興行収入160億円を突破した『君の名は。』、同じく70億円超えの『シン・ゴジラ』の大ヒットのおかげで、邦画界が盛り上がっている。だが年末に向けて、2本の大型作品が邦画ブームに冷や水を浴びせるのではないかと映画関係者の間で危惧されているという。 「ひとつは、10月29日に公開された『デスノート Light up the NEW world』です。原作の核心である『夜神月 vs L』といった明確な対立軸がなく、観客を驚かせる演出も貧弱。演技面でも前作までの藤原竜也や、ドラマ版(日本テレビ系)の窪田正孝のような切れ味の鋭さに欠け、これといった見どころがない。やはり、原作ファンが懸念したとおり、オリジナルストーリーに無理があったのかもしれません」(映画誌編集者) それ以上にひどいのが、12月17日に公開される実写版『映画 妖怪ウォッチ 空飛ぶクジラとダブル世界の大冒険だニャン!』だという。映画ライターが首をかしげる。 「すでに『妖怪ウォッチ』(テレビ東京系)自体が“オワコン”です。昨年7月に始まったセカンドシーズンでは、新キャラの“USAピョン”を軸に据えたものの、子どもたちにはまったく響かず、視聴率がダウン。そこに、意味不明な実写化ですからね。大人は『妖怪ウォッチ』の世界観を知りませんし、子どもには実写化されたキャラなど気持ち悪いだけ。ウチの子どもも、まったく興味を示していませんよ」 10月26日には、遠藤憲一が扮する“じんめん犬”のビジュアルが公開されたものの、ファンは無反応。どうせなら、このまま『君の名は。』を延々と公開し続けて、『デスノート』と『妖怪ウォッチ』は“なかったこと”にしたほうが日本の映画界のためにはいいかも!?『君の名は。』公式サイトより
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『君の名は。』が空前ヒットも、“2つの駄作”が邦画ブームをしぼませる?
興行収入160億円を突破した『君の名は。』、同じく70億円超えの『シン・ゴジラ』の大ヒットのおかげで、邦画界が盛り上がっている。だが年末に向けて、2本の大型作品が邦画ブームに冷や水を浴びせるのではないかと映画関係者の間で危惧されているという。 「ひとつは、10月29日に公開された『デスノート Light up the NEW world』です。原作の核心である『夜神月 vs L』といった明確な対立軸がなく、観客を驚かせる演出も貧弱。演技面でも前作までの藤原竜也や、ドラマ版(日本テレビ系)の窪田正孝のような切れ味の鋭さに欠け、これといった見どころがない。やはり、原作ファンが懸念したとおり、オリジナルストーリーに無理があったのかもしれません」(映画誌編集者) それ以上にひどいのが、12月17日に公開される実写版『映画 妖怪ウォッチ 空飛ぶクジラとダブル世界の大冒険だニャン!』だという。映画ライターが首をかしげる。 「すでに『妖怪ウォッチ』(テレビ東京系)自体が“オワコン”です。昨年7月に始まったセカンドシーズンでは、新キャラの“USAピョン”を軸に据えたものの、子どもたちにはまったく響かず、視聴率がダウン。そこに、意味不明な実写化ですからね。大人は『妖怪ウォッチ』の世界観を知りませんし、子どもには実写化されたキャラなど気持ち悪いだけ。ウチの子どもも、まったく興味を示していませんよ」 10月26日には、遠藤憲一が扮する“じんめん犬”のビジュアルが公開されたものの、ファンは無反応。どうせなら、このまま『君の名は。』を延々と公開し続けて、『デスノート』と『妖怪ウォッチ』は“なかったこと”にしたほうが日本の映画界のためにはいいかも!?『君の名は。』公式サイトより
『シン・ゴジラ』損益分岐の80億円突破も近く……それでも続編制作に高いハードル
庵野秀明氏が脚本、総監督を務め、7月29日に公開された映画『シン・ゴジラ』が、9月6日までの40日間で観客動員420万人を突破し、1984年公開『ゴジラ』以降の“平成ゴジラシリーズ”において、最高の観客動員数を記録した。 「公開40日時点で興行収入は61億円を超えるなど文句はないのですが、実は東宝の設定している損益分岐点は80億円だそうです。製作費に20億円以上かかっているみたいで、黒字になるには80億円が最低ラインだとか。ただ、この調子でいけば、そこも突破しそうですけどね」(映画関係者) 内容については賛否両論分かれるものの、リピーターも多いことから製作側もおおむね前向きに捉えているという。 「続編、つまり『シン・ゴジラ2』をやるのかどうか気になるところですが、こういった場合、往々にして『2』はヒットしないんですよね。また、庵野監督が“遅筆”ということもあって、完成がギリギリになったということも、次を考える上での障害になりそうです。東宝の担当者は、完成するまで何度も胃に穴が開きそうになったと聞いています。本当はマスコミ試写も大々的にやりたかったようですが、完成が遅れたためにできませんでしたからね。まあ、今回はそれが功を奏して、観客の飢餓感を煽ることができたので、結果的によかったのかもしれませんが」(芸能事務所関係者) 果たして、続編はあるのか――。『シン・ゴジラ』公式サイトより
“ピンク映画の巨匠”が若松孝二、可愛かずみらと過ごした日々を語る『つわものどもが遊びのあと』
“ピンク映画のクロサワ”と呼ばれた男がいた。ピンク映画とは1962年に歴史が始まったインディペンデント系の成人映画を指した呼び名だが、ピンク映画の黎明期にあたる1965年にデビューし、生涯200本以上ものピンク映画を撮り上げた渡辺護監督がその人である。ピンク映画全盛期には年間12本ペースで作品を量産し、連続暴行殺人魔・大久保清をモデルにした『日本セックス縦断 東日本篇』(71)は大久保逮捕の翌月に撮影され、大ヒットを記録した。美保純のデビュー作『制服処女のいたみ』(81)、可愛かずみのデビュー作『セーラー服色情飼育』(82)を撮ったのも渡辺監督だ。2013年12月、ピンク映画50周年記念作『色道四十八手 たからぶね』(14)の撮影直前に大腸がんで亡くなった渡辺監督だが、生前に自身の生涯とピンク映画の歴史を語っており、「渡辺護監督自伝的ドキュメンタリー」(全10部)として記録されている。中でも第2部『つわものどもが遊びのあと』は、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08)など数多くの社会派作品を放った若松孝二をはじめとする奇才たちと競い合ったピンク映画の黄金期が語られ、見逃せない内容となっている。 第1部『糸の切れた凧』は渡辺監督の少年期から始まり、ピンク映画『あばずれ』(65)で監督デビューを果たすまでが語られたが、第2部『つわものどもが遊びのあと』で渡辺監督の口から飛び出す名前は錚々たる顔ぶれだ。