大人気のリアーナ「サヴェージ×フェンティ(Savage X Fenty)」他、セレブのランジェリーブランド4選!

 近年、「セクシュアルな魅力を持つ自分が大好き」と宣言する女性セレブが増えてきた。ボディシェイミング(外見についての批判)にも動じず、それらをはねつける強さを持っている彼女たちは、“真のセックスシンボル”として同性からも絶大なる人気を誇っている。

 「パートナーのためではなく、自分自身のためにセクシーになるのだ」と考える女性セレブたちの中には、セクシーなランジェリーコレクションを手がけている者がいる。ふしだらと批判されても「セクシーな自分を楽しんで何が悪い」と反論し、心地よくセクシーなランジェリーを作り続ける。今回はそんな、ランジェリーブランドを手がけた女性セレブを紹介しよう。

リアーナ「サヴェージ×フェンティ(Savage X Fenty)」

 2005年にデビューしてからというもの、歌手に限らず、女性をエンパワメントする存在として同性の圧倒的な支持を集めているリアーナ。自らをサヴェージ(獰猛)だと表現する彼女が、18年に発表したランジェリーブランドは、その名も「サヴェージ×フェンティ(Savage X Fenty)」。女性の美を最大限に演出できる挑発的なデザインで、たちまち話題となった。

 「女性は自分たちのためにランジェリーを身に着けるべき…… その人が持つ美しさを“自分のもの”にしてほしい」という願いを込めて立ち上げた同ブランド。多くの女性がランジェリーを楽しめるように幅広いサイズ展開になっており、広告にはリアルサイズのモデルを多数採用。アマゾンプライムビデオで2019・20年に配信されたファッションショーには、幅広い人種、体形、年齢層のモデルやセレブが登場して、ブランドコンセプト同様に多様性を表していた。

 米経済誌「フォーブス」は今年2月、「サヴェージ×フェンティ」の時価総額が10億ドル(約1,080億円)に達したと報じており、今後、さらに成長していくと見られている。

ハイディ・クルム「ハイディ・クルム・インティメイツ(Heidi Klum Intimates)」

 有能なファッションデザイナーを発掘するリアリティ番組『プロジェクト・ランウェイ』の司会など、ファッション界に欠かせない存在となっているスーパーモデルのハイディ。米ランジェリーブランド「ヴィクトリアズ・シークレット」の元看板モデルとして下着を知り尽くしている彼女が、2015年にオーストラリアで発売したのが「ハイディ・クルム・インティメイツ」だ。

 ハイディは、同年1月に元祖スーパーモデルのエル・マクファーソンのランジェリー・ラインなどを手がける、ニュージーランドの企業「Bendon」と契約。コラボする形で「ハイディ・クルム・インティメイツ」を立ち上げたのだった。

 それまで子ども服などをデザインしてきたハイディは、インタビューで「ランジェリーをデザインすることが夢だったの」とうれしそうに語り、「自分ならランジェリーモデルとしての長年の経験を生かせる」「多くの人の手がかかっている写真撮影と、現実の世界は違う。まず着心地がよくなくてはいけない」と力説。「ハイディ・クルム・インティメイツ」のものは、毎日でも着られるシックでおしゃれなランジェリーだと話題になった。現在でも米Amazonなどで、一部商品が購入可能である。

 プラスサイズモデルの先駆者として、またボディポジティブ発信者としても、ファッション業界から一目置かれているアシュリー。彼女は、デザインやサイズが制限されがちなプラスサイズの女性がおしゃれを楽しめるように設立されたブランド「アディション・エル」のモデルを、2013年から務めている。19年には、同ブランドとコラボした、ランジェリー・ライン「シンプリー・アシュリー(Simply Ashley)」をリリースした。

 彼女が手がけたランジェリーは、レースをあしらったシックなデザインが多く、カーヴィーなボディを美しく演出してくれると大好評。ベビードール・ランジェリー・ドレスは、「最高に着心地がよさそう!」「毎日でも着てみたい!」と多くの女性たちをときめかせた。

 アシュリーがアンバサダーを務める世界的コスメブランド「レブロン」も、このランジェリー・ラインを気に入り、ボトルにランジェリーのレース模様を施したマニキュアを発売。おしゃれだと大きな話題になった。

ディタ・フォン・ティース 「ディタ・フォン・ティース・ランジェリー(Dita Von Teese Lingerie)」

 バーレスクを復活させたダンサーとして、エンターテインメント業界やファッション業界から称賛されているディタ。15歳から24歳までランジェリーショップで働き、ランジェリーとレトロ好きが高じて、独特なヴィンテージ・ファッションセンスを磨いた。それを生かし、2014年にはオンライン・ランジェリーブランドの「ベア・ネセシティーズ(Bare Necessities)」とタッグを組み、とびきりセクシーなランジェリー・ラインをスタートさせた。

 バーレスクの女王である彼女は、「ランジェリーは、機能的であると同時にグラマラスな演出をするものだと思っている。ランジェリーには、女性を魅力的に見せる力がある」「多くの人にグラマラスな気分を楽しんでもらえるように、このラインを立ち上げた」と説明。

 現在、彼女の手がけた商品は、米大手百貨店チェーン「ブルーミングデールズ」で販売中。根強い人気を得ている。

ブリトニー「私のおしりをエンジョイして!!!」とハイテンション投稿、『フレンズ:ザ・リユニオン』はオフショット投稿祭り!【今週のセレブ一行ニュース】

 セレブがインスタグラムで披露する日常の姿や意外な素顔は、ほほ笑ましかったり、世間に強烈なインパクトを与えたり、時には物議を醸すことも。そんなセレブの今週のインスタグラムから、見逃せないショットを紹介!

ブリトニー・スピアーズ、ド派手な水着で「私のおしりをエンジョイして!!!」

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 おへそまでV字カットされたネオンイエローの水着に、白のブーツ、黒のショート丈のファーコートを身にまとい、ご機嫌にダンスする写真を6枚投稿したブリトニー。「イエロー!!!! 知ってる……ブレブレの写真だけど、スマホが勝手動いちゃうから仕方ないね!!!! 昨日、気晴らしに撮ったの」「……私、インスタグラムで自分のおしりは絶対に見せないから、ノー……Tバックははかない!!!!」「しょうがないね……淑女&紳士のみなさま、私のおしりをどうぞ!!!! エンジョイして!!!!」とハイテンションでつづられたメッセージ欄には、たくさんの絵文字がちりばめられていた。

 ファッションもメッセージ欄もにぎやかすぎるが、対照的にブリトニーの表情はしっかりしており、どの写真も目力は抜群。近年は不安定な精神状態に同情と心配が寄せられているブリトニーだが、今回の投稿では「調子よさそう!」とファンを喜ばせている。

レディー・ガガ、「ボーン・ディス・ウェイ」10周年を祝う化粧品セットを販売

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 愛やエンパワーメント、平等といったテーマをパワフルに描き、高い評価を得た、ガガの2枚目のスタジオアルバム『ボーン・ディス・ウェイ』。その発売10周年を記念して、ガガ自身の化粧品ブランド「HAUS LABORATORIES」が、コフレキット「BAD KID VAULT」を数量限定で販売すると発表した。

 「この限定版の“金庫(VAULT)”には、HAUS LABORATORIESの中から厳選したコレクションが入っています。あなた自身が自分の魅力を創れるように。そして、あなたにとって『ボーン・ディス・ウェイ(こうなる運命のもとに生まれてきた)』とは何なのか、喜びを噛かみしめられるように」と説明し、「踊り続け、歌い続け、ありのままの自分でい続けてください」と呼びかけた。

