『ドクターX』映画化プランが浮上中! テレビ朝日がオスカーにオファーも、米倉涼子は了承するか……?

 米倉涼子主演の人気ドラマ『ドクターX~外科医・大門未知子~』。新シーズンをなんとしてでも制作したいテレビ朝日が、『ドクターX』の映画化を、米倉の所属するオスカープロモーションに提案しているという。映画化のバーターとして、テレ朝は自局のもうひとつのドル箱ドラマ『相棒』の新シリーズに、事務所の後輩である武井咲を起用することで、オスカーと交渉しているという情報を入手した。

『ドクターX』は、5シーズンが昨年12月に終了。ドラマがスタートする前から米倉は「これで最後にしたい」と語っていたという。最終回で平均視聴率25.3%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)という高い数字を記録したことを知らされた米倉は「本当に本当に最後まで見てくれてありがとう」というコメントを出しており、その時点では完全燃焼したような雰囲気を漂わせていた。

 ただ、諦めきれないテレ朝は、最終回で米倉演じる大門未知子がキューバに滞在している場面で終わったことから“キューバ編”の映画化を提案。映画公開後、ドラマ新シーズンは、大門がキューバから日本に呼び戻されるという設定にしたいようだ。

 テレ朝は映画化実現のため、秋から「Season17」がスタートする『相棒』に、妊娠中の仲間由紀恵に代わって、武井を出演させることをもくろんでいるという。

 仲間は以前から5代目“相棒”の最有力候補といわれていたが、妊娠で立ち消えになった。仲間は、警視庁広報課長役で出演しており、この役は重要な役柄だけに外せない。そこで、武井に白羽の矢が立ったという。

 昨年9月、武井は主演ドラマ『今からあなたを脅迫します』(日本テレビ系)のスタート直前にEXILE・TAKAHIROとの“電撃できちゃった婚”が発覚。ドラマ関係者に多大な迷惑をかけた。ドラマの最終回平均視聴率は6.3%という惨憺たる数字で幕を閉じ、武井とW主演だったディーン・フジオカは「ついてない」とぼやいていたという。武井は日テレだけではなく、他局でも決まっていたドラマが白紙になるなど、各所に大きな影響が及んだ。

 その武井は、3月に男の子を出産。事務所の先輩・上戸彩が出産後に早い段階で仕事復帰したように、事務所は武井の汚名返上のために早期復帰を模索しているという。

 テレ朝とオスカープロモーションの利害は一致しそうだが、問題は、肝心の米倉本人が映画化と新シーズン出演を了承するかだ。

 米倉は『ドクターX』の打ち上げで、「“ドラマのテレ朝”の一員として、どこまでも貢献していきたいと思います」と挨拶しているが、これは『ドクターX』以外の作品に出演していくことを示唆したものと見られている。ただし、古くから米倉を重用してきたテレ朝ドラマへの思い入れが強いことは間違いなく、関係者は『ドクターX』への再登板も実現できると踏んでいる。

 果たして、『ドクターX』の続編、映画化は実現するのか? 今後に注目したい。

実録犯罪やタブーが大好きな韓国映画の醍醐味! 男のフェロモン祭『タクシー運転手』『犯罪都市』

 おもろい映画をつくることに貪欲な韓国映画界が大好物にしているジャンルがある。それは実録犯罪ものと社会的タブーを題材にしたサスペンス作品だ。国内マーケットが限られている韓国は、日本よりも映画の企画を通すことがずっと難しい。それゆえに普段は映画に興味を持たない層を劇場へと足を運ばせ、観客の心にグサッと突き刺さるインパクトのあるテーマ性が欠かせない。朝鮮半島の南北分断を扱った『シュリ』(99)や『シルミド』(03)、迷宮入りした連続殺人事件の謎に迫った『殺人の追憶』(03)など、政治タブーや実話ネタを栄養にして、韓国映画は大きく成長を遂げてきた。GWシーズンに公開される『タクシー運転手 約束は海を越えて』と『犯罪都市』は、どちらも実話ベースであり、タブー要素を含んだ韓国映画ならではの醍醐味が味わえる注目作となっている。

 韓国の国民的人気俳優ソン・ガンホが主演した『タクシー運転手 約束は海を越えて』は、韓国で1,200万人以上を動員した大ヒット作だ。この作品で描かれるのは、1980年5月に起きた「光州事件」。長年にわたって軍事独裁政権を築くことになる陸軍少将・全斗煥がクーデターによって韓国大統領の座を手に入れたことに反対して、光州市の大学生や市民は民主化を訴える抗議デモを行なった。全斗煥政権はこれを暴動と見なし、韓国軍が出動。9日間に及んだ騒乱で、200名を越える死者を出している。韓国の現代史におけるトラウマ的な大事件だった。光州市のある全羅道と全斗煥ほか歴代大統領の出身地である慶尚道との地域対立など複雑な歴史背景も絡んでいることからタブー視されがちな光州事件を、平凡なタクシー運転手の視点を通して、平易かつエモーショナルな娯楽作に仕立てている。

 小学校に通うひとり娘とソウルで暮らしているマンソプ(ソン・ガンホ)は気のいいタクシー運転手だ。街でデモに参加している大学生を見かけると「国家に逆らうなんて、とんでもない奴らだ」と苦虫を噛み潰していた。そんなとき、マンソプはドイツ人の記者ピーター(トーマス・クレッチマン)を乗せて、光州市まで往復するという仕事を請け負う。当時は戒厳令が敷かれ、通行時間が規制されていた。うまく往復できれば10万ウォンと聞き、家賃の支払いに困っていたマンソプは大喜びで飛びつく。このときのマンソプは、光州でどんな悲惨な光景を目撃するか夢想することができなかった。

 光州へ向かう道路はすでに軍部によって検問が置かれていたが、そこはマンソプの口八丁手八丁ぶりでスルーすることに成功。約束どおり、ピーターを光州に無事に送り届けるも、街はゴーストタウン状態となっていた。街は機能しておらず、道を歩く人影も少ない。老女に頼まれたマンソプが病院に向かうと、血を流した学生たちが溢れ返っていた。まるで野戦病院のようだった。

 それまで学生たちの政治運動をバカにしていたマンソプだが、街でカメラを回し始めたピーターに付いていくと、衝撃の場面に出くわす。デモに参加している学生だけでなく、丸腰の市民にまで軍隊は一斉射撃を加えていた。催涙弾と銃弾が飛び交い、逃げ惑う市民たちの中には私服警官が交じり、警棒で殴りつけている。抵抗する人間は、すべて北朝鮮側の工作員と見なされた。軍隊経験のあるマンソプには信じられない光景だった。国家の平和のために尽力していると信じて疑うことのなかった軍や政府が、一般市民たちを粛正する地獄絵図に、マンソプは言葉を失ってしまう。

 ピーターからお金を受け取り、幼い娘が留守番をしている我が家に早く帰ることだけを考えていたマンソプの心の中で何かが大きく崩れていく。自分は娘との平和な家庭を守ることしか頭になかったが、この街では名もない学生や市民たちが社会の民主化を求めて、体を張って闘っている。光州で起きた悲劇は報道管制によって、市外には伝わっていない状態だった。ピーターを国外へ脱出させ、光州事件の真相を世界中へ伝えよう。カタコト英語でしかコミュニケーションできないピーターとの最初の約束を果たすため、マンソプは行きよりも遥かに軍の監視が厳しくなった帰路を強行突破することになる。

 光州事件を地元市民の立場から描いた『光州5・18』(07)でも、主人公はタクシー運転手だった。実際に光州事件ではタクシー運転手やバスの運転手たちが活躍したことが伝えられている。軍隊による学生への弾圧ぶりがあまりにも陰惨だったため、見かねたタクシー運転手が怪我を負った学生を乗せようとすると、タクシー運転手やその場に居合わせた市民たちまで容赦ない暴行に遭い、そのため騒ぎが光州市全域へと広がっていった。駆けつけた他のタクシー運転手やバス運転手たちがタクシーやバスでバリケードを築き、完全武装した軍隊を相手に抵抗を続けた。同業者である光州のタクシー運転手テスル(ユ・ヘジン)の情の深さやジャーナリストとしての使命感に燃えるピーターたちに感化され、平凡な男マンソプが持ち前の愛嬌とプロのドライバーとしての技量を武器に国家権力を相手に闘う姿は鼻の奥をツーンとさせるものがある。

