“失明危機”から舞い戻った格闘家・渋谷莉孔、涙のロングインタビュー!

 格闘家として一度死んだ男が、奇跡の復活を遂げた。試合中のケガが原因で失明の危機に瀕し、引退説もささかれていた渋谷莉孔(32歳)が今月9日、アジア最大の総合格闘技イベント「ONE Championship」(以下ONE)で、デェダムロン・ソー・アミュアイシルチョーク(39歳)を絞め上げ、ギブアップ勝ちを収めたのだ。「格闘技は好きじゃない」という渋谷が戦いの場に戻って来た理由は何なのか? 涙のロングインタビュー!

 試合はデェダムロンのホームであるタイで行われたが、開始早々、渋谷がテイクダウンに成功。そのままギロチンチョークが決まり、1ラウンド2分13秒、タイの英雄が「参った」のタップをした。

◆ダイジェスト動画 https://www.facebook.com/ONEChampionship/videos/1645103265512922/

 約2年ぶりの勝利に、ほんの一瞬、喜びの表情を浮かべた渋谷だったが、勝ち名乗りを受ける頃には、まるで試合に敗れたかのような寂しげな表情を浮かべていたのが印象的だった。

 勝利の実感、復活への道のり、そして目の状態などを聞くべく、試合の数日後、所属ジムのあるハワイへ戻った渋谷に電話インタビューを行った。

――復活勝利、おめでとうございます。この日を待ち望んでいました。

渋谷莉孔(以下渋谷) ありがとうございます。でもみんなもう俺のことなんか、忘れているんじゃないでしょうか。「やめたんですよね?」と言われることも多かったし。

――まずは試合当日のことを振り返っていただきたいのですが、入場時の様子が以前と違いましたね。

渋谷 おとなしかった、ってことですよね。それだけ自信があったんですよ。かつての俺はただのビビリで、プレッシャーに押しつぶされてパニック状態だったから、半狂乱な入場をしていただけ。だから力も出せなかった。でも今回は練習通りというか、普通にダラ~ッと行っても絶対に力を発揮できるという自信があったんです。だからまったく緊張せず、平常心で試合に臨むことができた。チームのみんなからも「絶対に熱くなるな」と言われてケージに入りました。過去の試合と比べて集中力は段違いでしたね。

――2016年1月のロイ・ドリゲス戦で勝利したものの、目潰しの反則を受け、失明の危機に。一部ニュースサイトで引退報道まで出た渋谷選手ですが、そこからよくぞ復活を遂げましたね。目は現在、どの程度まで見えるようになったんですか?

渋谷 試合でケガした目だけじゃなく、もう片方の目も網膜剥離になっちゃって、一時期は両目ともほとんど見えなくなっていたんですが、何度かの手術を経て、今は片方が0.2で、もう片方がその10分の1程度まで見えるようになりました。片目を瞑るとボヤっとしちゃうけど、両目を開けていれば大丈夫。相手が動けば動くほどよく見える。恐竜と同じですね。

――目を再び狙われることへの恐怖心はないんですか?

渋谷 まったくないですね。どうせ当たんないし。

――元ルンピニー3階級王者で、ONEの元ストロー級王者でもあるデェダムロンとケージ内で向き合った印象は?

渋谷 実はデェダムロンは、俺の師匠みたいな存在なんですよ。2年くらい前にシンガポールで修行していた時代に5カ月ほどお世話になった。めちゃくちゃ優しい人だけど、めちゃくちゃ強い人で。当時は実力差がすごくあって、いつも練習でボコボコにされていたから、その恐怖心もあるにはあったけど、それによりも自分が強くなっていることを早く確かめたいという気持ちが強かったですね。どれだけこいつの打撃に対応できるのか、と。

――序盤はお互い様子見の打撃の応酬で、相手のハイキックに観衆が沸く場面もありました。

渋谷 あれ、当たっていませんよ。蹴る3秒ぐらい前にはもう予測できたんで。蹴る流れってのがあるんですけど、次に何が来るかという予想通りの動きをした、というか、させたんで、相手の打撃には1分程度で対応できました。逆にこっちの左のローは蹴れば蹴るほど入るし、結構深いところに入って、相手がしっかり両足を踏ん張るようになってきた。で、踏ん張り切ったところにタックルに行ったんで、相手も逃げられなかったんです。

――タックルに入る際、カウンターの打撃は怖くなかったですか?

