<p> 遺体なき殺人事件――元夫は暴力団ともつながりがあったいわく付きの人物だ。妻だった博子は関根に暴力を振るわれていた。時には顔を腫らしていたこともあったという。連れ子にも壮絶な暴力を振るっていた関根。関根との偽装離婚にしても、博子自身は「偽装だと思い込んでくれればいい」と思っていたという。これを機に、関根と少しでも距離を置きたい。逃れることができれば。そんな気持ちだったといわれている。そして離婚し、別居に成功したが、しかし関根はあきらめなかった。</p>
「神林広恵「悪女の履歴書」」カテゴリーアーカイブ
「愛犬家連続殺人事件」――4人を殺害“透明”にした偽装夫婦、風間博子という女
<p> 1980年代後半、いわゆるバブル期から始まった空前のペットブーム。それまで庭先の番犬として飼われていた犬が、家の中で飼われるようになり、雑種が一般的だったのが、ハスキー犬、レトリバー、シェルティーなどの「血統書付き」が人気を博していく。その背景にはブランド好きでステイタスを求める当時の人々の志向、風潮が大きかった。ブランド犬は飼い主の見得、欲求をも満たす存在となり、高額で売買されていく。こうした時代背景から、ブリーダーという職業も出現した。埼玉県大里群江南町(現・熊谷市)にあった「アフリカケンネル」もそのひとつだ。</p>
「お嬢さんと呼ばれたかった」通り魔に成り果てた中年女・伊田和世の欲望と孤独
<p> 和世は確かに歪み、そして壊れていた。</p> <p> こうして周囲から見える和世の表層は、とてつもなく不安定で、風変わりだ。そして彼女の母親もかなりの変わり者として有名だったという。母親は和世と同じく、美人で派手な格好する女性として近隣から奇異な目で見られていた。また性格も強くてヒステリック。和世が幼い頃、母親が子どもを怒鳴る声が頻繁に外まで聞こえてきたという。さらに母親は機嫌が悪いと和世を人前でも罵った。他人に娘の悪口を吹聴した。娘に対する興味も薄かったのだろう。不登校になった小学生の娘に「行きたくないなら、行くな」と関心を示さなかったという。和世は幼少期から育児放棄に加え、母親からの悪意も植えつけられたといえる。</p>
「赤いドレスの通り魔」「ひらひらさん」と呼ばれた連続通り魔・伊田和世の実像
<p> 時に妙な磁場を持つ女性犯罪者や犯罪被害者が登場することがある。</p> <p> 東電OL事件の被害者となった渡辺泰子や、首都圏連続不審死事件の木嶋佳苗などがそれに当てはまるが、2003年に名古屋で起きた連続通り魔事件の伊田和世もまた、そうした系譜の女の1人だ。美人でしかも水商売やソープランドで働いた経験があった、当時38歳の和世は、マスコミに大きく取り上るのに十分の“磁場”を持っていた。</p>
「物語性」なき犯罪者、歴史に沈んだ死刑囚・杉村サダメの獄中晩年
12月18日、顔なじみの行商人・村上敏子(46)が訪ねてきた。サダメはダビやシャツを買ったが、その時、敏子の財布に千円札の束が見えた。サダメは3度目の犯行を決意する。昼時でもあったので、弁当のおかずといってサダメはホリドール入りの鯛ミソを敏子に供したのだ。敏子もまた、前の2人同様、嘔吐し倒れて意識を失った。幸いなことに鯛ミソの量が少なかったことから、その後敏子は一命を取り留めた。しかし内臓から脳まで毒に犯され、重篤な障害が残ったという。
サダメは第3の犯行でついに遂に金を奪うことに成功する。水を飲ませるなど介抱する素振りをみせながら、敏子の財布から1万3,500円を抜き取ったのだ。犯行を偽装するためか、サダメは500円だけは財布に残しておいた。だがその日の夜、意識を取り戻し自宅に戻された敏子が財布から金が失くなっていることに気づいた。そしてこのことがきっかけとなり、サダメに疑惑の目が向けられていく。
夫の愛人2人と同居、女4人を毒殺未遂――“語られない”女性死刑囚・杉村サダメ
