モンスターを生み出したのは18歳の少女だった!! “怪物たち”が目覚めた夜『メアリーの総て』

 フランケンシュタイン・コンプレックスという言葉がある。神のような創造主になることに憧れた人間が科学の力で新しい生命を創造するが、生まれてきた新しい生命体に恐怖を覚えてしまうという屈折した心理を現わしている。イギリスの古典的ホラー小説『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』から生まれた言葉であり、ロボット・遺伝子操作・原子力エネルギーといった現代科学の産物は、どれもフランケンシュタインの怪物の末裔たちと言えるだろう。創造主の愛情を感じることなく、この世に生命を授かった怪物たちはそれでも生きていかなくてはならない。

 1818年に刊行された『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』の著者はメアリー・シェリー。執筆時18歳の女性であり、その処女作の内容があまりにも衝撃的すぎたため、彼女の名前は初版本にクレジットされることが許されなかった。エル・ファニング主演作『メアリーの総て』(原題『MARY SHELLEY』)はメアリー・シェリーの生涯を追うことで、彼女が産み落したフランケンシュタインの怪物の正体を解き明かしている。

 映画『メアリーの総て』の主人公であるメアリー(エル・ファニング)は、墓場を愛する少女だった。メアリーが墓場好きなのには理由があった。人影の少ない墓場は、静かで思索するには最適な場所だった。また、メアリーの母親ウルストンクラフトはフェミニズムの先駆者として知られていたが、メアリーを産んですぐに亡くなった。記憶にない母親への思慕からメアリーはしばし墓場に佇み、現実世界と異界との狭間を漂うことを楽しんだ。

 メアリーの父親ウィリアム・ゴドウィンも著名な作家だったが、妻ウルストンクラフトが亡くなった後は、再婚して書店を営んでいた。メアリーは継母とは折り合いが悪く、家の中に居場所のないメアリーはますます墓場で過ごす時間が長くなっていく。

 そんな墓場好きなメアリーは墓場で恋に墜ちる。スコットランドで知り合ったロマン派の若き詩人パーシー・シェリー(ダグラス・ブース)が、メアリーを追ってロンドンまで訪ねてきたのだ。墓場で愛を確かめ合うパーシーとシェリーだったが、3歳年上のパーシーには妻と子どもがいた。しかし、障害があればあるほど恋愛は燃えるもの。16歳だったメアリーは父親の家を飛び出し、パーシーと駆け落ち。若い2人は世間のモラルに従うよりも、情熱に身を捧げる人生を選んだ。シェリーの奔放な生き方に共感する、継母の連れ子クレア(ベル・パウリー)も2人と行動を共にする。

 恋の炎が激しく燃え上がるのは、当然ながら最初だけ。一緒に暮らし始めると詩人であるパーシーには経済力がなく、裕福な実家からの資金援助に頼る身だったことが分かる。さらに“自由恋愛”を謳うパーシーと義妹クレアとの関係がどうも怪しい。夢見た甘い新婚家庭とはまるで異なる現実生活だったが、そんな中でシェリーは長女を出産。愛情を一途に注ぐ対象を見つけたシェリーだったが、長女は生後間もなく病死してしまう。借金取りに追われるパーシーにせっつかれ、冷たい雨の中を夜逃げしたことが原因だった。メアリーは18歳ながら、身も心もすっかりボロボロとなる。

 メアリーが作家になる大きな転機が訪れた。各国を渡り歩く流浪の生活を送っていたパーシーとメアリーは、スイスのレマン湖に滞在中だった詩人バイロン卿(トム・スターリッジ)の別荘で世話になることに。義妹クレアは、このときバイロンの愛人となっていた。血の繋がりのないクレアだが、シェリーの人生に影響を与え続ける不思議な存在だ。別荘にはバイロンの他に、彼の侍医であるジョン・ポリドリ(ベン・ハーディ)もいた。

 暇を持て余していたバイロンはメアリーたちを集め、「百物語」よろしく一人ひとりが恐怖物語を披露する創作ゲームを持ち掛ける。ホラー文学史上名高い「ディオダディ荘の怪奇談義」だ。この夜に語られた恐怖のイメージの断片が組み合わさり、異界への扉が開くことになる。この夜以降、メアリーは見世物小屋で見た怪しい生体電気実験をベースにした『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』を1年がかりで執筆。また、ポリドリは『吸血鬼』(『The Vampyre』)を書き上げる。モンスター界の人気アイコンであるフランケンシュタインの怪物と吸血紳士は同じ夜に、それぞれメアリーとボリドリの頭の中に生命の種を宿していたのだ。

 フランケンシュタインの怪物は、幾つもの死体を繋ぎ合わせた人造人間だが、本作を観るとその正体がよく分かる。メアリーを産んだ直後に亡くなった母親への思慕と母の命を奪ってしまったことへの罪悪感、作家である父親への敬意と反発心、責任感のない夫への不信感と断ち切れない情、そして生後すぐに亡くなった長女をもう一度蘇らせたいという強い母性と倫理を犯す背徳感……。相反するそれらの要素が組み合わさることで、人造人間フランケンシュタンの怪物はこの世に誕生することになった。

 ポリドリが創作した『吸血鬼』も、ポリドリとバイロン卿との関係性を反映させたものだった。自由奔放な性生活を送ったバイロン卿の侍医を務めたポリドリだが、彼は同性愛者として日陰の人生を歩んでいた。吸血鬼が闇の世界でしか生きられないという設定には、性的マイノリティーには市民権が認められていなかった時代の社会背景が大きく影響していた。

 本作を撮ったのはハイファ・アル=マンスール監督。サウジアラビア生まれの初の女性監督だ。長編デビュー作『少女は自転車にのって』(12)は、厳格なイスラム社会で暮らす少女が自由と自立の象徴である自転車を手に入れようと奮闘する物語だった。19世紀初頭の欧州ではすでに産業革命が始まっていたが、科学の進歩に比べて社会はまだまだ保守的だった。自分が自分らしくいられる居場所を求め続けたメアリーとポリドリに、ハイファ監督は寄り添うように本作を撮り上げている。フェミニズム視点、LBGT視点による怪物誕生譚だと言えるだろう。

 親の愛情を知らずに産まれた不遇の子という、フランケンシュタンの怪物に与えられた属性は、手塚治虫の人気漫画『鉄腕アトム』やリドリー・スコット監督のヒット作『エイリアン』(79)の前日談『プロメテウス』(12)など数多くの作品に受け継がれていく。ポリドリが書き上げた『吸血鬼』も、ベラ・ルゴシ主演作『魔人ドラキュラ』(31)からスウェーデン映画『ぼくのエリ 200歳の少女』(08)まで世界中で大増殖していく。

 人間が抱える孤独感がモンスターを産み落し、自分の分身であるモンスターに人間は怯えることになる。フランケンシュタイン・コンプレックスは人類が存続する限り、永劫的に続くことだろう。
(文=長野辰次)

『メアリーの総て』
監督/ハイファ・アル=マンスール 脚本/エマ・ジェンセン
出演/エル・ファニング、ダグラス・ブース、ベル・パウリー、トム・スターリッジ、スティーヴン・ディレイン
配給/ギャガ PG12 12月15日よりシネスイッチ銀座、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
(c) Parallel FilmsStorm) Limited / Juliette Films SA / ParallelStorm) Limited / The British Film Institute 2017
https://gaga.ne.jp/maryshelley/

 

マスコミをマスゴミにした『共犯者たち』は誰!? 元NHK・堀潤氏が語る権力とメディアとの関係

 マスメディアには権力を監視する役割があると言われるが、果たして本当だろうか? 籾井勝人NHK前会長が「政府が右と言ったものを左と言うわけにはいかない」と発言したことは記憶に新しい。テレビ朝日の看板番組『報道ステーション』は自民党から圧力を受け、番組プロデューサーが異動になったと言われている。マスメディアは権力にとても弱い存在ではないのかと思わざるを得ない。現在公開中のドキュメンタリー映画『共犯者たち』を観ると、その思いがいっそう強まる。

 韓国ではドキュメンタリー作品として異例のヒット作となった『共犯者たち』は、韓国の公共放送局KBSと公営放送局MBCで当時の大統領イ・ミョンパクに対して批判的な報道をしたニュース番組のスタッフたちが現場を追われた事件を追ったもの。局の経営陣は権力者寄りの人物に一新され、局員たちはストライキを行なうことで抵抗するが、ストライキ参加者は容赦なく解雇される。しかし、権力寄りとなった局は、2014年に起きた「セウォル号事件」で“全員救助”という大誤報を流してしまう。MBCを解雇された元プロデューサーのチェ・ホンス監督は独立系メディア「ニュース打破」を立ち上げ、メディアを腐敗させた“共犯者”たちをカメラで追い詰めていく──。

 日本唯一の公共放送であるNHKに2001年から2013年まで勤め、現在は市民投稿型ニュースサイト「8bitNews」を主宰しているジャーナリスト・堀潤氏はこの映画を観て、どのように感じただろうか。12月15日、ドキュメンタリー映画監督の森達也氏と共に行なったポレポレ東中野でのトークショーを終えた堀潤氏にコメントを求めた。

■日本と韓国では“共犯者たち”は異なる!?

──『共犯者たち』は韓国のテレビ局で起きた事件を追ったドキュメンタリーですが、堀さんはどのような感想をお持ちでしょうか?

堀 僕がNHKを辞めたのは2013年で、韓国の公共放送であるKBSがストライキを行なったのは2014年。「権力からの圧力を跳ね返して、公共放送としての使命をまっとうしたい」という彼らの声を聞いて、居ても立ってもいられなくなり、韓国まで取材に行ったんです。ストライキ中の舎内で組合の委員長や現場のディレクターたちから「公共放送は権力者のものではなく、市民一人ひとりのものなんだ」という熱い話が聞けてうれしかったですね。そんなふうに点として見ていた事件を、チェ・スンホ監督が時系列で追った作品にまとめたことで線として理解することができましたし、市民運動へと広がって面となっていく展開に引き込まれました。でも同時に日本の状況を省みると、不甲斐なさと寂しさも感じます。日本では事件や人物を興味本位で消費していくだけ。例えば、安田純平さんについてもマスメディアは自己責任論について論じるだけで、シリアの今の情勢を伝えようとか、安田さんを拉致した集団は何者だったのかということは検証しようとしない。視聴者が飽きてしまえば、それで終わり。『共犯者たち』と同じような事件が日本で起きた場合、そのことに異議を唱えない視聴者一人ひとりが“共犯者”ということになるんじゃないかとも思いましたね。

──『共犯者たち』では、韓国の権力者におもねるテレビ局の経営陣をマスコミをマスゴミに変えた“共犯者たち”と糾弾しているわけですが、堀さんは日本の状況に置き換えて観ていたわけですね。

堀 そうですね。権利とは与えられるものではなく、勝ち取るものなんだなということを改めて感じました。その意識がないと、ある意味で隷属関係と変わらないんじゃないかと。日本って、やっぱり“お上の文化”なんでしょうね。クビ切り民主主義なんて言います。何か問題が起きれば、責任者のクビを切って、それで一件落着。企業が問題を起こせば社長が変わり、政府が問題を起こせば政権が変わって、一件落着。問題の本質は変わらないままなので、問題が繰り返し起きてしまうんです。フランスではマクロン政権の燃料税引き上げに対して市民は暴動で抵抗していますが、日本人である僕らは秩序を維持することに価値をいちばん感じているのかもしれません。体制を維持するためなら、個人の権利さえも差し出してしまう文化が封建時代から根づいているように感じます。終戦の際も“国体護持”が最優先されたわけです。原発事故から7年が経つのに、今もまだ被災民は10万人以上いる。そのことを伝えるメディアもすっかり減りました。五輪や万博を誘致して浮かれるよりも前に、私たちの税金を使う先はあるはずなのに、おかしいですよ。福島で起きたことをもう忘れたんじゃなくて、もともと他人の幸せには興味がないんでしょう。そんなことを考えると虚しくなるんですが、そうじゃないものを探し出すことが僕の取材のモチベーションになっているんです。

■NHKを辞めることになった本当の理由

──堀さんはNHK在職中、3.11の報道の在り方に批判的なことをTwitter上で呟いたところ、国会議員からクレームがあり、上司からTwitterを止めさせられたと聞いています。

 実を言うと、あれはとても些末な出来事でした。僕のTwitter上の発言に対して圧力があったということになっていますが、その圧力は本当に政治家からだったのか、経営陣の判断だったのか、はっきりしていません。そのように上司から説明されただけなんです。政治的圧力を理由に、自分たちから言論の自由を放棄してしまうことに不快さと寂しさを感じて、その時点で「NHK、辞めます」と上司に伝えました。そのときは「まぁまぁ」となだめられ、それでLAへ留学することになったんですが、留学中に僕が撮った日米の原発メルトダウン事故についてのドキュメンタリー映画『変身 Metamorphosis』を地元の市民が上映したいと申し出てくれたことに上司はNGを出したんです。LAの市民にまでNHKは連絡を入れ、上映会を取り止めさせた。それがいちばん悲しかったですね。他国の人たちが情報を発信しようという権利にまで圧力を掛けてしまう。民主主義の発展を標榜しているはずのメディアに対して恥ずかしさを感じて、上司にその場で文句を言いました。それから日本に帰国し、より自由な報道の場を求めてNHKを退職することになったんです。

──NHKを辞めた原因は、政治家からの圧力ではなかった?