『壁の中の秘事』(65)などの問題作で世間を騒がせた若松監督とはお互いに監督デビューする以前からの知り合いだった。センセーショナルな作風でいち早く注目を集めた若松監督に対し、渡辺監督は新劇出身らしい理論的な演出で、しかも男女の絡みもエロチックに撮ることから、次第に評価を高めていく。ほぼ同時期にデビューした若松監督と渡辺監督はライバルであり、ピンク映画というインディペンデントな製作現場で共に闘う同志でもあった。「若ちゃんと新宿で呑むと、『革命が成功したら、新宿御苑はナベさんにあげるよ』なんて言うんだよ。あいつは革命を何だと思ってるんだ(笑)」といった若松監督との交流が語られる。また、『トゥナイト』(テレビ朝日系)の風俗レポートで人気を博す山本晋也監督の作品はすべて“客観カット”で撮られていることに気づき、渡辺監督は大いに触発されたという。多忙を極めた向井寛監督からは、「ギャラは弾むから」と 内緒で監督代行を頼まれたことを明かす。 本作の配給を手掛けているのは、ピンク映画専門誌『PG』の編集人である林田義行氏。本作の資料的価値をこう語る。 林田「ピンク映画のほとんどはフィルムもスチールも処分されており、ビデオ化やDVD化されている作品はごく僅か。渡辺監督のデビュー作『あばずれ』も処分されていたと思われていたんですが、最近になって神戸映画資料館が発見したんです。ピンク映画は資料もほとんど残っていない状況なので、渡辺監督が語るピンク映画界の内情はとても貴重なもの。僕自身もピンク映画を見始めたのは80年代後半に入ってからなので、ピンク映画最盛期の熱気は体感していないんです。渡辺監督が若松監督たちと過ごした、ピンク映画がいちばん活気があった頃のエピソードの数々は感慨深いものがあります」ピンク映画50年の歴史を語る渡辺護監督。とりわけ若松孝二監督たちと競い合った黄金時代のエピソードは語りにも熱が入る。
『つわものどもが遊びのあと』の後編では、荒井晴彦、高橋伴明、小水一男(ガイラ)、滝田洋二郎ら若手の台頭が語られる。多士済済な才能を育んできたピンク映画だったが、80年代に入ると代々木忠監督によるアダルトビデオ作品が爆発的ヒットとなり、AV時代が到来。ピンク映画は徐々に衰退の道を辿ることになり、渡辺監督の製作ペースも落ちていく。そんな中で出会ったのが、82年に劇場公開された『セーラー服色情飼育』に主演することになる可愛かずみだった。デビュー前から周囲の人たちが立ち止まるほどの美少女だった可愛かずみに、渡辺監督はぞっこんだったことがその口調からうかがえる。可愛かずみには人を惹き付ける不思議な魅力があった。「脱ぐのはかまわないけど、男との絡みはいや」と撮影を拒んでいた可愛だが、「監督がモノをつくるときは狂気の世界。いい映画を撮ろうとは思わない、この子で撮るんだということしか考えない」という渡辺監督の熱情に寄り切られることになる。自分のもとを去ったかつての恋人との蜜月の日々を振り返るような、そんな哀歓の交じった表情を渡辺監督は浮かべる。 全10部という大長編のドキュメンタリーを1年がかりで撮り上げたのは、脚本家であり、『たからぶね』で渡辺監督が亡くなった後のバトンを受け継いで監督デビューを果たした井川耕一郎氏。渡辺監督との出会いと渡辺監督の自伝ドキュメンタリーを思い立った経緯についてこう語る。演出中の渡辺監督。女優を美しく撮り、男女の絡みをエロチックに描くことで配給会社と観客からの信頼は厚かった。
井川「1993年に亡くなった大和屋竺さん(『荒野のダッチワイフ』の監督、アニメ『ルパン3世』などの脚本家として有名)のシナリオ集を編纂した際に、大和屋さんと付き合いのあったピンク映画の監督たちを訪ね、そのときに渡辺さんにもお会いしたのが最初でした。その後、僕は脚本家になり、渡辺さんとも仕事をするようになるんですが、仕事がないときも渡辺さんの自宅にお邪魔して、いつも映画の話を楽しく聞いていたんです(笑)。『たからぶね』は当初は国映製作で2011年ごろに渡辺さんが撮るはずだったんですが、国映が製作本数を減らしたことから撮影延期となり、せっかくだからと渡辺さんにピンク映画の歴史を語ってもらうことにしたんです。渡辺さんのしゃべりは話芸と呼べるくらい達者だったことに加え、渡辺さんが独特の世界観を持っていたことも大きかったですね。渡辺さんの代表作『夜のひとで』(70)などの作品にも通じるんですが、どんなに楽しい時間もやがて終わるときがくるという悲哀が感じられるんです。そして、自分もその例外ではないと。しゃべりは軽妙ですが、物事をすごく冷静に見つめている人でした。そんな渡辺さんだからこそ、ピンク映画全体を客観 視して語ることができたんだと思うんです」 井川氏によると、渡辺監督にはピンク映画よりも予算が潤沢な日活ロマンポルノからのオファーもあったそうだが、自由度の高いピンク映画の現場を愛していた渡辺監督はこの話を断ったそうだ。メジャー作品とも一般映画とも異なる、インディペンデントな世界で輝きを放つ男たち女たちがいた。『つわものどもが遊びのあと』にはそんな彼らの残光が記録されている。 (文=長野辰次)シナリオタイトルは『ロリータ』だった『セーラー服色情飼育』の台本。ところどころに、渡辺監督が記したスケッチやメモが残されている。
渡辺護監督自伝的ドキュメンタリー 『つわものどもが遊びのあと 渡辺護が語るピンク映画史』 監督/井川耕一郎 撮影/松本岳大 録音/光地拓郎 製作・編集/北岡稔美 出演/渡辺護 前編は9月5日(月)~11(日)、後編は9月13日(火)~19日(月)、ラピュタ阿佐ヶ谷にてレイトショー上映 ※期間中に井川耕一郎監督とゲストによるトークショーあり http://watanabemamoru-documentary.com
“ピンク映画の巨匠”が若松孝二、可愛かずみらと過ごした日々を語る『つわものどもが遊びのあと』
