それは、寂しいクリスマスへの序章──“文系デート”の聖地としての「神田古本まつり」

「神田古本まつり」「神保町ブックフェスティバル」。それは、本好きにとっては、1年に一度のお祭り。せどりを生業にする者にとっても、利益を上げる好機である。

 今年も10月27日~11月5日には、多くの古書店、そして、出版社が在庫を割安で販売した。とりわけ、すずらん通りに広がる出版社の出店は、すでに絶版になっている在庫、あるいは、読むには支障はないけれど汚損などで書店には回せない本などが、一斉にバーゲン価格で売られ、多くの人が群がっていた。

 

 基本、日祝日は休業の周囲の店も、この時ばかりは、かき入れ時である。中でも、老舗喫茶店さぼうる、さぼうる2は大行列。それどころか、普段は閑散としているミロンガやラドリオにまで行列ができている。

 

 神保町界隈の編集者や出入りの人々にとっては、よく使われる馴染みの店。待ち合わせや取材の時に「○○時にミロンガ」などといえば、細かく地図や住所を送る手間もない。

 もっとも「いや~ミロンガって聞いてたのに、ラドリオで待ってたヨ!!」ってことは、けっこうある。

 そんな地域密着店も、この時期ばかりは観光地とななる。普段、店を使っているような出版人や本好きは少なく、その多くは家族連れ、そして、カップルである。

 そう、この祭りは単に本好きや、せどりが群れなす祭りではない。文系カップルにとって、なんとも便利なデートスポットなのである。

 ある古書店の前の棚に積まれていたのは、80年代の「POPEYE」や「BRUTUS」など、若者雑誌の山。表紙が破れていたり、ページが折れていて、普段売るには適さないものの投げ売り。これは宝の山だと吟味している筆者の両側は、なぜか中年カップルだった。

「いや~、この時ちょうど学生だったよ」

 みたいな会話をしながら、えらくウキウキしている。とりわけ、不倫カップルっぽい中年のほうは、本を手にしていても内容について語るのではない。男のほうが、ひたすらに自分がいかにウィンドサーフィンでイケていたかを語っているのである。

 

 こうした、一種知的なデートを楽しむ余裕がある中年カップルと異なるのが、若者層。よく見ると、手をつないで歩いている男女と、微妙に距離がある男女は半々くらい。

 興味深いのは、がぜん後者のほうである。距離感が見える。男にとって、このお祭りは一種の口実。とにかく2人だけで会う機会が欲しい。女の側に、その気があるのか? あるいは、断るのも角が立つと、仕方なしに「参加」しているだけなのか? 人混みの中に、微妙な距離感が揺れ動いている。

 筑摩書房、雄山閣、柏書房……さまざまなジャンルの専門書を手に取り、その本の価値を語って、自分の値段を吊り上げようと必死な男。でも、残念だ。隣にいる女のコの瞳は、明らかに違う方向へと泳いでいる。

 このお祭りも、今年で58回。いつも、人知れず多くの恋が破れ、寂しいクリスマスの序章がここに始まるのだと、改めて感じた。
(文=昼間たかし)

それは、寂しいクリスマスへの序章──“文系デート”の聖地としての「神田古本まつり」

「神田古本まつり」「神保町ブックフェスティバル」。それは、本好きにとっては、1年に一度のお祭り。せどりを生業にする者にとっても、利益を上げる好機である。

 今年も10月27日~11月5日には、多くの古書店、そして、出版社が在庫を割安で販売した。とりわけ、すずらん通りに広がる出版社の出店は、すでに絶版になっている在庫、あるいは、読むには支障はないけれど汚損などで書店には回せない本などが、一斉にバーゲン価格で売られ、多くの人が群がっていた。

 

 基本、日祝日は休業の周囲の店も、この時ばかりは、かき入れ時である。中でも、老舗喫茶店さぼうる、さぼうる2は大行列。それどころか、普段は閑散としているミロンガやラドリオにまで行列ができている。

 