 政治家はメディアに対して圧力を掛けるなんて、ヘタはそうそうは打ちません(笑)。圧力を掛けたことが明らかになれば、政治家にとってはリスクになりますから。僕が嫌だったのは、世間からバッシングを浴びるんじゃないかと心配して、とにかく穏便に済ませようとする局内の雰囲気、信頼関係のなさだったんです。僕が主宰している「8bitNews」で、当時101歳だったジャーナリスト・むのたけじさんをインタビューしたことがあります。むのさんは2016年に亡くなられましたが、戦時中は朝日新聞に勤め、日本がポツダム宣言を受諾した1945年8月15日に朝日新聞を退職し、故郷の秋田県横手市で「たいまつ」という反戦を訴えた新聞を出し続けた方です。「むのさんのようなジャーナリストがいたのに、朝日をはじめとする大手新聞はどうして大本営発表に加担したんですか。軍部の圧力がすごかったんですか?」と尋ねたところ、むのさんの第一声は「圧力なんか掛けるわけないじゃない。彼らは笑っているだけだよ」というものでした。組織を守るために、生業を失わないように、新聞社と記者たちは大本営の発表を受け入れ、さらには社内検閲まで自主的に設け、それを軍部は笑って見ているだけだったと話してくれました。この構造は今も変わっていないと思います。メディアや企業だけでなく、日常的にもこれは起きうること。その危険性を意識して変えていかないと、権力者にうまく利用され、あっという間にコントロールされてしまいます。市民一人ひとりが声を上げていくことが大事です。それもあって「8bitNews」を立ち上げることにしたんです。

■マスメディアは権力とは闘わない

──マスメディアには権力を監視する役割があると言われますが、堀さんはどのように考えていますか。

 メディアは“大衆の鏡”とも言われていますよね(笑)。ですから、僕ら大衆側の人間に、権力を監視するぞというモチベーションがあるかどうか次第だと思うんです。俺は権力を監視する気もないし、声を上げるつもりもないけど、マスメディアは権力を監視し、声を上げるべきだという考え方ではダメでしょう。メディアで働いているのは大衆の一人であり、決して独立した機構ではないわけです。もっと言えば、政治の世界も司法界も本当は大衆と繋がっているものです。権力を監視し、変えていくのは大衆の一人ひとりなんだと思います。『共犯者たち』はそのことを伝えているように僕は思います。

──NHKでアナウンサーとして活躍していた堀さんに、もうひとつお訊きしたいことがあります。NHKのトップである会長がどのようにして選ばれているのかは、NHKの局員にも分からないものなんですか?

 NHK会長の選出に関しては構造上、誰もタッチできないんです。経営委員会が会長を選出しているわけですが、経営委員は内閣に指名された人たちです。その経営委員たちが会長に誰を選ぶかは、局員も視聴者もいっさい関知することができません。従来はNHK内から会長が選ばれていましたが、ここ10年は外部から会長を連れてくるようになりました。でも、これはNHKの身から出た錆なんです。NHKで不祥事が相次ぎ、「国民から受信料を集めておきながら、あいつらロクなことしない」という世評ができてしまい、NHKをコントロールしたいという権力側の思惑と合致してしまった。権力は常にメディアをコントロールしようとします。だから、放送局側はスキを与えちゃダメなんです。公共放送であるNHKはお上のものだと思われがちですが、公共料金を払っているのは我々ですから、我々市民のものであるはずなんです。僕は「NHKは日本最大の市民メディアですよね」と事あるごとに言うようにしています。「自分たちがお金を払っているのに、会長を選ぶ議決権がないのはおかしい」とみんなが声を上げていけば、放送改革に繋がっていくはずです。先ほどのトークの中で、森達也監督がいいことを言っていましたよね。「中国の人たちは端から自国のメディアを信用していない」と(笑)。そういう自覚を、僕らも持っていたほうがいいと思います。権力と闘うのがメディアではなく、権力と結び付くのがメディアなんだと。そのことを意識して、自分たちで変えていこうと声を上げていくことが大切だと思いますね。

──堀さんが主宰している「8bitNews」には、クレームは届きませんか?

 「8bitNews」はいろんな声をいただいていていますが、クレームはないです。僕もNHKを辞めてフリーランスとして、いろんな番組に呼ばれていますが、「こんなことはしゃべらないで」と言われることないですね。結局、NHKという組織にいたことで忖度が働いていたんだなということが、フリーになって分かりました。発言の内容は全て個人の責任になるわけです。NHK時代はいいドキュメンタリー番組を作って思うような視聴率を残せないと、「せっかくいい番組を作ったのに視聴率が悪かったのは、視聴者のみなさんのせいですよ」なんてことは心で思っても、決して口には出せませんでした。でも、今はフリーな立場なので、何でも自由に発言できます。いちばん怖いのは「こんなことを言ったら、仕事が来なくなるかも」と自己忖度して、言いたいことを言わなくなってしまうことでしょうね。トークショーで森達也さんが言っていらっしゃったように自分自身がいちばん怖い相手なんだなと思いますね。

(取材・文=長野辰次)

『共犯者たち』
監督/チェ・スンホ 脚本/チョン・ジェホン 撮影/チェ・ヒョンソク 音楽/チョン・ヨンジン 製作/ニュース打破
配給/東風 ポレポレ東中野ほか全国順次公開中。
2019年1月5日(土)より渋谷ユーロスペースにて拡大上映決定。『スパイネーション/自白』と同時公開。
(c)KCIJ Newstapa
http://www.kyohanspy.com

●堀潤(ほり・じゅん)
1977年兵庫県生まれ。2001年にNHKに入局。『ニュースウォッチ9』のレポーター、『Bisスポ』のキャスターなどを担当。12年より市民ニュースサイト「8bitNews」を立ち上げ、13年にNHKを退職。NHKを辞めた経緯は著書『僕がメディアで伝えたいこと』(講談社現代新書)、客員研究員としてUCLA留学中に製作したドキュメンタリー映画『変身 Metamorphosis』の内容は『変身 メルトダウン後の世界』(KADOKAWA)で詳しく語られている。

ゴミを宝物に変える夢のドキュメンタリー映画! 人生をアップサイクルする『旅するダンボール』

 路上に捨てられた廃棄物が、価値の高いものに生まれ変わる。リサイクルやリユースのさらに上をいく“アップサイクル”という概念になるらしい。ドキュメンタリー映画『旅するダンボール』の主人公・島津冬樹氏は世界各国を旅して、様々な段ボールを拾い集めている。段ボールアーティストと呼ばれる島津氏の手によって、使い古しの段ボールは財布、名刺入れ、パスケースなどに変身していく。段ボールを集めては作り、さらにワークショップを開いて作り方を広める一連のプロジェクトは「Carton」と名付けられ、「Carton」の製品は世界各地で静かな人気を集めている。

 都内乃木坂にある国立新美術館のスーベニアフロアへ行ってみた。海外の有名アーティストのグッズと共に、島津氏が作った段ボール製の長財布もオシャレにディスプレイされている。段ボールに印刷されたパッケージデザインがそのまま財布のアクセントとなっており、チープさと不思議な温かみを感じさせる。値段は1万円と安くはないが、海外からのツーリストが東京のお土産によく買って帰るそうだ。無価値の段ボールをブランド品に変えてしまうという発想が面白い。映画『旅するダンボール』は、段ボールに魅了された島津氏のユニークな人柄を映し出していく。

 1987年神奈川県藤沢市で島津氏は生まれた。子どもの頃から収集癖があり、近くの海岸で拾ってきた貝殻で標本箱を自作した。キノコにも興味を持ち、手描きのキノコ図鑑も編纂している。モノを集めるという行為を楽しむのと同時に、標本箱や図鑑を作ることでその魅力を他の人と共有することにも喜びを見出していた。子どもの頃のそんな体験が、段ボールアーティストとしての原点となっているようだ。

 多摩美術大学に進んだ島津氏は、学園祭のフリーマーケットで初めて段ボール製の手づくり財布を出品。定価500円の財布はすぐに売り切れた。段ボール製財布のユニークさは、就職活動でも効果を発揮する。大手広告代理店の役員面接日を間違えて大遅刻した島津氏だが、役員から気に入られてアートディレクターとして入社することになる。段ボール製財布と同様に、彼自身の気取らない純朴な人柄も、人を惹き付ける独特な魅力があるようだ。

 超難関の人気企業にクリエイティブ職で就職できたにもかかわらず、島津氏はわずか3年で退職してしまう。その退職理由がまた彼らしい。「段ボールを集め、財布を作る時間がないから」。自分がやりたいことをやる。そんなシンプルさが段ボールアーティスト・島津冬樹のモットーだ。アウトドア用品のメーカーとコラボした野外イベントでは、段ボール製グッズと物々交換することで食べ物をゲットする。うれしそうな島津氏の顔をカメラはクローズアップする。段ボールアーティストは、貨幣経済のシステムにも束縛されずに生きている。彼は根っからの自由人だ。そんな彼がお金を収める財布づくりに情熱を注いでいるのもおかしい。矛盾さえも包み込んでしまう、大らかさが段ボールと段ボールアーティストにはある。

 島津氏は海外でも財布づくりのワークショップを開き、惜しみなくそのノウハウを多くの人たちに広めている。まるで折り紙の鶴を折るように段ボールで財布を作り出す島津氏の手つきを見て、外国人たちは驚き、そして島津氏にアシストされて完成させた自前の財布を手にして大喜びする。段ボールでつくられた財布はきっと大切に使われることだろう。そんな一期一会な出逢いを、決して英語が堪能ではない段ボールアーティストは心から楽しんでいることをカメラは伝える。

 段ボールをめぐるこの風変わりなドキュメンタリーは後半、意外なことに感動のドラマが待っている。国内の青果市場を物色していた島津氏は「徳之島フレッシュPOTATO」という段ボールと出逢ってしまった。手描きのレタリングとジャガイモを擬人化したユルキャラに、何とも言えない味わいがある。島津氏はこの段ボールに激しい愛情を感じ、どうしようもなくこの段ボールを作った人に会いたくなってしまう。

 ジャガイモの生産地である鹿児島県徳之島に向かうつもりだった島津氏だが、調べてみると長崎県に出荷され、諫早市の選別工場で段ボールに詰められていることが分かった。長崎県にまで飛んだ島津氏は、この段ボールを作ったデザイナーは熊本県在住なことを知る。旅を続ける中でいろんな人たちと知り合い、さらに段ボール工場を見学した島津氏は、いよいよ憧れの段ボールデザイナーと対面することに。詳細はドキュメンタリー映画を観てもらいたいのだが、それは段ボールを愛する者同士の幸せな邂逅の瞬間となった。島津氏は「段ボールは温かい」という言葉を何度か口にするが、段ボールを作り、愛する人たちもまた同じように温かかったのである。

 島津氏は日常生活に溢れた段ボールという鉱脈を見つけ、段ボールアーティストとして世界的に活躍することになった。『旅するダンボール』はそんな島津氏と出逢うことで、多くの人たちが段ボール愛に目覚めていく物語だ。本作を撮った岡島龍介監督もその一人らしい。カメラを持って島津氏を追い掛けるうちに、段ボールと島津氏の魅力に気づいていった。そして当の島津氏自身も、広がっていく段ボール愛に包まれていく。