 米ニューヨーク・マンハッタンに住む男女6人の恋愛をコミカルに描いた大ヒットドラマ『フレンズ』(1994~04)で一躍国民的女優になったジェニファー。新型コロナウイルス感染拡大の影響で収録が遅れていた、同作の“同窓会スペシャル”『フレンズ:ザ・リユニオン』が5月27日に米動画配信サービス「HBO Max」で配信スタートとなった。

 彼女は、6月2日、撮影セットをバックに6人で自撮りしている写真、ゲストのジャスティン・ビーバー夫妻の横でロス役デヴィッド・シュワイマーがクシャッと笑う写真、第1シーズンを手がけたジェームズ・バロウズ監督とのツーショット写真をインスタグラムで公開した。最後には6人全員が新型コロナウイルスのワクチン接種をしたことをアピールし、4日11時現在、約624万を超える「いいね!」を集めている。

リアーナ、“最高に盛れている”下着ショットを公開

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 女性の美と魅力を最大限に演出するランジェリー「サヴェージ×フェンティ(Savage X Fenty)」を手がける、歌手のリアーナ。6月2日には、同ブランドの下着を着用した3枚の写真を投稿した。

 ゴールドジュエリーをたくさん身に着け、オレンジ色のストラップレスブラとTバックで、“最高に盛れている”写真にファンはうっとり。「メッセージ欄に何を書こうか3分間考えたんだけど……」「今日はな~んも言うことないんだわ」という一言が添えられており、さばさばした性格のリアーナらしいと話題に。ピンクの口紅、ソフトなアイメイク、コーンロウヘアーもとても似合っており、「キャプションなんていらない! 写真がすべてを物語っているから!」などといったコメントが殺到した。

うつ告白の大坂なおみ、セリーナら共感の声! 仏テニス連盟には「なんたる皮肉」「卑怯者」と怒声上がる

 女子プロテニスプレーヤーの大坂なおみ(23)が、試合後の記者会見によって自身のうつや不安症がコントロールできなくなると告白し、世界中で議論を呼んでいる。

 事の発端は、現在開催中の全仏オープン開幕直前の5月27日、大坂がTwitterで「アスリートの心の健康状態を無視している」として、試合後の記者会見には応じないと表明したこと。全仏オープンを取り仕切る仏テニス連盟のジル・モレトン会長からは「大いなる過ち」と批判され、女子世界ランキング1位のアシュリー・バーティ(25)や男子3位のラファエル・ナダル(34)らは、「気持ちはわかるけど、記者会見も仕事のうち」との見解を示した。

 宣言通り、1回戦勝利後の記者会見を欠席して罰金1万5000ドル(約165万円)を科され、「違反を繰り返したら、さらに重い処分を科す可能性がある」と通告された大坂は、Twitterで「変化は人々を不快にさせる」と反発したり、インスタグラムのストーリーに主催者への抗議らしきものを投稿。

 姉・まりが、米電子掲示板「Reddit」に、「“クレーコートの成績がよくない”とばかり言われるから、精神状態に悪い。だからボイコットする」と書き込んだことから、ネット上では「嫌なことはしたくないという態度はどうなの?」「会見も仕事のうち。それだけの賞金をもらっているんだし」と批判のほうが多く目についた。

 しかし31日に、大会主催者が大坂の棄権を発表し、彼女自身がTwitterでうつや不安症に苦しんでいることを告白すると、空気は一転。ジャーナリストや先輩プレイヤーから同情が寄せられた。

 大坂は、6月1日にFacebookで「今回のことは、数日前に投稿したときには想像もしていなく、意図もしていなかった状況です」と投稿。記者会見拒否を表明するタイミングがあまりよくなかったこと、意図をもっとはっきり伝えるべきだったことを認めた上で、「私はメンタルヘルスを軽視したり、軽々しくその言葉を使ったりはしません。実は、2018年の全米オープン以降、長い間うつ病に苦しみ続け、その対処に本当に苦労してきました」と告白した。

 続けて、自分は内向的で、試合では不安を紛らわすためにヘッドフォンをつけていると説明し、「テニスメディアの方々はいつも私に親切にしてくれました(特に、私が傷つけてしまったかもしれない、ジャーナリストの皆さんに謝りたいです)しかし、私はもともと人前で話すのが得意ではなく、メディアの前で話す時は大きな不安に襲われます」と説明。

 そして、「ここパリでは、すでに弱気になって不安になっていた自分がいたので、ケアをするために記者会見を欠席したほうがいいと考えたのです。先に発表したのは、一部のルールがとても時代遅れだと感じていて、そこに光を当てたいと思ったからです」と記した。大会主催者側には謝罪の手紙を書いたとして、時期を見て「選手やプレス、ファンのためにもっと良い方法を検討したいと思っています」と意欲ものぞかせている。

 この告白に、大坂が尊敬する選手セリーナ・ウィリアムズ(39)は、「わかる」と共感を示し、自身の1回戦勝利後の記者会見で、自分も「落ち込んでいるときに蹴落とされるような」会見を重ねて強くなったと述べ、「でも人それぞれ。私は厚くて強いけど、薄くて弱い人もいる」「なおみはベストを尽くしているわ」と称賛。セリーナの姉ビーナスも、「あなた(大坂)をとても誇りに思う。お大事に。近いうちにあなたが勝つ姿が見られることでしょう!」とコメントしている。

 女子テニス界の新星コリ・ガウフ(17)は「心を強くもってくださいね」、2017全米オープン覇者スローン・スティーブンス(28)は「ベイビーガール、私たちはあなたの味方よ。必要なだけ休んでちょうだい」とメッセージを寄せ、チェコ出身の伝説的プレーヤー、マルチナ・ナブラチロワ(64)も、「大坂なおみに同情する。彼女が大丈夫なことを願っている。アスリートは自分の体をケアすることは指導されるけど、メンタルや感情的なことは軽くあしらわれる。記者会見以上の問題。なおみ、お大事にね。みんな、あなたのことを応援している」と、Twitterで励ました。

 多くの選手が次々と大坂に同情を寄せ、テニス/スポーツジャーナリストたちは、記者会見欠席の罰を与えた主催者を強く非難。大坂の恋人でラッパーのコーデー(23)は、「誰にも謝る必要はない!」との攻撃的な投稿をインスタグラムにアップしている。

 一方で、男子テニス界のレジェンド、ボリス・ベッカー(53)は、テニス専門サイト「テニス365」で、「彼女はキャリアの危機にある」「メディアなしには賞金もないし、(スポンサーとの)契約もなくなるからだ。自分もメディアは嫌いだったけど、やらなければならなかった」「メンタルヘルスのために引退の危機に迫られることを深刻に受け止めるべき」と懸念を示した。

 モレトン会長は、大坂について「一刻も早い回復を願っている」との声明を発表。しかし、この件についてメディアの質問は受けないとし、ネット上では「なんたる皮肉」「卑怯者」と怒りを炸裂させる声が上がっている。

BTSやガガ、ジャスティン出演シーンを削除! 米ドラマ『フレンズ』スペシャル版を中国が検閲

 米ニューヨーク・マンハッタンに住む男女6人の恋愛をコミカルに描いた、大ヒットコメディドラマ『フレンズ』(1994~04)。同作のキャストが再会する“同窓会スペシャル”『フレンズ:ザ・リユニオン』が、5月27日に米動画配信サービス「HBO Max」で公開された。大物セレブらが次々ゲスト出演して大きな話題となったが、中国で配信された際に、一部シーンが削除され、物議を醸している。

 英「BBCニュース」によると、『フレンズ』は中国のミレニアル層(1980~90年代生まれ)に根強い人気を誇っており、今回のリユニオン版も中国主要3大ストリーミングプラットフォームの「アイチーイー」「テンセントビデオ」「Youku」ですぐに配信された。しかし、アメリカで配信されたものより、アイチーイーは約6分、テンセントビデオは約5分、Youkuは約4分、短縮されていたという。

