ダニエル・クレイグ版ボンド、最後となるか!? シリーズ最高傑作『007 スペクター』

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SPECTRE (C) 2015 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc., Danjaq, LLC and Columbia Pictures Industries, Inc. All rights 
 今週取り上げる新作映画は、イギリスが誇るスパイアクションの先駆けで世界最長の映画シリーズでもある『007』の最新作と、日本・トルコ合作で両国友好のいしずえとなった2つの史実をドラマチックに描く感動作。年末年始の観賞にふさわしい、見応え十分の2作品だ。  『007 スペクター』(公開中)は、英諜報機関MI6のエリートスパイ、ジェームズ・ボンドが活躍する『007』シリーズの第24作。ボンド(ダニエル・クレイグ)は生家スカイフォールでの攻防で絶命した前任の上司Mの遺言に従い、単身でメキシコ、ローマに渡って危険なミッションを遂行する。MI6の廃止と主要9カ国の情報統合をもくろむ陰謀が進むなか、ボンドは余命わずかの旧敵ホワイトに託された娘マドレーヌ(レア・セドゥー)を伴い、強大な犯罪組織スペクターとその首領オーベルハウザー(クリストフ・ワルツ)を突き止める。  1,500人ものエキストラを動員してメキシコの奇祭「死者の日」を再現したオープニングの流麗な長回しから、「映画史上最大の爆破シーン」としてギネス世界記録に認定されたというモロッコの巨大施設の爆破まで、観客の目を釘付けにするスペクタクルが満載。前作『007 スカイフォール』(2012)からの続投のサム・メンデス監督は、『アメリカン・ビューティー』(1999)、『ロード・トゥ・パーディション』(2002)など人間ドラマに定評があり、ボンドと周辺人物のキャラクターを的確に描写することで、アクション場面とのエモーショナルな相乗効果に成功している。ダニエル・クレイグ版ボンドが本作で最後になる可能性もあり、シリーズのファンならずとも見逃せない屈指の話題作だ。  『海難1890』(12月5日公開)は、日本とトルコの友好の基礎となった海難事故と、95年後のイランでの邦人救出劇を描くヒューマンドラマ。1890年9月、オスマン帝国の親善使節団を乗せたエルトゥールル号が和歌山県樫野崎沖で台風に遭遇し、座礁して蒸気機関が爆発。500人以上の犠牲者が出るなか、医師・田村(内野聖陽)ら住民たちの懸命な救助活動で69人が生き残り、手厚い介護を受けたのち帰国する。時は流れて1985年、イラン・イラク戦争で緊張が高まるテヘランに、邦人300人以上が取り残される。日本大使館から救出を依頼されたトルコの首相は、救援機の追加派遣を決断。知らせを聞いて空港に集まった邦人215人は、ロビーを埋めつくすトルコ人たちが搭乗券を求めカウンターに詰め寄る姿を見て、希望を失いかける。  今から125年前に、海難事故に遭ったトルコ人たちを貧しい漁村の村人たちが献身的に助けた史実と、イランでの邦人の窮状を救ったトルコ人による「世紀を越えた恩返し」は、もっと広く知られるべき両国友好のハイライトだ。監督は『火天の城』(2009)、『利休にたずねよ』(2013)の田中光敏。『マイ・バック・ページ』(2011)の忽那汐里と、トルコ人俳優のケナン・エジェが、それぞれ二役で海難救助編とテヘラン救出編の主要な男女を演じ、2国間の運命的な絆を象徴している。テロや紛争、宗教や難民の問題で世界が揺れる今だからこそ、人種や国境を超えた真心の交流を描く本作から学ぶことは多い。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 「007 スペクター」作品情報 <http://eiga.com/movie/78967/> 「海難1890」作品情報 <http://eiga.com/movie/79893/>

戦争で失った家族の誇り……名画に隠された秘話とは!?『黄金のアデーレ 名画の帰還』

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(C)THE WEINSTEIN COMPANY / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / ORIGIN PICTURES (WOMAN IN GOLD) LIMITED 2015
 今週取り上げる最新映画は、アカデミー賞女優ヘレン・ミレン主演の実話ドラマと、残酷ホラーの名手イーライ・ロスによる6年ぶりの監督作。華麗な絵画をめぐる物語を美しい映像で描く前者と、強烈な食人シーンと文明風刺が印象に残る後者、それぞれマニア以外にも支持される魅力に満ちた話題作だ。  『黄金のアデーレ 名画の帰還』(11月27日公開)は、クリムトの名画「黄金のアデーレ」をめぐり実際に起きた裁判を描くヒューマンドラマ。オーストリアのユダヤ名家に生まれ育つが、第2次大戦時にアメリカへ亡命し、今や82歳になったマリア。彼女は新米弁護士ランディとともに、かつて伯母アデーレをクリムトが描いた肖像画の返還をオーストリア政府に求める。その絵は、ユダヤ人迫害を強めていたナチスドイツに奪われたが、終戦後母国に寄贈されたことになっていた。膨大な資料を調べたマリアとランディは、わずかな可能性に望みをかけ、同国政府を相手取って裁判を起こす。  世界的に知られる華やかな名画をめぐる、並の創作以上にドラマティックな実話に感嘆させられる。『クィーン』(2006)でアカデミー主演女優賞を獲得したヘレン・ミレンが、不屈の精神とユーモアを備えた主人公マリアを好演。頼りない相棒役のライアン・レイノルズも、最初は金目当てで引き受けるものの、やがて使命に目覚め成長していく若き弁護士を熱演した。監督は『マリリン 7日間の恋』(12)のサイモン・カーティス。高貴な美術品をめぐる物語にふさわしい、格調高い映像と音楽でも楽しませてくれる。  『グリーン・インフェルノ』(11月28日公開、R18+指定)は、『ホステル』(06)の残酷描写で名を馳せた鬼才イーライ・ロスが、アマゾン奥地で米国人学生グループが体験する恐怖を描くホラー。女子大生のジャスティンは、学内の環境活動家たちに誘われ、アマゾンの森林伐採現場を訪れる。過激な抗議行動が問題となり強制送還されるが、帰りの飛行機がジャングルに墜落。生き延びたジャスティンら数名は、先住民のヤハ族に捕らえられる。監禁された彼らが目にしたのは、仲間の1人をヤハ族が生きたまま解体し、その肉片をほおばる異常な光景だった。  ルッジェロ・デオダート監督作『食人族』(83)をはじめ、当時カルト的ブームを巻き起こしたカニバル映画を偏愛するロス監督が、スマホやネット動画を駆使する今どきの若者が遭遇する恐怖譚として再構築。学生たちが次々に惨殺される様子を多彩なバリエーションで描き、同監督ならではのこだわりを感じさせる。一方で、マリファナの思いがけない活用法など、笑える小ネタも。耐性のない人が観たらトラウマ必至の本作は、文明人のごう慢な環境保護運動に対する辛らつな皮肉でもあり、見た目の過激さだけでなく現代社会への風刺も効いた衝撃作だ。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 「黄金のアデーレ 名画の帰還」作品情報 <http://eiga.com/movie/81867/> 「グリーン・インフェルノ」作品情報 <http://eiga.com/movie/79777/>

