編集作業開始
無事に撮影も終了 今日は、編集作業を見学ついでに、ダーロンの要望を告げて来た ダーロンの要望はこれだけだ「1.カラオケバージョンも作ってほしい」「2.字幕が出るようにしてほしい」監督は快く引き受けてくれた 実はこの人達、あの円谷プロと組んで、ウルトラマンのようなシリーズも撮ってたと聞いてビックリ 結構たくさんの特撮が使われてたが、その特撮は全て彼らの仕事だったそうだ まずは・・・

「なんやて~、人のキスシーン見とったってか!」と憤慨気味のマイリー
全米のティーンから熱狂的な支持を得ているスーパーアイドル、マイリー・サイラス。先月末に最愛のボーイフレンド、リアム・ヘイズワースがマイリーとの破局を発表し、世間を騒がせた。しかし、ここ数日の間に別れたはずのリアムと熱烈なキスを交わす姿や、交通違反で警察に停車させられる姿がパパラッチされ、大きな話題を呼んでいる。
17歳のマイリーと20歳のリアムは、映画『The Last Song』で共演したことがきっかけで交際するようになったが、マイリーが多忙過ぎること、スターとしての格差、元カレに未練があることなどで、何度も破局説が流れた。今年6月のインタビューで、マイリーは「別れたらちゃんと報告するわよ。今はラブラブだけどね」と完全否定していたが、先月25日にリアムの広報が「マイリーとは正式に別れた」との声明を発表。お互いシングルになったと明かした。
1985年に弱冠20歳の近藤真彦が史上最年少座長(当時)を務めた『森の石松』、86年の初演から08年までの23年間で通算957公演を行い、138万465人を動員した少年隊の『PLAYZONE』などなど......。戦後まもなく、ロサンゼルス在住時代に、美空ひばりや、笠置シヅ子、勝新太郎、花菱アチャコらの現地公演を手伝っていたというジャニー喜多川御大の意向もあるのだろう。"ライブ"重視のジャニーズ事務所では、かねてから、事務所を挙げてのステージプロデュースが、コンサートと並ぶ最重要コンテンツと位置づけられてきた。かのSMAPも、かつては、同テーマでありながら別々のストーリーの芝居を東京と京都で同時に上演する実験作『ANOTHER』(93年)、もはや本人たちの間では黒歴史扱いだろうミュージカル版『聖闘士星矢』(91年)や『ドラゴンクエスト』(92年)など、さまざまな舞台を踏んでいる。 また、木村拓哉が唐十郎作、蜷川幸雄演出の『盲導犬』(89年)に出演するというように、大物演劇人とのコラボレートにも積極的な上、99年には舞台活動専門のグループ「ミュージカルアカデミー」まで登場させている。DVD『新春 滝沢革命』より。ジャニーズショーには、上
写真のような『和』テイストの演目が、多く挿入されてい
る。仮面の中身は、素敵なタッキー(は~と)スマイル。
ゼロ年代に入ってからは、その舞台志向がさらに加速し、02年には、当時経営不振だった東京・新宿の「パナソニックグローブ座」(現・東京グローブ座)を松下電器産業(現・パナソニック)から買収。「シェークスピア演劇の殿堂をアイドル事務所が買うなんて......」との声もあったが、"常打ち"ともいえる劇場を手に入れたジャニーズ事務所は所属タレントのステージを連発。少年隊の東山紀之(04年)やKAT-TUNの上田竜也(09年)が主演する『ロミオとジュリエット』のような古典や、少年隊・錦織一清主演の『CABARET』(04年)、V6・三宅健の『第17捕虜収容所』(08年)といったブロードウェイ作品や海外作家の作品、堤幸彦演出/嵐・二宮和也主演の『理由なき反抗』(05年)、劇団TEAM 発砲・B・ZINのきだつよし演出/嵐・大野智主演の『バクマツバンプー』(05年)、G2作演出/TOKIO・松岡昌宏主演の『JAILBREAKERS』(06年)など、名うての演出家を起用した舞台から、NEWS・手越祐也の『手越祐也のワンマンRADIO SHOW「テゴラジ」』(07年)といったファンイベント的なものまで、さまざまな演目を毎月のように上演してきた。 