 映画を観ながら、ふと考える。もしかしたら段ボール以外にも、意外な鉱脈が日常生活の中に眠っているのかもしれないと。世間的には無価値なものを、世界にひとつしかない宝物に変えてしまう。そんな夢のようなドキュメンター映画は、現在日本各地を旅している真っ最中だ。
(文=長野辰次)

『旅するダンボール』
プロデューサー/汐巻裕子 監督・編集/岡島龍介 撮影/岡島龍介、サム・K・矢野 音楽/吉田大致 VFX/松元遼
出演/島津冬樹 ナレーション/マイケル・キダ
配給/ピクチャーズデプト 12月7日よりYEBISU GARDEN CINEMA、新宿ピカデリーほか全国順次公開中
c) 2018 pictures dept. All Rights Reserved
http://carton-movie.com/

 

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人類史上最大の“タブー”に挑んだ男の実録映画!! 伝統文化と合理性との狭間を生きる『パッドマン』

 禁忌/タブーの語源を知って、驚いた。タブーとは、ポリネシア語で「月経」を意味するタプ(tapu)がその語源となっていた。ポリネシア地方に限らず、世界中で月経は古くからタブー扱いされてきた。会話にすることも憚れ、「あれ」「女の子の日」などと今でも呼ばれている。インド映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』は、そんな人類史上最大のタブーに果敢に挑んだ実在の男性を主人公にしたヒーロー物語となっている。

 日本でも月経は“穢れ”と見なされ、タブー扱いされてきた。生理中は神社を参拝するべきではないなど、タブー視する習慣は現代でも根強く残っている。古くから神々への信仰が日常生活と密接に結びついてきたインドの地方部では、なおさらその傾向が強い。『パッドマン』の物語は2001年から始まるが、主人公ラクシュミは月経を頑なにタブー視する周囲の偏見と日夜闘い続けることになる。

 インドの田舎町で暮らすラクシュミ(アクシャイ・クマール)は美人で慎ましい妻・ガヤトリ(ラーディカー・アープテー)との結婚式を終え、幸せの絶頂だった。町工場に勤めるラクシュミは、タマネギを刻むたびに涙を流す妻のために自動野菜切り機を考案。また、妻と一緒に乗れるように自転車を2人乗りに改造するアイデアマンだった。妻を喜ばせることがラクシュミのいちばんの幸せだった。

 新婚中のラクシュミは、しばらくして不思議な出来事に遭遇する。食事の時間になっても、妻・ガヤトリは奥の部屋に入ったまま姿を見せようとしない。いつもは同じベッドで眠っているのに、なぜか一人で廊下で寝ようとする。体の具合が悪いのかと思って、ラクシュミが手を伸ばすと、極度に嫌がる。ガヤトリは生理中で、男性と一緒に食事をすることも、同じ部屋で寝ることも禁じられていたのだ。一緒に暮らしている実母や未婚の妹たちもそうやって過ごしてきたことを、男のラクシュミは結婚したことで初めて認識する。

 合理的に物事を考えるラクシュミには、月経に関する風習は納得できないことが多かった。いちばん気がかりなのは、妻が生理の処理に汚れた古布を使っていることだった。市販されている生理用ナプキンは高価すぎると、妻は使おうとしない。それならばとラクシュミは閃く。安くて衛生的な手づくりナプキンを、妻にプレゼントしようと。ここからラクシュミは異常なまでの情熱を燃やし始める。漏れが生じる、ジャストフィットしないなど自家製ナプキンは難問が山積みだった。研究のために多くの女性にモニターになってほしいと声を掛けるラクシュミは、町内ですっかり変態扱いされるはめに。男が生理に関して興味を持つことがおかしいというのだ。愛する妻さえも「恥をかくことは、死ぬことよりつらいわ」という言葉を残して実家へと帰ってしまう。

 挫折を乗り越えてこそ、真のヒーロー誕生である。妻に去られ、町で噂の変態男となってしまったラクシュミは、より本格的にナプキン研究に取り組み始める。生理用ナプキンは綿ではなくセルロースファイバーで作られていることを、米国のメーカーに問い合わせることで初めて知る。欧米にはナプキン製造機が存在するが、輸入するのは容易ではない価格だった。ラクシュミは持ち前のDIY精神で、安価なナプキン製造方法を発案する。問題は男性のラクシュミが作ったナプキンを、どうやって女性たちに使ってもらうかだった。デリーの大学に通う知的な女性パリー(ソーナム・カブール)はラクシュミのナプキンを気に入り、製造&販売に協力する。パリーのナイスアシストによって、ラクシュミのお手頃価格のナプキンはインドだけでなく世界各国で大評判となっていく。

 本作を撮り上げたのは、インド生まれの主婦が英語を学ぶことで明るく社交的になっていく姿を描いた『マダム・イン・ニューヨーク』(12)の女性監督ガウリ・シンデーの夫であるR・バールキ監督。『マダム・イン・ニューヨーク』ではプロデューサーを務めていた。『マダム・イン・ニューヨーク』は旧態依然としたインド社会を風刺コメディ化していたが、インド生まれの英雄談『パッドマン』は男性視点による女性賛歌ムービーだと言えるだろう。

 インド映画らしく、美女たちが歌い踊るミュージカルシーンの華やかさに魅了される。ヒンドゥー教ならではのお祝いやお祭りの場面も多数あり、昔ながらの血縁や地縁がインドの田舎町ではしっかり息づいていることが分かる。ナプキンが原因で別居することになるラクシュミとガヤトリの夫婦だが、それまではインドの神々に見守られながら心豊かな生活を送っていた。だが、神々と共生する世界には、理不尽なタブーも少なからず存在する。月経タブーは本来は感染症を防ぐなどの意味合いがあったはずだが、いつの間にか女性を蔑視する妄信的なタブーとなってしまっていた。

 ラクシュミの作った廉価なナプキンによって、インドの女性たちは生理中も仕事を休まずに済むようになった。それだけでなく、ナプキンの製造と販売を女性たちが請け負うことで、新しい雇用を生み出すことにも繋がった。パッドマンことラクシュミは、多くの女性たちを月経タブーから解放しただけでなく、経済的にも自立させることになったのだ。ナプキンの普及に尽力してくれたパリーへの感謝の気持ちを込めて、ナプキンの商品名を「パリー(妖精)」と名付けるラクシュミだった。一方、実家で暮らしていた妻・ガヤトリにも夫の成功談が伝わり、ラクシュミを変態扱いしていた人々は態度を豹変させることになる。

 洗練された都会育ちのパリーはIT大国となった現代インドの象徴、古風で奥ゆかしい妻・ガヤトリは悠久なるインドの歴史そのものだろう。頭の固い保守的な男性社会を笑い飛ばし、女性たちの社会進出を祝うハレやかな映画『パッドマン』。タイプの異なる2人の美女の狭間で、ラクシュミは最後にどんな決断をするのだろうか。
(文=長野辰次)

『パッドマン 5億人の女性を救った男』
監督・脚本/R・バールキ
出演/アクシャイ・クマール、ソーナム・カプール、ラーディカー・アープテー、アミターブ・バッチャン
配給/ソニー・ピクチャーズエンタテイメント 12月7日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開
http://www.padman.jp/site/

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人類史上最大の“タブー”に挑んだ男の実録映画!! 伝統文化と合理性との狭間を生きる『パッドマン』

 禁忌/タブーの語源を知って、驚いた。タブーとは、ポリネシア語で「月経」を意味するタプ(tapu)がその語源となっていた。ポリネシア地方に限らず、世界中で月経は古くからタブー扱いされてきた。会話にすることも憚れ、「あれ」「女の子の日」などと今でも呼ばれている。インド映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』は、そんな人類史上最大のタブーに果敢に挑んだ実在の男性を主人公にしたヒーロー物語となっている。

 日本でも月経は“穢れ”と見なされ、タブー扱いされてきた。生理中は神社を参拝するべきではないなど、タブー視する習慣は現代でも根強く残っている。古くから神々への信仰が日常生活と密接に結びついてきたインドの地方部では、なおさらその傾向が強い。『パッドマン』の物語は2001年から始まるが、主人公ラクシュミは月経を頑なにタブー視する周囲の偏見と日夜闘い続けることになる。

 インドの田舎町で暮らすラクシュミ(アクシャイ・クマール)は美人で慎ましい妻・ガヤトリ(ラーディカー・アープテー)との結婚式を終え、幸せの絶頂だった。町工場に勤めるラクシュミは、タマネギを刻むたびに涙を流す妻のために自動野菜切り機を考案。また、妻と一緒に乗れるように自転車を2人乗りに改造するアイデアマンだった。妻を喜ばせることがラクシュミのいちばんの幸せだった。

 新婚中のラクシュミは、しばらくして不思議な出来事に遭遇する。食事の時間になっても、妻・ガヤトリは奥の部屋に入ったまま姿を見せようとしない。いつもは同じベッドで眠っているのに、なぜか一人で廊下で寝ようとする。体の具合が悪いのかと思って、ラクシュミが手を伸ばすと、極度に嫌がる。ガヤトリは生理中で、男性と一緒に食事をすることも、同じ部屋で寝ることも禁じられていたのだ。一緒に暮らしている実母や未婚の妹たちもそうやって過ごしてきたことを、男のラクシュミは結婚したことで初めて認識する。

 合理的に物事を考えるラクシュミには、月経に関する風習は納得できないことが多かった。いちばん気がかりなのは、妻が生理の処理に汚れた古布を使っていることだった。市販されている生理用ナプキンは高価すぎると、妻は使おうとしない。それならばとラクシュミは閃く。安くて衛生的な手づくりナプキンを、妻にプレゼントしようと。ここからラクシュミは異常なまでの情熱を燃やし始める。漏れが生じる、ジャストフィットしないなど自家製ナプキンは難問が山積みだった。研究のために多くの女性にモニターになってほしいと声を掛けるラクシュミは、町内ですっかり変態扱いされるはめに。男が生理に関して興味を持つことがおかしいというのだ。愛する妻さえも「恥をかくことは、死ぬことよりつらいわ」という言葉を残して実家へと帰ってしまう。

 挫折を乗り越えてこそ、真のヒーロー誕生である。妻に去られ、町で噂の変態男となってしまったラクシュミは、より本格的にナプキン研究に取り組み始める。生理用ナプキンは綿ではなくセルロースファイバーで作られていることを、米国のメーカーに問い合わせることで初めて知る。欧米にはナプキン製造機が存在するが、輸入するのは容易ではない価格だった。ラクシュミは持ち前のDIY精神で、安価なナプキン製造方法を発案する。問題は男性のラクシュミが作ったナプキンを、どうやって女性たちに使ってもらうかだった。デリーの大学に通う知的な女性パリー(ソーナム・カブール)はラクシュミのナプキンを気に入り、製造&販売に協力する。パリーのナイスアシストによって、ラクシュミのお手頃価格のナプキンはインドだけでなく世界各国で大評判となっていく。

 本作を撮り上げたのは、インド生まれの主婦が英語を学ぶことで明るく社交的になっていく姿を描いた『マダム・イン・ニューヨーク』(12)の女性監督ガウリ・シンデーの夫であるR・バールキ監督。『マダム・イン・ニューヨーク』ではプロデューサーを務めていた。『マダム・イン・ニューヨーク』は旧態依然としたインド社会を風刺コメディ化していたが、インド生まれの英雄談『パッドマン』は男性視点による女性賛歌ムービーだと言えるだろう。

 インド映画らしく、美女たちが歌い踊るミュージカルシーンの華やかさに魅了される。ヒンドゥー教ならではのお祝いやお祭りの場面も多数あり、昔ながらの血縁や地縁がインドの田舎町ではしっかり息づいていることが分かる。ナプキンが原因で別居することになるラクシュミとガヤトリの夫婦だが、それまではインドの神々に見守られながら心豊かな生活を送っていた。だが、神々と共生する世界には、理不尽なタブーも少なからず存在する。月経タブーは本来は感染症を防ぐなどの意味合いがあったはずだが、いつの間にか女性を蔑視する妄信的なタブーとなってしまっていた。

