皇室が特別な存在であることを日本中が改めて再認識する機会となった、平成から令和への改元。「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な天皇家のエピソードを教えてもらいます!
雅子さまが着用した“ローブデコルテ”、女性皇族のファッション事情
――前回、「御用達品」の制度についてお話をうかがいましたが、今日は女性皇族のご用達ブランドについて詳しく教えてください。
堀江宏樹(以下、堀江) この秋は、新帝陛下の即位にともなう儀式がたくさんあり、皇族の方々のさまざまな姿を目にする機会が多かったと思います。
特に、雅子さまを始めとする、女性皇族のお姿は華やかでしたね。平安時代以来の歴史を持つ、正式名は「五衣唐衣裳(いつつぎぬからぎぬも)」、一般的には「十二単」と呼ばれる有職装束。それから洋装の中で最高の格式を誇る「ローブデコルテ」などのドレスは、みなさんの目を引いたことでしょう。
――雅子さまが着用なさった「ローブデコルテ」は、人気があったようです。そもそも「“ローブデコルテ”って何?」ということで、ネットでも検索順位が一気にはね上がったとか。
堀江 「ローブデコルテ」とは、襟元を大きく開けて、首筋から肩あたりまでを見せるデザインのドレスです。その歴史は長く、シンプルにまとめると、第二次世界大戦後以降の欧米の社交界で最高の格式を持つ礼装として着用された、ドレス。デザインは、いわゆる「十二単」のように「こういう形でなくてはならない!」という縛りは厳密にはなく、雅子さまのローブデコルテは襟が大きく波打ち、フリルみたいになっていますね。このデザインには、襟まわりの過度な露出を控えるという目的があるのだと思いますよ。ただし、女性皇族方のローブデコルテの色は白か淡い単色に限定されており、これは男性皇族が、ホワイトタイ(いわゆる燕尾服)で正装なさる時の、白いタイの色に合わせるためといわれます。
――男性の正装を意識して、コーディネートされているのですね。皇室ゆかりの京都府・上賀茂神社での結婚式では、これまた皇室ゆかりのローブデコルテを着用できるプランが非常に人気になっているそう。前回から皇室御用達ブランドについてお話をうかがっていますが、やっぱり影響力があるんですね。
堀江 あと女性皇族のファッションで、毎回注目を集めるモノといえば、独特なお帽子でしょうか。トランプ大統領が来日された時も、みなさまいろいろな帽子をかぶっておられました。ああいう帽子は、ドレスに合わせて、専門の高等技術を持つ帽子職人がいるお店に別にオーダーするんですよ。
今は廃刊になっている「angle」(主婦と生活社)というタウン情報誌の1980年(昭和55年)10月号に、女性皇族御用達の帽子店として、千代田区・麹町の「ベル・モード」が挙げられています。31年(昭和6年)から皇室との御縁が始まり、現在でも(少なくとも)紀子さまの帽子は「ベル・モード」が作っているそうです。
昭和天皇の皇后である香淳皇后は、当時の店主・筒井光康さんがテレビ出演すると、ちゃんと見てくれて「筒井、今朝テレビに出ていましたね」と一言くださる、「お優しい方」だったそうです。生まれながらに人の上に立つような方でしたから、この方に尽くしたい! という職人魂を掻き立てるのがお上手だったようで……。
ちなみに男性皇族の場合は「金洋服店」のように、定番的存在がある一方、女性皇族の衣服やドレスについて明確な御用達はないようですね。当然ですが、好みは人それぞれですし、時代によっても変わるからでしょう。
――前回、「御用達制度」は54年(昭和29年)に廃止されたと聞きましたね。「とらや」のように、皇室御用達のブランドを今も保持しつづけるお店がある一方で、商いを畳んでしまうお店もあるのでしょうか。
堀江 かつて、雑誌やテレビに御用達店の代表のように登場していた店も、けっこうな割合でひっそりと潰れてるんですね。今回調査して、驚きました。代替わりで、御用達認定された当時のご店主が引退、カリスマ性が薄れたら、それで経営が危なくなるお店も多いみたい。
もちろん老舗の中の老舗として営業を続けているお店も多いのですが、例えば美智子さまがとりわけ愛用なさっていたという銀座の草履のお店「小松屋」は、2017年中にひっそりと閉店してしまっています。昭和の頃、ご店主・小松長作さんは、お客さんの足に少しだけ触れるだけで、その人にぴったり合った草履と鼻緒が作れるという特殊技能の持ち主だったそうです。美智子さまが皇室に嫁がれるという時、小松さんは美智子さまの実家・正田家から「娘に草履を作ってほしい」と頼まれたといいます。その際、美智子さまにも「足を触らせてください」というと、美智子さまのお母さまに叱られてしまったそうです(笑)。理由を説明し納得してもらった後、完成した草履は「一日中履いても、少しも疲れませんでした」と美智子さまからの感想が届くほど素晴らしい物になったそうな。その後、ずっと美智子さまは「小松屋」をご贔屓になさっていたようなのですが……。
