ヒロミ『アオハル(青春)TV』大爆死で崖っぷち! 現場からの“嫌われ”は続く……

 タレントのヒロミがMCを務め、1月から放送スタートしたフジテレビ系バラエティ『アオハル(青春)TV』。ヒロミが同局のレギュラー番組で単独MCを務めるのは初めてのことで、その手腕に注目が集まったが、1月27日に放送された初回2時間スペシャルの視聴率が4.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)、2回目が3.3%という“大爆死”で、フジテレビともども崖っぷち状態だという。

 ヒロミといえば、1996年に放送スタートしたバラエティ『発掘!あるある大事典』(関西テレビ制作、フジテレビ系/2007年発覚のねつ造データ事件で打ち切り)で、MCの堺正章と共にサブ司会を務めていたが、04年のリニューアル時に突然、降板。芸能活動を休止して加圧トレーニングジムを経営し、事業家として成功した後、14年に妻でタレントの松本伊代に支えられ、タレント活動を再開した。

 復帰後、ヒロミは“リフォーム名人”という意外な才能を発揮。17年11月に放送された『有吉ゼミ』(日本テレビ系)の特別編『「ヒロミ、自宅を作る。」完成披露SP』では、ヒロミが半年間かけて自宅をフルリフォームする過程と、その完成に妻・伊代が大喜びする姿に視聴者が感動。SNSには「理想の夫」という書き込みが溢れ、数字でも19.9%という高視聴率を記録した。

 こうして再ブレークを果たしたヒロミに、テレビ局も熱い視線を注ぎ、日テレは、昨年10月、人気バラエティ『火曜サプライズ』のMCだったウエンツ瑛士がロンドン留学のために降板すると、番組レギュラーだったヒロミをMCの一人に昇格。さらに、フジテレビは、冒頭の『アオハル(青春)TV』でのMC起用を決めたが、現場では「なぜヒロミを?」と疑問視する声も根強かった。というのも、業界関係者の間では、ヒロミの過去のイメージが払拭されていないからだ。

 元暴走族出身のヒロミは、1986年、デビット伊東、ミスターちんとともに、コントグループ「B21スペシャル」で芸能界デビュー。“やんちゃキャラ”で人気を博す一方、デビュー当時からメンバーや、ADなど弱い立場のスタッフに対する粗暴な言動が問題視されていた。その後の91年、深夜バラエティ『1or8』(フジテレビ系)の中で、大量のロケット花火を背負って噴射する企画で大やけどを負ってしまう。事故は社会問題にまで発展し、番組は打ち切りになったが、その後のヒロミは、『笑っていいとも!』や『タモリのボキャブラ天国』(いずれもフジテレビ系)のレギュラーに抜擢されるなど、優遇を受けた。

 フジに優遇されて以降、ヒロミの粗暴な言動はエスカレート。落語家の林家正蔵も『行列のできる法律相談所』(日本テレビ系)で、林家こぶ平時代に「お前」呼ばわりされ、顔や頭を容赦なく叩かれるツッコミを受けていたことを暴露したが、当時のヒロミは“やんちゃキャラ”のもと、先輩のビートたけしも“おじさん”“たけし”などと呼び捨て。タモリや所ジョージらに対してもため口を利く一方、上手く“媚び”を売りまくるところは、テレビ関係者から嫌われていた。

 実際、ヒロミが『あるある大事典』を降板したのは、スタッフとの飲み会で「マチャアキ、最近、面白くないね」と軽口を叩いたことが堺の逆鱗に触れて、降板させられたというのが定説だ。最近になって、ヒロミはこの説を否定しているが、水面下で芸能界の重鎮に仲介してもらって堺に謝罪し、“なかったこと”にしてもらったとのウワサもささやかれている。

 ともあれ、再ブレークしてから丸くなったとも言われているヒロミだが、冒頭の『アオハル(青春)TV』では、番組内容はもとより、「MC(ヒロミ)がつまらない」という声も少なくない。