 神保町界隈の編集者や出入りの人々にとっては、よく使われる馴染みの店。待ち合わせや取材の時に「○○時にミロンガ」などといえば、細かく地図や住所を送る手間もない。

 もっとも「いや~ミロンガって聞いてたのに、ラドリオで待ってたヨ!!」ってことは、けっこうある。

 そんな地域密着店も、この時期ばかりは観光地とななる。普段、店を使っているような出版人や本好きは少なく、その多くは家族連れ、そして、カップルである。

 そう、この祭りは単に本好きや、せどりが群れなす祭りではない。文系カップルにとって、なんとも便利なデートスポットなのである。

 ある古書店の前の棚に積まれていたのは、80年代の「POPEYE」や「BRUTUS」など、若者雑誌の山。表紙が破れていたり、ページが折れていて、普段売るには適さないものの投げ売り。これは宝の山だと吟味している筆者の両側は、なぜか中年カップルだった。

「いや~、この時ちょうど学生だったよ」

 みたいな会話をしながら、えらくウキウキしている。とりわけ、不倫カップルっぽい中年のほうは、本を手にしていても内容について語るのではない。男のほうが、ひたすらに自分がいかにウィンドサーフィンでイケていたかを語っているのである。

 

 こうした、一種知的なデートを楽しむ余裕がある中年カップルと異なるのが、若者層。よく見ると、手をつないで歩いている男女と、微妙に距離がある男女は半々くらい。

 興味深いのは、がぜん後者のほうである。距離感が見える。男にとって、このお祭りは一種の口実。とにかく2人だけで会う機会が欲しい。女の側に、その気があるのか? あるいは、断るのも角が立つと、仕方なしに「参加」しているだけなのか? 人混みの中に、微妙な距離感が揺れ動いている。

 筑摩書房、雄山閣、柏書房……さまざまなジャンルの専門書を手に取り、その本の価値を語って、自分の値段を吊り上げようと必死な男。でも、残念だ。隣にいる女のコの瞳は、明らかに違う方向へと泳いでいる。

 このお祭りも、今年で58回。いつも、人知れず多くの恋が破れ、寂しいクリスマスの序章がここに始まるのだと、改めて感じた。
(文=昼間たかし)

食の価格破壊に驚く!! 県庁所在地なのに寂れている街・秋田と「ドジャース食堂」の真実

 東京を起点に見ると、秋田はたどり着くのも一苦労な街である。

 まず、交通手段は限られていて、高額だ。新幹線なら通常運賃は1万7,800円。購入日によって値段の上下がある飛行機の平均価格と、ほぼイコール。金券ショップで購入すれば、幾分かは安くなるが、それでも割高感は否めない。

 今や、北海道や沖縄、あるいは、近隣の海外へ出かけるよりも、秋田に行くほうがお金がかかるという、奇妙な状況である。確かに、安く済ませようと思ったら手段はある。深夜の高速バスがそれだ。ただし、翌日は身体がほとんど使い物にならなくなるわけだが……。

 今回、ある取材のために乗った土曜日の秋田新幹線・こまち。驚いたことに、座席は満席であった。でも、それは秋田は秋田でも、秋田市に行く人々ではない。

 盛岡駅で東北新幹線と切り離された後、秋田駅へと走る新幹線。田沢湖駅・角館駅と、続々と乗客は降りていく。

 大曲駅を過ぎ、いよいよ次は秋田駅となると、満席だった車内はガラガラである。

 それはもちろん、飛行機を利用している人もいるからだろうが、秋田市は、県庁所在地ながら、特に用事のない街となっているようだ。

 そんな魅力のなさそうな秋田市。確かに、駅前にも人の数は少ない。ちょうど、駅周辺の繁華街ではイベントが開催されてにぎわっていた。そのにぎわいも、決して目を見張るようなものではない。商店や百貨店などを見ても、とにかく客の姿が見えないのである。

 

 もう、何年にもわたって「県庁所在地なのに寂れている」と揶揄される秋田市。確かに、ほかの地域からわざわざ訪れるような魅力は少ない。田沢湖のような観光地に比べると、圧倒的に見るべきものがないのだ。

