ハリウッドの実力派女優ジェシカ・チャスティンが主演した政治サスペンス『女神の見えざる手』(17)で、凄腕の政治ロビイストを演じたジェシカが密かに愛用していたのがエスコートサービスだった。政界や財界の大物たちを相手に神経をすり減らす業務に追われる彼女は、恋人をつくる時間と心の余裕がない。そんな彼女にとっての唯一の息抜きが、エスコートサービスと過ごすホテルでの一夜だった。松坂桃李が主演した『娼年』は東京が舞台だが、高級娼夫に扮した松坂を指名する女性客たちも、ジェシカと同じようにストレスの多い日々を過ごしているに違いない。
直木賞作家・石田衣良が2001年に発表した同名小説を映画化したのは、乱交パーティーに集まる男女の本音を赤裸々に描き出した『愛の渦』(14=記事参照)が大反響を呼んだ三浦大輔監督。今回の『娼年』は女性専用の高級コールクラブを題材にした“裏風俗”もの第2弾だ。2016年に上演された舞台版に続いて、松坂桃李が主人公リョウ役を演じている。有名大学に在学するリョウだが、講義を聴講するのに飽き、就職活動にも興味が持てず、毎晩下北沢にあるバーでバーテンとして働いていた。バーに客として現われたゴージャスな大人の女性・御堂静香(真飛聖)に誘われ、リョウは退屈しのぎと好奇心から男娼の仕事を始めることに。年上の女性たちとベッドを共にし、リョウの世界観は大きく変わり始める。
時給1万円の娼夫として仕事をスタートしたリョウだが、意外な才能を発揮することになる。ベッドイン前から、リョウの前戯はすでに始まっている。リョウを指名した顧客と、まずはレストランで食事と会話を楽しみ、相手をリラックスさせる。爽やかな笑顔と学生らしい何気ないおしゃべりで相手の緊張をほぐせば、女性はすんなりと心のドアを開いてくれる。ホテルに着いたリョウは、さらに優しいキスと全身への愛撫を重ね、顧客の体を丁寧に問診する。男と同等に、もしくは男以上にハードに働く女性たちの溜め込んでいる性欲とストレスを、SEXしながらゆっくりと吐き出させていく。リョウは働く女性たちにとって、優れたセックスセラピストのような存在だった。
リョウもまた女性の内面を覗くことで、それまでの女性観を改める。御堂静香と出会うまでは、SEXは単調なピストン運動、女性との付き合いも面倒くさいものと決め込んでいたが、根が几帳面なリョウは娼夫という仕事に正面から向き合い、女性たちが実に様々な欲望を抱えていることを身を持って体感する。多くの女性たちの欲望は、本人の業から発せられるものだろう。その欲望、業の深さにビビって逃げ出す新人男娼は少なくなかったが、リョウは逆だった。他人には言えない恥ずかしい願望やトラウマを抱える女性のことがかわいらしく思えて仕方ない。年上の女性の笑いじわや肉体の柔らかさも、リョウにはとても愛おしく感じられる。
リョウ役を演じた松坂桃李は、本作の中で様々なプレイに挑戦する。優しいSEXだけでなく、おしゃれなお姉さんっぽいヒロミ(大谷麻衣)は後背位で激しく責める。夫以外の男に抱かれると興奮するという若妻・紀子(佐々木心音)はいやらしい言葉責めでいたぶってみせる。和服が似合う老女(江波杏子)のスイートスポットも隈無く探索する。顧客の想像を上回る熱いサービスが、リョウのモットーだった。御堂静香にスカウトされて間もないリョウだったが、顧客満足度No.1の売れっ子娼夫となっていく。
松坂桃李は不倫サスペンス『彼女がその名を知らない鳥たち』(17)でも蒼井優を相手にベッドテクニシャンぶりを見せていたが、舞台版『娼年』の公演直後の撮影だったことも多分に影響していたそうだ。9人の女優たち+αを相手に映画版『娼年』でも再び過激な濡れ場を演じながら、松坂本人に清潔感があり、何よりも芝居に対するマジメさが伝わってくるため、どんなにエロい濡れ場を演じていても“汚れ”のイメージが感じられない。行定勲監督の『リバーズ・エッジ』(18)では二階堂ふみがまん丸なおっぱいをぺろんと見せてくれたが、現代人の繊細な内面や関係性を描く上で、ヌードシーンやSEX描写は避けては通れないもの。作品や役に応じて、ヌードOKなプロフェッショナルな俳優たちが増えつつあることを歓迎したい。
本作を観ていて思い出すのは、若き日のリチャード・ギアが主演したポール・シュレイダー監督作『アメリカン・ジゴロ』(80)だ。リチャード・ギアはLAの人気男娼役だが、彼は多くの女性たちとベッドを共にしながら、自分にとっての理想の女性を追い求め続けていた。人類の祖アダムの抜き取られた肋骨からイヴが生まれたように、自分の欠けた魂をそっくり補ってくれる運命の女性を探し、女体を渡り歩いていた。松坂桃李が演じるリョウも、それに近い。リョウの場合は幼い頃に死別した母親の面影を求めて、男娼の仕事に励んでいる。リョウにとってのSEXは、母親の温もりを求めることであり、亡き母との対話でもあり、母親と近親相姦するような倒錯性もそこには含まれている。
リョウが所属する秘密クラブでは、痛みによってのみ快感が得られる真性マゾヒストのアズマ(猪塚健太)や耳の不自由な少女・咲良(冨手麻妙)といったマイノリティー側の人々が働いている。クラブを経営する御堂静香もまた、誰にも言えない秘密を抱えている。石田衣良が2008年に書き上げた続編『逝年』では、性同一性障害を抱えるアユムがリョウたちの新しい仲間として加わることになる。男と女を分ける大きな大きな性の谷間には、様々な人々が棲息し、谷の合間を行き来している。そんな谷間の住人となったリョウはSEXを通して人間の言語化できない本音や素顔に触れ、退屈を持て余していた少年から相手の心の傷を思い遣る青年へと成長を遂げていく。様々な性を肯定することは、すべての生を祝福することでもある。やはりリョウは優れたセックスセラピストだといえるだろう。
(文=長野辰次)

『娼年』
原作/石田衣良 監督・脚本/三浦大輔
撮影/Jam Eh I(田中創)
出演/松坂桃李、真飛聖、冨手麻妙、猪塚健太、桜井ユキ、小柳友、馬渕英里何、荻野友里、佐々木心音、大谷麻衣、階戸瑠李、西岡徳馬、江波杏子
配給/ファントム・フィルム R18+ 4月6日(金)よりTOHOシネマズ新宿ほか全国ロードショー
(c)石田衣良/集英社 2017映画「娼年」製作委員会
http://shonen-movie.com
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