ブリトニー・スピアーズ、妹に「自叙伝を売るために私に関するデマを流すな!」と通告

 歌手のブリトニー・スピアーズ(40)が、自叙伝のプロモーション活動でメディア露出が増えている10歳年下の妹ジェイミー・リン・スピアーズ(30)に対してインスタグラムで怒りを爆発。「本を売るためにガセを言いふらすな!」と、名誉毀損で訴えることも辞さないとの通告書を突きつけた。
 
 2021年6月、13年間続いた成年後見制度を終わらせるために裁判所にリモートで出廷し、金銭だけでなく仕事も私生活も父親ジェイミー・スピアーズの監視下にあると激白したブリトニー。2人の息子に資産が渡るようにとブリトニーが立ち上げた信託「SJB Revocable Trust」の受託者に2020年に就任した妹ジェイミー・リンや、ブリトニーの財産管理者になりたいと裁判所に要求していた母リンについては具体的に語らなかったものの、「家族を訴えたい」「ひどい仕打ちを受けた」「裏切られた」と強い口調で話していたことから、母や妹もブリトニーを“搾取”していたと見る向きが強い。

 ジェイミー・リンはインスタグラム・ストーリーで、「(ブリトニーの置かれた状況については)姉が自分の口で話すまでは発言を控えていた」「幸せを祈っている」と弁解したものの、ブリトニーはスルー。17年に妹が自分の楽曲をパフォーマンスしたことが本当に嫌だったと批判し、自分の味方になってくれなかった妹に対し、根深い怒りを抱えているとみられていた。

 一方のジェイミー・リンは1月18日に自叙伝を発売。『Things I Should Have Said(わたしが言うべきだったこと)』とブリトニーを強く意識したタイトルで、小さかった頃は姉妹以上の深い絆で結ばれていたブリトニーの言動が「不安定で、パラノイア(偏執/妄想)的、スパイラル(旋回)的」になっていき戸惑ったなどと書かれている。

 ジェイミー・リンは、本のプロモーションのために受けた米ABCニュースの単独インタビューで、「ブリトニーの成年後見人制度が始まった時、自分は17歳で、なおかつ出産間近だったから、それどころじゃなかった」「受託者の件については深く考えていなかった」と、彼女の資産を目当てにしたことは一度もないと主張。くだんのパフォーマンスについても、「あれは姉へのトリビュートだったのに、なぜそう思っているのか」と戸惑い、「姉のことを今でも100%愛している」と涙した。

 その後、配信されたポッドキャスト『Call Her Daddy』Part.1でも、ブリトニーが2002年頃に変わってしまい、ナイフを持って自分の部屋にこもったために恐怖を感じたと回想。ブリトニーとジャスティン・ティンバーレイクの破局も「姉が悲しんでいる姿を見て、心が痛んだ」などと語った。

 これに対して、ブリトニーがブチ切れ。弁護士を通してジェイミー・リンに通告書を送りつけた。弁護士が書いたその書類には「あなたが金もうけのためにブリトニーを利用していることに、彼女や多くのファンがショックを受けている」「ブリトニーは一族の大黒柱で、あなたの生活も(金銭的に)支えていたのに」と前置された上で、「虚偽や空想的な不満を公の場で語ることはよくない。とりわけ本を売るためにそんな発言をするのは間違っている。法にも触れるし、名誉毀損に当たる可能性もある」とバッサリ。「あなたは『彼女についての本じゃない』と言いましたね。ブリトニーはその言葉を信じています。だからプロモーション中、ブリトニーを傷つける発言をしないことを求めます。守られなかった場合、適切な法的手段に出ます」と警告した。

 ブリトニーは、ジェイミー・リンがポッドキャストで語った「(姉が)母に家を買ってあげていたけど、変だなって感じた」という発言に対し、インスタグラムで「どういうこと⁉」と食いつき、「私と一緒だと安全を感じられないとかベラベラしゃべったりして、フ●ック・ユー!」とバッサリ。「(昔、ジェイミー・リンが)ママに口汚く歯向かっているのを見たときはあぜんとした」「ママはあなたのおしりを叩くべきだと思った」などと暴露した。そして、「(ジャスティンと)別れた時、悲しかったですって? うそ。あなたは友達とみんなで髪の毛をクリスティーナ・アギレラみたいな色に染めていたじゃない。私となんかつるまずに!!!」「あなたを最も必要としていた時、あなたは私を無視してきた」「私はあなたに傷つけられてきた」と不満を爆発させた。

 ネット上では、ブリトニーに同情を寄せつつも、インスタグラムへの投稿が「40歳女性の投稿だとは思えないほど幼い」と彼女の精神状態を不安視する人が多い。

 成年後見制度が終了して、ようやく自由を手に入れたブリトニー。ファンの多くが彼女の幸せを願っているが、家族との不仲や見えない歌手復帰への道筋など、まだまだ彼女を取り巻く状況は不安定なままだ。

“エリザベス女王の最愛の息子”アンドリュー王子が、事実上の王室追放! 性的人身売買スキャンダルがいよいよ大詰めに

 富と権力を振りかざし、少女たちを性的人身売買した罪で2度も逮捕された米大富豪ジェフリー・エプスタイン(享年66)。彼にあっせんしてもらった少女を性的暴行したという疑惑が持たれている者の多くは世界的なセレブリティや政治家だが、その中でもセレブ中のセレブといわれていたのが、英国王室のヨーク公アンドリュー王子(61)だ。“エリザベス女王の最愛の息子”と呼ばれ、手厚い庇護の下にいた彼が、英王室のメンバーとしての役職や名誉職をすべて女王に返上。事実上、「殿下(HRH = His Royal Highness)」の称号剥奪だと報じられている。

 エプスタインの性奴隷だった女性ヴァージニア・ジュフリーは、2015年、自分をうそつき呼ばわりしたエプスタインを名誉毀損で訴え、「未成年だった時にアンドリュー王子と性行為をするよう強要された」と主張。この時、バッキンガム宮殿は、「ヨーク公(アンドリュー王子)は未成年者と不適切な行為はしていない」と正式に否定する声明を出した。