 

 駅近くには、藩主・佐竹氏の居城であった久保田城がある。公園になった城跡は、市民の憩いの場になっている。けれども、わざわざ見に来るものかといえば、魅力には乏しい。秋田には、ほかにも秋田城という名城がある。こちらは、奈良時代に作られた古代の城柵。むしろ、こっちのほうが歴史的な価値がありそうだけど、残念なことに市街地からは、随分と遠い。

 そんな、なんだかネガティブな雰囲気ばかりの秋田市。でも、今回一日歩いてみて、思った。

「何もない、寂れていると聞いてはきたが、やたらと栄えているではあるまいか!」

 

 まず、おっ!! と思ったのが、久保田城の前に秋田名物の「ババヘラアイス」の露店が出ていること。多くは街道沿いで、車で移動する客相手と聞いていた。ここの露店は、要は観光客目当てというわけだが、それにしても地元名物が200円という商売っ気のなさには、呆れながらも興奮する。

 

 実は、あまり知られていないが、秋田市というところは食の価格破壊がやたらと目立つ街である。スーパーに入ってみても、総菜コーナーがやたらと安い。とりわけ、パック寿司は東京のスーパーにあるものに比べると雲泥の差。よくもまあ、こんなネタを500円台で……。しかも、閉店近くなると半額とかで売っているのだ。

 そんな秋田市内の食の価格破壊の象徴が、秋田駅東口から徒歩5分くらいのところにある「ドジャース食堂」である。

 この食堂に一歩足を踏み入れた時、筆者は思った。近所にあるなら、住める……と。

 

 ここ、名前の通り食堂である。メニューは、一番安いもので550円。高いもので700円程度。ラーメンからトンカツなどなど、食堂らしくメニューは豊富である。

 そして、食堂の中には高校生や大学生がいっぱい。その理由は明白である。ここ、ごはん・味噌汁・コーヒーが、おかわり自由の食堂なのである。

 しかも、おかわり自由の幅が広い。たいていの地域では、「おかわり自由」と書かれていても、「丼物は除く」などとあるもの。でも、ここは違う。様子を見ていると、カツ丼か何かを注文した若者が、途中から茶碗に、ご飯を山盛りでついできて、丼に追加している。別の若者は、チャーハンと唐揚げを注文。チャーハンを食べた後で、大盛りごはんで、唐揚げを食べ始めるではないか!!

 なんとも、食うには困らない街。さすが、米どころ。それが秋田の真実だった。

 

 なお、腹ごなしがてらに、大鵬の奥さんの実家であるお菓子屋の二階にある「東海林太郎記念館」は、ぜひ訪れておきたいスポット。懐メロが流れ続ける館内で、ほぼマンツーマンで相手してくれるぞ。ええ、秋田の人は基本的に親切だった。
(文=昼間たかし)

東京では絶対にあり得ない! 独特の香りに酔う……知られざる“サブカルタウン”盛岡の実態

 盛岡は、東北屈指のサブカルタウンである。

 確かに、盛岡あたりは文化の香りがする。ご当地の有名人と聞いて、まず思い出すのは石川啄木と宮沢賢治。そんな2人の足跡を検証すべく、市内には「もりおか 啄木・賢治青春館」という展示施設も存在する。ただし、最近では誰もが知るようになった、2人のクズエピソードには、まったく触れられていない……これは、プロパガンダなのか?

 まあ、そういった(どういった?)、文化の系譜があるからだろうか。盛岡は、一種独特のサブカルタウンとして、人知れず発展を遂げている。

 

 と、今回筆者が盛岡を訪ねたのは、取材の帰り道。「盛岡に寄るときには、ぜひ連絡を」と、常々ある人物から言われていたからである。

 それが、地元のサブカル事情に詳しい影山明仁さん。影山さんは不動産業を営む傍ら『名作マンガの間取り』(SBクリエイティブ)なる著書も出している、尊敬すべき奇人である。

