“笑わない男”ラグビーの稲垣啓太、倉持明日香とのLINEでは「笑ってる」との証言

 今月発表された「新語・流行語大賞」でも、『ONE TEAM(ワンチーム)』が年間大賞に輝くなど、日本中の大きな話題を集めたラグビーW杯。

 ベスト8入りの偉業を果たした日本代表チームの選手たちは一躍時の人となり、テレビ番組でも引っ張りだことなっている。

「話題性はもちろん、キャラの立っている選手も多く、重宝しています。“ワンチーム”がまさに象徴していますが、競技の性質上、選手同士の仲が良さそうですし、献身的なプレーの印象が強く、好感度も高い。プロ野球やJリーガーなどの他のプロアスリートと異なり、それほど収入が高くないという点も視聴者の親近感を掻き立てるのか、とにかくイメージが良くて視聴率にも繋がっています」とは民放テレビ局のバラエティー番組スタッフ。

 日本代表チームの選手の中でも、とくに視聴者のヒキが強いのが“笑わない男”として知られるプロップの稲垣啓太選手という。

「“笑わない男”というキャッチーなフレーズが功を奏している印象です。外見はコワモテですが、じつは茶目っ気もあり、“空気”を読む力やトーク力もある。天然芝のグラウンドにするなど競技発展のため、母校の高校に300万円を寄付するなどのプライベートの美談も好感度の高さに繋がっているのでしょう」(同番組スタッフ)

 そんな稲垣選手といえば、アイドルグループ・AKB48の元メンバーでタレントの倉持明日香との交際も発覚して話題となった。

「双方とも熱愛報道を否定していないので交際は事実でしょう。稲垣選手は元々、女優の秋元梢さんのファンであることを明かすなど黒髪の似合う彫の深いエキゾチックな女性がタイプ。倉持さんも大のプロレス好きで以前から元レスラーの小橋建太さんを理想のタイプと事ある事に話していましたから、男らしい肉体派の稲垣選手はまさにピッタリでしょう。旬な著名人と芸能人が結ばれると批判的な見方をされるケースもありますが、2人の場合、以前から公言していた理想のタイプ同士の熱愛ということで世間のイメージも悪くなく、周囲も交際を温かく見守っている印象です。このままゴールインという可能性も十分ありますね」(芸能リポーター)

 2人の今後の恋の行方にも注目が集まるが、稲垣選手を知るラグビー関係者からは祝福まじりにこんな声も…。

「稲垣選手は一般的には“笑わない男”のイメージが強く、確かに試合中はまず笑わないけど、普段は笑うことも多いですよ。有名人になった最近は笑っているところ見られないように気を使っているようですが。それに、彼女とのメールやLINEでのやり取りではよく“(笑)”を使っているようで、そのことを仲の良いチームメイトからツッコまれているとか」

 今の彼女とゴールインしたあかつきには、ぜひとも満面の笑みを公然の場で見せてもらいたいものである。

「笑わない男」でブレイク! ラグビー日本代表・稲垣啓太の“笑えない過去”

 ラグビーW杯で一躍“時の人”となったのが、背番号「1」を付け、スクラムを支えた左プロップの稲垣啓太。ほとんど笑顔を見せないことから“笑わない男”との愛称を付けられ、目下バラエティ番組などに引っ張りだこだが、本業のラグビーでは笑えない過去を持っている。

 もともとは野球少年だっという稲垣は、中学3年生のときに兄の影響でラグビーを始めたが、その才能は傑出していた。高校時代は花園に2度出場して、U20日本代表候補にも選ばれ、進学先の関東学院大学でも活躍。パナソニックに入団すると、その年のトップリーグ新人賞に選ばれ、それ以来全シーズンでベスト15に選ばれており、2014年以降は日本代表にも定着している。そんな輝かしいラグビー人生における“唯一の汚点”が、大学4年生のときの不名誉な記録だ。ラグビーに詳しいフリーのスポーツライターがいう。

「ラグビーの日本代表は大半が大卒で、日本のラグビーは大学の強豪校がベースになっていますが、2000年代前半に大学ラグビー界を席巻したのが関東学院です。2000年から2006年までの7年間でリーグ戦を6度制し、その間、大学日本一にも4度輝きましたが、2012年にリーグ戦で全敗し、入れ替え戦にも敗れて、31季ぶりに2部に降格しました。その時の主将が稲垣です。その年の関東学院はボロボロで、東海大には100点以上の差を付けられて敗北しました」(スポーツライター)