 旬男マ・ドンソク主演の『犯罪都市』も極太系の実録サスペンス映画だ。こちらは北朝鮮と国境を接する中国東北部(旧満州)に暮らす少数民族“中国朝鮮族”というマイノリティーをモチーフにしたポリスアクションもの。韓国映画ファンの間では『哀しき獣』(10)で取り上げられて以降、要注目キーワードとなっていた“中国朝鮮族”だが、『犯罪都市』では組織犯罪に手を染める中国朝鮮族と凶悪事件を専門に扱う刑事たちとの死闘を描いている。『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)でゾンビの群れを素手でなぎ倒したマッチョ俳優マ・ドンソクが、今回もその腕っぷしの強さをぞんぶんに発揮している。

 日本では少数民族がらみの問題を映画化しようとすると圧力団体が動き始めるため、クレームが来ることを苦慮して配給会社や劇場側は腰が引けてしまう。その点、韓国映画界はビジネスとして充分に採算が取れると踏めれば、GOサインが出る。実際にソウルのチャイナタウンで起きた実録犯罪事件というリアリティーとマ・ドンソクのパンチの破壊力とが相乗効果で観客をノックアウトする。ナイフや斧を持った凶悪犯たちに平然と立ち向かうドンソクの厚い胸に、女性ならずとも一度は抱かれたいと思うのではないだろうか。

 韓国映画では、警察は腐敗した権力構造の象徴として描かれることが多い。『犯罪都市』の主人公である衿川警察に勤めるマ・ソクト(マ・ドンソク)も違法尋問は平気でやるし、上司を欺くために口から出まかせも吐き、品行方正な公務員には程遠い暴力刑事だ。でもその一方、両親のいない少年のことを気に掛け、入院した部下のために見舞金を集めるなど、思いやりに溢れたひとりの生身の人間であることに気づかされる。

 古くから列強国の思惑に左右され続け、今なお同じ民族が南北に分断されたまま暮らすことを余儀なくされていることから、韓国人の多くは国家体制や現状の社会に対して常に懐疑心を抱いている。国家や社会が信じられないのなら、信頼できる人間を自分たちで見つけるしかない。日本でもてはやされる痩身のイケメン俳優とは真逆なポジションにある、ソン・ガンホやマ・ドンソクといった男ぐさい骨太な俳優たちが韓国で深く愛されている理由が、両作を観るとすごくよく分かる。
(文=長野辰次)

『タクシー運転手 約束は海を越えて』
監督/チャン・フン 脚本/オム・ユナ
出演/ソン・ガンホ、トーマス・クレッチマン、ユ・ヘジン、リュ・ジュンヨル
配給/クロックワークス 4月21日(土)よりシネマート新宿ほか全国ロードショー
(c)2017 SHOWBOX AND THE LAMP. ALL RIGHTS RESERVED.
http://klockworx-asia.com/taxi-driver/

『犯罪都市』
監督・脚本/カン・ユンソン 武術監督/ホ・ミョンヘン
出演/マ・ドンソク、ユン・ゲサン、チョ・ジェユン、チェ・グィファ、チン・ソンギュ、パク・ジファン、ホ・ソンテ
配給/ファインフィルムズ 4月28日(土)よりシネマート新宿ほか全国ロードショー
(c)2017 KIWI MEDIA GROUP & VANTAGE E&M. ALL RIGHTS RESERVED 
http://www.finefilms.co.jp/outlaws/

 

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“美少女原理主義者”が撮った倒錯的純愛ワールド!! Wヒロインがせめぎあう快楽の極み『聖なるもの』

 心理学者フロイトの言うところの“快感原則”に従って、庵野秀明監督がテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』(テレビ東京系)を生み出したことはファンの間では有名だろう。自主映画シーンで活躍する岩切一空(いわきり・いそら)監督の新作『聖なるもの』もまた、快感原則に忠実に従って撮り上げた実写映画となっている。

 新歓シーズンで賑わう大学の映画サークルを舞台にした前作『花に嵐』(16)がPFFアワード準グランプリ、「カナザワ映画祭」観客賞を受賞するなど、1992年生まれの岩切監督は新世代の映像クリエイターとして注目されている。岩切監督が最後の自主映画という触れ込みで完成させた『聖なるもの』は、若手監督の登竜門となっている「MOOCIC LAB2017」で長編部門グランプリを含む4冠を受賞した話題作だ。『花と嵐』と同じく“初めての映画撮影”に浮き足立つ主人公を岩切監督自身が演じ、これまで以上に“美少女原理主義者”としての信条を鮮明に打ち出したものとなっている。

 岩切監督が「聖なるもの」と名付けた上映時間90分のこの映画を一度観ると、ひと言も台詞を口にしない無口なヒロイン・南美櫻、そして19歳のときに主演・監督した『あさつゆ』(16)が「ゆうばりファンタスティック映画祭」に入選した才媛・小川紗良という、真逆な魅力を持つ2人の美少女の輝きが網膜に焼き付いて忘れられなくなってしまう。

 ストーリーはこんな感じだ。全国から上京してきた新入生たちがキャンパスに溢れる新歓期の大学は、まるで毎日がお祭りのような騒ぎ。そんな中、映画サークルに所属する大学3年生の岩切(岩切一空)は、まだ一本も自分の映画を撮れずにいることに焦っていた。先輩が撮る新作映画の主演女優探し&新入部員の勧誘に励むも、メタボ体型でオタクな風貌の岩切が声を掛けても、なかなか女の子は立ち止まってくれない。先輩から無能呼ばわりされて落ち込む岩切だったが、新歓合宿で奇蹟の出逢いを果たすことになる。合宿に向かうバスの中に、名前も知らない、見覚えもない、黒髪の透き通るような白い肌をした美少女(南美櫻)が、ひとりで静かに佇んでいたのだ。

 どこからともなく現われた美少女は、どうやら映画サークルに代々伝わる“新歓の怪談”の少女らしい。4年に一度現われ、「彼女を見た者は、衝動的に映画を撮りたくなり、唯一彼女に選ばれ、彼女を被写体に撮った映画は必ず大傑作になる」と言い伝えられていた。誰もいない夜更けの海で、くだんの美少女は裸になって黒い波とひとりで戯れていた。岩切はどうしようもなく叫ぶ。「僕の映画に出てください!」と。

 いつもはオドオドしている岩切だったが、自分が監督する映画に主演してくれるヒロインが見つかったことで、態度が急変する。名前のない美少女に、漫画『タッチ』のヒロインの名前にあやかって“南”と名付ける。さらには南がケータイを持っていないことから、「連絡が取りやすいし、いろいろ映画の話もできるし」という口実で、アパートの一室で同棲生活を始める。

 おのれの欲望丸出しで、映画製作にのめり込んでいく岩切。映画サークルの有能な後輩である理工学部2年の小川(小川紗良)に対しても、強気でキャスティングを決めてしまう。小川は自分の監督作の準備を進めていたが、岩切のいつにない熱意に押し切られ、5月いっぱいなら岩切の映画に協力すると約束してしまう。南と小川というダブルヒロインを手に入れて、我が世の春を謳歌する岩切だった。だが、南と小川という正反対な魅力を持つヒロインたちは化学融合を起こし、撮影現場は誰にもコントロールできない状況へと陥っていく。

 謎のヒロイン・南を演じるのは、プロフィールをいっさい公表していない南美櫻。岩切監督が5年前から出演交渉し、『聖なるもの』が岩切監督の最後の自主映画になることから出演をOKした。台詞はなく、瞬きもせず、劇中劇の中で「こちらの世界」から「向こう側の世界」へと抜け出そうとする女子高生役を演じる。岩切監督にとって至高のミューズである南美櫻だが、そんなミューズに対しても岩切監督は容赦ない。夜の海の場面では、プロの女優ではない彼女のヌードシーンを用意している。大切な人に自分の映画に出てほしい。そして、まだ誰にも見せたことのないレアな姿をカメラに収めさせてほしい。岩切監督の願望はひどく捻れていて、とても純粋である。

 劇中劇では女子高生役の南をいじめ、向こう側の世界へ行こうとする南を阻止しようとするクラスメイト役の小川だが、南美櫻がカメラの中で無言の魅力を発揮するのに呼応して、小川紗良も岩切ワールドに溶け込み、呼吸を始める。岩切監督の大学のサークルの後輩だったことから小川紗良は出演することになったそうだが、当初はそれほど出番は多くなかったと思われる。ところが静の魅力を醸し出す南とは対照的に、本人はクールのつもりなのに内面はいつも揺れ動いている小川は動的魅力に溢れ、この2人は相乗効果で輝きを増していく。

