「性被害は被災と同じくらい大変なこと」被害者支援の立場から見た、性暴力を取り巻く社会の現状

 3月7日、政府は性犯罪の処罰のあり方を110年ぶりに見直し、厳罰化する刑法改正案を閣議決定した。この法案が通れば、男女とも性被害者として認められ、告訴なしで立件できるようになる。『13歳、「私」をなくした私 性暴力と生きることのリアル』(朝日新聞出版)を上梓した山本潤さんは、13歳の頃から実の父親から性暴力を受けていた被害者で、現在は性暴力被害者を支援する活動を行っている。今回の刑法改正で性被害の実情がどう変わるのか、山本さんに話を聞いた。

■性被害からの回復は、人との間で本来の自分を取り戻していくこと

――山本さんは著書の中で、大変つらい経験を乗り越えたことを書かれています。そのような経験を書くという作業は大変だったと思いますが、出版に至った経緯を教えてください。

山本潤さん(以下、山本) 昨年の2月1日に朝日新聞の“ひと”欄に『被害者から見た刑法についての発言をしている「性暴力と刑法を考える当事者の会」の活動をしている山本潤さん』ということで掲載されました。それを朝日新聞出版の編集者さんが見てくれていて。私は各地で講演をしているのですが、熊本の「国民のつどい」で講演をした講演録をネットで読んでくださり、「この内容を深めて本にできると思います」と、お話をいただいて、書くことにしました。

――書いている最中、性被害のフラッシュバックなどは起こりませんでしたか?

山本 思い起こしながら書くので、当時は遮断していたような感覚を取り戻して、深く味わうような感じです。だから、ずっとセラピーを受けながら執筆していました。セラピストさんと一緒に「これはどういうことなのだろうか」と探求しながら書きました。

――分析をしながら書くことによって、回復につながるような効果があったのでしょうか?

山本 私の場合は、「なぜそうなるのか」を自分が知りたいということがあったように思います。私は看護師として働いているので、患者さんの尿の入った尿瓶を扱う業務がありました。その際に尿を飲みたいという思いに襲われたんです。尿を飲みたいだなんて明らかにおかしい話ですし、自分でもなぜかがわからない。でも、あまり考えると、また(心の)傷口から血が吹き出して動揺するので、あまり考えないようにしていたのですが、書かざるを得なくなったので、セラピストさんと掘り起こしてみたら、「ああ、そういうことか」と自分でも納得ができたというか……。必ずしも書くことが必要なわけではなく、感覚的なものなので、被害で受けた傷を言葉にして整理するのはすごく難しいことでもあります。

――回復の方法は人によって違うのですか?

山本 はい。その人の置かれている状況によっても違うし、その人の行動によっても違うと思うのですが、基本的には、人を信頼できるようになるということがすごく大事です。そして、自分自身にも力があると信じられるようになることも大事。やはり、人との間で本来の自分を取り戻していくことですね。だから、セラピストさんを信頼できるかどうかもとても重要です。

――中には相性の合わないセラピストさんもいるということですか?

山本 そうですね。セラピストさんを探すのもすごく大変です。自分に合うセラピストさんをマッチングしてもらえるといいんですけど、なかなかそういうシステムもないので。でも、やはり良いセラピストさんと一緒だったら、“治療同盟”が結べるので、そこでいろいろなことを一緒に経験していくことができます。

――私自身、友人で性被害に遭った人がいるのですが、そういう人とどう接していけばいいのか悩みます。変に元気付けると傷をえぐるだけの場合もありますし……。

山本 やはり、責められたり「あなたが悪いんじゃないの?」と言われたりすることは、とても傷付きます。性被害のトラウマが大変だとわかる人はわかるのですが、“まったく大変と認めない人”や、“大変なんだろうけど、どうすればいいのかわからない人”がいます。

■“良い性的な関係”を築くためにはどうすればいいのか、わかっていない

――性被害を受けた人に言ってはいけない言葉はありますか?

山本 「そんな大変なことは忘れて、前を見ようよ!」と、被害者は言われがちなんですが、人は大きな被害を受けたとき、忘れることはできません。それは震災の被害に遭った方も同じですし、大切な人を殺されたり、大きな事故に遭ったりしたときも同じだと思います。同じくらい大変なんだよ、ということを想像しながら関わっていけばいいのではないかと思います。

――「忘れて前を見ようよ!」なんて、つい言ってしまいそうです。性被害者の心理に関する知識が広まるためには、どうしたらいいと思いますか?

