが、2週間に一度、3週間に一度、さらには1カ月に一度と、帰宅間隔が次第に空いていきました。滞在時間は短くなり、日帰りということもありましたよ。帰ってくるときの表情も、次第にひどくなっていきました。笑顔が次第に消え、気がつくと、夫の顔は鋭い顔つきになっていました」

 2人は、夜の営みはもちろん、会話すらしなくなっていく。夫は根本さんに用件があるとチラシを4等分にした紙に「今日は会議があるので、朝4時半に出ます」などとメモを残したという。

「異変を感じるようになったのは、いつかしら? 服に口紅がついていたり、カットバンが2つぐらい首に貼ってあったり……。女の影が現れ始めたんです。

 浮気だと確信したのは、夏に一緒にプールへ出掛けたときでした。背中の左右両側に4本ずつのミミズ腫れがあって。『引っかいたかもしんない』って、夫はニタニタしながら言うんです」

 それは、相手女性からの無言の挑戦状であった。

「女の行動は、だんだんと大胆になっていきました。いたずら電話はしょっちゅう。ワン切りに無言のガチャ切り、果ては堂々と偽名を使って夫を呼び出すほどです。電話をかけてきて、『ご主人様はいらっしゃいますか?』って。電話に出た夫は女に責め立てられているのか、ずいぶん恐縮した様子で返答してるんですよ」

■心当たりのない、ホテルからの不審な電話

 相手女性の挑発はさらに続いた。離婚する4~5年前だから、今から7~8年前のこと。ホテルから家に、心当たりのない電話がかかってきた。

「『先日、奥様がお泊まりになったときに、フリルのついた下着をお忘れでしたよ』というのです。私は女の仕業だと、すぐにピンときました。『家に送ります』とホテルの従業員が言うので、待つことにしました。ところが5日、10日と待っても、一向に届かないんです。

 後日、こちらからホテルへ改めて電話をかけたら、別の従業員が出て、『〇〇様から電話があって〇〇様の方へお送りしました』とのことでした」

 下着の一件は、夫が帰宅したタイミングで伝えたという。

「するとね、彼、見え透いた嘘をつくんです。『△△建設の××夫妻(がホテルに泊まったとき)に俺が名前を貸したんだ。そのときスカーフを忘れたんだ』って。頭にきたので、彼に言ってやりました。『あなたとの関係がギクシャクしているのって、その人が原因だから。私、その人と直接話したい。どこの誰!』って。すると夫は途端にオロオロして、『それだけはやめてくれ』って哀願されました」

 浮気のことが、息子さんの耳に入ったりはしなかったのか?

「息子が小学5年のとき、仕事を終えて帰ってきた私に、不思議なことを言うんです。『うちにも犬がいるけど、パパは違うところにも犬を飼ってるんだね』って。写真を撮ろうとして、夫の携帯電話をいじっているうちに、知らない犬小屋に入った知らない犬の写真を見てしまったそうなんです。写真は、女の家の飼い犬だったんでしょう。それでつまり、夫は向こうに家を構えてるってことがわかってしまい……」

--息子さんは、浮気の証拠を偶然見てしまったんですね。なんとふびんな。

「それどころか、夫は息子にひどい仕打ちをしていたんです。私が気づいてあげればよかったんですが、当時は気がつかなかった……」

 気がついたきっかけは、中学校に上がるときに行った机の掃除だったという。

「引き出しがあまりに汚いので、中のモノを全部出させたんです。一番奥に入っていたのが、小学1年のときに私が買い与えたファインディング・ニモのメモ帳でした。

 そこには『パパのバカ』とか『パパがぼくの耳をいたくしたとか』『あんなやつ死ね』『だいきらい』といった言葉が殴り書きしてあった。SOSを出していたかもしれないのに、なんで気がついてあげられなかったのか。後悔の念で涙が止まらなくなりました……。

 そういえば、息子が小学校高学年の頃、耳の上の角のところが紫色に変色していたんですよ。治る暇なく、常にです。それで『どうしたの?』って聞いたら『ミニバスケやっててけがした』って言ってたんです。『痛くない』っていう言葉をうのみにしてたし、深刻に捉えてなかった……」

 夫は息子への関心を失っていたのか、休日に帰ってきて近くへ息子と出掛けても、息子を残して、よくふらっと消えたという。

「息子は傷つきますよね。そうしたことが積み重なっていったからか、中学に入る頃、『僕はパパにとって大事ではないんだ。僕はパパがいない子だ』って言うようになりました」

--パパがいない? 血のつながった実の父親の存在に気がついていたからこその発言ではないのですか?

「いや、それはないです。知らないですから。パパとママの子じゃないかもって思って調べたとしても、証拠は出てこないはず。生後10日目で引き取ってから、ずっと一緒なんです。彼は、私を本当のお母さんだと思ってるに違いないです」

(後編へつづく)

結婚は夢物語!? 出産で友達は離れる? 犬山紙子×ハヤカワ五味が語る、女のリアル

 「子どもは欲しいですか?」現代において、これほど女子同士で聞きにくい質問はないのではないだろうか。

 『私、子ども欲しいかもしれない。結婚・出産・育児の“どうしよう”をとことん考えてみました』(平凡社)は、「子どもが欲しい!!」と強く思った瞬間が一度もなかった犬山紙子氏が、自分は子どもを産みたいのかわからず、子どものいない独身・既婚の友人、出産して仕事復帰している友人、子どもを持たない先輩、子育て中の同性愛者など、さまざまな人に、子どもについての考えを聞いて、聞いて、聞きまくってまとめた1冊だ。 