 ヒロミの過去の粗暴な言動を知るテレビ関係者や芸能関係者は、低視聴率も当然の結果として受け止めているようだが、崖っぷち状態で失敗できないはずのフジテレビの、痛恨の起用ミス。再ブレークしたからと安易にMCに抜擢してしまった制作サイドの責任が問われそうだ。
(文=本多圭)

ベッキー、片岡治大コーチと結婚も“負の連鎖”は続く?「2度あることは3度あるのでは」

 2月13日、プロ野球・読売巨人軍の片岡治大2軍コーチとの結婚を発表したタレントのベッキー。入籍を機に再ブレークが期待されているが、過去の“負の連鎖”から、「2度あることは3度あるのでは?」と危惧する声が上がっている。

 ベッキーといえば、やはり“ゲス不倫”の記憶が新しいが、それ以前は、先輩である女優・酒井法子が2009年8月に覚せい剤取締法違反容疑で逮捕された際、莫大な損害賠償を背負った所属事務所「サンミュージックプロダクション」にあって、CMやバラエティ番組などで目覚ましい活躍をみせ、事務所の救世主というべき存在だった。

 事務所を解雇された酒井に代わり、事務所の稼ぎ頭になったベッキーだったが、16年、「週刊文春」(文藝春秋)によって、ゲスの極み乙女。のボーカル・川谷絵音との“ゲス不倫”を報じられる。スキャンダルとは無縁の“良い子キャラ”で人気を得てきただけに、お茶の間は騒然。しかも、川谷とのLINEで「ありがとう文春! センテンススプリング!」などのやりとりをしていたことが暴露され、“開き直っている”として主婦層から反感を買い、一時、芸能活動休止を余儀なくされた。

 復帰後は、スマートデイズ社による女性専用シェアハウス「かぼちゃの馬車」のCMキャラクターに起用されたが、今度は、オーナーになった所有者とスマートデイズ社との間に投資をめぐるトラブルが続出した。スマートデイズ社は経営破綻したが、そこから物件所有者に対するスルガ銀行のずさんな融資の実態が明らかになり、金融庁が立ち入り検査を行う金融事件にまで発展。広告塔を務めたベッキーの道義的責任が問われた。

“負の連鎖”に陥ったベッキーだったが、昨年5月、芸能関係の友人を通じて片岡と知り合い、交際に発展。以前からベッキーのファンだったという片岡が猛アタックしたというが、野球関係者からは、片岡の過去の女性関係などから、“まだ負の連鎖が続くのではないか”と懸念する声が上がっているのだ。

 というのも、片岡は現役時代、球界屈指の“モテ男”といわれ、6年前には当時“フジテレビの顔”と呼ばれたカトパンこと加藤綾子アナと焼き肉屋デートが、その翌年には、『報道ステーション』(テレビ朝日系)のサブキャスターを務める竹内由恵アナとの交際のウワサが報じられている。現役を退いてからも、その“モテ男”ぶりは変わらないようで、他の女性の存在が心配されているという。

 さらに危惧されるのが、2軍コーチの仕事内容だ。2軍コーチの仕事は、基本的に2軍のイースタン戦に同行する。セ・リーグの2軍の試合は、楽天のホーム・仙台を除いて大半が関東近県だが、試合開始時間が早く、そのため関係者は近くのホテルに前乗りで宿泊することが多い。果たして、ベッキーがすれ違い生活に耐えられるか。

 結婚を機に再ブレークを期待する向きもあるが、今なお“ゲス不倫”のダメージは強く、世間も祝福ムードとは言い難い。せめて私生活だけでも、幸せになってほしいのだが……。
(文=本多圭)

ベッキー、片岡治大コーチと結婚も“負の連鎖”は続く?「2度あることは3度あるのでは」

 2月13日、プロ野球・読売巨人軍の片岡治大2軍コーチとの結婚を発表したタレントのベッキー。入籍を機に再ブレークが期待されているが、過去の“負の連鎖”から、「2度あることは3度あるのでは?」と危惧する声が上がっている。