 庵野監督の『エヴァンゲリオン』でいえば、謎めいた南は綾波レイ、勝ち気な性格の小川は惣流・アスカ・ラングレーを思わせる。後半からは小川の感情の揺れをカメラはどんどん追い掛け、小川のクローズアップが増えていく。岩切が、いや岩切監督が2人のヒロインの間で右往左往していることが手に取るように伝わってくる。さらには『エヴァンゲリオン』の葛城ミサトのようなお姉さんキャラの松本(松本まりか)も現われ、岩切の映画をサポートすることを申し出る。美少女原理主義者である岩切監督は、すべての女性を美しく撮ることに特化していく。だが、女たちのあまりの美しさと奔放さに、岩切が頭の中で夢想していた小さな物語はあっけなく崩壊する。残された岩切は、自制心を失った欲望の塊のモンスターとして暴れ回るしかなかった。

 週末を利用して、撮影が進められた『聖なるもの』。すべてのシーンを撮り終えるのに半年を要したそうだ。岩切監督にとっては長いようで短く、そして切ない半年間だった。撮影が終了すれば、サイコーに美しいヒロインたちともお別れしなくてはならない。いつまでも映画の撮影が続けばいいのに。永遠に五月のままならいいのに。できれば、ミューズは自分の世界だけに閉じ込めておきたい。でも、ミューズは男のそんな浅ましい思惑をするりと通り抜け、向こう側へと軽やかに駆け出していく。

 庵野監督が快感原則によって生み出した『エヴァンゲリン』だが、その世界には阪神・淡路大震災&地下鉄サリン事件に喘いだ1990年代の日本社会の混迷ぶりが見事なまでに映し出されていた。そして『シン・ゴジラ』(16)では、東日本大震災&福島原発事故というセカンドインパクトからの復興へと向かう現代の日本社会を描いてみせた。庵野監督ばりの快感原則に従って、最後の自主映画『聖なるもの』を撮り終えた岩切監督。これから彼はどんな世界へと向かうのだろうか。
(文=長野辰次)

『聖なるもの』
監督・脚本・撮影・編集/岩切一空 劇中歌・主題歌/ボンジュール鈴木 
出演/南美櫻、小川紗良、山元駿、縣豪紀、希代彩、半田美樹、佐保明梨、青山ひかる、松本まりか
配給/SPOTTED PRODUCTIONS 4月14日(土)よりポレポレ東中野にてレイトショー公開、全国順次公開
C)2017「聖なるもの」フィルムパートナーズ
http://seinarumono.com

 

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『女は二度決断する』新しいファシズムは見えない形で近づいてくる!! ネオナチ犯罪映画を撮った独監督が鳴らす警鐘

 ドイツでは海外からの移民を標的にした爆破テロが2000年~07年に相次ぎ、女性警察官を含む10名が死亡。さらにテロリストたちは活動資金を得るために、銀行や郵便局を襲撃した。ドイツ警察は移民系裏社会がらみの抗争と断定したことで初動捜査を誤り、犯人がようやく逮捕されたのは11年になって。捕まったのはドイツ人のネオナチグループだった。ドイツ警察における戦後最大の不祥事ともされるこの事件を題材にしたのが、ファティ・アキン監督の『女は二度決断する』だ。クエンティン・タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』(09)などで知られるドイツ出身の国際派女優ダイアン・クルーガー主演作で、トルコ移民である夫と息子を同時に失ったドイツ人女性カティヤを熱演したダイアンはカンヌ映画祭主演女優賞を、作品もゴールデングローブ賞外国語映画賞などを受賞している。トルコ系ドイツ人という独自の視点から映画を撮り続けるファティ・アキン監督に、本作が製作された社会背景について尋ねた。

──トルコ系移民二世であるファティ・アキン監督は、『消えた声が、その名を呼ぶ』(14)ではトルコで起きたアルメニア人大虐殺、今回の『女は二度決断する』
ではネオナチ犯罪を題材にしています。日本では政治色の強い映画は資金集めが難しく、有名俳優も出演したがりません。アキン監督もそういった困難を味わったんでしょうか。

ファティ・アキン(以下、アキン) 政治的なトラブルにぶつかることはそれまでずっとなかったんだけれど、『消えた声が、その名を呼ぶ』のときは難しさを肌身に感じたね。僕がこの人と一緒にやりたいと思って声を掛けたトルコの俳優がいたんだけど、作品内容を知って彼には断られたんだ(トルコ政府はアルメニア人虐殺の事実を認めていないため)。トルコ政府やトルコ国民からの圧が掛かることを考慮してのことだったみたいだね。僕にとっては初めての体験で、驚いたよ。トルコを悪く言うつもりはないけど、トルコに比べると僕が生まれ育ったドイツはタブーと呼ばれるものが少ない、とても自由な国なんだなと『消えた声』のときは改めて思ったかな。

──ダイアン・クルーガーが主演した本作には、そういった難しさはなかった?

アキン ダイアンはカンヌ映画祭のパーティー会場で、初対面の僕にドイツ語で「機会があれば、あなたの映画に出演したい」と声を掛けてくれた。それもあって、今回の脚本は彼女をイメージして書いたんだ。さっきはドイツにはタブーがないと言ったけど、表現や言論の自由が認められているドイツにあって、唯一のタブー的な存在となっているのが“ナチス”なんだ。第二次世界大戦の反省もあって、ドイツの学校教育ではナチスが犯した戦争犯罪について学ぶことが義務づけられているし、今でもナチスものを取り上げる際は慎重にならざるを得ないし、ネオナチもジョークの対象にすることは難しい。でも、映画をつくるって、そういった既成概念を壊すことでもあると僕は思うんだ。ネオナチによる実在の犯罪を映画の題材にしていることに対して一部のメディアから攻撃されたこともあったけど、僕の映画監督としてのキャリアに傷がつくようなことにはならなかったよ。

──ドイツでは言論や表現の自由が守られているとのことですが、そのため鉤十字の旗を掲げたり、ヒトラー崇拝を謳わなければネオナチの集会も許されていると耳にします。実際のところはどうなんでしょうか?

アキン ノー、ノー! ネオナチの集会や活動は、決して認められているわけではないよ。でも、今のネオナチは昔と違って、外見では判断することができない。昔なら髪型や服装を見ればナチかナチじゃないかすぐ分かったけど、今のネオナチは普通のファッションで目立たないようにしているし、法律のことも彼らはすごく研究していて、どうすれば法の網に引っ掛からずに済むのかをよく考えて、巧妙に集会を開いたり、活動しているんだ。ドイツの国会ではネオナチの集会を禁じる法案が何度か持ち上がったんだけど、思想や言論の自由が憲法で守られているため、司法側に反対されて成立しなかったという経緯があるんだ。常識のある人はみんな、ネオナチは認めるべきではないと分かっている。でも、ネオナチは法律の抜け穴を上手にかいくぐって、気が付いたときには我々の前に現われている。そのことはドイツではすごく議論が交わされていて、メディアでも度々取り上げられてはいるんだけど、禁じる手がないというのが今のドイツの状況なんだ。

■現代のネオナチは『バットマン』のジョーカーのよう

 

──夫と息子を爆殺された主人公カティヤ(ダイアン・クルーガー)は、みずから証人として裁判に臨むことに。裁判を傍聴していた被告側の父親(ウルリッヒ・トゥクール)の姿が、とても印象に残ります。いかにも中流階級の真面目そうなお父さんで、何不自由なく息子を育てたはずなのに、息子はヒトラー崇拝者に育ってしまった。加害者家族のやるせなさ、不条理さを感じさせます。

アキン 右翼思想、ファシズム思想の人たちはすべての階級にいると僕は感じているよ。移民ヘイトしているのは、労働者階級だけじゃないんだ。特にネオナチは非常に高学歴で、洗練されたエリート階級の中にもいる。彼らにとってのアイデンティティー・ムーブメントなんだ。さっきも触れたけど、90年代の頃とは違って今は外見からはネオナチかどうか判別できないし、彼らが使うレトリックも以前は論破しやすいものだったけど、より巧妙なものに変わってきている。リベラル系のメディアの中にもネオナチが紛れ込んでいるケースもあるし、左寄りの政党に所属していた政治家が実はネオナチだと正体を明かしたこともある。まるで『バットマン』に出てくる悪役のジョーカーみたいに、普段はその素顔を隠しているんだ。

──本作のドイツ語の原題が「Aus dem Nichts(どこからともなく)」となっているのは、そういう背景があるんですね。

アキン 右寄りのテロリストたちの家族構成を調べてみると、両親は実はリベラリストであることが多いんだ。これは僕の推測だけど、子どもはどうしても自分自身のアンデンティティーを確立したいがために、親からなるべく離れたものを目指してしまうんじゃないかな。若者は特に過激なものへと走ってしまう。ドイツ赤軍派の女性メンバーは、父親が教会の神父だったなんてこともあったしね。僕の家族にもそれは言える。僕の父はすごく保守的な考え方だったけど、僕は若い頃に共産党を支持するなど、父とはまったく異なる政治的思想を持っていた。平穏な家族のもとで育っても、過激な政治思想を持つようになることは、決して珍しいことじゃないんだ。

──中盤まではリアルな法廷サスペンスとして展開しますが、やがて物語は予想外の方向へと振り切っていく。フランス映画の名作『冒険者たち』(67)で知られるロベール・アンリコ監督のもうひとつの代表作『追想』(75)を思わせるクライマックスです。『追想』もナチスが無辜の市民を虐殺した実在の事件を題材にしていました。そういった過去の作品からインスパイアされた部分はある?

