キラキラした青春(性春)に復讐してやりたい!! 捻れ曲がったピュアすぎる官能映画『青春夜話』

 1993年に刊行された『怪獣使いと少年』(宝島社)は、怪獣ブームを体験した世代の心を揺さぶる評論集だった。活字で組まれたタイムマシンに乗って、時間旅行に連れ出されたような高揚感を味わうことができた。『ウルトラマン』『ウルトラセブン』、そして『帰ってきたウルトラマン』(いずれもTBS系)といった1960~70年代の特撮ドラマや異形の怪獣たちに夢中になっていた少年時代を、大人の視点を交えた形で再体験させてくれた。『怪獣使いと少年』や『宮崎駿の〈世界〉』(筑摩書房)など、様々なサブカル系評論で知られる切通理作(きりどおし・りさく)氏だが、53歳にして映画監督デビューすることになった。キラキラした青春時代の思い出がない主人公たちが夜の高校に忍び込み、一夜限定でタイムトリップしようとする『青春夜話 Amazing Place』がその処女作である。

 評論集『怪獣使いと少年』が読者を少年時代へとタイムトリップさせてくれたように、映画『青春夜話』は主人公たちと共に観客を多感だった10代の頃へと連れ戻してくれる。しかも、大人の視点を交えた形で。老舗映画誌「キネマ旬報」で20年以上にわたって「ピンク映画時評」を連載している切通氏ゆえに、映画の中で疑似体験させてくれる青春時代はフェティシュなエロ描写満載となっている。切通監督は“怪獣使い”ならぬ“官能使い”として未知なる才能を発揮してみせた。

 

 主人公は20代後半の冴えないサラリーマン・喬(須森隆文)と4歳年下のやはりパッとしないOLの深琴(深琴)。路上に座り込んでいたホームレス(切通理作)へツバを吐く中年サラリーマン(川瀬陽太)に喬がカチンと来たことからひと揉めしているとき、自転車で通りかかった深琴は状況を察して初対面の喬を後ろに乗せてその場から逃げ出す。かなり地味めなボーイ・ミーツ・ガールの物語だ。

 お互いに表向きはおとなしいけど裏で毒づく性格で、酒を呑んでいるうちに意気投合する喬と深琴。同じ高校の出身だが、喬は4つ年上なのでスレ違いの青春を過ごしていたことが分かる。「見たかったなぁ、深琴さんのセーラー服姿」と控えめに盛り上がる2人。酔った勢いでラブホへ行って、ドンキあたりで買った制服を深琴に着せてJKプレイでもするのかなと思いきや、喬は深琴を夜の母校へと誘う。誰もいない校舎の中へと忍び込み、ロッカーにあったセーラー服、チアガール衣装、スクール水着を深琴に着せ、喬は青春時代に果たせなかった欲望の数々を叶えようとする。

 喬のド変態プレイに最初は引き気味だった深琴だったが、「キラキラした青春に復讐したい」という喬の想いには共感を覚える。喬と同様に、深琴も学校ではまるで目立たない生徒だった。華のない自分とは真逆の象徴であるチアリーダーのミニスカ衣装に着替え、夜の教室で踊り出す深琴。イケてなかったあの頃の喬と自分自身にエールを送るために。嫌っていたはずのキラキラした青春だが、羞恥プレイとして演じているうちに次第に気持ちよくなっていることに深琴は気づく。

 53歳にして、自身の脳内エロイメージを赤裸々に74分間の映像世界にしてみせた切通監督。初めての映画撮影に挑んだ切通監督をサポートしたのは製作総指揮の友松直之氏。『AI高感度センサー搭載 メイドロイド』のタイトルでDVD化された『老人とラブドール 私が初潮になった時…』(09)などピンク映画の監督として人気が高い。ピンク映画を専門に上映している上野オークラ劇場あたりで『青春夜話』を上映すれば、それこそアメージングに感じるシニア世代も多いのではないだろうか。本作を語る上で、撮影監督をつとめた黒木歩嬢の存在もはずせない。AV監督やミュージシャンとしても活躍中の才媛で、本作の喬と深琴のフェティッシュな官能場面を実にエロティックかつポップなものに撮り上げてみせている。

 

 普段は自分の意見を他人にはっきり言うことができない深琴だが、高校時代をリプレイしているうちに喬がずっと傍観者なままなことであることに不満を感じるようになる。深琴にばかり着替えさせ、喬はスーツ姿のままだ。「俺は見てるだけでいいんだ」「エッチをさせてくれる女の子は、男にとっては天使」と喬は言うが、それでは深琴の体を張ったトラウマ浄化体験は喬の性的欲求を満たすだけのマスネタ扱いではないか。柔和な性格の喬だが、深琴のことを生身の女としては見ていないことになる。

「タダマン野郎が一丁前に女の価値を評論してんじゃねぇ。この無銭飲食野郎!」

 ただでセックス、しかもコスプレセックスできたことを喜んでいるおめでたい喬に対して、深琴は自分と同じリングに上がってこいと挑発する。高校時代のイケてなかった暗い記憶、心の中にずっと溜め込んできたドス黒い欲望、性に対する無理解と異性への怒り……。様々な感情をぶつけ合いながら、喬と深琴はこの夜何度目かのセックスを交わす。いくつもの夢や感情が重なり合い、2人にとって忘れられない一夜となる。

 本作のヒロインである深琴が、「浦島太郎」の絵本を持った白髪のホームレスと出逢った際の台詞が印象的だ。「玉手箱って開けちゃったら、それまでですよね」。また、喬を相手に「玉手箱、開けないでくれって無理だよね。その前に年をとったらバカみたいだし」とも呟く深琴。評論家であり、映画監督として処女作を撮り上げた切通氏にとっては評論集を編むことも、映画を撮ることも、竜宮城の楽しい思い出がぎっしり詰まった玉手箱をこしらえるような行為であるらしい。この玉手箱を開けてしまえば懐かしい思い出と引き換えに、自分にとって少年時代や青春時代はもはや遠い過去になったことを痛感させられる。それでも、この玉手箱は開けずにはいられない。
(文=長野辰次)

『青春夜話 Amazing Place』

監督・脚本/切通理作 
製作総指揮/友松直之 撮影監督/黒木歩 撮影・照明/田宮健彦 美術/貝原クリス亮 録音・MA/石川二郎 編集/長田直樹、西村絵美、切通理作 音楽/KARAふる
出演/深琴、須森隆文、飯島大介、安部智凛、松井理子、友松直之、川瀬陽太、中沢健、櫻井拓也、石川雄也、黒木歩、衣緒菜、晴野未子、和田光沙、佐野和宏
配給/シネ☆マみれ 12月2日(土)より新宿K’s cinemaにてレイトショー公開
※ 初日舞台挨拶および期間中トークショーあり
http://seishunyawa.com

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A級戦犯は脚本家・監督の板尾創路? 又吉直樹の大ヒット作『火花』がドラマに続き、映画も爆死!