まさか!? なんでここが都心の幼稚園なんだろう? カメラマンに泥水をかけてくる園児たちを追った『子どもは風をえがく』

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 長編ドキュメンタリー映画とは、膨大な取材量によってはじめて価値を生むものである。  どんなに美しく、力強い映像を幾度となく撮影しようとも、その背後にやむなくカットされた大量のフィルムがなければ、薄っぺらさは透けて見えてしまうのではないだろうか?  ラピュタ阿佐ヶ谷での封切り公開を先月好評の中で終え、現在も全国で巡回上映中の『子どもは風をえがく』(監督:筒井勝彦)は、これでもかという映像取材の成果が強靭に焼き付けられた作品である。  この作品は、杉並の住宅街にある広大な屋敷林を持つ幼稚園・中瀬幼稚園の一年を取材したドキュメンタリー映画だ。  開園50周年を迎えるこの中瀬幼稚園は、園と保護者が共同で敷地内の樹木や自然を保護しながら、子どもたちが駆け回れる空間を長期に渡って維持してきた。都会の喧騒の中ににありながらも、自然に満ちた空間でのびのびとした日常を過ごす子どもたちの姿を、四季を通じてカメラは余すところなく追っていく。作品は115分に編集されてはいるものの、撮影期間は一年間にも及んだ。  筒井監督の揺るぎない意志を本作から感じるのは、子どもたちを撮影するカメラのレンズが必死に子どもたちの目線にまで下がろうと奮闘しているところだ。これは文章でも同様だが、作品を制作するにあたって、まず求められるのは視線をどこに置くかである。  どんな取材対象であっても、俯瞰した視点では紋切型の分析は可能でも人間の本能的な部分までは捉えられない。  映像作品では、より露骨に取材対象者との距離感が鑑賞する者に見透かされてしまう。筒井監督は、そのような部分を深く理解しているからこそ、精一杯目線を下げて子どもたちの表情や動きを余すところなく追いかける。  腰をかがめながら、走り回る子どもたちを縦横無尽に撮影する撮影部も並大抵の体力では務まらない。  作中ではカメラマンが走り回る子どもたちに突然、土や泥水をかけられているのが確認できる。それでも、カメラの焦点は取材対象である子どもたちを追い続けてやまない。  16ミリフィルムで撮影された昭和のドキュメンタリー映画などを鑑賞する度に、何らかの作為や配慮がどこかしこに入りこんでしまっていることに気付かざるを得ない。取材対象者が不自然なほど背筋がピンとしていたり、話し方も妙に丁寧だったり、露骨にカメラのレンズを意識しているのがわかる。撮影機材がよりコンパクトになった現代では、以前ほど取材対象者は取材する側やカメラを意識しないようにはなったものの、それでも作為めいた言動は記録されてしまう。  けれども、中瀬幼稚園の子どもたちはカメラのレンズなど一切気にする素振りも見せず、逆に園の闖入者とでも呼ぶべきカメラマンに天衣無縫な行動で反応するという、とてつもなく予測不能なドキュメンタリー映画となっている。
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 撮影を担当したカメラマンの石崎俊一と秋葉清功が、相当な覚悟と忍耐力を維持して撮影をこなしていく姿勢が素晴らしい。  筒井監督と筆者は、10年ほど前にとある国際映画祭のコンペ部門に監督作とプロデュース作が共に入選して以来交流を持ち、そのプロデュース作の劇場公開初日に駆けつけて頂いたり、本作のマスコミ試写に参加させて頂いたりと、とても人と人との関わりを大切にする映画監督だという印象が強い。  だからこそ、保育士と園児たちとの暖かく繊細な交流をリアルに描いた前作『こどもこそミライ まだ見ぬ保育の世界』と同様に、本作でもそんな和やかな視線が如何なく発揮されたと感じている。  また、撮影を担当した石崎俊一とは筆者がかつて在籍した制作会社の先輩後輩という間柄でもあるために、筆者が関係する様々な作品でチームを組むことが幾度かあり、そのバイタリティーあふれる行動力やアイデアに驚かされたことは一度や二度ではない。  筆者が企画から携わり、先頃刊行されたばかりのルポルタージュ書籍『コミックばかり読まないで』(イースト・プレス)の著者近影撮影を石崎に依頼した際も、衝撃的な書籍内容と個性の際立つルポライター・昼間たかしの著者近影が、ありきたりの写真では意味を為さないであろうと打ち合わせた。  そして、撮影当日は書籍の基本コンセプト“ルポライター=取材対象を追う現代の野良犬”に倣って足早に歩く著者を石崎が様々な方向から狙い、その微妙な動きや表情を連写するという、著者近影としては稀有なロケーション撮影を敢行。  著者の斬新なイメージ創りに読者からの評価も上々で、筒井監督の現場でさらに鍛えられた石崎の成長には目を見張るものがある。  井口佳子園長の語りと共に、園児たちの目線を重ねることによって構築されたメッセージは、「ここにいることが楽しい」という純粋な心。それがスクリーン狭しと濃厚に焼き付けられる強固な長編ドキュメンタリー映画が誕生した。 (文=増田俊樹)
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12月4日まで横浜シネマリンでロードショー http://cinemarine.co.jp/children-draw-the-wind/ 『子どもは風をえがく』公式サイト http://www.kazeoegaku.com/ (C)2015 中瀬幼稚園 オフィスハル