 当たり前だが、人生いろいろ。最終的に産む決断をする人もいれば、産まない選択をする人もいる。そのリアルな本音が詰まっていることに、「まさにこれが知りたかった」と、Twitter上で反応したのが21歳のハヤカワ五味氏。現役大学生であり、胸が小さな人向けの品乳ブラ「feast」などのブランドをもつ会社「ウツワ」代表兼デザイナーだ。Twitterでのやりとりをきっかけに、都内で2人によるメディア向けの公開対談が行われた。いまの20代は結婚・出産をどう考えているのか? 女の友情は結婚・出産で変わるのか? この日語られた内容をレポートする。

■結婚、出産はネガティブなイメージ

 対談は、犬山氏による「20代前半の人たちは、結婚や出産について、どう思っている?」という質問からスタート。それに対してハヤカワ氏は次のように答えた。

「どちらかといえばネガティブなイメージを持っているな、というのは体感としてあります。単純に、自分が食べていくだけで精いっぱいなのに、子どもまで養えるだろうか? という不安。あとは、仕事と両立できるんだろうか? と考えてしまいます。結婚したいなと思ってたとしても、女子からだと話題に出しづらい面もあり、なかなか考えづらく、少し遠くの夢物語的に見てしまう雰囲気がありますね」

 ほとんど30代と変わらぬ不安を、すでに20代が抱いていることに驚かされるが、それに対し、犬山氏が「結婚への不安は、何によってかき立てられているんですか?」と質問すると、ハヤカワ氏からはこんな回答が。

「私たちの世代は親が共働きの場合も多いため、お母さんがすごく働いている家の子は、『私も将来働こう』と思っている子が多い傾向がある気がします。一方で、親とのコミュニケーションがうまくいかなかったり、仕事でなかなかかまってもらえなかったりで、これと同じことを自分の子どもにしてもいいのか、と思っている人は多いですね」

 共働きがスタンダードでありながら、共働きに疑問も抱いている。専業主婦の母親が多かった30代、40代とは、まったく状況が違い、時代の流れを感じる。ハヤカワ氏の世代は、母親が働くことに関しては、多くの人がポジティブに捉えつつも、寂しかったという自身の経験から不安も感じているようだ。働く女性に対しては、こんな印象も。

「30代後半から40代の世代は、女性の社会進出が叫ばれていた当時、すごく頑張ってくださって、いま私たちが当たり前のように働けるようになった。それは本当にありがたいと思っています。ただ、あくまでイメージですが、いわゆるキャリアウーマンは、すごくすごく大変で、寝ずに仕事ひと筋で頑張ってきた、という印象が強すぎるんですよね。自分がそれになりたいのかな? 憧れるかな? と、ちょっとひっかかる部分はあると思います」

 ハヤカワさんによると、仕事とプライベートの両方を取るのは贅沢と捉える風潮もあるらしく、大学生世代はガンガン仕事をしたい派と、仕事をしたくない専業主婦になりたい派とに大きく二極化しているようだ。けれど、実際に結婚・出産を体験した犬山氏はこう語る。

「夫との関係性や、周りがどれだけ助けてくれるか、という環境によると思うんですけれども、結婚相手を選ぶ段階から、夫がどの程度ジェンダーとか関係なく、役割分担について考えられるのかを見ていれば、案外両立できると思う」

 ハヤカワ氏が感じているという“出産=時間のロス”で、仕事復帰しづらい問題についても、「ネットのネガティヴな情報がそのまま自分にも当てはまるのかと思ってしまって、仕事復帰できるかビビッていたが、『意外とできるじゃん』と思った」と話す。

 対談後、犬山氏に出産後の仕事の効率について聞いてみた。著書の中では、「原稿を書くスピードが1.5倍になった」と書かれている。

「それは、私が銭ゲバだからだと思うんですけど(笑)、子どもを預かってもらう時間には、お金が発生するんですよね。お金がこれだけ発生すると思うと、効率よくやらざるを得ない」

 現在は、数日に及ぶ地方出張こそあきらめるものの、仕事量は出産前とそれほど変わらないと言う。

「出産して、なくなった仕事もあるんですけれど、それはただの実力不足。その代わり新しく始まった仕事もありますし、求められる需要も変わっていきますよね」

 また、独身女性が気になる、結婚・出産による“女の友情”の変化については、遊ぶ頻度こそ減ったものの、自宅に招いて遊ぶことが多いので、ほとんど変わらないという。

「友人が未婚、既婚、子持ちは、あまり関係ないですね。私にはゲーム、ファッション、漫画、ゲスな話、仕事などのLINEグループがもともとあって、そこに子どもの話のグループが加わった感じです」

 ただ、恋愛の話がベースの密な付き合いの場合は、「あれ?」となることがあるかもしれないと、犬山氏は語る。結婚によって友人の関心事が変わったことへの寂しさや不安が原因でギクシャクし、マウンティングが発生してしまうことも。

「『女は笑顔で殴りあう:マウンティング女子の実態』(筑摩書房)の本を作る時に、瀧波ユカリ先生と話していて私が思ったのが、マウンティングしてしまう原因が、相手に対して感じる寂しさや不安の時は、愛情を伝えるのが一番だなあ、と。相手の良いところを思い浮かべて、それを伝えて『好きだよ』って言う。それができたら、負の感情のほうにはあまり進まないかと思います」

