『全裸監督』制作と黒木香さんは無関係! “プライバシー侵害”を訴えることは可能か、弁護士に聞いた

 AV監督・村西とおるの半生を描いたNetflixのドラマ『全裸監督』が話題となっている。主役の村西を演じる山田孝之をはじめ、交際していたAV女優の黒木香を演じる森田望智の演技も高い評価を受け、芸能人のほか、テレビ・映画などメディア関係者の間でも、「地上波では絶対映像化できない」などと大絶賛されている。

 一方で、ドラマの中には、現在は引退している元AV女優の黒木さんが、現役当時の名前(芸名)で重要人物として登場していることから、SNSなどでは、当時を知るAV関係者らから、「黒木さんはドラマ化を了承しているのか」といった疑問の声も上がっている。そんな中、「許可を取っているのか」という質問に対する、「作品制作にあたって、村西さん同様、黒木さんご本人は関与されていません」というNetflixの回答が報じられた。

 そこで、黒木さん本人が、プライバシーの侵害でNetflixを訴えることは可能なのか、弁護士法人ALG&Associatesの山岸純弁護士に話を聞いた。

 山岸氏によると、プライバシー権とは、「自分の情報をコントロールする権利」と考えられているという。

「現代社会では、人は、自分の過去や現在の情報がどこでどのように使われるのかについて強い関心を持っているので、このような情報について自分の知らないところで使用されることを拒む権利として考えられています」

 その上で、黒木さんがプライバシーの侵害を訴えることは可能なのかについて、山岸氏は次のように述べる。

「黒木香さんの実名モデルとしての登場は、本人に『世間に知られたくない』『過去のことなので、今となっては公表して欲しくない』という気持ちがあり、これらの気持ちについて大多数の一般の人が『同じ立場だったら同じように考える』というような場合には、法的保護に値する可能性があります。この場合、プライバシー侵害として、映像の配信停止や損害賠償請求のための訴訟を提起することができます」

 訴訟を起こした場合の損害賠償の金額はいくらになるかについては、「『精神的な損害』がメインとなるので、大きな額にはなりませんが、数百万円程度になる可能性があります」という。

 ドラマ自体は大変好評なため、シーズン2の制作が決定している。これについて、黒木さんが制作や配信の中止を求めることは可能なのだろうか。山岸弁護士によると、「『映像の配信停止』について、裁判所の仮処分手続きにおいてできるかもしれません」とのこと。

 そもそも、このドラマは本橋信宏のノンフィクション『全裸監督 村西とおる伝』(太田出版)が原作となっているという。では、この原作自体はプライバシー侵害にならないのだろうか。かつて小説のモデルとなった女性からのプライバシー侵害の訴えにより、出版の差し止めが認められた柳美里の『石に泳ぐ魚』(新潮社)のようなケースもある。

「一般人であること、一般的に『他人には知られたくないこと(昔の犯罪歴、身体のこと、過去の恥ずかしい出来事、癖など)』が開示されること、そのことを公開することが社会にとって役に立ったりするもではないこと、実名であること、などの要素があると、『プライバシー侵害』になる可能性が高まります。これに対し、一定程度、その人となりや生活ぶりなどが“おもて”に出ることが想定されている政治家や芸能人であったり、最近の犯罪歴だったり、そのことを公開することで社会に警笛を鳴らす目的などがあったりする場合には、『プライバシー侵害』にはなりにくいと考えられています」

 黒木さんの場合、「黒木香」は芸名とはいえ、黒木香になる前のライフストーリーもドラマ化されている。また、引退後、消息を報じる記事がプライバシー権や肖像権の侵害に当たるとして、出版社等に対して損害賠償を求める民事訴訟を何度か起こし、そのいくつかは勝訴していることも報じられている。

 山岸弁護士は、「エンタメやメディアの影響力(情報があっという間に広がっていく力、多くの人が疑問を持たずに信じ込んでしまう力など)を理解している者は、今一度、その力の強さをしっかりと認識し、使い方を思慮深く考えなければなりません」と警告する。

 今や、SNSやネットを通じて誰もが発信者となれる時代。メデイアのみならず、自らの発信する内容について今一度振り返り、人権について考える必要があるのではないだろうか。

お通し代にソープの入浴料まで……外国人旅行客とのトラブルが多発する日本固有の「暗黙の了解」

 来年の東京五輪を控え、海外からの インバウンド(訪日旅行)ブームが続いている。昨年の訪日外国人旅行客は3,119万人超で過去最多を記録。今年も、前年の記録を上回る月が続いている。

 そんな中、観光地のキャパシティ以上の観光客が訪れる「オーバーツーリズム」など、各地で外国人旅行客をめぐる問題も相次いでいる。

 特にトラブルに発展しやすいのが、海外ではなじみが薄い、日本独特の商慣習だ。

「飲食店での支払いをめぐって、店側と外国人旅行客がもめるケースが増えているようです。トラブルになりやすいのが、居酒屋や小料理店などで出される『お通し』の代金。関西では『突き出し』とも呼ばれますが、海外では見られない商慣習です。従業員に個別にサービス代として支払うチップ制がある欧米人には理解を得られやすいですが、アジア圏ではこの種の商慣習はありません。そのため、会計時に『注文していない』などと支払いを拒否する例が後を絶たないんです」(都内の旅行代理店関係者)

 近年、外国人旅行客の流入が相次いでいる沖縄でも「お通し」」をめぐるトラブルが続発しているようで、地元紙でトラブル防止のための飲食店の取り組みが報じられている(https://ryukyushimpo.jp/news/entry-962931.html)。

 一方、こうした「お通し」以外にも、日本には店側と客側との暗黙の了解の上に成り立っている商慣習が存在する。日本文化をもっと深く知ろうとする外国人旅行客が増えている中、異文化理解の不足に起因する問題も、列島各地で相次いでいるという。

「カウンター越しに寿司職人が一貫ずつ寿司を提供する高級寿司店などでは、一部のネタを『時価』に設定している。その日によって仕入れ値が変動するための措置だが、これもトラブルの種になっています。外国人旅行客の中には、値段を確認せずに注文して、後で『高すぎる』と文句を言う人も少なくないようです」(同)

 表側の日本文化のみならず、よりディープな日本社会の裏側をのぞき見ようとする外国人旅行客の中には、「大和なでしこ」との交歓を楽しもうと風俗に足を運ぶ者も少なくない。そこにも火種は潜んでいる。

「外国人旅行客の中で特に人気を集めているのがソープランド。中国人を相手にする旅行代理店の中には、都内をめぐるツアー日程の中に『吉原』を組み入れている業者もいるほどです。ただ、ソープランドは売春防止法による摘発を免れるため、ソープ嬢によるサービス料を明記していない店がほとんど。表向きの入浴料だけで事足りると勘違いした外国人客が店側にクレームをつけてもめ事になることがあるようです」(同)

 列島各地で「ここが変だよ」と声を上げる外国人たち。われわれにとっても、日本文化の特異性を再発見する機会になりそうだ。

愛子さま「東大進学説」は立ち消えも……「一橋や筑波、早慶狙える学力」と皇室ウォッチャー談

 現在、学習院女子高等科の3年生である愛子さまに「内部進学報道」が出ている。愛子さまと言えば、かつて学業が優秀であることが盛んに報じられ、中等科の頃には「東大進学説」もささやかれていたが、将来の進路をどのように考えられているのか。皇室ウォッチャーX氏に見解を聞いた。

――愛子さまが、学習院大学に進学されるという報道が出ていますが、「東大説」は立ち消えになってしまったのでしょうか。現在の進学先の事情に関してお教えください。

皇室ウォッチャーX氏(以下、X) 愛子さまが中学生になられたくらいから、英語を中心として学業優秀で、それこそ東京大学も狙えるレベルだと言われていました。高校に進学された後も、東大以外に一橋や筑波、私立だと上智などを目指されているとも報道されたのですが、高校3年生になられた際に、学習院女子高等科の内部進学コースのクラスに入られたそうで、現状ではやはりエスカレーターで学習院大学に進学されることが濃厚だとみられています。

――愛子さまは、現在も学業優秀なのでしょうか。

X もちろん、現在も定期テストなどでは優秀な成績を収められているそうです。具体的な順位はわかりませんが、ハイレベルな学生が入学する学習院女子中・高等科の中で上位の成績といあって、相当な実力をお持ちでしょう。現在も、東大まではいかずとも、一橋や筑波も狙えるレベルで、私立なら早稲田や慶應も合格できる実力だと思います。

――現在の愛子さまの得意科目、苦手科目をご存じですか。

X 国語や英語、歴史などの文系科目がお得意だと聞いたことがあります。特に英語は、ご両親が海外の要人とご接見された際、愛子さまもその場にご一緒して、英語で会話されていたという報道もあったので、“ペラペラ”なのでしょう。一方で、苦手とまではいかないと思いますが、理系科目はお母さまである雅子さまに教えてもらうこともあるそうですよ。

――愛子さまが学習院大学に進まれた場合、何学部で、どのような勉強をされると予想できるのでしょうか。

X 先ほども述べた通り、愛子さまは“文系女子”で、英語と日本史にご関心が強いのです。学習院の文学部史学科のご出身である天皇陛下から、史学についてよくお話を聞いているそうで、学習院大学に進学されたら同じ学部学科に進まれるのではないでしょうか。天皇陛下の長女として、天皇の歴史を始めとする日本史関連の勉強はされているでしょうし、自然とその進路を選ばれるのではないかと思います。

――天皇陛下と雅子さまは、愛子さまの教育に大変熱心だったと聞きますが、最近もそうなのでしょうか。

X 学校の勉強以外でも、ご自宅で家庭教師をつけられたり、ご両親としては愛子さまの教育に熱心でいらっしゃいます。特に雅子さまは、ハーバード大学と東京大学を出られている才女でいらっしゃいましたし、学業については思い入れがお強いのでしょう。ただ、最近は、愛子さまも自主的に勉強されているようなので、ご本人にお任せされているのだと思います。

――それほど熱心だと、やはり東大や一橋などに進学してほしいという思いも抱かれている気もするのですが。

X いえ、進学先に関しては、学習院大学に進学してほしいと思われているのでは。というのも、学習院はこれまで多くの皇族方を受け入れていて、経験が豊富ですし、体制も整っています。今年4月には、秋篠宮家の長男・悠仁さまが通うお茶の水女子附属中学校で、教室に刃物が置かれる事件が起こるなど、学習院以外の学校の“経験の浅さ”が露呈しています。天皇陛下と雅子さまとしても、愛子さまの安全面も考えて、昔から皇族を受け入れてきた学習院大学が最良だとお考えになっていることでしょう。愛子さまが内部進学コースのクラスに入ったのは、ご家族が皆ご納得の上のことだと思いますよ。

シベリアだけじゃない! 日本人戦死者の遺骨、いまだ数十万柱が野ざらし状態か

 日本の「戦後」は終わっていなかった。

 7月末、NHKが報じたあるスクープが列島に衝撃を走らせた。太平洋戦争の終戦直後、シベリアに抑留されて亡くなった日本人のものとして厚生労働省の派遣団が5年前に収集した遺骨について、専門家によるDNA鑑定で「遺骨はすべて日本人ではない」と判定されていたことが明らかになったのだ。