 ベッキーといえば、やはり“ゲス不倫”の記憶が新しいが、それ以前は、先輩である女優・酒井法子が2009年8月に覚せい剤取締法違反容疑で逮捕された際、莫大な損害賠償を背負った所属事務所「サンミュージックプロダクション」にあって、CMやバラエティ番組などで目覚ましい活躍をみせ、事務所の救世主というべき存在だった。

 事務所を解雇された酒井に代わり、事務所の稼ぎ頭になったベッキーだったが、16年、「週刊文春」(文藝春秋)によって、ゲスの極み乙女。のボーカル・川谷絵音との“ゲス不倫”を報じられる。スキャンダルとは無縁の“良い子キャラ”で人気を得てきただけに、お茶の間は騒然。しかも、川谷とのLINEで「ありがとう文春! センテンススプリング!」などのやりとりをしていたことが暴露され、“開き直っている”として主婦層から反感を買い、一時、芸能活動休止を余儀なくされた。

 復帰後は、スマートデイズ社による女性専用シェアハウス「かぼちゃの馬車」のCMキャラクターに起用されたが、今度は、オーナーになった所有者とスマートデイズ社との間に投資をめぐるトラブルが続出した。スマートデイズ社は経営破綻したが、そこから物件所有者に対するスルガ銀行のずさんな融資の実態が明らかになり、金融庁が立ち入り検査を行う金融事件にまで発展。広告塔を務めたベッキーの道義的責任が問われた。

“負の連鎖”に陥ったベッキーだったが、昨年5月、芸能関係の友人を通じて片岡と知り合い、交際に発展。以前からベッキーのファンだったという片岡が猛アタックしたというが、野球関係者からは、片岡の過去の女性関係などから、“まだ負の連鎖が続くのではないか”と懸念する声が上がっているのだ。

 というのも、片岡は現役時代、球界屈指の“モテ男”といわれ、6年前には当時“フジテレビの顔”と呼ばれたカトパンこと加藤綾子アナと焼き肉屋デートが、その翌年には、『報道ステーション』(テレビ朝日系)のサブキャスターを務める竹内由恵アナとの交際のウワサが報じられている。現役を退いてからも、その“モテ男”ぶりは変わらないようで、他の女性の存在が心配されているという。

 さらに危惧されるのが、2軍コーチの仕事内容だ。2軍コーチの仕事は、基本的に2軍のイースタン戦に同行する。セ・リーグの2軍の試合は、楽天のホーム・仙台を除いて大半が関東近県だが、試合開始時間が早く、そのため関係者は近くのホテルに前乗りで宿泊することが多い。果たして、ベッキーがすれ違い生活に耐えられるか。

 結婚を機に再ブレークを期待する向きもあるが、今なお“ゲス不倫”のダメージは強く、世間も祝福ムードとは言い難い。せめて私生活だけでも、幸せになってほしいのだが……。
(文=本多圭)

嵐の無期限活動休止に新展開? 松本潤と“密会報道”の葵つかさが「暴露本」出版か

 来年末で無期限の活動休止に入ることを発表したアイドルグループ・嵐。衝撃の発表から約1カ月が経過したが、波紋はいまだ収まらないどころか、ここにきて、かつてメンバーの松本潤と密会報道のあったセクシー女優・葵つかさが、暴露本を出版するとのウワサが再燃している。

 松本といえば、2005年放送のドラマシリーズ『花より男子』(TBS系)での共演がきっかけで女優・井上真央と交際。3年前までは“結婚秒読み”と言われていた。

 ところが16年、井上と交際中の4年間、松本が葵とも“二股密会”していたことを「週刊文春」(文藝春秋)が暴露。井上は裏切られたショックで松本と別れたものの、しばらく立ち直れなかったという。

 一方の葵は、松本との交際が発覚したことで、嵐ファンからネットを中心に罵詈雑言を浴びせられた。恐怖感に駆られた葵は、翌年1月に予定されていたサイン握手会を欠席。Twitterで「何を言われてもスルーしようと決めていたけど、何を呟いても憶測でずっと叩いてくる人がまだまだいるのが現状で、私がツイッターをやめたらそういう人達はスッキリするのだろうか…」とツイートし、後にTwitterアカウントを削除した。