“ピンク映画のクロサワ”と呼ばれた男がいた。ピンク映画とは1962年に歴史が始まったインディペンデント系の成人映画を指した呼び名だが、ピンク映画の黎明期にあたる1965年にデビューし、生涯200本以上ものピンク映画を撮り上げた渡辺護監督がその人である。ピンク映画全盛期には年間12本ペースで作品を量産し、連続暴行殺人魔・大久保清をモデルにした『日本セックス縦断 東日本篇』(71)は大久保逮捕の翌月に撮影され、大ヒットを記録した。美保純のデビュー作『制服処女のいたみ』(81)、可愛かずみのデビュー作『セーラー服色情飼育』(82)を撮ったのも渡辺監督だ。2013年12月、ピンク映画50周年記念作『色道四十八手 たからぶね』(14)の撮影直前に大腸がんで亡くなった渡辺監督だが、生前に自身の生涯とピンク映画の歴史を語っており、「渡辺護監督自伝的ドキュメンタリー」(全10部)として記録されている。中でも第2部『つわものどもが遊びのあと』は、『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08)など数多くの社会派作品を放った若松孝二をはじめとする奇才たちと競い合ったピンク映画の黄金期が語られ、見逃せない内容となっている。 第1部『糸の切れた凧』は渡辺監督の少年期から始まり、ピンク映画『あばずれ』(65)で監督デビューを果たすまでが語られたが、第2部『つわものどもが遊びのあと』で渡辺監督の口から飛び出す名前は錚々たる顔ぶれだ。『壁の中の秘事』(65)などの問題作で世間を騒がせた若松監督とはお互いに監督デビューする以前からの知り合いだった。センセーショナルな作風でいち早く注目を集めた若松監督に対し、渡辺監督は新劇出身らしい理論的な演出で、しかも男女の絡みもエロチックに撮ることから、次第に評価を高めていく。ほぼ同時期にデビューした若松監督と渡辺監督はライバルであり、ピンク映画というインディペンデントな製作現場で共に闘う同志でもあった。「若ちゃんと新宿で呑むと、『革命が成功したら、新宿御苑はナベさんにあげるよ』なんて言うんだよ。あいつは革命を何だと思ってるんだ(笑)」といった若松監督との交流が語られる。また、『トゥナイト』(テレビ朝日系)の風俗レポートで人気を博す山本晋也監督の作品はすべて“客観カット”で撮られていることに気づき、渡辺監督は大いに触発されたという。多忙を極めた向井寛監督からは、「ギャラは弾むから」と 内緒で監督代行を頼まれたことを明かす。 本作の配給を手掛けているのは、ピンク映画専門誌『PG』の編集人である林田義行氏。本作の資料的価値をこう語る。 林田「ピンク映画のほとんどはフィルムもスチールも処分されており、ビデオ化やDVD化されている作品はごく僅か。渡辺監督のデビュー作『あばずれ』も処分されていたと思われていたんですが、最近になって神戸映画資料館が発見したんです。ピンク映画は資料もほとんど残っていない状況なので、渡辺監督が語るピンク映画界の内情はとても貴重なもの。僕自身もピンク映画を見始めたのは80年代後半に入ってからなので、ピンク映画最盛期の熱気は体感していないんです。渡辺監督が若松監督たちと過ごした、ピンク映画がいちばん活気があった頃のエピソードの数々は感慨深いものがあります」ピンク映画50年の歴史を語る渡辺護監督。とりわけ若松孝二監督たちと競い合った黄金時代のエピソードは語りにも熱が入る。
『つわものどもが遊びのあと』の後編では、荒井晴彦、高橋伴明、小水一男(ガイラ)、滝田洋二郎ら若手の台頭が語られる。多士済済な才能を育んできたピンク映画だったが、80年代に入ると代々木忠監督によるアダルトビデオ作品が爆発的ヒットとなり、AV時代が到来。ピンク映画は徐々に衰退の道を辿ることになり、渡辺監督の製作ペースも落ちていく。そんな中で出会ったのが、82年に劇場公開された『セーラー服色情飼育』に主演することになる可愛かずみだった。デビュー前から周囲の人たちが立ち止まるほどの美少女だった可愛かずみに、渡辺監督はぞっこんだったことがその口調からうかがえる。可愛かずみには人を惹き付ける不思議な魅力があった。「脱ぐのはかまわないけど、男との絡みはいや」と撮影を拒んでいた可愛だが、「監督がモノをつくるときは狂気の世界。いい映画を撮ろうとは思わない、この子で撮るんだということしか考えない」という渡辺監督の熱情に寄り切られることになる。自分のもとを去ったかつての恋人との蜜月の日々を振り返るような、そんな哀歓の交じった表情を渡辺監督は浮かべる。 全10部という大長編のドキュメンタリーを1年がかりで撮り上げたのは、脚本家であり、『たからぶね』で渡辺監督が亡くなった後のバトンを受け継いで監督デビューを果たした井川耕一郎氏。渡辺監督との出会いと渡辺監督の自伝ドキュメンタリーを思い立った経緯についてこう語る。演出中の渡辺監督。女優を美しく撮り、男女の絡みをエロチックに描くことで配給会社と観客からの信頼は厚かった。
井川「1993年に亡くなった大和屋竺さん(『荒野のダッチワイフ』の監督、アニメ『ルパン3世』などの脚本家として有名)のシナリオ集を編纂した際に、大和屋さんと付き合いのあったピンク映画の監督たちを訪ね、そのときに渡辺さんにもお会いしたのが最初でした。その後、僕は脚本家になり、渡辺さんとも仕事をするようになるんですが、仕事がないときも渡辺さんの自宅にお邪魔して、いつも映画の話を楽しく聞いていたんです(笑)。『たからぶね』は当初は国映製作で2011年ごろに渡辺さんが撮るはずだったんですが、国映が製作本数を減らしたことから撮影延期となり、せっかくだからと渡辺さんにピンク映画の歴史を語ってもらうことにしたんです。渡辺さんのしゃべりは話芸と呼べるくらい達者だったことに加え、渡辺さんが独特の世界観を持っていたことも大きかったですね。渡辺さんの代表作『夜のひとで』(70)などの作品にも通じるんですが、どんなに楽しい時間もやがて終わるときがくるという悲哀が感じられるんです。そして、自分もその例外ではないと。しゃべりは軽妙ですが、物事をすごく冷静に見つめている人でした。そんな渡辺さんだからこそ、ピンク映画全体を客観 視して語ることができたんだと思うんです」 井川氏によると、渡辺監督にはピンク映画よりも予算が潤沢な日活ロマンポルノからのオファーもあったそうだが、自由度の高いピンク映画の現場を愛していた渡辺監督はこの話を断ったそうだ。メジャー作品とも一般映画とも異なる、インディペンデントな世界で輝きを放つ男たち女たちがいた。『つわものどもが遊びのあと』にはそんな彼らの残光が記録されている。 (文=長野辰次)シナリオタイトルは『ロリータ』だった『セーラー服色情飼育』の台本。ところどころに、渡辺監督が記したスケッチやメモが残されている。
渡辺護監督自伝的ドキュメンタリー 『つわものどもが遊びのあと 渡辺護が語るピンク映画史』 監督/井川耕一郎 撮影/松本岳大 録音/光地拓郎 製作・編集/北岡稔美 出演/渡辺護 前編は9月5日(月)~11(日)、後編は9月13日(火)~19日(月)、ラピュタ阿佐ヶ谷にてレイトショー上映 ※期間中に井川耕一郎監督とゲストによるトークショーあり http://watanabemamoru-documentary.com
自衛隊は実は強い!? ゴジラに東京をめちゃくちゃにされた本当のワケ『シン・ゴジラ』