「日本人の遺骨ではないとわかったのは、厚労省の派遣団が東シベリアのザバイカル地方で収集した16の遺骨のうち、専門家によって判別できた14の遺骨。NHKの取材で、厚労省がこの調査結果を把握していながら、5年たった今も公表に踏み切っていなかったことも明らかになったのです」(全国紙社会部記者)

 太平洋戦争が終結したのは1945年。驚きなのは、戦後74年もたって、いまだに遺骨収集事業が終わっていなかったということだ。

 旧日本兵の遺骨約37万人分が帰還を果たしていないとされるフィリピンでも、厚労省がNPO法人に丸投げするかたちで収集を実施していた過去がある。しかし、専門家による骨鑑定により、日本人の遺骨は一体もなかったことが明らかになった。このNPO法人は、遺骨を発見した現地住民に報酬を支払っていたため、報酬目当てに「日本人のもの」としてでっち上げられた無関係な遺骨が相当数紛れ込んだとみられている。いずれにしろ、政府の遺骨収集に対する無関心さが露呈した格好だ。

 さらに、戦争末期に激戦の舞台となったサイパンなどでも、故郷に帰れないままとなっている多くの日本人の遺骨があるといわれている。

 日本人戦没者・戦死者の遺骨が放置されているのは、海外だけではない。国内最大の地上戦で日米両軍と民間人ら合わせて約20万人が犠牲になったといわれている沖縄戦の遺骨である。

「沖縄戦で亡くなった人々の多くの遺骨は、戦後長い間放置されてきた。いまだに沖縄県民や日本兵が逃げ込んだ『ガマ』と呼ばれる洞窟には多くの遺骨が眠っているといわれている。戦後72年目の2016年に遺骨収集における国の責任を初めて明文化した『戦没者遺骨収集推進法』がようやく成立したが、国主体の収集作業が十分に進んでいるとはいえない状況です(地元紙記者)

 沖縄では遺骨が眠っている可能性が高い場所が判明しても、そこにすでに民家などの建築物が建ってしまっていたり、土地所有者が変遷してしまっているケースも少なくないという。

「沖縄戦では日本人以外に多くの米兵も犠牲になっているが、米軍はかなり厳密に戦死者の収容を行っているため、日本人の遺骨のように放置されたままになっているケースは非常にまれ。米軍には、行方のわからない戦死者を捜索・収容する特別班があるともいわれている。日本政府の意識の低さとは大違いです」(同)

「戦後レジームからの脱却」を悲願とし、憲法改正に拘泥する安倍晋三政権。しかし、過去の清算を進めるその姿勢とは裏腹に、まともな戦後処理すらできていない現実が次々とあらわになっている。

 勇ましい言説と民主党政権の悪口ぐらいしか能のない安倍首相は、いまだ黄泉の国をさまよう御霊に、どんな言葉をかけるつもりだろうか?

撤去された「平和の少女像」を展示――丸木美術館学芸員が語る、表現の自由と「慰安婦」問題

 3年に一度の国際芸術祭『あいちトリエンナーレ2019』内の展覧会『表現の不自由展・その後』が、開幕からたった3日で中止となった。旧日本軍の「従軍慰安婦」をモチーフにした、キム・ソギョン氏-キム・ウンソン氏夫妻による「平和の少女像」などの作品に対し、一部から「税金を使った展覧会に、反日作品を展示するとは何事か」といった批判が噴出。事務局には「大至急撤去しろ。ガソリンの携行缶を持ってお邪魔する」とのFAXはじめ、誹謗中傷や脅迫が送られる事態となり、実行委員長の大村秀章・愛知県知事が“続行不可能”を決断したのだ。

 『表現の不自由展』は、もともと2015年、東京都練馬区にある「ギャラリー古藤」で行われた展覧会だった。『あいちトリエンナーレ』の公式サイトによると「日本における『言論と表現の自由』が脅かされているのではないかという強い危機意識から、組織的検閲や忖度によって表現の機会を奪われてしまった作品を集めた展覧会」と紹介され、今回中止となった『表現の不自由展・その後』は、「(15年の展覧会で)扱った作品の『その後』に加え、2015年以降、新たに公立美術館などで展示不許可になった作品を、同様に不許可になった理由とともに展示」していたという。

 「平和の少女像」もまた、かつて“撤去”された作品だった。12年、東京都美術館で開催された『第18回JAALA国際交流展-2012』に、少女像のブロンズ製のミニチュアが出品されたが、美術館サイドが「政治的主張の強い作品の展示を禁止した使用規定に該当する」という理由で、展示を終了させる事態に。主催団体のJAALA(日本アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会)は「表現の自由を侵害する」と反発したものの、受け入れられることはなかったという。しかし、「平和の少女像」のミニチュアが、その後急遽、埼玉県東松山市にある丸木美術館の『今日の反核反戦展2012』に出品されたという事実をご存じだろうか。なぜ丸木美術館は、撤去された「平和の少女像」をあらためて展示したのか――今回、同館学芸員である岡村幸宣氏に、展示の経緯、そして『表現の不自由展・その後』中止問題、さらに「平和の少女像」という作品をどうとらえているか、話を聞いた。

 まず、岡村氏は、東京都美術館の展覧会から撤去された「平和の少女像」を、丸木美術館で展示に至った経緯について、次のように説明してくれた。

「JAALAから丸木美術館に『東京都美術館から撤去されたのですが、展示してもらえないでしょうか』という話があり、『今日の反核反戦展2012』に展示することになりました。同展は、アンデパンダン展……つまり『反核反戦』の趣旨に賛同する者であれば、誰でも展示ができる展覧会なので、ほかの作家の作品同様に受け入れたということです。恐らく、JAALAが連絡をしたのは丸木美術館だけだったと思います。JAALAの作家の方々が同展に出品されている背景もあり、受け入れ先として思いつくのが丸木美術館だったのでしょう」

 丸木美術館は正式名称「原爆の図丸木美術館」。1967年に開館し、丸木位里氏、丸木俊氏夫妻による「原爆の図」連作が展示されていることで広く知られ、「『平和の少女像』に限らず、ほかでは展示が難しいという作品が持ち込まれることはよくある」そうだ。では『反核反戦展』の来場者からは、どのような反響があったのだろうか。

「7年前なので、記憶があいまいな部分もありますが、目立った反響はなかったです。ブロンズ製のミニチュア版だったため、作品自体に気づかず、通りすぎる来場者の方も多かったと思います。気づく人だけが気づく作品だったのではないでしょうか。我々も、『政治的意見を主張する作品』と強調するつもりはなく、とりわけそのような説明もしませんでしたし……『大きな騒動にならないように配慮した』とも“言えなくはない”です。とはいえ私は『平和の少女像』を、必ずしも『政治的意見を主張するだけの作品』とは思っていません」

 ただ、『反核反戦展』の出品作家から、「ああいった政治色の強い作品を展示すのであれば、私はもう出品しない」と拒否反応があったことは強く記憶しているという。その作家は、実際に翌年から同展への出品をやめたそうだが、「それもまた作家の自由」と岡村氏は言う。

「しかし、ほかの方から『出品しない』との声が出たからと言って、『平和の少女像』の出品を取り下げることはありません。無審査で誰でも出品できるというアンデパンダン展の趣旨は大事にしなければいけないと思いました」

 そんな岡村氏は、『表現の不自由展・その後』中止問題をどう見たのか。「平和の少女像」について、河村たかし・名古屋市長が「どう考えても日本人の、国民の心を踏みにじるもの」と批判し、世間でも同様の抗議が聞かれている。岡村氏は「平和の少女像」も出品された15年開催の『表現の不自由展』では「目立った拒否反応が出ていなかった」点を踏まえつつ、「今回大きな騒動になったのは、やはり『公的な展覧会で「平和の少女像」が取り上げられた』という点が大きかったのではないでしょうか」と見解を述べる。

「こうした背景を踏まえると、どうやら今この国の『表現の自由』というものは、プライベートな空間においては一定許されるが、パブリックな空間においては制限される――そんな暗黙の了解を感じ取りました。それ自体を、私はおかしいと思っています。日本では、上からの指示に従うのが『パブリック』の在り方なのか。本来は、少数弱者の意見も主張できる機会を担保するのが、『パブリック』の重要な役割だと思うのですが……日本の『パブリック』は成熟していないという現状を感じました」

 なお東京都美術館の件は、公立の展示施設が、主催団体(JAALA)にスペースを貸し出し、その展示作品に対して撤去の判断を下した構図で、「こちらも新聞報道されましたが、今回のような大きな騒ぎにはならなかった」という。

 一方で、岡村氏は学芸員として、「表現の自由」の難しさに直面することもあるという。「あくまで私個人の見解であり、ほかの美術館の学芸員の方とは異なるかもしれませんが」と前置きした上で、次のように「表現の自由」に対する思いを語ってくれた。

「美術館というのは、ある種の権威にならざるを得ない部分もあるのです。よく丸木美術館は『表現の自由の牙城』だと言われることがあります。ただ、それはあくまで一面から見ればそうなのであって、別の意見を持っている人から見るとそうではない。例えば、丸木美術館では『戦争賛成』をテーマにした展示はやりません。もちろん、できる限り規制はしたくないと思うのですが、展示によっては、本来存在しないはずのボーダーがどこにあるかを探り当てる仕事を、せざるを得ないのです。その場所の『文脈』を著しく外れるものが現れた時に、どう対処するかは、誰かが決断しなければいけない。そう考えると、学芸員は、時に『表現の自由』を制限する側に回らざるを得ない仕事だと、私は思っています。ですから、『表現の自由』という言葉を使う際には、少しうしろめたい気持ちになります」

 『あいちトリエンナーレ』にもまた、そもそもボーダーは存在しない。しかしその中で、一定の合意を得られるボーダーを見極めていくのは、簡単なことではないだろうと、岡村氏は言う。

「丸木美術館でも、作家に対して『この作品は刺激が強いので、ネガティブな反応も予想されるが、どう思うか』と意見を聞き、作家の判断で丸木美術館の文脈や歴史性を踏まえた別の作品を出品したことは実際にあります。表現を委縮させてしまってはいけないが、作家と対話を重ねて、この場所で展示をする意味を考え、しかし予定調和に陥ることのない表現とは何かを探って、合意していくプロセスは大事。同時に、『どんな反応が起こり得るか』『その反応に現場の職員が対応できるか』という現実的な問題も考え、十分に対処する必要があるのではないでしょうか。そこまで準備して初めて、展示が決定すると思っているので、『表現の不自由展・その後』が3日で中止となったことについて、私は『それでも社会に一石を投じたことに意味がある』とは言えません」

 『あいちトリエンナーレ』芸術監督の津田大介氏に対しては、「作家を受け入れる側としては、最後まできちんと向き合う必要がありますし、展示を決断した以上は最後まで継続するのが最低限の責任と思っています」と岡村氏。しかし今回、「それがなされないほどの大きな圧力がかかったのでしょう。もちろん一番問題なのは、不当な圧力をかける側なのは間違いありません」という。

 一方で岡村氏は、「平和の少女像」をどういった作品ととらえているのか。また『表現の不自由展・その後』が中止に追いやられる一端になってしまったことを、どう見ているのか。