他方、元男闘呼組の岡本健一が、大人計画の『キレイ』(05年)に客演し、V6・森田剛が劇団☆新感線プロデュースの『IZO』(08年)や、蜷川演出の『血は立ったまま眠っている』(10年)に、二宮和也が岩松了作/蜷川演出の『シブヤから遠く離れて』(04年)に主演するなど、東京グローブ座以外、つまり、ジャニーズ主導ではない舞台に立つケースも増えている。そのほか、09年には三谷幸喜作演出/SMAP・香取慎吾主演のミュージカル『TALK LIKE SING』をオフブロードウェイで上演していたのもごぞんじの通り。さらに、生田斗真や風間俊介のように、歌手活動よりも俳優業に積極的な新しいタイプのジャニーズタレントも目立っている。 ■「ポテンシャルが一段高い」評価の高いジャニ演技者 かように膨大な役者、演目、公演数を誇るジャニーズ演劇だが、不思議とその評判を目にする機会には恵まれない。かろうじて、KinKi Kids・堂本光一『SHOCK』シリーズ(00年〜)や、滝沢秀明『滝沢演舞城』(06〜09年)、『滝沢歌舞伎』(10年)といったジャニー喜多川総合演出のド派手なショーの稽古の模様をワイドショーで紹介されることはあるが、そのとき画面に映し出されるのは、ワイヤーで宙吊りになった王子様ルックの光一くんやタッキーの御姿のみ。ファン以外には、その素晴らしさがちょっとわかりにくい、あまりに独自なジャニーさん的美学に彩られている。ほかの舞台もこの美学ゆえに、マジメな演劇シーンから黙殺されているのだろうか? 「確かにジャニーズプロデュース公演の劇評が専門誌に載ることはほとんどないかもしれません。でも、特に外部の演出家と組んだ演目の場合、『ジャニーズだから』という色眼鏡で見られることはまずありませんよ」 そう語るのは、国内外のステージの劇評のほか、舞台に上がるジャニーズタレントのインタビューも数多く手がける演劇ジャーナリスト・岩城京子氏だ。 「舞台に立つということは、全身を見せること。それだけに、ジャニーズのような美しい人たちは、もうそこにいるだけで価値がある(笑)。その上、子どもの頃からステージのセンターに立って、歌い踊る訓練を受けているので、ヘタな役者よりも身体的なポテンシャルが一段高いところにあり、プロ意識も高い。例えば、V6・坂本昌行さんが主演した『ボーイ・フロム・オズ』(05年)は、ともすればブロードウェイ版以上のクオリティでした。ブロードウェイ版が半ば主演のヒュー・ジャックマンのワンマンショーと化していたのに対して、坂本さんは作品全体の意図をくんだ芝居をしつつも、いざ歌い踊るとなれば、圧倒的な存在感を見せつける。ミュージカルアクターとしても十分通用する存在です」(同) また、三宅健は岩城氏に「観客の雰囲気を瞬間的に察知できる」と自ら語り、事実、客席の反応次第で芝居のテイストを自在に変えてみせ、森田剛は『IZO』の脚本を受け取った刹那、そこに書かれた「天誅だ!」と吠えるシーンこそが「かっこよくなる」="自分の最大の見せ場だ"と見抜いてみせたという。 「ジャニーズの役者さんには、舞台上の360度すべての状況をイメージ、把握できる演劇的運動神経も備わっているようです」(同)
【サイゾーウーマンより】 今回ツッコませていただくのは、様々なテレビ番組での一連の「桐谷健太祭り」。"製作委員会方式"によって、テレビ局が映画に出資する機会が増えたことで、出演者が映画公開目前に、出資局の様々な番組に宣伝で出まくるというのは、最近よくあるパターン。『野良人』(ワニブックス)
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『野良人』(ワニブックス)