渋谷 実はタックルの前に俺、左ローのフェイントを1回入れているんですよ。あれを入れることによって、相手の前足が上がるのか上がらないのかを見た。痛いと足が上がらなくなるんです。ちょっと足が上がったんで、まだ余裕はあるみたいだけど、このローのフェイントによって、こいつ騙されたなと思って。俺の戦略についていけていないとわかったんで、タックルすらこいつは絶対見えないしノーリスクだろうと思って飛び込みました。

――テイクダウンしてからキメに入るまでの一連の動作が見事でした。

渋谷 練習で毎日何十人も絞めているんで、絞め技、得意なんですよ。完全に入ったから、あとはずっとレフリーを見ていました。もうこれ逃げられないよ、そろそろ落ちますよ、と目で伝えた。でも「まだ」と言われたんで、じゃあ首を折るか、絞めで落とすか、どっちかなぁと待ったんですよ。そしたら相手がちょっと動いたんで、絞めにしようと思って足をクロスしてキメたんですけど、全部自分の手の中の技っスね。

――手の中の技とは?

渋谷 相手のいろんな動きを想定して、あそこから10通り近くの技を用意しているんです。投げたり、こかしたり、相手を伸ばして呼吸困難にしたり。伸ばすと腹這いになるじゃないですか。しゃがんでいる状態と、腹這いの状態で絞められるのを比べたら、腹這いのほうがヤバくないスか? もう首吊り状態なんで。

――一瞬、逃げられかけたようにも見えましたが。

渋谷 あれ、逃げられたんじゃなく、泳がせたんです。俺の手首ってかなり柔らかくて、しかも返しがついているんですよ。だから汗で滑る以外は、絶対にアゴから外れないし、泳げば泳ぐほど呼吸困難になる。今回も相手がパニックになって息を漏らしたんですよ。これ、スキューバと同じで、パニックになったらカウントダウン開始なんです。落ちるカウントダウン。

――恐ろしいですね。

渋谷 耐える奴は必ず落ちる。そのパターンに入ったんで、落とす用意をしながらレフリーを見た。たぶんレフリーが思っているよりも前に相手はちょっと落ちているんですよ。だから本当はもうちょっと早くに試合を止めてほしかった。俺、相手を落とすのが嫌なんですよ。

――そうなんですか。

渋谷 はい。特にデェダムロンのことは好きなんで。落ちると脳が一瞬、止まるわけじゃないですか。後遺症が残ると思うんですよ。俺のギロチンを食らって失神した奴って、次も失神しやすくなるんです。だからそれが悲しくて喜べなかった。試合終わってから、ああ、やっちゃった、みたいな。俺がもっと上手ければもっと早くにタップさせらたれたのになぁとか思っちゃって。もしかしたらこれでデェダムロンの選手生命が終わっちゃうんじゃないかと思ったら切なくて。

――試合後の悲しげな表情の理由がわかりました。意識が回復したデェダムロンとは、どのような会話を?

渋谷 俺からは英語で「ありがとうございます。尊敬しています」ってことを伝えました。デェダムロンは日本語で「ありがとう」、英語で「久しぶりに会えてよかったよ」と言っていました。俺を乗り越えたな、みたいなニュアンスも表情から伝わってきた。師匠みたいな存在でしたからね。何年か前、ONEの人に「いつか俺、デェダムロンとやることはあるんですかね」と聞いたら、「何バカなことを言っているんだ」と返されたぐらい当時は差があったけど、その壁を今回、乗り越えましたね。

――最大の勝因はズバリ?

渋谷 前の試合(今年8月の復帰第1戦)は相手に対するリスペクトが足りなかった。そこっスよね。相手をナメていると、相手のいいところを見ないじゃないですか。だから相手を怖がらずに行ったら返り討ちに遭っちゃったけど、今回は相手をリスペクトしていたから、相手の強さをしっかり認められたんですよ。相手は打撃がめちゃくちゃ強い。だから死ぬ気でやらないと殺される。そういう思いで練習できたからこそ勝てた。リスペクトなしでは強くなれないってことだと思います。

――2年前からハワイに移住し、マックス・ホロウェイらUFCのトップファイターが所属する「グレイシー・テクニクス・ホノルル」でトレーニングを積み重ねてきた渋谷選手。向こうの練習環境はいかがでしょう?

