『べしゃり暮らし』漫才が題材のドラマに立ちはだかる、ネタ再現の難しさ

 

 8月3日に放送された『べしゃり暮らし』(テレビ朝日系)の第2話。このドラマの見どころと問題点が次第に浮き彫りになった回だったと思う。毎回、役者が長尺の漫才に挑むようだが、そこで起こる笑いにはあまり期待しないほうがいい。

第2話あらすじ 主人公を「おもんない」と酷評する中堅芸人

 文化祭でアドリブ漫才を大成功させた上妻圭右(間宮祥太朗)と辻本潤(渡辺大知)。舞台後、辻本は「芸人を目指してみいひんか?」と圭右を誘ったが、お笑い嫌いの父・潔(寺島進)に気兼ねして、圭右は消極的だった。

 相方をやる気にさせたい辻本は、先輩芸人である人気漫才コンビ「デジタルきんぎょ」のライブ会場に圭右を連れて行く。この日に備えて、圭右は自作の漫才台本を持ってきていた。デジタルきんぎょの金本浩史(駿河太郎)に渡し、批評をお願いする圭右。読み終わった金本は「おもんない」と斬って捨てた。激昂した圭右がネタを破り捨てていると、金本の相方・藤川則夫(尾上寛之)が現れ「始めからホームラン打てる天才はいない」「努力できる才能を持ってる奴が天才と呼ばれる」と圭右を励ました。

 一方、元相方の辻本を追いかけて上京した鳥谷静代(小芝風花)。彼女は「俺らの漫才はもう限界や!」という辻本の言葉に納得していない。「ほんまに限界か、ここでもう1回私とネタやって」と辻本に言い、2人は舞台を借りて復活漫才をすることに。客席で観ていた圭右は2人の漫才の素晴らしさに驚くが、ネタの途中で辻本は漫才を中断し「俺らは終わりや」とつぶやいた。実は、辻本は静代を好きになってしまっていた。しかし、笑いに取り組むと相方とどうしてもぶつかり合う。静代のことを嫌いになりたくないし、嫌われたくもない。仲良く漫才をして芸の質を落とすより、好きなまま解散することを辻本は選んだのだ。

 2人の漫才を観た圭右は「ネタは面白いけど、自分たちが楽しめてねえ」と感想を伝える。辻本は「圭右と漫才をやったら楽しめる」と再認識し、圭右も「辻本と漫才したときは鳥肌が立った」と思い出した。圭右は芸人を目指すことを決意した。

 初回レビューにも書いたが、お笑い、特に漫才を題材にしたドラマは舞台の再現が難しい。芸人に扮して役者がネタをやっても、面白い出来になったことはほとんどない。今作の演出担当・劇団ひとりは「お笑いナタリー」のインタビュー(2019年7月27日)で「たぶん笑えないと思います(笑)」と発言。その辺については、はっきりと開き直っている。

 ただ、売れっ子芸人や誰が認める若手芸人の役ならば、雰囲気だけでも有能と感じさせてほしい。「つまらなそう」と視聴者に思わせると、ドラマの説得力が途端になくなってしまうからだ。

 まず、主演の間宮祥太朗について。クラスの人気者がプロの世界に入ると、実は芸人に向いていなかったという現象はお笑い界のあるあるの1つである。どうも、その手のお調子者に見えてしまうのだ。ただ、駿河が間宮のことを「このままやったら、学園一のおもしろ人間やで」とからかっており、もしかしたら演出通りなのかもしれない。

 続いて、辻本を演じる渡辺大知。原作の辻本は圭右よりも引き気味のタイプだ。テンションより知性とスマートさが魅力の芸人。その持ち味を渡辺から窺うことはできなかった。ハイテンションな圭右と好相性の相方であり、ある意味“教育係”ともいえる頼れる存在。非常に難しい役どころだが、我々の中にある辻本像により近付いてほしいと願うばかりだ。

