
改めて、取材して書くことに傾注しようと決めた。2017年は、そんな年であった。
だから木訥に、自分の興味の赴くままに、人に会い文章を書き記してきた。なぜ、そんなことをするのか。それは、ほかにすることを思いつかないからだ。
そうした個人的な情熱だけで走った文章を掲載してくれる「日刊サイゾー」は、私のような書き手にとっては心底ありがたいメディアである。
そんな2017年も、あと数日ばかり。改めて、今年「日刊サイゾー」と「おたぽる」に書いた文章を読み直し、私なりの自省を込めた解説をしていきたいと思う。
●神社本庁も「これはちょっと……」と漏らした。「DMM GAMES」新作『社にほへと』から考えるオタクの信仰
http://otapol.jp/2017/04/post-10195.html
なぜか大きな注目を集めたこの文章の中で感じたのは、発端になったゲーム『社にほへと』に対するさまざまな人の感覚の違いであった。
パッと見た時から、私には「なんと罰当たりな」という気持ちが湧いた。怒りではなく畏れである。神道への理解の根本には「考えるな、感じるんだ」というような意識がある。その感じ方の違いが千差万別なのだと、改めて感じた。だから、すぐに取材に応じてくれた神社本庁だけでなく、ゲームの企画者たちの思いも聞いてみたいと思ったが、果たすことはできなかった。
ただ、この文章が掲載されてから後、企業内の友人からは「いま、箝口令が敷かれていて」などの話も聞いており、ただならぬ事態が起きていることは容易に想像ができた。
数年もすれば「リリース前に中止されたゲーム」として記録だけが残ることになるだろう。その頃には、改めて製作サイドの想いを聞くことができるだろうか。
なお、この問題に関する論評はいくつもあるが『宗教問題』20号に掲載されている中川大地「神社を擬人化した美少女ゲームはなぜ開発中止に追い込まれたのか」は、読んでおくべき価値ある論考だと思っている。
●行ってみて聞いてわかった 御朱印帳のネット転売で、なぜ宮司は「もう来ないで下さい」と書いたのか
http://www.cyzo.com/2017/06/post_33347_entry.html
神道関係では、こちらの記事はまた別の方向から、信仰というものを考える機会になった。
発端は、Twitterでの宮司の怒りのツイートが話題になったこと。表面だけ追って見えるのは、神社で頒布した限定品の御朱印帳を、すぐにネットで転売しているヤツがいる、けしからん……と、ただそれだけのこと。
でも、ただそんな「けしからん」などということで宮司がツイートしたのではないことは、神社を訪ねて初めてわかった。
自身が宮司になるまで。なってからの地域の人々と共に支え合ってきた想い。金曜日の午後に聞いた話を、土日を使って一気呵成に書き上げた。そんな熱くなるものが、ここにはあった。
宮司もまた、足を運んだ私の想いに応えてくれた。今なお神社のTwitterの冒頭には、この記事についてのツイートが掲示されている。
改めて財布を、どんなテーマでも、迷うくらいならば、取材費で血塗れにしてでも、現地に足を運ぼうと思った。そのことは、必ず文章に成果として現れるのだと。
●「上から目線の権力の介入」千葉市が主導するミニストップの“エロ本規制”に、日本雑誌協会からも批判
http://www.cyzo.com/2017/11/post_143469_entry.html
事態の推移については、関連するものも含めて記した通りである。このテーマでは、今のところ情報を手早く書いて知らせることに徹している。それを「作品」と呼べるようなものにしていくのは、これからのことだ。
ここで気になったのは、ミニストップが成人向け雑誌の取り扱い中止を発表してから、同社や千葉市を批判する人々の動向である。ネットでさまざま評論を繰り広げる人や、市長のTwitterアカウントに批判を書く人は無数にいた。けれども、具体的な行動はどこにもみられなかった。
この人たちは、いったい何をしたかったのだろう。エロ本に限らない、禍々しいものを偶然に覗き見た気になった。
その間にも出版業界では、各コンビニチェーンと、これがミニストップに限った話であるなどの確認を取っていた。情報をまとめたり、評論するだけでは物事の本質は見えてこないのだなと思った。
●「ガイナックスのコンテンツならなんでも使える」と豪語!? 渦中の「神戸アニメストリート」岸建介氏の手口と次の寄生先も発見!
