「東スポ映画大賞」大杉漣さんらが助演男優賞! 松重豊、西田敏行らが天国へエール……

 2月25日、ビートたけしが審査委員長を務める「第27回東京スポーツ映画大賞」および「第18回ビートたけしのエンターテインメント賞」の授賞式が、港区のグランドプリンスホテル高輪で行われた。

 毎年恒例「たけしの独断と偏見」によってノミネート作品が決められる本映画祭。昨年(2017年)は北野武監督作品『アウトレイジ 最終章』が公開され、大きな評判を呼んだ年であり、芸能記者の間でも「今年は『アウトレイジ祭り』になるかも?」との予想が多く集まっていた。

 無論、今年は『アウトレイジ 最終章』が8つの賞のうち5つを受賞する快挙となっており、大方の予想通り一大“アウトレイジ祭り”となっていた。

 ところが、これには「たけしのワガママ」以外の事情があるといい、たけしは「今年は特に(邦画が)不作だったように思う。その結果、『アウトレイジ』だけが残ったんですよ」と壇上で語っており、今回の選定には(いつもは止める側の)関係者も納得の結果だったという。

 今回、『アウトレイジ 最終章』は作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞、新人賞を受賞しており主要出演者の多くが登壇。

 助演男優賞には大杉漣さんの名前もあったが、先日の報道通り大杉さんは2月21日にロケ先であった千葉県の病院で急逝。登壇することは叶わなかった。

 助演男優賞には大杉さんを病室で看取った松重豊さんもノミネートされており、松重さんは壇上にて大杉漣さんとはじめて出会った時の感想を語ったほか、亡くなる直前には東スポ映画大賞や北野映画のことをよく話題にしていたといい「僕も大杉漣さんと一緒に北野映画(アウトレイジ最終章)に出演できて『こんな晴れやかな場所に一緒に立てるんですね』という喜びを、つい4日ほど前に千葉の海で話したばかりだったので残念でした。でも湿っぽいのが嫌いな漣さんなので……。これからも僕たちを見守ってください」と語り故人を偲んだ。

 また、同作品で主演男優賞を授賞した西田敏行も「私も大杉漣という戦友を失ったことは非常に残念でした。あんなに突然に逝ってしまうなんて…とてもつらいですが今思うととても大杉漣さんらしいな、と思っています」とコメント。また西田と同じく主演男優賞を授賞した塩見三省は本作が脳出血後、はじめての映画復帰作だったこともあり「大杉! 俺はこんな身体になったけど、もうちょっとだけやってみるよ。ありがとう!」と天国の大杉さんに呼びかけた。

 続いては「第18回ビートたけしのエンターテインメント賞」。こちらも映画賞と同じく「ビートたけしの独断と偏見」で選ばれるエンタメ賞で栄誉ある「話題賞」には昨年、暴行事件で一躍時の人となった元横綱の日馬富士および貴ノ岩、秘書へのキツイ暴言が週刊誌へリークされた豊田真由子元衆議院議員、そしてジャニーズ事務所を退社し「新しい地図」を立ち上げた元SMAP3人がノミネートされた。日馬富士&貴ノ岩はもちろん欠席、豊田元議員も直筆の手紙の代読までに留まったが、唯一出席したのが香取慎吾であった。

 香取は、たけしからの「ジャニーズ事務所ネタ」「SMAPネタ」に困惑しながらもスピーチを行い「『新しい地図』を立ち上げてから1年も経っていないのですがこのような素敵な賞をいただけてうれしく思っております」と感想を語った。

 また「東スポさんには、とてもお世話になっていて一面を何度も飾らせていただいたこともあり、結構早い段階で『香取慎吾引退』と書かれていまして……あの時点で引退してたらこの舞台にも立てていないので、『あぁ引退しなくて良かったな』と思っています」「今、4月公開予定の映画(『クソ野郎と美しき世界』)を撮影しているのですが、次回は東スポさんの映画大賞にノミネートされたいな、と思っています。きっと、ほかの映画賞はとれないと思うので……お願いします」と、ブラックジョークと共にビートたけし審査委員長へ懇願するスピーチも披露された。

 以上のように2017年度の「東スポ映画賞」「エンタメ大賞」は締められた。果たして18年はどのような映画&エンタメが我々を楽しませてくれるのか、期待したいところである。
(文・写真=穂積昭雪[山口敏太郎事務所])

「東スポ映画大賞」大杉漣さんらが助演男優賞! 松重豊、西田敏行らが天国へエール……

 2月25日、ビートたけしが審査委員長を務める「第27回東京スポーツ映画大賞」および「第18回ビートたけしのエンターテインメント賞」の授賞式が、港区のグランドプリンスホテル高輪で行われた。

 毎年恒例「たけしの独断と偏見」によってノミネート作品が決められる本映画祭。昨年(2017年)は北野武監督作品『アウトレイジ 最終章』が公開され、大きな評判を呼んだ年であり、芸能記者の間でも「今年は『アウトレイジ祭り』になるかも?」との予想が多く集まっていた。

 無論、今年は『アウトレイジ 最終章』が8つの賞のうち5つを受賞する快挙となっており、大方の予想通り一大“アウトレイジ祭り”となっていた。

 ところが、これには「たけしのワガママ」以外の事情があるといい、たけしは「今年は特に(邦画が)不作だったように思う。その結果、『アウトレイジ』だけが残ったんですよ」と壇上で語っており、今回の選定には(いつもは止める側の)関係者も納得の結果だったという。

 今回、『アウトレイジ 最終章』は作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞、新人賞を受賞しており主要出演者の多くが登壇。

 助演男優賞には大杉漣さんの名前もあったが、先日の報道通り大杉さんは2月21日にロケ先であった千葉県の病院で急逝。登壇することは叶わなかった。

 助演男優賞には大杉さんを病室で看取った松重豊さんもノミネートされており、松重さんは壇上にて大杉漣さんとはじめて出会った時の感想を語ったほか、亡くなる直前には東スポ映画大賞や北野映画のことをよく話題にしていたといい「僕も大杉漣さんと一緒に北野映画(アウトレイジ最終章)に出演できて『こんな晴れやかな場所に一緒に立てるんですね』という喜びを、つい4日ほど前に千葉の海で話したばかりだったので残念でした。でも湿っぽいのが嫌いな漣さんなので……。これからも僕たちを見守ってください」と語り故人を偲んだ。

 また、同作品で主演男優賞を授賞した西田敏行も「私も大杉漣という戦友を失ったことは非常に残念でした。あんなに突然に逝ってしまうなんて…とてもつらいですが今思うととても大杉漣さんらしいな、と思っています」とコメント。また西田と同じく主演男優賞を授賞した塩見三省は本作が脳出血後、はじめての映画復帰作だったこともあり「大杉! 俺はこんな身体になったけど、もうちょっとだけやってみるよ。ありがとう!」と天国の大杉さんに呼びかけた。

 続いては「第18回ビートたけしのエンターテインメント賞」。こちらも映画賞と同じく「ビートたけしの独断と偏見」で選ばれるエンタメ賞で栄誉ある「話題賞」には昨年、暴行事件で一躍時の人となった元横綱の日馬富士および貴ノ岩、秘書へのキツイ暴言が週刊誌へリークされた豊田真由子元衆議院議員、そしてジャニーズ事務所を退社し「新しい地図」を立ち上げた元SMAP3人がノミネートされた。日馬富士&貴ノ岩はもちろん欠席、豊田元議員も直筆の手紙の代読までに留まったが、唯一出席したのが香取慎吾であった。