 そして、金本役の駿河太郎。ご存じ、笑福亭鶴瓶の息子だ。このキャスティングは良かった。しゃべりだけでなく、立ち居振る舞いに妙な安心感を感じさせる。いかにも、中堅芸人。後輩への接し方を見ても、劇場で会いそうな兄さんの雰囲気を漂わせている。

 森田まさのりのマンガは、誰がモデルか丸わかりの登場人物がよく出てくる。金本のモデルは間違いなく千原ジュニアだろう。しかし、ドラマになったからと本当にジュニアを起用するのは芸がない。ましてや、現在のジュニアは芸能人ランクが高過ぎる。キャスティングには無理があるように思う。色々な意味で難易度の高い役どころだが、駿河はうまく演じていた。

裏では一言も交わさないお笑いコンビは時代遅れ?

 初回レビューで「原作の連載時とは受け入れられる笑いの形が変わった」と書いた。人を貶して起こる笑いも、かつては広く受け入れられていた。しかし、昨今は拒否反応を示す人がかなり多いようだ。10年前には成立していたものを、今の時代にそのままトレースすると歪みが生じることがある。

 漫才コンビ「デジタルきんぎょ」に迫った第2話。舞台では息が合っているのに、裏では会話を交わさず、顔も合わせない。駿河と尾上の間にはそんな関係性がある。

「仕事以外で藤川の顔なんか見たない。向こうかってそうやろ。携帯の番号も知らん。才能は認めるけど、ハッキリ言うてお互いめちゃくちゃ嫌い合うてる」(駿河)

 こういう距離感こそ漫才コンビのあるべき姿と、以前は持てはやされていたものだ。しかし、現在は仲の良いコンビが主流。さまぁ~ず然り、サンドウィッチマン然り、霜降り明星然り。「仲が悪くてもそれでええねん。意地のぶつかり合いの中からおもろいもんが生まれることも知ってる」という駿河の訓示が今の若い視聴者にどう受け止められるのか、ちょっと興味がある。

 小芝を好きになってしまったがゆえ、コンビ解散を渡辺が決意したくだりも隔世の感だ。何しろ、「キングオブコント2017」で準優勝したのは恋人同士のにゃんこスターだった。好き合っていてもコンビ別れせず結果を残した男女コンビもいるのだ。この10年で笑いのあり方は本当に変わった。

 今夜放送の第3話では、“学園の爆笑王”圭右が舞台で思い切りスベる挫折のフェーズが描かれるはず。原作でも圭右の契機となる、重要エピソードである。

 やはり、『べしゃり暮らし』はお笑いドラマというより、キャラクターの成長を見守る作品と捉えたほうが適当だろう。人間ドラマなのだ。

(文=寺西ジャジューカ)

吉本騒動の渦中でスタートした『べしゃり暮らし』は意義ある実写化になるか?

 7月27日より、『べしゃり暮らし』(テレビ朝日系)がスタートした。「M-1グランプリ」に出場するほどお笑い好きな森田まさのりが手掛けるマンガのドラマ化だ。吉本興業が揺れているこのタイミングで、お笑いを真正面から扱った作品が映像化されるというのも不思議な縁である。

第1話あらすじ 笑いのためには髪を剃り上げることも厭わない“学園の爆笑王”

 上妻圭右(間宮祥太朗)は幼い頃から人を笑わせることが大好き。笑いのためなら命懸けでなんでもやる“学園の爆笑王”だ。いつもの調子で、親友の子安蒼太(矢本悠馬)たちと昼の校内放送で軽快なトークを届けていた圭右の前に、関西出身の転校生・辻本潤(渡辺大知)が現れる。圭右は辻本の関西弁を聞くや否や、彼を放送に引き込んだ。すると、突然のアドリブにもかかわらず辻本が絶妙な掛け合いを披露し、全校中が大爆笑に。