 この本、もし未読なら絶対にオススメである。本業の知識をフル活用し『海街diary』の香田邸、『美味しんぼ』の山岡邸など、さまざまな作品に出てくる家の間取りを、独自の考察で描き出しているのである。

 

 筆者と影山さんが『究極超人あ~る』の聖地巡礼を通じてネットで知り合ったのが、5年ほど前。今回は、オフでは初対面ということで、サブカルやオタクなどを越境して広範な知識を持つこの人物のルポを仕立て上げようと思っていた。

 でも、それは断念。10分も話さないうちに気づいた。この人がネタの宝庫だということに……。地元情報誌にはサブカルをテーマにした連載を持ち、地域の面白い人たちを次々と紹介。さらには、自身でも「八日丁劇場」という新たなスポットまで立ち上げた。知識、バイタリティ。それは、一晩話を聞くくらいでは終わらない。

 というわけで、ざっくばらんに盛岡のサブカル文化の基礎を知ることになった夕べ。交歓の場となったのは、内丸の飲み屋である。

 盛岡市の内丸は、盛岡でも随一のアヤシゲなスポット。人口30万人にも満たない地方都市に、ゴールデン街のような一角が広がっているのだ。

 

 観光客なら、入るのに躊躇するようなディープゾーン。そこに足を踏み入れることができただけでも、今回は成功だ。

 さて、そんな内丸のシンボルとなっているのが、櫻山神社。この神社もまた、独特のサブカルスポットとして知られている。それは、数年前から節分の時期になると『ジョジョの奇妙な冒険』のキャラクターをモチーフにした鬼が登場すること。ワムウ、サンタナと毎年キャラを変えながら、今や地域では「今年は何が来るのだろう」と期待を集めるようになっている。

 これは、神社の権禰宜・佐藤辰吾さんが、神社と地域のために、毎年ひとりで作っているもの。佐藤さんの創作意欲は近年さらに高まっていて、七五三シーズンの現在は「フェルメール?」と思わず足を止めたくなるような、謎のポスターが登場していた。

 

 盛岡の文化の特徴は、一口にサブカルといっても、しゃれた店があるかと思えばディープな店や人が連なっていること。決して人口も多くなく、市街地がコンパクトにまとまっているゆえに、それは煮詰められて独特の香りとなっている。

 一度くらいの訪問では、全容が把握できない盛岡のサブカル文化。その実態は、また改めて報告することにしたい。
(文=昼間たかし)

「もやし生産者の窮状にご理解を!」40年前より安い販売価格が生産者を苦しめる……もやし工場を訪ねた

 2日に一度は訪れる近所のスーパー。1袋は29円。以前は30円だった記憶があるが、たった1円の違いでも、数字のマジックで随分と安くなった気分になる。だが「ずいぶんと安いな」といっても、賛同しない人もいる。「それは、標準的な値段でしょう」と言う人もいる。

 ならば、いったいいくらで売られていれば、安いと思うのだろうか? 人の口から飛び出す値段は、さまざま異なる。だが、25円、20円、10円と、先日スーパーで見かけた29円よりは安いのは、みな同じである。そんなスーパーで、忙しそうに野菜を補充している店長の名札を下げた男性に声をかける。もやしが安くて助かりますよ。ふっと、男性の顔が曇る。

「ありがとうございます……でもね」

 そう言いかけて、言葉を止める。しかし、顔からにじみ出る言葉の続きは隠せない。どれだけ売れても、もうけなどまったく出ない。客寄せのため。さまざまな商品が安い店というイメージを維持するために、もやしは、泣く泣くこの値段で売らなくてはいけないんだ……。

 もやし生産者によって組織される工業組合「もやし生産者協会」は、その窮状を隠すことをしない。公式サイトのトップに大きく表示されるのは、「もやし生産者の窮状にご理解を!」の文字。それをクリックすれば、豊富なデータで、その窮状を訴えかける。もやしの販売価格は、1977年から40年余りにわたって、ほぼ上がっていない。それどころか、安くなっている。

