映画評論家の町山智浩氏に新作洋画を語ってもらうインタビューの後編。町山氏の著書『「最前線の映画」を読む』(インターナショナル新書)の中でも白眉といえる遠藤周作原作、マーティン・スコセッシ監督の『沈黙-サイレンス-』(16)にまつわるエピソード、ハリウッドの「♯Me Too」運動、さらには多忙を極める町山氏のこれからについても聞いてみた。
──『沈黙-サイレンス-』は若い司祭ロドリゴと棄教した元司祭フェレイラをめぐる歴史ドラマですが、360年前の2人の関係にスコセッシ監督とその師エリア・カザン監督の関係が投影されているという町山さんの指摘にはハッとさせられました。
町山 スコセッシは赤狩りの際にハリウッドで裏切り者扱いされたエリア・カザンの名誉を回復させようと、ずっと頑張ってきた人です。『沈黙』の脚本も、最初はエリア・カザンの息子に脚本を書かせようとしたんです。でも、残念なことにカザンの息子の書いた脚本はいいものには仕上がらなかった。
──よかれと思って、カザンの息子に仕事を振ったら、逆に大変なことに?
町山 結局、『沈黙』の脚本は別の人が書いて、スコセッシ自身がかなり手を加えることで完成したんですが、カザンの息子からスコセッシは訴えらえてしまいました。裁判にスコセッシは勝ったんですが、カザンのためを思ってやったことが逆の結果を招いてしまったというね。非常に残念なエピソードなんですが、そのことでスコセッシがカザンのことをずっと想っていたことが分かったんです。
──『沈黙』の主人公のように、スコセッシも葛藤を抱えていたわけですか。
町山 そういうことですね。もともと『沈黙』はクリスチャンだった遠藤周作が、イエズス会から破門されたままだったロドリゴの名誉を回復させようと小説にしたものでした。でも遠藤周作が書いた『沈黙』を当時のカトリック教会は認めず、禁書処分にしてしまった。逆効果になってしまったんです。それが今回、スコセッシが映画化し、ヴァチカンで上映され、ようやくロドリゴの名誉が360年ぶりに回復したわけです。僕も長崎で殉教者たちを悼む碑はいろいろと見たのですが、信仰を棄てて生き延びた人たちを慰めるものは何もなく、ずっと背教者のままなんです。だからスコセッシは歴史的に見ても、大変なことをやり遂げたんです。
──すごい! 宗教や法律が救えなかった人を映画が救ったんですね。
町山 日本もそうですが、米国も含め、世界はどの国もダメ人間には厳しいじゃないですか。映画だけですよ、ダメな人間に優しいのは。映画は多くのダメな人たちを救ってきた。だから、僕は映画が好きなんだと思うんです。僕は『ゴジラ』(54)が大好きで、もう何百回も観ていますが、何万人もの人を殺したであろう怪獣ゴジラに対して、志村喬だけはゴジラを殺すことに反対するんです。ゴジラを救おうとする志村喬の想いに加担できるのは、映画だけでしょう。これがTVドラマだと、すごく叩かれると思います。大量殺戮者であるゴジラに同情するなんて、とんでもないと。映画だけですよ、犯罪者に共感をこめて描くことが許されるのは。
──映画の主人公が品行方正な人間ばかりだったら、息が詰まります。我々の行き場所はどこにもなくなってしまう。
町山 そうですよ、どこにも逃げ場所がなくなってしまう。それでも最近は映画も叩かれるようになってきています。「ヤクザ映画なんて許せない」とか言い出す人がいる。『ラ・ラ・ランド』(16)の叩かれ方もひどかった。主人公の女の子エマ・ストーンはジャズ奏者のライアン・ゴズリングを捨てて、金持ちと結婚するんですが、「あの女はビッチだ!」と叩かれている。何を言ってんだよと(苦笑)。
──ビッチな女こそ、映画の中では輝きを放つのに!
町山 (笑)。最近はね、世間の道徳から外れていると、すぐにバッシングの対象になってしまう。困ったものですよ。
■大きく変わろうとしているハリウッド
──米国西海岸在住の町山さんに、最新のハリウッドの動向についてもお聞きできればと思います。「♯Me Too」運動で、映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタイン、俳優のケヴィン・スペイシーらが告発されましたが、今後ハリウッドはどう変わると町山さんは見ていますか?
町山 ハリウッドはずっとセクハラ問題を隠蔽してきましたが、今後は無理です。日本ではあまり報道されていませんが、『ラッシュアワー』(98)などを監督したブレッド・ラトナーはセクハラで女優たちから訴えられ、永久追放になっています。『ユージュアル・サスペクツ』(95)の監督ブライアン・シンガーも恐らく、もう表には出てこられないでしょう。
──『X-MEN』シリーズはもう作られない?