 蕎麦屋を営む圭右の父・潔(寺島進)は、大の付くお笑い嫌い。かつては芸人の面倒を見ていたが、そのうちの1組「ねずみ花火」が店をけなすネタを行ったせいで客足は遠のき、外に働きに出た圭右の母・美津子(篠原ゆきこ)は過労で亡くなってしまった。このことが原因で、圭右がお笑いに打ち込むことを反対するようになる。

 辻本が元芸人だと知った圭右は、ライバル心を抱いて“打倒辻本”を掲げた。一方の辻本は、笑いを取るためには髪を剃り上げることも厭わない圭右に興味を抱く。そして、文化祭で行われる漫才コンテストに向けてのコンビ結成を圭右に持ちかけた。コンビ名は、「きそばAT(オートマティック)」。

 きそばATはコンテスト前に満足のいくネタを完成させる。しかし、他のコンビが2人のネタをパクリ、出番直前にそのまま披露してしまった。窮地に陥る2人だが、圭右は「適当にボケるから適当にツッコめ」と辻本にアドリブ漫才を提案。結果、会場は大爆笑に。実は観に来ていた潔も、2人の漫才に笑顔を見せた。コンテスト終了後、辻本は圭右に「本気で芸人を目指さないか?」と持ち掛けた。

連載当時とは受け入れられやすい笑いの形が変わった

『べしゃり暮らし』の連載が「週刊少年ジャンプ」(集英社)で始まったのは2005年。当時と比べ、世間にウケる笑いの質は変わった。例えば、ねずみ花火がテレビで店のことを「まずい」「汚い」とネタにし、そのせいで客足が遠のいたくだり。かつては芸人特有のイジりとしてよくある手法だったが、放送当日のSNSを見ると「人をディスる笑いは最低!」と拒否反応を示すツイートが多く見受けられたのだ。さらに、文化祭できそばATが披露した即興漫才の内容(文化祭で客が入らなかった展示をイジる)にも「そういう笑いで家族が傷付いたのに自分も同じことをしている」と非難の声が上がっている。

 どちらのネタも、原作の漫才をそのまま再現したものだった。時代によって受け入れられる笑いの形はこうも違うのかと突き付けられた感がある。お笑いを題材にしたドラマは、とかくデリケートで難しい。

 お笑いを題材にしたドラマは、笑いの再現も難しい。さまざまな映画やドラマで俳優が漫才師を演じるシーンを見てきたが、残念な出来になるケースは多い。漫才に演技力は必要だけれど、それでいて漫才と芝居は別物である(だから、2018年3月まで放送されたテレビ朝日『笑×演』はチャレンジングな番組だった)。

 今作では、間宮と渡辺が長尺の漫才に挑んでいる。当然、観ていて“アハハ!”と笑えるクオリティには達していなかった。難しいことはそもそもわかっていたし、プロ並みの出来を求めるのが酷というもの。今作で演出を務める劇団ひとりは、「お笑いナタリー」のインタビュー(19年7月27日)でこんな発言を残している。

「期待して観てくれる方もいると思うんですけど、たぶん笑えないと思います(笑)」

「今回お笑いのシーンをやるうえで『とにかくそれっぽく見える』というところまでは、どうしても上げたかったんです。それさえできたらいいと思いました」

『べしゃり暮らし』の漫才シーンでは、面白さよりも熱を感じたい。今作は人間ドラマとして観るべきストーリーだと思う。

「漫才でなくても『何かやりたい』という気持ちになってくれたら」(渡辺)

 辻本潤役を務める渡辺大知は「テレ朝POST」インタビュー(19年7月27日)で、こんな発言をした。

「今回のドラマは漫才に魅せられる若者の話ですけど、好きなものとかやりたいことにまっすぐな気持ち、熱量、かける想い、がむしゃらさが美しく映ればいいなと思いながら演じました。ドラマを見てくれた10代の人たちがアツい思いを持ってくれたら嬉しいですし、漫才でなくても『自分も何かやりたい』という気持ちになってくれたらいいなって思います」