 お笑いコンビ・ピースの又吉直樹が執筆した小説『火花』(文藝春秋)を原作とした同名映画(菅田将暉、桐谷健太主演)が、11月23日に公開されたが、大爆死でのスタートとなってしまった。

 初週の「週末観客動員ランキング」(興行通信社調べ)は初登場3位にランクインしたものの、土日2日間の観客動員は8万2,400人で、10万人にも届かず。興行収入も1億1,100万円どまりだった。初日から4日間で見ても、動員16万2,400人、興収2億1,900万円にしかいかなかった。最近では、5週目を過ぎてもヒット中の『ミックス。』(新垣結衣、瑛太主演)の第1週の週末観客動員が18万人、興収2億3,500万円で、ざっと計算して、『火花』は、その半分にも満たなかった。

 改めて説明するまでもないが、小説『火花』は、2015年3月に発表され、またたく間にベストセラーとなり、又吉は「第153回芥川賞」を受賞。単行本と文庫本の累計発行部数は300万部を超える大ヒットとなった。

 原作は、漫才の世界に身を投じたものの、鳴かず飛ばずの生活を送っていた青年・徳永が、強い信念を持った4歳年上の先輩芸人・神谷と出会い、現実の壁に阻まれ、才能と葛藤しながら、歩み続ける青春物語。

 小説のヒットを受け、昨年春から、Netflixでドラマがネット配信され、それを再編集したものが、今年2月から4月まで、NHK総合で放送された(主演は林遣都)。ところが、前評判とは裏腹に、視聴率は初回でさえ4.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)どまり。第2話で2.9%と急降下し、第3話では1.5%まで落ち込んだ。以後、1~3%台をさまよい続け、平均2.7%と爆死していた。日曜午後11時放送開始というハンディを考慮しても、あまりにも低い視聴率に終わった。

 ドラマはキャストが地味だったが、この度、公開された映画版は、今をときめく菅田と桐谷のW主演で、ヒロインは木村文乃という豪華版。菅田は4月に公開された主演映画『帝一の國』では、まずまずの動員を見せたが、その菅田をもってしても、『火花』は、この体たらくとなった。

「原作が、これだけ大ヒットしたのに、ドラマや映画が惨敗を喫したのは、脚本の悪さが考えられます。ドラマはネット上で、『つまらない』『暗い』などとバッシングを受けていましたが、その悪評が映画の動員に響いたのかもしれません。映画を見た観客の評判も、あまりかんばしくないようです。映画の脚本と監督を担当したのは、ドラマの脚本協力もした板尾創路。その責任は重大かもしれません」(エンタメ誌編集者)

 板尾といえば、公開直前、写真週刊誌「FLASH」(光文社)で、映画に出演したグラドル・豊田瀬里奈とのラブホ不倫が報じられ、ミソを付けた。その意味では、映画版爆死のA級戦犯は板尾なのかもしれない。とはいえ、まだ2週目に入ったばかり。原作の知名度は抜群なだけに、ここからの巻き返しに期待したいものだ。ドラマも映画も爆死では、原作者の又吉も報われないだろう。
(文=田中七男)

A級戦犯は脚本家・監督の板尾創路? 又吉直樹の大ヒット作『火花』がドラマに続き、映画も爆死!

 お笑いコンビ・ピースの又吉直樹が執筆した小説『火花』(文藝春秋)を原作とした同名映画(菅田将暉、桐谷健太主演)が、11月23日に公開されたが、大爆死でのスタートとなってしまった。

 初週の「週末観客動員ランキング」(興行通信社調べ)は初登場3位にランクインしたものの、土日2日間の観客動員は8万2,400人で、10万人にも届かず。興行収入も1億1,100万円どまりだった。初日から4日間で見ても、動員16万2,400人、興収2億1,900万円にしかいかなかった。最近では、5週目を過ぎてもヒット中の『ミックス。』(新垣結衣、瑛太主演)の第1週の週末観客動員が18万人、興収2億3,500万円で、ざっと計算して、『火花』は、その半分にも満たなかった。

 改めて説明するまでもないが、小説『火花』は、2015年3月に発表され、またたく間にベストセラーとなり、又吉は「第153回芥川賞」を受賞。単行本と文庫本の累計発行部数は300万部を超える大ヒットとなった。

 原作は、漫才の世界に身を投じたものの、鳴かず飛ばずの生活を送っていた青年・徳永が、強い信念を持った4歳年上の先輩芸人・神谷と出会い、現実の壁に阻まれ、才能と葛藤しながら、歩み続ける青春物語。

 小説のヒットを受け、昨年春から、Netflixでドラマがネット配信され、それを再編集したものが、今年2月から4月まで、NHK総合で放送された(主演は林遣都)。ところが、前評判とは裏腹に、視聴率は初回でさえ4.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)どまり。第2話で2.9%と急降下し、第3話では1.5%まで落ち込んだ。以後、1~3%台をさまよい続け、平均2.7%と爆死していた。日曜午後11時放送開始というハンディを考慮しても、あまりにも低い視聴率に終わった。

 ドラマはキャストが地味だったが、この度、公開された映画版は、今をときめく菅田と桐谷のW主演で、ヒロインは木村文乃という豪華版。菅田は4月に公開された主演映画『帝一の國』では、まずまずの動員を見せたが、その菅田をもってしても、『火花』は、この体たらくとなった。

「原作が、これだけ大ヒットしたのに、ドラマや映画が惨敗を喫したのは、脚本の悪さが考えられます。ドラマはネット上で、『つまらない』『暗い』などとバッシングを受けていましたが、その悪評が映画の動員に響いたのかもしれません。映画を見た観客の評判も、あまりかんばしくないようです。映画の脚本と監督を担当したのは、ドラマの脚本協力もした板尾創路。その責任は重大かもしれません」(エンタメ誌編集者)

 板尾といえば、公開直前、写真週刊誌「FLASH」(光文社)で、映画に出演したグラドル・豊田瀬里奈とのラブホ不倫が報じられ、ミソを付けた。その意味では、映画版爆死のA級戦犯は板尾なのかもしれない。とはいえ、まだ2週目に入ったばかり。原作の知名度は抜群なだけに、ここからの巻き返しに期待したいものだ。ドラマも映画も爆死では、原作者の又吉も報われないだろう。
(文=田中七男)

女優・二階堂ふみが、新作主演映画『リバーズ・エッジ』で“薄茶色の乳首”を初披露へ!

 女優の二階堂ふみが、来年2月公開予定の主演映画『リバーズ・エッジ』で、ついに乳首を初披露するようだ。

 二階堂といえば、昨年10月公開の映画『SCOOP!』では、福山雅治を相手に、乳房をあらわにした濃厚なベッドシーンを演じたり、同じく10月に発売された雑誌「週刊プレイボーイ」(集英社)で、バニーガールに扮したセクシーグラビアを披露し話題を呼んだことはあったが、バストトップは封印されたままだった。

 しかし、先日行われた試写会では、彼女のDカップの頂がはっきりと確認でき、生唾をのむ観客が続出したという。

 二階堂の“乳首見せ”は、数回にも及んだという。試写を観た映画ライターが明かす。

「彼女は高校生の役どころ。まずは彼氏とのラブホテルでの情事では正常位で何度も激しく突かれ、その流れでピン勃ちした乳首や生尻が丸見えに。その後、テレビの前で5秒ほどハダカを見せるサービスショットが入り、そこでは薄茶色でちょうどいいサイズのバストトップをはっきりと確認することができます。後半には青姦シーンも用意されていて、そこでも乳房が丸出し状態で、寒空に負けず、ツンと立った乳首を確認できました。脱げる女優がいなくなった昨今、本格派女優を目指す彼女の決意を感じましたね」

 11月23日に放送された『ぐるぐるナインティナイン 秋のWゴチ 涙の緊急卒業発表SP』(日本テレビ系)では、ゴチメンバーを卒業すると発表し、批判の声も多く上がっていた二階堂。

「彼女は『知名度を上げたい』と言って番組に参加したのに、今度は『役者に専念したい』ですからね。同じ女優で出演していた杏や佐々木希は途中で投げ出すことなく、最後までやりきりましたから、番組のファンに『ナメてる』と思われても仕方ない。そんな声を黙らすには、それこそ大女優として認められるような活躍を見せるしかないでしょう」(芸能記者)

 ともあれ、『ぐるナイ』ファンも今回の映画で、二階堂の極上乳首を拝めば、彼女に「ゴチです」と言いたくなることだろう。

マニアが愛する映画を大胆に弄り倒す『要博士の異常な映画愛』が、識者から批判されないのはなぜ?

