林家正蔵、立川談春の俳優業高評価で“落語界”に熱視線!「ネクスト談春を探せ!」

「高視聴率の一因を担っているのが談春さんの演技であることは間違いないですよ。彼がドラマで活躍していることで、若手のキャスティング担当は落語の寄席にも結構通って“ネクスト談春”を探そうと必死になってますからね」(テレビ局関係者)

 阿部寛主演で日曜午後9時に放送されているドラマ『下町ロケット』(TBS系)。重要な役どころを演じているのが落語家の立川談春だ。

「今年はドラマ以外にも映画『あいあい傘』にも出演し、来年はTBSのチームで制作する『七つの会議』にも出演します。最近の落語家で映画といえば林家正蔵さんのイメージが強いですが、そこにも食い込んでいきそうですよ」(映画関係者)

 その林家正蔵は、山田洋次監督のシリーズ作品『家族はつらいよ』に出演している。

「今はNHKの大河ドラマ『西郷どん』にも出てますし、若い人には正蔵師匠が落語家だと知らない人もいるかもしれませんね。それくらい映像作品の方で重宝されています」(同)

 実際、山田洋次監督も正蔵のことを落語家だとは思っていない節があるという。

「今年5月に公開された『妻よ薔薇のように 家族はつらいよIII』には、同じ落語家の立川志らくさんも出てたんです。そこで志らくさんに『山田監督は落語家には芝居の稽古はつけないし、優しいと聞いてたのに、めちゃ怒られるんですよー』と愚痴をこぼしていました。志らくさんも『山田監督は正蔵師匠のことを上手い役者と思ってるんです。だからダメ出ししてるんです。落語家とは思ってませんよ』と、さすがの返しをしてましたね。やはりイメージとして談春さんや志らくさんは噺家のイメージがありますが、正蔵さんは“こぶ平”のイメージがまだ強いですからね。実際、山田監督も一俳優として接している感じでした。それが噺家さんにとっていいのか悪いのかは分かりませんが、少なくとも俳優としての評価は今のところ談春さんよりも上だと思いますよ」(芸能事務所関係者)

 しばらくは正蔵と談春の2トップが続きそうだ。

「林家九蔵」襲名取りやめ問題の深淵……ビートたけしだけが知る「八代目正蔵」と「初代三平」の因縁

 国民的演芸番組『笑点』(日本テレビ系)の“ピンク”こと三遊亭好楽の弟子・三遊亭好の助に、襲名をめぐる騒動が勃発。好の助が2018年5月の真打昇進の際に予定していた「三代目・林家九蔵」襲名を取りやめたことが、3月3日に明らかになった。

 昨年12月、好の助は師匠の好楽の前名である「林家九蔵」を襲名することを公表。襲名にあたって、林家九蔵と縁がある関係者宛てに事前に承認を取り付け、今年5月の襲名披露に向けて準備を進めていた。

 ところが、2月に入り、林家九蔵襲名を知った九代目・林家正蔵と正蔵の母親の海老名香葉子さんから“待った”がかかったのだ。好楽は、香葉子さんから連絡を受け、すぐさま東京・根岸の海老名家に出向いた。3時間にわたる話し合いで理解を求めたが、賛同を得ることはできなかったという。

 好楽は先代の正蔵である八代目・林家正蔵(後の彦六)に入門し、初代・林家九蔵を名乗ったが、1982年に師匠の彦六が亡くなり、翌年に五代目・三遊亭円楽の門下に移籍。名前を三遊亭好楽と改めた。好楽は、師匠の故・円楽とともに現・正蔵が副会長を務める「一般社団法人 落語協会」を脱会している。そのために好楽の弟子である好の助が「林家」とは関係ない人物であることを、海老名家は問題としたわけだ。正蔵は「落語界で悪しき前例を作るのはよくないとは申し伝えました」とスポーツ紙の取材に答えたという。

 襲名披露まで2カ月を切った段階での白紙撤回という前代未聞の出来事に、落語界は激震。海老名家を絶縁された次女でタレントの泰葉は、ブログで「弟正蔵と母が権力でやめさせました」と海老名家を批判した。

 だが、過去の故・林家彦六氏と海老名家の関係を知る落語界関係者によると「そんな単純な話ではない」と言う。また、筆者は正蔵と親しいビートたけしから「林家彦六氏は海老名家から『林家正蔵』という名跡を強引に奪ったみたいだ」という話を、以前聞いたことがあった。それだけに、今回のクレームには好楽の師匠の彦六氏に対する海老名家の積年の恨みが背景にあるように思えてならない。

 彦六氏は三遊亭門下に入門。二つ目に昇進して橘家二三蔵に改名。その後、三代目・三遊亭円楽を襲名して真打に昇進したが、師匠の四代目・橘家円蔵の死去に伴い、柳家小さん門下に移籍。その後、兄弟子の四代目・蝶花楼馬楽一門の内輪弟子となるなど、一門間を渡り歩いた。前師匠の小さん引退に伴い、師匠馬楽が四代目・柳家小さんを襲名。彦六氏は馬楽の名を譲り受け、五代目・蝶花楼馬楽を襲名することとなった。

 その後、五代目・柳家小さんの名跡を狙っていた彦六氏だったが、襲名争いの末に、弟弟子の九代目・柳家小三治がその座に就くこととなった。そこで、当時空き名跡だった林家正蔵を一代限りで海老名家から譲ってもらい、八代目・林家正蔵を襲名したという話になっている。