 カットの対象になったのは、K-POPグループ「BTS」、歌手のレディー・ガガ、ジャスティン・ビーバーがゲスト出演しているシーン、LGBTQである番組ファンが思いを語るシーン、マット・ルブランク演じるジョーイの下着ネタと、「モニカ(演:コートニー・コックス)がくらげに刺された際、そばにいたチャンドラー(マシュー・ペリー)がおしっこをかけて助けてくれた」というシーンだった。

 いまや世界的人気を誇るBTS、リーダーのRMはもともと『フレンズ』で英語を覚えたと公言していた。彼は20年10月に米韓関係への貢献をたたえる賞を受賞した際、「両国が共に経験した苦難の歴史と無数の男女の犠牲を忘れない」と発言。朝鮮戦争(1950〜53)で米韓が共に戦ったと話したことが、北朝鮮軍と共に米韓と戦った中国の怒りに触れ、SNSやメディアが「BTSが中国を侮辱した」と一斉に批判する騒ぎへと発展。

 BTSのグッズを販売していたサイトは商品を取り下げたりもしたが、中国のARMY(BTSのファン)たちの愛は揺るがず、この騒ぎは長続きしなかったようだ。が、この件を機に当局はBTSを放送禁止の対象にしたとみられている。

 レディー・ガガは、リサ・クドローが演じる個性的な女性フィービーが歌う曲として有名な「猫はくちゃい(Smelly Cat)」をフィービーと一緒にギターを弾きながら熱唱したシーンがカットされた。ガガは、16年にチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世に面会。中国が弾圧を続けるチベットの精神的指導者との面会は、中国を刺激し、以来、中国での公演が禁じられている。

 ジャスティンは、13年に中国を訪問した際、2人のボディガードに自分を担がせて世界遺産の「万里の長城」を登り、まるで皇帝のようだと議論を呼んだ。また、14年には、戦没者と共に日本の戦犯が祭られている靖国神社を参拝し、「問題行動が多いアーティスト」と認定されたよう。以来、中国への入国を禁じられており、17年に行われた彼の『パーパス・ワールド・ツアー』も中国本土では開催されなかった。

 LGBTQについては、近年中国でも理解者が増えてはきたものの、法的には権利が認められていない。5年前には、当局が、男子高校生の同性愛を描いたネットドラマシリーズ『アディクト(中毒)』の配信を「低俗、反道徳的で不健康」「社会の暗黒面」として突然削除するという強硬手段を取り、中国版Twitter「微博(Weibo)」で時代錯誤だと批判する声が上がった。

 今回削除されたシーンは、当局が削除を命じたのか、それともストリーミングプラットフォームが当局に忖度したのかは不明。ノーカットで見る気満々だった中国のファンの落胆は大きく、「Weibo」には、カットしたことへの批判、「いつまでこんなことをしているのか」という声などが殺到しているという。

『スタンド・バイ・ミー』出演俳優が「両親の精神的虐待」を告白! 映画公開後の“知られざるエピソード”

 5月28日放送の『金曜ロードショー』(日本テレビ系)にて、1986年公開の映画『スタンド・バイ・ミー』が本編ノーカットで放送される。テレビで見たい映画を視聴者から募集する企画「金曜リクエストロードショー」によって選出された映画とあって、放送前からTwitterのトレンドワードに作品名が浮上するなど、注目度はバツグンだ。

 原作は、アメリカを代表する作家であるスティーブン・キング氏の同名小説で、オレゴン州の小さな町に住む4人の少年たちの冒険を描いた作品。公開から35年たった今も愛されるこの映画には、23歳の若さで亡くなった名優のリバー・フェニックスや、大人気ドラマシリーズ『24 -TWENTY FOUR-』の主人公、ジャック・バウアーを演じるキーファー・サザーランドも出演しており、若かりし彼らの演技も楽しめるだろう。

 4人の少年たちの中でも、スティーブン・キング自身を投影した役だといわれているのが、作家を夢見る少年のゴーディ・ラチャンス。彼を演じた俳優のウィル・ウィトンは、『スタンド・バイ・ミー』出演後、どのような活躍をしているのだろうか?

 映画出演で一躍スターとなったものの、その後の活動はテレビドラマが中心となったウィル。2007~19年まで続いた人気ドラマシリーズ『ビッグバン★セオリー/ギークなボクらの恋愛法則』に“本人役”で出演したり、20年からは、AI同士のサバイバルを見守るゲーム版リアリティ番組『Rival Peak』でホスト役を務めたりと、現在も芸能活動を続けている。

 一方で、先日はウィルが「少年時代に両親から精神的虐待を受けていた」との報道も。今月24日に公開された「Yahoo! Entertainment」のインタビュー記事では、ウィル本人が「両親に無理やり演技をさせられた」「父から信じられないほどの精神的虐待を受けた」と告白。「『スタンド・バイ・ミー』を見ていると、信じられないほどの悲しみが目に浮かぶ」と、当時の苦しさがよみがえるとも明かしていた。

 ほかにも、ウィルの知られざるエピソードを紹介するべく、サイゾーウーマンの海外特派員・JULIE氏の連載「ハリウッド版『あの人は今!?』」を再掲。実は“オタク”な一面や、ファンとの心温まる交流などを知れば、『スタンド・バイ・ミー』への理解がより深まるだろう。


(初出:2011年1月17日)

『NARUTO』の声優も! 『スタンド・バイ・ミー』ゴーディーのオタクな人生

――夢中になった映画やドラマに出演していた、あの人。パタっと見なくなったけど、やっぱり気になる~!! そんなアナタのために、サイゾーウーマンの海外特派員・JULIEが、噂のあの人の仕事からプライベートまで、現地で情報をかき集めてきました!

■今回のターゲット
ウィル・ウィトン(『スタンド・バイ・ミー』のゴーディ・ラチャンス役など)

 小さな田舎町に住む4人の少年たちが繰り広げる、ひと夏の冒険を描いたノスタルジックな青春映画『スタンド・バイ・ミー』(1986)。多感で繊細な少年たちの心情を見事に描写した同作で、兄を亡くし両親から邪険にされているゴーディを演じたのがウィル・ウィトンです。ゴーディは、映画の原作者スティーブン・キング自身だとされ、感情表現するのが非常に難しい役でしたが、ウィルは見事熱演。親友クリス役を演じたリバー・フェニックスと人気を二分し、ハリウッドの若きスターとして注目を浴びるようになりました。

 ウィルは、子役として経験を積んでいたため『スタンド・バイ・ミー』出演時には、ベテラン顔負けの演技力を身につけていました。映画で大ブレイクした後は、共演者のリバーやキーファー・サザーランドのように銀幕の世界で活躍するのだろうと誰もが確信しました。しかし、ウィルが選んだのは、映画ではなくTVの世界。TVドラマやTV映画で、着実に俳優としてのキャリアを積み上げていったのです。

 87年にレギュラー出演した人気SFドラマ『新スタートレック』では、『スタンド・バイ・ミー』とは異なる層のファンを獲得。宇宙船エンタープライズDの最年少クルーを演じ、ティーンやSFファンから絶大なる人気を得るようになったのでした。

 『スタンド・バイ・ミー』で共演したリバーは、93年にヘロインとコカインの過剰摂取により23歳の若さで急死しています。ウィルは、リバーの死について「薬物やアルコールに漬かっていたことは知っていたから、驚かなかった」と回想。2人は、ウィルが15歳になるまで大親友だったそうで、映画の成功により急に注目され、パパラッチに追いけまわされ苦しむリバーの姿を間近で見ていたそうです。