 10月16日よりスタートした『要博士の異常な映画愛 勝手にセリフ変えてみました』(テレビ東京系)が、非常に文化系だ。

 番組ホームページには、こう書いてある。

「都内某所に、支配人の映画愛がスゴ過ぎて、昔の名画に新たなセリフや音楽を当てた、オリジナルの動画を作るという“遊び”をはじめちゃったサロンがあるという。」

“新たなセリフ”って、どんなものだろう? 例えば、歴史的名画『シェーン』には、馬に跨りワイオミングの山へと去っていく主人公・シェーンの後ろ姿に向かい、少年・ジョーイが「シェーン! カムバーック!!」と叫ぶ有名なラストシーンがある。

 ここに、同サロンは全く別の新たなセリフを当ててしまった。

ナレーション 家族や街を救い、去っていくシェーンに向かって少年・ジョーイが叫んだ一言。

ジョーイ シェーン! そっち行くと交流電源の周波数が60ヘルツだから気をつけて~!

 上記の例は、まだおとなしい方。当てるセリフ次第では、全く別の作品になってしまうから面白い。

ジョーイ シェーンっておっぱい触ったことある?

シェーン 当たり前だ。大人だし、先週も触った。っていうか、揉んだ。超やわらかい。(シェーンの頭を撫で)今、お前の頭を触ってるこの手、この手で揉んだ。

ジョーイ どれくらい柔らかい?

(シェーンは無言で立ち去り、ジョーイが後を追う)

ジョーイ ねぇ、どれくらい柔らかいの?

シェーン 今日も揉むぞー。

ジョーイ 二の腕と同じって本当? コンビニの大福にも似てるって聞いたけどー。この世で一番柔らかいのは、馬場ふみかのおっぱいだよねー?
(馬に跨りワイオミングの山へと去っていくシェーン)

ジョーイ 馬場ふみかの手ブラ、サイコーー!!

 感動の名ゼリフ「シェーン! カムバーック!!」を「馬場ふみかの手ブラ、サイコーー!!」に置き換えることで、西部劇だったはずが、思春期の少年のリビドーを描く心象青春記へと様変わりした。まさに、オリジナル!

 

■昭和初期の“凄い坊や”を、セリフを置き換えて石田純一にしてしまう

 

 このサロンが扱うのは、純粋な映画のみではない。かつて、映画館では映画のみならずニュースも上映していたという。アナウンサーが読み上げる文言を全く異なるものに置き換え、新たな生命を吹き込む。結果、ミラクルが起こるのだ。

 例えば第1回では、満2歳なのに読み書きができる男の子を報じるニュース映画が紹介された。「月火水木金」と曜日の漢字を鉛筆で書き、難しい文章の載った新聞を読み、その上、アルファベットまで書くことができる坊やを報じるニュースだ。

 この映像に、同サロンは全く新しい原稿を当てている。

「あの有名俳優の幼少期の映像が残っていました。東京都は目黒区出身、本名は石田太郎。そう、石田純一さんです。当時からモテモテで、この日は女性と会うスケジュールを立てています。やはり、金曜日は殺到するそうで、今週はなんと5人の女性と会う予定」

「『不倫は文化』発言で、この新聞の芸能面にデカデカと載ることは、当時の純一少年は知る由もありません」

「早稲田大学に入学するほど頭脳明晰な純一さん。5歳にして英語の勉強です。あらあら、アルファベットに少し苦労している様子。『H』だけはすんなり書きました。末恐ろしいです」

 内容が根こそぎ刷新されている! いやはや、大胆な遊びである。

 

■映画に一家言を持つマニアに攻撃されない理由

 

 こういった類の番組が放送されるや、ジャンルに一家言を持つ識者らから不満の声が上がるのは世の常。例えば、『アメトーーク!』(テレビ朝日系)が「読書芸人」なる企画を行えば「作り手が本好きじゃないのでキツい」なんて声がSNS上では散見されてしまうし、ガチの家電好きが「家電芸人」へ抱く悪感情についても耳に入ってくる。

 しかし、『要博士の異常な映画愛』に関しては、そういう声をまだ聞かない。やってることは、正直スレスレだ。だって、名画のストーリーをごっそり変換してしまってるのだから。

 ちなみに、新たなセリフを考えているのは、劇作家、お笑い芸人、落語家、作家、放送作家、脚本家など、総勢50人以上の面々。具体名を挙げると、作家のせきしろ、放送作家の内村宏幸、渡辺雅史、あないかずひさ、お笑い芸人の赤嶺総理、がじん祥太、ネタ職人の鳥獣戯画ジャクソンといった顔ぶれである。

 正直、かなりのうるさ型ばかりだ。だからこそ、映画マニアからの批判にさらされずにいられるのだろう。

 番組スタート時、プロデューサーの太田勇は「番組で扱うのは誰でも知っている有名な古典映画ばかりです。この番組をキッカケに、昔の名画を観てみようと思ってもらえるとうれしいです」とコメントしている。

 どうやら、作り手の側も映画愛には溢れているよう。なるほど、余計な心配はご無用のようだ。
(文=寺西ジャジューカ)

エクソシストと現代人のメンヘルとの関係性は? ドキュメンタリー映画『悪魔祓い、聖なる儀式』

 いたいけな少女の顔が別人のように変わり、男の野太い声で家族や神父を汚い言葉で罵倒し始める。オカルト映画『エクソシスト』(73)を初めて観たときの衝撃が忘れられない。この映画が1949年に実際に起きた「メリーランド悪魔憑き事件」を題材にしていると知り、さらに戦慄を覚えた。そんな『エクソシスト』との遭遇体験がトラウマになっている人にとって、実に興味深いドキュメンタリー映画が現在公開中だ。エクソシストを密着取材し、悪魔祓いの儀式の様子をカメラに収めた『悪魔祓い、聖なる儀式』がそれだ。

 勘違いされることがあるが、エクソシストとは悪魔憑きのことではなく、ヴァチカンが公認しているカトリック系の正式な悪魔祓い師のこと。1200年もの歴史を持つエクソシストだが、映画『エミリー・ローズ』(05)の題材となった「アンネリーゼ・ミシェル事件(悪魔祓いを受けていた女子大生が衰弱死し、家族と司祭が過失致死で起訴された)」が起きた1976年以降は秘密裡に儀式を執り行なうエクソシストの存在は問題視され、欧州での人気は下火となっていた。ところが近年になって教会に悪魔祓いを頼む人々が急増しているという。イタリアの女性監督フェデリカ・ディ・ジャコモは、経験豊かな悪魔祓い師として有名なシチリア島のカタルド神父たちのもとに通い、悪魔祓いの儀式の様子と悪魔祓いを求める人々の素顔に迫っていく。