 香取は、たけしからの「ジャニーズ事務所ネタ」「SMAPネタ」に困惑しながらもスピーチを行い「『新しい地図』を立ち上げてから1年も経っていないのですがこのような素敵な賞をいただけてうれしく思っております」と感想を語った。

 また「東スポさんには、とてもお世話になっていて一面を何度も飾らせていただいたこともあり、結構早い段階で『香取慎吾引退』と書かれていまして……あの時点で引退してたらこの舞台にも立てていないので、『あぁ引退しなくて良かったな』と思っています」「今、4月公開予定の映画(『クソ野郎と美しき世界』)を撮影しているのですが、次回は東スポさんの映画大賞にノミネートされたいな、と思っています。きっと、ほかの映画賞はとれないと思うので……お願いします」と、ブラックジョークと共にビートたけし審査委員長へ懇願するスピーチも披露された。

 以上のように2017年度の「東スポ映画賞」「エンタメ大賞」は締められた。果たして18年はどのような映画&エンタメが我々を楽しませてくれるのか、期待したいところである。
(文・写真=穂積昭雪[山口敏太郎事務所])

福山雅治主演、ジョン・ウー監督の映画『マンハント』がまったく話題にならず……黒歴史濃厚か

 福山雅治が初めて本格的なガンアクションに挑戦した、ジョン・ウー監督の映画『マンハント』。日本では2月9日に全国公開され、2月10日~2月16日の週間観客動員数ランキングでは初登場4位を記録、翌週のランキングは6位となった(興行通信社調べ)。日本を代表する人気俳優である福山の主演作としては、なんとも微妙な数字だ。

「世界的なアクション映画の監督であるジョン・ウーと福山のタッグということで、本当であれば話題性は十分。しかし、福山がツアー中ということもあり、公開時のプロモーションはそこまで積極的ではなく、波に乗れなかったという印象です」(映画関係者)

 1976年公開の高倉健の主演映画『君よ憤怒の河を渉れ』のリメイク作品となる『マンハント』。ロケは大阪で行われた。

「あまりにも話題になっていないからか、公開2周目になってから、ロケの秘話などを報じる記事がちょくちょく出るようになっています。福山とジョン・ウーでコケたとなったら映画会社としても大痛手ですからね」(同)

 そもそも、作品の評判はどうなのだろうか? ネット上では「午後ロークオリティ」「話がむちゃくちゃすぎて、ところどころでつい笑っちゃう」「いっそコメディ映画といってほしい」といった感想が投稿されている。

「ジョン・ウーらしいアクション映画です。設定にツッコミどころも多いですが、そういった突拍子もない空気感も含めて楽しむ作品だと思います」(同)

 しかし、その突拍子もない雰囲気が、福山のファン層に今ひとつフィットしていないようだ。芸能事務所関係者は、こう話す。

「福山のファンの多くは妙齢の女性。恋愛ドラマであれば、無条件に絶賛されていたかもしれません。でも、ぶっ飛んだアクション映画となると、劇場に足を運んだはいいが、魅力を理解できずに困惑するというパターンも多い。でも、福山のファンとして“つまんなかった”とは投稿できないから、スルーしてしまう。結果的にSNSへの投稿も少なく、話題にならないということなんでしょうね」

 このまま『マンハント』は、ヒットすることなく終わってしまうのだろうか……?

「下手をすれば、福山の黒歴史になってしまうかもしれない。福山サイドとしては、それだけは避けたいといったところでしょう。打ち切りになるまでは、メディア展開も含めて悪あがきが続くと思いますよ」(同)

 結婚してからというもの、人気の低下もささやかれている福山。『マンハント』が“凋落”の決定打にならなければいいが。

選挙での獲得票数と信仰心のあつさは比例する!? 公明党と創価学会の内情を描く問題作『息衝く』

 東京の西郊外にぽつんと建つ田無タワーは、明日の天気を予報することで知られている。日没後にライトアップされたタワーが青色だと雨、黄緑だと曇り、紫色だと晴れになる。木村文洋監督の映画『息衝く(いきづく)』には、田無タワーが度々映し出される。タワーを見上げれば、少なくとも明日の空模様だけは知ることができる。寄る辺なき者たちの不安げな心情が、そこには感じられる。いつまでも続く経済不況に加え、震災や原発事故、そして右傾化する社会……。『息衝く』は明るい未来を予測することができずにいる今の社会状況を、政治、宗教、家族など様々な視点から見つめたドラマとなっている。

 今の日本の政治を、多くの人はおかしなものだと感じている。震災後、自滅していった民主党政権に代わって、再び自民党が与党となり、安倍内閣による長期政権が続いている。だが、その政権を支えているのは選挙で安定した強さを発揮する公明党であり、その公明党は巨大な宗教組織「創価学会」によって支えられている。かつて野党時代の公明党は福祉政策や世界平和を訴えていたが、与党となったことで立場が大きく変わってしまった。自民党も公明党も学会員も含め、みんな違和感を感じながらも、走り出した列車を誰も止めることができずにいる。今さら口を出すことも憚れる、裸の王さま状態の政権に将来を委ねなくてはならない日本社会の不透明さ、変えようのない現実に対するジレンマが、『息衝く』のモチーフとなっている。

 物語は1989年から始まる。核燃料再処理工場の誘致が決まった青森県六ヶ所村から母親に連れられて上京してきた少年・則夫は、最初に声を掛けてきた2歳年上の大和、大和と幼なじみの慈と仲良くなり、完成したばかりの田無タワーを眺めていた。3人の子どもたちのことを、父親代わりの森山(寺十吾)がいつも見守ってくれていた。大和は「よだかの星は、ここから見えますか?」と森山に尋ねる。童話『よだかの星』を書いた宮沢賢治が熱心な法華経の信者だったように、森山や3人の子どもたちも法華経の信者だった。彼らは宗教団体「種子の会」に所属していた。「よだかの星を一緒に探そうか」という森山の返事に、子どもたちは嬉しそうにうなずいた。

 それから25年の歳月が流れた。則夫(柳沢茂樹)と大和(古屋隆太)は「種子の会」の信者として過ごしていたが、世の中はずいぶんと変わった。「種子の会」を母体にした政治団体「種子党」は与党政権に付いていたが、すでに独自色は失われ、政権にしがみつく存在となっていた。信者たちの間でカリスマ的な人気を誇った森山は国会議員として活躍したものの、10年前の自衛隊派遣問題をきっかけに政界を辞め、則夫たちの前からも姿を消していた。大和も則夫も父親のように慕っていた森山が失踪したことにショックを受けたが、「種子党」幹事長の金田(川瀬陽太)は次の選挙に協力するよう大和、則夫に要求する。家族や職場のことで悩みを抱える大和と則夫は、自分たちの手で社会を変えようと選挙運動に尽力するが、選挙終了後、彼らはさらに厳しい現実を直視するはめに陥る──。

 青森県出身の木村文洋監督は、六ヶ所村の核燃料再処理工場で働く青年とその婚約者を主人公にした社会派ドラマ『へばの』(08)で長編監督デビューを飾った。その後、地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教の幹部・平田と女性信者との逃亡生活にインスパイアされた『愛のゆくえ(仮)』(12)も撮っている。今回の『息衝く』は、青森ロケを敢行した『へばの』を公開した直後に「原発関連の施設のある地元だけの問題で終わらせずに、加害者であり、また被害者でもある日本人全体の立場から作品を撮らなくては」と思い立った企画だ。途中、東日本大震災が起こり、完成するまで10年近い歳月を要した。木村監督も含めて5人の脚本家たちによる共同作業を経て、様々な視点を盛り込んだ群像劇となっている。「種子の会」の強い繋がりや、選挙の投票日に会員たちがみんなで懸命に祈祷する様子などは、木村監督自身が大学時代に「創価学会」に入っていたときの体験をもとにしたものだ。