 エプスタインが拘置所で不審な死を遂げた19年8月、ヴァージニアの主張が再び注目されるようになり、スキャンダルへと発展。王子は11月に英BBC局の単独インタビューに応じ、「性的暴行などしていない」と真っ向から否定したが、事実を追及されて都合が悪くなると「記憶にない」としらばっくれ、その態度に批判が殺到。王室の権威をこれ以上失墜させるわけにはいかないと思ったのか、王子は同月、当分の間公務から離れると表明。その後、英王室を離脱したヘンリー王子夫妻の話題で持ちきりとなり、アンドリュー王子の疑惑への世間の関心は薄れたかのように見えた。

 しかし被害者であるヴァージニアの怒りは収まることはなく、21年8月にニューヨークで、「ここニューヨークで、未成年だった17歳の時、アンドリュー王子による性的暴行を受けた」と民事訴訟を起こした。王子は否定し続け、「原告(ヴァージニア)は(1度目の逮捕後の)09年にエプスタインから50万ドル(約5700万円)の和解金を受け取り、今後、被告となり得る人物を追訴しないことに合意していた」と主張。訴訟を却下するよう求めた。

 今年1月12日、このアンドリュー王子側の主張を米連邦裁判事が却下。訴訟は継続されることになり、これにより年内に裁判が始まる見通しとなった。

 これを受けて、13日、英王室はアンドリュー王子が「女王の承認と同意を得て、軍の名誉職などの役職、王室としてのパトロン(後援者)の役職をすべて女王に返上した」、ここ数年控えていた公務には「引き続き就くことはない」と発表。「今回の訴訟については民間人として自己弁護していく」と突き放すように強調した。

 生まれた時に与えられた「王子」と、セーラ・ファーガソンと結婚した時に与えられた「ヨーク公」の称号、22年間所属していた英海軍中将の階級のみ維持するが、王室メンバーとしての公的地位はすべて剥奪されたことになる。英大手メディアは、今回の発表を受けて、王室メンバーに対して使われる敬称「殿下(HRH)」の称号を、今後アンドリュー王子に対して使うことはなくなると伝えている。

 王室の権威を失墜させた王子は、事実上英王室を追放された形となった。厳しい対応ではあるが、性犯罪者である可能性が非常に高く、19年11月から公務を離れていたため、英国民の多くは「もっと早く剥奪すべきだった」と冷ややかに受けて止めているようだ。英大衆紙「ミラー」は、王子はこの日が来ることを覚悟していたものの、実際に女王から剥奪を告げられると涙目になっていたという情報筋の話を紹介している。

 肝心の裁判についてだが、英タブロイド紙「デイリー・メール」は、王子の弁護士チームは原告に対して精神疾患に関する記録の提出を要求しており、被害者非難という最悪のカードを切るのではないかと推測。ヴァージニアは王子は刑務所に行くべきだと堅く信じているが、彼女の弁護士チームは、王子に刑事罰を受けさせることは難しいとみて、高額な損害賠償によって経済的に破滅させる戦略に切り替えつつあるという。アンドリュー王子側も1,000万ポンド(約15億6,000万円)の和解金を支払うことで、迅速かつあいまいなまま幕を引きたいと考えていると報道した。この大金は、14年にセーラ元妃と共同購入したスイスの高級リゾート地ヴェルビエのコテージを売却して捻出するしかないと伝えている。

 61年間自分を守ってくれた王室から事実上追放された形となったアンドリュー王子だが、未成年者に対する性的暴行はこれをもってしても決して許されない悪質な犯罪行為である。民間人になった王子が今後どのように訴訟を進めるのか、注視していきたい。

2022年、日本でブレイクするK-POPアイドルはNCT? 韓国人記者が推すもっともなワケ

 2022年以降、日本でさらに人気と知名度を高めそうなK-POPアイドルグループはどこか。新年を迎え、日本の韓国エンタメ系メディアではさまざまな議論や批評が交わされているが、NCTがその一角になると予想している。

 NCTは2016年にSMエンターテインメントからデビューした男性K-POPアイドルグループだ。現在、メンバー数は合計で23人となっており、楽曲やコンセプトによってグ…

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スヌープ・ドッグ、ホットドッグビジネスに参入!? 「スヌープ・ドッグズ」の商標登録を申請でファン驚嘆

 “大麻好きのスヌープおじさん”としてアメリカで幅広い層に愛されているラッパーのスヌープ・ドッグ(50)が、ホットドッグビジネスに参入する予定だと報じられている。



 米大手音楽誌「ビルボード」オンライン版によると、昨年12月、スヌープの弁護士が米国特許商標局に、ホットドッグを販売する目的で「スヌープ・ドッグズ(SNOOP DOGGS)」という名称の商標登録を出願したとのこと。提出書類には、ホットドッグのほか、七面鳥ソーセージ、ベジタリアン・ソーセージなどの販売も「スヌープ・ドッグズ」のブランド名で行う予定だと書かれている。



 1990年代にギャングスタラッパーとして一世を風靡したスヌープは、天性のハスラー(勝負師)で、総資産1億5000万ドル(約170億円)。2015年に大麻ブランド「Leafs By Snoop(ハッパ・バイ・スヌープ)」をローンチ。“前科持ち”という共通点がある、ライフスタイルコーディネーターのマーサ・スチュワートとタッグを組み、大麻入りブラウニーなどを紹介した料理番組がヒットした18年には、“大麻を使わないレシピ”を紹介するレシピ本を出版。

 コロナ禍の20年には大手ワインブランドとタッグを組み、ロゼワイン「Snoop Cali Red」や、「INDOGGO」ブランドのジンを発売した。



 映像制作会社「Snoopadelic Films」も立ち上げており、日本のアニメ制作会社「マッドハウス」とタッグを組んだ主演ホラー映画『ギャング・オブ・ホラー』(06)、スヌープがレゲエミュージシャンに生まれ変わる姿を追ったドキュメンタリー映画『スヌープ・ドッグ ロード・トゥ・ライオン』(12)などの話題作を世に送り出した。ほかにも、写真共有アプリ「Snoopify」を作ってはやらせるなど、自分の名前をもじりながら多方面へビジネスを展開している。米大手掲示板サイト「Reddit」や、ビーガン商品会社、不動産への投資も行っており、ビジネスマンとしても成功しているのだ。