渋谷 キツすぎて頭がおかしくなりそうです。特に今回の試合に向けた数カ月間は、毎日パニックとストレスの中にいるような感じ。スマホや鏡を見る余裕もない。ハワイでは日本語学校にも通っているんですが、そこで他の生徒から話しかけられても誰が誰だかわからない。世界が霧がかっているような感じで、みんなが俺のことを騙しているんじゃないかと疑いだしたり。会う人会う人に「Are you ok?」と心配されるんですが、自分では何がおかしいのかもわからない状態でした。オーバーワークが原因なのはわかっていたんですが、自分の勘を信じて猛練習を続けました。

――ここ数カ月の練習内容は?

渋谷 限りなく実戦に近いスパーリングをひたすら繰り返しつつ、前回の試合でダメだった部分、具体的には、下半身の強化に努めました。昔の俺はダメなところを見ようとしなかったんですよ。あとパニック障害だということも認めようとしなかった。

――パニック障害だったんですか? それは初耳です。

渋谷 俺、昔から病的に焦りやすいんです。なんでも完璧に準備するタイプだから、時間を急かれたり不測の事態が起きたりすると、すぐパニくっちゃうんです。「入場が30分早まりそうです」とか言われると心臓が止まりそうになる。「そんなの無理無理無理! 俺、試合なんてできない!」と叫んで、セコンドに抱きついたこともありました。今回のデェダムロン戦も直前まで大変でしたよ。

――何があったんですか?

渋谷 何回かに分けて計量と尿検査があったんですが、言葉のハードルもあり、今日は56.7キロとか、56.9キロまでOKとか、56.9キロはダメとか情報が錯綜して、どれが本当だかわからなくて。尿比重の正しい比率もわからなくて、1回オーバーしちゃったんですよ。そんで「1時間後までに落とせ」と言われてすごいパニックになったけど、そこはなんとかクリアできた。で、翌日の最終計量と尿検査はパニくらないよう早めに行ったんですけど、着いたらみんなとっくに終わっていたから大パニックになりました。知らないうちに開始時刻が1時間早まったらしいんですよ。

――それは焦りますね。

渋谷 「30分以内に尿を出してくれ。出なかったら失格だ」と急かされたんですけど、なかなか出なくて、頭真っ白になって。残り7分ってところでどうにかこうにか絞り出して、ギリ間に合って試合には出られるようになったんだけど、そのときの俺の取り乱しようったらなかった。すでに試合前日だったけど、チームのみんなで急きょ対策会議を開き、「パニック障害だということを認めよう。そしてその原因を認めよう」ということになり、それが何なのかはここでは言えませんけど、認めることで克服したんですよ。おかげで翌日の試合では一切緊張しなかった。腹が据わって、本来の力を出せたんです。

――災い転じて福となす、ですね。

渋谷 はい。土壇場で辛いことが相次いだおかげで、覚醒できたんですよ。いい経験でした。辛い経験って自分からしたいと思ってもできないし、降りかかってきてくれないと受け止められない。で、乗り越えた者だけがこうやって心が強くなれるというか、何に対してもビビらなくなる。今なら「爆弾処理をやってくれ」と頼まれてもできるような気がします(笑)。それぐらい俺は変わりました。そういや俺、ハワイで自己紹介するときはいつも、「俺のパーソナリティーは『Change』だ」って言っているんですよ。気が変わりやすいという意味もあるけど、悪いところはすぐに変えられるっていう意味でもあるんですよね。

――試合直後は悲しんでいましたが、今は勝利の充実感はありますか?

渋谷 絞め落としたこととは関係なしに、なんか喜べない。試合前はずっとこう思っていたんですよ。今回勝ったらめちゃくちゃ泣くだろうな、と。ところが、実際は勝ってもまだ心の底からは喜べていない。まだ実感がないのか、どう喜んでいいのかわからないのか、って感じです。チームのみんなの前では喜んだけど、「やったー!」ってまだ言っていないですもん。格闘技で勝って1人でしみじみと喜びを噛み締めた経験って、今まで一度もないかもしれない。

――それはなぜだと思いますか?

渋谷 そこも気分屋なんだと思います。一瞬うれしいと思っても、すぐ次に気持ちがいっちゃうんですよ。俺の脳みそは、直感で受け取って理性で返すタイプらしい。要は飽き性、浮気性なんでしょうね。直感でいいなと思っても、理性で考えてもういいやってなっちゃう。だから買い物してもすぐ捨てちゃうし、家には物がほとんどない。記念品なんて持ち帰ったことすらないですからね。ONEで勝つと3キロぐらいのプレートをもらえるんですけど、いつも誰かあげちゃいます。今回もタイから、スーパーのトートバッグ一つで帰ってきましたから。行くときは大荷物だったんですけど、帰りはスーツケースとか体重計とか服とかを全部現地に捨ててきました。だって、重たいじゃないですか。

――試合で使ったファイトパンツとかも捨てちゃうんですか?