 また、「もしも、結婚や出産を機に『女の幸せは結婚、出産だから、あんたもそうしな』とか、『いいよね〜あんたは勝ち組だよね〜裏切り者だよね』みたいなことを言われたら、それは呪いなので、付き合い続けるか考えるのもよいと思います。ステージが変わって本性が出たのか、と。付き合う相手、結婚相手もそうですが、友情もメンテナンスが必要だし、ずっと長続きする相手とは長く付き合い、常に一緒にいないほうがいいなと思えば離れる、でいいと思います」とも、ズバリ。

 目の前に子どもがいれば、男と女、モテがどうのこうのよりは、子どもの話が多くなるだろうし、付き合う人が変わっていくのも当然のこと。そこは、時の流れに身を任せるしかないのかもしれない。

 本来、出産はものすごくおめでたいはずなのに、ネット上では、ネガティブな話が蔓延しやすい。犬山氏が「自分の人生がなくなっちゃうのでは――とビビッていたんですが、案外楽しく暮らせております」と語るように、実際のところは、出産後、多くの人が普通に幸せだったりするのかも?

 自慢と事実をしっかりかぎ分け、ポジティブな情報も上手に取り入れながら、自分の人生が楽しくなる選択をしたい。
(上浦未来)

犬山紙子(いぬやま・かみこ)
1981年大阪生まれ。イラストエッセイスト、愛犬家、愛酒家。トホホな生態を持つ美女たちを描いた『負け美女』(マガジンハウス)でデビュー。「週刊SPA!」(扶桑社)や「anan」(マガジンハウス)などで連載中。

ハヤカワ五味(ハヤカワ・ごみ)
1995年東京生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン科4年。アパレルブランドfeast、feast secret、LAVISH GIRL、ダブルチャカの株式会社ウツワ代表取締役。エープラス所属。

デキ婚の夫は家庭を顧みず女遊び。蹴られた恐怖で夜逃げを決意【別れた夫にわが子を会わせる?】

OLYMPUS DIGITAL CAMERAわが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第5回 広瀬ちあきさん(仮名・30代)前編

「取っ組み合いのけんかをしたり、すさまじい罵倒をし合ったり。そこまで私の醜いところを見せた人って、今までの人生の中で彼しかいない。だからこそ、ある意味安心して会える人なんです。戦友というか、出来の悪い弟というか。彼と結婚したのは、大学を卒業して3年目のこと。デキ婚でした」

 理系の派遣会社で働いているという広瀬ちあきさんは、埼玉県にある実家に住み、10代前半の子ども2人を育てている。小柄でてきぱきとして、それでいておしゃれな女性という広瀬さんの第一印象からは想像がつかない夫婦生活が、かつてはあった。

■双方の親が仲違い、結婚式もせず、出産直前に入籍

――お相手の方は同僚ですか? どこで知り合われたんですか?

「2歳下の彼と知り合ったのは、私が就職した年のことでした。女子会に乱入してきた男子たち、その一人が彼でした。そんな初対面ですからね、邪魔くさいな、というのが第一印象(笑)。有名人で似てるのは、嵐の二宮和也くんかな。気がつけば付き合っていて、毎週末を2人きりで過ごすようになりました」

――そのまま関係は続いたんですか?

「はい。彼も社会人になりました。営業職として入社して1年目で年収600万円。すごく口がうまいので、全国トップの成績だったとか。

 そんな折、デキてしまったんです。勢いとか若気の至りと言われればそれまでですけどね。そこで口を挟んできたのが、彼の母親です。『堕ろして』と私に直接は言ってこないですけど、『結婚するな』と彼にずっと言ってたようです。そんな意向は無視して、2人で出産と同棲を決めました。住んだのは私の実家のある埼玉。彼は当初、嫌がっていましたけど、最後は折れてくれました。

 問題は、双方の親の仲たがいです。うちの親が『娘さん孕ませてすみません、って挨拶があってしかりなのに、そういうのが一切ない』と言えば、彼の母親は『関わりたくない』って言うんです。そんな感じでこじれてしまって。関係はぐちゃぐちゃです」

――それで、出産はどうなったんですか?

「出産の1カ月前ぐらいで産休に入りました。未婚の母になるつもりはなかったので、『籍を入れなきゃ、一生あなたと会わない!』って強く言ったところ、生まれる2日前になって、ようやく籍を入れてくれました。そんなドタバタですから、結婚式どころではなかった。結局やらずじまいです。

 出産日は大幅に遅れました。予定日から6日待っても、まだ出てこなくて。陣痛促進剤やバルーン[筆者注:子宮収縮を促す器具。風船状のゴム球を膣から挿入して使用する]を使って産むことになりました。今思えば難産でした。いきんでるうちに、気分が悪くなって嘔吐してしまったんです。時間的には大したことがなかったんでしょうけど、産み終わったときには精根尽き果てていました。彼は立ち会わなかった。というか、連絡しそびれて……」

――出産後は、どのような生活だったんですか?

「(産褥期は)実家で1カ月ほど過ごしました。回復が遅く、1カ月を過ぎても、ヨタヨタしていたんです。産着などのベビー用品は、生まれる前に最低限、自分で買ってあったり、生まれてから親に買ってきてもらったり。出産するまでは籍入れる入れないでもめてたので、『しっかり選んで』とか『備えなきゃ』とか、それどころじゃなかったんです。その間、彼は1人暮らし。親子3人で住むために、先に都内にマンションを借りて、そこに住み始めていました。実家へ娘を見に来たかって? いいえ、一度も来ませんよ」

――マンションで同居し始めてからの生活は、どうでしたか?