木村監督「もともと宗教に関心があり、青森から京都大学に進学した際に知人に勧められて創価学会に入会したんです。投票日にみんなで祈祷しているシーンは、僕が学生時代に見た光景です。選挙での獲得票数が信仰心のあつさと比例するという考え方は多分、今も続いているはずです。僕は映画サークルの活動が次第に忙しくなったこともあって、1年で集まりには参加しないようになりましたが、孤独な人間にとって居場所が用意されていることはすごく心地のよいこと。僕が入信した1990年代はもうそれほどではなかったと思いますが、創価学会が信者数を大きく増やした60年代や70年代は、地方から都会に上京してきた次男や三男、頼る相手のいない出稼ぎ労働者たちにとっては大切なコミュニティとして機能していたはずです。学会員の知人との交流は今も続いていますし、マジメに宗教活動している学会員も少なくないと思います。でも、マジメに活動している人ほど、今の政治状況には悩んでいるように感じるんです」

 劇中で描かれている「種子の会」「種子党」は、創価学会と公明党をモデルにしたものだが、本作は宗教&政治タブーを扱うことで安直に話題づくりを狙ったものにはなっていない。大きな矛盾を抱え、葛藤しながらも、前へ進まざるをえない今の日本の社会状況を象徴する存在として描かれている。

木村監督「原発が経済的にも非合理なものであることはすでにみんな気づいているのに、日本では地方の独占企業である電力会社の力が強く、また中央の人間も原発を止めたがらない。こういった状況を変えるには、従来とは異なる価値観を持った人たちが増え、声を上げていくことが重要だと思うんです。異なる価値観をつくるために、宗教関係者にも、脱会者にも、何より自分の帰属体が分からない人にこそ、そこを考えてほしいんです。この映画が公開されることで、政治や宗教についてもっと普通に話し合えるような空気になればいいなと思うんです」

 物語のなかば、則夫と大和はシングルマザーとなっていた慈(長尾奈奈)と再会する。やがて3人は、子どもの頃のように「よだかの星」を探す旅に向かう。そして、3人は変わり果てた「よだか」と遭遇することになる。カリスマ的指導者に依存することなく、どうすれば明日を信じることができるのか。田無タワーが告げる天気予報と違い、この映画が投げ掛ける問いの答えは容易には見つからない。
(文=長野辰次)

『息衝く』
監督/木村文洋 脚本/木村文洋、桑原広考、中植きさら、杉田俊介、兼沢晋 音楽/北村早樹子
出演/柳沢茂樹、長尾奈奈、古屋隆太、木村知貴、齋藤徳一、GON、小山雄貴、片方一予、中村卓也、岡村まきすけ、遠藤隼斗、野口雄介、申瑞季、首くくり拷象、小宮孝泰、西山真来、坂本容志枝、川瀬陽太、寺十吾
配給/team JUDAS 2017 2月24日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開
c) team JUDAS 2017
http://www.ikiduku.com/

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美少女人魚たちのストリップショーに目が釘付け!! 背徳感溢れる官能系ミュージカル『ゆれる人魚』

 未知なる性感帯を探り当てられたような、自分では気づいていなかった性癖を暴かれたような、そんなエロティックな喜びがある。ポーランド映画『ゆれる人魚』は、これまでちょっと観たことのないタイプの官能系ホラーミュージカルだ。美しい裸体をくねらせる人魚姉妹のストリップ&歌唱シーンに、思わず骨盤の奥のあたりが疼き始めてしまう。背徳感溢れる92分間の映像世界に、すっかり身も心も虜になってしまう。

 本作の主人公となるのは、セイレーン伝説で知られる2人の人魚たちだ。かつて人魚は、美しい歌声で船乗りたちを惑わし、次々と船を沈めては船乗りたちの肉をむさぼり喰ったと欧州では言い伝えられてきた。そんな恐ろしい伝説を持つ人魚姉妹が近現代のポーランドに現われ、都会のナイトクラブでステージデビューを果たすことになる。シルバーとゴールデンという名の美しい人魚姉妹は、自慢の歌声でたちまちナイトクラブの人気者となっていく。人魚姉妹は歌い、踊る。男たちを喰い殺したいという願望を優しい笑顔で隠しながら。

 人魚姉妹のシルバー(マルタ・マズレク)とゴールデン(ミハリーナ・オルシャンスカ)が、とても魅力的だ。名前はシルバーだが金髪の姉はイノセントタイプ、妹のゴールデンはブルネットヘアにクールなルックスで、それぞれ男心を掻き立てる。海から陸に上がった人魚姉妹は人間の姿に変身しているが、ナイトクラブの支配人(ジグムント・マラノヴィッチ)が2人を丸裸にしてボディチェックをすると、シルバー&ゴールデンの下半身には女性器もヘアもアヌスも存在しないことが分かる。2人の下半身は人間に変身したときだけの仮の姿だからだ。ところが、この美少女たちに少量の水を垂らすと、2人は我慢できずにヌメヌメとした元の人魚の姿に戻ってしまう。人間ならざるものたちの妖しい姿に、ますます惹き付けられてしまう。

 夜も更け、いよいよナイトクラブでのステージが幕を開ける。2人の美少女シルバー&ゴールデンのデビューライブに、ウォッカを片手にした客たちは大喜びだ。ちなみにこの映画の時代&舞台設定は1980年代のポーランドの首都ワルシャワ。当時のポーランドは共産政権時代末期にあたり、普段は質素な生活を強いられていた市民たちは週末のナイトクラブでのみ自由を謳歌した。

 70~80年代のノリのいい欧米のディスコサウンドが生演奏される中、シルバー&ゴールデンは楽しげに歌い踊る。そしてすっぽんぽんとなり、ステージ中央に置かれた巨大水槽へ飛び込み、人魚姿を披露する。美少女たちのこの大イリュージョンを、観客たちは大歓声で讃えまくった。共産時代のアンダーグランドカルチャーが、当時のポーランドを知らない人間にはとても新鮮なものに映る。ロシアやドイツなど強国の支配に抑圧され続けたポーランド市民の歪んだ欲望と人魚姉妹の妖しさとがスパークしたライブステージに、観る者は禁断の喜びを覚えずにはられない。

 こんな妖艶な人魚姉妹を、男たちが放っておくはずがない。姉シルバーはバックバンドの若いベーシスト(ヤーコブ・ジェルシャル)とたちまち恋に堕ちていく。アンデルセンの童話『人魚姫』のような、甘いラブロマンスが奏でられることに。一方のゴールデンは人間の男を毛嫌いしており、自分に近づく男たちを誰もいない場所に呼び出しては、エロい妄想で頭がいっぱいな男の首筋に鋭い牙で噛み付く。返り血を浴びたゴールデンは元の人魚の姿に戻り、本能の赴くまま毒ウツボのような長い下半身を気持ちよさげにくねらせる。ステージではぴったり息の合ったデュエットを披露するシルバー&ゴールデンだが、2人の性格はまるで正反対だった。