 落語協会も、八代目正蔵を襲名予定だった初代林家三平は修業年数が2年と短く、時期尚早であるため見送ったとしているが、遺族は実子である三平の正蔵襲名を強く望んでいたという。彦六氏はケンカ早いことから“とんがりの正蔵”と呼ばれていたほどで、当時の関係者から聞いても、かなり強引に名跡を迫ったのは間違いない。

 さらに、海老名家に遊びに行ったビートたけしによると、「彦六師匠が海老名家に来て、日本刀を畳に突き立てて、名跡を迫った」と、事の真相を正蔵が打ち明けたそうだ。

 その後、三平はテレビで大ブレークし、落語ブームの火付け役となった。周囲からは名跡を海老名家に返して三平に正蔵を継がせるべきだと言う声も上がったが、彦六氏は返そうとはしなかったという。

 結局、彦六氏が名跡を返上したのは、三平さんが亡くなった後であった。夫に正蔵を継がせてやりたかった妻の香葉子さんと長男の正蔵の心中は、察するに余りある。

 好楽が林家九蔵の襲名をあっさりと断念したのは、海老名家の心情をくんだためかもしれない。それがせめてもの救いだろう。
(文=本多圭)

「林家九蔵」襲名取りやめ問題の深淵……ビートたけしだけが知る「八代目正蔵」と「初代三平」の因縁

 国民的演芸番組『笑点』(日本テレビ系)の“ピンク”こと三遊亭好楽の弟子・三遊亭好の助に、襲名をめぐる騒動が勃発。好の助が2018年5月の真打昇進の際に予定していた「三代目・林家九蔵」襲名を取りやめたことが、3月3日に明らかになった。

 昨年12月、好の助は師匠の好楽の前名である「林家九蔵」を襲名することを公表。襲名にあたって、林家九蔵と縁がある関係者宛てに事前に承認を取り付け、今年5月の襲名披露に向けて準備を進めていた。

 ところが、2月に入り、林家九蔵襲名を知った九代目・林家正蔵と正蔵の母親の海老名香葉子さんから“待った”がかかったのだ。好楽は、香葉子さんから連絡を受け、すぐさま東京・根岸の海老名家に出向いた。3時間にわたる話し合いで理解を求めたが、賛同を得ることはできなかったという。

 好楽は先代の正蔵である八代目・林家正蔵(後の彦六)に入門し、初代・林家九蔵を名乗ったが、1982年に師匠の彦六が亡くなり、翌年に五代目・三遊亭円楽の門下に移籍。名前を三遊亭好楽と改めた。好楽は、師匠の故・円楽とともに現・正蔵が副会長を務める「一般社団法人 落語協会」を脱会している。そのために好楽の弟子である好の助が「林家」とは関係ない人物であることを、海老名家は問題としたわけだ。正蔵は「落語界で悪しき前例を作るのはよくないとは申し伝えました」とスポーツ紙の取材に答えたという。

 襲名披露まで2カ月を切った段階での白紙撤回という前代未聞の出来事に、落語界は激震。海老名家を絶縁された次女でタレントの泰葉は、ブログで「弟正蔵と母が権力でやめさせました」と海老名家を批判した。

 だが、過去の故・林家彦六氏と海老名家の関係を知る落語界関係者によると「そんな単純な話ではない」と言う。また、筆者は正蔵と親しいビートたけしから「林家彦六氏は海老名家から『林家正蔵』という名跡を強引に奪ったみたいだ」という話を、以前聞いたことがあった。それだけに、今回のクレームには好楽の師匠の彦六氏に対する海老名家の積年の恨みが背景にあるように思えてならない。

 彦六氏は三遊亭門下に入門。二つ目に昇進して橘家二三蔵に改名。その後、三代目・三遊亭円楽を襲名して真打に昇進したが、師匠の四代目・橘家円蔵の死去に伴い、柳家小さん門下に移籍。その後、兄弟子の四代目・蝶花楼馬楽一門の内輪弟子となるなど、一門間を渡り歩いた。前師匠の小さん引退に伴い、師匠馬楽が四代目・柳家小さんを襲名。彦六氏は馬楽の名を譲り受け、五代目・蝶花楼馬楽を襲名することとなった。

 その後、五代目・柳家小さんの名跡を狙っていた彦六氏だったが、襲名争いの末に、弟弟子の九代目・柳家小三治がその座に就くこととなった。そこで、当時空き名跡だった林家正蔵を一代限りで海老名家から譲ってもらい、八代目・林家正蔵を襲名したという話になっている。

 落語協会も、八代目正蔵を襲名予定だった初代林家三平は修業年数が2年と短く、時期尚早であるため見送ったとしているが、遺族は実子である三平の正蔵襲名を強く望んでいたという。彦六氏はケンカ早いことから“とんがりの正蔵”と呼ばれていたほどで、当時の関係者から聞いても、かなり強引に名跡を迫ったのは間違いない。

 さらに、海老名家に遊びに行ったビートたけしによると、「彦六師匠が海老名家に来て、日本刀を畳に突き立てて、名跡を迫った」と、事の真相を正蔵が打ち明けたそうだ。

 その後、三平はテレビで大ブレークし、落語ブームの火付け役となった。周囲からは名跡を海老名家に返して三平に正蔵を継がせるべきだと言う声も上がったが、彦六氏は返そうとはしなかったという。

 結局、彦六氏が名跡を返上したのは、三平さんが亡くなった後であった。夫に正蔵を継がせてやりたかった妻の香葉子さんと長男の正蔵の心中は、察するに余りある。

 好楽が林家九蔵の襲名をあっさりと断念したのは、海老名家の心情をくんだためかもしれない。それがせめてもの救いだろう。
(文=本多圭)