「彼は娘を風呂にも入れないし、おむつも替えない。家事もしない。その代わり、家事や育児に何も口出しをしないので、それはそれで文句はありませんでした。でも、彼は仕事の付き合いと称して、キャバクラや風俗に行ってましたね。それで私が『なんでそんなところ行くのよ』って問い詰めると、『事務をする子をスカウトするためなんだよ』とか、もっともらしい理由を言われて、丸め込まれちゃうんですよ。でも、店外デートまでする必要ないですよね」

――家計はどうだったんですか?

「家計は最低限、光熱費とマンションの家賃だとかは彼の口座から全部引き落とし。私が負担したのは食費ぐらいですかね。育児休暇手当があったので、食事と子どものもの、あとは病院代とかを賄ってました。

 彼の手取りは、確か35万円ぐらい。遊びすぎてカードローン20万円分ぐらいを滞納し、ボーナスで返すとか。そういう自転車操業。経済的DVっていうんですか。そういうことはしょっちゅうでした。ケンカの後、財布のお金を全部没収されて、『お金がないから、ご飯が買えない。どうしよう』って泣きの電話を実家にかけたりとかね。お金を没収する目的? 私が彼に愛想をつかして逃げ出すのを防ぎたかったんでしょ。

 対抗策として、引き出しとかに小分けにしてお金を保管してました。子どもが倒れて病院行かなくちゃいけなくなったりしても、お金がなければタクシーに乗れないじゃないですか」

――そんなことをされて、よく一緒にいましたね。

「いや、だからこそ2人目ができたのかも。『子どもが増えれば、もっと出歩きにくいだろう』『お金がかかるから、おまえは友達とも会えないだろう』みたいな。彼にとって子どもは、私をつなぎ留めておくだけの道具ですね。もちろん、子どもが2人になったからといって、彼は育児をするわけでもなく、相変わらず、好き放題遊んでましたけどね」

――暴力とか子どもへの虐待っていうのは、なかったんですか?

「私にしても、子どもにしても、思い切り怒鳴りつけられる、ということがありました。彼は外で酒を飲んでのトラブルをたくさん経験しているので、私たちに決して手は出さないんです。だから言葉ですね。でも、言葉のDVって証拠を取りにくいから、難しいですよ。録音をするにしても、いつ怒鳴られるかわからないし、録音しててばれたら、逆上して何をされるかわからない。だから、ほんとは殴ってもらって、診断書を取りたかったですね。実際殴られたらつらいでしょうけどね」

――別居のきっかけは、何だったんでしょうか?

「彼が朝帰りしてシャワーを浴びていた隙を縫って、財布の中を見たんです。レシートにカクテルの名前が書いてあって、また女と遊んでるなってピンときた。それで、カチンときて、彼が出勤前なのに、つい言っちゃったんですよ。『財布を見たわよ』って。すると『なんで出勤するタイミングで言うんだよ』ってキレられました。

 怖いと思って、とっさにそのとき、保育園の年中さんだった上の子を抱えたところ、軽くなんですけど、私は足を蹴られました。上の子はおびえてました。下の子は、そのときまだ言葉の話せない乳児だったので、その辺で寝てても大丈夫でした。

 怖くて私、たまらず110番したんです。駆けつけた警察官に、双方分かれて事情を話すんです。ところがその後『奥さんね、旦那さんの言ってることが、奥さんの言ってることと全然違うよ』みたいなことを言われたのかな。それこそ『嫁が蹴ってきた』ぐらいの、間逆のことを。すぐ後に、法テラス(無料法律相談窓口)に相談しました」

――弁護士に相談してから、どうなったんですか?

「事情を話したところ、『それ離婚できるわよ』って言われて、ハッとしたんです。それまで私、彼に洗脳されてたんですね。当時は『彼がダメなのは私のせい』だとか、『彼が怒るのは、私がこんな女だから』だとか考えてました。また、あまり自由に外に出してもらえなかったからか、さらに世界が狭くなって、一般常識がわからなくなってましたし。

 だけど、弁護士にそう言われて、ふっと我に返ったというか、『よし、夜逃げしてやろう』と思い立ったんです。警察が来てから逃げるまでは2週間。期間が短かったので、子どもを預けられる施設を探すので精いっぱいでした」

(後編へ続く)

デキ婚の夫は家庭を顧みず女遊び。蹴られた恐怖で夜逃げを決意【別れた夫にわが子を会わせる?】

OLYMPUS DIGITAL CAMERAわが子に会えない』(PHP研究所)で、離婚や別居により子どもと離れ、会えなくなってしまった男性の声を集めた西牟田靖が、その女性側の声――夫と別居して子どもと暮らす女性の声を聞くシリーズ。彼女たちは、なぜ別れを選んだのか? どんな暮らしを送り、どうやって子どもを育てているのか? 別れた夫に、子どもを会わせているのか? それとも会わせていないのか――?

第5回 広瀬ちあきさん(仮名・30代)前編

「取っ組み合いのけんかをしたり、すさまじい罵倒をし合ったり。そこまで私の醜いところを見せた人って、今までの人生の中で彼しかいない。だからこそ、ある意味安心して会える人なんです。戦友というか、出来の悪い弟というか。彼と結婚したのは、大学を卒業して3年目のこと。デキ婚でした」

 理系の派遣会社で働いているという広瀬ちあきさんは、埼玉県にある実家に住み、10代前半の子ども2人を育てている。小柄でてきぱきとして、それでいておしゃれな女性という広瀬さんの第一印象からは想像がつかない夫婦生活が、かつてはあった。

■双方の親が仲違い、結婚式もせず、出産直前に入籍

――お相手の方は同僚ですか? どこで知り合われたんですか?