 記録をたどると、07年以降はリーグ戦優勝を逃しているものの、降格前年(11年)は5勝2敗でリーグ3位。大学選手権でも準決勝まで駒を進めており、伝統に恥じぬ結果を残している。そこからわずか1年でリーグ戦全敗+降格とは、いったい何が起きたのか。

「関東学院のラグビー部は07年、部員2人が大麻栽培で逮捕され、その後の供述で10人以上の部員が大麻を吸っていたことが発覚。リーグ戦や大学選手権の出場を辞退する騒動がありました。これによって有望選手が一気に関東学院を避けるようになり、“貯金”が完全に無くなったのが、稲垣が主将の年でした。

 ただ、1998年に集団レイプ事件を起こした帝京大学のラグビー部は、その後、部の在り方を根底から見直し、大学ナンバー1の強豪へとのし上がりました。それにひきかえ、関東学院はその後も立て直しができず、1部と2部を行ったり来たりする状況が続いていますから、低迷期の歴代主将がそうであるように、稲垣にも責任の一端はあると言わざるを得ないでしょう。“笑わない男”として有名になりましたが、降格が決まった際には人目もはばからず涙を流していましたし、そのあたりは本人も自覚しているはずです」(同上)

「笑わない」のではなく「笑えない」という表現の方が正しいかも。

「笑わない男」でブレイク! ラグビー日本代表・稲垣啓太の“笑えない過去”

 ラグビーW杯で一躍“時の人”となったのが、背番号「1」を付け、スクラムを支えた左プロップの稲垣啓太。ほとんど笑顔を見せないことから“笑わない男”との愛称を付けられ、目下バラエティ番組などに引っ張りだこだが、本業のラグビーでは笑えない過去を持っている。

 もともとは野球少年だっという稲垣は、中学3年生のときに兄の影響でラグビーを始めたが、その才能は傑出していた。高校時代は花園に2度出場して、U20日本代表候補にも選ばれ、進学先の関東学院大学でも活躍。パナソニックに入団すると、その年のトップリーグ新人賞に選ばれ、それ以来全シーズンでベスト15に選ばれており、2014年以降は日本代表にも定着している。そんな輝かしいラグビー人生における“唯一の汚点”が、大学4年生のときの不名誉な記録だ。ラグビーに詳しいフリーのスポーツライターがいう。

「ラグビーの日本代表は大半が大卒で、日本のラグビーは大学の強豪校がベースになっていますが、2000年代前半に大学ラグビー界を席巻したのが関東学院です。2000年から2006年までの7年間でリーグ戦を6度制し、その間、大学日本一にも4度輝きましたが、2012年にリーグ戦で全敗し、入れ替え戦にも敗れて、31季ぶりに2部に降格しました。その時の主将が稲垣です。その年の関東学院はボロボロで、東海大には100点以上の差を付けられて敗北しました」(スポーツライター)

 記録をたどると、07年以降はリーグ戦優勝を逃しているものの、降格前年(11年)は5勝2敗でリーグ3位。大学選手権でも準決勝まで駒を進めており、伝統に恥じぬ結果を残している。そこからわずか1年でリーグ戦全敗+降格とは、いったい何が起きたのか。

「関東学院のラグビー部は07年、部員2人が大麻栽培で逮捕され、その後の供述で10人以上の部員が大麻を吸っていたことが発覚。リーグ戦や大学選手権の出場を辞退する騒動がありました。これによって有望選手が一気に関東学院を避けるようになり、“貯金”が完全に無くなったのが、稲垣が主将の年でした。

 ただ、1998年に集団レイプ事件を起こした帝京大学のラグビー部は、その後、部の在り方を根底から見直し、大学ナンバー1の強豪へとのし上がりました。それにひきかえ、関東学院はその後も立て直しができず、1部と2部を行ったり来たりする状況が続いていますから、低迷期の歴代主将がそうであるように、稲垣にも責任の一端はあると言わざるを得ないでしょう。“笑わない男”として有名になりましたが、降格が決まった際には人目もはばからず涙を流していましたし、そのあたりは本人も自覚しているはずです」(同上)

「笑わない」のではなく「笑えない」という表現の方が正しいかも。