「実は私もブロンズ製のミニチュアしか見ていなかったときは、単純に『政治的な意見を主張する作品』なのかなと、少し思っていた面があったのです。しかし、15年の『表現の不自由展』で、彩色されたFRP(繊維強化プラスチック)製の等身大の像を見た時、印象が変わりました。少女像の隣には椅子が置かれ、実際に座ることができるのですが、はじめはとても緊張したんです。隣に座って、同じ視線から等身大の少女像を見ると、赤くてふっくらした幼さのある頬、本来三つ編みだったであろうにバラバラに切り刻まれ不揃いになった髪、一点を見つめるように緊張するまなざし、ぎゅっと握りしめられた手、不安定に浮いている踵など……細かいニュアンスがわかり、少女の方がこわばっていることが伝わってきました。それはブロンズ製のミニチュアではわからなかったことです」

 また、少女像の隣に座ることによって、「『自分がもし生身の少女と二人きりでいた場合、何をするのか、何ができるのか』想像をかき立てられた」そうだ。

「その時、私は『日本と韓国の関係がどうだ』といったことを考えなかったんです。これは『慰安婦』問題でもたびたび語られることですが、もっと普遍的な人権の問題……どこの国にも、どの時代にもある問題について表現された作品だと感じました。作家であるキム夫妻も、日韓の歴史認識の問題だけを意図して作っているわけではないと思います。しかしそれを逆手に取るように『日本だけがやったことではないのだから日本に罪はない』と少女像の存在を抹殺してしまうことは、二重三重に暴力を上塗りすることになります。『平和の少女像』は、国境線を引いて攻撃するための像ではない。むしろ真逆なのではないか、そう思いました」

 彩色された等身大の少女像、その隣に座るからこそ伝わる「物語や歴史の正体がある」と岡村氏は言う。それを体感できる機会であったはずの『表現の不自由展・その後』が中止になったことに、なおのこと悔しさを感じる人は少なくないだろう。

「今回の騒動もそうですが、『平和の少女像』については、作品が置き去りにされ、記号的な先入観ばかりが暴走している、そしてそれが繰り返されているような気がします。ニュースでも、政治家の発言ばかりが取り上げられ、肝心のキム夫妻のコメントが全然出てきません。そういう意味では、『慰安婦』と呼ばれる女性たちが置き去りにされ、国と国の問題で対立が深まり、それが繰り返されているのと同じなのかもしれませんね。津田さんは、『あいちトリエンナーレ』のキュレーションにおいて、出品作家の男女比を半々にするなど、ジェンダー平等のいい試みをしていたと思ったのですが、結果的にこの騒ぎによって、ジェンダー的な圧力が強調され、しかもそれに屈するという形になってしまった。とても残念ですし、もったいないと思います」

 「平和の少女像」という作品を、そして「少女」を置き去りにしてはいけない。『表現の不自由展・その後』中止騒動を、「騒動」だけで終わらせないために何をすべきか。いま一度考えてみたい。

岡村幸宣(おかむら・ゆきのり)
「原爆の図丸木美術館」学芸員。1974年東京都生まれ。東京造形大学造形学部比較造形専攻卒業。同研究科修了。著書に『非核芸術案内―核はどう描かれてきたか』(岩波書店)、『《原爆の図》全国巡回』(新宿書房)、主な共著に『「はだしのゲン」を読む』(河出書房新社)などがある。

戦地であったがゆえの凄惨な性暴力とコミュニティからの孤立――日本軍による中国人性被害者の知られざる実態

 第1回、第2回で述べたように、ひとくくりに「慰安婦」といえども、彼女たちの国籍や、慰安婦となった場所で被害のあり方は大きく異なる。中でも中国は戦地ということもあり、軍が管理した慰安所に留め置かれた「従軍慰安婦」に加え、戦場レイプの被害者、前線の日本軍部隊が作った即席の“慰安所”に監禁された女性など、さまざまな性暴力の被害者を生み出した。一部の被害女性たちは日本政府の謝罪と賠償を求めて裁判を起こしたが、中国政府は1972年の日中共同声明で日本政府への賠償請求権を破棄。それを理由に日本の司法は被害女性たちの訴えをすべて却下した。

 韓国人「慰安婦」同様に、戦後から1990年代まで長らく沈黙を強いられてきた中国人被害者たち。住んでいた土地を追われたり、精神的なトラウマに苦しんだりと、深刻な性被害は「その後」の人生にも影を落とし続けた。体調が悪化すれば病院に連れて行くなど、常に彼女たちに寄り添い、支援を続けながら被害証言を集めた班忠義氏が監督を務める映画『太陽がほしい 劇場版』が現在、東京・大阪・愛知で上映中だ。同作に登場した被害女性や加害を告白した日本軍兵士は高齢のため亡くなった人が多く、それと入れ替わるように、日本では「南京虐殺はなかった」「『慰安婦』は性奴隷ではなく売春婦だ」などと過去を歪曲する動きが見過ごせないほどの勢力を得ている。戦争を知らぬ世代は、今後どうやって歴史と向き合うべきか? 班氏に話を聞いた。

【特集】「慰安婦」問題を考える第1回 今さら聞けない「慰安婦」問題の基本を研究者に聞く――なぜ何度も「謝罪」しているのに火種となるのか

【特集】「慰安婦」問題を考える第2回 なぜ兵士は慰安所に並んだのか、なぜ男性は「慰安婦」問題に過剰反応をするのか――戦前から現代まで男性を縛る“有害な男らしさ”

――韓国では名乗り出以降、年々、元「慰安婦」への関心や支援の動きが高まっていますが、中国では元「慰安婦」はどう扱われているのでしょうか?

班忠義監督(以下、班監督) 「慰安婦」という言葉自体が、まだ正しく理解されていないですね。私が調査した中国籍の女性80人のうち、慰安所にいた経験を持ち、自ら「慰安婦」を名乗る女性は2~3人ほどでした。ほかの方は、戦地での性暴力被害者です。中国人は、慰安所にいた「慰安婦」については、敵国(日本)側の人間だと思っていますね。中国は戦後、言論統制が敷かれ、「慰安婦」に関する調査が進んでいない。そのため彼女たちがどんな仕打ちを受けてきたのか、その被害がまったく知られていないのです。また農村部などの戦地で監禁された被害者から見れば、「私たちと『慰安婦』はまったく違う」「私たちはお金(「慰安婦」が兵士からもらっていた軍票)ももらってないし、食事もろくに与えてもらえなかった」という主張になる。このような分断は、戦闘地域ならではのパターンですよ。

――映画では、抗日勢力とのゲリラ戦地だった山西省の女性たちが多く登場します。彼女たちは、日本軍に拉致・レイプされたり、自宅に押し入ってきた日本軍や傀儡軍兵士にレイプされたりと、部隊が自分たちで作った「即席慰安所」の被害者ですね。彼女たちへの目はどうでしょうか?

班監督 彼女たちの多くは、抗日兵士の妻や娘たちでした。ゲリラ戦で多くの犠牲者を出し、僻地を長期にわたって占領する日本軍にとって、彼女たちは敵対国の人間であるだけでなく、仲間の兵士たちを死に追いやった存在でもある。このような二重の憎しみが、凄惨な暴力となって表れています。それが慰安所の「慰安婦」とは違うところです。とはいえ、性被害という点においては、それぞれに悲惨な状況があり、区別や軽重をつけられるものではありません。ただ、あえて違いを挙げるとすれば、慰安所にいた朝鮮半島の女性たちは植民地支配下で常に差別を受けてはいたが、日本兵にとっては“同族”であったのに対し、中国の現地女性たちは敵であり、日本兵たちが憎しみの気持ちを抱いていただろうという点でしょうか。

 一党支配の中国においては、常に党の「利益」が中心に考えられます。現在の日中関係において、「慰安婦」問題は利益につながらないと考えられているため、中国政府も長らく放置しているのだと思います。私が「慰安婦」問題に関心を持つようになったのは、映画にも登場した万愛花さんの存在を知ったのがきっかけです。彼女が92年に「日本の戦後補償に関する国際公聴会」に登壇した際、被害を訴えるうちに、失神してしまった。彼女の話を聞いたときも、私自身そんなことがあるのかと信じられなかった。そのぐらい中国では知られていない。当時、中国にも支援するような市民組織が生まれていたが、当局の監視の下で自由に活動できないので、結局、被害女性たちは日本の民間人からの支援を受け、裁判などを行ったのです。

――愛花さんは共産党員だったため、日本軍兵士に「党員名簿を渡せ」と迫られ、ひどい拷問も受けて肉体的にも大きなダメージを負いました。ほかの女性も、子どもを持てなかった人、養女を育てても中国は血縁を重視する社会のために養女から養育放棄される人、望まない結婚をせざるを得なかった人など、多くの人が苦しい人生を歩むはめになりました。また被害者自身がコミュニティーからスティグマ化されるという、性暴力被害ならではの問題もありますね。

班監督 そうですね。愛花さんは、住んでいた村の人たちとうまく関係が作れず、後ろ指をさされるような状況だったので都会に逃げました。都会なら一人の女性として社会に紛れられるから。その後、裁縫や子守で生計を立てながら、細々と暮らしていました。映画の中には、村人たちが協力してその年の農作業を終えているのに、一人で畑に出ているおばあさんがいたと語られる場面があります。彼女も性暴力被害者で、戦後はコミュニティーから疎外され、その後自死しました。

――自身の奇行に悩む女性もいますね。

班監督 彼女たちの多くは、14~15歳で、日本軍が山を掘って作ったような「強姦所」や民家に監禁されていました。窓はひとつしかなく、真っ暗中一人で監禁され、複数の兵士に集団で強姦されるわけです。私たちが想像できないほどの恐怖を抱いたでしょう。そのため、深刻なトラウマを抱えています。日本軍から解放された直後は室内にいられず、ずっと外で過ごしたという女性もいました。傷が癒えたと思っても、思いもよらぬことで傷口が開くこともあります。日本との戦争が終わった後に、中国では大きな飢饉がありました。そのときにとある女性は、どうにかして子どもを守らなきゃいけない、というストレスが引き金となって発作を起こし、全裸で外に飛び出すという奇行をしてしまった。あとは男性をまったく受け付けなくなる人、逆に性的に奔放になる人もいました。

――そのように現在まで続く苦しみに悩む被害女性に対し、日本は国家賠償をしておらず、謝罪においても「軍が関与した」という表現にとどまり、国として明確な責任を認めていません。一方で、映画の中では旧日本軍兵士だった加害男性や、日本の市民団体が被害女性たちに直接謝罪する場面があります。個人や市民団体の謝罪を、彼女たちはどう受け止めていましたか?

班監督 金学順さんが初めて元「慰安婦」として名乗り出た90年代以降の日本での草の根運動、市民団体の活動、そして彼らの謝罪は、彼女たちの心をすごく癒やしたたと思います。長年そばで見てきて、彼女たちの中にも「もう許したい」という気持ちがあったように思います。でも日本政府が謝らないから、許すこともできない。彼女たちのほとんどがそうであるように、愛花さんも賠償金にはほとんどこだわりがなくて、「なぜ日本軍は女性への性暴力をはじめ、赤ん坊まで殺すような残虐な行為をしたのか。なぜ性被害や虐殺を認めないのか。本当のことが知りたい。真理(真実の究明、謝罪、後世への教育)を取り戻したら友達になれる」とまで言っていました。

――真理を求める被害者に抗うように、いまの日本では歴史を歪曲するような動きが目立っています。班さんが映画を作ろうと思った背景には、歴史修正主義への危機感があったそうですが、具体的にそれを感じた出来事は?

