森達也監督の劇映画デビュー作『福田村事件』 正義に染まった集団が過ちを犯すメカニズム

 1923年9月1日、相模湾北西部を震源地とする首都圏直下地震「関東大震災」が発生した。マグニチュード7.9と推測される大地震は、建物の崩壊や広範囲にわたる火災を招き、死者・行方不明者は10万人以上という未曾有の大災害となった。

 パニック状態に陥った首都圏をさらに襲ったのが、流言飛語だった。「富士山が爆発する」「大津波がきた」という噂に続き、「朝鮮人が襲ってくる」「朝鮮人が井…

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森達也監督が初の劇映画に挑む 家族と郷里を愛する自警団が虐殺を犯した「福田村事件」とは?

 ゴーストライター事件で騒がれた佐村河内守氏に密着取材した『FAKE』(16年)、東京新聞の望月衣塑子記者を追うことで、官邸や日本のメディアの異様さを浮き彫りにした『i-新聞記者ドキュメント-』(19年)……。新作を発表する度に大きな反響を呼び起こすのが、ドキュメンタリー映画界の鬼才・森達也監督だ。

 その動向が常に注目を集めてきた森達也監督が、現在取り組んでいるのが初の劇映画…

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『宮本から君へ』助成金問題、KAWASAKIしんゆり映画祭……日本社会全体を覆う「忖度」と、どう闘う?

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 11月15日(金)公開のドキュメンタリー映画『i-新聞記者ドキュメント-』が注目される森達也監督と、配給会社「スターサンズ」の代表取締役である河村光庸プロデューサーの対談後編。話題は映画の内容だけにとどまらず、「忖度」や「同調圧力」によって動いている日本特有の社会構造へと広がった。

戦争さえも「忖度」によって引き起こされた

―――記者クラブの閉鎖性は、村社会を生み出す日本人の民族性とも関わる問題のようですね。

 そう思います。日本社会は集団と親和性が高い。言い換えれば、群れるのが大好きなんです。群れは同質性でまとまります。異質なものを入れたら、群れではなくなってしまう。つまり集団化が進めば、異質なものを排除しようという動きも大きくなる。それは近年のヘイトスピーチ、あるいは欧米の移民排斥の動きなどにも表れています。排他性でいえば、まさに日本の記者クラブですね。民主党政権時代の記者クラブはフリージャーナリストにも扉を開こうとしたんですが、安倍政権になって再び固く閉められてしまった。たぶん、既成メディアの記者たちにとっても、そのほうが楽なんでしょう。政治権力にとっても、そのほうがメディアをコントロールしやすいわけです。

――菅官房長官に質問を繰り返す望月記者に対し、会見の司会を務める上村秀紀官邸報道室長は「質問は手短に」と連呼する。上村室長は「i」ではないわけですね。

 望月さんは「彼が標的になるのはかわいそう」と話していましたし、僕もそう思います。彼は別に悪人ではありません。官邸にはたくさんの「上村さん」がいる。たまたま前面に出ているのが、上村さんだった。組織の中には100人、200人の上村さんがいます。

河村 今のマスメディアに対して、私が言いたいのは、「表現者を孤立させるな」ということ。日刊サイゾーは『宮本から君へ』に対して文化庁が助成金の不交付を決めた問題を、プロデューサーである私に対する政権からの圧力ではないかと報じた(参照記事)わけだけど、問題を私個人のことに矮小化している。本当は「表現の自由」に関わる大きな問題なんです。もっとメディアはそのことを認識して、記事にしてほしい。メディアの責任は重いですよ。表現者を孤立させちゃ、ダメです。森監督は強い人だから孤立することを恐れていないけど、多くの人は孤立することを恐れ、多数派に同調してしまう。そこが問題なんです。

 『A』や『A2』を公開したとき、同業者からよく聞かれました。「危険な目に遭わなかった?」「公安とかの尾行がついているんじゃないの?」と。それを聞いて、みんなおびえているんだなぁと感じました。過度におびえていると、何も取材できなくなってしまう。

河村 6月に劇映画『新聞記者』を公開したとき、私も同じことを尋ねられました。内閣情報調査室にスポットライトを当てても平気なのかと。全然平気ですよ。権力は、直接的には手を出さないんです。誰も具体的な命令は下しません。すべては同調圧力、忖度で動いてしまう。そこには主体というもの、実体がないんです。

――みんな、実体のない影におびえ、踊らされている?