 「でも注目されなければスターで居続けることはできない。リバーはそんな状態に苦しみ、薬物に逃げるようになっていた。僕は嫌気がさすというより、怖くてなってしまい、外に出なくなった。そして、ゲームやインターネットの世界へ逃避するようになったんだ」とウィルは語っていますが、俳優業の傍ら、そのゲームやインターネットの世界で一目置かれる存在へと大成長。

 オタクのイベントには時間を許す限り顔を出し、2001年には自身が立ち上げたウェブサイト『WIL WHEATON dot NET』の掲示板でファンやオタクたちと交流を開始。ブログの記事をまとめた自伝書『Dancing Barefoot』はヒットとなり、出版社から契約オファーを受けオタクへの道を綴った『Just a Geek』もリリース。オタク系サイトや雑誌に寄稿するなど著述業としても知名度を上げていったのです。ほかにも、映画やアニメーション、ゲームなどの開発ツール・プロバイダ米NewTek, Inc.で、Video Toaster 4000の開発に携わるほど、技術系オタクを超える活動もしています。

 また、DCコミックのアニメ『ティーン・タイタンズ』やアニメ『NARUTO -ナルト-』『黒神』など数多くのアニメにも声優として出演。インターネットで配信されているウェブ・コメディ『LoadingReadyRun』やウェブ・シリーズ『Gorgeous Tiny Chicken Machine Show』などにも登場し、スケッチコメディーの舞台にも立っています。

 01年にはインディペンデント映画『The Good Things』で俳優として高く評価され、映画祭で賞を獲得。07年、08年には人気ドラマ『NUMBERS 天才数学者の事件ファイル』『クリミナル・マインド FBI行動分析課』にゲスト出演し、話題となりました。

 ウィルの人柄を語る素敵なエピソードがあります。10年8月、テレサという女性ライターが21年前にウィルのファンクラブに申し込んだものの、何らかの手違いで何も送られてこなく「当時8歳だった私はひどく落ち込んだ」という話を、大手SFサイトで記事にしました。

 これを読んだウィルは、当時のファンクラブのグッズを探しまくり、早速彼女に郵送。「8歳のテレサへ」という手紙も同封しました。手紙はサイトで公開されたのですが、「こんなに長く待たせてゴメンね。15歳のぼくは仕事と学校で忙しくて、ファンクラブはほかの人がやってくれていたんだ。手違いで入会手続きするのを忘れてしまったんだと思う」「もうずっとファンクラブは活動をしていないけど、メンバーズカードと特典グッズをお送りします。今のぼくは結婚して2人の男の子のパパなんだ。君と一緒で執筆もしているよ」「最後に、もう一度、8歳のテレサへメッセージ。僕が何で知っているのか明かせないけど、君は大人になったら素晴らしいライターになるよ。だからちゃんと学校に通い、自分がされたいと思うように人に優しく接してね」と綴られており、多くの人々の心を打ちました。

 ハリウッドA級スターではないけれど、自分の好きな仕事を生き生きとこなしているウィル。彼の生き方を理想としている俳優はとても多いそうです。

JULIE
海外生活20年以上の、海外芸能ジャーナリスト。 ゴシップサイトやタブロイド紙を毎日巡回中。ルーペ・ヴェレスからレディー・ガガまでイケる雑食系。世界各地から情報を取り寄せ、粘着質的にリサーチするのが大好物。

新曲パフォーマンスのBTS、息子を初お披露目したドレイク! ネットが沸いた『ビルボード・ミュージック・アワード 2021』ベスト5トピック

 現地時間5月23日、ロサンゼルスのマイクロソフト・シアターで開催された『ビルボード・ミュージック・アワード 2021』。昨年の授賞式は、新型コロナウイルスの影響で10月まで延期され、観客を入れずに開催された。それからまだ7カ月しかたっていないが、ワクチン接種が急速に進んでいるおかげで、アメリカの状況は大きく改善されている。今回は、会場の外にマスクを着用した観客が大勢集まり、アーティストたちはノーマスクでハグを交わした。

 そんな中で行われた『ビルボード・ミュージック・アワード』で、特にネットでの反響が多大きかったバイラルトピックベスト5をお届けしよう。

グラミーの雪辱を果たしたザ・ウィークエンド

 トロフィーの受け渡しは、外に集まった観客がよく見えるガラスの壁のコーナーで行われ、トップ・アーティスト賞など最多10部門に輝いたザ・ウィークエンドは、外にいるファンに向かってガッツポーズ。大ヒットアルバム『アフター・アワーズ』は音楽性も高く評価されていたが、今年3月に行われたグラミー賞には1部門もノミネートされず。これまでもアフリカ系アメリカ人をはじめ、非白人アーティストへの過小評価が問題視されてきた同賞について、ウィークエンド自身、「今後永久にグラミーをボイコットする」と怒りを炸裂させていただけに、今回の快挙は「グラミーへのリベンジだ」と話題に。パフォーマンスタイムでは、広々としたパーキングで車を使った斬新な構図で沸かせた。

P!NK、娘とコラボパフォーマンス

 アイコン賞に輝いたP!NKは、愛娘ウィローと一緒にロープを使った空中パフォーマンスを行った。もうすぐ10歳になるウィローが笑顔で高度なアクロバットをこなしていく姿に驚く人、母娘の息の合ったパフォーマンスに感動する人、無事終わってうれしそうにピョンピョン飛び跳ねる、年相応のウィローに癒やされる人が続出。Twitterを大いに沸かせた。

ドレイクの息子、公の場に初登場

 アーティスト・オブ・ザ・デケイド賞を贈られたドレイクは、プレゼンターに長年彼を支えてきた友人と家族を指名。両親が見守る中、ドレイクは元ポルノ女優ソフィー・ブルッソーとの間にもうけた息子アドニスと手をつないでステージに登場。友人や家族、ファンに感謝の気持ちを述べた。たくさんの観客に戸惑っているような表情のアドニスは、トロフィーを持ちながら終始ドレイクの足にひっつき、最後は観客の歓声が怖くなったのか、号泣。Twitterには「かわいい!」「ドレイクそっくり」と、アドニスに目を細める人があふれかえっていた。

 トップ・ロック・アーティスト賞を獲得したのは、ラッパーとしてデビューし、ロックアーティストとしても才能を発揮しているマシン・ガン・ケリー。スピーチでは、同伴していた恋人のミーガン・フォックスを「ツインソウル(魂の片割れ)」と呼んだ。この日、舌を真っ黒に着色して登場した彼は、レッドカーペットでとびきりセクシーなドレスを着ていたミーガンとベロチューを披露し、仲の良さを見せつけていた。

新曲の初パフォーマンスで沸かせたBTS

 トップ・セールス・ソング賞など4冠に輝いたのは、いまやK-POPの域を飛び出て、世界的アーティストになったBTS。授賞式には、韓国・ソウルから生中継で出演し、新曲「Butter」を初パフォーマンスしたこともあって、世界中のファンがTwitterで歓声を上げていた。

 ほかにも、イギリスのオックスフォード出身のエレクトロニック・バンド、グラス・アニマルズ、インディーポップトリオのAJR、ロックデュオのトゥエンティ・ワン・パイロッツも受賞、パフォーマンスを披露するなど、幅広いジャンルの音楽が楽しめた。

 またプエルトリコの歌手でラッパーのバッド・バニー、コロンビアのシンガーソングライターのカロルGなど、ラテン系のアーティストもパフォーマンスで存在感をアピール。多様性に富んだアーティストたちの顔ぶれを見られたことが高く評価されており、「ダイバーシティに欠けるグラミー賞はもういらない」などという意見がネット上で多数見受けられる。

「『やせたね』は『太ったね』と同じぐらい有毒」デミ・ロヴァート、体形について気軽に言及することに警告

 摂食障害に苦しんでいることをオープンにしている、歌手デミ・ロヴァート(28)。多くの人が他人の体形や体重について気軽にコメントすることに警告を鳴らし、賛同を得ている。