山本 支援機関に携わっている人ならマストで知っていることなのですが、一般の人には広まっていないのが現状です。やはり、こうやって報道されることや、あとは教育をしていくことですね。

――教育は大事ですよね。キャンパスレイプも起こっていますし、特に若い世代は性暴力に関する知識があまりにもないのではと感じてしまいます。お酒で酔いつぶれた女性はOKサインだと思って性的暴行をした、という話も聞いたことがあります。

山本 そのあたりのことを学校はきちんと教えていません。アメリカだと、新入生に「性暴力対応トレーニング」を先輩が後輩に行うんです。何が同意で何が同意でないか、ということもそうだし、女性を酔いつぶしてレイプをしたら、それはもう犯罪なのだということ、そのような状況を見たらどう助けるのか、ということまで学びます。また、飲み物にクスリを入れられるケースもあるので、そういう具体的な手口も教えつつ、どうやって止めるのかもトレーニングで学ぶということをしています。

――日本にはそういった教育がありません。やはり、性暴力に関する法律が遅れていることも要因にあるのでしょうか?

山本 教育委員会や政治家の人たちの価値観によるものでしょう。市民が性暴力に関する現在の法律について、おかしいとわかってくれることが大事だと思います。そうすると、それが政治家を動かす力になるはずです。裁判員裁判だって、以前は司法の世界の昔ながらのやり方で、「強姦罪だったらこのくらいの刑」と下されていたものが、市民が入ることで、「こんなひどいことをされているんだから、その判決はおかしい!」というふうに、量刑が重くなったケースもあるので、市民感覚が反映されるのは重要だと思います。

 また、日本では性に関することはタブーになっていますが、その中でも性行動自体の内容は多岐にわたっています。セックスは本当に同意のある良い関係の人と行うと、健康寿命が伸びるというデータもありますし、悪いものではありません。そういう“良い性的な関係”を築くためにはどうすればいいのか、わかっていないから、ドラマやアダルトビデオ、漫画などから学んでDVが起こったりするのではないかと思います。

■“私たちの同意ガイドライン”を作っていきたい

――現在、性暴力に関する法律が変わろうとしています。法律が変わることによって、今後、社会はどう変わっていくと思いますか? また、性暴力の抑止になるとは思いますか?

山本 私の考えでは、暴行・脅迫要件が残るということは、性暴力=性犯罪にならないことだと思っています。ただ、今回の法改正で、男性も被害者と認められるようになりますし、今まで親告罪だったものも非親告罪になります。それは遅すぎたくらいで、法改正は当然のことです。あと、監護者(親など)による強制的な性交は犯罪であると認識されるようになることは、とても良いメッセージになるのではないかと思っています。

 ただ、どうしてこの暴行・脅迫要件は残るのかと考えると、抵抗したけど奪われてしまった場合でないとレイプと認められない、と考えられていることと根本は変わらないんじゃないかと思います。脅されたり殴られたり、刃物で刺されたり、そういうことがなくても、その人が同意していないのに性的なことをされること自体が暴力であり、そこで傷が発生するということを認識しなければ、まだ性暴力もキャンパスレイプも続くと思います。

――最後に、山本さんの今後の目標を教えてください。

山本 直近の目標は今行っている「ビリーブキャンペーン~刑法性犯罪改法プロジェクト~」の中で、性関係やパートナーシップにおける同意ガイドラインを作ることです。ロビイングに行くと、男性から「何が同意で何が同意じゃないのか、わからないから怖くて不安」という話を聞くことがあります。ワークショップをしながら1,000人くらいから意見を募り、何が同意で何が同意でないかの“私たちの同意ガイドライン”を作っていきたいです。例えば、セクハラにもセクハラガイドラインがあり、上司が「個人的に2人で会おう」と部下に言ったらアウトじゃないですか。

――そういう具体的な例を出さないと、なかなか理解が深まらないということですね。

山本 そう。そこで齟齬があったのなら、そこを共有することで、性暴力につながることもなくなっていくと思います。やはり、「同意なしに性的な行為をすることはおかしい」ということが広がっていくことが大事です。

――おかしいかどうかわからない状態だったら、何も変わらないとも言えますね。

山本 それもそうだし、今まで被害を受けたと声を挙げた人たちが「おかしな人」とか「かわいそうだけど騙されてバカな人」みたいな扱いを受けていたことが、なくなることも、とても大事ですね。そしてその時、性加害をした加害者を適切に処罰するなどの対応をして、「加害者に責任がある」という認識がしっかり広まるといいと思います。
(姫野ケイ)

