性犯罪者・DV加害者は「排除すればいい」のか? 「孤立が再犯率を上げる」現場の専門家が訴えること

 昨今、事件報道の多くを占める、性犯罪や家庭内DV。そのたびに世論は、「去勢をすればいい」「隔離しろ」などと、厳しい加害者排除へ向かうが、現実には難しい。しかし、性犯罪やDVの再犯率は高く、一向に被害者は減らない状況だ。被害者を“増やさないため”、本当に必要なことは、一体なんなのか? その答えの一つとして、加害行動を心理的なアプローチから防ぐ「加害者臨床」と呼ばれるものがある。性犯罪やDVだけでなく、非行やいじめ、児童虐待などの現場でも行われている更生プログラムだ。

 痴漢で二度服役したあと、自らクリニックに通い、現在は加害行為をやめられているという50代男性・Oさんに話を聞いた第1・2回に続き、第3・4回は、痴漢やペドフィリア(小児性愛)などの性犯罪加害者の更生・治療に取り組む精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳氏と、DV加害者更生プログラムや被害者支援を行う「NPO法人女性・人権支援センター ステップ」の代表である栗原加代美氏に、性犯罪・DVの現場における「加害者臨床」の意義を聞いた。

■第1回:30年間、電車で痴漢を繰り返してきた――性犯罪“加害者”が語る「逮捕されてもやめられない」理由
■第2回:「女性は痴漢で気持ち良くなる」と信じていた――性犯罪加害者の言葉から、“治療”の在り方を問う

「怒鳴る」「殴る」でしか怒りを表現できないDV加害者

――お二人が、それぞれの分野で「加害者臨床」に携わることになったきっかけを教えてください。

栗原加代美氏(以下、栗原) 私は50代のとき、友人から「DV被害女性たちのシェルターを始めるから助けてほしい」と声をかけられ、この世界に飛び込みました。全国のDVホットラインに被害者から相談が来るのですが、「逃げてください」と伝えても、9割はその場から逃げられません。経済的理由や子どもの存在、夫からの仕返しへの恐怖などで、被害女性たちは我慢してしまうんです。

 本当の解決は「加害者に変わってもらうこと」であり、どんなに被害者を守っても、被害者は一生檻の中にいる感覚を持っています。ある更生プログラム参加者は、「加害者はサファリパークを自由に動き回る肉食動物で、被害者はバスに乗ってビクビクしながら身を寄せる客」だと言っていました。加害者の更生プログラムというのは、肉食動物を草食動物にして、被害者が安全に暮らせる環境を作る、というのが一つの考え方なんです。

 DV加害者のほとんどは、かつて暴力を振るわれてきた人間です。だからこそ、怒鳴るか殴るしか、怒りの表現方法を知らないんですよね。両親や先生、社会からも「問題があったら力を使えばいい」と教えられてきています。そうした歪んだ考え方が、DVや性犯罪に波及していくのではないかと考え、DV加害者臨床に取り組むことにしました。

斉藤章佳氏(以下、斉藤) 私は、約20年前にアジア最大規模の依存症診療施設である「榎本クリニック」でアルコール依存症の臨床に携わったのが始まりです。彼らと関わると、そこにあらゆる問題が集約されていることがわかりました。それは、多量飲酒で体を壊す健康問題、飲酒運転などの事故、DVや児童虐待、離婚や自殺に発展する家族問題。また、こうしたアルコール関連問題で転職を繰り返す職業問題。そして、飲酒酩酊中に重大な刑事事件に発展する犯罪です。

 アルコール関連問題と犯罪の研究では、殺人、強制性交、強制わいせつ、放火、傷害、強盗のいわゆる“六罪種”といわれる犯罪の加害者を対象に「対象行為時、飲酒していたか」を調査したデータがあるのですが、半数以上が飲酒酩酊中だったとのことです。

 その後、日本で初めてDV加害者の更生プログラムを始めた「メンタルサービスセンター」の代表・草柳和之さんと出会ったのが16年前、その2年後の2004年に「奈良小1女児殺害事件」(※)が起きました。これをきっかけに、DV加害者臨床をモデルにして、性犯罪の再犯防止プログラムを日本で初めて社会内で行える治療プログラムを立ち上げました。

※2004年11月、奈良県奈良市の小学1年生女子児童が誘拐され、その後、遺体となって見つかった殺人事件。犯人の自宅からは、幼児ポルノビデオが100本近く見つかるなどし、のちに行われた精神鑑定では「小児性愛障害」だと診断されている。裁判では、犯人が幼少期に父親から暴力を受けていたとの証言もあった。

――アルコール依存症と性犯罪とDVの根底は、通じるものがあるということですか?

斉藤 性犯罪加害者の背景には、男尊女卑や女性蔑視、アルコールを含む依存症など、さまざまな問題が複合的に絡み合っています。従って、プログラムの中では「再犯しない」のはもちろんのこと、根強くある「認知の歪み」に焦点を当て、行動変容を根気よくサポートしていくことになります。なお、「認知の歪み」とは、本人にとって都合のいい認知の枠組みのことで、例えば「被害者側に隙があったのが悪い」「相手もそれを望んでいた」といった考え方がこれに当たります。

――具体的に、どのような方法で更生プログラムを行っているのか教えてください。

栗原 私たちは「選択理論」を用いて、加害者更生プログラムを実施しています。端的に説明すると、「すべての行動は自らの選択である」と考える心理学です。アメリカの女子刑務所でも更生プログラムとして実施されており、3年間これを学ぶと、再犯率がゼロになると聞いています。男性の犯罪者も同様に、再犯率56%だったのが、選択理論を学ぶと再犯率2.9%になる、という統計もあるようです。

 DV加害者と向き合うときに徹底しているのは、「DV加害者を見下げない」ということ。「彼らの中にある“認知の歪み”だけが問題であり、本来持つ人格や生き方は素晴らしい」と、尊敬の念を持って接します。こうするだけで、彼らは「信頼されている」と思い、プログラムも全過程通えるんです。スタッフは女性が多いので、「女からバカにされた」と思った瞬間、通わなくなってしまいますからね。

 プログラムに通う人の中には、「来るのが楽しい」と話す人もいます。「こんな話を他人にしたら嫌われるだろうし、仕事だってなくなる。だから話せる場所はどこにもないけれど、ここでだけは話せる」と言うんです。

斉藤 誰かに正直に話せる場所は必要ですね。依存症の世界には、“自助グループ”というものがあります。性依存症にも専門のグループがあり、当事者が集まって自分の正直な話を打ち明け、参加者同士で「今日1日、問題行動をしなかった」と体験談を分かち合い、支え合っていくのです。

 一方で、榎本クリニックの場合、犯罪傾向が進んでいて、刑務所に10回以上入っていたり、まったく身寄りがなく、刑務所に入ることをなんとも思わなかったりして、再犯率が特に高い人たちも来院することがあります。こうしたハイリスクな人に対しては、認知の歪みを直していく「認知行動療法」と並行して、「薬物療法」などを実施することもあります。

警察は「悪党」と決めつけ、刑務所では「男らしくない」と言われる

――「自助グループ」では、同じ経験をした加害者同士で傷のなめ合いのようになってしまったり、“武勇伝自慢”になることはないのでしょうか?

栗原 それはないですね。うちの場合、人の話を聞いたら聞きっぱなしではなく、ほかの参加者やスタッフが第三者的なアドバイスを出し合っています。以前、DVから逃げた妻に対してストーカー行為をするようになった夫がいました。警察に行けば、自分は「悪党」呼ばわりだし、探偵も彼がDV加害者だとわかると、調査の依頼を受けてくれない。追い詰められた彼は、「妻と子どもを殺し、自分も死ぬ」と言ってヤクザに殺人依頼をし、数百万円の契約をしたそうです。この時点で、うちのプログラムに来たんです。

 そのとき彼は大泣きしながら、自身の両親から虐待を受けていた過去を私の前で語り、「条件抜きで、これだけ受け止めてくれる人は初めてです。みんなに否定され続けてきたから」と言っていました。社会には、彼らを受け止めてくれる場所がなく、誰も話を聞いてくれない。排除は問題解決に結びつかないのです。

斉藤 彼らは排除されればされるほど、孤立化すればするほど、再犯リスクが高まります。私は、刑務所内で行われる再犯防止教育にも講師として参加していますが、性犯罪加害者は、“刑務所のヒエラルキー”の中でも最底辺。その理由は、「性犯罪は一番男らしくなく女々しい」からです。さらに、性犯罪者の中にも実は隠れたヒエラルキーがあって、「痴漢」と「盗撮」が頂点にいて、最下層は「ペドフィリア(小児性犯罪者)」。受刑者同士でも、こうした排除の構造を如実に感じています。

 長年、加害者臨床に携わっていると、世間から「社会の中に、性犯罪者たちの居場所を作るなんて!」と批判を浴びがちですが、排除するだけでは問題解決にはならず、被害者は量産されるばかりです。必要なのは刑罰だけでなく、再教育するための専門治療であると考えています。

 一方、自助グループで人の温かさやつながり、いい仲間意識によって安心感を得るだけでは客観的視点やエビデンスが抜けてしまうので、足りない部分をクリニックで補完する、というイメージです。私は「衝動性」と「言語化」は対極にあると思っています。自分の感情や考えをきちんと言語化することで、衝動性を抑えられます。だから、社会の中につながりの再構築ができる居場所を作り、互いに体験談を分かち合う場所が存在することは、非常に重要だと思っています。

――そうしたプログラムは、何をもって「終了」と考えるのでしょうか?