 初めて公開される悪魔祓いの儀式の様子に、まず目がくぎ付けとなる。本来は取材不可能な秘儀なのだが、その閉鎖性ゆえに映画『エミリー・ローズ』のような不幸な事件が起きてしまった。進歩的な考えの持ち主であるカタルド神父は儀式中にカメラが回ることを許した。朝早くから教会の前には悪魔祓いを求める人々が行列をなしている。悪魔祓いは基本的に個人に対して行うものだが、需要に供給が追いつかないため、この日は集団での儀式が行なわれた。紫色のストーラを首に掛けた神父が祈り始めると、それまで静かだった参列者の中からうめき声が漏れ始め、パンクファッションの若い男性がイスから転げ落ちて床を這いずり回る。「気分が悪い」と、ふらつきながら途中で退席する女性もいる。事前に神父が「誰かに兆候が現われても、祈り続けるように」と説明していたこともあり、参列者たちは騒然となりながらも儀式はそのまま続く。

 

 厳粛な儀式中に一部の参列者がトランス状態に陥ったようにも映るし、動物のように唸りながら床を転がる姿は本当に何かが取り憑いているようにも思える。フェデリカ監督はこういった衝撃映像にナレーションやテロップで説明を加えることなく、ただカメラの前で起きている現象をそのまま観客に伝えるようとする。どう受け取るかは我々の判断に委ねられる。

 カタルド神父は忙しい。集団での悪魔祓いでは足りない人には個別での悪魔祓いを行ない、悪魔憑きと思われる人に手をかざし、聖水を振りまく。教会を訪ねることができない人のために携帯電話での悪魔祓いにも応じている。「彼女から出ていけ、サタン!」と携帯電話に向かって叫び、アーメンと祈りの言葉を捧げる神父。ヴァチカンでは集団での儀式や電話での悪魔祓いは認めていないが、ヴァチカンの偉い人からの回答をのんびり待っていては、教会に救いを求める人たちの切羽詰まった悩みに到底応えることができない。

 悪魔祓いを求める参列者たちの動向もカメラは追っていく。集団儀式の際に床を這っていたパンクファッションの若者は自宅マンションに戻るが、過去にもいろんなトラブルがあったらしく、母親は息子が自宅マンションに入ることを許さない。この若者は居場所がなく、夜の街をさまよい、その結果ドラッグに手を出すことになる。これでは、それこそ悪魔の思うつぼではないか。途中退席した金髪の女性も深刻な状況だった。いくつもの教会を訪ねては儀式に度々参加しているが、症状の回復は一進一退。それ以前には病院でも診てもらい、心療内科に通ったり、脳検査も受けているが、体調が悪化するはっきりした原因は分からないままで、医者からは匙を投げ出されていた。家族からも医学からも見放された彼らにとっての、最後のセーフティネットがエクソシストであるカタルド神父だったのだ。

 

 悪魔祓いを執り行う際には、取り憑かれたと訴えている人が他の病気、特に心理的な病を抱えていないかどうかを見極めることが重要となってくる。明らかに精神病を患っている場合は、向精神薬を用いて医学の力で治療すべきというのが今のカトリック教会の方針だ。時代と共に、宗教の在り方もずいぶんと変わりつつある。悪魔払いの儀式を実際に取材した経験のあるノンフィクション作家・島村菜津の『エクソシスト急募』(メディアファクトリー新書)を読むと、イタリアでエクソシストの需要が急増している社会背景として、精神病院が廃止されていることが挙げられている。非人道的だという理由から、患者を一般社会から隔離する旧来の精神病棟はイタリアではほとんど無くなっているそうだ。また、精神科に通うことでクスリ漬けになってしまうことを嫌い、教会に救いを求める人たちも多い。信仰、家族および生活環境、メンタルヘルスの問題を分離して考えることは難しい。

 カタルド神父は悪魔祓いの儀式のみならず、参列者たちの「夫が職場で浮気しているんじゃないかと心配」「仕事相手がなかなか代金を支払ってくれない」といった日常生活での不平不満にも耳を傾け、ひとりずつ助言を与えてなくてはならない。信者たちに慕われ、祈りの言葉のひとつひとつにありがたみが感じられるカタルド神父は身も心も休まる暇がない。

 カメラは最後に、アンソニー・ホプキンス主演作『ザ・ライト エクソシストの真実』(11)にも登場したヴァチカンにあるレジーナ・アポストロルム大学で行なわれているエクソシスト養成講座の様子を伝える。年に1度開かれるこの講座には、欧州だけでなく、米国からアジアまで世界各地からエクソシストとしての公認資格を得るために神父たちが熱心に集まっている。社会不安に加え、様々なストレスを抱え、心の闇に苦しみ続ける現代人は、悪魔の目には格好の獲物に映ることだろう。そんな現代人たちを悪魔の手から救うため、より多くのエクソシストたちが必要とされている。
(文=長野辰次)

『悪魔祓い、聖なる儀式』

監督/フェデリカ・ディ・ジャコモ
配給/セテラ・インターナショナル
11月18日より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中
C)MIR Cinematografica – Opera Films 2016
http://www.cetera.co.jp/liberami

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エクソシストと現代人のメンヘルとの関係性は? ドキュメンタリー映画『悪魔祓い、聖なる儀式』

 いたいけな少女の顔が別人のように変わり、男の野太い声で家族や神父を汚い言葉で罵倒し始める。オカルト映画『エクソシスト』(73)を初めて観たときの衝撃が忘れられない。この映画が1949年に実際に起きた「メリーランド悪魔憑き事件」を題材にしていると知り、さらに戦慄を覚えた。そんな『エクソシスト』との遭遇体験がトラウマになっている人にとって、実に興味深いドキュメンタリー映画が現在公開中だ。エクソシストを密着取材し、悪魔祓いの儀式の様子をカメラに収めた『悪魔祓い、聖なる儀式』がそれだ。

 勘違いされることがあるが、エクソシストとは悪魔憑きのことではなく、ヴァチカンが公認しているカトリック系の正式な悪魔祓い師のこと。1200年もの歴史を持つエクソシストだが、映画『エミリー・ローズ』(05)の題材となった「アンネリーゼ・ミシェル事件(悪魔祓いを受けていた女子大生が衰弱死し、家族と司祭が過失致死で起訴された)」が起きた1976年以降は秘密裡に儀式を執り行なうエクソシストの存在は問題視され、欧州での人気は下火となっていた。ところが近年になって教会に悪魔祓いを頼む人々が急増しているという。イタリアの女性監督フェデリカ・ディ・ジャコモは、経験豊かな悪魔祓い師として有名なシチリア島のカタルド神父たちのもとに通い、悪魔祓いの儀式の様子と悪魔祓いを求める人々の素顔に迫っていく。

 初めて公開される悪魔祓いの儀式の様子に、まず目がくぎ付けとなる。本来は取材不可能な秘儀なのだが、その閉鎖性ゆえに映画『エミリー・ローズ』のような不幸な事件が起きてしまった。進歩的な考えの持ち主であるカタルド神父は儀式中にカメラが回ることを許した。朝早くから教会の前には悪魔祓いを求める人々が行列をなしている。悪魔祓いは基本的に個人に対して行うものだが、需要に供給が追いつかないため、この日は集団での儀式が行なわれた。紫色のストーラを首に掛けた神父が祈り始めると、それまで静かだった参列者の中からうめき声が漏れ始め、パンクファッションの若い男性がイスから転げ落ちて床を這いずり回る。「気分が悪い」と、ふらつきながら途中で退席する女性もいる。事前に神父が「誰かに兆候が現われても、祈り続けるように」と説明していたこともあり、参列者たちは騒然となりながらも儀式はそのまま続く。

 

 厳粛な儀式中に一部の参列者がトランス状態に陥ったようにも映るし、動物のように唸りながら床を転がる姿は本当に何かが取り憑いているようにも思える。フェデリカ監督はこういった衝撃映像にナレーションやテロップで説明を加えることなく、ただカメラの前で起きている現象をそのまま観客に伝えるようとする。どう受け取るかは我々の判断に委ねられる。