 現地時間5月23日、デミはインスタグラムのストーリーに長文を投稿。

「誰に対して響くのかはわからないけど、言わせて。摂食障害を患ったことがある人に対して、『体重が減ったね』と褒めることは、『体重が増えたね』と言うことくらい有害だって」
「もし、あなたがその人の“食に関する歴史”を知らないのであれば、その人の体についてコメントすべきじゃない。悪気なく純粋な意味で言ったのだとしても、その人は、夜中の2時にその言葉の意味を考えることになるかもしれないから……」

 と、他者の体について安易にコメントすべきではないと説いた。続けて、「(やせたねと言われて)気分よくならないか、って? もちろん、たまにはそう思うわ」と明かした上で、「でも、気を良くするのは、私の頭の中にはびこる摂食障害の声。『ね、みんな細いほうのあなたが好きなんだって』『あとちょっとだけ食べる量を減らしたら、もっとやせるよ』とささやくの」「『うわっ、前(の私の体)はどう思われてたんだろう?』って最悪な気分になることもある」と、たとえ褒め言葉であっても、摂食障害の症状を悪化させるトリガーになるのだと説明した。

 そして、「この話の教訓」として、「体は魂の殻(でしかない)。私はそれ以上の存在。日々、そのことを自分に言い聞かせるために闘っているの。だから、お願い。みんなは体しか見てないんだと思わせないで」と祈るような絵文字を添え、締めくくった。

 このストーリーが投稿されたのはアメリカ太平洋時間の深夜2時頃だったことから、ネット上では、デミが現在進行形で苦しんでいる気持ちを吐露したと推測されている。

 デミは3月初めに、「もう(食べ物の)カロリー計算してないし、がむしゃらに運動することもない。摂食制限もパージング(嘔吐や下剤使用など、自発的に食べ物を排出する方法)はしてない」「でも、うっかりやせちゃった」と、インスタグラムにウエスト部分がガバガバになったズボンを披露する動画を投稿した。

 4月には、インスタグラムの同じくストーリーで、シュガーフリー商品を販売するフローズンヨーグルトの店を、「やせなくてはいけないという人の気持ちをあおって、金もうけをするハゲタカ」と猛批判。「糖尿病患者などの人たちの商品」と反論した店に対して、脅迫じみたようなDMを送りつけていたことが報道され、「食に敏感になっているのは、摂食障害が悪化しているからではないか」と、ファンを心配させた。

 2017年にYouTubeで公開されたドキュメンタリー『Simply Complicated』で、デミは8歳の頃から子役のストレスを過食することで落ち着かせてきたと告白。それ以来、摂食障害に苦しむようになり、壮絶な闘病生活を送っていると明かした。新作アルバムに合わせて、今年3月にYouTubeで公開されたドキュメンタリー『Demi Lovato: Dancing with the Devil』(全4話)でも、「今も摂食障害と闘っている。コントロールできるようになったけど、生涯逃れられないと思う」と、苦しい道のりを明かしている。

結婚回数、5回以上を調査! 恋多きハリウッドでも異色の存在、結婚・離婚を繰り返すセレブ5人

 今年3月に、俳優のニコラス・ケイジが31歳年下の日本人女性と結婚した。公開された挙式写真ではまるで初婚のように神妙な面持ちだった彼だが、今回で5度目の結婚であり、今度こそ長続きするのか、新しい妻との間に子どもができるのかなどが注目されている。

 離婚するのは当たり前だとされている恋多き男女が多いハリウッドだが、3度目あたりから離婚のつらさに懲りて再婚しなくなるセレブがほとんど。しかし、希望を持ち続け、「今度こそ」と繰り返し結婚するつわものも中にはいるのだ。

 今回はそんな離婚、結婚を繰り返しているセレブをご紹介しよう。

パメラ・アンダーソン(結婚6回)

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 昨年のクリスマス・イヴにボディガードのダン・ヘイハーストと、祖父母の代から続くカナダの邸宅で結婚式を挙げたパメラ。「落ち着くべきところに落ち着いた。本当に私を愛する男性の腕の中に、ね」とのろけた彼女だが、熱しやすく冷めやすい彼女のことなので長続きしないのではと、心配する声も上がっている。パメラの家のリフォームをダンが手がけたことで2人は知り合い、動物愛護活動をしているという共通点もあり意気投合したというが、年下のダンが逆玉を狙ったのではないかと陰口も叩かれている。

 パメラの最初の結婚は1995年。モトリー・クルーのドラマー、トミー・リーと出会って96時間後に超スピード入籍した。トミーとの間には2人の息子をもうけたが98年に離婚。その後、くっついたり離れたりしていたミュージシャンのキッド・ロックと2006年に結婚し、3回も挙式をして注目を集めるが、4カ月で離婚を申請。

 07年10月には長年の友人であり、ワーナーブラザース元副社長の息子でポーカープレーヤーのリック・ソロモンと電撃結婚するが、12月に離婚を申請。その後、トミーと復縁したが破局し、リックと14年1月に再び結婚。しかし、これも半年で離婚を申請することになり、世間をあぜんとさせた。パメラは離婚の原因を、相手からのDVやモラハラだとしている。

 20年1月に、大昔に付き合っていたプロデューサーのジョン・ピーターズと結婚し、「5度目の結婚!」と大々的に報じられたパメラだが、わずか12日しか続かず。彼女は、この結婚は法的には成立していないと主張。ジョンは「借金を払ってあげた瞬間に離婚された」と暴露しており、世間を大いに騒がせた。

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 チョイ悪オヤジのイメージが強い、クセのある俳優ビリーは、若きアンジェリーナ・ジョリーがベタぼれしていた元夫として有名。かなりのモテ男で6回も結婚をしている。

 最初の結婚は78年で、彼が浮気したため2年しか続かなかったものの娘が誕生。そして86年に女優のトニー・ローレンスと結婚したが、88年に離婚。90年には女優のシンダ・ウィリアムズと結婚して彼が脚本家デビューを果たした映画『One False Move』(92)で共演したものの、これまた2年で破局。93年に結婚したプレイメイトのピエトラ・ドーン・チェルニャクとの間には2人の息子をもうけたが、「DVされた」と三くだり半を突きつけられ、97年に離婚してしまった。

 『狂っちゃいないぜ』(99)で共演した20歳年下のアンジェリーナは、4番目の妻であり、2000年に結婚。お互いの血を入れたロケットペンダントを身に着けるなど狂気じみた熱愛っぷりで世間を騒がせたが、彼女がカンボジアから養子マドックスを迎えた頃から関係がギクシャクし、03年に離婚。直後から、『バッドサンタ』(03)で知り合った特殊メイクアップ・アーティストのコニー・アングランドと交際を始め、04年に娘をもうけたものの、長らく事実婚のままで、14年にようやく結婚した。

 ビリーの長女は、11年に親友の娘の死の責任があるとして懲役20年に処され、大きな話題となった。

 ハリウッドを代表する名監督のジェームズ。映画に熱い情熱を持ち、パンデミックの影響を受け公開が延期されている『アバター2』『アバター3』を、少しでも早くファンに届けられるよう奮闘している。そんな彼も実はかなりほれやすい男で、結婚、離婚を繰り返している。

 最初の結婚をしたのは20代前半の78年。トラック運転手だった18歳の時に出会った、ウェイトレスのシャロン・ウィリアムズと恋に落ち結婚したのだが、84年に離婚。その1年後、『ターミネーター』(84)のプロデューサー、ゲイル・アン・ハードと再婚し、共に『エイリアン2』(86)などを手がけるも、『アビス』(89)制作時に不仲となり、89年に離婚。役者をスカウトするために見学した映画を手がけていた女性監督のキャスリン・ビグローと恋に落ち、すぐに結婚するも91年に離婚。