栗原 私がやっている加害者臨床の落としどころは、「自立」です。加害者たちは、自分をわかってほしい一心で暴力を振るい、承認欲求を満たそうとします。ならば、相手から認めてもらうことを願うよりも、自分が相手を認めることで承認欲求を満たしていくのだと伝え、自立へつなげるんです。これが先ほど言った「選択理論」の考え方ですね。その後、相手の支援を考えられるようになると暴力がなくなっていくので、そこが第二の落としどころです。

斉藤 私は「プログラムは生きている限り死ぬまで続く」という考えで、「これができたら終了」という落としどころはありません。加害者臨床の中には「依存症は治る」という考え方で行うプログラムもありますが、私は「依存症は、回復はあっても完治は困難だ」という考え方がベースになっています。

 私の元には、12年間クリニックに通い続けている痴漢加害者がいますが、「病院に来ないとプログラムでやったことを忘れてしまう」と言います。12年間通っていても、「今日は疲れたな。こんな日は痴漢でもするとスッキリするんだよなぁ」と、自然に“認知の歪み”が出てしまうんですよね。そこで、プログラムを続けている人ならば「いや、これは警告のサインだ。こういう日こそ、病院に行かなきゃ」という思考回路になります。しかし、プログラムから離れて半年~1年ほどたってしまうと、「今までずっと痴漢してないし、たまにならバレないんじゃないか」と考えてしまい、問題行動をとることがあります。

 要するに、認知の歪みはその人の脳内にしっかり刷り込まれてしまっているので、消し去るのは難しい。でも、プログラムを受け続けていれば、認知の歪みに対する反応の仕方を主体的に選択できるようになるんです。

第4回へつづく
(有山千春)

■斉藤章佳(さいとう・あきよし)
大船榎本クリニック精神保健福祉部長(精神保健福祉士/社会福祉士)。1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症施設「榎本クリニック」にソーシャルワーカーとして、約20年に渡りアルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・児童虐待・DV・クレプトマニアなど、さまざまなアディクション問題に携わる。その後、2020年4月から現職。専門は加害者臨床で、現在まで2,000名以上の性犯罪者の治療に関わる。また、都内更生保護施設では長年「酒害・薬害教育プログラム」の講師をつとめている。

■栗原加代美(くりはら・かよみ)
NPO法人女性・人権支援センターステップ理事長。同団体にて、 DV・ストーカー・虐待・加害者更生プログラムの講師を務めながら、被害者の回復プログラム・家族面談・ カップルカウンセリング・テレビ出演、DVやスト ーカー防止のセミナー講師として活動する。

「女性は痴漢で気持ち良くなる」と信じていた――性犯罪加害者の言葉から、“治療”の在り方を問う

 性犯罪は、“再犯率”が高いことが明らかになっている。なかでも痴漢の再犯率は突出しており、刑務所で“罰”を受けるだけでは、再犯は防げない。これは、各種データからも、約30年にわたって痴漢行為を続けてきた50代男性・Oさんの体験からも明白だ。

 第2回は、2度目の服役から出所して10年間、再犯をしていないというOさんに、なぜ痴漢行為をやめられたのかを聞く。再犯防止のためにどのような行動をとったのか、刑務所内で受刑者に実施されている「性犯罪再犯防止指導(通称:R3)」の問題点についても語ってもらった。

■第1回:30年間、電車で痴漢を繰り返してきた――性犯罪“加害者”が語る「逮捕されてもやめられない」理由

治療機関で“痴漢”を隠し続け、そして再犯……

 刑務所内の再犯防止対策だけでは不十分だという、専門家の声も耳にする。その最大のポイントは、刑務所内に女性や子どもなど、彼らの“対象”となる人物がいない中で指導を行うからだ。Oさんも受刑中のことを振り返って、「女性がいないから、痴漢をしたいという思いにとらわれずに済むので、楽だった」と話している。しかし、出所して社会の中で生きていると、そうはいかない。

 Oさんは41歳のとき痴漢で起訴され、執行猶予判決が出た。このとき、担当の弁護士から、病院を受診するように言われたという。

「まず精神科へ行ったのですが、痴漢をやめられないという問題は、性嗜好障害やアディクション(依存症)の側面があるということで、別のクリニックを紹介され、そこに通い始めました」

 性暴力加害者は「病気」を抱えているととらえ、専門的な治療を行うことによって再犯防止を目指す治療機関が、国内に数は少ないながら存在する。Oさんは、そのひとつとつながることができた。

「でもそのときは、『弁護士に言われたから行く』ぐらいの気持ちでした。デイナイトケアという、毎日朝から夜までつづくプログラムを受けたのですが、そこではほかの精神疾患を持つ人たちとのミーティングがあるんです。自分の問題をみんなの前で開示して、そのリアクションから、自身の考えを見直すというプログラムなんですが、私はそこで、自分が痴漢の問題で通っているということを、なかなか話せず隠していたんです。もちろん、それではまったくと言っていいほど参加する意味がない。そんなある日、主治医が『あなたはちゃんと“痴漢の問題”を話しなさい』と、みんなの前で言ってしまったのです」

 動揺したOさんは、クリニック内で問題行動を起こすようになり、しまいには主治医から治療の中断を言い渡される。通院していた3カ月間はピタリと止まっていた痴漢行為が、治療をやめた途端、気づけば再開していた。執行猶予期間中にもかかわらず、Oさんは頻繁に痴漢行為をくり返し、またも逮捕。そしてついに、初めての実刑判決(5カ月)が下る。

 刑期を終え満期で出所するも、43歳のときOさんはまた再犯し、今度は11カ月間服役した。もうこれ以上は痴漢を繰り返せないと、今度は自らクリニックを訪れた。

「私はずっと、自分を隠しながら生きてきました。痴漢って、自分のことを知られていない相手だから触れるんです。知っている人だと、『Oさんに触られた!』とすぐ事件になりますよね。私からすると、痴漢は“お互い知らない相手”だから成立する犯罪。そんなふうに生きてきたから、周囲の人ともうわべだけの人間関係になるし、ミーティングでも自分を出せなかったんだと思います。当然、孤立していました。でも二度目の通院では、もう痴漢の問題で通っているというのが周囲に知られていたので、隠す必要がなくなりました」

 自分のことを知られたくなくて、「鎧を着たまま人と話していたようなものだった」とOさんはふり返る。

「41歳で執行猶予判決が出たあとも、一度目の服役のあとも、痴漢をするための環境を自らつくろうとしていたところがあります。私の場合、最も痴漢のリスクが高まるのは“電車に乗るとき”なのですが、『早い時間なら空いているから、電車に乗っても大丈夫』『今日は天気が悪いから、電車に乗るのもしょうがない』と、なんとか理由を見つけて電車に乗ろうとしていたんです。だから、二度目の出所のあとから現在までは、どこへ行くにも必ず車で移動するようにしたんです。刑務所は“絶対に痴漢できない環境”でしたが、それと同じように、“したくてもできない環境”を、自分でつくらなければなりません。ここ数年は、もし電車に乗ったとしても、『痴漢をしたくならないかもしれない』という気もしています」

 それは、クリニックに通ううちに生じてきた、ある変化に影響されたからだという。

「自分が痴漢をしたと周囲にバレたら、否定され、除外されるだけだと思っていました。でもいざ開示してみたら、『あなたが更生しようとしているのなら、私が話を聞く』と言ってくれる人がいて、驚きました。とはいえ、今まで私がしてきたことをそのまま開示すると、セカンドレイプになる可能性もありますから、慎重に話すようにしています。もし、私がまた痴漢をすれば、これまで話を聞いてくれた人たちにとっては、『知らない人が痴漢をした』ではなく、『Oさんが痴漢した』となります。そんな状況にはしたくない。だからもう、自分は痴漢をしたくならないだろうと思っているんです。もちろん、それでも『絶対にやらない』とはいえない状況です。だから、これからも電車には乗りません」

 性犯罪の再犯リスクは、孤立やそれによるフラストレーションによって高まることがわかっている。Oさんは2回目の通院で、やっと孤立状態を回避できた。変化は、ほかにもあったという。

「クリニックに通い始めたばかりのとき、主治医から『女性が痴漢されたがっているとか、触られて気持ちよくなるとかは、ファンタジーでしかない』といった話をたくさんされました。表向きはうなずいて聞いていましたが、それを認めることは、自分が今まで“現実”だと思い込んできたことへの否認になるので、なかなか受け入れることができなかった。でも、自分が痴漢をしたと開示して以来、性犯罪について議論する学会や、トークイベントに足を運ぶようになりました。そこでは、『女性は痴漢被害で苦しんでいる』という前提で話がされていて、それを聞いてやっと少しずつ理解ができるようになったんです」

 Oさんの人生において、痴漢をしない日々よりも、痴漢をしていた日々のほうがまだ長い。それでも、今日「痴漢しなかった日」を送り、明日も、明後日もそうしていくしか、痴漢をやめる道はない。

 最後にOさんへ、刑務所内で受刑者に実施されている「性犯罪再犯防止指導(R3)」について聞いてみた。刑期が短いなどの理由で、彼は一度もその対象となっていないが、指導を受けたい気持ちはあったのだろうか。

「私が思う再犯防止とは、『痴漢をしたい』という気持ちにならないようにすること。R3で行われているのは、自分が加害行動をしたくなる動機を洗い出して、それが発生しない環境を自分で作ったり、発生しても制御できるようにしていく“認知行動療法”だと聞いています。それはそれで必要だと思いますが、根本的に『痴漢したい』という欲求をなくすには、人間関係を変えていくしかない、というのが私の実感です。そしてそれは、刑務所の中ではできないことだと思います」

 現在Oさんは、痴漢の“加害”に悩む人を対象に、「再犯防止」を支援する側に回っている。

「自身が30年間にわたって痴漢加害をしてきて、再犯防止に関する成功や失敗の体験をもとに、加害行為がやめられずに困っている当事者、または家族や支援者への『再犯防止』に関するサポートを行っています。主なサポートは男性限定のミーティング開催で、痴漢に限らず、一般的な性の話題も含めて、異性に言いにくい話も打ち明けられる場をつくっています。2~3人の少人数で行っていますので、このようなミーティングが初めての方も、安心してご参加ください」

男性および男性の性自認の方限定ミーティング「ダンクロ」

 第3回、第4回では、性犯罪加害者の更生・治療に取り組む精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳氏と、DV加害者更生プログラムや被害者支援を行う「NPO法人女性・人権支援センター ステップ」の代表である栗原加代美氏に、心理的なアプローチから再犯を防ぐ「加害者臨床」の意義を聞いた。
(三浦ゆえ)

「30年間、電車で痴漢を繰り返してきた」――性犯罪“加害者”が語る「逮捕されてもやめられない」理由

  刑務所で刑期を終えたあとは、二度と罪を犯さない。これはすべての犯罪加害者に求められることだが、近年は性犯罪加害者に対して、特にその声が高まっている。性犯罪の再犯率は高く、なかでも痴漢のそれはほかに比べて際立っている。逮捕されても、罰金刑になっても、服役してもやめられない。そして、新たな被害者を生み続けている。

 再犯防止のための策がないわけではない。刑務所内では、受刑者を対象に「性犯罪再犯防止指導(通称:R3)」が、保護観察所では、裁判で執行猶予判決が出た者と仮出所してきた者を対象に「性犯罪者処遇プログラム」が用意されている。いずれも医療と特殊教育を合わせた“治療教育”による再犯防止が目的。これらは、一定の効果が報告される一方、刑期の短い痴漢は受講対象から外されるなど、すべての性犯罪者が指導やプログラムの対象ではないという問題点も、各方面から指摘されている。また、指導を受ける時期や、期間の短さといった問題からも、明確な効果は疑問視されている。

 「再犯率が高い」ということは、「刑務所で罰を受けるだけでは性犯罪をやめられない」ということに等しい。一体なぜ、逮捕されても、服役しても、性犯罪を「やめられない」のか? 痴漢行為をはたらき、民間の医療機関が行う「独自の再犯防止プログラム」 で治療を受けた男性と、性犯罪加害者の再犯防止に民間の医療機関で取り組む専門家にそれぞれ話を聞き、“加害者”側から「再犯をやめること」について考えてみたい。 

 第1回は、18歳から痴漢行為に手を染め、その後、約30年間にわたって再犯を繰り返しながら、国内の民間治療機関に通っていた50代男性・Oさんに、自身の経験を語ってもらった。

痴漢は「ストレス解消の手段」だった

 「最後のほうは、逮捕されたくて痴漢をやっていた」と、Oさんは言う。18歳から電車内で痴漢行為をするようになり、何度か罰金刑を受けてきた。それでも痴漢をやめられず、41歳のときついに起訴され、執行猶予判決が出る。それと同時に治療機関へ通うも、Oさんの生活は変わらなかった。執行猶予中にまた逮捕され、5カ月の実刑判決を受ける。にもかかわらず、43歳のときに再犯してしまい、今度は11カ月間服役した。