まさか!? なんでここが都心の幼稚園なんだろう? カメラマンに泥水をかけてくる園児たちを追った『子どもは風をえがく』

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 長編ドキュメンタリー映画とは、膨大な取材量によってはじめて価値を生むものである。  どんなに美しく、力強い映像を幾度となく撮影しようとも、その背後にやむなくカットされた大量のフィルムがなければ、薄っぺらさは透けて見えてしまうのではないだろうか?  ラピュタ阿佐ヶ谷での封切り公開を先月好評の中で終え、現在も全国で巡回上映中の『子どもは風をえがく』(監督:筒井勝彦)は、これでもかという映像取材の成果が強靭に焼き付けられた作品である。  この作品は、杉並の住宅街にある広大な屋敷林を持つ幼稚園・中瀬幼稚園の一年を取材したドキュメンタリー映画だ。  開園50周年を迎えるこの中瀬幼稚園は、園と保護者が共同で敷地内の樹木や自然を保護しながら、子どもたちが駆け回れる空間を長期に渡って維持してきた。都会の喧騒の中ににありながらも、自然に満ちた空間でのびのびとした日常を過ごす子どもたちの姿を、四季を通じてカメラは余すところなく追っていく。作品は115分に編集されてはいるものの、撮影期間は一年間にも及んだ。  筒井監督の揺るぎない意志を本作から感じるのは、子どもたちを撮影するカメラのレンズが必死に子どもたちの目線にまで下がろうと奮闘しているところだ。これは文章でも同様だが、作品を制作するにあたって、まず求められるのは視線をどこに置くかである。  どんな取材対象であっても、俯瞰した視点では紋切型の分析は可能でも人間の本能的な部分までは捉えられない。  映像作品では、より露骨に取材対象者との距離感が鑑賞する者に見透かされてしまう。筒井監督は、そのような部分を深く理解しているからこそ、精一杯目線を下げて子どもたちの表情や動きを余すところなく追いかける。  腰をかがめながら、走り回る子どもたちを縦横無尽に撮影する撮影部も並大抵の体力では務まらない。  作中ではカメラマンが走り回る子どもたちに突然、土や泥水をかけられているのが確認できる。それでも、カメラの焦点は取材対象である子どもたちを追い続けてやまない。  16ミリフィルムで撮影された昭和のドキュメンタリー映画などを鑑賞する度に、何らかの作為や配慮がどこかしこに入りこんでしまっていることに気付かざるを得ない。取材対象者が不自然なほど背筋がピンとしていたり、話し方も妙に丁寧だったり、露骨にカメラのレンズを意識しているのがわかる。撮影機材がよりコンパクトになった現代では、以前ほど取材対象者は取材する側やカメラを意識しないようにはなったものの、それでも作為めいた言動は記録されてしまう。  けれども、中瀬幼稚園の子どもたちはカメラのレンズなど一切気にする素振りも見せず、逆に園の闖入者とでも呼ぶべきカメラマンに天衣無縫な行動で反応するという、とてつもなく予測不能なドキュメンタリー映画となっている。
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 撮影を担当したカメラマンの石崎俊一と秋葉清功が、相当な覚悟と忍耐力を維持して撮影をこなしていく姿勢が素晴らしい。  筒井監督と筆者は、10年ほど前にとある国際映画祭のコンペ部門に監督作とプロデュース作が共に入選して以来交流を持ち、そのプロデュース作の劇場公開初日に駆けつけて頂いたり、本作のマスコミ試写に参加させて頂いたりと、とても人と人との関わりを大切にする映画監督だという印象が強い。  だからこそ、保育士と園児たちとの暖かく繊細な交流をリアルに描いた前作『こどもこそミライ まだ見ぬ保育の世界』と同様に、本作でもそんな和やかな視線が如何なく発揮されたと感じている。  また、撮影を担当した石崎俊一とは筆者がかつて在籍した制作会社の先輩後輩という間柄でもあるために、筆者が関係する様々な作品でチームを組むことが幾度かあり、そのバイタリティーあふれる行動力やアイデアに驚かされたことは一度や二度ではない。  筆者が企画から携わり、先頃刊行されたばかりのルポルタージュ書籍『コミックばかり読まないで』(イースト・プレス)の著者近影撮影を石崎に依頼した際も、衝撃的な書籍内容と個性の際立つルポライター・昼間たかしの著者近影が、ありきたりの写真では意味を為さないであろうと打ち合わせた。  そして、撮影当日は書籍の基本コンセプト“ルポライター=取材対象を追う現代の野良犬”に倣って足早に歩く著者を石崎が様々な方向から狙い、その微妙な動きや表情を連写するという、著者近影としては稀有なロケーション撮影を敢行。  著者の斬新なイメージ創りに読者からの評価も上々で、筒井監督の現場でさらに鍛えられた石崎の成長には目を見張るものがある。  井口佳子園長の語りと共に、園児たちの目線を重ねることによって構築されたメッセージは、「ここにいることが楽しい」という純粋な心。それがスクリーン狭しと濃厚に焼き付けられる強固な長編ドキュメンタリー映画が誕生した。 (文=増田俊樹)
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12月4日まで横浜シネマリンでロードショー http://cinemarine.co.jp/children-draw-the-wind/ 『子どもは風をえがく』公式サイト http://www.kazeoegaku.com/ (C)2015 中瀬幼稚園 オフィスハル