 と、同時に『ターミネーター2』(91)撮影時にシングルマザーになっていた主演女優のリンダ・ハミルトンと意気投合し、すぐに同棲。93年に娘が誕生し、97年に結婚したが、99年に5,000万ドル(約54億4000万円)の慰謝料を払い、離婚してしまった。

 リンダは10年のインタビューで、ジェームズが『タイタニック』(97)でローズの孫娘役を演じていたスージー・エイミスと不倫関係になり、結果、自分が捨てられたのだと暴露。彼が過去に離婚したのも、すべて妻以外の女性を好きになったからだとみられている。

 ジェームズとスージーは00年に結婚。2女をもうけ、現在も幸せな結婚生活を送っている。

 映画関係者から神様とあがめられている名匠マーティンは、かなりのロマンチスト。物静かだが、女性に対する情熱を秘めているのだ。

 最初の結婚相手は、大学時代のスイートハート、ロレイン・ブレナン。65年に結婚し、娘をもうけるも、71年に離婚してしまった。その後、ジャーナリストのジュリア・キャメロンと 交際を開始し、76年に再婚。娘も誕生したが、わずか1年で離婚した。79年、自身の敬愛する監督ロベルト・ロッセリーニが女優イングリッド・バーグマンとの間にもうけたモデルのイザベラ・ロッセリーニと結婚。美しいイザベラとなら長続きするだろうとみられていたが、彼女とも長続きせず、83年に離婚。イザベラはその後、女優として活躍している。

 85年、マーティンはハリウッドの映画プロデューサー、バーバラ・デ・フィーナと結婚。一緒に『グッドフェローズ』(90)『カジノ』(95)などを手がけたが、6年で破局。50歳に差し掛かる頃に4度目の離婚をしたことで、もう結婚には懲り懲りだろうとささやかれたが、99年、『クンドゥン』(97)で出会ったライターのヘレン・モリスと結婚。ヘレンとの間には娘フランチェスカが誕生し、『アビエイター』(04)や『ディパーテッド』(06)に出演させ、年を取ってからの子どもだから、かわいくて仕方ないのだろうと話題になった。

 『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(17)でアカデミー主演男優賞に輝いた名優ゲイリーも、恋多き男として知られている。

 女優のレスリー・マンヴィルとは、息子が生まれた3カ月後に破局。離婚が成立した90年に映画『ステート・オブ・グレース』(90)で共演したユマ・サーマンと結婚するものの、2年で離婚。ユマは96年に雑誌のインタビューで、「彼と出会った頃、私は18歳。彼は12歳も年上だった。でも初恋だったのよ」と回想し、若すぎておままごと感覚だったからうまくいかなかったと分析。ゲイリーも「お互い、あまり意味のない結婚だったと思う」と振り返っている。

 その後、『不滅の恋/ベートヴェン』(94)で共演したイザベラ・ロッセリーニと交際するも、結婚までは至らず。飲酒問題に取り組むアルコール依存症の相互援助の集会で出会ったモデルのドーニャ・フィオレンティーノと97年に結婚し、2人の息子をもうけるも、01年に離婚。ドーニャからDV告発されるなど泥沼離婚劇を繰り広げたが、息子が「そんなことはなかった」と証言し、ゲイリーを助けた。

 08年、イギリス人歌手のアレクサンドラ・エデンボローと結婚。これが最後になるかと思いきや15年に離婚し、17年にキュレーターのジゼル・シュミットと5回目の結婚をして世間を驚かせた。

レディー・ガガ、レイプにより妊娠した衝撃の過去告白……「私の涙は乾き、前に進んだ」と気丈に振る舞う

 動画配信サービス「Apple TV+」で5月21日に配信開始された、メンタルヘルスをテーマにしたドキュメンタリー番組『あなたに見えない、私のこと』に、歌手レディー・ガガ(35)が出演。19歳の時に、音楽プロデューサーにレイプされて妊娠したという、衝撃的な事実を告白した。

 ガガは過去にもレイプ被害者だと度々明かしてきた。2014年に出演したラジオ番組では、相手を「20歳年上の音楽プロデューサー」と言及。レイプ被害者の混乱や怒り、悲しみを描いた「Swine」という曲は、この体験をもとにしたという。

 今回『あなたに見えない、私のこと』に、本名のステファニーという名前で番組に登場した彼女は、涙を流しながら当時を回想。「(音楽)業界で働いていた19歳の頃、プロデューサーに『服を脱げ』と言われたの。『ノー』と断り、その場を去ったわ。でも『従わなければ、おまえの音楽はすべて燃やす』としつこく言われ続けて…… 私は凍りついたように固まってしまって」と声を詰まらせ、「よく、覚えてないのよ」と涙を拭いた。

 そして、「誰なのか、名前は言わない」「(セクハラ告発運動の)#MeTooがいかに大事なことが理解しているし、加害者を告発できる人がいることも知っている。でも、私はそういう精神状態にはなれないの」「彼の顔を二度と見たくないから」と、一瞬おびえたような表情を見せた。

 ガガは過去のインタビューでも、「一度、ある店で(加害者を)見かけたことがあるたけど、恐怖で体が動かなくなった」と明かしており、絶対に会いたくない人間だと強い口調で語っている。

 ガガはレイプのトラウマで心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しむようになったといい、17年に公表した線維筋痛症の発症もPTSDによるものだと示唆していた。

 今回のインタビューで、ガガは精神科医の治療を受けた時に、「自分を苦しめていた(線維筋痛症の)激痛が、“私をレイプし妊娠させた人間に置き去りにされた時に感じていた痛みと同じもの”と気がついた」と、妊娠したことを初めて告白。「嘔吐し続け、とても具合が悪かったから、実家に送り返されたの。何カ月もスタジオに閉じ込められて、虐待され続けていたから」と涙を拭った。

 ガガは、「みんなに知ってほしい。私の涙は乾き、前に進んだのだということを」と気丈に振る舞いつつも、主演映画『アリー/スター誕生』((18)でアカデミー歌曲賞を獲得した裏では、PTSDに苦しめられ、自傷・自殺願望をもっていたという。一見順調にキャリアを重ねていたように見えるが、実はひとりでもがいていたのだと悲しそうに語った。

 メンタルヘルスの病気は一進一退で、出口の見えない状況に失望する時もあるが、ガガは「そういうものなのよ」と同じ状況に苦しんでいる人に呼び掛けた。いまでは食事もきちんと摂り、PTSDはかなり改善したとアピールしていたが、表情が陰ることが多く、まだ苦しんでいるように見えた。

 番組では、妊娠についてはそれ以上語らなかった。しかし、19年にアラバマ州が中絶禁止法を可決した時、Twitterで「レイプ被害者や、同意の有無にもかかわらず近親相姦で妊娠した人たちのことを考慮しないのは極めて悪質」と強い口調で非難していたことを思い出し、同情を寄せるファンは多い。

 これまで、いじめ撲滅、性的マイノリティや貧困層などに対するあらゆる支援を行ってきたガガだけに、彼女が少しでも心の平穏を取り戻せる日が来ることを、多くの人が願っている。

【衝撃の英王室スキャンダル、ベスト5】庭師とマーガレット王女の不倫、セーラ夫人“足の指しゃぶり”パパラッチ、アン王女の誘拐未遂事件

 ここ数年、アンドリュー王子の児童買春疑惑やヘンリー王子夫妻の王室離脱などで世間を騒がせている英王室。

 一昔前には、「君のタンポンになりたい」というチャールズ皇太子からカミラ夫人への下品な愛の言葉が盗聴された“タンパックス・ゲート”、ダイアナ妃が浮気相手だとされるジェームズ・ギルビーに柔らかい食感の食べ物に使う「スクウィジー(squidgy)」と呼ばれていた会話が盗聴された“スクウィジー・ゲート”で世間の失笑を買ったが、英王室には笑えないようなスキャンダルもたくさんあるのだ。