渋谷 洗うのが面倒なんで、捨てちゃいます。そういやファイトパンツで思い出した! 俺の試合用のファイトパンツは、ケツの部分に「Ganapati PLC」というスポンサーロゴが入っているんですけど、今回このアイロンパッチのロゴを、現地に行ってから自分でアイロンを使って付けようとして大失敗したんですよ。水を噴きかけてからアイロンをかけなきゃいけないってことを知らなかったから、熱で生地が溶けてファイトパンツのケツの部分にでっかい穴が空いちゃった(笑)。

――まさか、それをはいて試合に出たんですか?

渋谷 はい(笑)。たまたまチームの後輩に器用な奴がいたから、そいつがアイロンで生き残った生地をちょっとずつペローンと伸ばして穴を塞いで、裏からもパッチを付けて補強してくれて、それでどうにか試合に出ました。試合が2ラウンドまで長引いたらロゴが取れて、ケツ丸出しになっていた可能性がある(笑)。だから1ラウンドの序盤で試合を終わらせられてよかったです。

――デェダムロンを破ったことで、タイトルマッチも見えてきました。

渋谷 ベルトは要らないですね。なんでかわかります?

――わかりません。

渋谷 持って帰るのが重たいからですよ(笑)。

――(笑)しかし、勝ってもうれしくない、ベルトにも執着がないとなると、渋谷選手は一体なんのために戦っているのでしょう? 応援している側からすると、今回の渋谷選手の勝利はめちゃくちゃうれしかったですけどね。2008年の「THE OUTSIDER」のデビュー戦からずっと見てきて、目のケガで苦しんでいたことも知っていましたから、見ていて今回ほど緊張し、感動した試合はなかったですよ。

渋谷 ……あ、わかった。やっとわかったっス。なんでうれしくないんだろう? なんで勝ったのに辛いんだろう? っていう理由が、今やっとわかった気がします。ぶっちゃけ俺、格闘技はまったく好きじゃないんですよ。でも今回、試合を終えて控え室に戻ったら、チームのみんなが泣いて喜んでくれていたから、俺もうれしくなって、もらい泣きしたんですよ。人生で泣くことなんてほとんどなかったのに。でもみんなと別れてホテルの部屋に入る頃には全然うれしくなくなっていた。つまりそれって、試合に勝って俺自身がうれしいんじゃなくて、周りが喜んでいる姿を見るのが俺はうれしんだなと思って……(突然、嗚咽を漏らす)。それのために俺、好きでもない格闘技を頑張ってこれたんですね。

――戦うモチベーションは、そこにありましたか。

渋谷 (泣きながら)そういうことか……。だって今、本当にうれしいですもん。うれしいと言ってくれたことに対し、本当にうれしい気持ちなれました。ありがとうございます。

 * * *

翌日、渋谷から電話がかかってきた。

――どうしましたか?

渋谷 聞いてください。おかげで正視恐怖症が治りました。今日、何十年かぶりに人の目をちゃんと見てしゃべれたんですよ。それまで長いこと、ピントを合わせられなかったんです。ピントを合わせたら必ず人って、俺のことを嫌な顔で見る。だから今まで合わせられなかったのに、今日はできるかもしれないと思って試してみたら、ピントを合わせられました。人の顔ってめちゃくちゃ猿みたいですね(笑)。目の使い方が正常化したことで、世界が違って見える。このことを脳外科の先生に報告したら、「泣いたことによって眼球の周りの感覚を取り戻した可能性がある」と言われました。

――それまで人を正視できなかった理由は?

渋谷 誰も信用できずにいたからです。

――なぜ信用できなかったのでしょう?

渋谷 そういう人生だったからです。起きろと叩かれ、寝たら怒られ、しゃべれと言われてしゃべったら「うるせー!」と怒鳴られる。生きていることを全否定されて育ってきたんで、ずっと人を信用できなかったんですよ。でも今回、俺の勝利を本気で喜んでくれた人が何人もいることがわかったから、これからは人を信用して生きていけそうです。
(取材・文=岡林敬太)

“失明危機”から舞い戻った格闘家・渋谷莉孔、涙のロングインタビュー!