 肩をぶつけ合いながら舞台の袖からセンターマイクへ駆けていく疾走感。王道ともいえる手法だが、ここに熱と青春を感じることこそ醍醐味だと思う。渡辺が間宮にコンビ結成を申し出、その後、一度は断った間宮が逆にアプローチをし返すくだりは恋愛みたいでソワソワしたものだ。

 キャスティングもいい。間宮は26歳で渡辺は28歳。両者とも高校生活から10年前後経過しているが、それでもキラキラしていた。間宮が持つ暑苦しさは圭右のキャラクターに合っているし、『火花』(Netflix)で売れないストリートミュージシャンを演じた渡辺が辻本役を務めるのも感慨深い。原作のイメージを壊さない配役だと思う。加えて今夜放送第2話では、辻本の元相方役として小芝風花が登場する。彼女の大阪府出身というパーソナリティが生きるか、要注目だ。

 近年、NSC(吉本総合芸能学院)の入学希望者は定員割れしているという。連載開始時には有効だった「芸人を目指す」という設定も、今はさほど共感を呼ぶものではなくなった。しかも、お笑いというジャンル自体が大きな局面を迎えている。だからこそ、意義あるドラマ版になってほしいと願っている。

(文=寺西ジャジューカ)

吉本騒動の渦中でスタートした『べしゃり暮らし』は意義ある実写化になるか?

 7月27日より、『べしゃり暮らし』(テレビ朝日系)がスタートした。「M-1グランプリ」に出場するほどお笑い好きな森田まさのりが手掛けるマンガのドラマ化だ。吉本興業が揺れているこのタイミングで、お笑いを真正面から扱った作品が映像化されるというのも不思議な縁である。

第1話あらすじ 笑いのためには髪を剃り上げることも厭わない“学園の爆笑王”

 上妻圭右(間宮祥太朗)は幼い頃から人を笑わせることが大好き。笑いのためなら命懸けでなんでもやる“学園の爆笑王”だ。いつもの調子で、親友の子安蒼太(矢本悠馬)たちと昼の校内放送で軽快なトークを届けていた圭右の前に、関西出身の転校生・辻本潤(渡辺大知)が現れる。圭右は辻本の関西弁を聞くや否や、彼を放送に引き込んだ。すると、突然のアドリブにもかかわらず辻本が絶妙な掛け合いを披露し、全校中が大爆笑に。

 蕎麦屋を営む圭右の父・潔(寺島進)は、大の付くお笑い嫌い。かつては芸人の面倒を見ていたが、そのうちの1組「ねずみ花火」が店をけなすネタを行ったせいで客足は遠のき、外に働きに出た圭右の母・美津子(篠原ゆきこ)は過労で亡くなってしまった。このことが原因で、圭右がお笑いに打ち込むことを反対するようになる。

 辻本が元芸人だと知った圭右は、ライバル心を抱いて“打倒辻本”を掲げた。一方の辻本は、笑いを取るためには髪を剃り上げることも厭わない圭右に興味を抱く。そして、文化祭で行われる漫才コンテストに向けてのコンビ結成を圭右に持ちかけた。コンビ名は、「きそばAT(オートマティック)」。

 きそばATはコンテスト前に満足のいくネタを完成させる。しかし、他のコンビが2人のネタをパクリ、出番直前にそのまま披露してしまった。窮地に陥る2人だが、圭右は「適当にボケるから適当にツッコめ」と辻本にアドリブ漫才を提案。結果、会場は大爆笑に。実は観に来ていた潔も、2人の漫才に笑顔を見せた。コンテスト終了後、辻本は圭右に「本気で芸人を目指さないか?」と持ち掛けた。