アキン ロベール監督の作品はどれも観ているはずだけど……、『追想』は邦題だよね? 意識して撮ってはないけれど、意識下にはあったかもしれないね。ドイツに帰ったら、見直してみるよ。もちろん、僕が撮る映画は古今東西のいろんな作品から影響を受けているよ。ダイアン・クルーガーが夜の街を歩くメインビジュアルはポスターにもなっているけど、『タクシードライバー』(76)の主人公トラヴィス(ロバート・デニーロ)の妹みたいじゃないかい(笑)。ひとりぼっちで歩くダイアンの姿がトラヴィスっぽかったんで、スチールカメラマンに頼んでそのシーンを撮ってもらったんだ。

──『タクシードライバー』のマーティン・スコセッシ監督も、移民二世という立場から現代社会を描いてきた映画作家ですね。

アキン スコセッシ監督の作品は好きだし、彼と同じように僕もアジア映画からはすごく影響を受けている。ダイアンが身体にタトゥーを入れるシーンがあるけど、そのタトゥーはSAMURAIなんだ。ダイアンが演じているカティヤは、言ってみれば現代のSAMURAI。死してなお、忠義を持って仕える。彼女の場合は、家族に対する忠義というわけさ。社会の法律とは異なる、彼女なりの武士道を持っているんだ。テクニカルな面では、照明などは香港や韓国の犯罪映画をイメージしているよ。僕自身はドイツという西側の国の映画監督だけど、ヒップホップがいろんな音楽をサンプリングするみたいに、アジア映画のいろんな要素とドイツ映画とを組み合わせて、今回の映画は撮ったんだ。

──アキン監督が愛する音楽や映画のように、現実世界もいろんな文化が融合しあった豊かな社会になればいいのにと思います。

アキン 本当にそう願うよ。僕たちがつくる映画が異文化間の相互理解や交流に少しでもつながるよう、これからもがんばるつもりだよ!

(取材・文/長野辰次)

『女は二度決断する』
監督・脚本/ファティ・アキン 音楽/ジョシュ・オム
出演/ダイアン・クルーガー、デニス・モシット、ヨハネス・クリシュ、サミア・ムリエル・シャクラン、ヌーマン・アチャル、ヘニング・ペカー、ウルリッヒ・トゥクール、ラファエル・サンタナ、ハンナ・ヒルスドルフ、ウルリッヒ・ブラントホフ、ハルトムート・ロート、ヤニス・エコノミデス、カリン・ノイハウザー、ウーヴェ・ローデ、アシム・デミレル、アイセル・イシジャン
配給/ビターズ・エンド PG-12 4月14日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
(C)2017 bombero international GmbH & Co. KG, Macassar Productions, Pathe Production, corazon international GmbH & Co. KG, Warner Bros. Entertainment GmbH
http://www.bitters.co.jp/ketsudan

●ファティ・アキン監督
1973年ドイツのハンブルクにて、トルコ移民の両親のもとに生まれる。トルコ系ドイツ人同士の偽装結婚を描いた『愛より強く』(04)がベルリン映画祭で金熊賞を受賞。ドイツとトルコを舞台にした『そして、私たちは愛に帰る』(07)でカンヌ映画祭脚本賞を受賞。庶民向けレストランのオーナー兄弟を主人公にしたコメディ映画『ソウル・キッチン』(09)でベネチア映画祭審査員特別賞を受賞し、30代にして世界三大映画祭の主要賞を制している。その他の監督作に、アルメニア人虐殺を描いた歴史大作『消えた声が、その名を呼ぶ』(14)、青春ロードムービー『50年後のボクたちは』(16)などがある。

『女は二度決断する』新しいファシズムは見えない形で近づいてくる!! ネオナチ犯罪映画を撮った独監督が鳴らす警鐘

 ドイツでは海外からの移民を標的にした爆破テロが2000年~07年に相次ぎ、女性警察官を含む10名が死亡。さらにテロリストたちは活動資金を得るために、銀行や郵便局を襲撃した。ドイツ警察は移民系裏社会がらみの抗争と断定したことで初動捜査を誤り、犯人がようやく逮捕されたのは11年になって。捕まったのはドイツ人のネオナチグループだった。ドイツ警察における戦後最大の不祥事ともされるこの事件を題材にしたのが、ファティ・アキン監督の『女は二度決断する』だ。クエンティン・タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』(09)などで知られるドイツ出身の国際派女優ダイアン・クルーガー主演作で、トルコ移民である夫と息子を同時に失ったドイツ人女性カティヤを熱演したダイアンはカンヌ映画祭主演女優賞を、作品もゴールデングローブ賞外国語映画賞などを受賞している。トルコ系ドイツ人という独自の視点から映画を撮り続けるファティ・アキン監督に、本作が製作された社会背景について尋ねた。

──トルコ系移民二世であるファティ・アキン監督は、『消えた声が、その名を呼ぶ』(14)ではトルコで起きたアルメニア人大虐殺、今回の『女は二度決断する』
ではネオナチ犯罪を題材にしています。日本では政治色の強い映画は資金集めが難しく、有名俳優も出演したがりません。アキン監督もそういった困難を味わったんでしょうか。

ファティ・アキン(以下、アキン) 政治的なトラブルにぶつかることはそれまでずっとなかったんだけれど、『消えた声が、その名を呼ぶ』のときは難しさを肌身に感じたね。僕がこの人と一緒にやりたいと思って声を掛けたトルコの俳優がいたんだけど、作品内容を知って彼には断られたんだ(トルコ政府はアルメニア人虐殺の事実を認めていないため)。トルコ政府やトルコ国民からの圧が掛かることを考慮してのことだったみたいだね。僕にとっては初めての体験で、驚いたよ。トルコを悪く言うつもりはないけど、トルコに比べると僕が生まれ育ったドイツはタブーと呼ばれるものが少ない、とても自由な国なんだなと『消えた声』のときは改めて思ったかな。

──ダイアン・クルーガーが主演した本作には、そういった難しさはなかった?

アキン ダイアンはカンヌ映画祭のパーティー会場で、初対面の僕にドイツ語で「機会があれば、あなたの映画に出演したい」と声を掛けてくれた。それもあって、今回の脚本は彼女をイメージして書いたんだ。さっきはドイツにはタブーがないと言ったけど、表現や言論の自由が認められているドイツにあって、唯一のタブー的な存在となっているのが“ナチス”なんだ。第二次世界大戦の反省もあって、ドイツの学校教育ではナチスが犯した戦争犯罪について学ぶことが義務づけられているし、今でもナチスものを取り上げる際は慎重にならざるを得ないし、ネオナチもジョークの対象にすることは難しい。でも、映画をつくるって、そういった既成概念を壊すことでもあると僕は思うんだ。ネオナチによる実在の犯罪を映画の題材にしていることに対して一部のメディアから攻撃されたこともあったけど、僕の映画監督としてのキャリアに傷がつくようなことにはならなかったよ。

──ドイツでは言論や表現の自由が守られているとのことですが、そのため鉤十字の旗を掲げたり、ヒトラー崇拝を謳わなければネオナチの集会も許されていると耳にします。実際のところはどうなんでしょうか?