 ファストフードやファストファッション。なんでも安いのが当たり前の現代だけれど、40年前と同じというのは、明らかにおかしい。1977年の物価を見ると、大卒公務員の初任給は9万1,900円。かけそば230円。ラーメン260円。銭湯は120円で、新聞の購読料は1カ月1,700円。そんな時代と、もやしの価格は変わらないのだ。

 もちろん、こんな状況で生産者がやっていけるわけがない。販売価格は40年間ほぼ同じなのに、生産コストは3倍増。2009年に全国で230社あったもやし生産者は、130社前後まで減少した。また、昨年は原料となる豆の生産地が集中する中国で凶作が発生。生産者の悲鳴は、さらに激しいものになっている。

 もやしの原料となる豆は幾つかあるが、多く使われるのは3種類。緑豆・ブラックマッペ・大豆である。現在、日本で最も多く用いられている原料は、緑豆。これが用いられるようになったのは、平成の初め頃からだ。味の面ではブラックマッペの方が優れてはいるが、緑豆の方が伸びたのは、見た目の美しさだという。細く根の長いブラックマッペに対して、緑豆を用いたもやしは太く、根が短く美しい。いわば、もやしの理想的な形。それが消費者に受け、主流となった。

 その日本人の口に合う緑豆が生産されるのは、中国だけ。それも、吉林省や内蒙古などの限られた地域である。毎年9月頃に収穫され、選別されたものが12月頃から日本へと運ばれる。その豆を原料に、もやし工場で発芽させて育てたものが、食卓に並ぶもやしとなる。

 中国でも限られた産地でしか収穫されない緑豆。それを入手するのも、次第に困難になっている。著しい経済発展は内陸部にも及び、農民は、より収入の多い商品作物へと転換を始めている。中国では、緑豆そのものも食材として使われている。それも、中国国内で生産される量では間に合わず、ミャンマーからの輸入が増加している。ならばと、もやし生産者も中国に比べて半額程度のミャンマー産の緑豆を試してみたが、もやしには適した質ではなかった。原材料コストが増大していく漠然とした不安。そこに、昨年の凶作は大きな打撃を与えたというわけだ。

 原材料費が高騰すれば、押し出されるように販売価格に転嫁されるもの。けれども、もやしの価格は相変わらず。それどころか、どんどん「激安」で固定される食材となっている。1袋1円の投げ売りセールは見かけなくなったが、さまざまな地域のスーパーを回っていると、1袋10円の特売を目にすることは、まだあるものだ。

 そのカラクリを尋ねようと連絡をしたのは、前述した工業組合「もやし生産者協会」。工場も見てみたいという依頼は快諾され、協会の林正二理事長が代表取締役を務める、茨城県は小美玉市にある株式会社旭物産の工場を訪ねた。

 都内から1時間あまり。茨城空港を擁する小美玉市は、普段、東京にはない関東平野の広さを、肌で感じることができる土地である。最寄りの常磐線・羽鳥駅からタクシーに乗って十数分。見えてきた工場は、予想とは違って、真新しくて大きかった。

「うちの工場は、業界の中では大きいほうではありません。1日の生産量は約40トン。100トンを超える工場が国内には4カ所ありますけど、逆に1トン2トンという工場もあるんですよ」

 食品を扱うためか、玄関で靴を脱いで上がるスタイルになっている工場の事務棟。その会議室で、あらかじめ私のために用意されていたパンフレット、そして、工場紹介やニュースの録画を見た後に、林は話を始めた。

 ニュースの中に登場した工場は、話に出た1トン2トンの小規模工場。当然、いま自分がいる工場とは、同じものを生産しているとは思えないほどに、疲弊している雰囲気があった。業界団体の理事長という役職にあるためか、メディアの取材を受けることは多いというが、工場設備が「立派すぎる」と、ボツになったことがあると林は笑う。