班監督 95年に、私は中国人被害女性への支援活動を始めました。その募金の呼びかけが朝日新聞に取り上げられたときに、私の連絡先が掲載されたのですが、とある大学の教授から電話がきたんです。彼は、4歳で内モンゴルから山西省に来た愛花さんのことを「彼女は奴隷妻、童養媳(トンヤンシー)だろ?」と聞いてきました。童養媳とは、将来その家の男児の妻にするつもりで、女児を買って育てるという、中国にあった婚姻制度のことです。要は「一度中国人が奴隷とした女性を、なぜ日本人が踏みにじってはいけないのか?」という主張なのです。この考えに、すごくビックリしました。

 この映画を作ろうと思った直接的な原因は、2013年の当時の大阪市長・橋下徹氏のいわゆる「橋下発言」(※)ですね。先ほどの大学教授と同じような考えを持った政治家が出てきた。「ほかの軍隊もやっていたのに、何が悪い」という主張は、歴史修正主義の根本です。悪を横並びにして、「私だけが悪いんじゃない」という理屈には断固反対です。

――おっしゃる通りですが、それでもいまは歴史修正主義が日本社会に侵食しており、それがあいちトリエンナーレの少女像への政治家・市民からの撤去要請に至ったように思います。日本人が歴史と向き合うには、どうすべきでしょうか?

班監督 近年、留学する日本人が減っていますが、日本以外で歴史を学ぶということはすごく大事です。日本の教育の場では日中戦争のことを全然教えないで、太平洋戦争の被害の部分ばかりを取り上げていると思います。戦争について学ぶ時間が短いし、教科書からは「慰安婦」の文字も消えました。そのため、他国、特にアジア諸国との近現代史の認識・理解のギャップが大きい。一部の日本人は「日本軍」という三文字がついているだけで、アレルギー反応のように感情的になっていると思います。中国でも、反日デモがあると、無知な人が一番盛り上がり、過激な行動を取るんですよ。

 まずは日本という枠組みから一歩踏み出し、一つの空間、一つの歴史、一つの利益から解放され、俯瞰的な視点に立つこと。そしてナショナリズムのフィルターを外すこと。そのために、戦争に対する正しい知識を自分から積極的に調べて、身につける。そうすればどんな歴史からも逃げずに受け止められるようになるし、そのことが自分自身の人生を豊かにしてくれるはずです。

※「慰安婦」問題に関して、「戦場において、世界各国の兵士が女性を性の対象として利用してきた」「世界各国もsex slaves、sex slaveryというレッテルを貼って日本だけを非難することで終わってはならない」と、「慰安婦」の存在を認めつつも、日本政府の責任を転嫁するような持論を展開した。

班忠義(はん・ちゅうぎ)
1958年、中国・遼寧省撫順市生まれ。そこで日本人残留婦人と出会い、残留婦人問題についてつづった『曽おばさんの海』(朝日新聞社)を出版し、第7回ノンフィクション朝日ジャーナル大賞を受賞。92年、中国人元「慰安婦」万愛花さんと出会い、中国人・韓国人元「慰安婦」だけでなく、加害を証言した旧日本軍兵士からも聞き取り調査を始める。『チョンおばさんのクニ』『ガイサンシーとその姉妹たち』『亡命』といったドキュメンタリー映画を監督。

『太陽がほしい 劇場版』

「私は慰安婦ではない――」。中国人女性の言葉に耳を傾け、寄り添い、支え、記録を続けた20年。「慰安婦」という言葉からは想像できない過酷な人生がそこにあった。

東京:アップリンク渋谷(終了日未定)、大阪:シネ・ヌーヴォ(〜8月23日)、愛知:シネマスコーレ(〜8月16日)にて公開中! ほか、神奈川、新潟、京都、兵庫、広島など全国順次公開。

(取材・文=小島かほり)

なぜ兵士は慰安所に並んだのか、なぜ男性は「慰安婦」問題に過剰反応をするのか――戦前から現代まで男性を縛る“有害な男らしさ”

 【特集「慰安婦」問題を考える】第1回では、「慰安婦」問題について国際的に非難されているポイントや日韓対立の本質に迫った。第2回では、「慰安婦」問題の“加害者”である日本軍兵士に目を向けてみたい。家族のためにと戦地に赴き、時間があれば親やきょうだいに向けて手紙を書いていた“善良な市民”である彼らは、なぜ慰安所に並び、敵地で女性をレイプしたのか? 慰安所に並んだ兵士と、並ばなかった兵士の分岐点は何か。『戦争と性暴力の比較史へ向けて』(岩波書店)の編著者の一人で、同書の中で「兵士と男性性」を記した女性史・ジェンダー研究家の平井和子氏に話を聞いた。

【特集】「慰安婦」問題を考える第1回 今さら聞けない「慰安婦」問題の基本を研究者に聞く――なぜ何度も「謝罪」しているのに火種となるのか

――平井さんは大学で講義をされていますが、「慰安婦」問題の受け止め方にジェンダー差はありますか?

平井和子氏(以下、平井氏) 私が初めて大学で「慰安婦」問題 について話をしたのは、1991年に金学順さんが「慰安婦」だったと名乗り出て運動の機運が上がった90年代、静岡大学でのことでした。40人ほどの教室に入った途端にびっくりしたんですけれども、いつもはごちゃごちゃに座っているのに、その時だけは男女でくっきり分かれて座っていたのです。学生も緊張していたんでしょうね。慰安所の実態について話していくうちに、女子学生は身を乗り出して「女性への人権侵害だ」という怒りを示すんです。男子学生は、兵士と自分自身に重なる思いがあるのでしょうか、身の置き場がないという感じで、どんどん小さくなっていく。途中から、私も男子学生を責めているわけではないのに、何か申し訳ないような気分になって、女子学生側の方ばかり向いて講義をしたという忘れられない思い出があります。でもそれは、素直な愛すべき学生たちだったと思うんです。

――というのは?

平井氏 2010年代に入ってくると、自分の中にある男性性と切り離し、「戦争のせいだ」「今はもう徴兵制がないし、想像ができない」という男子学生も増えてきます。戦後60年、70年経つと、「慰安婦」問題は過去の歴史の一項目になってしまう。一方、女子学生は、変わりなく自分の痛みのように受け止めています。時代によって学生の受け止め方は変化し、性別でも違うなぁと思います。

――私自身、90年代後半に大学生活を送っていましたが、周囲の男子学生が『新・ゴーマニズム宣言』(小林よしのり、※1)を読んで「慰安婦」をおとしめたり、今でいう歴史修正主義的な発言が聞こえ始めたりと、大きなうねりが生まれつつある時代でした。なにがそういった流れの要因だと思われますか?

平井氏 男女共同参画やフェミニズムへのバックラッシュが始まった時代ですね(※2)。バブル崩壊後の経済の低成長によって、男性にも非正規雇用や格差が広がりました。そのような中、従来の男性としての特権が崩れることに対して漠然とした「不安・怒り・抑うつ」などが累積して、被害者として名乗り出た女性たちをバッシングする、いわば過剰防衛のような現象ではないでしょうか。女性専用車両に対して「男性差別だ」と逆襲してくる男性がいるでしょう? それと根はつながっているような気がします。あるいは、小林よしのりさんの「慰安婦」バッシングにも感じるのですが、“レイプ被害女性には、恥じ入って永遠に口を閉ざしていてほしい”という男性中心的な「願望」の裏返しかも。

――そういった“怒り”を強めると、「慰安婦」問題否定派や右派の意見に流されてしまう可能性が高いのではないでしょうか?

平井氏 はい。新自由主義の競争社会の中で、孤立感や帰属意識の希薄化が進んで、保守派が唱える家族・郷土・国家などの共同体幻想へ飛びつきたくなるのでしょう。「あの戦争は祖国防衛のために悪くなかった」「『慰安婦』は『金を稼いだ売春婦』で、日本兵は悪くなかった」という右派の流す言説に煽動され、ウェブ上で簡単にプチナショナリズムに染まっていくのでしょう。

(※1)小林よしのり氏が社会問題・政治問題を取り上げたコミックエッセイ。さまざまな火種をはらんでいたが、ことに太平洋戦争の歴史認識においては右派寄りの主張を続け、のちの「ネトウヨ」誕生の大きな源流になったともいわれる。

(※2)ジェンダー主流化の動きに反対する流れ、動き。日本では1990年代~2000年代前半が特に顕著だといわれている。バックラッシュに関しては、『Q&A 男女共同参画/ジェンダーフリー・バッシング―バックラッシュへの徹底反論』(日本女性学会ジェンダー研究会編、明石書店)が参考になる。

――13年5月の当時大阪市長だった橋下徹氏の「慰安所は必要だった」といういわゆる「橋下発言」(※3)も国内でも反発はありましたが、海外からほどの厳しい目は向けられませんでした。一定層が「納得」したからではないかと危惧していますが、「橋下発言」の危険性を改めて教えてください。

平井氏 「橋下発言」の前から、一般社会でも、年配の女性にも「慰安所は必要悪」という発想はありました。彼はそれを公言したにすぎない。“レイプは性欲が原因であり、男性の性欲というものは解消しなければ暴走する”という「レイプの性欲起源説」「男性神話」を信じる土壌はありましたし、今でもあると思う。まず、個々の兵士の性欲とレイプや慰安所の利用は関係ないことを、ここではっきりと言っておきたいと思います。それは後で述べる、戦争や軍隊が必要とする「男らしさ」と関係があります。

 次に、「橋下発言」で重要なポイントは、彼は「世界各国のどの軍隊も女性の性を利用してきた。日本だけがsex slaves、sex slaveryと言われて、批判されるのはアンフェアだ」という旨の発言をした。それは一面では、正しい。他国の軍隊も、戦時下では性暴力や売春宿を利用してきました。正義の戦いといわれる「ノルマンディー上陸作戦」(※4)後のフランスでも、米軍は大量のレイプや買春をしています。 韓国軍も、朝鮮戦争のときに国連軍向けの慰安所を作った。橋下氏の「各国どの軍隊もやってる」というのは、その通りなんですよ。だからこそ、「なぜ日本だけが責められるんだ」と戦争犯罪の相対化をするのではなく、世界中で取り組むべき共通課題にしなければならないと思います。その動きはグローバル社会でできつつあり、紛争下の性暴力を戦争犯罪として裁くICC(国際刑事裁判所)が発足しました。橋下さんはそのような世界史的潮流をご存じないようで残念です。

 先ほど話に出た『新・ゴーマニズム宣言』では、「慰安婦」問題に関して、「祖国のため 子孫のため 戦った男たちの性欲を許せ!」と描かれている。橋下さんや小林さんのように、“兵士個人が性欲を持ち、その解消のためには慰安所が必要”と、慰安所設置の根拠を個人の性欲にしてしまうと本質が見えない。兵士を慰安所に並ぶよう誘導した軍による兵士の性的コントロールこそが問題なのです。

――軍の性的コントロールと構造について、具体的に教えてください。

平井氏 まず各国の軍隊共通のメカニズムとして押さえておきたいこと、これはスーザン・ブラウンミラーというフェミニスト/ジャーナリストが言っていることですが、強制売春宿や戦場レイプは「戦術」という意味を持つということ。例えば第二次世界大戦中、ドイツ軍が大量のソ連女性を強姦しているのですが、それはナチスの恐怖作戦の一環。逆に大戦末期にソ連軍がベルリンに侵攻した際に、大量レイプ事件が発生しますが、それは「報復」です。日中戦争で日本軍が抗日ゲリラ地区で行った「三光作戦」(焼光・殺光・槍光=焼き尽くし、殺し尽くし、奪い尽くす)でも、それに付随して、討伐時に逃げ遅れた女性たちを一定期間監禁し性暴力を振るうという「レイプセンター」のような「慰安所」が作られました。

――それらの戦術は、家父長制社会でいうところの「女性は男性の所有物だ」という考え方から生まれたものですか?