 本作で長編デビューを飾ったアグニェシュカ・スモチンスカ監督は、1978年のポーランド生まれの女性監督。母親が経営するナイトクラブのバックステージで少女期を過ごし、そんな彼女自身の大人の世界を垣間みた鮮烈な記憶をベースにした幻想譚となっている。主人公のシルバー&ゴールデンはセイレーン伝説やアンデルセン童話などの旧来の人魚イメージをまとっているが、異なる性格の人魚姉妹はその皮を一枚剥ぐと、中からは大人の女になる直前の“少女”という名のリアルモンスターが現われる。少女はその清純な魅力で男たちを虜にしてしまうが、同時に男たちを憎み、殺意すら抱いている。その相反する少女の二面性こそがシルバー&ゴールデンという人魚姉妹に姿を変え、ステージで歌い、そして踊っているのだ。少女の寿命はとても短い。そのことを知っている彼女たちは、男の新鮮な肉を喰らうことで妖しい魅力を保ち続けている。

 ストーリーとは直接関係はないが、バックバンドのバンマス格にあたるドラマー(アンジェイ・コノプカ)と歌手のクリシア(キンガ・プレイス)が、初ステージを控えたシルバーとゴールデンにアドバイスするひと言が印象的だ。

「ライブで100%の力を発揮することは大事。でも、200%の力は発揮するな」

 多くの新人たちが一瞬の閃光を放ち、そして消えていったステージを見届けてきたベテランの2人らしい、味のある言葉ではないか。この映画を観た者は多分、シルバーかゴールデンのどちらかに100%惚れてしまうだろう。だが、200%の力で恋をするのはやめたほうがいい。200%の力で恋をすると、もう二度と後戻りできないようになってしまうから。
(文=長野辰次)

『ゆれる人魚』
監督/アグニェシュカ・スモチンスカ
出演/キンガ・プレイス、ミハリーナ・オルシャンスカ、マルタ・マズレク、ヤーコブ・ジェルシャル、アンジェイ・コノプカ 
配給/コピアポア・フィルム R15+ 2月10日より新宿シネマカリテほか全国ロードショー中
C)2015WFDIF, TELEWIZJA POLSKA S.A, PLATIGE IMAGE
http://www.yureru-ningyo.jp

 

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“ニッチェ”江上と“美巨乳”筧美和子が女優覚醒!? 吉田恵輔監督の毒演出が冴える近親憎悪劇『犬猿』

 吉田恵輔監督のオリジナル脚本による新作『犬猿』が面白い。『純喫茶磯辺』(08)では新人時代の仲里依紗、『さんかく』(10)では“えれぴょん”こと元AKB48の小野恵令奈の小悪魔的な魅力を存分に引き出してみせるなど、演技キャリアのない若手女優の転がし方が抜群にうまい監督なのだ。今回の『犬猿』ではお笑いコンビ「ニッチェ」の江上敬子、リアリティー番組『テラスハウス』(フジテレビ系)で人気者になった筧美和子をメインキャストに抜擢。まるで似てない姉妹役を演じるこの2人に、実力派俳優の窪田正孝と新井浩文が兄弟役で絡み、痛くておかしなアンサンブルが繰り広げられていく。

 舞台となるのは小さな印刷工場。出版不況にデジタル化が進み、印刷工場の経営はかなり厳しい。そんな中、病気で倒れた父親から受け継いだ工場を、長女の由利亜(江上敬子)は何とか切り盛りしていた。ガムシャラに働く姉・由利亜とは対照的に、妹の真子(筧美和子)はのほほんとした性格で、ルックスの良さと巨乳を売りにして、芸能活動に励んでいる。とはいえ、たまにあるグラビア撮影だけでは食べていけず、普段は姉が経営する工場に勤めている。職場で愛想を振りまくだけの真子のことをお得意さんはちやほやするため、由利亜は面白くない。当然ながら、姉妹仲はあまりよろしくない。

 堅物の由利亜だが、取引先である印刷会社の営業マン・和成(窪田正孝)にだけはとことん甘い。和成に気に入られようと、和成が持ってくる無茶な予算やハードな納期も、由利亜は笑顔でずっと請け負ってきた。和成を食事に誘いたい由利亜だが、奥手な性格なため、なかなか言い出せずにいる。見かねた真子が「食事に行きましょうよ」と姉に代わって切り出すが、自分もちゃっかり同席し、食事の席で一方的に盛り上がってしまう。マジメな姉は妹の要領のよさを、妹は姉のプライドの高さをお互いにうとましく感じている。

 一方の和成も家族のことで頭を悩ませていた。刑務所に入っていた兄・卓司(新井浩文)が出所し、和成のアパートで居候を始めたからだ。卓司はすぐに暴力を振るい、金銭感覚にも乏しく、定職に就くことができずにいる。和成の部屋にデリヘル嬢を呼ぶなど、やりたい放題だった。鼻つまみ者の卓司だったが、意外なことに輸入したダイエット食品が大当たり。高級車を乗り回し、親の借金を代わりに返済するなど、急に羽振りがよくなる。兄のようなヤクザ者にはなりたくない一心で、地道にサラリーマン生活を送ってきた和成にとって、兄の成功は面白くない。普段は温厚な性格の和成だが、同僚から「大丈夫? 人を殺しそうな顔をしているよ」と冗談まじりで声を掛けられ、ハッとしてしまう。ここらへんの繊細な芝居が、『僕たちがやりました』(フジテレビ系)の窪田正孝はとてもうまい。

 身近すぎる存在だから、余計に目障りに感じてしまう兄弟・姉妹間のナイーブな関係を、吉田監督は実にシビアかつコミカルに描いていく。小太り体型の姉・由利亜と違ってナイスバディな妹・真子だが、お勉強方面はさっぱり苦手。海外の映画に出演するチャンスが回ってくるが、英語が話せないためにほぞを噛むはめになる。職場や家族の中で常に必要とされている姉のことを妬ましく感じてしまう。姉がぞっこんなことを知りつつ、和成とホテルに行く関係となる。姉が欲しがっているものは、ついつい自分も欲しくなってしまうのだ。適度な距離感のある姉&弟、兄&妹と違って、同性同士の兄弟・姉妹はどうしても競争相手という意識が働いてしまう。大人になっても、その関係は続くことになる。ちなみに吉田監督はお姉さんがいるが、男兄弟は不在。兄のいる佐藤現プロデューサーの体験談や、なかにし礼の自伝的小説『兄弟』などを参考にしているそうだ。

 デビュー当初から、オリジナル脚本による『純喫茶磯辺』『さんかく』といった傑作コメディを放ってきた吉田監督。その後は東映で『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(13)、東宝で『銀の匙 Silver Spoon』(14)とメジャー系での仕事が続いたが、森田剛が連続殺人&強姦魔を大熱演した前作『ヒメアノ~ル』(16)で本来の毒気を取り戻し、監督としてステージをひとつ上げた感がある。『さんかく』でも、ひとりの男(高岡蒼佑)をめぐる姉妹(田畑智子、小野恵令奈)の諍いが描かれたが、今回の『犬猿』は姉妹のみならず、兄弟間の生死に関わる葛藤も関わり、よりバージョンアップした人間模様が描かれている。

 吉田恵輔作品は、若い女の子に対するフェティシュな目線も面白さのひとつ。『さんかく』では焼肉を食べた後の小野恵令奈の髪の匂いを高岡蒼佑がうれしそうに嗅ぐという変態チックなシーンが笑いを呼んだ。今回、吉田監督のターゲットとなったのは筧美和子だ。ずっと想いを寄せていた和成を妹の真子にかっさらわれ、由利亜は親戚が集まった新年の食事会の場で怒りを静かに爆発させる。家族や親族がまったりと過ごしているお茶の間で、由利亜はみんなの人気者・真子が出演している最新のDVDを流す。海外で撮影してきたこのDVD、いわゆる「着エロ」と呼ばれるもの。真子のマシュマロのようなボディが、男の手でマッサージされ、揉みしだかれる様子がテレビに映し出される。家族や親戚には内緒でこっそり出演した際どい「着エロ」DVDを見られ、真子は恥ずかしくてたまらない。筧美和子のリアクションは自然だし、悪意をむきだしにする江上敬子の表情もいい。吉田作品のコメディシーンには、近親者ゆえの妬み、嫉み、憎悪、コンプレックスといった本音が見え隠れし、非常に味わい深い。