 ラクシュミの作った廉価なナプキンによって、インドの女性たちは生理中も仕事を休まずに済むようになった。それだけでなく、ナプキンの製造と販売を女性たちが請け負うことで、新しい雇用を生み出すことにも繋がった。パッドマンことラクシュミは、多くの女性たちを月経タブーから解放しただけでなく、経済的にも自立させることになったのだ。ナプキンの普及に尽力してくれたパリーへの感謝の気持ちを込めて、ナプキンの商品名を「パリー(妖精)」と名付けるラクシュミだった。一方、実家で暮らしていた妻・ガヤトリにも夫の成功談が伝わり、ラクシュミを変態扱いしていた人々は態度を豹変させることになる。

 洗練された都会育ちのパリーはIT大国となった現代インドの象徴、古風で奥ゆかしい妻・ガヤトリは悠久なるインドの歴史そのものだろう。頭の固い保守的な男性社会を笑い飛ばし、女性たちの社会進出を祝うハレやかな映画『パッドマン』。タイプの異なる2人の美女の狭間で、ラクシュミは最後にどんな決断をするのだろうか。
(文=長野辰次)

『パッドマン 5億人の女性を救った男』
監督・脚本/R・バールキ
出演/アクシャイ・クマール、ソーナム・カプール、ラーディカー・アープテー、アミターブ・バッチャン
配給/ソニー・ピクチャーズエンタテイメント 12月7日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開
http://www.padman.jp/site/

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貧困層がサバイブできるのはもはや裏社会のみ!? 犯罪映画『ギャングース』が描く格差社会の実情

 今の日本は真っぷたつに分断されている。年収300万円は貧しいと考える上界、年収300万円なんて夢の生活だと感じる下界とに分かれている。上界の人々には、下界は存在しないに等しい。だが、下界で暮らす人間はどんなにがんばっても、安定した収入を得ることはできず、健康で文化的な生活を送り、家族を養うなんて夢のまた夢の物語だ。『SRサイタマノラッパー』(09)でブレイクした入江悠監督の最新作『ギャングース』は、下界のさらに下界の最下層でもがき苦しむ若者たちを主人公にしている。

 サイケ(高杉真宙)、カズキ(加藤諒)、タケオ(渡辺大知)の3人は、まっとうに働きたくても、働くことができない。身分証がなく、身元保証人もおらず、携帯電話もないので派遣業務に登録することも叶わない。そもそも、彼らには家族も家もない。子どもの頃からネグレクトやDVに遭い、普通の10代が中学や高校に通っている間は、少年院で過ごしてきた。少年院を出ても、どこにも彼らの居場所はない。

 こんな最下層生活から何とか脱出したいとサイケたち少年院の同窓生3人組が思いついたのは、資材窃盗団や振り込め詐欺グループのアガリを奪うことだった。何も正義の味方を気取っているわけではない。犯罪者たちをターゲットにすれば、警察に通報される心配がないからだった。

 道具屋の高田くん(林遣都)から裏社会の情報をもらい、サイケが作戦を考え、少年院で工具の使い方を学んだカズキ、車の運転が得意なタケオがそれぞれの才能を活かすことで、防犯システムをかいくぐり、犯罪グループが集めた裏金をいただく。目標額はひとり当たり1,000万円。それだけあれば、裏社会から足を洗い、表の世界でまっとうな仕事に就くことができるはず。サイケたちはそんな夢を思い描きながら、犯罪者専門のタタキ(強盗)稼業に精を出す。

 本作の原作は、漫画誌「モーニング」(講談社)で2013年~17年に連載された『ギャングース』。それまでの不良少年漫画とは異なり、貧困層の少年たちの育った家庭環境や彼らの生業となる犯罪の手口がとても微細に描写されているのが特徴だった。『最貧困女子』(幻冬舎新書)や『老人喰い』(ちくま新書)などのルポルタージュで知られる鈴木大介氏が11年に出版した『家のない少年たち』(太田出版)を『ギャングース』のベースにしていることが大きい。

『家のない少年たち』を読むと、裏社会でサバイブするサイケたちは、現実世界に実在する生身の人間であることが分かる。裏ツールを専門に扱う道具屋の高田くんも『家のない少年たち』に登場する。人気コミックの実写化とは気軽には呼べない、生々しい息づかい、骨が軋むような痛みが、映画版『ギャングース』の端々からも感じられる。

 本作を撮った入江監督は、埼玉県を舞台にした『サイタマノラッパー』から始まる“北関東三部作”で地方都市でまともな職に就くことができずにいる若者たちのもどかしさを切々と描いてきた。ゼロ年代の日本映画を代表する記念碑的作品となった『サイタマノラッパー』だが、10年の歳月が流れ、社会状況はますます厳しい方向へと向かっている。『ギャングース』の劇中、振り込め詐欺カンパニーの番頭・加藤(金子ノブアキ)は「国の借金を俺たちに押し付けた高齢者たちの蓄えから、ほんの100万~200万円を引き出し、経済に流通させてやっているんだよ」と詭弁を弄する。まともな仕事が得られない若者たちには、それが正論に聞こえてしまう。経済格差は、人間のモラルさえも引き裂いてしまう。

『サイタマノラッパー』のニートな主人公・IKKUは、ラップを興じるときだけは苦い現実を忘れ、TOMやMIGHTYら仲間と繋がることができた。でも、少年院で育ったサイケたちには、学歴もなければ音楽を楽しむ素養もない。キャバ嬢のユキ(山本舞香)たちからカラオケを勧められても、大塚愛の大ヒット曲をデュエットすることすらできなかった。

 そんなサイケたち3人が、ささやかな幸せを感じる瞬間がある。ひと仕事を終え、みんなで牛丼を食べているときだけは、ホッとすることができる。少年院では肉料理が出ることは稀だった。家もなく、家族もなく、定職もない3人だが、一緒に牛丼を食べている時間だけは、家族で過ごすような温かさを味わうことができた。300円~400円で手に入るどんぶり一杯の幸せが、“家のない少年たち”にとっての最高の贅沢だった。

 41歳のときに脳血栓を発症し、裏社会中心のルポライターから文筆家となった鈴木大介氏だが、今でも貧困問題から目を離すことができずにいる。『貧困世代』(講談社現代新書)などの著者・藤田孝典氏との対談で、以下のように語っている。

鈴木「私は1973年生まれですが、私たち団塊ジュニア世代でさえ、今の若い世代の困窮状況を正しく理解できていないと思います。われわれの世代は就職氷河期と重なりましたが、それでも少なくとも就労経験の基礎を積むことになる20代までに、努力すれば報われるという期待感があったし、仕事を選ばなければ食べていくだけのことができました。ところが今の若い貧困層には、努力しても楽になれない、一歩つまずくと本当に食べていけなくなるという強い不安と失望感があります。それほどの萎縮感のなかで育った世代は、近代日本全体にとっても未体験なのだと思います」(「潮」18年6月号)

 映画『ギャングース』では、サイケたち3人は半グレ集団を束ねる裏社会のトップ・安達(MIYABI)を直接タタくことで、一攫千金を狙う。最下層からの脱出を目指し、体を張って闘う3人。入江監督が大好きなジャッキー・チェン映画の世界だ。ジャッキー、サモハン・キンポー、ユン・ピョウが巧みな連係プレーを見せた『プロジェクトA』(83)のような派手なアクションシーンがクライマックスを飾る。社会の底辺で這いつくばって生きる3人が、映画スターのように輝く。

 漫画版『ギャングース』の最終巻(第16巻)では、サイケはその後勉強に打ち込み、不動産ビジネスで成功を収めることになる。また、母子家庭専門住宅をチェーン展開させる。カズキが愛した妹・アヤミは、政治家となって、日本社会の改革に取り組む。現実世界で生きるサイケたちは、漫画のラストシーンを読んで、どう感じただろうか。どこかの映画館に入って、スクリーンの中で活躍する自分たちを観て喝采を送っただろうか。それとも、漫画を読む余裕も映画館に行く暇もないままだろうか。日本社会を分断する社会格差はますます大きなものとなり、セーフティーネットなき谷間に多くの人々が今も呑み込まれつつある。
(文=長野辰次)

『ギャングース』
原作/肥谷圭介、鈴木大介 脚本/入江悠、和田清人 監督/入江悠
出演/高杉真宙、加藤諒、渡辺大知、林遣都、伊東蒼、山本舞香、芦那すみれ、勝矢、般若、菅原健、斉藤祥太、斉藤慶太、金子ノブアキ、篠田麻里子、MIYABI 
配給/キノフィルムズ R15+ 11月23日よりロードショー中
C)2018「ギャングース」FILM PARTNERSC)肥谷圭介・鈴木大介/講談社
http://gangoose-movie.jp/

 

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地下アイドル・姫乃たま×バカ映画の巨匠・河崎実対談!! ファンも絶句した『シャノワールの復讐』の衝撃

 棒のように生きる男の生き様を描いた『棒の哀しみ』(94)という、神代辰巳監督の晩年を代表する名作がある。神代作品を愛するシネフィルからお叱りを受けそうだが、河崎実監督の最新作『干支天使チアラット外伝 シャノワールの復讐』には“棒の楽しみ”がある。主演女優・姫乃たまの演技がとにもかくにも強烈すぎ、逆に観る者の心を捉えて離さない。世の中には“愉快な棒”と“残念な棒”の二種類の棒があることが分かる。2019年4月いっぱいでの地下アイドルからの卒業を表明した姫乃たまとバカ映画の巨匠・河崎監督との対談も、棒の喜びが溢れた1時間となった。

──『干支天使チアラット』(17)では敵キャラだったシャノワールですが、今回は主役へとステップアップ。

姫乃たま(以下、姫乃) はい。いや、これステップアップと言っていいんでしょうか(笑)。

河崎実(以下、河崎) まぁ、もらい事故みたいなものかな。

姫乃 もらい事故(笑)! 前作ではクラウドファンディングが終わった時点で、まだシャノワール役が決まっていなかったんですよね。そんなとき、ラジオの収録で河崎監督が中野でやっているバー「ルナベース」をお借りした際に名刺交換したところ、なぜかすぐに出演オファーが届いて……。

河崎 シャノワールって、化け猫なんですよ。だから「たま」って名前がいいなと思ったんです。直感です。

姫乃 ぴったりなのは私の芸名だけなんですけど、現場に行ったら案の定ぴったりどころかガバガバでした(笑)。私はこれまで映画に2~3本、芝居にも2~3本出た程度なので、大丈夫なのかなと思って、ホン読み(脚本の読み合わせ)に参加したら、河崎監督が「いいね、いいね。歌を歌っている人は声の通りがいいね」とか褒められて、「私、やれるじゃん!」と思ったんです。でも、撮影が始まってからは悩むことの連続でした。自分がちゃんと演技できているのかどうか分からなくて、どんどん不安になっていったんです。

河崎 えっ、そうだったの? 気がつかなかった。

姫乃 前作は主演の3人(希崎ジェシカ、辰巳ゆい、友田彩也香)ともプロの女優さんじゃないですか。やっぱり現場での立ち回りも慣れていて、カメラが回ったら演技のスイッチを入れて、休む時はきちんと休んでいたんですが、私は演技もわからないし、どの程度スタッフさんに気を使ったらいいのかもわからないので、ずっと一人でやいのやいのしてたんですね。もしかしたら、私、浮いてるんじゃ……と心配していたんですが、試写会で『干支天使チアラット』を観たら、あ~そんな次元じゃなかったんだなって分かりました(笑)。

河崎 ハハハ。たまちゃんは、そこがいいんだよ。天然の魅力だよ。大ヒットしているインディーズ映画『カメラを止めるな!』は新人俳優たちがワークショップに参加して芝居がうまくなっていくわけだけど、俺はワークショップはやらないからね。

姫乃 河崎監督は灰皿飛ばしたりとかもしないですしね。ホン読みも適当に褒めるから、女優も下手さに気づかないという。

河崎 素材勝負だから、俺の作品はね。寿司と一緒なんです。いい素材が揃えば、それで美味しいんです。

──素材がダメだったら、映画もおしまい?

河崎 そうです。おしまいです(きっぱり)。

姫乃 よく姫乃たま主演にしたな。

河崎 今回は怪我の巧名だね。

姫乃 主役のキャスティングから怪我しようとするのやめて。

■オープニングから衝撃の嵐!!