平井氏 そうです。女性はその国の男性のものなので、妻や娘がレイプされることは「自分たちの女を守れなかった」という、敗者の男性にとって最大の恥辱。武器を使わずに最大限に相手を攻撃することが可能で、勝者側の優位性や支配を敗者の目に焼き付けるための戦術のひとつだということです。

(※3)5月13日午前に大阪市役所で記者団に対し、「あれだけ銃弾の雨嵐のごとく飛び交う中で、命かけてそこを走っていくときに、そりゃ精神的に高ぶっている集団、やっぱりどこかで休息じゃないけども、そういうことをさせてあげようと思ったら、慰安婦制度ってのは必要だということは誰だってわかるわけです」と話し、同日夕方には「僕は沖縄の海兵隊、普天間(基地)に行った時に司令官の方にもっと風俗業活用してほしいって言ったんですよ。そしたら司令官はもう凍り付いたように、苦笑いになってしまって」と発言。その後、内外からの反発を考慮してか、26日には「私の認識と見解」を公表し、「戦場において、世界各国の兵士が女性を性の対象として利用してきたことは厳然たる歴史的事実です」「日本は自らの過去の過ちを直視し、決して正当化してはならないことを大前提としつつ、世界各国もsex slaves、sex slaveryというレッテルを貼って日本だけを非難することで終わってはならないということです」と、日本以外にも「慰安所」に似たシステムがあったと強く訴えた。

(※4)1944年に行われた、ナチス・ドイツ占領下にあったフランスを解放するための連合国軍による軍事作戦。

――2点目は?

平井氏 慰安所の利用やレイプは、弱者(女性)への攻撃を通じて連帯する「戦士兄弟たちの儀式」「男同士の絆の確認」ということです。「ホモソーシャルな同調意識」というべきでしょうか。実際に戦地に行った故・曽根一夫さんという方が『続私記南京虐殺―戦史にのらない戦争の話』(彩流社)という本で、初めて強姦したときのことを書いています。自分では強姦することに躊躇してるんだけれども、周りの兵士から「まだようせんのか?」と言われたので、「男としての虚勢を張り」強姦をしたのだと。慰安所に行かなかったりレイプに参加しなかったりすると、「腰抜け」「男じゃない」というレッテルを貼られる。明治以降、徴兵制度が敷かれる中で、男性たちは徴兵検査によりランキングされてきました。その中で「戦闘の力の強い男ほど、優秀な男」と、「男らしさ」を内面化していく。軍において、「腰抜け」は最大の恥辱になります。

 これが軍隊が作る性暴力のメカニズムで、近代的な軍隊の指揮者たちは兵士の性的欲求を戦闘行為に誘導し、利用してきたのです。新兵は、訓練を通して、戦闘能力と「男らしさ」を身につけ、精神的・身体的にタフで攻撃的であるかを競わされ、それにより出世する。このような「男らしさ」と性暴力が結び付けられている構造を理解しないと、「個人の性欲」に矮小化されてしまう。

――各国共通に戦時下の性暴力メカニズムがあることは理解できましたが、日本軍による慰安所設置やレイプの規模の大きさはほかに類を見ません。日本軍の固有の問題は?

平井氏 アジア太平洋戦争が無謀な侵略戦争であり、それがゆえに兵士が人権的観点から見てものすごく軽く扱われているということです。戦況が厳しくなるにつれて、食料や物資などの補給路がなくなるので、「現地自活」と言われる。「現地自活」と聞こえはいいですが、要は中国など戦地国の民衆から略奪しろということで、そこには女性の略奪まで含まれる。

――総力戦になるにつれ、「馬よりも兵士の命の扱いが軽くなっていった」という指摘もありますね。

平井氏 そうです。通常、軍隊には物資を運んでくれる輜重(しちょう)部隊がいるのですが、日本軍の場合は自分たちで体重の半分ほどの荷物を持って延々と行軍させられる。一度召集されると、そのまま戦地で何年も留め置かれる。米軍だと、半年招集されると、半年は後方部隊に回してもらったり国に帰してもらったりする。特別サービス班が同行して、レクリエーションとかスポーツを企画し、精神的に休憩させます。それに対し、日本軍は常に前線を転戦し、休暇がない。たまに慰問団が来るぐらいで、そんな中、「殺伐たる気風を和らげるため」に設けられたのが慰安所なんです。アジア太平洋戦争は、兵士にとって大義名分が理解できない戦争。「東洋平和のため」「聖戦」と言われてましたけど、前述の曽根さんは「やっていることは略奪行為」と書いていました。戦争の目的が示されないままに理不尽な命令をされ、前線に張り付かされている。戦争への疑問がムクムクと湧き、上官への不満も募る。そんな兵士たちに唯一与えられたガス抜きが「慰安所」だった。

――本来は現地での強姦事件を抑止するために設置された「慰安所」ですが、まったく強姦が減らなかったという事実にも驚きました。

平井氏 「慰安婦」に対価を払う慰安所が設置されたことで、兵士たちは「軍が買春を公認した」と思い、それなら「タダでやれる買春」(レイプ)もやっていいだろうと、かえってレイプ事件が増加したと言われています。慰安所は、強姦の歯止めにはならなかった。

――南京事件では、強姦のみならず、猟奇的な性暴力や殺害も見られたといわれていますが、そこまで暴力性が増した原因なんだったと思われますか?

平井氏 猟奇的な性暴力は南京だけでなく、三光作戦などを通じて中国全土で恒常的に行われました。『戦争における「人殺し」の心理学』(筑摩書房)という本を書いたデーヴ・グロスマンは、殺人とセックスの結びつきやすさについて、「性器(ペニス)を犠牲者の体内に深く突き通すことと、武器(銃剣やナイフ)を犠牲者の体内に深く突き通すこと」は、「征服行為」であり「象徴的な破壊行為」であると言っています。

――『新・ゴーマニズム宣言』では「最後に女と経験して死を覚悟した者だっていただろう」と描かれていますし、「死を前にすると性欲が高まる」という男性神話が信じられていますが、兵士の回想録の中では、「引き揚げ船の中では縮こまった性器を見せ合い、性的に不能になったかと不安がっていた男たちが、本土が見えて身の安全が保障されてようやく性欲が出てきた」などと書かれています。また『戦争と性暴力の~』により、「慰安所に並ばなかった兵士」の具体例も初めて知りました。

平井氏 行かなかった理由は、「妻に申し訳ない」「将来の妻に申し訳ない」といったロマンティックな性道徳規範を持った人、「慰安婦」に対する嫌悪感を持っていた人、慰安所に並んでいる兵士たちを見て幻滅した人などさまざまです。意外だったのは、慰安所の設置自体を「兵隊を見くびっていると思った」と指摘した人。軍による性的コントロールを見抜いたんでしょうね。それと数は少ないんですけども、「女性の人権が軽視されている」と思った人。「兵士は銃剣を持っていたから、有無を言わさない存在であり、女たちはその銃剣におびえていたはずだ」と、兵士と「慰安婦」の間の非対称な権力関係を見抜いていた兵士もいます。

 私が好きなのは、『戦争と性暴力の~』にも書いた久田次郎さん。徴兵制度や軍隊になじめなかった人です。中国の野戦に4年間いても慰安所には行かず、休日は食堂でライスカレーを食べに行く方が楽しかったとおっしゃっていました。軍隊が求める「男らしさ」から降りて、仲間からは変わり者扱いをされていたそうです。生前、静岡大学で彼に話をしてもらったときに、「私は腰抜けの兵隊でありました」とにっこり笑われていたのが、すごく素敵でした。「腰抜け」と言われても淡々と受け入れる、そういう「男らしさ」から降りた人がいたことは覚えておきたいです。

――『戦争と性暴力の~』の中では、初年兵は「性欲には無関心であった」「全くそんな欲望を持つ暇などなかった」と書かれていますね 。

平井氏 毎日の訓練で疲れ、非人道的な扱いにストレスがあったのでしょう。それに初年兵の「慰安所」行きは古参兵たちによって抑圧されていました。慰安所に「行った/行かなかった」を分けるものは、「性欲」だけではなく、軍隊内での階層も関係しています。

――初年兵に対する非人道的な扱いというのは、具体的にはどういったものなのでしょうか?

平井氏 私的制裁、ビンタです。「靴ひもがみんなと同じように結べてない」「服が畳めていない」とか、難癖をつけては古参兵が次々殴っていく。どの国の軍も初年兵を殺人マシンになるように調教していくわけですが、日本軍の場合は精神的なもの(根性を入れるとか)が伝統的な慣行になっています。兵隊の回想録を読んでいると、ビンタへの恨みが満載です。彼らの鬱憤を晴らす対象が、戦場で一番弱い者へ向けられた。曽根さんは、それが中国の農村の人たちだったと書いています。抑圧移譲といって、いじめと同じ構造です。

 さっきの質問にあった猟奇的な性暴力について、曽根さんが書かれていたことを思い出しました。戦友の中に一人、ものすごい弱虫の兵隊がいたそう。軍隊の中では、そういった兵隊はいじめの対象になります。そんな彼が戦場で、中国人のお母さんと息子に性行為させるということを思いつき、手を打ちながらその様子を喜んで見ていたのだとか。軍隊でいじめられていた者が、戦場で一番弱い者を見つけて、猟奇的な性暴力を仕掛けて得意そうにしていた。それは初年兵いじめによる抑圧移譲が、猟奇的な性暴力となったものと見ることができるかもしれないですね。

 曽根さんがその人と40年ぶりくらいに戦友会で再会したら、好々爺になっていたそう。曽根さんの本には「彼の奥さんは、彼のそういう面は知らない。知っているのは戦友だけである」と書いてあります。私たち研究者が聞き取りに行っても、きっと元兵士たちは本当のことは言わない。戦友会のホモソーシャルな仲間内だけで話しているんだろうなと思います。ビルマ戦の戦友会に入って聞き取りをされている遠藤美幸さん(『「戦場体験」を受け継ぐということ』高文研)は、よくやられているなと思いますが、やはり外部の人間では限界があると思ってしまいます。

――実は私の祖父も、兵士として中国に送られています。戦後、年に1回は孫たちに戦争の悲惨さを伝えようと機会を設けていましたが、戦友の話や彼らとの交流、どう食べ物を確保したかといった話にとどまり、彼自身どうしても核心に触れられないまま亡くなりました。南京事件や「慰安婦」問題の実情を知ると、祖父や日本兵をどういったまなざしで見ればいいのか悩んでいます。これは長年の個人的な煩悶であるとともに、戦争を知らない世代の普遍的な問題でもあると思います。

平井氏 個人を断罪することは、歴史をやる者はやってはいけないと思っています。ただ、お気持ちはよくわかります。

 大学の授業でも、戦時性暴力を兵士の個人的なセクシュアリティ問題だけとして受け止められないように、彼らが追い込まれていく構造の問題として話すようにしています。すると学生たちは、「戦争が悪い」「兵士も被害者なんですね」と安心するんですよ。でも、そこで止まってはいけない。やはり直接、性暴力を振るったのは兵士たちです。彼らの加害責任を免除してはいけない。と思いつつ、私も元兵士にインタビューすると、彼らの置かれていた厳しい状況につい同情心を抱きます。