 今回のニュースに、ネットでは「名前からビジネスを派生させるのが好きなスヌープだけに、もっと早くホットドッグビジネスに参入するかと思っていた」といった意見が少なくない。しかし、16年に出演したトーク番組『ジミー・キンメル・ライブ!』との企画コーナーで、ホットドッグのソーセージが作られる過程のVTRを見ていたスヌープが、あまりの生々しさに、「うげー、ホットドッグなんてもう二度と食わねー!」「マザーフ〇ッキング!」と叫んでいたため、ファンは「意外!」と驚いている。



 ちなみにスヌープは11年にアイスクリームを販売するとして「SCOOP DOGG」の商標を登録したが、商品は出していない。しかし過去に「ラッパーを引退したらSCOOP DOGGと名乗り、アイスクリームを売りたい」と発言していることから、“スヌープじいさん”になってから発売する可能性があり、「その時、ホットドッグも一緒に売るのでは」との臆測も飛び交っている。

『フルハウス』ダニー役のボブ・サゲットが急死! 直前の番組では「コロナで死んじゃうかもしれない」

 1987~95年にアメリカで放送された国民的コメディ『フルハウス』。ドラマの中で、妻に先立たれるも義弟や友人たちと共に幼い三姉妹の子育てに大奮闘するダニー役を演じたボブ・サゲットが、現地時間1月9日、滞在していたフロリダ州の「ザ・リッツ・カールトン オーランド」で亡くなった。まだ65歳だった。あまりにも突然すぎる死は世界中に衝撃を与え、Twitter上には悲しみの声があふれている。

 米エンタメサイト「TMZ」によると、9日の午後4時頃、ホテルのセキュリティから「呼びかけてもボブが無反応だ」という通報を受けて駆けつけた救急隊員により、その場で死亡が確認されたとのこと。オレンジカウンティ保安官事務所は、薬物使用や事件性の可能性を示す不審な形跡はなかったと発表。今後、行われる検死で死因を特定するとした。

 もともと際どいジョークを得意とするスタンドアップコメディアンだったボブだが、同じくコメディアンのポール・ライザーがスケジュールの都合で断った『フルハウス』のダニー役に抜てきされ、人生が大きく変わった。“長身で甘いマスクの優しいパパ”という役柄のイメージは番組が放送された世界中で定着。理想のパパとして愛されるようになった。

 ボブ本人はスタンドアップをとても大事にしており、コロナ禍で精神的に落ち込んだり、大切な人を失ってダメージを受けたりした人たちの気休めと励ましになればと、21年9月~今年5月の予定でツアーを行っていた。亡くなる前日にも公演を2時間行っており、息を引き取る数時間前に来てくれた観客、前座を務めたコメディアンのティム・ウィルキンスに感謝するツイートを投稿していた。

 あまりにも突然すぎるボブの死に、ファンだけでなくセレブ友達、『フルハウス』共演者は大きなショックを受けており、次々と追悼メッセージを発表。ジェシーおじさん役のジョン・ステイモスとジョーイ役のデイブ・クーリエは「打ちひしがれている」、長女DJ役のキャンディス・キャメロン・ブレーは「言葉も出ない」、次女ステファニー役のジョディ・スウィーティンは長文でボブへの愛を語った。

 スピンオフ作品には出演せず、キャストとの交流はあまりないのではとささやかれていた三女ミッシェル役を演じた双子のオルセン姉妹もすぐに「深い悲しみを覚える」と追悼の意を表した。のちに全員連名での追悼メッセージも発表。

 「ボブは男性にとっては兄弟、女性にとっては父親であり、全員にとって友人でした。ボブ、私たちはあなたを心から愛しています」とつづり、改めて実の家族のような関係だったと明かした。

 34、32、29歳のボブの子どもたちも、急な死にショックを受け、悲しみに暮れているとの声明を発表。ボブには、命を脅かすような病を患っていたり、自ら命を絶つほど精神的に追い詰められたりした様子もなかったそうで、家族も事実を受け止められずにいるようであった。

 一方で、ボブは21年12月半ばに新型コロナウイルス・ワクチンのブースターショットを受けたことを明かしており、陰謀論者たちは「ワクチンに殺された!」とネット上で大騒ぎしている。また、ゲストとして出演したポッドキャスト番組『トム&ダン』(1月5日配信)で、ボブは最近新型コロナウイルスに感染したことを告白。具体的な時期は明かしていないが、「最悪だった」「デルタなのか、(デルタとオミクロンの)コンボなのか、どの株に感染したのかまではわかってないけど」と発言していたことから、新型コロナウイルスが遠因なのかもしれないと推察する人も。

 ボブは同番組の中で、パンデミックの最中のツアーでもみんなが来てくれると明かしており、「きっと生のボブを見られるチャンスなんだから来るんだろうな。『ボブ、コロナで死んじゃうかもしれないから、いま見に行かなきゃ』ってね」とジョークを飛ばしていた。新型コロナが原因かは不明だが、冗談が現実になったことに全米が衝撃を受けている。

 ボブの葬儀やお別れの会などについては未定。しかし、国民的コメディアン/俳優だったこともあり、多くのファンは『フルハウス』の仲間による追悼番組の制作を期待している。

]900億円を超える資産を持つドクター・ドレ、離婚した妻への慰謝料は……?