 二度目の服役を終えてから10年以上、何度も繰り返してきた痴漢行為は止まっている。Oさんはなぜ、痴漢をやめ続けられているのだろうか? 彼の軌跡から再犯防止のためのヒントを探っていくが、その前にまず、Oさんが長年の痴漢行為に何を求めていたのかを聞いた。

 Oさんは、痴漢を始めてから、大学生、社会人になるにつれ、行為の頻度や接触の度合いがエスカレートしていったという。

「今ふり返ると、私が痴漢行為を繰り返していたときは、自分自身の人間関係の影響を大きく受けていたと感じます。私が育ったのは、父も母もボランティアなどの社会活動に熱心な、地域に根ざした家庭でした。私は、子どものころから表で“いい人”のように振る舞いながら、裏では痴漢を働いていたのです。小学5年生のころ、妹に性虐待をし、高校生になって痴漢に手を染めます。成人してからは、会社で嫌なことがあったり、女性とうまくいかなかったり、人間関係でつまずくと『じゃあ痴漢しよう』と、ストレス解消の手段になりました。地域のボランティアでも、会社でもそこそこうまくやってはいたのですが、裏でそんなことをしていたら、当然、本当の信頼関係を人と築くことはできません。自分で自分を孤独な状態に追い込んでいるようなところがありました」

 痴漢は性暴力のひとつであり、“性欲”によって犯行に及ぶと思われがちだが、Oさんの場合、そう単純な話ではないようだ。

「痴漢と性欲がまったく関係ないとは言い切れません。私も痴漢しながら勃起し、射精していた時期はありますが、それは『触っているうちに気持ちよくなった結果』であって、最初からそれが目的ではなかったです。性欲以上に、まず『女性の体に触りたい』という欲求がありました。自分がそれを実現するための手段が痴漢だった、ということです。女性の柔らかさや体温の温かさがすごく魅力的で、触っているとホッとするというか……。『人と一緒にいるんだ』という感じがして、自分が救われているような感覚がありました」

 痴漢と性欲が必ずしも結びつかないというのは、Oさんが「誰を選んでいたか」という話からもわかる。

「痴漢をする対象は、誰でもいいわけではないのですが、“そこにいたから”触っていたという感じです。容姿や服装が自分の好みかどうかはあまり関係なく、『触ることができる距離まで近づけるか』『人目につかないような位置にいるか』ということをチェックし、車両から車両へと移動しながら、痴漢する相手を探していました。いざ触ろうとなって、女性の服装が派手だと感じたら、その時点で痴漢をやめることもありました。派手な服を着る女性は、気が強そうに見えていたんですよね」

 被害に遭うほうは、心身に大きく深い傷を負う。Oさんに、その意識はあったのだろうか?

「今なら、痴漢に遭った女性は、怖くて身動きすらできなかったのだと理解できます。しかし当時は、女性が顔をしかめても『そんなに嫌がってはいないんじゃないか』という認識だったし、何も反応がなければ『自分を受け入れてくれている』とすら思っていました。明らかに抵抗されるとか、逃げられるとかしてようやく、『これ以上触らないようにしよう』と思うのです。ただ、触った瞬間に『訴えられるんじゃないか』という“恐怖心”も、確かにありました」

 生活の中心に、痴漢行為があった。Oさんは仕事帰り、痴漢のチャンスをうかがいながら、始発駅から終着駅まで何往復もすることまであったという。それだけOさんにとって痴漢は、「求めてやまない」行為だった。しかし、それがれっきとした犯罪行為であることは、本人もわかっていた。

「いつか刑務所に入ることになるんじゃないか、という思いはありましたね。でも行為中は、そんなことをまったく考えないんです。相手のことだけじゃなく、自分がどうなるのかすら考えていない状態。まるで別人になっているかのようでした。一度、痴漢をしている時に、私の行為を目撃していた男性が手を振り払ったことがあるのですが、その人の顔を見たら、近所に住む顔見知りの男性でした。普通ならそこで痴漢をやめると思うんですが、私は彼に見せつけるようにして、また女性への加害行為を再開していたのです。『俺はもう、あんたが知ってる俺じゃないんだ』と言いたかったのかどうかわかりませんが、行為中はそのぐらい、わけがわからなくなっている。でも、終わるとすぐに罪悪感に襲われるんです。夜寝るときに『いつか捕まるかも』と不安に駆られていました」

 痴漢を続けながら、痴漢をやめたいとも思う。「逮捕されたい」とまで願う。相反する思いに振り回される中、Oさんの心に安定をもたらしたのが、最初の服役だった。

「自分の意識が痴漢にとらわれずに済む環境にいる、というのは本当に楽でした。意識したところで、そこには女性がいません。欲求から解放されるので、『自分はもう痴漢をしなくていい』という心境になるのです。懲役刑は犯罪者への罰なのに、私にとっては社会で暮らしているよりずっと平穏なのだから、おかしいですよね。でも、最初の服役を終えて社会に戻ったときは、『二度と刑務所には行きたくない、だから痴漢は金輪際しない』と思うんです。なのに、一歩家の外に出たら、痴漢行為に意識がとらわれる。電車を見たり改札の前を通ったりするだけでドキドキするようになり、痴漢のことしか考えられなくなりました」

 ほどなくしてOさんは痴漢を再開し、43歳で再び逮捕される。その時はどうやって捕まったのか記憶にないほど、混乱した状態だったという。二度目の出所後も同じく、「もう戻りたくない」と思ったOさん。そこから10年、加害行為をしていない。一体何が彼を変えたのか――第2回につづく。
(三浦ゆえ)

「Go Toイート」、再び“東京除外”で混乱必至!? 飲食店事業者からは「換金処理が面倒くさそう」と本音も

 新型コロナウイルス感染拡大による景気悪化を食い止めるため、政府はさまざまな経済対策を打ち出しており、一定の効果を発揮してはいるものの、多くの国民がその成果を実感するまでには至っていない。

 7月22日からスタートした観光産業救済策「Go Toトラベル」キャンペーンは、宿泊を伴う旅行および日帰り旅行代金の最大35%を国が補助、目的による制約はなく出張も対象というもので、当初、全国一斉の開始が予定されていた。しかし、東京都を中心に感染者が再び増加し始めたことから、都内発着の旅行や都民の利用は対象外となり、ネット上では、さまざまな意見が続出。また人口が多い分、大きな需要が見込まれていた東京都を除外したことで、その経済効果は当初予想されていた1兆円から4割減の6000億円程度にとどまるとの見方もされていた。

 そんな中、赤羽一嘉国土交通相は8月25日、7月27日~8月20日の間で、少なくとも延べ420万人が「Go Toトラベル」を利用したと発表。しかし、各自治体や観光団体から「効果があった」という声はあまり聞こえてこない。なにしろ、観光地の宿泊施設では、「ただ部屋を空けておくよりはマシ」と、宿泊料金を破格の値段にまで下げているが、それでも客足は戻っていないようなのだ。

 筆者が取材の際によく利用している京都市中心部のホテルは、昨年まで宿泊料金が1泊1万円以上だった。部屋がほぼベッドで埋まるような狭さでその値段だったのが、コロナ禍により、1泊3,000円台にまで暴落。ホテルのスタッフは「今までこんなに安かったことはないですよ」と笑っていたが、笑顔の裏で実際はつらい思いを抱えていることだろう。

 一方、都内では、今夏開催予定だった東京五輪にあてこんで、外国人観光客向けのゲストハウスが急増していたが、「Go Toトラベル」による救済もなかったためか、いよいよ灯りの消えている施設も目立ってきている。開店休業状態であれば“まだいいほう”かもしれない。

 東京都を除外した影響から、その効果自体も疑問視されている「Go Toトラベル」。業を煮やした都民の中には、居住地を偽ってキャンペーンの恩恵に預かろうとする人も現れたためか、政府は旅行者全員に徹底して本人確認を行うよう、旅行業者・宿泊事業者に要請している。

 そんな経緯があったからか、9月以降に新たに実施される「Go Toトラベル」第2弾では、東京都も対象とすることが検討され、旅行代金の35%が割引されるほか、15%相当額の「地域共通クーポン」の配布が予定されているが、こちらもあまり期待できそうにない。というのも、現在準備が進んでいる飲食業界向けの施策「Go Toイート」キャンペーンでも、露骨な“東京外し”の予兆が見られるからだ。

 この施策は、オンライン飲食予約サイトを経由して来店・予約した利用者1人につき最大1,000円のポイントを還元。さらに地域の登録飲食店で利用できる、購入金額の25%が上乗せされるプレミアム付き食事券を販売するというもの。

 すでに33府県の35事業者が、食事券の発行業務の委託先として公表されており、現時点で東京都は除外されている。食事券の発行は9月中旬に一部地域で開始する方針だというが、都の場合は、飲食店の営業短縮時間の要請を23区内に限り、9月15日まで延長することを発表しているため、「Go Toトラベル」に続いて再び“東京のみ対象外”の可能性が危惧されているわけだ。

 コロナ禍によって売り上げが減少し、危機的状況に陥っている飲食店の中には、テイクアウトメニューを増やすことで生き残りを図る店も多いが、十分な売り上げ回復策とは言えないだろう。

「テイクアウトメニューを増やしているので、ランチタイムはまだマシですが、夜間の売り上げは昨年の半分以下になっています。いつまでこんな状態が続くのか……。感染者が増えている状況で『Go Toイート』を行っても、新型コロナ流行以前の客足に戻るとは思えませんよ」(都内の飲食店店主)

 ちなみに「Go Toイート」は、まだ参加登録店舗の受付が始まっていない状況であるものの、農林水産省が公式サイトで発表した、参加登録店舗が遵守するガイドラインは、外食業界が定めた基準を準用、それには「テーブルは、飛沫感染予防のためにパーティションで区切るか、できるだけ2m(最低1m)以上の間隔を空けて横並びで座れるように配置を工夫し、カウンター席は密着しないように適度なスペースを空ける」などと記されている。

 要は、すでに対策をしている店舗に対して、客が利用しやすくなるよう国が飲食代の一部を負担するのが今回の施策だ。しかし、飲食業界からはこんな声も聞こえてくる。

「テイクアウトの需要が増え、感染リスクを避けて現金ではなく電子マネー決済をする人も増加傾向にあるというのに、そのリスクを冒してまで店に足を運び、食事券を使う人がどれだけいるか。それに、換金処理が面倒くさそうというのが正直なところです……」(別の飲食店店主)

 なお、新型コロナ流行の中心地として世界から注目を集めた中国・武漢は、すでに危機的状況を脱し、涼を求めてプールを訪れる人が続出しているとネット上でも話題になっている。中国国民が日常生活を取り戻しつつあるのは、強固な姿勢で感染防止策をとったからにほかならないだろう。日本国民が元の生活を送れるようになるのは、いつになるだろうか……。

(取材・文=昼間たかし)