絶賛大ヒット中の『シン・ゴジラ』。同作品は、アニメ作品『エヴァンゲリオン』でカルト的人気の庵野秀明監督が挑んだ怪獣映画。伝説的シリーズ『ゴジラ』の新作ですね。 すでに多くの映画ファンに語られている同作品。そこで、ちょっと趣向を変えて“武器”という観点から書きます。 あらゆる映画に武器・兵器は出てきます。実在するものだったり、架空のものだったり、誇張されていたりとさまざまですが、それらを知ることで、映画がより面白くなったり、おかしくなったりします。 怪獣映画とは、未知の存在が人類とその社会を蹂躙していくものです。いかに未知の化け物に、現代の兵器が効かないか? それを見せつける映画でもあるわけです。ミリオタの僕としては「その武器、もうちょい強くして!!」って、思ったりするわけですよ。 もちろん、今回のゴジラに、どんな兵器も効きません。「人類の叡知をバカにしてんのか!?」ってくらい効果がありません。それが『シン・ゴジラ』を見たときの恐怖の正体でもあり、面白さでもあるわけですが。 多少のネタバレは含みますが、気にならない程度に書いていきます。 ゴジラと最初に戦ったのは、自衛隊です。自衛隊って、どのくらいの強さでしょう? 「実戦経験が少ない」「平和ボケ」などの言葉を耳にします。つまり、弱いイメージがあると思います。実のところ、自衛隊はめちゃくちゃ強いです。自衛隊と戦ったことがないので断言はできませんが、強いはずです。いや強くなくてはいけないのです。なぜなら、日本の軍事防衛費は世界でもトップレベルですし、現代における最強兵器「イージス艦」の保有数はアメリカに次いで多いので、ゴジラは相手に不足なしですね。 ゴジラへの最初の攻撃は、ヘリコプターからの機関砲射撃でした。登場するのは「AH-1攻撃ヘリ」通称“コブラ”です。アメリカ製のヘリですけど、自衛隊でも配備されています。劇中に出てくるのは「AH-1S」という強化型です。装備している機関砲は、「M197機関砲」。劇中では「20mm機関砲」と言っています。 ちなみに銃と砲の違いですが、多くの軍隊では、ボーダーラインは20mmとされています。20mm以上を砲、それ未満が銃なので、大きさ順に並べると、銃<20mm≦砲となります。『シン・ゴジラ』公式サイトより
話を戻します。コブラの20mm機関砲はゴジラに全弾命中。しかし、ゴジラは微動だにしません。そこで立て続けに、攻撃ヘリ「AH-64」こと“アパッチ”が登場します。おそらく、一番有名な軍事用ヘリではないでしょうか? そのアパッチがM230機関砲で攻撃します。これは30mmです。30mmは一発で戦車の装甲を撃ち抜くほどの威力です。 「20mm砲が効かないなら、30mm砲も効くわけないだろ!」そう思われた皆さん、その通りです。全然、効きません。ただ、この30mm砲が効かないことの意味は、かなり大きいです。30mm機関砲は、世界最大級の機関砲です。この機関砲で効果がないなら、ありとあらゆる機関砲はゴジラに効果なしってことになります。 20mmの砲弾は、マジックペンのマッキーくらいの大きさ。30mm弾は1Lのペットボトルくらいの大きさがあります。その集中砲火をまともに食らっても、歩みを止めないゴジラは「頑丈だな! 分厚いな!」となるわけです。 『シン・ゴジラ』では、自衛隊の装備もしっかり再現されていました。装備していた「89式5.56mm小銃」。これは自衛隊の正式採用小銃です。劇中に登場した「10式戦車」は日本の主力戦車で、天下の三菱重工業の製作の国産戦車です。同じく多摩川防衛線でゴジラを砲撃した「16式機動戦闘車」は、なんと映画史上初の登場です。なんたって16年に配備された最新兵器ですからね。ほかにも“平成の零戦”といわれる「F−2戦闘機」、護衛艦の数々、まさに自衛隊兵器のオンパレードです。それでも、役に立たない、世界上位の戦力が歯が立たないんです。 そこで登場するのがアメリカです。アメリカは何をするかというと、「B-2爆撃機」での空爆を決行します。アメリカさまさまです。B-2爆撃機とは、“ステルス戦略爆撃機”のことです。一番形がキレイな航空機ですよね。いや、誰が何と言おうと、僕はそう思います。 B-2爆撃機による「地中貫通爆弾」、通称“バンカーバスター”でゴジラを爆撃します。バンカーバスターは、コンクリートで6メートル強、地面で50メートル以上の深さまで地中を貫きます。ちなみに、劇中に登場したバンカーバスターは発展型で、実は架空の武器なんです。 これは、どうなんだろう? 僕が見た感じでは、多少のダメージはあった。それで怒ってゴジラは火を噴いて、放射能熱線を発射、あるいは、発射できるように進化したと解釈しました。放射能熱線でB-2爆撃機を撃ち落とすってことは、射程が2万メートルくらいあるってことですよ。それで、ステルス爆撃機をゴジラは何機も落としちゃう。あのすごい戦略爆撃機を! アメリカの秘密兵器! 1機2,000億円以上もするのに! 僕はその光景を見て思いました。「落ちたのは、B-2爆撃機じゃない! アメリカの威信だ!」と。 それと、これは僕らミリオタだけの興奮だと思いますけど、アメリカの軍用無人航空機、「MQ-9リーパー」が出てくる! アメリカ映画では何度も見たことあるけど、日本映画は初出演じゃないだろうか!? 見せ場といえば、「無人在来線爆弾(E231系・E233系)」ですよね。内閣官房副長官の矢口(長谷川博己)とその仲間たちが、打倒ゴジラの名の下展開した“ヤシオリ作戦”で登場します。僕らが普段乗る中央快速線やら山手線やらが、走る爆弾になります。あの電車、目一杯爆弾を積んでいるとしたら、相当な威力です。ちょっと、計算してみましょう。 E231系1車両の定員は162名、乗車率200%になると、倍の人数である約320名乗れるとしましょう。一人当たり、成人男性の平均体重65キロとします。65×320=20,800となります。つまり、約20t。1車両あたり20tの爆弾です。それが10車両を1編成とし、10編成で、走っていきます! 2,000tの爆弾です! 2,000t……! 想像つきませんよね!? 爆弾の威力はTNT爆弾を基準とした“TNT換算”を用います。TNT換算で2,000tを計算すると、なんと爆発から半径1.5キロ内のコンクリートビル群が倒壊するレベルです! 東京大空襲でB29が落とした焼夷弾ですら合計1,700tですよ! 2,000tの火薬量をぶつけても、ゴジラは転倒するだけで、大きなダメージはありません。文字通り“バケモノ”です。 という具合に兵器を知っていれば、映画はより面白くなります。「あの武器」が通じない!「あの兵器」が落とされた! それだけで、より映画の世界に引き込まれるわけです。 『シン・ゴジラ』でいうと、ゴジラから発せられる恐怖感が倍増します。まぁ、ゴジラが核融合の塊みたいな存在なので、それ自体が兵器と言ってしまえば、そうなんですけども……。 それにしても、本当に武器っていいものですね〜。 (文=二木知宏[スクラップロゴス])アパッチ(イメージ画像 photo by Airwolfhound from Flicker.)
