ゲノム編集されたマダイが販売開始へ! 近代系ベンチャーが開発 背景に“水産王国”日本の衰退事情

 世界で初めてのゲノム編集により作り出された「可食部増量マダイ」が販売される。国内の漁業生産量が減少を続ける中で、果たして”救世主”となるのか。

 日本の漁業は衰退の一途を辿っている。2020年度の「水産白書」によると、漁業就業者数は09年には21万1810人だったが、就業者の高齢化も手伝い、新規就業者が減少していることも響き、たった10年で19年には14万4740人に31.6…

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“鯨食文化”を守るため国際機関を脱退…商業捕鯨の再開に踏み出した日本政府の意義

 日本で31年ぶりに商業捕鯨が再開された。捕鯨はかつての活気を取り戻し、また、日本人の食卓に鯨食文化は戻ってくるのだろう。

 政府は2019年6月、商業捕鯨に反対する国との溝が埋まらなかったため、クジラの資源管理について話し合うIWC(国際捕鯨委員会)を脱退した。7月からは商業捕鯨が再開され、12月にはそれまで調査捕鯨を規定していた「鯨類科学調査実施法」が、商業捕鯨に開始に合わせて改正され、「鯨類の持続的な利用の確保に関する法律」として超党派の議員による議員立法として提出され、成立した。加えて、水産庁は商業捕鯨を支援するため、2020年度予算で51億円の予算を計上した。2020年から本格的な商業捕鯨が開始されることになる。

 ここで簡単に日本の商業捕鯨の歴史を振り返っておこう。

 日本人とクジラの関係は古い。江戸時代には、すでに庶民の間には鯨食文化が広まっていた。明治、大正時代を通じて、クジラは様々なものに利用された。鯨肉を食料としただけではなく、鯨油は燃料や潤滑油、石鹸などに利用された。

 第二次世界大戦が始まると捕鯨は中断されたが、敗戦後、日本を襲った深刻な食糧難の中でクジラは貴重なタンパク源として捕鯨が再開された。しかし、1946年12月にはICRW(国際捕鯨取締条約)が締結され、日本の商業捕鯨に“暗雲”が漂い始めた。1948年にはIWCが設立され、日本も1951年に加盟した。1960年代に入ると、IWCは捕鯨に対する規制強化に乗り出す。国別捕獲枠の設定や減少鯨種の捕獲禁止措置などが実施された。

 そして、1972年に国連人間環境会議で「商業捕鯨の10年間のモラトリアム(猶予期間)」の勧告が米国から提案され、採択される。同会議こそが現在の捕鯨問題に係わる国際紛争の原点となっている。

 余談だが、米国によるこの勧告の提案は、米国がベトナム戦争(1955年11月~1975年4月)で行った環境破壊が問題化し始めていたことで、この問題から議論をそらすために、突如提案したものだった。

 そして、1982年のIWC総会で1986年以降の商業目的の捕鯨頭数をゼロとする「商業捕鯨モラトリアム」が可決される。これを受け、日本は1988年に商業捕鯨を中止し、調査捕鯨へと転換した。

 国際世論を背景に、調査捕鯨に舵を切らざるを得なかった日本だが、調査捕鯨に対しても反捕鯨団体の「グリーンピース」や「シー・シェパード(SS)」など様々な抵抗に遭う。特に、SSによる妨害行為は熾烈なものだった。

 ニュース映像で見たこともある人もいるだろうが、SSは調査捕鯨船への体当たりを行うなど危険な妨害活動を展開し、調査捕鯨が中止に追い込まれる事態も発生した。日本は、2011年11月にSSに対する訴訟を提起、2017年8月にSSは妨害を行わないとの声明を出した。

 調査捕鯨の結果、水産白書などによるとクロミンククジラ、ミンククジラ、ニタリクジラ、イワシクジラなどでの資源状況が健全と確認され、日本は商業捕鯨の再開に向けで動き始める。しかし、その後も反捕鯨国との歩み寄りは見られず、2018年12月26日、政府はICRWからの脱退と日本の領海および排他的経済水域での商業捕鯨の再開を決定する官房長談話を発表した。

 さて、こうして商業捕鯨の再開に踏み出した日本だが、“茨の道”が待っている。商業捕鯨の中核を担う共同船舶は、大手水産会社の捕鯨部門を統合した日本共同捕鯨を母体に設立されている。つまり、日本の大手水産会社は捕鯨から撤退しており、鯨食の復活に向け、大手の水産会社が再び参入する可能性は低い。

 また、政府は商業捕鯨を支援するため予算措置を行っているが、この支援がいつまで行われるかは不透明だ。共同船舶では、捕鯨母船日新丸は老朽化が進んでおり、新母船の建造が進んでいるが、政府の補助金に頼らずに商業としての捕鯨を成り立たせることは果たしてできるのであろうか。

 だが、最大の課題は日本人が再び鯨肉を好んで食べるようになるか、だろう。筆者が小学生の時、学校給食には「クジラの竜田揚げ」や「クジラベーコン」など鯨肉が頻繁に出された。農林水産省の「食料需給表」によると鯨肉の国民1人あたりの1日の供給数量は、ピークの1962年度は6.7gだったが、2018年度には0.1gまで減少している。大手水産会社が捕鯨に前向きではないのと同様に、大手スーパーは鯨肉の販売に対して“後ろ向き”だと言われている。今や鯨肉を食べている日本人はほとんどいない。

 米国の属国と揶揄される日本が、鯨食文化という自らの文化を守るため、国際機関を脱退してまで自らの意思を貫いた意義は大きい。2020年はみんなでクジラを食べよう!