アキン ノー、ノー! ネオナチの集会や活動は、決して認められているわけではないよ。でも、今のネオナチは昔と違って、外見では判断することができない。昔なら髪型や服装を見ればナチかナチじゃないかすぐ分かったけど、今のネオナチは普通のファッションで目立たないようにしているし、法律のことも彼らはすごく研究していて、どうすれば法の網に引っ掛からずに済むのかをよく考えて、巧妙に集会を開いたり、活動しているんだ。ドイツの国会ではネオナチの集会を禁じる法案が何度か持ち上がったんだけど、思想や言論の自由が憲法で守られているため、司法側に反対されて成立しなかったという経緯があるんだ。常識のある人はみんな、ネオナチは認めるべきではないと分かっている。でも、ネオナチは法律の抜け穴を上手にかいくぐって、気が付いたときには我々の前に現われている。そのことはドイツではすごく議論が交わされていて、メディアでも度々取り上げられてはいるんだけど、禁じる手がないというのが今のドイツの状況なんだ。

■現代のネオナチは『バットマン』のジョーカーのよう

 

──夫と息子を爆殺された主人公カティヤ(ダイアン・クルーガー)は、みずから証人として裁判に臨むことに。裁判を傍聴していた被告側の父親(ウルリッヒ・トゥクール)の姿が、とても印象に残ります。いかにも中流階級の真面目そうなお父さんで、何不自由なく息子を育てたはずなのに、息子はヒトラー崇拝者に育ってしまった。加害者家族のやるせなさ、不条理さを感じさせます。

アキン 右翼思想、ファシズム思想の人たちはすべての階級にいると僕は感じているよ。移民ヘイトしているのは、労働者階級だけじゃないんだ。特にネオナチは非常に高学歴で、洗練されたエリート階級の中にもいる。彼らにとってのアイデンティティー・ムーブメントなんだ。さっきも触れたけど、90年代の頃とは違って今は外見からはネオナチかどうか判別できないし、彼らが使うレトリックも以前は論破しやすいものだったけど、より巧妙なものに変わってきている。リベラル系のメディアの中にもネオナチが紛れ込んでいるケースもあるし、左寄りの政党に所属していた政治家が実はネオナチだと正体を明かしたこともある。まるで『バットマン』に出てくる悪役のジョーカーみたいに、普段はその素顔を隠しているんだ。

──本作のドイツ語の原題が「Aus dem Nichts(どこからともなく)」となっているのは、そういう背景があるんですね。

アキン 右寄りのテロリストたちの家族構成を調べてみると、両親は実はリベラリストであることが多いんだ。これは僕の推測だけど、子どもはどうしても自分自身のアンデンティティーを確立したいがために、親からなるべく離れたものを目指してしまうんじゃないかな。若者は特に過激なものへと走ってしまう。ドイツ赤軍派の女性メンバーは、父親が教会の神父だったなんてこともあったしね。僕の家族にもそれは言える。僕の父はすごく保守的な考え方だったけど、僕は若い頃に共産党を支持するなど、父とはまったく異なる政治的思想を持っていた。平穏な家族のもとで育っても、過激な政治思想を持つようになることは、決して珍しいことじゃないんだ。

──中盤まではリアルな法廷サスペンスとして展開しますが、やがて物語は予想外の方向へと振り切っていく。フランス映画の名作『冒険者たち』(67)で知られるロベール・アンリコ監督のもうひとつの代表作『追想』(75)を思わせるクライマックスです。『追想』もナチスが無辜の市民を虐殺した実在の事件を題材にしていました。そういった過去の作品からインスパイアされた部分はある?

アキン ロベール監督の作品はどれも観ているはずだけど……、『追想』は邦題だよね? 意識して撮ってはないけれど、意識下にはあったかもしれないね。ドイツに帰ったら、見直してみるよ。もちろん、僕が撮る映画は古今東西のいろんな作品から影響を受けているよ。ダイアン・クルーガーが夜の街を歩くメインビジュアルはポスターにもなっているけど、『タクシードライバー』(76)の主人公トラヴィス(ロバート・デニーロ)の妹みたいじゃないかい(笑)。ひとりぼっちで歩くダイアンの姿がトラヴィスっぽかったんで、スチールカメラマンに頼んでそのシーンを撮ってもらったんだ。

──『タクシードライバー』のマーティン・スコセッシ監督も、移民二世という立場から現代社会を描いてきた映画作家ですね。

アキン スコセッシ監督の作品は好きだし、彼と同じように僕もアジア映画からはすごく影響を受けている。ダイアンが身体にタトゥーを入れるシーンがあるけど、そのタトゥーはSAMURAIなんだ。ダイアンが演じているカティヤは、言ってみれば現代のSAMURAI。死してなお、忠義を持って仕える。彼女の場合は、家族に対する忠義というわけさ。社会の法律とは異なる、彼女なりの武士道を持っているんだ。テクニカルな面では、照明などは香港や韓国の犯罪映画をイメージしているよ。僕自身はドイツという西側の国の映画監督だけど、ヒップホップがいろんな音楽をサンプリングするみたいに、アジア映画のいろんな要素とドイツ映画とを組み合わせて、今回の映画は撮ったんだ。

──アキン監督が愛する音楽や映画のように、現実世界もいろんな文化が融合しあった豊かな社会になればいいのにと思います。

アキン 本当にそう願うよ。僕たちがつくる映画が異文化間の相互理解や交流に少しでもつながるよう、これからもがんばるつもりだよ!

(取材・文/長野辰次)

『女は二度決断する』
監督・脚本/ファティ・アキン 音楽/ジョシュ・オム
出演/ダイアン・クルーガー、デニス・モシット、ヨハネス・クリシュ、サミア・ムリエル・シャクラン、ヌーマン・アチャル、ヘニング・ペカー、ウルリッヒ・トゥクール、ラファエル・サンタナ、ハンナ・ヒルスドルフ、ウルリッヒ・ブラントホフ、ハルトムート・ロート、ヤニス・エコノミデス、カリン・ノイハウザー、ウーヴェ・ローデ、アシム・デミレル、アイセル・イシジャン
配給/ビターズ・エンド PG-12 4月14日(土)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
(C)2017 bombero international GmbH & Co. KG, Macassar Productions, Pathe Production, corazon international GmbH & Co. KG, Warner Bros. Entertainment GmbH
http://www.bitters.co.jp/ketsudan

●ファティ・アキン監督
1973年ドイツのハンブルクにて、トルコ移民の両親のもとに生まれる。トルコ系ドイツ人同士の偽装結婚を描いた『愛より強く』(04)がベルリン映画祭で金熊賞を受賞。ドイツとトルコを舞台にした『そして、私たちは愛に帰る』(07)でカンヌ映画祭脚本賞を受賞。庶民向けレストランのオーナー兄弟を主人公にしたコメディ映画『ソウル・キッチン』(09)でベネチア映画祭審査員特別賞を受賞し、30代にして世界三大映画祭の主要賞を制している。その他の監督作に、アルメニア人虐殺を描いた歴史大作『消えた声が、その名を呼ぶ』(14)、青春ロードムービー『50年後のボクたちは』(16)などがある。

香取慎吾、草なぎ剛、稲垣吾郎主演の映画『クソ野郎と美しき世界』8位スタートも「成功」のワケ

 6日、元SMAPの香取慎吾、草なぎ剛、稲垣吾郎が主演する映画『クソ野郎と美しき世界』が封切られ、週末の3日間で8万7528人を動員(興行通信社調べ)。初週8位にランクインした。

 同作は、ジャニーズを退所した3人の初となる主演映画。監督に園子温、劇作家でCMディレクターの山内ケンジ、爆笑問題・太田光、東京事変のMVなどで知られる映像作家・児玉裕一の4人を迎えたオムニバス作品で、全国86館、2週間限定で公開されている。

「初週3日間で9万人弱動員という数字は、86館の公開規模なら上々です。2週間限定上映という“プレミア感”もあるので、最終的な興行収入は2~2.5億円あたりで落ち着くのでは?」(映画ライター)

 元・国民的アイドル3人が顔をそろえた作品としては少々寂しい数字だが、「十分にモトが取れるだろう」(同)という。

「この作品は撮影期間が短く、制作スタッフや監督たちは3人が所属するカレンの飯島三智氏が人脈を駆使して集めたため、ギャラも“お友達価格”に抑えられている。マスコミ試写会や、テレビ、雑誌などでの大々的なPRもありませんでしたが、裏を返せば、それだけ宣伝費を使わなくて済んだということ。さらに、自社配給なので採算性が高い。初日の舞台挨拶で目標動員数は『15万人』だと明かされましたが、そこまでいかなくても“成功”といえるでしょうね」(同)