自衛隊は実は強い!? ゴジラに東京をめちゃくちゃにされた本当のワケ『シン・ゴジラ』
絶賛大ヒット中の『シン・ゴジラ』。同作品は、アニメ作品『エヴァンゲリオン』でカルト的人気の庵野秀明監督が挑んだ怪獣映画。伝説的シリーズ『ゴジラ』の新作ですね。 すでに多くの映画ファンに語られている同作品。そこで、ちょっと趣向を変えて“武器”という観点から書きます。 あらゆる映画に武器・兵器は出てきます。実在するものだったり、架空のものだったり、誇張されていたりとさまざまですが、それらを知ることで、映画がより面白くなったり、おかしくなったりします。 怪獣映画とは、未知の存在が人類とその社会を蹂躙していくものです。いかに未知の化け物に、現代の兵器が効かないか? それを見せつける映画でもあるわけです。ミリオタの僕としては「その武器、もうちょい強くして!!」って、思ったりするわけですよ。 もちろん、今回のゴジラに、どんな兵器も効きません。「人類の叡知をバカにしてんのか!?」ってくらい効果がありません。それが『シン・ゴジラ』を見たときの恐怖の正体でもあり、面白さでもあるわけですが。 多少のネタバレは含みますが、気にならない程度に書いていきます。 ゴジラと最初に戦ったのは、自衛隊です。自衛隊って、どのくらいの強さでしょう? 「実戦経験が少ない」「平和ボケ」などの言葉を耳にします。つまり、弱いイメージがあると思います。実のところ、自衛隊はめちゃくちゃ強いです。自衛隊と戦ったことがないので断言はできませんが、強いはずです。いや強くなくてはいけないのです。なぜなら、日本の軍事防衛費は世界でもトップレベルですし、現代における最強兵器「イージス艦」の保有数はアメリカに次いで多いので、ゴジラは相手に不足なしですね。 ゴジラへの最初の攻撃は、ヘリコプターからの機関砲射撃でした。登場するのは「AH-1攻撃ヘリ」通称“コブラ”です。アメリカ製のヘリですけど、自衛隊でも配備されています。劇中に出てくるのは「AH-1S」という強化型です。装備している機関砲は、「M197機関砲」。劇中では「20mm機関砲」と言っています。 ちなみに銃と砲の違いですが、多くの軍隊では、ボーダーラインは20mmとされています。20mm以上を砲、それ未満が銃なので、大きさ順に並べると、銃<20mm≦砲となります。『シン・ゴジラ』公式サイトより
話を戻します。コブラの20mm機関砲はゴジラに全弾命中。しかし、ゴジラは微動だにしません。そこで立て続けに、攻撃ヘリ「AH-64」こと“アパッチ”が登場します。おそらく、一番有名な軍事用ヘリではないでしょうか? そのアパッチがM230機関砲で攻撃します。これは30mmです。30mmは一発で戦車の装甲を撃ち抜くほどの威力です。 「20mm砲が効かないなら、30mm砲も効くわけないだろ!」そう思われた皆さん、その通りです。全然、効きません。ただ、この30mm砲が効かないことの意味は、かなり大きいです。30mm機関砲は、世界最大級の機関砲です。この機関砲で効果がないなら、ありとあらゆる機関砲はゴジラに効果なしってことになります。 20mmの砲弾は、マジックペンのマッキーくらいの大きさ。30mm弾は1Lのペットボトルくらいの大きさがあります。その集中砲火をまともに食らっても、歩みを止めないゴジラは「頑丈だな! 分厚いな!」となるわけです。 『シン・ゴジラ』では、自衛隊の装備もしっかり再現されていました。装備していた「89式5.56mm小銃」。これは自衛隊の正式採用小銃です。劇中に登場した「10式戦車」は日本の主力戦車で、天下の三菱重工業の製作の国産戦車です。同じく多摩川防衛線でゴジラを砲撃した「16式機動戦闘車」は、なんと映画史上初の登場です。なんたって16年に配備された最新兵器ですからね。ほかにも“平成の零戦”といわれる「F−2戦闘機」、護衛艦の数々、まさに自衛隊兵器のオンパレードです。それでも、役に立たない、世界上位の戦力が歯が立たないんです。 そこで登場するのがアメリカです。アメリカは何をするかというと、「B-2爆撃機」での空爆を決行します。アメリカさまさまです。B-2爆撃機とは、“ステルス戦略爆撃機”のことです。一番形がキレイな航空機ですよね。いや、誰が何と言おうと、僕はそう思います。 B-2爆撃機による「地中貫通爆弾」、通称“バンカーバスター”でゴジラを爆撃します。バンカーバスターは、コンクリートで6メートル強、地面で50メートル以上の深さまで地中を貫きます。ちなみに、劇中に登場したバンカーバスターは発展型で、実は架空の武器なんです。 これは、どうなんだろう? 僕が見た感じでは、多少のダメージはあった。それで怒ってゴジラは火を噴いて、放射能熱線を発射、あるいは、発射できるように進化したと解釈しました。放射能熱線でB-2爆撃機を撃ち落とすってことは、射程が2万メートルくらいあるってことですよ。それで、ステルス爆撃機をゴジラは何機も落としちゃう。あのすごい戦略爆撃機を! アメリカの秘密兵器! 1機2,000億円以上もするのに! 僕はその光景を見て思いました。「落ちたのは、B-2爆撃機じゃない! アメリカの威信だ!」と。 それと、これは僕らミリオタだけの興奮だと思いますけど、アメリカの軍用無人航空機、「MQ-9リーパー」が出てくる! アメリカ映画では何度も見たことあるけど、日本映画は初出演じゃないだろうか!? 見せ場といえば、「無人在来線爆弾(E231系・E233系)」ですよね。内閣官房副長官の矢口(長谷川博己)とその仲間たちが、打倒ゴジラの名の下展開した“ヤシオリ作戦”で登場します。僕らが普段乗る中央快速線やら山手線やらが、走る爆弾になります。あの電車、目一杯爆弾を積んでいるとしたら、相当な威力です。ちょっと、計算してみましょう。 E231系1車両の定員は162名、乗車率200%になると、倍の人数である約320名乗れるとしましょう。一人当たり、成人男性の平均体重65キロとします。65×320=20,800となります。つまり、約20t。1車両あたり20tの爆弾です。それが10車両を1編成とし、10編成で、走っていきます! 2,000tの爆弾です! 2,000t……! 想像つきませんよね!? 爆弾の威力はTNT爆弾を基準とした“TNT換算”を用います。TNT換算で2,000tを計算すると、なんと爆発から半径1.5キロ内のコンクリートビル群が倒壊するレベルです! 東京大空襲でB29が落とした焼夷弾ですら合計1,700tですよ! 2,000tの火薬量をぶつけても、ゴジラは転倒するだけで、大きなダメージはありません。文字通り“バケモノ”です。 という具合に兵器を知っていれば、映画はより面白くなります。「あの武器」が通じない!「あの兵器」が落とされた! それだけで、より映画の世界に引き込まれるわけです。 『シン・ゴジラ』でいうと、ゴジラから発せられる恐怖感が倍増します。まぁ、ゴジラが核融合の塊みたいな存在なので、それ自体が兵器と言ってしまえば、そうなんですけども……。 それにしても、本当に武器っていいものですね〜。 (文=二木知宏[スクラップロゴス])アパッチ(イメージ画像 photo by Airwolfhound from Flicker.)