 格闘家として一度死んだ男が、奇跡の復活を遂げた。試合中のケガが原因で失明の危機に瀕し、引退説もささかれていた渋谷莉孔(32歳)が今月9日、アジア最大の総合格闘技イベント「ONE Championship」(以下ONE)で、デェダムロン・ソー・アミュアイシルチョーク(39歳)を絞め上げ、ギブアップ勝ちを収めたのだ。「格闘技は好きじゃない」という渋谷が戦いの場に戻って来た理由は何なのか? 涙のロングインタビュー!

 試合はデェダムロンのホームであるタイで行われたが、開始早々、渋谷がテイクダウンに成功。そのままギロチンチョークが決まり、1ラウンド2分13秒、タイの英雄が「参った」のタップをした。

◆ダイジェスト動画 https://www.facebook.com/ONEChampionship/videos/1645103265512922/

 約2年ぶりの勝利に、ほんの一瞬、喜びの表情を浮かべた渋谷だったが、勝ち名乗りを受ける頃には、まるで試合に敗れたかのような寂しげな表情を浮かべていたのが印象的だった。

 勝利の実感、復活への道のり、そして目の状態などを聞くべく、試合の数日後、所属ジムのあるハワイへ戻った渋谷に電話インタビューを行った。

――復活勝利、おめでとうございます。この日を待ち望んでいました。

渋谷莉孔(以下渋谷) ありがとうございます。でもみんなもう俺のことなんか、忘れているんじゃないでしょうか。「やめたんですよね?」と言われることも多かったし。

――まずは試合当日のことを振り返っていただきたいのですが、入場時の様子が以前と違いましたね。

渋谷 おとなしかった、ってことですよね。それだけ自信があったんですよ。かつての俺はただのビビリで、プレッシャーに押しつぶされてパニック状態だったから、半狂乱な入場をしていただけ。だから力も出せなかった。でも今回は練習通りというか、普通にダラ~ッと行っても絶対に力を発揮できるという自信があったんです。だからまったく緊張せず、平常心で試合に臨むことができた。チームのみんなからも「絶対に熱くなるな」と言われてケージに入りました。過去の試合と比べて集中力は段違いでしたね。

――2016年1月のロイ・ドリゲス戦で勝利したものの、目潰しの反則を受け、失明の危機に。一部ニュースサイトで引退報道まで出た渋谷選手ですが、そこからよくぞ復活を遂げましたね。目は現在、どの程度まで見えるようになったんですか?

渋谷 試合でケガした目だけじゃなく、もう片方の目も網膜剥離になっちゃって、一時期は両目ともほとんど見えなくなっていたんですが、何度かの手術を経て、今は片方が0.2で、もう片方がその10分の1程度まで見えるようになりました。片目を瞑るとボヤっとしちゃうけど、両目を開けていれば大丈夫。相手が動けば動くほどよく見える。恐竜と同じですね。

――目を再び狙われることへの恐怖心はないんですか?

渋谷 まったくないですね。どうせ当たんないし。

――元ルンピニー3階級王者で、ONEの元ストロー級王者でもあるデェダムロンとケージ内で向き合った印象は?

渋谷 実はデェダムロンは、俺の師匠みたいな存在なんですよ。2年くらい前にシンガポールで修行していた時代に5カ月ほどお世話になった。めちゃくちゃ優しい人だけど、めちゃくちゃ強い人で。当時は実力差がすごくあって、いつも練習でボコボコにされていたから、その恐怖心もあるにはあったけど、それによりも自分が強くなっていることを早く確かめたいという気持ちが強かったですね。どれだけこいつの打撃に対応できるのか、と。

――序盤はお互い様子見の打撃の応酬で、相手のハイキックに観衆が沸く場面もありました。

渋谷 あれ、当たっていませんよ。蹴る3秒ぐらい前にはもう予測できたんで。蹴る流れってのがあるんですけど、次に何が来るかという予想通りの動きをした、というか、させたんで、相手の打撃には1分程度で対応できました。逆にこっちの左のローは蹴れば蹴るほど入るし、結構深いところに入って、相手がしっかり両足を踏ん張るようになってきた。で、踏ん張り切ったところにタックルに行ったんで、相手も逃げられなかったんです。

――タックルに入る際、カウンターの打撃は怖くなかったですか?