甲子園は「感動ポルノ」? “頑張る高校生”として消費された、ブラバン&チア部が「中止でよかった」と本音対談

 新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、3月に開催予定だった「第92回選抜高等学校野球大会(センバツ)」中止に続き、8月の「第102回全国高等学校野球選手権大会」いわゆる「夏の甲子園」も中止となった、2020年の夏。7月以降、全国各地で代替大会が行われているほか、8月10〜17日には、センバツへの出場が決まっていた全32校による「2020年甲子園高校野球交流試合」が無観客で開催され、高校球児たちが汗を流していた。

 甲子園といえば、吹奏楽部やチアリーダーがアルプススタンドで応援のパフォーマンスを行う光景もおなじみになっているが、今年は無観客試合となり、現地での応援はなし。「応援団がいなくて残念」という声もあるが、実際にスタンドから高校球児を応援していた人たちは、どのような思いがあるのだろうか。今回は、元当事者たちに、リアルな実情や本音をぶちまけてもらった。

<座談会参加者>

A子:関東近郊の某公立高校、吹奏楽部出身
B美:地方都市の某私立高校、チアリーディング部出身

野球応援に“駆り出される”私たちのホンネ

――別々の部活に所属していたお二人ですが、「野球部を応援する」という同じ活動をしていたんですね。

A子 私が所属していた吹奏楽部は、顧問の方針もあって、高校野球の応援によく駆り出されていました。でも、炎天下での演奏は大変だし、自分たちだって大会の練習があるのに……と、正直モヤモヤする時もあったりして。

B美 私はチアリーディング部として、野球部の応援に行きましたね。当時はこれも活動の一つだと思っていたし、普段の練習よりラクっちゃラクだったので、それなりに楽しんでいたかな。でも引退してから、メディアが応援も含めて感動を煽るような取り上げ方をしていて、すっかり高校野球が苦手に……(笑)。

――今年は甲子園が中止になりましたが、各地で代替大会が行われていました。しかし、スタンドでの応援は自粛になり、SNSでは「応援がなくて寂しい」という声も見られます。一方、応援をする当事者からの声は、あまり表に出ません。

A子 応援に行くのが当たり前になっているので、本音では「行きたくねえ」と思っていても、大きな声では言いづらいです。うちの高校の吹奏楽部の場合、顧問が高校野球大好きで「みんなで行くぞ!」というテンションだったので、問答無用で応援に行かされていました。吹奏楽部のコンクールと日程がかぶったりしない限りは、原則全員参加で、「行かない」という選択肢はない。でも、自分たちだって夏にコンクールを控えているんです。野球部が頑張っているのもわかるけど、野球部が勝ち進むと自分たちの練習時間がなくなってしまうため、私は「この辺で負けてくれないかな〜」と思うことが結構ありました。

B美 ブラバンやチアって、高校野球の応援が「活動の一環」になっていて、「当然応援するもの」だと思いこまされていますよね。個人の気持ちはさておき、少なくとも建前としては、自分たちの学校のチームを応援する。でも、部活動の一環として強制的に応援させられている以上、内心「負け」を願うこともあります。

 私がいたチア部でも「負けてほしい」とこっそり言っている子はいました。「スタンツ(組体操)やダンスがやりたくて入部したのに、なんで野球の応援しなきゃいけないの?」って。生真面目でストイックな子ほど、疑問を抱いていた印象です。それでも、応援しているうちに感化されてくるというか、「演技で人を元気にする、応援するのがチアというスポーツ」だと日頃から顧問に言われていたので、だんだん積極的に応援するようになっていました。一方で、野球部が勝ち進めば進むほど、自分たちの練習時間が減ってしまうことも頭にはありました。夏はチアも大きな大会を控えていましたから。

A子 ぶっちゃけ、「あそこの高校は野球部強くないから練習できていいよな」って思ったりしていました(笑)。野球部が負けてくれれば、自分たちの練習に時間を費やせるのにな、と。

B美 わかります(笑)。しかも野球の試合って長いし、延長戦になると3時間以上かかっちゃったりもして、当然決着がつくまでやるから、終わりの時間が見えない。生理中の野球応援が本当につらかったのを覚えてますね。

A子 どんなに延長して試合終了が遅くなっても、私のいたブラバンは球場から学校に戻って自分たちの練習をしなければならず、それが一番嫌でした。ブラバンはブラバンで大会を控えているので練習しなきゃいけませんが、体が疲れているから、100%の力では練習できないし、効率も悪い。ずっと残業しているようなもので、実のある練習になっていたのか疑問です。野球部の人たちは、今ごろ家に帰ってクールダウンしてるだろうなって思いながら、こっちは練習……。不公平だなあって思っちゃいますね。

B美 野球部のスケジュールにかなり振り回されますよね。野球の応援が好きな子はいいけど、そうじゃなければ納得がいかないと思います。

――野球応援をしている時に「大変だな」と思うことはありますか?

B美 ブラバンの人たちは、試合の状況を見て「どの曲をやるか」を判断しなきゃいけないから、大変そう。場面によって演奏する曲が変わってくるじゃないですか? チアはブラバンの演奏する曲に合わせればいいですが。

A子 そうなんです。打者によっても曲が変わるし、ヒットの曲、ホームランの曲と、場面によって演奏する曲が決まっていて、常に試合を見ている必要がありました。あと、「演奏してはいけない時間」っていうのがあって。たとえば、選手たちが集まって指示を受けている間は、絶対演奏しちゃいけないんですよ。なぜならば「うるさいから」。じゃあブラバン呼ぶなよ(笑)!

B美 いやいや、何様だよ……って感じですね。

A子 どのくらいうるさいんだろうと思って、野球部に聞いたことがあるんですけど、どうやら本当に迷惑らしくて。ブラバンの顧問は「迫力のある応援をすることで、相手チームにプレッシャーを与える」とか言っていましたが、実際は自分たちの学校の野球部にとってもプレッシャーだったみたいです。満塁になった時や、逆転できそうな時に演奏する曲もあるんですが、「その曲が流れると緊張するからやめてほしい」と言われましたからね。それからというもの、「応援」という行為自体が一方的なものである、ということを忘れないようにしようと思ってます。

――逆に、応援していて「楽しいこと」はありましたか?

B美 入部当初は、チアのユニフォームが着られることだけでうれしかった気がしますね。応援うんぬんより、「自分がチアリーダーになれた」と実感することが重要でした。私の場合、当時はチア部のある高校自体が珍しかったし、チア部であるという事実が自分の中でアイデンティティになっている部分もあって。他校の友達に「チアは野球の応援とかできて楽しそう」とかうらやましがられると、うっすら気分がよかったり。

 そういう意味では、正直なところ、本心から野球部を応援しているわけではなく、自分のアイデンティティを確認するための活動の一つだったんだと思います。だんだん試合が面白くなって、多少は気持ちが入るようになりましたが……。冷静に振り返ると、野球部が勝ち進むことのうれしさは、自分のアイデンティティを確認する機会が増えたからだったのかもしれません。でもそれって、チアの大会に出場した時にも得られていたし、「野球の応援」だからこそ得られるものってわけではないかなあ。

A子 私は自分の知っている子が試合で活躍している時ぐらいじゃないと楽しくなかったですね(笑)。1年生の頃は同級生も出ていないし、試合を見ていても正直よくわからないし、別に楽しくない。そのくせ暑い中での演奏はすごく大変。だから、1、2年の時は全然楽しくなくて、3年になってようやくクラスメイトが選手として出るようになり、応援する気持ちになりましたけど。

B美 逆に「応援が楽しくて仕方ない!」という感じの子もいましたね。まあ、チアは「笑顔」で応援するというスポーツなので、試合会場でも明るく元気に振る舞わなければいけないのですが……。感極まって涙目になっている子もいたなあ。

A子 自分の学校が負けて泣いている子もいましたね。そんな中、私は周りが泣いていると、どんどんしらけて「やれやれ終わった」と……。うちの高校の場合、一番楽しんでいたのは顧問の先生だったと思います(笑)。

――ブラバンやチアは野球の応援に行って当たり前とのことですが、野球部が大会の応援に来ることはあるんですか?

B美 チアの大会に、野球部が来たことはなかったですね。野球部が今、どのくらい勝ち進んでいるのかはみんな知ってたけど、チアの大会についてはほとんど知られていなかったかも。

A子 ブラバンの場合、定期演奏会だけは来てくれましたが、野球部が吹奏楽コンクールを見に来たという話は聞いたことがないですね。「お前らも来い」と言いたいわけではないですが、「野球部を応援するのは当然」だと本人たちも思っていることを、如実に表しているような気がしてしまいます。

B美 高校の運動部は硬式野球部だけじゃないのに、なぜか「高校野球」だけは応援に行こうという雰囲気になっていますよね。特に甲子園出場校が決まる夏の地方大会は、そこまで強い学校じゃなくても、一応応援には行くというか。

A子 ほとんど“学校行事”みたいな扱いですよね。私の学校は部活動に力を入れるのもあってか、野球部のレギュラーの子が授業中に寝ていても、先生が「こいつ頑張っているし、まあしょうがないか」みたいな感じで、明らかに特別視していました。

B美 友達の高校では、野球部だけ掃除が免除されていたそうです。私の高校はむしろ、運動部はやたら共用スペースの掃除を担当させられていたし、世の中には素手でトイレ掃除をやっている強豪の野球部もあるというので、一概には言えませんが。

――話を聞いていると、「高校野球」はずいぶんと甘やかされているというか、何かにつけ特別扱いされている印象です。

B美 今振り返ると、そういう面はありましたね。私の地元の新聞では、夏の地方大会シーズンになると、強豪校のみならず、地方大会に参加する野球部の一覧表が掲載されるんですよ。キャプテンの顔写真や抱負、ベンチ入りした選手の名前や出身中学、身長まで載っていました。地元密着型の地方紙とはいえ、アマチュアスポーツである部活動で、予選の段階からそこまで取り上げられるのは高校野球くらいじゃないですかね。

A子 学校内だけでなく、メディアも高校野球だけは特別枠として取り扱いますよね。なんでだろう、不思議。

B美 その甲斐あってか、確かに注目度は高くて、自分の地元ではどの高校が甲子園に行くのか、自分の母校がどこまで勝ち進んだのか、熱心に追っている人がたくさんいましたね。じゃあ、そういう人が普段から野球好きかといえば必ずしもそうではなくて、「高校野球」「甲子園」というコンテンツを消費しているんだろうなと。

A子 「高校野球」がいかに消費されているかは、高校野球と無関係の立場になって、外から俯瞰して見るとよくわかりますよね。『熱闘甲子園』(テレビ朝日系)なんかで負けたチームの選手たちが泣いている姿がやたら映されるのは、「感動ポルノだなあ」と思うし。

B美 試合前の中継で、選手たちが円陣を組んでいる場面が映されて、キャスターが「さっきマネジャーの女の子に聞いたんですけど、今年のチームは何回も円陣を組んでいるそうです。バラバラになりそうな心を一つにするために……」と、心揺さぶるような説明をしていたのを見たことがあります(笑)。高校サッカーの中継でも、敗退したチームの選手たちが号泣して、そんな彼らを監督が𠮟咤激励する場面を見ましたけど、“感動的なシーン”を見せまくって、酔いやすいようにプログラムされているんですかね。

A子 むしろ、試合そのものよりも“感動的なシーン”がメインになっていますよね。男泣きする選手や監督、献身的な女子マネジャー、円陣を組む様子、スタンドで応援するチアリーダーばかりを映して、わかりやすく美しい物語に仕立て上げる。でも、高校球児たちはいいプレーをしたり、試合に勝つために練習を頑張っているわけで、泣いてる場面なんか見てほしくないんじゃないかな。自分だったら、めちゃくちゃかっこいいプレーをしたところだけ映してくれよ、と思いますけど。

――甲子園のテレビ中継では、「炎天下で健気に応援する高校生」として、吹奏楽部やチアリーダーも「感動ポルノ」に巻き込まれているように思います。当事者たちも、自分たちが注目され、消費されている意識はあったのでしょうか?