人気シリーズついに完結! カットニスたちの運命は……『ハンガー・ゲーム FINAL:レボリューション』

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Photo Credit Murray Close/TM&(C)2015 LIONS GATE FILMS INC.ALL RIGHTS RESERVED.
 今週取り上げる最新映画は、世界同時公開されるメガヒットシリーズの完結編と、世界初のロボット演劇を映画化した意欲作。どちらも近未来の世界を舞台にしながら、革命の最終決戦をスペクタクル満載で描くハリウッド製アクション大作と、人間存在の内側を見つめる静かなタッチの邦画、好対照な2作品だ。  『ハンガー・ゲーム FINAL:レボリューション』(11月20日公開)は、人気ヤングアダルト小説を原作にジェニファー・ローレンス主演で映画化した『ハンガー・ゲーム』(2012)シリーズの4作目となる完結編。独裁国家パネムに抵抗する反乱軍は、コイン首相らの思惑通り、カットニス(ローレンス)が革命の象徴となって勢力を増す。大勢の命を奪う戦争を終わらせるため、カットニスは冷酷な独裁者・スノー大統領の暗殺を決意し、ゲイル、ピータらとともに首都進攻を開始。だが、待ち受ける政府軍と無数の罠により、カットニスは一人また一人と仲間を失っていく。  スノー大統領が主催する死のサバイバル競技=ハンガー・ゲームに、妹思いで弓矢の得意なカットニスが出場するところから始まった本シリーズ。完結編では、首都の市街を競技場に見立てた壮絶なラスト・ゲームがスリリングに展開する。矢を放つ姿が凛々しいアクションシーンだけでなく、苦悩や悲しみを経て精神的に成長する過程を繊細に表現したジェニファー・ローレンスは、闘うヒロインとして納得の存在感。2人の男性に愛される三角関係の行方からも目が離せない。反乱軍の参謀・プルターク役のフィリップ・シーモア・ホフマンは、本作が遺作となった。映画ファンに愛された名優の最後の演技を、しっかりと見届けたい。  『さようなら』(11月21日公開、R15+指定)は、劇作家・平田オリザとロボット研究者・石黒浩教授のコラボ作品であるアンドロイド演劇『さようなら』を原作に、『ほとりの朔子』(13)の深田晃司監督が映画化。近未来の日本で原発が相次いで爆発し、国民は放射能で汚染された国土を離れることを余儀なくされる。政府が決めた優先順位の高い順に日本人が国外へ避難する中、外国人難民で病弱なターニャ(ブライアリー・ロング)と、彼女の世話をするアンドロイドのレオナは、穏やかな暮らしを続けながら、やがて訪れる最期を待つ。  劇団青年団の演出部出身である深田監督は、演劇的な対話の味わいと映画らしい映像の表現力を巧みに使い分け、相乗効果をもたらした。レオナ役には、石黒教授が開発した遠隔操作アンドロイド「ジェミロイドF」を起用。歩行機能が備わっていないので、一部故障して車イスを使っている設定にし、自律型AIロボットとして違和感なく演出した。生と死、人間とアンドロイドといった相反する概念として捉えられがちな組み合わせが、寄り添って共存し、ときには等価であるかのように提示される。「アンドロイドが出演する映画」と聞いてマニア向けか色モノのように思われるかもしれないが、実際は人間という存在の根源に迫る、極めて誠実な作品だ。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 「ハンガー・ゲーム FINAL:レボリューション」作品情報 <http://eiga.com/movie/80331/> 「さようなら」作品情報 <http://eiga.com/movie/82572/>

人気シリーズついに完結! カットニスたちの運命は……『ハンガー・ゲーム FINAL:レボリューション』

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Photo Credit Murray Close/TM&(C)2015 LIONS GATE FILMS INC.ALL RIGHTS RESERVED.
 今週取り上げる最新映画は、世界同時公開されるメガヒットシリーズの完結編と、世界初のロボット演劇を映画化した意欲作。どちらも近未来の世界を舞台にしながら、革命の最終決戦をスペクタクル満載で描くハリウッド製アクション大作と、人間存在の内側を見つめる静かなタッチの邦画、好対照な2作品だ。  『ハンガー・ゲーム FINAL:レボリューション』(11月20日公開)は、人気ヤングアダルト小説を原作にジェニファー・ローレンス主演で映画化した『ハンガー・ゲーム』(2012)シリーズの4作目となる完結編。独裁国家パネムに抵抗する反乱軍は、コイン首相らの思惑通り、カットニス(ローレンス)が革命の象徴となって勢力を増す。大勢の命を奪う戦争を終わらせるため、カットニスは冷酷な独裁者・スノー大統領の暗殺を決意し、ゲイル、ピータらとともに首都進攻を開始。だが、待ち受ける政府軍と無数の罠により、カットニスは一人また一人と仲間を失っていく。  スノー大統領が主催する死のサバイバル競技=ハンガー・ゲームに、妹思いで弓矢の得意なカットニスが出場するところから始まった本シリーズ。完結編では、首都の市街を競技場に見立てた壮絶なラスト・ゲームがスリリングに展開する。矢を放つ姿が凛々しいアクションシーンだけでなく、苦悩や悲しみを経て精神的に成長する過程を繊細に表現したジェニファー・ローレンスは、闘うヒロインとして納得の存在感。2人の男性に愛される三角関係の行方からも目が離せない。反乱軍の参謀・プルターク役のフィリップ・シーモア・ホフマンは、本作が遺作となった。映画ファンに愛された名優の最後の演技を、しっかりと見届けたい。  『さようなら』(11月21日公開、R15+指定)は、劇作家・平田オリザとロボット研究者・石黒浩教授のコラボ作品であるアンドロイド演劇『さようなら』を原作に、『ほとりの朔子』(13)の深田晃司監督が映画化。近未来の日本で原発が相次いで爆発し、国民は放射能で汚染された国土を離れることを余儀なくされる。政府が決めた優先順位の高い順に日本人が国外へ避難する中、外国人難民で病弱なターニャ(ブライアリー・ロング)と、彼女の世話をするアンドロイドのレオナは、穏やかな暮らしを続けながら、やがて訪れる最期を待つ。  劇団青年団の演出部出身である深田監督は、演劇的な対話の味わいと映画らしい映像の表現力を巧みに使い分け、相乗効果をもたらした。レオナ役には、石黒教授が開発した遠隔操作アンドロイド「ジェミロイドF」を起用。歩行機能が備わっていないので、一部故障して車イスを使っている設定にし、自律型AIロボットとして違和感なく演出した。生と死、人間とアンドロイドといった相反する概念として捉えられがちな組み合わせが、寄り添って共存し、ときには等価であるかのように提示される。「アンドロイドが出演する映画」と聞いてマニア向けか色モノのように思われるかもしれないが、実際は人間という存在の根源に迫る、極めて誠実な作品だ。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 「ハンガー・ゲーム FINAL:レボリューション」作品情報 <http://eiga.com/movie/80331/> 「さようなら」作品情報 <http://eiga.com/movie/82572/>