渋谷 実はタックルの前に俺、左ローのフェイントを1回入れているんですよ。あれを入れることによって、相手の前足が上がるのか上がらないのかを見た。痛いと足が上がらなくなるんです。ちょっと足が上がったんで、まだ余裕はあるみたいだけど、このローのフェイントによって、こいつ騙されたなと思って。俺の戦略についていけていないとわかったんで、タックルすらこいつは絶対見えないしノーリスクだろうと思って飛び込みました。

――テイクダウンしてからキメに入るまでの一連の動作が見事でした。

渋谷 練習で毎日何十人も絞めているんで、絞め技、得意なんですよ。完全に入ったから、あとはずっとレフリーを見ていました。もうこれ逃げられないよ、そろそろ落ちますよ、と目で伝えた。でも「まだ」と言われたんで、じゃあ首を折るか、絞めで落とすか、どっちかなぁと待ったんですよ。そしたら相手がちょっと動いたんで、絞めにしようと思って足をクロスしてキメたんですけど、全部自分の手の中の技っスね。

――手の中の技とは?

渋谷 相手のいろんな動きを想定して、あそこから10通り近くの技を用意しているんです。投げたり、こかしたり、相手を伸ばして呼吸困難にしたり。伸ばすと腹這いになるじゃないですか。しゃがんでいる状態と、腹這いの状態で絞められるのを比べたら、腹這いのほうがヤバくないスか? もう首吊り状態なんで。

――一瞬、逃げられかけたようにも見えましたが。

渋谷 あれ、逃げられたんじゃなく、泳がせたんです。俺の手首ってかなり柔らかくて、しかも返しがついているんですよ。だから汗で滑る以外は、絶対にアゴから外れないし、泳げば泳ぐほど呼吸困難になる。今回も相手がパニックになって息を漏らしたんですよ。これ、スキューバと同じで、パニックになったらカウントダウン開始なんです。落ちるカウントダウン。

――恐ろしいですね。

渋谷 耐える奴は必ず落ちる。そのパターンに入ったんで、落とす用意をしながらレフリーを見た。たぶんレフリーが思っているよりも前に相手はちょっと落ちているんですよ。だから本当はもうちょっと早くに試合を止めてほしかった。俺、相手を落とすのが嫌なんですよ。

――そうなんですか。

渋谷 はい。特にデェダムロンのことは好きなんで。落ちると脳が一瞬、止まるわけじゃないですか。後遺症が残ると思うんですよ。俺のギロチンを食らって失神した奴って、次も失神しやすくなるんです。だからそれが悲しくて喜べなかった。試合終わってから、ああ、やっちゃった、みたいな。俺がもっと上手ければもっと早くにタップさせらたれたのになぁとか思っちゃって。もしかしたらこれでデェダムロンの選手生命が終わっちゃうんじゃないかと思ったら切なくて。

――試合後の悲しげな表情の理由がわかりました。意識が回復したデェダムロンとは、どのような会話を?

渋谷 俺からは英語で「ありがとうございます。尊敬しています」ってことを伝えました。デェダムロンは日本語で「ありがとう」、英語で「久しぶりに会えてよかったよ」と言っていました。俺を乗り越えたな、みたいなニュアンスも表情から伝わってきた。師匠みたいな存在でしたからね。何年か前、ONEの人に「いつか俺、デェダムロンとやることはあるんですかね」と聞いたら、「何バカなことを言っているんだ」と返されたぐらい当時は差があったけど、その壁を今回、乗り越えましたね。

――最大の勝因はズバリ?

渋谷 前の試合(今年8月の復帰第1戦)は相手に対するリスペクトが足りなかった。そこっスよね。相手をナメていると、相手のいいところを見ないじゃないですか。だから相手を怖がらずに行ったら返り討ちに遭っちゃったけど、今回は相手をリスペクトしていたから、相手の強さをしっかり認められたんですよ。相手は打撃がめちゃくちゃ強い。だから死ぬ気でやらないと殺される。そういう思いで練習できたからこそ勝てた。リスペクトなしでは強くなれないってことだと思います。

――2年前からハワイに移住し、マックス・ホロウェイらUFCのトップファイターが所属する「グレイシー・テクニクス・ホノルル」でトレーニングを積み重ねてきた渋谷選手。向こうの練習環境はいかがでしょう?