 一緒にいると必ずケンカになってしまう兄弟・姉妹だが、身内以外の人間から兄や姉のことを悪く言われると、ついムキになって反論してしまう。同じ親から生まれ、同じ物を食べ、同じ環境で育ったため、どんなに似てない兄弟や姉妹でも、根っこの部分ではどうしようもなく通じるものを持っている。その根っこの部分こそが、憎たらしくて愛おしい。自分にとって最大の理解者でありながら、ちょっと油断すると足を引っ張りかねない天敵でもある。兄弟、姉妹ほど面倒くさい存在はいない。
(文=長野辰次)

『犬猿』
監督・脚本/吉田恵輔
出演/窪田正孝、新井浩文、江上敬子、筧美和子、阿部亮平、木村和貴、後藤剛範、土屋美穂子、健太郎、竹内愛紗、小林勝也、角替和枝
配給/東京テアトル 2月10日(土)よりテアトル新宿ほか全国ロードショー
(c)2018「犬猿」製作委員会
http://kenen-movie.jp

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ランキングからアニメを除外の「映画芸術」に聞いた「荒井晴彦さん、あなたはアニメが嫌いなのですか?」

「なんとも思ってはいない、ただ……」

 夕方、会議を終えて少し疲れた様子の荒井晴彦は、少し考えてから口を開いた。

 今、アニメ関係者の中でひとつの雑誌が話題になっている。荒井が編集発行人を務める「映画芸術」(編集プロダクション映芸)が、それだ。映画批評誌の中では老舗に位置づけられる雑誌。その最新号に掲載された「日本映画ベストテン&ワーストテン」。年1回発表される同誌のランキングで、2017年の作品からアニメ映画を除外したことが話題になっているのだ。

 その除外に至る論理、議論。アニメを外すなら選考を辞退することを決めた映画評論家の主張などは、これが掲載された最新462号に掲載されているので、興味のある人は各自で目を通してもらいたい。

 ともあれ、最新462号の発売と共に、主にアニメ関係者から、さまざまな形で批判が噴き上がった。「アニメが嫌いなのではないか」「CGが当たり前になっているのに、実写とアニメに違いはあるのか」。

 個々の意見はさまざまだが、主要なものは荒井が「アニメが嫌い」で「考え方が古い」というもの。そうした意見の背景には、アニメ映画は大勢の観客を動員し、世界的にも評価されている。それに対して、実写はどうなのか。ネットではさまざまな言葉を費やして、単なる対立軸ではない問題だとを書き連ねるものも目にした。

 それでも、アニメ関係者……評論家やライターを肩書にする人々や愛好者が、実写に対するコンプレックスのようなものを燃やしているのではないかという予断を拭うことはできなかった。そう考えたとき、アニメを除外することを決断した「映画芸術」編集部の、誌面には記されていないバックグラウンドの部分を訊ねてみたくなった。

 取材依頼を送った翌日の昼。電話で告げられたのは「今日の夕方どうですか。編集会議の後の時間なのですが……」。すぐに、私は「行きます」と答えた。移動の最中に、もう一度読み直しておこうと思いカバンを開くと「映画芸術」ではなく「映画批評」の1972年7月号が入っていた。この号に収録されている「共産主義者同盟赤軍派より日帝打倒を志すすべての人々へ」は、何度読んでも面白いが、今は要らない。新宿で電車を降りて、もう1冊買った。

 

■すずさんには「戦争責任」はあるのか

 

 荒井は、編集長の稲川方人と2人でやってきた。単刀直入に質問した。

「荒井さん……2016年のランキングで『この世界の片隅に』が1位になったのが悔しいんですか? それとも……アニメが嫌いなんですか?」

 冒頭の通り、少し考えてから荒井は話し始めた。

「『君の名は。』を映画館で観た時に思った。この映画館にいっぱいいる観客の人たちは、普通の映画を観ないのだろうか。よい映画というのは、映画の100年以上の歴史の中で、いっぱいある。けれど、ここにいるのは、そういうものがあることを知らない人たちなのではないかと。それで『いい映画だ』『いいアニメだ』と、言っているのか……そんなことを思ったのです」

 では『この世界の片隅に』は? 私が訊ねると、しばらくして、ようやく荒井の口が開いた。

「ん……どうしてこれが評価されるのか、よくわからなかった。時代考証をよくやっているという人は、私の周りにも多かった。でも、私は『(絵で)描けばいいんじゃないか』としか思わなかった。これまで、ぼくも実写で戦争中の日常を撮ったことはあるけれども、そういった評価はなかった。具体的に揃えるのは大変なのに……」

 私は、これまで50回くらい『この世界の片隅に』を観ている。そんな私にとっての「名作」に与えられる批判にも、苛立ちはなく新鮮に聞こえた。荒井は言葉を続けた。

「あの映画は評価されている。けれども、この映画は、日本の映画の中にずっとある戦争イコール被害の流れの中にある映画と同じ……被害だけを語っている……」

 被害だけを語っているという見方が気になった。

「被害だけを描くことが、本当にそれでいいのかという問題提起は無視されている。ぼくは『イノセントな女のコに戦争責任はないのか』と言っている。でも、そこにはみんな、なんにも……」

 また、少し考えてから荒井は口を開いた。

「『君の名は。』を観た時も、また疑問を感じた。これは、歴史修正主義……あったことをなかったことにしてしまうのは、映画のルールとしてやってはいけないこと。劇中では、隕石落下がなかったことになる。それは、東日本大震災だったり、戦争だったり、そういうのもなかったことにしてしまう思想。それは、あれだけの大勢の人がいい映画だと思って見ていることは、なんなのだろうと思う……」

 それから、また話題は『この世界の片隅に』に戻った。

「作品の中に登場する朝鮮人みたいな人とか、遊郭の描写。それを、どうして、あれで抑えてしまうのか。ぼくには、ヤバいところにいかない線で描いているように見えた。それでもなお、良心的な描写だといわれる。だから、こう考えた……南京陥落の時に、日本中で提灯行列をやっていたはず。あのヒロインは、ひょっとしてそこに行っていないのか……」

 思いも寄らなかった映画の見方に戸惑っているうちに、荒井の言葉は続いた。

「そう考えた時、この映画はなんなのだろう。地上戦があったのが沖縄だけだった結果、天変地異と同じようなものだというのが、日本人の戦争観。結局は、反省は何もせず、それが現在につながっているのではないか……」

 

■荒井さんの考えは古い? 古くていいのだ!