 今回は、世間を騒がせた王室の重大スキャンダルをご紹介しよう。

英国スキャンダル1:アン王女の誘拐未遂事件

 人気英王室ドラマ『ザ・クラウン』には描かれなかったが、エリザベス女王とフィリップ殿下の唯一の娘であるアン王女は、23歳の時、拳銃を持った男に誘拐されそうになったことがある。

 誘拐未遂事件は1974年3月20日午後8時ごろ、チャリティイベントを終えた移動中に発生。バッキンガム宮殿に戻るため、結婚したばかりの夫マーク・フィリップスとセキュリティ、女官と車で「ザ・マル」と呼ばれる通りを移動していたところ、行く手を阻むように黒のフォード車が止まった。ひげを生やした赤毛の男が2丁の拳銃を手に降りてきて発砲、セキュリティは男に向けて発砲しようとしたが、弾詰まりを起こし、男に撃たれた。男は続けてアン王女のお抱え運転手を撃ち、アン王女を追いかけてきた男を阻止しようとした、タブロイドジャーナリストの胸を撃った。

 男はアン王女に向かって、「金目的であなたを誘拐する」と宣言。車を降りるよう要求したが、王女は「そんなクソなことに従うわけないでしょう」と冷ややかに抵抗。警察官や通りがかった民間人が王女を助けようとしたが、男は彼らに対しても発砲。さすがの王女も「恐怖を感じた」という。

 そこに、たまたま元ボクサーだったロン・ラッセルという男性が通りがかり、男の頭を殴打。それを見たアン王女は車を降り、それに驚いた男が王女の元に駆けだすと、王女は再びす車に飛び乗り、ロックをかけた。何が起きたのかと動揺する男の顔を、ロンは再びパンチ。ふらふらしている男に、アン王女は「さあ、どうぞ」「今がチャンスよ」と言い放ったという。

 その後、男は押さえつけようとした警察官を撃ち逃走したが、すぐに逮捕。精神病を患っていたこの男は、殺人・誘拐未遂の罪で、精神科施設に送致され、終身刑を言い渡されたという。

 王女を助けようとして撃たれた者たちは全員が回復し、女王からメダルが贈られた。危険な犯人に果敢に近づき殴った元ボクサーのロンも、女王からメダルを授与され、その上、住宅ローンも女王に肩代わりしてもらったと報じられている。

 後にインタビューでアン王女は、「みなで車内で身を低くした際、ドレスが破れてしまったの。犯人にとって最もヤバい瞬間だったでしょうね」とジョークを放ち、「ヴィクトリア女王は5回くらい誘拐未遂されてる。だから自分もこういう目に遭う可能性はあると考えている」と落ち着いて発言。「肝が据わった王女だ」と感心する声が上がった。

 エリザベス女王の妹マーガレット王女は、若かりし頃、美しく華やかで、社交会で頂点を極めていた。映画『ローマの休日』のモデルともいわれている彼女は、自由奔放で、マスコミから追いかけられる存在だった。そんな彼女が恋に落ちたのは、父親である国王のもとで働いていた、英国の英雄だった侍従武官ピーター・タウンゼント。16歳年上の妻子持ちで、若き王女と成就しない恋愛などしないだろうと、当初、彼の存在は特別問題視されていなかった。

 52年2月、父親のジョージ国王が56歳で死去。幼い頃から父親にかわいがられてきたマーガレット王女は深い悲しみに見舞われた。姉であるエリザベス女王(当時は王女)とは仲が良かったが、既婚者であり、女王に即位するため忙しくなり、なかなか話し相手にはなってくれない。王女はピーターに話を聞いてもらい、傷ついた心を癒やしてもらうようになった。53年、ピーターは妻と離婚。その数週間後、マーガレット王女にプロポーズした。

 長身でハンサムなピーターに夢中だった王女はその場でプロポーズに応じたが、大きな問題があった。ピーターの離婚歴である。

 当時、王室は、離婚歴のある人物との結婚を禁じていた。王女の叔父エドワード8世は2度の離婚歴のあるアメリカ人女性と結婚するために、国王を退位している。1772年の王室婚姻法(2013年に廃止)により、王女は25歳未満で結婚する際、君主であるエリザベス女王の許可を得なければならなかった。マーガレット王女は当時23歳で、女王の個人秘書をはじめとする側近たちは、マーガレット王女とピーターの結婚に猛反対。女王は「25歳になる1955年まで待つように」と王女に伝えた。

 そんな中、53年6月に開催された女王の戴冠式で、マーガレット王女とピーターの仲むつ睦まじい様子を見たメディアは、2人の恋愛を報じるようになり、全英が美男美女のロマンスに注目するようになる。その後ピーターはベルギーの英国大使館に左遷され、2人は2年もの間、離れ離れになるが、毎日のように手紙を交わし、愛を深めた。そして、女王の許可なしに結婚できるようになった55年、2人は再会。情熱的に見つめ合う2人を国民は応援した。

 しかし、王位継承権、王族としての収入など、それまで持っていたすべての特権が剥奪され、また英国国教会にも祝福されない結婚となることに2人は悩んだ。英国民は2人の結婚を望んだが、王室メンバー、英国国教会からの猛反対もあり、マーガレット王女は55年10月、ピーターとは結婚しない苦渋の決断を下した。

 愛する男の妻ではなく王室メンバーであり続けることを選んだ王女は、ピーターが別の女性と婚約したのと同じタイミングの5年後に写真家と結婚。一男一女をもうけたが、夫の浮気や薬物乱用、同性愛関係に悩まされ、自身も17歳年下の庭師と浮気をするようになり、タブロイドを騒がせた。夫とは78年に離婚し、その後も有名人らと浮名を流す“恋多き王女”として知られたが、生涯で愛した男はピーターだけだったと伝えられている。

 ピーターは95年に80歳で死去。同年脳卒中に見舞われた王女は2002年、71歳で亡くなった。

 ここ数年、世間を騒がせているアンドリュー王子。性的人身取引で起訴され、勾留先の刑務所で自殺したとされる米富豪ジェフリー・エプスティーンと親しく、斡旋してもらった未成年と性行為をしたと訴えられ、児童買春疑惑がかけられている王子は19年にBBC1のインタビューを受け、苦しい弁明を展開。直後、エリザベス女王は、王子を王室メンバーの公務から退かせると発表し、事実上のクビだと大騒ぎになった。

 そんなアンドリュー王子を「真の紳士」「人がよいストイックな人間」と擁護している女性がいる。86年から96年に離婚するまで妻だったセーラ・ファーガソンだ。

 81年にチャールズ皇太子と結婚したダイアナ妃と比較され、「美人じゃないから親しみが持てる」などといわれていたセーラだが、次第に「品がない」「浪費家」だと叩かれるようになった。海軍勤務だけでなく公務もある王子は多忙を極め、家に残されたセーラは暇を持て余して浮気をするように。王子から三くだり半を突きつけられ、92年3月に別居することが発表された。

 その5カ月後、衝撃的かつ刺激的な写真が大手タブロイド「デイリー・ミラー」に掲載された。セレブに人気の避暑地サントロペで、アメリカ人の富豪に足の指をしゃぶられているところをパパラッチされたのだ。しゃぶられているセーラはプールサイドチェアに寝そべり、まるで女王のよう。ほかにも男と抱き合ってキスをしたり、トップレスになったもの、まだ2歳だったユージェニー王女が、男とキスをする母親をじっと見ている写真もあり、全英は大騒ぎになった。