山本潤(やまもと・じゅん)
1974年生まれ。看護師・保健師。「性暴力と刑法を考える当事者の会」代表。13歳から20歳までの7年間、父親から性暴力を受けていたサバイバー。性暴力被害者支援看護師(SANE)として、その養成にも携わる。性暴力被害者の支援者に向けた研修や、一般市民を対象とした講演活動も多数行う。

性暴力と刑法を考える当事者の会

少女が早く大人になることを強いる沖縄の社会――暴力の連鎖が生む格差と矛盾

(前編はこちら)

 生まれ育った沖縄の地で教育学を専攻する上間陽子さんは、2011年から水商売や性風俗店で働く女性たちへの聞き取り調査をしている。暴力を受けながら育ち、夜の街を生き延びようとする6人の女性たちの記録が、『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(太田出版)として出版された。

■親も生きていくのに精いっぱい

 女性たちにとって暴力は、ある意味“慣れ親しんだ”ものだった。子どもの頃から殴られていた女性がいる。デートDVで殴ってくる彼氏の子どもを妊娠し、「父親になれば、彼も変わるかもしれない」と出産したが、何も変わらず殴られ続ける女性がいる。

 理不尽な暴力を前に、なすすべがない女性たちは、まだ10代だった。子どもと言っていい年齢の彼女たちが困っているときに、ほとんどの大人は手を差し伸べない。その理由を、上間さんはこう見ている。

「たとえば、私は亜矢という女性のお母さんに対して、ずっと憤りを感じていたんです。娘が性暴行を受けたのに、被害届を出さず事件化しなかった上に、『お前が悪い』と娘を責めた……。でも、お宅に行くようになって気づいたんです。闘うための資源や資本といったものがないと、人は闘えない。だから、子どもの問題に対応するとしても、娘をこれ以上、人目にさらさないようにしよう、そのために娘の責任にしよう、という選択をするしかなかったのだなと思いました。事件は、被害を受けた人のせいではない。ただそれは、お母さんにとってみれば、娘を守る唯一の方法に思えたのだろうと思いました。ほかにも、ひとりで子どもを4人育てているお母さんがいて、時間も余裕もまったくない。そうすると、子どもも親に心配をかけたくなくて、『暴力を受けている』と言わないんです。親も、生きていくのに精いっぱいなんですよね。だから、問題が起きる前に、子どもの問題に介入できないし、何か起きても、こうした消極的な戦略を選ぶという背景が見えてきました」

 しかし、中には、子どもたちを見ている大人もいる。どれだけ反抗されても見捨てない中学校教師や、何かあったら自分に連絡してほしいと電話番号を書いた手紙を渡してきた看護師もいる。

「看護師さんから手紙をもらった女性の出産した子どもには障害があって、だから彼女は毎日NICU(新生児集中治療室)にいる子どもに会いに病院に通っていたんですが、家に帰れば、子どもの父親から日常的に殴られていました。やがて、その男性と別れて自立し、看護師を目指すようになります。このように、声をかけることは、目の前にいる彼女を救うだけでなく、将来の彼女にひとつのモデルを示すことでもあるんですね」

■産むことで家族を再生したいという思い

 女性たちの子ども時代は、とても短い。10代の半ばで唐突に終わる。それはおしなべて、妊娠・出産によってもたらされる。

「抱えるものができてしまうと、そのために動かないといけないですよね。だいたいの子は、産みたいんです。そうすることで、家族を再生したいのでしょう。自分がこれまでとても大変な思いをしてきたから、自分の子どもはちゃんと育てたい、と。でも、相手の男性が、それについてこられないんです」

 だから彼女たちは、ひとりで子どもを育てるために働きに出る。といっても16~17歳の女性が働けるところは限られている。キャバクラなどの水商売や、性風俗店。法律的に18歳未満は働けないはずだが、そこを厳しく取り締まるようになると、彼女たちは稼ぐ手段を失う。

「その矛盾については、私の中でも、まだ考えがまとまっていないのですが……。でも、風俗業が未成年の勤め先としてふさわしい場所だとは、やっぱり思えません。男性客は18歳未満だとわかれば、足元を見てきます。感染症を避ける方法や、危ない客への対応など、長年働き、ネットワークも持つ20歳以上の女性と10代半ばの子ではスキルに差があって当然なので、その未熟さに付け込まれることもあります」

■上手に依存する方法を覚えてほしい

 夜の街で働く女性の多くは、いずれは“昼職”に就きたいと願っているという。

「沖縄でトップクラスのお店に勤めていて稼ぎがいい女性でも、『昼間の仕事がいい』と言うんです。いま沖縄は景気がいいので、正規職にこだわらなければ、仕事はあります。でも、職歴や資格がないという以前に、水商売や風俗業でしか働いたことがない女性……特に16~17歳ぐらいで働き始めた女性たちは、昼のお仕事に対してハードルの高さを感じています。中学卒業以来、社会に受け入れられた経験がないままなので、『昼に働いている人たちと自分とは違う気がする』と感じているようです」