 その後、仕事に専念することで吹っ切れたのか、レギュラー出演するバラエティ『マスカットナイト・フィーバー!!!』(テレビ東京系)で、松本との関係を連想させる過激発言を連発。番組を見たマイナーな出版社が暴露本の出版を打診したという情報も流れたが、実現しなかった。

 ところが、嵐の活動休止発表を受けて、2月に「東京スポーツ」が葵の暴露本出版のウワサを報道。葵の所属事務所はこれを否定したが、再び嵐ファンから総攻撃を受けている葵が、ヤケになって出版に踏み切る可能性がささやかれているのだ。

 実際、東スポには「(葵が)松本を恨んでいるよう」との証言が寄せられている。ファンの暴走を止めるためには、井上だけでなく葵まで裏切った松本が、2人の関係について真相を語ることが必要ではないのか──。それが男としてのケジメではないかと思うのだが。
(文=本多圭)

嵐の無期限活動休止に新展開? 松本潤と“密会報道”の葵つかさが「暴露本」出版か

 来年末で無期限の活動休止に入ることを発表したアイドルグループ・嵐。衝撃の発表から約1カ月が経過したが、波紋はいまだ収まらないどころか、ここにきて、かつてメンバーの松本潤と密会報道のあったセクシー女優・葵つかさが、暴露本を出版するとのウワサが再燃している。

 松本といえば、2005年放送のドラマシリーズ『花より男子』(TBS系)での共演がきっかけで女優・井上真央と交際。3年前までは“結婚秒読み”と言われていた。

 ところが16年、井上と交際中の4年間、松本が葵とも“二股密会”していたことを「週刊文春」(文藝春秋)が暴露。井上は裏切られたショックで松本と別れたものの、しばらく立ち直れなかったという。

 一方の葵は、松本との交際が発覚したことで、嵐ファンからネットを中心に罵詈雑言を浴びせられた。恐怖感に駆られた葵は、翌年1月に予定されていたサイン握手会を欠席。Twitterで「何を言われてもスルーしようと決めていたけど、何を呟いても憶測でずっと叩いてくる人がまだまだいるのが現状で、私がツイッターをやめたらそういう人達はスッキリするのだろうか…」とツイートし、後にTwitterアカウントを削除した。

 その後、仕事に専念することで吹っ切れたのか、レギュラー出演するバラエティ『マスカットナイト・フィーバー!!!』(テレビ東京系)で、松本との関係を連想させる過激発言を連発。番組を見たマイナーな出版社が暴露本の出版を打診したという情報も流れたが、実現しなかった。

 ところが、嵐の活動休止発表を受けて、2月に「東京スポーツ」が葵の暴露本出版のウワサを報道。葵の所属事務所はこれを否定したが、再び嵐ファンから総攻撃を受けている葵が、ヤケになって出版に踏み切る可能性がささやかれているのだ。

 実際、東スポには「(葵が)松本を恨んでいるよう」との証言が寄せられている。ファンの暴走を止めるためには、井上だけでなく葵まで裏切った松本が、2人の関係について真相を語ることが必要ではないのか──。それが男としてのケジメではないかと思うのだが。
(文=本多圭)

NHK・桑子真帆アナ“独立・フリー”の現実味「平昌五輪で言い間違い」の遺恨が……

 昨年3月に電撃退局した有働由美子アナウンサーに代わって、局内では、桑子真帆アナと近江友理恵アナ、上原光紀アナが、“ポスト有働”として“三つ巴の戦い”を繰り広げるのではないかと見られてきたNHK。そんななか、3月末で産休に入る鈴木奈穂子アナに代わって、上原アナが報道番組『ニュース7』のサブキャスターに抜擢されたことで、フリー転身説がウワサされている桑子アナの独立が現実味を帯びてきた。

 桑子アナといえば、『ニュースウオッチ9』のメインキャスターを務め、2年連続で『紅白歌合戦』の司会を務めたNHKきってのエースアナ。プライベートでは、一昨年5月にフジテレビ・谷岡慎一アナと結婚したものの、1年足らずで離婚して世間を驚かせたが、見方を変えれば、仕事に打ち込める状態になっていた。