渋谷 キツすぎて頭がおかしくなりそうです。特に今回の試合に向けた数カ月間は、毎日パニックとストレスの中にいるような感じ。スマホや鏡を見る余裕もない。ハワイでは日本語学校にも通っているんですが、そこで他の生徒から話しかけられても誰が誰だかわからない。世界が霧がかっているような感じで、みんなが俺のことを騙しているんじゃないかと疑いだしたり。会う人会う人に「Are you ok?」と心配されるんですが、自分では何がおかしいのかもわからない状態でした。オーバーワークが原因なのはわかっていたんですが、自分の勘を信じて猛練習を続けました。

――ここ数カ月の練習内容は?

渋谷 限りなく実戦に近いスパーリングをひたすら繰り返しつつ、前回の試合でダメだった部分、具体的には、下半身の強化に努めました。昔の俺はダメなところを見ようとしなかったんですよ。あとパニック障害だということも認めようとしなかった。

――パニック障害だったんですか? それは初耳です。

渋谷 俺、昔から病的に焦りやすいんです。なんでも完璧に準備するタイプだから、時間を急かれたり不測の事態が起きたりすると、すぐパニくっちゃうんです。「入場が30分早まりそうです」とか言われると心臓が止まりそうになる。「そんなの無理無理無理! 俺、試合なんてできない!」と叫んで、セコンドに抱きついたこともありました。今回のデェダムロン戦も直前まで大変でしたよ。

――何があったんですか?

渋谷 何回かに分けて計量と尿検査があったんですが、言葉のハードルもあり、今日は56.7キロとか、56.9キロまでOKとか、56.9キロはダメとか情報が錯綜して、どれが本当だかわからなくて。尿比重の正しい比率もわからなくて、1回オーバーしちゃったんですよ。そんで「1時間後までに落とせ」と言われてすごいパニックになったけど、そこはなんとかクリアできた。で、翌日の最終計量と尿検査はパニくらないよう早めに行ったんですけど、着いたらみんなとっくに終わっていたから大パニックになりました。知らないうちに開始時刻が1時間早まったらしいんですよ。

――それは焦りますね。

渋谷 「30分以内に尿を出してくれ。出なかったら失格だ」と急かされたんですけど、なかなか出なくて、頭真っ白になって。残り7分ってところでどうにかこうにか絞り出して、ギリ間に合って試合には出られるようになったんだけど、そのときの俺の取り乱しようったらなかった。すでに試合前日だったけど、チームのみんなで急きょ対策会議を開き、「パニック障害だということを認めよう。そしてその原因を認めよう」ということになり、それが何なのかはここでは言えませんけど、認めることで克服したんですよ。おかげで翌日の試合では一切緊張しなかった。腹が据わって、本来の力を出せたんです。

――災い転じて福となす、ですね。

渋谷 はい。土壇場で辛いことが相次いだおかげで、覚醒できたんですよ。いい経験でした。辛い経験って自分からしたいと思ってもできないし、降りかかってきてくれないと受け止められない。で、乗り越えた者だけがこうやって心が強くなれるというか、何に対してもビビらなくなる。今なら「爆弾処理をやってくれ」と頼まれてもできるような気がします(笑)。それぐらい俺は変わりました。そういや俺、ハワイで自己紹介するときはいつも、「俺のパーソナリティーは『Change』だ」って言っているんですよ。気が変わりやすいという意味もあるけど、悪いところはすぐに変えられるっていう意味でもあるんですよね。

――試合直後は悲しんでいましたが、今は勝利の充実感はありますか?

渋谷 絞め落としたこととは関係なしに、なんか喜べない。試合前はずっとこう思っていたんですよ。今回勝ったらめちゃくちゃ泣くだろうな、と。ところが、実際は勝ってもまだ心の底からは喜べていない。まだ実感がないのか、どう喜んでいいのかわからないのか、って感じです。チームのみんなの前では喜んだけど、「やったー!」ってまだ言っていないですもん。格闘技で勝って1人でしみじみと喜びを噛み締めた経験って、今まで一度もないかもしれない。

――それはなぜだと思いますか?

渋谷 そこも気分屋なんだと思います。一瞬うれしいと思っても、すぐ次に気持ちがいっちゃうんですよ。俺の脳みそは、直感で受け取って理性で返すタイプらしい。要は飽き性、浮気性なんでしょうね。直感でいいなと思っても、理性で考えてもういいやってなっちゃう。だから買い物してもすぐ捨てちゃうし、家には物がほとんどない。記念品なんて持ち帰ったことすらないですからね。ONEで勝つと3キロぐらいのプレートをもらえるんですけど、いつも誰かあげちゃいます。今回もタイから、スーパーのトートバッグ一つで帰ってきましたから。行くときは大荷物だったんですけど、帰りはスーツケースとか体重計とか服とかを全部現地に捨ててきました。だって、重たいじゃないですか。

――試合で使ったファイトパンツとかも捨てちゃうんですか?