──ファンからの反響はどうでした?

河崎 今回は、たまちゃんが全編出ずっぱりだから、【頭がメリメリした】とかツイッターに書かれていたよ。それから、やっぱり【ナイス・スティック!】だね。

姫乃 河崎監督のファンの方たちからは、【ナイス・スティック!】とか【うまい棒】といったお言葉をたくさんいただきました。【演技下手】っていろんな表現があるんだなぁと、ライターとして勉強になりましたね。はい。私のファンの人たちは意外と前作を観てなかった人が多くて、河崎監督の作品世界を知らないまま、姫乃たまの主演映画として、それこそ本当に私のステップアップとして捉えていたので、衝撃が強すぎたみたいです。今年の9月に行なったパトロン向けの完成披露試写でも、ファンの方たちは真面目に固唾を呑んで見守っている様子でした。笑っていいのか戸惑ったんでしょうね。そりゃそうだ。

河崎 父親が娘の学芸会を見守るような雰囲気だった。

姫乃 本物の父親も冷やかしに来てたしね。特に『シャノワールの復讐』はオープニング曲が強烈だったんでしょう。

──姫乃さんは音楽ユニット「僕とジョルジュ」でも活動しているわけですが、衝撃的な歌唱を披露したテーマ曲「わらわはシャノワールじゃ!」は大丈夫なんでしょうか?

姫乃 大丈夫なわけないですよね(真顔)。レコーディングも何回か録って、最後のテイクなんかそれなりに良かったと思うんですけど、河崎監督が「よーし、うまかったね!」って褒めた後、すぐ「いちばん最初のでいこう!」って。いちばん最初って、最初の録音ですらなくて、テストテイクですよ!? 作曲家の国本剛章さんもちゃんとした方なんですけど、脱力した歌にフェチでもあるのか、「感情がなくて良かったですね!」とか盛り上がってて。私も「まぁ、いいか。もはやこの映画で歌がうまいかどうかなんて関係ないな」って、自分を納得させました。正直CDは自分で全部買い取って、燃やそうか悩んでいます。お焚き上げ。

河崎 燃やしちゃダメだよ。ちゃんと売ってよ。

姫乃 コアなファンだけに、こっそり売ろう……。スカムミュージックに理解がある人にだけ……。

■バカ映画の巨匠が見初めたヒロインたち

──女優・姫乃たまの演技キャリアについてお聞きしたいと思います。小学校の頃に学芸会などには出たんですか?

姫乃 女優・姫乃たま……? 孫悟空の出る、あのー、ほら『西遊記』をやりました。夏目雅子さんが演じていた役です。

河崎 三蔵法師役やったんだ。

姫乃 あっ、そうです。教室でホン読みがあったんですけど、隣の席がお母さんが宝塚出身の女の子で、その子に「ホン読み、うまいね」って褒められて、「私、イケてるんだ!」って思ったのを覚えてます。河崎監督のホン読みの時と同じですね。本番の舞台を観た親からは「ひどかった」って言われたんですけど、映像には残ってなかったので、自分の演技がどうひどかったのか気づかずにいました。その後、地下アイドルになって舞台に何度か上がったんですが、舞台なので映像で観る機会がなくて、前作の『干支天使チアラット』の試写会で、ようやく自分の演技に衝撃を受けました。

──『干支天使チアラット』出演から1年、演技面での向上を見せていないのは“ファンの楽しみを奪ってはいけない”というサービス精神からでしょうか?

姫乃 いや、上手くなったつもりだったんですが!!! 河崎監督の作品に出るのは2度目だから前回よりは上達しているだろうし、まあ別に何か練習をしたわけじゃないですけど……。それに今回は全編出ずっぱりだったので、2日間、朝から晩まで撮影していれば、演技に目覚める瞬間がきっと訪れるに違いないと信じていました。現場ではほとんど撮り直しがなくて、河崎監督が一発OKを連続していたので「私の演技力アップしてるなあ」と、しみじみしていたわけです。でも、「あれ、今の台詞噛んだぞ……?」と思った瞬間に、河崎監督がカメラを止めなくて、カメラマンさんが「監督、いま噛んだよ~」と教えてるのを聞いて、「あっ、河崎監督すべてワンテイクで済ませようとしてるだけだ」って気がついたんです。

河崎 ハハハ! いや、一流の監督はみんな、ワンテイクしか撮らないものですよ。

──北野武監督やクリント・イーストウッド監督は1回しかカメラを回さないそうですね。

河崎 そうです。噛んでも、かわいければOKなんです。

姫乃 そうやって甘やかされているうちに、今回もすべての撮影が終わったのです……。

──河崎監督は、これまでにも『地球防衛少女イコちゃん2』(88)で増田未亜、『兜王ビートル』(05)で中川翔子、『地球防衛未亡人』(14)で壇蜜……と時代を先取りするようなニューヒロインたちを起用してきたわけですが、今回の姫乃たまさんにも共通するものがありますか?

河崎 あります。やっぱり、グッと来るものがないとね。過去には有名アイドルを起用したけど、うまくいかなかったこともあるんです。それって、俺がいまひとつ乗れなかったからなんです。

姫乃 うおお、ではしょこたんと壇蜜さんに続いて、姫乃たまもニューヒロインになるわけですね!

河崎 う~ん、どうだろうね(笑)。でも、監督は女優のことが好きじゃないと映画は撮れないよ。

姫乃 そういえば河崎監督って、小明さんのCD「君が笑う、それが僕のしあわせ」のプロモーションビデオも撮ってましたね。

河崎 小明ちゃんがサイゾーでCDをリリースしたときだね。ゾンビアイドルだった小明ちゃんも、今や子持ちの人妻アイドル。しょこたんとも仲がいいし、たまちゃんも小明ちゃんと通じるものがあるよね。

姫乃 私もニューヒロインは諦めてゾンビになるか……。

■セルフプロデュースによる地下アイドルとは違った魅力

──あの、ここではっきり言っていいでしょうか。姫乃さんは女優としての演技はド下手です。でも、与えられたシャノワールという役を懸命に演じている姿は、アイドルならではの“やらされている感”がポジティブに溢れ出ていて、それが妙にかわいく思えてしまいます。

姫乃 あっ、シャノワール役、2年やりましたけど「ド下手」とそのまま言われたのは意外と初めてかもしれません。普段はフリーランスで地下アイドルをやっているので「(マネージメントから物品販売まで自分でやって)しっかりしているね」と言われることが多くて、「かわいい」ってあまり言われないんです。河崎監督の作品に出るようになって、ずいぶん「かわいい」と言われるようになりました。まあ、「かわいい」とでも言わないと、あの演技力はフォローしきれないですからね(笑)。

河崎 できない子ほど、かわいく思えるからね。

──地下アイドルとして活動しているときはセルフプロデュースしているわけですが、今回のようにまったく異なる世界の大人からプロデュースされる心地よさってありますか?

姫乃 あー、それはあると思います。普段は誰と仕事しても、ある程度自分の意見を出すのですが、河崎監督との仕事は口を挟む隙がいっさいないんですよね。すべて、河崎監督にお任せ。というか、知らないうちに全部決まってるんですけど、たまにはなすがままにされるのも楽しいかもしれません。

河崎 “もてあそばれ感”とでも言うのかな。

姫乃 DVDのジャケットもすごいと思いませんか? 知らない間に完成していたんですが、私の顔がデリヘルの宣材写真みたいになっていますよ。

河崎 悪いね。修正しまくったよ。ジャケットの出来で、売り上げが変わってくるからね。AVのパッケージを手掛けているプロに頼んで、たまちゃんの顔はかなり修正されているよ。

姫乃 いや、言われなくてもわかりますよ! とは言え、エロ本でライターデビューしたので、不思議と見慣れている感じはある……。

河崎 映画って一生残るから、そこがいいよね。

姫乃 いまの流れでそれ言われてもな!

■主演女優以上に強烈だったスティックの束

──『シャノワールの復讐』では、打倒チアラットを目指すシャノワールはOLの内情を知るために就職体験する。そこでシャノワールが味わうのは、セクハラ、パワハラ、働き方改革、機密書類の隠蔽……。能天気コメディに見える『シャノワールの復讐』は実は社会派作品でもある。

姫乃 えっ、これって社会派映画なんですか。

河崎 俺の作品は、いつも時事ネタを盛り込んでいるんだよ。

姫乃 そうだったのか……。私自身は学生時代にアルバイトを経験したぐらいで、就職経験はまったくないんです。時々出版社なんかに行くと、大人たちが同じ時刻にいっせいに働いてて、すごいなぁと思います。

河崎 それが普通なんだけどね。たまちゃんは就職活動はしたの?

姫乃 大学4年生の冬頃に、そろそろ卒業シーズンだし就活でもするかと思って、大学の就職課を訪ねたら、「来年の卒業ですか?」とか言われて(苦笑)。あれって、もっと全然前から始まるんですね。「まあこれで就活の時期が分かったから、とりあえず卒業して来年がんばろう」と思っていたら、サイゾー編集部から初めての著書『潜行 地下アイドルの人に言えない生活』を出版する話があってバタバタしているうちに、なんだかんだと仕事が来て、今日に至るという感じです。

河崎 今回はOLの制服を着て、オフィスラブのシーンもある。普段できないことを体験できるのも女優としての醍醐味だよね。

姫乃 今回、岩井志麻子さんが専務役だったんですが、「みなさんそれぞれ仕事の演技してください」と指示があったシーンで、カメラ回った瞬間に岩井さんが電話取ってて、専務ってあんまり電話とか取らないんじゃないかなぁと思いました。知らないですけど。あの現場にいた人たち、基本的に会社勤めの経験がない人多くて、誰もよく分かってなかったんですね(笑)。

河崎 俺の作品に出てくれる人たちは、ホラー作家の岩井志麻子さん、千葉の誇る大スター・ジャガーさん、かつてアントニオ猪木とモハメド・アリの異種格闘技戦のフィクサーとして暗躍した康芳夫さんとか、普通じゃない人ばかりだからね(笑)。

姫乃 康さん、大好きです。康さんの出演シーンは助監督さんたちがカンペを用意しているのですが、カンペを読み終わると、「読みましたよ?」って感じで河崎監督のほうを振り返っちゃうんですよね。その仕草がすごくかわいらしくて、最終的に康さんの出演シーンは河崎監督がカメラのすぐ横に立つようにしていました(笑)。ジャガーさんもすごかったですねー。

河崎 たまちゃんの棒ぶりよりも、すごかったよね。

姫乃 私がすぐ近くで「ジャガー星人、大丈夫か?」と声を掛けるシーンがあったんですが、その時のジャガーさんの瞳があまりに真っ暗で、何を見ているのか心配になりました。闇を間近で感じた気がしましたね。

──姫乃さんは著書『職業としての地下アイドル』(朝日新書)で地下アイドルと心の闇の関係について言及していましたが、ジャガーさんの抱える闇って何なんでしょうね?

姫乃 えっ、地下アイドルですか? 彼女たちが抱える闇は、主にブレイクまでの見通しが立たない不安とか、やりがい搾取による不安定な金銭事情によって生まれるものですけど、ジャガーさんの闇は……。ジャガーさんは演技するというより、カンペに書かれた文字を一語一句ただ読み上げている感じで現場では完全なる虚無だったんですけど、完成披露の舞台あいさつで「試写を観て、自分が何をやっていたかようやく分かった」と話していたので、「自分の役が分かっていなかったのか」と納得しました。確かにかなりややこしい役柄だったので。

河崎 ジャガーさんは若い頃にブレイクして大金持ちになって、千葉で自社番組をオンエアしたりして、その後は潜伏してたんだけれど、それが、またマツコ・デラックスのテレビ番組で脚光を浴び、今や千葉のアイコンだからね。

──底辺を味わった人間って、独特な魅力を感じさせます。

姫乃 地下アイドルもジャガーさんも、人間は自分が何をやっているのかわからなくなってしまった時、虚無になります。さっきの“もてあそばれ感”で言えば、ジャガーさんは完璧なアイドルですね。世の中には、いろんなナイススティックがあります。

■『シャノワールの復讐』は壮大な実験だった!?