 

 しばし、どう言葉を返そうか迷って、別の質問を投げかけてみた。

「荒井さんの考えは古いといわれている……」

 ふっ、と荒井は笑顔を浮かべた。まるで、そんなことは意に介さないかのように。荒井に変わって、稲川が口を開いた。

「『古い』で、いいと思っている。私たちの考える古い・新しいは違う。新しいアイテムや情報を提供しているかどうかに、価値観は持っていない。今回の件で、アニメの人たちは『映画芸術』の考え方は古いと言う。でも、それは資本側から観た価値観。そういうのに『映画芸術』は依存しない」

 問題提起の根っこの部分が、少し見えた気がした。アニメが興行成績の上位に浮上した。大勢の人が「これは、よい映画だ」と絶賛をしている。でも「よい映画だといっている貴方たちは今まで、どれだけの映画を観て、考えた上で、そう主張しているのか」。それが、問題的の根本にあるように見えた。荒井が口を開いた。

「『君の名は。』に熱狂している人たちは、モノクロスタンダードの映画とか、いわゆる映画史に関してノータッチ。本当ににいい映画を知らないのではないのか……もっと、いい映画が日本にも世界にもいっぱいあるのに。『この世界の片隅に』に感じるのは、いわゆる『反戦映画』として捉えるならば、もっと実写にもいっぱいある。ぼくは『火垂るの墓』のほうがいいんじゃないのと思うけどね……」

 なぜ『この世界の片隅に』が評価されているのか。それについて意見したいことは、さまざまあったが、それは抑えて訊ねた。

「では、アニメを除外したのは、新たにテーゼを立てたということ……」

 先に荒井が口を開いた。

「そうです。以前には、実写も頑張らないとアニメに負けるよと考えて、アニメを評価したこともある。でも、こう何も考えずに『アニメだ、アニメだ』とやるのは違うのではないかと思っている」

 稲川も続いた。

「今回は、基本的な映画の力はどこにあるのか、改めて考えようと提起した。アニメを評価するかどうかは枝葉の部分にすぎない……」

「映画芸術」の歴史の中で、年に1回のランキングが、論争の始まりになったことは、これが初めてではない。「なぜ、この作品が1位なのか」を巡って、幾度も論争が行われてきた。今年のベストワンには『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』が選ばれているが、選考者の投票の結果としての1位と、編集部の見解は違う。だから「もしも……」と、稲川はいう。

「今年、これはという作品があれば、アニメが1位になるかもしれない……」

 

■これはアニメへの「映画芸術」の挑発だ

 

 40分ほどの短い取材時間にもかかわらず、帰り道でどっと疲れが出た。それだけ濃厚な時間だったのだ。駅のホームのベンチに座って、缶コーヒーを手の中で転がしながら、しばし考えた。この、濃密な問題提起の時間を、どのように私の文章として書き記していくのか。

 ともすれば「老いた左翼の戯言」。ネットでの炎上に燃料を投下するような荒井の発言。でも、確かなのは好き嫌い……アニメに対する嫉妬や嫌悪が、ランキングからの除外や、作品評へつながっているのではないということだった。

 それは、実写とアニメの双方への問題提起と挑発。

「私たちは……『映画芸術』は、このような見方をしている。ならば、貴方たちはどう考えて、どう行動するのか」

 とりわけ、アニメの側に属する人々が、議論の土俵に上ってくることを待ち望んでいるような気がした。インタビューの最後のほうでの稲川の言葉は、まさにそうだった。

「枝葉の部分で議論するよりも『映画芸術』は居直って、ちゃんと人間が作っている映画を対象にすることにした。だったら、そこで議論しよう。『もう、役者が演じなくても映画は成立する』というのなら、その議論を……」

 そして、アニメ関係者も「ベストテン&ワーストテン」をやってみてはどうかと薦めた。さらに挑発的な言葉で。

「その時に、アニメ評論家や関係者は、どういうテーゼを立てて、作品を観て評価するのか。すべての作品を観ることなどできないのに」

 今回、映画評論家の吉田広明は、アニメ除外を批判して選考を辞退した。誌面には、その選考基準の変更を批判する文章を可能な限り誌面を割いて掲載している。そして、荒井も稲川も、吉田がさらなる長文を送ってくることを期待していた。

「そういう論争で、特集を組むことができるとよいと思っています。ネットの100字200字ではない論争を……」

 稲川の言葉には、何かと好き嫌いや正邪の軽重ばかりに目を向けがちな、浮ついたものとは違う「議論」に人生の多くの時間を費やしてきた重みがあった。

 幾人かの、アニメを論じてきた人は、もしや気づいているのではあるまいか。このランキングからの除外は「映画芸術」からの論争を喚起するための挑発ではないのか、と。

 何か心を動かすものがなければ、わずか2,000部ほどしか発行されていない同人誌然とした季刊誌に、本気になるはずがない。真に気づいているアニメ関係者は、荒井の作品評がロートルの戯れ言でも炎上目的でもなく、論争を目的とした、批判的な見方の提起だと知っている。

 真に批評と呼ばれるものは「これは、こういうモノなんですよ~」と、頭のよい人が、わかりやすく解説するものではない。題材とするものを通して、自身の生き様や、世界のありようや、未来を「私は、こう思うが、あなたたちはどうなのだ」と突きつける物語だと思う。帰り道の電車で、間違えてカバンに入れてしまった「映画批評」を読み直した。映画をテーマとしながら、誰一人として面白いとかナンタラは語っていない。だから、その文章は21世紀の今でも震えるものがある。

 ランキングからアニメが除外されたという枝葉末節への批判を超える人物が、今のアニメ関係者にいるのか。誰かが、荒井や稲川が震え上がるような魂の論を「映画芸術」編集部に向けて送りつけることを、今はとても期待している。革命は電撃的にやってくる。

(文=昼間たかし)

「助けて! 所沢なんて行きたくないよ……」本社の“ド田舎移転計画”にKADOKAWA全社員が悲痛な叫び

「所沢になんて、行きたいワケがないだろ!!」

 誰もが、そんな悲痛の声を上げているという。それが、現在のKADOKAWAの社内の状況である。1月末に同社が、2020年に完成を目指している新たな拠点施設に、本社機能を移すと言及しているからだ。

 現在、同社が建設を予定している「ところざわサクラタウン」。印刷工場や物流倉庫、さらに、アニメ専門の美術館や図書館なども備えた複合文化施設だ。同社によれば、出版に必要な機能をすべて集約するとともに、関係の深いオタクカルチャーの拠点となる予定だという。

 だが、社長が「この施設に本社機能の半分を移転する」と言及したことで、社員に動揺が走っているのだ。

 出版業界では、同社の目論見は、すでに他の出版社も実施していることを大規模にしたものだと見られている。

「本社ビルを建て替えた小学館もそうですが、集英社から岩波書店まで、たいていの老舗出版社は不動産収入が大きなウェイトを占めています。新潮社なんて、神楽坂駅周辺に会社や社長一族の名義で多くの不動産を持つ大地主ですし……」(出版社社員)

 KADOKAWAの目論見は、不動産収益の最適化。現在の飯田橋の本社ビルは、貸しビルにして収益を得たほうが都合がよいというわけだ。

 新たな拠点となる「ところざわサクラタウン」は、JR武蔵野線の東所沢駅から徒歩12分の距離。都心からは遠く、所沢市の中心市街地からも私鉄・JRを乗り継ぐかバスを待つ必要があるなど、交通の便もかなり悪い。一説には「在宅ワークを中心にすれば、出社の必要もないじゃないか」という理由で移転方針が決まったともいわれる。仮に最寄りの東所沢駅周辺や、近隣の秋津・清瀬あたりの物件を社宅として借りても、貸しビル収入で十分に採算がとれるということらしい。

 この発表を受けて、幾人かの同社社員に話を聞いたところ、一様に困惑の声を漏らした。

「いよいよ、この会社はヤバいのではないかと思った」「編集部がなくて、編集者ができるか」など、誰一人として、移転計画を支持する声は聞こえてこない。

 さらには、こんな話も。

「まだ、どの部署が移転対象となるのかは、まったく決まっていません。なので、どうやって上に『自分たちの編集部は都内にないと仕事ができない』とアピールするかを、ひそかに話し合っていますよ」(ある社員)

 また、中には「東所沢駅から一駅で西武池袋線に移動できます。この路線沿いには、マンガ家が多いから、まずマンガ編集部は、すべて移転という話も……」と語る社員も。

 全社員に影響を及ぼしそうな一大計画。この計画が現実になった時、日本のオタクコンテンツは、どう変化するのだろうか。
(文=是枝了以)

男たち女たちはなぜ競うのか? カンパニー松尾がキャノンボール、アイドル、テレクラ、AVを語る【後編】

(前編はこちらから)

──半ば監禁された状態の合宿生活の中で、アイドルたちもおかしくなっていったようですね。後半はガラリと雰囲気が変わり、「横浜ステージ」と称して本来の何でもありな『キャノンボール』スタイルになっていく。これは事前に予定していたもの?