 カタルド神父は忙しい。集団での悪魔祓いでは足りない人には個別での悪魔祓いを行ない、悪魔憑きと思われる人に手をかざし、聖水を振りまく。教会を訪ねることができない人のために携帯電話での悪魔祓いにも応じている。「彼女から出ていけ、サタン!」と携帯電話に向かって叫び、アーメンと祈りの言葉を捧げる神父。ヴァチカンでは集団での儀式や電話での悪魔祓いは認めていないが、ヴァチカンの偉い人からの回答をのんびり待っていては、教会に救いを求める人たちの切羽詰まった悩みに到底応えることができない。

 悪魔祓いを求める参列者たちの動向もカメラは追っていく。集団儀式の際に床を這っていたパンクファッションの若者は自宅マンションに戻るが、過去にもいろんなトラブルがあったらしく、母親は息子が自宅マンションに入ることを許さない。この若者は居場所がなく、夜の街をさまよい、その結果ドラッグに手を出すことになる。これでは、それこそ悪魔の思うつぼではないか。途中退席した金髪の女性も深刻な状況だった。いくつもの教会を訪ねては儀式に度々参加しているが、症状の回復は一進一退。それ以前には病院でも診てもらい、心療内科に通ったり、脳検査も受けているが、体調が悪化するはっきりした原因は分からないままで、医者からは匙を投げ出されていた。家族からも医学からも見放された彼らにとっての、最後のセーフティネットがエクソシストであるカタルド神父だったのだ。

 

 悪魔祓いを執り行う際には、取り憑かれたと訴えている人が他の病気、特に心理的な病を抱えていないかどうかを見極めることが重要となってくる。明らかに精神病を患っている場合は、向精神薬を用いて医学の力で治療すべきというのが今のカトリック教会の方針だ。時代と共に、宗教の在り方もずいぶんと変わりつつある。悪魔払いの儀式を実際に取材した経験のあるノンフィクション作家・島村菜津の『エクソシスト急募』(メディアファクトリー新書)を読むと、イタリアでエクソシストの需要が急増している社会背景として、精神病院が廃止されていることが挙げられている。非人道的だという理由から、患者を一般社会から隔離する旧来の精神病棟はイタリアではほとんど無くなっているそうだ。また、精神科に通うことでクスリ漬けになってしまうことを嫌い、教会に救いを求める人たちも多い。信仰、家族および生活環境、メンタルヘルスの問題を分離して考えることは難しい。

 カタルド神父は悪魔祓いの儀式のみならず、参列者たちの「夫が職場で浮気しているんじゃないかと心配」「仕事相手がなかなか代金を支払ってくれない」といった日常生活での不平不満にも耳を傾け、ひとりずつ助言を与えてなくてはならない。信者たちに慕われ、祈りの言葉のひとつひとつにありがたみが感じられるカタルド神父は身も心も休まる暇がない。

 カメラは最後に、アンソニー・ホプキンス主演作『ザ・ライト エクソシストの真実』(11)にも登場したヴァチカンにあるレジーナ・アポストロルム大学で行なわれているエクソシスト養成講座の様子を伝える。年に1度開かれるこの講座には、欧州だけでなく、米国からアジアまで世界各地からエクソシストとしての公認資格を得るために神父たちが熱心に集まっている。社会不安に加え、様々なストレスを抱え、心の闇に苦しみ続ける現代人は、悪魔の目には格好の獲物に映ることだろう。そんな現代人たちを悪魔の手から救うため、より多くのエクソシストたちが必要とされている。
(文=長野辰次)

『悪魔祓い、聖なる儀式』

監督/フェデリカ・ディ・ジャコモ
配給/セテラ・インターナショナル
11月18日より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開中
C)MIR Cinematografica – Opera Films 2016
http://www.cetera.co.jp/liberami

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脱げる女優・佐々木心音×AV女優・紗倉まな「女の子たちが、絶対通る道」を語る──

 AV女優・紗倉まなの小説家としての処女作『最低。』(KADOKAWA)が映画化され、今月25日に公開される。メガホンを採ったのは、ピンク映画出身で、最近では東宝で『64-ロクヨン- 前編/後編』、松竹で『8年越しの花嫁 奇跡の実話』を手がけるなどメジャー進出にも積極的な瀬々敬久。同作は先月末から開かれた「東京国際映画祭(TIFF)」のコンペティション部門に選出されるなど、各界から高い評価を受けている。

 今週末の公開に先立ち、原作者の紗倉まなと、紗倉が「自らを投影した」と語る主人公のひとり・彩乃を演じた女優・佐々木心音に話を聞いた。

 実際に「AV女優」という仕事に携わる作家と、当代きっての“脱げる女優”として「AV女優」を演じきった佐々木。2人の対談から、「AV女優」という職業の実像が浮かび上がってきたような、まだまだ奥が深いような……。

■佐々木「AV女優さんが書いたとは思えない」

──佐々木さんは、この企画に入る前に紗倉さんのことを、どれくらいご存じだったのでしょうか?

佐々木心音(以下、佐々木) 『最低。』の本は読んでいたので、どちらかと言うと、この本の作者の方というイメージでしかなくて。最初に読んだときは、ホントにこれAV女優さんが書いたのかな? って思うくらい文章がキレイで、私はすごい好きになりました!

紗倉まな(以下、紗倉) えー、優しい……!

佐々木 いやいやいや、私けっこう本は読むんですけど、紗倉さんの独特な言葉の言い回しとか比喩みたいなものがキレイな人が好きなんです。後から文庫本に掲載されている後書きを拝見したときに、自分のことについて話していて、そういう(AV女優なんだという)印象が強くなりました。

紗倉 とってもうれしいです。ありがとうございます。

──映画なるというのは、読者から評価されることとはまた別の評価軸で価値を認められたということだと思うんですが、紗倉さんの中で受け取り方の違いってありますか?

紗倉 受け取り方、うーん……。

──たぶん、ごほうび的な感じかなと想像するんですが。

紗倉 あ、そうですね! ホントにそんな感じです。映画にしようと思って書いたものでもなかったし、逆に、映画にしにくいものだって思ってたんですね。エンタメ性とかに長けているわけでもないし……。ホントにびっくり。ごほうびみたいな、サプライズみたいな印象の方が強かったです。

──与えてくれた一派のひとりが、ここにいる佐々木さんなわけですが。

佐々木 一派です。あはははは。

紗倉 ねえー、ホントに! すっごいうれしい。

──佐々木さんは、瀬々監督とは『マリアの乳房』(2014)以来。

佐々木 そうですね、共通の友人がいて何度かお会いさせていただいていますが、作品自体は2回目です。

──瀬々監督と『最低。』という取り合わせって、ピンとくる感じってありましたか?

佐々木 はい、とっても。あ、瀬々さん! これ絶対ぴったりだ! って。

紗倉 へえー! ホントですか! すごい!

■紗倉「こういう仕事をしている女の子たちが、絶対通る道なので」

──彩乃という人物を演じることになったとき、佐々木さんはどんなイメージを抱きましたか?