 それゆえ、夜の街で体を張って心を張って生きていく女性たちに、上間さんは「こんなに早く大人にならなくていい。ゆっくり大人になっていい」と言いたくなる。なかにはすでに大人の顔をして、誰かの助けを必要としていないように見える子もいるが……。

「彼女たちは言わないんですよ、『助けてほしい』って。10代半ばにしてひとりで生きようと覚悟を決め、風俗業界で日々、自分より10歳も20歳も年上の男性と渡り合う。そういう形で大人になろうとしているから、弱みを見せたくないのでしょうね。

 私はよく人から『そんなに頼られても困りませんか?』と訊かれるのですが、『もっと頼ってよ!』と思っています。10代半ばなんて、まだまだ大人に甘えていい年齢でしょ? だから私は彼女たちが強がっているときほど、よく見るようにしています。そうしたら、強がっていても、それをキャッチしてあげられるかもしれない。彼女たちには、上手に依存する方法を覚えてほしいんです。誰かに助けてもらったら、それをその人に返すのではなく、誰か次の人に渡してあげる。それが上手な依存の仕方だと思うんです」

 まずは彼女たちに読んでほしかった、と上間さんは言う。調査として数年にわたって話を聞き取ってきた彼女たち自身と、「こう生きてきたよね」「こう生きているよね」と確認し合いたかった、と。そのなかには笑いもあり、涙もあった。上間さんと女性たちは、これからも沖縄で生きていく。
(三浦ゆえ)

「基地が間近にあるのは、それだけで暴力的な体験」風俗業界で働く女性から見える沖縄の現実

 「こんなに早く大人にならなくていい」ーー上間陽子さんは、ある女性に心の中でそう呼びかける。彼女はキャバクラで働きながら子どもを育てるシングルマザーで、名前を亜矢という。中学2年生のときに、集団での性暴行に遭っている。しかし彼女の両親はそれを隠し、事件化しなかった。それどころか「お前が悪い」と娘を責めた。店では19歳と言っているが、まだたったの17歳だ。

 『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』(太田出版)は、教育学を専攻する琉球大学教授・上間陽子さんにとって初の著書となる。上間さんは2011年から、沖縄の風俗業界で働く女性たちの調査をしている。彼女らには支援が必要なのに、支援が届きにくい。その現実を打破する突破口を見出すため、女性たちがこれまで生きてきた道のりを聞き取り続けた。同書には、その中で出会った6人についての記録が収録されている。多くが10代の半ば~後半で出産し、夜の街で働いて生活している。

■現実があまりに過酷なため、むしろ抑え気味に書いている

 「調査」というとドライな印象を受けるが、数ページも読めば、女性たちにとっての上間さんは、“何かあったら駆けつけてくれる人”“どうしていいかわからないとき、誰よりもそばにいてくれる人”だということがわかる。

「それでも“友達”ではないんですよね。それぞれの女性によってスタンスは違うんですが、私の役目はあくまで“聞き取る”こと。ただ、調査のさなかにも暴力にさらされたり、事件に巻き込まれたりする子がいるので、『こういうところに相談できるよ』『ここにつなぐからね』とアナウンスしてから行動に移します。だから、彼女たちからすると私は、“いろんなことに詳しくて、なんか親切なクラスの委員長”的な存在みたいですね(笑)」

 女性たちは、暴力を振るわれながら成長してきた。親から、きょうだいから、そして恋人、夫から。サンドバッグのように一方的に殴られ蹴られるなんて、現実のことと思えない人もいるかもしれない。

「よく“盛ってる”と言われるんですよね。彼女たち自身がまず大げさに話をして、さらに私がそれを誇張して書いている、と。本当にコレが盛られたものだったら、どんなにいいだろう、と思います。彼女たちの現実があまりに過酷なため、私はむしろ抑え気味に書いているくらいなんです」

 上間さんが聞き取った女性たちの言葉は、時おり補足を差し挟むことはあるものの、一言一句そのまま掲載されている。それは同書が「調査」を基にしているからではあるが、話が前後したり言い淀んだり、同じ語を何度も繰り返したりといったところにこそ、女性たちの動揺や混乱が見て取れる。彼女たちは確かに存在し、こんな大変な時期を生き延びて、現在も沖縄で暮らしているという、圧倒的なリアリティがある。

■基地が間近にあるのは、それだけで暴力的な体験

 とはいえ当然のことながら、同じ沖縄に生まれ育っても、暴力と無縁に育つ女性は多くいる。彼女たちの境遇を分け隔てているものは、いったい何なのか?