殺処分寸前の犬たちが人間に復讐する!! ハンガリー映画に込められた社会的弱者たちの叫び

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犬版『猿の惑星』と評されているハンガリー映画『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』。少女リリと飼い犬ハーゲンは無二の親友だったが……。
 犬と人間との関係を描いた映画がこの秋、次々と劇場公開されている。キアヌ・リーヴス主演の『ジョン・ウィック』は家族同様にかわいがっていたビーグル犬を殺された元殺し屋が復讐に燃えるアクションノワールとして人気を呼び、トルコ原産の大型犬カンガールドッグと孤独な少年との交流を描いたトルコ映画『シーヴァス 王子さまになれなかった少年と負け犬だった闘犬の物語』はロングラン上映中だ。12月から公開される3Dアニメ『I LOVE スヌーピー』では、“永遠のダメ少年”チャーリー・ブラウンが憧れの女の子の気を惹こうと愛犬スヌーピーに見守られながら学芸会の特訓に励む。どの作品も人間と犬との掛け替えのないパートナーシップが描かれている。そんな中で極めつけの犬映画といえるのが、11月21日(土)より公開されるハンガリー映画『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』。施設に収容されていた犬たちが一斉蜂起し、虐待した人間たちに襲い掛かるという異色の動物パニックムービーなのだ。  2014年のカンヌ映画祭で「ある視点」部門グランプリ&パルムドッグ賞を受賞した本作の舞台となっているのは、純血種の犬だけ残し、雑種の犬には重い税を課して、飼い主が払えない場合は殺処分が待っているという悪法が定められたある国。思春期を迎えた少女リリ(ジョーフィア・プショッタ)は両親の離婚に胸を痛めていたが、リリのことを慕う飼い犬のハーゲンだけが心の拠り所だった。ところが犬嫌いな父親ダニエル(シャーンドル・ジョーテール)は雑種犬に課せられた税金を払うことを拒み、ハーゲンを自宅から離れた高架下に棄ててしまう。愛するリリのもとに帰ろうとするハーゲンだが、途中で野犬ブローカーに捕まり、闇ドッグトレーナーの手で闘犬として調教されるはめに。やがて収容施設送りとなったハーゲンは、狭い檻に押し込められていた犬たちを率いて人間への逆襲に転じる。ハーゲンら総勢250匹の犬たちがブタペストの市街地を集団疾走するクライマックスは、CGなしの大スペクタクルシーンとなっている。  日本で配給収入54億円の大ヒットを記録した『子猫物語』(86)は撮影中に動物虐待を伴う過剰演出が行なわれていたことで悪評を極めたが、動物愛護意識の強い欧州のハンガリーで製作された『ホワイト・ゴッド』だけに出演犬は充分にケアされての撮影となった。闘犬シーンがあるが、1カ月以上のトレーニングを経た犬同士が楽しく取っ組み合う様子を撮ったものだという。また、出演した250匹の犬たちの多くはハンガリーで保護施設にいた野犬が起用されているというのも驚きだ。犬たちは映画に出演したことで話題となり、施設に戻されることなく、新しい里親たちに引き取られていったという美談が残されている。脚本を手掛け、劇中で野犬ブローカー役も演じたコーネル・ムンドルッツォ監督に製作内情について語ってもらった。
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施設から犬たちが大脱走! 街中を大パニックに陥れる。CGには頼らず、動物トレーナーが撮影の4か月前から犬たちと過ごすことで熱演を引き出した。
コーネル監督「いろんな犬と人間との関わりを間近で知ることができて、『ホワイト・ゴッド』の撮影は僕らにとって素晴しい体験だった。それで撮影終了後に、出演犬たちの引き取りを含めたキャンペーンを張ることにしたんだ。撮影クルーの何人かは本当に犬たちと親密になって、その場で引き取ることを決めていたね。ウェブサイトも作って、犬のオーナーになってくれる人たちを募集したんだ。サイトを覗けば、全部の犬を見ることができ、引き取るかどうか決められるようにしてね。驚いたことに、サイトを立ち上げて1週間で30匹の犬たちに新しいオーナーが見つかった。さらにハンガリーでのプレミア上映までに、全部の犬の居場所が確保できたんだ。もし、この映画を作っていなかったら、250匹の犬たちはまだ施設で他の犬たちと一緒に里親が現われるのを待っていたかもしれないね」  日本では熊本県や神奈川県など犬や猫の殺処分ゼロに取り組んでいる自治体が近年増えつつあるが、それでもまだ日本全体では年間12万8000匹もの犬や猫が施設で殺処分に遭っている(2013年度)。コーネル監督によると、ハンガリーでは公的な施設でも民間の施設でも殺処分は行なっておらず、清潔で健康的な施設で保護された犬たちは新しい家族に引き取られる日を待っているそうだ。海外のペット事情に詳しい動物愛護家にも尋ねたところ、ハンガリーに限らず欧州のほとんどの国では施設での殺処分はすでに行なわれておらず、営利目的のペットショップも存在しないとのこと。では、劇中での“雑種は排除”という設定はあくまでも絵空事なのかというと、必ずしもそうではないらしい。
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コーネル・ムンドルッツォ監督(画像右)。「人間の残酷さに対する、少女リリの純真さとハーゲンの知恵とを対照的に描きたかった」と語る。
コーネル監督「2、3年前にハンガリーの保守的な政党から、ピュアなハンガリーの犬種でない犬たちには重い税金を課そうという法案が持ち上がったことがあった。この法案は可決されなかったものの、『ホワイト・ゴッド』はまったくの空想というわけではないんだ。映画の中で描かれた犬たちは、権力者である政府から弾圧される者たちすべてのシンボルでもあるんだ。J・M・クッツェー(南アフリカの作家で差別、偏見、虐待などをモチーフにした小説で知られる)の本も参考にしている。観る人によっては第二次世界大戦時の強制収容所を連想するかもしれないが、ハンガリーやドイツなどのヨーロッパの国々だけに限らず、社会的マイノリティーへの弾圧や排斥はどこの社会やいつの時代でも起きているんじゃないかな。さらにいえば、既得権者たちが弾圧している側にいつか自分たちはリベンジされるのではないかという“恐怖”も描いているんだ」  犬版『猿の惑星』と称される『ホワイト・ゴッド』だが、『猿の惑星』の原作者ピエール・ブールは第二次世界大戦時にビルマで日本軍の捕虜となっていたのは有名なお話。日本兵によって白人兵たちが強制労働に従事させられた体験から、人間と猿との関係が逆転する『猿の惑星』を思いついている。『ホワイト・ゴッド』もまた、人類が21世紀になってもなお繰り返している人種差別や他民族への不寛容さが作品のベースとなっているようだ。『ホワイト・ゴッド』で暴動犬たちのリーダーとなったハーゲンと純真な少女リリとの間で培われた友情は果たしてどうなるのか。ラストシーンにコーネル監督の願いが込められている。 (文=長野辰次)
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『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』 監督・脚本/コーネル・ムンドルッツォ 動物トレーナー/テレサ・アン・ミラー 出演/ジョーフィア・プショッタ、シャーンドル・ジョーテール、ルーク&ボディ 配給/シンカ PG12 11月21日(土)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー 2014(C)Proton Cinema,Pola Pandora,Chimney http://www.whitegod.net