河村 すべては我々の勝手な思い込み、幻想にすぎないわけです。忖度した結果、そうなってしまう。官僚の世界は特にそうでしょうし、戦前も同じような状況だったと思います。海軍があって、陸軍があって、天皇陛下がいて、それを取り巻く大勢の人たちがいて、主体がどこにあるのかわからずに戦争に突入してしまった。戦争が始まったのに責任者はどこにもいないという、おかしな状況になっていたんです。

 『i-新聞記者ドキュメント-』は東京国際映画祭で上映され、中国とタイの記者からの取材を先ほど受けました。中国は共産党、タイは軍事政権が大きな存在となっていて、不自由である理由がはっきりとわかっています。でも、日本を支配しているのは場と空気なんです。場と空気という見えないものに支配されているので、自分たちが不自由であることすら気づいていません。日本は非常に屈折した状況なんだなと、他国の記者たちの取材を受けながら感じました。

河村 もしかしたら、安倍総理さえもそうなのかもしれない。自分の意思ではなく、「こうしたほうがいいんじゃないかな」という単なるイメージで動いているのかもしれない。かつて吉本隆明が『共同幻想論』という本を出しましたが、今の日本が共同幻想そのもののように思えます。戦前もね、大正デモクラシーがあり、自由を謳歌していた時期もあったのに、あっという間に戦争へとなだれ込んでしまった。今の状況はひどく危険に思えて仕方ありません。だから、マスメディアは物事や人物を孤立化させないで、社会全体を見つめながら取り上げていかないとダメなんです。『新聞記者』は大ヒットしたので、ネトウヨも騒ぎませんでした。

 ネトウヨは劇場で映画を観ないから。来てほしいなあ。

河村 『新聞記者』は公開前に右寄りの学者が少し騒いだ程度で、公開後にガンガンくるかと覚悟していたら、無反応だった(笑)。私はね、愛国主義も民族主義も、別に悪いことだとは思いません。ただ、自分とは異なる存在を排除しようとするのが問題です。その途端に、愛国主義や民族主義が排他主義になってしまう。それがマズいんです。

――『i-新聞記者ドキュメント-』はアニメーション表現もあり、最後は森監督自身のナレーションで締めています。若い観客にも届きやすいように努めたんでしょうか?

 いえ、何も考えていません。単にアニメーションは自分自身がやってみたかっただけで、ナレーションもこの作品にとってベストな演出だろうと考えてのことです。お客さんへのサービスはほとんど考えません。「森友事件」などを字幕で説明しているのは、僕自身が事件を忘れかけていたこともありますが、河村さんからの要望でした。

河村 「森友事件」など基本的なことはわかって観てもらわないと、『i-新聞記者ドキュメント-』は楽しめませんから。海外の人たちにも観てほしいでしすね。

 中国とタイの記者から取材を受けた話をしましたが、共産党が統治する中国から見ても、軍事政権下にあるタイから見ても、今の日本のマスコミの状況は、かなり特殊だと感じられたようです。同じアジアだから通じるところもあるでしょうが、はっきりと物事を捉える欧米人が観たら驚くと思いますよ。

――劇映画『新聞記者』や今回の『i-新聞記者ドキュメント-』を企画できるのは、河村プロデューサー自身が邦画界の異端児だからではないでしょうか。河村プロデューサーは、「スターサンズ」を立ち上げる前は出版社を経営。さらにそれ以前は、沖縄の「星の砂」などいくつかのブームの仕掛け人でもあったそうですね。

 そうなんですか?

河村 若い頃に、「星の砂」で商売していた時期がありました。「スターサンズ」という社名は、そこからつけたものです(笑)。

 河村さんは根っからの山師ですよ。映画プロデューサーとして、正しい姿だと思います。

河村 私は映画をプロデュースする上で、3つのポイントを心掛けているんです。ひとつはインディペンデントであること、もうひとつはシニア、そして映画を本業だとは考えないことです。森監督もそうでしょ?

 ドキュメンタリーだけでは食べていけません。本を出したり大学で教えたり、いろいろして暮らしている状況です。そうか。だからできることがある、という意味ですか。なるほどね。

――森監督からは「山師」という言葉が出ましたが、河村プロデューサーの目には、今の映画業界なら勝算は十分ありと映っているんじゃないでしょうか?