B美 注目されているという意識はありましたね。チアはユニフォームがどうしても目立つため、野球の応援に限らず、そこにいるだけで良くも悪くも注目されてしまうことは、わかっていました。ただそれはどちらかというと「エロ目線で見られてしまう」「性的消費される」という意味合いで、「感動ポルノ」の対象にもなっていたことは、競技を離れてから気づきました。

A子 私も当時は演奏することに必死で、「注目を浴びている」「消費されている」という意識はなかったです。でも、卒業後に「ここのブラバンの応援はすごい!」と、わざわざYouTubeに動画が上がっているのを知って、「こんなふうに見られていたんだ」と驚いた感じです。

B美 メディアでは、さも「その場にいる全員が勝利を願い、心を込めて応援している」かのように映されますよね。実際は応援している側も、いろいろなことを思いながらやっているわけですが。

A子 さっき話していたように、「暑くてしんどい」とか「このへんで負けないかな」って思っていたりもするのに、外野から「みんなが一体になって応援してる」「みんなが野球を楽しんでいる」という理想を押しつけられているというか。だから私は、いま高校野球の応援席を見ると、「この子たち、暑い中で長時間応援して、終わってから練習するのかな?」と思ってつらくなります(苦笑)。

B美 炎天下での応援は熱中症の危険もあるので、「ここまでやらなくちゃいけないの?」と疑問に感じたりもします。あと、チアの場合、応援のパフォーマンスよりもユニフォーム姿を消費されている側面もあり、写真や動画がネットで出回ったりもしているので、学校側はどう考えているのか、すごく気になりますね。

――甲子園の中止が発表された時、世間では「かわいそう」「やらせてあげたかった」といった声が多かったです。

A子 私は正直、「高校野球」について考えるタイミングができたという意味で、中止になってよかったんじゃないかと思います。吹奏楽コンクールもほとんど中止になってしまったようですが、これでようやく、自分たちだけのために楽器を演奏できるんじゃないかな、とも。それと、応援に行く本人たちも大変だけど、その親や関係者も毎年本当に大変そうだったので、内心ホッとしてる人は案外多いかもしれません。

B美 授業数の不足や受験への影響も懸念されている状況ですし、親御さんは安心していそうですよね。チアリーディングは、いつも夏に開催している大会を秋に延期したようですが、高校3年生の子たちはどうするのかな……。

 一方で、不完全燃焼になっちゃった子もいると思います。ただ、甲子園などの大きな大会を「中止になってかわいそう」なものにしているのは、大人たちですよね。10代の頃の経験が大事なのもわかりますが、残念ながら時間は戻らないし、今回のような不測の事態が起こることもある。「高校最後の夏」「二度とない青春」と神聖化して重みを持たせるのは、ますます彼らを苦しめることにならないでしょうか。

A子 その点、全国で代替の大会が行われているのはよかったと思います。でも、「かわいそう」はやめてほしいですよね。大人なら、「今回は残念だったけど、それだけじゃないよ」「まだまだ楽しいことが待ってるよ」と言ってあげるべきなんじゃないかなあ。

B美 高3で引退して卒業後はゆっくりするつもりだったのに、コロナ禍で引退試合を逃したことで、「これで終わるのは自分がかわいそう」あるいは「負けた」ような気がして、大学でも競技を続けなければ、と思わされる子もいるんじゃないか……とか考えちゃうと、複雑です。競技を純粋にやりたいならいいけど、メディアや大人によって植えつけられた「かわいそう」という思考回路で、競技に時間を費やすのは違うと思うし。

A子 高3の引退と同時にやめるのは、確かにキリがいいですよね。とはいえ、部活動で結果を残せても残せなくても、そこで人生が終わるはずもなく、10代が終わっても人生は続く。スポーツも音楽もなんでも、20代、30代、もっと大人になってから始めたっていいわけですし。大人たちが10代の子に向けて「10代の今が一番楽しい」「輝かしい時期は今だけだよ」と言うのは、よくないですよね。

B美 ぶっちゃけて言えば、10代の頃よりも大人になった今のほうが楽しいし、お金も自由もある(笑)。「やらせてあげたかった」気持ちもなくはないですが、「まだまだやりたいことをやっていいんだよ」と声をかけてあげたほうが、救われる人が多いんじゃないでしょうか。

甲子園は「感動ポルノ」? “頑張る高校生”として消費された、ブラバン&チア部が「中止でよかった」と本音対談

 新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、3月に開催予定だった「第92回選抜高等学校野球大会(センバツ)」中止に続き、8月の「第102回全国高等学校野球選手権大会」いわゆる「夏の甲子園」も中止となった、2020年の夏。7月以降、全国各地で代替大会が行われているほか、8月10〜17日には、センバツへの出場が決まっていた全32校による「2020年甲子園高校野球交流試合」が無観客で開催され、高校球児たちが汗を流していた。

 甲子園といえば、吹奏楽部やチアリーダーがアルプススタンドで応援のパフォーマンスを行う光景もおなじみになっているが、今年は無観客試合となり、現地での応援はなし。「応援団がいなくて残念」という声もあるが、実際にスタンドから高校球児を応援していた人たちは、どのような思いがあるのだろうか。今回は、元当事者たちに、リアルな実情や本音をぶちまけてもらった。

<座談会参加者>

A子:関東近郊の某公立高校、吹奏楽部出身
B美:地方都市の某私立高校、チアリーディング部出身

野球応援に“駆り出される”私たちのホンネ

――別々の部活に所属していたお二人ですが、「野球部を応援する」という同じ活動をしていたんですね。

A子 私が所属していた吹奏楽部は、顧問の方針もあって、高校野球の応援によく駆り出されていました。でも、炎天下での演奏は大変だし、自分たちだって大会の練習があるのに……と、正直モヤモヤする時もあったりして。

B美 私はチアリーディング部として、野球部の応援に行きましたね。当時はこれも活動の一つだと思っていたし、普段の練習よりラクっちゃラクだったので、それなりに楽しんでいたかな。でも引退してから、メディアが応援も含めて感動を煽るような取り上げ方をしていて、すっかり高校野球が苦手に……(笑)。

――今年は甲子園が中止になりましたが、各地で代替大会が行われていました。しかし、スタンドでの応援は自粛になり、SNSでは「応援がなくて寂しい」という声も見られます。一方、応援をする当事者からの声は、あまり表に出ません。

A子 応援に行くのが当たり前になっているので、本音では「行きたくねえ」と思っていても、大きな声では言いづらいです。うちの高校の吹奏楽部の場合、顧問が高校野球大好きで「みんなで行くぞ!」というテンションだったので、問答無用で応援に行かされていました。吹奏楽部のコンクールと日程がかぶったりしない限りは、原則全員参加で、「行かない」という選択肢はない。でも、自分たちだって夏にコンクールを控えているんです。野球部が頑張っているのもわかるけど、野球部が勝ち進むと自分たちの練習時間がなくなってしまうため、私は「この辺で負けてくれないかな〜」と思うことが結構ありました。

B美 ブラバンやチアって、高校野球の応援が「活動の一環」になっていて、「当然応援するもの」だと思いこまされていますよね。個人の気持ちはさておき、少なくとも建前としては、自分たちの学校のチームを応援する。でも、部活動の一環として強制的に応援させられている以上、内心「負け」を願うこともあります。

 私がいたチア部でも「負けてほしい」とこっそり言っている子はいました。「スタンツ(組体操)やダンスがやりたくて入部したのに、なんで野球の応援しなきゃいけないの?」って。生真面目でストイックな子ほど、疑問を抱いていた印象です。それでも、応援しているうちに感化されてくるというか、「演技で人を元気にする、応援するのがチアというスポーツ」だと日頃から顧問に言われていたので、だんだん積極的に応援するようになっていました。一方で、野球部が勝ち進めば進むほど、自分たちの練習時間が減ってしまうことも頭にはありました。夏はチアも大きな大会を控えていましたから。

A子 ぶっちゃけ、「あそこの高校は野球部強くないから練習できていいよな」って思ったりしていました(笑)。野球部が負けてくれれば、自分たちの練習に時間を費やせるのにな、と。

B美 わかります(笑)。しかも野球の試合って長いし、延長戦になると3時間以上かかっちゃったりもして、当然決着がつくまでやるから、終わりの時間が見えない。生理中の野球応援が本当につらかったのを覚えてますね。

A子 どんなに延長して試合終了が遅くなっても、私のいたブラバンは球場から学校に戻って自分たちの練習をしなければならず、それが一番嫌でした。ブラバンはブラバンで大会を控えているので練習しなきゃいけませんが、体が疲れているから、100%の力では練習できないし、効率も悪い。ずっと残業しているようなもので、実のある練習になっていたのか疑問です。野球部の人たちは、今ごろ家に帰ってクールダウンしてるだろうなって思いながら、こっちは練習……。不公平だなあって思っちゃいますね。

B美 野球部のスケジュールにかなり振り回されますよね。野球の応援が好きな子はいいけど、そうじゃなければ納得がいかないと思います。

――野球応援をしている時に「大変だな」と思うことはありますか?

B美 ブラバンの人たちは、試合の状況を見て「どの曲をやるか」を判断しなきゃいけないから、大変そう。場面によって演奏する曲が変わってくるじゃないですか? チアはブラバンの演奏する曲に合わせればいいですが。

A子 そうなんです。打者によっても曲が変わるし、ヒットの曲、ホームランの曲と、場面によって演奏する曲が決まっていて、常に試合を見ている必要がありました。あと、「演奏してはいけない時間」っていうのがあって。たとえば、選手たちが集まって指示を受けている間は、絶対演奏しちゃいけないんですよ。なぜならば「うるさいから」。じゃあブラバン呼ぶなよ(笑)!

B美 いやいや、何様だよ……って感じですね。

A子 どのくらいうるさいんだろうと思って、野球部に聞いたことがあるんですけど、どうやら本当に迷惑らしくて。ブラバンの顧問は「迫力のある応援をすることで、相手チームにプレッシャーを与える」とか言っていましたが、実際は自分たちの学校の野球部にとってもプレッシャーだったみたいです。満塁になった時や、逆転できそうな時に演奏する曲もあるんですが、「その曲が流れると緊張するからやめてほしい」と言われましたからね。それからというもの、「応援」という行為自体が一方的なものである、ということを忘れないようにしようと思ってます。

――逆に、応援していて「楽しいこと」はありましたか?