“鯨食文化”を守るため国際機関を脱退…商業捕鯨の再開に踏み出した日本政府の意義

 日本で31年ぶりに商業捕鯨が再開された。捕鯨はかつての活気を取り戻し、また、日本人の食卓に鯨食文化は戻ってくるのだろう。

 政府は2019年6月、商業捕鯨に反対する国との溝が埋まらなかったため、クジラの資源管理について話し合うIWC(国際捕鯨委員会)を脱退した。7月からは商業捕鯨が再開され、12月にはそれまで調査捕鯨を規定していた「鯨類科学調査実施法」が、商業捕鯨に開始に合わせて改正され、「鯨類の持続的な利用の確保に関する法律」として超党派の議員による議員立法として提出され、成立した。加えて、水産庁は商業捕鯨を支援するため、2020年度予算で51億円の予算を計上した。2020年から本格的な商業捕鯨が開始されることになる。

 ここで簡単に日本の商業捕鯨の歴史を振り返っておこう。

 日本人とクジラの関係は古い。江戸時代には、すでに庶民の間には鯨食文化が広まっていた。明治、大正時代を通じて、クジラは様々なものに利用された。鯨肉を食料としただけではなく、鯨油は燃料や潤滑油、石鹸などに利用された。

 第二次世界大戦が始まると捕鯨は中断されたが、敗戦後、日本を襲った深刻な食糧難の中でクジラは貴重なタンパク源として捕鯨が再開された。しかし、1946年12月にはICRW(国際捕鯨取締条約)が締結され、日本の商業捕鯨に“暗雲”が漂い始めた。1948年にはIWCが設立され、日本も1951年に加盟した。1960年代に入ると、IWCは捕鯨に対する規制強化に乗り出す。国別捕獲枠の設定や減少鯨種の捕獲禁止措置などが実施された。

 そして、1972年に国連人間環境会議で「商業捕鯨の10年間のモラトリアム(猶予期間)」の勧告が米国から提案され、採択される。同会議こそが現在の捕鯨問題に係わる国際紛争の原点となっている。

 余談だが、米国によるこの勧告の提案は、米国がベトナム戦争(1955年11月~1975年4月)で行った環境破壊が問題化し始めていたことで、この問題から議論をそらすために、突如提案したものだった。

 そして、1982年のIWC総会で1986年以降の商業目的の捕鯨頭数をゼロとする「商業捕鯨モラトリアム」が可決される。これを受け、日本は1988年に商業捕鯨を中止し、調査捕鯨へと転換した。

 国際世論を背景に、調査捕鯨に舵を切らざるを得なかった日本だが、調査捕鯨に対しても反捕鯨団体の「グリーンピース」や「シー・シェパード(SS)」など様々な抵抗に遭う。特に、SSによる妨害行為は熾烈なものだった。

 ニュース映像で見たこともある人もいるだろうが、SSは調査捕鯨船への体当たりを行うなど危険な妨害活動を展開し、調査捕鯨が中止に追い込まれる事態も発生した。日本は、2011年11月にSSに対する訴訟を提起、2017年8月にSSは妨害を行わないとの声明を出した。

 調査捕鯨の結果、水産白書などによるとクロミンククジラ、ミンククジラ、ニタリクジラ、イワシクジラなどでの資源状況が健全と確認され、日本は商業捕鯨の再開に向けで動き始める。しかし、その後も反捕鯨国との歩み寄りは見られず、2018年12月26日、政府はICRWからの脱退と日本の領海および排他的経済水域での商業捕鯨の再開を決定する官房長談話を発表した。

 さて、こうして商業捕鯨の再開に踏み出した日本だが、“茨の道”が待っている。商業捕鯨の中核を担う共同船舶は、大手水産会社の捕鯨部門を統合した日本共同捕鯨を母体に設立されている。つまり、日本の大手水産会社は捕鯨から撤退しており、鯨食の復活に向け、大手の水産会社が再び参入する可能性は低い。

 また、政府は商業捕鯨を支援するため予算措置を行っているが、この支援がいつまで行われるかは不透明だ。共同船舶では、捕鯨母船日新丸は老朽化が進んでおり、新母船の建造が進んでいるが、政府の補助金に頼らずに商業としての捕鯨を成り立たせることは果たしてできるのであろうか。

 だが、最大の課題は日本人が再び鯨肉を好んで食べるようになるか、だろう。筆者が小学生の時、学校給食には「クジラの竜田揚げ」や「クジラベーコン」など鯨肉が頻繁に出された。農林水産省の「食料需給表」によると鯨肉の国民1人あたりの1日の供給数量は、ピークの1962年度は6.7gだったが、2018年度には0.1gまで減少している。大手水産会社が捕鯨に前向きではないのと同様に、大手スーパーは鯨肉の販売に対して“後ろ向き”だと言われている。今や鯨肉を食べている日本人はほとんどいない。

 米国の属国と揶揄される日本が、鯨食文化という自らの文化を守るため、国際機関を脱退してまで自らの意思を貫いた意義は大きい。2020年はみんなでクジラを食べよう!