 徴兵制度そのものが人権侵害なのです。有無を言わさず戦場に連れて行き、「人殺しをしないと優秀な兵士とはいえない」という環境に置かれる。軍隊は起床から就寝までずっと集団行動で、号令ひとつで一斉に行動する全制的施設です。空間的にも時間的にも自由がない。そうすると、外出だけが自由なのです。慰安所の女性たちの証言にもありますが、少なくない兵士が性行為をせずに、そこで寝転んだり、本を読んだり、家族に手紙を書いたりしていた、と。唯一自由になれる空間として慰安所があったんですね。回想録で、慰安所に行くことを「軍紀の縄が解かれる」と書いた兵士の表現がすごく胸に迫ってきました。だから、兵士の置かれた非人道的な状況を理解すべきだと思います。

――簡単に善悪を結論づけずに、苦しくても考え続けることが、戦争を知らない世代に託された課題かもしれません。

平井氏 簡単に白黒つけられないこと、前世代が残した不都合な史実にも向き合い続けることは、苦しくても、次世代に平和を引き継いでゆくための知的営みだと思います。今後、安保関連法の新たな枠組みの中で、自衛隊が米軍と一緒に戦争に行くことになるかもしれない。自衛官に慰安を与えるという名目で、「慰安婦」制度が再生産されるという悪夢が繰り返されないようにするためにも、軍隊がどれだけ非人道的なものであるか、「慰安婦」たちや日本軍兵士の証言から学ぶべきことは多いですね。慰安所に行った兵士の背後にある軍隊や戦争の持つ構造的暴力を見つめ続けることが必要だと思います。それに、徴兵制はなくなったとはいえ、戦後も「企業戦士」「男は働いて妻子を養うもの」という「男らしさモデル」は、引き続き男性自身や日本社会を縛っているように思います。

 それに、スウェーデンは、2018年、徴兵制復活に際して、対象を男女平等にしました。世界で最も女性兵士の比率が高いのはアメリカですが、日本の自衛隊の女性割合も6.5%を超えました。「戦闘も男女共同参画で」という流れが進んでいます。戦争と性暴力の問題も、新たな枠組みの中で考えなければならない段階に入っていると思います。

平井和子(ひらい・かずこ)

女性史・ジェンダー研究家。専門は、近現代女性史、ジェンダー史。『日本占領とジェンダー 米軍・売買春と日本女性たち』(有志舎)で2014年度山川菊栄賞を受賞。

(取材・文=小島かほり)

「PayPay」「LINE Pay」「楽天ペイ」って本当にお得で便利なの? “Suica派”成毛眞氏を直撃!

 10月1日の消費税率引き上げに伴い、キャッシュレス決済を行った場合、最大5%のポイント還元キャンペーンがスタートする。これは政府の「キャッシュレス・消費者還元事業(ポイント還元事業)」によるもので、対象の店舗で電子マネーやクレジットカード、QR・バーコード決済など、現金を使わず支払いをした場合に適用される。

 このお得なキャンペーンを前に、近年「〇〇ペイ」と名前が付いた、QR・バーコード決済サービスが多数誕生している。2018年2月、「100億円あげちゃうキャンペーン」として、利用者全員に支払い額の20%を還元、抽選で全額キャッシュバックを行った「PayPay」を筆頭に、大手企業の子会社が運営する「LINE Pay」「楽天ペイ」、コンビニの名前を冠した「FamiPay」「7pay」など、その種類はさまざまだ。定期的にポイント還元を行うなどして、各社「〇〇ペイ」の普及に力を入れている。

 その一方で、ネット上では「なんちゃらペイが多すぎて、何を使ったらいいかわからない」という困惑の声も。7月1日にサービスがスタートしたばかりの「7pay」は、直後にハッキングの被害を受け、9月30日をもって“廃止”することを発表。セキュリティ面での不安から、キャッシュレスに移行できないという人もいるようだ。

 そんな中、「〇〇ペイ」を利用する人を「ホンモノのバカ」と一刀両断するのは、書評サイト「HONZ」代表で、元日本マイクロソフト社長の成毛眞氏。成毛氏は先月、自身のFacebookにて「いちいちコンビニのレジの前でスマホをいじくり倒して、店に合わせてなんちゃらペイを起動して、それぞれに現金チャージして、QRコード表示させるだって?」と、「〇〇ペイ」の使い勝手の悪さを指摘し、JR東日本が発行するICカード「Suica」で事足りると主張。成毛氏のこの意見には、ネット上で賛同の声が多く寄せられ、同時に、「〇〇ペイ」が乱立する現状についての批判が高まることとなった。

 前述の通り、政府が主導する増税後の5%ポイントキャンペーンは、電子マネーやクレジットカード、QR・バーコード決済すべてが対象となるため、わざわざ「〇〇ペイ」を使う必要はない。お得感を煽って利用者を集める「〇〇ペイ」は、本当に“便利”なのだろうか。成毛氏に直接話を聞いた。

日本がQR・バーコード決済を取り入れる必要はなかった?

 「単純に、『〇〇ペイ』は不便だから使いません」という成毛氏は、「いちいちアプリ立ち上げて、QRコードやバーコードを出したり、読み取るのは面倒」とバッサリ。QR・バーコード決済の場合、まず専用のアプリを立ち上げ、支払い方法を選択、店内に設置されたQRコードを読み取るか、店員にバーコードを提示して、購入が完了する。一方、「Suica」は店内に設置されている専用端末にかざすだけだ。確かに、購入までの操作は「Suica」の方が圧倒的に少ない。成毛氏は「今『〇〇ペイ』を使ってる人も、そのうち気が付きますよ。『Suica』の方が便利だって。結局は、一番簡単な物に収束するんです」と断言した。

 QRコードやバーコード決済というと、中国では「アリペイ」「ウィーチャットペイ」などが普及している。日本はこの後を追う形となったが、「中国でQRコード決済が普及してるからといって、日本に取り入れる必要はなかった」という。

「中国でQR・バーコード決済が普及したのは、端末の問題でしょう。中国は企業規模が小さく、都心部を除けば個人商店ばかりですよね。個人商店はお金がないので、いちいち専用の端末を用意することができない。日本と中国ではそういった環境の違いがありますから、ただマネしてもしょうがないですよ」

 「Suica」はJR東日本が発行しているICカードということもあり、関東圏で使う分には大きな不便を感じないが、その一方で「地方では使えない」といった意見もある。「地方へ行ってもコンビニはあるし、『Suica』で買い物してますけどね(笑)」という成毛氏だが、そもそも地方は「“キャッシュレス化”自体を諦めてる」と指摘。「地方は高齢化が進んでいますが、彼らになんちゃらペイを使わせるなんて、無理な話。まず、スマホを使いこなせないとダメですから」と核心をついた。

 利便性の面で「Suica」に劣っている印象の「〇〇ペイ」だが、ポイント還元といった“お得感”は非常に強い。どちらを取るか悩むところだが、「キャンペーンが終わったらアプリを消せばいい」と成毛氏。

「私もキャンペーン中は、ちゃんとアプリを入れましたよ。全額キャッシュバックがあるなら、使わない方がバカバカしい。キャンペーンは最大限に使って、終わったらアプリを消す。私だったらそうします」

 加熱するキャッシュレス競争に、利用者までも困惑するような状態だが、結局は「何を優先するか」といったシンプルな視点が必要になりそうだ。

■成毛眞(なるけ・まこと)
1955年北海道生まれ。元マイクロソフト株式会社代表取締役社長。現在は、書評サイト「HONZ」代表、株式会社インスパイア取締役ファウンダーを務める傍ら、スルガ銀行社外取締役、早稲田大学ビジネススクール客員教授などを兼職する。著書に『面白い本』『もっと面白い本』(岩波新書)『amazon 世界最先端、最高の戦略』(ダイヤモンド社)『人生も仕事も変わる!最高の遊び方』(宝島社)など多数。

今さら聞けない「慰安婦」問題の基本を研究者に聞く――なぜ何度も「謝罪」しているのに火種となるのか

 「慰安婦」はいなかったとする「否定派」の主張を、資料の検証や元「慰安婦」の聞き取りを行っている歴史学者、政治学者らが反証し、問題の争点を浮上させた映画『主戦場』。4月から上映している東京・渋谷の映画館イメージフォーラムではいまなお終映日未定のロングランとなっており、現代ではアンタッチャブルとなりつつあった「慰安婦」問題への関心が高まっている。

 また、現在開催中の国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」内の企画展「表現の不自由展・その後」で展示されていた少女像(※1)について批判が殺到、脅迫やテロを予告するようなファクス・電話が相次いだため、展示開始からわずか3日で同企画展自体が中止となった。これついては、「表現の自由」の制限のみならず、歴史を歪曲する動きが表出したことも懸念すべき点だといえよう。それを裏付けるように、大阪市の松井一郎市長は8月5日に記者団に対し、「慰安婦問題は完全なデマ」などと語っている。

 歴史学において事実だとされている「慰安婦」問題。だが、それを否定するような政治家の発言や、外務省などの対応は国際的にも非難を浴びている。しかしながら、現在の学校教育においては教科書から「慰安婦」の文字が消え、どこに火種があるのか、なにが国際的に非難されているのか、理解している人は少ない。また、韓国とのあつれきに耳目が集中するため、問題が朝鮮人「慰安婦」に狭められることで、取りこぼされる事実も。そこで今回の特集では、改めて「慰安婦」問題の全体像を取り上げてみたい。

 第1回は、長年「慰安婦」問題を研究し、『日本軍「慰安婦」問題の核心』(花伝社)などの著書を持つ、林博史・関東学院大学教授に「慰安婦」の実態や問題の本質を解説してもらった。

――まず基本的なことですが、研究者の方が「いわゆる慰安婦」という言い回しをしたり、「慰安婦」とカギ括弧付きで表記したりすることを不思議に思う人もいると思うのですが、その理由を教えてください。

林博史氏(以下、林氏) 日本軍「慰安婦」制度というのは、軍専用に女性たちを集めて、兵士のセックスの相手をさせることを指します。明治以降、日本では国が性売買を公認・管理する公娼制が敷かれ、その場合は「娼妓」などの言葉を使っていました。日本軍も最初は同じような言葉を使っていたんですけれども、次第に兵士を「慰安」する女性として、「慰安婦」を使い始めた。研究者も、日本軍が使っていた歴史用語として「慰安婦」を使いますが、この言葉は実態をまったく表していない。彼女たちは「慰安婦」ではなく、性暴力の被害者・性奴隷です。そのためカギ括弧を付けて使用しています。 

――近年は韓国政府や支援団体の対応がメディアに取り上げられることが多く、「慰安婦」=朝鮮人(現在の北朝鮮も含む)というイメージが強いのですが、日本人、朝鮮人、中国人、台湾人、インドネシア在住のオランダ人、東南アジアの方も、日本軍「慰安婦」になっています。そして「慰安婦」になった経緯や被害のあり方も、まったく異なります。もちろん一人ひとり事情は異なりますが、「慰安婦」問題の全体像を把握するために、国籍ごとの傾向を教えてください。

林氏 まず日本軍が国内にいる場合は、各駐屯地の近くに売春宿があり、兵士たちは普段からそこに通っていました。日中戦争が始まってそれぞれの部隊が中国へ行くことになると、通っていた売春宿に「女性たちを連れて一緒にきてくれ」と頼むわけです。だから最初は、日本人女性が連れて行かれました。

 ただ、普段から売春に関わっている女性は、性病にかかっている率が高く、兵士にうつるケースが多い。そこで、性病になっていない、若くて売春に関わっていない女性を集めようという発想になる。しかし日本国内で女性を集めると大問題になるので、朝鮮半島や台湾といった植民地から連れてくるわけです。どちらも植民地になってから日本の公娼制度が持ち込まれ、業者が若い女性を借金漬けにして売春に従事させる仕組みが完成されていますから、日本軍が直接関わらなくても、業者を使って女性を集めることができました。そのため、朝鮮人・台湾人の場合は人身売買が多い。

※1 慰安婦をモチーフとしており、平和の少女像とも呼ばれる。韓国国内やアメリカ、ドイツ、オーストラリアなど、海外にも設置される。「歴史戦」と呼ばれる、海外での「慰安婦」問題の論争の火種のひとつともなっており、設置された国や都市において、外務省が撤去のため積極的な手回しをしていることが海外でも問題視されている。

――借金漬けにするパターンというのは?