「家庭環境が最も大きいですね。沖縄は地域的な階層格差がとても強く、特にここ10年ほどで富裕層が集中して住む地域が増えてきて、格差はますます広がっています。そうしたひずみが、経済的に困窮した家庭において、暴力という形で出やすいように見えます。さらに『エイサー』といわれる、各地の青年会のような共同体があるのですが、中高生のうちから、そこに参加する子もいます。エイサーはそもそも男性中心的な色合いが強い上に、とても厳しい秩序が敷かれているところもあります。そうした中では暴力や性被害が起きやすく、しかも被害を受けても、それを外に出しません。先輩後輩の上下関係が極端にはっきりした地域でも、同様のことが起こりやすいですね」

 同書にも年齢差を理由に「俺は先輩で、お前は後輩だから」と夫に殴られる妻のエピソードが収録されている。

「また、調査をしていて、米軍基地に近い街の子と暴力の結びつきが強いと感じるようになりました。基地が間近にあるのは、それだけで暴力的な体験です。まがまがしいことが起きても、まがまがしいと感受されない。昨年、うるま市で元海兵隊員が20歳の女性をレイプした事件がありました。そのときに、暴力の話と性被害の話を抜きにして、いま沖縄で生きている若い女性の問題は書けないと思いました」

 暴力にさらされている女性たちの問題は、暴力を振るっている男性たちの問題でもある。

「沖縄の少年たちは、中学生ぐらいで先輩から暴行を受けるようになり、そのうち自分たちも暴行をする立場になります。その過程の中で、嫌な言い方ですが、暴力に慣れ親しんでいくんです。どうやったら相手へ的確にダメージを与えるかを、10代にして知り尽くしています。私の共同研究者である打越正行さんが、10年近く男性たちの調査を続けていますが、家庭に経済的資本がないと、早くから自分で稼がなければならなくなるのですが、その多くは建築業界に進みます。そうした中には、オレオレ詐欺や高利貸しといったアウトサイダーな世界に取り込まれてしまう子もいます。でも、どこに逃げても、先輩から後輩への暴行、同輩の間での暴行がある。暴力を振るう相手が妻や恋人といった女性の場合は、ダメージが大きいため事件化することもありますが、男性同士の暴力は、まず表に出てこないのが問題です」

 上間さんへのインタビュー後編では、暴力と隣り合わせの日常を送る10代の少年少女たちに、大人はどう対応しているのかについて伺う。
(三浦ゆえ)

(後編へつづく)

 

「性被害がまるでポルノ作品のように書かれている」性暴力を助長するネットや報道の問題点

 2016年11月20日、「映画【ら】上映とシンポジウム 性暴力被害に対する第三者の向き合い方 報道やネットによる二次被害防止を考える」が、すみだ生涯学習センター ユートリヤにて開催された。主催者である「女性とアディクション研究会」は、薬物・アルコール依存症など、アディクション(嗜癖)の問題と女性に関して研究する団体。一見、性暴力とは関係ないようだが、性被害に遭ったことをきっかけに依存症に陥ってしまう女性もいるということで、今回のシンポジウムが実現した。

 このところ、立て続けに報道されている有名大学の学生による女性暴行事件。被害の内容が事細かに報道されるさまは、まるでポルノ作品のような印象を与えるほど。本来は非常にナイーブなものであるはずの性犯罪の報道における問題点をメインに、イベントの模様をレポートする。

■なぜ犯人をイケメンにしたのか?

 初めに水井真希監督が自らの性被害を描いた映画【ら】の上映。主人公まゆかはアルバイトの帰り、男に手足や目、口をガムテープでふさがれて車に押し込められ、拉致される。男を逆上させないよう、まるで交渉するかのごとく慎重に接して、明け方に無事解放されるが、犯人の車の車種やナンバープレートを把握できなかったことを後悔。その後、犯人は次々に女性を襲い、残虐な暴行を繰り返していき、まゆかは「あのとき私が男のナンバープレートを見ていたら、さらなる被害者は出なかったのではないか」と、自分を追い詰めていく。

 ラストのシーンでは、映画のモデルとなった事件の犯人は現在服役中であるとの文言が表示され、その現実に思わず背筋がぞっとした。

 上映の後は、犯人役の俳優、小場賢さんと水井監督によるトークショー。演じるまでは、加害者だけでなく、被害者にも非があったと思っていたという小場さんだが、犯人役を演じるにあたって、性暴力に関する本を読んで勉強し、考えを改めたという。