“成功”といえる根拠には、3人独特の事情もあるようだ。

「まず、通常の作品より、パッケージの売り上げが見込めること。2週間の限定公開であることはもちろん、現在残っている3人のファンはSMAP時代の“ライト層”が消え、コアなファンばかり。劇場での動員人数から、DVDやBlu-rayソフトの売り上げ数が読みやすいということです。特典映像をふんだんに盛り込めば、劇場鑑賞者の中の、かなりの割合が手を伸ばすことになるでしょう」(同)

 そして何より、製作費捻出のスキームが通常の劇場公開映画と異なっていることが大きいという。

「独立した3人のファンクラブ『新しい地図』の会員は現在、10万人以上。その全員が1,000円の入会金と4,500円の年会費を支払っているわけですから、『新しい地図』は、すでに6億円程度の資金を調達済みなんです。これをベースにビジネスを展開していけば、大きな失敗はないでしょうね」(同)

 芸能界のメインストリームを離れつつ、順調に活動を続ける3人。新しいエンタメビジネスのモデルケースを生み出しつつあるのかもしれない。

香取慎吾、草なぎ剛、稲垣吾郎主演の映画『クソ野郎と美しき世界』8位スタートも「成功」のワケ

 6日、元SMAPの香取慎吾、草なぎ剛、稲垣吾郎が主演する映画『クソ野郎と美しき世界』が封切られ、週末の3日間で8万7528人を動員(興行通信社調べ)。初週8位にランクインした。

 同作は、ジャニーズを退所した3人の初となる主演映画。監督に園子温、劇作家でCMディレクターの山内ケンジ、爆笑問題・太田光、東京事変のMVなどで知られる映像作家・児玉裕一の4人を迎えたオムニバス作品で、全国86館、2週間限定で公開されている。

「初週3日間で9万人弱動員という数字は、86館の公開規模なら上々です。2週間限定上映という“プレミア感”もあるので、最終的な興行収入は2~2.5億円あたりで落ち着くのでは?」(映画ライター)

 元・国民的アイドル3人が顔をそろえた作品としては少々寂しい数字だが、「十分にモトが取れるだろう」(同)という。

「この作品は撮影期間が短く、制作スタッフや監督たちは3人が所属するカレンの飯島三智氏が人脈を駆使して集めたため、ギャラも“お友達価格”に抑えられている。マスコミ試写会や、テレビ、雑誌などでの大々的なPRもありませんでしたが、裏を返せば、それだけ宣伝費を使わなくて済んだということ。さらに、自社配給なので採算性が高い。初日の舞台挨拶で目標動員数は『15万人』だと明かされましたが、そこまでいかなくても“成功”といえるでしょうね」(同)

“成功”といえる根拠には、3人独特の事情もあるようだ。

「まず、通常の作品より、パッケージの売り上げが見込めること。2週間の限定公開であることはもちろん、現在残っている3人のファンはSMAP時代の“ライト層”が消え、コアなファンばかり。劇場での動員人数から、DVDやBlu-rayソフトの売り上げ数が読みやすいということです。特典映像をふんだんに盛り込めば、劇場鑑賞者の中の、かなりの割合が手を伸ばすことになるでしょう」(同)

 そして何より、製作費捻出のスキームが通常の劇場公開映画と異なっていることが大きいという。

「独立した3人のファンクラブ『新しい地図』の会員は現在、10万人以上。その全員が1,000円の入会金と4,500円の年会費を支払っているわけですから、『新しい地図』は、すでに6億円程度の資金を調達済みなんです。これをベースにビジネスを展開していけば、大きな失敗はないでしょうね」(同)

 芸能界のメインストリームを離れつつ、順調に活動を続ける3人。新しいエンタメビジネスのモデルケースを生み出しつつあるのかもしれない。

リュック・ベッソン“激怒退出騒動”より深刻な、吹き替えタレントたちの「お粗末」ブッキング事情

 フランス映画界の巨匠であるリュック・ベッソン監督が、新作映画『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』の告知イベントに来日したところ、日本語吹き替え版の声優を担当した、お笑い芸人のゆりやんレトリィバァに不快感を示して途中退場したと一部メディアが報じた。主催者側はそれを否定したが、この顛末よりも映画ファンを落胆させているのが、おなじみ「タレントの声優起用」だ。同作では、ゆりやんのみならず、ロックバンド・THE ALFEEの3人も吹き替えを担当している。

「芸人やバンドマンが吹き替えをやってる時点で、見る気がしない。なぜ本業の声優に任せないのか」

「滑舌の悪いゆりやんが声優とか、人選の理由がわからない」

 ネット上ではそんな意見があふれているのだが、これには専門家の映画ライターも同調する。

「今回の映画はベッソン監督にとってかなりの力作で、子どもの頃に愛読していたSF漫画の実写化を、賛否あることを承知で挑んだものです。製作費はおよそ200億円。本人が『僕のDNAが、これを諦めさせなかった。やるか死ぬかの選択だった』と言っているほど。というのも近年、マーベルのアメコミを代表とするスーパーヒーロー映画がやたらと量産されることで、ハリウッド映画の質が落ちていると危惧する向きがあって、ベッソン監督は『みんながマーベルしか見ないようになったらおしまい。もっと観客の視野を広げる』と、あえて流行に挑戦したんです。その映画の声優が、PR目当ての安易な芸人というのは、本当に残念なことですよ」

 イベントでは、肥満体のゆりやんが登場キャラクターを模したセクシー衣装で「アイ・アム・セックスシンボル」などと監督にアピール。監督の途中退席があったかどうかは別にして、あまりに低俗なネタであり、少なくとも監督生命を賭けて作られた映画のPRとしてはお粗末だ。

「ゆりやんは夢がかなったとか言ってたんですが、そのわりに声優業の努力の跡はなく、公開アフレコでもNG連発で、真剣に取り組んだ様子はなかった」と映画ライター。

 ただ、映画ファンをガッカリさせる芸人の声優起用については、テレビ関係者がその内幕を明かす。

「情報番組のデスクには、声優のキャスティングをしている映画側の担当者が相談にくるんですよ。『誰だったら取材に来てくれます?』って、旬のタレントのリストを見せるんです。そこに並んでいるのは、声優に向いているタレントではなく、話題性があって呼びやすい人ばかり。多くは別のPRイベントによく出ているタレントで、それを見て担当者は『呼びやすそう』とマネするので、右へ倣えで、やたら同じ人選ばかりになるんです。そこでテレビ側は『できたら声優初挑戦だとネタにしやすい』って答えるので、一発屋芸人みたいなのが採用されやすいわけです」

 その結果、スポーツ紙の記事になるのは本題の映画よりも、芸人がその場で見せたネタ話ばかりになっている。

「いまや映画の声優やPRイベントは、映画よりもタレントのためにあるようなもの」と前出の映画ライターは語る。

 ゆりやんはベッソン退場の話に対し「終始なごやかだった」と否定したが、映画ファンにとってはそんなことどっちでもいい話で、声優をキッチリ務めているのかどうかが重要だ。そこは各自が映画を見て判断してほしいものだが……。
(文=片岡亮/NEWSIDER Tokyo)

リュック・ベッソン“激怒退出騒動”より深刻な、吹き替えタレントたちの「お粗末」ブッキング事情

 フランス映画界の巨匠であるリュック・ベッソン監督が、新作映画『ヴァレリアン 千の惑星の救世主』の告知イベントに来日したところ、日本語吹き替え版の声優を担当した、お笑い芸人のゆりやんレトリィバァに不快感を示して途中退場したと一部メディアが報じた。主催者側はそれを否定したが、この顛末よりも映画ファンを落胆させているのが、おなじみ「タレントの声優起用」だ。同作では、ゆりやんのみならず、ロックバンド・THE ALFEEの3人も吹き替えを担当している。

「芸人やバンドマンが吹き替えをやってる時点で、見る気がしない。なぜ本業の声優に任せないのか」

「滑舌の悪いゆりやんが声優とか、人選の理由がわからない」

 ネット上ではそんな意見があふれているのだが、これには専門家の映画ライターも同調する。

「今回の映画はベッソン監督にとってかなりの力作で、子どもの頃に愛読していたSF漫画の実写化を、賛否あることを承知で挑んだものです。製作費はおよそ200億円。本人が『僕のDNAが、これを諦めさせなかった。やるか死ぬかの選択だった』と言っているほど。というのも近年、マーベルのアメコミを代表とするスーパーヒーロー映画がやたらと量産されることで、ハリウッド映画の質が落ちていると危惧する向きがあって、ベッソン監督は『みんながマーベルしか見ないようになったらおしまい。もっと観客の視野を広げる』と、あえて流行に挑戦したんです。その映画の声優が、PR目当ての安易な芸人というのは、本当に残念なことですよ」