「2歳下の彼と知り合ったのは、私が就職した年のことでした。女子会に乱入してきた男子たち、その一人が彼でした。そんな初対面ですからね、邪魔くさいな、というのが第一印象(笑)。有名人で似てるのは、嵐の二宮和也くんかな。気がつけば付き合っていて、毎週末を2人きりで過ごすようになりました」

――そのまま関係は続いたんですか?

「はい。彼も社会人になりました。営業職として入社して1年目で年収600万円。すごく口がうまいので、全国トップの成績だったとか。

 そんな折、デキてしまったんです。勢いとか若気の至りと言われればそれまでですけどね。そこで口を挟んできたのが、彼の母親です。『堕ろして』と私に直接は言ってこないですけど、『結婚するな』と彼にずっと言ってたようです。そんな意向は無視して、2人で出産と同棲を決めました。住んだのは私の実家のある埼玉。彼は当初、嫌がっていましたけど、最後は折れてくれました。

 問題は、双方の親の仲たがいです。うちの親が『娘さん孕ませてすみません、って挨拶があってしかりなのに、そういうのが一切ない』と言えば、彼の母親は『関わりたくない』って言うんです。そんな感じでこじれてしまって。関係はぐちゃぐちゃです」

――それで、出産はどうなったんですか?

「出産の1カ月前ぐらいで産休に入りました。未婚の母になるつもりはなかったので、『籍を入れなきゃ、一生あなたと会わない!』って強く言ったところ、生まれる2日前になって、ようやく籍を入れてくれました。そんなドタバタですから、結婚式どころではなかった。結局やらずじまいです。

 出産日は大幅に遅れました。予定日から6日待っても、まだ出てこなくて。陣痛促進剤やバルーン[筆者注:子宮収縮を促す器具。風船状のゴム球を膣から挿入して使用する]を使って産むことになりました。今思えば難産でした。いきんでるうちに、気分が悪くなって嘔吐してしまったんです。時間的には大したことがなかったんでしょうけど、産み終わったときには精根尽き果てていました。彼は立ち会わなかった。というか、連絡しそびれて……」

――出産後は、どのような生活だったんですか?

「(産褥期は)実家で1カ月ほど過ごしました。回復が遅く、1カ月を過ぎても、ヨタヨタしていたんです。産着などのベビー用品は、生まれる前に最低限、自分で買ってあったり、生まれてから親に買ってきてもらったり。出産するまでは籍入れる入れないでもめてたので、『しっかり選んで』とか『備えなきゃ』とか、それどころじゃなかったんです。その間、彼は1人暮らし。親子3人で住むために、先に都内にマンションを借りて、そこに住み始めていました。実家へ娘を見に来たかって? いいえ、一度も来ませんよ」

――マンションで同居し始めてからの生活は、どうでしたか?

「彼は娘を風呂にも入れないし、おむつも替えない。家事もしない。その代わり、家事や育児に何も口出しをしないので、それはそれで文句はありませんでした。でも、彼は仕事の付き合いと称して、キャバクラや風俗に行ってましたね。それで私が『なんでそんなところ行くのよ』って問い詰めると、『事務をする子をスカウトするためなんだよ』とか、もっともらしい理由を言われて、丸め込まれちゃうんですよ。でも、店外デートまでする必要ないですよね」

――家計はどうだったんですか?

「家計は最低限、光熱費とマンションの家賃だとかは彼の口座から全部引き落とし。私が負担したのは食費ぐらいですかね。育児休暇手当があったので、食事と子どものもの、あとは病院代とかを賄ってました。

 彼の手取りは、確か35万円ぐらい。遊びすぎてカードローン20万円分ぐらいを滞納し、ボーナスで返すとか。そういう自転車操業。経済的DVっていうんですか。そういうことはしょっちゅうでした。ケンカの後、財布のお金を全部没収されて、『お金がないから、ご飯が買えない。どうしよう』って泣きの電話を実家にかけたりとかね。お金を没収する目的? 私が彼に愛想をつかして逃げ出すのを防ぎたかったんでしょ。

 対抗策として、引き出しとかに小分けにしてお金を保管してました。子どもが倒れて病院行かなくちゃいけなくなったりしても、お金がなければタクシーに乗れないじゃないですか」

――そんなことをされて、よく一緒にいましたね。

「いや、だからこそ2人目ができたのかも。『子どもが増えれば、もっと出歩きにくいだろう』『お金がかかるから、おまえは友達とも会えないだろう』みたいな。彼にとって子どもは、私をつなぎ留めておくだけの道具ですね。もちろん、子どもが2人になったからといって、彼は育児をするわけでもなく、相変わらず、好き放題遊んでましたけどね」

――暴力とか子どもへの虐待っていうのは、なかったんですか?

「私にしても、子どもにしても、思い切り怒鳴りつけられる、ということがありました。彼は外で酒を飲んでのトラブルをたくさん経験しているので、私たちに決して手は出さないんです。だから言葉ですね。でも、言葉のDVって証拠を取りにくいから、難しいですよ。録音をするにしても、いつ怒鳴られるかわからないし、録音しててばれたら、逆上して何をされるかわからない。だから、ほんとは殴ってもらって、診断書を取りたかったですね。実際殴られたらつらいでしょうけどね」

――別居のきっかけは、何だったんでしょうか?