 犯人役がイケメンの小場さんであることから、「なぜ、いかにもレイプをしそうな気持ち悪い見た目の男ではなく、イケメンをキャスティングしたのか?」という疑問をぶつけられることもあると水井監督。しかし、次のように反論した。

「私が被害に遭ったときの犯人も、外見は普通にそのあたりにいそうな男性でした。よく、『イケメンだから許される』と言われることもありますが、たとえイケメンでも犯罪は犯罪だと伝えたかったんです」

 また、「男の人同士で、『あの子ヤラせてくれそう』とか話すことがあると思うんですが、そんな話になったら『そういうことを言うのはよくないよ』と男性同士でスマートに言えるようになってほしいですね」と、水井監督。

 小場さんも「周りに流されないよう、自分の意見を言いたいですね。今回、勉強をして、女性への暴力をなくすための男性主体の活動『ホワイトリボンキャンペーン』などがあることも初めて知りました。性暴力に関する問題に無関心な人が多いので、まずは関心を持ってもらいたいです」と語った。

■メディアでは性被害がまるでポルノ作品のように描かれている

 続いて、「性暴力被害に対する第三者の向き合い方 報道やネットによる二次被害防止を考える」シンポジウムへ。登壇者は、水井真希監督に加え、ジャーナリストの安倍宏行さん、ジェンダー研究者の牧野雅子さん、弁護士の白木麗弥さん、そして、女性とアディクション研究会発起人の田中紀子さん。

 最初に、性暴力事件が起こるたびに「なぜ必死で逃げなかったのか」などと、被害者を責めるような報道が執拗にされることに関する話題へ。水井監督は「格闘家であっても、後ろから羽交い締めにされて刃物を当てられたら逃げられない」と断言。水井監督は自身が被害に遭った際には、厚底靴を履いており、道も砂利道だったそう。どうすべきか考えた結果、これは自分の足で走っても逃げられないと思い、逃げるのをとどまり様子をうかがうことにしたという。

 生き延びるため一生懸命考えたにもかかわらず、女性自身も後から「あのときこうすればよかった」と思い返してしまうため、やはり自分が悪かったのかと思い詰めてしまう。そして、ますます被害に遭ったことへの声を上げられなくなってしまうのだと、田中さんが解説した。

 最近では慶応義塾大学や千葉大学の学生による集団女性暴行事件が大きく報道されたが、昨年、明治大学の学生が別の大学の女子学生を泥酔させ、集団で昏倒させた事件が起こった際には、道端に倒れた女子学生の姿が詳しく報道され、二次被害を思わせた。

「少なくとも80年代から性暴力事件の報道のされ方は問題視されてきて、かなり改善したとは思います。例えば、かつては性犯罪が『イタズラ』『乱暴』などと書かれることもありましたが、現在は「強姦」と書かれることが増えています。一方で、性暴力事件ががまるでポルノ作品のように書かれているケースが目につきます。そうした記事は読者に性暴力はポルノとして扱っていい題材なのだという「性暴力認識」まで一緒に届けてしまいます。報道に関わる人たちには、事件の扱い方によっては、被害者非難につながり、当事者が被害を語れなくなったり、問題にされるべき加害行為が問われず、性暴力を助長する恐れがあることを認識してほしいです」

 牧野さんは、性暴力問題の報道のされ方にそう難色を示した。しかし、性暴力事件における報道はマイナス面だけではないと、安倍さんは話す。「既存のメディア、特にテレビでは性暴力などの扱いづらい問題を報道しなくなっているので、今こそネット媒体で正しい報道をすべき」と述べた。

■どんな人でも被害に遭う可能性がある

 俳優・高畑裕太が暴行事件を起こして不起訴となった後、顧問弁護士がコメントを公表した件についても話は及んだ。弁護士である白木さんは「普通、発表しないもの。当事者がどうだったのかを改めて発表するのはどうかと思う」と、異例であることを指摘しつつ顔をしかめた。

 性暴力に関する対策は30年近く続いており、社会が変わるまでにあとどのくらい時間がかかるものなのかという質問に、「関心が集まっているのは今。今回のようなシンポジウムは大事」と安倍さん。白木さんは「どんな人でも被害に遭う可能性があります。最初に相談する人によって人生が変わるので、安心して被害を告白できる場所を作っていきたい」と締めくくった。

 性暴力事件の報道は一歩間違うと二次被害を招いてしまう。それを防ぐために、私たちメディアに携わる者としてはもちろんのこと、報道を受け取る側も、日頃から性暴力問題に関心を持って正しい知識を身につけるべきだと実感するイベントだった。また、性暴力の問題を、もっと身近な問題として考える必要もあるだろう。
(姫野ケイ)

<取材協力>
女性とアディクション研究会

2016年炎上したポルノ的性表現の問題点 萌えキャラがなぜいけないのか? 