気になる人“ポスト・ムツゴロウ”パンク町田が、明かされることのない動物園の裏側を赤裸々トーク
ア~ア、ア~ッ! 千葉県在住のターザンが都内の映画館に現われた。“千葉のターザン”ことパンク町田氏は動物研究家として知られ、畑正憲さんが“ポスト・ムツゴロウ”と認めるほどディープな愛情を動物たちに注いでいる。『変態ペット図鑑』(飛鳥新書)、『飼ってはいけないマル禁ペット』(どうぶつ出版)など猛獣や猛禽類の飼育方法を解説した様々な本を出版するだけに留まらず、千葉県旭市では人間と動物との新しい可能性を研究するための施設「アルティメット・アニマル・シティ」を運営しているのだ。7月17日、ムツゴロウさんばりにキャラの濃いパンク氏が、マニアックな映画70本を絶賛上映中の新宿シネマカリテの“カリコレ2016”の一本『ZOOMBIE ズーンビ』のトークゲストとして登場。動物たちの隠された生態について語った。この人が動物研究家のパンク町田氏。猛獣、猛禽類、爬虫類から昆虫に至るまで、様々な動物たちの生態に精通しているのだ。
ちなみにこの『ZOOMBIEズーンビ』は、低予算映画でおなじみ米国アサイラム社が製作した動物パニック×ゾンビ映画のハイブリッド作品。世界各地の絶滅危惧種の野生動物を集めたエデン自然動物園で、一匹のちっちゃな猿がゾンビ化し、次々と他の動物たちに感染。ただでさえ獰猛なライオンやゴリラたちがゾンビ化し、ますます凶暴に。木の上に逃げても、ゾンビ化したキリンたちが襲ってくる。さらにはかわいいコアラまでゾンビ化して、ちびっ子が大ピンチ。楽しいはずの動物園が、逃げ場のない阿鼻叫喚地獄に早変わりしてしまうというものだ。 終映後に登壇したパンク町田氏。世界の辺境やジャングルを旅して猛獣や珍獣たちと触れ合ってきただけに、体験談が異様に面白い。MC役のお宝映画発掘家の中野ダンキチ氏を相手に、パンク節が冴え渡った。 パンク町田「この映画に出てくるゴリラは、西アフリカに生息するクロスリバーゴリラといって、すごい希少動物なんです。俺もまだ直接逢ったことがないので、映画に出てくるエデン自然動物園がすごく羨ましかった。動物たちは次々と感染してゾンビになるけど、なぜか人間には感染しないってことになっているんですよね? そこがちょっと疑問だった。ゴリラと人間は遺伝子レベルで見れば、97~98%は同じなんです。だから人間に感染しないなら、ゴリラも感染しないはず。ゴリラがゾンビ化するシーンはどうかなって思いましたね」 アサイラム社のB級映画に科学的なツッコミを入れ、パンク氏はこの日満席だったお客さんたちのハートを速攻でつかむ。ダンキチ氏からの「普段はおとなしいけど、怒らせると怖い動物は?」という質問に、パンク氏は「ゾウ!」と即答する。 パンク町田「人喰いゾウって、本当にインドにいたんです。そのゾウが人喰いになったのは、ちゃんとした理由があったんです。ある村人が子どものゾウをさらって、売り飛ばしたんですね。それで母親ゾウが復讐して、村人を殺したんだけど、それだけじゃ気が収まらなくて、食べちゃったの。当然、そのゾウは射殺されたけど、胃の中から人肉が出てきたそうです。だから、頭がいいゾウは怒らせちゃ絶対にダメ」こちら新宿シネマカリテで上映中の『ZOOMBIE ズーンビ』。猛獣たちがゾンビ化して、動物園が大変!
パンク氏はさらにゾンビ化したら恐ろしい動物について語った。 パンク町田「カラスなんて、あちこちにいるからゾンビ化したら恐ろしいよね。犬もゾンビ化したら、怖いですよ。犬って人間にとっていちばん身近なペットになっているけど、犬が怒って本気になると凄いんです。20kgある犬だと、40kgあるイノシシを倒してしまうほど強い。人間は60kgあっても40kgのイノシシに勝てないですよ。犬は強いし、敏捷性もあるから、ゾンビ犬になったら恐ろしい。ポチとか名前を付けてる飼い犬でも、大変なことになりますよ」 その道の達人が解説を加えることで、低予算映画にほんのり含有されていた面白みがぐんぐんと膨らんでいくではないか。ちなみにパンク氏の生業だが、海外から輸入してきた野生動物たちを、餌付けしたり檻の生活に順応させてから国内の動物園に引き渡す仲介業になるそうだ。それゆえ、一般人が普段知ることがない動物園のブラックな部分についても詳しい。 パンク町田「動物園にいる動物たちの中で、性格が悪いのはカピバラですね。仲間と一緒に温泉で和んでいるイメージがあるかもしれないけど、仲がいいのは同じ群れ同士だけ。カピバラの数が少なくなって、見栄えが悪いからと後から数匹のカピバラを補充して同じ檻に入れると、血まみれの殺し合いになります。大人だからダメなんだろうと子どものカピバラを入れた動物園では、子どものカピバラが血まみれにされた。カピバラの数を増やすときは、以前からいたカピバラはどこかへやってからじゃないとダメなんです。カピバラって陰険なんですよ。血まみれの檻を見て以来、カピバラのことが嫌いになった。それで俺、いつも『カピバラみたいな大人にはなるな』って言ってるんです」 他にも人気動物園にまつわるダークな裏話が飛び出したが、そのネタを活字化するのは封印しておこう。せっかくなので、パンク氏に「猛獣に襲われて、いちばんヤバいと思った体験は?」と尋ねてみた。ライオン、トラ、ヒョウ、ニシキヘビなど様々な猛獣たちに襲われたパンク氏だが、いちばん怖かったのは……。「闘わせたら面白い動物? アンタッチャブル柴田さんと武井壮さんを闘わせたら面白いと思いますよ」とユーモアセンスも素晴しい。
パンク町田「ニューギニアに行ったときの体験ですね。おしっこがしたくなって、その場でするのは気が引けたので、フェンスを乗り越えて、用を足そうとしたんです。小さい山があったので、そこにしょんべんしていたら、イリエワニのデカい奴が現われて、追っかけてきた。あやうく捕まりそうになったけど、しょんべんを出したまま走って、ベリーロールでフェンスを乗り越えたの。しょんべんまみれになりながら逃げた。体育の授業は嫌いだったけど、ベリーロールだけは覚えていて良かった。フェンスでモタモタしてから、確実に喰われたよ。俺がしょんべんした山って、ワニが卵を孵化させるための巣だったの。大事な卵におしっこされたら、ワニじゃなくても怒るよね。ワニって動きが鈍そうだけど、本気を出すとギャロップ状態になって時速15kmで走るから、人間よりも速いよ。ワニが襲ってきた瞬間は、本当に『死ぬな』と思った。危なかった」 30分間にわたるトークでお客さんを楽しませた後のパンク氏に、「猛獣に襲われた痕が見たい」と頼むと、「いいよ」と気軽に上半身裸になってくれた。肩の傷跡はインドネシアでヒョウに引っ掻かれたときのもので、11針縫ったそうだ。何度も痛い目に遭いながら、それでもパンク氏は動物のことが好きで好きで堪らないらしい。タブーだらけの人間社会と違って、動物たちと本音で接しているパンク氏。これから、ますます引っ張りだこになりそうな注目キャラなのだ。 (文=長野辰次)20年ほど前にヒョウに襲われたときの傷跡。全身傷だらけになりながらも、猛獣たちを愛してやまない。
『ZOOMBIE ズーンビ』 製作/デヴィッド・マイケル・ラット 監督/グレン・ミラー 出演/アイオン・バルミー、アンドリュー・アスパー、マーカス・アンダーソン、キム・ニールセン、ララ・ネスター 新宿シネマカリテ(カリコレ2006)にて公開中 (c)2016 SLIGHTLY DISTORTED PRODUCTIONS,LLC All Right Reserved.