町山 ブライアン・シンガーの手からは、完全に離れることになると思います。ディズニーのアニメ部門のトップであるジョン・ラセターでさえ、セクハラを治す研修を受けるという名目で半年間休業させられています。ラセターはワインスタインよりも大物です。ウディ・アレンも厳しいでしょう。グレタ・ガーウィックやティモシー・シャメラらが、「彼の作品に出たことを恥じている」と出演料を返したり、女性運動に寄付したりしています。ウディ・アレンの監督作は新作『A Rainy Day in NewYork』(18)が恐らく最後の作品になりそうです。
──ハリウッドは新しい時代への節目を迎えているようですね。
町山 リドリー・スコット監督を先日インタビューしたんですが、「芸術と人間性はまったく関係ないんだ」と話していました。昔からクズな人間がすごい芸術を生み出すことは多々あったと。でも、その作品に出ないことも、また自由なんだと。難しい問題です。もうひとつ、今回ハリウッドでいちばん問題になっているのは男女の賃金格差についてです。リドリー監督の『ゲティ家の身代金』(公開中)はミシェル・ウィリアムズ主演なんですが、脇役のマーク・ウォールバーグのほうが遥かに高いギャラをもらっていたため、このことが大問題になった。主演のミシェルのほうが拘束期間は長いし、物語の主人公なのに、ウォールバーグのほうが何百倍もの高額ギャラを受け取っているのはおかしいと。男優と女優とのギャラがあまりにも違いすぎ、その理由も明確に示されていないわけです。ウォールバーグは今回のギャラは「♯Me Too」運動に寄付せざるをえなくなった。これからは男優と女優のギャラの均等化が進んで、女性を主人公にした作品が多くなるでしょう。パティ・ジェンキンス監督の『ワンダーウーマン』(17)が大ヒットしたことで、それまでハリウッドではほぼ0%だった女性監督もかなり増えるはずです。ハリウッドが大きく変わることは間違いありません。
──最後の質問です。淀川長治さんのようなメジャーな映画伝道師の存在を求めている日本の映画ファンは少なくないと思います。町山さんは淀川さんの後継者になろうという考えはありますか?
町山 娘が大学に入ったので、これからは仕事をスローダウンしてもいいかなと思っているところなんですよ(笑)。スキューバダイビングもやりたいですし、ロシアやアフリカなど海外も回ってみたい。淀川さんは映画にすべてを捧げた人生を送った方。六本木のホテルで暮らし、テレビ朝日と映画試写室を回ってずっと映画を観続けるという生活。淀川さんのノートには、小さな字でびっしりと映画についてのメモが書かれていたそうです。淀川さんと同じような人生を歩むことは無理です。映画以外にも好きなことが多い僕は、そんな偉大な人にはなれません(笑)。
──ハリソン・フォードを取材した際、「君は映画を見過ぎだ」と町山さんは言われたと聞いていますが。
町山 いやいや、正確には「映画以外にもやるべきことがあるだろう」と言われたんです(笑)。人生は映画以外にもやるべきことがいっぱいあるんじゃないのかと。確かにハリソン・フォードは自家用飛行機を操縦して、人命救助などもしていますしね。映画スターのハリソン・フォードから、すごいこと言われちゃったなと(笑)。淀川さんにはなれませんが、面白い映画をいろいろと紹介していくつもりです。これから米国に戻って、また映画を観る生活を送ります。
(取材・文=長野辰次)
●町山智浩(まちやま・ともひろ)
1962年東京都生まれ。「宝島」「別冊宝島」などの編集を経て、95年に「映画秘宝」(洋泉社)を創刊。97年より米国に移住し、現在はカリフォルニア州バークレイ在住。「週刊文春」「月刊サイゾー」ほか連載多数。著書も『「最前線の映画」を読む』(インターナショナル新書)、『今のアメリカがわかる映画100本』(サイゾー社)ほか多数あり。
【特別番組】町山智浩スペシャルトーク「町山智浩が暴く『最前線の映画』の暗号」
6月下旬~7月中旬、BS10スターチャンネル「映画をもっと。」(毎日20時放送ほか)枠内、および7月1日(日)夕方5:40ほかインターバルにて無料放映。
【特集企画】町山智浩が暴く『最前線の映画』の暗号
7月3日(火)~16日(月)夜9時ほか、BS10スターチャンネルにて連日放送(全12作品)【※各映画の本編前と本編後に、町山氏による解説を合わせて放送します】
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