(前編はこちら)

■チャイルドポルノ的な表現の問題

 炎上CMのなかには、ポルノ的な性表現が含まれるものもある。鹿児島県志布志市がふるさと納税を返礼品の養殖ウナギを用いてPRするために制作した「うなぎのうな子」動画は大いに物議をかもした。

「あれはそもそも炎上狙いだったと見ています。20歳を超えた女優さんを起用しているのも、チャイルドポルノ的という批判がくるのを見越していたからでしょう。そうやってインパクトを与えて注目を集めたかったけど、ここまで燃え上がることは予想していなかった。まして世界がこの“HENTAI NIPPON”的な動画をどう見るかは考えもしなかったのでしょう。自治体がこれを製作するのは、完全にアウトです。男性だけじゃなく、女性や子どもといったいろんな人の目に触れることへの配慮が欠如しています」

 ネット上では、未成年の監禁事件や家庭内での性暴力を連想させるといった指摘も多くあったが、一方で、これをポルノ的と見ることへの批判も巻き起こった。「いやらしいと見るほうが、いやらしい」ということらしい。

「着エロといわれるジャンルでは、スクール水着やリコーダーといった一見して性と縁遠そうなものが、定番の小道具としてポルノ表現に使われています。ときには未成年どころかローティーンの女の子がスクール水着を着用し、きわどいポーズをとるものも多く見られます。そういう世界が現実にあると知らない人にとっては、スクール水着=ポルノアイコンというのは奇異に思えるのでしょう。女性にはそういう人が少なくないのかもしれません」

 しかし一部の男性にとっては違います、と千田さんは続ける。

「チャイルドポルノ的な表現で興奮する嗜好をもった男性たちにとっては、この映像が批判されると、『俺たちのエロが奪われる!』と危機を覚えるのでしょう。性的嗜好はとてもパーソナルなものなので、これを否定されると傷つくし、自分の実存が揺らぎます。だから、過剰に反応するのです」

■ポルノ表現に怒りを表明するのは女性だけではない

 広告ではないが、東京メトロのイメージキャラクター「駅乃みちか」が萌えキャラ化し、スカートが透けているように見えた一件も大きな論争を巻き起こした。

「エクスタシーを感じているような表情も問題視されましたね。普段からこうした表現に親しんでいる人は“萌え慣れ”してしまっていて、それがいかに性的な表現かわからなくなっているのではないでしょうか。が、実は男性のなかにも、うな子や駅乃みちかに嫌悪感を示す人が少なくないんです。当たり前のことですが、すべての男性が萌え表現を好きということはありません。ポルノ表現に怒りを表明するのが女性だけではない、というのも新しい動きです」

 女性が電車内で化粧をすると男性が傷つき、ポルノ表現を指摘すると男性が傷つく。そして、彼らが作った差別的な広告で女性たちが傷ついている。

「広告に文句をいっているのはババアたちだ、という声も聞かれますが、実際、必死になって声をあげているのは、もっと当事者性を感じている層だと思います。現実にセクハラでいやな思いをしたり、性的な対象として見られることで傷ついたりした女性が広告と自分の体験と重ね合わせ、憤っている。怒りの矛先は、広告そのものというより、広告に象徴される社会構造です。くり返し放送されることで、その構造がますます強化されることを危惧してもいます」

 では憤りを感じたとき、私たちはどうすればいいのだろう。

「声をあげましょう。そのCMが放送中止になったところでモグラ叩きでしかないと思われるかもしれませんが、声を出さないと何も動きません。製作側も放送中止になった教訓を踏まえ、次の製作で『前回のあれは、女性にウケが悪かったから……』と思えば、十分ストッパーになります。女性が何を怒っているのか本質的に理解してやめるわけではないにしても、まずは女性差別的CMを作らせないようにすることが重要です」
(三浦ゆえ)

千田有紀(せんだ・ゆき)
1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』(勁草書房)、『女性学/男性学』(岩波書店)、共著に『ジェンダー論をつかむ』(有斐閣)など多数。

2016年炎上したポルノ的性表現の問題点 萌えキャラがなぜいけないのか? 