戦後・高度経済成長期に愛された珠玉のエロス!!『昭和の女優 官能・エロ映画の時代』が発売中
昭和の女優と聞いて、思い浮かぶのは誰だろうか。原節子や高峰秀子といった映画史に残る名作に出演した大女優たちだろうか。それとも若くして亡くなった夏目雅子、大原麗子といった美人女優だろうか。映画ジャーナリストの大高宏雄氏が書き下ろした『昭和の女優 官能・エロ映画の時代』(鹿砦社)はタイトルにあるとおり、“官能・エロ”という視点で昭和の女優たちを振り返った映画レビュー集だ。京マチ子主演の文芸作品『痴人の愛』(49年)から、東映エログロ路線が生み出した怪作『徳川セックス禁止令 色情大名』(72年)まで、大手映画会社が製作した戦後の官能・エロ映画45本を掲載。シネフィル的な回顧本とは異なるユニークな作品選びと記事内容になっている。 本著の第一章は「君は新東宝を観たか」となっており、この章でフィーチャリングされているのは新東宝の看板女優だった前田通子と三原葉子だ。前田通子は『女真珠王の復讐』(56年)で大ブレイクした肉体派女優。南洋の孤島でひとりの女性をめぐって、男たちが殺し合ったという実在の事件“アナタハン事件”を題材にした『女真珠王の復讐』で、前田はフルヌードを披露。“日本初のヌード女優”として前田は、邦画史に名前を刻むことになった。当時の映画館には後ろ姿ながら前田の全裸姿のスチール写真が飾られ、大きな話題を呼んだが、本編にはそれ以上の歴史的シーンがあったことを大高氏は指摘している。「ねぐらで、前田が男に襲われるシーンがあり、彼女の胸を覆った布切れからほんの一瞬だがぽろりと両乳首が露出する。ここは、目をしっかり見開いて、画面を見尽くすしかない。(中略)この乳首露出もまた映画史上特筆すべきだろう」(『女真珠王の復讐』より)と記念碑的エロシーンを記述している。 『女真珠王の復讐』はDVD化されており、気になって視聴してみた。絶世の美女タイプではない前田だが、体格に恵まれ、バストやヒップが実にふくよか。孤島に流された前田は腰にひらひらの短い布を一枚巻いただけで、大きな胸を両手で隠しながら性欲の塊状態である男たちから必死に逃げ回っている。劇場に集まった男性客たちは、いつ前田がおっぱいぽろりするのか固唾を呑んで見守ったに違いない。前田のバストトップのご開帳は本当に一瞬だが、アクシデント的なぽろり感もあって、強烈に目に焼き付いてしまう。『昭和の女優 官能・エロ映画の時代』編著者/大高宏雄 発行所/鹿砦社 定価/1700円(税別)6月20日より発売中
新東宝の海女(あま)映画第1弾『海女の戦慄』(57年)にも前田は主演しており、そちらは全裸シーンこそないが豊満なバストをほぼ全編にわたって惜しみなく見せてくれる。海女=昭和のセックスシンボルだった。『007 ドクターノオ』(62年)の初代ボンドガールだったウルスラ・アンドレスも、『007は二度死ぬ』(67年)で日本初のボンドガールを演じた浜美枝も、どちらも海女だったことを思い出す。磯の香りはどこか人間の原始的本能を刺激するものらしい。“あまちゃん”はいつの時代も男心をくすぐり続ける。 日本初のヌード女優と称された前田だが、映画界の同業者たちからの風当たりは強かった。不憫にも前田は“裾まくり事件”で新東宝のワンマン社長・大蔵貢から「監督に逆らう生意気な娘」と怒りを買い、当時の悪法「六社協定」によって映画界から干されてしまう。前田が去った後の新東宝を支えたのが、『人喰海女』(58年)で初主演を飾る三原葉子だ。三原は脱ぐ前から、顔や腰つきから妖しいフェロモンを漂わせる、妖艶さが売りの女優だった。それにしても三原が出演した作品『肉体女優殺し 五人の犯罪者』(57年)、『女体桟橋』(58年)、『人喰海女』、さらに『女体渦巻島』(60年)と、新東宝のネーミングセンスには惚れ惚れする。こんなタイトルのポスターや看板が映画館の前に掲げてあれば、思春期真っただ中の少年たちは気になって仕方なかったのではないか。 1961年に新東宝が倒産した後、三原は石井輝男監督と共に東映で活躍するようになり、悪女役やワケありな女役を次々と演じることになる。「前田の健康エロと三原の隠微なエロ。二つのエロエロ路線は、日本映画史上もっとも不遇な女優評価に甘んじたと言っていいと思う。だが、ここで宣言しよう。前田、三原こそ、日本映画の性の領域を開拓した女優のパイオニアであったと」(『人喰海女』)と大高氏の筆も熱い。『女真珠王の復讐』前田通子は本作でフルヌードを披露し、日本初のヌード女優として大人気を博す。(c)国際放映
新東宝のお宝的作品以外にも、第二章「一九六四-邦画性革命の時代」では日活時代の今村昌平監督が農村出身の女性(左幸子)の性生活をリアルに活写した『にっぽん昆虫記』(63年)、第三章「今村、大島経て、増村爆発」では増村保造監督が大映の看板女優・若尾文子を使って戦場における性と死を鮮烈に描いた『赤い天使』(66年)といった名作・力作の官能的な魅力をあますとこなく伝えている。アダルトビデオやネット配信の無修正動画とは異なる、昭和の女優たちのエロスの香りを追体験させてくれる一冊となっている。 「映画にとって、官能描写はどんな意味があるのか。はたまた、どのようなバリエーションがあるのか。その視点から、映画のあまり触れられてこなかった魅力を引き出しました。これにより、今までの映画評価からは全く埋もれていた傑作も、見い出すことができました。女優の魅力は官能だと思います。官能の意味と、官能のさらなる復権を意図し、今の映画にも何らかの提言を含ませたつもりです」。日本映画プロフェッショナル大賞の主宰者でもある大高氏はそう語っている。 (文=長野辰次)『人喰海女』主演女優は三原葉子。キリッとした表情とグラマラスなボディで男たちの視線を集めた。(c)国際放映