河崎 たまちゃんは、アイドルなのにこんな狂った映画にも、楽しんで出演するところがいいよ。

姫乃 そうか、河崎監督の映画ってやっぱり普通じゃないんだ……! 実は私、ほとんど映画を観たことがないんです。『干支天使チアラット』に出演するまでに観た映画は10本くらい。そのうちの3本は『トイ・ストーリー』シリーズ(95~10)の3本で、後はペドロ・アルモドバル監督の『私の、生きる肌』(11)やギャスパー・ノエ監督の『エンター・ザ・ボイド』(10)と『LOVE 3D』(15)などです。日本映画も勉強しなきゃと思って、小津安二郎監督の『東京物語』(53)を観たんですが、自然光に見せかけた照明を水に当ててたり、食事のシーンでお茶碗にご飯が入ってなかったり、意図が汲めない演出が多くて、映画を見る素養がないことに自信を失ってしまったんです。以来、映画評やコメントの仕事以外はあまり映画を観ていません。

河崎 どうだい? えぇ。そうかい……。小津作品の台詞回しは、確かに棒読みっぽくて不気味だね。

──戦後の小津監督はそうとう深い闇を抱えていたようですしね。

河崎 たまちゃんは、TVドラマも観てないの?

姫乃 桜井幸子さんが出演していた『高校教師』(TBS系)は後追いで観ました。桜井さん、すごくかわいかった。はっ、もしかして私の演技って発声練習とかの問題ではなく、映画やドラマをほとんど観てこなかったことが敗因なのでは!? よく考えたら演技というものをあまり観たことがない……。

河崎 すべては真似から始まるからね。多くの俳優は三船敏郎に憧れて、黒澤明監督の映画をいろいろと観るようになる。そういうものなんです。

姫乃 子どものときから、テレビや映画を観せずに育てて、いきなり映画に主演させるとこんな衝撃作が生まれるという壮大な人体実験だったんですね。

河崎 まるで『ブリグズビー・ベア』(18)の世界だな(笑)。

姫乃 「リアルサウンド映画部」で定期的に映画評を書いてるんですけど、映画評を書くこと前提で映画を観ているので、俳優の演技よりも、物語性や監督の演出のほうに意識が行ってるかもしれません。

河崎 AVはけっこう観てるんでしょ?

姫乃 はい。一時期は年間130本くらい観てました。でもそれもビデオ情報誌でレビューを書く仕事なので、男優さんがどこに何回射精したかをカウントしないといけないから、演技はそんなに……。ドキュメンタリーが好きなので、井口昇監督が出演している平野勝之監督がのAVは好きで観てました。河崎監督は井口監督とジャンルの距離的に近いものを感じますが、実は作風が全く違いますね。

河崎 俺も変態だけど、俺の場合は爽やかな変態だからさ(笑)。AVについて語れるアイドルは、たまちゃんの他にはいないよ。でも、地下アイドルはもうすぐ辞めちゃうらしいね。

姫乃 はい、2019年4月いっぱいで、地下アイドルの肩書きはおろすことにしました。今の活動がすでに地下アイドルにそぐわないので、肩身が狭くて。

河崎 フリーの地下アイドルは、すべて自分でやらなくちゃいけないから、いろいろと大変なんだよね。

姫乃 どうなんですかねえ。大変とは思わないですけど、大変だと思わずにいろいろできるようになっちゃうと地下アイドルではいられないってことですね。肩書きをおろした4月以降も活動は続けていくつもりです。今後、女優として私を起用する監督は現われるでしょうか?

河崎 今、25歳か。う~ん、30歳を過ぎたら違ったオファーが来るようになるんじゃないかな。

姫乃 熟女AVの話ですか? 女優は30歳を越えると魅力が増すと聞いています。知らんけど。

河崎 ハハハ。でも、『シャノワールの復讐』がクラウドファンディングで製作費が集まったのは、やっぱり姫乃たまの存在が大きかった。11月29日(木)のDVDリリースに合わせて、いろいろイベントやろうよ。

姫乃 いやはや、今後とも姫乃たまを起用する希少な監督ということで、よろしくお願いします!
(取材・文=長野辰次)

『干支天使チアラット外伝 シャノワールの復讐』
原作/中川ホメオパシー『干支天使チアラット』(リイド社)
プロデューサー・脚本・監督/河崎実 脚本/鈴木つかさ、荒木太朗
出演/姫乃たま、ジョナサン・シガー、岩井志麻子、すずきつかさ、原田篤、ジャガー、康芳夫、町あかり、いまみちともたか、エンリケ、AKIRA、逢瀬アキラ、塩谷瞬
販売元/リバートップ 11月29日(木)よりリリース開始
(c)中川ホメオパシー・リイド社・リバートップ

 

●河崎実(かわさき・みのる)
1958年東京都生まれ。明治大学在学中から特撮映画を自主製作し、注目を集める。萌えカルチャーを先取りした『地球防衛少女イコちゃん』(87)で商業監督デビュー。以後、中川翔子をヒロインに起用した『兜王ビートル』(05)、壇蜜主演の特撮映画『地球防衛未亡人』(14)、人気レスラー・飯伏幸太主演作『大怪獣モノ』(16)などの話題作を次々と放つ。筒康隆原作の『日本以外全部沈没』(06)は東スポ映画大賞の特別作品賞を受賞、『ギララの逆襲/洞爺湖サミット危機一発』(08)はベネチア映画祭に正式招待された。近年の監督作に『干支天使チアラット』(17)、『乳首ドリルの逆襲 ATTACK OF THE NIPPLE DRILL』(18)など。現在、『電エース』30周年記念作を製作準備中。

●姫乃たま(ひめの・たま)
1993年東京都生まれ。16歳よりフリーランスで地下アイドル活動を始める。ライブイベントへの出演を中心に、ライター、モデル、DJ、司会としても活躍。音楽ユニット「僕とジョルジュ」での活動のほか、ライターとしての著書に『潜行 地下アイドルの人には言えない生活』(サイゾー社)、『職業としての地下アイドル』(朝日新書)、『周縁漫画界 漫画の世界で生きる14人のインタビュー』(KADOKAWA)がある。平成最後の日となる2019年4月30日に、地下アイドルとして最後のワンマンライブ「パノラマ街道まっしぐら」を渋谷区文化総合センター大和田さくらホールにて行なうことが決まっている。

地下アイドル・姫乃たま×バカ映画の巨匠・河崎実対談!! ファンも絶句した『シャノワールの復讐』の衝撃

 棒のように生きる男の生き様を描いた『棒の哀しみ』(94)という、神代辰巳監督の晩年を代表する名作がある。神代作品を愛するシネフィルからお叱りを受けそうだが、河崎実監督の最新作『干支天使チアラット外伝 シャノワールの復讐』には“棒の楽しみ”がある。主演女優・姫乃たまの演技がとにもかくにも強烈すぎ、逆に観る者の心を捉えて離さない。世の中には“愉快な棒”と“残念な棒”の二種類の棒があることが分かる。2019年4月いっぱいでの地下アイドルからの卒業を表明した姫乃たまとバカ映画の巨匠・河崎監督との対談も、棒の喜びが溢れた1時間となった。

──『干支天使チアラット』(17)では敵キャラだったシャノワールですが、今回は主役へとステップアップ。

姫乃たま(以下、姫乃) はい。いや、これステップアップと言っていいんでしょうか(笑)。

河崎実(以下、河崎) まぁ、もらい事故みたいなものかな。

姫乃 もらい事故(笑)! 前作ではクラウドファンディングが終わった時点で、まだシャノワール役が決まっていなかったんですよね。そんなとき、ラジオの収録で河崎監督が中野でやっているバー「ルナベース」をお借りした際に名刺交換したところ、なぜかすぐに出演オファーが届いて……。

河崎 シャノワールって、化け猫なんですよ。だから「たま」って名前がいいなと思ったんです。直感です。

姫乃 ぴったりなのは私の芸名だけなんですけど、現場に行ったら案の定ぴったりどころかガバガバでした(笑)。私はこれまで映画に2~3本、芝居にも2~3本出た程度なので、大丈夫なのかなと思って、ホン読み(脚本の読み合わせ)に参加したら、河崎監督が「いいね、いいね。歌を歌っている人は声の通りがいいね」とか褒められて、「私、やれるじゃん!」と思ったんです。でも、撮影が始まってからは悩むことの連続でした。自分がちゃんと演技できているのかどうか分からなくて、どんどん不安になっていったんです。

河崎 えっ、そうだったの? 気がつかなかった。

姫乃 前作は主演の3人(希崎ジェシカ、辰巳ゆい、友田彩也香)ともプロの女優さんじゃないですか。やっぱり現場での立ち回りも慣れていて、カメラが回ったら演技のスイッチを入れて、休む時はきちんと休んでいたんですが、私は演技もわからないし、どの程度スタッフさんに気を使ったらいいのかもわからないので、ずっと一人でやいのやいのしてたんですね。もしかしたら、私、浮いてるんじゃ……と心配していたんですが、試写会で『干支天使チアラット』を観たら、あ~そんな次元じゃなかったんだなって分かりました(笑)。

河崎 ハハハ。たまちゃんは、そこがいいんだよ。天然の魅力だよ。大ヒットしているインディーズ映画『カメラを止めるな!』は新人俳優たちがワークショップに参加して芝居がうまくなっていくわけだけど、俺はワークショップはやらないからね。

姫乃 河崎監督は灰皿飛ばしたりとかもしないですしね。ホン読みも適当に褒めるから、女優も下手さに気づかないという。

河崎 素材勝負だから、俺の作品はね。寿司と一緒なんです。いい素材が揃えば、それで美味しいんです。

──素材がダメだったら、映画もおしまい?

河崎 そうです。おしまいです(きっぱり)。

姫乃 よく姫乃たま主演にしたな。

河崎 今回は怪我の巧名だね。

姫乃 主役のキャスティングから怪我しようとするのやめて。

■オープニングから衝撃の嵐!!

──ファンからの反響はどうでした?

河崎 今回は、たまちゃんが全編出ずっぱりだから、【頭がメリメリした】とかツイッターに書かれていたよ。それから、やっぱり【ナイス・スティック!】だね。

姫乃 河崎監督のファンの方たちからは、【ナイス・スティック!】とか【うまい棒】といったお言葉をたくさんいただきました。【演技下手】っていろんな表現があるんだなぁと、ライターとして勉強になりましたね。はい。私のファンの人たちは意外と前作を観てなかった人が多くて、河崎監督の作品世界を知らないまま、姫乃たまの主演映画として、それこそ本当に私のステップアップとして捉えていたので、衝撃が強すぎたみたいです。今年の9月に行なったパトロン向けの完成披露試写でも、ファンの方たちは真面目に固唾を呑んで見守っている様子でした。笑っていいのか戸惑ったんでしょうね。そりゃそうだ。

河崎 父親が娘の学芸会を見守るような雰囲気だった。

姫乃 本物の父親も冷やかしに来てたしね。特に『シャノワールの復讐』はオープニング曲が強烈だったんでしょう。

──姫乃さんは音楽ユニット「僕とジョルジュ」でも活動しているわけですが、衝撃的な歌唱を披露したテーマ曲「わらわはシャノワールじゃ!」は大丈夫なんでしょうか?

姫乃 大丈夫なわけないですよね(真顔)。レコーディングも何回か録って、最後のテイクなんかそれなりに良かったと思うんですけど、河崎監督が「よーし、うまかったね!」って褒めた後、すぐ「いちばん最初のでいこう!」って。いちばん最初って、最初の録音ですらなくて、テストテイクですよ!? 作曲家の国本剛章さんもちゃんとした方なんですけど、脱力した歌にフェチでもあるのか、「感情がなくて良かったですね!」とか盛り上がってて。私も「まぁ、いいか。もはやこの映画で歌がうまいかどうかなんて関係ないな」って、自分を納得させました。正直CDは自分で全部買い取って、燃やそうか悩んでいます。お焚き上げ。

河崎 燃やしちゃダメだよ。ちゃんと売ってよ。

姫乃 コアなファンだけに、こっそり売ろう……。スカムミュージックに理解がある人にだけ……。

■バカ映画の巨匠が見初めたヒロインたち

──女優・姫乃たまの演技キャリアについてお聞きしたいと思います。小学校の頃に学芸会などには出たんですか?