 2020年に長年連れ添ってきた妻ニコール・ヤングとの離婚協議が報じられた、ラッパー、音楽プロデューサー、実業家のドクター・ドレー。21年の12月には、「離婚おめでとう」と書かれたお祝いバルーンをバックに満面の笑みを浮かべる写真をSNSに投稿し、有利な条件で離婚を成立させたものとみられていた。その直後、彼がニコールに支払う解決金(日本でいう慰謝料)の金額が明らかになった。

 米エンタメサイト「TMZ」によると、ドレーとニコールは昨年末に財産分与に合意した旨の書類を裁判所に提出。8億ドル(約926億円)を超える資産を持つドレーだが、ニコールに支払ういわゆる慰謝料は、現時点で5,000万ドル(約57億円)、1年後にもう5,000万ドルの合計1億ドル(約115億円)となる。


 ドレーは、カリフォルニア州マリブの豪邸をはじめとする不動産計7軒を保持。レコード原盤権、商標などの全権利、自身が手掛けたヘッドフォンブランド「Beats by Dr.Dre」からの収入、「Beats by Dr.Dre」を買収した「アップル」の株もすべてドレーの所有とすることで合意したという。

 ベントレー コンチネンタルGTやキャデラック エスカレードなど超高級車のコレクションについては、6台をドレーが、4台はニコールの所有に。またニコールは、婚姻期間中に彼女自身が手に入れたジュエリー、現金、銀行口座はすべてそのまま所有することで決まった。

 もともと、2人が住むカリフォルニア州では離婚の際、婚姻中に取得した資産の所有権は、どちらが取得したかは関係なく、50%ずつ分けることが決められている。多くのセレブたちが婚前契約書を交わすのは離婚時に自分の築いた資産を守るためで、ドレーもニコールと婚前契約を結んでいたためスムーズに進むはずだった。

 しかし、離婚申請した2カ月後の20年8月、ニコールは、「結婚する直前の1996年、婚前契約書に署名するようにと脅迫された。仕方なく彼の法務チームが手配した弁護士を雇い、不本意ながら署名した」「結婚して2年たち、彼は圧力をかけたことを恥じ、目の前で婚前契約書のコピーを何枚も破った。その日から、彼も私も婚前契約は無効だという認識だ」と主張する書類を裁判所に提出。

 21年1月にドレーが脳動脈瘤で救急病院の集中治療室に入った際には見舞いに駆けつけたものの、ドレーが倒れる直前には、ドレーに顔を殴られたり、頭に銃を突きつけられたりと、家庭内暴力(DV)やモラルハラスメントを受けていたと主張。接近禁止命令を申請したが裁判所に却下され、「ドレーの資産の半分、4億ドル(約463億円)を手に入れようと必死だ」とささやかれるようになった。

 一方のドレーは、離婚協議中もニコールが月に15万〜35万ドル(約1,700万〜4,000万円)使用するクレジットカード(ブラックカード)を含む生活費を支払っていたが、婚前契約書については「合意して署名したものであり有効だ」と主張。DVを否定し、平和に離婚協議を進めたいとしていた。

 DVを否定したドレーだが、15年に「昔、暴力を受けた」と当時の交際女性から告発されたのを受け、「過去に傷つけた女性たちに謝罪する。永遠に消えることがない傷を負わせてしまった。自分がしたことを深く後悔している」「25年前の自分は、酒を浴びるほど飲む、どうしようもない男だった。そんなことは言い訳にはならないけれど」「結婚して、家族にとってより良い人間になるよう、日々、努力している。過去の自分と今の自分は違う」などと謝罪声明を発表。

 17年にも、過去の自分を恥じて再び謝罪していたことから、ニコールのDV被害は慰謝料をつり上げるためのでっち上げなのではないかと見るファンもいた。

 加えて、ニコールが月々ドレーに要求していた生活費は190万ドル(2億2,000万円)で、その内訳は「衣服代13万5,000ドル(約1,500万円)、携帯電話および通信費2万ドル(約230万円)」など庶民の感覚から大きくかけ離れたものだったこと、彼女の弁護士費用122万ドル(約1億4,000万円)の支払い要求もしていたことから、「金に必死すぎる女」という印象を受ける人が多く、ネット上ではドレーに同情的な意見が占めていた。

 今回、資産分割に同意したことにより、ニコールへの生活費の支払いは打ち切りになり、弁護士費用についても、彼女自身が支払うよう取り決められた。

 ドレーの総資産の8分の1しか受け取れなかったニコールだが、「TMZ」は関係者の話として、「ニコールが工作せずスムーズに離婚話を進めていたら、もっと多くの慰謝料を手に入れられたはずだ」という関係者の話を紹介している。

 ちなみにドレーは、2月13日に開催予定の『第56回スーパーボウル』のハーフタイムショーで、スヌープ・ドッグやエミネムらとパフォーマンスすることが決定しており、離婚後もイメージダウンやキャリアへの影響はなさそう。ニコールも、ドレーとの子どもは2人とも成人していて、離婚後は大きな自由にが手に入るはず。彼女が第二の人生をどう歩んでいくのか、リアリティ番組への出演の可能性も含め、今後の動向が注目されている。

映画『スクール・オブ・ロック』子役、『SATC』スタンフォード、「ローリング・ストーンズ」ドラマー……【2021年に亡くなったセレブ】

 世界中で新型コロナウイルスのワクチン接種が進んだものの、変異株の登場により昨年に同様、パンデミックに苦しめられた2021年。その中で多くの命が失われた。新型コロナ以外でも、著名な海外セレブが惜しまれながら亡くなった。21年に亡くなった海外セレブ10人の人生を振り返りたい。

ケヴィン・クラーク(子役・ミュージシャン) 5月26日死去、享年32

 03年に大ヒットしたミュージカルコメディ映画『スクール・オブ・ロック』のドラマー、フレディ役で一躍有名となった子役。5月26日に交通事故に遭い、亡くなった。

 イリノイ州出身。2歳で鍋を叩き始めるようになり、3歳でドラムキットを演奏し始めた生粋のドラマー。そのせいもあって、演劇の経験はなかったものの、見事『スクール・オブ・ロック』のキャストに抜てきされた。同作は人気コメディアン、ジャック・ブラック演じる名門小学校教師が、厳格な規則に縛られて無気力になっていた子どもたちに、ロックを通して自由と情熱を感じさせるという物語。ケヴィンの迫力満点のドラムは作品にリアリティをもたらし、絶賛された。

 ブロンドのスパイキーヘアが似合うハンサムな少年だったために世界中で人気者になったが、この作品以外は映画にもドラマにも出演せず。俳優ではなく、ミュージシャンの道へと進んだ。