殺処分寸前の犬たちが人間に復讐する!! ハンガリー映画に込められた社会的弱者たちの叫び

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犬版『猿の惑星』と評されているハンガリー映画『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』。少女リリと飼い犬ハーゲンは無二の親友だったが……。
 犬と人間との関係を描いた映画がこの秋、次々と劇場公開されている。キアヌ・リーヴス主演の『ジョン・ウィック』は家族同様にかわいがっていたビーグル犬を殺された元殺し屋が復讐に燃えるアクションノワールとして人気を呼び、トルコ原産の大型犬カンガールドッグと孤独な少年との交流を描いたトルコ映画『シーヴァス 王子さまになれなかった少年と負け犬だった闘犬の物語』はロングラン上映中だ。12月から公開される3Dアニメ『I LOVE スヌーピー』では、“永遠のダメ少年”チャーリー・ブラウンが憧れの女の子の気を惹こうと愛犬スヌーピーに見守られながら学芸会の特訓に励む。どの作品も人間と犬との掛け替えのないパートナーシップが描かれている。そんな中で極めつけの犬映画といえるのが、11月21日(土)より公開されるハンガリー映画『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』。施設に収容されていた犬たちが一斉蜂起し、虐待した人間たちに襲い掛かるという異色の動物パニックムービーなのだ。  2014年のカンヌ映画祭で「ある視点」部門グランプリ&パルムドッグ賞を受賞した本作の舞台となっているのは、純血種の犬だけ残し、雑種の犬には重い税を課して、飼い主が払えない場合は殺処分が待っているという悪法が定められたある国。思春期を迎えた少女リリ(ジョーフィア・プショッタ)は両親の離婚に胸を痛めていたが、リリのことを慕う飼い犬のハーゲンだけが心の拠り所だった。ところが犬嫌いな父親ダニエル(シャーンドル・ジョーテール)は雑種犬に課せられた税金を払うことを拒み、ハーゲンを自宅から離れた高架下に棄ててしまう。愛するリリのもとに帰ろうとするハーゲンだが、途中で野犬ブローカーに捕まり、闇ドッグトレーナーの手で闘犬として調教されるはめに。やがて収容施設送りとなったハーゲンは、狭い檻に押し込められていた犬たちを率いて人間への逆襲に転じる。ハーゲンら総勢250匹の犬たちがブタペストの市街地を集団疾走するクライマックスは、CGなしの大スペクタクルシーンとなっている。  日本で配給収入54億円の大ヒットを記録した『子猫物語』(86)は撮影中に動物虐待を伴う過剰演出が行なわれていたことで悪評を極めたが、動物愛護意識の強い欧州のハンガリーで製作された『ホワイト・ゴッド』だけに出演犬は充分にケアされての撮影となった。闘犬シーンがあるが、1カ月以上のトレーニングを経た犬同士が楽しく取っ組み合う様子を撮ったものだという。また、出演した250匹の犬たちの多くはハンガリーで保護施設にいた野犬が起用されているというのも驚きだ。犬たちは映画に出演したことで話題となり、施設に戻されることなく、新しい里親たちに引き取られていったという美談が残されている。脚本を手掛け、劇中で野犬ブローカー役も演じたコーネル・ムンドルッツォ監督に製作内情について語ってもらった。
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施設から犬たちが大脱走! 街中を大パニックに陥れる。CGには頼らず、動物トレーナーが撮影の4か月前から犬たちと過ごすことで熱演を引き出した。