姫乃 女優・姫乃たま……? 孫悟空の出る、あのー、ほら『西遊記』をやりました。夏目雅子さんが演じていた役です。

河崎 三蔵法師役やったんだ。

姫乃 あっ、そうです。教室でホン読みがあったんですけど、隣の席がお母さんが宝塚出身の女の子で、その子に「ホン読み、うまいね」って褒められて、「私、イケてるんだ!」って思ったのを覚えてます。河崎監督のホン読みの時と同じですね。本番の舞台を観た親からは「ひどかった」って言われたんですけど、映像には残ってなかったので、自分の演技がどうひどかったのか気づかずにいました。その後、地下アイドルになって舞台に何度か上がったんですが、舞台なので映像で観る機会がなくて、前作の『干支天使チアラット』の試写会で、ようやく自分の演技に衝撃を受けました。

──『干支天使チアラット』出演から1年、演技面での向上を見せていないのは“ファンの楽しみを奪ってはいけない”というサービス精神からでしょうか?

姫乃 いや、上手くなったつもりだったんですが!!! 河崎監督の作品に出るのは2度目だから前回よりは上達しているだろうし、まあ別に何か練習をしたわけじゃないですけど……。それに今回は全編出ずっぱりだったので、2日間、朝から晩まで撮影していれば、演技に目覚める瞬間がきっと訪れるに違いないと信じていました。現場ではほとんど撮り直しがなくて、河崎監督が一発OKを連続していたので「私の演技力アップしてるなあ」と、しみじみしていたわけです。でも、「あれ、今の台詞噛んだぞ……?」と思った瞬間に、河崎監督がカメラを止めなくて、カメラマンさんが「監督、いま噛んだよ~」と教えてるのを聞いて、「あっ、河崎監督すべてワンテイクで済ませようとしてるだけだ」って気がついたんです。

河崎 ハハハ! いや、一流の監督はみんな、ワンテイクしか撮らないものですよ。

──北野武監督やクリント・イーストウッド監督は1回しかカメラを回さないそうですね。

河崎 そうです。噛んでも、かわいければOKなんです。

姫乃 そうやって甘やかされているうちに、今回もすべての撮影が終わったのです……。

──河崎監督は、これまでにも『地球防衛少女イコちゃん2』(88)で増田未亜、『兜王ビートル』(05)で中川翔子、『地球防衛未亡人』(14)で壇蜜……と時代を先取りするようなニューヒロインたちを起用してきたわけですが、今回の姫乃たまさんにも共通するものがありますか?

河崎 あります。やっぱり、グッと来るものがないとね。過去には有名アイドルを起用したけど、うまくいかなかったこともあるんです。それって、俺がいまひとつ乗れなかったからなんです。

姫乃 うおお、ではしょこたんと壇蜜さんに続いて、姫乃たまもニューヒロインになるわけですね!

河崎 う~ん、どうだろうね(笑)。でも、監督は女優のことが好きじゃないと映画は撮れないよ。

姫乃 そういえば河崎監督って、小明さんのCD「君が笑う、それが僕のしあわせ」のプロモーションビデオも撮ってましたね。

河崎 小明ちゃんがサイゾーでCDをリリースしたときだね。ゾンビアイドルだった小明ちゃんも、今や子持ちの人妻アイドル。しょこたんとも仲がいいし、たまちゃんも小明ちゃんと通じるものがあるよね。

姫乃 私もニューヒロインは諦めてゾンビになるか……。

■セルフプロデュースによる地下アイドルとは違った魅力

──あの、ここではっきり言っていいでしょうか。姫乃さんは女優としての演技はド下手です。でも、与えられたシャノワールという役を懸命に演じている姿は、アイドルならではの“やらされている感”がポジティブに溢れ出ていて、それが妙にかわいく思えてしまいます。

姫乃 あっ、シャノワール役、2年やりましたけど「ド下手」とそのまま言われたのは意外と初めてかもしれません。普段はフリーランスで地下アイドルをやっているので「(マネージメントから物品販売まで自分でやって)しっかりしているね」と言われることが多くて、「かわいい」ってあまり言われないんです。河崎監督の作品に出るようになって、ずいぶん「かわいい」と言われるようになりました。まあ、「かわいい」とでも言わないと、あの演技力はフォローしきれないですからね(笑)。

河崎 できない子ほど、かわいく思えるからね。

──地下アイドルとして活動しているときはセルフプロデュースしているわけですが、今回のようにまったく異なる世界の大人からプロデュースされる心地よさってありますか?

姫乃 あー、それはあると思います。普段は誰と仕事しても、ある程度自分の意見を出すのですが、河崎監督との仕事は口を挟む隙がいっさいないんですよね。すべて、河崎監督にお任せ。というか、知らないうちに全部決まってるんですけど、たまにはなすがままにされるのも楽しいかもしれません。

河崎 “もてあそばれ感”とでも言うのかな。

姫乃 DVDのジャケットもすごいと思いませんか? 知らない間に完成していたんですが、私の顔がデリヘルの宣材写真みたいになっていますよ。

河崎 悪いね。修正しまくったよ。ジャケットの出来で、売り上げが変わってくるからね。AVのパッケージを手掛けているプロに頼んで、たまちゃんの顔はかなり修正されているよ。

姫乃 いや、言われなくてもわかりますよ! とは言え、エロ本でライターデビューしたので、不思議と見慣れている感じはある……。

河崎 映画って一生残るから、そこがいいよね。

姫乃 いまの流れでそれ言われてもな!

■主演女優以上に強烈だったスティックの束

──『シャノワールの復讐』では、打倒チアラットを目指すシャノワールはOLの内情を知るために就職体験する。そこでシャノワールが味わうのは、セクハラ、パワハラ、働き方改革、機密書類の隠蔽……。能天気コメディに見える『シャノワールの復讐』は実は社会派作品でもある。

姫乃 えっ、これって社会派映画なんですか。

河崎 俺の作品は、いつも時事ネタを盛り込んでいるんだよ。

姫乃 そうだったのか……。私自身は学生時代にアルバイトを経験したぐらいで、就職経験はまったくないんです。時々出版社なんかに行くと、大人たちが同じ時刻にいっせいに働いてて、すごいなぁと思います。

河崎 それが普通なんだけどね。たまちゃんは就職活動はしたの?

姫乃 大学4年生の冬頃に、そろそろ卒業シーズンだし就活でもするかと思って、大学の就職課を訪ねたら、「来年の卒業ですか?」とか言われて(苦笑)。あれって、もっと全然前から始まるんですね。「まあこれで就活の時期が分かったから、とりあえず卒業して来年がんばろう」と思っていたら、サイゾー編集部から初めての著書『潜行 地下アイドルの人に言えない生活』を出版する話があってバタバタしているうちに、なんだかんだと仕事が来て、今日に至るという感じです。

河崎 今回はOLの制服を着て、オフィスラブのシーンもある。普段できないことを体験できるのも女優としての醍醐味だよね。

姫乃 今回、岩井志麻子さんが専務役だったんですが、「みなさんそれぞれ仕事の演技してください」と指示があったシーンで、カメラ回った瞬間に岩井さんが電話取ってて、専務ってあんまり電話とか取らないんじゃないかなぁと思いました。知らないですけど。あの現場にいた人たち、基本的に会社勤めの経験がない人多くて、誰もよく分かってなかったんですね(笑)。

河崎 俺の作品に出てくれる人たちは、ホラー作家の岩井志麻子さん、千葉の誇る大スター・ジャガーさん、かつてアントニオ猪木とモハメド・アリの異種格闘技戦のフィクサーとして暗躍した康芳夫さんとか、普通じゃない人ばかりだからね(笑)。

姫乃 康さん、大好きです。康さんの出演シーンは助監督さんたちがカンペを用意しているのですが、カンペを読み終わると、「読みましたよ?」って感じで河崎監督のほうを振り返っちゃうんですよね。その仕草がすごくかわいらしくて、最終的に康さんの出演シーンは河崎監督がカメラのすぐ横に立つようにしていました(笑)。ジャガーさんもすごかったですねー。

河崎 たまちゃんの棒ぶりよりも、すごかったよね。

姫乃 私がすぐ近くで「ジャガー星人、大丈夫か?」と声を掛けるシーンがあったんですが、その時のジャガーさんの瞳があまりに真っ暗で、何を見ているのか心配になりました。闇を間近で感じた気がしましたね。

──姫乃さんは著書『職業としての地下アイドル』(朝日新書)で地下アイドルと心の闇の関係について言及していましたが、ジャガーさんの抱える闇って何なんでしょうね?

姫乃 えっ、地下アイドルですか? 彼女たちが抱える闇は、主にブレイクまでの見通しが立たない不安とか、やりがい搾取による不安定な金銭事情によって生まれるものですけど、ジャガーさんの闇は……。ジャガーさんは演技するというより、カンペに書かれた文字を一語一句ただ読み上げている感じで現場では完全なる虚無だったんですけど、完成披露の舞台あいさつで「試写を観て、自分が何をやっていたかようやく分かった」と話していたので、「自分の役が分かっていなかったのか」と納得しました。確かにかなりややこしい役柄だったので。

河崎 ジャガーさんは若い頃にブレイクして大金持ちになって、千葉で自社番組をオンエアしたりして、その後は潜伏してたんだけれど、それが、またマツコ・デラックスのテレビ番組で脚光を浴び、今や千葉のアイコンだからね。

──底辺を味わった人間って、独特な魅力を感じさせます。

姫乃 地下アイドルもジャガーさんも、人間は自分が何をやっているのかわからなくなってしまった時、虚無になります。さっきの“もてあそばれ感”で言えば、ジャガーさんは完璧なアイドルですね。世の中には、いろんなナイススティックがあります。

■『シャノワールの復讐』は壮大な実験だった!?

河崎 たまちゃんは、アイドルなのにこんな狂った映画にも、楽しんで出演するところがいいよ。

姫乃 そうか、河崎監督の映画ってやっぱり普通じゃないんだ……! 実は私、ほとんど映画を観たことがないんです。『干支天使チアラット』に出演するまでに観た映画は10本くらい。そのうちの3本は『トイ・ストーリー』シリーズ(95~10)の3本で、後はペドロ・アルモドバル監督の『私の、生きる肌』(11)やギャスパー・ノエ監督の『エンター・ザ・ボイド』(10)と『LOVE 3D』(15)などです。日本映画も勉強しなきゃと思って、小津安二郎監督の『東京物語』(53)を観たんですが、自然光に見せかけた照明を水に当ててたり、食事のシーンでお茶碗にご飯が入ってなかったり、意図が汲めない演出が多くて、映画を見る素養がないことに自信を失ってしまったんです。以来、映画評やコメントの仕事以外はあまり映画を観ていません。

河崎 どうだい? えぇ。そうかい……。小津作品の台詞回しは、確かに棒読みっぽくて不気味だね。

──戦後の小津監督はそうとう深い闇を抱えていたようですしね。

河崎 たまちゃんは、TVドラマも観てないの?

姫乃 桜井幸子さんが出演していた『高校教師』(TBS系)は後追いで観ました。桜井さん、すごくかわいかった。はっ、もしかして私の演技って発声練習とかの問題ではなく、映画やドラマをほとんど観てこなかったことが敗因なのでは!? よく考えたら演技というものをあまり観たことがない……。

河崎 すべては真似から始まるからね。多くの俳優は三船敏郎に憧れて、黒澤明監督の映画をいろいろと観るようになる。そういうものなんです。

姫乃 子どものときから、テレビや映画を観せずに育てて、いきなり映画に主演させるとこんな衝撃作が生まれるという壮大な人体実験だったんですね。

河崎 まるで『ブリグズビー・ベア』(18)の世界だな(笑)。

姫乃 「リアルサウンド映画部」で定期的に映画評を書いてるんですけど、映画評を書くこと前提で映画を観ているので、俳優の演技よりも、物語性や監督の演出のほうに意識が行ってるかもしれません。

河崎 AVはけっこう観てるんでしょ?