「彼が朝帰りしてシャワーを浴びていた隙を縫って、財布の中を見たんです。レシートにカクテルの名前が書いてあって、また女と遊んでるなってピンときた。それで、カチンときて、彼が出勤前なのに、つい言っちゃったんですよ。『財布を見たわよ』って。すると『なんで出勤するタイミングで言うんだよ』ってキレられました。

 怖いと思って、とっさにそのとき、保育園の年中さんだった上の子を抱えたところ、軽くなんですけど、私は足を蹴られました。上の子はおびえてました。下の子は、そのときまだ言葉の話せない乳児だったので、その辺で寝てても大丈夫でした。

 怖くて私、たまらず110番したんです。駆けつけた警察官に、双方分かれて事情を話すんです。ところがその後『奥さんね、旦那さんの言ってることが、奥さんの言ってることと全然違うよ』みたいなことを言われたのかな。それこそ『嫁が蹴ってきた』ぐらいの、間逆のことを。すぐ後に、法テラス(無料法律相談窓口)に相談しました」

――弁護士に相談してから、どうなったんですか?

「事情を話したところ、『それ離婚できるわよ』って言われて、ハッとしたんです。それまで私、彼に洗脳されてたんですね。当時は『彼がダメなのは私のせい』だとか、『彼が怒るのは、私がこんな女だから』だとか考えてました。また、あまり自由に外に出してもらえなかったからか、さらに世界が狭くなって、一般常識がわからなくなってましたし。

 だけど、弁護士にそう言われて、ふっと我に返ったというか、『よし、夜逃げしてやろう』と思い立ったんです。警察が来てから逃げるまでは2週間。期間が短かったので、子どもを預けられる施設を探すので精いっぱいでした」

(後編へ続く)

独身でも子持ちでも生きやすい社会とは? 佐々木俊尚×白河桃子が語る、「変わりゆく暮らし」の選択肢

(前編はこちら)

 論客としても著名なジャーナリストの佐々木俊尚氏と白河桃子氏。現代日本の家族観やライフスタイルをテーマにした書籍を多数手掛ける両氏に聞く、「これからの時代の女性の生き方」。後編では、変わりゆく家族の枠組み、そして生き方の選択肢について語っていただいた。

■シェアハウスは、これからの暮らしの有力な選択肢

――夫婦は唯一無二の味方として、お互い助け合いながら生きていますよね。結婚という枠組みを取っ払って、そうした持続的な関係性を求められる相手というのは見つけられるものでしょうか?

佐々木俊尚氏(以下、佐々木) よく「夫婦は鉄の扉の中で2人きり過ごしていて、外に出ると7人の敵がいる」といわれますが、家の外に出ると全部が敵っていう考えはおかしい。仲間だっているんですよ。さらに言えば、家の中に自分の言うことをなんでも聞いてくれる夫がいるという幻想を持っている人がやたら多いですけど、それは違うと思うんですよね。夫婦ともに相手をコントロールできる人間と考えるのは間違っています。家でも外でも対等な関係性を築くことが、望ましいのではないでしょうか。

白河桃子氏(以下、白河) 面白いのが、アメリカなどの激しい競争社会だと、やはり家族が一番になるんですよね。かつて日本は、企業コミュニティがしっかりあって、そこに所属していれば良かったんです。お給料がもらえて、一生安泰だった。ところが、そこが段々崩壊し、さらには核家族とあって不安定です。いまの若手で、会社に一生所属して生きられると考えている人はいないですよね。だからこそ、いま日本人は迷っているんです。

佐々木 日本は、企業コミュニティが強くなりすぎた。農村共同体が終戦後に崩壊していく中で、その代替として昭和20年代から30年代にかけて、企業共同体に変わっていったんですね。日本の福祉制度が貧困なのは、全部会社に任せたからですよ。でも、結局、会社が崩壊して、コミュニティの機能がなくなりつつある状況の中、今度は家族に会社の代替を求めている。

――それでいうと、新しい共同体のかたちとして、シェアハウスを選ぶ人が増えていますよね。

佐々木 僕の知り合いに30代の独身女性がいて、新宿で11人のシェアハウスに住んでいるんですが、「結婚する必要があるのか、悩む」って言ってます。結婚する理由は3つあって、「寂しい」「老後不安」「子ども」だとすると、シェアハウスに住んでいると寂しくはないし、老後不安もない、なんとなくこのまま一緒に暮らしていれば、皆と一緒に年を取っていく。それで、彼女は一緒にシェアハウスに住んでくれることを前提に彼氏を募集して、いま付き合っています。でも、シェアハウスで子どもを育てるのは難しい。プライバシーの確保は難しいですよ。

白河 確かにシェアハウスは、これからの暮らしの有力な選択肢ですよね。私は、中高年をターゲットにした大人向けのシェアハウスができると予測していました。身軽な独身だと、今まで一人暮らしが主流でしたが、「寂しいけど、まだ介護は必要じゃないよね」っていう人も多いと思うんです。

――続いて、子どもを持つかどうかですが、本能的に欲しい場合と、やや打算的に将来の孤独感解消や介護を期待している場合があると思うのですが、それについてはいかがでしょうか?