 亡くなる数日前に新バンドの初ライブを行ったばかりで、仲間に「オレたちは絶対に成功する!」と熱く語っていたとのこと。希望にあふれていたが、5月26日午前1時20分頃、地元シカゴで帰宅するために自転車に乗っていたところを、20歳の女性が運転する車にひかれ、病院に搬送されたものの間もなく息を引き取った。

 『スクール・オブ・ロック』で共演したジャックは、インスタグラムに追悼メッセージを投稿。共演時の写真と、近年撮影したとみられるツーショット写真を添えた。ネット上には、彼の早すぎる死を悼む声が続出した。

チャーリー・ワッツ(ドラマー) 8月24日死去、享年80

 イギリスが誇るカリスマ的ロックバンド「ローリング・ストーンズ」のドラマー。がんのために、入院先のロンドン市内の病院で亡くなった。

 ロンドン出身。12歳の時、いとこの影響でジャズに興味を持ち、14歳の時に両親からドラムセットをプレゼントされたことがきっかけでジャズドラマーとしての道を歩みだした。その後、ジャズ・クラブで演奏するようになり、広告会社にグラフィックデザイナーとして就職したあとも、私生活ではドラマーとして活動していた。

 1963年にローリング・ストーンズに加入。独特のドラミングと英国紳士的なルックスで絶大的な人気を博し、「チャーリーのドラム抜きでは、ローリング・ストーンズとは呼べない」と言われるほどに。近年、オンライン動画サービスでバンドやメンバーを追うドキュメンタリーが配信されているため、若者の間でも紳士的でひたむきなドラマーとして尊敬され、新世代のファンを増やしていた。

 若い頃には薬物やアルコール依存症に陥ったこともあるが、見事克服。64年に結婚したシャーリー・アン・シェパードとは「(ツアーで)離れるのがつらい」と泣いたエピソードが残っているほどの愛妻家だった。一人娘がおり、孫も1人いる。

 04年に咽頭がんと診断され、放射線治療を受けて寛解したとみられていた。昨年、世界中のアーティストが参加した新型コロナウイルス対策支援オンラインライブでは、いつも通りに飄々とエア・ドラムを披露してファンを喜ばせていたばかりだった。

 ハードコアなクライムサスペンスドラマとして人気を博した『THE WIRE/ザ・ワイヤー』(2002~08)のオマール・リトル役で知られる俳優。9月6日、ニューヨークの自宅マンションで遺体となって発見された。死因は、ヘロイン、コカイン、がん疼痛治療に使われるフェンタニルなどの麻薬を大量に摂取したことによる急性薬物中毒だった。

 ニューヨーク州ブルックリン生まれ。高校卒業後、製薬会社ファイザーで働いていたが、ダンサーになる夢をかなえるために退職。ホームレスになりながらも奮闘し、バックダンサーになった。ジョージ・マイケルやマドンナら人気アーティストのバックダンサーを務め、振付師としても活躍。25歳の誕生日にニューヨークのバーでケンカし、かみそりで顔面を切りつけられた痕が残ってからは、ミュージックビデオへの悪役のオファーが殺到。これがきっかけで、2パック主演の映画『ハード・ブレット 仁義なき銃弾』(95)に出演するなど、俳優としても活動するようになった。

 彼の名前を世間に広めた『THE WIRE/ザ・ワイヤー』は、「米テレビ史上最高のドラマ」と評され、HBO躍進のきっかけをつくった作品。麻薬売人を襲う強盗グループのリーダーで、同性愛者という難しい役を見事に演じ、オバマ元大統領がファンを公言するなど多くの支持を得た。

 その後、薬物がまん延する地区で育つ子どもたちを支援する団体「Making Kids Win」を立ち上げ、熱心に活動。そのため、薬物の過剰摂取で命を落としたことは世間に大きな衝撃を与えた。

ウィリー・ガーソン(俳優) 9月21日死去、享年57

 1990年代に一世を風靡した人気ドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』(以下、『SATC』)で、主人公キャリーの親友スタンフォード役を演じていた。膵臓がんのため、ロサンゼルスの自宅で亡くなった。

 ニュージャージ州出身。コネチカット州の名門ウェズリアン大学で演劇を学び、イェール大学・舞台芸術大学院で博士号を取得。数多くの映画・テレビドラマに出演したが、『SATC』で演じたゲイのスタンフォード役が当たり役となった。自身はストレートだったが、それを公言するとゲイコミュニティへの侮辱になると思い、同作が放送されている間はセクシュアリティへの質問にはノーコメントを通した。

 今月配信開始された、『SATC』リブート版『And Just Like That…』にも出演。7月に主演女優らとニューヨークでにこやかに撮影している姿がパパラッチされたばかりだったため、訃報はキャストやファンに大きな衝撃を与えた。すべてのシーンを撮り終えていなかったため、このリブート版では「スタンフォードは夫と離婚し、東京に行った」ことになっている。

 結婚したことはなかったが、2009年に当時9歳だった男児を養子に迎え、大切に育てていた。

 18年から高級ファッションブランド「ルイ・ヴィトン」のメンズ・アーティスティック・デザイナーを務めた。心臓血管肉腫のため11月28日、入院していたテキサス州の病院で亡くなった。

 イリノイ州出身。ウィスコンシン大学からイリノイ工科大学大学院に進学し、建築を学んだ。ファッションにも興味を持ち、デザイナーとして活動を続ける中で、ラッパーでファッションラインも手がけるカニエ・ウエストと出会った。カニエとはフェンディで共にインターンとして学び、その仕事ぶりがルイ・ヴィトンCEOのマイケル・バークの目に留まった。

 10年にカニエが率いるクリエイティブエージェンシー「DONDA」のクリエイティブディレクターに就任。13年、自身のハイエンドのストリートブランド「オフ ホワイト c/o ヴァージル アブロー」を設立。18年、ルイ・ヴィトンのメンズウェアのデザイナーに初の黒人デザイナーとして就任と、順調にキャリアを積み上げていった。ヴィトンでの商品はストリート要素が強く、“ラグジュアリーストリート”という新しいジャンルとして認知され、若いセレブを中心に高い人気を得た。ジャスティン・ビーバーの妻ヘイリーのウェディングドレスを手がけたことは大きな話題となった。