B美 入部当初は、チアのユニフォームが着られることだけでうれしかった気がしますね。応援うんぬんより、「自分がチアリーダーになれた」と実感することが重要でした。私の場合、当時はチア部のある高校自体が珍しかったし、チア部であるという事実が自分の中でアイデンティティになっている部分もあって。他校の友達に「チアは野球の応援とかできて楽しそう」とかうらやましがられると、うっすら気分がよかったり。

 そういう意味では、正直なところ、本心から野球部を応援しているわけではなく、自分のアイデンティティを確認するための活動の一つだったんだと思います。だんだん試合が面白くなって、多少は気持ちが入るようになりましたが……。冷静に振り返ると、野球部が勝ち進むことのうれしさは、自分のアイデンティティを確認する機会が増えたからだったのかもしれません。でもそれって、チアの大会に出場した時にも得られていたし、「野球の応援」だからこそ得られるものってわけではないかなあ。

A子 私は自分の知っている子が試合で活躍している時ぐらいじゃないと楽しくなかったですね(笑)。1年生の頃は同級生も出ていないし、試合を見ていても正直よくわからないし、別に楽しくない。そのくせ暑い中での演奏はすごく大変。だから、1、2年の時は全然楽しくなくて、3年になってようやくクラスメイトが選手として出るようになり、応援する気持ちになりましたけど。

B美 逆に「応援が楽しくて仕方ない!」という感じの子もいましたね。まあ、チアは「笑顔」で応援するというスポーツなので、試合会場でも明るく元気に振る舞わなければいけないのですが……。感極まって涙目になっている子もいたなあ。

A子 自分の学校が負けて泣いている子もいましたね。そんな中、私は周りが泣いていると、どんどんしらけて「やれやれ終わった」と……。うちの高校の場合、一番楽しんでいたのは顧問の先生だったと思います(笑)。

――ブラバンやチアは野球の応援に行って当たり前とのことですが、野球部が大会の応援に来ることはあるんですか?

B美 チアの大会に、野球部が来たことはなかったですね。野球部が今、どのくらい勝ち進んでいるのかはみんな知ってたけど、チアの大会についてはほとんど知られていなかったかも。

A子 ブラバンの場合、定期演奏会だけは来てくれましたが、野球部が吹奏楽コンクールを見に来たという話は聞いたことがないですね。「お前らも来い」と言いたいわけではないですが、「野球部を応援するのは当然」だと本人たちも思っていることを、如実に表しているような気がしてしまいます。

B美 高校の運動部は硬式野球部だけじゃないのに、なぜか「高校野球」だけは応援に行こうという雰囲気になっていますよね。特に甲子園出場校が決まる夏の地方大会は、そこまで強い学校じゃなくても、一応応援には行くというか。

A子 ほとんど“学校行事”みたいな扱いですよね。私の学校は部活動に力を入れるのもあってか、野球部のレギュラーの子が授業中に寝ていても、先生が「こいつ頑張っているし、まあしょうがないか」みたいな感じで、明らかに特別視していました。

B美 友達の高校では、野球部だけ掃除が免除されていたそうです。私の高校はむしろ、運動部はやたら共用スペースの掃除を担当させられていたし、世の中には素手でトイレ掃除をやっている強豪の野球部もあるというので、一概には言えませんが。

――話を聞いていると、「高校野球」はずいぶんと甘やかされているというか、何かにつけ特別扱いされている印象です。

B美 今振り返ると、そういう面はありましたね。私の地元の新聞では、夏の地方大会シーズンになると、強豪校のみならず、地方大会に参加する野球部の一覧表が掲載されるんですよ。キャプテンの顔写真や抱負、ベンチ入りした選手の名前や出身中学、身長まで載っていました。地元密着型の地方紙とはいえ、アマチュアスポーツである部活動で、予選の段階からそこまで取り上げられるのは高校野球くらいじゃないですかね。

A子 学校内だけでなく、メディアも高校野球だけは特別枠として取り扱いますよね。なんでだろう、不思議。

B美 その甲斐あってか、確かに注目度は高くて、自分の地元ではどの高校が甲子園に行くのか、自分の母校がどこまで勝ち進んだのか、熱心に追っている人がたくさんいましたね。じゃあ、そういう人が普段から野球好きかといえば必ずしもそうではなくて、「高校野球」「甲子園」というコンテンツを消費しているんだろうなと。

A子 「高校野球」がいかに消費されているかは、高校野球と無関係の立場になって、外から俯瞰して見るとよくわかりますよね。『熱闘甲子園』(テレビ朝日系)なんかで負けたチームの選手たちが泣いている姿がやたら映されるのは、「感動ポルノだなあ」と思うし。

B美 試合前の中継で、選手たちが円陣を組んでいる場面が映されて、キャスターが「さっきマネジャーの女の子に聞いたんですけど、今年のチームは何回も円陣を組んでいるそうです。バラバラになりそうな心を一つにするために……」と、心揺さぶるような説明をしていたのを見たことがあります(笑)。高校サッカーの中継でも、敗退したチームの選手たちが号泣して、そんな彼らを監督が𠮟咤激励する場面を見ましたけど、“感動的なシーン”を見せまくって、酔いやすいようにプログラムされているんですかね。

A子 むしろ、試合そのものよりも“感動的なシーン”がメインになっていますよね。男泣きする選手や監督、献身的な女子マネジャー、円陣を組む様子、スタンドで応援するチアリーダーばかりを映して、わかりやすく美しい物語に仕立て上げる。でも、高校球児たちはいいプレーをしたり、試合に勝つために練習を頑張っているわけで、泣いてる場面なんか見てほしくないんじゃないかな。自分だったら、めちゃくちゃかっこいいプレーをしたところだけ映してくれよ、と思いますけど。

――甲子園のテレビ中継では、「炎天下で健気に応援する高校生」として、吹奏楽部やチアリーダーも「感動ポルノ」に巻き込まれているように思います。当事者たちも、自分たちが注目され、消費されている意識はあったのでしょうか?

B美 注目されているという意識はありましたね。チアはユニフォームがどうしても目立つため、野球の応援に限らず、そこにいるだけで良くも悪くも注目されてしまうことは、わかっていました。ただそれはどちらかというと「エロ目線で見られてしまう」「性的消費される」という意味合いで、「感動ポルノ」の対象にもなっていたことは、競技を離れてから気づきました。

A子 私も当時は演奏することに必死で、「注目を浴びている」「消費されている」という意識はなかったです。でも、卒業後に「ここのブラバンの応援はすごい!」と、わざわざYouTubeに動画が上がっているのを知って、「こんなふうに見られていたんだ」と驚いた感じです。

B美 メディアでは、さも「その場にいる全員が勝利を願い、心を込めて応援している」かのように映されますよね。実際は応援している側も、いろいろなことを思いながらやっているわけですが。

A子 さっき話していたように、「暑くてしんどい」とか「このへんで負けないかな」って思っていたりもするのに、外野から「みんなが一体になって応援してる」「みんなが野球を楽しんでいる」という理想を押しつけられているというか。だから私は、いま高校野球の応援席を見ると、「この子たち、暑い中で長時間応援して、終わってから練習するのかな?」と思ってつらくなります(苦笑)。

B美 炎天下での応援は熱中症の危険もあるので、「ここまでやらなくちゃいけないの?」と疑問に感じたりもします。あと、チアの場合、応援のパフォーマンスよりもユニフォーム姿を消費されている側面もあり、写真や動画がネットで出回ったりもしているので、学校側はどう考えているのか、すごく気になりますね。

――甲子園の中止が発表された時、世間では「かわいそう」「やらせてあげたかった」といった声が多かったです。

A子 私は正直、「高校野球」について考えるタイミングができたという意味で、中止になってよかったんじゃないかと思います。吹奏楽コンクールもほとんど中止になってしまったようですが、これでようやく、自分たちだけのために楽器を演奏できるんじゃないかな、とも。それと、応援に行く本人たちも大変だけど、その親や関係者も毎年本当に大変そうだったので、内心ホッとしてる人は案外多いかもしれません。

B美 授業数の不足や受験への影響も懸念されている状況ですし、親御さんは安心していそうですよね。チアリーディングは、いつも夏に開催している大会を秋に延期したようですが、高校3年生の子たちはどうするのかな……。

 一方で、不完全燃焼になっちゃった子もいると思います。ただ、甲子園などの大きな大会を「中止になってかわいそう」なものにしているのは、大人たちですよね。10代の頃の経験が大事なのもわかりますが、残念ながら時間は戻らないし、今回のような不測の事態が起こることもある。「高校最後の夏」「二度とない青春」と神聖化して重みを持たせるのは、ますます彼らを苦しめることにならないでしょうか。

A子 その点、全国で代替の大会が行われているのはよかったと思います。でも、「かわいそう」はやめてほしいですよね。大人なら、「今回は残念だったけど、それだけじゃないよ」「まだまだ楽しいことが待ってるよ」と言ってあげるべきなんじゃないかなあ。

B美 高3で引退して卒業後はゆっくりするつもりだったのに、コロナ禍で引退試合を逃したことで、「これで終わるのは自分がかわいそう」あるいは「負けた」ような気がして、大学でも競技を続けなければ、と思わされる子もいるんじゃないか……とか考えちゃうと、複雑です。競技を純粋にやりたいならいいけど、メディアや大人によって植えつけられた「かわいそう」という思考回路で、競技に時間を費やすのは違うと思うし。

A子 高3の引退と同時にやめるのは、確かにキリがいいですよね。とはいえ、部活動で結果を残せても残せなくても、そこで人生が終わるはずもなく、10代が終わっても人生は続く。スポーツも音楽もなんでも、20代、30代、もっと大人になってから始めたっていいわけですし。大人たちが10代の子に向けて「10代の今が一番楽しい」「輝かしい時期は今だけだよ」と言うのは、よくないですよね。

B美 ぶっちゃけて言えば、10代の頃よりも大人になった今のほうが楽しいし、お金も自由もある(笑)。「やらせてあげたかった」気持ちもなくはないですが、「まだまだやりたいことをやっていいんだよ」と声をかけてあげたほうが、救われる人が多いんじゃないでしょうか。

佳子さま、ご結婚はしばらくない!? ICU卒業後に進学も就職もせず……「不自然な状況」「暇を持て余してる」と皇室ウォッチャー談

 2019年に、国際基督教大学(ICU)を卒業された秋篠宮家の次女・佳子さまの“進路”に、国民の関心が集まっている。佳子さまは、卒業後、特に進学も就職もしていない状況で、週刊誌では、就職先に関するウワサが飛び交う一方、「結婚が近いのでは?」との話も聞こえてくる。今回、皇室ウォッチャーX氏に、佳子さまの進路問題に関する見解をお聞きした。

――佳子さまがICU卒業後、進学・ 就職をしていないことについて、率直にどのように思われますか?