白河 介護要員とは思いませんが、私は子どもがいないので、母の病院へ付き添っていく際に、「将来、自分の時はどうしよう」と心配にはなります。でも、そのために子どもを作るのは違うと思います。介護してほしいとかリスク軽減だけじゃなくて、女性はただ子どもが欲しいんですよね。そう思う人が産みやすい環境を整えることが大事になるんじゃないでしょうか。

佐々木 将来、介護要員にされる子どもも、たまったもんじゃないですよね。子どもに過剰な期待を抱くのは、もう無理ですよ。今の20代ぐらいの若者の親って、50代だと思うんですが、そうすると、豊かな人はもうほとんどいないというのが現実です。親も子どもも貧しいのが当たり前、どちらも期待できないという状況になってきている。その状況の中で、介護要員として子どもを持つという発想自体が生まれにくいと思うんです。福祉制度を家族に負わせるのは間違いで、介護は公共の福祉の問題です。

白河 それこそ、シェアハウスで子どもが育てられないのって、安心感がないと子どもって産めないからだと思うんですよね。なんとかなるっていう感覚がないと、女性は思い切って子どもを産まない。いろいろなことがうまくいっていると感じた瞬間、女性は出産という一番大事なことをするんだと思うんです。

 前に面白いシェアハウスで暮らしている人に「そのうちハウスの中で、子どもが産まれたりして」と言ったら、「可能性はある。全員で育てるかもしれない」と言っていました。シェアハウスが安心できる場所になり得ると思います。みんなで子育てして、そこで初めて、子どもを媒介にして、もっと強固なつながりができるのかもしれない。やっぱり自立した大人だけのつながりは、もろいところがあるけれど、どうしても面倒見なきゃいけない人がいると、結びつきがより強くなる。皆がしっかり立っているだけというのは、ちょっと違うと思っています。

佐々木 新しい子どもの育て方、新しい結婚の仕方っていうのは、転職が自由じゃない、家制度が残っている中では、いくら「自由な生き方をしましょう」と言っても、「それは無理だよね」となります。同時多発的にいろいろなものが少しずつ壊れていって、変わっていくしかないんですよ。そういう中から、次の時代のロールモデルが出てくる。それが、仕事だけじゃなくて、家庭のあり方も変えていくと思います。

白河 これから、ますます未婚女性が多くなると思いますし、子どもを産まない女性が3人のうち1人くらいになる将来予測もあります。だからこそ、共同体的なものがあった方が絶対いいと思っています。特に、病気になった時とか、面倒を全部見てくれなくてもいいから、「ちょっとごめん、いま入院しているから、これ買ってきて」と言えるかどうか。すごく重要じゃないですか? そういう共同体的なものが必要だと思います。3人くらいで、ゆるくつながっていこうよ――って思うと、気が楽になるのではないでしょうか。

 ただ、見返りを期待しちゃいけないとは思います。「私はすごく面倒見てあげたのに、相手はあまり……」といった話はよく聞くので、そんなに期待はしないけど、いざとなったら頼りになる関係はどうやったら作れるか。それはある程度、一緒に切磋琢磨する場面がないと駄目で、楽しいだけではなかなかできないと思います。

佐々木 最近、結婚しないことに対する不安が高まりすぎですよね。テレビやネットの記事でも「無縁社会」や「孤独死」だとか、それを目にすると、ますます「結婚しなきゃ」と焦って、一生懸命に婚活する。でも、すればするほど泥沼にはまっていって結婚できない。それはあまりにも不健康じゃないかな。「結婚なんかしなくても別にいいじゃないか」「子どもがいなくてもいいじゃないか」って、思考転換すればいい。自分の好きにすればいいわけだし、独身でも楽しい老後が待っているイメージが見えてくるといいんじゃないかと思います。
(末吉陽子)

独身でも子持ちでも生きやすい社会とは? 佐々木俊尚×白河桃子が語る、「変わりゆく暮らし」の選択肢

(前編はこちら)

 論客としても著名なジャーナリストの佐々木俊尚氏と白河桃子氏。現代日本の家族観やライフスタイルをテーマにした書籍を多数手掛ける両氏に聞く、「これからの時代の女性の生き方」。後編では、変わりゆく家族の枠組み、そして生き方の選択肢について語っていただいた。

■シェアハウスは、これからの暮らしの有力な選択肢

――夫婦は唯一無二の味方として、お互い助け合いながら生きていますよね。結婚という枠組みを取っ払って、そうした持続的な関係性を求められる相手というのは見つけられるものでしょうか?

佐々木俊尚氏(以下、佐々木) よく「夫婦は鉄の扉の中で2人きり過ごしていて、外に出ると7人の敵がいる」といわれますが、家の外に出ると全部が敵っていう考えはおかしい。仲間だっているんですよ。さらに言えば、家の中に自分の言うことをなんでも聞いてくれる夫がいるという幻想を持っている人がやたら多いですけど、それは違うと思うんですよね。夫婦ともに相手をコントロールできる人間と考えるのは間違っています。家でも外でも対等な関係性を築くことが、望ましいのではないでしょうか。

白河桃子氏(以下、白河) 面白いのが、アメリカなどの激しい競争社会だと、やはり家族が一番になるんですよね。かつて日本は、企業コミュニティがしっかりあって、そこに所属していれば良かったんです。お給料がもらえて、一生安泰だった。ところが、そこが段々崩壊し、さらには核家族とあって不安定です。いまの若手で、会社に一生所属して生きられると考えている人はいないですよね。だからこそ、いま日本人は迷っているんです。