 世界規模の家具量販店「イケア」とコラボし、アパートや家具の設計をするなど、建築家/アーティストとしても活躍していたが、19年に心臓血管肉腫と診断される。闘病生活を送っていたが、本人の意思により、亡くなるまで伏せられていた。

過激ポルノ誌「ハスラー」創刊者、英王室・エリザベス女王の夫、伝説的音楽プロデューサー……【2021年に亡くなった海外セレブ】

 世界中で新型コロナウイルスのワクチン接種が進んだものの、変異株の登場により昨年同様、パンデミックに苦しめられた2021年。その中で多くの命が失われた。新型コロナ以外でも、著名な海外セレブが惜しまれながら亡くなった。21年に亡くなった海外セレブ10人の人生を振り返りたい。

フィル・スペクター(音楽プロデューサー) 1月16日死去、享年81

 故ジョン・レノンが「史上最高のレコーディングプロデューサー」と称賛した、伝説的音楽プロデューサー。新型コロナウイルスによる合併症のため、1月16日に搬送先の病院で亡くなった。81歳だった。

 1960年代に、音圧を上げて迫力あるサウンドを作る手法「ウォール・オブ・サウンド」を開発。女性グループ「ザ・ロネッツ」の「Be My Baby」、男性デュオ「ライチャス・ブラザーズ」の「You’ve Lost That Lovin’ Feeling」(邦題:ふられた気持ち)など、61~65年の間にヒットした40曲のうち20曲をプロデュース。売れっ子として音楽業界に君臨した。

 しかし、薬物を常習していたため、70年代になると奇行が目立つように。過激な行動を繰り返して業界から干され、表舞台から姿を消した。

 03年に女優ラナ・クラークソンを射殺した容疑で逮捕される。第2級殺人罪で起訴され、09年に禁錮19年の有罪判決が言い渡された。フィルは容疑を否認しているため動機は明らかになっていないが、元妻や元恋人は彼のDV癖を証言している。

 カリフォルニア州の刑務所に収監されていたが、亡くなる4週間前に新型コロナウイルスに感染したため、刑務所外の病院に入院。治療を受け刑務所に戻ったが、呼吸困難に陥り再び病院へ搬送され、息を引き取った。

ラリー・キング(司会者) 1月23日死去、享年87

 1985~2010年まで続いたCNNの生放送トーク番組『ラリー・キング・ライブ』で、世界的に有名になった司会者。敗血症のため、1月23日に入院先の病院で亡くなった。

 ニューヨーク州ブルックリン出身。正統派ユダヤ教徒の両親のもと生まれ育った。9歳の時に父親が亡くなって貧困家庭になったため、高校卒業後は進学せずに就職。夢だったラジオDJは彼の天職であり、「巧みな話術でゲストの本音を引き出す」と評判に。開局間もないCNNでスタートした『ラリー・キング・ライブ』では、政治家、世界を動かす実業家・活動家、ハリウッドスター、トップアスリート相手に、一対一で1時間かけてインタビューを行い、トークの帝王と呼ばれるようになった。

 「誠実な人柄が話し相手の心をほぐした」と言われているが、私生活は波瀾万丈で、7人の女性と8回結婚。

 『ラリー・キング・ライブ』降板後もウェブ番組などで司会業は続けていたが、17年に肺の悪性腫瘍、19年には脳卒中に見舞われるなど、病に苦しめられた。20年12月に新型コロナウイルスに感染し、入院。コロナには打ち勝ったが、ほかの感染症に襲われ、敗血症で亡くなった。

 過激なポルノ雑誌「ハスラー」の創刊者で、映画化されたほど波瀾万丈な人生を送った。心不全のため、2月10日ロサンゼルスの自宅で亡くなった。

 15歳の時に年齢をごまかして陸軍に入隊。2度目の退役後、オハイオ州でバーを開業し、その後にストリップクラブ「ハスラー・クラブ」を開業。4番目の妻アルシアも事業に参加して、74年に「ハスラー」を創刊。女性器のアップ写真、ジャクリーン・ケネディ・オナシスの隠し撮りヌード写真などを掲載したことで全世界から注目され、雑誌は飛ぶように売れた。

 78年、雑誌に黒人と白人の性行為写真を掲載したことに腹を立てた白人至上主義者男性から銃撃され、下半身麻痺の後遺症が残った。死刑判決が下った犯人に対しては、「自分と同じ傷は与えたいが、彼を殺したいとは思わない」と死刑回避を求めて話題になった。車いす生活になっても精力的に活動し、00年には「ハスラー・カジノ」をオープンさせた。

 私生活では5回結婚。亡くなるまで一緒だった最後の妻とは23年間も過ごしたが、「自分にとって最愛の女性はアルシア(87年に薬物の過剰摂取により溺死)」と公言している。6人の子どもに恵まれたが、「ハスラー」後見者になった娘テリーザ以外からは雑誌に関わりたくないと言われ、親子の縁を切っていた。

 英王室のエリザベス女王の夫。老衰のため、ロンドン郊外のウィンザー城で亡くなった。

 ギリシャ王族として誕生。政情が不安定になり、幼い頃に祖国を離れて亡命生活を送った。イギリス海軍に入隊し、第二次世界大戦に従軍。その後、イギリスに帰化し、マウントバッテン姓を名乗るようになった。エリート軍人で将来を有望視されていたが、エリザベス女王に見初められて1947年に結婚。共同統治者である「王配殿下」の称号が与えられなかったこと、王朝名が女王一家の「ウィンザー」のままでフィリップの姓である「マウントバッテン」に変わらなかったことなど、屈辱的な思いをしながらも、公務に誠心誠意励み、70年以上にわたり女王を支えた。チャールズ皇太子ら4人の子ども、8人の孫にも恵まれた。