 イベントでは、肥満体のゆりやんが登場キャラクターを模したセクシー衣装で「アイ・アム・セックスシンボル」などと監督にアピール。監督の途中退席があったかどうかは別にして、あまりに低俗なネタであり、少なくとも監督生命を賭けて作られた映画のPRとしてはお粗末だ。

「ゆりやんは夢がかなったとか言ってたんですが、そのわりに声優業の努力の跡はなく、公開アフレコでもNG連発で、真剣に取り組んだ様子はなかった」と映画ライター。

 ただ、映画ファンをガッカリさせる芸人の声優起用については、テレビ関係者がその内幕を明かす。

「情報番組のデスクには、声優のキャスティングをしている映画側の担当者が相談にくるんですよ。『誰だったら取材に来てくれます?』って、旬のタレントのリストを見せるんです。そこに並んでいるのは、声優に向いているタレントではなく、話題性があって呼びやすい人ばかり。多くは別のPRイベントによく出ているタレントで、それを見て担当者は『呼びやすそう』とマネするので、右へ倣えで、やたら同じ人選ばかりになるんです。そこでテレビ側は『できたら声優初挑戦だとネタにしやすい』って答えるので、一発屋芸人みたいなのが採用されやすいわけです」

 その結果、スポーツ紙の記事になるのは本題の映画よりも、芸人がその場で見せたネタ話ばかりになっている。

「いまや映画の声優やPRイベントは、映画よりもタレントのためにあるようなもの」と前出の映画ライターは語る。

 ゆりやんはベッソン退場の話に対し「終始なごやかだった」と否定したが、映画ファンにとってはそんなことどっちでもいい話で、声優をキッチリ務めているのかどうかが重要だ。そこは各自が映画を見て判断してほしいものだが……。
(文=片岡亮/NEWSIDER Tokyo)

トラウマ映画“先生を流産させる会”の内藤瑛亮監督が未成年者の暴力や犯罪を撮り続ける理由とは?

 愛知県で起きた実在の事件を題材にした自主映画『先生を流産させる会』(12)でセンセーショナルな長編デビューを飾った内藤瑛亮監督。その後も山田悠介の同名小説を原作にした『パズル』(14)や古屋兎丸の原作コミックを実写映画化した『ライチ☆光クラブ』(16)とR指定の問題作・話題作を次々と手掛けている。未成年者による犯罪や集団内における暴力をテーマにしたものがほとんどだ。トラウマ漫画として知られる押切蓮介の人気コミックを映画化した『ミスミソウ』も、内藤監督ならではの狂気の世界となっている。

 4月7日から劇場公開が始まった『ミスミソウ』の主人公は、東京から山村の中学校へと転校してきた野咲春花(山田杏奈)。クラスメイトたちはみんな小さいときからずっと一緒だった幼なじみ同士で、よそ者の春花はいじめの標的となってしまう。学校での味方は、やはり転校生だった相場(清水尋也)だけ。クラスの女王的存在である妙子(大谷凜香)の取り巻きたちによる春花へのいじめは日に日にエスカレートし、ついには春花の留守中に春花の家族がいる家に火が放たれてしまう──。10代の少年少女たちの揺れ動く心理、暴発する情念を見事に描き切った内藤監督にトラウマ映画を撮り続ける理由、そして教員時代の体験について語ってもらった。

──『先生を流産させる会』以降、内藤監督は商業シーンでも自分のカラーを守りつつ、順調に映画監督としてのキャリアを重ねているように映りますが、本人的にはどうですか?

内藤瑛亮(以下、内藤) そうでもないです。自分がやりたい題材とオファーされたものが大きく乖離していたり、なかなか自分のやりたいようにできずに断念することが多いんです。『ライチ』の前後に幾つかそこそこの規模の大きな企画がオファーされたんですが、どうしても自分としては納得できずに企画から離れたり、お断りすることが続いて。それで『先生を流産させる会』の頃に戻って、『許された子どもたち』という作品を自主製作で撮ることに決めて、その準備を進めていたところ、『ミスミソウ』の監督を頼まれたんです。でもクランクインの1カ月前というタイミングでした(笑)。普通なら1カ月の準備で監督するのは到底無理なんですが、自分がやりたいと思える企画だし、自分なら面白い映画にできるという確信があって受けたんです。

──規模の大きな企画を断った理由を、もう少しお聞きできますか。

内藤 原作つきの企画だったんですが、映画を面白くするためのアイデアを僕から提案したところ、「いや、原作ファンはそこまで考えていません。監督、そんなに頑張らなくてもいいです。テキトーでいいですよ」みたいに言われたんです。監督としては100点、120点の映画をいつも目指しているわけで、それでも100点には届かないんですが、最初から「60点でいいよ」と言われているような気がして。それでは、ちょっと頑張れないなぁと。

──仮にオファーを受けても、途中でトラブルになっていたでしょうね。今回の『ミスミソウ』は準備期間がなかったことが逆に幸いして、内藤監督のやりたいことができたような印象を受けます。

内藤 それはあるかもしれません。映画製作って企画開発の期間がすごく長くて、その間にいろんな人の意見が入ってきて、監督としてはその調整に気を使うことになりがちですけど、今回は『ミスミソウ』という原作コミックを面白い映画にするためにはどうすればいいかに、ストレートに向き合えたように思います。その分、撮影現場は混乱続きでしたけど(苦笑)。

──図らずも、自主映画っぽい現場だった?

内藤 結果的にそうなっちゃいましたね。キャストとのリハーサルなどはしっかりやったんですが、クランクイン前に美術スタッフと打ち合わせをする時間がなくて、現場を仕切るラインプロデューサーに一括して僕からの要望を伝えていたんです。なので行き違いは何度かあって、例えば撮影前日になって小道具のMDプレイヤーが用意されていないことがわかったこともありました。都内から離れたロケ先だったんですが、宿泊先のホテルの従業員の方が地元の知り合いに電話を掛けまくってくれて、奇跡的にMDプレイヤーが見つかったんです。

──人間の残酷さを徹底して描く内藤作品ですが、実はそういったいろんな人たちに支えられて完成しているんですね。撮影までの準備期間1カ月という無茶なスケジュールながら完成した『ミスミソウ』ですが、原作が持つ力がやはり大きかった?

内藤 大きかったですね。『パズル』が公開された頃、Twitter上で「もし『ミスミソウ』を映画化するなら、内藤がいいんじゃないか」という声が上がっていたので、僕も気になって押切さんの『ミスミソウ』を読んだんです。純粋に面白かったし、自分に期待されていることもよくわかりました。撮りたいなと思っていたら、すでに他の監督で準備が進んでいたんです。「あ~、俺じゃないんだ」と諦めていたんですが、巡り巡って撮影の1カ月前になって僕のところに回ってきました(笑)。主演の山田杏奈さんはキャスティングされる前から原作を読んでいたそうですし、僕と同世代でも「やりたかった」と言っている他の監督もいましたし、長く愛されている作品なんだなと実感しました。

■狭い世界でこのまま埋もれていくという恐怖

 

──内藤監督がどんな少年時代を過ごしたのか、ちょっとお聞きしたいと思います。内藤監督が子どもの頃は、楳図かずお、日野日出志といったトラウマ漫画をよく読んでいたそうですね。

内藤 両親が漫画好きで、実家には手塚治虫全集などが置いてあったんです。中学生になると永井豪の『デビルマン』を読んで、ヒロインの首が刎ねられたり、人類が滅亡するラストシーンは、それこそトラウマになっています。ああいう心がちょっと傷つくぐらいの作品のほうが、やっぱり忘れられませんよね。最近は漫画も映画も、トラウマになるような作品が減ってしまったように感じます。

──やがて高校生になると、マリリン・マンソンの曲を聴くようになった。

内藤 マリリン・マンソンは中学から聴いていました。当然、友達はできませんでした(苦笑)。まぁ、10代にありがちですけど、自分からも友達をつくろうともしませんでした。漫画、音楽、映画だけが救いでしたね。映画でその頃ハマっていたのは、デヴィッド・フィンチャー監督の『ファイト・クラブ』(99)やウォシャウスキー兄弟の『マトリックス』シリーズ(99~03)です。こんな社会はクソだ! こんなクソ社会はぶっ壊してもいいんだみたいな(笑)。