佐々木 日本は、企業コミュニティが強くなりすぎた。農村共同体が終戦後に崩壊していく中で、その代替として昭和20年代から30年代にかけて、企業共同体に変わっていったんですね。日本の福祉制度が貧困なのは、全部会社に任せたからですよ。でも、結局、会社が崩壊して、コミュニティの機能がなくなりつつある状況の中、今度は家族に会社の代替を求めている。

――それでいうと、新しい共同体のかたちとして、シェアハウスを選ぶ人が増えていますよね。

佐々木 僕の知り合いに30代の独身女性がいて、新宿で11人のシェアハウスに住んでいるんですが、「結婚する必要があるのか、悩む」って言ってます。結婚する理由は3つあって、「寂しい」「老後不安」「子ども」だとすると、シェアハウスに住んでいると寂しくはないし、老後不安もない、なんとなくこのまま一緒に暮らしていれば、皆と一緒に年を取っていく。それで、彼女は一緒にシェアハウスに住んでくれることを前提に彼氏を募集して、いま付き合っています。でも、シェアハウスで子どもを育てるのは難しい。プライバシーの確保は難しいですよ。

白河 確かにシェアハウスは、これからの暮らしの有力な選択肢ですよね。私は、中高年をターゲットにした大人向けのシェアハウスができると予測していました。身軽な独身だと、今まで一人暮らしが主流でしたが、「寂しいけど、まだ介護は必要じゃないよね」っていう人も多いと思うんです。

――続いて、子どもを持つかどうかですが、本能的に欲しい場合と、やや打算的に将来の孤独感解消や介護を期待している場合があると思うのですが、それについてはいかがでしょうか?

白河 介護要員とは思いませんが、私は子どもがいないので、母の病院へ付き添っていく際に、「将来、自分の時はどうしよう」と心配にはなります。でも、そのために子どもを作るのは違うと思います。介護してほしいとかリスク軽減だけじゃなくて、女性はただ子どもが欲しいんですよね。そう思う人が産みやすい環境を整えることが大事になるんじゃないでしょうか。

佐々木 将来、介護要員にされる子どもも、たまったもんじゃないですよね。子どもに過剰な期待を抱くのは、もう無理ですよ。今の20代ぐらいの若者の親って、50代だと思うんですが、そうすると、豊かな人はもうほとんどいないというのが現実です。親も子どもも貧しいのが当たり前、どちらも期待できないという状況になってきている。その状況の中で、介護要員として子どもを持つという発想自体が生まれにくいと思うんです。福祉制度を家族に負わせるのは間違いで、介護は公共の福祉の問題です。

白河 それこそ、シェアハウスで子どもが育てられないのって、安心感がないと子どもって産めないからだと思うんですよね。なんとかなるっていう感覚がないと、女性は思い切って子どもを産まない。いろいろなことがうまくいっていると感じた瞬間、女性は出産という一番大事なことをするんだと思うんです。

 前に面白いシェアハウスで暮らしている人に「そのうちハウスの中で、子どもが産まれたりして」と言ったら、「可能性はある。全員で育てるかもしれない」と言っていました。シェアハウスが安心できる場所になり得ると思います。みんなで子育てして、そこで初めて、子どもを媒介にして、もっと強固なつながりができるのかもしれない。やっぱり自立した大人だけのつながりは、もろいところがあるけれど、どうしても面倒見なきゃいけない人がいると、結びつきがより強くなる。皆がしっかり立っているだけというのは、ちょっと違うと思っています。

佐々木 新しい子どもの育て方、新しい結婚の仕方っていうのは、転職が自由じゃない、家制度が残っている中では、いくら「自由な生き方をしましょう」と言っても、「それは無理だよね」となります。同時多発的にいろいろなものが少しずつ壊れていって、変わっていくしかないんですよ。そういう中から、次の時代のロールモデルが出てくる。それが、仕事だけじゃなくて、家庭のあり方も変えていくと思います。

白河 これから、ますます未婚女性が多くなると思いますし、子どもを産まない女性が3人のうち1人くらいになる将来予測もあります。だからこそ、共同体的なものがあった方が絶対いいと思っています。特に、病気になった時とか、面倒を全部見てくれなくてもいいから、「ちょっとごめん、いま入院しているから、これ買ってきて」と言えるかどうか。すごく重要じゃないですか? そういう共同体的なものが必要だと思います。3人くらいで、ゆるくつながっていこうよ――って思うと、気が楽になるのではないでしょうか。

 ただ、見返りを期待しちゃいけないとは思います。「私はすごく面倒見てあげたのに、相手はあまり……」といった話はよく聞くので、そんなに期待はしないけど、いざとなったら頼りになる関係はどうやったら作れるか。それはある程度、一緒に切磋琢磨する場面がないと駄目で、楽しいだけではなかなかできないと思います。

佐々木 最近、結婚しないことに対する不安が高まりすぎですよね。テレビやネットの記事でも「無縁社会」や「孤独死」だとか、それを目にすると、ますます「結婚しなきゃ」と焦って、一生懸命に婚活する。でも、すればするほど泥沼にはまっていって結婚できない。それはあまりにも不健康じゃないかな。「結婚なんかしなくても別にいいじゃないか」「子どもがいなくてもいいじゃないか」って、思考転換すればいい。自分の好きにすればいいわけだし、独身でも楽しい老後が待っているイメージが見えてくるといいんじゃないかと思います。
(末吉陽子)