佐々木 私は、本の中に出てくる女の子の中で一番、彩乃に共感できたので、うれしかったです。私自身も、どちらかというと男性から見られる仕事なので、そういう意味ではかぶる部分もあるので、私なりに出して(表現して)いきたいと思いましたね。

紗倉 私やっぱり、彩乃のシーンって、すごく泣いちゃったんですよ。親にバレることって、私は母親とはモメなかったですけど、学校でモメて、それはいまだに解決していなくって。すごく投影する部分があったし、本の中では描かなかった母親とのシーンで、彩乃が叫んで、結局お母さんが……っていう、あそこのシーンは、もう何物にも代えがたい思いというか。(初版の)本の帯に書いてあった「そこに落ちたら、もう戻れない」っていう言葉を、あのシーンですべて物語ってくださっていると感じました。こういう仕事をしている女の子たちが、絶対通る道なので……。

佐々木 私もグラビアをやっていたころ、母親じゃないんですけど、お爺ちゃんにけっこう似たようなことを言われて。あそこまでガーッとはやり合わなかったですけど、周りの環境も変わりましたし、見られ方も変わったっていう意味では、やっぱり、なんにもなかったころには戻れないよねっていう気持ちは、絶対的にありますよね。

紗倉 それを、あの性描写の部分とか、すごいがっつり身体を張ってくださってて、それがすごくキレイで、あれがなければこの話って物語れない部分だと思うんです。それを、あんなふうに受け入れて演じてくださっているなんてもう、こんなにうれしいことはないですよ、ホントに。

──それに、AVの中のセックスとプライベートのセックスを演じ分けている作品って、けっこう珍しいかもしれないですね。

佐々木 そっか、ひとつの作品の中に入っているのって、ないかも。

──女優ってすごいなって思いますよね。

紗倉 ホントに! 思いました。めちゃくちゃ思いました。

佐々木 いやいやいやいや。でも、このお話をいただきたときに「私がやっていいんだ」って思えた作品なんです。いろんな映画でも脱いでいるし、グラビアも、AVとはまた別だけども、同じような目線で見られる仕事をやっている中で、私はここにいていいんだなって、この役に言ってもらえた感じはあります。

──では、この役をもらうことで、佐々木さんも紗倉さんから贈り物をいただいたという感覚があると。

佐々木 そうですね、はい。すごく、居心地よかったです。

■佐々木「みんな普通に生きてる子たちじゃないですか」

──今回、AV女優を演じてみて、今後の女優としてのキャリアに何か収穫があったり、影響が出そうだったりすることってありますか?

佐々木 そうですね、あんまり肩書を意識しすぎないようにやろうと思ってたんですけど、そうじゃなくて、確かにAV女優なんだけど、でも普通に生きてる、誰だってみんな普通に生きてる子たちじゃないですか。それでも、周りから見られる目っていうのは意識しなくちゃいけなくて。私今回、いちばん現場で苦しくて、気持ち的にずっとモヤモヤして、モヤモヤモヤモヤモヤモヤして終えた彩乃だったんです。でも、その彩乃がすごくいい言葉(高い評価)をいただいたりして、あ、現場中にモヤモヤしてていいんだって気づいて。それが収穫でしたね。

──今までは、モヤモヤしなかった?

佐々木 わりと、「ああーやり切ったイエーイ!」みたいな感じだったんで、この感じのモヤモヤは、これでいいんだとわかりましたね。

紗倉 私の勝手なイメージで、心音さんって毎回、憑依型みたいな感じで、すごい没入して演じてらっしゃるような気がしていて、だから、どこでスイッチのオンオフを切り替えているんだろうとか、ずっと(自分と役の境界が)ぼやけているのかなとか、すごい気になっていたんですう。役によって、やっぱり違うんですか?

佐々木 どうなんだろう、あんまり「役になる」っていうよりは、自分と役が似ているところを探すっていう方法でやるようにはしているんですけど、親とかに聞くと、家に帰ってもその役を引きずっていたりとか、口が悪い役だったら悪いまんまになっちゃってたりするみたいです。だから今回の撮影中も、あんまり母親と楽しく会話した記憶はないですね。意識は特にしていないんですが……。

──今回の彩乃とは、似すぎていたのかも?

佐々木 そうかもしれないです、はい。

──ところで紗倉さん、今日(取材日は10月中旬)は「TIFF」でレッドカーペットを歩くための衣装合わせだったそうですね。このたびは、本当におめでとうございます。

紗倉 ありがとうございます。

──「TIFF」のコンペには日本から2つ作品が選出されましたが、もう1本は綿谷りささん原作の『勝手にふるえてろ』です。この2作品が並び立つということは、紗倉さんももう芥川賞を獲ったようなものなのでは……?

紗倉 そんなことないですよ! とんでもないですよ! 綿谷さんと並べられて、もう勝手にふるえてますよ……。
(取材・文=編集部/撮影=関戸康平)

●『最低。』
原作/紗倉まな 脚本/小川智子、瀬々敬久 監督/瀬々敬久
出演/森口彩乃、佐々木心音、山田愛奈、忍成修吾、森岡龍、斉藤陽一郎、江口のりこ、渡辺真起子、根岸季衣、高岡早紀
配給/KADOKAWA 11月25日(土)より角川シネマ新宿ほか全国公開
C)2017 KADOKAWA
http://saitei-movie.jp/

●紗倉まな
1993年生まれ、千葉県出身。工業高等専門学校在学中の2012年にSODクリエイトの専属女優としてAVデビュー。15年にはスカパー!アダルト放送大賞で史上初の三冠を達成する。テレビ出演や雑誌グラビアでも活躍し、「週刊プレイボーイ」(集英社)、「messy」(サイゾー)でコラム連載。著書に『最低。』『凹凸』(KADOKAWA)、エッセイ集『高専生だった私が出会った世界でたった一つの転職』(宝島社)、スタイルブック『MANA』(サイゾー)がある。

金属系女子・紗倉まなの「愛ってなんですか?」(messy)
http://mess-y.com/archives/category/column/sakuramana/

●佐々木心音
1990年生まれ、東京都出身。10代から舞台女優として活動し、2011年に発売したファーストDVDがAmazonで売り上げ1位を記録。その後に発売したDVDでもヒットを連発。“芸能界で一番エロい体”とされる。主な出演作に『フィギュアなあなた』(13)、『パズル』(14)、『マリアの乳房』(14)、『TOKYO TRIBE』(14)、ドラマ『闇金ウシジマくん Season3』(16/TBS系)など。

脱げる女優・佐々木心音×AV女優・紗倉まな「女の子たちが、絶対通る道」を語る──

 AV女優・紗倉まなの小説家としての処女作『最低。』(KADOKAWA)が映画化され、今月25日に公開される。メガホンを採ったのは、ピンク映画出身で、最近では東宝で『64-ロクヨン- 前編/後編』、松竹で『8年越しの花嫁 奇跡の実話』を手がけるなどメジャー進出にも積極的な瀬々敬久。同作は先月末から開かれた「東京国際映画祭(TIFF)」のコンペティション部門に選出されるなど、各界から高い評価を受けている。

 今週末の公開に先立ち、原作者の紗倉まなと、紗倉が「自らを投影した」と語る主人公のひとり・彩乃を演じた女優・佐々木心音に話を聞いた。

 実際に「AV女優」という仕事に携わる作家と、当代きっての“脱げる女優”として「AV女優」を演じきった佐々木。2人の対談から、「AV女優」という職業の実像が浮かび上がってきたような、まだまだ奥が深いような……。

■佐々木「AV女優さんが書いたとは思えない」

──佐々木さんは、この企画に入る前に紗倉さんのことを、どれくらいご存じだったのでしょうか?

佐々木心音(以下、佐々木) 『最低。』の本は読んでいたので、どちらかと言うと、この本の作者の方というイメージでしかなくて。最初に読んだときは、ホントにこれAV女優さんが書いたのかな? って思うくらい文章がキレイで、私はすごい好きになりました!