――そんな名店も消えてしまったのですね。
堀江 昭和後期くらいから、皇族の方もデパートで買い物するケースが増えてきたのも無関係ではないかもしれません。かつてはそれこそ小松屋みたいな専門店でのみ、皇族のお買い物はされていたそうです。
73年8月1日号の「女性セブン」(小学館)によると、デパートは「高島屋、三越、大丸、松屋」が主だといい、家具や装飾品はデパートで。その他の消耗品(食材など)は専門店で……というスタンスだったそうです。
現代では、専門店よりもデパートなどの利用比率は増えているかもしれません。あるいは通販なども場合によってはありうるのではないでしょうか(笑)。2015年6月4日号の「セブン」が、佳子さまのタンクトップ姿を掲載し、話題になりましたが、一説に女子大生に人気の「ローリーズファーム」や「ローズバッド」といったブランドの服だといわれます。けれど、そういうブランドが御用達の看板を掲げるわけでもありませんしね。
――衣服や装飾品には流行がありますよね。いくら“皇室愛用”というブランド価値が付いていても、一般受けしなければ人気がなくなってしまうかも。それに比べ、食材のお店などは安泰なのでは?
堀江 皇室の方も“個人”として買い物をしているだけで、その店のパトロンではない。なので、店側の経営が何らかの理由で困難になれば、消えてしまいます。
例えば、皇室に長年、お米を納入し続けたことで知られる、文京区・目白台の小さな米屋「小黒米店」も最近、閉店してしまったようですね。グーグルマップで住所を調べてみたら、2019年の初夏の時点にはあったお店の土地が、現在は不動産屋に買われ、彼らの手で売りに出されていました。
ちなみに、小黒米店は戦後、店主の米えらびのセンスが高く買われ、皇室に米を納めることになったそうです。また、皇室の方々が食べているお米は10キロ3260円の「標準米」(※標準米制度は2004年に廃止)だったそうな。調べましたが、1980年時点での米の平均価格はこれくらいでした。
御用達業者になった理由でもある、「店主の米選びのセンス」が生きるのは、年に限られた機会だけだといい、そのうちの1つがお正月用のもち米だったとか。もち米には、「標準米」が存在せず、「良いもの」を納入できたそう。皇室が買うものは、実質的に最高級品が中心なのですが、質素を主とするということで、お米の場合は“平均価格”の「標準米」。それも、皇室からはあまり精白せず、玄米に近い黒っぽいお米を(おそらく健康上の理由で)望まれたため、それを納入していたそうです。
ほかの御用達業者がいかにも高級な店構えなのに対し、在りし日の小黒米店は、本当に街中のお米屋さんそのものの外見で、それが面白いという理由で、時々テレビに取り上げられたりしていました。ただ、今は閉店してしまっていますから、別の業者が、皇室にお米を納入しているのかも……。
――御用達だったお店が、いつしかまったく違う業種に鞍替えしちゃうケースなどは?
堀江 それもあるようで、青山にあった高級肉店の「吉橋」がその一つ。御用達になった経緯からして面白くて、23年(大正12年)頃に、お店の前に馬車が止まり、皇居から来た宮内庁の役人が「御用を命じる」とか言って、その場で御用達になっちゃったようです。昭和後期には毎月4キロ、松阪牛のロース肉などを納めていたそう。
高級肉店と書きましたが、「吉橋」は昭和の後期になっても牛肉しか取り扱わないお店だったようですね。宮家などからオーダーがあった時のみ、鶏肉や豚肉は取り扱うのだとか。73年8月1日号の「セブン」の記事で、「吉橋」に取材した記者によると「三笠宮家のお子さまは鶏肉がお嫌い」だとかいう情報が得られたそうです(笑)。
その後、「吉橋」は日本初の24時間営業を導入した、青山の高級スーパー「ユアーズ」内に店舗を移動。「ユアーズ」閉店後は、赤坂に移動、業種を肉屋から、すき焼き屋に変えて「よしはし」と名乗り、ミシュランから一つ星をもらったそうです。ただ、この「よしはし」も2017年には閉店。その後は御用達の店「吉橋」の伝統を継いだ形の営業はないようで、御用達業者の歴史は途絶えてしまったようです。
皇室が特別な存在であることを日本中が改めて再認識する機会となった、平成から令和への改元。「皇族はスーパースター」と語る歴史エッセイストの堀江宏樹さんに、歴史に眠る破天荒な天皇家のエピソードを教えてもらいます!