河村 多くの映画会社は、映画製作と配給を別々にやっているわけです。その点、私は企画の段階から、どんなふうに宣伝しようかと考えながら取り組んでいます。今の日本の映画界は、ぼや~っとした状況。エッジの利いたもの、強いフックのあるものが必要です。人の心に何か引っ掛かるものがないと、ヒットはしません。そういう意味では、今はチャンスだと考えています。

 要は、河村さんは組織人ではないわけです。組織人には映画プロデューサーは務まらない。ヘタしたら首を吊ることになるかもしれないけど、逆にカジノで豪遊できる立場になるかもしれない。そんな気質じゃないと、面白い映画はプロデュースできないと思います。映画は、そんなジャンルです。でも現状、多くの日本の映画プロデューサーは組織人になっている。だから冒険ができない。まあ僕の周囲には、冒険するプロデューサーは結構いますけれど。彼らが救いです。

――最後になりましたが、先ほども話に出た『宮本から君へ』に対して、文化庁が助成金の交付を取りやめた問題について。安倍政権への「忖度」が働いたと河村プロデューサーは感じていますか?

河村 わかりません。わかりませんが、「忖度」が働く構図ではあります。でも、それは「河村を潰してやろう」という誰かの主体的な意図があって、助成金の交付が取りやめられたわけではないと思います。この問題で重要なのは、「表現の自由」に抵触するということ。憲法違反になることを考えずに、役人は助成金の不交付を決めてしまった。私個人が狙われたとかそういうことではなく、もっと大きな問題です。

――ミキ・デザキ監督のドキュメンタリー映画『主戦場』は一部の出演者が上映差し止めを求め上告中であることから、「KAWASAKIしんゆり映画祭」では上映中止になりかけるなど、日本社会全体を「忖度」が覆っているように感じられます。

 この闘いのラスボスは「空気」ですよ。空気が相手だから、闘いようがありません。

河村 ラスボスは空気! うまいこと言うなぁ(笑)。空気が相手なら、自分たちで新しい、熱い空気を生み出していくしかないんじゃないですか? マスメディアが果たす責任は、大きいですよ。

(取材・文=長野辰次、撮影=名鹿祥史)

『i-新聞記者ドキュメント-』

監督/森達也 企画・製作・エグゼクティブ・プロデューサー/河村光庸
出演/望月衣塑子
配給/スターサンズ 11月15日(金)より、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
(c)2019 「i −新聞記者ドキュメント−」製作委員会
https://i-shimbunkisha.jp

●森達也(もり・たつや)
1956年広島県生まれ。92年にテレビドキュメンタリー『ミゼットプロレス伝説 小さな巨人たち』でディレクターデビュー。テレビドキュメンタリーとしてオウム真理教の信者たちを取材した『A』は所属していた制作会社から契約解除を通告されるも、同作は98年に劇場公開された。2001年に続編の『A2』を公開し、山形国際ドキュメンタリー映画祭で審査員特別賞・市民賞を受賞。11年には綿井健陽、松林要樹、安岡卓治らとの共同監督作『311』を発表し、賛否を呼ぶ。16年に公開された『FAKE』も大きな話題に。著書に『放送禁止歌』(光文社)、『オカルト』(角川書店)、『下山事件(シモヤマ・ケース)』(新潮社)、『虐殺のスイッチ』(出版芸術社)など多数。

●河村光庸(かわむら・みつのぶ)
1949年東京都生まれ。89年にカワムラオフィス、94年に青山出版を設立。98年にはアーティストハウスを設立し、映画への出資・配給を始める。『ブレアウィッチプロジェクト』(99年)などの日本配給を手掛けた。2008年に映画配給会社「スターサンズ」を設立。韓国のインディペンデント映画『息もできない』(08年)を大ヒットさせたほか、エグゼクティブ・プロデューサーを務めた『かぞくのくに』(12年)、企画制作を担当した『あゝ、荒野』(17年)は国内の映画賞を総なめ。新井英樹原作コミックの実写化『愛しのアイリーン』(18年)、『宮本から君へ』も過激な描写で大反響を呼んだ。

望月衣塑子記者は、なぜ“アウトサイダー”なのか? 報道の不自由さをもたらす元凶を徹底究明!

 国境なき記者団が発表する世界180カ国・地域を対象とした「報道の自由度ランキング」において、日本は2018年に続いて19年も67位と下位に低迷している。この国で報道の自由を妨げているものは、いったいなんなのか? ドキュメンタリー作家・森達也監督の『FAKE』(16年)以来となる新作ドキュメンタリー映画『i 新聞記者』が、11月15日(金)より劇場公開される。東京新聞でスクープを連発する望月衣塑子記者の取材ぶりをカメラで追ったものだ。望月記者の著書『新聞記者』(角川新書)を原案にした劇映画『新聞記者』や、助成金取り消し問題で揺れる『宮本から君へ』などの問題作を次々と放つ映画製作・配給会社「スターサンズ」の河村光庸プロデューサーと森監督が対談。安倍政権すらも動かしている「ラスボス」の正体に言及した、スリリングな1時間となった。