 さらに、有働から『あさイチ』を引き継いだ近江アナが、同じくMCを務める博多華丸・大吉の横で存在感を出し切れていないこともあって、“ポスト有働”争いは桑子アナが一歩リードしていると見られていた。

 ところが、昨年2月の平昌五輪で、桑子アナは生中継の最中、開会式を「閉会式」と言い間違えてしまう。大舞台での凡ミスに、桑子アナは上層部から叱責を受けたというが、これが遺恨となって局との関係が悪化。フリー転身説が飛び交っていた。

 他方、上原アナは、2013年に入局。“入局後、約5年間は地方勤務を経験する”という同局の基本方針により、新潟、広島を経て、17年に東京アナウンス室に戻ってきた。広島時代にすでに朝のニュースキャスターとして人気を集め、当時から「東京でもエースになれる」と評価されていた通り、東京に戻った上原は、昨年4月から『ニュースウオッチ9』のスポーツのリポーターを担当。サッカーW杯ロシア大会では、開催国ロシアに現地取材に行った一橋忠之アナに代わって、連日スタジオでスポーツコーナーに出演し、「あの美人アナは誰?」とお茶の間をざわつかせ、一気に視聴者の人気と上層部の期待を集めた。

 今回、その上原が『ニュース7』に抜擢されたことで、早くも来年の東京五輪のメインキャスターの座も彼女が射止めるのではないか、と囁かれ始めた。NHK上層部が上原を推す動きに、芸能プロも反応しているようだが、今後、水面下では桑子アナの争奪戦が過熱しそうだ。
(文=本多圭)

千昌夫、小林幸子、ぴんからトリオ……レジェンドたちを育てた“重鎮”肺がんで逝く

 千昌夫や小林幸子、ぴんからトリオを育てた老舗芸能事務所の元「第一プロダクション」(2017年に解散)社長の岸部清さん(享年88歳)が、2月11日、肺がんによる心不全で亡くなった。

 筆者は数年前、横浜市の大学病院に取材に行った帰り際、松葉杖をつく、岸部さんに似た患者さんを見かけ、思わず「岸部社長ですか?」と声をかけた。すると、驚いた様子で「俺がここに入院していることは内緒。絶対誰にも言わないでくれ」と口止めされた。業界関係者が入院を知れば、見舞いに来なければならず、迷惑をかけると思ったようだ。気遣いの人だった。

 岸部さんは、大学在学中からウエスタンバンド「東京ウエスタンボーイズ」のメンバーとして活躍。その後、同バンドが「マウンテンボーイズ」と合併して「サンズ・オブ・ドリフターズ」(ザ・ドリフターズの前身)を結成し、その初代リーダーを務めた。その後、ミュージシャンから裏方に回り、1960年に「第一プロダクション」を設立した。

 第一プロでは、千昌夫や扇ひろ子、新沼謙治、小林幸子、ぴんからトリオらを輩出し、演歌全盛時代を築いた。とりわけ、ぴんからトリオの「女のみち」は、400万枚を突破する空前の大ヒットを記録した。

 さらに、人気演歌歌手を抱えていたこともあって、興行にも強かった。当時の興行は、暴力団との関係も密接だった。芸能プロの所在地といえば、赤坂、六本木というイメージが強かったが、岸部さんは国会議事堂がある永田町に事務所を構え、にもかかわらず、強面のマネジャーが多く、取材のため事務所に出かけた筆者もビビったことがあった。

 その後、85年には、すでに韓国でデビューしていた桂銀淑を招き、日本デビューさせた。そのデビュー曲「大阪暮色」は大ヒットし、その年の全日本有線放送大賞の新人賞を受賞。その後も桂は「すずめの涙」や「酔いどれて」「真夜中のシャワー」など、次々にヒットを飛ばし、88年からは7年連続で『NHK紅白歌合戦』にも出場。“演歌の女王”と呼ばれるようになった。