コーネル監督「いろんな犬と人間との関わりを間近で知ることができて、『ホワイト・ゴッド』の撮影は僕らにとって素晴しい体験だった。それで撮影終了後に、出演犬たちの引き取りを含めたキャンペーンを張ることにしたんだ。撮影クルーの何人かは本当に犬たちと親密になって、その場で引き取ることを決めていたね。ウェブサイトも作って、犬のオーナーになってくれる人たちを募集したんだ。サイトを覗けば、全部の犬を見ることができ、引き取るかどうか決められるようにしてね。驚いたことに、サイトを立ち上げて1週間で30匹の犬たちに新しいオーナーが見つかった。さらにハンガリーでのプレミア上映までに、全部の犬の居場所が確保できたんだ。もし、この映画を作っていなかったら、250匹の犬たちはまだ施設で他の犬たちと一緒に里親が現われるのを待っていたかもしれないね」  日本では熊本県や神奈川県など犬や猫の殺処分ゼロに取り組んでいる自治体が近年増えつつあるが、それでもまだ日本全体では年間12万8000匹もの犬や猫が施設で殺処分に遭っている(2013年度)。コーネル監督によると、ハンガリーでは公的な施設でも民間の施設でも殺処分は行なっておらず、清潔で健康的な施設で保護された犬たちは新しい家族に引き取られる日を待っているそうだ。海外のペット事情に詳しい動物愛護家にも尋ねたところ、ハンガリーに限らず欧州のほとんどの国では施設での殺処分はすでに行なわれておらず、営利目的のペットショップも存在しないとのこと。では、劇中での“雑種は排除”という設定はあくまでも絵空事なのかというと、必ずしもそうではないらしい。
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コーネル・ムンドルッツォ監督(画像右)。「人間の残酷さに対する、少女リリの純真さとハーゲンの知恵とを対照的に描きたかった」と語る。
コーネル監督「2、3年前にハンガリーの保守的な政党から、ピュアなハンガリーの犬種でない犬たちには重い税金を課そうという法案が持ち上がったことがあった。この法案は可決されなかったものの、『ホワイト・ゴッド』はまったくの空想というわけではないんだ。映画の中で描かれた犬たちは、権力者である政府から弾圧される者たちすべてのシンボルでもあるんだ。J・M・クッツェー(南アフリカの作家で差別、偏見、虐待などをモチーフにした小説で知られる)の本も参考にしている。観る人によっては第二次世界大戦時の強制収容所を連想するかもしれないが、ハンガリーやドイツなどのヨーロッパの国々だけに限らず、社会的マイノリティーへの弾圧や排斥はどこの社会やいつの時代でも起きているんじゃないかな。さらにいえば、既得権者たちが弾圧している側にいつか自分たちはリベンジされるのではないかという“恐怖”も描いているんだ」  犬版『猿の惑星』と称される『ホワイト・ゴッド』だが、『猿の惑星』の原作者ピエール・ブールは第二次世界大戦時にビルマで日本軍の捕虜となっていたのは有名なお話。日本兵によって白人兵たちが強制労働に従事させられた体験から、人間と猿との関係が逆転する『猿の惑星』を思いついている。『ホワイト・ゴッド』もまた、人類が21世紀になってもなお繰り返している人種差別や他民族への不寛容さが作品のベースとなっているようだ。『ホワイト・ゴッド』で暴動犬たちのリーダーとなったハーゲンと純真な少女リリとの間で培われた友情は果たしてどうなるのか。ラストシーンにコーネル監督の願いが込められている。 (文=長野辰次)
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『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』 監督・脚本/コーネル・ムンドルッツォ 動物トレーナー/テレサ・アン・ミラー 出演/ジョーフィア・プショッタ、シャーンドル・ジョーテール、ルーク&ボディ 配給/シンカ PG12 11月21日(土)より新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー 2014(C)Proton Cinema,Pola Pandora,Chimney http://www.whitegod.net