渋谷 洗うのが面倒なんで、捨てちゃいます。そういやファイトパンツで思い出した! 俺の試合用のファイトパンツは、ケツの部分に「Ganapati PLC」というスポンサーロゴが入っているんですけど、今回このアイロンパッチのロゴを、現地に行ってから自分でアイロンを使って付けようとして大失敗したんですよ。水を噴きかけてからアイロンをかけなきゃいけないってことを知らなかったから、熱で生地が溶けてファイトパンツのケツの部分にでっかい穴が空いちゃった(笑)。

――まさか、それをはいて試合に出たんですか?

渋谷 はい(笑)。たまたまチームの後輩に器用な奴がいたから、そいつがアイロンで生き残った生地をちょっとずつペローンと伸ばして穴を塞いで、裏からもパッチを付けて補強してくれて、それでどうにか試合に出ました。試合が2ラウンドまで長引いたらロゴが取れて、ケツ丸出しになっていた可能性がある(笑)。だから1ラウンドの序盤で試合を終わらせられてよかったです。

――デェダムロンを破ったことで、タイトルマッチも見えてきました。

渋谷 ベルトは要らないですね。なんでかわかります?

――わかりません。

渋谷 持って帰るのが重たいからですよ(笑)。

――(笑)しかし、勝ってもうれしくない、ベルトにも執着がないとなると、渋谷選手は一体なんのために戦っているのでしょう? 応援している側からすると、今回の渋谷選手の勝利はめちゃくちゃうれしかったですけどね。2008年の「THE OUTSIDER」のデビュー戦からずっと見てきて、目のケガで苦しんでいたことも知っていましたから、見ていて今回ほど緊張し、感動した試合はなかったですよ。

渋谷 ……あ、わかった。やっとわかったっス。なんでうれしくないんだろう? なんで勝ったのに辛いんだろう? っていう理由が、今やっとわかった気がします。ぶっちゃけ俺、格闘技はまったく好きじゃないんですよ。でも今回、試合を終えて控え室に戻ったら、チームのみんなが泣いて喜んでくれていたから、俺もうれしくなって、もらい泣きしたんですよ。人生で泣くことなんてほとんどなかったのに。でもみんなと別れてホテルの部屋に入る頃には全然うれしくなくなっていた。つまりそれって、試合に勝って俺自身がうれしいんじゃなくて、周りが喜んでいる姿を見るのが俺はうれしんだなと思って……(突然、嗚咽を漏らす)。それのために俺、好きでもない格闘技を頑張ってこれたんですね。

――戦うモチベーションは、そこにありましたか。

渋谷 (泣きながら)そういうことか……。だって今、本当にうれしいですもん。うれしいと言ってくれたことに対し、本当にうれしい気持ちなれました。ありがとうございます。

 * * *

翌日、渋谷から電話がかかってきた。

――どうしましたか?

渋谷 聞いてください。おかげで正視恐怖症が治りました。今日、何十年かぶりに人の目をちゃんと見てしゃべれたんですよ。それまで長いこと、ピントを合わせられなかったんです。ピントを合わせたら必ず人って、俺のことを嫌な顔で見る。だから今まで合わせられなかったのに、今日はできるかもしれないと思って試してみたら、ピントを合わせられました。人の顔ってめちゃくちゃ猿みたいですね(笑)。目の使い方が正常化したことで、世界が違って見える。このことを脳外科の先生に報告したら、「泣いたことによって眼球の周りの感覚を取り戻した可能性がある」と言われました。

――それまで人を正視できなかった理由は?

渋谷 誰も信用できずにいたからです。

――なぜ信用できなかったのでしょう?

渋谷 そういう人生だったからです。起きろと叩かれ、寝たら怒られ、しゃべれと言われてしゃべったら「うるせー!」と怒鳴られる。生きていることを全否定されて育ってきたんで、ずっと人を信用できなかったんですよ。でも今回、俺の勝利を本気で喜んでくれた人が何人もいることがわかったから、これからは人を信用して生きていけそうです。
(取材・文=岡林敬太)