興収83億円を記録した『シン・ゴジラ』(16)を最後に、日本の実写映画から50億円を超えるメガヒット作が生まれていない。『シン・ゴジラ』や250億円の興収を上げた劇場アニメ『君の名は。』(16)が牽引する形で、2016年の日本映画界は今世紀最大となる2,355億円の興収を記録。続く17年もディズニー映画『美女と野獣』など洋画の大ヒットに恵まれ、前年に次ぐ2,285億円という高い数字を残した。アイドル俳優たちをキャスティングした学園青春もの、いわゆるキラキラ映画は費用対効果のよさから次々と製作されているが、以前は20億円が業界でのヒットの目安だったのが10億円にハードルが下がるなど、ヒットの規模は小さくなりつつある。また、東日本大震災直後の社会状況を反映させた『シン・ゴジラ』『君の名は。』のように、世代を越えた話題を集めるには至っていない。全体の興収結果を見る限りでは好調さをキープしているように見える映画界だが、本当にそうだろうか。2018年上半期も終わろうとしているが、今の邦画シーンはどういう状況なのか、映画ビジネスに詳しい映画ジャーナリストの大高宏雄氏に聞いてみた。
大高「2018年に入り、特に邦画実写作品が低迷しています。1月から5月、20億円を超えた作品が1本もありませんでした。“邦画の大ヒット作がないのでは?“という問いに答えるのなら、大ヒット作は生まれています。東宝が3月に公開した『ドラえもん のび太の宝島』は53億円、4月に公開した『名探偵コナン ゼロの執行人』は80億円に迫り、どちらもシリーズ歴代No.1の大ヒットになっています。特に入場者への特典を付けることもない『名探偵コナン』の6年連続での記録更新は目を見張るものがあります。第1作『──時計仕掛けの摩天楼』(97)は興収11億円ですから、すごい伸び率です。今や国民的アニメの位置を盤石なものにしていると言えるでしょう。アニメに偏り始めましたが、日本映画界にはヒット作は生まれています。以前とはヒットの構造が変わったということなんです」
劇場版『名探偵コナン』は、原作コミック&TVアニメの知名度に加え、ハリウッド映画ばりの大掛かりなアクションシーンやサスペンス要素がふんだんに盛り込まれ、幅広い層を取り込んだGWに欠かせない定番シリーズとなっている。『ドラえもん のび太の宝島』は東宝のヒットメーカー・川村元気プロデューサーが脚本を担当している。人気アニメシリーズがマンネリ化に陥らない工夫をしている一方、実写映画に元気がないのが気になるところだ。大高氏は『シン・ゴジラ』以降、日本の実写映画が活性化できずにいる原因のひとつとして、17年に公開された『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章』(東宝、ワーナー共同配給)、『無限の住人』『鋼の錬金術師』(ワーナー配給)の不振を挙げている。3作品とも知名度の高い人気コミックを原作にした話題性抜群のアクション大作だったが、『鋼の錬金術師』は興収10億円、『無限の住人』『ジョジョの奇妙な冒険』は10億円に届いていない。3作品とも配給側が狙ったような興収結果を残すことはできなかった。
大高「日本ならではのエンタメ大作になるのではと、この3本には期待していたんです。人気コミックをベースにして、どんな新しい世界を見せてくれるんだろうと、公開が始まるまでワクワクでした。個人的には、『無限の住人』は三池崇史監督らしさが出ていて面白かったと思います。ただ、一般的にはどうだったでしょうか。この3本が興行的に失敗した原因は、いろいろ考えられます。キャスティングの問題、深みのない世界観……。でも、興行的に成功しなかった作品のことは、誰も分析しようとはしません。今や、まるで最初から存在しなかった作品のようになっていないか。次から次に新作が登場してくるので、当たらなかった作品のことを配給側も批評する側もかまっている余裕がありません。しかしですよ、ハリウッドがマーベルコミックをアメコミ映画として実写化して成果を上げているように、これらの作品もうまくやっていれば“ジャパコミ映画”として、日本映画に新しい路線を切り開くことができたんじゃないかと思うんです。そこを綿密に分析する必要があるのではないか。人気コミックを巧みに実写コメディ化した福田雄一監督の『銀魂』(ワーナー配給)は興収39億円を記録し、17年の実写邦画No.1ヒット作になっています。この成功は大きなヒントです。映画界の企画の貧困さは以前から言われていることで、そのことを今さら指摘してもどうにもなりません。求められるのは具体性です。人気テレビドラマの劇場版は、1980~90年代にドン底状態にあった日本映画界を活性化させる役割を果たしましたが、それに代わる新しいエンタメ大作にどう取り組んでいくかが課題ではないでしょうか」