 歯に衣着せぬ性格で失言も多かったが、国と女王への献身を貫いた人物として人々に愛された。高齢のため17年にはすべての公務から退き、公に姿を見せることはなくなったが、18年5月に執り行われたヘンリー王子とメーガン夫人の結婚式には上機嫌で出席していた。

 2月に感染症の治療のために入院。退院したものの、3月には心臓の既往症の検査を行うため再び入院し、健康状態が心配されていた。そんな中、王室を離脱したヘンリー王子とメーガン夫人の暴露インタビューが放送され、殿下は「狂気の沙汰」と周囲に漏らしていたと伝えられている。葬儀は英国放送協会BBCで生中継され、涙をぬぐう女王の姿に世界中の人々が心を打たれた。

 1980年代後半から活動を始めた人気ラッパー。4月2日に薬物の過剰摂取により心臓発作を起こし、懸命の治療が行われたが、ファンの願いもむなしく9日に死去した。

 ニューヨーク出身。家庭は貧しく、母親や母親の交際相手から虐待を受け、暴力的な子どもに育った。万引きや学校への放火などのトラブルを度々起こし、14歳で家出。母親に強制的に入れられたグループホームで、ヒップホップ好きな友達に出会い、ラッパーとしての活動を開始。ヒューマンビートボックスも得意で、91年にヒップホップ専門音楽誌「ソースマガジン」に“未契約の有望ラッパー”として紹介されたことで注目され、レコードレーベルと契約。下積みを経て、98年にリリースしたファーストアルバムが初登場で全米チャート1位となり、人気ラッパーの仲間入りした。

 有名になってからも法的トラブルを頻繁に起こし、薬物不法所持、動物虐待、無謀運転、養育費未払いなどで繰り返し逮捕・収監された。犯罪歴が多かったが改心し、09年にボーン・アゲイン(新生)・クリスチャンとして宣教師に。コロナ禍でも宣教活動を行っていた。

 子どもの頃からコカインに手を出したDMXは長年薬物依存に苦しみ、16年にも薬物の過剰摂取で死にかけたと伝えられている。晩年は全盛期のようなパフォーマンスは行えないほど衰えていたが、ヒップホップ・アーティストがバトルするライブストリーミング番組『Verzuz』にスヌープ・ドッグと出演。「東海岸の猛犬(DMX)と西海岸の狂犬(スヌープ)の“ドッグ対決”」と、ファンを熱狂させていたばかりだった。

ドリュー・バリモアの告白が異例の再生回数! キアヌ・リーブスからもらった、16歳の誕生日の“忘れられない思い出”とは?

 子役として大ブレークした後に、女優としても成功を収め、現在はプロデューサーや実業家として活躍しているドリュー・バリモア(46)。ティーンになる前から酒、たばこ、薬物にも手を出し、13歳でリハビリ治療を受けるなど、人気子役にありがちなすさんだ10代を送っていたことでも知られている。

 彼女と交流のある大物セレブたちが次々と出演し、本音トークを繰り広げるYouTubeトーク番組『The Drew Barrymore Show』の12月21日配信回にキアヌ・リーブス(57)が出演。2人は、35年前の映画『おもちゃの国のクリスマス』(1986)で共演した間柄なのだが、番組内での「キアヌが与えてくれた思い出を、ずっと大切にしている」というドリューの告白が話題になっている。

 ドリューは、「思い出語りしてもいいかな。16歳の誕生日に、クラブに行ったときのことなんだけど。あなたの記憶が違ってたり、追加情報があったりしたら、ぜひ教えて」と切り出しつつ立ち上がり、キアヌの手を取りながら、「あなたはポツンと座っていた私のもとにやって来て、(こうやって)手を取ってクラブの外に連れ出してくれた。そして、愛車バイクの後部座席に乗せて、猛スピードで街を走り回ってくれたの」と回想。

 「そんなワイルドなことしたっけ?」と言わんばかりに戸惑うキアヌだが、ドリューは、「あの時、私はめちゃくちゃ自由を感じた。『自由なんだ』って思った。人生最高のドライブだった」「生きる素晴らしさを実感し、幸せを感じた瞬間だった」と熱弁。「私は、この時の記憶を、ずっと大切に持ち続けているの。大人になるにつれ、年を重ねるにつれ、こういう気持ちになれる機会はなくなっていくから」としみじみ語った。

 一方のキアヌはこのことをはっきりと覚えていないようで、「どこのクラブだったっけ?」と記憶を手繰り寄せるような表情に。ドリューは「ロサンゼルスの“サードストリート”だったと思う」「ドライブした後にあなたがクラブに戻ったかは覚えてないけど、私はスキップしながら戻ったの。ルンルンだった」と、少女のような笑顔で興奮気味に説明。

「当時はわからなかったけど、いま思えば最高のスイート・シックスティーンよね。バイクに乗せてもらい、自由とは何かを教えてもらったんだもの」と、“憧れのお兄ちゃん”を見るようなキラキラした瞳でキアヌを見つめた。

 キアヌは、「“サード”か。夜だったってことは、かなりのスピードで走ったんだろうねぇ」と笑い、「あの頃、あの素晴らしい時代、バイクに乗ると、スリルと自由が感じられたんだよね」と、懐かしそうな表情を見せた。

 ドリューに「(私にとってのバイクの思い出のように)あなたにとって、自由で幸せと感じることは?」と聞かれたキアヌは演劇について熱く語り、「『アクション!』と言われてから起こることが、たまらなく好きなんだ。準備は大変だけど、“さぁ! 始めよう!”という気持ちになれる『アクション!』って言われる瞬間がね」と少年のように笑い、「好きなことで生活ができ、キャリアを積み上げられ、本当に幸運だと思っている」とにっこり。ドリューは、うっとりと聞き入っていた。

 ドリューは昨年も同番組でキアヌとのバイクの思い出を話しているが、キアヌ本人に「自由を感じさせてくれたのはあなた」「あなたは私にとってお手本」と直接伝えたことは初めての様子。ネット上では、「ハリウッドの兄妹って感じで素敵」「キアヌは昔から本当にいい人だよね」「キアヌの人間性が素晴らしいと、また証明されてしまった」などと、称賛されている。