 ただ、事務所関係者は、早くから桂に手を焼いていたようだった。というのも、桂の母親は、韓国・ソウルでクラブを経営していたのだが、その店が日本の暴力団の御用達とされ、桂自身もデビュー当時から暴力団関係者との“黒い交際”のウワサが絶えなかったのだ。

 その桂が、新宿歌舞伎町のホストクラブにハマり、タクシーの中でホストと痴話喧嘩の末、持っていた現金200万円にライターで火をつけるトラブルを起こしたという証言を入手した。当時、隔週週刊誌「微笑」(祥伝社/休刊)の専属記者だった筆者は、さっそく取材を始めた。

 ホストの自宅を突き止め、桂が出入りしていないか、張り込みを続けた。暮れも押し迫った頃、桂がこのホストと半同棲しているのを確認した。しかも、このホストはドラッグ中毒で、桂にも薬物使用疑惑が浮上した。

 事実関係を質すため、筆者は岸部さんを取材した。『紅白』出場直前ということもあって、岸部さんは、当初、半同棲について「そんなことはない」と疑惑を否定したが、ホストに“ドラッグ疑惑”があることを伝えると「桂に確認して、事実であれば別れさせる、今後、暴力団との交際も断ち切らせる」と約束してくれた。

 結局、このスキャンダルは、当時の「微笑」の副編集長が桂の大ファンだったことから、お蔵入りになった。しかし、これが縁で筆者は岸部さんと親しくなった。

 ちなみに桂は、その後の96年に「第一プロ」から独立したものの、借金トラブルに見舞われた挙げ句、2007年には薬物所持の現行犯で逮捕され、国外退去処分を受けた。韓国に戻った後も、度重なる薬物トラブルや詐欺容疑で逮捕されている。

 岸部さんとは、横浜の病院で偶然再会したのが最後となってしまった。まさか、肺がんと闘っていたとは──。また一人、日本の戦後の芸能界を語れる重鎮が亡くなった。岸部さんに改めて合掌。
(文=本多圭)

伝説の“P盤歌手”二美仁、逝く──厳寒の刑務所に響かせた歌声と激動の人生

 北海道札幌在住の演歌歌手、二美仁(本名・村岡洋一)が2月4日、大腸がんのため亡くなった。享年70歳。歌手活動の傍ら、35年以上にわたって刑務所の篤志面接委員を務め、カラオケ指導を通じて受刑者の更生に貢献してきた。

 筆者が二美仁と出会ったのは、今から約35年前にヒットした「津軽じょんがら流れ唄」がきっかけだった。この曲は、村木賢吉の「おやじの海」の大ヒットで一躍有名になった佐義達雄氏が作曲。東京・赤坂でスナックを経営していた釧路出身の歌手・五郎正宗がレコーディングして全国発売した。

 筆者は、この曲のプロモーションを担うことになった芸能プロの社長から「この曲は必ず、ヒットする。プロモーション費が乏しいから、協力してくれないか」と頼まれ、レコードのジャケット作成に関わった。当時、新橋の居酒屋で飲み仲間だった著名なイラストレーターや広告代理店関係者に協力を仰いで作成したが、曲の全国発売に合わせてのキャンペーンという段になって、五郎のわがままに我慢できず、手を引いた。

 ところがその後、同じ芸能プロの社長から「『津軽じょんがら流れ唄』を自主製作して、道内で2カ月余りで2万枚売った歌手がいる。一緒に札幌に行って会ってくれないか?」と頼まれた。そこで会ったのが二美仁だった。

 二美は、南国・宮崎県出身の元高校球児だが、野球を断念してからは、歌手を目指して上京。1967年に日本コロムビアから念願の歌手デビューを果たした。といっても実態は、コロムビアの名を使って活動することを許可されただけ。自主製作で自ら営業して売り歩く、業界用語で“P盤歌手”と呼ばれる歌手だった。

 当時は、メジャーデビューしたい歌い手たちの心理につけ込んだ芸能ブローカーが「俺が売り出してやる」と接近。詐欺まがいのマネジメント料を取ることが少なくなかったが、二美もその“被害者”の一人だった。