(前編はこちら)

■チャイルドポルノ的な表現の問題

 炎上CMのなかには、ポルノ的な性表現が含まれるものもある。鹿児島県志布志市がふるさと納税を返礼品の養殖ウナギを用いてPRするために制作した「うなぎのうな子」動画は大いに物議をかもした。

「あれはそもそも炎上狙いだったと見ています。20歳を超えた女優さんを起用しているのも、チャイルドポルノ的という批判がくるのを見越していたからでしょう。そうやってインパクトを与えて注目を集めたかったけど、ここまで燃え上がることは予想していなかった。まして世界がこの“HENTAI NIPPON”的な動画をどう見るかは考えもしなかったのでしょう。自治体がこれを製作するのは、完全にアウトです。男性だけじゃなく、女性や子どもといったいろんな人の目に触れることへの配慮が欠如しています」

 ネット上では、未成年の監禁事件や家庭内での性暴力を連想させるといった指摘も多くあったが、一方で、これをポルノ的と見ることへの批判も巻き起こった。「いやらしいと見るほうが、いやらしい」ということらしい。

「着エロといわれるジャンルでは、スクール水着やリコーダーといった一見して性と縁遠そうなものが、定番の小道具としてポルノ表現に使われています。ときには未成年どころかローティーンの女の子がスクール水着を着用し、きわどいポーズをとるものも多く見られます。そういう世界が現実にあると知らない人にとっては、スクール水着=ポルノアイコンというのは奇異に思えるのでしょう。女性にはそういう人が少なくないのかもしれません」

 しかし一部の男性にとっては違います、と千田さんは続ける。

「チャイルドポルノ的な表現で興奮する嗜好をもった男性たちにとっては、この映像が批判されると、『俺たちのエロが奪われる!』と危機を覚えるのでしょう。性的嗜好はとてもパーソナルなものなので、これを否定されると傷つくし、自分の実存が揺らぎます。だから、過剰に反応するのです」

■ポルノ表現に怒りを表明するのは女性だけではない

 広告ではないが、東京メトロのイメージキャラクター「駅乃みちか」が萌えキャラ化し、スカートが透けているように見えた一件も大きな論争を巻き起こした。

「エクスタシーを感じているような表情も問題視されましたね。普段からこうした表現に親しんでいる人は“萌え慣れ”してしまっていて、それがいかに性的な表現かわからなくなっているのではないでしょうか。が、実は男性のなかにも、うな子や駅乃みちかに嫌悪感を示す人が少なくないんです。当たり前のことですが、すべての男性が萌え表現を好きということはありません。ポルノ表現に怒りを表明するのが女性だけではない、というのも新しい動きです」

 女性が電車内で化粧をすると男性が傷つき、ポルノ表現を指摘すると男性が傷つく。そして、彼らが作った差別的な広告で女性たちが傷ついている。

「広告に文句をいっているのはババアたちだ、という声も聞かれますが、実際、必死になって声をあげているのは、もっと当事者性を感じている層だと思います。現実にセクハラでいやな思いをしたり、性的な対象として見られることで傷ついたりした女性が広告と自分の体験と重ね合わせ、憤っている。怒りの矛先は、広告そのものというより、広告に象徴される社会構造です。くり返し放送されることで、その構造がますます強化されることを危惧してもいます」

 では憤りを感じたとき、私たちはどうすればいいのだろう。

「声をあげましょう。そのCMが放送中止になったところでモグラ叩きでしかないと思われるかもしれませんが、声を出さないと何も動きません。製作側も放送中止になった教訓を踏まえ、次の製作で『前回のあれは、女性にウケが悪かったから……』と思えば、十分ストッパーになります。女性が何を怒っているのか本質的に理解してやめるわけではないにしても、まずは女性差別的CMを作らせないようにすることが重要です」
(三浦ゆえ)

千田有紀(せんだ・ゆき)
1968年生まれ。東京大学文学部社会学科卒業。東京外国語大学外国語学部准教授、コロンビア大学の客員研究員などを経て、 武蔵大学社会学部教授。専門は現代社会学。家族、ジェンダー、セクシュアリティ、格差、サブカルチャーなど対象は多岐にわたる。著作は『日本型近代家族―どこから来てどこへ行くのか』(勁草書房)、『女性学/男性学』(岩波書店)、共著に『ジェンダー論をつかむ』(有斐閣)など多数。

「一度、性暴力に遭った女性は繰り返し遭う」友人や家族が被害者になったら、どうすればいいか

<p> NPO法人「しあわせなみだ」の副理事長、卜沢彩子(うらさわ あやこ)さんは自身も性暴力サバイバーであり、その体験をもとに現在は同じサバイバー女性のサポートと、性暴力ゼロを目指す啓蒙活動に力を入れている。講演会やメディアの取材などで性暴力被害について話すと、必ず次のような反応があるという。<br /> </p>