 そんな立派な工場であっても、苦境にあることは間違いない。

「工場の減価償却費が乗っかっていることもあるとはいえ、もやし単体では昨年も今年も赤字ですね」

 もやしのほかに、カット野菜などさまざまな製品を生産していることで、なんとか耐えてはいる。それが実情。でも、ともすれば「恥」の部分も、林は隠そうとはしなかった。

 作ってもまったくもうからない、もやし。それでも、生産量だけを見れば、09年以降は右肩上がりが続いている。

「リーマンショックの後、もやしが注目を集めるようになったのです」

 一時、日本経済を新たなる混迷に陥らせた、リーマンショック。高価なものが売れない中で、もやしは安価な食材としてブームとなった。でも、それは誰も恩恵を受けることのないブームだった。もし、恩恵を受けた者があったとすれば、もやしのレシピ本を企画した出版社くらい。「もやしが安い」というイメージは「安くて当たり前」へとシフトしていった。

 

 それまでも、1970年代と変わらない、安さ爆発の食材だった。注目を集める中で、客を呼び込む戦略から、スーパーなど小売店では、さらに安く、安くと値を下げた。その安さを維持するための努力は、仕入れ元の生産者へと波及していく。自分たちも泣いているのだから、あなたたちにも泣いてほしい。そんな具合に、卸値はどんどん下がっていった。買い物カゴをぶら下げた客は、笑顔になるだろう。けれども、スーパーも生産者にも、苦しみしかない。負のスパイラルが固定化した。

「目先の部分では消費者はうれしいが、長い目で見るとどうか。行きすぎた安値というのは、いつか破綻します」

 多くの農作物と違って、もやしは小売りとの直接取引が主体である。その顧客を相手に、値上げを要求するのも難しい。生産者同士でも「うちは、ほかより安い」というセールストークで取引先の獲得を狙うところもある。中には、シェアを確保するために赤字覚悟で卸値を設定した生産者もいた。だが、それらの生産者も昨年の原材料費の高騰によって維持が困難となり、生産を中止した。

 業界団体の代表として、そうした生産者のさまざまな思惑を見てきたからだろう。林は決して安値を求めるスーパーだけを問題にはしない。

「自由競争とはいえ、企業の経営者とかモラルとかが度を外してしまうと、採算を度外視した金額になってしまう。価格協定はいけませんが、ちゃんと連携をしないと、サバイバル合戦になってしまうと思うんです」

 そんな林の考える1袋の適正価格は40円。これは、今年に入って、さまざまなメディアで報じられている。でも、そうした報道には「40円でも安すぎるのではないか」と、もやし生産者が謙虚すぎることを危惧する声も寄せられている。だが、これは考え抜いた末に導きだされたギリギリの数字である。

「現在、全国の平均価格が31円。これが40年前と同じなんです。その後、もやしの価格は92年に41円まで上昇したのをピークに、再び下降してきました。そうした過去のデータなども検討した結果、生産者もスーパーも、うまく回る価格は40円だと考えているんです」

 話を聞いた後、案内されて工場を見学した。ベルトコンベアに運ばれ、次々と箱詰めされていく、もやしの袋。そこには、見知った安売りスーパーのロゴもあった。

 ラグジュアリーなものへの憧れを持ちつつも、我々の日常は安さを求めてやまない。安いことが正しい。安くて当たり前。できれば無料で……。そんな時代。もやし1袋40円の値札を、人々はどう思うのか。
(取材・文=昼間たかし)

●もやし生産者協会
http://www.moyashi.or.jp/

「もやし生産者の窮状にご理解を!」40年前より安い販売価格が生産者を苦しめる……もやし工場を訪ねた

 2日に一度は訪れる近所のスーパー。1袋は29円。以前は30円だった記憶があるが、たった1円の違いでも、数字のマジックで随分と安くなった気分になる。だが「ずいぶんと安いな」といっても、賛同しない人もいる。「それは、標準的な値段でしょう」と言う人もいる。

 ならば、いったいいくらで売られていれば、安いと思うのだろうか? 人の口から飛び出す値段は、さまざま異なる。だが、25円、20円、10円と、先日スーパーで見かけた29円よりは安いのは、みな同じである。そんなスーパーで、忙しそうに野菜を補充している店長の名札を下げた男性に声をかける。もやしが安くて助かりますよ。ふっと、男性の顔が曇る。