http://otapol.jp/2017/04/post-10331.html
マンガやアニメが地域振興の目玉となり、<聖地巡礼>が話題になる昨今。これも、起こるべくして起こった事件だといえる。
正直なところ、小はプロデューサーの仕切りがグダグダだった話から、大はイベントの成否よりも、地元企業に資金をいかに分配するかのほうに力点が置かれた結末等々、失敗例は数多く聞く。
そして、そのことは巧妙に隠蔽され、知られることは少ない。この事件は、ことが明るみになっただけ、まだマシだといえるだろう。
何しろ、行政が絡んでいるとなれば信用度は上がる。そうそう悪人がいるとは、誰もが思いたくないものだ。
この文章の際には取材に応じることもなく電話を切った武田康廣も、また被害者。岸が取締役に名を連ねていることに気づいた人物が、すぐに武田に連絡したところ「え、これからGAINAX WESTの記者会見なんだよ……」という最悪なタイミングだったという。
当の岸は、すでに新たな店舗をオープンさせていることを幾人かから聞いている。でも、今のところは、そこを訪ねてみる気にはならない。なぜなら、被害にあった当事者に先んじて正義を追求するのは、物書きの仕事ではないと思うからだ。
●29万票の金利~山田太郎と「表現の自由」の行方
http://otapol.jp/2017/07/post-11040.html
書いた後で考えたのは、冒頭のアイスクリームを食べている自身の描写。
「オッサンがアイスを食べてる描写などいらぬ」などと批判的な感想が半分。「アイスの描写で引き込まれる」と絶賛が半分。
つまり、自分でもどちらがよいのかわからない。ただルポルタージュやノンフィクションという文章では当たり前の「私」や「ぼく」という主観的な書き方を、ネット媒体では、新鮮に感じる人が多いのだと思った。
毎日取材しているわけではないが、山田太郎の取材には、だいたい5年。そして、選挙の取材から1年も寝かせてしまった。その間も、今もなお29万票の金利は残っているように見える。
では、次に山田が選挙に立った時、私は取材をするだろうか。
そのことの答えは、まだ出ていない。
●新作『女装千年王国』も大好評! 西田一が語る、ただひとつの“愛の物語”
http://www.cyzo.com/2017/10/post_34930_entry.html
世には、変態だとかニッチだとか呼ばれるジャンルがいくつもある。男の娘というジャンルも、その一つだ。
人は、そこにどういう感情を抱くだろうか。口では貶しながらも、実は羨ましさを持っているのではないか。
そこの世界に足を踏み入れることは、とてつもない決意と覚悟がなくては、できないことなのだから。
そして、そこに至る人生の旅はさまざまだ。
無数の旅路の一つで、乗り合わせた客のつもりになり、この掌編を仕上げた。女装エロゲーに人生を賭けた西田の旅路は、どこへ続くのだろうか。また、旅路を共にしたいと思っている。
●「アダルトグッズ+催眠音声」の可能性を追求するトランスイノベーションへの誘い
http://www.cyzo.com/2017/10/post_34820_entry.html
まさかここまで人生を賭けて、情熱を注ぎ込んでいるなんて。そんな感動を伝えるためには、まず自分のことを書かなくてはならないと思った。自分自身が、いかに催眠音声を楽しんでいるのか。取材の時から、そのことを大いに話した。そうでなくては、取材が、上から目線の覗き見になってしまうと思ったからだ。そして文章も同様。
別に自分の楽しんでいるものを、恥ずかしがる必要はない。むしろ、今の楽しさの、その先を求める探究心は誇るべきものではないか。そんなことを考える機会となった。
●なぜ、人はそこに集うのか? 新店舗には喫茶ルームもできた「カストリ書房」に、サウダーデを見た