皇室ウォッチャーX氏(以下、X) 少し物足りなさを感じています。というのも、近年の成年皇族方のほとんどが、民間の団体に就職されているからです。例えば、眞子さまは博物館「インターメディアテク」の客員研究員、高円宮家の承子さまは日本ユニセフ協会の常勤嘱託職員、上皇ご夫妻の長女である黒田清子さんは降嫁するまで山階鳥類研究所で非常勤の研究員として勤めていました。学校を卒業した後の皇族方は、ご自分の興味のある分野を研究するために、何かしらの団体に所属するのが近年の傾向ですね。

――成年皇族方には「進学・就職しない」という選択肢はないのでしょうか。

X いえ、決して、大学卒業後に大学院に進学したり、留学や就職をしなければならないわけではありません。しかし、佳子さまは現在、時間を持て余されているように思います。学生時代の皇族は学業が優先なので、公務は土日だったり、余裕のある時にだけ取り組まれるケースがほとんどです。公務をまったくやらなくても問題ありません。ただ、大学を卒業された皇族方は、両陛下のように連日の公務や執務、宮中祭祀などの大切な仕事があるわけでもなく、ましてや、就職や研究活動もおやりになっていないのなら、基本的に暇を持て余すので「お住まいでどのようにお過ごしなのか?」という疑問は当然挙がってくるでしょう。

――週刊誌では、佳子さまは「パフォーマンス団体」や「フラワー業界」に就職されるのではないかとウワサされています。皇族が演者としてパフォーマンスを披露したり、 店頭でお花を販売するなどは想像できないのですが……。

X 例えば、ダンスや演劇を披露するパフォーマンス団体に就職すると想定するならば、佳子さまが演者になって観客の前に現れることはないでしょう。それはフラワー業界でも同様で、店頭でお花を販売する可能性はかなり低い。というのも、どの団体や企業に就職しても、表立った行動を取ると、“広告塔”として利用されてしまう可能性があるからです。「皇族がいる団体だから資金援助しよう」という輩も必ず現れますし、時には政治的に利用されることもあるかもしれません。ですので、もしいずれかの団体に所属したとしても、ほかの皇族方と同じく、事務などのデスクワークを担われるかと思います。

――佳子さまが進路に悩まれているなどのお話はお聞きになったことはありますか? またご両親が佳子さまの進路に関して、希望されていることはありますか。

X そもそも、 佳子さまの進路に関してのお話を聞いたことがありません。一部では、姉の眞子さまと同じように大学院に進学されたり、海外への長期留学が既定路線だろうという報道はあったかと思いますが、ICUを卒業されてからもうすぐ1年半を迎えようとしている中で、進路についてのお話がまったく出てこないのは、かなり不自然な状況でしょう。一方、ご両親は自由を重んじる傾向があるので、佳子さま本人にやりたいことがなければ、とりあえずは内親王としての公務をこなせばいいとお考えになっているのではないでしょうか。

さわやか系イケメンの“彼氏”の存在も

――佳子さまにはここ最近、近くご結婚されるのではないかとも、ささやかれています。

X 確かに、佳子さまの交際男性に関する週刊誌報道が相次いでいますね。ICU在学時代の留学先のイギリスで一緒だった、理系大学出身のさわやか系イケメンとのことです。さらには、現在も延期中である眞子さまと小室圭さんの結婚問題が決着次第、佳子さまも続いて結婚する可能性があるとも伝えられています。ただ、それ以上の詳細な情報はなく、決定的なツーショットなどもないので、単なるウワサ話なのかもしれません。どちらにせよ、現在のコロナ禍でデートされることもないでしょうし、すぐに結婚するということもないので、 今後しばらく動きはないと思いますよ。

甲子園中止、今だから言える“チアリーダー”のホンネ……「男子の応援」に駆り出される女子が抱える、密かな葛藤

 新型コロナウイルス感染拡大のため、今年は「全国高等学校野球選手権大会」が中止に。球児たちから悲しみの声が上がる一方で、応援席から彼らに声援を送る人たちは、いま何を思うのだろうか。チアリーダーとして活動した経験のある冷田夏子さんに寄稿していただいた。

 今年は新型コロナウイルスの影響で中止になってしまったが、毎年この時期は「全国高等学校野球選手権大会」、いわゆる「夏の甲子園」の真っ最中だ。甲子園出場ともなれば、学校側の「応援」にも俄然気合が入る。

 率先して「応援」することを期待される存在といえば、応援歌でスタンドを盛り上げる吹奏楽部、そしてチアリーダーたちだ。「チアガール」と呼ばれたりもする。甲子園の主役は言うまでもなく高校球児の男子たちだが、インターネット上にはなぜか「甲子園チアガール特集」「美人チアリーダーまとめ」として、毎年、“応援する女子”の写真や動画が多数アップされ、消費されている。

「女子だけ」が当たり前になっているスポーツ・チアリーディング

 私も高校・大学時代に「チアリーダー」を経験した。ただし、私が所属していたのは「チアリーディング」という競技がメインの部活動。チアリーディングはスタンツと呼ばれる組体操をはじめ、モーションやダンス、タンブリング、ジャンプなど、オールマイティーな技術が求められる、ハードなスポーツだ。筋トレもするし、練習は厳しい。一方で、野球部、サッカー部、ラグビー部などの大会があれば、「応援」に駆り出された。

 高校、大学とも共学でありながら、私が所属したチアリーディング部は、どちらも部員は女子のみ。そもそも、チアリーディングの競技人口は女子が圧倒的に多く、大多数のチームが女子のみで編成されている。しかし、チアリーディングは女性限定のスポーツではなく、男女混成でチアリーディング競技を行う大学や社会人チームもかなり前から存在している。2010年に刊行された朝井リョウの小説『チア男子!』(集英社)は、早稲田大学の男子チアリーディングチームをモデルに書かれた作品だ。とはいえ、「チア男子」というタイトルが成り立つこと自体、チアリーディングは女子のスポーツであり、男子は異質な存在であることを具現化しているようにも思う。

 現役時代、男女混成の社会人チームと合同練習をしたことがある。男子によるスタンツは安定力が凄まじく、男子がいることでよりダイナミックな演技ができるのだと感じた。大会でも、男女混成チームの演技にはいつも圧倒されていた。一方で、自分自身が所属する部では「女子だけ」であることを当たり前に受け止め、男子部員の加入を現実的に検討したことは一度もない。なぜか「男女混合でやりたいなら、社会人になってから入ればいい」という考えがあったように思う。

「チアといえば、ミニスカートの女子」という世間のイメージ

 少女たちは、なぜ「チアをやりたい」と思うのか。そこにどんな欲求があるのかは、きっと人それぞれだ。ユニフォームも含め、見た目の「華やかさ」や、「これをやっているとチヤホヤされそう」という予感、あるいは「女子っぽい感じ」に惹かれて、またあるいは「野球やサッカーの応援がしたい」「モテたい」からチアを始める子もいるだろう。逆に、アクロバットなスタンツやキレのあるダンスに惹かれ「やりたい」と思ったけれど、ユニフォームのミニスカートに抵抗を覚え、躊躇した子もいるかもしれない。

 私が所属していたのは、大会上位を狙い、チアリーディングという競技に熱心に取り組む“ザ・体育会系部活動”の世界だったため、入部動機として「チヤホヤされたい」「女子っぽい感じに惹かれた」と大っぴらに話す子はいなかった。そのような入部動機は、顧問やコーチ、先輩たちからまず歓迎されないし、さらに10代の頃は、自分に「チヤホヤされたい」欲求があると直面化すること自体しんどかったりもする。もし、「どうしてチアを始めたの?」と人に聞かれたら、「楽しそうだったから」「先輩がかっこよかったから」などと無難に答えればよく、これらの答えも決して嘘ではないだろう。

 このように、私たちの間では、始める動機からして「チア」には明確な区別があり、目指す方向も違う。しかし、野球やサッカーの試合会場でポンポンを振って声援を送る「チア」であれ、スタンツなどでアクロバットな技を決める「チア」であれ、多くの場合、女子のユニフォームとして取り入れられているのは「ミニスカート」だ。老若男女問わず、「チアといえば、ミニスカートの女子」というイメージが先行している人もいるだろう。

 00年代から10年代にかけて、チアリーディングという“競技”が広く知られるようになった。しかし、甲子園を含む大会の場では、チアリーダーに「女子が男子を元気づける」役割のようなものを期待され、性的に消費されたりもする。「ミニスカート」が当たり前になっているのは、果たして動きやすさなのか、それとも“役割上”そうするのが適切だと思われているのか。これはどちらも正解だと思う。

 では、チアリーダー本人にそのような視線が向けられている意識があるかというと、私の知る限り、一応は「ある」。「ある」けれど、わりと無頓着だった。「女子だからそのように見られる」「女子だからそのような期待がされる」というよりも、ユニフォームがミニスカートであることから「チャラそうに見られてしまう」という意識のほうが強かった印象で、また、活動する上での「弊害」というほどの問題意識はなかったように記憶している。

 高校では、チアリーディング経験のある女性教員が顧問を務め、指導にあたっていたのだが、顧問からは「“チアの子”はどうしても目立つし、チアをよく知らない人は、短いスカートでポンポン振っていてチャラそうに見られることもあるから、誤解や偏見を受けないためにも、練習だけでなく日頃の振る舞いにも気をつけるように」と、口を酸っぱくして言われていた。“チアの子”は遅刻せず、授業に真面目に取り組み、校則を守り、教師に口答えをするな、ということだ。

 一方で、「性的視線」に晒されてしまう可能性に言及することは滅多になかった。社会人スポーツの応援を依頼されてスタジアムに出向いた際、「万が一、変なおじさんとかいたら教えてね」と言われた程度だ。顧問や学校側も、“チアの子”たちが「性的視線」に晒されることよりも、「チャラそうに見られる」ことを危惧していたのだろう。

 大学時代も、チアリーディング仲間の間で、自分たちが「性的視線」に晒される可能性について、話題になることはほとんどなかった。「チャラそう」と誤解されがちという意識は多少なりともあったが、その打開策は「すごい技やって、“チアガール”とか馬鹿にしてくるやつを黙らせよう」「馬鹿にしてくる人は相手にするな」といった、体育会系にありがちな手法だった。そもそも、チアリーダーたちへの「誤解」を生む要因は一体どこにあるのかと考えたり、議論したりということ自体なかった。練習はハードで上下関係も厳しく、無意味としか言いようがない規則に縛られ、そのようなことを議論する余裕もなかったからだと思う。

 ちなみに、私たちの間で「チアガール」とは、チアリーディングのことをわかっていない人がバカにして使う“侮蔑的な造語”という認識で、とにかく「黙らせる」という反骨精神に火をつけた。

 今は私の現役時代よりも、さらにネットが発達した。また、2000年代から「競技としてのチア」が知られるようになり、「応援」より「競技」としてのチアを志す子も増えているという。一方で、ネット上で「チア 甲子園」と検索すると「美女チアガール」という言葉がいくつも見られ、「チア」が性的消費コンテンツとして扱われる側面があることは否めない。

 今も世間的には、「チア」というと競技よりも応援のイメージが強く、「女子っぽい雰囲気」が強いとすれば、少なくとも「競技チアに携わった経験のある人たち」と、「チアについてよく知らない人たち」の間には、認識に大きな乖離があるのだろう。そして、どれだけ「アクロバットを駆使したすごい技」を決めようが、大会で優勝しようが、「女子」「チアガール」という目線で見ている人の誤解や偏見を払拭するのは、簡単ではない。