ソ連とアメリカが手を組んだ!? 史上最悪の2人が活躍する『コードネーム U.N.C.L.E.』

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(C)2015 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC ALL RIGHTS RESERVED
 今週取り上げる最新映画は、1960年代のヨーロッパを舞台に、米ソの凄腕スパイが共闘するスタイリッシュな活劇と、問題を抱えたCIA工作員と借金苦のヘタレ男が捏造映像制作で奮闘する異色喜劇。2作品とも、対立していた2人がコンビを組むことから生まれる、緊張感と笑いがストーリーを盛り上げる(いずれも11月14日公開)。 『コードネーム U.N.C.L.E.』は、1960年代の英TVシリーズ『0011 ナポレオン・ソロ』をベースに、『シャーロック・ホームズ』シリーズのガイ・リッチー監督が映画化したスパイアクション。東西冷戦下の60年代前半、核兵器で世界を滅ぼそうとするテロ計画の情報をつかんだ米国とソ連は、それぞれナンバーワンのスパイをベルリンへ送り込む。CIAのナポレオン・ソロとKGBのクリヤキンは当初、テロ組織に拉致された核科学者の娘ギャビーを確保するため激しく対立するが、上層部の意向により、手を組んで組織に潜入することになる。 『007』や『ミッション・インポッシブル』というスパイ物の代表格はいずれも、主人公のエリートスパイがチームに支えられながら活躍するのに対し、本作は互いに反目し合う米ソのスパイがコンビを組む設定が際立って面白い。『マン・オブ・スティール』(2013)のヘンリー・カビルが演じるソロは金庫破りを得意とするスマートなプレイボーイ、『ローン・レンジャー』(13)のアーミー・ハマーが扮するクリヤキンは直情型で真面目な格闘技の達人。好対照なイケメン2人がぶつかり合いながら共闘する展開は、バディムービーとしても秀逸だ。ギャビー役には話題作への出演が続く新進女優アリシア・ビキャンデル、テロ組織を操る悪女ヴィクトリア役に『華麗なるギャツビー』(13)のエリザベス・デビッキと、タイプの異なる美女の競演も60年代ファッションと合わせて楽しめる。 『ムーン・ウォーカーズ』(R15+指定)は、アポロ11号の月面着陸映像がスタンリー・キューブリックによる捏造だったという都市伝説に着想を得たブラックコメディー。1969年、NASAのアポロ計画が失敗続きでソ連に先を越されることを恐れた米政府は、『2001年宇宙の旅』のキューブリック監督に月面着陸映像の捏造を依頼することに。ロンドンに送り込まれたCIA工作員キッドマンは、エージェントオフィスに居合わせた借金まみれの男ジョニーを代表だと思い込み、制作費をだまし取られてしまう。失態に気づいたキッドマンはジョニーを探し出すが、肝心の金は借金取りのギャングに奪われた後だった。 『ハリー・ポッター』シリーズのロン役で知られるルパート・グリントが、急場を口先でしのぐヘタレ男・ジョニーを熱演。『ヘルボーイ』シリーズのロン・パールマンが扮するキッドマンと成り行きで手を組み、捏造映像を制作すべく悪戦苦闘する姿が情けなくも笑える。ヒッピーたちのファッションやドラッグ、サイケデリックアートなど、当時のロンドンの文化がビビッドに再現されている点も見どころ。終盤の銃撃戦では過剰な人体破壊の描写があり、その手の過激な表現も笑いの要素として楽しめるジャンル映画のファンにオススメの怪作だ。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『コードネーム U.N.C.L.E.』作品情報 <http://eiga.com/movie/79810/> 『ムーン・ウォーカーズ』作品情報 <http://eiga.com/movie/82541/>

不器用に生き抜く姿に心打たれる! 21世紀的群像劇『恋人たち』

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(C)松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ
 今週取り上げる最新映画は、現代の日本を舞台に、殺し屋たちが暗躍する裏社会の抗争に主人公が巻き込まれるサスペンスと、人を愛するがゆえに挫折し傷つく人々を描く群像ドラマの2作品。ベストセラー小説を原作に人気俳優をそろえた前者と、ほぼ新人の俳優3人をメインに据えて当て書きした脚本の後者とで、構えは大きく異なるが、キャストの熱演と作り手の真摯な姿勢は互いに引けを取らない力作たちだ。 『グラスホッパー』(11月7日公開)は、伊坂幸太郎の小説を生田斗真主演で映画化したサスペンス娯楽大作。仕組まれた交通事故で婚約者を失った教師・鈴木(生田)は、復讐のため退職して、裏社会の組織に潜り込む。だが狙った相手は、車道沿いで背中を押して事故死を偽装する「押し屋」(吉岡秀隆)によって殺されてしまう。命じられて押し屋を追跡する鈴木だったが、復讐の意図がバレ、組織から追われる身に。その頃、相手を絶望させる眼力で自殺に追い込む「鯨」(浅野忠信)、若きナイフの使い手「蝉」(山田涼介)という2人の殺し屋も、組織を揺るがす壮絶な抗争に巻き込まれていく。  3人の殺し屋のキャラがよく立っていて、巻き込まれる普通の男・鈴木との対比も効果的。主軸は男たちの闘いだが、菜々緒が扮する組織の女幹部をはじめ、麻生久美子、波瑠、佐津川愛美ら旬の女優陣もそれぞれ適役でストーリーに絡む。監督は、『脳男』(13)に続き、生田と再びタッグを組んだ瀧本智行。登場人物が複雑に入り乱れる展開を、ハードかつスピーディーな演出で手際よくまとめた一方、伊坂小説独特のユーモアを抑えており、原作ファンの評価が分かれるポイントになりそう。とはいえ、原作の続編『マリア・ビートル』の映画化につなぐためにも、本作のヒットを大いに期待したい。 『恋人たち』(11月14日 テアトル新宿、テアトル梅田ほか全国ロードショー)は、『ぐるりのこと。』(08)の橋口亮輔監督が7年ぶりに手がけた長編新作の人間ドラマ。3年前の通り魔事件で妻を失い、裁判を起こすことを心の拠りどころにしながら、橋梁点検の会社で働くアツシ。冷めた仲の夫と姑との単調な暮らしの中、パート先で出会った男に心が揺れ動く瞳子。完璧主義のエリート弁護士だが、同性愛者として親友への想いを胸に秘めている四ノ宮。3人はもがき苦しみながらも、他者とのつながりを通し、かけがえのないものに気づいていく。  橋口監督がワークショップを通じてアマチュアに近い俳優たち3人を選出し、それぞれの個性に合わせて当て書きした。不器用でも必死に生きる姿と、それぞれの「恋人」を想う純粋な感情に、見る者もまた心を揺さぶられる。脇を固める光石研、安藤玉恵、リリー・フランキーらもいい味。日本社会のよどみを映すかのような暗く重いエピソードが続くが、穏やかな笑いと、苦悩の先に射す希望の光に救われる思いがする。 (文=映画.com編集スタッフ・高森郁哉) 『グラスホッパー』作品情報 <http://eiga.com/movie/80609/> 『恋人たち』作品情報 <http://eiga.com/movie/81579/>