http://www.cyzo.com/2017/09/post_34442.html
2016年のオープン以来、さまざまなメディアに取材されているカストリ書房。
訪問する前に、これまでカストリ書房について触れた幾つもの文章を読んだ。そして「なんだこれは?」という気分になった。多くのメディアの文章では、カストリ書房、そして、遊郭が女性にブームとなっている背景として「豊かな時代への憧れ」などの、わかりやすい言葉を用いていた。なるほど、それはわかりやすいかもしれない。けれども、そんな総括には、綺麗にまとめただけの上から目線を感じた。
僅かなインタビューの時間で、さまざまなものが見えてきた。カストリ書房がもてはやされる理由。その根底には、間違いなく店主の渡辺豪の人となりがあるのだと思った。
状況を描くのではなく細部を描写するルポライターの矜恃を改めて考えた。
●9月25日午後8時、たつき監督はなぜツイートをしたのか──『けものフレンズ』わからなかったこと、そして、わかったこと。
http://www.cyzo.com/2017/10/post_34862.html
妄想である。箝口令の中で周辺取材は限られている。いつもは、すぐに返事を返してくるヤツまで「福原Pに会わせてよ」とLINEすると既読スルー。そんな状態で得られた情報を元に書いた。
正直なところ、KADOKAWAとヤオヨロズと、どちらが正邪なのかはどうでもいい。
原作者との軋轢云々も同様である。ただ、いい大人と呼ばれる年齢のたつき監督が、自身の仲間をも巻き込むような、あの乱暴なツイートを叩きつけるに至った心境を書きたかったのだ。
きっとこうだろうと、私自身の思いで綴った文章。真偽のほどはわからぬが、ある関係者から「だいたい、あってる……」とポツリと呟かれて、この件は終わった。
●西原理恵子の生き様が人生の分岐に──『嫌な顔されながらおパンツ見せてもらいたい本』40原が語る“パンツ愛”そして、これから
http://www.cyzo.com/2017/11/post_143771_entry.html
パンツ愛を聞いていたら、飛び出してくるのは西原理恵子に『パトレイバー』などなど……。
それらを通じてイラストレーター・40原の「なにものかになりたい」という情熱を、存分に聞くことができた。
もちろん「パンツ愛」は、本物だが、それと共に多くの文字数を使った彼の半生。やがて、これを読んだ人が、なにものかになってくれるとよいなと思っている。
あまりに話に熱中していたので、4時間くらい喫茶店で話ながらも「おかわりどうですか」というタイミングを逸っしたのは反省。
●女と自由との揺らぎ──『私だってするんです』小谷真倫の探求「自分の凡庸に負けたんだ……」
http://www.cyzo.com/2017/12/post_144853.html
自画像が、がさつそうな女性だったので、どんな人が来るのかと思ったら、まったく真逆のタイプの人だった。
インタビューは初めてという緊張感。そんな緊張感の中で、訪ねるテーマはオナニー。
ふと言葉の合間に見せる表情が、作品に真摯に取り組む意志の強さを感じさせていた。
連載は、さらに好調に続いている。2018年は、もっと話題になる描き手なのではないかと思っている。
幾つもの掌編・短編・中編を書き続けてきた2017年。なにかを成し遂げた人。なにかを成し遂げた人を見ていると、この人物は、どのような人生を歩んで今があるのか。そんなことに興味がわく。
テレビ東京系の番組『家、ついて行ってイイですか?』が注目されていることからも、分析や批評が持てはやされる時代は、もう終焉を迎えていることが、よくわかる。
2018年は、もっと個や細部を追いかけていきたいと思っている。
(文=昼間たかし)