 当時、二美の父親は宮崎県で料亭を経営していたが、二美の売り出しで全財産を失ってしまう。一方、ブローカーに騙され、東京に失望した二美は札幌に流れた。そこで出会ったのが、当時ススキノのクラブのNo.1ホステスだった美喜子さんだった。

 二美と結婚した美喜子さんは、ホステスを辞め、ススキノにサパークラブ『鹿の園』をオープンして二美の歌手活動を支えた。二美は、歌手活動の傍ら、全国の刑務所や老人ホーム、厚生施設などを慰問。1984年には、法務省から北海道樺戸郡月形町にある月形刑務所の篤志面接委員に任命され、日本で初めて刑務所でカラオケ教室を開いた。以降、歌唱指導を通じて、受刑者の更生教育を行うようになった。

「人間は常に塀の上を歩いているんです。僕もそうです。ただ表に落ちるか、塀の中に落ちるかの違いでしかないのです。一日も早い社会復帰を望みます」

 そんな言葉で受刑者に更生を呼びかけ、ひたむきに活動を続ける二美を、筆者もなんとか売り出せないかと奔走した。ツテを頼って、ドキュメンタリー番組『中村敦夫の地球発19時』(TBS系)で二美を取り上げてもらったこともあった。それもあって札幌では一躍、時の人にもなったが、二美はおごることなく、雨の日も豪雪の日も、「受刑者が待っているから」とボランティア活動を続けていた。さらに二美は、ワイドショーの1コーナー「刑務所潜入」のコーディネートを引き受け、受刑者の更生までの道のりを紹介した。

 そうした功績が認められ、二美は2013年に藍綬褒章を受賞した。

 それから5年、昨年9月に筆者は、二美から自分と美喜子さんががんに侵されていることを電話で打ち明けられた。ショックを受ける筆者に、二美は、「吾亦紅」の大ヒットで紅白にも出場した歌手で作曲家の杉本真人氏が、友人とともに『鹿の園』に初来店したことを伝えてきた。杉本氏と筆者は以前からの知り合いだが、その縁で、二美に曲をプレゼントしてくれることを約束して帰って行ったという。二美は、感激しながらそれを報告してきた。

 それから1カ月後に美喜子さんが他界。すでにがんが末期まで進行していた二美も、美喜子さんの後を追うように亡くなった。杉本氏の曲を楽しみにしていただけに、残念でならない。二美仁に改めて合掌。
(文=本多圭)

戸田恵梨香『スカーレット』主演も、NHKを悩ませる“男問題”と“神戸の父親”

戸田恵梨香『スカーレット』主演も、NHKを悩ませる男問題と神戸の父親の画像1 今年9月から放送されるNHK朝の連続テレビ小説『スカーレット』の主演に抜擢された女優の戸田恵梨香。その演技力は高く評価されているが、一方で、関係者は“男問題”に頭を悩ませているという。

 戸田といえば、一昨年にフジテレビの月9ドラマ『コード・ブルー-ドクターヘリ緊急救命-』で共演した、5歳年下の俳優・成田凌との熱愛が発覚。しかも、張り込み中の写真週刊誌の取材車に、自分たちが乗車していた車を衝突させてしまうという、なんともトホホな事故がきっかけだった。

 その後、2人は戸田のマンションで半同棲していたが、昨年10月、戸田が“断捨離”として、インスタグラムを全削除したのと同時に、成田もインスタを削除。戸田が、女優業に専念するために成田と別れ、“男断ち”したと伝えられていた。

 だが、彼女と親しい女友達は、「彼女は熱しやすく冷めやすいだけ。恋愛依存体質なだけに、そう簡単に男断ちできるとは思えませんよ」と話す。実際、最近も行きつけの目黒のバーで仲の良い男性と飲んでいるらしく、いつ新しい恋人ができても不思議ではないという。

 NHKの朝ドラは、メインの視聴者が主婦層や高齢者であることから、ヒロインには高潔性が求められ、スキャンダル、とりわけ“不倫スキャンダル”は絶対タブーとされている。それだけに、番組スタッフだけでなく、所属事務所も戸田のプライベートに神経を尖らせているというが、戸田には、もう1人、悩ましい“男”が存在する。