松尾 そうです。これは事前のルール会議で、ビーパップみのるが「アイドルと6日間闘ったら疲弊するから、最後に自分たち本来の闘いを用意しましょう」と話したことから生まれたものです。最終ステージは従来の『テレクラキャノンボール』を踏襲したものを設定し、それを楽しみに僕らは合宿を乗り切ったんです(笑)。内容が内容だけに、渡辺淳之介さんにも高根プロデューサーにも事前に伝え、製作費もその部分に関しては「ハマジム」から持ち出しているんです。楽しみにしていたパートでしたが、まぁ予想を上回ることが次々と起こりました。

──予想外のハプニングが起きることが『キャノンボール』の醍醐味ですね。『BiSキャノンボール』でファーストサマーウイカが松尾さんに激怒するシーンがすごく印象に残っています。ウイカの怒った顔がとても美しかった!

松尾 僕はウイカを怒らせようと思って、撮っていたわけじゃないんです。「ウイカとハメ撮りしたいなぁ」と思っていたところ、ああいう予想外の展開になってしまった(笑)。ウイカは僕に怒っていたわけではなく、解散ライブ前夜にビーバップみのるがテンテンコに仕掛け、一睡もさせなかったことをライブ後に知って怒っていたんです。自分のことではなく、BiSのことを思って彼女は怒っていたんです。

──その結果、アイドルが本気になった表情、しかも美しい素顔をカメラに収めることに成功したわけですね。

松尾 先日、『BiSキャノンボール』のオーディオコメンタリー上映があって、僕もプー・ルイと一緒に参加したんですが、プー・ルイはあのシーンを観ながら爆笑していましたね。BiSってトラブルを乗り越えることで成長してきたアイドルグループだったから、プー・ルイにしてみれば「蚊に刺されたとも思っていない」程度のことだったそうです。

──BiSのリーダーであるプー・ルイとは『BiSキャノンボール』に始まり、新生BiSオーディションを追った『劇場版BiS誕生の詩』(17)、そして『アイドルキャノンボール』と一緒だったわけですが、プー・ルイはプー・ルイのまま変わらない?

松尾 やっぱり、BiSといえば、プー・ルイなんですよ。彼女が始めたアイドルユニットだし、他のメンバーはいろいろ変わっていく中、BiSの精神性はプー・ルイそのもの。BiSにカメラを向けていても、どうしてもプー・ルイのことを見てしまいますね。

■テレクラはかつて大人の社交場だった

 

──『アイドルキャノンボール』の最終ステージの舞台は横浜へ。まだ、横浜にはテレクラがあるんですか?

松尾 あります。一軒だけですが。けっこー電話はつながって、5分で出会えました。結局、ツイッターで募集して、連絡してくれた女性を撮ったわけですが、テレクラ内でツイッターを使いました。意味はありませんが(笑)。

──テレクラで出会った女性たちとのハメ撮りAV『私を女優にしてください』などの人気シリーズを手掛けた松尾監督の、テレクラに対するこだわりが感じられます。

松尾 やっぱり、テレクラ愛はありますし、出逢いのツールとして、辛うじてまだ機能していますね。かつてはテレクラはひとつの文化、大人の社交場だったんです。地方のテレクラは本当に面白かった。お客さん同士が集まって、みんなで伝説自慢するんです。「あの女はやめたほうがいい」とか情報交換もしていました。今はお店だけが残って、テレクラ文化は消えてしまいましたね。テレクラの代わりに、みんなSNSを活用しています。テレクラ以上に出会い系は盛り上がっていますね。

──そして、いよいよ最終審査発表。大号泣する監督もいれば、「えっ、どうしてそこまでやるの?」と驚きの行動に出る監督もいる。映像監督としての“業”が一線を越えさせてしまうんでしょうか?

松尾 そういうことでしょうね。やっぱり『キャノンボール』って、男同士の意地の張り合いなんですよ。誰が優勝したかはここでは伏せますが、彼は審査員として参加していた渡辺淳之介さんも巻き込んでしまいますからね。自分の持っている映像監督としての資質をいかんなく発揮してみせた。ここまでやってしまったら、次回の『キャノンボール』はどうなってしまうんだという恐怖がありますね(笑)。

■カンパニー松尾に影響を与えた監督とは?

 

──2016年に行なわれた新生BiSのオーディション合宿に密着取材した『BiS誕生の詩』を松尾監督は撮り、同じ合宿に同行していたエリザベス宮地監督は『WHO KiLLED IDOL SiS消滅』(17)として撮り上げた。同じ題材を扱いながらも監督が違えば、違った作品として完成する。2人の作品を見比べると、松尾さんのほうがやはり女の子をかわいく撮っているというか、エロく感じさせます。

松尾 やっぱり監督が違えば、編集も違ってくるし、カットの選び方も変わってきます。僕は女の子がかわいいい表情をしているカットを探すのが大好きなんです。監督なんだから、当たり前と言えば当たり前なんですけどね。なるべく、女の子のいい表情を使うようにしています。AV監督もいろいろで、バクシーシ山下は女の子のかわいい映像は撮れないし、撮らなくていい監督でしょう(笑)。その点、僕はポップなAVをつくり続けてきたこともあって、女の子がかわいく映っているイメージシーンもよく挿入してきたんです。

──カンパニー松尾=ハメ撮り、で語られがちですが、カンパニー松尾監督作品は編集や選曲もいい。

松尾 そういう部分で、ごまかしているんですよ(笑)。

──テレビドラマ&劇場版『モテキ』をヒットさせた大根仁監督は、「カンパニー松尾の影響を受けた」と公言しています。逆にカンパニー松尾さんが影響を受けた映画監督を教えてください。

松尾 大根さんは今は違うと思いますけど、『モテキ』の頃はそんなふうに言ってくれて、うれしかったですね。僕が影響を受けた映画監督……。申し訳ないけど、映画はほとんど観てこなかったんです。スピルバーグは一本も観てないし、コッポラもほぼ観ていません。映画監督じゃなくて撮影監督ですが、挙げるとすればクリストファー・ドイルでしょうね。手持ちカメラを使う、広角レンズを愛用するなど、AV監督に通じるものを感じさせます。もちろん、ドイルが撮った映像は比べようがないくらい芸術的ですよ。ドイルは自分でも監督するようになりましたが、僕はウォン・カーウァイ監督とコンビを組んでいた『欲望の翼』(90)や『ブエノスアイレス』(97)の頃がいちばん好きですね。

──松尾さんが「ハマジム」を立ち上げて15年。AV業界の現状は?