今回ツッコませていただくのは、様々なテレビ番組での一連の「桐谷健太祭り」。"製作委員会方式"によって、テレビ局が映画に出資する機会が増えたことで、出演者が映画公開目前に、出資局の様々な番組に宣伝で出まくるというのは、最近よくあるパターン。
ビートたけし(以下、たけし) 前に(組坂)委員長と対談したのは、「新潮45」(03年3月号/新潮社)ですよね? 組坂繁之(以下、組坂) ええ、あれは、もう7年前ですね。 たけし あのときは、差別表現とか糾弾についての話を中心に聞いて、部落差別の歴史的背景みたいなものをあんまり聞いてなかった気がするんですよ。今日はそういうことから聞いていきたいんです。日本の場合、被差別部落の問題が表に出てきたのって、いつ頃のことですか? 組坂 現在の被差別部落問題は、江戸幕藩体制の身分制度によるものとの説が主流です。ただ、人間を差別する考え方や制度は、7世紀頃からの律令制によって、良民、賤民という区分けが出てきたあたりから始まっていたでしょうね。そもそもは、アジア的生産様式といわれた農業中心の社会の中で、農業活動が十分にできない障害者への差別は極端な例としてありました。障害者は、差別され、コミュニティから排除される存在だったんです。そのうち、支配する側は、そういう貶めるべき存在を意図的に作り出すわけです。江戸幕藩体制でも、人が嫌がる行刑の役割をさせたり、農地を与えなかったりして、被差別部落を貧困に追いやることで、農民に「上見て暮らすな、下見て働け」と言って、不満を抑えていたわけですから。現代社会でも、その頃の影響が残っているわけです。 たけし おいら、恥ずかしながら、日本の差別問題については鈍感で、身分制度というとインドのカーストを思い浮かべてしまうんです。話を聞くと、今でもかなり厳しいものがあるじゃないですか。階層が下の人は、上位の人と同じ水道の水を飲めないとか、トイレ清掃の仕事しかできないとか。映画の話でいえば、インドのムンバイでは「ボリウッド」といわれる映画産業が盛んで、年間700〜800もの作品を撮っている。ところが、ここにもカーストはあって、脇役はいくら人気が出ても、主役にはなれない。主役は、主役の家柄に生まれた人じゃないとできなくて、脇役はずっと脇役。身分の低い人は、危険を冒してスタントマンとかをやっているけど、けがして、歩けなくなったりする人が続出してるって。それでいて、たいした補償がない。それが、世界第2位の映画産業の裏なんですよ。 組坂 インドの話は重要なんです。日本の差別観念の源をたどると、インドのヒンドゥー教に行き着くんじゃないかと思ってます。カーストには、4つの階級がある。ヒンドゥーの神様でヴィシュヌというのがいまして、その口から生まれたのがバラモン(僧侶)、脇の下から生まれたのがクシャトリヤ(王侯騎士)、太ももから生まれたのがヴァイシャ(商人)、かかとから生まれたのがシュードラ(奴隷)、ということになっている。人間とはそういうものだと。そして、それ以外のアウトカーストといわれる人が、現在2億人近くいます。アウトカーストは、ヒンドゥーの神様から生まれていないので、人間以外とされてきた。そんな彼らはいわゆる穢れる職業とされる、食肉や皮革に関する仕事や清掃をやらされてきたんです。ある種、被差別部落民と一緒ですね。 たけし そこで、いつも不思議に思うんだけど、一番最初に「この人たちはアウトカーストだ」と、言った人がいるわけじゃない。そう決めた根拠はなんだったんでしょう? 組坂 やはり支配と被支配の関係ですね。支配階級であるクシャトリヤは、侵略者であるアーリア人の系統です。インドの場合、いろいろと政権が変わってきていて、そのたびに支配と被支配の関係が変わる可能性がある。そこで抗したりする連中への見せしめのために、徹底的に差別される層を作り出したんでしょうね。 (プロデュース/本多圭、構成/ラリー遠田)(写真/江森康之)
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