戦後・高度経済成長期に愛された珠玉のエロス!!『昭和の女優 官能・エロ映画の時代』が発売中
昭和の女優と聞いて、思い浮かぶのは誰だろうか。原節子や高峰秀子といった映画史に残る名作に出演した大女優たちだろうか。それとも若くして亡くなった夏目雅子、大原麗子といった美人女優だろうか。映画ジャーナリストの大高宏雄氏が書き下ろした『昭和の女優 官能・エロ映画の時代』(鹿砦社)はタイトルにあるとおり、“官能・エロ”という視点で昭和の女優たちを振り返った映画レビュー集だ。京マチ子主演の文芸作品『痴人の愛』(49年)から、東映エログロ路線が生み出した怪作『徳川セックス禁止令 色情大名』(72年)まで、大手映画会社が製作した戦後の官能・エロ映画45本を掲載。シネフィル的な回顧本とは異なるユニークな作品選びと記事内容になっている。 本著の第一章は「君は新東宝を観たか」となっており、この章でフィーチャリングされているのは新東宝の看板女優だった前田通子と三原葉子だ。前田通子は『女真珠王の復讐』(56年)で大ブレイクした肉体派女優。南洋の孤島でひとりの女性をめぐって、男たちが殺し合ったという実在の事件“アナタハン事件”を題材にした『女真珠王の復讐』で、前田はフルヌードを披露。“日本初のヌード女優”として前田は、邦画史に名前を刻むことになった。当時の映画館には後ろ姿ながら前田の全裸姿のスチール写真が飾られ、大きな話題を呼んだが、本編にはそれ以上の歴史的シーンがあったことを大高氏は指摘している。「ねぐらで、前田が男に襲われるシーンがあり、彼女の胸を覆った布切れからほんの一瞬だがぽろりと両乳首が露出する。ここは、目をしっかり見開いて、画面を見尽くすしかない。(中略)この乳首露出もまた映画史上特筆すべきだろう」(『女真珠王の復讐』より)と記念碑的エロシーンを記述している。 『女真珠王の復讐』はDVD化されており、気になって視聴してみた。絶世の美女タイプではない前田だが、体格に恵まれ、バストやヒップが実にふくよか。孤島に流された前田は腰にひらひらの短い布を一枚巻いただけで、大きな胸を両手で隠しながら性欲の塊状態である男たちから必死に逃げ回っている。劇場に集まった男性客たちは、いつ前田がおっぱいぽろりするのか固唾を呑んで見守ったに違いない。前田のバストトップのご開帳は本当に一瞬だが、アクシデント的なぽろり感もあって、強烈に目に焼き付いてしまう。『昭和の女優 官能・エロ映画の時代』編著者/大高宏雄 発行所/鹿砦社 定価/1700円(税別)6月20日より発売中
新東宝の海女(あま)映画第1弾『海女の戦慄』(57年)にも前田は主演しており、そちらは全裸シーンこそないが豊満なバストをほぼ全編にわたって惜しみなく見せてくれる。海女=昭和のセックスシンボルだった。『007 ドクターノオ』(62年)の初代ボンドガールだったウルスラ・アンドレスも、『007は二度死ぬ』(67年)で日本初のボンドガールを演じた浜美枝も、どちらも海女だったことを思い出す。磯の香りはどこか人間の原始的本能を刺激するものらしい。“あまちゃん”はいつの時代も男心をくすぐり続ける。 日本初のヌード女優と称された前田だが、映画界の同業者たちからの風当たりは強かった。不憫にも前田は“裾まくり事件”で新東宝のワンマン社長・大蔵貢から「監督に逆らう生意気な娘」と怒りを買い、当時の悪法「六社協定」によって映画界から干されてしまう。前田が去った後の新東宝を支えたのが、『人喰海女』(58年)で初主演を飾る三原葉子だ。三原は脱ぐ前から、顔や腰つきから妖しいフェロモンを漂わせる、妖艶さが売りの女優だった。それにしても三原が出演した作品『肉体女優殺し 五人の犯罪者』(57年)、『女体桟橋』(58年)、『人喰海女』、さらに『女体渦巻島』(60年)と、新東宝のネーミングセンスには惚れ惚れする。こんなタイトルのポスターや看板が映画館の前に掲げてあれば、思春期真っただ中の少年たちは気になって仕方なかったのではないか。 1961年に新東宝が倒産した後、三原は石井輝男監督と共に東映で活躍するようになり、悪女役やワケありな女役を次々と演じることになる。「前田の健康エロと三原の隠微なエロ。二つのエロエロ路線は、日本映画史上もっとも不遇な女優評価に甘んじたと言っていいと思う。だが、ここで宣言しよう。前田、三原こそ、日本映画の性の領域を開拓した女優のパイオニアであったと」(『人喰海女』)と大高氏の筆も熱い。『女真珠王の復讐』前田通子は本作でフルヌードを披露し、日本初のヌード女優として大人気を博す。(c)国際放映
新東宝のお宝的作品以外にも、第二章「一九六四-邦画性革命の時代」では日活時代の今村昌平監督が農村出身の女性(左幸子)の性生活をリアルに活写した『にっぽん昆虫記』(63年)、第三章「今村、大島経て、増村爆発」では増村保造監督が大映の看板女優・若尾文子を使って戦場における性と死を鮮烈に描いた『赤い天使』(66年)といった名作・力作の官能的な魅力をあますとこなく伝えている。アダルトビデオやネット配信の無修正動画とは異なる、昭和の女優たちのエロスの香りを追体験させてくれる一冊となっている。 「映画にとって、官能描写はどんな意味があるのか。はたまた、どのようなバリエーションがあるのか。その視点から、映画のあまり触れられてこなかった魅力を引き出しました。これにより、今までの映画評価からは全く埋もれていた傑作も、見い出すことができました。女優の魅力は官能だと思います。官能の意味と、官能のさらなる復権を意図し、今の映画にも何らかの提言を含ませたつもりです」。日本映画プロフェッショナル大賞の主宰者でもある大高氏はそう語っている。 (文=長野辰次)『人喰海女』主演女優は三原葉子。キリッとした表情とグラマラスなボディで男たちの視線を集めた。(c)国際放映