──そんな少年期を過ごした内藤監督だからこそ、『ミスミソウ』を映画化できたんですね。

内藤 『ミスミソウ』に出てくる子どもたちの鬱屈した感情は、すごく理解できます。物語の設定も1990年代後半になっていて、スマホがまだ出る前なんです。スマホがあれば救われるわけじゃないけど、田舎町のどこにも行き場所のない、外の世界と繋がることなく、狭い世界でこのまま埋もれていくんだなという恐怖感は僕自身も感じていたものでした。

──内藤監督は1982年生まれの愛知県出身。

内藤 はい。園子温監督と同じ豊川市生まれなんですが、合併して豊川市に吸収されてしまった隣町のほうなんです。ほんと、暗い青春でした。

──そんな内藤監督にとって、やがて映画づくりが救済になるわけですね。内藤監督の作品を観ていて興味深いのは、虐待される側の視点だけでなく、加虐する側の心理がより詳細に描かれている点です。

内藤 自分でも不思議に思います。僕が中学生のときに、「酒鬼薔薇事件」が起きたんです。僕と少年Aは同学年なんです。「人を殺してみたかった」といって高校生が主婦を殺害した事件が2000年に起きたんですが、これは豊川市内で起きた事件で、こちらの犯人の少年も同学年でした。その頃の僕は「みんな、死ねばいい」と思っていた時期だったので、自分の暗い欲望がそのまま具現化したような感覚がありました。逆に「なんで、自分は加害者にならずに済んだんだろう」という気持ちが大きく残って、作品をつくるときには気がつくといつもその立場になっているんです。

■加害者は自分が人を傷つけたことは忘れてしまう

 

──今回の『ミスミソウ』ですが、女優でもある唯野未歩子さんが脚本を担当(脚本は内藤監督が引き受ける前に完成していた)。少女たちの繊細な心理が描かれているのが印象的です。

内藤 押切さんの原作では『ミスミソウ完全版』で春花と妙子についてのエピソードが描き足されていたんですが、映画版では2人の関係性をより強調したものになっていますね。クライマックスで2人の関係性が明かされることで、前半で描かれる暴力の意味もわかるようになっています。もうひとつ、僕がうまいなと思ったのは、主人公の春花は前半はクラスメイトたちからのいじめに遭い、観る側が感情移入しやすい存在なんですが、中盤以降はクラスメイトたちへの復讐に移り、どんどん彼女の人間性が剥奪されていくんです。中身のわからない人間になってしまう。逆に加害者側に人間性が与えられていく。もちろん加害者側は許される存在ではないんですが、でも彼ら彼女らの心情はわかる。みんな自分のことを被害者だと思っているんです。こんな田舎に生まれていなければとか、家庭環境がもう少しまともだったらとか、想いが相手にうまく伝わっていればとか……。人間ってどうしても自分が被害者であることは容易に認識するけど、自分が人を傷つけたことは記憶しづらいもの。『ミスミソウ』は春花をいじめていた側が、自分の加害者性に終盤になって向き合うことになる。そういったテーマも織り込まれている作品だと思います。

──内藤監督は未成年者の犯罪、集団内での暴力をテーマにした映画を撮り続けています。キラキラした青春には興味がない?

内藤 キラキラした青春を体験してないんで、そもそもわからないんですよ。キラキラした青春って、僕にはファンタジーにしか思えません(笑)。でも、キラキラした青春を送ってない人のほうが、映画を必要としていると思うんです。もちろん、キラキラ映画もあっていいと思いますけど、今の日本はそっちばかりに偏りすぎじゃないですか。ああいう美男美女がキラキラ輝いている様子を見せられたら、「あんな奴らは事故にでも遭えばいい」くらい思っちゃいますよね。今の若い子たちも、自分の居場所を見つけられずにいるほうが多いと僕は感じています。

──トラウマ映画ばかり撮るのは、しんどくないですか。

内藤 いや、それはないです。むしろ、「女性向けにハッピーエンドにしてください」とかプロデューサー側から言われることのほうが、僕にはストレスに感じてしまうんです。おじさんプロデューサーが言う「女性向け」って、実際の女性の心理とは掛け離れているように思うんです。僕は意識的に残虐なものを描こうというつもりはなく、単純にこうしたほうが面白いと自分が思えることを映画にしているつもりなんです。

■教員時代の体験が内藤監督に与えた影響とは?

 

──内藤監督は映画美学校を卒業した後、教員として働いていたそうですね。教育の現場に立っていたことは、作品づくりに影響を与えていますか?

内藤 正確には映画美学校に通い始めた頃に教員試験に合格し、『先生を流産させる会』は教員の仕事をしながら休日を使って撮っていたんです。僕が勤めていた学校は特別支援学校といって、以前は養護学校と呼ばれていたところでした。そこでの体験は、大変な勉強になりました。僕ら教員が「こうしてください」と言っても、生徒はそれぞれの障害の特性から、その通りには受け取ってはくれないんです。自閉症だったり、ダウン症だったり、ADHDだったり、障害によって受け止め方がまるで違う。結局、その人に合った伝え方をしないと伝わらないんです。それは俳優やスタッフへの声掛けにも通じるものがありますね。この人には細かく説明したほうがいいなとか、逆にあの人は細かく言い過ぎると混乱してしまうなとか。その人の人間性を理解した上で、こちらの言葉を変えていかなくちゃいけない。これは教員時代に学んだことですね。

──演出面でプラスになったわけですね。テーマ的なことにも関係していますか?

内藤 自分が教員になってみて、教員もそれぞれいろんな考え方を持っていることが実感できました。子どもの頃は大人はみんな同じ価値観で動いているように思えたんですけど、そうじゃないわけですよね。大人側の視点も盛り込むという点で、今回の『ミスミソウ』の南先生(森田亜紀)や次回作の『許された子どもたち』に登場する大人たちのキャラクターづくりに役立っていると思います。僕が担当していたクラスの話になりますが、生徒のひとりがトイレに篭りがちだったんです。特に体育祭みたいなイベントが苦手で、その時期はずっと篭っていました。体育科の先生は体育祭に参加させようと必死でしたけど、僕自身が中学・高校で暗い思い出しかないから、体育祭でみんなと競い合ったり、一緒に旗を振ったりしたくないその生徒の気持ちがわかりました。無理強いはしないように、1年間声を掛け続けたんですけど、だんだんとトイレに篭る時間が減っていったのは、すごくうれしかったですね。自分でも誰かの役に立てたんだって。商業映画のオファーをいただくようになり、教職を続けるか映画を選ぶかを選択するときは、すごく悩みました。学生時代はバイト先でも「声が出てない」「やる気が感じられない」と怒られてばかりだった僕にとっては、大変だったけど初めて面白いと思える仕事だったんです。自分にとってすごく大きな体験だったことは確かだと思います。

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 内藤監督が『ミスミソウ』の撮影前に準備を進めていた久々の自主映画『許された子どもたち』は、先日クランクアップ。山形の中学校で起きたマット死事件から着想を得たもので、フィクション度の高い『ミスミソウ』に対し、社会派サスペンスとして完成することになりそうだ。トラウマ映画の新しい旗手・内藤監督から当分目が離せそうにない。
(取材・文=長野辰次)

『ミスミソウ』
原作/押切蓮介 脚本/唯野未歩子 監督/内藤瑛亮
出演/山田杏奈、清水尋也、大谷凜香、大塚れな、中田青渚、紺野彩夏、櫻愛里紗、遠藤健慎、大友一生、遠藤真人、森田亜紀、戸田昌宏、片岡礼子、寺田農
配給/ティ・ジョイ R-15 4月7日より新宿バルト9ほか全国公開中
c) 押切蓮介/双葉社 (c)2017「ミスミソウ」製作委員会
http://misumisou-movie.com

●内藤瑛亮(ないとう・えいすけ)
1982年愛知県出身。短編映画『牛乳王子』が「学生残酷映画2009」グランプリを受賞。初の長編映画『先生を流産させる会』(12)は自主映画ながら劇場公開され、賛否両論の大反響を呼んだ。その後、老人ホームでの虐待を描いたホラー映画『高速ばぁば』(13)、夏帆主演のサスペンス『パズル』(14)、野村周平ら注目の若手俳優が一挙出演した『ライチ☆光クラブ』(16)と商業ベースでの映画を監督している。山形マット死事件を題材にした自主映画『許された子どもたち』は撮影が終了し、現在は内藤監督みずから編集作業に取り組んでいる。