姫乃 はい。一時期は年間130本くらい観てました。でもそれもビデオ情報誌でレビューを書く仕事なので、男優さんがどこに何回射精したかをカウントしないといけないから、演技はそんなに……。ドキュメンタリーが好きなので、井口昇監督が出演している平野勝之監督がのAVは好きで観てました。河崎監督は井口監督とジャンルの距離的に近いものを感じますが、実は作風が全く違いますね。

河崎 俺も変態だけど、俺の場合は爽やかな変態だからさ(笑)。AVについて語れるアイドルは、たまちゃんの他にはいないよ。でも、地下アイドルはもうすぐ辞めちゃうらしいね。

姫乃 はい、2019年4月いっぱいで、地下アイドルの肩書きはおろすことにしました。今の活動がすでに地下アイドルにそぐわないので、肩身が狭くて。

河崎 フリーの地下アイドルは、すべて自分でやらなくちゃいけないから、いろいろと大変なんだよね。

姫乃 どうなんですかねえ。大変とは思わないですけど、大変だと思わずにいろいろできるようになっちゃうと地下アイドルではいられないってことですね。肩書きをおろした4月以降も活動は続けていくつもりです。今後、女優として私を起用する監督は現われるでしょうか?

河崎 今、25歳か。う~ん、30歳を過ぎたら違ったオファーが来るようになるんじゃないかな。

姫乃 熟女AVの話ですか? 女優は30歳を越えると魅力が増すと聞いています。知らんけど。

河崎 ハハハ。でも、『シャノワールの復讐』がクラウドファンディングで製作費が集まったのは、やっぱり姫乃たまの存在が大きかった。11月29日(木)のDVDリリースに合わせて、いろいろイベントやろうよ。

姫乃 いやはや、今後とも姫乃たまを起用する希少な監督ということで、よろしくお願いします!
(取材・文=長野辰次)

『干支天使チアラット外伝 シャノワールの復讐』
原作/中川ホメオパシー『干支天使チアラット』(リイド社)
プロデューサー・脚本・監督/河崎実 脚本/鈴木つかさ、荒木太朗
出演/姫乃たま、ジョナサン・シガー、岩井志麻子、すずきつかさ、原田篤、ジャガー、康芳夫、町あかり、いまみちともたか、エンリケ、AKIRA、逢瀬アキラ、塩谷瞬
販売元/リバートップ 11月29日(木)よりリリース開始
(c)中川ホメオパシー・リイド社・リバートップ

 

●河崎実(かわさき・みのる)
1958年東京都生まれ。明治大学在学中から特撮映画を自主製作し、注目を集める。萌えカルチャーを先取りした『地球防衛少女イコちゃん』(87)で商業監督デビュー。以後、中川翔子をヒロインに起用した『兜王ビートル』(05)、壇蜜主演の特撮映画『地球防衛未亡人』(14)、人気レスラー・飯伏幸太主演作『大怪獣モノ』(16)などの話題作を次々と放つ。筒康隆原作の『日本以外全部沈没』(06)は東スポ映画大賞の特別作品賞を受賞、『ギララの逆襲/洞爺湖サミット危機一発』(08)はベネチア映画祭に正式招待された。近年の監督作に『干支天使チアラット』(17)、『乳首ドリルの逆襲 ATTACK OF THE NIPPLE DRILL』(18)など。現在、『電エース』30周年記念作を製作準備中。

●姫乃たま(ひめの・たま)
1993年東京都生まれ。16歳よりフリーランスで地下アイドル活動を始める。ライブイベントへの出演を中心に、ライター、モデル、DJ、司会としても活躍。音楽ユニット「僕とジョルジュ」での活動のほか、ライターとしての著書に『潜行 地下アイドルの人には言えない生活』(サイゾー社)、『職業としての地下アイドル』(朝日新書)、『周縁漫画界 漫画の世界で生きる14人のインタビュー』(KADOKAWA)がある。平成最後の日となる2019年4月30日に、地下アイドルとして最後のワンマンライブ「パノラマ街道まっしぐら」を渋谷区文化総合センター大和田さくらホールにて行なうことが決まっている。

木村拓哉、ついに“悲願の映画賞”ゲットへ!? 後輩・二宮和也と「W受賞」の機運

 本年度の映画賞戦線がスタートを切り、このほど「第31回日刊スポーツ映画大賞、石原裕次郎賞」(日刊スポーツ新聞社主催、石原プロモーション協賛)の各部門のノミネートが発表された。

 そのうち、主演男優賞には『検察側の罪人』の元SMAP・木村拓哉、助演男優賞には同作で木村と共演した嵐・二宮和也がノミネートされた。

「木村のほかにノミネートされたのは、舘ひろし、東出昌大、松坂桃李、役所広司。日刊の映画賞は石原プロと深く関わっているので、舘ひろしはいわば“義理”での選出でしょう。となると、強力なライバルは『孤狼の血』の役所ぐらい。一方、二宮のほかに助演にノミネートされたのは池松壮亮、渋川清彦、染谷将太、高橋一生と、玄人好みの演技派ばかり。二宮が大本命なのでは?」(映画業界関係者)

『検察側』は興行収入20億円突破のヒット作になり、話題性も抜群。木村と二宮のW受賞で勢いをつけ、今年の映画賞レースを席巻といきたいところだが、木村にとって映画賞ゲットとなれば、ようやく過去の“黒歴史”を払拭できそうだというのだ。

「ジャニーズ事務所の後輩であるV6・岡田准一と二宮は、すでに日本アカデミー賞の最優秀主演男優賞を獲得しているだけに、木村としてもなんとか今年は映画賞を獲得したいのでは。木村は06年公開の『武士の一分』に主演しましたが、なんとノミネートもされていないのに『最優秀賞を競う場には出させたくない』というジャニーズ事務所の意向で“辞退”を申し入れ、失笑を浴びました。あれ以来、まったく映画賞に引っかからなかったので、本年度は千載一遇のチャンスともいえます」(芸能記者)

 同映画賞の授賞式は12月28日、都内のホテルで行われるが、木村が映画賞初戴冠なるかが注目される。

武器が目覚めさせる、人間の秘めたる暴力衝動!! 村上虹郎主演作『銃』vs池松壮亮主演作『斬、』

 研ぎ澄まされた日本刀の美しさに魅了される人は少なくない。また、洗練された機能美に満ちた拳銃にも人を惹き付ける不思議な力が宿っている。村上虹郎主演作『銃』(公開中)と池松壮亮主演作『斬、』(11月24日公開)は、どちらも人を殺傷する能力を持つ武器に引き寄せられる若者を主人公にした注目作だ。人間の中に潜む暴力衝動と、その内なる衝動を具現化する媒体との関係性を描き出している。

 村上虹郎、広瀬アリス、リリー・フランキーらが出演した『銃』は、芥川賞作家・中村文則の作家デビュー作を、武正晴監督がモノクロ映像とカラー映像を巧みに使い分けることで、拳銃を初めて手にした若者の揺れる感情を臨場感たっぷりに映し出してみせた。武監督はブレイク作『百円の恋』(14)で自堕落女(安藤サクラ)がボクシングを身に付けることで鮮やかに変身していく過程を描いたが、本作でも村上虹郎は拳銃を手に入れたことで大きな変身を遂げる。

 主人公のトオル(村上虹郎)は大学の授業を受けるだけの毎日に退屈していたが、ある夜から世界が一変する。雨が降る晩、トオルは河原で1人の男性の死体を見つけ、近くに拳銃が落ちていることに気づく。雨に濡れた拳銃は外灯に照らされて鈍い光を放ち、手に心地よい重さを感じさせた。トオルは警察に通報することなく、拳銃をアパートに持ち帰り、じっと眺めたり、手入れをすることが楽しくて仕方なくなる。

「実弾入りの銃を俺は持っている」という意識が、トオルの性格を変えていく。温厚な人物が車のハンドルを握った途端にスピードを出すことに取り憑かれるように、トオルの内面もどんどん変わっていく。友人に誘われた合コンでもいつになく強気で、お持ち帰りされたトースト女(日南響子)とのSEXに興じる。まるで拳銃と同化したかのように、旺盛な性欲を吐き出すトオルだった。

 同じ大学に通うユウコ(広瀬アリス)は、トオルの内面的変化に気づいて心配するが、拳銃を隠していることを誰にも話せないトオルの中で暴力衝動は日に日に溜まっていく。トオルを職務質問した刑事(リリー・フランキー)は「あなたは人を撃ちたくなる」と予言し、その言葉どおりとなる。トオルの撃つべきターゲットが決まった。アパートの隣室で、いつも息子を虐待しているDV女(新垣里沙)だ。拳銃のトリガーを引く標的を見つけたことで、トオルはかつてない興奮と緊張感を味わうことになる。

 池松壮亮と蒼井優が共演した『斬、』は、インディーズ映画の雄・塚本晋也監督が初めて手掛けた時代劇だ。江戸時代末期の農村が舞台。浪人の杢之進(池松壮亮)は磨き上げた剣の腕を世に役立てたいと考えている。農家の娘・ゆう(蒼井優)たちの畑仕事を手伝いながら、ゆうの弟・市助(前田隆成)を相手に木刀での稽古に汗を流していた。ある日、物静かな侍・澤村(塚本晋也)が神社の境内で別の侍を一撃で斬り倒す現場を、3人は目撃する。澤村の見事な剣筋に魅了された杢之進と市助は、澤村から動乱の京都でひと旗挙げようと誘われ、それに応じる。出発を直前に控え、血気盛んな市助は流れ者の源田(中村達也)を頭とする浪人集団と諍いを起こし、取り返しのつかない事態を招いてしまう。

 村上虹郎演じるトオルは拳銃を手にしたことで実弾を発射したくて堪らなくなるのに対し、池松壮亮演じる杢之進はかなり剣の修業を積んでおり、無益な殺生は避けたいと考えている。一度でも自分の中の暴力衝動を解き放ってしまうと、元の自分には戻れなくなってしまうことを自覚しているからだ。杢之進は自分の中に淀んだ衝動が溜まってくと、こまめにオナニーすることで自分をコントロールしようとする。理性と性欲と暴力衝動とがバランスを取り合う形で、物語は進んでいく。

 時代劇設定の『斬、』は、塚本監督の代名詞であるSFパンクムービー『鉄男』(89)の兄弟作と言える内容だ。『鉄男』の気弱な主人公(田口トモロヲ)は金属に肉体を侵蝕され、暴力衝動に身を任せた別人格へと変身してしまう。主人公が変身するきっかけを与えたのは、謎の男・ヤツ(塚本晋也)だった。『斬、』でも塚本晋也演じる“剣の達人”澤村が、杢之進を別人格へと変身させる。これからの戦乱の世でひと旗挙げるには、生ぬるい理性を抱えたままでは不可能だからだ。理性の留め具を外された杢之進の中から、とてつもなくおぞましいものが姿を見せることになる。

 国内外の多くのクリエイターに影響を与えた『鉄男』の時代劇バージョンとも呼べる『斬、』だが、塚本監督の前作『野火』(15)をよりミニマムに絞り込んだ作品にもなっている。戦争映画『野火』では戦場という過酷な状況の中で追い詰められた人間が否応無しに変貌していく姿をまざまざと描き出してみせた。今回は一人の人間の中に、戦争という地獄を呼び寄せる因子が隠されていることを塚本監督は暴き出してみせる。池松壮亮の鍛えられた肉体の中から現われるものは、いったい何だろうか。

 武器があるから人間は暴力衝動に駆られるのか、それとも訓練を積めば暴力衝動はきちんと制御することができるのか。核ミサイルを搭載した米軍爆撃機に出撃命令をくだす衝動から逃れられない『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(63)のようなキチガイ司令官が現実世界に現われないことを願う。
(文=長野辰次)

『銃』
原作/中村文則 脚本/武正晴、宍戸英紀 監督/武正晴
出演/村上虹郎、広瀬アリス、日南響子、新垣里沙、岡山天心、後藤淳平、中村有志、日向丈、片山萌美、寺十吾、サヘル・ローズ、山中秀樹、リリー・フランキー
配給/KATSU-do、太秦 11月17日よりテアトル新宿ほか全国ロードショー中
c)吉本興業
http://thegunmovie.official-movie.com/

『斬、』
監督・脚本・撮影・編集・製作/塚本晋也
出演/池松壮亮、蒼井優、中村達也、前田隆成、塚本晋也
配給/日本映画社 11月24日(土)より渋谷ユーロスペースほか全国公開
(c)SHINYA TSUKAMOTO/KAIJYU THEATER
http://zan-movie.com/

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