***

――『A』(97年)と『A2』(01年)ではオウム真理教の信者たち、『FAKE』ではゴーストライター騒ぎの渦中にあった佐村河内守氏、そして『i 新聞記者』では望月記者。森監督のドキュメンタリー映画は、どれも世間からバッシングされている人たちが被写体となっています。

 誤解されているようだけど、僕は受け身です。いつも自分から被写体を選んでいるわけではないんです。『A』は僕がテレビのディレクターをやっていた頃です。当時のテレビはオウム一色で、オウム以外は取り上げることができなかった。だから仕方なくオウムの取材を始めた。でも、結果的に僕はその作品が原因でテレビの世界から排除され、映画として公開することになった。『FAKE』のきっかけは、出版社から佐村河内さんを題材に本を書かないかと打診されたことです。いったんは「興味ないです」と断ったんですが、「本人に一度会ってくれ」と何度も頼まれて会ったところ、「これは本ではなく、映像にすべきだ」と思ったことが始まりでした。今回は2年くらい前に、河村さんから望月さんの著書を原案にした映画を撮らないかと声を掛けられたことが始まりです。結果として、望月さんのドキュメンタリーを撮ることになった。自分から能動的に動いているわけではない。まぁでも、被写体に興味が湧いてくる部分が、きっと自分の中にあるんでしょうね。

――菅義偉官房長官との会見でのやりとりで有名になった望月記者ですが、『i 新聞記者』は望月記者を追うと同時に、記者クラブの閉鎖性が浮かび上がってきます。

河村 記者クラブを題材にしようというのは、最初から考えていたものではありません。望月記者を森監督が追っているうちに浮かび上がってきたものです。望月記者と菅官房長官とが攻防を繰り広げる中で、記者クラブの在り方が素材として現われてきた。取材を進める中で、テーマが明確になっていく。これが森監督の撮るドキュメンタリーの真骨頂でしょう。

 望月さんと菅官房長官との記者会見でのやりとりが激しいものになっていたので、当然その様子を自分のカメラで撮ろうとしたんですが、官邸記者クラブに所属していないから、会見の取材どころか官邸に入ることすらできない。ハードルはとても高い。まず官邸の承認を得なくてはいけないんですが、その承認を得るためには、記者としての実績を証明することが必要。仮に官邸が承認しても、記者クラブに加盟している新聞社全社の了解を得なくてはいけない。まさに“ミッション・インポッシブル” でした。結局はカットしたけれど、隠しカメラとかいろいろ考えたんです。

――河村プロデューサーには、途中経過の報告などはあったんでしょうか?

河村 私のところには取材経過はほとんど伝わってこなかったし、こちらからも途中で口を挟むことはしませんでした。題名に『i』とついている意味すら、私は知らなかった。森監督からは「望月衣塑子の頭文字です」とか言われていたんです。完成した映画を観て、森監督が記者クラブとせめぎ合っていたことを知り、『i』の意味も映画の最後まで観ることで、「一人称」の「私」だとようやくわかった(笑)。

 望月さんの著書を原案に映画をつくろうという企画の段階から僕は関わり、藤井道人監督が撮った劇映画『新聞記者』とは別に、ドキュメンタリー映画を撮ることになった。河村さんがプロデューサーとして劇映画のスタッフに対して強権発動しているのも知っていました。なので、ドキュメンタリーも河村さんが撮影や編集に口を挟んでくるのかなと身構えていたのだけど、ありがたいことに僕に関しては、河村さんはほぼ放置してくれました。

河村 藤井監督の『新聞記者』だけに限らず、劇映画の場合は、いつも脚本に口を出しています。劇映画にとって、脚本はそのくらい重要です。でも、ドキュメンタリーには脚本がない。成り立ちが、まったく異なります。

 ドキュメンタリーは現実に規定されます。だから、ドキュメンタリーでゴジラや地底人を撮ることはできないけれど、劇映画なら撮ることができる。ならば、劇映画は自由なのか? 実はそうではない。脚本を書かねばならないから、自分のイメージに規定されます。現実は、時として自分のイメージを超えたり壊したりしてくれる。まさかと思うことが現実に起きてしまう。撮りながら、現実に翻弄されます。これはドラマにはない醍醐味です。

 

――望月記者は東京新聞社会部の記者であり、全国紙の政治部記者たちが詰める官邸の記者クラブではアウトサイダー。それゆえに菅官房長官に対して食い下がることができるものの、記者クラブでは浮いた存在となっている。

 それは確かですね。やっぱり感じるのは望月さんのメンタルの強さです。でも映画を観ればわかるけれど、決して強いだけの女性ではない。ならばなぜ彼女は、会見の場でこれほどに強いのか? 政治権力やほかの記者たちの冷たい視線に屈さないのか? それはこの映画のテーマにつながる部分です。

――東京新聞以外の他社の記者たちを取材しようとは、森監督は考えなかったんでしょうか?