林氏 親に何百円、今でいう何十万~何百万円というお金を渡して娘を買う。たとえば、その娘を慰安所のある中国に連れて行く場合は、それなりの服を買う費用や交通費がかかる。それらのコストと業者の取り分を上乗せした金額で、慰安所の経営者に売り渡す。そうすると「おまえは何百円で買った」と言われて、返済のために働かされるわけです。

 親に金を渡すことなく、本人を騙して連れて行くパターンもあります。貧しい家の娘を、「食事の支度や裁縫など日本軍兵士の身の回りの世話をする仕事があり、食事も3食提供される」とそそのかして連れて行く。その場合も交通費などはかかるので、結局借金漬けにされる。ですから、詐欺といっても、実は人身売買だというケースが多い。

 否定派は「強制連行はなかった」といいますが(※2)、朝鮮半島から慰安所のある中国や東南アジアに連れて行くときに、腕を縛り、さるぐつわをはめて連れて行くというのは不可能です。移動だけで、何週間も何カ月もかかりますから。借金漬けにするか、1人では帰れない地点まで騙して連れて行くしかない。

――中国や東南アジアなどの、占領地の女性はどうでしょうか?

林氏 都市部には売春業があるので現地の仕組みを使って女性を集めることが可能ですが、農村部には売春業がないので、日本軍が自分たちで女性を集めることになります。中国や東南アジアで多いのは、軍が駐屯している村の村長らに「女性を用意しろ」と迫る。拒否すると自分の身が危ないので、彼らはなんとか女性を集めてくる。大体は「村のために」と集められた地元の女性や、周辺の村の女性ですね。また、中国では農村部に抗日勢力がいたので、ゲリラ討伐として男は殺し、女性は拉致して連れてくる。その場合は、トラックに押し込んだり引きずって連れてきたりと、暴力的な連行がありました。

 先に説明した通り、日本人「慰安婦」の中にはもともと売春に携わっていた女性が多いといわれていますが、 軍人の回想録や手記には「女性が『私は騙された』と話していた」といった記述がたくさんあります。ですから業者が騙して連れてきたケースが多々あったとみています。ただ、やはり数としては、植民地・占領地の女性が多かった。だから「慰安婦」をはじめとする日本軍の性暴力を考えるときは、朝鮮人はもちろん、中国・台湾・東南アジアの人のことを含めて考えるべきでしょう。

――確かに、「慰安婦」を韓国との問題と見ると、日本人「慰安婦」の前身である公娼制度の問題、セックスワーカーの人権問題など、いろんなものがこぼれ落ちてしまいます。

林氏 「慰安婦」制度というのは、日本軍が性暴力の仕組みを組織的に作り運営したということが一番の問題なのです。今は、日本と韓国の国家間の火種になっていますが、原点に戻って「女性の人権を踏みにじった問題」として考えるべきでしょう。

「慰安婦」問題の本質とは何か

――日本軍が「組織的に」慰安所を設置したというのが、国際的にも問題視されるポイントですね。

林氏 日本軍の場合は、陸軍海軍の中央部が仕組みを作った上で、現地では物資の補給などを管理する後方支援の部署が慰安所の設置と運営を行っています。後方支援担当ですから最前線ではなく、軍の支配が安定した都市部に慰安所を作る。すると前線にいる兵士は、「都市部にいる兵士は戦闘もせずに、慰安所で楽しんでる」と不満を募らせ、戦地で女性を拉致してきては集団で強姦し、監禁して慰安所のようなものを作っていく。要は軍が慰安所を設置したために、性暴力がどんどん促進されていく。そこが問題なのです。

――それを踏まえると、否定派のいう「慰安所にいる『慰安婦』は、多額の収入を得ていた売春婦だった」(※3)という主張は朝鮮人「慰安婦」のことだけで、中国農村部でレイプされたような人たちのことまで考えていないように思います。

林氏 否定派は、そういった人たちを「慰安婦」ではないと言っています。女性を強姦するような兵士がいたものの、それは兵士個人の行動で、日本軍とは関係ないという主張です。

 それと彼らの「売春婦」の理解の仕方にも、疑問があります。実はイギリス軍も19世紀に、慰安所に似た仕組みを持っていたんです。しかしイギリスの女性たちが1870年代に、売春を国家が公認することは女性に対する人権侵害であり、そうした女性は「奴隷」だと批判し、女性の参政権がないにもかからず、男性議員を巻き込んで、1880年代には制度を廃止させるのです。これが1870~80年代に起きたことは素晴らしいことです。

 否定派の人たちは、「慰安婦」は公娼制における売春婦で性奴隷ではない、と主張するけれども、19世紀のイギリスでは「公娼制度自体が性奴隷」という考え方が多数派なんです。ところが日本では現代でも、セックスワーカーは粗雑に扱われますし、父親による娘への性的虐待・近親強姦が無罪にされる事件があります。男の性欲を満たすために女性の人権が踏みにじられていること自体が問題なんです。その認識が、「慰安婦」問題と結びついている。そのことに気づいてほしいですね。

※2 否定派の論客が多く名を連ねる「歴史事実委員会」は、2007年6月14日に米紙「ワシントン・ポスト」に「The Facts」(事実)と題した意見広告を出しており、これが否定派の主張のひな型となっている。その中の「事実1」では、「日本陸軍により女性たちが自らの意思に反して売春を強いられたことを積極的に示す歴史的文書は、これまで歴史家や調査機関によってひとつも発見されていない」としている。また、07年3月には参議院予算委員会で、安倍首相が「官憲が家に押し入っていって人を人さらいのごとく連れていくという、そういう強制性はなかった」と発言している。

※3 「The Facts」の「事実5」では、「日本陸軍に配置された『慰安婦』は、一般に報告されているような『性奴隷』ではなかった」「彼女たちは、当時世界中どこでもありふれていた公娼制度の下で働いていた」「将官がもらうよりはるかに多額の収入を得ていた」と主張している。しかし、当時の占領地が極端なインフレになっていたこと、業者が食費などを「慰安婦」に請求しており、彼女たちが生活に困窮していたことが、研究や資料から明らかになっている。

――もうひとつ、否定派が問題否定の根拠とする、「慰安婦」の存在を示すような「公文書がない」という主張は、どう見るべきでしょうか?

林氏 まず公文書は、敗戦と同時に処分するよう、軍から指令が下りています。たとえ残っていたとしても、加害者側の文書からは、被害の実態は見えてこないでしょう。特に性暴力に関わることでは、加害者側がわざわざ「強制しました」なんて書かないでしょうしね。また海外の公文書は残っていますし、「慰安婦」について描かれた日本人兵士の回想録も多数ある。

 それらの事実に加えて、想像してみればわかることなのです。例えば女性が朝鮮半島から中国に連れてこられて、性行為を拒否して帰ろうとしても、どうやって一人で帰れるのか。当時は、軍が認めなければ、自由に移動もできないのです。見知らぬ土地で逃げることもできず、軍人の相手を拒否すれば暴力を振るわれ、廃業の自由もない。よく否定派の人たちは、「将兵たちとスポーツをしたりピクニックに行ったりした」と彼女たちが楽しそうにしていたから「性奴隷」ではないと主張しますが(※4)、人は過酷な状況を生き抜くためには、泣き暮らしてばかりはいられない。だからといってその人が、その状況を喜んで受け入れたわけではないのです。

国家としての「謝罪」とは?

――世論調査では「河野談話の見直し」を求める人が年々増加しており、韓国との「慰安婦」問題については、「もうすでに何回も謝罪したじゃないか、賠償したじゃないか」と思っている人も多いようです。

林氏 まず「慰安婦」問題に対する日本政府の最初のリアクションとしては、1993年の河野談話があります。確かに「心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる」としているんですが、「当時の軍の関与の下に」という言い方にとどまっている。「関与」というのは、ほかに主体がいたということで、軍や政府の責任を認めてない。しかも当時官房長官である河野洋平氏の談話で、宮澤喜一首相は謝っていないのです。

 続く村山談話は戦後50年に際し、戦争責任について抽象的・全般的な話にとどまっています。慰安婦問題の最終的かつ不可逆的な解決を確認したという15年の日韓合意は、実は文書が存在していないんですよ。共同記者会見でそれぞれの外務大臣が話しただけで、合意文書を交わしたわけではない。あの中で岸田文雄外務大臣が「安倍内閣総理大臣は日本国の内閣総理大臣として」「心からお詫びと反省の気持ちを表明する」と言ったわけですが、普通の感覚でいえば、友達を通じて「○○くんが謝ってたよ」と言われても、謝罪とは受け取らないでしょう。

 また、これまでも日本から韓国にお金を渡していますが、一度も「賠償」とは言っていないのです。目的をあいまいにしているので、「口封じ」と思われても仕方がない。そのわりに、韓国側から反発が起こると、日本政府は「すでに賠償は終わった」と主張するのだから不思議なものです。

 謝罪とはどういうことかを考える必要があります。少女像の設置に関して日本政府は反対しているけれども、どうして反対できるのでしょうか。例えば日本において、空襲や原爆被害者の慰霊碑などを建てるときに、アメリカ政府が「もうそれは終わったことだ、けしからん」と言うようなものです。また現在は学校教育の中で、自民党などの圧力によって教科書から「慰安婦」という文字が消え、問題を教える機会がない。でも過ちを繰り返さないために、後世に伝えていくことが謝罪なのです。政治家の言葉を見る限り、一応は「謝罪」しているんですが、実際は「謝る気持ちなんてない」ということを示している。「謝罪の意」があるのなら、その姿勢を継続して示すべきです。ちなみに、日本の総理大臣が自分の口で元「慰安婦」の方たちに謝ったことは一度もない。

――アジア女性基金(※5)の際には、総理大臣から被害者への「手紙」はありました。

林氏 アジア女性基金の一番の問題は、基金を受け取る人には謝罪の手紙を渡すという仕組み。受け取らない人には渡さない。「自分のお詫びの仕方を受け入れる人には謝罪するけど、受け入れない人には何もしない」なんておかしいでしょう? 謝罪は、被害を受けた人すべてにしなければならないのです。