「ありがとうございます……でもね」

 そう言いかけて、言葉を止める。しかし、顔からにじみ出る言葉の続きは隠せない。どれだけ売れても、もうけなどまったく出ない。客寄せのため。さまざまな商品が安い店というイメージを維持するために、もやしは、泣く泣くこの値段で売らなくてはいけないんだ……。

 もやし生産者によって組織される工業組合「もやし生産者協会」は、その窮状を隠すことをしない。公式サイトのトップに大きく表示されるのは、「もやし生産者の窮状にご理解を!」の文字。それをクリックすれば、豊富なデータで、その窮状を訴えかける。もやしの販売価格は、1977年から40年余りにわたって、ほぼ上がっていない。それどころか、安くなっている。

 ファストフードやファストファッション。なんでも安いのが当たり前の現代だけれど、40年前と同じというのは、明らかにおかしい。1977年の物価を見ると、大卒公務員の初任給は9万1,900円。かけそば230円。ラーメン260円。銭湯は120円で、新聞の購読料は1カ月1,700円。そんな時代と、もやしの価格は変わらないのだ。

 もちろん、こんな状況で生産者がやっていけるわけがない。販売価格は40年間ほぼ同じなのに、生産コストは3倍増。2009年に全国で230社あったもやし生産者は、130社前後まで減少した。また、昨年は原料となる豆の生産地が集中する中国で凶作が発生。生産者の悲鳴は、さらに激しいものになっている。

 もやしの原料となる豆は幾つかあるが、多く使われるのは3種類。緑豆・ブラックマッペ・大豆である。現在、日本で最も多く用いられている原料は、緑豆。これが用いられるようになったのは、平成の初め頃からだ。味の面ではブラックマッペの方が優れてはいるが、緑豆の方が伸びたのは、見た目の美しさだという。細く根の長いブラックマッペに対して、緑豆を用いたもやしは太く、根が短く美しい。いわば、もやしの理想的な形。それが消費者に受け、主流となった。

 その日本人の口に合う緑豆が生産されるのは、中国だけ。それも、吉林省や内蒙古などの限られた地域である。毎年9月頃に収穫され、選別されたものが12月頃から日本へと運ばれる。その豆を原料に、もやし工場で発芽させて育てたものが、食卓に並ぶもやしとなる。

 中国でも限られた産地でしか収穫されない緑豆。それを入手するのも、次第に困難になっている。著しい経済発展は内陸部にも及び、農民は、より収入の多い商品作物へと転換を始めている。中国では、緑豆そのものも食材として使われている。それも、中国国内で生産される量では間に合わず、ミャンマーからの輸入が増加している。ならばと、もやし生産者も中国に比べて半額程度のミャンマー産の緑豆を試してみたが、もやしには適した質ではなかった。原材料コストが増大していく漠然とした不安。そこに、昨年の凶作は大きな打撃を与えたというわけだ。

 原材料費が高騰すれば、押し出されるように販売価格に転嫁されるもの。けれども、もやしの価格は相変わらず。それどころか、どんどん「激安」で固定される食材となっている。1袋1円の投げ売りセールは見かけなくなったが、さまざまな地域のスーパーを回っていると、1袋10円の特売を目にすることは、まだあるものだ。

 そのカラクリを尋ねようと連絡をしたのは、前述した工業組合「もやし生産者協会」。工場も見てみたいという依頼は快諾され、協会の林正二理事長が代表取締役を務める、茨城県は小美玉市にある株式会社旭物産の工場を訪ねた。

 都内から1時間あまり。茨城空港を擁する小美玉市は、普段、東京にはない関東平野の広さを、肌で感じることができる土地である。最寄りの常磐線・羽鳥駅からタクシーに乗って十数分。見えてきた工場は、予想とは違って、真新しくて大きかった。

「うちの工場は、業界の中では大きいほうではありません。1日の生産量は約40トン。100トンを超える工場が国内には4カ所ありますけど、逆に1トン2トンという工場もあるんですよ」