 掲載された日、セーラは王室メンバーたちとスコットランドのバルモラル城に滞在していたが、激怒され、城から追い出された。離婚後、セーラはヨーク公爵夫人の称号は維持したものの、「妃殿下」の敬称は失った。

 セーラとアンドリュー王子は離婚後も友人として、娘2人の親として友好的な関係を持ち続け、一緒にバカンスを楽しむこともあった。セーラは一時期拠点をアメリカに移し、ダイエット会社の広告塔になったり、美容関連商品開発に取り組んだりしていたが、ぜいたくがやめられず経済的に苦しむようになり、タブロイド相手に「アンドリュー王子との面会と引き換えに」多額の金を要求するなど、問題を起こし続けた。

 アンドリュー王子と黒い関係があったジェフリーとも、王子を通して面識があり、借金を肩代わりしてもらっており、このことについてセーラは謝罪している。

 数年前にはプチ整形したことを赤裸々に告白し、話題を振りまいたセーラ。「社会の常軌を外れたものだ」と大激怒していたフィリップ殿下の葬儀には招かれなかったが、エリザベス女王には「娘たちを立派に育てた」と評価されており、殿下を亡くして心痛の女王を慰めていると伝えられている。

 タブロイド紙の格好のネタにされ、良いことも悪いことも大げさに脚色して報じられるケースが多い英王室。タブロイド紙のおかげで公務や慈善活動を知ってもらい、好感度が上がるという利点もあるが、スキャンダルが写真に撮られてしまうとたちまちバッシングを浴び、つらい状況に置かれることになる。

 ,ヘンリー王子はオプラ・ウィンフリーのインタビューで、「メディアの攻撃によりメンタルヘルスが破壊された」と告白したが、彼の場合、あまりにもやんちゃだったため仕方ないと考える人もいる。悪事が写真に撮られ「動かぬ証拠」としてタブロイドの1面を飾ることもあり、彼には逃げ道もなかった。その上、王室のメディア対応の方針は「文句は言わず、弁明せず」。王室にいた頃は反論できず、さぞかし悔しかったことだろう。

 12歳で母ダイアナ元妃を亡くした王子のことをふびんに思ったチャールズ皇太子は、それから数年にわたり、王子と過ごす時間を増やした。しかし、16歳頃からヘンリー王子ひとりで過ごす時間が増え、邸宅に友人を呼び、酒を飲んだり、タバコを吸ったり、マリファナに手を出したりと“悪い遊び”をするようになった。地元のパブに繰り出し、パーティーもした。嫌煙家の皇太子は匂いから王子がタバコやマリファナを吸っていることを知り、すぐにリハビリ更生施設に入所させられた。

 名門男子校イートン校に通う15歳からたばこを吸うようになった王子は、30歳を過ぎても、うまそうに喫煙する姿がパパラッチされ「だらしない」「意志が弱い」とあきれられることに。クラブで遊び回っていた04年には、パパラッチに殴りかかり、取っ組み合いのけんかをしているところも激写され、「王子の自覚を少し持ったほうがよい」と白い目で見られた。

 その王子は05年、友人のバースデーパーティーに、ナチの腕章をつけたコスプレ姿で登場。「植民地&ネイティブ」がテーマのバースデーパーティーにちなんで、ナチのコスプレをしたといい、「悪い選択だった」と本人は謝罪したが、同じくパーティーに出席していたウィリアム王子はライオンのコスプレでほのぼのと過ごしていたため、「弟はとんでもない野郎だ」と大バッシングされた。

 この時、王子はイギリス陸軍に入隊する直前で、一部の政治家からは「非常識すぎる。入隊を取り消したほうがいいんじゃないか」と批判する声が上がったが、無事入隊。しかし、アフガニスタンでの攻撃ヘリコプター副操縦士としての任務について聞かれた際、「楽しいよ。プレイステーションやXboxで遊ぶのが大好きだし」と発言し、「ゲーム感覚か!」とまた炎上。

 ラスベガスで全裸になりどんちゃん騒ぎしている写真は、あまりにもアホすぎて、バッシングよりもあきれる声のほうが多かった。とはいえ、この写真が宣伝になったラスベガスには2,300万ドル(約25億円)の利益をもたらしたと伝えられている。

 今年3月に放送されたオプラのインタビューで「王室離脱したら金銭援助してくれなくなった」と不満を漏らし、「甘すぎる!」叩かれたヘンリー王子。殿下の葬儀ではおとなしくしていたが、ほかの王室メンバーたちから冷遇されたという情報が流れており、「これからもたくさんの問題言動がありそう」だと注目されている。

 スキャンダルの多い英王室といえど、毎年のようにスキャンダルに見舞われることはさすがにない。しかし、毎月のように悪いことが起き、エリザベス女王が頭を抱えた年があった。理想的な家族を築けば、国民の信頼を得られると思い、家族の結束力を大切にしてきた女王だが、92年、王室の家族の絆が崩れ落ちてしまったのだ。

 時系列でその1年の出来事を振り返ってみよう。

1月18日:セーラが子どもたちを連れてテキサス州の石油王と不倫している写真がフランスのタブロイド紙に掲載。

2月11日:インドのタージ・マハールを訪問していたダイアナ妃が、メディアの前でひとりきりでベンチに座り「孤独感」をアピール。かわいそうだと王室は批判を受ける。

3月19日:アンドリュー王子とセーラが離婚に向けて別居することを発表。女王が激怒して決めたものだとタブロイドは伝えた。

4月23日:アン王女が73年に結婚した最初の配偶者マーク・フィリップス大佐と離婚。89年ごろから、「マークが浮気をしている」と不仲が伝えられるようになったが、王女は「離婚はしない」と主張し続けてきた。しかし、この日、アン王女は女王の子どもの中で初めて離婚した。

6月7日:暴露本『ダイアナ妃の真実』が発売。「ウィリアム王子を妊娠中、階段から身を投げ自殺未遂をした」「自傷」「過食症」だったダイアナが「助けを求めたが王室は無視した」「チャールズ皇太子は結婚後もカミラとの関係を続けていた」などショッキングな内容で、世間に大きな衝撃を与えた。王族メンバーが、自分が抱える問題をジャーナリストに明かすことはこれまでなく、この暴露本により女王は「加害者」という目で見られるようになり、支持率は急激に下がった。

8月20日:セーラが不倫相手に足の指をしゃぶられているパパラッチ写真が、タブロイドの1面に掲載される。3月に離婚することを発表していたが、その後、アンドリュー王子とセーラは娘たちと一緒に過ごすことが多く、復縁するのではないかと期待されていたタイミングだった。王室のイメージは修復できないほど傷つけられた。

8月24日:ダイアナと浮気相手ジェームズ・ギルビーとの盗聴された電話音声が流出。いわゆるスクウィジー・ゲートだが、ダイアナが「王室の暮らしが孤独でひどい」と嘆く内容は暴露本以上の衝撃を世間に与えた。

11月11日:チャールズ皇太子とカミラの盗聴された電話音声が流出。いわゆるタンパックス・ゲートで、王室のイメージは大幅にダウン。チャールズ皇太子は国王になるべきではない、ふさしくないという声が高まり、英国民の間から「王室は必要ないのではないか」という声も聞こえるようになってきた。

11月20日:女王の居城のひとつであるウィンザー城が火事に遭う。スタッフは大急ぎで貴重な工芸品を運び出したが、多くが焼失した。女王は大きな精神的ダメージを受け、一瞬、同情が集まったが、税金で修復するつもりではないかと再び国民の批判を浴びた。

11月24日:自身の戴冠40周年を祝う式典でエリザベス女王は、「92年は思い返したくもない、率直に言って喜べない年になりました。同情してくれた側近が“アナス・ホリビリス(ひどい年)”と表現したが、その通りです」と発言。女王が初めて本音を明かしたスピーチだとして大々的に報じられた。