 それは、神戸在住の戸田の父親だ。

 というのも、戸田の父親がFacebookにネトウヨ的な書き込みをしていると「週刊新潮」(新潮社)で報じられたのだ。

 その内容は、「今、現在も朝鮮人売春婦は、至る所で繁華街で簡単に出会う場所でウロウロしている」など、日本との関係悪化が懸念されている韓国の慰安婦問題に触れてはいるものの、差別的なヘイト発言そのもの。戸田への影響のためか、このSNSは即座に閉鎖されたというが、それでも関係者は、“父親がまたSNSを再開させるのではないか”と、ピリピリしているという。

 ちなみにこの父親は、娘の恋愛が発覚するたびにマスコミの直撃取材に答えるばかりか、過去の男性関係までペロッと漏らしてくれるため、取材関係者にはすこぶる評判がいい。NHKスタッフと事務所関係者は、この父親も含めた戸田の“男関係”にしばらく悩まされそうだ。
(文=本多圭)

吉高由里子と関ジャニ∞・大倉忠義が“復縁”している!? 入籍“Xデー”は7月22日が濃厚

 4月期スタートの火曜ドラマ『わたし、定時で帰ります。』(TBS系)で主演を務めることが決まった女優の吉高由里子。吉高といえば、ジャニーズ事務所の関ジャニ∞・大倉忠義との破局が伝えられていたが、ここにきて、大倉との復縁がウワサされている。

 2人の関係は、2016年7月、吉高が大倉の自宅マンションに通う姿が写真週刊誌に撮られ、熱愛が発覚。当初、ジャニーズ事務所は猛反対し、強制的に破局させようとしたものの、吉高が「芸能界を辞めさせられても、大倉と結婚したい」と強く希望したことから、折れた事務所側が流れに任せ、交際は続行していた。

 昨年4月期に放送された吉高主演ドラマ『正義のセ』(日本テレビ系)終了後には、いよいよ結婚か? という情報が流れる一方、ドラマや映画の仕事で多忙を極める吉高と、大倉との間にすれ違いが生じて破局した、というウワサが錯綜した。結局、真相は、いつまでたっても煮え切らない大倉に対し、吉高がしばらく距離を置いただけで、大倉に対する彼女の気持ちは変わっていなかったという。

 ところが、そんな吉高の気持ちを裏切るように、昨年9月、大倉が名古屋のクラブホステスをお持ち帰りする浮気現場の写真が週刊誌に掲載された。ショックを受けた吉高は、泣きながら大倉に別れを告げたとされ、落ち込んだ吉高を心配した親友のハリセンボン・近藤春奈が、ロンドン旅行に誘ったり、飲みに連れて行ったりして慰めたという。

 ただ、恋に破れると、なかなか立ち直れず、大きな仕事を受けつけないといわれている吉高。5年前に、ミュージシャンの野田洋次郎と破局した際にも、仕事に対する意欲を失くしたことがあったが、今回も、仕事に対するモチベーションを上げられず、しばらくドラマや映画のオファーを断っていたという。

「ところが、その吉高が『わたし、定時で帰ります』の主演を受諾したとあって、“大倉とヨリを戻したのでは?”と言われています。ジャニーズアイドルでいることに疲れた大倉が吉高に謝罪し、復縁したというウワサです」(芸能関係者)

 嵐のリーダー・大野智も、親しい関係者に「アイドルでいることに疲れた」と心情を吐露したといわれているが、どうやら事情は大倉も同じらしい。

 さらに、2人にとって“追い風”となっているのは、嵐の活動休止宣言もあって、最近ではジャニーズ事務所の弱体化が伝えられていることだ。そのため、吉高と大倉も、彼女の主演ドラマが終了した後、吉高の31歳の誕生日となる7月22日に今度こそ“バースデー入籍”するのでは、という臆測も根強い。

 ちなみに、吉高の主演ドラマは、“働き方新時代”がテーマだそうだが、こちらも働き方改革の末の復縁婚となるのか? 注目したい。
(文=本多圭)