 まったく考えませんでした。他社の記者も取材したほうがよかったと思いますか? だってほかの記者たちがどんなリアクションするのか、想像つくでしょう。『FAKE』のときも、佐村河内さんだけを密着取材するのではなく、ゴーストライターを務めた新垣隆さんやスクープ記事を書いた神山典士さんをもっと取材するべきだと言われましたが、僕にはその気がまるで起きませんでした。興味が湧かないのならカメラは向けません。

――『i 新聞記者』もそうですが、森監督は著書『下山事件(シモヤマ・ケース)』(新潮社)や『虐殺のスイッチ』(出版芸術社)でも、一人称単数で語ることの大切さを主張していますね。

 当たり前のことだと思うけれど、「考える」という述語の主語は、「私」や「僕」などの一人称単数です。「我々」ではない。「怒る」「笑う」「泣く」。ぜんぶ一人称単数です。テレビ番組でも、よくありますよね。「我々は、現場に飛んだ……」みたいなナレーション。「我々」ではなくディレクターの「私」でいいはずだと、ずっと思っていました。主語は大切です。なぜなら述語が変わる。さらにジャーナリズムにおいて最も大切な現場性は、主語は一人称単数にすることで発動するはずです。「我々」など曖昧な複数、あるいは自らが帰属する社や局などの組織を主語にするのなら、視聴率や部数などの市場原理、スポンサーの意向、組織の立場や政権との関係、リスクヘッジや社内規定など、現場にとって余計な要素がより大きな障害となってしまう。

河村 望月記者だけが日本では注目を集めているけれど、会見の場で突っ込んで質問するのは海外では普通のことですし、その質問にきちんと答えるのも当然のこと。日本のジャーナリズムの現場では、当たり前のことがなされていないんです。でも、誰もこの問題には触れようとはしない。誰もやらないから、私が映画をつくろうと考え、そして森監督に呼び掛けた。それだけのことなんです。忖度し、同調圧力化し、萎縮してしまっている社会が怖いんです。「私」はどうするべきか考えてほしいし、もっと多くの「私」が現われてほしい。

(後編へ続く/取材・文=長野辰次、撮影=名鹿祥史)

『i 新聞記者』
監督/森達也 企画・製作・エグゼクティブ・プロデューサー/河村光庸
出演/望月衣塑子
配給/スターサンズ 11月15日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー
(c)2019 「i −新聞記者ドキュメント−」製作委員会
https://i-shimbunkisha.jp

●森達也(もり・たつや)
1956年広島県生まれ。92年にテレビドキュメンタリー『ミゼットプロレス伝説 小さな巨人たち』でディレクターデビュー。テレビドキュメンタリーとしてオウム真理教の信者たちを取材した『A』は、所属していた制作会社から契約解除を通告され、1998年に劇場公開された。2001年に『A2』を公開し、山形国際ドキュメンタリー映画祭で特別賞・市民賞を受賞。2011年には綿井健陽、松林要樹、安岡卓治らとの共同監督作『311』を発表し、賛否を呼ぶ。2016年に公開された『FAKE』も大きな話題に。著書に『放送禁止歌』(光文社)、『オカルト』(角川書店)、『下山事件(シモヤマ・ケース)』(新潮社)、『虐殺のスイッチ』(出版芸術社)など多数。

●河村光庸(かわむら・みつのぶ)
1949年東京都生まれ。89年にカワムラオフィス、94年に青山出版を設立。98年にはアーティスト・ハウスを設立し、映画への出資・配給を始める。『ブレアウィッチプロジェクト』(99年)などの日本配給を手掛けた。2008年に映画配給会社「スターサンズ」を設立。韓国のインディペンデント映画『息もできない』(08年)を大ヒットさせた他、エグゼクティブ・プロデューサーを務めた『かぞくのくに』(11年)、企画制作を担当した『あゝ、荒野』(16年)は国内の映画賞を総なめ。新井英樹原作コミックの実写化『愛しのアイリーン』(18年)、『宮本から君へ』も過激な描写で大反響を呼んだ。