<p> 昭和35年(1960年)。南国といわれる九州でも霜が降りるなど、師走に入り寒い日が続いていたという。そんな同年12月28日、熊本市長谷町に住む奥村キヨノ(51)が不審な死を遂げた。</p>
畠山鈴香はモンスターなのか? 事件性だけが消費され、解明されない“心の闇”
<p> 2007年9月から始まった一審公判で鈴香は事件に関与したことは認めたものの、彩香ちゃんについては「殺人はなく覚えていない」と過失致死だったと主張、また豪憲くんについては衝動的なもので、自分でもうまく説明できない心神耗弱状態だと責任能力について争う姿勢を示した。</p>
「秋田連続児童殺害」――マスコミが報じなかった“鬼畜の母”畠山鈴香の実像
<p> 2006年4月9日午後6時45分。秋田県藤琴川に架かる橋の欄干に2人の人影があった。2人はしばらく何か話していたが、小さな影が欄干に乗り、それを大きな影が支えていた。瞬間、大きな影の腕が動いたかと思うと、小さな影が欄干から川に落下していった。「お母ちゃん」。そんな声が微かにこだまする。大きな影は振り返ることなく、傍らにあった車に乗り込み走り去っていった。</p>
神と崇められた女の欲望の狂気――「福島悪魔祓い殺人事件」の女殺人犯
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二木久美子(48)も幸子に心酔した1人だった。夫の文雄(50)は糖尿病に、18歳の長女も緑内障を患っていた。治療をしてはいたが、症状は改善されない。そんな時、高血圧に悩む姉の洋子が幸子の祈祷で治ったと聞き、すっかり幸子の霊能力を信じた。幸子の元に通ううち、「仕事を辞めて一緒に住めば霊が鎮まる」と言われ、夫婦揃って仕事を辞め3人の子どもを連れて幸子宅で共同生活を始める。姉の洋子夫妻も一緒だった。いわゆる出家である。久美子は言われるままに、幸子に150万円の金を渡した。そんな時、ある男が幸子の前に現れた。自衛隊に所属する根室雄二(21)だ。幸子は一目で雄二を気に入った。そこから幸子の暴走が始まる。
94年12月、幸子は26歳年下の雄二と性的関係を持った。童貞だった雄二は幸子に夢中になったという。幸子も有頂天だ。雄二に高い地位を与え、信者たちに「ユウジさま」と呼ばせた。自分は「幸子さま」だ。だがこれに異を唱えたのが古参の文雄だった。これに激怒した幸子は、文雄に対し「キツネが憑いている」と責め始める。借金を拒否し、幸子にとっては気に入らない存在となった洋子も暴行の対象となった。
「悪魔祓い殺人事件」、信者6人殺害の“拝み屋”江藤幸子の金と男
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世間を戦慄させた殺人事件の犯人は女だった――。日々を平凡に暮らす姿からは想像できない、ひとりの女による犯行。彼女たちを人を殺めるに駆り立てたものは何か。自己愛、嫉妬、劣等感――女の心を呪縛する闇をあぶり出す。
[第16回]
福島悪魔祓い殺人事件
1995年は今から振り返っても異様な年だった。1月、阪神大震災、3月、オウム真理教による地下鉄サリン事件、当時の警察庁長官・国松孝次狙撃事件。そして一連のオウム事件――世の中全体が不安と不穏な空気で充満していたのが95年だ。そして、この年7月に発覚した「福島悪魔祓い殺人事件」もまた、この時代にふさしい異様なものだった。
ことの発端は95年6月18日早朝、1人の老女が福島県須賀川市の「女祈祷師」を訪ねたことだった。老女には石田秀子(33)という娘がいた。しかし最近、娘とその家族と連絡が取れないことを不審に思っていた。娘一家は、孫のぜんそくを診てもらっている女祈祷師である江藤幸子(47)に心酔しているらしい。老女は胸騒ぎを覚え、女祈祷師の元に急いだ。