 食品を扱うためか、玄関で靴を脱いで上がるスタイルになっている工場の事務棟。その会議室で、あらかじめ私のために用意されていたパンフレット、そして、工場紹介やニュースの録画を見た後に、林は話を始めた。

 ニュースの中に登場した工場は、話に出た1トン2トンの小規模工場。当然、いま自分がいる工場とは、同じものを生産しているとは思えないほどに、疲弊している雰囲気があった。業界団体の理事長という役職にあるためか、メディアの取材を受けることは多いというが、工場設備が「立派すぎる」と、ボツになったことがあると林は笑う。

 そんな立派な工場であっても、苦境にあることは間違いない。

「工場の減価償却費が乗っかっていることもあるとはいえ、もやし単体では昨年も今年も赤字ですね」

 もやしのほかに、カット野菜などさまざまな製品を生産していることで、なんとか耐えてはいる。それが実情。でも、ともすれば「恥」の部分も、林は隠そうとはしなかった。

 作ってもまったくもうからない、もやし。それでも、生産量だけを見れば、09年以降は右肩上がりが続いている。

「リーマンショックの後、もやしが注目を集めるようになったのです」

 一時、日本経済を新たなる混迷に陥らせた、リーマンショック。高価なものが売れない中で、もやしは安価な食材としてブームとなった。でも、それは誰も恩恵を受けることのないブームだった。もし、恩恵を受けた者があったとすれば、もやしのレシピ本を企画した出版社くらい。「もやしが安い」というイメージは「安くて当たり前」へとシフトしていった。

 

 それまでも、1970年代と変わらない、安さ爆発の食材だった。注目を集める中で、客を呼び込む戦略から、スーパーなど小売店では、さらに安く、安くと値を下げた。その安さを維持するための努力は、仕入れ元の生産者へと波及していく。自分たちも泣いているのだから、あなたたちにも泣いてほしい。そんな具合に、卸値はどんどん下がっていった。買い物カゴをぶら下げた客は、笑顔になるだろう。けれども、スーパーも生産者にも、苦しみしかない。負のスパイラルが固定化した。

「目先の部分では消費者はうれしいが、長い目で見るとどうか。行きすぎた安値というのは、いつか破綻します」

 多くの農作物と違って、もやしは小売りとの直接取引が主体である。その顧客を相手に、値上げを要求するのも難しい。生産者同士でも「うちは、ほかより安い」というセールストークで取引先の獲得を狙うところもある。中には、シェアを確保するために赤字覚悟で卸値を設定した生産者もいた。だが、それらの生産者も昨年の原材料費の高騰によって維持が困難となり、生産を中止した。

 業界団体の代表として、そうした生産者のさまざまな思惑を見てきたからだろう。林は決して安値を求めるスーパーだけを問題にはしない。

「自由競争とはいえ、企業の経営者とかモラルとかが度を外してしまうと、採算を度外視した金額になってしまう。価格協定はいけませんが、ちゃんと連携をしないと、サバイバル合戦になってしまうと思うんです」

 そんな林の考える1袋の適正価格は40円。これは、今年に入って、さまざまなメディアで報じられている。でも、そうした報道には「40円でも安すぎるのではないか」と、もやし生産者が謙虚すぎることを危惧する声も寄せられている。だが、これは考え抜いた末に導きだされたギリギリの数字である。

「現在、全国の平均価格が31円。これが40年前と同じなんです。その後、もやしの価格は92年に41円まで上昇したのをピークに、再び下降してきました。そうした過去のデータなども検討した結果、生産者もスーパーも、うまく回る価格は40円だと考えているんです」

 話を聞いた後、案内されて工場を見学した。ベルトコンベアに運ばれ、次々と箱詰めされていく、もやしの袋。そこには、見知った安売りスーパーのロゴもあった。

 ラグジュアリーなものへの憧れを持ちつつも、我々の日常は安さを求めてやまない。安いことが正しい。安くて当たり前。できれば無料で……。そんな時代。もやし1袋40円の値札を、人々はどう思うのか。
(取材・文=昼間たかし)

●もやし生産者協会
http://www.moyashi.or.jp/