紗倉まな(以下、紗倉) えー、優しい……!

佐々木 いやいやいや、私けっこう本は読むんですけど、紗倉さんの独特な言葉の言い回しとか比喩みたいなものがキレイな人が好きなんです。後から文庫本に掲載されている後書きを拝見したときに、自分のことについて話していて、そういう(AV女優なんだという)印象が強くなりました。

紗倉 とってもうれしいです。ありがとうございます。

──映画なるというのは、読者から評価されることとはまた別の評価軸で価値を認められたということだと思うんですが、紗倉さんの中で受け取り方の違いってありますか?

紗倉 受け取り方、うーん……。

──たぶん、ごほうび的な感じかなと想像するんですが。

紗倉 あ、そうですね! ホントにそんな感じです。映画にしようと思って書いたものでもなかったし、逆に、映画にしにくいものだって思ってたんですね。エンタメ性とかに長けているわけでもないし……。ホントにびっくり。ごほうびみたいな、サプライズみたいな印象の方が強かったです。

──与えてくれた一派のひとりが、ここにいる佐々木さんなわけですが。

佐々木 一派です。あはははは。

紗倉 ねえー、ホントに! すっごいうれしい。

──佐々木さんは、瀬々監督とは『マリアの乳房』(2014)以来。

佐々木 そうですね、共通の友人がいて何度かお会いさせていただいていますが、作品自体は2回目です。

──瀬々監督と『最低。』という取り合わせって、ピンとくる感じってありましたか?

佐々木 はい、とっても。あ、瀬々さん! これ絶対ぴったりだ! って。

紗倉 へえー! ホントですか! すごい!

■紗倉「こういう仕事をしている女の子たちが、絶対通る道なので」

──彩乃という人物を演じることになったとき、佐々木さんはどんなイメージを抱きましたか?

佐々木 私は、本の中に出てくる女の子の中で一番、彩乃に共感できたので、うれしかったです。私自身も、どちらかというと男性から見られる仕事なので、そういう意味ではかぶる部分もあるので、私なりに出して(表現して)いきたいと思いましたね。

紗倉 私やっぱり、彩乃のシーンって、すごく泣いちゃったんですよ。親にバレることって、私は母親とはモメなかったですけど、学校でモメて、それはいまだに解決していなくって。すごく投影する部分があったし、本の中では描かなかった母親とのシーンで、彩乃が叫んで、結局お母さんが……っていう、あそこのシーンは、もう何物にも代えがたい思いというか。(初版の)本の帯に書いてあった「そこに落ちたら、もう戻れない」っていう言葉を、あのシーンですべて物語ってくださっていると感じました。こういう仕事をしている女の子たちが、絶対通る道なので……。

佐々木 私もグラビアをやっていたころ、母親じゃないんですけど、お爺ちゃんにけっこう似たようなことを言われて。あそこまでガーッとはやり合わなかったですけど、周りの環境も変わりましたし、見られ方も変わったっていう意味では、やっぱり、なんにもなかったころには戻れないよねっていう気持ちは、絶対的にありますよね。

紗倉 それを、あの性描写の部分とか、すごいがっつり身体を張ってくださってて、それがすごくキレイで、あれがなければこの話って物語れない部分だと思うんです。それを、あんなふうに受け入れて演じてくださっているなんてもう、こんなにうれしいことはないですよ、ホントに。

──それに、AVの中のセックスとプライベートのセックスを演じ分けている作品って、けっこう珍しいかもしれないですね。

佐々木 そっか、ひとつの作品の中に入っているのって、ないかも。

──女優ってすごいなって思いますよね。

紗倉 ホントに! 思いました。めちゃくちゃ思いました。

佐々木 いやいやいやいや。でも、このお話をいただきたときに「私がやっていいんだ」って思えた作品なんです。いろんな映画でも脱いでいるし、グラビアも、AVとはまた別だけども、同じような目線で見られる仕事をやっている中で、私はここにいていいんだなって、この役に言ってもらえた感じはあります。

──では、この役をもらうことで、佐々木さんも紗倉さんから贈り物をいただいたという感覚があると。

佐々木 そうですね、はい。すごく、居心地よかったです。

■佐々木「みんな普通に生きてる子たちじゃないですか」

──今回、AV女優を演じてみて、今後の女優としてのキャリアに何か収穫があったり、影響が出そうだったりすることってありますか?

佐々木 そうですね、あんまり肩書を意識しすぎないようにやろうと思ってたんですけど、そうじゃなくて、確かにAV女優なんだけど、でも普通に生きてる、誰だってみんな普通に生きてる子たちじゃないですか。それでも、周りから見られる目っていうのは意識しなくちゃいけなくて。私今回、いちばん現場で苦しくて、気持ち的にずっとモヤモヤして、モヤモヤモヤモヤモヤモヤして終えた彩乃だったんです。でも、その彩乃がすごくいい言葉(高い評価)をいただいたりして、あ、現場中にモヤモヤしてていいんだって気づいて。それが収穫でしたね。

──今までは、モヤモヤしなかった?

佐々木 わりと、「ああーやり切ったイエーイ!」みたいな感じだったんで、この感じのモヤモヤは、これでいいんだとわかりましたね。

紗倉 私の勝手なイメージで、心音さんって毎回、憑依型みたいな感じで、すごい没入して演じてらっしゃるような気がしていて、だから、どこでスイッチのオンオフを切り替えているんだろうとか、ずっと(自分と役の境界が)ぼやけているのかなとか、すごい気になっていたんですう。役によって、やっぱり違うんですか?

佐々木 どうなんだろう、あんまり「役になる」っていうよりは、自分と役が似ているところを探すっていう方法でやるようにはしているんですけど、親とかに聞くと、家に帰ってもその役を引きずっていたりとか、口が悪い役だったら悪いまんまになっちゃってたりするみたいです。だから今回の撮影中も、あんまり母親と楽しく会話した記憶はないですね。意識は特にしていないんですが……。

──今回の彩乃とは、似すぎていたのかも?

佐々木 そうかもしれないです、はい。

──ところで紗倉さん、今日(取材日は10月中旬)は「TIFF」でレッドカーペットを歩くための衣装合わせだったそうですね。このたびは、本当におめでとうございます。

紗倉 ありがとうございます。

──「TIFF」のコンペには日本から2つ作品が選出されましたが、もう1本は綿谷りささん原作の『勝手にふるえてろ』です。この2作品が並び立つということは、紗倉さんももう芥川賞を獲ったようなものなのでは……?

紗倉 そんなことないですよ! とんでもないですよ! 綿谷さんと並べられて、もう勝手にふるえてますよ……。
(取材・文=編集部/撮影=関戸康平)

●『最低。』
原作/紗倉まな 脚本/小川智子、瀬々敬久 監督/瀬々敬久
出演/森口彩乃、佐々木心音、山田愛奈、忍成修吾、森岡龍、斉藤陽一郎、江口のりこ、渡辺真起子、根岸季衣、高岡早紀
配給/KADOKAWA 11月25日(土)より角川シネマ新宿ほか全国公開
C)2017 KADOKAWA
http://saitei-movie.jp/

●紗倉まな
1993年生まれ、千葉県出身。工業高等専門学校在学中の2012年にSODクリエイトの専属女優としてAVデビュー。15年にはスカパー!アダルト放送大賞で史上初の三冠を達成する。テレビ出演や雑誌グラビアでも活躍し、「週刊プレイボーイ」(集英社)、「messy」(サイゾー)でコラム連載。著書に『最低。』『凹凸』(KADOKAWA)、エッセイ集『高専生だった私が出会った世界でたった一つの転職』(宝島社)、スタイルブック『MANA』(サイゾー)がある。

金属系女子・紗倉まなの「愛ってなんですか?」(messy)
http://mess-y.com/archives/category/column/sakuramana/

●佐々木心音
1990年生まれ、東京都出身。10代から舞台女優として活動し、2011年に発売したファーストDVDがAmazonで売り上げ1位を記録。その後に発売したDVDでもヒットを連発。“芸能界で一番エロい体”とされる。主な出演作に『フィギュアなあなた』(13)、『パズル』(14)、『マリアの乳房』(14)、『TOKYO TRIBE』(14)、ドラマ『闇金ウシジマくん Season3』(16/TBS系)など。

映画界に投入された人間爆弾・小林勇貴の早すぎる自叙伝『実録・不良映画術』が爆裂的に面白い!!