 今回の番組では、「私はファイター(戦う人)じゃなくて、ラバー(愛する人)なの」と平和主義者だと語るドリューに対して、キアヌが、「いやいや、愛する人ならば、戦う人でもあるはずだよ」「愛のために戦わなければ、それは愛じゃないだろう」と反論する場面もあり、言った後であまりにもクサい決め台詞だと気づいたキアヌがひとしきり照れてソファから飛び上がって逃げ惑う場面もあり、ネット上では「めちゃくちゃかわいい!」「いつまでも少年のよう」と話題になっている。

 頻繁にアップされている『The Drew Barrymore Show』だが、再生回数は1万回に足りないものがほとんど。しかし、キアヌのエピソードはすでに58万回とダントツの再生回数を誇っており、キアヌ人気を証明する形になっている。

『SATC』の“ビッグ”に性的暴行疑惑! 女性3人が被害告発、事務所も契約打ち切る

 世界的大ヒットドラマ『セックス・アンド・ザ・シティ』(1998~04)で、主人公キャリーの運命の相手“ミスター・ビッグ”を演じていた俳優のクリス・ノース(67)。現地時間12月9日に配信された、同作17年ぶりとなるリブート版ドラマ『And Just Like That…』第1話でも、昔と変わらぬセクシーかつチャーミングな中年男性を演じきった。“ビッグ”がエピソードの終わりで衝撃的な死を遂げたためにネット上で大炎上したが、その騒ぎも冷めやらぬ16日、米大手業界誌「The Hollywood Reporter」電子版が、クリスの性的暴行を告発した女性たちの特集記事を掲載。世間を騒然とさせている。

 告発した女性は、40歳のゾーイと31歳のリリー(共に仮名)。互いに面識はなく、ゾーイは今年10月、リリーは8月に告発したいと「The Hollywood Reporter」に連絡を取り始めたとのこと。

 メディア関係の仕事に就いていたゾーイは、22歳の時にウエスト・ハリウッドにあるクリスの自宅マンションに呼ばれ、性的暴行されたという。いきなりキスをされ、あれよあれよという間に着ていたショーツを剥ぎ取られて強姦されたという。「とても痛くて、『やめて!』と叫んだ。でも、彼はやめなかったから、『せめてコンドームだけでもつけて』とお願いしたら、笑われた」と明かしている。

 直後、友人に連れていってもらった病院では、傷口を縫う処置を受けたそうで、かなり乱暴に暴行されたよう。その後、上司に被害を打ち明けたものの、キャリアに影響が出ることを懸念し、「口外しないでほしい」と口止めされて以来、ずっと秘密にしていたという。

 もう一人の女性、リリーは、25歳の時に、当時60歳だったクリスとニューヨークのナイトクラブで出会ったとのこと。クリスからレストランに誘われ、酒を飲んだ後で自宅マンションに招待された彼女は、「『ウイスキーを飲みながら、彼のこれまでのキャリアについて話を聞かせてもらえるんだ』と甘く考えてついていった」という。

 しかしクリスにしつこく迫られ、必死にかわそうとしたが、無理やりフェラチオをさせられた挙げ句、強引にセックスされたという。リリーは行為の間ずっと泣いていたそうで、直後「レイプされた」と感じ、とても惨めな気持ちになったと明かしている。

 これ以上傷つきたくないと沈黙を守ってきた2人だが、『And Just Like That…』のプロモーションのため、さまざまな媒体に登場していたクリスの姿を目にして、告発を決意したという。

 告発報道があった日、クリス側はすぐに声明を発表。「何十年も前に会ったという女性たちの告発内容は、まったくの虚偽。それが30年前の話であれ30日前の話であれ、ノーはノー。私は、このような一線は越えない。合意の上でしかしない」「今回、なぜこのタイミングで表沙汰になったのか、疑問を感じざるを得ない。なぜ今、このような話が出ているのかは定かではないが、これだけは絶対に言える。私は彼女たちに性的暴行を加えてはいない」と、その内容を強く否定した。

 世間が困惑する中、同日夜、クリスの出世作である国民的刑事ドラマ『LAW & ORDER』で共演したゾーイ=リスター・ジョーンズが、インスタグラムのストーリーで、「クリスが私に顔を近づけてきて、首元をクンクンして『いい香りだね』ってささやいたことがある」「(飲酒が禁止されている)撮影所に22オンス(約650ミリリットル)のビールを持ち込んで、撮影の合間にコソコソ飲んでいた」と暴露。

 さらに「先週、友達から『ミスター・ビッグの死についてどう思う?』と聞かれたけど、正直ホッとしている」と明かし、「私が経験したことは今回告発した女性たちの受けた仕打ちに比べるとちっぽけなこと」とした上で、人間性を疑うようなことを平気でする、とんでもない男なのだと批判した。

 その後、米「FOXニュース」は、クリスが芸能事務所「A3アーティスト・エージェンシー」から契約を打ち切られたと報道。ネット上は、「告発だけで契約を打ち切るなんて、やりすぎじゃない? これでは強姦魔扱いだ」「まだ事実かどうかもわからないのに……」などとクリスに同情する人、「リブート版でクリスの顔を見てフラッシュバックに見舞われるなど、トラウマがひどくなったのでは……」などと告発した女性に同情する人が現れ、「真実はどこにあるのか?」と大混乱している。

 クリスは12年に、01年から交際していた28歳年下の女性と結婚。08年に長男、20年には次男が誕生し、「65歳を過ぎても現役だ」と話題になった。今回告発したリリーは、クリスが「一夫一婦制は現実的じゃない」と言っていたとも明かしており、仮に告発が事実でなくとも、これまで幸せを築き上げてきた家庭にヒビが入りそうだ。

 有名人が関わる性的暴行事案は、告発が次の告発を呼ぶケースが多い。最新情報によると、3人目の告発女性も現れ、「酔っぱらったクリスは、勃起した性器を私に押し付けた」と明かしている。また、今回は事務所からの契約打ち切りという処置がとられたことで、告発女性はもちろん、クリス側も訴訟に持ち込む可能性があり、今後の展開に注目が集まっている。