■時間を費やした下地づくりの重要性
今年のGW興行は、東映配給、役所広司や松坂桃李ら新旧実力派俳優たちが熱演した『孤狼の血』(現在公開中)が注目を集めたが、週間興収ランキング初登場3位といまいちな数字だった。作品に込められた熱気が、残念ながら世間一般にまで浸透できずにいる。興収は10億円に届くかどうか微妙なところだ。
大高「東映の実録ヤクザ映画『仁義なき戦い』(73)と比較されがちな白石和彌監督の『孤狼の血』ですが、『仁義なき戦い』は東映の任侠路線という下地があったからこそ熱狂的に受け入れられた作品です。『孤狼の血』は作品としての評価は高いものの、今の大多数の観客がヤクザ映画を見てみよう、楽しもうという下地がない状況での公開でした。役所広司が汚れ役もやれることは分かっているわけで、映画『娼年』(R18+)が単館系で3億円を超える大ヒットとなっている松坂桃李を思い切って主演にしてもよかったと思います。旧体依然とした大きな組織に、上司の命令に素直に従うだけだった新人刑事役の松坂桃李が闘いを挑むという構図は、マスコミで騒がれている日大アメフト部問題と似ている気がします。ヤクザ映画へのオマージュといった視点を越え、今の日本社会に果敢に斬り込くんでいく方向性がほしかった。東映は『孤狼の血』のシリーズ化を考えているようですが、宣伝も含め戦略を練り直す必要があるでしょう」
日本映画界に明るいニュースをもたらしたのは、カンヌ映画祭パルムドールを受賞したギャガ配給、是枝裕和監督の『万引き家族』(6月8日公開)だ。是枝監督作はカンヌ映画祭審査員賞を受賞した福山雅治主演作『そして父になる』(13)が興収32億円のヒット作となっており、『万引き家族』も期待されている。
大高「福山雅治が主演した『そして父になる』に比べるとキャストバリューは低いかもしれませんが、カンヌで受賞した直後での公開なので、かなりのヒットになるのではないかと思います。ただし、是枝監督はいきなりカンヌ映画祭で受賞したのではなく、今年で5回目の参加です。海外の映画祭に挑戦し続けてきたという長年の下地があったからこそ、今回の最高賞受賞に繋がったわけです。何事も下地は大切です。是枝監督が海外の映画祭で評価されたことで、これに続こうとする若い世代が必ず現われるはず。日本映画界、というより日本映画の今後において、これは大きな意味を持つと考えられます」
1991年から続く「日本映画プロフェッショナル大賞」の主宰者でもある大高氏。今年の「第27回日プロ大賞」作品賞を受賞した『勝手にふるえてろ』の大九明子監督、浅野忠信が同賞の主演男優賞に選ばれた『幼な子われらに生まれ』の三島有紀子監督、同じく新人監督賞に選ばれた『愚行録』の石川慶監督らにも期待を寄せている。
大高「90年代の日プロ大賞はオリジナルビデオの世界や単館系興行の分野で活躍していた三池監督や黒沢清監督を高く評価してきました。2人は強烈な作家性の持ち主ですが、今回受賞した大九監督らは今の時代に大切な問題意識を存分に汲み取りながら、その上で演出上の持ち味を発揮できる職人的タイプではないかと思います。三島監督は『ビブリア古書堂の事件手帖』の公開が11月に控え、大九監督は『美人が婚活してみたら』が19年に公開予定となっています。石川監督はデビュー作『愚行録』を製作・配給したオフィス北野がこれからどうなるのか状況がまだ読めませんが、新人ながらあれだけの傑作を放った才人。将来が楽しみな監督です」
夏には、東宝の川村元気プロデューサーが参加している細田守監督の劇場アニメ『未来のミライ』(7月20日公開)や大根仁監督の『SUNNY 強い気持ち・強い愛』(8月31日公開)、福田監督が再び小栗旬とタッグを組んだ『銀魂2』(8月17日公開)、ピンク映画やオリジナルビデオで充分なキャリアを重ねてきた城定秀夫監督の『ご主人様と呼ばせてください 私の奴隷になりなさい・第2章』などの公開が待っている。2018年下半期には、サプライズヒットが生まれるだろうか。
(取材・文=長野辰次)
●大高宏雄(おおたか・ひろお)
1954年浜松市生まれ。文化通信社特別編集委員、映画ジャーナリスト。92年から「日本映画プロフェッショナル大賞」を主宰している。「キネマ旬報」にて「大高宏雄のファイト・シネクラブ」、毎日新聞の毎週金曜の夕刊にて「チャートの裏側」などを連載。主な著書に『映画賞を一人で作った男 日プロ大賞の18年』(愛育社)、『昭和の女優 官能・エロ映画の時代』(鹿砦社)などがある。

『パンドラ映画館』