「CIAの諜報員はあまり優秀ではない」暴露を“正当化”するスノーデンの危険な自伝

 2013年に米諜報機関の「大規模監視プログラム」を告白し、現在はロシア・モスクワに亡命中のエドワード・スノーデン。今年9月、そんな彼がアメリカをはじめ各国で自伝『スノーデン 独白 消せない記録』を同時出版した。案の定、物議を醸し、11月末には日本でも発売されたが、そこで暴かれている事実とはーー。サイバーセキュリティなどに詳しい国際ジャーナリストの山田敏弘氏が、この危険な一冊を斬る!

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 2019年9月17日、世界でもっとも有名な内部告発者のひとり、エドワード・スノーデンが米司法省によって訴えられた。

 訴状によれば、「アメリカ合衆国は、契約と受託義務に違反があったとして、CIA(米中央情報局)の元契約局員でその後局員になり、NSA(米国家安全保障局)では契約局員だったアメリカ人のエドワード・スノーデンに対して民事訴訟を起こします。スノーデンは、出版の前に原稿を提出することなく本を出版し、事前チェックのために資料を提出することなく講演を行い、米政府の秘密保持合意と守秘義務に違反した」という。

 この訴えは、米国で9月17日に発売されたスノーデンの著書『スノーデン 独白 消せない記録』(日本版は河出書房新社より11月30日に刊行)の出版のタイミングを狙い撃ちにしたものだった。

 もっとも、スノーデンに絡む本が、物議を醸さないはずがない。スノーデンは、NSAなどから170万書類と言われる機密情報を盗み出し、彼の選んだジャーナリストたちを介してその機密文書を公開した。そして、米国の手の届かないロシアに今も滞在しながら、テレビ電話アプリなどを介して、米国の監視システムやプライバシー問題などについて世界各地のイベントで発言するといった活動を続けている。

 そんなスノーデンが初めて筆を取った本書がどれほど過激な内容なのかと期待しながらページを進めた。本書は世界26カ国で刊行されているのだが、中国では本文のいくつもの箇所が検閲で消されているというからなおさらだ。 

 ただ、実際には、これまで表に出ていないような驚愕の事実が暴露されているわけではない。それでも一読の価値がある本だといえる。

 本書では、スノーデンが前代未聞の規模で機密情報の暴露を行うまでの人生の軌跡が、スノーデン自身の言葉で淡々と綴られていく。その「物語」は自叙伝として引き込まれる内容だ。同時に、彼が自ら経験してきた米国の諜報機関内部の実態や、日本の横田基地に赴任していた際の活動などを知ることができる、貴重な「資料」でもある。スノーデンの主観的で一方的な主張であることを踏まえても、かなり興味深い内容である。

 国際情勢やサイバー安全保障も取材する私は、最初にスノーデンが持ち出した機密情報を元に書かれた英ガーディアン紙の記事を見た衝撃を、今も忘れない。

 その記事は「PRISM(プリズム)」という大規模な監視プログラムについてだった。NSAが、名だたる米大手IT企業から個人の情報やコミュニケーションに、思いのままアクセスしてのぞき見していたことが暴露され、米国では上を下への大騒ぎになった。暴露後に当該企業が方針を変えてセキュリティを強化したことを鑑みると、スノーデンの行動は米国の傲慢な監視活動に一石を投じたといえる。彼はそれこそが暴露の動機だったと主張しているので、ある程度の役割は果たしたのである。

 その後、米国や英国、ドイツを中心に次々と明らかにされるスノーデンがらみの暴露記事や関係書籍も精読した。ドキュメンタリー『シチズンフォー スノーデンの暴露』(14年)は封切られてすぐに米国の映画館で見たし、オリバー・ストーン監督の映画『スノーデン』(16年)などももちろんチェックしている。彼の活動家としての「英雄像」も十分すぎるほど作り上げられたと感じていた。

 そんなことから、この本の出版を知った際にひとつの疑問をもった。彼がなぜ今この本を出版する必要があったのか、だ。その答えも探しながら、本書を読み進めた。

 結論を先に言うと、スノーデンは自らの行動を改めて正当化し、自由のないロシアに閉じ込められているという現状を打破したいのではないかということだった。彼は19年9月に米テレビ局のインタビューに応じ、「私の最終的な目標は米国に帰国すること」だとはっきりと述べている。

 その目標に向けて、自分の言葉で世界にアピールしたかったのではないか。

 本書では、同情を誘うようにスノーデンの人生がなぞられていく。両親は離婚し、高校をドロップアウト(中退)する。鬱(うつ)など苦境にありながら、米国への愛国心をもって陸軍に入り、そこから諜報機関に移って頭角を現すが、病気を発症するほど苦しみながら米国のために働いたと書く。

 さらに自らを正当化する記述は随所に見られる。彼のような外部からの契約局員が米諜報機関を支えてきたということ。そして、その契約局員の中でも自分がインテリジェンス・コミュニティで抜きん出て評価されていたこと、などである。CIAの諜報員はあまり有能ではないとまで主張する。

 スノーデンは本書が出た直後、世界の反応として、欧州ではフランスやドイツが彼を亡命者として受け入れるべきだという議論になっているとインタビューで述べている。つまり、この本が呼び水となって、欧州の民主的な国でも、スノーデンを受け入れるべきという声が出ているということらしい。

 とはいえ、欧米の諜報関係者の間では、スノーデンに対する不信感は根深い。私がこれまで取材をしてきたCIAやNSAの元幹部たちや軍関係者、同盟国の関係者らは、例外なくスノーデンについてかなり辛辣な見方をしていた。国に信頼されて機密情報やシステムへのアクセス権を与えられていたのに、それを裏切る者は裁かれるべきーー。それが彼らの揺るぎない主張だ。また、スノーデンの暴露によって、米国だけでなく、英国やオーストラリアなど同盟国のスパイ活動に多大なる支障が出たという。

 あるCIAの元高級幹部は、スノーデンについて、厳しい表情で私にこう語っている。

「この手の罪を犯す者は、自分が何をしたのか、なぜ暴露をしたのか、多くを語りたがる。そして、ほとんどの場合、本当のことを話していない。スノーデンは米政府が国民を秘密裏に監視している活動に反対だからだと動機を語っている。だが、そもそも170万もの書類を盗み出しているが、そのうちのほとんどは国民への監視活動とは関係がない機密情報だった。それらは国民や同盟国の安全のためにテロリストなどの敵を探す目的で使われるものだったにもかかわらず、だ」

 そして、暴露されていない大量の情報は今どこにあるのかも、スノーデンは明確にしていない。同盟国などでも政府側の見方は、かなり冷ややかだ。

 とにかく、今も各方面で物議を呼ぶエドワード・スノーデンは、今回の著作によって「最終目標」に近づくことができるのだろうか。

 スノーデンが愛した、米国の重要な同盟国である日本の読者の方々にも、ぜひ手に取って一読してほしい。そして、スノーデンの功罪について、改めて考えるきっかけにしていただきたいと願う。

文・山田敏弘(やまだ・としひろ)
国際ジャーナリスト、米マサチューセッツ工科大学(MIT)元フェロー。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版などに勤務後、MITを経てフリー。国際情勢やサイバー安全保障を中心に執筆を行う。著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(ベスト新書)。

●書籍情報
『スノーデン 独白 消せない記録』
エドワード・スノーデン著、山形浩生訳/河出書房新社