松尾 会社経営は年々厳しくなっています。2000年代は1本出すと2000本~2500本は売れていたのが、今は700本程度になっています。売り上げは三分の一に下がってしまっています。全盛期と比べると四分の一です。配信のほうで何とかカバーしていますが、それでも収益は半分程度。多分、AV業界はどこもそんな感じだと思います。収益が半分に減ったら、普通なら会社が潰れるところでしょうが、うちは小さい会社なので何とかやっています。大きな会社は薄利多売でやっていくか、規模を縮小するかしかないでしょうね。劇場版が当たったことで、「ハマジム」としても助かりましたが、単館系での公開なので、すごい収益というわけではありません。AVの可能性を広げるという目的もあって劇場版をやっていますが、うちは本来AVメーカーなので、AVで生き残りたいというのが本音なんです。

──最近のハリウッドでは、セクハラが大きな問題となっていますが……。

松尾 AV業界に限らず、セクハラ、パワハラは、どこの業界でも起きうると思います。AVではセクハラっぽく撮っているだけで、実際にセクハラ、パワハラしていれば、AV業界内で問題になって、干されることになりますね。AVの撮影に限ってですが、「いや」「やめてください」はOKなんです。その先を撮るのがAVですから。中には「殺して!」なんて言う女性もいますよ(笑)。なので、本当にNGな場合は「ストップ!」と言うようにしてもらっています。

──カンパニー松尾はAV監督としても、まだまだ現役であり続ける?

松尾 僕も50歳を過ぎてしんどくはなってきましたが、まだ月1~2本ペースで新作を撮っています。いろんな女性と出会うので、仕事に飽きることはないんです。女性とSEXしてお金がもらえるなんて、幸せなこと。今後も頑張るつもりです(笑)。

──劇場版を楽しんだ人は、カンパニー松尾監督のAV作品も観てほしいなと思います。

松尾 そうですね。『キャノンボール』をきっかけに、AVも観てもらえるとうれしいです。「ハマジム」にアクセスすれば、配信もしていますので。また僕に限らず、『キャノンボール』に参加している監督たちの本業のほうの作品も、ぜひ観てほしいなと思いますね。
(取材・文=長野辰次/撮影=尾藤能暢)

『劇場版アイドルキャノンボール2017』
監督/カンパニー松尾
出演/BiS、BiSH、GANG PARADE、WACKオーディション参加者、渡辺淳之介、高根順次、平澤大輔、今田哲史、カンパニー松尾、バグシーシ山下、アキヒト、梁井一、嵐山みちる、岩淵弘樹、エリザベス宮地
配給/日活 2月3日より渋谷HUMAXシネマほか全国順次公開中 R15+
(C)2017 WACK INC. / SPACE SHOWER NETWORKS INC.
http://idol-cannon.jp

●カンパニー松尾
1965年愛知県春日井市出身。テレビ番組の製作会社勤務を経て、AV制作会社で働くようになり、87年に安達かおる率いるV&Rプランンングに入社。88年に『あぶない放課後2』で監督デビュー。全国のテレクラを回った『私を女優にして下さい』や『燃えよテレクラ』は人気シリーズとなる。95年にV&Rプランニングを退社し、フリーのAV監督に。2003年にAVメーカー「HMJM(ハマジム)」を立ち上げ、現在に至る。レース形式でAV監督たちが目的地までのスピードとナンパした女性とのエッチ体験を競い合う『テレクラキャノンボール』は97年からスタート。『テレクラキャノンボール2009 賞品はまり子Gカップ』はその年の「AVグランプリ」にてプレス賞を受賞。『テレクラキャノンボール2013 賞品は神谷まゆと新山かえで』は2014年に劇場公開され、大反響を呼んだ。その他、劇場公開された監督作に『劇場版BiSキャノンボール』(15)、『劇場版BiS誕生の詩』(17)がある。
http://www.hamajim.com/home.php

アニメファンによる実写映画へのコンプレックスが丸出しなのは否めない……「映画芸術」のアニメ外し騒動

 アニメと実写の溝は、とにかく深い。

 ずいぶん前の話……もう10年も前のことだと思うが、映画関係者と雑談しているときに、こんな会話をしたことがある。

「なんか、三坂さんが、アニメ界で有名な人と結婚したらしいよ」

 三坂さんとは、女優の三坂知絵子のことである。へぇ~と思って、「誰なんですか?」と尋ねたところ、相手はしばし考えた。

「え~と、海なんとかって人……」

 海……と聞いて「それは、もしや新海誠ではありませんか?」と尋ねると、相手は大きくうなずいた。

「そうそう。有名らしいけど、何作ってる人?」

 すでに『秒速5センチメートル』(2007年)も話題になっている頃だったが、実写映画の世界での認識は、そんなものだった。

 でも「モノを知らないヤツらだなあ……」と、バカにすることなんてできない。

 だって『君の名は。』(16年)で、新海誠が一躍注目されていた頃、どこかのニュースサイトの見出しを見て驚いた。その見出しには「新海誠の嫁は女優の三坂知絵子だった」と、何かのスクープのように書かれていたからだ。

 知っている人には「刺身には醤油をつけると美味い」と書いているのと同レベル。でも、知らない人には興味深いことだったのだろう。

 そのことを思い出したのは、今、アニメに造詣の深い人たちが、我も我もと言及している雑誌「映画芸術」(編集プロダクション映芸)をめぐる問題を知ったからである。

 同誌が一年に一回発表する「日本映画ベストテン&ワーストテン」から今回よりアニメ映画を除外したことに、怒りの声を上げる人は数限りない。

 これをめぐっては、同誌の関係者の中にもさまざまな声があったことが「日本映画ベストテン&ワーストテン」を掲載した同誌462号収録の討議からもわかる。これによれば、映画評論家の吉田広明氏は、アニメを除外することに反対して選考委員を辞退。一方、討議に参加した同誌発行人の荒井晴彦氏らは、アニメを除外することについて持論を語っている。

「映画芸術」のスタンスについては、さまざま意見があってしかるべきだろう。ただ、ここぞとばかりに怒りの声を上げているアニメ関係者の姿は驚くほどに奇妙だ。

 いったい「映画芸術」という雑誌をどのような雑誌と思っているのだろうか。

 確かに同誌は1946年に創刊された伝統ある雑誌である。とはいえ、その実態はミニコミ誌。仄聞によれば発行部数は2,000部に過ぎないという。かつては、一流と呼ばれる映画雑誌が忌避していたポルノ映画も積極的に取り上げていたラジカルな雑誌であるし、そのパトスも残っているかも知れない。でも、実態は、一部のマニアを除けば誰も読んだことがない、荒井氏が個人で発行している雑誌というのが、正しい評価である……。個人的なことをいうと、筆者は学生のときに、こういうものを読んでいればカッコイイと思って「映画芸術」を買ったことがあるが、まったく内容は頭に入らなかった。

 いわば同人誌に、アニメ業界の「名のある」人たちが、よってたかって怒りの声を書き連ねている姿は、やはり奇妙だ。

 何が多くの人々の闘争心に火をつけているのか。ある有名アニメライターに話を聞いたところ「匿名で頼むよ!」と言った後、「アニメファンでも、わかっていない人がいるんだよね」と前置きして、次のように語った。

「アニメが人気と信じて疑わないアニメファンというのは、とても多いんです。そういう人たちが『実写映画のヤツらにバカにされた』と、コンプレックスを丸出しにしているだけですよ。ただ、『映画芸術』が昨年1位に選出したのが、アニメ『この世界の片隅に』だっただけに腑に落ちないのはわかりますが……」

 実写映画でもCGが当たり前のように使われたり、実写とアニメの垣根がなくなった時代にあって、この「映画芸術」が下した決断は、確かに逆行している。

 でも、その思想の持ち主が、個人の雑誌で「うちは、今年からこの方針でいくんだ」と頑固一徹を貫いていることを、とやかくいう必要があるのか……。
(文=昼間たかし)