 簡単ではないが、しかし、誤解や偏見に対して、「相手にしない」「スルーする」という手段も得策ではない、と今なら思う。誤解や偏見を持つ側は、「相手にしてこない」「何も言わない」という態度を、「言い返せないということは、やっぱりチアはチャラいんだ」「誰も文句を言わないから、性的に消費されても嫌がっているわけじゃない」と都合よく捉えられる可能性だってある。

 もし、できることがあるとすれば、身近なところから誤解や偏見を解いていくことだろう。もしチアについて「女子っぽい」「チャラそう」と印象を語られたり、「モテたくてやってるんでしょ?」「男にチヤホヤされたいの?」と聞かれて嫌な気分になったら、「いや、違う」と言葉で説明するのだ。華やかそうに見えるが、実際は地道な練習を重ねなければ良い演技はできないこと、練習中はケガをするリスクもあり、ふざけてなどいられないこと、私たちは自分のためにチアをやっているということを。

 高校時代、チアリーディング部に入ったことを友達や親戚を話すと、「応援するんでしょ? なんか楽しそうでいいな」「ミニスカ穿くんでしょ? 男子にモテるんじゃない」といった反応が返ってくることもあった。しかし、私が連日ハードな練習を行っていることを知っていくうちに、「大変なんだね」「かっこいいね」と見方が変わった人も確かにいた。

 どれだけ言葉を尽くしたところで「チアガール」と呼んで侮蔑する人がすぐにいなくなるわけではないが、チアに関わったことのある私たちが、チアとはどんな競技であるのかを伝え続けていくことに意味があると思う。甲子園が開催されない今年の夏は、一度立ち止まってこれまでの「当たり前」を考えるいいチャンスではないだろうか。
(冷田夏子)

日テレ『バンキシャ!』で現地取材に「お触れ」が……コロナ禍で取材ができない報道現場のジレンマ

 5月25日の緊急事態宣言解除から2カ月が過ぎた今、東京都を中心に再び感染者が増加し始めた新型コロナウイルス。各局テレビ番組ではソーシャルディスタンスに配慮し、リモート出演はもちろん、スタジオ収録では出演者同士が間隔を空け、間に透明なアクリル板を設置するなど、感染防止策が取られている。一部の番組では、マスクを着用し、距離をとって取材対象者にアプローチしながら外出ロケを再開しているが、テレビ局関係者によれは、「現場では想像以上の困難が存在している」という。

 6月中旬、筆者は日本テレビの報道部に所属する知人から電話を受けた。同局の報道番組『真相報道 バンキシャ!』を担当しており、新型コロナウイルス感染拡大の元凶ともされている「夜の街」で働くキャバクラ嬢やホストにインタビューを取りたいというのだ。

 その知人とは長い付き合いだが、筆者はテレビ局に取材対象者を紹介することは避けているために依頼を断り、「自腹でキャバクラに行ってはどうか」と提案すると、言いにくそうに話し出した。

「“感染の危険がある現場には取材に出かけないように”とのお触れが出ているんです。そのため、コロナ関連の取材は、ほとんど現場に行くことができていません」(同)

 7月に入り、都内を中心に再び感染が拡大する中で、筆者も仕事を依頼されている出版社から、取材に出かけるのをストップされるケースが多い。とりわけ「今はやめて」と止められるのが地方取材である。

 今月16日、熊本県などを襲った九州豪雨を取材するために、神奈川県から現地を訪れた時事通信社のカメラマンが、新型コロナウイルスに感染していたことが報道された。地方では、感染者数が増加している東京からの来訪者には厳しい目が向けられる。時事通信の例に限らず、感染者がテレビ、新聞、出版社などマスコミ関係者であれば、社名も一緒に報じられてしまう可能性が高く、万が一、職場でクラスターが発生してしまった場合は、業務が完全にストップするだけでなく、世間からは大きな批判を浴びることになるだろう。編集者も、そこまでリスクを背負うことはできないというわけである。

 筆者としても、コロナの感染対策がテーマでもない限り、地方の取材は避けざるを得ない状況だ。どんな取材でも、現地で事前に連絡した人物にだけ、数時間話を聞いて終了……なんてことはまずない。滞在中に街ですれ違った人や、飲み屋で出会った人に話を聞いたりして、現地取材を行っていく、そういうものだ。

 しかし、地方のコロナ感染者の状況を見ると、そのほとんどは「東京に出かけて」「東京から来た人が」という事例である。そんな状況で「東京から来ました」と取材に出かければ、白い目で見られることは明らかだろう。

 先日、現地訪問を先送りしている仕事の担当者と話していたら、こんなことを言われた。

「どうしても、今取材に来ないと締め切りに間に合わないということなら止めませんが……いつものような対面取材はやめて、風景とか雰囲気を見るだけにしてくださいよ……」

 そう言いながら、「……なんて、無理ですよね?」という顔で筆者を見るのだった。

 筆者は、5月の緊急事態制限解除後に岡山県を取材で訪れているが、その時思ったのは、地方では想像以上に“よそ者”が目立つということ。岡山市は人口70万人の都市で観光客も多いが、少し田舎に行くと、部外者は圧倒的に目立つ。とても「東京から取材で来ました」とは言えない状況だった(筆者は岡山出身のため、ずっと地元民のふりをしていた)。

 誰もがウイルスに感染する可能性を持つ中、特に地方取材は困難となっていると感じる昨今、取材陣は頭を悩ませている。

Go To トラベル開始、大都市からの旅行者の本音――「東京はコロナから逃げられない牢獄」「感染の危険感じない」

 迷走状態のまま、4連休とともにスタートした「Go To トラベルキャンペーン」。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う外出自粛により、大きな打撃を受けた国内の観光業や飲食業などの事業者支援を目的として政府が打ち出したこの施策は、4月に実施が決まり、8月上旬から開始が予定されていた。

 その後、政府は7月23日からの4連休に合わせて開始日を7月22日に前倒しすると発表するも、東京を中心に再び感染者が増加していることから、飲食や旅行などの消費喚起を促すキャンペーンの実施に世間から反発の声が続出。これを受け、政府はキャンペーン開始直前の今月17日に、東京都内を発着する旅行や、都民の利用は対象外にし、これによって発生するキャンセル料金は補償しないと表明。しかし、今度は旅行業者から批判の声が相次いだため、政府は20日、キャンセル料金を補償することを決定した。

 そうして22日にキャンペーンがスタート。新型コロナウイルス感染者数は連日過去最多を更新する中、全国の観光地では観光客の姿が見受けられるようになっているという。直前に制度が見直されたことで「見切り発車」といった批判も多いGo To トラベル事業だが、観光産業にとっては、まさに進むも地獄、戻るも地獄という状況。たとえ感染のリスクがあったとしても、「観光客には来てもらわないと困る」というのが実情であろう。

観光産業の現状は……奇妙な雰囲気が漂う京都の街

 去る6月、筆者は観光客の失われた状況を取材しようと京都を訪れた。訪れるにあたってまず驚いたのは、ホテルの宿泊価格だ。筆者がいつも利用している四条烏丸のビジネスホテルは、ここ数年、価格が上昇する一方。狭い部屋でも平日で1泊1万円前後が当たり前になっていた。それが、コロナ禍によって価格は大幅に下落し、1泊3,000円程度に。ホテルの従業員も「今までで、最も安い価格です」と言うほどそれでも、「客足が戻ってくる雰囲気はまったくない」という。

 とにかく、京都の雰囲気は今まで感じたことがないほど奇妙なものだった。なにしろ、コロナ禍によって京都の街は、世界各国から観光客が訪れる古都から、地元民しかいない地方都市へと様変わりしていたのだ。河原町あたりの繁華街は、地元民でそこそこ賑わってはいるものの、観光客ゼロの光景は明らかに異様だった。

 観光客向けのエリアに足を運べば、その落ち込みぶりは目の当たりにできた。昨年まで、アジアからの観光客で足の踏み場のなかった錦市場は、営業している店も少なく、あちこちに「長期休業」の貼り紙がある。人気アーケード街・新京極あたりでも、地元民向けの店はまだ賑わいがあるものの、土産物屋は閑古鳥が鳴いていた。

 ほかにも様子を見ようと清水寺に足を運んだところ、さらに驚きの光景があった。これまで、何度も訪れている清水寺の参道。ここで商売をしていれば絶対に潰れることなどあるまいと思っていた商店が、ことごとくシャッターを下ろしているのだ。わずかに開けている店も、店員が虚空に向かって呼び込みをしていたり、「マスクあります」の貼り紙があったり……。もはや、Go To トラベルでもなんでも、とにかく人に来てもらわねばというのが本音だろう。

 とはいえ、Go To トラベルに関しては、感染に気をつけながら旅行を楽しむか、感染リスクがある中で旅行なんてとんでもないと考えるか、人々の意見は二分しされている。特に、旅行に否定的な意見はSNSなどでもよく見受けられるが、意外に見えてこないのは、実際に旅行に出かけている人の意見だ。

 一体、感染リスクを背負ってまで旅行に出かける理由は何なのか。Go To トラベルによる混雑を前に、岩手県を除いた東北地方を旅行してきたという男性は、次のように話す。

「行き帰りの新幹線を除けば、感染の危険性はさほど感じません。なにしろ一人旅ですから、人に接触する機会はほとんどありません。食事も黙ってとりますし、会話らしき会話をするのは、宿の受付の人くらい。濃厚接触なんてまったくありませんよ」

 この間、東京を離れて地方を旅して来た人たちが一様に話すのは、東京や大阪などの大都市圏と地方の状況差である。

「地方でも人混みではマスクをしていないとひんしゅくを買います。でも、人通りの少ないところでは外している人も多く、賑わっている地方都市の繁華街でも、東京ほど3密状態になるなんてことはほとんどありません。東京に暮らして働いているだけで、どれだけ感染のことを考えて緊張を強いられているのかに気づきました」(同)

 こうした落差は、この間の地方取材で筆者も感じている。なにしろ、だいたいの地方都市は車社会のため、道を歩いている人自体少ない。まず、人口が少ないので人通りもまばらで、マスクを外していたとしても、白い目で見られないだろうエリアも多々ある。

 つまり、感染の少ない地域は感染拡大が止まらない大都市圏からはある意味“楽園”のように見えているわけだ。Go To トラベルの東京除外でキャンセルしたものの、地方のリゾート地を家族旅行する予定だったという男性はこんな話を。

「感染する、させるのリスクは常にありますが、濃厚接触するのは家族くらいでしょう。ここまで感染が拡大するとわかっていたら、1月の時点で家族を地方の実家へ避難させていましたよ。東京で生活するのは、もはやコロナから逃げることもできない牢獄にいるような気分です。感染のリスクはありますが、数日でもコロナの恐怖から逃れないと、正直気が変になりそうです」

 壊滅した観光業界にとっては、少しでも収益を取り戻すべく藁にもすがる思いのGo To トラベル。一方、これを利用して旅行する人たちは、たとえ一時的でもコロナの恐怖から逃れようとしているのも事実。感染防止対策を徹底した上での旅行は、心の安寧を得るための一つの手段なのかもしれない。