連載当時とは受け入れられやすい笑いの形が変わった

『べしゃり暮らし』の連載が「週刊少年ジャンプ」(集英社)で始まったのは2005年。当時と比べ、世間にウケる笑いの質は変わった。例えば、ねずみ花火がテレビで店のことを「まずい」「汚い」とネタにし、そのせいで客足が遠のいたくだり。かつては芸人特有のイジりとしてよくある手法だったが、放送当日のSNSを見ると「人をディスる笑いは最低!」と拒否反応を示すツイートが多く見受けられたのだ。さらに、文化祭できそばATが披露した即興漫才の内容(文化祭で客が入らなかった展示をイジる)にも「そういう笑いで家族が傷付いたのに自分も同じことをしている」と非難の声が上がっている。

 どちらのネタも、原作の漫才をそのまま再現したものだった。時代によって受け入れられる笑いの形はこうも違うのかと突き付けられた感がある。お笑いを題材にしたドラマは、とかくデリケートで難しい。

 お笑いを題材にしたドラマは、笑いの再現も難しい。さまざまな映画やドラマで俳優が漫才師を演じるシーンを見てきたが、残念な出来になるケースは多い。漫才に演技力は必要だけれど、それでいて漫才と芝居は別物である(だから、2018年3月まで放送されたテレビ朝日『笑×演』はチャレンジングな番組だった)。

 今作では、間宮と渡辺が長尺の漫才に挑んでいる。当然、観ていて“アハハ!”と笑えるクオリティには達していなかった。難しいことはそもそもわかっていたし、プロ並みの出来を求めるのが酷というもの。今作で演出を務める劇団ひとりは、「お笑いナタリー」のインタビュー(19年7月27日)でこんな発言を残している。

「期待して観てくれる方もいると思うんですけど、たぶん笑えないと思います(笑)」

「今回お笑いのシーンをやるうえで『とにかくそれっぽく見える』というところまでは、どうしても上げたかったんです。それさえできたらいいと思いました」

『べしゃり暮らし』の漫才シーンでは、面白さよりも熱を感じたい。今作は人間ドラマとして観るべきストーリーだと思う。

「漫才でなくても『何かやりたい』という気持ちになってくれたら」(渡辺)

 辻本潤役を務める渡辺大知は「テレ朝POST」インタビュー(19年7月27日)で、こんな発言をした。

「今回のドラマは漫才に魅せられる若者の話ですけど、好きなものとかやりたいことにまっすぐな気持ち、熱量、かける想い、がむしゃらさが美しく映ればいいなと思いながら演じました。ドラマを見てくれた10代の人たちがアツい思いを持ってくれたら嬉しいですし、漫才でなくても『自分も何かやりたい』という気持ちになってくれたらいいなって思います」

 肩をぶつけ合いながら舞台の袖からセンターマイクへ駆けていく疾走感。王道ともいえる手法だが、ここに熱と青春を感じることこそ醍醐味だと思う。渡辺が間宮にコンビ結成を申し出、その後、一度は断った間宮が逆にアプローチをし返すくだりは恋愛みたいでソワソワしたものだ。

 キャスティングもいい。間宮は26歳で渡辺は28歳。両者とも高校生活から10年前後経過しているが、それでもキラキラしていた。間宮が持つ暑苦しさは圭右のキャラクターに合っているし、『火花』(Netflix)で売れないストリートミュージシャンを演じた渡辺が辻本役を務めるのも感慨深い。原作のイメージを壊さない配役だと思う。加えて今夜放送第2話では、辻本の元相方役として小芝風花が登場する。彼女の大阪府出身というパーソナリティが生きるか、要注目だ。

 近年、NSC(吉本総合芸能学院)の入学希望者は定員割れしているという。連載開始時には有効だった「芸人を目指す」という設定も、今はさほど共感を呼ぶものではなくなった。しかも、お笑いというジャンル自体が大きな局面を迎えている。だからこそ、意義あるドラマ版になってほしいと願っている。

(文=寺西ジャジューカ)