 福岡で実際に起きた連続殺人事件を題材にした間宮祥太朗の初主演映画『全員死刑』(配給:日活、東京テアトル)の劇場公開が11月18日から始まった。ヤクザ専門のノンフィクションライターとして知られる鈴木智彦の『我が一家全員死刑』(コアマガジン、小学館文庫)を原作に、危険な匂い充満するこの映画を撮り上げたのは1990年生まれの小林勇貴監督だ。静岡県富士宮市出身の小林監督は地元の不良たちを大挙出演させた実録不良映画『孤高の遠吠』(15)が「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2016」オフシアター・コンペティション部門部門グランプリを受賞したばかりの新鋭ながら、速攻での商業デビューを飾ってみせた。そして『全員死刑』に合わせて出版された小林監督の早すぎる自叙伝『実録・不良映画術』(洋泉社)が小林監督の映画と同様に爆裂的に面白い!

 タカシ、キヨシ、ヒロシに憧れていた──という言葉のセンスから常人とは違う。タカシ=『殺し屋1』(01)の三池崇史、キヨシ=『CURE キュア』(97)の黒沢清、ヒロシ=『リング』(98)の脚本家・高橋洋なわけだが、日本映画を代表するバイオレンス&ホラー映画の巨匠たちを、小林監督はまるで『BE-BOP-HIGHSCHOOL』の登場キャラクター呼ばわりである。タカシ、キヨシ、ヒロシたちが残してきた日本映画界の伝説史に、きっとユーキも新しいページを書き加えてくれることだろう。

 小林勇貴監督がいかにして商業監督デビューを果たしたのか、その道のりを書き記した『実録・不良映画術』は、彼の生い立ちから始まる。幼少の頃から『エイリアン』(79)や『スターシップ・トゥルーパーズ』(97)などのモンスター映画ばかりを母親から見せられ続けたというスパルタ式英才教育を施され、アーノルド・シュワルツェネッガー主演映画を見ながら「ほら、これがあんたの本当のお父さん」と教えられたそうだ。小学校では小林監督が楳図かずおの『漂流教室』や望月峯太郎の『座敷女』などのヤバい漫画ばかり持ってくるため、小林文庫は教室出禁となり、その代わりに小林監督は山本英夫の『殺し屋1』の問題シーンをノートに模写して友達に読ませていたという。やがて模写に飽きて、友達同士のケンカをオリジナルの実録漫画にするなど、実録系バイオレンス映画を得意とする映画監督としての萌芽がすでに始まっていた。そんなファンキーなエピソードが序盤から目白押しだ。

 高校1年時の武勇伝にもワクワクさせられる。小林監督自身は不良ではなかったものの(弟は元暴走族)、タッパのでかい暴力主義者のオオグマ先輩が無性に気に入らなくなり、毎日のように睨みつけていたところ、「なんだてめぇ?」と校舎裏でタイマン対決することに。一瞬ビビリながらも、「一度イモを引いたやつは一生イモを引く」という想いが頭をよぎり腹を括ってみせる。深作欣二監督の『仁義なき戦い』シリーズの影響と思われる。オオグマ先輩の「進学受験があるから、顔はなし」という一方的な変則ルールの前に小林監督は破れるものの、どこか男のロマンを感じさせるじゃないですか。この度胸のよさは、不良や暴走族を相手にした自主映画づくりや、間宮祥太朗ら人気キャスト&プロのスタッフを見事に使いこなした商業デビュー作『全員死刑』でも存分に発揮されることになる。

 高校卒業後は東京のデザイン会社に就職した小林監督。やがて映画好きな上司に勧められ、映画づくりを決意。書店に並んでいた映画製作についての本を読破しまくることで、独学で映画監督としてのノウハウを学んでいく。そうやって週末ごとに富士宮に戻って撮影したのが、地元で起きた不良たちのヤバい事件の数々をベースにした『NIGHT SAFARI』(14)や『孤高の遠吠』といった驚異の自主映画だ。昔からヤクザ同士の抗争が多く、ヤクザと創価学会が争ったこともあるという歴史を持つ富士宮という街で生まれ育ってきた男たちの、身体に染み込んでいる暴力衝動が連鎖反応的に爆発してく解放感&陶酔感がそこにはある。いつも心に爆弾を。それが小林監督作品だ。

 小林監督のヤンチャぶりは映画の宣伝スタイルにも現われている。ぴあフィルムフェスティバル(PFF)の同窓会パーティーでは、来場した塚本晋也監督や白石晃士監督らPFF出身の人気監督たちにPFFのスタッフのふりをしてお土産用の手提げ袋を次々と手渡す。袋の中には小林監督が撮った『NIGHT SAFARI』のDVDが入っていた。さらにはライムスター宇多丸のラジオ番組で『孤高の遠吠』を宣伝するために、ポスターを貼るポスティング会社のスタッフに変装してTBSに潜入してみせる。エレベーターを降りた時点で番組スタッフに取り囲まれるも、このときも小林監督は自慢の新作をしっかりとアピールすることに成功した。小林監督の無軌道っぷりには清々しさすら感じてしまうではないか。

 そんな小林監督が撮った初の商業映画『全員死刑』は、映画会社や芸能プロダクションにおもねることなく、さらに危険度がアップしている。兄・サトシ(毎熊克哉)にそそのかされ、暴力団組長の次男・タカノリ(間宮祥太朗)は昔からの遊び仲間を金銭目的のために絞殺するが、殺人という行為そのものにタカノリが興奮し、アドレナリン全開となっていく姿を生々しく描いてみせる。映画初主演となる間宮祥太朗の熱演もあって、ハンパない猛毒映画として仕上がった。

『実録・不良映画術』の終章で小林監督はこのように書き記している。

「本当にあった事件をモチーフにしたことで、ああだこうだと言うヤツがいる。それはそれで当然に思う。見世物小屋で頭はってるんだ、石投げられて当然だ。その怒りを受け止められないようでは職務怠慢だと思う。
 俺は受けて立つ。
 だけど言わせて貰えば、人が恐怖を語り継ぐこと、すでに起きてしまった事件を何かの作品に昇華させて語り継ぐこと、これは大昔から人間がずっとやってきた大事なことだと思う」

 商業映画シーンにおいても、腹を括ってみせた小林監督。12月9日(土)には渋谷アップリンクにて早くも最新作『ヘドローバ』が公開される。『ヘドローバ』は不良しか住んでいない団地を舞台にした抗争エンターテイメントらしい。常識に囚われない男・小林勇貴監督はこれからの日本映画界でますます暴れ回ってくれるに違いない。
(文=長野辰次)