※4 アメリカ戦争情報局心理作戦班が慰安所や「慰安婦」について調査した「日本人戦争捕虜尋問レポート」では、ビルマ・ミッチナーに設置された慰安所での様子について、「慰安婦」が将兵とピクニックに行ったり、スポーツを楽しんだり、夕食会に参加したといった記述がみられる。同レポートでは、「慰安婦」の募集について、甘言や虚偽の説明があったともしている。

※5 正式名称は「女性のためのアジア平和国民基金」。元「慰安婦」への「償い事業」のために設立された財団法人で、日本政府の出資金と民間の募金による民間基金のため、国家責任および国家賠償を求める元「慰安婦」からの反発が大きかった。 橋本龍太郎、小泉純一郎といった歴代総理の名で「元慰安婦の方々への内閣総理大臣のおわびの手紙」が出された。

――「慰安婦」の存在自体は戦中~戦後に知られていましたが、大きく動いたのは、1991年に韓国で金学順さんが実名で名乗り出たことがきっかけです。日本でも支援グループがいくつも結成され、「慰安婦」問題を解決しようという機運が、今よりもずっと高まっていました。

林氏 それまでは誰が被害者なのかわからなかったために、償うという発想自体なかった。彼女たちが名乗り出たことで、謝罪し賠償するべきだという意識に変わりました。いま振り返ってみると、90年代は、日本人は「社会はもっと良くなるし、自分たちの手で良くしていける。きちんと償いをして、あの不幸な過去を乗り越えていけるはずだ」という希望や自信があった。自国の悪事を認めるのは、自信がないとできない行為です。

 同時に、国際社会自体が90年代に大きく変わりました。冷戦構造が終わって、さまざまな国家犯罪が明るみに出ることで、国家による人権蹂躙や暴力を償わなければならないという考え方が一気に浮上してきた。戦時性暴力に対しても、問題が長らく放置されることで人権侵害が継続することがクローズアップされました。ボスニア・ ヘルツェゴビナ紛争に関する戦争犯罪を裁く旧ユーゴスラビア国際戦犯法廷(※6)を契機に、これまで国際社会が戦時性暴力を取り上げてこなかったという反省が生まれた。戦時性暴力をあいまいにしてきた歴史をさかのぼると、日本軍「慰安婦」制度に直面するわけです。

 また冷戦終結と同時に、世界中に人身売買が広がりました。「慰安婦」問題は、先にも述べたように暴力的な拉致だけじゃなく、人身売買がすごく大きなウェイトを占めていた。国家による組織的な人身売買問題として、戦時性暴力とは別の側面で「慰安婦」問題が注目されるようになりました。国際社会としては、平和国家となった日本は、それらの問題に対してひとつの模範を示せるのではという期待があったのです。しかし、日本は人身売買に関しては「強制連行はなかった」とはねつけ、戦時性暴力に対しても人身売買に対しても、きちんとした対応が取れなかった。

――元「慰安婦」のほとんどが高齢となり、すでに亡くなっている方も少なくありません。彼女たちの名誉回復のためにも解決は急務ですが、賠償金を含め、戦争を知らぬ世代が戦争責任を負わされることや、何度も謝罪・賠償させられるのではという疑念が、右傾化や「慰安婦」問題への無関心につながっているように思えます。戦争を知らぬ世代は、この問題とどう向き合えばいいのでしょうか?

林氏 まず賠償についてですが、安倍内閣がアメリカから1機100億円以上もする戦闘機を100機以上購入する予定ですが、日韓合意で日本が支払った額は、その1機の1/10ですよ。それほどの高額ではありません。そもそも日本という国家が継続している以上、その恩恵を受けているなら、過去にやった行為について被害者に償うのは当然のことでしょう。日本という国の構成員としての責任があります。また、日本では女性の人権を踏みにじるような社会のあり方が今も続いていて、過去から何も学んでいない。それを変えるためにも、「慰安婦」問題に向き合い、解決しなければならない。

 韓国では、♯MeToo運動の盛り上がりと連動して、「慰安婦」問題に関心を寄せる若い世代が増えています。韓国も他国同様に、性暴力事件については被害者の方が辱められるような社会で、元「慰安婦」の人が50年もの間、名乗り出られなかった。♯MeToo運動を通じて、そういった社会を変えよう、性暴力は被害者が恥ずべきことではないという理解が広まり、「慰安婦」問題と若い世代を結びつけている。もちろん韓国にも理解に乏しい人はいますが、少なくとも文在寅政権を支えている人たちは、過去の認識を転換しようとしている。それを見ると、現在の「慰安婦」問題における日韓の対立関係の原因は、性暴力に対する認識の差だと思います。ナショナリズムの争いではなく、一人ひとりの人権侵害の問題として捉えるべきでしょう。

 また個人としては、この問題に関しては日本の男性がもっと怒るべきだと思っています。慰安所の前に日本軍兵士がズラーッと並んでいる有名な写真があるでしょう。数分ごとに男たちがどんどん入っていく。つまり男の兵士たちも、まともな人間として扱われていない。「慰安婦」問題において女性たちが深刻な被害を受けた問題であることは言うまでもないことなのですが、男の人間性も踏みにじられている問題でもある。私自身は、男性がもっとこの問題に気がつくべきだと思っています。

 第2回では、軽視された男性の人権と、「男性性」を利用した日本軍による兵士の性的コントロール、「慰安婦」問題における軍と兵士の共存関係について、女性史・ジェンダー研究家の平井和子氏に解説してもらう。

※6 ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争では各部族が「民族浄化」として、敵対する部族の女性を強制収容所に入れ、組織的な強姦を行い、妊娠・出産させた。特にセルビア人によるボシュニャク人女性への性暴力は深刻で、「見えない子ども」と呼ばれるレイプによって生まれた子どもたちは、2万人とも目されている。

(取材・文=小島かほり)

『表現の不自由展・その後』中止問題、脅迫した人物はどんな罪に問われる? 弁護士に聞く

 8月1日に開幕した、3年に1度の国際芸術祭『あいちトリエンナーレ2019』内の企画展『表現の不自由展・その後』が中止となり、世間に大きな波紋を呼んでいる。同企画展には、慰安婦を表現しているという少女像や、昭和天皇を含む肖像群が燃える映像作品などが出展され、開催当初から抗議が殺到。実行委員長の大村秀章・愛知県知事によると、「大至急撤去しろ。ガソリンの携行缶を持ってお邪魔する」というFAXはじめ、誹謗中傷や脅迫が送られるなどし、「これ以上エスカレートすると安心安全にご覧いただくことが難しくなる」として、中止を決めたという。

 今回、特に問題視されているキム・ウンソン氏-キム・ソギョン氏夫妻による「平和の少女像」は、旧日本軍の従軍慰安婦に着想を得たもの。ソウルの日本大使館前や韓国各地には同様の像が設置されているという。また嶋田美子氏のエッチング作品「焼かれるべき絵」も、昭和天皇とみられる肖像の顔部分が焼かれて剥落している版画で、物議を醸している。この作品は1986年、富山県立近代美術館で行われた『’86富山の美術』において、昭和天皇の写真をコラージュした大浦信行氏の作品「遠近を抱えて」に抗議が殺到し、美術館側が展覧会カタログの焼却処分を実施した事件を契機に生まれたもの。なお、『表現の不自由展・その後』には、大浦氏が今回の企画展のために制作した「遠近を抱えてPartII」という映像作品も展示され、その中で、昭和天皇の肖像を燃やすシーンがあり、同様に抗議を受けたそうだ。

 今回、中止に至ることとなった『表現の不自由展・その後』。少女像を視察した河村たかし・名古屋市長が、大村県知事に「日本国民の心を踏みにじる行為であり許されない」とする抗議書を提出した件、またそれを受けた大村県知事が「憲法21条で禁止された『検閲』ととられても仕方がない」と非難したことも大きな話題となり、ネット上でも「表現の自由」や「検閲」に関する議論が飛び交っているが、一方で「脅迫した人物を刑事告訴すべき」という声も高まっている。この主張をめぐっては、「“安全”のために企画展を中止したのであれば、告訴はしかるべき対応のはず」「脅迫行為で表現の自由が侵されることはあってはならない」といった意見があるようだ。弁護士法人ALG&Associatesの山岸純弁護士に、今回トリエンナーレ事務局サイドに脅迫を行った人物はどのような罪に問われるのか、話を聞いた。

 大村知事によると、脅迫行為に関しては、すでに愛知県警に相談しているとのこと。ネット上では「威力業務妨害罪に当たるのではないか」と指摘されているが、山岸氏はこれについて、「暴行や脅迫などの有形的な方法をもって人の業務を妨害することにより成立するのが『威力業務妨害罪(刑法234条)』。3年以下の懲役又は50万円以下の罰金が科せられることになります」と説明する。

「ガソリンという危険物を持って“お邪魔する”という脅迫文は、先月起こった京都アニメーション第1スタジオの放火殺人事件も相まって、人々に大きな恐怖を与えるものです。『平穏・安全に展示会を開催する』という主催者側の業務が妨害されたわけですから、威力業務妨害罪が成立することとなります。また、損害賠償額についてはさまざまな考え方がありますが、『予定通り展示会を開催していれば得られるはずであった利益』が一つの指標になるでしょう」

 また、こうしたテロ予告とも取れるような脅迫には「今こそ共謀罪を適用するときでは?」といった声もある。共謀罪成立をめぐっては、「市民の人権や自由を侵害する恐れが強い」などと議論を巻き起こしたが、山岸氏いわく「2017年の通常国会では最終的に(1)組織的犯罪集団が、(2)重大な犯罪の計画をして、(3)このような犯罪の実行を準備する行為を罰する、いわゆる『テロ等準備罪』として成立したので、「例えばネット上で、複数の人物が共謀して誹謗中傷や脅迫を行っただけでは、『組織的犯罪集団』に当てはまりませんので、共謀罪に問われることはありません」という。

 なお、大村県知事は、トリエンナーレ事務局の職員の名前を聞き出し、ネットで誹謗中傷をする人もいたことを明かしているが、「こちらに関しては『侮辱罪(刑法231条)』や『名誉毀損罪(刑法230条)』が成立することがある」そうだ。

昭和天皇への「侮辱罪」と憤る人も

 一方、中止になっても、一部からは、昭和天皇とみられる肖像を「燃やす」という作品に関する批判が鳴りやまない状況もある。先述の通り、作品の背景には、富山県立近代美術館問題が関係しているのだが、それでも「昭和天皇への侮辱である」「侮辱罪で告訴を」と指摘する人は少なくない。

「昭和天皇とみられる肖像を燃やすというのは、そのイデオロギーや主義主張を考えても、やはり『疑問視せざるを得ない行動』とする考えがあるのはわかりますし、『侮辱』に該当することは十分にあり得ると思います。ただし、昭和天皇はすでに崩御されておりますので、そもそも原則として『生きている人の名誉感情』を保護する名誉毀損罪や侮辱罪の対象とはなりません。告訴できる/できないの議論は間違いです」

 『あいちトリエンナーレ』の芸術監督・津田大介氏は、脅迫文公開を求める声に「もちろん公開する選択肢もありましたしあのFAX以外にも脅迫やテロ予告と取れるものはありましたが、それを丸々公開すると犯人や見た人を刺激して更に危険が高まるためやめた方がいいと警察に止められているんです」とTwitter上で説明している。その警察が、このまま特に動かなければ、中止に至った理由に不信感を抱く者が続出することは火を見るよりも明らかなだけに、この問題について、今後は一層注視していきたい。